(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-20
(45)【発行日】2022-10-28
(54)【発明の名称】幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導用培地および中胚葉系細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20221021BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20221021BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2018564632
(86)(22)【出願日】2018-01-25
(86)【国際出願番号】 JP2018002321
(87)【国際公開番号】W WO2018139548
(87)【国際公開日】2018-08-02
【審査請求日】2020-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2017012333
(32)【優先日】2017-01-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017033322
(32)【優先日】2017-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業 機能的生体組織製造技術「立体造形による機能的な生体組織製造技術の開発/細胞を用いた機能的な立体臓器作製技術の研究開発/革新的な三次元精密細胞配置法による立体造形と小口径血管を有するバイオハートの研究開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】308032666
【氏名又は名称】協和発酵バイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】明石 満
(72)【発明者】
【氏名】福本 健
(72)【発明者】
【氏名】庄司 信一郎
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-536975(JP,A)
【文献】特表2013-507936(JP,A)
【文献】国際公開第2014/185358(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/104614(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/058117(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/136519(WO,A1)
【文献】STEM CELLS,2015年,Vol. 33, Issue 5,pp . 1456-1469
【文献】PLoS ONE,2011年,Vol. 6, Issue 10,e26397 (pp. 1-11)
【文献】Cell Research,2008年12月30日,Vol. 19,pp. 103-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)から心筋細胞を製造する方法であって、培養0日目~
1日目はY-27632、BMP-4、FGF-2、およびアクチビンAを含む基礎培地
で、次いで培養1日目~3日目はBMP-4、FGF-2、およびアクチビンAを含む基
礎培地でiPS細胞を培養する
分化誘導段階を含む
方法であって、前記分化誘導段階の前に胚葉体(EB)形成期間を設けない、方法。
【請求項2】
さらに、Wnt阻害剤を含む培地で培養する段階を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
Wnt阻害剤が、IWR-1およびIWP-2である、請求項
2に記載の方法。
【請求項4】
培養が浮遊培養である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法。
載の方法。
【請求項5】
培地中のY-27632の濃度が5~20μM、BMP-4の濃度が5~20ng/m
l、FGF-2の濃度が2.5~10ng/ml、アクチビンAの濃度が3~12ng/
mlである、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導用培地、および該培地を用いて幹細胞から中胚葉系細胞を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の技術では、例えば、浮遊培養によって、幹細胞から分化誘導を経て所望の細胞を得るためには、前段階として、胚葉体(Embryoid body:EB)の形成が必要とされている。このような前段階操作を行った後、種々の細胞に応じた分化誘導を行うことで、幹細胞を目的細胞へと分化させる(非特許文献1~7)。山中らは、一旦EBを形成し、得られたEBを解離し、再凝集させることで、幹細胞から効率良く心筋細胞を製造する方法を開発している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Izhak Kehat et.al. J Clin Invest. 2001 Aug;108(3):407-14
【文献】Christine Mummery et.al. Circulation. 2003 Jun 3;107(21):2733-40
【文献】Byung Sun Yoon et.al. Differentiation. 2006 Apr;74(4):149-59
【文献】Michael A Laflamme et.al. Nat Biotechnol. 2007 Sep;25(9):1015-24
【文献】Katsuhisa Matsumura et.al. Biochem Biophys Res Commun. 2015 Jun 19;462(1):52-7
【文献】Henning Kemph et.al. Stem Cell Reports. 2014 Dec 9;3(6):1132-46
【文献】Shogo Tohyama et.al. Cell Metab. 2016 Apr 12;23(4):663-74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
幹細胞を目的細胞へ分化誘導するにあたっては、可能な限り高効率で目的細胞へ分化させることが望ましい。また、浮遊培養によって幹細胞を目的細胞へ分化誘導する場合には、従来法では、最適なEB形成期間を予め検討する必要や、EB形成に必要な時間を要するという課題がある。したがって、迅速かつ簡便な、効率の高い幹細胞の分化誘導方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、Rho結合キナーゼ(Rho-associated coiled-coil forming kinase:ROCK)阻害剤、骨形成因子(BMP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、およびアクチビン(Activin)を含む培地で培養することで、高効率で幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は以下を提供する:
[1]ROCK阻害剤、骨形成因子(BMP)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)、およびアクチビンを含む、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導用培地;
[2]ROCK阻害剤が、Y-27632である、[1]に記載の培地;
[3]BMPが、BMP4である、[1]または[2]に記載の培地;
[4]FGFが、FGF-2である、[1]~[3]のいずれか一つに記載の培地;
[5]アクチビンが、アクチビンAである、[1]~[4]のいずれか一つに記載の培地;
[6]中胚葉系細胞が、心筋前駆細胞または心筋細胞である、[1]~[5]のいずれか一つに記載の培地;
[7]幹細胞が、多能性幹細胞または間葉系幹細胞である、[1]~[6]のいずれか一つに記載の培地;
[8]幹細胞から中胚葉系細胞を製造する方法であって、幹細胞を[1]~[7]のいずれか一つに記載の培地で培養する段階を含む、方法;
[9]幹細胞から心筋前駆細胞または心筋細胞を製造する方法であって、
(1)幹細胞を[1]~[7]のいずれか一つに記載の培地で培養する段階、次いで
(2)Wnt阻害剤を含む培地で培養する段階を含む、方法;
[10]Wnt阻害剤が、IWR-1およびIWP-2である、[9]に記載の方法;
[11]培養が、浮遊培養である、[8]~[10]のいずれか一つに記載の方法;
[12]幹細胞が、多能性幹細胞または間葉系幹細胞である、[8]~[11]のいずれか一つに記載の方法;
[13]ROCK阻害剤、BMP、FGF、およびアクチビンを含む、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導を補助するための組成物;ならびに
[14][8]~[12]のいずれか一つに記載の方法によって得られる細胞群であって、90%以上が中胚葉系細胞である、細胞群。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高効率で幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導することができる。さらに、浮遊培養を用いる場合は、EB形成期間を経ることなく、迅速かつ簡便に、大量の幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は実施例1の培養条件を示す(条件1~4)。
【
図2】
図2は条件1~4での生細胞密度の推移を示す。
【
図3】
図3は条件1~4でのcTnT陽性細胞の比率を示す。
【
図4】
図4は実施例2の培養条件を示す(条件A~F)。
【
図5】
図5は条件A~Fでの生細胞密度の推移を示す。
【
図6】
図6は条件A、D及びEでのcTnT陽性細胞の比率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、幹細胞から中胚葉系細胞を製造するための培地であって、ROCK阻害剤、BMP、アクチビン、およびFGFを含む、幹細胞から中胚葉系細胞への分化誘導用培地(以下、「本発明の培地」ともいう)、該培地で幹細胞を培養することにより、中胚葉系細胞を製造する方法(以下、「本発明の方法」ともいう)、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導を補助するための組成物(以下、「本発明の組成物」ともいう)、および本発明の方法によって得られる細胞群(以下、「本発明の細胞群」ともいう)、を提供する。
【0011】
1.本発明の培地
本発明の培地は、ROCK阻害剤、BMP、FGF、およびアクチビンを含む、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導用培地である。本発明の培地は、幹細胞用基礎培地に、ROCK阻害剤、BMP、FGF、およびアクチビンを含む成分を添加した培地である。
【0012】
本明細書において、「幹細胞」とは、自己複成能および分化増殖能を有する未熟な細胞をいう。幹細胞には階層(hierarchy)があり、上位の未分化の幹細胞は自己複製能が高く、さまざまな細胞系列に分化できる多能性も高いが、下位になるほど自己複製能は失われていき特定の細胞系列にしか分化できないようになることが知られている。
【0013】
本発明の培地を適用可能な幹細胞の由来種は特に限定されず、例えば、ラット、マウス、ハムスターおよびモルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギおよびヒツジ等の有蹄目、イヌおよびネコ等のネコ目、並びにヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータンおよびチンパンジー等の霊長類等が挙げられる。
【0014】
幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等が含まれる。
【0015】
本明細書において、「多能性幹細胞」は、生体に存在しうる全ての細胞に分化可能であり(すなわち多能性を有し)、かつ増殖能を有する幹細胞を意味する。多能性幹細胞の例としては、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(ntES細胞)、精子幹細胞(GS細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが挙げられるが、これらに限定されない。用いられる多能性幹細胞は、従来公知の方法によって作製されてもよいし、一般に入手可能な細胞株であってもよい。ES細胞の例としては、KhES1、KhES3等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0016】
一つの実施形態では、本発明で用いられる多能性幹細胞はiPS細胞である。iPS細胞は、体細胞に特定の初期化因子を核酸またはタンパク質の形態で導入することにより作製される、多能性および増殖能を有する、体細胞由来の人工幹細胞である。
【0017】
初期化因子に含まれる遺伝子としては、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3およびGlis1等が挙げられる。これらの初期化因子は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。
【0018】
初期化因子の組み合わせとしては、例えば、国際公開第2007/069666号、国際公開第2008/118820号、国際公開第2009/007852号、国際公開第2009/032194、国際公開第2009/058413号、国際公開第2009/057831号、国際公開第2009/075119号、国際公開第2009/079007号、国際公開第2009/091659号、国際公開第2009/101084号、国際公開第2009/101407号、国際公開第2009/102983号、国際公開第2009/114949号、国際公開第2009/117439号、国際公開第2009/126250号、国際公開第2009/126251号、国際公開第2009/126655号、国際公開第2009/157593号、国際公開第2010/009015号、国際公開第2010/033906号、国際公開第2010/033920号、国際公開第2010/042800号、国際公開第2010/050626号、国際公開第2010/056831号、国際公開第2010/068955号、国際公開第2010/098419号、国際公開第2010/102267号、国際公開第2010/111409号、国際公開第2010/111422号、国際公開第2010/115050号、国際公開第2010/124290号、国際公開第2010/147395号、国際公開第2010/147612号、Huangfu D, et al. (2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al. (2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al. (2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al. (2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A, (2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al. (2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al., (2009), Nat. Biotech.,27:459-461、Lyssiotis CA, et al. (2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al. (2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al. (2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al. (2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al. (2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al. (2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al. (2011), Nature. 474:225-9.等に記載の組み合わせが挙げられる。
【0019】
本発明に用いられるiPS細胞は、従来公知の方法によって作製されてもよいし、一般に入手可能な細胞株であってもよい。ヒト由来iPS細胞の例示的な株として、253G1(理研セルバンクNo.HPS0002)、201B7(理研セルバンクNo.HPS0063)、409B2(理研セルバンクNo.HPS0076)、454E2(理研セルバンクNo.HPS0077)、606A1(理研セルバンクNo.HPS0328)、610B1(理研セルバンクNo.HPS0331)、648A1(理研セルバンクNo.HPS0360)、MYH(特許文献1)、427F1(特許文献1)、457C1(特許文献1)、604A1(特許文献1)、HiPS-RIKEN-1A(理研セルバンクNo.HPS0003)、HiPS-RIKEN-2A(理研セルバンクNo.HPS0009)、HiPS-RIKEN-12A(理研セルバンクNo.HPS0029)、Nips-B2(理研セルバンクNo.HPS0223)等が挙げられるが、これらに限定されない。ヒト以外の動物由来のiPS細胞の例示的な株として、iPS-MEF-Ng-20D-17、iPS-MEF-Ng-178B-5、iPS-MEF-Fb/Ng-440A-3、iPS-MEF-Ng-492B-4、iPS-Stm-FB/gfp-99-1、iPS-Stm-FB/gfp-99-3、iPS-Hep-FB/Ng/gfp-103C-1、iPS-L1、iPS-S1等が挙げられるが、これらに限定されない。あるいは、疾患特異的iPS細胞を用いてもよい。かかる疾患の例としては、血液系疾患、免疫系疾患、内分泌系疾患、代謝系疾患、視覚系疾患、循環器系疾患、呼吸器系疾患、皮膚・結合組織疾患、骨・関節系疾患、腎・泌尿器系疾患、染色体または遺伝子に変化を伴う症候群などが挙げられるが、これらに限定されない(http://cell.brc.riken.jp/ja/hps/hps_diseaselist_indexを参照のこと)。上述の細胞株は、例えば、理化学研究所バイオリソースセンター(http://cell.brc.riken.jp/en/を参照のこと)やJCRB細胞バンク(http://cellbank.nibiohn.go.jp/english/)より入手可能である。
【0020】
本発明で用いられるiPS細胞は、フィーダー細胞上で培養して得てもよい。あるいは、フィーダーフリーの状態で培養して得てもよい。これらの培養方法は、当業者によく知られている。
【0021】
上述した多能性幹細胞の調製方法、培養方法、および保存方法などは、当業者によく知られている。例えば、国際公開第2014/185358号(特許文献1)(出典明示により本明細書に組み込まれる)に記載の方法を用いることができる。
【0022】
前記「複能性幹細胞」としては、例えば、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞および生殖幹細胞等の体性幹細胞等が挙げられる。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞である。
【0023】
間葉系幹細胞とは、成体の骨髄、脂肪組織、胎盤組織、臍帯血、歯髄等に存在する未分化細胞(体性幹細胞)であり、増殖能と多分化能(特に骨細胞、軟骨細胞、筋肉細胞、腱細胞、脂肪細胞等への分化能)を有する幹細胞あるいはその前駆細胞の集団を広義に意味する。間葉系幹細胞としては、例えば、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSC-BM、Takara社製)、ヒト臍帯マトリックス由来間葉系幹細胞(hMSC-UC、Takara社製)またはヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(hMSC-AT、Takara社製)等が挙げられる。
【0024】
本発明においては、いずれの幹細胞も好適に使用することができるが、好ましくは、多能性幹細胞または間葉系幹細胞、より好ましくは多能性幹細胞が使用できる。多能性幹細胞としては、ES細胞またはiPS細胞が好ましく、より好ましくはiPS細胞であり、特に好ましくはヒトiPS細胞である。
【0025】
本明細書において、「中胚葉系細胞」とは、中胚葉由来の組織を構成する細胞を指す。中胚葉由来の組織としては、骨、軟骨、脾臓、骨髄、歯象牙質、腹膜上皮、腎臓、尿管、胸膜上皮、副腎皮質、筋肉(瞳孔括約筋および瞳孔散大筋以外)、卵巣、子宮、精巣、および結合組織が挙げられるが、これらに限定されない。また、中胚葉系細胞としては、神経小膠細胞、心筋前駆細胞、心筋細胞、血管内皮前駆細胞、血管内皮細胞、血液細胞、および間葉系幹細胞も挙げられるが、これらに限定されない。
【0026】
前記「幹細胞用基礎培地」としては、ROCK阻害剤、BMP、FGFおよびアクチビンを添加することにより、幹細胞の中胚葉系細胞への分化を誘導できる培地であれば、特に制限されない。前記幹細胞用基礎培地は、1種類以上の糖(類)、1種類以上の無機塩(類)、1種類以上のアミノ酸(類)、1種類以上のビタミン(類)、および1種類以上の微量成分(類)を含むことが好ましい。また、薬剤感受性試験に使用するためにカナマイシン等の抗生物質を適宜含むこともできる。
【0027】
前記糖(類)としては、例えば、グルコース、ラクトース、マンノース、フルクトースおよびガラクトース等の単糖類、並びにスクロース、マルトースおよびラクトース等の二糖類等が挙げられる。これらの中でもグルコースが特に好ましい。これら糖類は、1または2以上組み合わせて添加することもできる。
【0028】
前記無機塩(類)としては、例えば、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、硫酸銅五水和物、硝酸鉄(III)九水和物、硫酸鉄(II)七水和物、塩化マグネシウム六水和物、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム二水和物、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム二水和物および硫酸亜鉛七水和物等が挙げられる。幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導に有利に作用する成分であればいずれの無機塩類またはその組合せも用いることができる。
【0029】
前記アミノ酸(類)としては、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、シスチン、システイン、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、グルタミン酸、ヒドロキシプロリン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシンおよびバリン等が挙げられ、L-体のアミノ酸が好ましい。前記アミノ酸(類)には、これらの誘導体、塩および水和物等の派生物を含めることができる。
【0030】
アルギニンの派生物としては、例えば、L-塩酸アルギニンおよびL-アルギニン一塩酸塩等が挙げられる。アスパラギン酸の派生物としては、例えば、L-アスパラギン酸ナトリウム塩一水和物、L-アスパラギン酸一水和物、L-アスパラギン酸カリウムおよびL-アスパラギン酸マグネシウム等が挙げられる。システインの派生物としては、例えば、L-システイン二塩酸塩およびL-システイン塩酸塩一水和物等が挙げられる。リジンの派生物としては、例えば、L-リジン塩酸塩等が挙げられる。グルタミン酸の派生物としては、例えば、L-グルタミン酸一ナトリウム塩等が挙げられる。アスパラギンの派生物としては、例えば、L-アスパラギン一水和物等が挙げられる。チロシンの派生物としては、例えば、L-チロシン二ナトリウム二水和物等が挙げられる。ヒスチジンの派生物としては、例えば、ヒスチジン塩酸塩およびヒスチジン塩酸塩一水和物等が挙げられる。リジンの派生物としては、例えば、L-リジン塩酸塩等が挙げられる。
【0031】
前記ビタミン(類)としては、例えば、アスコルビン酸、ビオチン、コリン、葉酸、イノシトール、ナイアシン、パントテン酸、ピリドキシン、リボフラビン、チアミン、ビタミンB12およびパラアミノ安息香酸(PABA)等が挙げられる。これらの中でも、アスコルビン酸は添加されることが好ましい。前記ビタミン(類)には、これらの誘導体、塩および水和物等の派生物を含めることができる。
【0032】
アスコルビン酸の派生物としては、例えば、アスコルビン酸2-リン酸エステル(Ascorbic acid 2-phosphate)、アスコルビン酸リン酸マグネシウム、アスコルビン酸硫酸ナトリウム、リン酸アスコルビルアミノプロピルおよびアスコルビン酸リン酸ナトリウム等が挙げられる。コリンの派生物としては、例えば、塩化コリン等が挙げられる。ナイアシンの派生物としては、例えば、ニコチン酸、ニコチン酸アミドおよびニコチニックアルコール等が挙げられる。パントテン酸の派生物としては、例えば、パントテン酸カルシウム、パントテン酸ナトリウムおよびパンテノール等が挙げられる。ピリドキシンの派生物としては、例えば、ピリドキシン塩酸塩、ピリドキサール塩酸塩、リン酸ピリドキサールおよびピリドキサミン等が挙げられる。チアミンの派生物としては、例えば、塩酸チアミン、硝酸チアミン、硝酸ビスチアミン、チアミンジセチル硫酸エステル塩、塩酸フルスルチアミン、オクトチアミンおよびベンフォチアミン等が挙げられる。
【0033】
前記微量成分(類)は幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導に有利に作用する成分であることが好ましい。前記微量成分(類)としては、例えば、グルタチオン、ヒポキサンチン、リポ酸、リノレン酸、フェノールレッド、プトレシン、ピルビン酸、チミジンおよびNaHCO3等通常培地成分として用いられている成分が挙げられる。前記微量成分(類)には、これらの誘導体、塩および水和物等の派生物を含めることができる。派生物としては、例えば、プトレシン二塩酸を挙げることができる。
【0034】
幹細胞用基礎培地としては、当業者に公知の基礎培地を使用することができ、例えば、StemPro(登録商標)-34(Thermo Fisher Scientific)、mESF Basal Medium(和光純薬)などの市販の培養培地の他、MEM(Minimum Essential Medium)、BME(Basal Medium Eagle)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)、EMEM(Eagle’s minimal essential medium)、IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、GMEM(Glas-gow’s MEM)、F12(Ham’s F12 Medium)、DMEM/F12(DMEMとF12培地を1:1で混合した培地)、RPMI1640、RD、BMOC-3(Brinster’s BMOC-3 Medium)、CMRL-1066、L-15培地(Leibovitz’s L-15 medium)、McCoy’s 5A、Media 199、MEM αMedia、MCDB105、MCDB131、MCDB153、MCDB201、Williams’ medium E、およびESF等が挙げられる。
【0035】
幹細胞用基礎培地には、必要に応じて、KnockOut(商標)Serum Replacement(KSR)(Thermo Fisher Scientific)、StemSure Serum Replacement(SSR)(和光純薬)、PluriQ(商標)Serum Replacement(コスモバイオ)等の血清代替物、B27 Replacement(Thermo Fisher Scientific)等の無血清サプリメントを添加してもよい。
【0036】
その様な培地としては、例えば、MEM、BME、DMEM、EMEM、IMDM、DMEM/F12及びRPMI1640にKSRを添加した培地、MEM、BME、DMEM、EMEM、IMDM、DMEM/F12及びRPMI1640にB27 Replacementを添加した培地、並びにStemPro(登録商標)-34を、好ましくは、MEM、BME、DMEM、EMEM、IMDM、DMEM/F12及びRPMI1640にB27 Replacementを添加した培地、並びにStemPro(登録商標)-34を、より好ましくは、RPMI1640にB27 Replacementを添加した培地、及びStemPro(登録商標)-34を、最も好ましくは、StemPro(登録商標)-34を挙げることができる。
【0037】
幹細胞用基礎培地には、細胞培養に通常用いられる添加物をさらに加えてもよい。そのような添加物の例としては、L-アスコルビン酸2-リン酸三ナトリウム、L-グルタミン、1-チオグリセロールなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
用いる培地の種類および量は、培養される細胞の種類に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。
【0039】
本発明で用いられるROCK阻害剤の例としては、(R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・H2O(Y-27632)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ピペラジン塩酸塩(HA100)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン二塩酸塩(Fasudil/HA-1077)、(S)-(+)-2-メチル-4-グリシル-1-(4-メチルイソキノリニル-5-スルホニル)ホモピペリジン二塩酸塩(H-1152)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-2-メチルピペラジン(H-7)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-3-メチルピペラジン(イソH-7)、N-2-(メチルアミノ)エチル-5-イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H-8)、N-(2-アミノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H-9)、N-[2-(p-ブロモシンナミルアミノ)エチル]-5-イソキノリンスルホンアミド二塩酸塩(H-89)、N-(2-グアニジノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミド塩酸塩(HA-1004)、N-[(LS)-2-ヒドロキシ-l-フェニルエチル]-N-[4-(4-ピリジニル)フェニル]-ウレア(AS1892802)、N-[3-[[2-(4-アミノ-1,2,5-オキサジアゾール-3-イル)-1-エチル-1H-イミダゾ[4,5-c]ピリジン-6-イル]オキシ]フェニル]-4-[2-(4-モルホリニル)エトキシ]ベンズアミド(GSK269962)、N-(6-フルオロ-1H-インダゾール-5-イル)-2-メチル-6-オキソ-4-(4-(トリフルオロメチル)フェニル)-1,4,5,6-テトラヒドロピリジン-3-カルボキサミド(GSK429286)、ヒドロキシファスジル(HA1100)、2-フルオロ-N-[[4-(1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)フェニル]メチル]ベンゼンメタンアミン(OXA06)、N-[(3-ヒドロキシフェニル)メチル]-N’-[4-(4-ピリジニル)-2-チアゾリル]ウレア(RKI1447)、4-(7-{[(3S)-3-アミノ-1-ピロリジニル]カルボニル}-1-エチル-1Hイミダゾール[4,5-c]ピリジン-2-イル)-1,2,5-オキサジアゾール-3-アミン(SB772077B)、N-[2-[2-(ジメチルアミノ)エトキシ]-4-(1H-ピラゾール-4-イル)フェニル-2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-2-カルボキシアミドジヒドロクロライド(SR3677)、6-クロロ-N4-[3,5-ジフルオロ-4-[(3-メチル-1H-ピロロ[2,3-b]ピリジン-4-イル)オキシ]フェニル]-2,4-ピリミジンジアミン(TC-S7001)が挙げられるが、これらに限定されない。例示的な実施形態では、用いられるROCK阻害剤はY-27632である。
【0040】
本発明で用いられるROCK阻害剤の濃度は、約0.2~約100μM、例えば、約1~約75μM、約2~約50μM、または約5~約20μMである。例示的な実施形態では、用いられるROCK阻害剤の濃度は約10μMである。
【0041】
本発明で用いられるBMPの例としては、BMP2、BMP4、BMP6、BMP8が挙げられるが、これらに限定されない。例示的な実施形態では、用いられるBMPはBMP4である。本発明で用いられるBMPの濃度は、約0.5~約500ng/mL、例えば、約1~約100ng/mL、約2~約50ng/mL、または約5~約20ng/mLである。例示的な実施形態では、用いられるBMPの濃度は約10ng/mLである。
【0042】
本発明で用いられるFGFの例としては、FGF-1、FGF-2、FGF-3、FGF-4、FGF-5、FGF-6、FGF-7、FGF-8、FGFv9が挙げられるが、これらに限定されない。例示的な実施形態では、用いられるFGFはFGF-2である。本発明で用いられるFGFの濃度は、約0.1~約250ng/mL、例えば、約0.5~約50ng/mL、約1~約25ng/mL、または約2.5~約10ng/mLである。例示的な実施形態では、用いられるFGFの濃度は約5ng/mLである。
【0043】
本発明で用いられるアクチビンの例としては、アクチビンA、アクチビンB、アクチビンABが挙げられるが、これらに限定されない。例示的な実施形態では、用いられるアクチビンはアクチビンAである。本発明で用いられるアクチビンの濃度は、約0.12~約300ng/mL、例えば、約0.6~約60ng/mL、約1.2~約30ng/mL、または約3~約12ng/mLである。例示的な実施形態では、用いられるアクチビンの濃度は約6ng/mLである。
【0044】
2.本発明の方法
本発明の方法は、幹細胞から中胚葉系細胞を製造する方法であって、幹細胞を前記1の本発明の培地で培養する段階を含む、方法である。
【0045】
本発明の方法における、培養温度および培養時間などの培養条件については、培養される細胞の種類に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。例えば、フィーダー細胞上で培養した多能性幹細胞を用いた場合は、多能性幹細胞を前記本発明の培地中で、34~40℃/2~8%CO2下で、12時間~7日間培養する。好ましくは、35~39℃/3~7%CO2下で1~4日間培養する。より好ましくは、上記の4因子(ROCK阻害剤、BMP、FGF、およびアクチビン)を含む本発明の培地中で36~38℃/4~6%CO2下で6時間~42時間、好ましくは12時間~36時間、より好ましくは18時間~30時間培養した後、ROCK阻害剤を除く3因子(BMP、FGF、およびアクチビン)を含む培地中で36~38℃/4~6%CO2下で12時間~4日間、好ましくは1~3日間、より好ましくは36~60時間、最も好ましくは42~54時間培養する。フィーダーフリーの状態で培養した多能性幹細胞を用いた場合は、多能性幹細胞を前記本発明の培地中で、34~40℃/2~8%CO2下で、12時間~7日間培養する。好ましくは、35~39℃/3~7%CO2下で1~4日間、より好ましくは2~4日間培養する。培地中に含まれるROCK阻害剤、BMP、FGF、およびアクチビンの種類、濃度等については、前記1のとおりである。例示的な実施形態では、用いられるROCK阻害剤はY-27632、BMPはBMP4、FGFはFGF-2、アクチビンはアクチビンAである。
【0046】
本発明の方法における培養形態としては、接着培養または浮遊培養を用いることができ、好ましい形態としては、浮遊培養を用いることができる。浮遊培養は、細胞を浮遊状態に保つことができる手段、方法、または装置を用いて実施することができる。例えば、シングルユースバイオリアクター(株式会社バイオット)、シングルユースバイオリアクター(サーモフィッシャー)、シングルユースバイオリアクター(ザルトリウス・ステディウム)、シングルユースバイオリアクター(GEヘルスケアライフサイエンス)などの撹拌翼を備える培養器を用いることで、実施することができる。用いる培養器の種類および撹拌速度は、培養される細胞の種類に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。撹拌速度の例として、例えば、0~100rpm、20~80rpm、または45~65rpmが挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
中胚葉系細胞については、前記1のとおりである。幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導するにあたっては、本発明の培地で幹細胞を培養した後、中胚葉から中胚葉由来の組織を分化誘導するために当業者によく知られている方法を用いることができる。例えば、所望の中胚葉由来の組織への分化に適した分化培地で培養することで、所望の中胚葉系細胞へと分化誘導することができる(Nathan J Palpant et.al.Nature Protocols 2016 Dec;12(1):15-31、Cynthia A.Batchelder et.al.2009 Jul;78(1):45-56等)。
【0048】
あるいは、幹細胞を間葉系幹細胞へと分化誘導させ、得られた間葉系幹細胞を中胚葉系細胞に分化させてもよい。間葉系幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導する方法は当業者によく知られている。例えば、所望の細胞への分化に適した分化培地で間葉系幹細胞を培養することで、間葉系幹細胞を中胚葉系細胞へと分化誘導することができる(Nishiyama et.al.2007 Aug;25(8):2017-2024等)。
【0049】
別の実施態様では、本発明は、幹細胞から心筋前駆細胞または心筋細胞を製造する方法を提供する。当該方法は、(1)幹細胞を上述した本発明の培地で培養する段階、次いで(2)Wnt阻害剤を含む培地で培養する段階、を含む方法である。段階(2)に次いで、(3)血管内皮細胞増殖因子(VEGF)およびFGFを含む培地で培養する段階、を含んでもよい。
【0050】
一つの実施形態では、上述の段階(2)が、IWR-1およびIWP-2を含む培地で培養する段階であり、上記の段階(3)が、VEGFおよびFGF-2を含む培地で培養する段階である。Wnt阻害剤とは、Wntシグナル伝達経路を阻害する物質のことをいう。Wnt阻害剤としては、IWR-1(4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-hexahydro-1,3-dioxo-4,7-methano-2H-isoindol-2-yl]-N-8-quinolinyl-benzamide)、IWP-2(N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]-acetamide)、WntC59(4-(2-methy1-4-pyridinyl)-N-(4-(3-pyridinyl)phenyl)-benzeneacetamide)、IWP4(N-(6-methyl-2-benzothiazolyl)-2-[[3,4,6,7-tetrahydro-3-(2-methoxyphenyl)-4-oxothieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl]thio]-acetamide)、KY0211等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0051】
Wnt阻害剤としてIWR-1を用いる場合、用いられるIWR-1の濃度は、例えば、約0.4~約40μM、約0.8~約20μM、または約2~約8μMである。例示的な実施形態では、用いられるIWR-1の濃度は約4μMである。Wnt阻害剤としてIWP-2を用いる場合、用いられるIWP-2の濃度は、例えば、約1~約100μM、約2~約50μM、または約5~約20μMである。例示的な実施形態では、用いられるIWP-2の濃度は約10μMである。
【0052】
用いられるVEGFの濃度は、約0.1~約100ng/mL、例えば、約0.5~約50ng/mL、約1~約25ng/mL、または約2.5~約10ng/mLである。例示的な実施形態では、用いられるVEGFの濃度は約5ng/mLである。FGFとしてFGF-2を用いる場合、用いられるFGF-2の濃度は、約0.1~約250ng/mL、例えば、約1~約100ng/mL、約2~約50ng/mL、または約5~約20ng/mLである。FGFの具体例としては、前記1のFGFが挙げられるが、例示的な実施形態では、FGFとしてFGF-2を用い、用いられるFGF-2の濃度は約10ng/mLである。
【0053】
培養温度および培養時間などの培養条件については、所望の細胞の種類に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。例えば、段階(2)は、35~39℃/3~7%CO2下で1~7日間の培養であってもよい。また、段階(3)は、35~42℃/3~7%CO2下で1~20日間の培養であってもよい。より好ましくは、段階(2)が36~38℃/4~6%CO2下で2~4日間の培養であり、段階(3)が36~40℃/4~6%CO2下で7~15日間の培養である。
【0054】
3.本発明の組成物
本発明の組成物は、ROCK阻害剤、BMP、アクチビン、およびFGFを含む、幹細胞の中胚葉系細胞への分化誘導を補助するための組成物である。上記の組成物に含まれるROCK阻害剤、BMP、アクチビン、およびFGFの種類、濃度等については、前記1のとおりである。例示的な実施形態では、用いられるROCK阻害剤はY-27632、BMPはBMP4、アクチビンはアクチビンA、FGFはFGF-2である。上記の組成物は、液体組成物であってもよく、凍結乾燥品などの粉末状組成物であってもよい。
【0055】
4.本発明の細胞群
本発明の細胞群は、上述した本発明の方法によって得られる細胞群であって、約90%以上が分化誘導により得られた中胚葉系細胞である、細胞群である。当該細胞群では、約90%以上、例えば約91%、約92%、約93%、約94%、約95%、約96%、約97%、約98%、約99%、またはそれ以上が、中胚葉系細胞である。
【0056】
本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般的に理解されるものと同一の意味を有する。用語「約」は、当業者により理解され、それが使用されている文脈に応じてある程度変化する。「約」は、典型的に、当該用語が付されている数値の±10%、より典型的には±5%、より典型的には±4%、より典型的には±3%、より典型的には±2%、さらにより典型的には±1%の範囲の数値を意味する。
【0057】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0058】
幹細胞および培養方法
幹細胞として、多能性幹細胞であるiPS細胞株253G1を用いた(Nakagawa, M. et. al. Nature Biotechnology 26: 101-106 (2008))。MEF細胞(CF-1 MEF)をフィーダー細胞として用いた。iPS細胞用の培地にて維持培養を行った。iPS細胞用の培地として、KnockOut(商標) DMEM/F12に、KnockOut(商標) Serum Replacement(KSR)(終濃度20%)、0.1mM MEM非必須アミノ酸溶液、1mM L-グルタミン、0.1mM β-メルカプトエタノール、4ng/mL FGF-2を添加したものを用いた。培養したiPS細胞を1mg/mlディスパーゼとセルスクレーパーで剥離した後に継代を行った(Split Ratio=1:5~1:6)。
【0059】
生細胞の計数
AccutaseまたはAccuMax(Innovative Cell Technologies)を用いて細胞を剥離した。トリパンブルーで染色後、血球算定盤を用いて生細胞を計数した。
【0060】
cTnT陽性細胞のFlow Cytometerによる解析
AccuMaxを用いて細胞塊を剥離した後、0.5~2×106個の細胞をFixation/Permeabilization solutionで懸濁し、静置した(4℃、30分または一晩)。Perm/Wash(商標)バッファーで細胞を2回洗浄した。次いで、Anti-Troponin, Cardiac Isoform Mouse-Mono(13-11), Ab-1(1:100)、またはPurified Mouse IgG1, k Isotype Ctrlを一次抗体として添加し、静置した(4℃、30分または一晩)。Perm/Wash(商標)バッファーで細胞を2回洗浄した。次いで、Alexa Flour 488 goat anti-mouse IgG1(1:100)を二次抗体として添加した。Perm/Wash(商標)バッファーで細胞を2回洗浄した。2% FBS in PBSで細胞を1回洗浄後、再懸濁し、Cell Sorter SH800(Sony)を用いてサンプルの測定と解析を行った。
【0061】
実施例1:EB形成の有無による心筋細胞の分化誘導に対する影響
StemPro(登録商標)-34 SFM(Thermo Fisher Scientific)にL-アスコルビン酸2-リン酸三ナトリウム(終濃度50μg/mL)、2mM L-グルタミン、および400μM 1-チオグリセロールを添加した培地を用いた(以下、「基礎培地」という)。
図1に概説される培養条件(条件1~4)に従って、iPS細胞を心筋細胞へと分化誘導させた。
【0062】
予め培養しておいたiPS細胞をAccutase処理にて剥離して回収した後、遠心分離に供して上清を除去した。回収したiPS細胞を培地で懸濁した。条件1~3については、10μM Y-27632を含む基礎培地でiPS細胞を懸濁した。条件4については、10μM Y-27632、10ng/mL BMP-4、5ng/mL FGF-2、および6ng/mL アクチビンAを含む基礎培地でiPS細胞を懸濁した。懸濁したiPS細胞を、Single use bio-reactor for 30mL(株式会社バイオット)へ、4.0×106細胞/リアクターで播種した。撹拌速度55rpm、37℃/5%CO2下で培養した。
条件1~3については、10μM Y-27632を含む基礎培地で1日間培養した(条件1:Day-3~-2、条件2:Day-2~-1、条件3:Day-1~0)。培養後、条件1、2については、さらに、基礎培地でそれぞれ2日間、1日間培養した(条件1:Day-2~0、条件2:Day-1~0)。その後、10ng/mL BMP-4、5ng/mL FGF-2、および6ng/mL アクチビンAを含む基礎培地で3日間培養した(条件1~3:Day0~3)。
条件4については、10μM Y-27632、10ng/mL BMP-4、5ng/mL FGF-2、および6ng/mL アクチビンAを含む基礎培地で1日間の撹拌培養の後(条件4:Day0~1)、10ng/mL BMP-4、5ng/mL FGF-2、および6ng/mL アクチビンAを含有する基礎培地で2日間培養した(条件4:Day1~3)。
それぞれの条件で培養後、リアクターから細胞塊を回収して遠心管に移した。基礎培地で細胞塊を洗浄した後、4μM IWR-1および10μM IWP-2を含有する基礎培地で再懸濁し、3日間培養した(条件1~4:Day3~6)。その後、培地を5ng/mL VEGFおよび10ng/mL FGF-2を含有する基礎培地に置換して、最大10日間培養した(条件1~4:Day6~)。これらの培地での培養では、2日毎に培地交換を行った。
【0063】
各条件における生細胞密度の最大値は以下の表のとおりであった(
図2)。
【表1】
また、各条件における心筋細胞マーカー(Cardiac Troponin T:cTnT)の最大値は以下の表のとおりであった(
図3)。
【表2】
【0064】
上記の結果から、EB形成期間がある条件1~3に比べ、EB形成期間のない条件4の方が、生細胞数が多く、かつcTnT陽性細胞が多いことが示された。
【0065】
実施例2:基礎培地に添加する因子の相違による分化誘導効率への影響
基礎培地に以下の表に示す因子を添加した。
【表3】
【0066】
予め培養しておいたiPS細胞をAccutase処理にて剥離して回収した後、遠心分離に供して上清を除去した。回収したiPS細胞を条件A~Fの培地それぞれで懸濁した後、Single use bio-reactor for 30mLへ、5.07×10
6細胞/リアクターで播種した。撹拌速度55rpm、37℃/5%CO
2下で培養した。各条件の培養の手順は
図4に概説される。
条件AおよびC~Eについては、各条件の培地で1日間の培養の後(条件AおよびC~E:Day0~1)、各培地を10μM Y-27632を除いた培地に置換して、2日間培養した(条件AおよびC~E:Day1~3)。条件BおよびFについては、各条件で1日間培養した後(条件BおよびF:Day0~1)、培地を交換し、さらに同じ条件で2日間培養した(条件BおよびF:Day1~3)。
それぞれの条件で培養後、リアクターから細胞塊を回収して遠心管に移した。基礎培地で細胞塊を洗浄した後、4μM IWR-1および10μM IWP-2を含有する基礎培地で再懸濁し、3日間培養した(条件A~F:Day3~6)。その後、培地を5ng/mL VEGFおよび10ng/mL FGF-2を含有する基礎培地に置換して、最大10日間培養した(条件A~F:Day6~)。
【0067】
各条件における生細胞密度の最大値は以下の表のとおりであった(
図5)。
【表4】
*:分化誘導中に細胞が死滅した。
また、細胞が生存した各条件における心筋細胞マーカー(Cardiac Troponin T:cTnT)の最大値は以下の表のとおりであった(
図6)。
【表5】
【0068】
実施例3:細胞の拍動測定
実施例2の条件Aの条件下で分化誘導して得られた心筋細胞塊を含む培養液(2ml)を12 well plate MICROPLATE with Lid(IWAKI)へ移し、ライカ DMi1 倒立顕微鏡(Leica)にて観察した。その結果、各々の心筋細胞塊が自律的に一定の周期で拍動していることを確認した。
【0069】
実施例4:Ca+イメージングの測定
Calcium Kit-Fluo 4(同仁化学研究所)を用いて、細胞塊、ならびに基板上に接着させた細胞のCa+イメージングを行った。実施例2の条件Aの条件下で16日間分化誘導を行って細胞塊を得た。得られた細胞塊をPBSで洗浄した後にLoading Bufferに懸濁し、MATUNAMI GLASS BOTTOM DISH Hydro 35mm dish(松浪硝子工業株式会社)に移した。その後、37℃で1時間インキュベートを行った。インキュベート後に、Loading Bufferを除去しPBSで洗浄を行った。得られた細胞塊をRecording Mediumに移し替え、ECLIPSE Ts2(Nikon)にて、蛍光観察を行った。同様に、実施例2の条件Aの条件下で16日間分化誘導を行って得た細胞塊をAccuMax(Innovation cell technologies)で処理し、細胞塊を剥離した。剥離した細胞塊をDMEM+10%FBSに懸濁し、40μm ストレーナー(FALCON)に懸濁液を通した。予めヒト組換えラミニン-221(0.5μg/cm2、ベリタス)でコートしたMATUNAMI GLASS BOTTOM DISH Hydro 35mm dish上に、1×106細胞/wellとなるよう、DMEM+10%FBSで希釈した細胞を播種し、DMEM+10%FBS中で7日間培養した。その後、上記と同様の操作で、基板上に接着させた細胞のCa+イメージングを行った。その結果、細胞塊、ならびに接着させた細胞について、拍動と同調して、Ca+濃度が上昇する様子を確認することができた。
【0070】
実施例5:心筋マーカーの発現
実施例2の条件Aの条件下で16日間分化誘導を行って得た細胞塊をAccuMax(Innovation cell technologies)で処理し、細胞塊を剥離した。DMEM+10%FBSに懸濁し、40μm ストレーナー(FALCON)に懸濁液を通した。予めフィブロネクチン(5μg/cm2、Sigma)でコートした24 well plate MICROPLATE with Lid(IWAKI)に、4×104細胞/wellとなるよう、DMEM+10%FBSで希釈した細胞を播種し、DMEM+10%FBS中で6日間培養した。培養上清を除き、PBSで3回洗浄後、Fixation/Permeabilization solutionで細胞の固定を行った(4℃、60分または一晩)。PBSで3回洗浄後、PBS+3%FBSでのブロッキングを室温にて、30分間行った。液を捨て、各種抗体を含むPBS+1%FBSに置換した(4℃、60分または一晩)。液を捨て、0.1%FBS/PBSTに置換し、5分間静置して洗浄した(静置洗浄)。この洗浄操作を3回行った。洗浄液を除去後、各種二次抗体を添加した(室温、60分間)。PBSで5分間の静置洗浄を3回行った後、DAPI(Life technologies)で処理した(室温、15分間)。PBSで3回洗浄後、EVOS FL Auto(Life technologies)で、蛍光測定を行った。使用した抗体とその濃度を以下に示す。
[使用した抗体とその濃度]
Anti-Troponin Cardiac Isoform Mouse-Mono(13-11),Ab-1(Thermo Fisher Scientific): 2μg/ml(100倍希釈)
Anti-Sarcomeric Alpha Actinin ab9465(abacam):2.5μg/ml(50倍希釈)
Purified Mouse IgG1,k Isotype Control(Biolegend):2μg/mlまたは2.5μg/ml
Myosin Heavy Chain(MHC) Antibody(R&D systems):2.5μg/ml(200倍希釈)
Negative Control Mouse IgG2b(Dako):2.5μg/ml
Alexa Fluor 488 A21121およびAlexa Fluor 488 A11001(Thermo Fisher Scientific):20μg/ml(100倍希釈)
その結果、心筋マーカーであるcTnT、α-Actinin、およびMHCが、分化誘導させたiPS由来心筋細胞において発現していることを確認した。
【0071】
実施例6:細胞外電位の測定
実施例2の条件Aの条件下で14日間分化誘導を行って得た細胞塊をAccuMax(Innovation cell technologies)で処理し、細胞塊を剥離した。DMEM+10%FBSに懸濁し、40μm ストレーナー(FALCON)に懸濁液を通した。予め、multi-electrode dish MED-P530A(アルファメッドサイエンティフィック株式会社)の電極を囲う様にシリコンで枠を作成した後、内部をフィブロネクチン(約5μg/cm2、Sigma)でコートした。枠内に1×105個の細胞を播種し、37℃、5%CO2インキュベーター内で1時間静置させた。細胞が沈降、接着した事を確認した後に、培地を補充して4日間培養を行った。細胞外電位の測定はMED64(アルファメッドサイエンティフィック株式会社)で行った。その結果、誘導した心筋細胞で脱分極と再分極が自律的に発生することを確認した。
【0072】
上述の結果から、上記の4因子(ROCK阻害剤、BMP4、FGF-2、およびアクチビンA)を添加した培地を用いてiPS細胞を浮遊培養することで、EB形成などの準備工程を経ることなく、中胚葉系細胞を誘導することができ、得られた中胚葉系細胞を心筋細胞に誘導できることが示された。また、高い生存率で高効率に心筋細胞を誘導できることが示された。さらに、誘導した心筋細胞が自律的に一定の周期で拍動することが確認された。またさらに、誘導した心筋細胞で脱分極と再分極が自律的に発生することが確認された。すなわち、本発明の方法を用いることで、迅速かつ簡便に、高効率で心筋細胞を誘導できることが示された。この方法は浮遊培養を用いる場合、細胞の大量培養にも適している。
【0073】
実施例7:フィーダーフリー培養したiPS細胞を用いた心筋細胞の分化
幹細胞および培養方法
幹細胞として、多能性幹細胞であるiPS細胞株253G1を用いた(Nakagawa, M. et. al. Nature Biotechnology 26: 101-106 (2008))。フィーダーフリーでのiPS細胞の培養は以下の条件で行った。iMatrix(登録商標)511で0.5ng/cm2で培養器をコーティングした。 iPS細胞用の培地として、StemFit(登録商標)AK02Nを使用した。0.5×TrypLE(商標)にて細胞を剥離した後、StemFit(登録商標)AK02NにY―276314を10μM添加した培地にて、4-8×104細胞/T-25フラスコ(Corning)に継代を行った。培養1日以降はStemFit(登録商標)AK02Nで培地交換を行い、維持培養した。
【0074】
培養した細胞をPBSで洗浄した後、0.5×TrypLE(商標)にて細胞を剥離した。その後、遠心分離に供して上清を除去した。回収したiPS細胞を実施例2の条件Aの培地で懸濁した後、Single use bio-reactor for 30mLへ、5.0×106細胞/リアクターで播種した。撹拌速度55rpm、37℃/5%CO2下で培養した。実施例2の条件Aの培地にて3日間培養を行った。その後、リアクターから細胞塊を回収して遠心管に移した。上清を除去し、基礎培地で細胞塊を1回洗浄した後、4μM IWR-1および10μM IWP-2を含有する基礎培地で再懸濁し、再度リアクターにて3日間培養した。培養後、培地を5ng/mL VEGFおよび10ng/mL FGF-2を含有する基礎培地に置換して、最大15日間培養を行った。培養中、2日毎に培地交換を実施した。
【0075】
各分化誘導期間における心筋細胞マーカー(Cardiac Troponin T:cTnT)は以下の表のとおりであった。
【表6】
【0076】
上述の結果から、本発明の培地および方法を用いて、フィーダーフリーの状態で培養したiPS細胞からも、EB形成などの準備工程を経ることなく、中胚葉系細胞を誘導することができ、得られた中胚葉系細胞を高効率で心筋細胞に誘導できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明によれば、迅速かつ簡便に、高効率で幹細胞を心筋細胞などの中胚葉系細胞へと分化誘導することができる。この方法は、浮遊培養を用いる場合、中胚葉系細胞の大量培養にも適している。したがって、本発明は、再生医療分野において有用である。本発明はまた、医薬品開発においても有用である。