(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-12
(45)【発行日】2022-10-20
(54)【発明の名称】ケトン体生成促進剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/17 20060101AFI20221013BHJP
A61K 31/22 20060101ALI20221013BHJP
A61P 3/00 20060101ALI20221013BHJP
A61P 3/04 20060101ALI20221013BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20221013BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/08 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/20 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/24 20060101ALI20221013BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20221013BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20221013BHJP
A23L 33/19 20160101ALI20221013BHJP
A23L 33/115 20160101ALI20221013BHJP
【FI】
A61K38/17 ZMD
A61K31/22
A61P3/00
A61P3/04
A61P3/10
A61P9/10
A61P25/00
A61P25/08
A61P25/16
A61P25/20
A61P25/24
A61P25/28
A61P35/00
A23L33/19
A23L33/115
(21)【出願番号】P 2019532838
(86)(22)【出願日】2018-07-25
(86)【国際出願番号】 JP2018027930
(87)【国際公開番号】W WO2019022149
(87)【国際公開日】2019-01-31
【審査請求日】2021-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2017144932
(32)【優先日】2017-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】芦田 欣也
(72)【発明者】
【氏名】笹山 秋菜
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 由梨
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/013617(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/010102(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0175378(US,A1)
【文献】国際公開第2017/038101(WO,A1)
【文献】松尾保,生化学的側面より眺めた小児難治性てんかんの病態と治療,脳と発達,1983年,Vol.15, No.2,pages 86 to 93,ISSN:0029-0831
【文献】株式会社明治,世界初の研究成果 中鎖脂肪酸油を含むケトン食による高齢者の認知機能向上 ~国際科学雑誌Psychopharmaco,プレスリリース,[online],2016年09月15日,[Retrieved on 2018.09.20],https://www.ncnp.go.jp/up/1473903063.pdf,Retrieved from the internet:
【文献】OTA M. et al.,Effect of a ketogenic meal on cognitive function in elderly adults: potential for cognitive enhancem,Psychopharmacology,2016年,Vol.233, No.21-22,pages 3797 to 3802,ISSN:0033-3158
【文献】清澤功,主要乳タンパク質の構造と機能について,玉川大学農学部研究報告,2002年,Vol.42,pages 47 to 91,ISSN:0082-156X
【文献】山口清次,Q&A小児科編 人工乳 特殊ミルクが必要なのはどんな場合ですか?,周産期医学,2012年,Vol.42,増刊号,pages 198 to 200,ISSN:0386-9881
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61K 31/00-38/80
A23L 33/115
A23L 33/19
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物を有効成分とする
、体内での中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成促進用組成物であって、
前記組成物は、中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物と別個の組成物であり、
被験体の摂取時に、中鎖脂肪酸油脂
を含有する組成物と組み合わせて使用される、
前記ケトン体生成促進用組成物。
【請求項2】
前記組成物が、中鎖脂肪酸油脂100質量部に対して、カゼイン化合物の量に換算して25質量部以上の割合で中鎖脂肪酸油脂
を含む組成物と組み合わせて用いられるものである、請求項
1に記載の
ケトン体生成促進用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はケトン体生成促進剤に関する。また本発明は中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて使用されることで中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成を促進できる製品に関する。
【背景技術】
【0002】
ケトン体は、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、及びアセトンの総称であり、生体内では脂肪酸のβ酸化によって肝臓で合成される。生成されたケトン体は、肝臓以外の脳、心臓または骨格筋といった多くの組織で、ブドウ糖などと同様にエネルギーとして利用される。特に脳ではブドウ糖とケトン体しか利用されず、ケトン体は重要なエネルギー源となる(非特許文献1)。
【0003】
体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事として、古くから高脂質低炭水化物食(ケトン食)があり、ケトン食の摂取によって血中のケトン体濃度は上昇する。またケトン食は、GLUT1欠損症の治療や難治性てんかんにおける発作抑制に有用であることが知られている(非特許文献2)。さらに最近では、アルツハイマー病などの神経変性疾患などの予防や治療に有用であることが報告されている(非特許文献3)。
【0004】
体内でのケトン体生成の主たる原料となる脂肪酸は、炭素鎖の長さによって長鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸、短鎖脂肪酸に分類される。中鎖脂肪酸は、吸収・代謝経路の違いにより、長鎖脂肪酸に比べて効率的にケトン体産生ができると考えられている。実際に、ヒトを含む動物では、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)を摂取することで血中のケトン体濃度が有意に上昇することがわかっている(非特許文献4)。しかしながら、MCTを摂取することで下痢や嘔吐などの副作用が生じることもわかっており、MCTを大量に摂取することは難しい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Cahill GF Jr.: “Fuel metabolism in starvation.”, Annu Rev Nutr., vol. 26, page 1-22, 2006
【文献】藤井達哉 編集、ケトン食の基礎から実践まで、診断と治療社、2011 Maciej Gasior, et al: “Neuroprotective and disease-modifying effects of the ketogenic diet”, Behav Pharmacol. vol. 17, page 431-439, 2006
【文献】Pi-Sunyer FX, et al: “Insulin and ketone responses to ingestion of medium and long-chain triglycerides in man.”, Diabetes. vol.18, page 96-100, 1969
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような体内におけるケトン体の有用性に鑑み、本発明は、中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成を体内で促進することができる製品(ケトン体生成促進剤)を提供することを目的とする。より詳細には、体内での中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成を促進することで、体内中のケトン体濃度を有意に上昇させることができる製品、特に経口用途で用いられる製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述したように、MCTには下痢や嘔吐などの副作用があることから、これを大量に摂取することは難しい。一方、MCTからのケトン体生成を促進することができる組成物があれば、MCTを大量に摂取することなく、効率的かつ速やかに血中のケトン体濃度を上昇させることができる。こうした考えのもと、本発明者らは鋭意検討したところ、中鎖脂肪酸を構成成分として含む油脂(中鎖脂肪酸油脂)とカゼインナトリウムなどのカゼイン化合物とを組み合わせて摂取することで、中鎖脂肪酸油脂を単独で摂取する場合と比較して中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成が促進され、体内でより多くのケトン体がより早く生成すること、つまりケトン体の血中濃度が有意に上昇することを見出した。
【0008】
本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施形態を有するものである。
(I)ケトン体生成促進剤、及びその用途
(I-1)中鎖脂肪酸油脂と、カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物とを組み合わせてなるケトン体生成促進剤。
【0009】
(I-2)中鎖脂肪酸油脂100質量部に対して、カゼイン化合物の割合が25質量部以上、好ましくは25~50質量部であることを特徴とする、(I-1)に記載のケトン体生成促進剤。
【0010】
(I-3)中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物、及びカゼイン化合物を含有する組成物が、各々別個の組成物として包装されており、被験体への、中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物、及びカゼイン化合物を含有する組成物の投与が、同時又は並行して行われるものである、(I-1)または(I-2)に記載のケトン体生成促進剤。
【0011】
(I-4)中鎖脂肪酸油脂、及びカゼイン化合物を含有する配合物である、(I-1)または(I-2)に記載のケトン体生成促進剤。
【0012】
(I-5)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患の罹患または症状の発症を予防または改善するために使用される、(I-1)乃至(I-4)のいずれか一項に記載のケトン体生成促進剤。
【0013】
(I-6)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する症状または疾患が、小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症、アルツハイマー病、筋ジストロフィーなどの神経変性疾患、軽度認知障害、パーキンソン病、外傷性脳損傷、癌、うつ病、自閉症、偏頭痛、筋委縮性側索硬化症、睡眠発作、糖尿病、心不全、心筋梗塞、狭心症、及び肥満からなる群から選択されるいずれか1つ以上である(I-5)に記載するケトン体生成促進剤。
【0014】
(I-7)食品(飲料を含む)、経口医薬部外品または経口医薬品である(I-1)乃至(I-6)のいずれかに記載するケトン体生成促進剤。
【0015】
(I-8)体内でのケトン体生成を促進するために使用される、中鎖脂肪酸油脂と、カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物との組み合わせ物。
【0016】
(I-9)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する症状または疾患の罹患や発症を予防または改善するために用いられる、中鎖脂肪酸油脂と、カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物との組み合わせ物。
【0017】
(I-10)ケトン体生成促進剤を製造するための、中鎖脂肪酸油脂と、カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物との組み合わせ物の使用。
【0018】
(I-11)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する症状または疾患の予防または改善剤を製造するための、中鎖脂肪酸油脂と、カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物との組み合わせ物の使用。
【0019】
(I-12)前記組み合わせ物が、中鎖脂肪酸油脂100質量部に対してカゼイン化合物を25質量部以上、好ましくは25~50質量部の割合で組み合わせてなるものである、(I-10)または(I-11)に記載する使用。
【0020】
(I-13)被験体に、中鎖脂肪酸油脂、並びにカゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物を、同時、時間差または並行して投与する工程を有する、被験体内でのケトン体生成を促進する方法。
【0021】
(I-14)被験体が、ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状を有するヒトである、(I-13)に記載する方法。
【0022】
(I-15)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状を改善または予防する方法である、(I-13)または(I-14)に記載する方法。
【0023】
(I-16)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状が、小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症、アルツハイマー病、筋ジストロフィーなどの神経変性疾患、軽度認知障害、パーキンソン病、外傷性脳損傷、癌、うつ病、自閉症、偏頭痛、筋委縮性側索硬化症、睡眠発作、糖尿病、心不全、心筋梗塞、狭心症、及び肥満からなる群から選択されるいずれか1つ以上である(I-14)または(I-15)に記載する方法。
【0024】
(I-17)中鎖脂肪酸油脂、並びにカゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物が、(I-1)~(I-6)のいずれかに記載されるケトン体生成促進剤に由来するものである、(I-13)~(I-16)のいずれかに記載する方法。
【0025】
(II)カゼイン化合物含有組成物、およびその用途
(II-1)カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物を有効成分とする組成物(カゼイン化合物含有組成物)であって、中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて使用されることを特徴とする、体内での中鎖脂肪酸油脂からケトン体への生成反応を促進するための組成物。
【0026】
(II-2)前記組成物が、中鎖脂肪酸油脂100質量部に対して、カゼイン化合物の量に換算し25質量部以上、好ましくは25~50質量部の割合で中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて使用される、(II-1)に記載の組成物。
【0027】
(II-3)体内での中鎖脂肪酸油脂からケトン体への生成反応を促進するための経口組成物を製造するための組成物であって、
当該組成物は中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて使用されるものであり、
カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物を有効成分とする組成物である、上記組成物。
【0028】
(II-4)カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物またはそれを含有する組成物を、中鎖脂肪酸油脂と併用する工程を有する、中鎖脂肪酸油脂が有するケトン体生成能を強化する方法。なお、当該併用工程には、カゼイン化合物またはカゼイン化合物含有組成物を中鎖脂肪酸油脂と混合する工程が含まれる。
【0029】
(II-5)カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物またはそれを含有する組成物を、中鎖脂肪酸油脂の投与前後または投与中の被験体に投与する工程を有する、当該被験体体内のケトン体濃度の上昇を促進する方法。
【0030】
(II-6)被験体が、ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状を有するヒトである、(II-5)に記載する方法。
【0031】
(II-7)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状を改善または予防する方法である、(II-5)または(II-6)に記載する方法。
【0032】
(II-8)ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状が、小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症、アルツハイマー病、筋ジストロフィーなどの神経変性疾患、軽度認知障害、パーキンソン病、外傷性脳損傷、癌、うつ病、自閉症、偏頭痛、筋委縮性側索硬化症、睡眠発作、糖尿病、心不全、心筋梗塞、狭心症、及び肥満からなる群から選択されるいずれか1つ以上である(II-6)または(II-7)に記載する方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明のケトン体生成促進剤によれば、簡単にカゼイン化合物と中鎖脂肪酸油脂とを併用することができる。本発明のケトン体生成促進剤により、カゼイン化合物を中鎖脂肪酸油脂と一緒に体内に取り入れることによって、中鎖脂肪酸油脂単独である場合と比較して、体内における中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成が促進され、体内のケトン体濃度を効率的に(量的に、及び/又は時間的に)高めることができる。つまり本発明のケトン体生成促進剤は、この効果を期待して当該目的で使用され、ケトン体の体内濃度を高めることを希望する被験体、特に効率的にケトン体の体内濃度の上昇を希望する被験体に適用することができる。
【0034】
また本発明のカゼイン化合物含有組成物は、中鎖脂肪酸油脂とともに被験体の体内にに取り入れられることで、中鎖脂肪酸油脂のケトン生成を促進する作用を発揮する。言い換えれば、本発明のカゼイン化合物含有組成物は、中鎖脂肪酸油脂が有するケトン生成能を促進もしくは強化するために用いることができる。このため、本発明のカゼイン化合物含有組成物は、この効果を期待して当該目的で使用され、ケトン体の体内濃度を高めることを希望する被験体、特に効率的にケトン体の体内濃度の上昇を希望する被験体に、中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】実験例1において、各群(試験群:CZ1~CZ3、および対照群)のラットについて、被験物質(カゼイン化合物)投与前(対照群は水投与前)の血中βヒドロキシ酪酸(bHB)濃度(初期値)に対する中鎖脂肪酸油脂投与後の血中bHB濃度との差(ΔbHB(mmol/L):縦軸)の経時的推移を示す。横軸は、各群のラットに中鎖脂肪酸油脂を投与した後の時間経過(時間)を示す。
【
図2】(A)
図1から得られた各試験群のラットに関するΔbHBの最大値(ΔCmax)、を、対照群の対応する値を100%として算出した、相対値(%ΔCmax(%))を示す。(B)
図1から得られた各試験群のラットに関するΔbHBと中鎖脂肪酸油脂投与後経過した時間との曲線下面積(ΔAUC)を、対照群の対応する値を100%として算出した、相対値(%ΔAUC(%))を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(I)ケトン体生成促進剤
本発明のケトン体生成促進剤は、下記2成分を組み合わせてなるものであることを特徴とする:
(1)中鎖脂肪酸油脂、
(2)カゼイン及びその塩からなる群から選択される少なくとも一種のカゼイン化合物。
以下、これらの成分及びその組み合わせ態様について説明する。
【0037】
(1)中鎖脂肪酸油脂
本発明において中鎖脂肪酸油脂とは、中鎖脂肪酸を構成脂肪酸として含むトリグリセリドを意味する。ここで中鎖脂肪酸とは炭素数が5~12である脂肪酸を挙げることができる。具体的には、吉草酸(C5)、カプロン酸(C6)、エナント酸(C7)、カプリル酸(C8)、ペラルゴン酸(C9)、カプリン酸(C10)、及びラウリン酸(C12)を挙げることができる。好ましくは炭素数が6~12の脂肪酸であり、より好ましくは炭素数が8~12、さらに好ましくは8~10の脂肪酸である。上記中鎖脂肪酸油脂はこれら一種の中鎖脂肪酸から構成されるトリグリセリドであってもよいし、また二種以上の中鎖脂肪酸から構成されるトリグリセリドであってもよい。中鎖脂肪酸油脂を構成する中鎖脂肪酸の中でも、特に好ましくはカプリル酸(C8)及びカプリン酸(C10)である。具体的には、制限されないものの、中鎖脂肪酸油脂を構成する全脂肪酸の量を100質量%とした場合に、カプリル酸(C8)は10質量%以上、具体的には10~90質量%の割合で含まれていることが好ましく、またカプリン酸(C10)は10質量%以上、具体的には10~90質量%の割合で含まれていることが好ましい。
【0038】
本発明が対象とする中鎖脂肪酸油脂は、前述する中鎖脂肪酸を構成脂肪酸の一つとして含むトリグリセリドであればよく、その限りにおいて、他の構成脂肪酸として炭素数5以下の短鎖脂肪酸または/および炭素数14以上の長鎖脂肪酸を含むトリグリセリドであってもよい。好ましくは構成脂肪酸の全てが前述する中鎖脂肪酸である中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)である。
【0039】
中鎖脂肪酸油脂、特にMCTを含む油脂は、ココナッツ、パームフルーツ等の植物体の種子や牛乳等に含まれており、これらから抽出(粗抽出を含む)あるいは精製(粗精製を含む)したものを本発明に使用することができる。また、中鎖脂肪酸油脂、特にMCTを多く含む油脂は、簡便には商業的に入手することができる。制限されるものではないが、中鎖脂肪酸油脂(MCT)を85~100質量%の割合で含む油脂として、例えばカプリル酸及びカプリン酸からなるMCTである「スコレー」(日清オイリオグループ(株)社)、「日清MCTオイル」(日清オイリオグループ(株))、「マクトンオイル」(キッセイ薬品(株))を例示することができる。
【0040】
(2)カゼイン化合物
本発明においてカゼイン化合物としては、カゼイン、及びその塩を挙げることができる。カゼインは、乳に約80質量%の割合で含まれる乳たんぱく質の一種であり、牛乳のなかでは特にカルシウムと結合してカルシウム塩の形で存在している。
【0041】
カゼインの塩としては、上記のカゼインのカルシウム塩の他、カゼインのナトリウム塩やカリウム塩等のカゼインのアルカリ金属塩を挙げることができる。かかる塩は、制限されないものの、例えば牛乳に酢酸、乳酸、または塩酸などの酸を加えて等電点沈殿を行うことで牛乳から凝固分離させ、これを再び水に分散させた後に、水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムを添加して中和反応を行うことで調製することができる。こうしたカゼインの塩は水溶性であり、かつ親水性および親油性の両方の性質を有するため、乳化作用を発揮することができる。
【0042】
なお、本発明においてカゼイン化合物として、カゼイン及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物を単独で用いてもよいし、2種以上の化合物を任意に組み合わせて用いることもできる。好ましくはカゼインの水溶性の塩であり、より好ましくはカゼインナトリウムである。
【0043】
(3)組み合わせの態様
本発明のケトン体生成促進剤は、前述する中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物とを組み合わせてなるものである。ここで「組み合わせてなる」とは、本発明が対象とするケトン体生成促進剤が、
(i)中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物とが同一組成物中に混合された態様で含まれている状態(配合剤)である場合、
(ii)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物と、カゼイン化合物またはそれを含有する組成物とが、おのおの個別の形態を有する組成物(おのおの個別の形態を有するように製造された品物:製品)であり、両者が同時または並行して投与される組み合わせ物(一式揃い物。セット)として、包装されて販売される場合、
(iii)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物と、カゼイン化合物またはそれを含有する組成物とが、おのおの個別の形態を有する組成物(製品)として包装されており、両者が別個の流通経路で市場に存在し、使用時に組み合わせて使用される場合、
を包含する意味で用いられる。
【0044】
すなわち、本発明において「組み合わせてなる」ケトン体生成促進剤は、被験体に対する中鎖脂肪酸油脂の投与とカゼイン化合物の投与とが、同時、並行又は時間差で行うことができるような態様で、中鎖脂肪酸油脂およびカゼイン化合物を含むものであればよい。つまり、展示(店頭陳列)や販売を含む市場流通段階における中鎖脂肪酸油脂及びカゼイン化合物の形態や存在状態を特に問うものではなく、両者は一緒または別々に存在していてもよい。なお、上記態様には、体内で中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物とが共存する状態になるのであれば、被験体に対する中鎖脂肪酸油脂の投与がカゼイン化合物よりも先に行なわれる態様、並びに被験体に対する中鎖脂肪酸油脂の投与がカゼイン化合物よりも後に行なわれる態様のいずれもが含まれる。なお、本発明(本明細書)において「投与」という用語には、「摂取」及び「服用」等の用語の意味が含まれる。
【0045】
(i)の態様(配合剤)
中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物の両方を同一組成物中に含有した配合剤(配合組成物)は、中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物の両方を含有するものであればよく、本発明の効果を妨げないことを限度として、他の可食性成分を含有していてもよい。当該配合物は、例えば中鎖脂肪酸油脂を含有する可食性組成物とカゼイン化合物を含有する可食性組成物の混合物であってもよい。ここで、中鎖脂肪酸油脂を含有する可食性組成物としては、例えば前述する中鎖脂肪酸油脂を含む油脂や、中鎖脂肪酸油脂を含む市販の油脂製品を例示することができる。またカゼイン化合物を含有する可食性組成物としては、例えば前述するカゼイン化合物を含む乳製品、具体的には牛乳、ヨーグルト、チーズ、調製粉乳、全粉乳、脱脂粉乳、アイスクリームなどを例示することができる。
【0046】
中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物の両方を同一組成物中に含有した可食性組成物の形態は特に限定されず、例えば、固体、半固体、液体であってもよい。したがって、本発明の中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物の両方を同一組成物中に含有した可食性組成物の具体例としては、飲料、流動食、錠剤、カプセル剤、ゼリー、バー、粉末、ペースト、チョコレート等が例示できる。
【0047】
本発明の配合剤は、中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物以外に経口製剤用の担体または添加剤などを含有するものであってもよい。当該経口製剤の調製に用いられる担体や添加剤としては、製剤の剤形に応じて通常の薬剤に汎用される各種のもの、例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤、界面活性剤等が例示できる。
【0048】
当該経口製剤の剤形としては、特に制限されないが、錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤(硬質カプセル剤及び軟質カプセル剤を含む)、液剤、丸剤、懸濁剤、及び乳剤等を例示することができる。
【0049】
上記製剤が、錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、カプセル剤等の経口用固形製剤である場合の調製に際しては、担体として例えば乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、ケイ酸、メチルセルロース、グリセリン、アルギン酸ナトリウム、アラビアゴム等の賦形剤;単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン溶液、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、エチルセルロース、水、エタノール、リン酸カリウム等の結合剤;乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、デンプン、乳糖等の崩壊剤;白糖、ステアリン酸、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤;ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤;グリセリン、デンプン等の保湿剤;デンプン、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸等の吸着剤;精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ酸末、ポリエチレングリコール等の滑沢剤等を使用できる。更に錠剤は必要に応じ通常の剤皮を施した錠剤、例えば糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フイルムコーティング錠、二重錠、多層錠等とすることができる。
【0050】
上記製剤が、丸剤の経口用固形製剤である場合の調製に際しては、担体として、例えばブドウ糖、乳糖、デンプン、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤;アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン等の結合剤;ラミナラン、カンテン等の崩壊剤等を使用できる。
【0051】
上記製剤が、カプセル剤の経口用固形製剤である場合の調製に際しては、カプセル剤は有効成分を上記で例示した各種の担体と混合し、硬質カプセル、または軟質カプセル等に充填して調製される。
【0052】
上記製剤が液剤の場合には、水性又は油性の懸濁液、溶液、シロップ、エリキシル剤であってもよく、通常の添加剤を用いて常法に従い、調製される。
【0053】
配合剤中に含まれる中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物の割合は、特に限定されないが、例えば、中鎖脂肪酸油脂100質量部に対するカゼイン化合物の割合の範囲の下限は、好ましくは25質量部であり、より好ましくは27質量部、さらに好ましくは30質量部である。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは80質量部であり、より好ましくは50質量部であり、さらに好ましくは40質量部である。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。
【0054】
中鎖脂肪酸油脂の1日当たりの投与量の範囲は、制限されないものの、その下限は、例えば、好ましくは1g、より好ましくは5g、さらに好ましくは10gが推奨される。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは100gであり、より好ましくは50gであり、さらに好ましくは20gである。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いられるカゼイン化合物の1日当たりの投与量は、前述する中鎖脂肪酸油脂との配合比率に応じて、上記中鎖脂肪酸油脂の1日投与量に基づいて調整することができる。
【0055】
中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物を含有する配合剤は、上記投与量を参考に、1日に1回、若しくは1日に2~3回など複数回に分けて投与することができ、かかる投与回数に応じて1回投与用量毎に小分け包装されていてもよい。
【0056】
(ii)の態様(組み合わせセット)
この態様の本発明のケトン体生成促進剤は、(A)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物(以下、単に「(A)」とも称する)と、(B)カゼイン化合物またはそれを含有する組成物(以下、単に「(B)」とも称する)とが、おのおの個別の形態を有しており、両者が同時、並行して、または時間差で被験体に投与されるように、組み合わせ物として包装されてなることを特徴とする。ここで、(A)と、(B)とは、おのおの別々の形態物として個別に製造されるものの、包装の段階で、使用者(被験体)が一緒に組み合わせて使用しやすいように、一式揃ったセット(キットとも称される)の形態で包装される。なお、(A)と(B)は各々同一または異なる形状(液状、固形状、半固形状)を有することができる。
【0057】
ここで「包装」とは、(A)または(B)のそれぞれを収容する収容具であり、これには容器(container)、被包(wrapper)、及び袋(inner seals)等が含まれる。これらの収容具には、制限されないものの、例えば、缶、びん、箱、アンプル、バイアル、チューブ、ユニットドース容器、紙、布、ビニール、ポリ袋、SPシート、PTPシート、プラスチックコンテナ等が含まれる。包装された組成物は、製品ラベル、説明書(商品説明書、使用説明書)、指示書、または添付文書等の少なくともひとつの文書を組み合わせた状態で、通常、外部の容器(outer container)又は外部の被包(outer wrapper)により包装され、市場に流通される。前記文書の記載事項には、制限されないが、例えば、効果効能、適応症、用法、用量、投与方法、警告、及び/又は禁忌等についての情報が含まれる。ここで、製品ラベルとは、容器に直接表示されているものに加えて、包装上の印刷や製品に付随する印刷物等をも包含する概念を意味する。
【0058】
(A)に含まれる中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物としては、例えば前述する中鎖脂肪酸油脂を含む油脂や、中鎖脂肪酸油脂を含む市販の油脂製品を例示することができる。また中鎖脂肪酸油脂以外に、前述する経口製剤用の担体または添加剤などを含有するものであってもよい。
【0059】
また、(B)に含まれるカゼイン化合物を含有する組成物としては、例えば前述するカゼイン化合物を含む乳製品、またカゼイン化合物以外に、前述する経口製剤用の担体または添加剤などを含有するものであってもよい。
【0060】
組み合わせて用いる(A)と(B)との割合(組み合わせ比)としては、(A)に含まれる中鎖脂肪酸油脂の含有量100質量部に対して、(B)に含まれるカゼイン化合物の割合は、特に限定されないが、その下限は、例えば、好ましくは25質量部であり、より好ましくは27質量部、さらに好ましくは30質量部である。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは80質量部であり、より好ましくは50質量部であり、さらに好ましくは40質量部である。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。
【0061】
中鎖脂肪酸油脂の1日当たりの投与量の範囲は、制限されないものの、その下限は、例えば、好ましくは1g、より好ましくは5g、さらに好ましくは10gが推奨される。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは100gであり、より好ましくは50gであり、さらに好ましくは20gである。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いられるカゼイン化合物の1日当たりの投与量は、前述する中鎖脂肪酸油脂との配合比率に応じて、上記中鎖脂肪酸油脂の1日投与量に基づいて調整することができる。
【0062】
本発明の組み合わせセットは、中鎖脂肪酸油脂の1日推奨投与量を参考にして、1日投与量の中鎖脂肪酸油脂を含む(A)と、前述する組み合わせ比に応じて調整された1日投与量のカゼイン化合物を含有する(B)とが、個別に包装された組み合わせセット、つまり1日投与量を含む(A)と(B)の組み合わせセット(1日投与セット)であってもよい。また、1日に1回、若しくは1日に2~3回など複数回に分けて投与されるように、かかる投与回数に応じて、(A)と(B)がそれぞれ1回投与用量毎に小分け包装されてなる組み合わせセット(1回投与セット)であってもよい。さらに、1週間、10日または1ヶ月などの連続して投与が可能なように、それぞれ大容量の(A)と(B)を有する組み合わせセットであってもよく、この場合、(A)と(B)がそれぞれ1日若しくは1回投与用量毎に小分けできるように、少量カップ、秤、目盛りなどを有していても良い。
【0063】
(iii)の態様(使用時に組み合わせて使用される態様)
この態様の本発明のケトン体生成促進剤は、(A)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物と、(B)カゼイン化合物またはそれを含有する組成物とが、おのおの別々の形態物として、個別に製造され包装されて市場に流通してなるものであって、使用者(被験体)が両者を同時、並行して、または時間差にて組み合わせて使用するものである。かかるものには、店頭(ネット販売の場合はネット上)に(A)と(B)とが並べられて陳列配置される場合、商品説明書や使用説明書に、(A)と(B)を併用することでケトン体生成(または体内のケトン体濃度の上昇)が促進されることが記載され、併用が推奨されている場合も含まれる。なお、(A)と(B)は各々同一または異なる形状(液状、固形状、半固形状)を有することができる。
【0064】
(A)に含まれる中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物、並びに(B)に含まれるカゼイン化合物を含有する組成物は、前記(ii)で説明した通りであり、当該記載はここに援用することができる。
【0065】
使用者において組み合わせて用いられる(A)と(B)との割合(組み合わせ比)としては、(A)に含まれる中鎖脂肪酸油脂の含有量100質量部に対して、(B)に含まれるカゼイン化合物の割合は、特に限定されないが、その下限は、例えば、好ましくは25質量部であり、より好ましくは27質量部、さらに好ましくは30質量部である。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは80質量部であり、より好ましくは50質量部であり、さらに好ましくは40質量部である。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。
【0066】
中鎖脂肪酸油脂の1日当たりの投与量の範囲は、制限されないものの、その下限は、例えば、好ましくは1g、より好ましくは5g、さらに好ましくは10gが推奨される。また、その範囲の上限は、例えば、好ましくは100gであり、より好ましくは50gであり、さらに好ましくは20gである。これらの下限値及び上限値はそれぞれ任意に組み合わせることができる。中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いられるカゼイン化合物の1日当たりの投与量は、前述する中鎖脂肪酸油脂との配合比率に応じて、上記中鎖脂肪酸油脂の1日投与量に基づいて調整することができる。
【0067】
(4)ケトン体生成促進剤の用途・用法
後述する実験例に示すように、カゼイン化合物を中鎖脂肪酸油脂と一緒に体内に取り入れることによって、中鎖脂肪酸油脂単独を体内に取り入れる場合と比較して、体内における中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成が促進され、体内のケトン体濃度を効率的に(量的に、及び/又は時間的に)高めることができる。本発明の中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物との組み合わせからなるケトン体生成促進剤は、この効果を期待して当該目的で使用され、ケトン体の体内濃度を高めることを希望する被験体、特に効率的にケトン体の体内濃度の上昇を希望する被験体に適用される。
【0068】
ここで被験体としては体内で中鎖脂肪酸油脂からケトン体を生成することができる者であればよく、好ましくはヒトである。ここでケトン体は、脂肪酸の不完全代謝物であり、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、及びアセトンが含まれる。本発明において「ケトン体」という用語は、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、及びアセトンの総称として用いられる。なお、体内で生成されたこれらのケトン体のうち、アセト酢酸、及びβ-ヒドロキシ酪酸は主として血液中および尿中に検出することができ、アセトンは呼気中に検出することができる。このため、前述する体内の血中ケトン体濃度は、アセト酢酸、及びβ-ヒドロキシ酪酸の総濃度を意味する。ただし、体内のケトン体濃度の上昇の有無は、血液または尿を検体とする場合、アセト酢酸またはβ-ヒドロキシ酪酸、のいずれかの体内濃度を指標として評価することができる。また呼気を検体とする場合は、アセトン濃度を指標として評価することができる。好ましくは、β-ヒドロキシ酪酸の血中濃度である。具体的には、後述する実験例1に示すように、カゼイン化合物を中鎖脂肪酸油脂と一緒に体内に取り入れた場合の血中のβ-ヒドロキシ酪酸濃度が、中鎖脂肪酸油脂単独を体内に取り入れたる場合の血中のβ-ヒドロキシ酪酸濃度と比較して、量的に及び/又は時間的(濃度上昇速度)に、高くなっている場合は、体内における中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成が促進され、体内のケトン体濃度が効率的に高まっていると判断することができる。
【0069】
本発明のケトン体生成促進剤の投与期間は特に制限されるものではない。例えば、体内のケトン体濃度の上昇が奏功するといわれている疾患や症状の予防、治療または改善に必要な期間投与することができる。制限されないものの、投与期間として、例えば1、4、10、20、30又は50週間以上であり、より好ましい投与期間をこの中から適宜設定することができる。制限されないものの、投与は、例えば、毎日、1日おき、2日おきに行うことができるが、好ましくは毎日である。
【0070】
本発明のケトン体生成促進剤は、中鎖脂肪酸油脂及びカゼイン化合物をそれぞれ単体で、又は他の成分を組み合わせた組成物(中鎖脂肪酸油脂を含有する組成物、カゼイン化合物を含有する組成物)として、それぞれ別々に、経口投与、経管投与(胃瘻、腸瘻、経管経鼻)等により同時または並行して投与することができる。好ましくはいずれも経口による投与である。
【0071】
このように本発明のケトン体生成促進剤は、上記投与形態に応じて、経口投与または経管投与の形態を有するものであればよく、食品(飲料を含む。以下同じ)、流動食、医薬部外品、または医薬品として調製され提供することができる。好ましくは食品である。ここで食品にはケトン食療法に使用される食品(ケトン食)が含まれる。また食品には、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、及び一般食品(健康食品を含む)が含まれ、それらの形態も通常の食品(加工食品を含む)の形態を有するものであっても、製剤形態を有するサプリメントであってもよい。
【0072】
なお、本発明のケトン体生成促進剤が前述する(ii)または(iii)の形態を有する場合、(A)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物と、(B)カゼイン化合物またはそれを含有する組成物とは、それぞれ同一または異なる形態を有するものであってもよく、両方がいずれも食品であってもよいし、また一方が食品で他方が医薬部外品または医薬品であってもよい。また両方がいずれも特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、または一般食品(健康食品を含む)であってもよいし、また一方が一般食品であり、他方が特定保健用食品、栄養機能食品、または機能性表示食品であってもよい。
【0073】
本発明のケトン体生成促進剤が前述する(ii)または(iii)の形態を有する場合、被験体に対する(A)中鎖脂肪酸油脂またはそれを含有する組成物と、(B)カゼイン化合物またはそれを含有する組成物とを投与するタイミングは、体内で中鎖脂肪酸油脂とカゼイン化合物とが共存する状態になるのであれば、それを限度として同時であっても異時であってもよい。異時の態様としては、(A)の投与と(B)の投与とが時間差で行われる場合、及び並行して行われる場合を挙げることができる。例えば被験体に対する(A)の投与が(B)よりも先に行なわれる態様、並びに被験体に対する(A)の投与が(B)よりも後に行なわれる態様のいずれもが含まれる。
【0074】
本発明のケトン体生成促進剤は、好適には体内中のケトン体濃度の上昇が奏功するといわれている疾患や症状を有する被験体にそれを治療または改善するために投与することができる。また当該疾患や症状の予防(発症抑制)のために、健常者または当該疾病や症状を発症可能性のある被験体に投与することができる。ここで、体内のケトン体濃度の上昇が奏功するといわれている疾患や症状としては、小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症、アルツハイマー病、筋ジストロフィーなどの神経変性疾患、軽度認知障害、パーキンソン病、外傷性脳損傷、癌、うつ病、自閉症、偏頭痛、筋委縮性側索硬化症、睡眠発作、糖尿病、心不全、心筋梗塞、狭心症、肥満などを挙げることができる。好ましくは、小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、ピルビン酸脱水素酵素複合体異常症、アルツハイマー病、筋ジストロフィーなどの神経変性疾患、軽度認知障害、パーキンソン病、癌、肥満であり、より好ましくは小児てんかん、難治性てんかん、グルコーストランスポーター1(GLUTI)欠損症、アルツハイマー病、軽度認知障害である。
【0075】
(II)中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いられるカゼイン化合物含有組成物
本発明は、一態様として中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いられることを特徴とする、カゼイン化合物を含有する組成物を含む。当該組成物は、体内での中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成を促進するために中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて使用される。つまり、当該組成物は、体内での中鎖脂肪酸油脂からのケトン体生成を促進することで、ケトン体の体内濃度を上昇させ(量的又は/及び時間的に)、体内中のケトン体濃度の上昇が奏功するといわれている疾患や症状を予防、治療または改善するために用いることができる。
【0076】
ここで対象とする「カゼイン化合物」、「カゼイン化合物を含有する組成物(カゼイン化合物含有組成物)」及び「中鎖脂肪酸油脂」は、上記(I)の項で説明した通りであり、その記載はこの項においても同様に援用することができる。またカゼイン化合物の中鎖脂肪酸油脂との組み合わせの態様、組み合わせる割合、カゼイン化合物の1日当たりの投与量、投与方法、及び投与対象(被験体)も、上記(I)の項で説明した通りであり、その記載もこの項においても同様に援用することができる。
【0077】
本発明のカゼイン化合物含有組成物は、下記の態様を含むものであってもよい:
(a)カゼイン化合物含有組成物の包装物。
(b)上記組成物を、中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて、体内のケトン体生成促進またはケトン体濃度上昇のために使用することを記載した、説明書(商品説明書、使用説明書)、指示書、添付文書、指示書、及び製品ラベルからなる群から選択される少なくとも1つの文書。
【0078】
(a)において「包装」とは、カゼイン化合物またはカゼイン化合物含有組成物を収容する収容具であり、これには容器(container)、被包(wrapper)、及び袋(inner seals)等が含まれる。これらの収容具には、制限されないものの、例えば、缶、びん、箱、アンプル、バイアル、チューブ、ユニットドース容器、紙、布、ビニール、ポリ袋、SPシート、PTPシート、プラスチックコンテナ等が含まれる。包装された組成物は、製品ラベル、説明書(商品説明書、使用説明書)、指示書、または添付文書等の少なくともひとつの文書を組み合わせた状態で、通常、外部の容器(outer container)又は外部の被包(outer wrapper)により包装され、市場に流通される。
【0079】
これらの文書の記載事項には、制限されないが、例えば、効果効能、適応症、用法、用量、投与方法、警告、及び/又は禁忌等についての情報が含まれる。ここで、製品ラベルとは、容器に直接表示されているものに加えて、包装上の印刷や製品に付随する印刷物等をも包含する概念を意味する。
【0080】
以上説明するように、前記カゼイン化合物またはカゼイン化合物含有組成物は、中鎖脂肪酸油脂と組み合わせて用いることで、体内での中鎖脂肪酸油脂からケトン体への生成反応を促進するように作用する。このため、カゼイン化合物またはカゼイン化合物含有組成物は、中鎖脂肪酸油脂の投与前後または投与中の被験体に投与して用いることができ、こうすることで当該被験体の体内のケトン体濃度の上昇を促進することが可能になる。制限されないものの、被験体はケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状を有するヒトであることが好ましい。この場合、当該被験体の体内のケトン体濃度の上昇を促進することで、上記疾患または症状を改善または予防することが可能になる。なお、ケトン体の体内濃度上昇が奏功する疾患または症状については、上記(I)で説明した通りであり、その記載はここでも同様に援用することができる。
【0081】
なお、本明細書において、「含む」や「含有する」という用語には、「から実質的になる」及び「からなる」という意味が包含される。
【実施例】
【0082】
以下、本発明の構成およびその効果をより明確にするために実験例に基づいて本発明を説明する。但し、本発明は当該実験例等によってなんら制限されるものではない。
【0083】
実験例1 中鎖脂肪酸油脂に対するカゼイン化合物のケトン体生成促進効果
(1)実験方法
(1-1)試験動物
試験動物として、雄性Wistarラット(日本SLC)を使用した。当該ラットは入荷後、1週間馴化を行った後、実験に供した。ラットは試験当日に4時間絶食させた後、体重および血中ケトン体指標であるβヒドロキシ酪酸(bHB)濃度の平均値がなるべく等しくなるように、4つの群(試験群:CZ1~CZ3群、および対照群)(各群n=8)に分類した。
【0084】
(1-2)実験方法
群分け後、試験群(CZ1~CZ3)のラットに被験物質としてカゼイン化合物(カゼインNa)(フォンテラ社製)水溶液を20mL/kg体重の割合で経口投与した。また対照群のラットには被験物質に代えて水を経口投与した。各群のラットに被験物質または水を経口投与した直後、中鎖脂肪酸を含有する油脂(中鎖脂肪酸油脂)であるカプリル酸トリグリセリド(理研ビタミン社製)(以下、これを「MCT」と略称する)を経口投与した。なお、試験群のラットに対するカゼイン化合物の投与量は、表1に示すように1.13~2.27g/kg体重とし、MCTの投与量は4.5g/kg体重とした。
【0085】
【0086】
各群のラットについて、被験物質投与前(対照群については水投与前)、並びにMCT投与から1、2、3、4、5および6時間後に、尾静脈より採血し、血中のbHB濃度を自己検査用βヒドロキシ酪酸測定器(プレシジョンエクシード、アボット社製)を用いて測定した。被験物質投与前(または水投与前)のbHB濃度(初期値)に対するMCT投与後のbHB濃度との差(ΔbHB(mmol/L))の経時的推移からその最大値(ΔCmax)および曲線下面積(ΔAUC)をそれぞれ算出し、対照群から得られる各値をそれぞれ100%とした場合の相対値(%ΔCmax、%ΔAUC)を、下式に基づいて求めた。
【0087】
[数1]
%ΔCmax =[試験群のΔCmax/対照群のΔCmax]×100
%ΔAUC =[試験群のΔAUC/対照群のΔAUC]×100
【0088】
(2)実験結果
各群(試験群:CZ1~CZ3、および対照群)のラットについて、被験物質投与前(または水投与前)のbHB濃度(初期値)に対するMCT投与後のbHB濃度との差(ΔbHB(mmol/L))の経時的推移を
図1に示す。
【0089】
また、
図1から得られた最大値(ΔCmax)および曲線下面積(ΔAUC)から、上記式に従って対照群を100として算出した各相対値を
図2(A)及び(B)に示す。
図1及び2に示すように、MCTの摂取に際してカゼイン化合物を一緒に摂取させることで、MCT単独摂取の場合と比べて血中のbHB濃度が有意に増加することが認められた。このことから、カゼイン化合物(Na塩)をMCTと一緒に摂取することで、体内におけるMCTからケトン体生成を促進(亢進)させることができることが示された。具体的には、MCTの投与量4.5g/kg体重に対して、カゼイン化合物を1.13~2.27g/kg体重(MCT投与量の約25%~50%)の用量で同時投与することで、MCT摂取によるケトン体産生が亢進された。
またカゼイン化合物の投与によって下痢等の副作用は認められなかった。
【0090】
処方例1
下記表2に記載する成分(合計16.3g)を水と混合して容量125mLの流動食形状を有する本発明のケトン体生成促進剤を調製することができる。
【0091】
【0092】
処方例2
下記表3に記載する成分を混合することで、粉末形状の本発明のケトン体生成促進剤組成物を調製することができる。
【0093】