(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-14
(45)【発行日】2022-10-24
(54)【発明の名称】細胞構造体、細胞構造体の製造方法、細胞培養方法及びマイクロ流路
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20221017BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20221017BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20221017BHJP
【FI】
C12N5/07
C12M3/00 Z
C12M1/00 C
(21)【出願番号】P 2020548095
(86)(22)【出願日】2019-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2019030861
(87)【国際公開番号】W WO2020066306
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-03-12
(31)【優先権主張番号】P 2018185581
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】倉員 智瑛
(72)【発明者】
【氏名】松野 亮
(72)【発明者】
【氏名】高橋 一憲
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/126228(WO,A1)
【文献】特開2009-273461(JP,A)
【文献】国際公開第89/010397(WO,A1)
【文献】特開昭57-197031(JP,A)
【文献】特開2010-038866(JP,A)
【文献】特開2010-025911(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体の製造方法であって、
管状の流路内に細胞懸濁液を流通させる細胞懸濁液流通工程と、
前記流路内にゲル前駆体を注入して前記細胞懸濁液の周囲を前記ゲル前駆体によって被覆する被覆工程と、
前記流路内に気体を注入して、前記ゲル前駆体によって被覆された前記細胞懸濁液と前記気体とによる交互流を前記流路内に形成する交互流形成工程と、
前記流路内にゲル化剤を注入して、前記交互流に前記ゲル化剤を合流させることで、前記ゲル前駆体をゲル化させるゲル化工程と、
を含む細胞構造体の製造方法。
【請求項2】
前記交互流形成工程において前記流路内に注入される前記気体の単位時間当たりの注入量が一定である
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記交互流形成工程において前記流路内に注入される前記気体の単位時間当たりの注入量により、前記細胞構造体のアスペクト比を制御する
請求項1または請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記交互流形成工程において前記流路内に前記気体を間欠的に注入する
請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記流路の通液方向に直交する断面の形状は、円形または多角形である
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記流路の内壁面に対する前記ゲル前駆体の接触角が50°以上である
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記流路の内壁面が撥水処理されている
請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の製造方法によって製造された細胞構造体に含まれる細胞を培養する細胞培養方法であって、
前記細胞構造体を培地中で培養する培養工程を含む
細胞培養方法。
【請求項9】
前記培養工程の後に前記ゲル状物質を除去する除去工程を更に含む
請求項8に記載の細胞培養方法。
【請求項10】
複数の細胞を含む
液体である細胞懸濁液と、
前記細胞懸濁液の全周を覆うゲル状物質と、
を含み、
前記ゲル状物質の厚さが、全域に亘り、前記ゲル状物質の平均厚さの0.1倍以上3倍以下であり、
外形が非球状且つアスペクト比が100以下である
細胞構造体。
【請求項11】
前記アスペクト比が20以下である
請求項10に記載の細胞構造体。
【請求項12】
短手方向の長さが10μm以上500μm以下である
請求項10または請求項11に記載の細胞構造体。
【請求項13】
細胞懸濁液が流通する管状のメイン流路と、
ゲル前駆体が注入される第1の注入口に連通し、
前記メイン流路の入口よりも通液方向の下流側に配置された第1の合流部において前記メイン流路に合流する第1の分岐流路と、
気体が注入される第2の注入口に連通し、前記メイン流路の、前記第1の合流部よりも通液方向の下流側に配置された第2の合流部において前記メイン流路に合流する第2の分岐流路と、
前記ゲル前駆体をゲル化させるゲル化剤が注入される第3の注入口に連通し、前記メイン流路の、前記第2の合流部よりも前記通液方向の下流側に配置された第3の合流部において前記メイン流路に合流する第3の分岐流路と、
を含
み、前記メイン流路の内壁面が、前記ゲル前駆体に対して撥水性を有する、
マイクロ流路。
【請求項14】
前記メイン流路の内壁面の撥水性が、前記内壁面に対する前記ゲル前駆体の接触角が50°以上となる撥水性である、請求項13に記載のマイクロ流路。
【請求項15】
前記第2の分岐流路から注入される気体の注入時の圧力が、0.1MPa以上である、請求項13に記載のマイクロ流路。
【請求項16】
前記第2の分岐流路の管径が、0.1mm以上0.5mm以下である、請求項13に記載のマイクロ流路。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は2018年9月28日出願の日本出願第2018-185581号の優先権を主張すると共に、その全文を参照により本明細書に援用する。
開示の技術は、細胞構造体、細胞構造体の製造方法、細胞培養方法及びマイクロ流路に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体に関する技術として、例えば、以下のものが知られている。
【0003】
例えば、特表2016-539652号公報には、造血能がある細胞を含む液体コアと、液体コアの周囲を被包するゲル状殻とを含むカプセルが記載されている。このカプセルは、以下の工程を経ることにより形成される。a)造血能がある細胞を含有する第1の液体溶液と、ゲル化し得る液体多価電解質を含有する第2の液体溶液とをジャケット内で別々に移動させる工程、b)ジャケットの流出口において一連の小滴を形成する工程であって、それぞれの小滴が第1の溶液で形成される中心コアと、第2の溶液で形成され中心コアを完全に覆う周縁フィルムとを含む工程、c)フィルムの多価電解質と反応可能な試薬を含有するゲル溶液中にそれぞれの小滴を浸して、小滴を液体状態からゲル状態に移行させゲル状殻を形成させ、中心コアが液体コアを形成する工程、d)形成されたカプセルを回収する工程。
【0004】
また、特開2017-154070号公報には、生体物質を内包するカプセルであって、皮膜が連通多孔構造のポリマーであり、外表面と内表面にスキン層が存在することを特徴とするカプセルが記載されている。また、特開2017-154070号公報には、このカプセルを用い、三次元方向に細胞または微生物を培養する培養方法が記載されている。
【0005】
また、特許5633077号公報には、高強度ハイドロゲルで被覆されたマイクロゲルファイバを含み、マイクロゲルファイバ中に細胞又は細胞培養物を含んだマイクロファイバが記載されている。また、特許5633077号公報には、架橋前のアルギン酸ナトリウム溶液を、同軸となるように細胞を含むコア部及びシェル部に分けて射出し、同軸のコア・シェル状態の流体を形成させ、その流体を塩化カルシウムを含む水溶液中に導入してゲル化させることにより、内側(コア部)及び外側(シェル部)の2種類のゲルからなるマイクロファイバを構築することが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
iPS細胞(induced pluripotent stem cells)及びES細胞(embryonic stem cells)等の幹細胞を培地中に浮遊させた状態で培養すると、細胞同士が融合し、細胞凝集体(スフェア)が形成される。しかしながら、細胞凝集体(スフェア)のサイズが過大となると、細胞凝集体の中心部への酸素及び栄養分の供給が不十分となり、凝集体の中心部の細胞が壊死する場合がある。
【0007】
細胞凝集体の成長を規制する方法として、複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆する方法が考えられる。細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体の製造方法としては、例えば、特許5633077号公報に記載のように、細胞構造体をファイバ状に成形する方法がある。しかしながら、ファイバ状の細胞構造体は、ハンドリングが困難である。例えば、複数のファイバ状の細胞構造体を培地中に分散させて培養を行った場合、ファイバ状の細胞構造体同士が絡み合い、より大きな凝集体を生じさせてしまい、細胞への酸素及び栄養分の供給が不十分となるおそれがある。
【0008】
そこで、細胞構造体のハンドリング性を高めるためには、ファイバ状の細胞構造体を個片化すればよいと考えられる。個片化の方法としては、ファイバ状の細胞構造体を、ゲル状物質のゲル化後に、カッター等の切断具により切断する方法、ファイバ状の細胞構造体に引っ張り力を作用させて引きちぎる方法などが考えられる。
【0009】
しかしながら、ファイバ状の細胞構造体を切断具により切断した場合には、切断により露出する切断面はゲル状物質によって被覆されておらず、切断部から細胞懸濁液が漏出するおそれがある。また、ファイバ状の細胞構造体を引きちぎることにより個片化した場合には、引きちぎり部分の先端が、引っ張り方向に引き伸ばされ、当該部分におけるゲル状物質の厚さが他の部分と比較して厚くなる。ゲル状物質の厚さが過大となる部分からは、酸素及び栄養分の取り込みが困難となるおそれがある。このように、ファイバ状の細胞構造体の個片化を、ゲル状物質のゲル化後に行う方法によれば、培養に適した構造を形成することが困難である。
【0010】
細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体の他の製造方法としては、例えば、特表2016-539652号公報に記載のように、細胞及びゲル前駆体を含む液滴をゲル化剤に滴下する方法がある。しかしながら、この方法によれば、細胞及びゲル前駆体を含む液滴をゲル化剤に滴下する際に、該液滴が大気に晒されることとなり、細胞が細菌及びウィルス等の汚染源に汚染されるリスクがある。
【0011】
また、この方法により製造される細胞構造体の形状は球形となる。細胞構造体の形状が球形となると、細胞の体積に対するゲル状物質の体積の比率が大きくなる。ここで、細胞を被覆するゲル状物質は、その後の工程において除去されることが想定される。ゲル状物質の除去は、例えばEDTA(ethylenediaminetetraacetic acid)等のキレート剤を用いてゲル状物質を解離させることにより行うことが想定される。細胞の体積に対するゲル状物質の体積の比率が大きいと、キレート剤による処理時間が長くなり、細胞へのダメージが大きくなる。
【0012】
開示の技術は、複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体において、培養に適した構造を有する細胞構造体、細胞構造体の製造方法、細胞培養方法及びマイクロ流路を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
開示の技術に係る細胞構造体の製造方法は、複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体の製造方法であって、管状の流路内に細胞懸濁液を流通させる細胞懸濁液流通工程と、流路内にゲル前駆体を注入して細胞懸濁液の周囲をゲル前駆体によって被覆する被覆工程と、流路内に気体を注入して、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液と気体とによる交互流を流路内に形成する交互流形成工程と、流路内にゲル化剤を注入して、交互流にゲル化剤を合流させることで、ゲル前駆体をゲル化させるゲル化工程と、を含む。開示の技術に係る細胞構造体の製造方法によれば、複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体において、培養に適した構造を形成することができ、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液の個片化を適切に行うことが可能となる。
【0014】
交互流形成工程において流路内に注入される気体の単位時間当たりの注入量が一定であってもよい。これにより、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液と気体とによる交互流を安定的に形成することが可能となる。
【0015】
交互流形成工程において流路内に注入される気体の単位時間当たりの注入量により、細胞構造体のアスペクト比を制御してもよい。これにより、細胞構造体のアスペクト比の制御を容易に行うことができる。
【0016】
また、交互流形成工程において流路内に気体を間欠的に注入してもよい。また、流路の通液方向に直交する断面の形状は、円形または多角形であってもよい。
【0017】
流路の内壁面に対するゲル前駆体の接触角が50°以上であることが好ましい。また流路の内壁面が撥水処理されていることが好ましい。これにより、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液と気体とによる交互流を安定的に形成することができ、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液の個片化を適切に行うことが可能となる。
【0018】
開示の技術に係る細胞培養方法は、上記の製造方法によって製造された細胞構造体に含まれる細胞を培養する細胞培養方法であって、細胞構造体を培地中で培養する培養工程を含む。開示の技術に係る細胞培養方法によれば、細胞のゲル状物質除去工程におけるダメージを低減しつつ細胞培養における細胞構造体同士の凝集を回避することができる。
【0019】
開示の技術に係る細胞培養方法は、培養工程の後にゲル状物質を除去する除去工程を更に含んでいてもよい。
【0020】
開示の技術に係る細胞構造体は、複数の細胞を含む細胞懸濁液と、細胞懸濁液の全周を覆うゲル状物質と、を含み、ゲル状物質の厚さが、全域に亘り、ゲル状物質の平均厚さの0.1倍以上3倍以下であり、外形が非球状且つアスペクト比が100以下である。開示の技術に係る細胞構造体によれば、培養に適した細胞構造体が提供される。
【0021】
開示の技術に係る細胞構造体において、アスペクト比は20以下であることが好ましい。これにより、細胞構造体のハンドリング性をより高めることができる。
【0022】
開示の技術に係る細胞構造体において、短手方向の長さが10μm以上500μm以下であることが好ましい。細胞構造体の短手方向の長さを10μm以上とすることで、マイクロ流路への細胞懸濁液の注入を適切に行うことが可能となる。また、細胞構造体の短手方向の長さを500μm以下とすることで、細胞構造体を培地中に分散させて培養を行う場合に、コア部の中心部にも、十分な量の酸素及び栄養分を供給することが可能となる。
【0023】
開示の技術に係るマイクロ流路は、細胞懸濁液が流通する管状のメイン流路と、ゲル前駆体が注入される第1の注入口に連通し、第1の合流部においてメイン流路に合流する第1の分岐流路と、気体が注入される第2の注入口に連通し、メイン流路の、第1の合流部よりも通液方向の下流側に配置された第2の合流部においてメイン流路に合流する第2の分岐流路と、ゲル前駆体をゲル化させるゲル化剤が注入される第3の注入口に連通し、メイン流路の、第2の合流部よりも通液方向の下流側に配置された第3の合流部においてメイン流路に合流する第3の分岐流路と、を含む。開示の技術に係るマイクロ流路によれば、培養に適した細胞構造体を容易に形成することが可能となる。
【発明の効果】
【0024】
開示の技術によれば、1つの側面として、複数の細胞を含む細胞懸濁液の周囲をゲル状物質によって被覆した細胞構造体において、培養に適した構造を形成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】開示の技術の実施形態に係る細胞構造体の構造を模式的に示す図である。
【
図2】比較例3に係る細胞構造体の構造を模式的に示す図である。
【
図3】開示の技術の実施形態に係る細胞構造体におけるシェル部の平均厚さの測定方法を説明するための図である。
【
図4】開示の技術の実施形態に係る細胞構造体の製造に用いられるマイクロ流路の構成の一例を示す断面図である。
【
図5】開示の技術の実施形態に係る細胞構造体の製造方法の一例を示す工程フロー図である。
【
図6】開示の技術の実施形態に係る細胞構造体を製造しているときのマイクロ流路内の様子を示す図である。
【
図7】開示の技術の実施形態に係るマイクロ流路の内壁に対するゲル前駆体の接触角の測定方法を示す図である。
【
図8A】開示の技術の実施形態に係る製造方法によって製造された細胞構造体の位相差顕微鏡画像である。
【
図9A】比較例1に係る細胞構造体の位相差顕微鏡画像である。
【
図10A】比較例2に係る細胞構造体の位相差顕微鏡画像である。
【
図11】開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法の一例を示す工程フロー図である。
【
図12】開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、開示の技術の実施形態の一例を、図面を参照しつつ説明する。なお、各図面において同一または等価な構成要素および部分には同一の参照符号を付与している。
【0027】
[第1の実施形態]
図1は、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体1の構造を模式的に示す図である。細胞構造体1は、複数の細胞2を含む細胞懸濁液からなるコア部10と、コア部10の全周を覆うゲル状物質からなるシェル部11とを含む。
【0028】
コア部10を構成する細胞2の種類は、特に限定されないが、例えば、iPS細胞及びES細胞等の幹細胞を用いることができる。コア部10を構成する細胞懸濁液には、細胞2に生育環境を提供する培地が含まれる。
【0029】
シェル部11を構成するゲル状物質は、解離性を有するハイドロゲルであることが望ましい。解離性を有するとは、EDTA等のキレート剤による処理によって溶解する性質を持つことを意味する。解離性を有するハイドロゲルとして、例えば、ゲル化したアルギン酸ナトリウムを用いることができる。
【0030】
細胞構造体1の外形形状は、非球状であればよく、例えば円柱状、四角柱状または六角柱状であってもよい。また、細胞構造体1のアスペクト比は、1よりも大きく100以下であることが好ましく、1.1以上20以下であることが更に好ましい。アスペクト比とは、細胞構造体1の外形長さのうち、最も長い部位における長さL1と、最も短い部位における長さL2との比(L1/L2)である。
【0031】
図2は、比較例3に係る細胞構造体1Xの構造を模式的に示す図である。比較例3に係る細胞構造体1Xの形状は球状とされている。すなわち、比較例3に係る細胞構造体1Xのアスペクト比は1である。コア部10(細胞懸濁液)の体積に対するシェル部11(ゲル状物質)の体積の比率(以下、ゲル体積率という)は、球状の外形を有する比較例3に係る細胞構造体1Xの方が、非球状の外形を有する本実施形態に係る細胞構造体1(
図1参照)よりも大きくなる。すなわち、細胞構造体のアスペクト比が1に近くなる程、ゲル体積率が大きくなる。
【0032】
ここで、比較例3に係る細胞構造体1Xの直径が、例えば200μmであり、シェル部11を構成するゲル状物質の厚さが例えば50μmである場合を想定する。この場合、ゲル体積率は約8である。また、本実施形態に係る細胞構造体1の外形が、例えば円柱形であり、長手方向における長さL1が例えば2mmであり、短手方向における長さL2が例えば200μmであり、シェル部11を構成するゲル状物質の厚さが例えば50μmである場合を想定する。この場合、ゲル体積率は約4.2である。
【0033】
シェル部11を構成するゲル状物質は、その後の工程において除去されることが想定される。ゲル状物質の除去は、例えばEDTA等のキレート剤を用いてゲル状物質を解離させることにより行われる。ゲル体積率が大きいと、キレート剤による処理時間が長くなり、細胞2へのダメージが大きくなる。本実施形態に係る細胞構造体1の外形は、非球状とされており、アスペクト比が1よりも大きいので、球状の外形を有する比較例3に係る細胞構造体1Xと比較して、ゲル体積率を小さくすることができ、シェル部11を構成するゲル状物質を除去する際のキレート剤による処理時間を短くすることができる。特に、細胞構造体1の外形形状を円柱状とすることで、ゲル体積率を小さくすることができる。また、細胞構造体1の外形形状を四角柱状または六角柱状とすることで、同一サイズの円柱状とする場合と比較して、ゲル体積率は大きくなるが、細胞構造体1の表面積を大きくすることができ、コア部10における酸素及び栄養分の取り込みの点において有利となる。
【0034】
また、本実施形態に係る細胞構造体1は、アスペクト比が100以下とされているので、例えば、細胞構造体1を培養する培養工程における細胞構造体1のハンドリング性を高めることができる。すなわち、複数の細胞構造体1を培地中に分散させて培養を行った場合、細胞構造体同士が絡み合うリスクを低減することができる。アスペクト比を20以下とすることで、細胞構造体1のハンドリング性を更に高めることが可能となる。
【0035】
また、本実施形態に係る細胞構造体1の短手方向における長さL2は、10μm以上500μm以下であることが好ましい。細胞構造体1の短手方向における長さL2を、10μm以上とすることで、細胞構造体1の製造に用いられる後述するマイクロ流路への細胞懸濁液の注入を適切に行うことが可能となる。また、細胞構造体1の短手方向における長さL2を、500μm以下とすることで、細胞構造体1を培地中に分散させて培養を行う場合に、コア部10の中心部にも、十分な量の酸素及び栄養分を供給することが可能となる。
【0036】
本実施形態に係る細胞構造体1において、シェル部11を構成するゲル状物質は、コア部10を構成する細胞懸濁液の全周を欠陥なく覆っている。すなわち、細胞構造体1の長手方向の端部においてもシェル部11がコア部10を十分な厚さで覆っている。また、シェル部11の厚さは、シェル部11の全域に亘り、シェル部11の平均厚さの0.1倍以上3倍以下とされている。シェル部11の平均厚さは、以下のようにして求められる。
【0037】
すなわち、10個の細胞構造体1を無作為に抽出し、抽出した細胞構造体1の各々について位相差顕微鏡にて観察を行う。細胞構造体1の各々について、
図3に示すように、コア部10を構成するゲル状物質の厚さが最も厚い部位A1、厚さが最も薄い部位A2、および、厚さが最も厚い部位A1を起点に、シェル部11を8等分する部位A3~A9を含む合計9つの部位A1~A9を抽出し、これら9つの部位A1~A9の厚さを平均した平均値Xiを求める。10個の細胞構造体1の各々について求めた平均値Xiの平均値Xを、シェル部11の平均厚さとする。なお、シェル部11の各部位A1~A9における厚さは、シェル部11の内壁の、当該部位に対応する点aと、点aから内壁に対し直角に伸ばした線がシェル部11の外壁と交わる点bと、を結ぶ線分abの長さを意味する。
【0038】
以下に、細胞構造体1の製造方法について説明する。
図4は、細胞構造体1の製造に用いられるマイクロ流路20の構成の一例を示す断面図である。マイクロ流路20は、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術などの微細加工技術を利用して形成される流路を有するデバイスである。マイクロ流路20の材料としては、特に限定されないが、ガラス、PDMS(Polydimethylsiloxane)、石英、樹脂などを用いることができる。マイクロ流路20は、メイン流路21、第1の分岐流路22、第2の分岐流路23、第3の分岐流路24を含んで構成されている。
【0039】
メイン流路21は、細胞構造体1のコア部10を構成する細胞懸濁液が流通する管状の流路である。本実施形態において、メイン流路21は、一直線に伸びており、マイクロ流路20内において細胞懸濁液の流れ方向は直線的となる。メイン流路21の、通液方向(細胞懸濁液の流れ方向)に直交する断面の形状は、特に限定されないが、例えば、円形、楕円形であってもよく、また、四角形、六角形等の多角形であってもよい。メイン流路21の管径は、製造される細胞構造体1の短手方向における長さL2に対応する。従って、メイン流路21の管径は、製造される細胞構造体1の目標サイズに応じて設定される。
【0040】
第1の分岐流路22は、細胞構造体1のシェル部11を構成するゲル状物質の材料となるゲル前駆体が注入される第1の注入口25に連通している。第1の分岐流路22は、メイン流路21上の第1の合流部26においてメイン流路21に合流する。
【0041】
第2の分岐流路23は、気体が注入される第2の注入口27に連通している。第2の分岐流路23は、メイン流路21の、第1の合流部26よりも通液方向(細胞懸濁液の流れ方向)の下流側に配置された第2の合流部28においてメイン流路21に合流する。
【0042】
第3の分岐流路24は、ゲル前駆体をゲル化させるゲル化剤が注入される第3の注入口29に連通している。第3の分岐流路24は、メイン流路21の、第2の合流部28よりも通液方向(細胞懸濁液の流れ方向)の下流側に配置された第3の合流部30においてメイン流路21に合流する。
【0043】
図5は、細胞構造体1の製造方法の一例を示す工程フロー図である。細胞構造体1の製造方法は、細胞懸濁液流通工程P1、被覆工程P2、交互流形成工程P3及びゲル化工程P4を含む。
図6は、細胞構造体1を製造しているときのマイクロ流路20内の様子を示す図である。
【0044】
細胞懸濁液流通工程P1において、複数の細胞を含む細胞懸濁液3をメイン流路21内に注入し、メイン流路21内に細胞懸濁液3を流通させる。細胞懸濁液3の注入は、例えばシリンジを用いて行われる。細胞懸濁液3に含まれる細胞の密度がマイクロ流路20内において均一となるように、シリンジ内の細胞懸濁液3を撹拌するなどして、細胞の沈降を抑制することが好ましい。また、メイン流路21内への細胞懸濁液3の単位時間当たりの注入量を一定とすることで、メイン流路21内を流通する細胞懸濁液3の流量を一定とすることが好ましい。注入された細胞懸濁液3は、メイン流路21に沿って下流側に向けて流れる。
【0045】
被覆工程P2において、第1の注入口25からゲル前駆体4を注入して、メイン流路21を流通する細胞懸濁液3の周囲をゲル前駆体4によって被覆する。第1の注入口25から注入されたゲル前駆体4は、第1の分岐流路22を経由して、第1の合流部26において、メイン流路21を流通する細胞懸濁液3と合流し、細胞懸濁液3の周囲を被覆する。ゲル前駆体4は、細胞構造体1のシェル部11を構成するゲル状物質の材料である。ゲル前駆体4として例えばアルギン酸ナトリウムの水溶液を用いることができる。第1の分岐流路22へのゲル前駆体4の単位時間当たりの注入量を一定とし、第1の分岐流路22内を流通するゲル前駆体4の流量を一定とすることが好ましい。ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3は、メイン流路21に沿って更に下流側に向けて流れる。
【0046】
交互流形成工程P3において、第2の注入口27から気体5を注入して、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流をメイン流路21内に形成する。第2の注入口27から注入された気体5は、第2の分岐流路23を経由して第2の合流部28においてメイン流路21を流通するゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と合流する。気体5が、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と接触することで、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とが交互に配置された状態で流動する交互流がメイン流路21内に形成される。すなわち、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3は、気体5によって分断され、個片化される。個片化された細胞懸濁液の気体5と接する側の表面には、ゲル前駆体4が周り込む。これにより、個片化された細胞懸濁液の全周は、ゲル前駆体4によって覆われる。
【0047】
交互流形成工程P3において、第2の注入口27から注入される気体5の単位時間当たりの注入量は一定であることが好ましい。気体5の単位時間当たりの注入量を一定とすることで、上記交互流における、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3の通液方向における長さと、気体5の通液方向における長さをそれぞれ一定とすることができる。すなわち、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3の個片の長さを一定とすることができ、これにより、本製造方法によって製造される細胞構造体1の長手方向の長さL1を一定とすることができる。なお、気体5の単位時間当たりの注入量を一定にするとは、本製造方法により製造される細胞構造体1の長手方向の長さL1が、細胞構造体1を利用する目的に応じて許容されるばらつきに収まる程度であればよく厳密な意味での一定ではない。
【0048】
気体5のマイクロ流路20内への注入は、連続的であってもよいし、間欠的であってもよい。気体5の注入を間欠的に行う場合、市販のディスペンサを用いてもよいし、マスフローコントローラの開度を間欠状のパターンに調整してもよい。また、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3の第2の分岐流路23内への侵入を防止するために、気体5の注入時の圧力を0.1MPa以上とすることが好ましい。また、気体5が通過する第2の分岐流路23の管径は、0.1mm以上0.5mm以下であることが好ましく、上記の範囲内において極力細い方が好ましい。
【0049】
気体5として、空気、酸素、窒素、二酸化炭素等の細胞毒性を有さないものを用いることができる。また、気体5は、細胞懸濁液3に含まれる細胞の培養に適した組成及び温度に調整されていることが好ましい。気体5として、例えば、二酸化炭素5%、酸素20%及び窒素75%を含むガスを好適に用いることができ、そのガスの温度が37℃に調整されていることが更に好ましい。
【0050】
ここで、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流を安定的に形成するためには、メイン流路21の内壁が、ゲル前駆体4に対して比較的高い撥水性を有していることが好ましい。仮に、メイン流路21の内壁のゲル前駆体4に対する撥水性が不足する場合、気体5とメイン流路21の内壁との間に、ゲル前駆体4が周り込み、気体5の周囲がゲル前駆体4によって覆われてしまうおそれがある。すなわち、メイン流路21の内壁のゲル前駆体4に対する撥水性が不足する場合、気体5は、メイン流路21内において気泡となり、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流を安定的に形成することが困難となるおそれがある。この場合、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3の個片化を適切に行うことが困難となる。
【0051】
メイン流路21の内壁のゲル前駆体4に対する撥水性を高める方法として、メイン流路21の内壁を、例えば、パーフルオロアルキル鎖などの疎水基を有するシランカップリング剤によって含浸処理する方法が挙げられる。その他の方法として、メイン流路21の端部よりCF系のプラズマを照射する方法が挙げられる。メイン流路21の内壁の素材の疎水度や処理条件を調整することで、所望の撥水性を得ることができる。
【0052】
メイン流路21の内壁のゲル前駆体4に対する撥水性は、メイン流路21の内壁に対するゲル前駆体4の接触角θによって定量化することができる。本明細書において、接触角θは、下記の測定方法によって測定されるもの意味する。
図7は、接触角θの測定方法を示す図である。
図7に示すように、メイン流路21内に、所定量のゲル前駆体40を注入する。これによりメイン流路21内に形成される、気体50とゲル前駆体40との界面S2と、メイン流路21の内壁面S1とのなす角を接触角θとする。
【0053】
メイン流路21の内壁に対するゲル前駆体4の接触角θは、50°以上であることが好ましい。接触角θを50°以上とすることで、交互流形成工程P3において、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流を安定的に形成することができ、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3の個片化を適切に行うことが可能となる。
【0054】
ゲル化工程P4において、第3の注入口29からゲル化剤6を注入し、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流にゲル化剤6を合流させることで、ゲル前駆体4をゲル化させる。第3の注入口29から注入されたゲル化剤6は、第3の分岐流路24を経由して第3の合流部30においてメイン流路21を流通する交互流と合流する。ゲル化剤6が、細胞懸濁液3を被覆するゲル前駆体4に接触することで、ゲル前駆体4において架橋反応が生じ、ゲル前駆体4がゲル化される。これにより、ゲル状物質からなるシェル部11が形成される。ゲル前駆体4は、細胞懸濁液3の全周を被覆した状態を維持したままゲル化されるので、細胞懸濁液3の全周が、欠陥なくゲル状物質によって覆われる。ゲル化剤6として例えば塩化カルシウムの水溶液を用いることができる。細胞懸濁液3の周囲をゲル状物質で被覆した細胞構造体1の個片が、マイクロ流路20の下流側の端部から連続的に排出される。
【0055】
以上のように、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体1の製造方法によれば、交互流形成工程P3において、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3と気体5とによる交互流がメイン流路21内において形成されることで、ゲル前駆体4によって被覆された細胞懸濁液3が分断され、個片化される。その後、ゲル化工程P4において、ゲル前駆体4は細胞懸濁液3の全周を被覆した状態を維持しつつゲル化される。すなわち、本実施形態に係る製造方法によれば、細胞構造体1の個片化は、交互流形成工程P3において実質的に完了しているので、ゲル化後に、細胞構造体1を切断すること、または引きちぎることを要しない。
【0056】
図8Aは、開示の技術の実施形態に係る製造方法によって製造された細胞構造体1の位相差顕微鏡画像であり、
図8Bは
図8Aに対応する細胞構造体1の模式図である。
図9Aは、ファイバ状の細胞構造体をシェル部のゲル化後に切断することにより個片化された比較例1に係る細胞構造体1Yの位相差顕微鏡画像であり、
図9Bは
図9Aに対応する細胞構造体1Yの模式図である。
図10Aは、ファイバ状の細胞構造体をシェル部のゲル化後に引きちぎることにより個片化された比較例2に係る細胞構造体1Zの位相差顕微鏡画像であり、
図10Bは
図10Aに対応する細胞構造体1Zの模式図である。
【0057】
比較例1に係る細胞構造体1Yによれば、
図9Bに示すように、切断面がシェル部11によって覆われず、切断面からコア部10が露出するので、切断面からコア部10の細胞懸濁液が漏出する。一方、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体1の製造方法によれば、シェル部11のゲル化後に、細胞構造体を切断することを要しないので、個片化に伴う細胞懸濁液の漏出を回避することができる。
【0058】
比較例2に係る細胞構造体1Zによれば、
図10Bに示すように、引きちぎり部分12の先端が、引っ張り方向に引き伸ばされ、当該部分におけるシェル部11の厚さが他の部分と比較して厚くなる。シェル部11の厚さが過大となる部分からは、酸素及び栄養分の取り込みが困難となるおそれがある。一方、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体1の製造方法によれば、シェル部11のゲル化後に細胞構造体を引きちぎることを要しないので、シェル部11の厚さばらつきを抑制することが可能となる。
【0059】
また、開示の技術の実施形態に係る製造方法によれば、交互流形成工程P3において個片化された細胞懸濁液3の気体5と接する側の表面にはゲル前駆体4が周り込み、個片化された細胞懸濁液3の全周は、ゲル前駆体4によって覆われる。その後、ゲル化工程P4において、ゲル前駆体4は細胞懸濁液3の全周を被覆した状態を維持したままゲル化される。従って、シェル部11における欠陥の発生を抑制することができ、また、シェル部11の各部位における厚さばらつきを抑制することができる。
【0060】
また、開示の技術の実施形態に係る製造方法によれば、細胞懸濁液3のマイクロ流路20への単位時間当たりの注入量と、気体5のマイクロ流路20への単位時間当たりの注入量との比率を調整することにより、ゲル前駆体によって被覆された細胞懸濁液3の個片の通液方向(細胞懸濁液の流れ方向)における長さを調整することが可能となる。結果として、製造される細胞構造体1のアスペクト比を調整することが可能となる。例えば、細胞懸濁液3に対する気体5の注入比率を高めることで、細胞構造体1の長手方向における長さLを短くすることができ、アスペクト比を小さくすることができる。また、メイン流路21の管径の設定によっても、製造される細胞構造体1のアスペクト比を調整することが可能である。例えば、メイン流路21の管径及び細胞懸濁液3のマイクロ流路20への単位時間当たりの注入量が固定である場合、交互流形成工程P3において、気体5のマイクロ流路20への単位時間当たりの注入量を調整することによって、製造される細胞構造体1のアスペクト比を調整することが可能である。
【0061】
このように、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体の製造法によれば、培養に適した構造の細胞構造体を製造することが可能となる。
【0062】
図11は、開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法の一例を示す工程フロー図である。開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法は、上記の製造方法によって製造された細胞構造体1を培地中で培養する培養工程P11を含む。例えば、
図12に示されるように、密閉されたバッグ状の培養容器100に、複数の細胞構造体1を培地110とともに収容して培養を行ってもよい。なお、培地110の粘度を調整することにより、細胞構造体1が培地110中において浮遊した状態を維持するようにしてもよい。また、必要に応じて細胞構造体1及び培地110を含む細胞懸濁液を、撹拌しながら培養を行ってもよい。
【0063】
培地110に含まれる酸素及び栄養分は、細胞構造体1のシェル部(ゲル状物質)を透過してコア部(細胞)に達することができる。細胞構造体1の短手方向における長さL2を500μm以下とすることで、培地110中に含まれる酸素及び栄養分は、コア部の中心にまで達することができる。また、細胞構造体1のアスペクト比を100以下とすることで、培養期間中に細胞構造体1同士が絡み合うリスクを抑制することができ、培養期間中における細胞構造体1のハンドリングが容易となる。
【0064】
細胞構造体1を培養することで、コア部の細胞は増殖し、コア部に形成される細胞凝集体のサイズが大きくなる。コア部の全周がシェル部を構成するゲル状物質によって被覆されているので、コア部において細胞の増殖が無制限に生じることはなく、コア部に形成される細胞凝集体のサイズの拡大は、コア部における細胞の密度が、あるレベルに達した段階で停止する。すなわち、コア部に形成される細胞凝集体のサイズの拡大は、コア部がシェル部に覆われることで制限される。
【0065】
このように、細胞構造体1を用いる本実施形態に係る細胞培養方法によれば、細胞凝集体のサイズが、細胞構造体1のサイズを超えて拡大することがないので、細胞凝集体のサイズが過大となることを回避することができる。従って、細胞凝集体の中心部への酸素及び栄養分の供給不足による細胞死の発生のリスクを抑制することができる。すなわち、本実施形態に係る細胞培養方法によれば、細胞の生存率を高めることができ、培養効率を向上させることができる。
【0066】
開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法は、上記の培養工程P11の後に、シェル部11を構成するゲル状物質を除去する除去工程P12を更に含み得る。ゲル状物質の除去は、例えば、培養工程P11を開始してから所定期間経過後(例えば数日後)に実施してもよい。上記所定期間として、例えば、コア部の細胞が、80%程度のコンフルエンシーに達するまでの期間を適用してもよい。ゲル状物質の除去は、例えば、EDTA等のキレート剤を用いてゲル状物質を解離させることにより行われる。
【0067】
上記のように、本実施形態に係る細胞構造体1の外形は、非球状とされており、アスペクト比が1よりも大きいので、球状の外形を有する比較例3に係る細胞構造体1X(
図2参照)と比較して、ゲル体積率を小さくすることができ、シェル部を構成するゲル状物質を除去する際のキレート剤による処理時間を短くすることができる。
【0068】
開示の技術の実施形態に係る細胞培養方法は、シェル部を構成するゲル状物質が除去されることにより露出したコア部の細胞凝集体を、サイズのより小さい細胞凝集体または単一細胞に分割する分割工程P13を含み得る。細胞凝集体の分割は、例えば、細胞凝集体を、メッシュに通すことにより行ってもよい。また、細胞解離作用を発揮する薬液処理により細胞凝集体を分割してもよい。分割された細胞凝集体は、細胞構造体1の製造に再利用することが可能である。これにより、細胞の大量生産が可能となる。
【0069】
開示の技術の実施形態に係る製造方法及び比較例に係る製造方法を用いて製造した細胞構造体の評価結果を下記の表1に示す。各実施例及び各比較例における、細胞構造体の製造方法、形状、アスペクト比、マイクロ流路の内壁に対するゲル前駆体の接触角、製造方法における開放系/閉鎖系の種別、シェル部の厚さは、表1に示すとおりである。
【表1】
【0070】
実施例1~8及び比較例1、2、4については、以下に示す流路構成のマイクロ流路を用いた。具体的には、内径0.6mm、外径1.0mmの円柱ガラスキャピラリー、及び、内径1mm、外径1.5mmの角柱を組み合わせ、マイクロ流路を作製した。なお、円柱ガラスキャピラリーの片側は内径0.25mmとなるように、ガラスプーラー(ナリシゲ製PC-100)にて加工した。
【0071】
使用する液を以下のように準備した。
細胞懸濁液:Vitronectin(Lifetechnologies)を0.5μg/cm2コートしたTフラスコ(Corning)内で、Essential-8培地(Lifetechnologies)中でヒトiPS細胞を2.0×104cells/cm2となるように播種し、4日間培養した。培養したヒトiPS細胞を、DPBS(Lifetechnologies)で洗浄し、TryPLE Select(Lifetechnologies)で回収し、遠心分離機(Thermo Fisher)にて300G、4分間の遠心分離を行い、Essential-8に1.3×107cells/mLとなるように細胞懸濁液を調整した。
ゲル前駆体:アルギン酸ナトリウム(和光純薬)1.50質量部、塩化ナトリウム(和光純薬)0.85質量部、蒸留水97.65質量部を完全に溶解するまで撹拌し、オートクレーブにて、120℃、60分間滅菌処理を行った。
ゲル化剤:スクロース(和光純薬)3質量部、塩化カルシウム1.11質量部、蒸留水95.89質量部を完全に溶解するまで撹拌し、オートクレーブにて、120℃、60分間滅菌処理を行った。
準備した液を、シリンジポンプ(ハーバード製PD4000)にて、それぞれ以下の流量にて送液した。
細胞懸濁液:50μL/min
ゲル前駆体:150μL/min
ゲル化剤:4mL/min
また、気体は圧縮空気(元圧0.4MPa)を、マスフローメータ(フジキン製FCST1005FC-AIR)を用いて流量を調整して送気した。いずれの液及び気体も25℃の室内で温調し、同温度下で使用した。
【0072】
実施例1は、比較例1及び比較例2との対比を考慮し、細胞構造体のアスペクト比を、比較例1及び比較例2と同としたものであり、気体の流量を120μL/minに調整して送気することで、細胞構造体のアスペクト比を50としたものである。実施例1に係る細胞構造体の長手方向における長さL1は11.5mmであり、短手方向における長さL2は0.23mmであった。実施例2は、開示の技術の実施形態に係る細胞構造体の典型例であり、気体の流量を450μL/minに調整して送気することで、細胞構造体のアスペクト比を10としたものである。実施例2に係る細胞構造体の長手方向における長さL1は2.3mmであり、短手方向における長さL2は0.23mmであった。
【0073】
実施例3及び4は、典型例(実施例2)に対して、細胞構造体の形状を変更したものであり、それぞれ、四角柱及び六角柱とした。実施例1、2、5-9及び比較例1、2に係る細胞構造体の形状は円柱状であり、比較例3に係る細胞構造体の形状は球状である。細胞構造体の形状の変更は、細胞構造体の製造に用いるマイクロ流路の流路断面の形状変更により行った。
【0074】
実施例5は、典型例(実施例2)に対して、マイクロ流路の内壁に対するゲル前駆体の接触角θを小さくしたものである。換言すれば、実施例1-4、6-8、比較例1、2は、内壁面の撥水処理を施したマイクロ流路を用いて製造されたものであり、実施例5は、撥水処理を施さないマイクロ流路(ガラスキャピラリー)を用いて製造されたものである。実施例1-4、6-8、比較例1、2における撥水処理を、以下の手順で行った。1質量%酢酸とエタノールの比率を20:80とした液を用意し、この液に信越シリコーン製シランカップリング剤KBE-3083を1質量%濃度となるよう添加し、1時間室温で撹拌し加水分解した。この液にガラス製のマイクロ流路を6時間浸漬し、室温で乾燥した後、表面温度を100℃に設定したホットプレート上で10分間加熱した。比較例4は、酸素プラズマ処理機(ヤマト科学製PR-500)にて15Paで1分処理したガラスキャピラリーで構成されたマイクロ流路を用いて製造されたものである。
【0075】
マイクロ流路の内壁に対するゲル前駆体の接触角を、以下の手順で取得した。マイクロ流路のメイン流路に、マイクロピペットを用いて解離性ハイドロゲル前駆体液を100μl注入し、倒立顕微鏡(Zeiss製AXIO
Observer.Z1)にて観察し、気液界面の透過像を撮影した。この画像から、
図7に示すように、解離性ハイドロゲル前駆体液と空気の界面と、メイン流路の内壁面とのなす角を、接触角θとして取得した。撥水処理を施した場合(実施例1-4、6-8及び比較例1、2)の接触角θは、それぞれ100°であった。一方、撥水処理を施さない実施例5の接触角θは、60°であった。酸素プラズマ処理を施したガラスキャピラリーを用いた比較例4の接触角θは、30°であった。
【0076】
実施例6、7、8は、それぞれ、典型例(実施例2)に対して細胞構造体のアスペクト比を変更したものである。実施例6は、気体の流量を70μL/minに調整して送気することで、細胞構造体のアスペクト比を100としたものである。実施例6に係る細胞構造体の長手方向における長さL1は23.0mmであり、短手方向における長さL2は0.23mmであった。実施例7は、気体の流量を3.1mL/minに調整して送気することで、細胞構造体のアスペクト比を3としたものである。実施例7に係る細胞構造体の長手方向における長さL1は0.69mmであり、短手方向における長さL2は0.23mmであった。実施例8は、気体の流量を5.2mL/minに調整して送気することで、細胞構造体のアスペクト比を1.5としたものである。実施例8に係る細胞構造体の長手方向における長さL1は0.35mmであり、短手方向における長さL2は0.23mmであった。
【0077】
比較例1は、マイクロ流路を用いてファイバ状の細胞構造体を形成した後、これをカッターで切断することにより個片化したものである。比較例2は、マイクロ流路を用いてファイバ状の細胞構造体を形成した後、これを引きちぎることにより個片化したものである。比較例3は、細胞及びゲル前駆体を含む液滴をゲル化剤に滴下することにより作製したものである。すなわち、比較例3は、マイクロ流路を用いることなく製造されたものであり、細胞構造体の製造環境が開放系となる。比較例3に係る細胞構造体の形状は、その製造方法に起因して球形となり、従って細胞構造体のアスペクト比は1となる。比較例4は、上記のように、酸素プラズマ処理を施したガラスキャピラリーを用いることにより接触角θを30°としたものである。実施例1~8及び比較例1~4に係る細胞構造体は、全て、iPS細胞を含む細胞懸濁液からなるコア部と、コア部の周囲を覆うゲル状物質からなるシェル部とを含むコア・シェル型の細胞構造体である。
【0078】
実施例1~8及び比較例1~4に係る細胞構造体について、シェル部における欠陥の有無を確認した。比較例1に係る細胞構造体については、カッターで切断した切断面においてコア部が露出し、切断面からコア部の細胞懸濁液が漏出した。すなわち、比較例1に係る細胞構造体は、シェル部に欠陥を含む構造であった。実施例1~8及び比較例2~4に係る細胞構造体については、シェル部に欠陥は確認されなかった。
【0079】
実施例1~8及び比較例1~4に係る細胞構造体を、それぞれ100個ずつ倒立顕微鏡(Zeiss製AXIO Observer.Z1)にて観察し、各細胞構造体のシェル部が他の細胞構造体のシェル部と連結しているものの個数割合を示す連結度を、以下の基準で評価した。マイクロ流路の内壁に対するゲル前駆体の接触角が小さい実施例5及び比較例4に係る細胞構造体において、連結度が高くなることが確認された。
1:連結度が25%以上
2:連結度が1%以上25%未満
3:連結度が0%
【0080】
実施例1~8及び比較例1~4に係る細胞構造体について、それぞれ細胞密度が1.3×105cells/mLとなるように調製した細胞構造体分散液を用意した。細胞構造体分散液の調製は、沈降・上澄み液廃却と、Essential8培地(Life technologies社製)による希釈操作により行った。細胞構造体分散液における細胞密度は、コア部の細胞懸濁液における細胞密度、細胞構造体作製時における各液の送液量から計算した。各実施例及び各比較例に係る細胞構造体分散液20mLを、スターラー(1mm長/PTFE製)にて100rpmで5分間緩やかに撹拌した後10分間静置した。この操作で沈降した各実施例及び各比較例に係る細胞構造体を、それぞれ100個ずつ倒立顕微鏡(Zeiss製AXIO Observer.Z1)にて観察し、細胞構造体同士が絡み合っているものの個数割合を示す凝集度を、以下の基準で評価した。細胞構造体のアスペクト比が高い実施例1、6及び比較例1、2に係る細胞構造体において、凝集度が高くなることが確認された。
1:凝集度が25%以上
2:凝集度が1%以上25%未満
3:凝集度が0%
【0081】
実施例1~8及び比較例1~4に係る細胞構造体を4日間培養し、PBS(Phosphate Buffered Saline)で洗浄したのち、0.5mmol/l-EDTA(ナカライテスク社製)に浸した。EDTA処理中の細胞構造体を位相差顕微鏡観察し、シェル部のゲル状物質が完全に分解した時間を、以下の基準で評価した。細胞構造体のアスペクト比が小さくなる程、EDTA処理時間が長くなることが確認された。
1:3分以上
2:1分以上3分未満
3:30秒以上1分未満
4:5秒以上30秒未満
5:5秒未満
【0082】
コア部におけるhiPS細胞の細胞密度が1.3×107cells/mLとなるように作製した実施例2に相当する細胞構造体のサンプルを、Essential8培地(Life technologies社製)中で、24時間毎に培地交換を行いながら4日間培養した。培養4日目のサンプルを位相差顕微鏡で観察した。コア部のhiPS細胞が生存したまま増殖することをトリパンブルー染色により確認した。
【0083】
4日間培養した上記サンプルをPBSで洗浄したのち、0.5mmol/l-EDTA(ナカライテスク社製)に1分間浸した。EDTA処理中のサンプルを位相差顕微鏡観察した。コア部のhiPS細胞の凝集体が、コア部の形状を維持したまま、シェル部を形成するゲル状物質が溶解することを確認した。