(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-31
(45)【発行日】2022-11-09
(54)【発明の名称】2-エチル-2,3-エポキシブタナールおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C07D 303/32 20060101AFI20221101BHJP
C07D 301/12 20060101ALI20221101BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C07D303/32 CSP
C07D301/12
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2020518173
(86)(22)【出願日】2019-03-20
(86)【国際出願番号】 JP2019011868
(87)【国際公開番号】W WO2019216035
(87)【国際公開日】2019-11-14
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2018091801
(32)【優先日】2018-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(72)【発明者】
【氏名】川島 正敏
【審査官】鳥居 福代
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-224018(JP,A)
【文献】LIFCHITS, O. et al.,The Cinchona Primary Amine-Catalyzed Asymmetric Epoxidation and Hydroperoxidation of α,β-Unsaturated Carbonyl Compounds with Hydrogen Peroxide,J. Am. Chem. Soc.,2013年,Vol.135,p.6677-6693
【文献】YAMAGUCHI, K. et al.,Epoxidation of α,β-Unsaturated Ketones Using Hydrogen Peroxide in the Presence of Basic Hydrotalcite Catalysts,J. Org. Chem.,Vol.65,2000年,p.6897-6903
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 303/32
C07D 301/12
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される2-エチル-2,3-エポキシブタナール。
【請求項2】
アルカリの存在下、2-エチルクロトンアルデヒドに過酸化水素を反応させ、請求項1に記載の2-エチル-2,3-エポキシブタナールを製造する方法。
【請求項3】
界面活性剤を添加する、請求項2に記載の2-エチル-2,3-エポキシブタナールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、2-エチル-2,3-エポキシブタナール、およびその製造方法である。
【背景技術】
【0002】
α,β-不飽和アルデヒドのエポキシ化は古くから近年まで行われてきており、例えばアクロレインやメタクロレインのエポキシ化は、アルカリ条件下に過酸化水素水を作用させる方法(非特許文献1)など、クロトンアルデヒドのエポキシ化は、アルカリ条件下、ポリビニルピロリドン担持の過酸化水素を反応させる方法(非特許文献2)など、2-ヘキセナールのエポキシ化は、固体塩基触媒と界面活性剤の存在下に過酸化水素を反応させる方法など(非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6)、2-エチル-2-ヘキセナールのエポキシ化は次亜塩素酸ナトリウムを作用させる方法(非特許文献7)などが知られているが、チグリンアルデヒドのエポキシ化物は、チグリンアルデヒドのエポキシ化で合成されておらず、相当するアリルアルコールのエポキシ化に続く水酸基の酸化(非特許文献8)などにより合成されている。しかし2-エチルクロトンアルデヒドのエポキシ化物である2-エチル-2,3-エポキシブタナールはこれまで合成されたことがない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】J. Chem. Soc., 81, 4901 (1959).
【文献】Bull. Korean Chem. Soc., 27, 1674 (2006).
【文献】J. Japan Petrol. Inst., 53, 246 (2010).
【文献】Res. Chem. Intermed., 37, 975 (2011).
【文献】J. Catal, 205, 332 (2002).
【文献】Angew. Chem. Int. Ed., 36, 2661 (1997).
【文献】Helv. Chim. Acta, 41, 614 (1958).
【文献】Tetrahedron Lett., 29, 711 (1988).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来技術で得られるα,β-不飽和アルデヒドのエポキシ化物における、エポキシ環やホルミル基などの官能基は、本発明の2-エチル-2,3-エポキシブタナールの官能基と同じであるが、アルキル置換基の炭素数は異なるため、代用できない。本発明の課題は、有機合成化学において有用なビルディングブロックとして考えられる、2-エチル-2,3-エポキシブタナールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
従来技術において、α,β-不飽和アルデヒドの水への溶解度が大きい場合は、過酸化水素水によるエポキシ化は進行しやすく、水への溶解度が小さい場合には他の手法が用いられている傾向にある。代表的なα,β-不飽和アルデヒドの水100mlへの溶解度は、次のとおり:アクロレイン21.3g、クロトンアルデヒド15g、メタクロレイン6g、チグリンアルデヒド2.5g、2-ヘキセナール0.53g、2-エチルクロトンアルデヒド0.47g、2-エチル-2-ヘキセナール0.07g。本発明者は、固体塩基触媒を使用せずとも、通常のアルカリ存在下で、界面活性剤を使用することによって、あるいは水を溶媒として希釈することによって、2-ヘキセナールよりも更に水への溶解度が小さい2-エチルクロトンアルデヒドを、過酸化水素水でエポキシ化して2-エチル-2,3-エポキシブタナールが得られることを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、アセトアルデヒドとブタナールのクロスアルドール縮合における生成物の一つである、2-エチルクロトンアルデヒドを原料として有効に利用でき、様々な化合物の製造に有用と考えられる2-エチル-2,3-エポキシブタナールを製造し、提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明は、以下の[1]~[3]項で構成される。
[1] 式(1)で表される2-エチル-2,3-エポキシブタナール。
【0008】
[2] アルカリ存在下、2-エチルクロトンアルデヒドに過酸化水素を反応させ、[1]項に記載の2-エチル-2,3-エポキシブタナールを製造する方法。
【0009】
[3] 界面活性剤を添加する、[2]項に記載の2-エチル-2,3-エポキシブタナールの製造方法。
【0010】
2-エチルクロトンアルデヒドに作用させる過酸化水素水の濃度は、10~50wt%が好ましく、25~35wt%が更に好ましい。2-エチルクロトンアルデヒドに対する過酸化水素の量は1~3当量が好ましく、1~2当量が更に好ましい。反応温度は、通常0~60℃であり、0~30℃が好ましく、0~20℃が更に好ましい。
【0011】
アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、または水酸化リチウムが好ましく、水酸化ナトリウムが更に好ましい。通常は水溶液として用いられ、その濃度は10~50wt%が好ましく、20~50wt%が更に好ましい。これらアルカリ金属水酸化物のアルコール溶液として用いることや、ナトリウムアルコキシド、カリウムアルコキシド、またはリチウムアルコキシドを粉体として、あるいはアルコール溶液として用いることができる。アルコール溶液や、アルコキシドに用いられるアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノ-ル、イソプロパノール、t-ブタノール、ブタノール、イソブタノール、s-ブタノール、t-ブタノール、オクタノール、2-エチルヘキサノールなどが好ましく挙げられ、メタノールまたはエタノールが更に好ましい。
アルカリ金属水酸化物やアルカリ金属アルコキシドの2-エチルクロトンアルデヒドに対する使用量は、通常0.01~1当量、好ましくは0.1~0.5当量、更に好ましくは0.2~0.4当量である。反応の進行とともにアルカリ濃度が低下すると反応速度が遅くなるため、必要に応じて追加することもできる。
【0012】
本反応は二層系の反応であるため、界面活性剤を用いると、反応が速くなり、好ましい。また、急激な発熱による危険性を回避するためや転化率を上げるために、界面活性剤を使用し、相関移動触媒として機能させることにより、スムーズに反応を開始させるとともに、確実に反応を完結させることができるので、好ましい。添加させる界面活性剤としては、脂肪酸ナトリウム、モノアルキル硫酸塩、アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、モノアルキルリン酸塩などの陰イオン界面活性剤や、4級アンモニウム塩、ピリジニウム塩などの陽イオン界面活性剤、さらにポリエーテルなどの非イオン界面活性剤が好ましく使用され、モノアルキル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルピリジニウム塩が更に好ましく使用される。具体的にはドデシル硫酸ナトリウム、4-ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、塩化ドデシルピリジニウム、塩化ヘキサデシルピリジニウムなどが挙げられる。
界面活性剤の量は、触媒量の使用で効果が得られ、2-エチルクロトンアルデヒドに対して、通常0.01~10モル%、好ましくは0.1~1モル%である。
【0013】
反応溶媒としては、過酸化水素やアルカリと反応しない有機溶媒であれば使用できるが、特に使用する必要はない。また水を溶媒とすることもできるが、2-エチル-2,3-エポキシブタナールは水溶性であるため、目的物を無水の状態で単離する必要がある場合には、用いない方が好ましい。
【0014】
反応原料を加える順序としては、特に限定されず、(1)2-エチルクロトンアルデヒド、界面活性剤、および過酸化水素の混合物に、アルカリを添加する方法、(2)過酸化水素、アルカリ、および界面活性剤の混合物に、2-エチルクロトンアルデヒドを滴下する方法、(3)2-エチルクロトンアルデヒド、アルカリ、および界面活性剤の混合物に、過酸化水素を滴下する方法のいずれでも使用できるが、(2)と(3)の方法が、反応熱を制御しやすく、特に(3)の方法が好ましく、用いられる。
【0015】
反応後、未反応の過酸化水素は、水層側に残るためこれを分離することにより除去されるが、より確実に除去したい場合には、飽和食塩水での洗浄、炭酸水素ナトリウムなどを併用し中性を維持したまま亜硫酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムなどの還元剤による分解、カタラーゼ、二酸化マンガン、活性炭などによる分解など、過酸化水素を除去する方法として知られている様々な方法を用いることができる。
【実施例】
【0016】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの例によって、なんら限定されるものではない。
生成物は、ガスクロマトグラフィーで分析を行い、組成比を面積百分率にて算出した。測定条件は以下の通りである。
【0017】
GC装置:島津製作所GC-2014
カラム:Agilent J&W GCカラム DB-1ms(L60m×φ0.250mm、D:0.25μm)
カラム温度:50℃(5分保持)→10℃/min→250℃(5分保持)
インジェクション温度:280℃
キャリヤーガス:純ヘリウム G1
検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
【0018】
GC-MS装置:島津製作所GC-2010、GCMS-TQ8040
カラム:Agilent J&W GCカラム DB-5ms(L30m×φ0.250mm、D:0.25μm)
カラム温度:50℃→10℃/min→250℃(10分保持)
インジェクション温度:250℃
キャリヤーガス:純ヘリウム G1
GC検出器:水素炎イオン化検出器(FID)
GC検出器温度:320℃
イオン源:EI
イオン源温度:200℃
インターフェース温度:230℃
測定モード:Q3スキャン
m/e=30~500
【0019】
<実施例1>
窒素雰囲気下、2-エチルクロトンアルデヒド(GC純度90%、trans/cis=93/7、1.0g)に、p-ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(3.6mg)を加え、氷冷し、30wt%過酸化水素水(1.0ml)を加えた。続いて激しく攪拌しながら、50wt%水酸化ナトリウム水溶液(0.2ml)を内温が10℃を超えない速度で滴下した。氷水冷却下で30分間攪拌後、サンプリングし、GCで分析したところ、転化率100%、選択率97%、ジアステレオマー比62/38で主生成物が得られた。10℃を超えないように亜硫酸水素ナトリウムの粉体および炭酸水素ナトリウムの粉体を少量ずつ加えて、中性を維持しつつ、過剰の過酸化水素を分解した。静置して分離した油状物質の1H-NMRおよびGC-MSより2-エチル-2,3-エポキシブタナールであることを確認した。
【0020】
1H-NMR(500MHz,CDCl3)δ 9.44(s,0.39H),8.86(s,0.61),3.30(q,J=5.5Hz,0.61H),3.23(q,J=6.0Hz,0.39H),1.93~2.04(m,0.78H),1.60~1.68(m,1.22H),1.47(d,J=6.0Hz,1.17H),1.44(d,J=5.5Hz,1.83H)),1.04(t,J=7.5Hz,1.83H),0.96(t,J=7.5Hz,1.17H).
GC-MS: m/e=114.
【0021】
<実施例2>
窒素雰囲気下、2-エチルクロトンアルデヒド(GC純度90%、trans/cis=93/7、1.0g)と水(10ml)の混合物を氷冷し、30wt%過酸化水素水(1.0ml)を加えた。続いて激しく攪拌しながら、20wt%水酸化ナトリウム水溶液(0.84ml)を内温が20℃を超えない速度で滴下した後、サンプリングし、GCで分析したところ、転化率99%、選択率93%、ジアステレオマー比64/36で2-エチル-2,3-エポキシブタナールが生成したことを確認した。
【0022】
<実施例3>
窒素雰囲気下、2-エチルクロトンアルデヒド(GC純度90%、trans/cis=93/7、1.0g)を氷冷し、30wt%過酸化水素水(1.0ml)を加えた。続いて激しく攪拌しながら、50wt%水酸化ナトリウム水溶液(0.27ml)を内温が10℃を超えない速度で滴下した。10分後、内温3℃から一気に25℃に上昇したため、攪拌を一時停止した。その後、内温が10℃になってから攪拌を再開し、30分後サンプリングし、GCで分析したところ、転化率57%、選択率91%、ジアステレオマー比65/35で2-エチル-2,3-エポキシブタナールが生成したことを確認した。
【0023】
<実施例4>
窒素雰囲気下、30wt%過酸化水素(3.8ml)を氷冷し、50wt%水酸化ナトリウム水溶液(0.16ml)とp-ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(21mg)を加えた。続いて2-エチルクロトンアルデヒド(GC純度90%、trans/cis=93/7、3.0g)を10分間かけて、内温が7℃を超えないように滴下した。氷冷下で4時間攪拌後、塩化ナトリウム(1.0g)を加えて5分間攪拌後、静置し、有機層として、2-エチル-2,3-エポキシブタナール(3.6g)を分離した。転化率93%、選択率94%、ジアステレオマー比65/35。
【0024】
<実施例5>
窒素雰囲気下、p-ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(36mg)と2-エチルクロトンアルデヒド(GC純度90%、trans/cis=93/7、10g)の混合物を氷冷し、10wt%水酸化ナトリウム水溶液(3.7ml)を加えた。続いて30wt%過酸化水素水(12.5ml)を、内温10℃前後を維持するように42分間かけて滴下した。氷冷下で16時間攪拌後、牛肝臓由来カタラーゼ26mg加え、30分間攪拌した。ついで塩化ナトリウム4gを加えて攪拌後静置し、フィルターで濾過後、油層として2-エチル-2,3-エポキシブタナール(10.3g)を分離した。転化率93%、選択率95%、ジアステレオマー比65/35。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明によれば2-エチル-2,3-エポキシブタナールのエポキシ環あるいはホルミル基にそれぞれ固有の反応を行わせることにより、有機合成化学における有用なビルディングブロックとして有効に利用できる。