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特許7162331高ピークバレー比の半導体カーボンナノチューブ分散液、その調製方法
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  • 特許-高ピークバレー比の半導体カーボンナノチューブ分散液、その調製方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】高ピークバレー比の半導体カーボンナノチューブ分散液、その調製方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/172 20170101AFI20221021BHJP
   C01B 32/174 20170101ALI20221021BHJP
   C01B 32/159 20170101ALI20221021BHJP
   B82Y 40/00 20110101ALI20221021BHJP
   B82Y 20/00 20110101ALI20221021BHJP
【FI】
C01B32/172
C01B32/174
C01B32/159
B82Y40/00
B82Y20/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018131848
(22)【出願日】2018-07-11
(65)【公開番号】P2020007206
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-04-23
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】丹下 将克
【審査官】廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-141631(JP,A)
【文献】特開2011-236066(JP,A)
【文献】TANGE Masayoshi et al.,Selective Extraction of Semiconducting Single-Wall Carbon Nanotubes by Poly(9,9-dioctylfluorene-alt-pyridine) for 1.5 μm Emission,ACS Applied Materials & Interfaces,2012年,4,p.6458-6462
【文献】TANGE Masayoshi et al.,Journal of the American Chemical Society,2011年,133,p.11908-11911
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
B03B 1/04、5/28
B82Y 20/00、30/00、40/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブ(以下、「CNT」という。)分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、チューブ直径がD1nm (ただし、D1は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値である。以下同じ。)のCNTを含み、かつ、D1nmよりも小さいチューブ直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、チューブ直径がD1nm以上の半導体単層CNT(以下、「SWCNT」という。)を識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離してチューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る工程とを含む、チューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液の調製方法。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体SWCNT分散液の調製方法において、前記CNT材料のチューブ直径範囲がD3-D4nm(ただし、D3、D4は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値で、D3<D4である。)であり、前記識別可能ポリマーの識別可能なチューブ直径範囲がD1-D2nm(ただし、D2は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値であり、かつ D1<D2、D4≦D2 である。)である、チューブ直径がD1-D4nmの半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液の調製方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の半導体SWCNT分散液の調製方法を用い、チューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTをチューブ直径がD1nmより小さいCNTから分離する半導体SWCNTの分離方法。
【請求項4】
前記溶媒が、トルエン、キシレン、ベンゼン、メシチレン、エチルベンゼン、スチレンからなる群から選択されるものである請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、1.2nm以上の直径のものを含み、かつ、1.2nmよりも小さな直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、1.2nm以上のチューブ直径の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離して1.2nm以上のチューブ直径の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る、光吸収スペクトルにおける波長1500nm近傍のピークバレー比が5.0以上である半導体SWCNT分散液の調製方法。
【請求項6】
CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、0.9-1.5nmのチューブ直径のものを含み、かつ、0.9-1.28nmのチューブ直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、1.28-1.5nmのチューブ直径の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離して1.28-1.5nmのチューブ直径の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る工程を含む、光吸収スペクトルにおいて波長領域1500-1700nmにピークバレー比が2.0以上の光吸収ピークを少なくとも1つ以上有する半導体SWCNT分散液の調製方法。
【請求項7】
CNTのうちチューブ直径が1.2nm以上の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを含み、チューブ直径が1.2nm以上の半導体SWCNTが溶媒中に分散した半導体SWCNT分散液であって、その光吸収スペクトルにおける波長1500nm近傍のピークバレー比が5.0以上である半導体SWCNT分散液。
【請求項8】
前記識別可能ポリマーがアルキル側鎖を有するフルオレン-ピリジン交互ポリマー又はアルキル側鎖を有するフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマーである請求項7に記載の半導体SWCNT分散液。
【請求項9】
前記溶媒が、トルエン、キシレン、ベンゼン、メシチレン、エチルベンゼン、スチレンからなる群から選択されるものである請求項7又は8に記載の半導体SWCNT分散液。
【請求項10】
波長1500nm近傍のピークバレー比が10.0以上である請求項7~9のいずれか1項に記載の半導体SWCNT分散液。
【請求項11】
チューブ直径が1.28-1.5nmのSWCNT、9.9-ジオクチルフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマー、及び溶媒を含む半導体SWCNT分散液であって、1660nm付近のピークバレー比が2以上である半導体SWCNT分散液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近赤外発光体、近赤外吸収体、超伝導単一光子検出用発光体などとして利用し得る半導体カーボンナノチューブ分散液やその調製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素系材料の中で、構造に由来した特性を有するカーボンナノチューブ(以下、「CNT」ということがある。)は、その機械的特性、光学的特性、電気的特性、熱的特性、分子吸着能の観点から、電子デバイス材料、吸収体や発光体などの光学素子材料、導電性材料等の機能性材料として有望視されている。
【0003】
多層や単層のCNTのうち単層CNT(以下、「SWCNT」ということがある。)は、その光学遷移の波長が構造に依存して変化する。特に、半導体的性質を示す半導体SWCNTは、近赤外波長領域に光吸収帯を有し、半導体SWCNTを孤立させることによって近赤外波長で発光する。特に、波長1.5μmで発光するSWCNTは、伝送損失の少ない光を発する発光材料や超伝導単一光子検出用発光材料等の展開が期待され、加えて、1500-1800nmの波長領域に発光帯を有するSWCNTは、生体の第3の光学窓における発光材料としての展開が期待されている。
【0004】
しかしながら、SWCNTのための現行の合成法(例えばアーク放電法、又はレーザーアブレーション法など)は全て、半導体SWCNTと金属的SWCNTとを含む混合物を作り出してしまう。それ故、合成直後に得られる金属的SWCNT、半導体SWCNT、その他のCNTなどを含む混合物から、近赤外発光体、近赤外吸収体等に適した構造の半導体SWCNTを純度良く分離することや、そのような半導体SWCNTを孤立させた分散液を得ることが重要となっている。
【0005】
SWCNTを孤立させた分散液を得る従来の手法としては、次の(1)~(3)のようなものが知られている。
(1)界面活性剤などを利用し、マイルドな(弱い遠心力での)遠心分離処理によって、光吸収スペクトルのピークバレー比を高めたCNT分散液を作製しようとするもの(非特許文献1)。
(2)CNTの構造を識別できるフルオレン系ポリマーを分散剤として用い、該ポリマーで特定構造の半導体SWCNTをラッピングした状態で遠心分離処理し、不要な他のCNTを沈降除去して、特定構造の半導体SWCNTが優位に分散した分散液を得る手法(非特許文献2,3,4, 特許文献1)。
(3)有機溶媒などの溶媒中へCNTを孤立溶解させる分散剤を用いるもの(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-141631号公報
【文献】特開2010-163570号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Kwon, T.; Lee, G.; Choi, H.; Strano, M. S.; Kim, W.-J. Nanoscale, 2013, 5, 6773-6778.
【文献】Nish,A.;Hwang,J.-Y.;Doig,J.;Nicholas,R.J.Nature Nanotech.2007,2,640-646.
【文献】Tange,M,;Okazaki,T.;Iijima,S.J.Am.Chem.Soc. 2011,133,11908-11911.
【文献】Tange,M,;Okazaki,T.;Iijima,S.ACS Appl. Mater. Interfaces 2012, 4, 6458-6462.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者は、上述のようなSWCNTを分離し、孤立させた分散液を得る従来の手法について検討したが、次の(ア)~(ウ)のような問題点などが存在することを認識した。
(ア)界面活性剤を用いてマイルドな遠心分離で作製する手法は、ミセルを形成したCNT分散液を得るもので、ミセル形成により却ってCNTの孤立化が本質的に困難となる。また、金属的SWCNTと半導体SWCNTの両方が分散してしまい、半導体SWCNTが選択的に分散したCNT分散液が得られない。さらに、フルオレン系ポリマーや超遠心分離を用いる手法と比較すると、CNT分散液が束になったCNTも含むので、光吸収スペクトルがブロードな形状となり、CNTを励起した際にエネルギー散逸が起こりやすく、半導体SWCNTを近赤外波長で発光させる上での障害となる。
(イ)SWCNTの構造を識別できるフルオレン系ポリマーを用いて半導体SWCNT分散液を作製する従来の手法は、遠心力が100,000×gに近い強い遠心分離処理や100,000×gを超える超遠心分離処理が必要であるとされている。また、1450nm以上の光吸収波長において得られる高ピークバレー比の値は、2以下であって、チューブ直径1.2nm以上の半導体SWCNTが分散した5以上等の高ピークバレー比の分散液を得ることができない。
(ウ)有機溶媒などの溶媒中へCNTを孤立溶解させる分散剤を用いる手法は、半導体SWCNTに選択性が現れたCNT分散液が得られない。
【0009】
本発明は、上述のような従来技術や該従来技術に対する本発明者の前記認識を背景としてなされたものであり、高価な超遠心分離装置を用いることなく、所定のチューブ直径の半導体SWCNTが分散した高ピークバレー比の分散液を得ることのできる半導体SWCNT分散液の調製方法を提供することを課題とする。
また、本発明は、チューブ直径1.2nm以上の半導体SWCNTが分散した高ピークバレー比の分散液や、チューブ直径1.28-1.5nmの半導体SWCNTが分散した高ピークバレー比の分散液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を達成すべく鋭意研究を続け、次の(A)~(C)のような知見を得た。
(A)チューブ直径が小さいほどCNT一本の密度は大きくなるため、CNTが孤立した場合、直径の小さいCNTほど遠心分離により除去しやすくなる。高ピークバレー比の半導体SWCNT分散液の調製において、所定チューブ直径の半導体SWCNTを抽出するために直径分布範囲が該所定チューブ直径より小さい側に主成分が存在するCNT材料を初期原料に用いることで、半導体SWCNTの分離処理の際に必要な遠心力を低減できる。
(B)例えば、初期原料のCNTが直径1.3nm以下の直径分布を有するCNT材料であれば、直径1.2nm以上の半導体SWCNT構造を顕著に識別できるポリジドデシルフルオレン〔Poly(9,9-di-n-dodecylfluorenyl-2,7-diyl)(PFD)〕やポリジオクチルフルオレニルジイルコピリジン〔Poly[(9,9-dioctylfluorenyl-2,7'-diyl)-co-(2,6-pyridine)] (PFOPy)〕などを分散剤として用いると、100,000×g未満の遠心分離処理でも直径1.2nm未満のCNTは沈降分離され、直径1.2nm以上の半導体SWCNTが分散した高ピークバレー比の分散液を上澄みとして得ることができる。
(C)上述のような従来のSWCNTの構造を識別できるフルオレン系ポリマーを用いて半導体SWCNT分散液を作製する手法は、使用する初期原料のCNT直径範囲とフルオレン系ポリマーの識別直径範囲との上記(A)で述べたような関係について認識されておらず、半導体SWCNTの分離処理の際に超遠心分離装置を用いても、前記識別直径範囲以外のものを沈降分離するのが不十分である。
【0011】
本発明は、上述のような知見に基づくものであり、本件では、次のような発明が提供される。
<1>CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、チューブ直径がD1nm (ただし、D1は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値である。以下同じ。)のCNTを含み、かつ、D1nmよりも小さいチューブ直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、チューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離してチューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る工程とを含む、チューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液の調製方法。
<2><1>に記載の半導体SWCNT分散液の調製方法において、前記CNT材料のチューブ直径範囲がD3-D4nm(ただし、D3、D4は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値で、D3<D4である。)であり、前記識別可能ポリマーの識別可能なチューブ直径範囲がD1-D2nm(ただし、D2は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値であり、かつ D1<D2、D4≦D2 である。)である、チューブ直径がD1-D4nmの半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液の調製方法。
<3><1>又は<2>に記載の半導体SWCNT分散液の調製方法を用い、チューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTをチューブ直径がD1nmより小さいCNTから分離する半導体SWCNTの分離方法。
<4>前記溶媒が、トルエン、キシレン、ベンゼン、メシチレン、エチルベンゼン、スチレンからなる群から選択されるものである<1>~<3>のいずれか1項に記載の方法。
<5>CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、1.2nm以上の直径のものを含み、かつ、1.2nmよりも小さな直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、1.2nm以上のチューブ直径の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離して1.2nm以上のチューブ直径の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る、光吸収スペクトルにおける波長1500nm近傍のピークバレー比が5.0以上である半導体SWCNT分散液の調製方法。
<6>CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、0.9~1.5nmのチューブ直径のものを含み、かつ、0.9-1.28nmのチューブ直径のCNTが主成分となっているCNT材料を用い、1.28-1.5nmのチューブ直径の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離して1.28-1.5nmのチューブ直径の半導体SWCNTが分散した半導体SWCNT分散液を得る工程を含む、光吸収スペクトルにおいて波長領域1500-1700nmにピークバレー比が2.0以上の光吸収ピークを少なくとも1つ以上有する半導体SWCNT分散液の調製方法。
<7>CNTのうちチューブ直径が1.2nm以上の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを含み、チューブ直径が1.2nm以上の半導体SWCNTが溶媒中に分散した半導体SWCNT分散液であって、その光吸収スペクトルにおける波長1500nm近傍のピークバレー比が5.0以上である半導体SWCNT分散液。
<8>前記識別可能ポリマーがアルキル側鎖を有するフルオレン-ピリジン交互ポリマー又はアルキル側鎖を有するフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマーである<7>に記載の半導体SWCNT分散液。
<9>前記溶媒が、トルエン、キシレン、ベンゼン、メシチレン、エチルベンゼン、スチレンからなる群から選択されるものである<7>又は<8>に記載の半導体SWCNT分散液。
<10>波長1500nm近傍のピークバレー比が10.0以上である<7>~<9>のいずれか1項に記載の半導体的SWCNT分散液。
<11>チューブ直径が1.28-1.5nmのSWCNT、9.9-ジオクチルフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマー、及び溶媒を含む半導体SWCNT分散液であって、1660nm付近のピークバレー比が2以上である半導体SWCNT分散液。
【発明の効果】
【0012】
本発明の高ピークバレー比の半導体SWCNT分散液は、SWCNTが孤立した状態で分散しているため、近赤外発光を示しやすく、半導体SWCNTの分光学評価が容易になる。
本発明の調製方法によれば、高ピークバレー比の半導体SWCNT分散液をマイルドな遠心分離処理によって作製できるので、超遠心分離技術の必要な従来技術と比較して、半導体SWCNT分散液作製技術を大衆化させやすい。
また、本発明の調製方法によれば、分散液調製のための初期原料であるCNT材料は合成直後のCNT材料に限定されるものではないので、1.2nm以上のチューブ直径を識別可能なポリマーが、特定構造を有する半導体SWCNTを選択的に抽出するための分散剤としてだけでなく、孤立分散によって近赤外発光性等の光学特性を効果的に発揮させるための半導体SWCNT材料の分散剤としても有用になる。それ故、本発明の調製方法は、孤立分散によって近赤外発光性等の光学特性を効果的に発揮させるための半導体SWCNT材料をそれ以外のCNT材料から選別・分離を行うことのできる選別方法乃至分離方法であるともいえる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】PFOPyを分散剤として遠心分離処理によって得られた半導体SWCNT分散液における光吸収スペクトル。
図2】PFOPyを分散剤として遠心分離(遠心力:15,000×g,処理時間:1h)で作製した半導体SWCNT分散液における二次元PLマップ。
図3】PFOPyを分散剤として遠心分離(遠心力:15,000×g,処理時間:1h)で作製した半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトルにおけるピークバレー比(hp/hv)。
図4】F8BTを分散剤として遠心分離処理によって得られた半導体SWCNT分散液における吸収スペクトル。
図5】F8BTを分散剤として遠心分離(遠心力:15,000×g,処理時間:2h)で作製した半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトルにおけるピークバレー比(hp/hv)。破線は、界面活性剤(SDBS)を分散剤に用いて超遠心分離で作製した参考例のCNT分散液の光吸収スペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の半導体SWCNT分散液やその調製方法について、実施形態と実施例に基づいて説明する。重複説明は適宜省略する。なお、ふたつの数値の間に「~」を記載して数値範囲を表す場合には、これらのふたつの数値も数値範囲に含まれるものとする。
【0015】
本発明の半導体SWCNT分散液の調製方法では、CNT分散液調製のための初期原料であるCNT材料として、チューブ直径がD1nm (ただし、D1は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値である。以下同じ。)のCNTを含み、かつ、D1nmよりも小さいチューブ直径のCNTが主成分(40質量%以上、好ましくは50質量%以上、より好ましくは60質量%以上)となっているCNT材料を用い、D1nm以上のチューブ直径の半導体SWCNTを識別可能なポリマーを分散剤として前記CNT材料を溶媒中に分散処理してCNT材料、前記ポリマー、及び溶媒を含む混合液を得る工程と、前記混合液を遠心分離してチューブ直径がD1nm以上の半導体SWCNTが選択的に分散した半導体SWCNT分散液を得る工程とを含む。
前記調製方法において、前記CNT材料のチューブ直径範囲がD3-D4nm(ただし、D3、D4は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値で、D3<D4である。)であるものを選択し、前記識別可能ポリマーの識別可能なチューブ直径範囲がD1-D2nm(ただし、D2は、0.8-1.9の範囲内の特定の数値であり、かつ D1<D2、D4≦D2 である。)であるもの選択することにより、チューブ直径がD1-D4nmの半導体SWCNTが選択的に分散した半導体SWCNT分散液を得ることができる。
なお、D1nmよりも小さいチューブ直径のCNTが初期原料であるCNT材料の主成分であるか否かの判定手法は、限定するものではないが、例えば、CNT材料を界面活性剤で分散させて超遠心分離処理したCNT分散液の光吸収スペクトルにおいて、半導体SWCNTの第1バンド間遷移による光吸収帯の山をいくつかの光吸収ピークに分解して、それぞれのピーク面積からD1nmよりも小さいチューブ直径のCNTの割合を見積もる、などの適宜の手法を採用することができる。
【0016】
上記のように、所定のチューブ直径範囲の半導体SWCNTを識別可能なポリマーと、所定のチューブ直径範囲のCNT材料とが上述の関係を有するものを公知のものやこれから開発されるものなどから選択することにより、チューブ直径が所定範囲の半導体SWCNTが分散し、高ピークバレー比を示す半導体SWCNT分散液を超遠心分離技術を必要とすることなく得ることができる。
混合液におけるSWCNTの含有量は、分散性が得られている限り特に限定されるものではないが、混合液全体に対し0.01-0.1質量%とすることができる。また、混合液における前記識別可能ポリマーの含有量は、SWCNT含有量によって適宜定めることができるが、混合液全体に対し0.01-0.1質量%とすることができる。
【0017】
混合液中のSWCNTと前記識別可能ポリマーとの質量比(CNT/ポリマー)は、特に限定されないが、0.1-0.8が好ましい。本発明においては、前記識別可能ポリマーのラッピング効果を利用して、有機溶媒に均一に分散したSWCNTの再凝集を防止することができるが、混合液中のSWCNTの含有量に対して、識別可能ポリマーの含有量が低すぎると、十分なラッピング効果が得られず、また、含有量が高すぎると束になったCNTが分散されやすくなり、識別可能ポリマーによる選択的抽出が損なわれる。
【0018】
本発明においては、CNT、識別可能ポリマー、及び溶媒を混合した後、超音波処理、撹拌処理等を施してCNTの混合液を得るが、混合液中での分散性が優れている点から、超音波処理を用いることが好ましい。
分散に使用される超音波処理の方法や条件は、特に限定されるものではなく、混合液中に含有されるSWCNT及び識別可能ポリマーの量、有機溶媒の種類等によって、適宜、定めることが可能である。具体的には、例えば、40kHz、55W、及び20kHz、500W等を用い、約1時間処理することによって良好な分散効果を得ることができる。
【0019】
本発明においては、得られた上記混合液を遠心処理することにより、上澄み液中に、1500-1800nmに発光帯を有する半導体SWCNTが抽出される。
本発明における遠心処理の条件は、特に限定されないが、相対遠心力5,000-20,000×g(g:重力加速度)で、1~5時間(好ましくは1~2時間)程度行うことが好ましい。
【0020】
なお、SWCNTでは、そのチューブ構造(チューブ直径とカイラル角)はカイラル指数と呼ばれるチューブ構造指数(n,m)を用いて表記され、そのチューブ構造に依存して光吸収波長と発光波長が異なる。そして、カーボンナノチューブのチューブ直径(dt:単位はナノメートル(nm))は、一般に、このチューブ構造指数(n,m)を用いて、以下のように表記される(ここで、炭素原子間距離を0.144nmとした)。
【数1】
【実施例
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0022】
(実施例1)
半導体単層カーボンナノチューブのチューブ構造を認識できる識別可能ポリマーのうちで、オクチル側鎖を有するフルオレン‐ピリジン交互ポリマーは、チューブ直径が1.2-1.4nmであるチューブ構造(n,m)を識別して分散できるカーボンナノチューブ分散剤である。
そこでPoly[(9,9-dioctylfluorenyl-2,7’-diyl)-alt-co-(2,6-pyridine)](メーカー:American Dye Source、製品名:ADS147UV、分子量:15,000)(以下、「PFOPy」という。)約20mgとHiPco法(High-pressure carbon monoxide method)で合成した単層カーボンナノチューブ粉体(メーカー:NanoIntegris Inc.、製品名:HiPco (Raw Powder)、直径:0.8-1.3nm、そのうち直径0.8-1.2nmのCNTが全体の約95質量%である。)約15mgを有機溶媒キシレン(p-Xylene)中に混合し、超音波分散処理によって混合液を作製した。超音波分散処理では、約10時間のバス型超音波洗浄器(As-one製ULTRASONIC CLEANER USK-1R、40kHz、55W)による超音波照射と10分間のチップ型超音波撹拌・破砕機(QSONICA製超音波ホモジナイザー Q700、20kHz、700W)による超音波照射でCNTを分散させた。
得られた混合液を2つに分け、一方を遠心力5,000×g(Sigma製マイクロミニ遠心機 1-14PP)で5分間遠心分離処理し、他方を遠心力15,000×g(日立工機株式会社製超遠心機CS120FNX)で1時間遠心分離処理してそれぞれの上澄み液を得た。それぞれの上澄み液のうち約8割を半導体SWCNT分散液として採取し、光吸収スペクトル(HITACHI製U-4100)により評価した。結果を図1に示す。
図1において、実線は、PFOPyを分散剤とする混合液を遠心分離処理して抽出した分散液の光吸収スペクトルである。遠心分離処理前の混合液の光吸収スペクトルは破線で示してある。5,000×gと15,000×gの遠心分離後のそれぞれの分散液は、共に、1500nm付近に鋭い光吸収ピークを示した。さらに、5,000×gの遠心分離後の分散液と比較すると、 15,000×gの遠心分離後の分散液では、束のCNTなどを含むバックグラウンドの吸光度がさらに減少しており、1.5マイクロメートル波長帯での光吸収を示す半導体カーボンナノチューブの選択的抽出が実現できていることがわかる。
【0023】
図2は、15,000×gの遠心分離処理で得られた半導体SWCNT分散液の2次元発光(PL)マップを示す。InGaAs検出器(Princeton Instruments製OMA-V2.2)と波長可変チタンサファイア(Ti:sapphire)レーザー(Spectra-Physics製 3900S)を組み込んだShimadzu製近赤外PLシステムを用い、2次元PLマップを測定した。発光側のスリット幅を10nmとし、励起波長と検出波長をそれぞれ5nmと2nmの間隔で走査した。
図2において、縦軸は励起波長、横軸は検出波長を示している。図2から、検出波長の1500nm付近で、半導体SWCNTの第2特異点間(第2バンド間)での光励起によって第1特異点間の光学遷移(第1バンド間光学遷移)で発光したPLピークが顕著に観測され(図中、そのPLピーク位置は三角形の印で記した。)、特定のチューブ構造の半導体SWCNTが選択的に抽出された孤立分散液が得られていることがわかる。
【0024】
図2に示されたPLピークの励起波長と発光波長から、選択的に抽出された半導体SWCNTの構造は、チューブ構造指数(n,m)で(10,8)、(14,3)、(13,5)と表記される。チューブ構造指数(10,8)、(14,3)、(13,5)の半導体SWCNTのチューブ直径は、上記[数1]から、それぞれ1.24nm、1.25nm、1.28nmと算出された。
【0025】
次に、光吸収スペクトルにおけるピークバレー比を説明する。
図3は、15,000×gの遠心分離処理により得られた半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトルであり、半導体SWCNTの第1バンド間遷移に由来する光吸収帯のスペクトル形状を示す。PFOPyを分散剤として上述の遠心分離処理で得られた1.5マイクロメートル波長帯で発光するチューブ直径1.25nm付近の半導体SWCNT分散液は、図3から、光吸収スペクトルのピークバレー比(=hp/hv)が約11であることがわかった。
【0026】
また、一般文献(非特許文献1)を参照すると、界面活性剤等を用いて水に分散させたカーボンナノチューブ分散液のピークバレー比は約2から3付近の値である。さらに、参考試料として、同じ単層カーボンナノチューブ粉末(HiPco、Raw Powder)を用い、界面活性剤として一般に知られるドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(SDBS)でカーボンナノチューブを水に分散した混合液を作製し、その混合液の超遠心分離処理(遠心力:147,000×g、1時間)によって得られたカーボンナノチューブ分散液でも、ピークバレー比は約2程度であった。したがって、初期CNT材料の直径分布範囲を考慮すると共にPFOPyを分散剤とした混合液を遠心分離処理することで得られた上述の分散液は、従来技術のそれらの数値と比較して、3倍以上の高いビークバレー比を有する。
【0027】
(実施例2)
1.2nm以上の直径の大きなCNTのうちで特定のチューブ構造の半導体SWCNTを識別できる識別可能ポリマーには、上述のPFOPyの他にも、チューブ直径1.28-1.53nmの半導体SWCNT構造を識別できる9.9-ジオクチルフルオレン-ベンゾチアジアゾール交互ポリマー〔poly(9,9-dioctylfluorene-alt-benzothiadiazole)、以下、「F8BT」という。〕がある。このポリマー(メーカー:Sigma-aldrich、製品名:F8BT、分子量:8,224)を分散剤として用いて高ピークバレー比の半導体SWCNT分散液を得るために、初期CNT材料には、このF8BTが識別するチューブ直径範囲を考慮し、プラズマトーチ法で合成した単層カーボンナノチューブ(SWCNT)粉体(メーカー:Raymor Industries Inc、製品名 PlasmaTube Single-Wall Carbon Nanotube (SPT-220)、直径0.9-1.5nm、そのうち直径0.9-1.28nmのCNTが全体の約40質量%程度である。)を選択した。このSWCNT材料は、光吸収スペクトルにおいて1600-1700nmの波長範囲に光吸収帯を有するチューブ直径1.3-1.4nmのSWCNTを含んでいる。
上述のPFOPyの場合と同様の工程で、F8BT約20mgとSWCNT材料(PlasmaTube Single-Wall Carbon Nanotube)約5mgをトルエン中に分散、混合し、その混合液を遠心力:15,000×gで2時間遠心分離処理し、上澄み液の8割を採取して半導体CNT分散液を得た。その光吸収スペクトル(実線)を遠心分離処理前の混合液の光吸収スペクトル(破線)と対比して図4に示す。
実施例2の初期原料に使用したSWCNT材料(PlasmaTube Single-Wall Carbon Nanotube)は、実施例1で使用したCNT材料(HiPco)よりもチューブ直径が大きいため、遠心分離前の混合液の光吸収スペクトルのスペクトル形状はブロードである。F8BTを分散剤として遠心分離処理することで、580-770nmの波長領域に現れる金属的SWCNTに由来した光吸収ピークが無くなっており、金属的SWCNTが取り除かれていることがわかる。また、1500nm以上の波長領域ではチューブ直径1.2nm以上の半導体SWCNTの第1バンド間遷移による光吸収帯があり、F8BTを分散剤として遠心分離処理することによって、半導体SWCNTのチューブ構造を識別して選択的に分散し、シャープな形状の光吸収ピークを有する半導体SWCNT分散液が得られていることがわかる。
【0028】
次に、F8BTを分散剤として得られた上述の半導体SWCNT分散液の光吸収スペクトルにおけるピークバレー比を説明する。
図5に、F8BTを分散剤として得られた上述のSWCNT分散液における半導体SWCNTの第1バンド間遷移に由来する光吸収帯を実線で示した。参考試料として、界面活性剤ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(sodium dodecylbenzenesulfonate、以下、「SDBS」という。)を用いて水中に同じ初期SWCNT材料(PlasmaTube Single-Wall Carbon Nanotube)を分散させた後に、超遠心分離処理(遠心力:147,000×g、処理時間:2時間)によって作製したSWCNT分散液のスペクトル形状も破線で示してある。それぞれの光吸収スペクトルの吸光度は、光吸収ピークの最大値を用いて規格化してある。従来技術では直径1.2nm以上のCNTを孤立分散させることは直径の小さなCNTより困難であるため、参考試料として図中に示したSDBSの場合のように、チューブ直径1.2-1.5nmのSWCNTのうちの波長範囲1500-1800nm内に光吸収帯を有する半導体SWCNTを含んだSWCNT分散液では、ブロードな光吸収ピークが観測され、ピークバレー比が1.5以下の低い値となる。一方で、F8BTを分散剤に用いてチューブ構造を識別し、遠心分離処理によって選択的に孤立分散させることで、図5から明らかなように、ピークバレー比が2以上の半導体SWCNT分散液が得られていることがわかる。ここで、図中の1660nm付近に光吸収ピークを示すSWCNTでは、そのチューブ構造指数が(14,6)で表され、チューブ直径は1.41nmである。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、高ピークバレー比で近赤外発光性等の光学特性の優れたSWCNT分散液をマイルドな遠心分離処理によって作製できるので、近赤外発光体、近赤外吸収体、超伝導単一光子検出用発光体などの用途のSWCNTの製造に利用することが期待される。また、本発明の半導体SWCNT分散液は、界面活性剤によるSWCNT分散液と比較して、ポリマーでラッピングされた半導体SWCNTが選択的に分散しているため、光電子デバイスの作製に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5