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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】振動分布測定装置および方法
(51)【国際特許分類】
   G01B 11/16 20060101AFI20221109BHJP
【FI】
G01B11/16 G
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021540624
(86)(22)【出願日】2020-02-13
(86)【国際出願番号】 JP2020005595
(87)【国際公開番号】W WO2021033348
(87)【国際公開日】2021-02-25
【審査請求日】2021-12-01
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2019/032127
(32)【優先日】2019-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡本 達也
(72)【発明者】
【氏名】飯田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】押田 博之
【審査官】續山 浩二
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-096787(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0346053(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 11/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
センシングファイバの動的歪みを測定する装置であって、
周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給し、
前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、
前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する光回路部と、
前記ローカル光および前記後方散乱光から、ビート信号を生成し、
前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求め、
前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求め、
参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求める受光・解析部と
を備え、
前記スペクトル解析区間の長さが、前記動的歪みに起因して周波数変調により生じた前記スペクトル解析区間の距離ずれ量Nよりも長く設定されたことを特徴とする装置。
【請求項2】
前記距離ずれ量は、Tを前記周波数掃引光による測定時間、νoffsetを振動のために生じた周波数変調量として、N=T・νoffsetで求められることを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記動的歪みは、センシングファイバ区間における歪み量の時間変化であって、繰り返し供給される前記周波数掃引光の掃引毎の前記歪み量から得られることを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項4】
前記参照測定は、前記センシングファイバに動的歪みが存在しない状態におけるスペクトルに基づくことを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項5】
センシングファイバの動的歪みを測定する方法であって、
周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給するステップと、
前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、
前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと
前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求めるステップと、
前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求めるステップと、
参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップと
を備え、
前記スペクトル解析区間の長さが、前記動的歪みに起因して周波数変調により生じた前記スペクトル解析区間の距離ずれ量Nよりも長く設定されたことを特徴とする方法。
【請求項6】
前記距離ずれ量は、Tを前記周波数掃引光による測定時間、νoffsetを振動のために生じた周波数変調量として、N=T・νoffsetで求められ、前記動的歪みは、センシングファイバ区間における歪み量の時間変化であって、繰り返し供給される前記周波数掃引光の掃引毎の前記歪み量から得られることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
動的歪みを測定する装置であって、
周波数掃引光を、繰り返しセンシングファイバへ供給し、
前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、
前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する光回路部と、
前記ローカル光および前記後方散乱光から、ビート信号を生成し、
前記ビート信号から、後方散乱光波形を求め、
前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求め、
前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求める受光・解析部と
を備え、
測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたことを特徴とする装置。
【請求項8】
前記確率は、参照測定および試行測定に基づいて取得された、前記相関ピークがノイズレベルを越える確率を表すN-N座標空間で表され、前記長さNは、当該座標空間における、前記所望の値を与える領域にあることを特徴とする請求項7に記載の装置。
【請求項9】
動的歪みを測定する方法であって、
周波数掃引光を繰り返しセンシングファイバへ供給するステップと、
前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、
前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと、
前記ビート信号から、後方散乱光波形を求めるステップと、
前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求めるステップと、
前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップと
を備え、
測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたことを特徴とする方法。
【請求項10】
前記確率は、参照測定および試行測定に基づいて取得された、前記相関ピークがノイズレベルを越える確率を表すN-N座標空間で表され、前記長さNは、当該座標空間における、前記所望の値を与える領域から選択される特徴とする請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバセンシングに関し、より具体的には振動分布測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバセンシング技術は、温度、歪、変位、振動、圧力など様々な物理・化学量を計測・検知可能であり、電気センサーにはない細径、軽量、可撓性、耐久性、耐電磁ノイズ性等の優位点を持つ。光ファイバに沿って特定のまたは任意の位置での計測が可能な分布型センサーとして利用することもできる。測定対象に配置されたセンシングファイバにプローブ光を通過させて得られる透過光、反射光、後方散乱光などから、測定対象の種々の物理量を測定できる。測定対象の機械的な振動によりセンシングファイバに印加された歪みの時間変化(動的歪み)を、センシングファイバ長手方向の異なる位置で分布測定することもできる。
【0003】
振動分布計測技術として、非特許文献1(以下、従来技術)に開示された光周波数領域反射技術(OFDR:Optical Frequency Domain Reflectometry)が知られている。OFDRでは、周波数掃引光源からの周波数掃引光を、プローブ光としてセンシングファイバに入力する。センシングファイバから戻ってくる後方散乱光と、周波数掃引光を分岐したローカル光との間のビート信号を取る。ビート信号のビート周波数は、センシングファイバ上の散乱体までの距離に対応する。このビート周波数と距離との関係を利用して、センシングファイバ入射端からの各距離における後方散乱光の波形、すなわち後方散乱光の分布波形を測定する。分布波形の任意の区間を切り出し、これに対応するセンシングファイバの区間を歪みセンサー区間とする。歪みセンサー区間における分布波形のフーリエ変換(絶対値の2乗)は、歪みセンサー区間における後方散乱光の光スペクトルを表す。
【0004】
OFDRでは、光源で周波数掃引を繰り返して、プローブ光を繰り返しセンシングファイバへ入力することで、観測対象の振動現象そのもの、すなわち振動の時間波形を捉えることができる。動的歪み測定のため、従来技術では、センシングファイバで起こり得る振動の周波数よりも高い頻度で周波数掃引プローブ光をセンシングファイバに入射する。センシングファイバ中を伝搬する光への振動に起因した周波数変調は、受光器で観測されるビート信号において、周波数オフセットを生じさせる。OFDRでは、測定対象である振動によって生じる周波数オフセットのため、測定される散乱体の距離が揺らいでしまうことになる。そこで従来技術は、デジタル信号処理によって測定される距離の揺らぎを補償し、プローブ光入射点から指定の位置での振動を精度良く測定する方式を提案している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】T. Okamoto, D. Iida, K. Toge, and T. Manabe, “Spurious vibration compensation in distributed vibration sensing based on optical frequency domain reflectometry”, 2018年, in Proc. 26th Int. Conf. Optical Fiber Sensors, paper TuE14.
【文献】M. Froggatt and J. Moore, “High-spatial-resolution distributed strain measurement in optical fiber with Rayleigh scatter,”, 1998年, Appl. Opt., vol. 37, no. 10, pp. 1735-1740
【文献】P. Healey, “Statistics of Rayleigh backscatter from a single-mode fiber”, 1987年, IEEE Trans. Commun., vol. 35, no. 2, pp. 210-214
【文献】M. E. Froggatt and D. K. Gifford, “Rayleigh backscattering signatures of optical fibers-Their properties and applications,”, 2013年, in Proc. Optical Fiber Communication Conference and Exposition and the National Fiber Optic Engineers Conference, Anaheim, United States, paper OW1K.6
【文献】D. P. Zhou, Z. Qin, W. Li, L. Chen, and X. Bao, “Distributed vibration sensing with time-resolved optical frequency-domain reflectometry,” 2012年, Opt. Exp., vol. 20, no. 12, pp. 13138-13145
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
距離揺らぎを補償する信号処理を使わずに、指定位置の振動を精度良く測定する振動分布測定装置を提供する。振動分布測定装置をさらに簡略化する、距離揺らぎ(距離オフセット)に対する振動分布測定の耐性の指標も明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の1つの実施態様は、センシングファイバの動的歪みを測定する装置であって、周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給し、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する光回路部と、前記ローカル光および前記後方散乱光から、ビート信号を生成し、前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求め、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求め、参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求める受光・解析部とを備え、前記スペクトル解析区間の長さが、前記動的歪みに起因して周波数変調により生じた前記スペクトル解析区間の距離ずれ量Nよりも長く設定されたことを特徴とする装置である。
【0008】
本開示の別の実施態様は、センシングファイバの動的歪みを測定する方法であって、周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給するステップと、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと、前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求めるステップと、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求めるステップと、参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップとを備え、前記スペクトル解析区間の長さが、前記動的歪みに起因して周波数変調により生じた前記スペクトル解析区間の距離ずれ量Nよりも長く設定されたことを特徴とする方法である。
【0009】
本開示のさらに別の実施態様は、動的歪みを測定する装置であって、周波数掃引光を、繰り返しセンシングファイバへ供給し、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する光回路部と、前記ローカル光および前記後方散乱光から、ビート信号を生成し、前記ビート信号から、後方散乱光波形を求め、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求め、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求める受光・解析部とを備え、測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたことを特徴とする装置である。
【0010】
また、本開示のさらにもう1つの実施態様は、動的歪みを測定する方法であって、周波数掃引光を繰り返しセンシングファイバへ供給するステップと、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと、前記ビート信号から、後方散乱光波形を求めるステップと、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求めるステップと、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップとを備え、測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたことを特徴とする方法である。
【発明の効果】
【0011】
信号処理の負荷増大なしに、動的歪みを正確に測定する振動分布測定装置を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本開示の振動分布測定装置の構成を示す図である。
図2】振動分布測定システムで想定するセンシングファイバのモデルの図である。
図3】動的歪み区間における機械的振動による位相変調の波形を示す図である。
図4】周波数変調の信号光への影響を時間領域で示した図である。
図5】周波数変調の信号光への影響を、ビート周波数領域で示した図である。
図6】振動による周波数変調で生じる測定区間の距離ずれを説明する図である。
図7】振動分布の解析を行ったセンシングファイバの構成を示す図である。
図8】振動分布の解析結果を従来技術本開示との間で比較して示した図である。
図9】本開示の振動分布解析方法における参照波形指定のフロー図である。
図10】本開示の振動分布解析方法の動的歪み解析のフロー図である。
図11】動的歪み測定の耐力の理論値を求めるためのフロー図である。
図12】動的歪み測定の耐力の理論値を求める処理を説明する模式図である。
図13】参照測定なしに動的歪みを測定するN-N座標空間の確率分布である。
図14】N-N座標空間の確率値の妥当性を検証する振動系の構成図である。
図15】異なる2つのNの値を選択した場合の振動測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示の振動分布測定装置は、センシングファイバ上における、信号処理の負荷を軽減した振動分布の測定を提供する。本開示の振動分布測定装置はOFDRに基づいており、センシングファイバ上の任意の位置における動的歪みを測定できる。測定対象である動的歪みとは、歪み量が時間的に変動する現象を意味し、正弦波状に周期的に歪み量が変動する振動から、歪み量がランダムに時間的に変化する非周期的な振動をも含む。すなわち1つまたは複数の周波数成分を含む振動を含む概念である。また、例えばセンシングファイ上に物体を置いてその瞬間に圧力が変化する場合のような、1回の歪み量の変化を検出することも含む。
【0014】
後述するように動的歪みは、参照測定において得られた光スペクトルに対するスペクトル変化(シフト)を検出することで測定される。したがって、本開示の振動分布測定装置における動的歪みは、歪み量(強度)が時間的に変化するすべての現象を検出対象とする。利用形態の例を挙げれば、センシングファイバによって風によるケーブル振動を測定して風圧を測定したり、センシングファイバの周辺で発生した音を検出・再生して、収音マイクとして機能させたりする等がある。以下の本開示の振動分布測定装置および測定方法は、上述の利用形態だけに限られず様々な分野に適用できる。
【0015】
従来技術では、測定対象である振動に起因した、ビート信号の周波数オフセットによる測定距離の揺らぎを、デジタル信号処理によって補正していた。光周波数の掃引毎に、センシングファイバ上の指定位置における距離オフセットを決定し、補正された距離における歪みを測定していたが、距離オフセットを決定のための信号処理に時間および演算パワーを要する。センシングファイバ全体の多くの測定ポイントで振動を分布的に測定する場合や、長時間に渡って動的歪みを測定する場合、振動分布測定装置における信号処理の負荷が増大してしまう。本開示では、従来技術の問題に鑑み、距離揺らぎを補償するデジタル信号処理を使わずに、指定位置の振動を正確に測定する装置を提供する。
【0016】
-第1の実施形態-
図1は、本開示に係る振動分布測定装置の構成を示す図である。振動波形解析装置100は、周波数掃引光を供給し、信号光を受信する光回路部と、センシングファイバ6と、センシングファイバ6からの信号光をビート信号に変換し解析する受光・解析部とに大別される。光回路部は、周波数掃引光源1、光分岐器4、光サーキュレータ5および光合波器7を含む。周波数掃引光源1は、例えば高速に周波数掃引が可能なレーザであって、トリガ源2からのトリガ信号を受けて周波数掃引光を所定の掃引周期で繰り返し出力する。周波数掃引光は、光分岐器4によって2分岐され、一方は光サーキュレータ5に供給されるプローブ光Lprobeに、他方は光合波器7に供給されるローカル光Llocalになる。
【0017】
プローブ光Lprobeは、方向性結合素子である光サーキュレータ5を介してセンシングファイバ6に入射し、センシングファイバ6内の散乱体によって後方散乱され、入射側に戻ってくる。センシングファイバ6の各位置からの後方散乱光Lbsを重ね合わせた信号光Lsignalは、センシングファイバ6を出て、光サーキュレータ5を介して光合波器7に伝搬する。従って、光回路部は、周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給し、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する。
【0018】
受光・解析部は、バランス型受光器8、A/D変換器9、集録データ格納器(メモリ)10および解析部11を含む。信号光Lsignalおよび光分岐器4からのローカル光Llocalは、光合波器7によって合波され、バランス型受光器8によってLsignalおよびLlocalの間のビート信号Sbeatが電気信号として出力される。ビート信号Sbeatは、周波数掃引光源1へのトリガ信号と同期しながら、A/D変換器9によって標本化され、デジタル信号として測定される。測定された各時刻のビート信号は、集録データ格納器10に格納され、解析部11において振動分布の測定、振動波形の解析が行われる。図1に示した振動分布測定装置で、センシングファイバ6の任意の区間における後方散乱光スペクトルを測定し、振動分布および振動波形を測定、解析することができる。
【0019】
受光・解析部の動作を要約すれば、ローカル光および後方散乱光から、ビート信号を生成し、前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求め、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求め、参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるよう動作する。
【0020】
「動的歪み」は、センシングファイバ区間における歪み量の時間変化であって、繰り返し供給される前記周波数掃引光の掃引毎の前記歪み量から得られる。
【0021】
図1の振動分布測定装置100の全体を、振動分布測定システムとして捉えることもできる。また、動的歪みの振動時間波形の解析は、例えば中央制御装置(CPU)やデジタル信号処理プロセッサ(DSP)などを利用した解析部8による演算(計算)処理として実施できる。本開示は、後述する処理ステップを含む方法を実施する解析プログラムとしての側面も持っている。以下、従来技術および本開示に共通の課題である、測定対象である振動に起因した、ビート信号の周波数オフセットによる測定距離の揺らぎについて説明する。
【0022】
図2は、振動分布測定システムで想定するセンシングファイバにおける後方散乱光の発生状況を示すモデル図である。図2のセンシングファイバモデル200では、図示しない左端の測定システムの入力端から入射したプローブ光Lprobeが、センシングファイバ6の第1の動的歪み区間12を伝搬している。第1の動的歪み区間12を通過したプローブ光Lprobeは、第2の動的歪み区間13を構成する散乱体によって後方散乱され、再び第1の動的歪み区間12を逆方向に伝搬してセンシングファイバ入力端に戻る。後方散乱光Lbsが、信号光Lsignalとして入力端から出射して、図1における光サーキュレータ5に入力される状況を示している。
【0023】
第1の動的歪み区間12の機械的振動により、出射する信号光Lsignalは後述するように位相変調を受ける。従来技術によれば、信号光Lsignalが第1の動的歪み区間12の機械的振動により受ける位相変調は次のように説明される。
【0024】
図3は、動的歪み区間における機械的振動による位相変調の波形の一例を示す図である。図3では、図2に示した第1の動的歪み区間12の機械的な振動によって発生する位相変調波形の1周期分Pmodの時間区間を示している。Pmodの時間区間において、N回のビート信号測定が測定期間(Mes1~MesN)で行われ、各測定期間は最大で周波数掃引光の1掃引周期となる。
【0025】
図2に示したように、プローブ光Lprobeが第1の動的歪み区間12を伝搬し、第2の動的歪み区間13の散乱体で後方散乱され、再び第1の動的歪み区間12を伝搬するまでの往復時間を考える。この往復時間が、位相変調の周期Pmodに比べて十分短い場合、往路での位相変調波形と、復路での位相変調波形とは同一と見なせる。したがって、第1の動的歪み区間12を往復して伝搬した光が受ける位相変調量は、往路での位相変調の2倍となる。往復伝搬した信号光Lsignalの1回の測定分の電界波形Esignal(t)は、次の式(1)で表される。
【0026】
【数1】
【0027】
ここで、ν0は周波数掃引における初期周波数、γは周波数掃引速度、φ(t)は往復で伝搬した光が受ける位相変調波形を表す。式(1)で表された電界波形の瞬時周波数νinst.(t)は、次の式(2)によって表される。
【0028】
【数2】
【0029】
式(2)の瞬時周波数において、右辺第3項が動的歪みによる周波数変調に対応する。図3に示したように、センシングファイバに印加される複数の動的歪みにより発生する周波数変調(位相変調)のうち最小周期のもの(図3の周期Pmod)よりも、ビート信号の測定時間(Mes1、・・、MesN)が十分に短い場合、動的歪みによる位相変調は線形的な位相変調として近似できる。ビート信号の測定時間は、図3の「Mes1」および「Mes2」の各時間区間なので、Mes1、Mes2<<Pmodが成り立つとき、動的歪みによる位相変調は、一定値の周波数変調量を持つ周波数変調となる。一定値の周波数変調量は図3の「瞬時周波数νinst.」の矢印の傾きに相当する。したがって、式(2)をさらに近似することで、電界波形の瞬時周波数νinst.(t)は式(3)のように表される。
【0030】
【数3】
【0031】
式(3)の瞬時周波数において、νoffsetは線形的に近似された位相変調として信号光に与えられる周波数オフセットを表す。OFDRでは、ローカル光および信号光の間のビート信号を測定し、ビート信号Sbeatのビート周波数と、センシングファイバの入射端から対象とする歪み区間まで距離とを対応付ける。式(3)で与えられる周波数オフセットを持つ信号光と、ローカル光との間のビート周波数fbeatは、次の式(4)で得られる。
【0032】
【数4】
【0033】
式(4)において、zは距離、cはファイバ中の光速、2z/cは、ローカル光と、第2の動的歪み区間からの後方散乱光である信号光との間の遅延時間を表す。またzoffsetは、周波数オフセットνoffsetによって生じる距離オフセットを表す。
【0034】
図4は、周波数変調の信号光への影響を時間領域で示した図である。図4には、光周波数掃引の2回分の測定(測定期間Mes1、Mes2)について、それぞれのローカル光Llocalと信号光Lsignal(後方散乱光)および両者の間のビート信号Sbeatのビート周波数fbeatの時間変化の様子を示した。各回の測定において、ローカル光Llocalと信号光Lsignalの遅延はτであって、遅延τに対応する測定対象である1つの動的歪み区間(歪みセンサー)からの後方散乱のみに着目している。したがって、受光器に入力される信号光はセンシングファイバのすべての動的歪み区間からの遅延時間の異なる後方散乱光が重ね合わされた信号であることに留意されたい。受光器からの出力のビート信号も、すべての動的歪み区間からの異なるビート周波数成分を含んでいる。
【0035】
図4に示すように、遅延τに対応する動的歪み区間おける信号光Lsignal(後方散乱光)とローカル光Llocalの間のビート信号Sbeatのビート周波数は、動的歪みのために周波数オフセットνoffsetがνoffset1、νoffset2と変動することで、測定ごとにfbeat1、fbeat2と揺らいでいる。ビート信号1におけるfbeat1と、ビート信号2におけるfbeat2が異なることは、ビート周波数と、ファイバの入射端から動的歪み区間までの距離とを対応付けるOFDRにおいて、測定距離に揺らぎが生じていることを意味する。
【0036】
図5は、周波数変調の信号光への影響をビート周波数領域におけるスペクトル変化として示した図である。図5に示したように、周波数オフセットが無い場合のスペクトルSのピーク位置に対して、動的歪みによる周波数オフセットνoffsetのために、各回の測定ごとに割り当てられる距離オフセットzoffsetが変化する。この結果、測定対象である動的歪み区間(歪みセンサー)までの距離も揺らいで測定されてしまう。OFDRによる動的歪み分布測定では、センシングファイバ上の任意の距離において、機械的振動による歪みセンサーのスペクトルの時間変化を測定する。上述の式(4)においても、動的歪みである機械的振動によって距離オフセットzoffsetが測定毎に変化し、測定をしようとする歪みセンサーへの距離が測定毎に変化することが理解できる。この測定距離の揺らぎのために、振動分布測定装置の測定精度を上げることができなかった。
【0037】
従来技術(非特許文献1)では、上述の周波数掃引を繰り返す測定毎の距離オフセットzoffsetの変化を、測定毎に距離オフセット量を算出し、算出された距離オフセット量だけ歪みセンサー区間を動かして後方散乱光のスペクトルを計算していた。より具体的には、ビート信号から得られる後方散乱光の電界E(τ)において「光周波数応答を解析するための窓区間」を、算出された距離オフセット量だけずらしていた。しかしながら、このような距離オフセット量の算出や、歪みセンサー区間のシフト計算を伴う補償演算は、振動分布測定装置の解析部において大きな演算パワーを必要とする。センシングファイバ全体の多くの測定ポイントで振動を分布的に測定する場合や、長時間に渡って動的歪みを測定する場合、振動分布測定装置における信号処理の負荷が増大していた。
【0038】
発明者らは、OFDRの動的歪みの解析において新たに追加的な条件を加えることで、従来技術のように距離オフセットの補償演算処理を行わずとも、図1に示した振動分布測定装置によって精度良く振動を解析できることを見出した。
【0039】
非特許文献2にも開示されているように、OFDRは周波数掃引光をプローブ光とするため、センシングファイバの任意の位置におけるレイリー後方散乱光のスペクトルS(ν)を測定することができる。
【0040】
【数5】
【0041】
上の式(5)のスペクトルS(ν)において、νは光周波数、E(τ)は遅延τ(距離z=cτ/2)からの後方散乱光の電界、cは光ファイバ中の光速、Nは光周波数応答を解析する位置、Nは光周波数応答を解析するための長さを表す。
【0042】
上述の式(1)~式(4)で検討したように、レイリー後方散乱光のスペクトルは、センシングファイバの長手方向の歪み量に応じて線形的にシフトする。本実施形態の振動分布測定装置では、あるセンサー区間における動的歪みの測定のためには、センシングファイバが受ける振動の周期がプローブ光の周波数掃引の周期よりも十分長いという条件の下で、まずスペクトルシフトを算出するための参照測定を行う。次に、この参照測定で得られたスペクトルSref(ν)と、n回目の測定で得られるスペクトルSsig(ν)との相互相関ピークを算出することで、スペクトルシフト量(歪み量)を解析する。
【0043】
しかしながら、上述のようにビート周波数を距離と対応付けるOFDRでは、動的歪み(振動)がセンシングファイバに加わると、振動起因の光周波数変調により歪みを解析する区間が変化する。そのため、参照測定で得られるスペクトルSref(ν)とn回目の測定で得られるスペクトルSsig(ν)とでは、距離オフセット分の「ずれ」が生じて異なるファイバ区間が割り当てられることになる。
【0044】
【数6】
【0045】
【数7】
【0046】
上の式(6)および式(7)において、Nは振動のために生じた周波数変調による距離ずれ量(遅延ずれ量)であり、νoffsetは振動のために生じた周波数変調量、γは周波数掃引光の周波数掃引速度、Tはビート信号の測定時間を表す。尚、距離ずれ量Nは、例えば非特許文献1におけるように、参照測定の後方散乱光の波形および各測定の後方散乱光の波形の相互相関からビート周波数オフセットを推定する信号処理によって求められる。
【0047】
図6は、振動による周波数変調の結果生じる測定区間の距離ずれを説明する図である。図6は、ビート信号をフーリエ変換した後の後方散乱光の電界波形を示しており、横軸はビート周波数に対応している。既に述べたようにOFDRでは、ビート周波数はセンシングファイバの入射端からの距離に対応している。図6の上側の波形は、参照測定における後方散乱光の電界波形を示している。長さNに対応する光周波数応答を解析するための窓区間において、距離オフセット(距離ずれ)が無い場合のサンプル点を示す。図6の下側の波形は、n回目の測定における後方散乱光の電界波形であって、距離オフセットNが生じた状態のサンプル点を示す。上記のNの窓区間についてさらにフーリエ変換を行えば。窓区間のスペクトルSref(ν)、Ssig(ν)が得られる。
【0048】
非特許文献3や非特許文献4に開示されているように、後方散乱光の電界E(τ)は、任意の区間(τ~τまでの区間)における光ファイバの長手方向でその分布がガウシアン分布に従う。このため、後方散乱光の電界E(τ)は、振動による周波数変調で距離ずれが生じ、測定回毎にスペクトル解析区間として割り当てられるファイバ区間(センサー区間)が全く異なるようになれば、それらのスペクトル間には相関が無くなる。したがって、参照測定で得られるSref(ν)およびn回目の測定で得られるスペクトルSsig(ν)には相関が無くなり、動的歪みによるスペクトルシフトを算出することができなくなる。
【0049】
しかしながら、後方散乱光の電界E(τ)のスペクトル解析長さNが、動的歪みによって生じる周波数変調による遅延ずれNよりも長ければ、図6に示した共通部分によってスペクトルの相関は保たれる。式(6)で与えられたルSref(ν)、Ssig(ν)の2つのスペクトルの相互相関ピークを解析すると、次式を得る。
【0050】
【数8】
【0051】
式(8)において、PSNR(Peak Signal-to-Noise Ratio)は相互相関ピークの雑音比を表す。式(8)においてPSNRは、スペクトル解析長さNが周波数変調による距離ずれNよりも長ければ、ノイズレベルに埋もれず相互相関はピークを持つことを表している。したがって、PSNRは振動分布測定において観測対象である振動に対する測定法自体の耐力を表す指標であり、OFDRを用いた振動分布測定を行う際の振動測定性能を表す項目の1つとなる。
【0052】
図7および図8は、異なる2つの位置に振動を加えたセンシングファイバの振動分布の測定例を従来技術と本開示の各装置で比較して説明する図である。図7は、振動分布の解析を行ったセンシングファイバの構成を示す図である。図8は、振動分布の解析結果を、従来技術と本開示の振動分布測定装置の間で比較した示した図である。
【0053】
図7を参照すると、測定対象のセンシングファイバは全長が237mであり、図面の左端にあるOFDR装置側の入力端から12mの間(0~12m)は、振動が無い状態にある。続いて、長さ62mの区間(12~74m)では周波数30Hzの振動が印可されている。次の長さ56mの区間(74~130m)では、再び振動が無い状態にあり、引き続いて長さ57mの区間(130~187m)では周波数10Hzの振動が印可されている。最後に長さ50mの区間(187~237m)では振動が無い状態にあり。センシングファイバ終端は、APC(Angled Physical Contact)研磨状態で解放端となっている。
【0054】
図7の構成のセンシングファイバに対して、図1に示した振動分布測定装置から繰り返し周波数が900Hzの周波数掃引光のプローブ光を225回繰り返し入射して、後方散乱光からビート信号を取得して、動的歪みの分布を解析した。プローブ光の開始光周波数は193.6THz、周波数掃引速度は8GHz/msである。
【0055】
図8は、上述の測定条件で振動分布の解析結果を、(a)に従来技術の振動分布測定装置について、(b)に本開示の振動分布測定装置について、比較して示している。いずれも、縦軸がセンシングファイバの距離を示しており、概ね237mの長さに対応している。横軸は時間を示しており、図8では色が表示されていないが、縦軸の距離および横軸の時間の座標面で表される領域の濃淡によって、歪みの強度の空間分布および時間変動を示している。(b)のグラフの原図では右端に歪み量(με)を色別で示してあったが、図8では濃淡のみで参考に示している。また、図8の(b)の距離130~187m相当の10Hzの振動の歪みの+ピークおよび-ピークの時間位置の概略を示している。
【0056】
(a)の従来技術の場合は、図6に示したスペクトル解析区間の長さを40cmとしており、上述の測定条件で、30Hz、10Hzの振動源が与える距離ずれNはそれぞれ、14cm、4cmである。スペクトル解析区間の長さ40cmと比べて、30Hzの振動源による距離ずれNの14cmは、30%以上を占め、スペクトル解析区間の長さが距離ずれNより十分に長いとは言えない。(a)では、距離が50m程度までは横軸に沿って周波数30Hzの振動に対応する濃淡を見ることができるが、距離が50mを越えると雑音が優勢となり、周波数10Hzの振動の時間変動は不明瞭である。後方散乱光の電界波形の解析区間にずれが生じて、式(8)におけるPSNRが低下した状態を示す。従来技術の振動分布測定装置では、動的歪みによる周波数変調で距離ずれ量が生じ、センシングファイバの観測点の距離が長いほど、周波数変調量は累積される。累積された周波数変調量すなわち距離ずれNがNを越えた位置から、(a)に示したように測定不能となる。
【0057】
一方(b)の本開示の振動分布測定装置の測定においては、スペクトル解析区間の長さを200cmとして、30Hz、10Hzの振動源が与える距離ずれN(14cm、4cm)よりもスペクトル解析区間が十分に長い条件を満たしている。センシングファイバ230mの全領域において、図7に示した2つの振動が明確に測定されている。すなわち、縦軸の12~74mに相当する範囲では周波数30Hzの振動に対応する濃淡(0.25秒で歪み強度の7.5回の増減、30Hzに相当)が観察できる。さらに、縦軸の130~187mに相当する範囲では周波数10Hzの振動に対応する濃淡(歪み強度5回の増減、10Hz相当)が観察できる。このように、本実施形態の後方散乱光の電界E(τ)のスペクトル解析長さNを、動的歪みによって生じる周波数変調による遅延ずれNよりも長くすることで、PSNR劣化なしに動的歪みを測定することができる。
【0058】
図9は、本開示の振動分布測定装置で実施され得る振動分布解析方法における参照波形の指定手順を示すフロー図である。動的歪みの測定の前段の手順となる、参照波形の指定ステップである。参照測定は、前記センシングファイバに動的歪みが存在しない状態におけるスペクトルに基づくものである。しかしながら、センシングファイバに加わる動的歪みの最小周期よりも信号測定時間を十分短くして測定した波形であれば、振動状態における波形であっても参照波形として用いることが可能である。すなわち、図3で説明したように、Mes1、Mes2<<Pmodが成り立てば良い。この様な場合、例えば初回の測定結果の分布波形をそのまま参照波形としても良い。
【0059】
ステップ(9-1):後方散乱光の分布波形の測定を行う(ビート信号のフーリエ変換)。ここで、センシングファイバ全体の光周波数応答(ビート信号)を測定することになる。
【0060】
ステップ(9-2):スペクトル解析区間の指定を行う。ここで、後方散乱光の電界E(τ)のスペクトル解析長さNを設定する。ここで、後方散乱光の電界E(τ)のスペクトル解析区間の長さNが、動的歪みによって生じる周波数変調による遅延ずれNよりも長くなるように設定する。
【0061】
ステップ(9-3):指定したスペクトル解析区間の後方散乱光スペクトル測定を行う。ここで、指定したスペクトル解析区間における光周波数応答をフーリエ変換することで、スペクトル解析区間に対応する各距離における、スペクトルを解析する。後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間を抜き出し、センシングファイバの任意の区間の後方散乱光のスペクトルを得ることができる。
【0062】
従来技術との相違点は、ステップ(9-2)において、新たな解析条件として、スペクトル解析長さNを遅延ずれNに対して制限するところにある。
【0063】
図10は、本開示の振動分布測定装置で実施され得る振動分布解析方法における動的歪みの時間波形の解析手順を示すフロー図である。
【0064】
本解析手順では、まず測定時刻i=0~N-1のN回にわたり、以下のステップ(10-1)~(10-2)を繰り返す。図10におけるNは、OFDRの繰り返し測定の回数である(図3参照)。
【0065】
(10-1)測定時刻iにおける後方散乱光の分布波形の測定を行う(ビート信号のフーリエ変換)。
【0066】
(10-2)測定時刻iにおける後方散乱光スペクトルを計算する。
【0067】
以上の反復ステップの終了後、ステップ(10-3)として、歪みセンサー(スペクトル解析区間)のスペクトルの時間変化を解析する。
【0068】
つぎに、i=0~N-1のN回にわたり、以下のステップ(10-4)~(10-5)を繰り返す。
【0069】
(10-4)測定時刻iにおけるスペクトルと参照スペクトルとの相互相関を求める。
【0070】
(10-5)測定時刻iにおけるスペクトルシフトを算出する。任意の区間の光スペクトルは歪み量に応じてスペクトルシフトするため、参照測定で得られた光スペクトルに対するスペクトルシフト量を、i=0~N-1のN回の測定ごとに解析する。
【0071】
最後にステップ(10-6)として、ステップ(10-4)~(10-5)のスペクトルシフトの結果より、時刻i=0~N-1の範囲で、動的歪みの時間波形を求めて手順を終了する。
【0072】
図9および図10の上述の各ステップにおけるフーリエ変換演算処理や、スペクトルおよびスペクトルシフト量の計算処理は、図1の振動分布測定装置の集録データ格納器10によって一定回数のビート信号データを蓄積し、一連の測定を終えてから実施できる。必ずしも、実際の周波数掃引光をセンシングファイバに印可するのと同期して上述の演算処理をリアルタイムに実施する必要はないことに留意されたい。
【0073】
したがって、本開示のセンシングファイバの動的歪みを測定する方法は、図1に示した装置において、周波数掃引光を繰り返し前記センシングファイバへ供給するステップと、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと前記ビート信号にフーリエ変換を実行して、後方散乱光波形を求めるステップと、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間においてフーリエ変換を実行して光スペクトルを求めるステップと、参照測定で得られるスペクトルと、前記周波数掃引光の1回の掃引に対する前記後方散乱光から得られるスペクトルとの間のスペクトルシフト量に基づいて、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップとを備え、前記スペクトル解析区間の長さが、前記動的歪みに起因して周波数変調により生じた前記スペクトル解析区間の距離ずれ量Nよりも長く設定されたものとして実施できる。
【0074】
図9および図10の各ステップは、図1の解析部11を構成するコンピュータ上のプログラムによって実行されるが、図1の解析部11および任意的に集録データ格納器10は、図1の構成要素1~9とは離れた場所に配置して、ネットワーク接続とすることもできる。
【0075】
本発明の実施形態の振動分布測定システム、振動分布測定装置は、上記の解析方法を実行するコンピュータとプログラムによって実現でき、プログラムを記録媒体に記録することも、ネットワークを通して提供することも可能である。
【0076】
上述の実施形態では、スペクトルシフトの計算処理を含むものであるが、距離ずれ量Nに対するスペクトル解析区間の長さNの設定についてのより詳細な条件を次の実施形態において明らかにする。
【0077】
-第2の実施形態-
上述の第1の実施形態の振動分布測定装置では、後方散乱光に対するスペクトル解析区間の長さを、動的歪みによって生じる周波数変調による遅延ずれNよりも長くする条件で、センシングファイバにおける動的歪みを精度良く実施できる。しかしながら、参照波形を求め(図9)、振動現象に起因して生じた遅延ずれNを距離オフセットとして推定し(ステップ10-4~10-5)、スペクトル解析区間をNだけずらして、動的歪みを計算(ステップ10-6)していた。これらの距離オフセットに関係する計算には処理時間を要する。
【0078】
発明者らは、振動分布測定装置における演算処理をさらに簡略化し、処理時間を短縮できる方法についてさらに検討した。第1の実施形態の振動分布測定装置で着目したスペクトル解析区間の長さおよび遅延ずれNの関係を、レイリー後方散乱光の統計的性質をさらに考慮して検討し、新たなに「距離オフセットに対する耐力」の概念を提案した。以下に説明する第2の実施形態の振動分布測定装置では、「耐力」の概念について詳細に説明するとともに、耐力に基づいて構成された、より簡略化した振動分布測定装置および測定方法について述べる。以下の説明では、遅延ずれ(遅延ずれ)Nを距離オフセットNと呼ぶが、同じ意味のものとして使っている。第1の実施形態のスペクトル解析における光周波数上のスペクトルシフトと、センシングファイバ上での距離に換算した距離オフセットNとが、対応していることにも留意されたい。
【0079】
OFDRにおける後方散乱光の測定において、測定対象の振動に起因して、対象となる測定区間に距離オフセット(遅延ずれ)が生じることによる影響を、より定量的に把握する。このために、レイリー後方散乱光の性質を統計的に解析することで、距離オフセットNに対する動的歪み測定の「耐力」を求めた。「耐力」の理論値を、距離オフセットが存在しても正しく振動を測定できる確率として、「スペクトル解析区間の長さ」および「距離オフセットN」の2つのパラメータによって記述した。
【0080】
図11は、距離オフセットNに対する動的歪み測定の耐力の理論値を求めるためのフローを示す図である。図11のフロー図では、シミュレーションによって「スペクトル解析区間の長さN」および「距離オフセットN」の異なる組み合わせで、レイリー後方散乱光の電界波形を発生させている。発生させた電界波形に対応する光スペクトルにおいて、参照測定と試行測定の間の相関ピーク値が相関ノイズレベルを越える確率を求めた。シミュレーションにおいては、NおよびNの異なる組み合わせとして、おおよそ20万通りの組みについて相関ピークの計算を実施する試行測定を繰り返した。これらの試行測定によって、NおよびNをパラメータとして、相関ピークを検出できる確率を求めた。
【0081】
図12は、動的歪み測定の耐力のシミュレーションの各工程における処理を模式的に説明する図である。以下、図11のステップおよび図12の処理の説明の模式図を交互に参照しながら、シミュレーション方法について説明する。後述するように、図12の(a)は図11のステップ11-3に対応し、図12の(b)は図11のステップ11-4に対応し、図12の(c)は図11のステップ11-5に対応している。
【0082】
図11に戻ると、ステップ11-1でシミュレーションを開始し、ステップ11-2で1回の試行測定のためのNおよびNを設定する。次のステップ11-3で、参照波形および試行測定の波形をそれぞれ生成する。すなわち、図12の(a)に示したように、参照測定および試行測定のそれぞれの電界波形E(τ)を生成する。ここで電界波形は、その振幅の平均値が0であって正規分布に従う確率変数として生成した。参照測定および試行測定のそれぞれにおいてスペクトル解析区間のある長さNに対して、距離オフセットNを設定した。距離オフセットNは、参照測定および試行測定に対して、スペクトル解析区間の前後のいずれかにそれぞれにランダムに設定した。したがって、生成した2つの波形の間には、それぞれN個の非共通部分が存在する。
【0083】
次に図11のステップ11-4では、参照測定および試行測定における各電界波形をスペクトル解析して、スペクトルS(ν)を求める。すなわち、図12の(b)に示したように参照測定のスペクトルおよび試行測定のスペクトルを求める。距離オフセットが生じていなければ、図12の(b)のように2つのスペクトルは概ね一致する。距離オフセットが生じていれば、センシングファイバの異なる区間のスペクトルを解析することになり、スペクトル形状も一致しなくなる。
【0084】
図11のステップ11-5では、参照測定および試行測定における各スペクトルに対してスペクトル相関の解析を行い、相関ピークの有無を判断する。すなわち図12の(c)に示したように、参照測定のスペクトルおよび試行測定のスペクトルから、光周波数シフトΔνを求める。ここで計算される相関値は、参照測定の電界波形と試行測定の電界波形との間に共通部分が存在していれば、図12の(c)に示したようにノイズレベルを越えて相関値のピークが現れる。相関ピークレベルがノイズレベルを上回る場合を、正しく振動を測定できる状態と定義する。相関ピークレベルがノイズレベルを上回る場合、正しく歪み量を測定できているため、距離オフセット量に応じて、スペクトル解析区間をずらすことなく、センシングファイバに加わった歪み量を求めることができる。1回の試行測定において、相関ピークレベルがノイズレベルを上回るか否かの判定を行い、NおよびNの1つの組み合わせに対して、試行測定を繰り返し(NTrial回)振動測定が正しく行われるか否かを判定する。スッテプ11-3~11-5の繰り返しによって、N-N空間において、参照測定なしに正しく振動が測定できる確率分布をシミュレーションできる。
【0085】
図11に戻ると、ステップ11-5で相関ピークの有無を判定した後で、ステップ11-3に戻り、ステップ11-3~11―5をNTrial回繰り返す。全試行回数NTrial回の繰り返しを終了すると、ステップ11-6で、N-Nの空間のある点において参照測定なしに正しく振動が測定できる確率分布を計算する。具体的には、相関ピークが検出できた回数NSuccessを試行回数NTrialで割り、確率を算出する。確率を計算した後で、次のステップ11-7でNまたはNを変更して、ステップ11-2に戻る。ステップ11-7で、対象とする範囲および粒度でNおよびNの組み合わせを決定して、N-Nの座標空間のすべての点で確率が求められる。すべてのNおよびNの組み合わせを設定して、確率を求めた後で、ステップ11-8でシミュレーションは終了する。
【0086】
図11および図12で説明したように、NおよびNの組み合わせにおいて、参照測定なしに正しく振動が測定できる確率分布を求めることができる。測定対象において想定される距離オフセットNを予め測定前に知ることができれば、この確率分布に基づいて、スペクトル解析区間の長さNを適切に選択するだけで、参照測定なしに正しく振動を測定できる。
【0087】
図13は、NおよびNをパラメータとする参照測定なしに正しく振動(動的歪み)を測定できる確率分布を示す図である。図13の(a)は、NおよびNの組み合わせに対する確率分布を濃淡で示した図である。横軸にスペクトル解析区間の長さNを、縦軸に距離オフセットNを示している。カラーの原図をモノクロの濃淡に変換しているため見難いが、グラフの左上隅から右下隅に向かって徐々に確率値Pが0.5から1.0に向かって増加する分布となっている。図13の(b)は、距離オフセットNおよび参照測定なしに正しく振動を測定できる確率Pの関係を、スペクトル解析区間の長さNをパラメータとして示した図である。
【0088】
図13の(a)を参照すれば、スペクトル解析区間の長さNが長くなるほど、より長い距離オフセットNに対して確率P=1で相関ピークを検出できることがわかる。すなわち、Nを大きく設定するほど、距離オフセットに対する耐性が上昇し、参照測定なしに正しく振動(動的歪み)を測定できる確率が高くなる。より具体的に図13の(b)を参照すれば、対象とする動的歪みの測定において、例えば想定される距離オフセットがN=10cmとすると、N=80cmの曲線から読み取れる確率Pは0.99以上で概ね1に近い。図13は、対象の測定でN=10cmが想定される場合には、Nを80cm以上に設定すれば、99%以上の確率で、参照測定なしに正しく振動を測定できることを示している。異なる値のNが想定される場合には、図13の各図にしたがって、所定の確率値Pで参照測定なしに正しく振動を測定可能なスペクトル解析区間の長さNを決定できる。
【0089】
図13に示したN-N座標空間における確率値Pの分布は図11および図12で説明したシミュレーションによって得られたものであるが、動的歪みの測定、すなわち振動分布測定における距離オフセットNに対する耐性を表している。NおよびNの2つのパラメータだけで、参照測定なしに正しく振動を測定できる限界の条件を知ることが可能であって、振動分布測定の距離オフセットNに対する耐力設計に利用できる。参照測定が不要なようにスペクトル解析区間の長さNを設定した場合には、距離オフセットの算出が不要となることを意味している。次に、図13で示したN-N座標空間における理論的な確率値Pに基づいてNを選択した場合で、シミュレーションで得た確率分布のNに対する耐性の指標としての妥当性について検証する。
【0090】
図14は、N-N座標空間における理論的な確率値の耐性指標としての妥当性検証に使用した振動系の構成を示す図である。OFDR装置の信号入力端から、測定対象のセンシングファイバの終端までは全長300mであり、入力端から50mの区間(0~50m)は、周波数30Hzの振動が印可されている。次の長さ250mの区間(50~300m)では、振動が無い状態にある。センシングファイバ終端は、APC(Angled Physical Contact)研磨状態で解放端となっている。図14の振動系において、最初の区間の周波数30Hzの振動において想定される距離オフセットは26cm(N=17)である。尚、N=17は、距離オフセット26cmをOFDRの空間分解能1.5cmで割った無次元量である。
【0091】
図15は、異なる2つのNの値を選択した場合の振動測定の結果を示す図である。図14に示した構成の振動系に対して、スペクトル解析区間の長さNを47cm、141cmにそれぞれ設定した場合の振動測定結果を示している。いずれの測定でも、「距離オフセットの演算処理なし」で、測定していることに留意されたい。図15の(b)および(d)は、横軸に時間(ms)を縦軸にセンシングファイバの距離を示しており、図8と同様の図であって、図14の長さ300mのセンシングファイバで検出された振動状態を示している。図15では色が表示されていないが、横軸の時間および縦軸の距離の座標面で表される領域の濃淡によって、歪みの強度の空間分布および時間変動を示している。図15の(d)のグラフでは右端に歪み量(με)を色別で示してあったが、これを濃淡のみで参考に示している。また、図15の(d)の距離0~50mの範囲で、30zHzの振動(周期は33ms)の歪みの+ピークおよび-ピークの時間位置の概略を示している。
【0092】
図15の(b)は、スペクトル解析区間の長さNを47cmに設定した場合で測定された振動状態を示している。距離0~50mの区間において30Hzの振動が観測されているが、ピーク位置には時間軸方向にふらついておりノイズが見られ、振動は不明瞭である。ここで図13の(a)のシミュレーション理論値を参照すれば、N=26cm、N=47cmの位置の確率Pは、0.7程度であり、参照測定なしに正しく振動を測定できる確率が0.7の状態に相当する。
【0093】
一方で、図15の(d)は、スペクトル解析区間の長さNを141cmに設定した場合で測定された振動状態を示している。距離0~50mの区間における30Hzの振動は非常に明瞭に示されており、時間軸方向のふらつき、ノイズも無い。図13の(a)を再び参照すれば、N=26cm、N=141cmの位置がグラフ外であるが確率Pはほぼ1.0であり、参照測定なしに正しく振動を測定できる確率が1.0であって、100%正しく振動測定ができる状態に相当する。図15の(b)および(d)から、図13に示されたN-N座標空間における理論的な確率分布に基づいてNを選択した2つの測定結果は、相関値のピークがノイズレベルを越える確率値Pと対応しており、N-N座標空間における理論的な確率分布が距離オフセットNに対する耐性を示していることを理解できる。
【0094】
図15の(a)および(c)は、無振動状態にあるセンシングファイバの距離が50~300mの区間にわたって、測定結果として「無振動状態」と解析された確率を示している。それぞれ、横軸に時間(ms)を縦軸に、縦軸には「無振動状態」と解析される確率を示しており、50~300mの区間では、振動が無いと解析される確率は本来1でなければならない。
【0095】
ここでスペクトル解析区間の長さNが47cmに設定された図15の(a)を参照すれば、周期的に「無振動状態」と解析される確率が0.6近くまで低下している。これは、対応する図15の(b)の50~300mの区間において、周期的に様々なレベルの歪み(με)が誤って観測され、ノイズが現れていることに対応する。図15の(a)および(c)では、実測値および理論値が併記されており、N=47cmに設定された場合には、「無振動状態」に対しても、偽の振動が観測されていることがわかる。
【0096】
一方で、スペクトル解析区間の長さNが141cmに設定された図15の(c)を参照すると、「無振動状態」と解析される確率が0.99を下回ることはなく、概ね常に1.0に近い状態と言える。つまり、無振動状態にあるセンシングファイバの距離50~300mの区間が、ほぼ100%の確率で「無振動状態」と正しく解析されている。これは、対応する図15の(d)の50~300mの区間において、ほぼノイズが無い状態で歪みレベルが0に表示されていることに対応する。
【0097】
図15の(a)および(c)から、図13に示されたN-N座標空間における理論的な確率分布に基づいてNを選択した2つの測定結果は、相関値のピークがノイズレベルを越える確率値Pと対応しており、N-N座標空間における理論的な確率分布が距離オフセットNに対する耐性を示していることを理解できる。したがって、図13で得られたN-N座標空間における理論的な確率分布に従って、スペクトル解析区間の長さNを選択すれば、参照測定なしで、オフセット距離の演算処理を実施しなくとも正しく動的歪みが測定できる。このときのスペクトル解析区間の長さNは、想定されるある距離オフセットNの値に対して、参照測定のスペクトルに対して相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が、1に近い所望の値以上となるように選択されることになる。
【0098】
図13に示したN、Nの2つのパラメータを使った、相関値ピークレベルがノイズレベルを越える確率分布を耐性の指標として、適正なNを選択することで、参照測定および距離オフセットなどの演算処理なしに正しく振動を測定できることが見出された。N-N座標空間における理論的な確率に基づいて、想定する距離オフセットNに対して、参照測定のスペクトルに対して相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が概ね1となるNを選択することで、距離オフセットNに対する高い耐性を持った振動測定を実現できる。
【0099】
振動測定装置に求められる精度や、測定対象の振動現象に応じて、上述の確率Pの値を1に近い所望の値に設定することができる。例えば、測定値に高い精度が要求される環境では、所望の値の確率値Pを0.99として、想定される距離オフセットNに対してスペクトル解析区間の長さNを決めれば良い。また、測定値に高い精度が要求されない環境では、所望の値の確率値Pを0.90として、想定されるNに対してより広い範囲からNを決めることもできる。
【0100】
上述のように、N-N座標空間における理論的な確率に基づいて、距離オフセットNに対して耐性のあるスペクトル解析区間の長さNを設定することで、本実施形態の振動分布測定装置・方法は、第1の実施形態に比べて大幅にその構成を簡略化できる。図10のフローにおいて、スペクトル解析区間の長さNについて、想定される距離オフセットNに対して耐性のある値を選択すれば良い。
【0101】
したがって、第2の実施形態の振動分布測定装置・方法における歪み測定は、以下のステップで実施できる。
ステップ0: 最初に対象となる振動を含む被測定系について、想定される最大の距離オフセット(距離ずれ量)Nを決定する。Nの最大値が既知であれば、そのNを使用できる。したがって、以下に説明するステップの前に、準備段階として、第1の実施形態の構成によって、距離オフセットNを実測しても良い。
ステップI: 対象となる振動を解析する区間を指定する。
ステップII: 決定されたNに基づいて、図13のNおよびNの2つのパラメータを使った、相関値ピークレベルがノイズレベルを越える確率Pの分布に基づいて、参照測定のスペクトルに対して相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が概ね1となるような、スペクトル解析区間の長さNを設定する。
ステップIII: 測定時刻nにおける後方散乱光の分布波形を測定する。
ステップIV: 指定した解析区間の光スペクトルを解析する。
ステップV: 動的歪みを求めるのに必要なN回まで、ステップIIIおよびステップIVを繰り返す。
ステップVI: 後方散乱光の光スペクトルの時間変化を解析して歪み量を算出し、動的歪みの時間波形(振動波形)を求める。
【0102】
上記のステップIIIは図10のステップ10-1に、ステップIVは図10のステップ10-2に、ステップVは図10のステップ10-1、10-2の繰り返しに、ステップVIは図10のステップ10-3、10-4と10-5の繰り返し、10-6に対応する。また、上記のステップI~ステップVIは、静的な歪み測定をN回繰り返して行うのと実質的に同じである。
【0103】
したがって本開示の動的歪みを測定する方法は、周波数掃引光を繰り返しセンシングファイバへ供給するステップと、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信するステップと、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波して、ビート信号を生成するステップと、前記ビート信号から、後方散乱光波形を求めるステップと、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求めるステップと、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求めるステップとを備え、測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたことを特徴とする方法として実施できる(請求項9のリピート)。
【0104】
また振動分布測定装置の構成としては、図1の構成からの変更は無く、解析部11における第1の実施形態とは異なる処理として、上記のステップI~ステップVIを実施すれば良い。したがって本開示の動的歪みを測定する装置は、周波数掃引光を、繰り返しセンシングファイバへ供給し、前記センシングファイバからの後方散乱光を受信し、前記周波数掃引光の一部であるローカル光および前記後方散乱光を合波する光回路部と、前記ローカル光および前記後方散乱光から、ビート信号を生成し、前記ビート信号から、後方散乱光波形を求め、前記後方散乱光波形の任意のスペクトル解析区間において、光スペクトルを求め、前記スペクトル解析区間に対応した前記センシングファイバの区間における前記動的歪みの歪み量を求める受光・解析部とを備え、測定対象となる前記動的歪みに起因する、想定される距離ずれ量Nに対して、前記スペクトル解析区間の長さNが、参照測定のスペクトルと前記光スペクトルの相関測定を行ったならば相関ピークがノイズレベルを越える確率が1に近い所望の値以上となるように設定されたものとして実施できる。
【0105】
上述のように本実施形態の図9および図10のフローを簡略化した一連の工程は、関連する距離オフセットの算出演算処理を含まない。したがって、OFDRにおいて静的な歪みを測定する工程に他ならない。振動現象などの動的な歪みではなく、センシングファイバに加わる時間変動しない静的な歪み量を、OFDRで測定するのと同じ状態となる。したがって、「静的な歪み」の測定を単に周期的に繰り返すことによって、時間的な歪みの変動である「動的な歪み」を測定可能となる。動的歪みが定常的なものであれば、上述のステップ0で説明した準備段階として、距離オフセットN最大値の実測を一旦行ってNを決定すれば、距離オフセットの処理ステップを省略することができるので、大幅に測定時間を短縮できる。すなわち、距離揺らぎを補償するデジタル信号処理を使わずに、指定位置の振動を正確に測定する装置および測定方法が可能となる。
【0106】
図13で示したNおよびNの2つのパラメータを使った、相関値ピークレベルがノイズレベルを越える確率分布は、対象の測定でN=10cmが想定される場合について、Nを80cm以上に設定する例を示した。N-N座標空間において、確率値Pが概ね1となる領域(境界)として特定できる。すなわち、図13(a)で与えられる確率値Pにおいて、P(N,N)=1となる領域である。
【0107】
以上詳細に述べたように、本開示の振動分布測定装置は、距離揺らぎを補償するデジタル信号処理を使わずに、指定位置の振動を正確に測定する装置および測定方法を提供する。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明は、ファイバセンシングに利用できる。
図1
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