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▶ 日立金属株式会社の特許一覧

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】金属ベルト用マルエージング鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221109BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20221109BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
C22C38/00 302N
C22C38/52
C21D6/00 M
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018055989
(22)【出願日】2018-03-23
(65)【公開番号】P2019167578
(43)【公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大石 勝彦
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/110379(WO,A1)
【文献】特開2009-013464(JP,A)
【文献】特開2002-167652(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 6/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.01%以下、Ni:18.0~20.0%、Cr:0.8~1.2%、Mo:4.5~6.0%、Co:10.0超~14.0以下、Al:0.8~1.7%、残部は、Fe及び不可避的不純物でなり、900℃×1時間の固溶化処理と480℃×3時間の時効処理を行ったとき、ビッカース硬さで600HV以上の硬さを有することを特徴とする金属ベルト用マルエージング鋼。
【請求項2】
前記マルエージング鋼は、900℃×1時間の固溶化処理と480℃×1時間の時効処理を行ったとき、ビッカース硬さで550HV以上の硬さを有することを特徴とする請求項1に記載の金属ベルト用マルエージング鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車用無段変速機に用いられる金属ベルト用マルエージング鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マルエージング鋼は、2000MPa前後の非常に高い引張強さをもつため、例えば、0.5mm以下の鋼帯に加工され、高強度が要求される自動車用無段変速機の金属無端ベルト等に使用されている。その代表的な組成には、質量%で18%Ni-8%Co-5%Mo-0.45%Ti-0.1%Al-bal.Feがある。しかし、上記のマルエージング鋼は、非常に高い引張強度が得られる一方、疲労強度に関しては必ずしも高くない。マルエージング鋼の疲労強度を劣化させる最大の要因にTiN介在物が挙げられる。このTiN介在物は、大きさが大きくなり易いうえに、形状も立方体であることから介在物を起点とした疲労破壊が生じ易くなる。そのため、Tiを添加しないマルエージング鋼が提案されている。窒化処理される金属無端ベルト用のマルエージング鋼に含まれるTiは、合金の基地(マトリックス)の強度を向上させるだけでなく、窒化層の強度を高める重要元素である。このTiを添加しないとすると基地と窒化層の両方の強度が低下することになる。そのためTiを添加しないマルエージング鋼においては、Tiに代わる元素を用いて基地と窒化層とを強化する必要がある。
【0003】
基地と窒化層とを強化する方法としては、基地の強化に寄与するCoやMoの含有量を高めたうえで、窒化層の強化にCrやAlを用いる方法がある。この方法は、例えば、本願出願人の出願に係る国際公開WO2009/008071パンフレット(特許文献1)に開示されている。この提案は自動車無段変速機用の部材として使用される金属無端ベルトのマルエージング鋼において、Tiを添加しないマルエージング鋼においても時効処理後およびガス軟窒化後に高い引張強さと内部硬さが得られることを示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開WO2009/008071パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述した特許文献1で示したマルエージング鋼は、Tiを添加しないマルエージング鋼においても高い強度が得られる点では有利であるものの、開示された成分範囲において、時効処理およびガス軟窒化後の強度水準は大きく変化しており、製造性の点では安定した機械的特性を得るのが難しいという問題があった。金属ベルト用マルエージング鋼は、内部硬さが高すぎると材料内部欠陥起因で早期に破断し、また内部硬さが低すぎると低応力下で塑性変形するため硬さや強度などの機械的特性の変化が大きいと実用化する上で大きな問題となる。
本発明の目的は、金属ベルト用マルエージング鋼の合金組成に起因する強度や硬さ水準を適正化することで、製造性や機械的特性に優れる金属ベルト用マルエージング鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、合金成分に起因した強度水準の大きな変化に対し、Cr、Mo、Co、Alの添加量を適正範囲に管理することで安定した機械的特性が得られることを見いだし本発明に到達した。
すなわち本発明は、質量%で、C:0.01%以下、Ni:18.0~20.0%、Cr:0.8~1.2%、Mo:4.5~6.0%、Co:9.0~14.0%、Al:0.8~1.7%、残部は、Fe及び不可避的不純物でなる金属ベルト用マルエージング鋼である。
好ましくは、前記マルエージング鋼は、900℃×1時間の固溶化処理と480℃×1時間の時効処理を行ったとき、ビッカース硬さで550HV以上の硬さを有する金属ベルト用マルエージング鋼である。
好ましくは、前記マルエージング鋼は、900℃×1時間の固溶化処理と480℃×3時間の時効処理を行ったとき、ビッカース硬さで600HV以上の硬さを有する金属ベルト用マルエージング鋼である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の金属ベルト用マルエージング鋼は合金組成に起因する強度や硬さ水準を適正化することで、優れた製造性を有しており,自動車用無段変速機の金属無端ベルトのように強度と製造性が要求される部材に使用されると安定した機械的特性が得られるなど、工業的な効果を持つことが期待される。
【発明を実施するための形態】
【0008】
上述したように、本発明の重要な特徴は安定した製造性と機械的特性を得るために必要な合金組成を適正化したことにある。
本発明の金属ベルト用マルエージング鋼において、以下の範囲で各化学組成を規定した理由は以下の通りである。なお、特に記載のない限り質量%として記す。
<C:0.01%以下>
C(炭素)は、MoやCrと炭化物を形成して、析出すべき金属間化合物や窒化物を減少させて強度を低下させるため、低く抑える必要がある。また、Cを積極添加すると、例えば無段変速機部品に必要とされる溶接性が低下する危険性が高くなる。このような理由からCは0.01%以下とした。好ましくは、0.008%以下である。一方で、Cの微量添加は微細な炭化物を形成し、強度向上に寄与することから0.001%以上が好ましい。
【0009】
<Ni:18.0~20.0%>
Niは、金属ベルト用マルエージング鋼の基地組織である低Cマルテンサイト組織を安定して形成させるため、少なくとも18.0%は必要である。しかし、20.0%を超えるとオーステナイト組織が安定化し、マルテンサイト変態を起こし難くなることから、Niは18.0~20.0%とした。Niの好ましい上限は18.5%超であり、好ましい下限は19.5%である。
<Cr:0.8~1.2%>
Crは、窒化を行う場合にNとの親和力が強く、窒化深さを浅くし、窒化硬さを高めたり、窒化表面の圧縮残留応力を増加させたりする元素であるため、必須で添加する。しかし、0.8%より少ないと効果が小さく、一方で1.2%を越えると窒化硬さが高くなり過ぎてしまい、金属ベルトの製造工程の中で不可避的に形成される表面傷などの欠陥に対する感受性が高まり、疲労強度が低下することからCrは0.8~1.2%とした。Crのより好ましい下限は0.9%であり、好ましい上限は1.1%である。
【0010】
<Mo:4.5~6.0%>
Moは、時効処理時にNiMo等の微細な金属間化合物を形成し、析出強化に寄与する重要な元素である。また、Moは窒化による表面の硬さ及び圧縮残留応力を大きくするために有効な元素である。このためのMoは、4.5%より少ないと金属化合物の析出量の低下により引張強度が不十分となり、一方、6.0%より多いとFe、Moを主要元素とする粗大な金属間化合物を形成しやすくなるとともに固溶化処理で形成されるオーステナイト相を固溶強化するため冷却過程でマルテンサイト変態を阻害するためMoは4.5~6.0%とした。Moの好ましい下限は4.5%超であり、好ましい上限は5.8%である。
<Co:9.0~14.0%>
Coは、マトリックスのマルテンサイト組織の安定性に大きく影響することなく、固溶化処理温度で時効析出物形成元素であるMoの固溶度を増加させ、時効析出温度域でのMoの固溶度を低下させることによってMoを含む微細な金属間化合物の析出を促進し、時効析出強化に寄与する重要な元素である。そのため、Coは強度面、靭性面から多く添加することが必要である。Coが9.0%未満ではTiを低減した金属ベルト用マルエージング鋼では十分な強度が得られ難く、一方14.0%を超えて添加するとオーステナイトが安定化してマルテンサイト組織が得られ難くなることから、9.0%以上14.0%以下とした。好ましいCoの下限は10.0%超であり、好ましい上限は13.5%である。
【0011】
<Al:0.8~1.7%>
Alは、通常、脱酸のために少量添加されるが、本来、時効処理時にNiと共にNiAlを形成して強化に寄与する元素である。Tiを無添加とした本発明の金属ベルト用マルエージング鋼ではAlの添加によって強度を補う必要がある。また、Tiを無添加とした金属ベルト用マルエージング鋼において窒化処理を容易にして良好な窒化層を得るためにもAlの添加が必要である。Alは、0.8%未満では時効処理による十分な強化作用が得られず、一方1.7%より多いと窒化層が硬くなりすぎてしまい疲労強度を低下させたり、表面に薄くて安定な酸化膜を形成して窒化反応を阻害したりすることから、Alは0.8%以上1.7%以下とした。好ましいAlの下限は0.9%であり、好ましいAlの上限は1.6%である。
<残部:Fe及び不純物>
残部は実質的にFeであるが、製造上不可避的に混入する不純物は含まれる。不純物含有量は少ない方が好ましいが、以下の範囲であれば差し支えない。
P≦0.05%、S≦0.05%、Zr≦0.01%、Ca≦0.01%、Mg≦0.005%、N≦0.05%
【0012】
次に本発明で規定した熱処理後のビッカース硬さについて説明する。
本発明の金属ベルト用マルエージング鋼は自動車用無段変速機の部材として使用される場合、固溶化処理および時効処理などの調質熱処理と窒化処理などの表面処理を経て使用される。900℃×1時間の固溶化処理は金属間化合物や窒化物の析出に必要な合金元素を母相のオーステナイト中に固溶させ、時効処理ではNiMoやNiAlなどの金属間化合物を析出させることを目的にしている。
本発明では480℃における時効時間を1時間と3時間とし、時効処理後のビッカース硬さをそれぞれ550HV以上と600HV以上としている。480℃で1時間の時効処理は製造性を考慮したもので、短時間時効で自動車用無段変速機の金属無段ベルトに必要とされる硬さ水準の550HV以上を得るために規定したものである。硬さが550HVよりも低いと、例えば金属ベルトに引張の応力が作用した場合、容易に塑性変形してしまい、機械部品として使用することができなくなる。一方、480℃で3時間の時効処理は金属ベルトの高強度化を考慮したもので、硬度を600HV以上とすることで自動車変速機の金属ベルトの許容できる応力レベルを高めることができるため、無段変速機の高トルク化や高排気量化に貢献することが期待できる。一方で、600HVよりも低いと、例えば金属ベルトに高排気量化や高トルク化に伴う高い応力が作用した場合、塑性変形のおそれがある。
【0013】
以上に説明する本発明の金属ベルト用マルエージング鋼を使用すれば、合金組成に起因する強度や硬さ水準を適正化でき、製造性や機械的特性に優れる金属ベルト用マルエージング鋼とすることができる。
本発明のマルエージング鋼から構成される鋼帯は主に自動車用無段変速機に使用される金属無端ベルトとて使用されることから引張強さや疲労強度に代表される機械的特性を向上させた動力伝達用ベルトのリング素材として最適である。
【実施例
【0014】
以下の実施例で本発明を更に詳しく説明する。
真空溶解で200kg鋼塊を作製し、鍛造、熱間圧延を行い、焼鈍と冷間圧延を繰返して、幅が180mm、厚さ0.42mmの金属ベルト用マルエージング鋼帯を作製した。その後、900℃で1時間の固溶化処理を行ない、更に480℃で1時間と3時間の時効処理を行なった。この実施例の化学組成を表1に示す。
また、表2に各試料を時効した後の内部硬さを示す。なお、硬さはビッカース硬度計を用い、荷重500gfで測定した。
【0015】
【表1】
【0016】
【表2】
【0017】
表2より、本発明の金属ベルト用マルエージング鋼No.1及び2は、何れも480℃で1時間の時効処理後のビッカース硬さが550HV以上が得られた。480℃で3時間の時効後のビッカース硬さは、580HV以上であり、自動車用変速機の金属ベルト用途として十分な内部硬さを有している。中でも特に、No.1及び2のマルエージング鋼については、600HV以上の硬さが得られた。
一方でMo添加量が6.4%と高い比較例のNo.10は、480℃で3時間の時効処理後のビッカース硬さが472HVと低い値となっている。Mo添加量が高いため、固溶化処理時にMoがオーステナイト相を安定化しマルテンサイト変態を抑制するともに、時効処理により不安定なマルテンサイト相が逆変態オーステナイト相へと変化したことでビッカース硬さが低下したと考えられる。Co添加量が8%と低い比較例のNo.11は、時効処理後のビッカース硬さが1時間で543HV、3時間で574HVと低い。これはCo添加量の低下に起因したNiMo析出量の減少によるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明の金属ベルト用マルエージング鋼は、過酷な条件で使用される金属ベルトに用いることが可能であるため、自動車用無段変速機等に使用される動力伝達金属ベルトのような高引張強度、高疲労強度が要求される部材に適用できる。