(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】化学強化ガラスの製造方法、溶融塩組成物及び溶融塩組成物の寿命延長方法
(51)【国際特許分類】
C03C 21/00 20060101AFI20221109BHJP
【FI】
C03C21/00 101
(21)【出願番号】P 2019059039
(22)【出願日】2019-03-26
【審査請求日】2021-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鹿島 出
(72)【発明者】
【氏名】藤原 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】静井 章朗
(72)【発明者】
【氏名】和智 俊司
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-067555(JP,A)
【文献】特開2015-129063(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程を含む、化学強化ガラスの製造方法であって、
前記溶融塩組成物が2価の金属の硝酸塩を含有する、化学強化ガラスの製造方法。
【請求項2】
前記2価の金属がCa、Mg及びBaの少なくともいずれか1である請求項1に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項3】
前記2価の金属がCaである請求項1又は2に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項4】
前記溶融塩組成物における前記2価の金属の硝酸塩の含有量が前記ホウ素1モルに対し0.5モル以上である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項5】
前記溶融塩組成物における前記異種アニオン化合物の含有量が前記硝酸カリウム及び前記硝酸ナトリウムの合計含有量に対し0.1~10モル%である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の化学強化ガラスの製造方法。
【請求項6】
リチウム含有ガラスの化学強化に用いる、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物であって、さらに2価の金属の硝酸塩を含有する溶融塩組成物。
【請求項7】
リチウム含有ガラスの化学強化に用いる溶融塩組成物の寿命を延長する方法であって、
硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する強化処理前の溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を混合する、溶融塩組成物の寿命延長方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学強化ガラスの製造方法、溶融塩組成物及び溶融塩組成物の寿命延長方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルカメラ、携帯電話およびPDA(Personal Digital Assistants)といったディスプレイ装置などのカバーガラスおよびディスプレイとして用いられるガラス基板には、イオン交換等で化学強化処理したガラス(以下、化学強化ガラス)が用いられている。これらの用途に用いられる化学強化ガラスには、その目的を満たすため表面及び端面ともに高い強度が求められている。
【0003】
イオン交換による化学強化処理は、ガラス転移点以下の温度でイオン交換によりガラス板表面付近に存在するイオン半径が小さなアルカリ金属イオンをイオン半径のより大きいアルカリイオンに置換する処理である。これにより、ガラスの表面に圧縮応力が残留し、ガラスの強度が向上する。
【0004】
Liを含有するガラス(以下、リチウム含有ガラス)は、高速のイオン交換(例えば、NaイオンまたはKイオンによるLiイオンの置換)により深い圧縮応力層深さ(以下、DOL)を得ることができる硝材である。そのため、近年リチウム含有ガラスの化学強化処理の開発への期待が高まっている。
【0005】
リチウム含有ガラスの化学強化処理は、Liイオンの溶融塩組成物中への溶出など、Liイオンを含有しないガラスの化学強化処理とは異なる点が多い。リチウム含有ガラスの化学強化処理においては、特に、化学強化処理前及び後におけるガラスの膨張率推移の大きさ、化学強化ガラスの応力(CT)の低下、化学強化ガラスの外観の悪化(ヘーズ値の上昇)により、化学強化処理に用いる溶融塩組成物の寿命が短命となる傾向が強い。このことは、リチウム含有ガラスの化学強化処理を管理する上で大きな課題となっている。
【0006】
リチウム含有ガラスの化学強化において、Liイオンの影響を排除するための手段としては、溶融塩組成物に異種アニオン化合物としてメタケイ酸ナトリウム等を予め添加する手法が用いられている。この手法によれば、メタケイ酸ナトリウムが溶融塩組成物中のLiイオンを吸着することにより、溶融塩組成物の強化性能を回復し、得られる化学強化ガラスのCTを向上できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、異種アニオン化合物を含有する溶融塩組成物に不純物としてホウ素が含まれることにより、リチウム含有ガラスの化学強化処理において、得られる化学強化ガラスの外観が悪化し、溶融塩組成物の寿命が短命化することを見出した。
【0009】
ホウ素により化学強化ガラスの外観が悪化する理由として、次のようなメカニズムが考えられる。異種アニオン化合物の添加により溶融塩組成物のpHが上昇し、ホウ素はpH9以上ではホウ酸として存在する。ホウ酸によりガラスの浸食が促進されて、ガラス表面及び表層でリチウム含有結晶体が形成され、ガラス表面が脆化し、結晶が脱落することにより欠点となり、外観が悪化する。
【0010】
したがって、本発明は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程を含む化学強化ガラスの製造方法において、ホウ素混入により化学強化ガラスの外観が悪化するのを抑制し、溶融塩組成物の寿命を延ばすことのできる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程を含む化学強化ガラスの製造方法において、溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を含有させることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程を含む、化学強化ガラスの製造方法であって、前記溶融塩組成物が2価の金属の硝酸塩を含有する、化学強化ガラスの製造方法を提供する。
【0013】
また、本発明は、リチウム含有ガラスの化学強化に用いる、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物であって、さらに2価の金属の硝酸塩を含有する溶融塩組成物を提供する。
【0014】
また、本発明は、リチウム含有ガラスの化学強化に用いる溶融塩組成物の寿命を延長する方法であって、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する強化処理前の溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を混合する、溶融塩組成物の寿命延長方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の化学強化ガラスの製造方法においては、異種アニオン化合物を含有し、さらに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を含有させる。このようにすると、2価の金属イオンがホウ酸を沈降させて、ホウ酸によるガラスの浸食を阻害することにより、ホウ素混入によって化学強化ガラスの外観が悪化することが抑制され、溶融塩組成物の寿命を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1(A)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り又は無しの場合における処理面積と化学強化ガラスのDOC1との関係を示す図である。
図1(B)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り又は無しの場合における処理面積と化学強化ガラスのCTとの関係を示す図である。
図1(C)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り又は無しの場合におけるDOLと化学強化ガラスのCTとの関係を示す図である。
【
図2】
図2は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り(実施例1)の場合における処理面積と化学強化ガラスのCSとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施することができる。
【0018】
本発明に係る化学強化ガラスの製造方法の一態様を以下に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0019】
本発明に係る化学強化ガラスの製造方法は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程を含む化学強化ガラスの製造方法において、溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を含有することを特徴とする。
【0020】
(ガラス組成)
本発明で使用されるガラスはリチウムを含んでいればよく、成形、化学強化処理による強化が可能な組成を有するものである限り、種々の組成のものを使用できる。具体的には、例えば、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ホウ珪酸ガラス、鉛ガラス、アルカリバリウムガラス、アルミノホウ珪酸ガラス等が挙げられる。
【0021】
ガラスの製造方法は特に限定されず、所望のガラス原料を連続溶融炉に投入し、ガラス原料を好ましくは1500~1600℃で加熱溶融し、清澄した後、成形装置に供給した上で溶融ガラスを板状に成形し、徐冷することにより製造できる。
【0022】
なお、ガラスの成形には種々の方法を採用できる。例えば、ダウンドロー法(例えば、オーバーフローダウンドロー法、スロットダウン法およびリドロー法等)、フロート法、ロールアウト法およびプレス法等の様々な成形方法を採用できる。中でも、ガラス面の少なくとも一部にクラックが発生しやすく、本発明の効果がより顕著にみられる点で、フロート法が好ましい。
【0023】
ガラスの厚みは、特に制限されるものではないが、化学強化処理を効果的に行うために、通常5mm以下であることが好ましく、3mm以下であることがより好ましく、1mm以下であることがさらに好ましく、0.7mm以下が特に好ましい。
【0024】
また、本発明で使用されるガラスの形状は特に限定されない。例えば、均一な板厚を有する平板形状、表面と裏面のうち少なくとも一方に曲面を有する形状および屈曲部等を有する立体的な形状等の様々な形状のガラスを採用できる。なお、ガラスには、化学強化処理の前に、用途に応じた形状加工、例えば、切断、端面加工および穴あけ加工などの機械的加工を行うことが好ましい。
【0025】
本発明で使用されるガラスにおけるリチウムの含有量は、酸化物基準のモル百分率表示で、0.1~20%であることが好ましい。
【0026】
ガラスの組成としては特に限定されないが、例えば、以下のガラスの組成が挙げられる。
酸化物基準のモル百分率表示で、SiO2を50~80%、Al2O3を2~25%、Li2Oを0.1~20%、Na2Oを0.1~18%、K2Oを0~10%、MgOを0~15%、CaOを0~5%、P2O5を0~5%、B2O3を0~5%、Y2O3を0~5%およびZrO2を0~5%含む組成。
【0027】
本発明の製造方法で得られる化学強化ガラスは、ガラス表面に、イオン交換された圧縮応力層を有する。イオン交換法では、ガラスの表面をイオン交換し、圧縮応力が残留する表面層を形成させる。具体的には、ガラス転移点以下の温度で、イオン交換によりガラス板表面のイオン半径が小さなアルカリ金属イオン(典型的には、Liイオン、Naイオン)をイオン半径のより大きいアルカリイオン(典型的には、Liイオンに対してはNaイオンまたはKイオンであり、Naイオンに対してはKイオン)に置換する。これにより、ガラスの表面に圧縮応力が残留し、ガラスの強度が向上する。
【0028】
(溶融塩組成物)
本発明の製造方法において、化学強化は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方を含有する溶融塩組成物にリチウム含有ガラスを接触させることにより行なわれる。これによりガラス表面のLiイオンと溶融塩組成物中のKイオン、Naイオンとがイオン交換されることで、高密度な圧縮応力層が形成される。溶融塩組成物にガラスを接触させる方法としては、ペースト状の溶融塩組成物をガラスに塗布する方法、溶融塩組成物をガラスに噴射する方法、融点以上に加熱した溶融塩組成物の塩浴にガラスを浸漬させる方法などが可能であるが、これらの中では、溶融塩組成物に浸漬させる方法が好ましい。
【0029】
溶融塩組成物としては化学強化を行うガラスの歪点(通常500~600℃)以下に融点を有するものが好ましく、本発明においては硝酸カリウム(融点334℃)及び硝酸ナトリウム(融点308℃)の少なくとも一方を含有する溶融塩組成物である。硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方を含有することでガラスの歪点以下で溶融状態であり、かつ使用温度領域においてハンドリングが容易となることから好ましい。溶融塩組成物における硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの合計含有量は50質量%以上であることが好ましく、より好ましくは60質量%以上であり、さらに好ましくは70質量%以上であり、特に好ましくは80質量%以上であり、最も好ましくは90質量%以上である。
【0030】
溶融塩組成物は、異種アニオン化合物を含有する。異種アニオン化合物とは、溶融塩を構成するアニオンとは異なるアニオン種を含む化合物をいう。異種アニオン化合物を溶融塩組成物に含有させることにより、溶融塩組成物中の異種アニオンナトリウムとLiイオンとが反応して、溶融塩組成物中のLiイオンを吸着することができる。異種アニオン化合物としては、例えば、異種アニオンナトリウム、異種アニオンカリウムが挙げられる。異種アニオンナトリウムとしては、例えば、メタケイ酸ナトリウム、オルトケイ酸ナトリウム、セスキケイ酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、炭酸ナトリウムが挙げられる。異種アニオンカリウムとしては、例えば、メタケイ酸カリウム、リン酸カリウム、炭酸カリウムが挙げられる。これらは1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0031】
溶融塩組成物中の異種アニオン化合物として、例えば、メタケイ酸ナトリウムを用いた場合の、溶融塩組成物中のLiイオンとの反応式を下記に示す。
Na2SiO3→NaSiO3
-+Na+
NaSiO3
-+Li+→LiNaSiO3
SiO3
2-+2Li+→Li2SiO3
【0032】
リチウム含有ガラスの化学強化処理は、Liイオンが溶融塩組成物中に溶出することにより、ガラス表層においてLiイオンが存在し、溶融塩組成物中のLiイオンの存在により、ガラス中のLiイオンと溶融塩組成物中のNaイオンとのイオン交換が阻害される。本発明における溶融塩組成物は異種アニオン化合物を含有することにより、溶融塩組成物中のLiイオンが異種アニオン化合物に吸着されて該阻害が抑制され、溶融塩組成物の強化性能が安定化し、応力を向上できる。
【0033】
溶融塩組成物における異種アニオン化合物の含有量は全溶融塩組成物に対し、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5質量%以上であり、さらに好ましくは1質量%以上である。溶融塩組成物における異種アニオン化合物の含有量が1質量%以上であると、溶融塩組成物中のLiイオンを効果的に吸着し、溶融塩組成物の強化性能を安定化できる。また、溶融塩組成物における異種アニオン化合物の含有量は10質量%以下であることが好ましく、より好ましくは7.5質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下である。
【0034】
溶融塩組成物における異種アニオン化合物の含有量は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの合計含有量に対し好ましくは0.1~10モル%である。硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの合計含有量に対する異種アニオン化合物の量を前記範囲とすることにより、溶融塩組成物中のLiイオンを効果的に吸着し、溶融塩組成物の強化性能を安定化できる。
【0035】
溶融塩組成物に不純物として含有するホウ素の含有量は少ない程好ましく、好ましくは100質量ppm以下であり、より好ましくは50質量ppm以下、さらに好ましくは10質量ppm以下である。また、典型的な含有量は10~50質量ppmである。
【0036】
溶融塩組成物は、2価の金属の硝酸塩を含有する。前記2価の金属としては、例えば、Ca、Mg、Ba、Zn、Cu、Fe、Pb、Ni、Mn、Snが挙げられ、Ca、Mg、Baが好ましい。2価の金属の硝酸塩は1種を使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0037】
不純物として溶融塩組成物に含有されるホウ素は高pH条件下でホウ酸として存在するが、溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を含有することにより、2価の金属イオンをホウ酸に反応させて沈降させることができる。このことにより、ホウ素混入により化学強化ガラスの外観が悪化するのを抑制し、溶融塩組成物の寿命を延ばすことができる。
【0038】
具体例として、(1)2価の金属の硝酸塩として、Mg(NO3)2を溶融塩組成物に含有させた場合、(2)2価の金属の硝酸塩として、Ca(NO3)2を溶融塩組成物に含有させた場合について、ホウ酸と金属イオンとの反応式を下記に示す。
(1)2B(OH)4
-+Mg(NO3)2⇔Mg[B(OH)4]2
(2)2B(OH)4
-+Ca(NO3)2⇔Ca[B(OH)4]2
【0039】
溶融塩組成物における2価の金属の硝酸塩の含有量は、全溶融塩組成物1g当たりのホウ素含有量が3.57×10-2質量ppm以下である場合、好ましくは0.02モル%以上である。2価の金属の硝酸塩の含有量が前記範囲であることにより、不純物として溶融塩組成物に含まれるホウ素に対し過不足なく反応し、ホウ素の影響を効果的に排除し、ホウ素混入により化学強化ガラスの外観が悪化するのを抑制し、溶融塩組成物の寿命をより延ばすことができる。
【0040】
溶融塩組成物における2価の金属の硝酸塩の含有量は、ホウ素1モルに対し0.5モル以上であることが好ましく、より好ましくは1モル以上、さらに好ましくは2モル以上である。ホウ素に対する2価の金属の硝酸塩の添加量が前記範囲であることにより、不純物として溶融塩組成物に含まれるホウ素の影響を効果的に排除し、ホウ素混入により化学強化ガラスの外観が悪化するのを抑制し、溶融塩組成物の寿命をより延ばすことができる。
【0041】
溶融塩組成物は、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの他に、本発明の効果を阻害しない範囲で他の化学種を含んでいてもよく、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物などが挙げられる。このうち硝酸塩としては、例えば、硝酸リチウム、硝酸セシウム、硝酸銀などが挙げられる。硫酸塩としては、例えば、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸セシウム、硫酸銀などが挙げられる。炭酸塩としては、例えば、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、などが挙げられる。塩化物としては、例えば、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化セシウム、塩化銀などが挙げられる。これらの溶融塩は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0042】
本発明に係る化学強化ガラスの製造方法における、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物を用いて、リチウム含有ガラスを化学強化する工程としては、例えば、350~500℃程度の溶融塩組成物に0.1~10時間ガラスを浸漬する。
【0043】
前記工程を1段階目の強化処理として、前記工程後に、Kイオンを含む溶融塩組成物(例えば、硝酸カリウムを含む溶融塩組成物)を用いて2段階目以降の強化処理を行ってもよい。1段階目の強化処理と2段階目の強化処理との間には、洗浄工程を設けることが好ましい。
【0044】
具体的には、例えば、2段階目の強化処理として、350~500℃程度のKイオンを含む金属塩組成物(例えば、硝酸カリウムを含有する溶融塩組成物)に0.1~10時間程度ガラスを浸漬する。2段階目以降の化学強化処理を行う場合には、生産効率の点から、処理時間は合計で10時間以下が好ましく、5時間以下がより好ましく、3時間以下がさらに好ましい。
【0045】
(溶融塩組成物の寿命延長方法)
本発明によれば、2価の金属の硝酸塩を溶融塩組成物に含有することにより、不純物としてホウ素を溶融塩組成物に含有する場合においても、リチウム含有ガラスの化学強化に用いる硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方並びに異種アニオン化合物を含有する溶融塩組成物の使用寿命(ライフ)を延長することができる。
【0046】
したがって、本発明の一態様として、リチウム含有ガラスの化学強化に用いる溶融塩組成物の寿命を延長する方法であって、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する強化処理前の溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を混合する、溶融塩組成物の寿命延長方法が挙げられる。
【0047】
溶融塩組成物の使用寿命(ライフ)を定量的に評価するためには、指標として、化学強化ガラスの応力(CT)、化学強化処理前及び後におけるガラスの膨張率、化学強化ガラスの外観(ヘーズ)を用いることができる。
【0048】
溶融塩組成物のライフについての指標として化学強化ガラスの応力を用いる場合、指標とするCT値を、初期状態の硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方からなる溶融塩により得られるCT値を100%としたときの所望の値(%)以上のCT値とする。そして、化学強化処理で指標とするCT値を得られなくなったとき、すなわち、所望の値(%)未満となったときの溶融塩組成物中のLiイオン濃度を溶融塩組成物の使用寿命とする。
【0049】
溶融塩組成物のライフについての指標として化学強化ガラスの応力を用いる場合、具体的には例えば、溶融塩組成物の寿命は次のように評価することができる。まず、化学強化処理を繰り返し行った後の状態を疑似的に作るため、Liイオン源を溶融塩組成物に意図的に添加する。そして、Liイオン源が添加された溶融塩組成物でリチウム含有ガラスを化学強化処理し、処理後のガラスのCT値が指標とするCT値を下回った時、Liイオン源の添加量からLiイオン濃度を算出して、これを溶融塩組成物の寿命の指標とすることができる。
【0050】
膨張率とは化学強化処理前におけるガラスに対する化学強化処理後におけるガラスの膨張率をいう。溶融塩組成物のライフについての指標として膨張率を用いる場合、指標とする膨張率を、初期状態の硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方からなる溶融塩により得られる膨張率を100%としたときの所望の値(%)以上の膨張率とする。そして、化学強化処理で指標とする膨張率を得られなくなったとき、すなわち、所望の値(%)未満となったときの溶融塩組成物中のLiイオン濃度を溶融塩組成物の使用寿命とする。
【0051】
溶融塩組成物のライフについての指標として膨張率を用いる場合、具体的には例えば、溶融塩組成物の寿命は次のように評価することができる。まず、化学強化処理を繰り返し行った後の状態を疑似的に作るため、Liイオン源を溶融塩組成物に意図的に添加する。そして、Liイオン源が添加された溶融塩組成物でリチウム含有ガラスを化学強化処理し、処理後のガラスの膨張率が指標とする膨張率を下回った時、Liイオン源の添加量からLiイオン濃度を算出して、これを溶融塩組成物の寿命の指標とすることができる。
【0052】
溶融塩組成物のライフについての指標として化学強化ガラスの外観(ヘーズ)を用いる場合、指標とするヘーズ値を、初期状態の硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方からなる溶融塩により得られるヘーズ値を0.5としたときの0.5以下のヘーズ値とする。そして、化学強化処理で指標とするヘーズ値を得られなくなったとき、すなわち、具体的には例えば、所望のヘーズ値に対して、ヘーズ値が0.9より増加するときの溶融塩組成物中のLiイオン濃度を溶融塩組成物の使用寿命とする。「ヘーズ」は、JIS K7136:2000(ISO14782:1999)に記載された方法によって測定される。ヘーズの測定には、日本電色工業株式会社製ヘーズメーター(型式NDH7000)を使用することができる。
【0053】
溶融塩組成物のライフについての指標としてヘーズ値を用いる場合、具体的には例えば、溶融塩組成物の寿命は次のように評価することができる。まず、化学強化処理を繰り返し行った後の状態を疑似的に作るため、Liイオン源を溶融塩組成物に意図的に添加する。そして、Liイオン源が添加された溶融塩組成物でリチウム含有ガラスを化学強化処理し、処理後のガラスのヘーズ値が指標とするヘーズ値を上回った時、Liイオン源の添加量からLiイオン濃度を算出して、これを溶融塩組成物の寿命の指標とすることができる。
【実施例】
【0054】
以下に本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0055】
(ガラス組成)
化学強化するガラスとして、酸化物基準のモル%表示で下記組成のガラスを用いた。
SiO2 70%、Al2O3 7.5%、Li2O 8.0%、Na2O 5.3%、K2O 1.0%、MgO 7.0%、CaO 0.2%、ZrO2 1.0%
【0056】
(ガラスの評価方法)
(1)応力
CTは以下の式に示すように、表面圧縮応力値(CS、単位:MPa)と圧縮応力層深さ(DOL、単位:μm)から求めた。ガラスの表面圧縮応力値(単位はMPa)と各深さにおける圧縮応力値(単位はMPa)および圧縮応力層の深さ(DOL、単位はμm)は、折原製作所社製表面応力計(FSM-6000)および折原製作所社製散乱光光弾性応力計(SLP-1000)を用いて測定した。表1における「CT」について、無添加時におけるCTのσに対しσ≦5の場合に「異常なし」とした。
CT=CS[MPa]*DOL[mm]/(ガラス厚み[mm]-2*DOL[mm])
【0057】
(2)外観
外観は、ヘーズ値の限界値を1.4%として、かかるヘーズ値となる処理面積により評価した。ここで、「処理面積」とは、溶融塩組成物の質量あたりの溶融塩組成物により化学強化処理したガラスの累積処理面積(m2/kg)を示す。ヘーズ(Hz)(%)は、ヘーズメーター(メーカー:日本電色工業株式会社 型式:NDH7000)を用いて、JIS K7136:2000に規定されている方法に従って測定した。
【0058】
(3)膨張率
ガラスの膨張率は、化学強化前におけるガラスの長さをL0とし、化学強化後におけるガラスの長さをLとし、式|L-L0|/L×100(%)により算出した。また、表1における「膨張率」について、2価の金属の硝酸塩無添加時と比較し有意差がない場合に「異常なし」とした。
【0059】
[試験例1]累積化学強化処理によるガラス/溶融塩組成物への影響の分析
累積的に化学強化処理を行い、2価の金属の硝酸塩の添加に伴う溶融塩組成物及びガラスへの影響を調べた。
【0060】
SUS製のカップに溶融塩組成物の材料としてNa2SiO3、B及びCa(NO3)2・4H2Oをそれぞれ表1に示す含有量となるように添加した。その他に、硝酸ナトリウムを加え、マントルヒーターで450℃まで加熱して、溶融塩組成物を調製した。
【0061】
板厚0.65mm、50mm×50mmの大きさに切断した前記組成のガラスを用意し、このガラスを350~400℃に予熱した後、化学強化処理として溶融塩組成物にガラスを浸漬して410℃にて4時間処理した後、室温付近まで冷却し、1回目の化学強化処理を行った後、水により付着塩を洗浄した。
【0062】
次いで、ガラスを350~400℃に予熱した後、100wt%KNO3の溶融塩にガラスを浸漬して440℃にて1時間処理した後、室温まで冷却し、2回目の化学強化処理を行った後、水により付着塩を洗浄した。その後、1回目の化学強化処理及び2回目の化学強化処理の組合せを累積的に繰り返した。
【0063】
2回目の化学強化処理により得られた化学強化ガラスについて、応力、外観、膨張率を評価した結果、及び塩の添加による影響について表1に示す。
【0064】
また、累積化学強化処理することによる、ガラス深層部における応力への影響を
図1(A)~(C)に示す。
図1(A)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り(実施例1)又は無し(比較例2)の場合における処理面積と化学強化ガラスのDOC1との関係を示す図である。
図1(B)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り(実施例1)又は無し(比較例2)の場合における処理面積と化学強化ガラスのCTとの関係を示す図である。
図1(C)は、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り(実施例1)又は無し(比較例2)の場合におけるDOLと化学強化ガラスのCTとの関係を示す図である。
【0065】
ガラス表層部における応力への影響として、溶融塩組成物に対するCa(NO
3)
2・4H
2Oの添加有り(実施例1)の場合における処理面積と化学強化ガラスのCSとの関係を
図2に示す。
【0066】
【0067】
表1に示すように、硝酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム及び不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物にCa(NO3)2・4H2Oを添加したものを用いてリチウム含有ガラスを化学強化処理した実施例1は、溶融塩組成物にホウ素を含有しない比較例1と比較して、同様の外観及び応力を示した。また、不純物としてホウ素を含有し、且つCa(NO3)2・4H2Oを非添加とした溶融塩組成物を用いて化学強化した比較例2と比較して、実施例1は同等の応力及び膨張率を示すとともに、優れた外観を示した。
【0068】
図1(A)~(C)に示すように、硝酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム及び不純物としてホウ素を含有し、且つCa(NO
3)
2・4H
2Oを添加した溶融塩組成物を用いてリチウム含有ガラスを化学強化処理することにより、Ca(NO
3)
2・4H
2Oを非添加の比較例と比較して同等の応力を示し、化学強化特性は阻害されないことがわかった。また、
図2に示すように、硝酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム及び不純物としてホウ素を含有し、且つCa(NO
3)
2・4H
2Oを添加した溶融塩組成物を用いてリチウム含有ガラスを化学強化処理した応力値についても、Ca(NO
3)
2・4H
2Oを非添加の場合と同等であり、化学強化特性は阻害されなかった。
【0069】
したがって、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を添加したものを用いてリチウム含有ガラスを化学強化処理することにより、ホウ素混入による外観の悪化を抑制し、溶融塩組成物の寿命を延ばすことが可能であることがわかった。
【0070】
[試験例2]溶融塩組成物の液相観察及び元素分析
ホウ素50質量ppm、Na2SiO3を1.15質量%含む450℃の硝酸ナトリウムにCa(NO3)2・4H2Oを添加した溶融塩組成物を用いて試験例1と同様にしてリチウム含有ガラスを累積的に化学強化処理した。溶融塩組成物中の元素濃度(質量ppm)を測定した結果を表2に示す。元素濃度の測定は、ICP PS3520 UVDDIIにより行った。
【0071】
【0072】
表2に示すように、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムの少なくとも一方、異種アニオン化合物並びに不純物としてホウ素を含有する溶融塩組成物に2価の金属の硝酸塩を添加することにより、溶融塩組成物中のホウ素濃度を低減できることがわかった。
【0073】
また、処理面積(0m2/kg)の溶融塩組成物について、Ca(NO3)2・4H2Oを添加した後、2時間、6時間、25時間経過後に液相の様相を観察した。その結果、添加直後から液相が濁り、添加2時間後では溶融塩組成物の液相に濁りが残っているものの、添加6時間後には濁りが改善され、25時間経過後には液相の濁りが無くなることがわかった。