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特許7171079遺伝子組換えイネ、並びに当該遺伝子組換えイネに由来するコメ、食品組成物、繁殖材料、種子および細胞
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-07
(45)【発行日】2022-11-15
(54)【発明の名称】遺伝子組換えイネ、並びに当該遺伝子組換えイネに由来するコメ、食品組成物、繁殖材料、種子および細胞
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20221108BHJP
   A01H 5/10 20180101ALI20221108BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20221108BHJP
   A23L 33/185 20160101ALI20221108BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20221108BHJP
   A01H 6/46 20180101ALN20221108BHJP
【FI】
A01H5/00 A
A01H5/10
C12N5/10
A23L33/185
C12N15/29 ZNA
A01H6/46
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020206236
(22)【出願日】2020-12-11
(65)【公開番号】P2022093127
(43)【公開日】2022-06-23
【審査請求日】2022-08-01
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】若佐 雄也
(72)【発明者】
【氏名】小沢 憲二郎
(72)【発明者】
【氏名】高野 誠
(72)【発明者】
【氏名】川勝 泰二
(72)【発明者】
【氏名】林 晋平
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-254239(JP,A)
【文献】FEBS Leetters,2006年,580,3315-3320
【文献】Plant Biotechnology Journal,2011年,9,729-735
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 5/00
A01H 5/10
C12N 5/10
A23L 33/185
C12N 15/00-15-90
A01H 6/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、且つ野生型のノボキニンペプチドと同じかまたはそれ以上の血圧降下活性を有するポリペプチドを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、配列番号2で示す塩基配列における1625番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から配列番号3で示す塩基配列における100番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されていることを特徴とする、請求項1に記載の遺伝子組換えイネ。
【請求項3】
配列番号4の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号5の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有していることを特徴とする、請求項1または2に記載の遺伝子組換えイネ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンであり、
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネから収穫されたコメであり、
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、コメ
【請求項6】
請求項5に記載のコメを含む食品組成物。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの繁殖材料であり、
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、繁殖材料
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの種子であり、
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、種子
【請求項9】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネに由来する細胞であり、
前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、細胞
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドをゲノム中に有している遺伝子組換えイネ、並びに当該遺伝子組換えイネに由来するコメ、食品組成物、繁殖材料、種子および細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
食生活や生活スタイルの欧米化から、高血圧、高脂血症、糖尿病といった生活習慣病の患者数が増加している。そこで、日本人の主食であるコメに生活習慣病の予防機能または緩和機能を付与することで、毎日の食事を通しての健康維持および健康増進を図ることを可能にし、また疾病予防に役立てようとする試みがある。
【0003】
例えば、ノボキニンペプチドは、卵白アルブミン由来のオボキニンIIIを高機能化した、6アミノ酸からなるペプチドであり、動脈弛緩作用を介して高血圧時特異的に血圧降下能を有する(特許文献1、非特許文献1)。ノボキニンペプチドを可食部に発現する遺伝子組換えイネから収穫したコメを摂取したモデル動物において、血圧降下作用を示すことが報告されている(非特許文献2および3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-80496号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Lijun Yang et. Al., "A transgenic rice seed accumulating an anti-hypertensive peptide reduces the blood pressure of spontaneously hypertensive rats", FEBS Letters, vol.580, no.13, p.3315-3320, 2006
【文献】Kunihiko Onishi et. al., "Optimal designing of β-conglycinin to genetically incorporate RPLKPW, a potent anti-hypertensive peptide", Peptides, vol.25, p.37-43, 2004
【文献】Yuhya Wakasa et al., "Antihypertensive activity of transgenic rice seed containing an 18-repeat novokinin peptide localized in the nucleolus of endosperm cells", Plant Biotechnology Journal, vol.9, p.729-735, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これまでに開発されたノボキニンペプチド発現イネは、実験目的で使用するには優れているが、食品としての実用化には至っていない。
【0007】
本発明の一態様は、食品として実用化可能なノボキニンペプチド発現イネを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る遺伝子組換えイネは、下記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されている構成である:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、且つ野生型のノボキニンペプチドと同じかまたはそれ以上の血圧降下活性を有するポリペプチドを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、「食品」として実用化可能なノボキニンペプチド発現イネを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本態様の遺伝子組換えイネに導入されたT-DNAの構成を模式的に示す図である。
図2】GluA2タンパク質およびnfGluA2タンパク質のアミノ酸配列を比較した結果を示す図である。
図3】実施例において遺伝子組換えイネの作出に使用したプラスミドベクターpCSP2mALS GluB1pro nfGluA2のマップを示す図である。
図4】実施例で作出した遺伝子組換えイネ4系統における、ALS領域をプローブとしたサザンブロット解析の結果を示す図である。
図5】実施例で作出した遺伝子組換えイネ4系統の種子における、イムノブロット解析の結果を示す図である。
図6】実施例で作出した遺伝子組換えイネ2系統の各組織における、抗ノボキニン抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
図7】実施例で作出した遺伝子組換えイネ4系統の種子における、抗ノボキニン抗体によるドットブロット解析の結果を示す図である。
図8】実施例で作出したOsNV3の作出系統図である。
図9】実施例で作出したOsNV3を検出するためのプライマーセットの検討結果を示す図である。
図10】実施例で作出したOsNV3におけるnfGluA2遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
図11】実施例で作出したOsNV3における2mALS遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
図12】実施例で作出したOsNV3における内生ALS遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
図13】実施例で作出したOsNV3の種子におけるnfGluA2タンパク質の細胞内局在を示す図である。
図14】実施例で作出したOsNV3の種子における、抗ノボキニン抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
図15】OsNV3の3世代(T3、T4、T5)の穀粒における、ALS領域をプローブとしたサザンブロット解析の結果を示す図である。
図16】OsNV3の2世代(T5、T6)および戻し交配系統の穀粒における、ALS領域をプローブとしたサザンブロット解析の結果を示す図である。
図17】OsNV3の3世代(T3、T4、T5)の穀粒における、イネ種子主要アレルゲンに対する抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
図18】OsNV3の2世代(T5、T6)および戻し交配系統の穀粒における、抗ノボキニン抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔遺伝子組換えイネ〕
本態様の遺伝子組換えイネは、下記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されている:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、且つ野生型のノボキニンペプチドと同じかまたはそれ以上の血圧降下活性を有するポリペプチドを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0012】
(配列番号1に示す塩基配列)
配列番号1に示す塩基配列は、本態様の遺伝子組換えイネのゲノム中に導入されたT-DNAの全塩基配列を示している。ここで、本態様の遺伝子組換えイネに導入されたT-DNAの構成を図1に基づき説明する。図1に示すように、T-DNA領域内には、2mALS遺伝子発現カセットおよびGluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットがこの順で連結されている。
【0013】
(2mALS遺伝子発現カセット)
2mALS遺伝子発現カセットは、T-DNAが導入された細胞を選抜する選抜マーカー遺伝子(2mALS遺伝子)を発現させるための発現カセットである。2mALS遺伝子は、2点変異型アセト乳酸合成酵素(2mALS)をコードしている。2mALSは、イネ(O.sativa)由来の野生型のアセト乳酸合成酵素(ALS)(644アミノ酸残基)の第95番目のグリシンをアラニンに、第627番目のセリンをイソロイシンに変換したものである。この遺伝子が導入された細胞は、スルホニルウレア系除草剤であるビスピリバックナトリウム塩存在下であってもアセト乳酸合成酵素活性が阻害されず、その結果、イネカルスはALS阻害剤耐性を獲得する。
【0014】
2mALS遺伝子は、カルス選抜プロモーター(CSP)の下流に連結されている。CSPは、イネ(O.sativa)由来の機能未知遺伝子(Os10g0207500)のプロモーターである。CSPの制御下で2mALS遺伝子を発現させることで、2mALS遺伝子をカルスおよび胚に発現させることができる。
【0015】
2mALS遺伝子の下流には10kDaプロラミンターミネーター(10kDater)が連結されている。10kDaterは、イネ(O.sativa)由来10kDaプロラミン遺伝子のターミネーターであり、2mALS遺伝子の転写終結を規定する。
【0016】
2mALS遺伝子発現カセットは、全てイネゲノム由来のDNA配列からなる。
【0017】
(GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセット)
GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットは、本態様の遺伝子組換えイネの種子(コメ)においてノボキニンを発現させるための発現カセットである。
【0018】
表1に示すように、ノボキニンは、ニワトリ(G.gallus)卵白アルブミンのトリプシン消化によって派生するペプチドであるオボキニンIIIのアミノ酸を4残基置換して得られた改変ペプチド配列である。
【0019】
【表1】
ノボキニンは、高血圧自然発症ラットに対してオボキニンIIIの1/100に相当する0.1mg/kgの経口投与によって、投与後2~4時間後をピークとした血圧降下作用を6時間程度示す。その作用機構は、血圧調節因子のひとつで主に血圧降下に関わるアンジオテンシンII(AT2)のレセプター(AT2レセプター)とノボキニンとの結合を介した動脈弛緩の結果、血圧降下能を示すと考えられている。また、ノボキニンの作用は高血圧時特異的であり、正常血圧時には血圧降下を示さないことが報告されている(参考文献:Yamada, Y. et. al., Biosci, Biotechnol. Biochem. 66, 1213-1217, 2002)。
【0020】
次に、nfGluA2タンパク質を図2に基づき説明する。nfGluA2タンパク質(配列番号10)は、イネ(O.sativa)の種子貯蔵タンパク質グルテリンの一種であるGluA2タンパク質のアミノ酸配列(配列番号9)の第211番目~第224番目および第272番目~第284番目のアミノ酸を、2連結したノボキニン(RRPLKPWQRRPLKPW:配列番号8)に置換した新規タンパク質である。nfGluA2遺伝子は、nfGluA2タンパク質をコードしている。nfGluA2遺伝子は、3’非翻訳領域を有している。3’非翻訳領域は、翻訳の安定化やGluA2タンパク質の細胞内局在に関与する。
【0021】
nfGluA2遺伝子は、GluB1プロモーター(GluB1pro)の下流に連結されている。GluB1proは、イネ(O.sativa)由来グルテリンB1(GluB1)遺伝子のプロモーターである。GluB1proの制御下でnfGluA2遺伝子を発現させることで、nfGluA2遺伝子を胚乳特異的に発現させることができる。
【0022】
nfGluA2遺伝子の下流にはGluB1ターミネーター(GluB1ter)が連結されている。GluB1terは、イネ(O.sativa)由来グルテリンB1(GluB1)遺伝子のターミネーターであり、nfGluA2遺伝子の転写終結を規定する。
【0023】
GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットは、全てイネゲノム由来のDNA配列からなる。
【0024】
(ゲノム領域A)
ゲノム領域Aは、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域を指す。配列番号2に示す塩基配列は、コシヒカリ変異系統a123(以下、「a123」)の第4染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に相当する。また、配列番号3に示す塩基配列は、a123の第4染色体に存在する配列番号2の下流側のポリヌクレオチドの塩基配列に相当する。
【0025】
本発明の好ましい態様において、ゲノム領域Aはa123の第4染色体上の領域である。また、本発明の好ましい形態において、配列番号2に示す塩基配列および配列番号3に示す塩基配列はa123の第4染色体に存在するポリヌクレオチドである。
【0026】
(T-DNA挿入位置)
下記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチド(以下、「T-DNA」)のイネゲノム中の挿入位置は、前記ゲノム領域A内であれば特に制限されない。例えば、T-DNAは、配列番号2で示す塩基配列における1625番目、好ましくは1675番目、より好ましくは1700番目、さらに好ましくは1725番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から、配列番号3で示す塩基配列における100番目、好ましくは50番目、より好ましくは25番目、さらに好ましくは1番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されている。
【0027】
本明細書において、「(b2)における対応する塩基」とは、ホモロジー解析により配列番号2に示される塩基配列のX番目(Xは任意の整数)に相当すると特定される塩基を指す。同様に、「(c2)における対応する塩基」とは、ホモロジー解析により配列番号3に示される塩基配列のX番目(Xは任意の整数)に相当すると特定される塩基を指す。なお、ホモロジー解析の方法としては、例えば、Needleman-Wunsch法やSmith-Waterman法等のPairwise Sequence Alignmentによる方法や、ClustalW法等のMultiple Sequence Alignmentによる方法が挙げられ、当業者であれば、これら方法に基づき、配列番号2または配列番号3に示される塩基配列を基準配列として用いて、解析対象の塩基配列中における「対応する塩基」を理解することができる。解析は、デフォルトの設定で行ってもよく、適宜、必要に応じてパラメータをデフォルトから変更して行ってもよい。
【0028】
本発明の最も好ましい形態において、本態様の遺伝子組換えイネは、配列番号4の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号5の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有している。配列番号4に示す塩基配列は、a123の第4染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に対応し、T-DNA挿入部位の上流の塩基配列を示している。また、配列番号5に示す塩基配列は、a123の第4染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に対応し、T-DNA挿入部位の下流の塩基配列を示している。
【0029】
本発明の好ましい態様において、本態様の遺伝子組換えイネは、遺伝子工学的に導入された外来遺伝子をゲノム中の一箇所にのみ有しており、より好ましい態様において、本態様の遺伝子組換えイネは、遺伝子工学的に導入された外来遺伝子をa123の第4染色体中の一箇所にのみ有している。
【0030】
(品種)
本態様の遺伝子組換えイネは、a123に、前述のT-DNAが導入されたものである。a123は、水稲品種コシヒカリに由来する、種子貯蔵タンパク質グルテリンの部分欠失変異系統である。a123は、GluA1、GluA2、GluB4が存在しないことから、コシヒカリと比較して、全グルテリン量が低下している(参考文献:Iida, S. et. al., Theor. Appl. Genet. 94, 177-183, 1997)。a123のような低グルテリンイネは、外来遺伝子産物(組換えタンパク質)を胚乳に高蓄積させる材料として優れていることが報告されている(参考文献:Tada, Y et. al., PlantBiotechnol. J. 1, 411-422, 2003)。また、a123は、関東地方で広く栽培可能であり、食味が良いという利点を有している。
【0031】
(変異体)
前記(a1)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されている遺伝子組換えイネの変異体も、本発明の範疇に含まれる。つまり、前記(a1)、(b1)および(c1)のポリヌクレオチドの内の少なくとも1つ以上は、それぞれ、前記(a2)、(b2)および(c2)のポリヌクレオチドであってもよい。
【0032】
前記(a2)、(b2)、(c2)のポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号1、2、3の塩基配列と、95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる。塩基配列の同一性は、遺伝子情報ソフトウェアGENETYX Ver.9(株式会社ゼネティクス製)を用いて算出した値である。
【0033】
また、前記(a2)、(b2)、(c2)のポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号1、2、3の塩基配列において50個以下、好ましくは15個以下、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下の塩基に変異を有する塩基配列からなる。前記「変異」は、塩基の挿入、欠失、または置換である。配列番号1で示す塩基配列における2135番目の塩基から201番目の塩基までの領域、6416番目の塩基から7924番目の塩基までの領域、7046番目の塩基から7090番目の塩基までの領域および7232番目の塩基から7276番目の塩基までの領域は、それぞれ、2mALSタンパク質、nfGluA2タンパク質、ノボキニンペプチド1(2連結したノボキニンの内のN末端側のノボキニンペプチド)およびノボキニンペプチド2(2連結したノボキニンの内のC末端側のノボキニンペプチド)をコードしていることから、前記(a2)のポリヌクレオチドにおいては、配列番号1で示す塩基配列におけるこれらの領域以外の部分に変異を有していることが好ましい。
【0034】
本態様の遺伝子組換えイネの変異体において、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされたノボキニンペプチド(被験ノボキニンペプチド)が、野生型のノボキニンペプチドと同じかまたはそれ以上の血圧降下活性を有することは、被験ノボキニンペプチドの血圧降下活性を、野生型のノボキニンペプチドの血圧降下活性と比較することによって確認することができる。例えば、先天性高血圧ラットに、1mg/kg体重の被験ノボキニンペプチドを経口投与した場合の血圧降下活性を、同量の野生型のノボキニンペプチドを経口投与した場合の血圧降下活性と比較することによって確認することができる。なお、配列番号2および3の塩基配列は、a123の第4染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列を示しており、後述する実施例に記載のとおりこの領域は遺伝子領域でない。このため、配列番号2または3と配列同一性が95%以上の塩基配列からなる変異ポリヌクレオチドもタンパク質をコードしないため、変異によるタンパク質の活性の変化を考慮する必要はない。
【0035】
(子孫またはクローン)
本態様の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンも本発明の範疇に含まれる。本態様の遺伝子組換えイネから有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。本明細書においては、本態様の遺伝子組換えイネから無性生殖によって得られた子孫を、特に「クローン」と称する。また、本態様の遺伝子組換えイネから有性生殖によって得られた子孫には、本態様の遺伝子組換えイネと原品種であるa123との戻し交配によって得られた子孫、および本態様の遺伝子組換えイネとa123以外の品種との交配によって得られた子孫も含まれる。a123以外の品種としては、特に限定されないが、例えば、半矮性形質を有するイネ品種もしくは系統等であってもよい。本発明の好ましい形態において、本態様の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンは、前記ゲノム領域A中に下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドをゲノム中に保持している。
【0036】
(本態様の遺伝子組換えイネの特徴)
本態様の遺伝子組換えイネは、a123の第4染色体において、配列番号1に示す塩基配列を有するT-DNAが1コピー挿入されており、T-DNAの前後に配列番号2からなるポリヌクレオチドおよび配列番号3からなるポリヌクレオチドがそれぞれ連続している。本態様の遺伝子組換えイネでは、T-DNA以外の余計な配列が挿入されていない。従って、本態様の遺伝子組換えイネは、食品として安全である。また、本態様の遺伝子組換えイネは、a123の第4染色体の特定位置にT-DNAが挿入されたことにより、食品として摂取するに適した量のノボキニンペプチドを発現することができるという優れた効果を奏する。
【0037】
〔コメ〕
本態様の遺伝子組換えイネから収穫されたコメも本発明の範疇に含まれる。本態様のコメは、玄米であってもよく、胚芽精米であってもよく、精白米であってもよい。
【0038】
本態様の遺伝子組換えイネから収穫されたコメを炊飯米として摂取後、十二指腸における消化酵素の働きによりnfGluA2タンパク質内のノボキニンペプチドが切り出され、血圧降下作用を発揮することが期待される。
【0039】
〔食品組成物〕
本態様のコメを含む食品組成物も本発明の範疇に含まれる。本態様の食品組成物は、本態様のコメを含んでいればよく、その含有量は特に限定されない。また、本態様の食品組成物の種類は特に限定されない。例えば、加工飯米、米麹、米粉、米粉を利用した食品等を挙げることができる。
【0040】
また、本態様の食品組成物は、本態様のコメから抽出されたノボキニンペプチドを含む抽出物を含むものであってもよい。また、例えば、本態様のコメを利用した発酵食品(甘酒等)、本態様のコメ由来の米粉のでん粉を酵素等で分解し、残った残渣を加工したもの等であってもよい。
【0041】
本態様の食品組成物は、本態様のコメをノボキニン換算で2.5mg以上、6.3mg以下含んでいることが好ましい。これは、本態様のコメの玄米60gをパック米飯に加工したと仮定した場合に、1パックあたりに含まれるノボキニン含有量に相当する。本態様の食品組成物は、高血圧症が気になる消費者が食生活の一環として取り入れることによって当該消費者の健康の維持および増進に役立つことが期待される。
【0042】
本態様の食品組成物は、本態様のコメ以外の成分として、例えば、安定化剤、保存剤、着色料、香料、ビタミン等の配合物を適宜添加し、混合し、常法により、錠剤、粒状、顆粒状、粉末状、カプセル状、液状、クリーム状、飲料等の組成物に適した形態とすることができる。または、本態様の食品組成物は、本態様のコメにさらに複数種の物質が添加されている必要はなく、本態様のコメのみから構成される食品であってもよい。
【0043】
〔繁殖材料、細胞〕
本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンから繁殖材料(例えば、種子、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に当該遺伝子組換えイネを量産することも可能である。従って、本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンの繁殖材料または種子あるいは本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンに由来する細胞も本発明の範疇に含まれる。これらの繁殖材料および細胞は、公知の方法により本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンから取得することができる。
【0044】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る遺伝子組換えイネは、下記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されている構成である:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、且つ野生型のノボキニンペプチドと同じかまたはそれ以上の血圧降下活性を有するポリペプチドを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0045】
本発明の態様2に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1において、前記(a1)または(a2)のノボキニンポリペプチドを有する改変グルテリンタンパク質を発現させるためのポリヌクレオチドが、配列番号2で示す塩基配列における1625番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から配列番号3で示す塩基配列における100番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されている構成としてもよい。
【0046】
本発明の態様3に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1または2において、配列番号4の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号5の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有している構成としてもよい。
【0047】
本発明の態様4に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1から3のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンであってもよい。
【0048】
本発明の態様5に係るコメは、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネから収穫されたコメである。
【0049】
本発明の態様6に係る食品組成物は、前記の態様5に記載のコメを含む食品組成物である。
【0050】
本発明の態様7に係る繁殖材料は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの繁殖材料である。
【0051】
本発明の態様8に係る種子は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの種子である。
【0052】
本発明の態様9に係る細胞は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネに由来する細胞である。
【実施例
【0053】
〔1.遺伝子組換えイネの作出〕
(宿主)
コシヒカリ変異系統a123を用いた。
【0054】
(プラスミドベクター)
2種類のプラスミドベクターpCSP2mALS GluB1pro nfGluA2(図3、以下「プラスミド1」)およびpCSP2mALS Glb1pro nfGluA2(図示しない、以下「プラスミド2」)を用いた。
【0055】
図3に示すプラスミド1は、pPZP200系バイナリーベクターpCSP2mALS-GW(参考文献:Wakasa, Y. et. al., Plant Cell Rep. 31, 2075-2084, 2012;Hajdukiewicz, P. et. al., Plant Mol. Biol. 25, 989-994, 1994)を基に構築したものであり、T-DNA領域内に2mALS遺伝子発現カセットおよびGluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットがこの順で連結されている(図1)。「2mALS遺伝子発現カセット」および「GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセット」の詳細は、前述したとおりである。
【0056】
図3に示すプラスミド1の各エレメントは以下のとおりである:pVS1 StaA,DNA複製タンパク質;pVS1 oriV,アグロバクテリウム内でのプラスミドの複製に機能する;bom,プラスミドの接合安定性に機能する;SmR,スペクチノマイシン耐性遺伝子;ori,大腸菌でのプラスミドの複製に機能する;LB,レフトボーダー;Nos T,ノパリン合成酵素遺伝子ターミネーター;10kDa T,10kDaプロラミン遺伝子ターミネーター;2mALS,2点変異型アセト乳酸合成酵素コード領域;CSP,カルス選抜プロモーター;GluB1 pro,グルテリンB1(GluB1)遺伝子プロモーター;nfGluA2,ノボキニン融合型グルテリンA2(GluA2)コード領域;GluA2 3’UTR,GluA2遺伝子3’非翻訳領域;GluB1 T,GluB1遺伝子ターミネーター;RB,ライトボーダー;att,Gateway(インビトロジェン)アタッチメント配列。
【0057】
プラスミド2は、GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットの代わりに、Glb1pro nfGluA2遺伝子発現カセット(図示しない)が連結されている以外は、プラスミド1の構成と同じである。Glb1pro nfGluA2遺伝子発現カセットは、グロブリンプロモーター(Glb-1 pro)の代わりに、グルテリンB1プロモーター(GluB1 pro)を用いたこと以外は、GluB1pro nfGluA2遺伝子発現カセットの構成と同じである。
【0058】
(宿主への核酸の移入方法)
公知のアグロバクテリウム法に従って行った。
【0059】
(遺伝子組換えイネの選抜方法)
プラスミド1または2を保持したアグロバクテリウムを宿主イネ種子胚盤由来のカルスに感染させ、スルホニルウレア系除草剤であるビスピリバックナトリウム塩(0.5μM)を含む選抜培地で2mALS遺伝子が導入されたカルスを選抜した。その後、選抜したカルスを再分化させることにより、遺伝子組換えイネ再分化当代(T0)を得た。T0個体群を閉鎖系温室で育成し、これらの成葉由来全DNAのサザンブロット解析により、T-DNAが1コピー挿入されている系統を選抜した。
【0060】
候補系統の育成を続行し、自殖種子(T1系統群)を得た。種子より全タンパク質を調製し、抗ノボキニンウサギ抗体(以下、単に「抗ノボキニン抗体」または「ノボキニン抗体」)によるイムノブロット解析により、目的遺伝子産物(nfGluA2タンパク質)が蓄積している4系統を選抜した。取得した4系統を、以下、OsNV2、OsNV3、OsNV4およびOsNV8と称する。なお、OsNV2およびOsNV4には、プラスミド2が移入されており、OsNV3およびOsNV8には、プラスミド1が移入されている。
【0061】
組換えイネの各系統のT1種子について、5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いて滅菌し、アグロバクテリウムや他の雑菌の除去後にMS培地上に無菌播種を行った。発芽時にMS培地上にアグロバクテリウムが増殖しないことを観察し、アグロバクテリウムの残存していないことを確認したT1からT2種子を得、これらから導入遺伝子がホモの系統候補を選抜した。
【0062】
〔2.選抜した4系統の比較〕
(核酸の存在状態)
移入した核酸が染色体上に存在するか否かを調べるため、組換えイネの各系統のT2世代において、移入した核酸の分離比をカイ二乗検定で分析した。組換えイネの各系統について、形質転換された再分化当代(T0)、その自殖後代であるT1世代を複数個体栽培し、自殖して得られたT2種子について、イムノブロット法でnfGluA2タンパク質の蓄積の有無を解析し、移入した核酸の有無を確認した。T2種子で分離が確認された集団についてはその親であるT1個体は移入した核酸をヘミに持つことが推察される。このT2分離集団におけるnfGluA2タンパク質の発現の有無の分離について、メンデル分離に適合しているかカイ二乗検定を行った。その結果、選抜した4系統の全てにおいて、実測値と理論値との間に統計学的有意差は認められなかったことから、移入した核酸の分離はメンデル分離に適合していることが確認された。したがって、選抜した4系統の全てにおいて、移入した核酸は染色体上に存在していると考えられた。
【0063】
(核酸のコピー数)
組換えイネの各系統のT1世代について、HindIIIまたはEcoRIで消化した全DNAをナイロンメンブレンにブロットし、ALS領域をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションをおこなった。図4にサザンブロット解析の結果を示す。矢印を付したシグナルは導入遺伝子(T-DNA)を示し、その他のシグナルは内生ASL遺伝子由来である。図4に示すように、4系統の全てにおいて、T-DNAがゲノム中に1コピー移入されていることを確認した。また、それぞれの系統におけるサザンブロット解析のシグナルは異なっており、系統毎に異なる遺伝子座にT-DNAが導入されていることが示唆された。
【0064】
(種子におけるnfGluA2タンパク質発現)
a123および組換えイネの各系統のT2世代について、種子4粒粉末に対し、500mLの抽出バッファ(4%SDS、50mM Tris-HClpH6.8、8M ウレア、20%グリセロール、5%2-メルカプトエタノール、0.01%ブロモフェノールブルー)を使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)および抗ノボキニン抗体によるイムノブロット(IB)へ供した。抗ノボキニン抗体によりnfGluA2タンパク質を検出した。図5にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。図5中のaのレーンは、a123の結果を示している。図5に示すように、nfGluA2タンパク質は、aのレーンに示す内生グルテリンタンパク質と同様に、酸性サブユニットと前駆体との2本のシグナルとして検出された。ことから、nfGluA2タンパク質は内生GluA2タンパク質の特徴を保持していることが判った。
【0065】
なお、組換えイネの種子は、a123と比較して外観に大きな違いはなく、Glb-1タンパク質およびRM1タンパク質の発現量にほとんど差が認められなかった。Glb-1タンパク質およびRM1タンパク質は種子に悪影響が出ると発現量が減少するタンパク質の代表であることから、a123系統イネにおいて、nfGluA2タンパク質の発現による種子形質への影響はほとんどないと結論付けた。
【0066】
(nfGluA2タンパク質の発現部位)
a123並びに組換えイネの各系統の葉、茎、根および種子組織から500μLの抽出バッファを使用して全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)および抗ノボキニン抗体によるイムノブロット(IB)へ供して、nfGluA2タンパク質を検出した。図6にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。図6中、L,葉;St,茎;R,根;S,種子を示す。図6に示すように、全ての組換えイネ系統において、種子由来タンパク質のみでnfGluA2タンパク質のシグナルが検出された。この結果から、組換えイネの各系統においてnfGluA2タンパク質が種子特異的に蓄積していることを確認した。
【0067】
(種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量の確認)
組換えイネの各系統のT2世代について、種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量を定量した。種子1粒粉末に対し、1mLの抽出バッファを使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液1μLを抗ノボキニン抗体によるドットブロットに使用した。定量のための比較対象として、大腸菌から精製したnfGluA2タンパク質を用いた。
【0068】
結果を図7に示す。図7に示すように、組換えイネの各系統の種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量が系統間で異なることが示された。組換えイネの各系統における1粒の種子あたりのおおよそのノボキニンペプチドの蓄積量を、以下のとおり推測した:
OsNV2:約4.6μg
OsNV4:約6.6μg
OsNV3:約3.9μg
OsNV8:約7.8μg。
【0069】
(T-DNA挿入位置の特定)
公知の次世代シークエンス解析を行い、組換えイネの各系統のF3世代について、T-DNA挿入位置の特定を行った。次世代シークエンス解析は、対象のゲノムの塩基配列を迅速に且つ網羅的に解読する手法である。通常のシークエンスでは、T-DNAが挿入された遺伝子組換え植物のT-DNAの特定が極めて困難である。一方で、次世代シークエンス解析では、得られた網羅的塩基配列データをリファレンスゲノムにマッピングしていくことで、格段に速くT-DNAのゲノム中の挿入位置を特定することが可能となる。次世代シークエンス解析の結果、系統毎に異なる遺伝子座にプラスミドが導入されていることが明らかになった。中でもOsNV3は、a123の第4染色体の特定のゲノム領域に挿入されていた。具体的には、次世代シークエンス解析の結果、OsNV3は、配列番号2、配列番号1、配列番号3の順に連続した塩基配列からなるポリヌクレオチドをゲノム中に有していた。なお、配列番号1に示す塩基配列は、OsNV3のゲノム中に導入されたDNAの全塩基配列を示し、プラスミド1のT-DNA領域の全塩基配列に相当する。配列番号2に示す塩基配列は、a123の第4染色体に存在する、T-DNA挿入部位の上流の塩基配列を示している。配列番号3に示す塩基配列は、a123の第4染色体に存在する、T-DNA挿入部位の下流の塩基配列を示している。
【0070】
OsNV3においてT-DNAが挿入されていたゲノム領域は、公知の「日本晴」のゲノムデータベースであるイネアノテーションプロジェクトデータベース(RAP-DB)で配列が公開されていないゲノム領域であった。そこで、インディカコメ等の他のゲノムシークエンスを元に、OsNV3におけるT-DNA挿入位置のゲノム領域3kbの塩基配列を解析し、BLAST検索をした結果、cDNAとして全くヒットしなかったことから、OsNV3におけるT-DNA挿入位置は遺伝子領域ではないと判断した。さらには、次世代シークエンス解析の結果から、OsNV3は、pPZP200系バイナリーベクターのT-DNA領域外の余計な配列が挿入されることなくT-DNAがほぼ期待通り(理論通り)に挿入されていることが示され、食品として安全であることが確認された。一方、OsNV3以外の3系統では、ゲノムの遺伝子領域にT-DNAが挿入されており、且つT-DNA以外の余計な配列が挿入されていることが明らかになった。
【0071】
T-DNAのゲノム挿入位置、T-DNAの挿入様式、および種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量の観点から、選抜した4系統の内、OsNV3が食品として最も適した系統であると結論付けた。選抜した4系統は全てT-DNAが1コピー挿入されているにも関わらず、種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量に大きな違いがある。選抜した4系統は全てT-DNAのゲノム挿入位置が異なっていることから、この違い、すなわち位置効果が、種子におけるnfGluA2タンパク質の蓄積量の違いをもたらしていると考えられた。つまり、OsNV3は、a123の第4染色体の特定位置にT-DNAが挿入されたことにより、食品として摂取するに適した量のノボキニンペプチドを発現することができると言える。
【0072】
〔3.OsNV3の解析〕
(作出系統)
図8にOsNV3の作出系統図を示す。T3ホモ系統で戻し交配を実施し、得られたF1の後代にあたるF3で選抜系統OsNV3-10を得た。OsNV3-10を次世代シークエンス解析に供試し、この後代およびa123閉花系統との交配で得た系統の後代を分析に用いた。ただし、一部の分析ではT3、T4、T5、T6も材料として用いた。
【0073】
(PCRによる特定)
OsNV3においてT-DNAおよびそのゲノムへの挿入領域近辺が安定的に次世代に遺伝することを調べるため、PCRに用いるプライマーセットの検討を行った。PCRには、a123(w)およびOsNV3の3世代(T3、T4、T5)の全DNAをテンプレートとして用いた。検討に用いたプライマーセットは、以下のとおりである。
【0074】
・プライマーセット1:
5'-TACCAAAATGCCATTCTGTCGTCC-3' (配列番号11)
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCG-3' (配列番号12)
・プライマーセット2:
5'-GACCGGGGACACCGCCGAGCACC-3' (配列番号13)
5'-CGAAGCCAACCGTTCGAATGG-3' (配列番号14)
・プライマーセット3:
5'-CAAATTACAAGCACTCATGGTTC-3' (配列番号15)
5'-CCTTCTTTGTAGAGATTAAC-3' (配列番号16)
・プライマーセット4:
5'-GCAGCGTAGACCTCTTAAGCCCTG-3' (配列番号17)
5'-CAGAATCACCACCAAGTGTCATAC-3' (配列番号18)
・プライマーセット5:
5'-AACGGTATTAAGATCAATAGTGTCC-3' (配列番号19)
5'-TGGGTCTACCCGTCGTGGAAAAAG-3' (配列番号20)
【0075】
図9は、プライマーセットの検討結果を示す図であり、901は、検討に用いた各プライマーセットによって増幅される領域を模式的に示す図であり、902は、各プライマーを用いてPCRを行った結果を示す図である。図9の902に示すように、プライマーセットの検討の結果、全てのプライマーセットでDNAの増幅が認められた。また、少なくともT-DNAとゲノムとのジャンクション領域二か所を増幅するプライマーセット1およびプライマーセット5を用いてPCRを行うことで、OsNV3においてT-DNAおよびそのゲノムへの挿入領域近辺が安定的に次世代に遺伝することを十分に確認できることが判った。
【0076】
(nfGluA2遺伝子の発現の組織特異性の検討)
ノボキニン発現遺伝子であるnfGluA2遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCR(以下、「qPCR」)によって確認した。a123およびOsNV3のF5世代の幼葉、幼根、成葉、種子組織およびカルスからそれぞれRNAを抽出しテンプレートとして用いた。用いたプライマーセットは、以下のとおりである:
5'-CCAATGTACTGTTGGTATCCTC-3' (配列番号21)
5'-CAGAATCACCACCAAGTGTCATAC-3' (配列番号22)。
【0077】
プラスミド1をテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、図10の1001に示すように、100コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を図10の1002に示す。なお、1002のグラフ中の「7daf」、「14daf」は、それぞれ開花後7日目、14日目を示している。qPCRの結果、nfGluA2遺伝子の転写物は種子由来RNAでのみ検出されたことから、nfGluA2遺伝子は、種子特異的に発現していることが確認された。
【0078】
(2mALS遺伝子の発現の組織特異性の検討)
選抜マーカー遺伝子である2mALS遺伝子および内生ALS遺伝子の発現の組織特異性をqPCRによって確認した。テンプレートは、前述の「nfGluA2遺伝子の発現の組織特異性の検討」の項で調製したRNAを用いた。用いたプライマーセットは、以下のとおりである:
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCGTCC-3' (配列番号23)
5'-ATTACTAGAGTACATGTAACCAACG-3' (配列番号24)。
【0079】
プラスミド1をテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、図11の1101に示すように、100コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を図11の1102に示す。qPCRの結果、2mALS遺伝子の転写物はカルスで強く、根と登熟初期の種子で弱く検出された。イネ植物体の根および葉では2mALS遺伝子の転写物の量は検出限界以下であった。この結果は、カルスにおいては除草剤であるビスピリバックナトリウム塩に耐性であるが、発芽後は耐性を示さないOsNV3の形質とほぼ一致していた。
【0080】
(内生ALS遺伝子の発現の組織特異性の検討)
内生ALS遺伝子の発現の組織特異性をqPCRによって確認した。テンプレートは、前述の「nfGluA2遺伝子の発現の組織特異性」の項で調製したRNAを用いた。用いたプライマーセットは、以下のとおりである:
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCGTCC-3' (配列番号23)
5'-CATGCCAAGCACATCAAACAAG-3' (配列番号25)
【0081】
配列番号23、25に示すプライマーセットを用いてPCR増幅した内生ALS遺伝子の部分領域を含むベクターをテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、図12の1201に示すように、1000コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を図12の1202に示す。qPCRの結果、内生ALS遺伝子の転写物は全組織で検出された。この結果から、カルス以外の組織で、2mALSタンパク質がイネの生長等に影響を与える可能性は低いと考えられた。
【0082】
(nfGluA2タンパク質の細胞内局在の検討)
a123およびOsNV3のT4世代の種子を、抗ノボキニン抗体を用いて免疫染色を行い、nfGluA2タンパク質の細胞内局在を確認した。図13の1301は、a123およびOsNV3の種子の免疫染色の結果を示している。マージした画像中の矢頭はProtein Body I(PB-I)を、矢印はProtein Body II(PB-II)をそれぞれ指している。図13の1302は、1301に示したa123のマージした画像を拡大した図であり、図13の1303は、1301に示したOsNV3のマージした画像を拡大した図である。図13に示すように、nfGluA2タンパク質は、内生のグルテリンと同様にPB-II中のみに種子貯蔵タンパク質として蓄積されていることが判った。
【0083】
(既知アレルゲンタンパク質の量の検討)
イネ種子主要アレルゲン(14~16kDaアレルゲン、26kDaアレルゲン、33kDaアレルゲン、56kDaアレルゲン)の量を検討した。a123およびOsNV3のF5世代の種子から500μLの抽出バッファを使用して全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)並びに各アレルゲンに対する抗体によるイムノブロット(IB)へ供して、各アレルゲンを検出した。図14にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。図14に示すように、OsNV3のイネ種子主要アレルゲン量はa123と比較して目立った増減は認められなかった。
【0084】
(T-DNAの後代における安定性の確認)
導入されたT-DNAの後代における安定性を確認するために、a123(w)およびOsNV3の3世代(T3、T4、T5)の穀粒からゲノムDNAを抽出し、HindIII、BamHIまたはEcoRIで消化したゲノミックDNAをナイロンメンブレンにブロットし、ALS領域をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションをおこなった。図15にサザンブロット解析の結果を示す。図15中、矢頭を付したシグナルはT-DNAを示し、その他のシグナルは内生ASL遺伝子由来である。図15に示すように、導入されたT-DNAが世代間で安定して遺伝していることが確認された。
【0085】
同様に、OsNV3の戻し交配により得られたF1世代の後代についてもゲノミックDNAのサザンブロット解析を行った。ゲノミックDNAはHindIII、BamHIまたはEcoRIで消化し、ALS領域をプローブとした。図16にサザンブロット解析の結果を示す。図16中、矢頭を付したシグナルはT-DNAを示し、その他のシグナルは内生ASL遺伝子由来である。レーン1、a123;レーン2、T5;レーン3、F4;レーン4、F5;レーン5、F4×a123閉花F1;レーン6、F4×a123閉花F2の結果を表している。図16に示すように、OsNV3の戻し交配により得られたF1世代の後代についても、T-DNAが世代間で安定して遺伝していることが確認された。
【0086】
(後代におけるnfGluA2タンパク質の発現量の確認)
特定網室内で育成したa123(w)およびOsNV3の3世代(T3、T4、T5)について、各系統の種子4粒ずつ、1粒あたり500μLの抽出バッファを使用して全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)および抗ノボキニン抗体によるイムノブロット(IB)へ供して、nfGluA2タンパク質を検出した。図17にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。図17中、wはa123を示す。図17に示すように、系統間でnfGluA2タンパク質量に大きな差は認められず、種子中に安定して蓄積していた。
【0087】
同様に、隔離ほ場で栽培したOsNV3のT5世代、T6世代および戻し交配系統F5、F6についてもSDS-PAGE(CBB)および抗ノボキニン抗体によるイムノブロット(IB)を行った。図18にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。図18中、wはa123を示す。図18に示すように、これらの系統についても、系統間でnfGluA2タンパク質量に大きな差は認められず、種子中に安定して蓄積していた。
【0088】
以上の結果から、nfGluA2遺伝子は、同等の栽培条件下においては登熟中の種子で安定的に発現し、一定量のnfGluA2タンパク質を種子に蓄積させることが示唆された。
【0089】
(形質)
以下の項目について、a123とOsNV3とを比較した。
・出穂期等(出穂開始日、出穂期、穂ぞろい期)
・草型(稈長、穂長、穂数)
・一株粒数および稔実率
・花粉の充実度および直径
・脱粒性(出穂から40日目の全穂を片手で握り、脱粒した種子の割合を調査した)
・アレロパシー活性
その結果、これらの全ての項目に関して、OsNV3と宿主である原品種との間で有意な差はみられなかった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明は、食品としての利用が期待できる。
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【配列表】
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