(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-01
(45)【発行日】2022-11-10
(54)【発明の名称】印刷物生成方法、及び印刷物生成システム
(51)【国際特許分類】
B41J 2/01 20060101AFI20221102BHJP
B41J 2/21 20060101ALI20221102BHJP
B41J 3/407 20060101ALI20221102BHJP
B41J 5/30 20060101ALI20221102BHJP
G06T 1/00 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
B41J2/01 301
B41J2/01 451
B41J2/01 109
B41J2/21
B41J2/01 123
B41J3/407
B41J5/30 Z
G06T1/00 310Z
(21)【出願番号】P 2021506210
(86)(22)【出願日】2020-01-27
(86)【国際出願番号】 JP2020002712
(87)【国際公開番号】W WO2020189020
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2019049974
(32)【優先日】2019-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100148080
【氏名又は名称】三橋 史生
(72)【発明者】
【氏名】水野 知章
【審査官】亀田 宏之
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-12242(JP,A)
【文献】特開2017-17589(JP,A)
【文献】特開2017-208703(JP,A)
【文献】特開2011-61723(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0117849(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
B41J 3/407
B41J 5/30
G06T 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の表面の質感を再現するために、内部散乱部材の表面上に印刷層を形成して印刷物を生成する印刷物生成方法であって、
前記対象物の表面への入射光に対する前記対象物の光散乱特性に関する第一光散乱特性データを取得し、
前記印刷層を構成する流体の光散乱特性に関する第二光散乱特性データを、前記流体の種類別に取得し、
前記内部散乱部材の光散乱特性に関する第三光散乱特性データを取得し、
前記流体の種類別の前記第二光散乱特性データ及び前記第三光散乱特性データに基づいて、前記印刷層の形成条件に応じた前記印刷物の光散乱特性を推定し、
推定された前記印刷物の光散乱特性、及び前記第一光散乱特性データに基づいて、前記印刷層の形成時に採用される前記形成条件を設定し、
設定された前記形成条件に従って前記印刷層を前記内部散乱部材の表面上に形成することを特徴とする印刷物生成方法。
【請求項2】
前記流体の種類別の前記第二光散乱特性データを取得する際には、前記流体が着弾することで形成されるドットの密度を変えて、前記密度毎に前記第二光散乱特性データを取得し、
前記印刷層の光散乱特性を推定する際には、前記密度毎に取得した前記流体の種類別の前記第二光散乱特性データ及び前記第三光散乱特性データに基づいて、前記印刷物の光散乱特性を推定する請求項1に記載の印刷物生成方法。
【請求項3】
前記形成条件は、前記印刷層が有する層の数、前記層の厚み、前記層を構成する前記流体の種類、及び前記層における前記ドットの密度のうち、少なくとも一つに関する条件を含む請求項2に記載の印刷物生成方法。
【請求項4】
前記印刷層の形成時に採用される前記形成条件を設定する際には、前記内部散乱部材の表面における前記印刷層の形成範囲を複数の単位領域に区画し、前記印刷層の形成時に採用される前記形成条件を単位領域毎に設定し、
前記印刷層を形成する際には、前記印刷層の各部分を、前記各部分と対応する単位領域に対して設定された前記形成条件に従って形成する請求項1乃至3のいずれか一項に記載の印刷物生成方法。
【請求項5】
前記対象物の表面にて露出している透明部分の厚みに関する厚みデータを更に取得し、
前記印刷層の形成時に採用される前記形成条件を設定する際には、推定された前記印刷物の光散乱特性、前記厚みデータ、及び前記第一光散乱特性データに基づいて前記形成条件を設定する請求項1乃至4のいずれか一項に記載の印刷物生成方法。
【請求項6】
前記印刷層を形成する際には、透明流体によって構成された透明層を前記透明部分と対応する部分に有する前記印刷層を形成する請求項5に記載の印刷物生成方法。
【請求項7】
少なくとも一部分が多層構造である前記印刷層を形成する際には、白色流体によって構成された白色層を前記多層構造の部分に有する前記印刷層を形成する請求項6に記載の印刷物生成方法。
【請求項8】
前記透明部分と対応する部分が前記多層構造である前記印刷層を形成する際には、前記多層構造において前記透明層と前記内部散乱部材との間に前記白色層が配置された前記印刷層を形成する請求項7に記載の印刷物生成方法。
【請求項9】
前記透明部分と対応する部分が多層構造である前記印刷層を形成する際には、前記透明層と、前記透明層と前記内部散乱部材との間において前記透明層と隣接した状態で配置されたカラー層と、を前記透明部分と対応する部分に有する前記印刷層を形成する請求項6に記載の印刷物生成方法。
【請求項10】
少なくとも一部分が前記多層構造である前記印刷層を形成する際には、前記白色層と、前記白色層を介して前記内部散乱部材とは反対側に配置されたカラー層と、を前記多層構造の部分に有する前記印刷層を形成する請求項7に記載の印刷物生成方法。
【請求項11】
前記多層構造の部分に前記カラー層を有する前記印刷層を形成する際には、前記カラー層と前記内部散乱部材との間において前記カラー層と隣接した状態で配置された低明度層を、前記多層構造の部分に有する前記印刷層を形成し、
前記低明度層は、白色よりも低明度な色の層である請求項9に記載の印刷物生成方法。
【請求項12】
前記対象物、前記内部散乱部材及び前記流体の各々の光散乱特性は、変調伝達関数又は双方向散乱面反射率分布関数にて表される特性である請求項1乃至7のいずれか一項に記載の印刷物生成方法。
【請求項13】
対象物の表面の質感を再現するために、内部散乱部材の表面上に印刷層を形成して印刷物を生成する印刷物生成システムであって、
光散乱特性に関するデータを取得する光散乱特性データ取得装置と、
前記内部散乱部材の表面に前記印刷層を形成する印刷層形成装置と、
前記印刷層形成装置に前記印刷層を形成させる印刷制御装置と、を有し、
前記光散乱特性データ取得装置は、前記対象物の表面への入射光に対する前記対象物の光散乱特性に関する第一光散乱特性データを取得し、
前記光散乱特性データ取得装置は、前記印刷層を構成する流体の光散乱特性に関する第二光散乱特性データを、前記流体の種類別に取得し、
前記光散乱特性データ取得装置は、前記内部散乱部材の光散乱特性に関する第三光散乱特性データをさらに取得し、
前記印刷制御装置は、前記流体の種類別の前記第二光散乱特性データ及び前記第三光散乱特性データに基づいて、前記印刷層の形成条件に応じた前記印刷物の光散乱特性を推定した後に、推定された前記印刷物の光散乱特性、及び前記第一光散乱特性データに基づいて、前記印刷層の形成時に採用される前記形成条件を設定し、
前記印刷層形成装置は、前記印刷制御装置によって設定された前記形成条件に従って前記印刷層を前記内部散乱部材の表面上に形成することを特徴とする印刷物生成システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷物生成方法及び印刷物生成システムに係り、特に、対象物の表面の質感が再現された印刷物を生成することが可能な印刷物生成方法、及び印刷物生成システムに関する。
【背景技術】
【0002】
印刷技術を利用する様々な分野において、再現対象物(以下、単に「対象物」と言う。)の質感を印刷によって忠実に再現することが求められている。ここで、対象物の質感とは、対象物がその表面にて呈する光学的な特性を意味し、具体的には、光の内部散乱特性、及び、対象物の表面にて露出している透明部分の奥行き(換言すると、透明部分の厚み)等が該当する。対象物の光学的質感を再現する技術は、これまでにも開発されており、その一例としては、特許文献1及び特許文献2のそれぞれに記載の技術が挙げられる。
【0003】
特許文献1に記載の発明は、半透明体の表面下散乱の見えを好適に再現する画像形成装置に関する技術である。特許文献1に記載の画像形成装置は、対象物の内部における光散乱特性を示す光散乱特性データを、互いに波長が異なる複数の光のそれぞれについて取得し、取得した各光散乱特性データに基づき、散乱層と色材層との積層構造を決定し、決定した積層構造に基づいて散乱層と色材層とを形成する。
【0004】
具体的に説明すると、特許文献1に記載の画像形成装置は、積層構造中の散乱層をホワイトインク及びクリアインクによって形成し、色材層を色材(具体的にはカラーインク)によって形成される。そして、特許文献1に記載の画像形成装置では、取得した各光散乱特性データに基づいて、各インクの使用量及び分布を決定し、決定した内容に従って散乱層及び色材層を形成する。
【0005】
特許文献2に記載の発明は、対象物の物理的特徴に基づいて印刷物の画質を調整することができる画像形成装置に関する技術である。特許文献2に記載の画像形成装置は、画像データを印刷する際に、印刷物の画質を調整する画質調整情報を作成する。また、特許文献2に記載の画像形成装置では、対象物の物理的特徴を表す物理的情報を取得し、取得した物理的情報を画質調整情報に変換する。具体的に説明すると、特許文献2に記載の画像形成装置は、内部散乱特性情報を物理的情報として取得し、その物理的情報を、印刷物の光沢感、粒状感及び透明感等を調整するための画質調整情報に変換する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-12242号公報
【文献】特開2016-196103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の画像形成装置では、前述したように、対象物の光散乱特性に関する取得データに基づいて散乱層及び色材層の形成条件を決定する。より詳しく説明すると、特許文献1に記載の画像形成装置では、光散乱特性と各種インクの使用量及び分布との対応関係をルックアップテーブル(LUT)等のデータとして記憶しており、このLUTを参照して、光散乱特性に対応する条件(具体的には、各インクの使用量等)を決定する。
【0008】
同様に、特許文献2に記載の画像形成装置では、取得した物理的情報を画質調整情報に変換する際にLUTを参照し、物理的情報に対応する画質調整条件を設定し、設定した条件に応じて印刷層の調整項目(具体的には、透明感、粒状感、及び最表面に堆積する色材の種類等)を調整する。
【0009】
一方、最終的に得られる印刷物の光散乱特性は、印刷層(特許文献1では、積層構造)の各層を構成する材料(例えば、使用インク等)の組み合わせ、及び各層の厚み等に影響され、さらには印刷層が形成される基材の光学的特性にも依存する。殊更、基材として内部散乱部材(内部散乱部材については、後述する)を用いた場合には、印刷物の光散乱特性が内部散乱部材の特性に大いに依拠することになる。
【0010】
したがって、対象物の質感を良好に再現するには、基材及び基材上に形成される印刷層の各々の特性から最終的な印刷物の特性を予測し、その予測結果に応じて印刷層を形成する必要がある。しかし、上述した特許文献1及び特許文献2では、対象物の散乱特性に対応する条件をLUTから導き出すだけに留まり、最終的な印刷物の特性が印刷層の形成条件に反映されない。
【0011】
そこで、本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、以下に示す目的を解決することを課題とする。
具体的に説明すると、本発明は、上記従来技術の問題点を解決し、対象物の質感をより忠実に再現した印刷物を生成することが可能な印刷物生成方法、及び印刷物生成システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の目的を達成するために、本発明の印刷物生成方法は、対象物の表面の質感を再現するために、内部散乱部材の表面上に印刷層を形成して印刷物を生成する印刷物生成方法であって、対象物の表面への入射光に対する対象物の光散乱特性に関する第一光散乱特性データを取得し、印刷層を構成する流体の光散乱特性に関する第二光散乱特性データを、流体の種類別に取得し、内部散乱部材の光散乱特性に関する第三光散乱特性データを取得し、流体の種類別の第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データに基づいて、印刷層の形成条件に応じた印刷物の光散乱特性を推定し、推定された印刷物の光散乱特性、及び第一光散乱特性データに基づいて、印刷層の形成時に採用される形成条件を設定し、設定された形成条件に従って印刷層を内部散乱部材の表面上に形成することを特徴とする。
【0013】
本発明の印刷物生成方法によれば、基材及び基材上に形成される印刷層の各々の光散乱特性から最終的な印刷物の光散乱特性を推定する。そして、推定した光散乱特性と対象物の表面の光散乱特性とに応じて設定された形成条件に従って印刷層を形成する。これにより、印刷物全体の光散乱特性を踏まえて、対象物の表面の質感を良好に再現するように印刷層を形成することができる。
【0014】
また、上記の印刷物生成方法において、流体の種類別の第二光散乱特性データを取得する際には、流体が着弾することで形成されるドットの密度を変えて、密度毎に第二光散乱特性データを取得し、印刷層の光散乱特性を推定する際には、密度毎に取得した流体の種類別の第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データに基づいて、印刷物の光散乱特性を推定すると、好適である。
上記の構成によれば、それぞれの流体の種類について、ドットの密度を変えて第二光散乱特性データを取得するので、第二光散乱特性データに基づいて印刷物の光散乱特性を推定する際には、ドットの密度を変えて光散乱特性を推定することができる。
【0015】
また、上記の印刷物生成方法において、形成条件は、印刷層が有する層の数、層の厚み、層を構成する流体の種類、及び層におけるドットの密度のうち、少なくとも一つに関する条件を含むとよい。
上記の構成によれば、印刷層の形成条件として、光散乱特性に影響を及ぼし得る条件内容を設定することができ、この結果、最終物である印刷物の光散乱特性を適切に調整することが可能である。
【0016】
また、上記の印刷物生成方法において、印刷層の形成時に採用される形成条件を設定する際には、内部散乱部材の表面における印刷層の形成範囲を複数の単位領域に区画し、印刷層の形成時に採用される形成条件を単位領域毎に設定し、印刷層を形成する際には、印刷層の各部分を、各部分と対応する単位領域に対して設定された形成条件に従って形成すると、好適である。
上記の構成によれば、単位領域毎に形成条件を設定し、印刷層の各部分を、当該各部分と対応する単位領域に対して設定された形成条件に従って形成するため、印刷層の各部分の質感を像様(イメージワイズ)に調整することが可能である。
【0017】
また、上記の印刷物生成方法において、対象物の表面にて露出している透明部分の厚みに関する厚みデータを更に取得し、印刷層の形成時に採用される形成条件を設定する際には、推定された印刷物の光散乱特性、厚みデータ、及び第一光散乱特性データに基づいて形成条件を設定すると、好適である。
上記の構成によれば、厚みデータに基づいて印刷層の形成条件を設定するので、対象物の表面の質感として、光散乱特性及び透明部分の厚みを再現することが可能となる。
【0018】
また、上記の印刷物生成方法において、印刷層を形成する際には、透明流体によって構成された透明層を透明部分と対応する部分に有する印刷層を形成すると、より好適である。
上記の構成によれば、印刷層において対象物の表面の透明部分と対応する位置に透明層を形成することで、透明部分の奥行き感が再現される。
【0019】
また、上記の印刷物生成方法において、少なくとも一部分が多層構造である印刷層を形成する際には、白色流体によって構成された白色層を多層構造の部分に有する印刷層を形成すると、さらに好適である。
上記の構成によれば、印刷層において多層構造である部分に白色層を形成することで、当該部分の光散乱特性を適切に調整することが可能となる。
【0020】
また、上記の印刷物生成方法において、透明部分と対応する部分が多層構造である印刷層を形成する際には、多層構造において透明層と内部散乱部材との間に白色層が配置された印刷層を形成すると、より一層好適である。
上記の構成によれば、印刷層中、対象物の透明部分と対応する部分において、白色層が透明層と内部散乱部材の間に形成されるので、対象物において透明部分の直下に位置する部分の光散乱特性を再現することが可能となる。
【0021】
また、上記の印刷物生成方法において、透明部分と対応する部分が多層構造である印刷層を形成する際には、透明層と、透明層と内部散乱部材との間において透明層と隣接した状態で配置されたカラー層と、を透明部分と対応する部分に有する印刷層を形成すると、尚一層好適である。
上記の構成によれば、透明層の直下にカラー層を形成するので、対象物の表面における透明部分の奥行き感をより良好に再現することが可能となる。
【0022】
また、上記の印刷物生成方法において、少なくとも一部分が多層構造である印刷層を形成する際には、白色層と、白色層を介して内部散乱部材とは反対側に配置されたカラー層と、を多層構造の部分に有する印刷層を形成すると、益々好適である。
上記の構成によれば、印刷層における多層構造の部分にて、白色層の上にカラー層が形成されるので、例えば、上記の多層構造に入射された光が内部散乱によって入射位置から離れた位置で反射する際に、入射位置と反射位置との距離が然程離れない光散乱特性を再現することが可能となる。
【0023】
また、上記の印刷物生成方法において、多層構造の部分にカラー層を有する印刷層を形成する際には、カラー層と内部散乱部材との間においてカラー層と隣接した状態で配置された低明度層を、多層構造の部分に有する印刷層を形成し、低明度層は、白色よりも低明度な色の層であると、一段と好適である。
上記の構成によれば、印刷層における多層部分にて、透明層の直下にカラー層が形成され、カラー層の直下に低明度層が形成されるので、透明層と低明度層の双方によって、対象物における透明部分の奥行き感を再現することが可能となる。この結果、透明部分の奥行き感を透明層だけで再現する場合と比較して、より効果的に透明部分の奥行き感を再現することが可能となる。
【0024】
また、上記の印刷物生成方法において、対象物、内部散乱部材及び流体の各々の光散乱特性は、変調伝達関数又は双方向散乱面反射率分布関数にて表される特性であると、好適である。
上記の構成によれば、印刷物の各構成材料について光散乱特性を定量的に把握することが可能となる。
【0025】
また、前述した課題を解決するため、本発明の印刷物生成システムは、対象物の表面の質感を再現するために、内部散乱部材の表面上に印刷層を形成して印刷物を生成する印刷物生成システムであって、光散乱特性に関するデータを取得する光散乱特性データ取得装置と、内部散乱部材の表面に印刷層を形成する印刷層形成装置と、印刷層形成装置に印刷層を形成させる印刷制御装置と、を有し、光散乱特性データ取得装置は、対象物の表面への入射光に対する対象物の光散乱特性に関する第一光散乱特性データを取得し、光散乱特性データ取得装置は、印刷層を構成する流体の光散乱特性に関する第二光散乱特性データを、流体の種類別に取得し、光散乱特性データ取得装置は、内部散乱部材の光散乱特性に関する第三光散乱特性データをさらに取得し、印刷制御装置は、流体の種類別の第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データに基づいて、印刷層の形成条件に応じた印刷物の光散乱特性を推定した後に、推定された印刷物の光散乱特性、及び第一光散乱特性データに基づいて、印刷層の形成時に採用される形成条件を設定し、印刷層形成装置は、印刷制御装置によって設定された形成条件に従って印刷層を内部散乱部材の表面上に形成することを特徴とする。
上記の印刷物生成システムによれば、印刷物全体の光散乱特性を踏まえて、対象物の表面の質感を良好に再現するように印刷層を形成することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、印刷物全体の光散乱特性を踏まえて、対象物の表面の質感を良好に再現するように印刷層を形成することが可能な印刷物生成方法及び印刷物生成システムが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図6】印刷層形成装置が有する吐出機構のノズル面を示す図である。
【
図8】対象物の表面と、基材の印刷面における印刷層の形成領域とを示す図である。
【
図12】光散乱特性推定処理の流れを示す図である。
【
図13】BSSRDF特性についての第1パターンを示す図である。
【
図14】BSSRDF特性についての第2パターンを示す図である。
【
図15】BSSRDF特性についての第3パターンを示す図である。
【
図16】BSSRDF特性についての第4パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の一実施形態(以下、「本実施形態」と言う。)に係る印刷物生成方法及び印刷物生成システムについて、添付の図面を適宜参照しながら、以下に詳細に説明する。
なお、以下に説明する実施形態は、本発明の理解を容易にするために挙げた一例に過ぎず、本発明を限定するものではない。すなわち、本発明は、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、以下に説明する実施形態から変更又は改良され得る。また、当然ながら、本発明には、その等価物が含まれる。
【0029】
また、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
また、本明細書では、特に断る場合を除き、後述する印刷層の積層方向を上下方向とし、基材により近い側を「下側」とし、基材からより離れている側を「上側」とする。
【0030】
<本実施形態の印刷物生成システムの用途>
本実施形態の印刷物生成方法及び印刷物生成システムについて説明するにあたり、本実施形態の印刷物生成システムの用途について説明する。
本実施形態の印刷物生成システム、及びそのシステムによって実現される印刷物生成方法は、対象物の表面の質感を再現した印刷物を生成するために利用される。ここで、「対象物」とは、質感再現の対象となる部材である。対象物の一例としては、表面の質感(厳密には、光学的質感)が部位に応じて異なる材料が挙げられ、具体的には、花崗岩及び大理石等の岩石、石、木材、髪の毛、骨、皮膚(肌)、歯、コットン及びシルクなどの天然素材が挙げられる。
【0031】
なお、以下では、
図1に示した花崗岩Tを対象物とするケースを例に挙げて説明する。ただし、本実施形態は、当然ながら、他の材料を対象物とするケースにも適用可能である。
【0032】
また、本実施形態において、「質感」とは、例えば光散乱特性及び奥行き感である。奥行き感は、対象物の表面にて露出している透明部分(例えば、
図1に示す花崗岩Tの表面に現れる石英Tc)の厚みである。ここで、透明部分の厚みとは、対象物の表面から、透明部分とそれに隣接する部分(具体的には、透明部分の直下にある有色部分)との界面までの長さである。
【0033】
また、光散乱特性は、光の内部散乱特性(表面下散乱とも言う。)のことである。内部散乱は、光が物体に対して照射された際に、
図2に示すように、その物体内部で光が反射及び散乱を繰り返すことで、物体表面における光の入射位置から離れた位置にて光が出射することである。また、光の内部散乱特性は、光の入射位置から出射位置までの距離(
図2に示した距離d)、及び出射位置における光の強度に基づいて特定される。
【0034】
本実施形態では、上述した対象物の表面の質感を再現するために、基材上に、インクからなる印刷層を形成する質感再現印刷を実施する。この質感再現印刷により、
図3に示した印刷物1が生成される。印刷物1の表面(視認される側の面)は、対象物の表面の色、模様及び質感が再現されている。以下、
図3を参照しながら、印刷物1について説明する。なお、
図3では、印刷物1の構成を模式的に図示しており、図示の都合上、各部分の厚み及びサイズ等が実際のものと異なっている。
【0035】
印刷物1は、
図3に示した基材2と、基材2の表面(印刷面)に形成された印刷層5と、によって構成されている。また、質感再現印刷に用いられる基材2は、質感再現印刷用の基材(以下、質感再現用の基材2)である。
【0036】
質感再現用の基材2は、白色媒体3である白色紙の上に薄板状の内部散乱部材4を積層させて構成される積層体である。ここで、内部散乱部材4は、半透明(例えば半濁色又は乳半色)の光透過性部材であり、全光線透過率と散乱光線透過率との差が0%~10%となる部材である。内部散乱部材4の具体例としては、乳半色又は白色のアクリル板、塩ビ材又はPET(ポリエチレンテレフタラート)材等、紫外線硬化性インクを用いたインクジェット印刷に利用される基材が挙げられる。なお、内部散乱部材4としては、全光線透過率が10%~80%以下であり、且つ、透過光線透過率が10%~80%である部材がより好ましい。また、内部散乱部材4については、Haze値が1~90%であることが好ましく、30~60%であることがより好ましい。
また、内部散乱部材4の各部分の厚みは、均一であってもよく、各部分の位置に応じて異なっていてもよい。
【0037】
白色媒体3である白色紙は、印刷物1の最下層を構成する。白色媒体3は、内部散乱部材4と密着しており、例えば内部散乱部材4の表面上に接着している。ただし、白色媒体3は、内部散乱部材4に接着している場合に限定されず、内部散乱部材4に接していればよい。また、白色媒体3については、印刷物1の中で最も光の反射率が高く、反射率が90%以上となるように設定されていると好ましい。なお、白色媒体3は、白色紙に限定されず、白色のシート、フィルム、板材及び繊維体(布)、並びにプラスチック基材(例えば、アクリル材、PET(ポリエチレンテレフタラート)材、塩ビ材)等を代用することが可能である。
【0038】
印刷層5は、印刷面である基材2の表面に着弾(付着)したインクの層からなる。本実施形態において用いられるインクは、YMCK(イエロー、マゼンタ、シアン及びブラック)4色のカラーインク、白色流体であるホワイトインク、グレーインク、及び透明流体であるクリアインクである。カラーインクは、流体の一例であり、有色の顔料又は染料を含有し、カラー印刷に用いられる一般的なインクである。ホワイトインクは、流体の一例であり、白色の顔料又は染料を含有し、例えば下地印刷等に使用される白色のインクである。グレーインクは、流体の一例であり、色材としてのカーボンブラックを低濃度で含有するインクである。クリアインクは、流体の一例であり、光(具体的には、紫外線)を受けることで硬化する紫外線硬化型の透明流体である。なお、本発明で用いられる透明流体は、クリアインクに限られず、光の照射により硬化可能な流体であればよい。また、照射光としては、紫外線、赤外線及び可視光線等が挙げられる。
【0039】
そして、本実施形態では、印刷面における印刷層5の形成範囲を複数の単位領域に区画し、印刷層5が
図3に示すように各単位領域の位置に応じてイメージワイズ(像様)に形成される。これにより、印刷物1にて再現される質感が、印刷物1の各部分に応じて変化したものとなる。換言すると、印刷物1の各部分での質感は、印刷層5中、当該各部分における構造(層構造)に応じて定まることになる。
【0040】
ここで、印刷面における印刷層5の形成範囲を区画する際の単位である単位領域は、微小な方形領域であり、対象物の光散乱特性を定義する際に設定される分割領域である。より具体的に説明すると、単位領域は、例えば、カメラ等を用いて光散乱特性を計測する際に、対象物の表面をカメラで撮影した際の解像度(画素)と対応するサイズに設定された領域、あるいは、そのサイズを平均化した、より広いサイズの領域である。
【0041】
印刷層5について詳しく説明すると、
図3に示すように、印刷層5は、その全域(つまり、印刷面全体)に亘ってカラー層6を有する。このカラー層6は、YMCK4色のカラーインクからなる層である。
図3に示した印刷物1において、カラー層6が内部散乱部材4の直上に形成された部位1aでは、カラー層6を通過した光が内部散乱部材4の表面下で反射及び散乱を繰り返す。このため、カラー層6が視認者にとってぼやけて見えるようになる。結果として、上記の部位1aでは、例えば、上記の多層構造に入射された光が内部散乱によって入射位置から離れた位置で反射する際に、入射位置と反射位置との距離が長くなり、且つ多方向に反射される光散乱特性が再現される。
【0042】
また、
図3に示すような少なくとも一部分が多層構造となっている印刷層5において、当該多層構造となっている部分には、ホワイトインクによって構成された白色層7が形成される。より詳しく説明すると、上記の多層構造において、カラー層6が白色層7を介して内部散乱部材4とは反対側に配置される。換言すれば、カラー層6と内部散乱部材4との間に白色層7が存在する。そして、
図3に示した印刷物1のうち、多層構造であって白色層7が形成された部位1bでは、カラー層6を通過した光が白色層7にて反射する。このため、カラー層6が視認者にとって比較的鮮明に見えるようになる。結果として、上記の部位1bでは、例えば、上記の多層構造に入射された光が内部散乱によって入射位置から離れた位置で反射する際に、入射位置と反射位置との距離が然程離れない光散乱特性が再現される。
【0043】
また、対象物が透明部分を有する場合、印刷層5において当該透明部分と対応する部分には、クリアインクによって構成された透明層8が形成される。この透明層8は、
図3に示すように、当該透明層8が形成される部分では印刷層5の最表部に配置される。そして、
図3に示した印刷物1のうち、透明層8が形成された部位1c、1dでは、対象物の表面における透明部分が描画され、その質感(奥行き感)が再現される。
【0044】
また、印刷層5において上記透明部分と対応する部分が多層構造である場合には、その部分では、
図3に示すように、上方から、透明層8、カラー層6及び白色層7が、この順序で形成される。つまり、上記多層構造において、カラー層6は、透明層8と内部散乱部材4との間において透明層8と隣接した状態で(すなわち、透明層8の直下に)配置される。また、白色層7は、カラー層6と内部散乱部材4において内部散乱部材4の直上に配置される。そして、
図3に示した印刷物1のうち、上記の3層が形成された部位1c、1dでは、透明部分の奥行き感と共に、透明部分の直下にある有色部分の光散乱特性が再現される。
【0045】
また、印刷層5において上記透明部分と対応する部分が多層構造である場合、上記の3層(カラー層6、白色層7及び透明層8)に加えて、低明度層9が形成されることもある。この低明度層9は、白色よりも低明度な色であり、例えばグレー色の層である。なお、本実施形態において、グレー色の低明度層9は、例えばグレーインクによって構成されるが、ブラックインクとホワイトインクとを用いて構成されてもよい。また、低明度層9の色については、白色よりも低明度の色であれば、グレー色以外の色、例えば、黒等であってもよい。
【0046】
また、低明度層9は、上記の多層構造においてカラー層6と内部散乱部材4との間においてカラー層6と隣接した状態で(すなわち、カラー層6の直下に)配置される。そして、
図3に示した印刷物1のうち、上記の低明度層9を含む多層構造(具体的には、4層構造)となった部位1dでは、透明層8と低明度層9の双方によって、透明部分の奥行き感が再現されるようになる。これは、低明度層9が設けられていることにより、視認者に深さを感じさせる視覚的効果が発揮されるためである。この結果、透明部分の奥行き感を透明層8だけで再現する場合と比較して、より効果的に透明部分の奥行き感を再現することができる。分かり易く説明すると、低明度層9を設けることで、低明度層9を設けない場合と同程度の奥行き感を再現するのに必要な透明層8の厚みを、より薄くすることができる。この結果、印刷層5の形成時間(すなわち、質感再現時間の所要時間)を短縮することが可能となる。
【0047】
<本実施形態に係る印刷物生成システムの構成>
次に、本実施形態に係る印刷物生成システム10の構成について説明する。印刷物生成システム10は、対象物の表面の質感を再現するために、基材2の印刷面(厳密には、内部散乱部材4の上側の表面)の上に印刷層5を形成して印刷物1を生成する設備である。印刷物生成システム10は、
図4に示すように、印刷層形成装置20、厚みデータ取得装置30、光散乱特性データ取得装置40及び印刷制御装置50を主要構成機器として有する。以下、印刷物生成システム10の各構成機器について個別に説明する。
【0048】
(印刷層形成装置)
印刷層形成装置20は、基材2の印刷面(すなわち、内部散乱部材4の上側の表面)にインクを付着させて印刷層5を形成する装置であり、例えば、インクジェットプリンタによって構成される。
【0049】
具体的に説明すると、印刷層形成装置20は、上述した各種のインクを基材2の印刷面に向けて吐出し、印刷面に着弾したインクのドットからなるインク層を形成する。これにより、基材2の印刷面における印刷層形成範囲の各単位領域には、1層以上のインク層からなる印刷層5が形成される。
【0050】
印刷層形成装置20は、
図4及び
図5に示すように、移動機構21と吐出機構22と硬化機構23と制御機構24とを有する。移動機構21は、印刷層形成装置20内における移動経路21Rに沿って基材2を移動させる。移動機構21は、
図5に図示のように駆動ローラによって構成されてもよく、あるいは駆動ベルトによって構成されてもよい。なお、移動機構21は、基材2を順方向にのみ移動させるワンウェイ搬送型の移動機構であってもよく、基材2を移動経路21Rに沿って一定距離だけ下流側に移動させた後に同じ距離だけ上流側に逆走させ、その後に再度下流側に移動させる可逆搬送型の移動機構であってもよい。
【0051】
吐出機構22は、ピエゾ素子の駆動によって各種のインクを吐出する記録ヘッドによって構成されている。この吐出機構22は、その下面が基材2の印刷面と対向している間に、
図5に示すように印刷面に向けて各種のインクを吐出する。より詳しく説明すると、吐出機構22は、基材2の移動方向と交差する走査方向に移動可能である。また、吐出機構22の下面は、
図6に示すように、インク種類別にノズル列が形成されたノズル面22Sとなっている。なお、ノズル面22Sには、走査方向の一端側から順に、ホワイトインク吐出用のノズル列Nw、グレーインク吐出用のノズル列Ng、イエローインク吐出用のノズル列Ny、マゼンタインク吐出用のノズル列Nm、シアンインク吐出用のノズル列Nc、ブラックインク吐出用のノズル列Nk、及びクリアインク吐出用のノズル列Nhがそれぞれ1列ずつ設けられている。ただし、各種インクを吐出するノズル列の本数及び配置位置等は、任意に設定することができ、
図6に示した構成以外の構成であってもよい。
【0052】
そして、ノズル面22Sが基材2の印刷面と対向している間、吐出機構22は、シャトルスキャン方式により、不図示のキャリッジによって印刷面の直上位置にて走査方向に移動しながら、印刷面中の各単位領域に向けて、当該各単位領域に対応する種類のインクを吐出する。各種のインクは、吐出先の単位領域に着弾してドットを形成する。この結果、基材2の表面上には、カラー層6、白色層7、透明層8及び低明度層9が各単位領域の位置に応じてイメージワイズ(像様)に配置された印刷層5が形成される。
【0053】
なお、吐出機構22からインクを吐出する方式としては、ピエゾ素子駆動方式に限定されない。例えば、ヒーター等の発熱体によってインクを加熱することで発生する気泡の圧力によってインク滴を飛ばすサーマルジェット方式をはじめ、各種の吐出方式を利用することができる。また、本実施形態では、吐出機構22がシリアルタイプのヘッドによって構成され、シャトルスキャン方式にてインクを吐出するものであるが、これに限定されるものではない。例えば、吐出機構22が、フルラインタイプのヘッドによって構成されたものであり、シングルパス方式にてインクを吐出するものであってもよい。また、本実施形態では、各種インクのノズル列すべてが同一のノズル面22Sに形成されているが、これに限定されるものではない。例えば、吐出機構22が複数の記録ヘッドからなり、各記録ヘッドが互いに異なる種類のインクを吐出する構成でもよい。
【0054】
硬化機構23は、基材2の印刷面上に着弾したクリアインクのドットに光(厳密には紫外線)を照射してクリアインクのドットを硬化させる。硬化機構23は、例えばメタルハライドランプ、高圧水銀ランプ、及び紫外線LED(Light Emitting Diode)等によって構成されており、本実施形態では基材2の移動方向において吐出機構22よりも下流側に配置されている。
【0055】
なお、本実施形態では、基材2の移動方向において吐出機構22と硬化機構23とが互いに離間して配置されている。ただし、これに限定されるものではなく、吐出機構22と硬化機構23とが共通のキャリッジ(不図示)に搭載され、吐出機構22と硬化機構23とが一体的に走査方向に移動する構成であってもよい。このような構成では、硬化機構23が吐出機構22の脇位置に配置され、一回の走査動作において吐出機構22がクリアインクを吐出した直後に、硬化機構23がそのクリアインク(厳密には、印刷面上に着弾したクリアインクのドット)に向けて紫外線を照射すると、好ましい。
【0056】
制御機構24は、印刷層形成装置20に内蔵されたコントローラであり、不図示の駆動回路を介して移動機構21、吐出機構22及び硬化機構23の各々を制御する。より詳しく説明すると、制御機構24は、印刷制御装置50から送られてくる印刷データを受信する。印刷データとは、印刷層5の形成条件を示すデータである。印刷データについては、後に詳しく説明する。
【0057】
印刷データの受信直後に、例えば、印刷層形成装置20の基材導入口(不図示)に所定の基材2が手差し方式で挿入されると、制御機構24は、この基材2をピックアップして移動経路21Rに沿って断続的に移動させるように移動機構21を制御する。
【0058】
次に、制御機構24は、吐出機構22のノズル面22Sと基材2の印刷面とが対向している間に、印刷データに従って吐出機構22を制御して、印刷面の各単位領域に向けて吐出機構22からインクを吐出させる。この際、各単位領域に着弾させるインクの種類、量及び密度(ドットの密度)等は、印刷データが示す形成条件に応じて決められる。
【0059】
また、制御機構24は、移動機構21による基材2の移動動作と、吐出機構22の走査動作とを交互に繰り返し、且つ各走査動作においてインクを吐出させるノズルを制御する。これにより、印刷面中の同じ単位領域にインクのドットを重ねて形成することができ、例えば、同じ種類のインクのドットを重ねることにより、そのインクからなるインク層の厚みを調整することが可能となる。また、ある種類のインクのドットの上に、別の種類のインクのドットを重ねることにより、前述の多層構造(例えば、
図3に示す部位1b、1c及び1dにおける多層構造)が形成されることになる。
【0060】
なお、多層構造における各インク層の積層順序については、前述した通りであり、例えば、クリアインクからなる透明層8は、最表部に配置される。
【0061】
また、制御機構24は、吐出機構22にインクを吐出させるのと併行して、硬化機構23を制御して紫外線を照射させる。これにより、クリアインクのドットが存在する単位領域では、当該クリアインクのドットが硬化されて透明層8が形成されるようになる。
【0062】
そして、印刷データが示す形成条件に従って制御機構24が移動機構21、吐出機構22及び硬化機構23を制御すると、各単位領域におけるインク層の積層数、各インク層の種類及び厚みが単位領域毎に調整される。換言すると、印刷層5の各部分が当該各部分の位置に応じてイメージワイズ(像様)に形成される。この結果、印刷層5の表面(視認側の表面)にて対象物の表面の質感が再現される。
【0063】
そして、印刷層5が形成された基材2、すなわち印刷物1は、移動機構21によって印刷層形成装置20の排出口まで移動し、排出口から印刷層形成装置20の外に排出される。
【0064】
また、本実施形態に係る印刷層形成装置20は、
図7に示したサンプルパターンSP1~SP6を基材2に形成することが可能である。サンプルパターンSP1~SP6の各々は、単色且つ一層のみのインク層からなる。そして、サンプルパターンSP1~SP6は、後述する光散乱特性データ取得装置40がインク種類別の光散乱特性データを取得するために必要な印刷画像として形成される。
【0065】
サンプルパターンSP1~SP6について説明すると、サンプルパターンSP1~SP6は、
図7に示すように、YMCK4色のカラーインク、ホワイトインク及びグレーインクの各々について、ドットの密度を段階的に変更させて形成される。ここで、ドットの密度とは、単位面積におけるドットの占有率を意味し、換言するとパターン濃度(濃淡)である。なお、ドットの密度は、ドットのサイズ、及び単位面積におけるドット数によって決まる。
【0066】
印刷層形成装置20が各サンプルパターンSP1~SP6を基材2に形成する場合、制御機構24は、サンプルパターン形成用の印刷データを印刷制御装置50から受信する。サンプルパターン形成用の印刷データには、各サンプルパターンSP1~SP6の形成条件(具体的には、各サンプルパターンSP1~SP6の形成位置、使用インクの種類、及びドットの密度等)が規定されている。制御機構24は、サンプルパターン形成用の印刷データを受信すると、当該印刷データに従って移動機構21、吐出機構22及び硬化機構23を制御する。これにより、各色のインクについて、サンプルパターンSP1~SP6がドットの密度を段階的に変えながら基材2に形成される。なお、サンプルパターン形成に用いられる基材2は、質感再現用の基材2であってもよく、質感再現用の基材2とは異なる基材2(例えば、白色紙)であってもよい。
【0067】
(厚みデータ取得装置)
厚みデータ取得装置30は、対象物の表面にて露出している透明部分の厚みに関する厚みデータを取得する装置である。本実施形態に係る厚みデータ取得装置30は、X線CT(Computed Tomography)計測装置によって構成されており、X線CTスキャンによって対象物の断層画像を取得し、断層画像をレンダリング処理して透明部分を3次元化することで透明部分の厚みを計測する(例えば、『中野司,中島善人,中村光一,池田進,“X線CTによる岩石内部構造の観察・解析方法”,地質学雑誌,第106巻,第5号,pp.363-378,May 2000』参照)。
【0068】
また、本実施形態では、対象物の表面を複数の単位表面領域に区画し、厚みデータ取得装置30が単位表面領域毎に厚みを測定し、単位表面領域毎の厚みを示す厚みデータを取得することになっている。ここで、単位表面領域とは、対象物の表面(厳密には、質感再現の対象となる表面)を、基材2の印刷面における印刷層5の形成範囲を複数の単位領域に区画する要領と同様の要領にて区画した場合の単位である。
【0069】
図8を参照しながら分かり易く説明すると、印刷面における印刷層形成範囲(
図8中、記号2Aにて示す)、及び対象物の表面(
図8中、記号TAにて示す)の双方が矩形形状である。それぞれを複数の微小領域に区画したとき、印刷層形成範囲を構成する各微小領域が前述の単位領域(
図8中、記号2Bにて示す)であり、対象物の表面を構成する各微小領域が単位表面領域(
図8中、記号TBにて示す)である。
なお、
図8では、図示の都合上、印刷層形成範囲を構成する単位領域の個数、及び、対象物の表面を構成する単位表面領域の個数は、実際の個数よりも少なく図示されている。
【0070】
また、対象物の表面中の各単位表面領域は、印刷面における印刷層形成範囲中、当該各単位表面領域の配置位置と同じ位置に配置された単位領域と対応付けられる。例えば、
図8中、丸枠で囲まれた単位表面領域TBと単位領域2Bとが互いに対応している。
【0071】
(光散乱特性データ取得装置)
光散乱特性データ取得装置40は、光散乱特性に関するデータである光散乱特性データを取得する。本実施形態では、光の散乱特性が変調伝達関数(Modulated Transfer Function;以下、MTFと言う。)、又は双方向散乱面反射率分布関数(Bidirectional Scattering Surface Reflectance Distribution Funcition;以下、BSSRDFと言う。)にて表される。つまり、光散乱特性データ取得装置40は、上記の関数にて表された光散乱特性を示す光散乱特性データを取得する。また、本実施形態に係る光散乱特性データ取得装置40は、互いに波長が異なる複数種類の光、具体的にはR(赤)、G(緑)及びB(青)の各色の光について光散乱特性データを取得する。
【0072】
光散乱特性を示すデータの取得方法について大まかに説明すると、MTFにて表される光散乱特性については、例えば、
図9に示す矩形波チャートLPを用いて測定対象の光散乱特性を測定することで取得される。矩形波チャートLPは、
図9に示すように、ガラス板等の透明基板に所定間隔で形成された複数の矩形状パターンLPxからなる測定用チャートである。光散乱特性を測定する際には、測定対象と矩形波チャートLPとを密着させて、光を矩形波チャートLP側から入射させて、測定対象の反射光を測定する。このとき、矩形波チャートLPの透過光が測定対象内部で散乱する結果、矩形状パターンLPxのエッジ部分がぼやけ、やや暗く測定される。定性的に言えば、このぼやけ具合いが測定対象の光散乱特性を示している。また、このぼやけ具合い、すなわち測定対象の光散乱特性を定量的に評価する手法としては、当該光散乱特性を示すMTFを計算する方法が利用できる。
【0073】
なお、MTFの計算方法の一例としては、特開2012-205124号公報に記載された方法が挙げられるが、同公報に記載された方法に限定されず、光散乱特性を示すMTFを他の方法にて求めてもよい。
【0074】
BSSRDFにて表される光散乱特性については、測定対象への照射方向における入射光の強度と、観察方向における測定対象の反射光の強度とを、それぞれ照射方向及び観察方向を変化させて測定することで得られる。なお、BSSRDFにて示される光散乱特性データを取得する方法については、公知の方法が利用可能である(例えば、『Cuccia DJ, Bevilacqua F, Durkin AJ, Tromberg BJ (2005) Modulated imaging: quantitative analysis and tomography of turbid media in the spatial-frequency domain. Opt Lett 30(11):1354-1356.』参照)。また、特開2017-020816号公報に記載された測定装置を用いて、BSSRDFの光散乱特性を測定してもよい。
【0075】
以上のように、光散乱特性データ取得装置40は、RGB3色の各々の光を用いて測定対象の光散乱特性を測定することで、
図10に示すような測定対象の光散乱特性データを取得することができる。
図10は、測定した測定対象の光散乱特性を示すMTFを光の色毎に示す図である。
図10の横軸は、空間周波数を示しており、
図10の縦軸は、反射光の強度(入射光の強度に対する比)を示している。
【0076】
なお、本実施形態では、光散乱特性をMTF又はBSSRDFにて表し、その測定結果を示すデータを光散乱特性データ取得装置40によって取得することとしたが、これに限定されるものではない。例えば、光散乱特性を点広がり関数(Point Spread Function;PSF)にて表し、その測定結果を示すデータを取得してもよい。
【0077】
そして、本実施形態に係る光散乱特性データ取得装置40は、種々の部材を測定対象として光散乱特性を測定し、その光散乱特性データを取得する。
具体的に説明すると、光散乱特性データ取得装置40は、第一に、質感再現の対象物に対して光散乱特性の測定を行う。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、対象物の表面への入射光に対する光散乱特性に関するデータ(以下、第一光散乱特性データと言う。)を取得する。なお、本実施形態では、対象物の表面が前述したように複数の単位表面領域に区画され、光散乱特性データ取得装置40は、単位表面領域毎の光散乱特性を示す第一光散乱特性データを取得する。
【0078】
第二に、光散乱特性データ取得装置40は、印刷層5を構成する各種インクについて、当該インクの光散乱特性に関するデータ(以下、第二光散乱特性データと言う。)を取得する。具体的に説明すると、前述したように、印刷層形成装置20がYMCK4色のカラーインク、ホワイトインク及びグレーインクの各色インクについて、ドットの密度を段階的に変更させて複数のサンプルパターンSP1~SP6を形成する(
図7参照)。光散乱特性データ取得装置40は、各サンプルパターンSP1~SP6を対象として光散乱特性の測定を行う。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、インク種類別の第二光散乱特性データを、ドットの密度を変えて当該密度毎に取得する。
【0079】
第三に、光散乱特性データ取得装置40は、質感再現用の基材2を構成する複数種類の内部散乱部材4の各々を対象として光散乱特性の測定を行う。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、各種類の内部散乱部材4の光散乱特性に関するデータ(以下、第三光散乱特性データ)を取得する。ここで、互いに異なる内部散乱部材4の間では、内部散乱性能(光散乱特性)に応じて変化するパラメータが異なっており、例えば、Haze値が異なっていることとする。換言すると、使用する内部散乱部材4の種類を変えてHaze値が変わることで、印刷物1の光散乱特性を変えることができる。
【0080】
(印刷制御装置)
印刷制御装置50は、印刷層形成装置20に印刷層5を形成させる装置であり、例えば、印刷層形成装置20に接続されたホストコンピュータ(以下、単に「コンピュータ」と言う。)によって構成されている。
【0081】
印刷制御装置50をなすコンピュータには、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサと、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等のメモリと、が搭載されており、当該メモリには質感再現用のアプリケーションプログラム及びプリンタドライバ等のプログラムが記憶されている。そして、印刷制御装置50は、上記のプロセッサが質感再現用のアプリケーションプログラム及びプリンタドライバを実行することで、対象物の表面の質感を良好に再現するための印刷データを作成する。
【0082】
質感再現用の印刷データについて説明すると、当該印刷データは、前述したように、印刷層5の形成条件を示すデータである。ここで、形成条件とは、印刷層5を構成する層(厳密には、インク層)の積層数、各層を構成するインクの種類、各層の厚み、各層におけるドットの密度(濃度)、及び、質感再現用の基材2が有する内部散乱部材4の種類等のパラメータを組み合わせたものである。形成条件は、上述したパラメータの各々を変えることで複数決めることができ、その中で印刷形成時に実際に採用されるものは、再現対象となる質感に応じて選定される。
【0083】
なお、印刷層5の形成条件については、上記のパラメータのうち、少なくとも一つに関する条件であればよく、上記のパラメータ以外のパラメータに関する条件が含まれてもよい。
【0084】
また、本実施形態では、基材2の印刷面における印刷層形成範囲が複数の単位領域に区画され、印刷層5の形成時に実際に採用される形成条件が、単位領域毎に設定されることになっている。
【0085】
そして、印刷制御装置50は、単位領域毎に設定された形成条件を示す印刷データを作成し、当該印刷データを印刷層形成装置20に向けて送信する。印刷層形成装置20では、制御機構24が印刷データを受信し、印刷データに従って印刷層形成装置20各部を制御する。これにより、印刷層形成装置20が基材2の印刷面上に印刷層5を形成する。このとき、印刷層形成装置20は、印刷層5の各部分を、当該各部分と対応する単位領域に対して設定された形成条件に従って形成する。これにより、印刷層5の各部分が当該各部分の位置に応じてイメージワイズ(像様)に形成されるようになる。
【0086】
なお、印刷データの作成手順については、次の「印刷物生成手順について」の項で詳細に説明することとする。
【0087】
<印刷物生成手順について>
次に、本発明の印刷物生成方法によって印刷物1を生成する手順として、前述した質感再現印刷の流れを説明する。質感再現印刷は、
図11に示すように、厚みデータ取得処理S001、サンプルパターン印刷処理S002、光散乱特性データ取得処理S003、光散乱特性推定処理S004、形成条件設定処理S005、印刷データ送信処理S006、及び印刷処理S007によって構成されている。以下、個々の処理について具体的に説明することとする。
【0088】
(厚みデータ取得処理)
厚みデータ取得処理は、厚みデータ取得装置30が、対象物の表面にて露出している透明部分の厚みに関する厚みデータを取得する処理である。より詳しく説明すると、対象物の表面を複数の単位表面領域に区画し、厚みデータ取得装置30が透明部分の厚みを単位表面領域毎に測定する。なお、当然ながら、透明部分に該当しない単位表面領域での厚みは0となる。
そして、すべての単位表面領域について厚みの測定が終了した時点で、厚みデータ取得装置30は、単位表面領域毎の厚みを示す厚みデータを取得する。また、厚みデータ取得装置30は、取得した厚みデータを印刷制御装置50に送信する。
【0089】
(サンプルパターン印刷処理)
サンプルパターン印刷処理は、印刷層形成装置20が、基材2の印刷面に前述のサンプルパターンSP1~SP6を形成する処理である。より詳しく説明すると、印刷制御装置50がサンプルパターン形成用の印刷データを印刷層形成装置20に送信し、印刷層形成装置20の制御機構24が当該印刷データを受信する。なお、サンプルパターン形成用の印刷データは、予め作成されていて、印刷制御装置50内のメモリに記憶されている。
【0090】
制御機構24は、サンプルパターン形成用の印刷データに従って移動機構21、吐出機構22及び硬化機構23を制御する。これにより、基材2の印刷面には、YMCK、ホワイト及びグレーの6色のインクの各々について、ドット密度(濃度)を段階的に変化させてサンプルパターンSP1~SP6が印刷される(
図7参照)。なお、各サンプルパターンSP1~SP6は、ドット密度(濃度)が異なる複数のパターン片によって構成されている。ここで、各サンプルパターンSP1~SP6を構成するパターン片の数、及び各パターン片におけるドット密度(濃度)については、自由に設定することが可能であるが、
図7に示す例では、パターン片の数を4個とし、各パターン片における濃度を25%、50%、75%及び100%としている。
【0091】
(光散乱特性データ取得処理)
光散乱特性データ取得処理は、光散乱特性データ取得装置40が前述した第一光散乱特性データ、第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データを取得する処理である。より詳しく説明すると、先ず、対象物の表面を複数の単位表面領域に区画し、光散乱特性データ取得装置40が対象物の表面への入射光に対する対象物の光散乱特性(内部散乱特性)を単位表面領域毎に測定する。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、対象物の単位表面領域毎の光散乱特性を示す第一光散乱特性データを取得する。
【0092】
次に、光散乱特性データ取得装置40は、前述のサンプルパターン印刷処理にて基材2に印刷された各サンプルパターンSP1~SP6を対象として光散乱特性(内部散乱特性)を測定する。このとき、光散乱特性データ取得装置40は、各サンプルパターンSP1~SP6を構成する複数のパターン片の各々の光散乱特性を測定する。つまり、光散乱特性データ取得装置40は、各サンプルパターンSP1~SP6について、そのドット密度(濃度)を変えて、ドット密度毎に光散乱特性を測定する。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、インクの種類別に、ドット密度(濃度)毎の光散乱特性を示す第二光散乱特性データを取得する。
【0093】
次に、光散乱特性データ取得装置40は、質感再現用の基材2が有する内部散乱部材4の光散乱特性(内部散乱特性)を測定する。このとき、複数種類の内部散乱部材4が用意されていれば、光散乱特性データ取得装置40は、各種類の内部散乱部材4について内部散乱特性を測定する。これにより、光散乱特性データ取得装置40は、内部散乱部材4の種類毎に、内部散乱部材4の光散乱特性を示す第三光散乱特性データを取得する。
【0094】
そして、光散乱特性データ取得装置40は、取得した第一光散乱特性データ、第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データを印刷制御装置50に向けて送信する。なお、本実施形態において、各光散乱特性データは、MTF又はBSSRDFにて表された光散乱特性を示すデータである。
【0095】
(光散乱特性推定処理)
光散乱特性推定処理は、印刷制御装置50が、インク種類別の第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データに基づいて、印刷層5の形成条件に応じた印刷物1の光散乱特性を推定する処理である。ここで、「印刷層5の形成条件に応じた印刷物1の光散乱特性」とは、ある形成条件の下で印刷層5を仮に形成した場合に生成される印刷物1の光散乱特性である。
【0096】
また、本実施形態では、前述したように、印刷層5の形成条件が単位領域毎に設定されることになっており、これに合わせて、光散乱特性推定処理においても、印刷物1の光散乱特性を単位領域毎に推定することになっている。
【0097】
光散乱特性推定処理について詳しく説明すると、本処理の開始に際して、印刷層5の形成条件が複数用意される。具体的には、印刷層5を構成するインク層の積層数、各インク層を構成するインクの種類、各インク層の厚み、各インク層におけるドット密度(濃度)、及び質感再現用の基材2が有する内部散乱部材4の種類等について、複数の組み合わせが用意される。
【0098】
その後、印刷制御装置50は、
図12に図示の流れに従って光散乱特性推定処理を実施する。
図12を参照しながら光散乱特性推定処理の流れを説明すると、印刷制御装置50は、先ず、印刷層5の形成条件に関する複数の組み合わせを、単位領域毎に設定する(S011)。このステップS011では、上述した形成条件の内容、具体的には、印刷層5を構成するインク層の積層数、各インク層を構成するインクの種類、各インク層の厚み、各インク層におけるドット密度、及び内部散乱部材4の種類の各々をパラメータとし、想定され得る各パラメータの組み合わせを特定する。
【0099】
次に、印刷制御装置50は、ステップS011で設定した形成条件に関する複数の組み合わせの各々について、その組み合わせに係る形成条件の下で再現される光散乱特性を、単位領域毎に推定する(S012)。ここで、光散乱特性をBSSRDFにて表す場合には、光散乱特性としてのBSSRDF特性を推定するために、ステップS011で設定した条件の組み合わせと、ドット密度毎に取得したインク種類別の第二光散乱特性データと、内部散乱部材4の種類毎に取得した第三光散乱特性データとを用いて光散乱マトリクス計算を行うことになる。
【0100】
光散乱マトリクス計算は、積層構造に入射された光(入射光)の、各層での反射及び透過についてのマトリクス演算である。このマトリクス演算は、入射光が積層構造を抜けるまで、あるいは入射光が積層構造の各層で透過及び反射を繰り返して積層構造の最表面から出射されるまで実施される。なお、層数が多い積層構造については、光量が十分に減衰した時点、あるいは所定数以上の層を光が通過した時点でマトリクス演算が終了する。
【0101】
光散乱マトリクス計算について詳しく説明すると、積層構造中のある層(
図13~
図16に示した層M)におけるBSSRDF特性は、下記の4パターンに分類される。
パターン(1):
図13に示すように、層Mの上方から光Ixが入射されて、層Mの上方に向かって光Iyが進行する(すなわち、反射)。
パターン(2):
図14に示すように、層Mの上方から光Ixが入射されて、層Mの下方に向かって光Iyが進行する(すなわち、透過)。
パターン(3):
図15に示すように、層Mの下方から光Ixが入射されて、層Mの上方に向かって光Iyが進行する(すなわち、透過)。
パターン(4):
図16に示すように、層Mの下方から光Ixが入射されて、層Mの下方に向かって光Iyが進行する(すなわち、反射)。
【0102】
上記4つのパターンの各々には、対応する演算マトリクスRが設定されている。演算マトリクスRは、
図17に示す演算式(例えば、行列式)であり、入射側の光散乱ベクトルに対して、該当するパターンの演算マトリクスRを乗じることで、層Mで光散乱を受けた後の光散乱ベクトル(すなわち、出射側の光散乱ベクトル)を演算することができる。
【0103】
なお、
図17中の各変数の定義は、以下の通りである。
I:光散乱ベクトル,f:演算関数
θi(iは1~nの自然数):i番目の入射角度(ベクトル)
Φi(iは1~nの自然数):i番目の出射角度(ベクトル)
xk(kは1~nの自然数):k番目の入射位置
yk(kは1~nの自然数):k番目の出射位置
を示しており、xk(kは1~nの自然数)がk番目の入射位置を示しており、ykがk番目の出射位置を示している。
なお、仮に吸収がないと仮定した場合、演算マトリクスRにおいて同列に並ぶ全要素をすべて足すと、エネルギー保存則により1となる。
【0104】
ここで、上記4パターンの各々と対応する演算マトリクスRを、それぞれRAm、RBm、RCm、RDmと表記すると、入射側の光散乱ベクトルIiと反射側の光散乱ベクトルIrとの関係は、下記の関係式F1にて表される。ちなみに、各演算マトリクスに付された添え字mは、層の順番を表しており、最も上方(視認側)に位置する層には「1」が付与され、その直下に位置する層には「2」が付与され、それよりも下方の層には、「3」以降の連番が付与される。
関係式F1: Ir= RA1*Ii
+RC1*RA2*RB1*Ii
+RC1*RA2*RD1*RA2*RB1*Ii
+・・・・・・・
【0105】
以上までに説明してきた光散乱マトリクス計算において、ステップS011で設定した条件の組み合わせと、ドット密度毎に取得したインク種類別の第二光散乱特性データと、内部散乱部材4の種類毎に取得した第三光散乱特性データと、を適用する。この結果、各単位領域の光散乱特性(具体的には、BSSRDF特性)が演算される。ここで、演算結果としてのBSSRF特性は、各形成条件の下で形成される印刷層5と、当該印刷層5が形成される基材2の内部散乱部材4と、を含む積層構造に関する光散乱特性である。換言すれば、光散乱マトリクス計算から求められるBSSRDF特性は、最終生成物である印刷物1の各部分に関する光散乱特性の推定結果である。
【0106】
以上までに光散乱特性としてBSSRDF特性を演算して推定することを説明してきたが、これに限定されるものではない。例えば、光散乱特性をMTFにて表す場合には、光散乱特性としてのMTF特性を推定することになる。MTF特性を推定するためには、ステップS011で設定した条件の組み合わせと、ドット密度毎に取得したインク種類別の第二光散乱特性データと、内部散乱部材4の種類毎に取得した第三光散乱特性データとを用いて光散乱解析計算を行うことになる。
【0107】
光散乱解析計算は、積層構造に入射された光(入射光)について、当該積層構造に関する反射のMTF特性を、各層に関する反射及び透過の各々のMTF特性から求める計算である。例えば、下地層をp層とし、p層よりも上方にある層数をn(nは自然数)とした場合、n個の層とp層からなる積層構造に関する反射のMTF特性は、下記の式(1)にて記述される。
【0108】
式(1)において、Riは、i層(i=1~n)の反射のMTF特性であり、Tiは、i層の透過のMTF特性である。
【0109】
ここで、n番目の層とp層からなる2層の積層構造を考えると、上記の式(1)は、下記式(1-1)となる。
上式から分かるように、n番目の層とp層のMTF特性が得られれば、2層の積層構造に関する反射のMTF特性を記述することができる。
【0110】
また、n番目の層とn-1番目の層とp層からなる3層の積層構造を考えると、上記の式(1)は、下記式(1-2)となる。
上式から分かるように、n-1番目の層、n番目の層及びp層のそれぞれについてMTF特性が得られれば、3層の積層構造に関する反射のMTF特性を記述することができる。
【0111】
以上の点を踏まえると、n個の層とp層とを有する積層構造に関する反射のMTF特性(すなわち、式(1)にて記述されるMTF特性)は、結局のところ、1~n番目の層及びp層の各々のMTF特性が得られれば記述し得ることになる。
【0112】
以上までに説明してきた光散乱解析計算において、ステップS011で単位領域毎に特定した条件内容と、ドット密度毎に取得したインク種類別の第二光散乱特性データと、内部散乱部材4の種類毎に取得した第三光散乱特性データと、を適用する。この結果、各単位領域の光散乱特性(具体的には、MTF特性)が計算される。ここで、計算結果としてのMTF特性は、光散乱マトリクス計算と同様、最終生成物である印刷物1の各部分に関する光散乱特性の推定結果である。
なお、上述した光散乱解析計算の具体例としては、例えば、『Kubelka P (1954) New contributions to the optics of intensely light-scattering materials. Part II: Nonhomogeneous layers. J Opt Soc Am 44(4):330-335.』に記載の計算が挙げられる。
【0113】
そして、光散乱特性推定処理では、複数設定された形成条件に関する組み合わせのすべてについて、上記一連の工程、すなわち、
図12のステップS011及びステップS012が繰り返される(S013)。これにより、各組み合わせに係る形成条件の下で印刷層5を形成した場合に生成される印刷物1の光散乱特性が、組み合わせを変えて推定されるようになる。そして、形成条件に関する組み合わせと、その組み合わせに係る条件の下で再現される光散乱特性の推定結果との対応関係がルックアップテーブル(LUT)としてデータ化され、後に実施される形成条件設定処理にて参照される。
【0114】
(形成条件設定処理)
形成条件設定処理は、上述の光散乱特性推定処理で設定された形成条件に関する複数の組み合わせの中から、対象物の表面の質感を再現する上で最適な組み合わせを一つ選定し、選定された組み合わせに係る形成条件を、印刷層5の形成時に実際に採用される形成条件として設定する処理である。また、本実施形態の形成条件設定処理では、印刷層5の形成時に採用される形成条件を単位領域毎に設定することになっている。
【0115】
形成条件設定処理について詳しく説明すると、形成条件設定処理では、取得済みの第一光散乱特性データ及び厚みデータとを用いる。また、形成条件設定処理では、上述の光散乱特性推定処理にて特定された形成条件に関する組み合わせと、それぞれの組み合わせに係る形成条件の下で再現される光散乱特性の推定結果との対応関係(より厳密には、対応関係を示すルックアップテーブル)を参照する。
【0116】
形成条件設定処理は、
図18に示す流れに沿って実施される。具体的に説明すると、先ず、対象物の表面における一つの単位表面領域について、第一光散乱特性データが示す光散乱特性を特定する(S021)。次に、ステップS021で特定した光散乱特性と、上記のルックアップテーブルに示される光散乱特性の散乱結果とを比較する(S022)。
【0117】
また、ステップS022では、ルックアップテーブル中、ステップS021で特定した光散乱特性と最も近い光散乱特性の推定結果(すなわち、ステップS021で特定した光散乱特性との誤差が最小化となる光散乱特性の推定結果)を特定する。そして、特定した光散乱特性の推定結果を再現し得る条件の組み合わせを上記のルックアップテーブルから判定する。この結果、一つの単位表面領域と対応する単位領域について、当該単位表面領域の質感を再現するのに最適な条件の組み合わせが選定される。
【0118】
その後、一つの単位表面領域について厚みデータが示す厚みに基づき、その単位表面領域と対応する単位領域に形成する透明層8の厚みを補正する(S023)。なお、透明層8の厚みが補正されて決定することで、当該厚みを達成するのに必要なクリアインクの吐出回数(打滴回数)が割り出される。
【0119】
そして、形成条件設定処理では、対象物の表面における複数の単位表面領域のすべてについて上記一連の工程、すなわち
図18のステップS021~S023が繰り返される。これにより、対象物の質感を再現する上で好適な条件の組み合わせが単位領域毎に選定され、選定された組み合わせに係る形成条件が、印刷層5の形成時に採用される形成条件として単位領域毎に設定される(S024)。
【0120】
(印刷データ送信処理)
印刷データ送信処理は、印刷制御装置50が、形成条件設定処理にて単位領域毎に設定した形成条件を示す印刷データを作成し、当該印刷データを印刷層形成装置20に向けて送信する処理である。
【0121】
(印刷処理)
印刷処理は、印刷層形成装置20が印刷データに応じて質感再現用の基材2に印刷層5を形成(印刷)する処理である。より詳しく説明すると、印刷層形成装置20の制御機構24が印刷データを受信すると、制御機構24が印刷データに従って移動機構21、吐出機構22及び硬化機構23を制御する。具体的に説明すると、制御機構24は、印刷データが示す種類の内部散乱部材4を有する基材2を移動機構21に搬送させる。
【0122】
また、制御機構24は、印刷データが示す形成条件に従って印刷層5が印刷面上(すなわち、内部散乱部材4の表面上)に形成されるように印刷層形成装置20の各部を制御する。この際、印刷層5の各部分を、当該各部分と対応する単位領域に対して設定された形成条件に従って形成するように、制御機構24が印刷層形成装置20の各部を制御する。これにより、印刷層5の各部分が当該各部分の位置に応じてイメージワイズ(像様)に形成されるようになる。
【0123】
より具体的に説明すると、印刷層5の各部分にはカラー層6が形成される。つまり、印刷面の各単位領域には、当該各単位領域に対して設定された形成条件に従ってYMCK各色のカラーインクが吐出される。この結果、各単位領域には、設定されたドット密度(濃度)にてYMCK各色のカラー層6が形成される。
【0124】
また、対象物に透明部分がある場合には、当該透明部分と対応する部分に透明層8を有する印刷層5を形成することになる。つまり、印刷層5のうちの透明層8を有する部分が形成される単位領域には、当該単位領域に対して設定された形成条件に従ってクリアインクが吐出される。この結果、上記の単位領域には、設定された厚みを有する透明層8が形成される。
【0125】
また、少なくとも一部分が多層構造である印刷層5を形成する際には、当該多層構造となる部分に白色層7を有する印刷層5を形成する。つまり、印刷層5のうちの多層構造となる部分が形成される単位領域には、当該単位領域に対して設定された形成条件に従ってホワイトインクが吐出される。この結果、上記の単位領域には、設定されたドット密度(濃度)にて白色層7が形成される。この場合には、さらに、上記の多層構造となる部分でカラー層6が白色層7を介して内部散乱部材4とは反対側に配置されるように印刷層5を形成する。
【0126】
また、透明部分と対応する部分が多層構造である印刷層5を形成する際には、当該多層構造において透明層8と内部散乱部材4との間に白色層7が配置された印刷層5を形成することになる。この場合、上記の多層構造となる部分(換言すると、透明部分と対応する部分)では、透明層8と内部散乱部材4との間においてカラー層6が透明層8と隣接して配置されるように印刷層5を形成する。
【0127】
さらにまた、上記の多層構造となる部分では、カラー層6と内部散乱部材4との間において低明度層9がカラー層6と隣接した状態で配置されるように印刷層5を形成してもよい。この場合、低明度層9が形成される単位領域には、当該単位領域に対して設定された形成条件に従ってグレーインクが吐出される。この結果、上記の単位領域には、設定されたドット密度(濃度)にてグレー色の低明度層9が形成される。
【0128】
そして、印刷処理の終了時点で、基材2の印刷面上における印刷層5の形成が完了し、最終生成物である印刷物1が生成される。そして、生成された印刷物1の表面(視認側の表面)は、対象物の表面の質感を良好に再現したものとなる。
【0129】
<本実施形態の有効性について>
以上までに説明してきたように、本実施形態では、対象物の質感をより良好に再現した印刷物1を生成することが可能である。かかる点において、本実施形態は、従来技術として例示した特許文献1及び特許文献2の各々に記載された技術よりも有効である。
【0130】
より具体的に説明すると、「発明が解決しようとする課題」の項で説明したように、特許文献1及び特許文献2の各々に記載された技術では、対象物の光散乱特性に基づいて印刷層5(インク層)の形成条件を決定する。ただし、最終的に得られる印刷物1の光散乱特性は、印刷層5の層構成(具体的には、各層を構成するインクの種類、及び各層の厚み等)だけでなく、印刷層5が形成される基材2の光学的特性にも影響される。特に、基材2の構成材料として内部散乱部材4が用いられる場合、内部散乱部材4が印刷物1の光散乱特性へ及ぼす影響が顕著になる。
【0131】
したがって、対象物の質感を良好に再現するには、基材2及び基材2上に形成される印刷層5の各々の特性から印刷物1の光学的特性を推定(予測)し、その推定結果に応じて印刷層5の形成条件を設定する必要がある。しかし、上述した特許文献1及び特許文献2では、印刷層5の形成条件を設定する際に、基材2等の光学的特性が考慮されていない。
【0132】
これに対して、本実施形態では、対象物、使用インク及び内部散乱部材4の各々について光散乱特性を示すデータ(すなわち、第一光散乱特性データ、第二光散乱特性データ及び第三光散乱特性データ)を取得し、これらのデータに基づいて印刷物1の光散乱特性を推定する。そして、光散乱特性の推定結果を踏まえて印刷層5の形成条件を設定する。この結果、本実施形態では、特許文献1及び特許文献2の各々に記載された技術に比して、対象物の質感をより良好に再現した印刷物1を生成することができる。
【0133】
<その他の実施形態>
以上までに本発明の印刷物生成方法及び印刷物生成システムについて一例を挙げて説明してきたが、上述の実施形態は、あくまでも一例に過ぎず、他の例も考えられる。
【0134】
具体的に説明すると、上記の実施形態では、対象物の質感として光散乱特性と透明部分の奥行き感とを印刷によって再現することとした。ただし、これに限定されるものではなく、少なくとも光散乱特性を印刷によって再現すればよく、例えば、奥行き感を再現対象に含めなくともよい。あるいは、光散乱特性及び奥行き感以外の質感を再現対象の質感に加えてもよい。
【0135】
また、印刷層5の層構成に関しては、
図3にて図示された構成に限定されず、例えば、カラー層6、白色層7、透明層8、及び低明度層9の配置順序が
図3と異なっていてもよい。また、上記4種類の層以外のインク層が上記の層構成に新たに追加されてもよく、あるいは、上記4種類の層のうちのいずれかの層に代えて形成されてもよい。
【0136】
また、上記の実施形態では、印刷物1を生成するために印刷層5を形成する装置(すなわち、印刷層形成装置20)が、プリンタ等のデジタル印刷方式の印刷装置であることとしたが、これに限定されるものではない。印刷層形成装置20は、アナログ印刷方式の印刷装置、例えばオフセット印刷機であってもよい。つまり、本発明は、デジタル印刷技術だけでなく、アナログ印刷技術にも適用可能である。
【符号の説明】
【0137】
1 印刷物
1a,1b,1c,1d 部位
2 基材
3 白色媒体
4 内部散乱部材
5 印刷層
6 カラー層
7 白色層
8 透明層
9 低明度層
10 印刷物生成システム
20 印刷層形成装置
21 移動機構
21R 移動経路
22 吐出機構
22S ノズル面
23 硬化機構
24 制御機構
30 厚みデータ取得装置
40 光散乱特性データ取得装置
50 印刷制御装置
Ix,Iy 光
LP 矩形波チャート
LPx 矩形状パターン
M 層
Nc,Ng,Nh,Nk,Nm,Nw,Ny ノズル列
R 演算マトリクス
SP1,SP2,SP3,SP4,SP5,SP6 サンプルパターン
T 花崗岩
Tc 石英