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特許7170629焼結体、基板、回路基板、および焼結体の製造方法
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  • 特許-焼結体、基板、回路基板、および焼結体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-04
(45)【発行日】2022-11-14
(54)【発明の名称】焼結体、基板、回路基板、および焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/587 20060101AFI20221107BHJP
   H05K 1/03 20060101ALI20221107BHJP
   H01L 23/36 20060101ALI20221107BHJP
   H01L 23/373 20060101ALI20221107BHJP
【FI】
C04B35/587
H05K1/03 610D
H01L23/36 C
H01L23/36 M
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019513649
(86)(22)【出願日】2018-04-17
(86)【国際出願番号】 JP2018015839
(87)【国際公開番号】W WO2018194052
(87)【国際公開日】2018-10-25
【審査請求日】2021-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2017081452
(32)【優先日】2017-04-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】弁理士法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】門馬 旬
(72)【発明者】
【氏名】青木 克之
(72)【発明者】
【氏名】高橋 聡志
【審査官】浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/060274(WO,A1)
【文献】特開2006-069887(JP,A)
【文献】特開平10-017368(JP,A)
【文献】特開平06-100372(JP,A)
【文献】国際公開第2010/082478(WO,A1)
【文献】阿部剛志ほか,高温誘電特性における窒化アルミニウムおよび窒化ケイ素基板の特性比較,平成29年電気学会全国大会予稿集,2017年,第2分冊,P.54
【文献】(独)産業技術総合研究所ほか,極めて高い熱伝導率を持つ窒化ケイ素セラミックス,共同プレス発表資料,2011年09月08日,PP.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/584-35/596
H05K 1/03
H01L 23/373
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素を含む結晶粒子と、粒界相と、を具備する焼結体であって、
前記粒界相は、
前記焼結体の断面の100μm×100μmの単位面積の領域に設けられ、互いに異なる組成を有する複数のガラス化合物相を含み、
前記焼結体に交流電圧を印加しながら前記交流電圧の周波数を50Hzから1MHzまで連続的に変化させて前記焼結体の誘電損失を測定するとき、800kHzないし1MHzの周波数帯域での前記誘電損失の平均値εと、100Hzないし200Hzの周波数帯域での前記誘電損失の平均値εは、式:|ε-ε|≦0.1を満たす、焼結体。
【請求項2】
前記平均値εおよび前記平均値εのそれぞれは、0.1以下である、請求項1に記載の焼結体。
【請求項3】
前記焼結体の3点曲げ強度は、600MPa以上である、請求項1または請求項2に記載の焼結体。
【請求項4】
前記複数のガラス化合物相のラマン分光スペクトルの少なくとも一つは、
440cm-1ないし530cm-1のラマンシフトの範囲での第1のピークと、
990cm-1ないし1060cm-1のラマンシフトの範囲での第2のピークと、を有する、請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の焼結体。
【請求項5】
前記複数のガラス化合物相のラマン分光スペクトルのそれぞれの面積のうち、二番目に大きい面積SM2に対する一番目に大きい面積SM1の比は、1.1以上3.0以下である、請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の焼結体。
【請求項6】
前記粒界相は、フッ素を含有する、請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の焼結体。
【請求項7】
熱伝導率が50W/m・K以上である、請求項1ないし請求項6のいずれか一項に記載の焼結体。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載の焼結体を具備する基板。
【請求項9】
厚さが0.4mm以下である、請求項8に記載の基板。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の基板と、
前記基板に接合された金属板と、を具備する、回路基板。
【請求項11】
窒化珪素粉末と、シランカップリング剤である表面改質剤と、カルボキシル基を有するアクリル樹脂である高分子バインダと、カルボキシル基を有しかつ前記高分子バインダよりも平均分子量が小さい界面活性剤である有機化合物と、を溶媒中で混合して混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液に焼結助剤粉末を添加して原料溶液を調製する工程と、
前記原料溶液を脱泡処理して原料スラリーを調製する工程と、
前記原料スラリーを成形してシートを調製する工程と、
前記シートを1000℃以下の温度で加熱して脱脂体を調製する工程と、
前記脱脂体を1600℃以上2000℃以下の温度で焼結する工程と、
を具備する、焼結体の製造方法。
【請求項12】
前記有機化合物は、前記高分子バインダの熱分解温度以下で前記表面改質剤と反応する、請求項11に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
実施形態は、焼結体、基板、回路基板、および焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化珪素焼結体は、高い強度を有する材料として知られている。近年は、高熱伝導化と高強度を両立した窒化珪素焼結体が開発されている。例えば、厚み方向の粒界相の存在割合を制御して絶縁性のばらつきを低減することにより、熱伝導率、強度、絶縁性を向上させた窒化珪素焼結体が知られている。
【0003】
窒化珪素基板は回路を含む金属板と接合して窒化珪素回路基板を形成する。近年の半導体素子は高性能化に伴いジャンクション温度が170℃以上と高い。半導体素子を搭載した窒化珪素回路基板は、ジャンクション温度が上がっても優れた耐久性を示す。
【0004】
半導体素子は、Si素子、SiC素子、やGaN素子などのパワー素子が開発されている。パワー素子の高性能化に伴いスイッチング周波数が高くなっている。スイッチング周波数とは、オンオフを繰り返す周期のことである。次世代パワー素子のスイッチング周波数は、数10Hzから数100kHzまで様々である。スイッチング周波数は1MHz程度まで上がると考えられている。スイッチング周波数に応じてオンオフを繰り返すと、その周期に応じて電気が流れたり流れなかったりする。
【0005】
このようにパワー素子の高性能化に伴い、ジャンクション温度とスイッチング周波数が高くなる。上記窒化珪素基板であっても、絶縁性は向上する。その一方でスイッチング周波数が大きくなることにより、広範囲の周波数帯域での絶縁性が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/060274号
【発明の概要】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、交流電圧の周波数が変化する場合であっても優れた絶縁性を示す焼結体を提供することである。
【0008】
実施形態にかかる焼結体は、窒化珪素を含む結晶粒子と、粒界相と、を具備する。焼結体に交流電圧を印加しながら交流電圧の周波数を50Hzから1MHzまで連続的に変化させて焼結体の誘電損失を測定するとき、800kHzないし1MHzの周波数帯域での焼結体の誘電損失の平均値εと、100Hzないし200Hzの周波数帯域での焼結体の誘電損失の平均値εは、式:|ε-ε|≦0.1を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】焼結体の断面組織の一例を示す図である。
図2】ラマン分光スペクトルの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、実施形態について、図面を参照して説明する。図面は模式的であり、例えば各構成要素の厚さ、幅等の寸法は実際の構成要素の寸法と異なる場合がある。実施形態において、実質的に同一の構成要素には同一の符号を付け、説明を省略する場合がある。
【0011】
図1は焼結体の断面組織の一例を示す図である。図1に示す焼結体1の断面組織は、窒化珪素を含む結晶粒子2と、粒界相3と、を具備する。断面組織は、結晶粒子2と粒界相3が混在した組織である。
【0012】
結晶粒子2は、例えば窒化珪素粒子である。
【0013】
粒界相3は、粒界相化合物を有する。粒界相化合物の存在は焼結体が焼結助剤を添加して形成された焼結体であることを示す。これは、焼結体1が、焼結助剤を添加して液相焼結することにより形成された焼結体であることを示す。粒界相3は、図示しないがポアを有していてもよい。
【0014】
焼結体1に交流電圧を印加しながら交流電圧の周波数を50Hzから1MHzまで連続的に変化させて焼結体1の誘電損失を測定するとき、800kHzないし1MHzの周波数帯域での誘電損失の平均値εと100Hzないし200Hzの周波数帯域での誘電損失の平均値εは、式:|ε-ε|≦0.1を満たす。
【0015】
誘電損失は、下記の測定方法により測定される。表面粗さRaが1μm以下の焼結体1の基板(例えば窒化珪素基板)を用意する。Raが1μmを超える場合は、サンドブラストなどにより基板表面を平坦化する。次に、常温でLCRメータ(ヒューレットパッカード社製HP16451LCRメータまたはそれと同等の性能を有する装置)にて実効値1Vの交流電圧を基板に印加する。誘電損失は、リング状電極を用いて測定される。基板はリング状電極内に配置される。交流電圧の周波数を50Hzから1MHzまでをスイープし、誘電率とtanδ値を測定し、誘電損失を算出する。得られた誘電損失から、平均値ε、平均値εを求める。
【0016】
周波数を連続的に変化させることは、結晶粒子と粒界相化合物の分極性を評価するためである。このため、周波数を連続的に変化させながら、誘電損失や誘電率の変化を測定することが重要である。
【0017】
周波数が50Hzから1MHzまでである理由は、パワー素子のスイッチング周波数(動作周波数)が、おおむね、この範囲であるためである。
【0018】
誘電損失とは、誘電体に交流電界を印加したとき、交流電界により位相がずれて分極が起きることにより熱エネルギーとして失われる現象である。焼結体で分極が生じると導電成分として検出される物性が現れる。これにより、絶縁性が低下するおそれがある。このため、誘電損失が小さい方が分極が起き難く、絶縁性が高い(導電性が生じ難い)ことを示す。
【0019】
焼結体1が式:|ε-ε|≦0.1を満たすことは、周波数が変化しても誘電損失の変化が小さいことを示す。焼結体1は、式:0≦|ε-ε|≦0.05を満たすことが好ましい。平均値εおよび平均値εのそれぞれは、0.1以下であることが好ましい。平均値εは0.1以下、0.09以下、さらには0.06以下であることが好ましい。平均値εは0.02以下、さらには0.01以下であることが好ましい。|ε-ε|の値が小さくても、平均値εおよび平均値εが大きな値であった場合、絶縁性が低下する(導電性として大きく発現する)おそれがある。このため、平均値εおよび平均値εはそれぞれ0.1以下であることが好ましい。
【0020】
粒界相3は、焼結体1の任意の断面における100μm×100μm単位面積の領域に設けられ、且つ互いに組成が異なる複数のガラス化合物相を有することが好ましい。ガラス化合物は、一般的には絶縁物質である。その一方で、組成によって分極性が異なる。このため、単一のガラス化合物相では、絶縁性が低下するおそれがある。
【0021】
粒界相化合物は焼結助剤が反応して形成される。粒界相化合物は窒化珪素粉末の不純物元素と焼結助剤が反応して形成されることもある。窒化珪素粉末の不純物元素としては、酸素などが挙げられる。粒界相化合物はガラス相、ガラス相と結晶相が混合した組織となる。結晶相の有無はX線回折(X-ray diffraction:XRD)分析による結晶ピークの有無で確認することができる。
【0022】
結晶相は特定の結晶格子を有する。結晶格子を有しているため、イオンや電子が拘束されて移動し難い構造となっている。このため、結晶相は周波数が変わったとしても誘電損失が変化し難い。
【0023】
一方、ガラス相は特定の結晶格子を有しない構造である。このため、ガラス相は非晶質相とも呼ばれている。焼結体の粒界相化合物は主に焼結助剤が反応して形成される。焼結助剤は主に金属酸化物として添加される。このため、ガラス相は金属酸化物(複合酸化物、酸窒化物含む)が主体となる。ガラス相は常温では絶縁体である。絶縁体であっても電界の影響によりキャリア(陽イオンまたは陰イオン)が本来の位置から変位することもある。変位が生じると絶縁体の誘電損失が大きくなり、絶縁性が低下する。
【0024】
複数の焼結助剤を使ったとき、粒界相は、ガラス化合物相、ガラス化合物相と結晶化合物相との混在相、とを含む複雑な組織となる。部分的に分極し易い成分(ガラス化合物相または結晶化合物相)が存在したとしても、組成が異なるガラス化合物相を形成することにより、絶縁性を向上させることができる。粒界相のガラス化合物相および結晶化合物相を総称して粒界化合物相と呼ぶ。
【0025】
焼結体は任意の断面において単位面積100μm×100μmの領域に組成が異なる2種以上のガラス化合物相を含む粒界化合物を有することにより、キャリアの変位を起こし難くすることができる。すなわち、低周波領域から高周波領域まで誘電損失が小さな窒化焼結体を形成することができる。単位面積100μm×100μmという微小領域において、2種以上のガラス相を有することにより、誘電損失の変化を小さくすることができる。組成が異なるガラス化合物相の種類は2以上10以下が好ましい。さらには、2以上7以下が好ましい。ガラス相の種類が10を超えると、微小領域に均一に分散させるのが困難となるおそれがある。さらに焼結体全体の均一性が失われやすく、抗折強度や部分的な密度分布の差異を生じ、表面研削加工などで一定な状態が得にくくなる。
【0026】
組成が異なるガラス化合物相とは、構成元素が異なる複数のガラス化合物相、構成元素が同じであっても組成比が異なる複数のガラス化合物相、を示す。組成が異なるガラス化合物相の有無はラマン分光分析を用いた多変量解析により分析可能である。多変量解析を用いることにより、個々のガラス化合物相のラマン分光スペクトル波形データを抽出することができる。多変量解析は単位面積20μm×20μmの面分析により行われる。ラマン分光スペクトルは、0cm-1ないし1500cm-1のラマンシフトの範囲において分析される。光源としては532nmの波長端のレーザーを使用する。
【0027】
組成が異なる2種以上のガラス化合物相のラマン分光スペクトルの少なくとも1つは、440cm-1ないし530cm-1のラマンシフトの範囲での第1のピークと、および990cm-1ないし1060cm-1のラマンシフトの範囲での第2のピークと、を有することが好ましい。440cm-1ないし530cm-1のラマンシフトの範囲および990cm-1ないし1060cm-1のラマンシフトの範囲のそれぞれにピークを有するということは、酸化ケイ素(SiO)系のガラス化合物相が形成されていることを示す。
【0028】
酸化ケイ素系のガラス化合物相は、主に窒化珪素粉末中の酸素または窒化珪素粉末表面の酸素が焼結助剤と反応して形成される。ガラス化合物相を形成することにより、結晶粒子2内の不純物酸素の残存量を低減することができる。酸化ケイ素系のガラス化合物相を形成することにより、周波数の変化による分極が起き難い粒界相を形成することができる。これにより、熱伝導率の向上と絶縁性の向上を両立させることができる。
【0029】
複数のガラス化合物相のラマン分光スペクトルのそれぞれの面積のうち、二番目の大きい面積SM2に対する一番目に大きい面積SM1の比SM1/SM21.1以上3.0以下であることが好ましい。
【0030】
ラマン分光スペクトルの面積は、0cm-1ないし1500cm-1のラマンシフトの範囲におけるスペクトル波形の面積により定義される。ラマン分光分析のスペクトル波形は、ガラス化合物相の分子構造に応じて決まる。SM1/SM2が1.1~3.0の範囲内であるということは、異なる組成を有するガラス化合物相同士の分布状態のばらつきが小さいことを示す。このため、部分的な絶縁性のばらつきを生じ難い。これにより、基板として薄型化したとしても絶縁性を確保することができる。
【0031】
図2は焼結体のガラス化合物相のラマン分光スペクトルの例を示す。図2は一番大きな面積SM1を示すガラス化合物相のスペクトルを例示する。ラマン分光スペクトル波形の面積として、0cm-1ないし1500cm-1のラマンシフトの範囲、カウント数0個以上の範囲の面積を求める。
【0032】
フッ素を含有した粒界相化合物を具備する場合がある。フッ素は焼結体の原料となる窒化珪素粉末中に含有されやすい元素である。窒化珪素粉末の製造方法は、主に、イミド分解法または直接窒化法で作られる。イミド分解法は、ハロゲン化珪素を原料として用いられる。直接窒化法は、金属珪素を窒化する触媒としてフッ素化合物を用いられている。このため、窒化珪素粉末中に、フッ素は残存し易い元素である。フッ素を含有した粒界相化合物を具備するということは、窒化珪素粉末中に残存したフッ素が粒界相に移動したことを示す。焼結体の結晶粒子内にフッ素が残存すると、結晶粒子が分極し易くなるおそれがある。このため、粒界相化合物にフッ素を含有させることにより、結晶粒子が分極するのを防ぐことができる。粒界相化合物中のフッ素の有無は、飛行時間型二次イオン質量分析法(Time of Flight Secondary Ion MassSpectrometry:TOF-SIMS)により分析可能である。
【0033】
焼結体中のフッ素含有量は600質量ppm以下であることが好ましい。フッ素含有量は500質量ppm以下が好ましい。フッ素量の下限は特に限定されないが、フッ素を含有した粒界化合物相は少ない方が好ましい。フッ素を含有した粒界化合物相にはガラス化合物相と結晶相があってもよい。
【0034】
焼結体は熱伝導率50W/m・K以上であることが好ましい。熱伝導率は80W/m・K以上であることが好ましい。熱伝導率はレーザフラッシュ法により測定される。
【0035】
焼結体は3点曲げ強度600MPa以上が好ましい。3点曲げ強度は650MPa以上であることが好ましい。3点曲げ強度はJIS R1601(2008)に準じて測定される。
【0036】
破壊靭性は5.5MPa・m1/2以上であることが好ましい。破壊靱性は6.5MPa・m1/2以上であることが好ましい。破壊靱性はJIS R1607のIF法に準じた測定を行い、新原の式を使って求められる。上記のように、実施形態にかかる焼結体は、周波数に対する誘電損失の変化を抑制した上で、熱伝導率、3点曲げ強度、破壊靱性を両立させることができる。
【0037】
このような焼結体は窒化珪素基板に好適である。基板の厚さが0.4mm以下、さらには基板の厚さが0.3mm以下であることが好ましい。実施形態にかかる焼結体は、基板を薄くしたとしても優れた絶縁性を保つことができる。このため、半導体素子のスイッチング周波数が広範囲に適用されたとしても、優れた絶縁性を示す。このため、基板を薄くできるので部品としての熱抵抗を下げることもできる。基板は単板に限らず、立体的な構造を有していてもよい。基板は、その表面に金属板を接合した回路基板にも好適である。金属板はCu板、Al板またはそれらの合金が挙げられる。金属板と基板の接合方法は、活性金属接合法など様々な方法が挙げられる。活性金属接合法は、Ag-Cu-Ti系ろう材、Al-Si系ろう材を用いた方法が挙げられる。回路基板は、金属板の代わりに、メタライズ層、金属薄膜層を設けてもよい。基板を圧接構造を用いた両面冷却構造型のモジュールに用いてもよい。
【0038】
次に、焼結体の製造方法について説明する。実施形態にかかる焼結体は上記構成を有していれば、その製造方法は特に限定されないが、効率よく得るための方法として次の製造方法が挙げられる。
【0039】
焼結体の製造方法は、窒化珪素粉末と、表面改質剤と、高分子バインダと、高分子バインダの官能基と同じ官能基を有しかつ高分子バインダよりも平均分子量が小さい有機化合物を溶媒中で混合して混合溶液を調製する工程と、混合溶液に焼結助剤粉末を添加して原料溶液を調製する工程と、原料溶液を脱泡処理して原料スラリーを調製する工程と、原料スラリーを成形してシートを形成する工程と、シートを1000℃以下の温度で加熱して脱脂体を調製する工程と、脱脂体を1600℃以上2000℃以下の温度で焼結する工程と、を具備する。
【0040】
窒化珪素粉末は、α化率が80質量%以上であり、平均粒径が0.4μm以上2.5μm以下であり、不純物酸素含有量が2質量%以下であることが好ましい。不純物酸素含有量は2質量%以下、さらには1.0質量%以下、さらには0.1質量%以上0.8質量%以下であることが好ましい。不純物酸素含有量が2質量%を超えると、熱伝導率が低下するおそれがある。
【0041】
窒化珪素粉末に含有されるフッ素量は、フッ素単体換算で700質量ppm以下である。フッ素量が700質量ppmを超えると、焼結体中のフッ素量を600質量ppm以下に制御し難くなる。
【0042】
表面改質剤は、窒化珪素粉末表面の物性を改善する成分である。表面改質には、コーティングによる改質、カップリング反応による改質などが挙げられる。表面改質剤としては、カップリング剤が好ましい。カップリング剤は、シランカップリング剤、チタネードカップリング剤などが挙げられる。この中ではシランカップリング剤が好ましい。シランカップリング剤は、一般式(RO)-SiR’で示される化合物である。RO基は加水分解によりシラノール基(Si-OH)を生じる官能基である。R’基は、非加水分解基で、樹脂との親和性、反応性のある官能基を示す。シランカップリング剤は、構成元素にSi(珪素)を含んでいるため、組成が異なる2種以上のガラス化合物相を形成し易くなる。
【0043】
窒化ケイ素は焼結助剤が複数溶解されて形成される液相を介して焼結が進む。この液相中には、焼結助剤として添加した酸化物と窒化ケイ素に不純物として含まれるシリコンの酸化物あるいは酸窒化物から生成される「ガラス相」が含まれる。液相中にはさまざまな焼結助剤から複数の陽イオンが溶け込んでいるが、この液相からガラス相が生成されるとき、溶け込んでいた陽イオンの濃度や組成によってガラス化する温度が変化してくる。このような温度変化はガラスに相の分離を生じる。相分離反応としては、例えばスピノーダル分解が挙げられるが、そのような反応が進行することによって、複数の焼結助剤を添加した窒化ケイ素では、組成が異なる2種類以上のガラス相が焼結体の粒界相に生成してくる。
【0044】
高分子バインダは樹脂バインダ(いわゆる結着剤)である。高分子バインダはアクリル樹脂が好ましい。高分子バインダと同じ官能基を有しかつ高分子バインダよりも平均分子量が小さい有機化合物は、カルボキシル基を有する界面活性剤などの界面活性剤が挙げられる。
【0045】
界面活性剤は、分子内に親水性を有する部分と親油性を有する部分をあわせもつ有機化合物である。界面活性剤としては、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤、ノニオン(非イオン)系界面活性剤、など様々な材料が挙げられる。界面活性剤を使うことにより、界面の自由エネルギー(界面張力)を低下させることができる。これにより、酸化物である焼結助剤粉末、表面に水やアンモニアを吸着している窒化珪素粉末などの各種原料を均一に混合させることができる。各種原料を均一混合することにより、単位面積100μm×100μmと微小領域において、組成が異なる2種以上のガラス化合物相を形成することができる。
【0046】
窒化珪素粉末は水分(またはアンモニア)を吸着しやすい粉末である。大気中に含まれる水分が吸着することにより、窒化珪素粉末表面に水酸基(OH基)が吸着される。水分の吸着が起きると、吸着している部分と吸着していない部分で表面物性に変化が生じる。表面改質剤と高分子バインダが反応する前に、表面改質剤と原料粉末表面の水酸基を反応させることにより、焼結後の窒化珪素の結晶の表面に酸化膜を形成することができる。高分子バインダ(結着剤)と同じ官能基を有し、高分子バインダよりも平均分子量が小さい有機化合物を添加すると、脱脂反応の際に表面改質剤と高分子バインダが反応し、バインダの分子量が大きくなり脱脂し難くなることを防ぐことができる。
【0047】
高分子バインダがアクリル樹脂である場合、同じ官能基は、カルボキシル基であることが好ましい。カルボキシル基は、「-COOH」で示される。カルボキシル基を有する材料は、アクリル系高分子バインダおよびノニオン系界面活性剤の両方にあり、条件を満たす組み合わせを用意し易い。界面活性剤の平均分子量は、高分子バインダよりも平均分子量が小さいことが好ましい。界面活性剤としては、高分子バインダと同じ官能基を有し、かつ、高分子バインダよりも平均分子量が小さい材料が好ましい。この方が、表面改質剤と界面活性剤の反応を促進し易くなる。
【0048】
窒化珪素粉末、界面活性剤、表面改質剤、高分子バインダに可塑剤を溶媒中に混合することが好ましい。可塑剤はフタル酸エステル類、アジピン酸エステル類、その他界面活性物質、高分子可塑剤などを用いることができる。溶媒は、アルコール類、ケトン類、トルエン類、エーテル類、エステル類など様々な溶媒を用いることができる。アルコール類とケトン類またはトルエン類の1種または2種との混合溶媒であることが好ましい。混合溶媒とすることにより、高分子バインダの溶解性を改善することができる。
【0049】
焼結助剤粉末は、平均粒径が0.5μm以上3.0μm以下の金属酸化物粉末であることが好ましい。金属酸化物粉末としては、希土類元素、マグネシウム、チタン、ハフニウムなどの酸化物が挙げられる。焼結助剤を金属酸化物として添加することにより、焼結工程中に液相成分を形成し易くなる。焼結助剤としては、希土類元素、マグネシウム、チタン、ハフニウムから選択される1種または2種以上を酸化物換算で合計1質量%以上14質量%以下添加する。特に、2種以上を添加することが好ましい。2種以上を添加することにより、組成が異なる2種以上のガラス化合物相を形成し易くなる。
【0050】
次に、原料溶液を脱泡処理して原料スラリーを調製する。脱泡処理は、真空中で原料溶液を攪拌することにより、原料溶液中の気泡を取り除く処理のことである。原料溶液中の気泡を低減することにより、焼結体中の気泡も低減できる。脱泡処理を行うことにより、粘度を高くしたスラリー化することができる。
【0051】
次に、原料スラリーを成形してシートを調製する。シート成形は、ドクターブレード法が好ましい。ドクターブレード法であれば、量産性が向上する。ドクターブレード法以外のシート成形方法としては、金型プレス法、冷間静水圧プレス(Cold isostatic pressing:CIP)法、ロール成形法などが挙げられる。シート成形により、基板の厚さを調製し易くなる。脱脂工程を行う前にシートを切断して、目的とするサイズに加工する。
【0052】
次に、シートを1000℃以下の温度で加熱して脱脂体を調製する工程を行う。脱脂工程の雰囲気は、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性雰囲気が好ましい。不活性雰囲気に酸素を含有させた酸素含有雰囲気としてもよい。
【0053】
脱脂温度は、1000℃以下、さらには500℃以上800℃以下の範囲であることが好ましい。この範囲で脱脂工程を行うことにより、高分子バインダの熱分解速度を制御できるので、脱脂に伴う熱分解ガスの放出により、成形体が破壊することを防ぐことができる。
【0054】
脱脂温度が1000℃を超えると、高分子バインダが急速に焼失してしまい、成形体が破損しやすい。一方、500℃未満では、高分子バインダの熱分解が不十分となり、焼結体を緻密化できなくなるおそれがある。このため、1000℃以下、さらには500℃以上800℃以下の温度で高分子バインダ等の有機物を熱分解させることが好ましい。酸素含有雰囲気中で脱脂工程を行うことにより、高分子バインダ等の有機物の熱分解を酸化分解にすることができる。酸化分解とは燃焼反応のことである。
【0055】
表面改質剤は、反応性が高く、脱脂工程中に高分子バインダの官能基と反応しやすい。表面改質剤が高分子バインダと反応すると、高分子バインダ同士が架橋してしまい、分子構造が大きくなるため、熱分解が進み難くなる。その結果、高温で熱分解を急激に生じるようになり、熱分解ガスの放出も急激となるため、成形体の変形が生じやすくなる。高分子バインダの官能基と同じ官能基を有する界面活性剤を添加することで、表面改質剤と界面活性剤を先に反応させて、高分子バインダの架橋を防止することができる。これにより、高分子バインダの熱分解温度の上昇を抑えることができ、成形体の変形を抑制することが可能となる。前述のように、カルボキシル基は高分子バインダおよび界面活性剤の両方に存在する官能基である。言い換えると、カルボキシル基を有する高分子バインダおよび界面活性剤を用いることが好ましい。
【0056】
次に、脱脂体を1600℃以上2000℃以下の温度で焼結する。焼成炉内圧力は加圧雰囲気であることが好ましい。焼結温度が1600℃未満では焼結体の緻密化が不十分である。2000℃を超えると、炉内雰囲気圧力が低い場合にはSiとNに分解するおそれがある。焼結温度は1700℃以上1900℃以下の範囲が好ましい。この範囲であると、焼結助剤と不純物酸素により組成が異なる複数のガラス化合物が生成されて窒化珪素の液相焼結が進行しやすい。窒化珪素中に含まれる不純物フッ素の分解も生じるため、フッ素含有量を減らすと共に、粒界化合物相中にフッ素を閉じ込め易くなる。
【0057】
焼結工程後における焼結体は、100℃/h(時間)以下の冷却速度で冷却されることが好ましい。冷却速度を100℃/h以下、さらには50℃/h以下とゆっくり冷却することにより、粒界相を結晶化することができ、粒界相中の結晶化合物の割合を大きくすることができる。焼結助剤の添加量が合計6質量%以上の場合は、粒界相を結晶化させることにより熱伝導率を向上させる効果が大きい。言い換えると、焼結助剤の添加量が6質量%未満の場合は、粒界相を結晶化しなくても熱伝導率を向上させることができる。
【0058】
以上の工程により、焼結体を製造することができる。焼結体を具備する基板を形成する場合、必要に応じ、焼結体表面に対してホーニング処理や研磨加工などの表面加工を施し、薄いシート状の成形体を作製することにより、板厚0.4mm以下、さらには0.3mm以下の基板を作製し易い。回路基板として用いる場合は、金属板などを接合する工程を行う。
【実施例
【0059】
(実施例1~6、比較例1)
表1に示す、窒化珪素粉末、表面改質剤、高分子バインダ、界面活性剤、可塑剤、溶媒、の組み合わせを用意して、溶媒中で混合することにより、混合溶液(試料1~4)を調製した。
【0060】
界面活性剤としては、高分子バインダの官能基と同じ官能基を有しかつ高分子バインダよりも平均分子量が小さい材料を用いた。可塑剤は、高分子可塑剤を用いた。試料1および試料2の溶媒は、n-ブタノール、メチルエチルケトン、トルエンをモル比で6:54:40となるように混合した。試料3は表面改質剤を用いなかった。試料4では界面活性剤を用いなかった。
【0061】
【表1】
【0062】
次に、混合溶液試料1~4に焼結助剤を添加して、実施例1~6、比較例1~2となる窒化珪素焼結体の原料溶液を調製した。焼結助剤の添加量は、窒化珪素粉末との合計量が100質量%となるように示した。その割合を表2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
上記実施例および比較例からなる原料溶液を脱泡処理してスラリー化を行った。脱泡処理は、原料溶液を攪拌しながら真空脱泡処理を行った。得られたスラリーをドクターブレード法により成形してシートを調製した。それぞれ、所定のサイズに加工し、脱脂工程、焼結工程を行った。脱脂工程は、600℃以上800℃以下の温度、窒素雰囲気中で行った。その結果を表3に示す。
【0065】
【表3】
【0066】
実施例および比較例にかかる窒化珪素焼結体からなる窒化珪素基板に対し、熱伝導率、3点曲げ強度、気孔率を測定した。熱伝導率の測定はレーザフラッシュ法により行った。3点曲げ強度はJIS-R-1601(2008)に準じて測定した。気孔率は、水銀圧入法により測定した。窒化珪素焼結体中のフッ素含有量を調べた。焼結体は粉砕して中心粒径150μm以下の粉末状とし、JIS-R-1603に基づき、熱加水分解後の発生フッ素量をイオンクロマトグラフにて定量分析した。その結果を表4に示す。
【0067】
【表4】
【0068】
表からわかる通り、実施例および比較例にかかる窒化珪素基板は、熱伝導率、3点曲げ強度共に優れた特性を示している。次に、各窒化珪素基板に対し、組成が異なる2種以上のガラス化合物相の有無、フッ素を含有したガラス化合物相の有無を調べた。
【0069】
組成が異なる複数のガラス化合物相の有無は、窒化珪素基板の任意の断面において、測定視野を単位面積100μm×100μmとしてラマン分光分析を行うことにより評価した。ラマン分光分析は多変量解析(面分析)により行った。0cm-1以上1500cm-1以下のラマンシフトの範囲でラマン分光スペクトルを測定した。個々のラマン分光スペクトルにより、組成が異なる複数のガラス化合物の有無を測定した。ガラス化合物相のスペクトル波形において、440cm-1以上530cm-1以下のラマンシフトの範囲および990cm-1以上1060cm-1以下のラマンシフトの範囲でのピークの有無も調べた。SM1/SM2も求めた。フッ素を含有する粒界相化合物の有無はTOF-SIMSにより求めた。その結果を表5に示す。
【0070】
【表5】
【0071】
表からわかる通り、実施例にかかる窒化珪素基板は、組成が異なる2種以上のガラス化合物相が確認された。いずれも440cm-1以上530cm-1以下のラマンシフトの範囲および990cm-1以上1060cm-1以下のラマンシフトの範囲にピークが確認された。SM1/SM2は1.1以上3.0以下であった。フッ素を含有した粒界相化合物も確認された。図1は、実施例1のガラス化合物相の中で最も大きなラマン光スペクトルSM1を示す図である。
【0072】
これに対し、比較例1および比較例2では、組成が異なる2種以上のガラス化合物相は確認できなかった。
【0073】
次に、実施例および比較例にかかる窒化珪素基板の絶縁性を調べた。絶縁性は、絶縁破壊電圧を調べた。誘電損失の周波数依存性を調べた。
【0074】
絶縁破壊電圧(絶縁耐力)は、JIS-C-2141に準じて2端子法にて測定した。測定端子は先端が直径20mmの円柱状電極を使用した。絶縁耐力の測定はフロリナート中で行った。交流電圧の周波数を50Hzとした。
【0075】
誘電損失の周波数依存性は、常温でLCRメータ(ヒューレットパッカード社製HP16451)にて実効値1Vの交流電圧を印加して行った。交流電圧(1V)を印加しながら交流電圧の周波数を50Hzから1MHzまで連続的に変化させて誘電損失を測定し、|ε-ε|を求めた。誘電損失はリング状電極を用いて測定した。周波数を50Hzから1MHzまでをスイープし、誘電率とtanδ値を測定し、誘電損失を算出した。その結果を表6に示す。
【0076】
【表6】
【0077】
表からわかる通り、実施例および比較例にかかる窒化珪素基板は絶縁耐力に大きな差は無かった。一方、周波数依存性については差が生じた。このため、半導体素子のスイッチング周波数が高くなったときの|ε-ε|は実施例にかかる窒化珪素基板の方が小さかった。これは、高周波領域での誘電損失値(平均値ε)と低周波領域での誘電損失(平均値ε)が両方ともに低いためである。これに対し、比較例は特に高い値となった。このため、実施例にかかる窒化珪素基板は、半導体素子の動作周波数域が広くなっても絶縁性が確保できることがわかる。このため、様々な回路基板に用いることができる。
【0078】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
図1
図2