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特許7163659グルカル酸生産能を有する高耐酸性微生物、及びそれを用いたグルカル酸の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-24
(45)【発行日】2022-11-01
(54)【発明の名称】グルカル酸生産能を有する高耐酸性微生物、及びそれを用いたグルカル酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/44 20060101AFI20221025BHJP
   C07D 307/68 20060101ALI20221025BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20221025BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20221025BHJP
【FI】
C12P7/44 ZNA
C07D307/68
C12N15/62 Z
C12N15/53
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018147972
(22)【出願日】2018-08-06
(65)【公開番号】P2020022377
(43)【公開日】2020-02-13
【審査請求日】2021-03-04
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02745
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02746
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02747
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100105407
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100151596
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 俊明
(72)【発明者】
【氏名】山本 恭士
(72)【発明者】
【氏名】湯村 秀一
(72)【発明者】
【氏名】阪井 康能
(72)【発明者】
【氏名】由里本 博也
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104312935(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第104911117(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107164255(CN,A)
【文献】特開平08-089262(JP,A)
【文献】国際公開第2013/183610(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0144982(US,A1)
【文献】特表2016-506407(JP,A)
【文献】Enzyme Microb. Technol.,2016年,Vol. 91,pp. 8-16
【文献】Biotechnology Letters,1988年,Vol. 10,pp. 643-648
【文献】Process Biochemistry,2008年,Vol. 43,pp. 925-931
【文献】Environmental Technology,2009年,Vol. 30,pp. 1261-1272
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高耐酸性微生物又はその処理物を、pH3.5以下pH2.5以上の水性媒体中で有機原料に作用させる工程を含み、
前記高耐酸性微生物がキャンディダ・ボイディニィであり、
前記微生物又はその処理物は、ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性、ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性、及びウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有する、グルカル酸の製造方法。
【請求項2】
前記高耐酸性微生物が、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性を有する酵素とウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有する酵素とを、融合タンパク質として発現する、請求項に記載の製造方法。
【請求項3】
前記高耐酸性微生物が、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性を有する酵素を可溶化タンパク質として発現する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記有機原料がグルコース、キシロース、スクロース、デンプン、廃糖蜜、ミオ-イノシトール、グリセロール、リビトール、エリスリトールからなる群から選択される一つ以上を含有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記水性媒体を中和する工程を含まない、請求項1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記水性媒体中でグルカル酸を生成させながらその結晶を析出させる、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の方法によりグルカル酸を製造する工程、および前記工程で得られたグルカル酸を原料として2,5-フランジカルボン酸へ変換する工程を含む、2,5-フランジカルボン酸の製造方法。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項に記載の方法によりグルカル酸を製造する工程、および前
記工程で得られたグルカル酸を原料として2,5-フランジカルボン酸ジエステルへ変換する工程を含む、2,5-フランジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルカル酸生産能を有する高耐酸性微生物、及びそれを用いたグルカル酸の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
グルカル酸(テトラヒドロキシアジピン酸)は、リンゴ、グレープフルーツ、ブロッコリー等に含まれる酸性糖質である。日本国外では、そのβ-グルクロニダーゼ阻害作用を利用した機能性食品素材や、抗酸化剤、キレート剤等として利用されている。また、2004年には米国エネルギー省によりバイオリファイナリー基幹物質12種類の1つに定められている。
【0003】
グルカル酸は、ポリマーや界面活性剤等の工業用中間原料として汎用性が広い。特に、新規ポリマー原料として注目されている2,5-フランジカルボン酸(FDCA)や、2,5-フランジカルボン酸ジエステルの原料となるなど、様々な有用化学品へ誘導可能なバイオマス由来の基幹化合物として期待されている。
【0004】
グルカル酸は、従前はデンプンの硝酸酸化反応や、塩基性漂白剤の存在下での触媒酸化反応により合成できることが知られていた。
近年は、大腸菌等の細菌や、ピキア属酵母を用いてグルカル酸を、グルコースなどの一般的な有機原料から生合成することが試みられている(特許文献1、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開2013/125509号パンフレット
【文献】特開2012-61006号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Ye Liua, et al., Enzyme and Microbial Technology, 91 (2016) 8-16
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
微生物発酵によりグルカル酸を生産させる場合、グルカル酸の蓄積に伴って発酵液のpHは低下する。一般的に微生物の生育や発酵生産能が最大化するのは中性付近であるため、pHを中性に維持するために大量の中和剤が発酵液に添加され、コスト増の要因となる。実際、特許文献1や非特許文献1に記載の方法においても、中和剤により発酵液の酸性度は中性付近又はpH5.5に維持されている。また、中性付近にて発酵生産したグルカル酸は塩の形で発酵液中に溶解し、この状態からフリーのグルカル酸を得るためには、グルカル酸の溶解度が酸性条件下で低下する性質を利用した酸晶析を行って精製する必要があり、プロセス工程数が増加することによるコスト増や中和剤使用によるコスト増は発酵法を用いた工業生産を達成する上での課題と認識されている。
【0008】
ところで、乳酸の生合成に関しては、耐酸性サッカロマイセス属酵母を用いて中和せずに低pH環境下(pH3付近)で発酵する方法が開示されている(特許文献2)。かかる方法では、精製負荷を低減できるものの、中和剤を添加した場合よりも発酵成績が低下している。
【0009】
かかる状況に鑑みて、本発明はグルカル酸の発酵生産において、発酵生産時の中和剤添加量を抑制し、かつ精製を効率化することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、グルカル酸生産能を付与した高耐酸性微生物を用いることにより、強酸性条件下でグルカル酸を発酵生産できることに想到した。そして、キャンディダ属酵母が優れた高耐酸性能を有することを見出し、該酵母を宿主としてミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性及びウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を付与した形質転換体により効率的なグルカル酸発酵生産が実現されることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性、ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性、及びウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有する、高耐酸性微生物。
[2]前記高耐酸性微生物がキャンディダ(Candida)属酵母である[1]に記載の微生物。
[3]前記高耐酸性微生物がキャンディダ・ボイディニィ(Candida boidinii)である[2]に記載の微生物。
[4]ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性を有する酵素とウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有する酵素とを、融合タンパク質として発現する、[1]~[3]のいずれかに記載の微生物。
[5]ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性を有する酵素を可溶化タンパク質として発現する、[1]~[4]のいずれかに記載の微生物。
[6][1]~[5]のいずれかに記載の微生物又はその処理物を、pH5以下の水性媒体中で有機原料に作用させる工程を含む、グルカル酸の製造方法。
[7]前記有機原料がグルコース、キシロース、スクロース、デンプン、廃糖蜜、ミオ-イノシトール、グリセロール、リビトール、エリスリトールからなる群から選択される一つ以上を含有する、[6]に記載の製造方法。
[8]前記水性媒体がpH3.5以下である、[6]または[7]に記載の製造方法。
[9]前記水性媒体がpH2.5以上である[6]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]前記水性媒体を中和する工程を含まない、[6]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]前記水性媒体中でグルカル酸を生成させながらその結晶を析出させる、[6]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12][6]~[11]のいずれかに記載の方法によりグルカル酸を製造する工程、および前記工程で得られたグルカル酸を原料として2,5-フランジカルボン酸へ変換する工程を含む、2,5-フランジカルボン酸の製造方法。
[13][6]~[11]のいずれかに記載の方法によりグルカル酸を製造する工程、および前記工程で得られたグルカル酸を原料として2,5-フランジカルボン酸ジエステルへ変換する工程を含む、2,5-フランジカルボン酸ジエステルの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、グルコースやガラクトースなどの一般的な有機原料から、副生物を抑制しながら効率的にグルカル酸を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】グルカル酸の生合成経路を示す図である。
図2】pH3条件下における各種酵母の生育を示すグラフである。
図3】実施例2におけるイノシトール蓄積量の経時変化を示すグラフである。
図4】MIOX-Udh融合タンパク質発現用プラスミドの構築スキームである。
図5】Hisタグ付加MIOX-Udh融合タンパク質発現用プラスミドの構築スキームである。
図6】superfolderGFP発現用プラスミドの構築スキームである。
図7】実施例4におけるグルカル酸蓄積量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0015】
<本発明の微生物>
本発明の微生物は、ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性、ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性、及びウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有する、高耐酸性微生物である。
【0016】
本明細書において「高耐酸性微生物」とは低pH条件下でも高い増殖能及び代謝能を有する微生物をいう。より具体的には、200mLの三角フラスコに調製したpH3のYPD培地(1% YEAST EXTRACT、2% HIPOLYPEPTON、2% グルコース)20mL中にて30℃で72時間、グルコースを枯渇させないように添加しながら180rpmの振とう速度にて旋回振とう培養させた時のOD660が、0時間で1としたときの相対値として5以上、好ましくは10以上、より好ましくは40以上、さらに好ましくは50以上となる微生物をいう。
本発明においては、高耐酸性微生物にグルカル酸生産能を付与することにより、低pH条件下でのグルカル酸発酵が可能となり、その結果、副生物の生成が抑制され、精製負荷が削減された効率的なグルカル酸製造が実現される。
【0017】
本発明の微生物は、宿主微生物を用いて遺伝子工学的手法により作成することができる。
宿主微生物は、高耐酸性であれば特に限定されず、例えば、酵母、大腸菌、コリネ型細菌、バチルス(Bacillus)属細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、アクチノバチルス(Actinobacillus)属細菌、シュードモナス(Pseudomonas)属細菌、糸状菌等が挙げられる。
【0018】
これらのうち、酵母がより好ましく、例えばキャンディダ(Candida)属酵母、クルイウェロマイセス(Kluyveromyces)属酵母、ピキア(Pichia)属酵母、サッカロマイセス(Saccharomyces)属酵母等が挙げられる。さらにこれらのうち、キャンディダ属酵母がより耐酸性に優れるため好ましく、例えばキャンディダ・ボイディニィ(Candida boidinii)、キャンディダ・パラプシローシス(Candida parapsilosis)、キャンディダ・グラブラータ(Candida glabrata)等が挙げられ、さらに、ゲノム配列が詳細に解析されていること、及び遺伝子組み換え手法が確立していることからキャンディダ・ボイディニィが特に好ましい。
【0019】
上記微生物は、野生株だけでなく、UV照射やNTG処理等の通常の変異処理により得られる変異株、細胞融合若しくは遺伝子組換え法などの遺伝学的手法により誘導される組換え株などのいずれの株であってもよい。
【0020】
グルコースを出発物質または中間体として用いる場合の反応経路について、図1を参照しながら説明する。
反応は、グルコースを出発原料として開始してもよいし、他の出発原料から適当な反応で生成されたグルコースから開始してもよい。微生物が普遍的に有する代謝経路によりグ
ルコースから変換されたグルコース-6-リン酸は、ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性によりミオ-イノシトール-1-リン酸に変換される。次いで、ミオ-イノシトール-1-リン酸を基質として、ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性により、ミオ-イノシトールが生成する。次いで、ミオ-イノシトールは、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性によりグルクロン酸に変換され、ウロン酸デヒドロゲナーゼ活性によりグルクロン酸からグルカル酸が生成される。
【0021】
したがって、本発明の微生物は、上述したようにミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性、ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性、ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ活性、及びウロン酸デヒドロゲナーゼ活性を有することが必須である。宿主微生物がこれらの酵素活性を有するタンパク質を内在していない場合は、これらのタンパク質を発現するように外来遺伝子を導入すればよい。なお、ここで、「内在していない」とは、前記酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を有しない場合、該遺伝子にコードされるタンパク質を実質的に発現しない場合等をいう。また、宿主微生物に前記タンパク質が内在している場合であっても、非改変株と比較して増強するように、外来遺伝子導入や組み換え等により改変を行ってもよい。
なお、酵母には、ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ活性を有するタンパク質、及びミオ-イノシトールモノフォスファターゼ活性を有するタンパク質は内在する。
【0022】
目的の酵素活性を増強する方法としては、例えば、親株を変異剤によって処理する方法、該活性を有するタンパク質をコードする遺伝子のコピー数を高める方法、前記遺伝子や前記遺伝子のプロモーターを改変する方法、前記遺伝子の発現を増強し得る任意の遺伝子をゲノム上にランダムに挿入する方法などが挙げられる。さらに、これらの方法を複数組み合わせてもよい。
【0023】
以下、目的の酵素活性が増強するように改変された株の具体的な作製方法について説明する。目的の酵素活性が増強された株は、親株をN-メチル-N’-ニトローN-ニトロソグアニジン(NTG)やエチルメタンスルホン酸(EMS)等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理し、該活性が上昇した株を選択することによって得ることができる。
また、目的の酵素活性が増強された株は、該活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を用いて改変することによっても得ることができる。具体的には、前記遺伝子のコピー数を高めることによって達成でき、コピー数を高めることは、前記遺伝子を含むベクターで形質転換すること、または相同組換え法等の手法によって染色体上に該遺伝子を導入し、染色体上で多コピー化させることなどによって達成できる。
【0024】
さらに、目的の酵素活性が増強された株は、染色体上またはプラスミドベクター上の該活性を有するタンパク質をコードする遺伝子に変異を導入することによって、前記遺伝子がコードするタンパク質1分子当たりの前記活性を増加させることによっても達成できる。
また、前記遺伝子の発現が増強された株は、染色体上またはプラスミドベクター上で前記遺伝子のプロモーターへ変異を導入すること、より強力なプロモーターへ置換することなどで前記遺伝子を高発現化させることによっても達成できる。
【0025】
目的の酵素活性を有するタンパク質の発現ベクターは、前記タンパク質をコードする遺伝子を公知の発現ベクターに発現可能なように挿入すればよい。この発現ベクターで形質転換することにより、目的の酵素活性が増強するように改変された株を得ることができる。あるいは、相同組換えなどによって、宿主微生物の染色体DNAに前記タンパク質をコードするDNAを発現可能なように組み込むことによっても目的の酵素活性が増強するように改変された株を得ることができる。なお、形質転換、相同組換えは当業者に知られた
通常の方法に従って行うことができる。
【0026】
染色体上またはプラスミド上に前記遺伝子を導入する場合には、適当なプロモーターを該遺伝子の5’-側上流に、より好ましくはターミネーターを3’-側下流にそれぞれ組み込む。このプロモーターおよびターミネーターとしては、宿主として利用する微生物中において機能することが知られているプロモーターおよびターミネーターであれば特に限定されず、前記遺伝子自身のプロモーターおよびターミネーターであってもよいし、他のプロモーターおよびターミネーターに置換してもよい。これら各種微生物において利用可能なベクター、プロモーターおよびターミネーターなどに関しては、例えば「微生物学基礎講座8遺伝子工学・共立出版」などに詳細に記述されている。
【0027】
本発明において、「ミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ(INO1)活性」とは、グルコース-6-リン酸をミオ-イノシトール-1-リン酸に変換する反応を触媒する活性をいう。この酵素活性を有するか否かは、測定の対象とするタンパク質が、グルコース-6-リン酸を基質としてミオ-イノシトール-1-リン酸を生成することができるかを通常のアッセイ方法で測定することにより判定が可能である。例えば、グルコース-6-リン酸に、測定の対象となる酵素を作用させ、グルコース-6-リン酸から変換されたミオ-イノシトール-1-リン酸の生成量を測定することで、その酵素活性を確認することができる。生成したミオ-イノシトール-1-リン酸は、ミオ-イノシトール-1-リン酸を過ヨウ素酸ナトリウムにて処理することで無機リンを生成させ、生じた無機リンをモリブデン青比色法など常法に従って比色定量(620nmの吸収強度から定量)することで測定可能である(J. Adhikari et al., Plant Physiol. (1987) 85 611-614)。
INO1活性を有するタンパク質をコードする遺伝子としては、特に限定されないが、例えば、公知のGenBank Accession Nos.AB032073、AF056325、AF071103、AF078915、AF120146、AF207640、AF284065、BC111160、L23520、U32511等が挙げられる。特に、配列番号1で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するミオ-イノシトール-1-リン酸シンターゼ遺伝子を好適に用いることができる。
また、他の微生物や動植物由来の遺伝子を使用することもできる。この場合は、宿主微生物のコドン使用頻度に最適化した塩基配列を用いることが好ましい。配列番号1に示されるDNA配列とのホモロジー等に基づいてINO1活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、微生物や動植物等の染色体より単離し、塩基配列を決定したものなどを使用することができる。また、塩基配列が決定された後には、その配列に従って合成した遺伝子を使用することもできる。これらはハイブリダイゼーション法やPCR法により、プロモーターおよびORF部分を含む領域を増幅することによって取得することができる。なお、INO1活性の増強にあたっては、異なる微生物や動植物由来の複数種類の遺伝子を用いてもよい。
【0028】
本発明において、「ミオ-イノシトールモノフォスファターゼ(INM)活性」とは、グミオ-イノシトール-1-リン酸を脱リン酸化してミオ-イノシトールに変換する反応を触媒する活性をいう。この酵素活性を有するか否かは、測定の対象とするタンパク質が、ミオ-イノシトール-1-リン酸を基質としてミオ-イノシトールを生成することができるかを通常のアッセイ方法で測定することにより判定が可能である。例えば、ミオ-イノシトール-1-リン酸に、測定の対象となる酵素を作用させ、ミオ-イノシトール-1-リン酸から変換されたミオ-イノシトールの生成量を示差屈折率(RI)検出器を用いたHPLCにてミオ-イノシトール由来のピークを直接的に検出することで、その酵素活性を確認することができる。
INM活性を有するタンパク質をコードする遺伝子としては、特に限定されないが、多くの公知の生物由来の当該遺伝子(suhB遺伝子)を用いることができ、例えば、GenBank Accession Nos.ZP_04619988、YP_001451
848等が挙げられる。特に、大腸菌由来のsuhB遺伝子(配列番号3:AAC75586(MG1655))の使用は、大腸菌を宿主細胞とする場合に便利である。
また、他の微生物や動植物由来の遺伝子を使用することもできる。この場合は、宿主微生物のコドン使用頻度に最適化した塩基配列を用いることが好ましい。配列番号3に示されるDNA配列とのホモロジー等に基づいてINM活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、微生物や動植物等の染色体より単離し、塩基配列を決定したものなどを使用することができる。また、塩基配列が決定された後には、その配列に従って合成した遺伝子を使用することもできる。これらはハイブリダイゼーション法やPCR法により、プロモーターおよびORF部分を含む領域を増幅することによって取得することができる。なお、INM活性の増強にあたっては、異なる微生物や動植物由来の複数種類の遺伝子を用いてもよい。
【0029】
本発明において、「ミオ-イノシトールオキシゲナーゼ(MIOX)活性」とは、ミオ-イノシトールを酸化してグルクロン酸に変換する反応を触媒する活性をいう。この酵素活性を有するか否かは、測定の対象とするタンパク質が、ミオ-イノシトールを基質としてグルクロン酸を生成することができるかを通常のアッセイ方法で測定することにより判定が可能である。例えば、ミオ-イノシトールに、測定の対象となる酵素を作用させ、ミオ-イノシトールから変換されたグルクロン酸の生成量をUV(210nm)検出器を用いたHPLCにてグルクロン酸由来のピークを直接的に検出することで、その酵素活性を確認することができる。
MIOX活性を有するタンパク質をコードする遺伝子としては、特に限定されないが、多くの公知の生物由来の当該遺伝子を用いることができ、例えば、GenBank ACCESSION No.AY738258、NM101319、NM001101065、NM001030266、NM214102、AY064416、NM001247664、XM630762、NM145771、NM017584、NM001131282等が挙げられる。特に、配列番号5で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するマウスのmiox遺伝子を好適に用いることができる。
また、他の微生物や動植物由来の遺伝子を使用することもできる。この場合は、宿主微生物のコドン使用頻度に最適化した塩基配列を用いることが好ましい。例えば、キャンディダ・ボイディニィを宿主とする場合、配列番号5をキャンディダ・ボイディニィのコドン使用頻度に最適化した配列番号7を用いることができる。また、配列番号5に示されるDNA配列とのホモロジー等に基づいてMIOX活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、微生物や動植物等の染色体より単離し、塩基配列を決定したものなどを使用することができる。また、塩基配列が決定された後には、その配列に従って合成した遺伝子を使用することもできる。これらはハイブリダイゼーション法やPCR法により、プロモーターおよびORF部分を含む領域を増幅することによって取得することができる。なお、MIOX活性の増強にあたっては、異なる微生物や動植物由来の複数種類の遺伝子を用いてもよい。
【0030】
本発明において、「ウロン酸デヒドロゲナーゼ(Udh)活性」とは、グルクロン酸をグルカル酸に変換する反応を触媒する活性をいう。この酵素活性を有するか否かは、測定の対象とするタンパク質が、グルクロン酸を基質としてグルカル酸を生成することができるかを通常のアッセイ方法で測定することにより判定が可能である。例えば、グルクロン酸に、測定の対象となる酵素を作用させ、グルクロン酸から変換されたグルカル酸の生成量をUV(210nm)検出器を用いたHPLCにてグルカル酸由来のピークを直接的に検出することで、その酵素活性を確認することができる。
Udh活性を有するタンパク質をコードする遺伝子としては、特に限定されないが、多くの公知の生物由来の当該遺伝子を用いることができ、例えば、GenBank ACCESSION No.BK006462、EU377538等が挙げられる。特に、配列番号9で示されるコード化領域ヌクレオチド配列を有するシュードモナス・シリンガエの
udh遺伝子を好適に用いることができる。
また、他の微生物や動植物由来の遺伝子を使用することもできる。この場合は、宿主微生物のコドン使用頻度に最適化した塩基配列を用いることが好ましい。例えば、キャンディダ・ボイディニィを宿主とする場合、配列番号9をキャンディダ・ボイディニィのコドン使用頻度に最適化した配列番号11を用いることができる。また、配列番号9に示されるDNA配列とのホモロジー等に基づいてUdh活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を、微生物や動植物等の染色体より単離し、塩基配列を決定したものなどを使用することができる。また、塩基配列が決定された後には、その配列に従って合成した遺伝子を使用することもできる。これらはハイブリダイゼーション法やPCR法により、プロモーターおよびORF部分を含む領域を増幅することによって取得することができる。なお、Udh活性の増強にあたっては、異なる微生物や動植物由来の複数種類の遺伝子を用いてもよい。
【0031】
本発明の微生物において、MIOX活性を有する酵素とUdh活性を有する酵素とは、融合タンパク質として発現することが好ましい。
前記2つの酵素が融合タンパク質としてグルカル酸生産反応に関与することにより、該反応においてミオ-イノシトールからグルクロン酸を経てグルカル酸へ変換する反応の効率が上がるためである。また、前記2つの酵素が融合タンパク質となることにより、MIOX活性を有する酵素の可溶性を向上させることができ、後述するようにその酵素反応を促進させることができる。
融合タンパク質は、前記2つの酵素を適当なリンカーで結合したものでよく、例えばアミノ酸1~10個程度で結合した態様が挙げられる。かかる融合タンパク質は、前述の発現ベクターを周知の手法により設計・構築し、宿主微生物に導入し、発現させればよい。
【0032】
また、本発明の微生物において、MIOX活性を有する酵素は、可溶化タンパク質として発現することが好ましい。
グルカル酸生産反応においては、ミオ-イノシトールからグルクロン酸への変換が律速となると推測されるところ、MIOX活性を有する酵素を可溶化させることによりその酵素反応を促進することができる。
対象タンパク質を可溶化させる手法としては、対象タンパク質に特定の融合タンパク質やペプチドを融合させて発現させる方法等があり、かかる融合タンパク質やペプチドは種々知られている(加藤ら、生物物理, 48 (3) 185-189 (2008))。
【0033】
上述の通り、各酵素活性を付与又は増強する改変を行うことによって、グルカル酸生産能を有する微生物を作製することができる。本発明において、「グルカル酸生産能」とは、微生物を培地中で培養したときに、該微生物が該培地中にグルカル酸を生成蓄積することができることをいう。
【0034】
本発明のグルカル酸の製造方法は、本発明の微生物又はその処理物を酸性水性媒体中で有機原料に作用させる工程(以下、「発酵工程」という)を含む。本発明のグルカル酸の製造方法は、さらに生成したグルカル酸を回収する工程(以下、「回収工程」という)と含んでもよい。
一般にグルカル酸発酵ではグルカル酸の蓄積に伴って発酵液のpHは低下し、微生物の生育や発酵生産能が低下する傾向にある。それに対して、前述のとおり本発明の微生物は耐酸性に優れるため、酸性水性媒体においても微生物の生育や発酵生産能が低下することがないため、効率的にグルカル酸を製造することができる。そのため、本発明の製造方法では、発酵生産に伴うpH低下を抑制するための、中和剤添加量を削減することができる。さらには、酸性条件下でグルカル酸を発酵生産させることでグルカル酸は通常は酸の形で生成・析出し、グルカル酸の製造において行われる酸晶析の精製工程を省略することができ、また副生成物が生じるのを抑制することができる。その結果、製造工程全体の負荷
を小さくすることができ、かつコスト削減にも寄与することができる。
【0035】
本発明のグルカル酸の製造方法では、本発明の微生物の処理物を使用することもできる。微生物の処理物としては、例えば、微生物をアクリルアミド、カラギーナン等で固定化した固定化微生物、微生物を破砕した破砕物、その遠心分離上清、またはその上清を硫安処理等で部分精製した画分等が挙げられる。通常、これらの処理物には、本発明の微生物が有する、グルカル酸の生合成に関与する種々の酵素が含まれる。
【0036】
本発明のグルカル酸の製造方法に本発明の微生物を用いるに当たっては、寒天培地等の固体培地で斜面培養したものを直接用いてもよいが、発酵工程に先立ち、必要に応じて上記微生物を予め液体培地で培養したものを用いてもよい。すなわち、後述する種培養や本培養を行うことで、本発明の微生物を予め増殖させた後に、発酵工程を行うことができる。
なお、後述する種培養や本培養と、後述する発酵工程は、区別することなく、同時に行うこともできる。また、種培養または本培養した微生物を反応液中で増殖させながら、有機原料と反応させることによってグルカル酸を生産させることもできる。
【0037】
(種培養)
種培養は、本培養に供する本発明の微生物を調製するために行うものである。種培養に用いる培地は、微生物の培養に用いられる通常の培地を用いることができるが、窒素源や無機塩などを含む培地であることが好ましい。ここで、窒素源としては、本発明の微生物が資化して増殖できる窒素源であれば特に限定されないが、具体的には、アンモニウム塩、硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、カゼイン分解物、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの各種の有機、無機の窒素化合物等が挙げられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛等の金属塩が用いられる。また、ビオチン、チアミン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育を促進する因子を必要に応じて添加する。
【0038】
種培養においては、必要に応じて、前記培地に炭素源を添加してもよい。種培養に用いる炭素源としては、前記微生物が資化して増殖し得るものであれば特に限定されないが、通常、グルコース、フルクトース、ガラクトース、ラクトース、キシロース、アラビノース、スクロース、デンプン、セルロース等の炭水化物;グリセロール、マンニトール、イノシトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、このうちグルコース、フルクトース、ガラクトース、ラクトース、スクロース、キシロース、またはアラビノースが好ましく、特にグルコース、ガラクトース、スクロースまたはラクトースが好ましい。これらの炭素源は、単独で添加してもよいし、組み合わせて添加してもよい。
【0039】
種培養は、一般的な生育至適温度で行うことができるが、好ましくは、高耐酸性微生物において最も生育速度が速い温度で行う。具体的な培養温度としては、通常20℃~45℃であり、25℃~40℃が好ましい。特に、キャンディダ属酵母の場合は、通常20℃~45℃であり、25℃~35℃が好ましい。
【0040】
種培養は、一般的な生育至適pHで行うことができるが、好ましくは高耐酸性微生物において最も生育速度が速いpHで行う。具体的な培養pHとしては、通常pH2~10であり、pH5~8が好ましい。特に、キャンディダ属酵母の場合は、通常pH2~10であり、pH2.1~8が好ましく、pH2.5~6がさらに好ましい。
【0041】
また、種培養の培養時間は、一定量の微生物が得られる時間であれば特段の制限はないが、通常6時間以上96時間以下である。また、種培養においては、通気したり攪拌した
りして、酸素を供給することが好ましい。
【0042】
種培養後の微生物は、後述する本培養に用いることができるが、種培養については省略してもよく、寒天培地等の固体培地で斜面培養したものを直接本培養に用いてもよい。また、必要に応じて、種培養を何度か繰り返し行ってもよい。
【0043】
(本培養)
本培養は、後述するグルカル酸生産反応に供する本発明の微生物を調製するために行うものであり、主として微生物量を増やすことを目的とする。上述の種培養を行う場合は、種培養により得られた微生物を用いて本培養を行う。
【0044】
本培養に用いる培地は、微生物の培養に用いられる通常の培地を用いることができるが、窒素源や無機塩などを含む培地であることが好ましい。ここで、窒素源としては、本微生物が資化して増殖できる窒素源であれば特に限定されないが、具体的には、アンモニウム塩、硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、カゼイン分解物、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの各種の有機、無機の窒素化合物が挙げられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、カルシウム、マンガン、鉄、亜鉛、銅等の金属塩が用いられる。また、ビオチン、チアミン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育を促進する因子を必要に応じて添加する。また、培養時の発泡を抑えるために、培地には市販の消泡剤を適量添加しておくことが好ましい。
【0045】
また、本培養においては、前記培地に炭素源を添加することが好ましい。本培養に用いる炭素源としては、前記微生物が資化して増殖し得るものであれば特に限定されないが、通常、グルコース、フルクトース、ガラクトース、ラクトース、キシロース、アラビノース、スクロース、デンプン、セルロース等の炭水化物;グリセロール、マンニトール、イノシトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、このうちグルコース、フルクトース、ガラクトース、ラクトース、スクロース、キシロース、またはアラビノースが好ましく、特にグルコース、ガラクトース、スクロースまたはラクトースが好ましい。これらの炭素源は、単独で添加してもよいし、組み合わせて添加してもよい。
【0046】
また、前記発酵性糖質を含有する澱粉糖化液、糖蜜なども使用され、前記発酵性糖質がサトウキビ、甜菜、サトウカエデ等の植物から搾取した糖液であるものが好ましい。
これらの炭素源は、単独で添加してもよいし、組み合わせて添加してもよい。
【0047】
前記炭素源の使用濃度は特に限定されないが、微生物の増殖を阻害しない範囲で添加するのが有利であり、培養液に対して、通常0.1~10%(W/V)、好ましくは0.5~5%(W/V)の範囲内で用いることができる。また、増殖に伴う前記炭素源の減少にあわせ、炭素源を追加で添加してもよい。
【0048】
また、本培養は、一般的な生育至適温度で行うことが好ましい。具体的な培養温度としては、通常20℃~45℃であり、25℃~40℃が好ましい。特に、キャンディダ属酵母の場合は、通常20℃~45℃であり、25℃~35℃が好ましい。
【0049】
また、本培養は、一般的な生育至適pHで行うことが好ましい。具体的な培養pHとしては、通常pH2~10であり、pH5~8が好ましい。特に、キャンディダ属酵母の場合は、通常pH2~10であり、pH2.1~8が好ましく、pH2.5~6がさらに好ましい。
ただし、本培養を発酵工程と同時に行う場合は、pH5以下で行い、pH3.5以下で行うことが好ましい。
【0050】
また、本培養の培養時間は、一定量の微生物が得られる時間であれば特段の制限はないが、通常6時間以上96時間以下である。また、本培養においては、通気したり攪拌したりして、酸素を供給することが好ましい。
【0051】
本培養後の微生物は、後述するグルカル酸生産反応に用いることができるが、培養液を直接用いてもよいし、遠心分離、膜分離等によって微生物を回収した後に用いてもよい。
【0052】
(発酵工程)
発酵工程では、上述のグルカル酸生産能を有する微生物またはその処理物を酸性水性媒体中で、有機原料に作用させることにより、グルカル酸を生産させる。この発酵工程で起こる反応を、以下、「グルカル酸生産反応」という。
【0053】
ここで、酸性水性媒体とは、発酵工程におけるグルカル酸生産反応を行う水溶液のことであり、後述するように窒素源、無機塩などを含む水溶液であることが好ましい。当該水性媒体中で、本発明の微生物またはその処理物と有機原料とを反応させることによりグルカル酸生産反応を行うことができる。本明細書において、酸性水性媒体とは、pH5以下であって反応容器に含まれる液体全てを意味する。
【0054】
水性媒体としては、例えば、微生物を培養するための培地であってもよいし、リン酸緩衝液等の緩衝液であってもよいが、反応液は窒素源や無機塩などを含む水溶液であることが好ましい。ここで、窒素源としては、本発明の微生物が資化してグルカル酸を生成させうる窒素源であれば特に限定されないが、具体的には、アンモニウム塩、硝酸塩、尿素、大豆加水分解物、カゼイン分解物、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、コーンスティープリカーなどの各種の有機、無機の窒素化合物が挙げられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、カルシウム、マンガン、鉄、亜鉛、銅等の金属塩が用いられる。また、ビオチン、チアミン、パントテン酸、イノシトール、ニコチン酸等のビタミン類、ヌクレオチド、アミノ酸などの生育を促進する因子を必要に応じて添加する。また、反応時の発泡を抑えるために、反応液には市販の消泡剤を適量添加しておくことが好ましい。
【0055】
本発明のグルカル酸の製造方法で用いる有機原料としては、本発明の微生物が資化してグルカル酸を生産し得るものであれば特に限定されず、いわゆる一般的な糖質を用いることができる。
具体的には、グリセルアルデヒド等の炭素数3の単糖(トリオース);エリトロース、トレオース、エリトルロース等の炭素数4の単糖(テトロース);リボース、リキソース、キシロース、アラビノース、デオキシリボース、キシルロース、リブロース等の炭素数5の単糖(ペントース);アロース、タロース、グロース、グルコース、アルトロース、マンノース、ガラクトース、イドース、フコース、フクロース、ラムノース、プシコース、フルクトース、ソルボース、タガトース等の炭素数6の単糖(ヘキソース);、セドヘプツロース等の炭素数7の単糖(ヘプトース);スクロース、ラクトース、マルトース、トレハノース、ツラノース、セロビオース等の二糖類;ラフィノース、メレジトース、マルトトリオース等の三糖類;フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖、マンナオリゴ糖などのオリゴ糖類;デンプン、デキストリン、セルロース、ヘミセルロース、グルカン、ペントサン等の多糖類;グリセロール、マンニトール、イノシトール、リビトール等のポリアルコール類等が挙げられる。
【0056】
上述した糖質の中でも、グルコース、キシロース、スクロース、デンプン、廃糖蜜、ミオ-イノシトール、グリセロール、リビトール、及びエリスリトールからなる群から選ばれる少なくとも一種がより好ましい。これらは、原料の入手が容易であり、また安価であ
るためである。
なお、本発明のグルカル酸の製造方法で用いる有機原料には、1種類の糖が単独で含有されていてもよいし、2種類以上の糖が含有されていてもよい。
【0057】
本発明のグルカル酸の製造方法で用いる有機原料は、前記糖質を含んでいれば特に制限されないが、例えば、1種類以上の前記糖質を水に溶解して水溶液としたもの、1種類以上の前記糖質を構成成分として含む植物体またはその一部を糖質まで分解したもの、1種類以上の前記糖質を構成成分として含む植物体またはその一部から糖質を抽出したもの等を用いることができる。具体的には、後述するようなリグノセルロース分解原料、スクロース含有原料、デンプン分解原料等が挙げられる。
【0058】
本発明のグルカル酸の製造方法で用いる有機原料は、必要に応じて水等で希釈して糖質の濃度を下げて用いてもよいし、濃縮して糖質の濃度を高めて用いてもよい。
本発明のグルカル酸の製造方法における有機原料中に含まれる糖質の濃度としては、有機原料の由来や、含有する糖質の種類等によって大きく変動するため、特に限定されないが、発酵生産プロセスおよび化学変換プロセスの生産性を考慮して、通常0.1質量%以上、好ましくは2質量%以上であり、また、通常80質量%以下、好ましくは70質量%以下である。ただし、糖質を2種類以上含む場合は、その合計の濃度を示す。
【0059】
好ましい有機原料として、リグノセルロース分解原料が挙げられる。
リグノセルロースとは、構造性多糖のセルロース、ヘミセルロース、及び芳香族化合物の重合体のリグニンから構成される有機物である。リグノセルロースは、通常、食用にはできず、通常であれば廃棄、焼却処理をされるものが多いため、安定して供給でき、資源を有効利用できる点で好ましい。
リグノセルロース分解原料としては、バガス、コーンストーバー、麦わら、稲わら、スイッチグラス、ネピアグラス、エリアンサス、ササ、ススキ等の草本系バイオマスや、廃木材、オガ粉、樹皮、古紙等の木質系バイオマス等を好適に用いることができる。中でも、バガス、コーンストーバー、麦わらが好ましい。
【0060】
上述のリグノセルロース分解原料から有機原料を得る方法は、特に限定されないが、例えば、リグノセルロースに対して必要に応じて前処理を施した後、酵素、酸、亜臨界水、超臨界水等による加水分解、または熱分解を行う方法等が挙げられる。
【0061】
また、好ましい有機原料として、スクロース含有原料が挙げられる。
また、スクロースは、細胞中にスクロースを蓄積できる植物に含まれ、以下、このような植物のことを「スクロースを含む植物」という。スクロースを含む植物としては、サトウキビ、テンサイ、サトウカエデ、オウギヤシ、ソルガム等の砂糖の原料として使用されるもの等が挙げられ、中でも、サトウキビ、テンサイが好ましい。
【0062】
スクロースを含む植物から有機原料を得る方法は、特に限定されないが、例えば、当該植物を粉砕した後に圧搾または浸出を行う方法等が挙げられる。本発明のグルカル酸の製造方法においては、このようにして得られたスクロースを含む植物の搾汁(例えば、サトウキビの場合はケーンジュース)、粗糖、廃糖蜜等も有機原料として用いることができる。
【0063】
また、好ましい有機原料として、デンプン分解原料が挙げられる。
また、デンプンは、細胞中にデンプンを蓄積できる植物に含まれ、以下、このような植物のことを「デンプンを含む植物」という。デンプンを含む植物としては、キャッサバ、トウモロコシ、馬鈴薯、小麦、甘藷、サゴヤシ、米、クズ、カタクリ、緑豆、ワラビ、オオウバユリ等が挙げられ、中でも、キャッサバ、トウモロコシ、馬鈴薯、小麦が好ましい
【0064】
デンプンを含む植物から有機原料を得る方法は、特に限定されないが、例えば、当該植物から抽出したデンプンを加水分解する方法等が挙げられる。
【0065】
前記有機原料の使用濃度は特に限定されないが、グルカル酸の生成を阻害しない範囲で可能な限り高くすると生産性の点で有利であり、好ましい。水性媒体中に含まれる有機原料の濃度は、そこに含まれる糖質の濃度で、水性媒体に対して、通常5%(W/V)以上、好ましくは10%(W/V)以上であり、一方、通常30%(W/V)以下、好ましくは20%(W/V)以下である。また、グルカル酸の生産反応の進行に伴う前記有機原料の減少にあわせて、有機原料の追加で添加してもよい。
【0066】
グルカル酸生産反応中の酸性水性媒体は、pH5以下であり、好ましくはpH3.5以下である。また、好ましくはpH1以上であり、より好ましくはpH1.5以上であり、さらに好ましくはpH2.5以上である。かかる条件下で発酵することにより、前述の通り微生物の生育や発酵生産能を低下させることなく、効率的にグルカル酸を生成・回収することができる。
なお、グルカル酸生産反応の間、常にpH5以下に維持することが好ましい。通常は、生成したグルカル酸により水性媒体の酸性度がpH5以上になることはない。
【0067】
水性媒体のpHは、塩酸、硫酸、リン酸等の無機酸、酢酸等の有機酸、それらの混合物等を添加すること、または二酸化炭素ガスを供給することによって調整することができる。
【0068】
グルカル酸生産反応に用いる微生物の微生物量は、特に限定されないが、湿重量として、通常1g/L以上、好ましくは10g/L以上、より好ましくは20g/L以上であり、一方、通常700g/L以下、好ましくは500g/L以下、さらに好ましくは400g/L以下である。
【0069】
グルカル酸生産反応の時間は、特に限定はないが、通常1時間以上、好ましくは3時間以上であり、一方、通常300時間以下、好ましくは200時間以下である。
【0070】
グルカル酸生産反応の温度は、用いる前記微生物の生育至適温度と同じ温度で行うことができ、具体的な培養温度としては、通常20℃~45℃であり、25℃~40℃が好ましい。特に、キャンディダ属酵母の場合は、通常20℃~45℃であり、25℃~35℃が好ましい。
グルカル酸生産反応の間、常に上記の温度範囲とする必要はないが、全反応時間の50%以上、好ましくは80%以上の時間において、上記温度範囲にすることが望ましい。
【0071】
グルカル酸生産反応は、通気せず、酸素を供給しない嫌気的雰囲気下で行ってもよいが、通気、攪拌を行うことが好ましい。具体的には、酸素移動速度として、通常0mmol/L/h以上、好ましくは10mmol/L/h以上、より好ましくは20mmol/L/h以上であり、一方、通常200mmol/L/h以下、好ましくは150mmol/L/h以下、さらに好ましくは100mmol/L/h以下である。
【0072】
本発明のグルカル酸の製造方法のグルカル酸の製造方法は、特段の制限はないが、回分反応、半回分反応もしくは連続反応のいずれにも適用することができる。
【0073】
本発明においては水性媒体が酸性であるため、雑菌による混入リスクが低減化されている点においても優れる。
【0074】
(回収工程)
本発明のグルカル酸の製造方法は、上記のグルカル酸生産反応によりグルカル酸が生成し、反応液中に蓄積させることができる。蓄積させたグルカル酸は、常法に従って、水性媒体から回収する。回収工程は、具体的には、例えば、遠心分離、ろ過等により微生物の固形物を除去し、再結晶することによって行うことができ、これにより高純度のグルカル酸を回収することができる。本発明においては水性媒体が酸性であるため、精製に際して新たに酸を添加する必要がない点、及びグルカル酸の形で回収できる点で優れる。
得られたグルカル酸は、新規ポリマー原料として注目されている2,5-フランジカルボン酸や、2,5-フランジカルボン酸ジエステルの原料として用いることができ、その他様々な有用化学品へ誘導可能である。
【0075】
<2,5-フランジカルボン酸の製造方法>
上述した方法によりグルカル酸を製造した後に、得られたグルカル酸を原料として、常法に従って、2,5-フランジカルボン酸を製造することができる。具体的には、例えば、酸触媒存在下で環化脱水する方法、後述する2,5-フランジカルボン酸ジエステルを加水分解する方法などが挙げられる。
使用する酸触媒は、本反応が進行すれば特に制限はないが、パラトルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、カンファ―スルホン酸などのスルホン酸化合物、硫酸、リン酸、臭化水素酸、塩化水素酸などの無機酸、リンタングステン酸、ケイタングステン酸などのヘテロポリ酸等が挙げられる。反応性の観点からパラトルエンスルホン酸、臭化水素酸が好ましい。
反応温度は通常100℃以上が好ましく、120℃以上が更に好ましい。
フランジカルボン酸ジエステルからの加水分解によるフランジカルボン酸製造は公知の技術を用いることができる。
【0076】
2,5-フランジカルボン酸はポリエステル、ポリアミドの原料となるほか、カルボン酸の還元によりポリカーボネート、ポリエステルの原料となるジオールに変換可能であり、石油由来の既存合成樹脂をバイオマス由来に置き換えられる可能性があるため、その製造技術が注目されている。また、これら2,5-フランジカルボン酸を用いたポリマーはガスバリア性に優れている特長がある。
【0077】
<2,5-フランジカルボン酸ジエステルの製造方法>
上述した方法によりグルカル酸を製造した後に、得られたグルカル酸を原料として、常法に従って、2,5-フランジカルボン酸ジエステルを製造することができる。具体的には、例えば、溶媒と酸触媒存在下で環化脱水する方法、2,5-フランジカルボン酸とアルコールで脱水する方法、対応する酸クロライドに変換した後、アルコールと反応させる方法などが挙げられる。
【0078】
溶媒と酸触媒存在下で環化脱水する酸触媒は、本反応が進行すれば特に制限はないが、パラトルエンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、メタンスルホン酸、カンファ―スルホン酸などのスルホン酸化合物、硫酸、リン酸、臭化水素酸、塩化水素酸などの無機酸、リンタングステン酸、ケイタングステン酸などのヘテロポリ酸等が挙げられる。反応性の観点からパラトルエンスルホン酸、リン酸、硫酸が好ましい。
また、直接エステルまで製造するためには、水を分離しながら反応させることが好ましい。油水分離が可能な溶媒として炭素数4以上のアルコールが好ましく、反応後処理の観点から炭素数8以下のアルコールが好ましい。溶媒回収の観点からは単一溶媒が好ましいが、2つ以上の溶媒を任意の割合で併用してもよい。
なお、2,5-フランジカルボン酸を合成した後、エステルに変換する場合は、ポリマー化の反応性の観点から、メチルエステル、エチルエステルが好ましい。2,5-フラン
ジカルボン酸とアルコールで脱水する方法、対応する酸クロライドに変換した後、アルコールと反応させる方法によるフランジカルボン酸ジエステル製造は公知の技術を用いることができる。
【0079】
2,5-フランジカルボン酸ジエステルはポリエステル、ポリアミドの原料となるほか、エステル部位の還元によりポリカーボネート、ポリエステルの原料となるジオールに変換可能であり、石油由来の既存合成樹脂をバイオマス由来に置き換えられる可能性があるため、その製造技術が注目されている。
また、これら2,5-フランジカルボン酸ジエステルを用いたポリマーはガスバリア性に優れている特長がある。
【実施例
【0080】
以下、具体的な実験例をあげて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の態様にのみ限定されるものではない。
【0081】
<実施例1>各種酵母の耐酸性評価試験
以下に表1に記載の各酵母株の耐酸性能の評価例を示した。各酵母株のフリーズストックから一白金耳分をYPD寒天培地(1% Yeast Extract、2% HIPOLYPEPTON、2% グルコース、2% 寒天)に植菌し、3日間、30℃にて静地培養することで生育してきた菌体を、試験管に調製した3mLのYPD培地に植菌し、30℃、180rpmで24時間旋回振とう培養した。得られた培養液を200mLの三角フラスコに調製したpH3(HCl添加によりpH調整)のYPD培地20mLにOD660=1.0となるように植菌し、30℃、180rpmで、72時間、グルコース枯渇が起きないよう適宜添加しながら旋回振とう培養した。
菌体増殖の経時変化を図2に示した。評価した酵母株はいずれもpH=3という酸性条件において増殖能を有することが確認されたが、中でも特にCandida属酵母の増殖能が高いことが確認され、極めて高い耐酸性能を有することが示された。またSaccharomyces cerevisiae S288C及びPichia pastrisがCandida属酵母の次に高い耐酸性能を示し、Kluyveromyces属酵母、Saccharomyces cerevisiae KA311Aの順に増殖能が低下した。
【0082】
【表1】
【0083】
<実施例2>イノシトール高生産能を有するCandida boidiniiの作製
(1)イノシトール生産性Candida boidiniiの育種
イノシトール生産株は、Candida boidinii MCB1を元株とした化学的変異原を用いた突然変異処理法により取得した。Candida boidinii MCB1の菌体をエチルメタンスルホン酸(EMS)にて処理後、適当に希釈しYPD寒天培地に塗布し、30℃で3日間静地培養した。一方で、イノシトール要求性酵母Saccharomyces cerevisiae ATCC34893をYPD培地(1% Yeast Extract、2% HIPOLYPEPTON、2% グルコース)5mLにて30℃で1日間培養した菌体を、一度集菌して生理食塩水で洗浄後、適当量を表2に示した組成の寒天培地(寒天1.5%)に塗布した。
【0084】
【表2】
【0085】
上記YPD寒天培地にて生育した、変異処理したCandida boidinii MCB1のコロニーをイノシトール要求性酵母Saccharomyces cerevisiae ATCC34893を塗布した表2の寒天培地にてレプリカし、30℃で2日間培養した。レプリカされたコロニーの周りにSaccharomyces cerevisiae ATCC34893の生育が確認されたコロニーを単離し、Candida boidinii
MCB2を取得した。
【0086】
(2)イノシトール生産性Candida boidinii MCB2のフラスコ培養
Candida boidinii MCB2をYPD培地3mLにて30℃で24時間前培養した後、表3に示した組成のMIS2培地30mLを含む200mL三角フラスコにOD660=1となるように植菌し、30℃、160rpmの条件下で136時間培養した。得られた培養液1mLから遠心分離(12000rpm、1分間)して得られた上清を0.45μmコスモスピンフィルター(日本ミリポア株式会社製)に通し、ろ液を分析サンプルとした。
【0087】
【表3】
【0088】
解析は、HPLC(島津製作所)を用いて行った。カラムはCOSMOSIL Sugar-D 5μm 4.6×250mm Column(ナカライテスク)を使用した。移動相として75%アセトニトリル水溶液(流速1mL/min、温度30℃)を用いてアイソクラティックに溶出させ、示差屈折率検出器(RID)(島津製作所)にて検出した。
分析の結果得られたイノシトール蓄積量の経時変化を図3に示した。培養終点でのイノシトール蓄積量は3.9g/Lであった。
【0089】
(3)イノシトール高生産性Candida boidiniiの育種
上記の手法にて取得されたイノシトール生産性Candida boidinii MCB2を元株として、化学的変異原を用いた突然変異処理法により、イノシトール生産性がさらに向上した変異株を育種した。具体的には、イノシトール高生産株は、常法に従い変異処理した菌体を適当に希釈しYPD寒天培地に塗布し、30℃で3日間静地培養することで生育してきたコロニーを単離し、YPD培地3mLにて30℃で24時間前培養した後、表3に示した組成のMIS2培地30mLを含む200mL三角フラスコに0.75mL植菌し、30℃、160rpmの条件下で136時間培養し、蓄積したイノシトール量を定量することで選抜した。MCB2を4-ニトロキノリン-1-オキシド(4-NQO)にて処理することでCandida boidinii MCB6を取得した。さらに、NTG処理によりMCB7を、2度の4-NQO処理によりMCB13を取得した後、UV処理によりMCB23を取得した。表4にCandida boidinii MCB23のフラスコ培養結果を示した。培養終了時のイノシトール蓄積量は、MCB2が4.4g/Lであったのに対し、MCB23においては8.8g/Lと2倍の生産量を示した。
なお、MCB23株は、2018年6月18日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(郵便番号:292-0818、住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国内寄託がなされている(受託番号:NITE P-02745)。
【0090】
【表4】
【0091】
<実施例3>グルカル酸生産能を有するCandida boidiniiの作製
(1)MIOX及びUdh融合タンパク質発現用プラスミドの構築
メタノール資化性酵母Pichia pastorisを宿主として利用した先行研究において、UdhのC末端とMIOXのN末端をGly-Gly-Gly-Gly-Serの5つのアミノ酸からなるポリペプチドG4Sリンカーでつないで融合発現させることで、MIOXの可溶性及び安定性が向上し、その結果グルカル酸生産量が増加したという報告がなされた(Y. Liu et al., Enzyme and Microbial Technology 91 (2016) 8-16)。
Candida boidiniiにおいても同様の効果を期待し、G4SリンカーによりUdhとMIOXを連結した融合タンパク質発現用プラスミドの構築を行った。なお、発現用プロモーターには、恒常的に発現するグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(TDH3)遺伝子のプロモーターを利用した。
【0092】
pNOTeI(Sakai, Y., et al. High-level secretion of fungal glucoamylase using the Candida boidinii gene expression sysytem. Biochim. Biophys. Acta 1308: 81-87 (1996).)からアルコールオキシダーゼ遺伝子(AODI)プロモーター領域をNotI/EcoRIで制限酵素処理することで切り出し、TDH3プロモーター断片と置換することでpTDH3eIを作成した。TDH3プロモーター断片は、Fw_pTDH3_EcoRI(配列番号13)およびRv_pTDH3_NotI(配列番号14)をプライマーとして用い、TDH3プロモーター領域を含むプラスミドpTDH3-Venusを鋳型としたPCRによる増幅で得た。PCRの増幅産物の確認は、1%アガロース(アガロース-RE:ナカライテスク株式会社)ゲル電気泳動により分離後、臭化エチジウム染色により可視化することにより行い、約1kbの断片を検出した。ゲルからの目的断片の回収はWizard(R) SV Gel and PCR Clean-UP System(Promega製)を用いて行った。NotI/EcoRIにて制限酵素処理した遺伝子断片を使用した。
PCR反応液は、鋳型DNA 10~50ng、PrimeSTAR Max Premix 25μL、各々プライマー 10pmol、及び滅菌水にて全量50μLの組成とした。反応温度条件は、TaKaRa PCR Thermal Cylcer Dice Touch(型式TP350)を用い、98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で1分/kbpからなるサイクルを30回繰り返した。ただし、1サイクル目の94℃での保温は2分とした。
【0093】
続いて、pTDH3eIを鋳型としてFw_pTDH3eI_AODt(配列番号15)およびRv_pTDH3eI_TDH3p(配列番号16)をプライマーとしたPCRにより増幅した遺伝子断片約6800bpと、National Center for Biotechnology Information(NCBI)から取得したマウス由来のMI
OXの遺伝子配列をCandida boidniiのコドン頻度に最適化し合成したMIOXをコードする遺伝子(配列番号7)を含むpUC57プラスミドベクターを鋳型としてFw_MIOX_pTDH3eI(配列番号17)およびRv_MIOX_pTDH3eI(配列番号18)をプライマーとしたPCR増幅により得られた遺伝子断片約880bpとを、In-Fusion HD Cloning Kit(TaKaRa)を用いて連結して得られたプラスミドDNAで大腸菌(DH5α株)を形質転換した。このようにして得られた組み換え大腸菌を100μg/mL アンピシリンを含むLB寒天培地に塗抹した。この培地上でコロニーを形成したクローンを、100μg/mL アンピシリンを含むLB液体培地を用いて液体培養した後、得られた菌体からGenEluteTM HP Plasmid Miniprep Kit (SIGMA-ALDRICH製)を用いてプラスミドDNAを抽出した。得られたプラスミドDNAをpTDH3eI-MIOXと命名した。
PCR反応液は、鋳型DNA 10~50ng、PrimeSTAR Max Premix 25μL、各々プライマー10pmol、及び滅菌水にて全量50μLの組成とした。反応温度条件は、 TaKaRa PCR Thermal Cylcer Dice Touch(型式TP350)を用い、98℃で10秒、55℃で15秒、72℃で1分/kbpからなるサイクルを30回繰り返した。ただし、1サイクル目の94℃での保温は2分とした。
【0094】
さらに、上で構築したpTDH3eI-MIOXを鋳型としてFw_pTDH3eIMIOX_MIOX(配列番号19)およびRv_pTDH3eIMIOX_TDH3pro(配列番号20)をプライマーとしてPCR増幅して得られた遺伝子断片約6800bpと、National Center for Biotechnology Information(NCBI)から取得したPseudomonas syringaeのUdh遺伝子をCandida boidniiのコドン頻度に最適化し合成したUdh遺伝子(配列番号11)を含むpUC57プラスミドベクターを鋳型としてFw_Udh_TDH3p(配列番号21)および Rv_Udh_MIOX(配列番号22)をプライマーとしてPCR増幅した遺伝子断片約830bpとを、In-Fusion HD Cloning Kit(TaKaRa)を用いて連結することでMIOX-Udh融合タンパク質発現用プラスミドpTDH3eI-Udh-MIOXを作製した(図4)。
【0095】
同様に、MIOXのC末端側に6×Hisタグを付加した融合タンパク質発現用プラスミドを作成した。上記のプライマーRv_MIOX_pTDH3eIの代わりに、プライマーRv_C_His_pNoteI_MIOX(配列番号23)を用いてpTDH3eI-MIOX-6xHisを作成した後、上述したのと同様の方法でpTDH3eI-Udh-MIOX-6xHisを作製した(図5)。
【0096】
(2)グルカル酸生産Candida boidniiの作製
グルカル酸生産用Candida boidniiは、上述したイノシトール生産Candida boidnii MCB23株由来ウラシル要求性変異株MCB39の染色体DNA上にMIOX-Udh融合タンパク質発現カセットを導入することで作製した。上記の方法で作製したMIOX-Udh融合タンパク質発現用プラスミドpTDH3eI-Udh-MIOXおよびpTDH3eI-Udh-MIOX-6xHisを各々SpeIにて制限酵素処理することで直鎖状にし、Fast Yeast Transformation Kit(TaKaRa)を用いてCandida boidnii MCB39株を形質転換した。得られた組換え酵母をYeast Synthetic Drop-out Medium Supplements without uracil(SIGMA-ALDRICH社)を含有するSD寒天培地(0.67% Yeast Nitrogen Base w/o Amino Acids)Difco社)、2% グルコース、2% 寒天)に塗抹した。この培地上でコロニーを形成したクローンを、MCB229と命名した。
なお、MCB229株は、2018年6月18日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(郵便番号:292-0818、住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国内寄託がなされている(受託番号:NITE P-02746)。
【0097】
(3)superfolderGFP発現用プラスミドを用いたランダム挿入変異株の取得
上記MCB229株のゲノムにランダム挿入変異を導入し、さらなるグルカル酸高生産株の取得を試みた。変異導入のためのプラスミドは、形質転換のマーカー遺伝子としてZeocin耐性遺伝子を保持し、変異導入されたことを簡便に確認するために蛍光タンパクsuperfolder GFP(J. D. Pedelacq et al., Nat. Biotechnology, 24 (2006) 79-88)遺伝子
を発現するように、pTHD3eI-MIOXを基にして以下のように設計した。
【0098】
まず、pTHD3eI-MIOX を鋳型としてFw_MIOX_inverse(配列番号24)およびRv_TDH3p_inverse(配列番号25)をプライマーとしてPCRにより増幅した遺伝子断片と、superfolderGFPをコードする遺伝子(配列番号26)を含むプラスミドを鋳型としFw_sGFP(配列番号27)およびRv_sGFP(配列番号28)をプライマーとしたPCRにより増幅した遺伝子断片とを、In-Fusion HD Cloning Kit(Takara)を用いて連結することで、superfolderGFP発現用プラスミドpTDH3eI-sfGFPを作成した。
【0099】
続いて、pTDH3eI-sfGFPの形質転換マーカー遺伝子をura3遺伝子からZeocin耐性遺伝子へ置換した。具体的には、pTDH3eI-sfGFPを鋳型としFw_pTDH3eIMIOX-Amp(配列番号29)およびRv_pTDH3eIMIOX_AODt(配列番号30)をプライマーとしたPCRにより増幅した遺伝子断片と、pREMI-Zc(J. D. Pedelacq et al., Nat. Biotechnology, 24 (2006) 79-88)を鋳型としFw_pREMIZc(配列番号31)およびRv_pREMIZc(配列番号32)をプライマーとしたPCRにより増幅した遺伝子断片とを、In-Fusion HD Cloning Kit (Takara) (Takara)を用いて連結し、pTDH3eI-sfGFP-Zcを作成した(図6)。
【0100】
pTHD3eI-sfGFP-ZcをHindIII消化して直鎖状にし、Fast Yeast Transformation Kit(Takara)を用いてC. boidiniiMCB229株に形質転換した。得られた組換え酵母をZeocin 50μg/mLを含有するYPD培地に塗抹した。このようにして取得した株におけるsuperfolderGFPタンパク質の発現を、蛍光顕微鏡観察にて確認することでゲノム上への遺伝子挿入を確認した。
【0101】
(4)superfolderGFP発現用プラスミド挿入変異株のグルカル酸生産評価
superfolderGFPの蛍光強度の高い5株(AHC006-10、11、13、15、及び16。なおAHC006-16はMCB230と命名した。)について、YPD培地5mLにて30℃で24時間前培養後、表3に示した組成のMIS2培地5mLにOD660=0.1となるように植菌し、30℃、180rpmにて76時間培養した。
【0102】
解析は、Applied Biosystems 4000 QTRAP(R) LC/MS/MS Systemを用いて行なった。カラムはSeQuant ZIC-HILIC 100×2.1mm 3.5μm 100Å(Merck Millipore)を使用した。移動相として20mM ギ酸アンモニウム水溶液(pH7.5)(SolventA)と20mM ギ酸アンモニウム含有アセトニトリル(pH7.5)(SolventB)を用い、SolventBの混合比を0%(0分)→0%(2分)→20%(20分)→100%(24分)→100%(26分)と経時的に増加させることにより行った(流速0.15mL/min、温度40℃)。質量電荷比(m/z=209)のピークをモニタリングすることによりグルカル酸を検出、定量した。その結果、MCB230株におけるグルカル酸収量は5mLスケールでの培養において200mg/Lであり、これはMCB229株の約3倍であった。
なお、MCB230株は、2018年6月18日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(郵便番号:292-0818、住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国内寄託がなされている(受託番号:NITE P-02747)。
【0103】
<実施例4>グルカル酸生産C.boidinii MCB230の1Lジャーファーメンター培養評価
上記で作製したC.boidiniiMCB230をYPD培地3mLにて30℃で8時間、種培養後、YPD培地100mLにOD660=0.1となるように植菌し、30℃、160rpmにて24時間本培養を行った。得られた菌体を表5に示した組成のMIS3培地400mLを含む1Lジャーファーメンター(エイブル)にOD660=0.5となるように植菌し、培養温度30℃、撹拌回転数800rpm、通気量1vvm、pH=3に制御した条件又は無中和条件(pH=2付近)にて、136時間培養した。中和剤としては3.5
%アンモニア水を用いた。
【0104】
【表5】
【0105】
解析は、HPLC(島津製作所)を用いて行なった。カラムはCOSMOSIL HILIC 5μm 4.6×250mm Column(ナカライテスク)を使用した。移動相としてアセトニトリル/10mMリン酸ナトリウムバッファー(pH7.0)=50/50(流速1mL/min、温度30℃)を用いてアイソクラティックに溶出させ、210nmのUV吸収をモニタリングすることでグルカル酸を検出、定量した。分析の結果得られたグルカル酸蓄積量の経時変化を図7に示した。培養終点でのグルカル酸蓄積量は制御pH=3の条件では1.5g/L、無中和条件では0.4g/Lであった。
【産業上の利用可能性】
【0106】
本発明によれば、グルコースやガラクトースなどの一般的な有機原料から、副生物を抑制しながら効率的かつ低コストでグルカル酸を製造することができため、産業上の利用可能性が高い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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