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特許7172301遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20221109BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20221109BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20221109BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
H01M4/525
C01G53/00 A
H01M4/505
H01M4/36 C
H01M4/36 D
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018162746
(22)【出願日】2018-08-31
(65)【公開番号】P2020035693
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-08-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100204032
【弁理士】
【氏名又は名称】村上 浩之
(72)【発明者】
【氏名】相田 平
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-147416(JP,A)
【文献】特開2015-191847(JP,A)
【文献】特開2014-011070(JP,A)
【文献】特開2017-004635(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物であって、
前記遷移金属複合水酸化物は、結晶構造が異なる中心部と外周部からなる二層構造であり、
前記中心部は、遷移金属水酸化物の結晶層間に水分子が挿入されたアルファ型遷移金属水酸化物からなり、
前記外周部は遷移金属複合水酸化物の結晶層間に水分子を含まないベータ型遷移金属水酸化物からなることを特徴とする遷移金属複合水酸化物。
【請求項2】
前記遷移金属複合水酸化物は、一般式:NiCoMn(OH)2+a(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦a≦0.5、Aは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されることを特徴とする請求項1に記載の遷移金属複合水酸化物。
【請求項3】
前記遷移金属複合水酸化物は、平均粒径D50が3μm以上、8μm以下、(D90-D10)/D50が1.0以下、BET比表面積が10m/g以上、30m/g以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の遷移金属複合水酸化物。
【請求項4】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物の製造方法であって、
一種以上の遷移金属化合物を含む遷移金属原料水溶液とアンモニウムイオン供給体とを含む核生成用水溶液を、液温25℃基準でのpHが12.5以上、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が10容量%以上となるように制御して晶析反応槽に供給し核を生成させる核生成工程と、
生成された前記核を粒子成長させる第一の粒子成長工程と第二の粒子成長工程とを有し、
前記第一の粒子成長工程では、前記核生成工程で生成された前記核を含有する粒子成長用水溶液を、液温25℃基準におけるpHが10.5~11.5、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が10容量%以上となるように制御しつつ、前記遷移金属原料水溶液と前記アンモニウムイオン供給体とを連続的に供給し、
前記第二の粒子成長工程では、液温25℃基準におけるpHが11.5~12.0、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が1容量%以下となるように制御しつつ、前記遷移金属原料水溶液と前記アンモニウムイオン供給体とを連続的に供給することを特徴とする遷移金属複合水酸化物の製造方法。
【請求項5】
リチウムイオン二次電池に用いられるリチウム遷移金属複合酸化物活物質であって、
前記リチウム遷移金属複合酸化物活物質の粒子の中心が空間である中空部と、該中空部を覆う外殻部からなり、
前記リチウム遷移金属複合酸化物は、少なくともニッケルを遷移金属の一つとして含む、α-NaFeO型結晶構造であり、
前記リチウム遷移金属複合酸化物活物質のDBP給油量が40.3ml/100g以上であることを特徴とするリチウム遷移金属複合酸化物活物質。
【請求項6】
前記リチウム遷移金属複合酸化物は、一般式:Li1+sNiCoMn(-0.05≦s≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1)で表され、AはAl、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の元素を含むことを特徴とする請求項5に記載のリチウム遷移金属複合酸化物活物質。
【請求項7】
正極と負極と非水系電解質を備えるリチウムイオン二次電池であって、
前記正極及び前記負極のうち少なくとも一方は、請求項5又は6に記載のリチウム遷移金属複合酸化物活物質を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、スマートフォンやタブレットPCなどの小型情報端末の普及に伴い、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な二次電池の開発が強く望まれている。また、モータ駆動用電源、特に輸送機器用電源の電池として高出力の二次電池の開発が強く望まれている。
【0003】
このような要求を満たす二次電池として、リチウムイオン二次電池がある。リチウムイオン二次電池は、負極、正極、電解液などで構成され、負極及び正極の活物質として、リチウムを脱離及び挿入することが可能な活物質が用いられている。リチウムイオン二次電池については、現在研究開発が盛んに行われているところであるが、その中でも、層状またはスピネル型の結晶構造を有するリチウム金属複合酸化物を正極材料に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する電池として実用化が進んでいる。
【0004】
係るリチウムイオン二次電池の正極材料として、現在、合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO)や、コバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウム遷移金属複合酸化物(LiNiO)、リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)、マンガンを用いたリチウムマンガン複合酸化物(LiMn)、リチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi1/2Mn1/2)などのリチウム遷移金属複合酸化物が提案されている。
【0005】
これらのリチウム遷移金属複合酸化物の中でも、近年、埋蔵量の少ないコバルトの使用量を低減できるとともに高充放電容量であるリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO)や、さらに熱安定性にも優れているリチウムニッケルマンガン複合酸化物(LiNi1/2Mn1/2)、またさらにサイクル特性が良く、低抵抗で高出力が取り出せるリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi1/3Co1/3Mn1/3)が注目されている。
【0006】
ところで、リチウム二次電池の用途のなかには、ハイレートでの充放電(急速充放電)を繰り返す使用が想定されるものがある。自動車の動力源として用いられるリチウムイオン二次電池(例えば動力源として、リチウムイオン二次電池と、ガソリンエンジンのような作動原理の異なる動力源とを併用する、ハイブリッド自動車に搭載されるリチウムイオン二次電池)は、このような使用が想定される代表例である。しかし、従来の一般的なリチウムイオン二次電池は、ローレートでの充放電サイクルに対しては比較的高い耐久性を示すものであっても、ハイレートでの充放電サイクルに対しては性能劣化(内部抵抗の上昇等)を起こしやすいことが知られていた。そこで上記問題点に対し、下記の文献が開示されている。
【0007】
例えば、特許文献1には、リチウムイオン二次電池の正極または負極を多孔質中空構造の活物質から構成する技術が記載されている。かかる多孔質中空構造の活物質によると、電解液との接触面積が大きくなってリチウムイオンの移動が容易になり、またリチウムの挿入に伴う活物質の体積膨張による歪みが抑えられること等から、急速充電が可能で高容量・長寿命のリチウム電池が得られるとされている。
【0008】
また、特許文献2~4には、一次粒子が集合した中空球形の二次粒子であってその表面に内部に通じる多数の隙間が存在する複合酸化物粒子(リチウムコバルト複合酸化物粒子またはスピネル型リチウムマンガン複合酸化物粒子)を正極活物質として用いることにより、非水電解液との接触面積を大きくして正極活物質の利用率を向上させ得ることが記載されている。
【0009】
また、特許文献5にはオリビン構造を有するリチウムリン酸化合物であって、吸油量を増すことによって出力を向上することが記載されている。また、特許文献6には、リチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子が複数集合した二次粒子と、その内側に形成された中空部とを有する中空構造により、高出力化に適した性能を示し且つ充放電サイクルによる劣化の少ない活物質粒子が得られうることが記載されている。
【0010】
更に、特許文献7には、酸化性雰囲気中で核生成を行う核生成工程と、その核生成工程において形成された核を含有する粒子成長用水溶液を、液温25℃基準におけるpHが10.5~12.0の範囲で核生成段階より低くなるように制御するとともに、粒子成長工程の途中で酸化性雰囲気から酸素濃度1容量%以下の酸素と不活性ガスの混合雰囲気に切り替えることで中空構造を形成した前駆体及びその前駆体を焼成して得た活物質が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平8-321300号公報
【文献】特開平10-74516号公報
【文献】特開平10-83816号公報
【文献】特開平10-74517号公報
【文献】特開2012-104290号公報
【文献】特開2011-119092号公報
【文献】特開2012-246199号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、これら従来の活物質やその製造方法では吸油量が低く、十分な出力特性が得られないという問題があった。
【0013】
そこで本発明は、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる、遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一態様に係る遷移金属複合水酸化物は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物であって、前記遷移金属複合水酸化物は、結晶構造が異なる中心部と外周部からなる二層構造であり、前記中心部は、遷移金属水酸化物の結晶層間に水分子が挿入されたアルファ型遷移金属水酸化物からなり、前記外周部は遷移金属複合水酸化物の結晶層間に水分子を含まないベータ型遷移金属水酸化物からなることを特徴とする。
【0015】
このようにすれば、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体として用いると、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる遷移金属複合水酸化物を提供することができる。
【0016】
このとき、本発明の一態様では、前記遷移金属複合水酸化物は、一般式:NiCoMn(OH)2+a(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦a≦0.5、Aは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されてもよい。
【0017】
このようにすれば、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体として用いると、正極抵抗の値を低くできるとともに、電池性能を良好なものとすることができる。
【0018】
このとき、本発明の一態様では、前記遷移金属複合水酸化物は、平均粒径D50が3μm以上、8μm以下、(D90-D10)/D50が1.0以下、BET比表面積が10m/g以上、30m/g以下としてもよい。
【0019】
このようにすれば、容積あたりの充放電容量の低下を防止でき、また正極活物質の分散性を向上できる。
【0020】
本発明の一態様では、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物の製造方法であって、一種以上の遷移金属化合物を含む遷移金属原料水溶液とアンモニウムイオン供給体とを含む核生成用水溶液を、液温25℃基準でのpHが12.5以上、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が10容量%以上となるように制御して晶析反応槽に供給し核を生成させる核生成工程と、生成された前記核を粒子成長させる第一の粒子成長工程と第二の粒子成長工程とを有し、前記第一の粒子成長工程では、前記核生成工程で生成された前記核を含有する粒子成長用水溶液を、液温25℃基準におけるpHが10.5~11.5、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が10容量%以上となるように制御しつつ、前記遷移金属原料水溶液と前記アンモニウムイオン供給体とを連続的に供給し、前記第二の粒子成長工程では、液温25℃基準におけるpHが11.5~12.0、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が1容量%以下となるように制御しつつ、前記遷移金属原料水溶液と前記アンモニウムイオン供給体とを連続的に供給することを特徴とする。
【0021】
このようにすれば、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体として用いると、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる遷移金属複合水酸化物の製造方法を提供することができる。
【0022】
本発明の一態様では、リチウムイオン二次電池に用いられるリチウム遷移金属複合酸化物活物質であって、前記リチウム遷移金属複合酸化物活物質の粒子の中心が空間である中空部と、該中空部を覆う外殻部からなり、前記リチウム遷移金属複合酸化物は、少なくともニッケルを遷移金属の一つとして含む、α-NaFeO型結晶構造であり、前記リチウム遷移金属複合酸化物活物質のDBP給油量が40.3ml/100g以上であることを特徴とする。

【0023】
このようにすれば、リチウムイオン二次電池に用いると、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうるリチウム遷移金属複合酸化物活物質を提供することができる。
【0024】
このとき、本発明の一態様では、前記リチウム遷移金属複合酸化物は、一般式:Li1+sNiCoMn2(-0.05≦s≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1)で表され、AはAl、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の元素を含むとしてもよい。
【0025】
このようにすれば、正極抵抗の値を低くできるとともに、電池性能を良好なものとすることができる。
【0026】
本発明の一態様では、正極と負極と非水系電解質を備えるリチウムイオン二次電池であって、前記正極及び前記負極のうち少なくとも一方は、前記リチウム遷移金属複合酸化物活物質を含むことを特徴とする。
【0027】
このようにすれば、優れた出力特性を発現しうるリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる、遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池を提供することすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法の概略を示す工程図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法の概略を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者は、リチウムイオン二次電池の電池性能は正極に採用される正極活物質の性能に大きく影響されることに鑑み、上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、中心部は、遷移金属水酸化物の結晶層間に水分子が挿入されたアルファ型遷移金属水酸化物、外周部は遷移金属複合水酸化物の結晶層間に水分子を含まないベータ型遷移金属水酸化物からなることにより、吸油量の大きな正極活物質は正極を製造した際にリチウムイオンの出入りする経路が多く、二次電池の反応抵抗を小さくすることができ、優れた出力特性を得ることが可能であるとの知見を得て、本発明を完成するに至った。以下、本発明の好適な実施の形態について説明する。
【0031】
なお、以下に説明する本実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で変更が可能である。また、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池について、下記の順に説明する。
1.遷移金属複合水酸化物
2.遷移金属複合水酸化物の製造方法
2-1.核生成工程
2-2.第一の粒子成長工程
2-3.第二の粒子成長工程
2-4.各工程における、pHの制御、反応雰囲気の制御、各工程において使用する物質や溶液、反応条件等
3.リチウム遷移金属複合酸化物活物質
4.リチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法
4-1.熱処理工程
4-2.混合工程
4-3.焼成工程
5.リチウムイオン二次電池
【0032】
<1.遷移金属複合水酸化物>
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の前駆体である。上記遷移金属複合水酸化物は、結晶構造が異なる中心部と外周部からなる二層構造であり、上記中心部は、遷移金属水酸化物の結晶層間に水分子が挿入されたアルファ型遷移金属水酸化物からなり、上記外周部は遷移金属複合水酸化物の結晶層間に水分子を含まないベータ型遷移金属水酸化物からなることを特徴とする。以下、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の組成、平均粒径、粒度分布、粒子構造、結晶構造について説明する。
【0033】
(組成)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、その組成が、一般式:NiCoMn(OH)2+a(x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1、0≦a≦0.5、Aは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されるように調整される。
【0034】
このような組成を有する遷移金属複合水酸化物を前駆体として、リチウム遷移金属複合酸化物を製造すれば、このリチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質とする電極を二次電池に用いた場合に、測定される正極抵抗の値を低くできるとともに、電池性能を良好なものとすることができる。
【0035】
なお、上記遷移金属複合水酸化物を原料として正極活物質を得た場合、この遷移金属複合水酸化物の各構成元素の物質量比(Ni:Mn:Co:M)は、得られる正極活物質においても維持される。したがって、本発明の複合水酸化物の物質量比は、目的とする正極活物質に要求される物質量比と同じくなるように調製される。
【0036】
(平均粒径)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、平均粒径D50が1μmを超え、15μm以下、好ましくは平均粒径が3μm以上、8μm以下の範囲に調製する。遷移金属複合水酸化物の平均粒径をこのような範囲とすることにより、当該遷移金属複合水酸化物を原料として得られる正極活物質を目的とする平均粒径である1μmを超え、15μm以下に調整することができる。正極活物質の粒度分布は、原料とする遷移金属複合水酸化物の粒度分布に近しくなるため、上記粒径の正極活物質を正極材料に用いた電池の特性に影響するものである。
【0037】
この遷移金属複合水酸化物の平均粒径が1μm以下であると、得られる正極活物質の平均粒径も小さくなり、正極活物質の比表面積が増加することで二次電池にした際に高い出力は得られるが、正極の充填密度が低下して容積あたりの充放電容量が低下するとともに、電極ペーストを調製する際に導電助剤と正極活物質の分散性が悪化する場合がある。また、電極内で個々の正極活物質粒子に印加される電圧が不均一となることで、高電圧が加えられた粒子は充放電を繰り返すと劣化していき、二次電池の充放電容量が低下する場合がある。
【0038】
逆に、当該複合水酸化物の平均粒径が15μmを超えると、得られる正極活物質の比表面積が低下して、電解液との界面が減少することによりリチウムイオンが出入りする経路が少なくなるため、正極の抵抗が上昇して電池の出力特性が低下する場合がある。
【0039】
(粒度分布)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、その粒度分布の広がりを示す指標である〔(D90-D10)/平均粒径〕が、1.0以下、好ましくは0.70以下となるように調製されることが好ましい。
【0040】
上記のように正極活物質の粒度分布は、原料である複合水酸化物の影響を強く受け、例えば、遷移金属複合水酸化物に微粒子あるいは粗大粒子が混入していると、正極活物質にも、同様に、微粒子あるいは粗大粒子が存在するようになる。すなわち、〔(D90-D10)/平均粒径〕が1.0を超え、粒度分布が広い状態であると、正極活物質にも微粒子あるいは粗大粒子が存在するようになる場合がある。
【0041】
微粒子が多く存在する正極活物質を用いて正極を製造した場合、微粒子が局所的な反応を起こし発熱する可能性があり、二次電池の安全性が低下するとともに、微粒子が選択的に劣化するため、サイクル特性が悪化してしまう。一方、大径粒子が多く存在する正極活物質を用いて正極を形成した場合、電解液と正極活物質との反応面積が十分に取れず、反応抵抗の増加により二次電池の出力特性が悪化する。
【0042】
平均粒径や、D90、D10を求める方法は特に限定されないが、例えば、レーザ光回折散乱式粒度分析計で測定した体積積算値から求めることができる。平均粒径はD10、D90と同様の考えで累積体積が全粒子体積の50%となる粒径であるD50を用いることができる。
【0043】
(粒子構造)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、複数の一次粒子が凝集して形成された略球状の二次粒子により構成される。二次粒子を構成する一次粒子の形状としては、板状、針状、直方体状、楕円状、稜面体状などのさまざまな形態を採りうる。また、その凝集状態も、ランダムな方向に凝集する場合のほか、中心から外周方向に向けて放射状に粒子の長径方向が揃ったような形態も本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物に適用することが可能である。
【0044】
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物では特に、板状及び/または針状の一次粒子がランダムな方向に凝集して二次粒子を形成していることが好ましい。このような構造の場合、一次粒子間にほぼ均一に空隙が生じて、リチウム化合物と混合して焼成する過程で、溶融したリチウム化合物が二次粒子内部へ十分に拡散し、リチウムと遷移金属複合水酸化物の反応が進みやすいからである。
【0045】
二次粒子を構成する一次粒子の平均粒径は、0.3~3.0μmの範囲であることが好ましい。一次粒子の大きさが上記範囲であることにより、一次粒子間に適切な空隙が得られ、焼成時に二次粒子内へのリチウムの十分な拡散が容易に行われる。なお、一次粒子の平均粒径は、0.4~1.5μmであることがより好ましい。
【0046】
一次粒子の平均粒径が0.3μm未満であると、焼成過程で焼結温度が低温化して、二次粒子同士の焼結が多くなり、二次粒子が凝集した粗大粒子が正極活物質に含まれるようになる場合がある。一方、一次粒子の平均粒径が3μmを超えると、リチウム化合物の二次粒子内部への拡散が進みにくくなり、得られる正極活物質の結晶性を十分なものとするためには焼成温度を高くする必要が生じ、このような高い温度での焼成により、二次粒子間での焼結凝集が発生することで粗大粒子が生成し、正極活物質が適切な粒度分布から外れてしまう場合がある。
【0047】
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物において、正極活物質の二次粒子の構造として、緻密な外殻部と活物質の存在しない中空部を有する中空構造が好ましい。上記中空構造の正極活物質の合成に用いる前駆体としては、中空部を形成する微細で粗な一次粒子の集合体と、中空部の外側に外殻部を形成する緻密な一次粒子の集合体を外周部に備える遷移金属複合水酸化物が好ましい。
【0048】
このような遷移金属複合水酸化物の粒子構造は、密度や大きさが異なる2種類以上の一次粒子の集合体から構成される。
【0049】
上記中空構造の正極活物質の前駆体である遷移金属複合水酸化物は、中心部は微細な一次粒子が連なった隙間が多い構造であり、外殻部は大きく厚みのある板状の一次粒子からなる中心部より緻密な構造であることが好ましい。このような遷移金属複合水酸化物はリチウム化合物との反応時に、外殻部よりも中心部において焼結がより低温から進行し、中心部の一次粒子は二次粒子の中心から外周部に向かって収縮していく。また、中心部は遷移金属複合水酸化物の密度が低いため、リチウム化合物と反応した時の収縮率も大きくなり、その結果、得られるリチウム遷移金属複合酸化物粒子の中心部には十分な大きさを有する空間である中空部が形成される。
【0050】
このような中空構造を形成させるには、遷移金属複合水酸化物の一次粒子の性状が大きく影響する。すなわち、中心部では微細な一次粒子がランダムな方向に凝集し、かつ、外周部では、より大きな一次粒子がランダムな方向に凝集していることが好ましい。ランダムな方向の凝集により中心部の収縮が全方位に向け均等に生じ、リチウム遷移金属複合酸化物を形成した時に十分な大きさを有する中空部を形成することができる。
【0051】
また、中心部の微細一次粒子の平均粒径は、0.01~0.3μmであることが好ましく、0.1~0.3μmであることがより好ましい。微細一次粒子の平均粒径0.01μm未満であると、遷移金属複合水酸化物において十分な大きさの中心部が形成されないことがあり、0.3μmを超えると、焼結開始の低温化及び収縮が十分でなく、焼成後に十分な大きさの空間が得られないことがある。なお、外殻部の一次粒子の性状については、上記のものとすればよい。
【0052】
このような遷移金属複合水酸化物を原料として得られるリチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を構成する二次粒子は、中空構造を有し、粒子径に対する外殻部の厚さの比率は、上記遷移金属複合水酸化物二次粒子における粒子径に対する外周部の比率がほぼ維持される。よって、二次粒子径に対する外周部の厚さの比率を上記範囲とすることで、リチウム遷移金属複合酸化物に十分な中空部を形成することができる。
【0053】
なお、遷移金属複合水酸化物中心部の微細一次粒子及び外周部のより大きな一次粒子の粒径、ならびに外周部の厚さは、例えば、複数の遷移金属複合水酸化物二次粒子をエポキシ樹脂などに埋め込み、クロスセクションポリッシャ加工した後に、露出した粒子断面を、走査型電子顕微鏡を用いて観察することによって測定できる。
【0054】
また、遷移金属複合水酸化物のBET比表面積が10m/g以上、30m/g以下であることが好ましい。遷移金属複合水酸化物のBET比表面積が10m/g未満では、リチウムイオン二次電池を構成した場合に、電解液との反応面積を十分に確保することができず、出力特性を十分に向上させることが困難となる場合がある。一方、30m/gを超えると、リチウムイオン二次電池を構成した場合に、十分な安全性を得ることが困難となる場合がある。
【0055】
(結晶構造)
上記遷移金属複合水酸化物は、微細な一次粒子からなる中心部と、より大きな一次粒子からなる外周部から構成される。本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物は、中心部と外周部の結晶構造が異なることを特徴とする。
【0056】
水酸化ニッケルにはアルファ型構造とベータ型構造が存在し、アルファ型構造はベータ型構造のNi-OH…OH-Niの層間を広げて積層をずらしたような構造をとり、この層間に水分子が挿入されていることを特徴とする。このような構造のため、アルファ型構造の水酸化ニッケルはベータ型構造の水酸化ニッケルに比べて単位質量当たりの体積が大きく、より疎な結晶を作りやすい。よって上記微細な一次粒子からなる中心部を作成する際には水酸化ニッケルはアルファ型構造であることが好ましく、上記よりおおきな一次粒子からなる外周部を作成する際には水酸化ニッケルはベータ型構造であることが好ましい。
【0057】
晶析条件と水酸化ニッケルの結晶構造の関係は晶析反応時の雰囲気中の酸素濃度に影響され、酸素濃度が高い酸化性雰囲気中では晶析pHが低い方がアルファ型構造を取りやすく、晶析pHが高い方がベータ型構造を取りやすい。逆に晶析反応時の酸素濃度が低い非酸化性雰囲気では晶析pHが高い方がアルファ型構造を取りやすく、晶析pHが低い方がベータ型構造を取りやすい。
【0058】
但し、上記遷移金属水酸化物の中心部を作成する際は酸化性雰囲気、外周部を作成する際は非酸化性雰囲気で晶析反応を進める必要があるので、中心部を作成する際にはpHを低めに、外周部を作成する際にはpHを高めに制御することが重要となる。より具体的には、酸化性雰囲気かつ高pHで核生成工程を行わせたのち、酸化性雰囲気のまま低pHで中心部を形成させ、雰囲気を非酸化性雰囲気に切り替えるとともにpHを高くし外周部を形成させることで、中心部がアルファ型構造、外周部がベータ型構造の遷移金属複合水酸化物を作成することができる。詳細な製造方法については後述する。
【0059】
なお、水酸化ニッケルのアルファ型構造とベータ型構造はX線回折パターンに明確な相違があるため、形成された結晶構造はX線回折により確認することができるが、本発明における遷移金属複合水酸化物は中心部がアルファ型構造、外周部がベータ型構造であるため、通常の粉末X線回折では内部構造まで同定することは困難である。そこで、遷移金属複合酸化物表面を酸などで溶解除去してからX線回折測定を行い、遷移金属水酸化物の粒度分布を指標とした溶解除去量とアルファ型、ベータ型各々の回折ピーク高あるいはピーク面積の比の関係を求めることで、遷移金属複合水酸化物の内部結晶構造を推定することが可能となる。また、後述する第一の粒子成長工程S21、第二の粒子成長工程S22ごとに遷移金属水酸化物を採取し、X線回折測定を行うこととしても良い。
【0060】
以上より、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物によれば、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる遷移金属複合水酸化物を提供することすることができる。
【0061】
<2.遷移金属複合水酸化物の製造方法>
次に本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法について、図1を用いて説明する。本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法は、図1に示すように、一種以上の遷移金属化合物を含む遷移金属原料水溶液とアンモニウムイオン供給体とを含む核生成用水溶液を、液温25℃基準でのpHが12.5以上、かつアンモニウムイオン濃度が25g/L以下、雰囲気中の酸素濃度が10容量%以上となるように制御して晶析反応槽に供給し核を生成させる核生成工程S10と、生成された上記核を粒子成長させる第一の粒子成長工程S21と第二の粒子成長工程S22とを有する。
【0062】
特許文献5に示された従来の晶析法では、中空部を形成する微細な一次粒子の粗な集合体と、それを包み込む外周部の緻密な一次粒子の集合体の境界が比較的凹凸が少ないため、焼成後に得られたリチウム遷移金属複合酸化物の外殻部の内部は凹凸の少ない形状を有していた。これに対して、本発明の一実施形態に係る製造方法によって得られる遷移金属複合水酸化物は、中心部を形成する微細一次粒子の粗な集合体と、それを包み込む外周部の緻密な一次粒子の集合体を備えている点に特徴がある。以下工程ごとに説明する。
【0063】
<2-1.核生成工程>
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法においては、まず、少なくともニッケルを含有する複数の遷移金属化合物を所定の物質量比で水に溶解させ、遷移金属原料水溶液を作製する。本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法では、得られる遷移金属複合水酸化物における上記各遷移金属の物質量比は、混合水溶液における各遷移金属の物質量比と同様となる。
【0064】
よって、遷移金属原料水溶液中における各遷移金属の物質量比が、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物中における各遷移金属の物質量比と同じ比となるように、水に溶解させる各遷移金属化合物の割合を調整して遷移金属原料水溶液を作製する。
【0065】
一方、反応槽には、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液、アンモニウムイオンを含む水溶液、及び水を供給し混合してアンモニウムイオン供給体を作製する。アルカリ水溶液の供給量を調整することにより、上記アンモニウムイオン供給体のpHを液温25℃基準で12.5以上好ましくは12.5~14.0となるように調整する。また、アンモニア水溶液の供給量を調整することにより、反応前水溶液中のアンモニウムイオン濃度を好ましくは3~25g/L、より好ましくは5~20g/L、さらに好ましくは5~15g/Lとなるように調節する。なお、反応前水溶液の温度についても、好ましくは20~60℃、より好ましくは35~60℃となるように調整する。反応槽内の反応前水溶液のpH、アンモニウムイオンの濃度については、それぞれ一般的なpH計、イオンメーターによって測定可能である。
【0066】
反応前水溶液のpH、アンモニウムイオン濃度及び温度を調整した後、攪拌しながらアンモニウムイオン供給体を反応槽内に供給する。これにより、反応槽内には、アンモニウムイオン供給体と遷移金属原料水溶液とが混合した核生成用水溶液が得られる。当該核生成用水溶液中において遷移金属複合水酸化物の微細な核が生成されることになる。この時、核生成用水溶液のpHは上記範囲にあるので、供給された原料水溶液中の遷移金属元素は核生成のみを起こし、生成した核はほとんど成長することなく、核の生成のみが進行する。
【0067】
なお、原料水溶液の供給による核生成に伴って、核生成用水溶液のpH及びアンモニウムイオンの濃度は低下するので、核生成用水溶液にはアルカリ水溶液、アンモニア水溶液を含むアンモニウム供給体を供給して供給量を調整することによって、核生成用水溶液のpHが液温25℃基準で12.5~14.0の範囲に、アンモニウムイオン濃度が3~25g/Lの範囲にそれぞれ維持されるように制御する。
【0068】
上記核生成用水溶液に対する原料水溶液、アルカリ水溶液及びアンモニア水溶液の供給により、核生成用水溶液中には、連続して新しい核の生成が継続される。そして、核生成用水溶液中に、所定の量の核が生成された時点で、核生成工程S10を終了する。所定量の核が生成したか否かは、核生成用水溶液に添加した金属塩の量によって判断する。また、所定量の核が生成するまで、上記アンモニウム供給体や遷移金属原料水溶液を適宜供給する。
【0069】
核生成工程S10において生成する核の量は、特に限定されるものではないが、粒度分布の良好な複合水酸化物を得るためには、全体量、つまり、遷移金属複合水酸化物を得るために供給する全遷移金属化合物の0.1~2質量%とすることが好ましく、1.5質量%以下とすることがより好ましい。
【0070】
<2-2.第一の粒子成長工程>
核生成工程S10の終了後、第一の粒子成長工程S21では、核を含有する粒子成長用水溶液を、液温25℃基準におけるpHが10.5~11.5、好ましくは10.8~11.3となるように制御して、粒子成長した第一の粒子成長用水溶液を得る。具体的には、このpH制御は、アルカリ水溶液の供給量を調節することにより行う。
【0071】
第一の粒子成長用水溶液のpHを上記範囲とすると、核の生成反応よりも核の成長反応の方が優先して生じる。そのため、第一の粒子成長工程S21においては、第一の粒子成長用水溶液中に新たな核はほとんど生成することなく、核が成長(粒子成長)して、所定の粒子径を有する遷移金属複合水酸化物が形成される。また、酸化性雰囲気下、上記pHで晶析反応を行わせることによりアルファ型構造の遷移金属複合水酸化物が優先的に生成し、微細な一次粒子からなる中心部が形成される。
【0072】
核生成反応と同様に、粒子成長に伴って第一の粒子成長用水溶液のpH及びアンモニウムイオン濃度が減少するので、第一の粒子成長用水溶液にも、原料水溶液とともに、アルカリ水溶液、アンモニア水溶液を含むアンモニウム供給体を供給して、粒子成長用水溶液のpHが液温25℃基準で10.5~11.5の範囲に、アンモニウムイオンの濃度が3~25g/Lの範囲に維持するように制御する。また、遷移金属イオンの濃度も減少するので、遷移金属原料水溶液も適宜供給する。
【0073】
その後、上記遷移金属複合水酸化物が目的とする中心部の粒径まで成長した時点で、第一の粒子成長工程S21を終了する。
【0074】
<2-3.第二の粒子成長工程>
第一の粒子成長工程S21の終了後、第二の粒子成長工程S22では、一旦遷移金属原料水溶液の供給を停止し、上記第一の粒子成長用水溶液を液温25℃基準におけるpHが11.5~12.0となるように制御して、さらに粒子成長した第二の粒子成長用水溶液を得る。このpH制御は、具体的には、アルカリ水溶液の供給量を調節することにより行う。また、雰囲気ガスを酸素濃度0.1%以下の非酸化性雰囲気に切り替える。
【0075】
第二の粒子成長用水溶液のpHを上記範囲とすると、第一の粒子成長工程S21にて生成した粒子がさらに成長(粒子成長)して、所定の粒子径を有する遷移金属複合水酸化物が形成される。この時、非酸化性雰囲気下、上記pHで晶析反応を行わせることによりベータ型構造の遷移金属複合水酸化物が優先的に生成し、第一の粒子成長工程S21で生成した微細な一次粒子よりも大きな一次粒子からなる外周部が形成される。
【0076】
第二の粒子成長工程S22でも、遷移金属原料水溶液の供給による粒子成長に伴って粒子成長用水溶液のpH及びアンモニウムイオン濃度が減少するので、第二の粒子成長用水溶液にも、遷移金属原料水溶液と、アルカリ水溶液とアンモニア水溶液を含むアンモニウム供給体とを供給して、粒子成長用水溶液のpHが液温25℃基準で11.5~12.0の範囲に、アンモニウムイオンの濃度が3~25g/Lの範囲に維持するように制御する。
【0077】
その後、上記第二の粒子成長工程S22における遷移金属複合水酸化物が目的とする遷移金属複合水酸化物の粒径まで成長した時点で、第二の粒子成長工程S22を終了する。
【0078】
なお、各工程での遷移金属複合水酸化物の粒径は、予備試験により各工程におけるそれぞれの反応水溶液への遷移金属化合物の添加量と得られる粒子の粒度分布の関係を求めておけば、各工程での遷移金属化合物の添加量から容易に判断できる。
【0079】
また、図1に示すように、核生成工程S10が終了した核を含有する粒子成長用水溶液のpHを調整して、核生成工程S10から引き続いて第一及び第二の粒子成長工程S21、S22を行っているので、粒子成長工程への移行を迅速に行うことができるという利点がある。さらに、核生成工程S10から粒子成長工程への移行は、反応水溶液のpHを調整するだけで移行でき、pHの調整も一時的にアルカリ水溶液の供給を停止することで容易に行うことができるという利点がある。この利点は第一の粒子成長工程S21から第二の粒子成長工程S22へ移行する際にも同様である。
【0080】
なお、反応水溶液のpHは、遷移金属化合物を構成する酸と同種の無機酸、例えば、遷移金属化合物に硫酸塩を用いた場合、硫酸を反応水溶液に添加することでも調整できる。
【0081】
また、第一の粒子成長工程S21にて、粗な構造のアルファ型遷移金属複合水酸化物を得る場合には、酸化性雰囲気を維持しつつ、反応槽内の撹拌回転数を、反応溶液の単位体積当たりの撹拌所用動力が0.5~4kW/mの範囲となるように適正化して、晶折反応を行うことが好ましい。このように第一の粒子成長工程S21において酸化性雰囲気とすることで、一次粒子の成長よりは、微細一次粒子の凝集が促進され、空隙の多い低密度の微細一次粒子の集合体が形成されやすい。
【0082】
一方、第二の粒子成長工程S22にて緻密な構造のベータ型遷移金属複合水酸化物を得るには、非酸化性雰囲気を維持しつつ、反応槽内の撹拌回転数を、反応溶液の単位体積当たりの撹拌所用動力が0.5~4kW/mの範囲となるようにして、晶折反応を行うことが好ましい。このように第二の粒子成長工程S22において酸化を抑制し、撹拌を適正化することで、一次粒子の成長がより促進され、一次粒子が大きく緻密な粒子成長を進めることができる。
【0083】
次に、各工程における、pHの制御、反応雰囲気の制御、各工程において使用する物質や溶液、反応条件について、詳細に説明する。
【0084】
<2-4.各工程における、pHの制御、反応雰囲気の制御、各工程において使用する物質や溶液、反応条件等>
(pH制御)
核生成工程S10においては、核生成用水溶液を液温25℃基準におけるpHが、12.5~14.0、好ましくは12.5~13.5の範囲となるように制御する必要がある。pHが14.0を超える場合、生成する核が微細になり過ぎ、反応水溶液がゲル化する問題がある。また、pHが12.5未満では、核形成とともに核の成長反応が生じるので、形成される核の粒度分布の範囲が広くなり不均質なものとなってしまう。すなわち、核生成工程S10において、上述の範囲に反応水溶液のpHを制御することで、核の成長を抑制してほぼ核生成のみを起こすことができ、形成される核も均質かつ粒度分布の範囲が狭いものとすることができる。
【0085】
一方、第一の粒子成長工程S21においては、核を含有する粒子成長用水溶液を液温25℃基準におけるpHが10.5~11.5、好ましくは10.7~11.2の範囲となるように制御する必要がある。pHが11.5を超える場合、新たに生成される核が多くなり、微細二次粒子が副次的に生成するため、粒径分布が良好な水酸化物が得られない。また、pHが10.5未満では、アンモニウムイオンによる溶解度が高く、析出せずに液中に残る金属イオンが増えるため、生産効率が悪化する。すなわち、第一の粒子成長工程S21において、上述の範囲に核を含有する粒子成長用水溶液のpHを制御することで、核生成工程S10で生成した核の成長のみを優先的に起こさせ、新たな核形成を抑制することができ、また、酸化性雰囲気下で上記pHの範囲で粒子成長を起こさせるとアルファ型構造の遷移金属複合水酸化物が優先的に生成するため、得られる遷移金属複合水酸化物は微細な一次粒子からなる粗な粒子であり、かつ粒径の揃ったものとすることができる。
【0086】
第二の粒子成長工程S22においては、第一の粒子成長用水溶液を液温25℃基準におけるpHが11.5~12.0、好ましくは11.5~11.8の範囲となるように制御する必要がある。非酸化性雰囲気下で上記pHの範囲で粒子成長を起こさせるとベータ型構造の遷移金属複合水酸化物が優先的に生成するため、得られる遷移金属複合水酸化物は一段目の粒子成長工程で得られる一次粒子よりも大きな一次粒子からなる密な粒子であり、かつ粒径の揃ったものとすることができる。
【0087】
核生成工程S10及び第一、第二の粒子成長工程S21、S22のいずれにおいても、pHの変動幅は、設定値の上下0.2以内とすることが好ましい。pHの変動幅が大きい場合、核生成と粒子成長が一定とならず、粒度分布の範囲の狭い均一な遷移金属複合水酸化物が得られない場合がある。
【0088】
(反応雰囲気の制御)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の粒子構造は、核生成工程S10及び第一の粒子成長工程S21及び第二の粒子成長工程S22における反応雰囲気によって制御される。
【0089】
核生成工程S10及び第一の粒子成長工程S21の初期における反応雰囲気を酸化性雰囲気に制御することにより、微細一次粒子からなる中心部を低密度のものとすることができる。具体的には、上記核生成工程S10及び第一の粒子成長工程S21の酸化性雰囲気は、反応槽内空間部の酸素濃度を10容量%以上、好ましくは20容量%以上とする。特に、制御が容易な大気雰囲気(酸素濃度:21容量%)とすることが好ましい。酸素濃度が10容量%を超える雰囲気とすることで、一次粒子の平均粒径を0.01~0.3μmと微細なものにすることができる。一方、酸素濃度が10容量%以下では、中心部の一次粒子の平均粒径が0.3μmを超えることがある。酸素濃度の上限は、特に限定されるものではないが、30容量%を超えると、上記一次粒子の平均粒径が0.01μm未満となる場合があり、好ましくない。
【0090】
一方、第二の粒子成長工程S22中の反応槽内の雰囲気を非酸化性雰囲気に制御した場合、遷移金属複合水酸化物を形成する一次粒子の成長が促進され、一次粒子が大きく緻密で、粒径が適度に大きな二次粒子が形成される。特に、酸素濃度が1容量%以下、好ましくは0.5容量%以下、より好ましくは0.3容量%以下の非酸化性雰囲気とすることで、比較的大きな一次粒子が生成し凝集することにより粒子成長が促進され、緻密で適度に大きな外周部を有する遷移金属複合水酸化物を得ることができる。
【0091】
このような雰囲気に反応槽内空間部を保つための手段としては、窒素などの不活性ガスを反応槽内空間部へ流通させること、さらには反応液中に不活性ガスをバブリングさせることがあげられる。
【0092】
上記第二の粒子成長工程S22における雰囲気の切り替えは、最終的に得られる正極活物質において、微粒子が発生してサイクル特性が悪化しない程度の中空部が得られるように、遷移金属複合水酸化物の中心部の大きさを考慮して、そのタイミングが決定される。例えば、第一と第二の粒子成長工程S21、S22の全体の時間に対して、第一の粒子成長工程S21が第一の粒子成長工程S21開始時から0~40%の範囲で行うことが好ましく、0~30%の範囲で行うことがより好ましく、0~25%の範囲で行うことがさらに好ましい。第一及び第二の粒子成長工程S21、S22の全体の時間に対して40%を超える時点で切り替えを行うと、形成される中心部が大きくなり、上記二次粒子の粒径に対する外殻部の厚さが薄くなり過ぎる。一方、第二の粒子成長工程S22の開始前、すなわち、核生成工程S10中に第二の粒子成長工程S22へと切り替えを行うと、中心部が小さくなりすぎるか、上述した中心部と外周部からなる二層構造を有する二次粒子が形成されない。
【0093】
(遷移金属化合物)
遷移金属化合物としては、目的とする遷移金属を含有する化合物を用いる。使用する化合物は、水溶性の化合物を用いることが好ましく、硝酸塩、硫酸塩、塩酸塩などがあげられる。例えば、ニッケル、コバルト、マンガンの金属化合物としては硫酸ニッケル、硫酸マンガン、硫酸コバルトが好ましく用いられる。
【0094】
(添加元素)
添加元素(Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の元素)は、水溶性の化合物を用いることが好ましく、例えば、硫酸チタン、ペルオキソチタン酸アンモニウム、シュウ酸チタンカリウム、硫酸バナジウム、バナジン酸アンモニウム、硫酸クロム、クロム酸カリウム、硫酸ジルコニウム、硝酸ジルコニウム、シュウ酸ニオブ、モリブデン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸アンモニウムなどを用いることができる。
【0095】
係る添加元素を複合水酸化物の内部に均一に分散させる場合には、上記核生成工程S10及び第一及び第二の粒子成長工程S21、S22において、核生成用水溶液、核を含有する粒子成長用水溶液、第一の粒子成長用水溶液又は第二の粒子成長用水溶液に、上記1種以上の添加元素を含む塩を溶解させた水溶液を添加して、又は、上記1種以上の添加元素を含む塩を溶解させた水溶液と上記水溶液とを同時に晶析槽中に給液して、複合水酸化物の内部に添加元素を均一に分散させた状態で共沈させることできる。
【0096】
また、上記複合水酸化物の表面を添加元素で被覆する場合には、例えば、添加元素を含んだ水溶液で当該複合水酸化物をスラリー化し、所定のpHとなるように制御しつつ、上記1種以上の添加元素を含む水溶液を添加して、晶析反応により添加元素を複合水酸化物表面に析出させれば、その表面を添加元素で均一に被覆することができる。この場合、添加元素を含んだ水溶液に替えて、添加元素のアルコキシド溶液を用いてもよい。さらに、上記複合水酸化物に対して、添加元素を含んだ水溶液あるいはスラリーを吹き付けて乾燥させることによっても、複合水酸化物の表面を添加元素で被覆することができる。また、複合水酸化物と上記1種以上の添加元素を含む塩が懸濁したスラリーを噴霧乾燥させる、あるいは複合水酸化物と上記1種以上の添加元素を含む塩を固相法で混合するなどの方法により被覆することができる。
【0097】
なお、表面を添加元素で被覆する場合、混合水溶液中に存在する添加元素イオンの原子数比を被覆する量だけ少なくしておくことで、得られる複合水酸化物の金属イオンの原子数比と一致させることができる。また、粒子の表面を添加元素で被覆する工程は、遷移金属複合水酸化物を熱処理した後の粒子に対して行ってもよい。
【0098】
(原料水溶液の濃度)
遷移金属原料水溶液の濃度は、遷移金属化合物の合計物質量で好ましくは1~2.6mol/L、より好ましくは1.5~2.4mol/L、さらに好ましくは1.8~2.2mol/Lとする。遷移金属原料水溶液の濃度が1mol/L未満では、反応槽体積当たりの遷移金属複合水酸化物の生産量が少なくなるために生産性が低下して好ましくない。一方、遷移金属原料水溶液の塩濃度が2.6mol/Lを超えると、遷移金属原料水溶液の液温が低い場合に配管内で凍結して配管を詰まらせるなどの危険があるため、配管の保温もしくは加温する必要があり、コストがかかる。
【0099】
また、遷移金属化合物は、必ずしも遷移金属原料水溶液として反応槽に供給しなくてもよく、例えば、混合すると反応して化合物が生成される遷移金属化合物を用いる場合、全遷移金属化合物水溶液の合計の濃度が上記範囲となるように、個別に金属化合物水溶液を調製して、個々の金属化合物の水溶液として所定の割合で同時に反応槽内に供給してもよい。
【0100】
さらに、遷移金属原料水溶液や個々の金属化合物の水溶液を反応槽に供給する量は、晶析反応を終えた時点での遷移金属複合水酸化物のスラリー濃度が、概ね30~250g/L、好ましくは80~150g/Lになるようにすることが好ましい。スラリー濃度が30g/L未満の場合には、一次粒子の凝集が不十分になることがあり、250g/Lを超える場合には、添加する混合水溶液の反応槽内での拡散が十分でなく、粒子成長に偏りが生じることがあるからである。
【0101】
(錯化剤)
上記遷移複合水酸化物の製造方法においては、非還元性錯化剤を用いることが好ましい。還元性のある錯化剤を用いると、反応水溶液中でのマンガンの溶解度が大きくなり過ぎ、高いタップ密度の遷移金属複合水酸化物が得られない。非還元性錯化剤は、特に限定されるものではなく、水溶液中でニッケルイオン、コバルトイオン及びマンガンイオンと結合して錯体を形成可能なものであればよい。例えば、アンモニウムイオン供給体、エチレンジアミン四酢酸、ニトリト三酢酸、ウラシル二酢酸及びグリシンなどが挙げられる。
【0102】
アンモニウムイオン供給体については、特に限定されないが、例えば、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、炭酸アンモニウム、フッ化アンモニウムなどを使用することができる。
【0103】
(アンモニア濃度)
反応水溶液中のアンモニア濃度は、好ましくは3~25g/L、より好ましくは5~20g/L、さらに好ましくは5~15g/Lの範囲内で一定値に保持する。
【0104】
アンモニアはアンモニウムイオンとなって遷移金属元素の錯化剤として作用するため、アンモニア濃度が3g/L未満であると、遷移金属イオンの溶解度を一定に保持することができず、形状及び粒径が整った板状の水酸化物一次粒子が形成されず、ゲル状の核が生成しやすいため粒度分布も広がりやすい。
【0105】
一方、上記アンモニア濃度が25g/Lを超える濃度では、遷移金属イオンの溶解度が大きく、水酸化物が緻密に形成されるため、最終的に得られるリチウムイオン二次電池用正極活物質も緻密な構造になり、粒径が小さく、比表面積も低くなることがある。また、遷移金属イオンの溶解度が大きくなり過ぎると、反応水溶液中に残存する遷移金属イオン量が増えて、各遷移金属元素の物質量比のずれなどが起きる。
【0106】
また、アンモニア濃度が変動すると、遷移金属イオンの溶解度が変動し、均一な水酸化物が形成されないため、反応水溶液中のアンモニア濃度は一定値に保持することが好ましい。例えば、アンモニア濃度は、上限と下限の幅を5g/L程度として所望の濃度に保持することが好ましい。
【0107】
(反応液温度)
反応槽内において、反応液の温度は、好ましくは20~60℃、より好ましくは35~60℃に設定する。反応液の温度が20℃未満の場合、遷移金属イオンの溶解度が低いため核発生が起こりやすく制御が難しくなる。一方、60℃を超えると、アンモニアの揮発が促進されるため、所定のアンモニア濃度を保つために、過剰のアンモニウムイオン供給体を添加しなければならならず、コスト高となる。
【0108】
(アルカリ水溶液)
反応水溶液中のpHを調整するアルカリ水溶液については、特に限定されるものではなく、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物水溶液を用いることができる。かかるアルカリ金属水酸化物の場合、直接、反応水溶液中に供給してもよいが、反応槽内における反応水溶液のpH制御の容易さから、水溶液として反応槽内の水溶液に添加することが好ましい。
【0109】
また、アルカリ水溶液を反応槽に添加する方法についても、特に限定されるものではなく、反応水溶液を十分に攪拌しながら、定量ポンプなど、流量制御が可能なポンプで、反応水溶液のpHが所定の範囲に保持されるように、添加すればよい。
【0110】
(製造設備)
本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法では、反応が完了するまで生成物を回収しないバッチ式の装置を用いる。例えば、撹拌機を設置したバッチ晶析反応槽などである。かかる装置を採用すると、一般的なオーバーフローによって生成物を回収する連続晶析装置のように、成長中の粒子がオーバーフロー液と同時に回収されるという問題が生じないため、粒度分布が狭く粒径の揃った粒子を得ることができる。
【0111】
また、反応雰囲気を制御する必要があるため、密閉式の装置などの雰囲気制御可能な装置を用いる。このような装置を用いることで、得られる複合水酸化物を上記構造のものとすることができるとともに、核生成反応や粒子成長反応をほぼ均一に進めることができるので、粒径分布の優れた粒子、すなわち粒度分布の範囲の狭い粒子を得ることができる。
【0112】
上述した工程を経て得られた遷移金属複合水酸化物は、結晶構造が異なる中心部と外周部からなる二層構造であり、上記中心部は、遷移金属水酸化物の結晶層間に水分子が挿入されたアルファ型遷移金属水酸化物からなり、上記外周部は遷移金属複合水酸化物の結晶層間に水分子を含まないベータ型遷移金属水酸化物からなることを特徴とする。
【0113】
以上より、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物の製造方法によれば、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうる遷移金属複合水酸化物を提供することすることができる。
【0114】
<3.リチウム遷移金属複合酸化物活物質>
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、リチウムイオン二次電池に用いられる。また、上記リチウム遷移金属複合酸化物活物質の粒子の中心が空間である中空部と、当該中空部を覆う外殻部からなり、上記リチウム遷移金属複合酸化物は、少なくともニッケルを遷移金属の一つとして含む、α-NaFeO型結晶構造であることを特徴とする。
【0115】
(組成)
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、正極活物質であるが、その組成が、一般式:Li1+sNiCoMn2(-0.05≦s≦0.50、x+y+z+t=1、0.3≦x≦0.7、0.1≦y≦0.4、0.1≦z≦0.4、0<t≦0.1、Aは、Al、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wから選択される1種以上の添加元素)で表されるように調整されることが好ましい。
【0116】
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質において、リチウムの過剰量を示すsの値は、-0.05から0.50までの範囲である。リチウムの過剰量sが-0.05未満の場合、得られたリチウム遷移金属複合酸化物活物質を用いたリチウムイオン二次電池における正極の反応抵抗が大きくなるため、電池の出力が低くなってしまう場合がある。一方、リチウムの過剰量sが0.50を超える場合、上記リチウム遷移金属複合酸化物活物質を電池の正極に用いた場合の初期放電容量が低下するとともに、正極の反応抵抗も増加してしまう場合がある。
【0117】
なお、当該反応抵抗をより低減させるためには、リチウムの過剰量sは、0以上とすることが好ましく、0以上0.35以下とすることがより好ましく、0以上0.20以下とすることがさらに好ましい。なお、上記一般式におけるニッケルの含有量を示すxが0.7以下、かつ、yが0.1以上の場合には、高容量化の観点から、リチウム過剰量sは0.10以上とすることがより好ましい。
【0118】
コバルトの含有量を示すyの値は0.1以上0.4以下とする。yの値が、このような範囲にある場合、正極活物質として用いたときの二次電池の充放電容量とサイクル特性、安全性を高いレベルで両立させることが出来る。
【0119】
マンガンの含有量を示すzの値は0.1以上0.4以下とする。zの値が、このような範囲にある場合、前駆体である遷移金属複合水酸化物が、微細一次粒子からなる中心部と中心部の外側に該微細一次粒子よりも大きな一次粒子からなる外殻部を有する構造となる場合がある。マンガンの含有量が0.4を超える場合には、正極活物質として用いた電池の容量が低下し、抵抗が上昇するという問題がある。
【0120】
また、上記一般式で表されるように、本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、添加元素を含有するように調整されていることが、より好ましい。上記添加元素を含有させることで、これを正極活物質として用いた電池の耐久特性や出力特性を向上させることができる。
【0121】
特に、添加元素が粒子の表面または内部に均一に分布することで、粒子全体で上記効果を得ることができ、少量の添加で上記効果が得られるとともに容量の低下を抑制できる。
【0122】
さらに、より少ない添加量で効果を得るためには、粒子内部より粒子表面における添加元素の濃度を高めることが好ましい。
【0123】
全原子に対する添加元素Aの原子数比tが0.1を超えると、Redox反応に貢献する金属元素が減少するため、電池容量が低下するため好ましくない。したがって、添加元素Mは、上記原子数比tで上記範囲となるように調整する。
【0124】
(平均粒径)
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、平均粒径が1μmを超え、15μm以下であり、好ましくは3μmを超え、10μm以下が好ましい。平均粒径が5μm以下の場合には、タップ密度が低下して、正極を形成したときに粒子の充填密度が低下して、正極の容積あたりの電池容量が低下する場合がある。一方、平均粒径が15μmを超えると、リチウム遷移金属複合酸化物活物質の比表面積が低下して、電池の電解液との界面が減少することにより、正極の抵抗が上昇して電池の出力特性が低下する場合がある。
【0125】
従って、本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質を、上記範囲に調整すれば、このリチウム遷移金属複合酸化物活物質の正極活物質を正極に用いた電池では、容積あたりの電池容量を大きくすることができるとともに、高安全性、高出力などに優れた電池特性が得られる。
【0126】
(粒度分布)
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、その粒度分布の広がりを示す指標である〔(D90-D10)/平均粒径〕が、1.0以下、好ましくは0.70以下である、きわめて均質性が高いリチウム遷移金属複合酸化物の二次粒子により構成されることが好ましい。粒度分布が広範囲になっている場合、正極活物質に、平均粒径に対して粒径が非常に小さい微粒子や、平均粒径に対して非常に粒径の大きい粗大粒子が多く存在することになる場合がある。微粒子が多く存在する正極活物質を用いて正極を形成した場合には、微粒子の局所的な反応に起因して発熱する可能性があり、安全性が低下するとともに、微粒子が選択的に劣化するのでサイクル特性が悪化してしまう。一方、粗大粒子が多く存在するリチウム遷移金属複合酸化物活物質を用いて正極を形成した場合には、電解液と正極活物質との反応面積が十分に取れず、反応抵抗の増加による電池出力が低下する。
【0127】
従って、リチウム遷移金属複合酸化物活物質の粒度分布を上記指標〔(D90-D10)/平均粒径〕で0.70以下とすることで、微粒子や粗大粒子の割合を少なくすることができ、このリチウム遷移金属複合酸化物活物質を正極に用いた電池は、安全性に優れ、良好なサイクル特性及び電池出力を有するものとなる。上記平均粒径や、D90、D10は、上述した複合水酸化物に用いられているものと同様のものであり、測定も同様にして行うことができる。
【0128】
なお、リチウム遷移金属複合酸化物活物質についても、前駆体である複合水酸化物と同様に、幅広い正規分布を有する正極活物質を分級して、粒度分布の狭い正極活物質を得ることが困難であることが確認されている。
【0129】
(タップ密度)
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、タッピングをしたときの充填密度の指標であるタップ密度が、1.0g/cm以上であることが好ましく、1.3g/cm以上であることがより好ましい。
【0130】
民生向けや電気自動車向けでは電池の使用時間、走行可能距離を延ばすために高容量化が非常に重要な課題となっており、活物質自身の高容量化だけでなく、電極として活物質量を多く充填させることが求められている。一方、二次電池の電極厚みは、電池全体のパッキングの問題から、また電子伝導性の問題から数十ミクロン程度となっている。特に、タップ密度が1.0g/cm未満になると、限られた電極体積内に入れられる活物質量が低下し、二次電池全体の容量を高容量とすることができない。
【0131】
なお、タップ密度の上限は、特に限定されるものではないが、通常の製造条件での上限は、3.0g/cm程度である。
【0132】
(特性)
上記リチウム遷移金属複合酸化物活物質は、例えば、2032型コイン電池の正極に用いた場合、150mAh/g以上の高い初期放電容量と、低い正極抵抗及び高いサイクル容量維持率が得られるものとなり、リチウムイオン二次電池用正極活物質として優れた特性を示すものである。
【0133】
以上より、本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質によれば、リチウムイオン二次電池に用いると、従来に比して吸油量が高く、優れた出力特性を発現しうるリチウム遷移金属複合酸化物活物質を提供することができる。
【0134】
<4.リチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法>
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法は、上記平均粒径、粒度分布、粒子構造及び組成となるように正極活物質を製造できるのであれば、特に限定されないが、以下の方法を採用すれば、当該リチウム遷移金属複合酸化物活物質をより確実に製造できるので好ましい。
【0135】
リチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法は、原料となる遷移金属複合水酸化物とリチウム化合物を混合してリチウム混合物を形成する混合工程S40と、当該混合工程S40で形成された混合物を焼成する焼成工程S50を含むものであるが、混合工程S40の前に遷移金属複合水酸化物を熱処理する熱処理工程S30を加えてもよい。
【0136】
すなわち、本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法は、図2に示すように、遷移金属複合水酸化物を熱処理する熱処理工程S30と、熱処理後の粒子に対してリチウム化合物を混合してリチウム混合物を形成する混合工程S40と、混合工程S40で形成された混合物を焼成する焼成工程S50を含むものとすることができ、リチウム遷移金属複合酸化物活物質を得る。以下、各工程を説明する。
【0137】
<4-1.熱処理工程>
熱処理工程S30は、上記遷移金属複合水酸化物の製造方法で得た遷移金属複合水酸化物を105~750℃、好ましくは105~400℃の温度に加熱して熱処理する工程である。この熱処理工程S30を行うことにより、複合水酸化物に含有されている水分を除去している。この熱処理工程S30を行うことによって、粒子中に焼成工程S50まで残留している水分を一定量まで減少させることができる。このため、得られる遷移金属酸化物活物質中の金属の原子数やリチウムの原子数の割合がばらつくことを防ぐことができる。
【0138】
なお、遷移金属酸化物活物質中の金属の原子数やリチウムの原子数の割合にばらつきが生じない程度に水分が除去できればよいので、必ずしもすべての複合水酸化物を遷移金属複合酸化物に転換する必要はなく、400℃以下の温度で熱処理すれば十分であるが、ばらつきをより少なくするためには、加熱温度を400℃以上として、すべての複合水酸化物を複合酸化物に転換すればよい。後工程である焼成工程S50においても、加熱中に複合酸化物に転換されるが、熱処理により上記ばらつきをより少なく抑制できる。
【0139】
熱処理工程S30において、加熱温度が105℃未満の場合、複合水酸化物中の余剰水分が除去できず、上記ばらつきを抑制することができないことがある。一方、加熱温度が750℃を超えると、熱処理により粒子が焼結して均一な粒径の複合酸化物が得られない。熱処理条件による複合水酸化物中に含有される金属成分を分析によって予め求めておき、リチウム化合物との比を決めておくことで、上記ばらつきを抑制することができる。
【0140】
熱処理を行う雰囲気は特に制限されるものではなく、非還元性雰囲気であればよいが、簡易的に行える空気気流中において行うことが好ましい。
【0141】
また、熱処理時間は、特に制限されないが、1時間未満では複合水酸化物の余剰水分の除去が十分に行われない場合があるので、少なくとも1時間以上が好ましく、5~15時間がより好ましい。
【0142】
そして、熱処理に用いられる設備は、特に限定されるものではなく、複合水酸化物を非還元性雰囲気中、好ましくは、空気気流中で加熱できるものであればよく、ガス発生がない電気炉などが好適に用いられる。
【0143】
<4-2.混合工程>
混合工程S40は、遷移金属複合水酸化物、あるいは上記熱処理工程S30において熱処理された複合水酸化物(以下、「熱処理粒子」ということがある)などと、リチウムを含有する物質、例えば、リチウム化合物とを混合して、リチウム混合物を得る工程である。
【0144】
ここで、上記熱処理粒子には、熱処理工程S30において残留水分を除去された複合水酸化物のみならず、熱処理工程S30で酸化物に転換された複合酸化物、もしくはこれらの混合粒子も含まれる。
【0145】
遷移金属複合水酸化物または熱処理粒子と、リチウム化合物とは、リチウム混合物中のリチウム以外の金属の原子数、すなわち、ニッケル、マンガン、コバルト及び添加元素の原子数の和(Me)と、リチウムの原子数(Li)との比(Li/Me)が、0.95~1.5、好ましくは1~1.35、より好ましくは1~1.20となるように、混合される。すなわち、焼成工程S50前後でLi/Meは通常は変化しないので、この混合工程S40で混合するLi/Meが正極活物質におけるLi/Meとなるため、リチウム混合物におけるLi/Meが、得ようとする正極活物質におけるLi/Meと同じになるように混合される。
【0146】
リチウム混合物を形成するために使用されるリチウム化合物は、特に限定されるものではないが、例えば、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、もしくはこれらの混合物が、入手が容易であるという点で好ましい。特に、取り扱いの容易さ、品質の安定性を考慮すると、水酸化リチウムまたは炭酸リチウムもしくはそれらの混合物を用いることがより好ましい。
【0147】
なお、リチウム混合物は、焼成前に十分混合しておくことが好ましい。混合が十分でない場合には、個々の粒子間でLi/Meがばらつき、十分な電池特性が得られないなどの問題が生じる可能性がある。
【0148】
また、混合には、一般的な混合機を使用することができ、例えば、シェーカーミキサ、レーディゲミキサ、ジュリアミキサ、Vブレンダなどを用いることができ、遷移金属複合水酸化物などの形骸が破壊されない程度で、複合酸化物または熱処理粒子と、リチウムを含有する物質とが十分に混合されればよい。
【0149】
<4-3.焼成工程>
焼成工程S50は、上記混合工程S40で得られたリチウム混合物を焼成して、リチウム遷移金属複合酸化物を形成する工程である。焼成工程S50においてリチウム混合物を焼成すると、遷移金属複合水酸化物、あるいは熱処理粒子に、リチウムを含有する物質中のリチウムが拡散するので、リチウム遷移金属複合酸化物が形成される。
【0150】
(焼成温度)
リチウム混合物の焼成は、650~1000℃で行われる。焼成温度が650℃未満であると、遷移金属複合酸化物中へのリチウムの拡散が十分でなく、余剰のリチウムと未反応の遷移金属複合酸化物が残ったり、あるいは結晶構造が十分整わなくなったりして、電池に用いられた場合に十分な電池特性が得られない。また、1000℃を超えるとリチウム遷移金属複合酸化物間で激しく焼結が生じるとともに、異常粒成長を生じることから粒子が粗大となり、球状二次粒子の形態を保持できなくなる。いずれの場合でも、電池容量が低下するばかりかでなく、正極抵抗の値も高くなってしまう。
【0151】
なお、焼成温度は800~980℃とすることが好ましく、850~950℃とすることがより好ましい。
【0152】
(焼成時間)
焼成時間のうち、所定温度での保持時間は、少なくとも1時間以上とすることが好ましく、2~10時間とすることがより好ましい。1時間未満では、リチウム遷移金属複合酸化物の生成が十分に行われないことがある。
【0153】
(仮焼)
特に、リチウム化合物として、水酸化リチウムや炭酸リチウムを使用した場合には、焼成工程S50の前に、焼成温度より低く、かつ、350~800℃、好ましくは450~780℃の温度に1~10時間程度、好ましくは3~6時間保持して仮焼することが好ましい。あるいは、焼成温度に達するまでの昇温速度を遅くすることで、実質的に仮焼した場合と同様の効果を得ることができる。すなわち、水酸化リチウムや炭酸リチウムと遷移金属複合酸化物の反応温度において仮焼することが好ましい。この場合、水酸化リチウムや炭酸リチウムの上記反応温度付近で保持すれば、熱処理粒子へのリチウムの拡散が十分に行われ、均一なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0154】
(焼成雰囲気)
焼成時の雰囲気は、酸化性雰囲気とするが好ましく、酸素濃度を10~100容量%の雰囲気とすることがより好ましく、上記酸素濃度の酸素と不活性ガスの混合雰囲気とすることが特に好ましい。すなわち、大気ないしは酸素気流中で行なうことが好ましい。酸素濃度が10容量%未満であると、酸化が十分でなく、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶性が十分でない場合がある。
【0155】
なお、焼成に用いられる炉は、特に限定されるものではなく、大気~酸素気流中で加熱できるものであればよいが、炉内の雰囲気を均一に保つ観点から、ガス発生がない電気炉が好ましく、バッチ式あるいは連続式の炉が用いられる。
【0156】
(解砕)
焼成によって得られたリチウム遷移金属複合酸化物は、凝集もしくは軽度の焼結が生じている場合がある。この場合には、解砕してもよく、これにより、リチウム遷移金属複合酸化物、つまり、本発明の正極活物質を得ることができる。なお、解砕とは、焼成時に二次粒子間の焼結ネッキングなどにより生じた複数の二次粒子からなる凝集体に、機械的エネルギーを投入して、二次粒子自体をほとんど破壊することなく二次粒子を分離させて、凝集体をほぐす操作のことである。
【0157】
本発明の一実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物活物質の製造方法は、以上の工程を含むものとすることができ、上述した工程を経て得られたリチウム遷移金属複合酸化物活物質は、上記リチウム遷移金属複合酸化物活物質の粒子の中心が空間である中空部と、当該中空部を覆う外殻部からなり、上記リチウム遷移金属複合酸化物は、少なくともニッケルを遷移金属の一つとして含む、α-NaFeO型結晶構造であることを特徴とする。
【0158】
<5.リチウムイオン二次電池>
本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、正極と負極と非水系電解質を備える。また、上記正極及び上記負極のうち少なくとも一方は、上述したリチウム遷移金属複合酸化物活物質を含むことを特徴とする。
【0159】
なお、以下に説明する実施形態は例示に過ぎず、本発明の一実施形態にリチウムイオン二次電池は、本明細書に記載されている実施形態を基ついて、種々の変更、改良を施した形態に適用することも可能である。
【0160】
(3-1)正極
本発明の一実施形態により得られた正極活物質であるリチウム遷移金属複合酸化物活物質を用いて、例えば、以下のようにしてリチウムイオン二次電池の正極を作製する。
【0161】
まず、本発明の一実施形態により得られた粉末状のリチウム遷移金属複合酸化物活物質に、導電材及び結着剤を混合し、さらに必要に応じて活性炭や、粘度調整などの溶剤を添加し、これらを混練して正極合材ペーストを作製する。その際、正極合材ペースト中のそれぞれの混合比も、リチウムイオン二次電池の性能を決定する重要な要素となる。溶剤を除いた正極合材の固形分を100質量部とした場合、一般のリチウムイオン二次電池の正極と同様、正極活物質の含有量を60~95質量部とし、導電材の含有量を1~20質量部とし、結着剤の含有量を1~20質量部とすることが望ましい。
【0162】
得られた正極合材ペーストを、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に塗布し、乾燥して、溶剤を飛散させる。必要に応じ、電極密度を高めるべく、ロールプレスなどにより加圧することもある。このようにして、シート状の正極を作製することができる。シート状の正極は、目的とする電池に応じて適当な大きさに裁断などをして、電池の作製に供することができる。ただし、正極の作製方法は、上記の例示のものに限られることなく、他の方法によってもよい。
【0163】
導電材としては、例えば、黒鉛(天然黒鉛、人造黒鉛及び膨張黒鉛など)や、アセチレンブラックやケッチェンブラックなどのカーボンブラック系材料を用いることができる。
【0164】
結着剤は、活物質粒子をつなぎ止める役割を果たすもので、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、フッ素ゴム、エチレンプロピレンジエンゴム、スチレンブタジエン、セルロース系樹脂及びポリアクリル酸を用いることができる。
【0165】
また、必要に応じて、正極活物質、導電材及び活性炭を分散させ、結着剤を溶解する溶剤を正極合材に添加することができる。溶剤としては、具体的には、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶媒を用いることができる。また、正極合材には、電気二重層容量を増加させるために、活性炭を添加することもできる。
【0166】
(3-2)負極
負極には、金属リチウムやリチウム合金など、あるいは、リチウムイオンを吸蔵及び脱離できる負極活物質に、結着剤を混合し、適当な溶剤を加えてペースト状にした負極合材を、銅などの金属箔集電体の表面に塗布し、乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成したものを使用する。
【0167】
負極活物質としては、例えば、天然黒鉛、人造黒鉛及びフェノール樹脂などの有機化合物焼成体、及びコークスなどの炭素物質の粉状体を用いることができる。この場合、負極結着剤としては、正極同様、PVDFなどの含フッ素樹脂を用いることができ、これらの活物質及び結着剤を分散させる溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンなどの有機溶媒を用いることができる。
【0168】
(3-3)セパレータ
正極と負極との間には、セパレータを挟み込んで配置する。セパレータは、正極と負極とを分離し、電解質を保持するものであり、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微少な孔を多数有する膜を用いることができる。
【0169】
(3-4)電解質
電解質として、非水系電解液あるいは固体電解質を用いることができる。非水系電解液は、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものである。
【0170】
有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート及びトリフルオロプロピレンカーボネートなどの環状カーボネート、また、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート及びジプロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート、さらに、テトラヒドロフラン、2-メチルテトラヒドロフラン及びジメトキシエタンなどのエーテル化合物、エチルメチルスルホンやブタンスルトンなどの硫黄化合物、リン酸トリエチルやリン酸トリオクチルなどのリン化合物などから選ばれる1種を単独で、あるいは2種以上を混合して用いることができる。
【0171】
支持塩としては、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、LiN(CFSO、及びそれらの複合塩などを用いることができる。
【0172】
さらに、非水系電解液は、ラジカル捕捉剤、界面活性剤及び難燃剤などを含んでいてもよい。
【0173】
一方、固体電解質としては、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質等が用いられる。
【0174】
酸化物系固体電解質としては、特に限定されず、酸素(O)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。酸化物系固体電解質としては、例えば、リン酸リチウム(LiPO)、LiPO、LiBO、LiNbO、LiTaO、LiSiO、LiSiO-LiPO、LiSiO-LiVO、LiO-B-P、LiO-SiO、LiO-B-ZnO、Li1+XAlTi2-X(PO(0≦X≦1)、Li1+XAlGe2-X(PO(0≦X≦1)、LiTi(PO、Li3XLa2/3-XTiO(0≦X≦2/3)、LiLaTa12、LiLaZr12、LiBaLaTa12、Li3.6Si0.60.4等が挙げられる。
【0175】
硫化物系固体電解質としては、特に限定されず、硫黄(S)を含有し、かつ、リチウムイオン電導性と電子絶縁性とを有するものであれば用いることができる。硫化物系固体電解質としては、例えば、LiS-P、LiS-SiS、LiI-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiS-B、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiPO-LiS-SiS、LiI-LiS-P、LiI-LiPO-P等が挙げられる。
【0176】
なお、無機固体電解質としては、上記以外のものを用いてよく、例えば、LiN、LiI、LiN-LiI-LiOH等を用いてもよい。
【0177】
有機固体電解質としては、イオン電導性を示す高分子化合物であれば、特に限定されず、例えば、ポリエチレンオキシド、ポリプロピレンオキシド、これらの共重合体などを用いることができる。また、有機固体電解質は、支持塩(リチウム塩)を含んでいてもよい。なお、固体電解質を用いる場合は、電解質と正極活物質の接触を確保するため、正極材中にも固体電解質を混合させてもよい。
【0178】
また、非水系電解液として、イオン液体にリチウム塩が溶解したものを用いてもよい。なお、イオン液体とは、リチウムイオン以外のカチオン及びアニオンから構成され、常温でも液体状を示す塩をいう。
【0179】
(3-5)電池の形状、構成
以上のように説明してきた正極、負極、セパレータ及び非水系電解質で構成される本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、円筒形や積層形など、種々の形状にすることができる。
【0180】
いずれの形状を採る場合であっても、正極及び負極を、セパレータを介して積層させて電極体とし、得られた電極体に、非水系電解液を含浸させ、正極集電体と外部に通ずる正極端子との間、及び、負極集電体と外部に通ずる負極端子との間を、集電用リードなどを用いて接続し、電池ケースに密閉して、リチウムイオン二次電池を完成させる。
【0181】
(3-6)特性
本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、150mAh/g以上の高い初期放電容量、10Ω以下の低い正極抵抗が得られ、高容量で高出力である。また、従来のリチウムコバルト系酸化物またはリチウム遷移金属系酸化物の正極活物質との比較においても、熱安定性が高く、安全性においても優れているといえる。
【0182】
(3-7)用途
本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、常に高容量を要求される小型携帯電子機器(ノート型パーソナルコンピュータや携帯電話端末など)の電源に好適である。
【0183】
また、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、高出力が要求されるモータ駆動用電源としての電池にも好適である。電池は大型化すると安全性の確保が困難になり高価な保護回路が必要不可欠である。これに対して、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、電池が大型化することなく優れた安全性を有しているため、安全性の確保が容易になるばかりでなく、高価な保護回路を簡略化し、より低コストにできる。さらに、小型化、高出力化が可能であることから、搭載スペースに制約を受ける輸送機器用の電源として好適である。
【実施例
【0184】
次に、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池について、実施例により詳しく説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0185】
(実施例)
(核生成工程S10)
まず、有効容積60Lの反応槽内に、水を10L入れて撹拌しながら、槽内温度を40℃に調整した。この時の反応槽内には空気を5L/分で送り込み、酸化性雰囲気(酸素濃度:21容量%)とした。この反応槽内に、20質量%水酸化ナトリウム水溶液と25質量%アンモニア水を適量加えて、液温25℃基準で、槽内の反応液のpHが13.0となるように調整した。また、当該反応前水溶液中のアンモニア濃度を10g/Lに調節してアンモニウム供給体とした。
【0186】
それとは別に、硫酸ニッケルと硫酸マンガン及び硫酸コバルトを水に溶かして全遷移金属元素濃度にして2mol/Lの遷移金属原料水溶液を調製した。この遷移金属原料水溶液では、各金属の物質量比(モル比)が、Ni:Mn:Co=1:1:1となるように調整した。
【0187】
この遷移金属原料水溶液を、100ml/分で3分加えて、核生成反応を行わせた。この時同時に、25質量%アンモニア水及び20質量%水酸化ナトリウム水溶液を含むアンモニウム供給体も一定速度で加えて、核生成用水溶液中のpHを液温25℃基準で13.0に、アンモニア濃度を10g/Lに維持しながら、核生成を行った。
【0188】
(第一の粒子成長工程)
核生成工程S10終了後、核を含有する粒子成長用水溶液のpHが液温25℃基準で11.0になるまで、64質量%硫酸を加えてpH調整を行った。
【0189】
核を含有する粒子成長用水溶液のpHが11.0に到達した後、反応水溶液(粒子成長用水溶液)に、再度、20質量%水酸化ナトリウム水溶液と25%質量%アンモニア水の供給を再開し、pHを液温25℃基準で11.6に制御したまま、100L/分で遷移金属原料水溶液を供給し、第一の粒子成長用水溶液を得て、180分間の晶析を継続し粒子成長を行った。また、アンモニア濃度を10g/Lに維持した。
【0190】
(第二の粒子成長工程)
第一の粒子成長工程S21終了後、遷移金属原料水溶液の給液を一旦停止し、反応槽内空間部の酸素濃度が0.1容量%以下となるまで窒素ガスを10L/minで流通させた。また、第一の粒子成長用水溶液のpHが液温25℃基準で11.6になるまで、20%水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH調整を行った。
【0191】
その後、遷移金属原料水溶液の給液を100L/分で再開し、第二の粒子成長用水溶液を得て、210分間の晶析を行った。
【0192】
そして、生成した遷移金属複合水酸化物を濾過回収し、100Lの脱イオン水で2回の水洗を行い、水分率5%以下まで濾過脱水した後、真空乾燥器にて0.1Pa以下、110℃12時間乾燥させて遷移金属複合水酸化物粒子を得た。
【0193】
得られた遷移金属複合水酸化物は、D10、D50、D90は各々4.1μm、5.0μm、6.2μmであり、(D90-D10)/D50は0.42であった。また、窒素吸着等温線により求めたBET比表面積は21.2m/gであった。なお、平均粒径は、レーザ光回折散乱式粒度分析計(日機装株式会社製、マイクロトラックHRA)を用いた。BET比表面積は、流動方式ガス吸着法比表面積測定装置(ユアサアイオニクス株式会社製、マルチソーブ)を用いた。
【0194】
第一の粒子成長工程S21及び第二の粒子成長工程S22のそれぞれの終了後に遷移金属複合水酸化物のサンプリングを行い、X線回折により測定した。その結果、第一の粒子成長工程S21終了後の遷移金属複合水酸化物は、アルファ型構造の水酸化ニッケルのものと同定されるピークが確認され、一方、第二の粒子成長工程S22終了後の遷移金属複合水酸化物は、ベータ型構造と同定されるピークが確認された。なお、X線回折は、XRD(PANALYTICAL社製、X‘Pert、PROMRD)を用いて測定した。
【0195】
また、得られた遷移金属複合水酸化物10gを0.1N薄硫酸100ml中に投入し、5、10、20、30、60分間攪拌した後に回収し、ろ過、真空乾燥したサンプルをX線回折により測定した結果、薄硫酸での処理時間が長くなるほどアルファ型構造の水酸化ニッケルのものと同定される第一ピークに対するベータ型構造の水酸化ニッケルのものと同定される第一ピークの比が小さくなり、60分間処理したサンプルではアルファ型構造の水酸化ニッケルのものと同定されるピークしか認められなくなった。
【0196】
以上より、得られた遷移金属複合水酸化物は、中心部がアルファ型構造、外周部がベータ型構造の水酸化ニッケル型結晶であると判断できた。
【0197】
(熱処理工程、混合工程、焼成工程)
得られた遷移金属複合水酸化物を150℃、12時間熱処理したのち、市販の炭酸リチウムを、金属とリチウムのモル比(Li/M比)が1.2となるように加えて、シェーカーミキサー装置(ウィリー・エ・バッコーフェン(WAB)社製TURBULA TypeT2C)を用いて十分に混合し、混合物を得た。この混合物を空気(酸素:21容量%)気流中にて950℃で焼成し、さらに解砕してリチウム遷移金属複合酸化物活物質を得た。
【0198】
そして、得られたリチウム遷移金属複合酸化物活物質の吸油量及びコインセルの正極抵抗を測定した。
【0199】
吸油量は、JIS K6217-4:2008に準拠して測定されるDBP吸収量とした。その結果、吸油量は40.3ml/100gであった。
【0200】
また、コインセルの正極抵抗は、コイン型電池を充電電位4.1Vで充電して、周波数応答アナライザ及びポテンショガルバノスタット(ソーラトロン社製、1255B)を使用して交流インピーダンス法により測定してナイキストプロットを得た。
【0201】
得られたナイキストプロットは、溶液抵抗、負極抵抗とその容量、及び、正極抵抗とその容量を示す特性曲線の和として表しているため、このナイキストプロットに基づき等価回路を用いてフィッティング計算して、正極抵抗の値を算出した。その結果、正極抵抗は3.1Ωであった。
【0202】
(比較例)
核生成工程S10及び第一の粒子成長工程S21における反応槽内の雰囲気を非酸化性雰囲気(酸素濃度:0.1容量%)とした以外は実施例と同じ方法で遷移金属複合水酸化物及びリチウム遷移金属複合酸化物活物質を得た。
【0203】
得られた遷移金属複合水酸化物は、D10、D50、D90は各々3.9μm、4.8μm、6.1μmであり、(D90-D10)/D50は0.46であった。また、窒素吸着等温線により求めたBET比表面積は19.8m/gであった。
【0204】
また、得られた遷移金属複合水酸化物を実施例と同様に処理した後、X線回折により測定した結果、どの処理時間でもベータ型構造の水酸化ニッケルのものと同定されるピークしか認められなかった。このことから得られた遷移金属複合水酸化物は、全てがベータ型構造の水酸化ニッケル型結晶であると判断できた。
【0205】
また、吸油量は24.8ml/100g、正極抵抗は4.8Ωであった。
【0206】
以上の実施例及び比較例の結果を表1に示す。
【0207】
【表1】
【0208】
(実施例及び比較例の評価結果)
実施例におけるリチウム遷移金属複合酸化物活物質の吸油量は、比較例のそれよりも高い値であった。また、実施例におけるコインセルの正極抵抗は、比較例のそれよりも低い値であり、優れた出力特性を発現しうる。
【0209】
以上より、本発明の一実施形態に係る遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池は、従来に比して吸油量が高く、かつ抵抗値の低い優れた出力特性を発現しうる、遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池を提供することすることができた。
【0210】
なお、上記のように本発明の各実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0211】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また遷移金属複合水酸化物、遷移金属複合水酸化物の製造方法、リチウム遷移金属複合酸化物活物質及びリチウムイオン二次電池の構成、動作も本発明の各実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0212】
S10 核生成工程、S21 第一の粒子成長工程、S22 第二の粒子成長工程、
S30 熱処理工程、S40 混合工程、S50 焼成工程
図1
図2