(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-08
(45)【発行日】2022-11-16
(54)【発明の名称】合金部材の製造方法、合金部材、および合金部材を用いた製造物
(51)【国際特許分類】
B22F 10/34 20210101AFI20221109BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20221109BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20221109BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20221109BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20221109BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20221109BHJP
B22F 5/04 20060101ALI20221109BHJP
【FI】
B22F10/34
C22C30/00
B22F5/00 F
B22F10/28
B22F10/64
C22C1/04 Z
B22F5/04
(21)【出願番号】P 2022505041
(86)(22)【出願日】2021-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2021003382
(87)【国際公開番号】W WO2021176910
(87)【国際公開日】2021-09-10
【審査請求日】2022-05-25
(31)【優先権主張番号】P 2020035862
(32)【優先日】2020-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/031577(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/138191(WO,A1)
【文献】特開2018-145456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 10/00-12/90
B22F 1/00-8/00
C22C 1/04-1/05
C22C 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程と、
前記積層造形工程を経て得られた造形部材を、溶体化熱処理を経ることなく、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法。
【請求項2】
Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程と、
前記造形部材を加熱し、1080℃以上1180℃以下の温度範囲で保持する溶体化熱処理工程と、
前記溶体化熱処理工程後の造形部材を冷却する冷却工程と、
その後、前記造形部材の表層部を再び溶融・凝固させる再溶融・凝固工程と、
前記再溶融・凝固工程を経て得られた造形部材を、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法。
【請求項3】
Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程と、
前記造形部材を加熱し、1080℃以上1180℃以下の温度範囲で保持する溶体化熱処理工程と、
前記溶体化熱処理工程後の造形部材を冷却する冷却工程と、
その後、前記合金粉末を用いた積層造形法によって、前記冷却工程を経た前記造形部材の表層部に溶融・凝固層を形成する表層付加造形工程と、
前記表層付加造形工程を経て得られた造形部材を、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法。
【請求項4】
前記積層造形工程において、積層造形法に使用する熱源がレーザビームあるいは電子ビームであることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の合金部材の製造方法。
【請求項5】
Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金部材であって、少なくとも表層部の結晶粒中に、平均直径10μm以下のミクロセル組織を有し、前記ミクロセル組織の境界部には、そのミクロセル組織内部よりも高い面密度の転位を有し、前記ミクロセル組織の少なくとも内部には平均粒径50nm以下の極微細粒子が分散析出し、ビッカース硬さが550HV以上である部位を有していることを特徴とする合金部材。
【請求項6】
Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金部材であって、少なくとも表層部の結晶粒中に、平均直径10μm以下のミクロセル組織を有し、前記ミクロセル組織の境界部には、そのミクロセル組織内部よりも高い面密度の転位を有し、前記ミクロセル組織の少なくとも内部には平均粒径50nm以下の極微細粒子が分散析出し、ビッカース硬さが550HV以上である部位を有しており、さらに前記表層部よりも内側の部材内部の母相の結晶粒中には、平均粒径100nm以下の極小粒子が分散析出していることを特徴とする合金部材。
【請求項7】
1500MPa以上の引張強さと、5%以上の破断伸びを有することを特徴とする請求項5に記載の合金部材。
【請求項8】
前記ミクロセル組織の境界部にはTiが濃縮していることを特徴とする請求項5から
請求項7のいずれか一項に記載の合金部材。
【請求項9】
請求項5から
請求項8のいずれか一項に記載の合金部材を用いた製造物。
【請求項10】
前記製造物が、流体機械のインペラ、射出成型機のスクリュー、金型のいずれかであることを特徴とする請求項
9に記載の製造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層造形法により作製する合金部材の製造方法、この製造方法により得られた合金部材、および合金部材を用いた製造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、従来の合金(例えば、1~3種類の主要成分元素に複数種の副成分元素を微量添加した合金)の技術思想とは一線を画した新しい技術思想の合金として、ハイエントロピー合金(High Entropy Alloy:HEA)が提唱されている。HEAとは、5種類以上の主要金属元素(それぞれ5~35原子%)から構成された合金と定義されており、下記(a)~(d)のような特徴が発現することが知られている。また、複数の主要元素を有するが多相の存在を許容する多主要元素合金(Multi-principal element alloy: MPEA)の合金概念も提案されている。本願ではHEAとMPEAを同一の概念として扱い、両者を合わせてHEAと呼称する。
【0003】
(a)ギブスの自由エネルギー式における混合エントロピー項が負に増大することに起因する混合状態の安定化、(b)複雑な微細構造による拡散遅延、(c)構成原子のサイズ差に起因する高格子歪みによる高硬度化や機械的特性の温度依存性低下、(d)多種元素共存による複合影響(カクテル効果とも言う)による耐食性の向上などをHEAの特長として挙げることができる。
【0004】
ここで特許文献1には、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる化学組成を有し、母相結晶粒中に、平均粒径100nm以下の極小粒子が分散析出している合金部材が開示されている。
【0005】
特許文献1によると、積層造形法により作製した造形部材に対して所定の熱処理を施すことにより、母相結晶粒中にナノスケールの極小粒子が分散析出した微細組織が得られること、その結果、引張強さの向上と延性の大幅な向上および耐食性の向上とが図られた合金部材を提供できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に係わる技術によれば、引張強さや延性等の機械的特性と耐食性に優れた合金部材を得ることができる。しかしながら、この合金部材を耐摩耗性が必要な過酷環境に適用するためには更なる硬度の向上が求められていた。
【0008】
以上のことより、本発明の目的は、合金粉末を用いて積層造形法により作製した合金部材において、機械的特性と耐食性に優れ、更に硬度が改善されて耐摩耗性を備えた合金部材と、その製造方法を提供することにある。また、より高い機械的特性を備えた合金部材の製造方法を提供することにある。さらに、この合金部材を用いた機械的特性に優れ、且つ耐食耐摩耗性に優れた製造物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の合金部材の製造方法は、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程(かかる工程で得られた造形部材を造形部材Aとする)と、前記積層造形工程を経て得られた造形部材(造形部材A)を、溶体化熱処理を経ることなく、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法である。
【0010】
本発明の合金部材の別の形態の製造方法は、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程と、前記造形部材(造形部材A)を加熱し、1080℃以上1180℃以下の温度範囲で保持する溶体化熱処理工程と、前記溶体化熱処理工程後の造形部材を冷却する冷却工程(かかる工程で得られた造形部材を造形部材Bとする)と、その後、前記造形部材(造形部材B)の表層部を再び溶融・凝固させる再溶融・凝固工程(かかる工程で得られた造形部材を造形部材Cとする)と、前記再溶融・凝固工程を経て得られた造形部材を、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法である。
【0011】
本発明の合金部材のさらに別の形態の製造方法は、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材を形成する積層造形工程と、前記造形部材(造形部材A)を加熱し、1080℃以上1180℃以下の温度範囲で保持する溶体化熱処理工程と、前記溶体化熱処理工程後の造形部材を冷却する冷却工程(かかる工程で得られた造形部材を造形部材Bとする)と、その後、前記合金粉末を用いた積層造形法によって、前記冷却工程を経た前記造形部材(造形部材B)の表層部に溶融・凝固層を形成する表層付加造形工程(かかる工程で得られた造形部材を造形部材Dとする)と、前記表層付加造形工程を経て得られた造形部材を、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理工程を行うことを特徴とする合金部材の製造方法である。
【0012】
本発明の合金部材は、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金部材であって、少なくとも表層部の結晶粒中に、平均直径10μm以下のミクロセル組織を有し、前記ミクロセル組織の境界部には、そのミクロセル組織内部よりも高い面密度の転位を有し、前記ミクロセル組織の少なくとも内部には平均粒径50nm以下の極微細粒子が分散析出し、ビッカース硬さが550HV以上である部位を有していることを特徴とする合金部材である。
【0013】
本発明の合金部材の別の形態は、Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金部材であって、少なくとも表層部の結晶粒中に、平均直径10μm以下のミクロセル組織を有し、前記ミクロセル組織の境界部には、そのミクロセル組織内部よりも高い面密度の転位を有し、前記ミクロセル組織の少なくとも内部には平均粒径50nm以下の極微細粒子が分散析出し、ビッカース硬さが550HV以上である部位を有しており、さらに前記表層部よりも内側の部材内部の母相の結晶粒中には、平均粒径100nm以下の極小粒子が分散析出していることを特徴とする合金部材である。
また、本発明は、上記した合金部材を用いた製造物である。この製造物としては、流体機械のインペラ、射出成型機のスクリュー、金型とすることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、機械的特性と耐食性に優れ、更に硬度が改善されて耐摩耗性を備えた合金部材と、その製造方法を提供することができる。また、より高い機械的特性を備えた合金部材の製造方法を提供することができる。さらに、この合金部材を用いた機械的特性に優れ、且つ耐食耐摩耗性に優れた製造物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る合金部材の製造方法の一例を示す工程図である。
【
図2】選択的レーザ溶融法の積層造形装置の構成および積層造形方法の例を示す断面模式図である。
【
図3】レーザビーム粉末肉盛法の積層造形装置の構成および積層造形方法の例を示す断面模式図である。
【
図4】積層造形工程後の時効熱処理工程の一例を示す図である。
【
図5】本発明に係る第一の合金部材の微細組織の一例を示す、(a)(b)走査電子顕微鏡像(SEM像)と、(c)(d)走査型透過電子顕微鏡像(STEM像)である。
【
図6】比較例に係る合金部材の微細組織の一例を示す、(a)走査電子顕微鏡像(SEM像)と、(b) 走査型透過電子顕微鏡像(STEM像)である。
【
図7】本発明に関わる合金部材の製造方法の別の一例を示す工程図である。
【
図8】本発明に関わる合金部材の製造方法のさらに別の一例を示す工程図である。
【
図9】本発明に係る第二の合金部材(造形部材Cあるいは造形部材D)の微細組織の断面図の一例を示す模式図である。
【
図10】本発明に係る時効熱処理温度と硬度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[本発明の基本思想]
まず、本発明者等は、ハイエントロピー合金(HEA)としての特徴を犠牲にすることなく、形状制御性や延性に優れるハイエントロピー合金部材を開発すべく、合金組成と形状制御方法について鋭意研究を重ねた。その結果、Co-Cr-Fe-Ni-Ti-Mo系合金の粉末を用いた積層造形法により積層造形部材を形成することで、従来の普通鍛造によるHEA部材よりも形状制御性が良く、引張強さと延性並びに耐食性に優れる合金部材を得ることができた。即ち、1080℃以上1180℃以下の溶体化熱処理を施すことで平均粒径100nm以下の極小粒子が分散析出した微細組織を形成し、これによって引張強さと延性が共に大きく改善されることが判った。具体的には、ニアネットシェイプの合金部材が得られると共に、この合金部材は良好な機械的特性(例えば、1100 MPa以上の引張強さ、10%以上の破断伸び)を有することが確認された。また、高い孔食発生電位を示し、優れた耐食性も有することが確認された。しかしながら、この合金部材を用いた機械装置について耐摩耗試験を行ったところ、摺動部など過酷な条件においてさらなる耐摩耗性の向上、すなわち硬度の改善が望まれるものであることが分かった。なお、本発明において合金部材とは、積層造形法(付加製造法とも言う)により製造した金属積層造形部材のことであり、以下、単に造形部材と言うことがある。
【0017】
そこで、本発明者等は、製造方法に由来する合金部材の微細組織と諸特性との関係について調査、研究を重ねた。その結果、1080℃以上1180℃以下の溶体化熱処理を経ずに、造形したままの造形部材(以下、造形部材Aと言う。)を少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲に保持する時効処理工程(本発明では時効熱処理と言う。)を行うことで硬度が向上し改善できることが分かり本発明に想到した。この点が本発明に共通する基本思想である。そして、硬度の改善機構について検討したところ、積層造形法によって生じる柱状晶からなる結晶粒の内部に、周囲よりも密度の高い転位のネットワークによって細かく分けられた平均直径10μm以下のセル状領域(本発明ではミクロセル組織と言う。)が生じており、時効熱処理によってミクロセル組織中には、ミクロセル組織以外の母相の結晶粒中の極小粒子よりも小さい平均粒径50nm以下の極微細粒子が生成していることが確認された。ここで転位とは、結晶中に含まれる線状の結晶欠陥であり、局所的に原子配列に変化が生じている部位である。高密度の転位を有した状態でナノスケールの極微細粒子が生成されることで、硬度が高くなったものと考えられる。この転位は、各種電子顕微鏡法(例えば透過電子顕微鏡法(TEM)、走査透過電子顕微鏡法(STEM))による観察によって同定することができる。
【0018】
以上より、本発明の合金部材の製造方法の第1の実施形態は、
(i)Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金粉末を用いた積層造形法により、造形部材Aを得て、この造形部材Aを少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理を施すものである。即ち、本発明は、溶体化熱処理工程を経ずに、積層造形したままの造形部材を直接、時効熱処理することに特徴があり、これにより硬度が向上する。この合金部材は、延性は溶体化熱処理工程を経る場合よりも低いものの引張強さに優れる。また、耐食性も優れているが、さらに硬度が改善されており、特に耐摩耗性も必要な用途に適している。この点は特許文献1とは異なる特徴である。
【0019】
本発明の製造方法の基本は上述の通りであるが、さらに本発明の異なる製造方法として、予め得られた造形部材に対して新たな溶融・凝固工程を追加で実施する形態がある。
(ii)第2の実施形態としては、予め得られた造形部材Aに対し、1080℃以上1180℃以下で保持する溶体化熱処理を施す。これにより母相結晶粒中に平均粒径50nm以上100nm以下の極小粒子が分散析出した組織を形成し、機械的特性を改善した造形部材Bを得る。その後、レーザビーム等を用いて前記造形部材Bの表層部を再び溶融・凝固させた造形部材C(以下、再溶融造形部材Cと言うことがある。)を得る。その後、この造形部材Cに対し、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、上記した時効熱処理を施し、表層部のミクロセル組織中に母相結晶粒中の極小粒子よりも小さい平均粒径50nm以下の極微細粒子を分散析出させて硬度を付与するものである。従って、この実施形態によれば、第1の実施形態に加えて、より高い機械的特性が得られると共に、表層部の硬度が改善された合金部材を得ることができる。
【0020】
(iii)第3の実施形態としては、上記(ii)の方法で、予め得た造形部材Bに対し、積層造形法(再積層造形工程)を実施して、前記造形部材Bの表層部に新たな溶融・凝固層を形成した造形部材D(以下、表層付加造形部材Dと言うことがある。)を得る。その後、この造形部材Dに対し、少なくとも表層部に溶融凝固組織を有する状態で、上記した時効熱処理を施し、表層部のミクロセル組織中に母相結晶粒中の極小粒子よりも小さい平均粒径50nm以下の極微細粒子を分散析出させて硬度を付与するものである。従って、この実施形態によっても、より高い機械的特性が得られると共に、表層部の硬度が改善された合金部材を得ることができる。
【0021】
上記(ii)(iii)の製造方法は、予め得た(製造した)造形部材に対して選択的に追加の溶融・凝固工程を実施するものである。(ii)第2の実施形態における再溶融造形部材Cと、(iii)第3の実施形態における表層付加造形部材Dは、(i)第1の実施形態における造形部材Aと少なくとも表層部がミクロセル組織を有する凝固組織であり、さらに溶体化処理を経ずに時効熱処理されている点で共通する。これらの製造方法は、本発明においてより高い機械的特性を備えた合金部材の製造方法に相当する。この製造方法によれば、専ら耐摩耗性が必要な用途であったり、耐摩耗性だけでなく機械的特性も必要な用途など、用途に合わせた合金部材を選択的に製造することができる。従って、生産工程の短縮と共に製品のバリエーションが広がり、生産管理上有益である。
【0022】
また、上記合金部材の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(iv)積層造形工程ならびに再積層造形工程における積層造形法に使用する熱源としてレーザビームあるいは電子ビームを用いることができる。これにより不活性ガス雰囲気下や真空中での積層造形も行えるようになり、合金部材中の酸素、窒素など雰囲気を起因とする不純物の混入を低減することができる。
(v) 前記積層造形工程ならびに再積層造形工程における積層造形法の材料供給方法としては、粉末床(パウダーベッド)による供給方法と、溶融部に直接粉末を噴出する直接金属堆積法、例えばレーザビーム粉末肉盛法を用いることができる。これにより、パウダーベッド法による形状自由度に優れた造形法への対応と、直接金属堆積法による局所造形への対応の双方に対応することが可能となる。
【0023】
また、本発明の合金部材は、
(vi)Co、Cr、Fe、Ni、Tiの各元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、かつMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなる合金部材であって、少なくとも表層部の結晶粒中に、平均直径10μm以下のミクロセル組織を有し、ミクロセル組織の境界部には、そのミクロセル組織内部よりも高い面密度の転位を有し、ミクロセル組織の少なくとも内部には平均粒径50nm以下の極微細粒子が分散析出しているものである。このような組織を有することで硬度が向上する。
【0024】
上記合金部材において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(vii)前記母相のミクロセル組織の境界部にはTiが濃縮している。原子半径の大きいTiが濃縮していると、原子レベルでの格子ひずみが周囲より大きくなることで転位がより安定して残存できる。また、濃縮したTiの少なくとも一部が時効熱処理で極微細粒子や他の金属間化合物に変態することで転位の運動をさらに阻害する効果も期待され、硬度の増加に有効である。
(viii)前記母相の結晶構造が、面心立方構造または単純立方構造の少なくとも一方を有している。このような結晶構造は、変形能に優れる点でマトリックスとして必要な延性を付与することに有効である。
(iX)前記合金部材は、硬度に優れており、ビッカース硬さで550HV以上とすることができる。特に上記(ii)(iii)の製造方法による合金部材は、1100 MPa以上の引張強さと、10%以上の破断伸びを有する母体に、硬度が550HVを超える硬さを示す表層部を有する。なお、(i)の製造方法でも5%以上の破断伸びと1500MPa以上の引張強さが得られる。耐食性についても耐食ステンレス鋼に比べ優れている。このように本合金部材は機械的特性及び硬度に優れている。
【0025】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら製造方法の手順に沿って説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0026】
<合金部材の製造方法>
図1は、本発明の実施形態に係る合金部材の製造方法の一例を示す工程図である。本発明の製造方法は、積層造形工程と時効熱処理工程とを特徴としている。以下、工程毎に本発明の実施形態をより具体的に説明する。
【0027】
まず、所望のHEA組成(Co-Cr-Fe-Ni-Ti-Mo)を有する合金粉末20を用意する。使用する合金粉末20は、例えばアトマイズ法で得ることができる。アトマイズ方法には特段の限定はなく、従前の方法を利用できる。例えば、ガスアトマイズ法(真空ガスアトマイズ法、電極誘導溶解式ガスアトマイズ法など)や遠心力アトマイズ法(ディスクアトマイズ法、プラズマ回転電極アトマイズ法など)、プラズマアトマイズ法などを好ましく用いることができる。
【0028】
(化学組成)
本発明のHEA組成は、主要成分としてCo、Cr、Fe、Ni、Tiの5元素をそれぞれ5原子%以上35原子%以下の範囲で含み、副成分としてMoを0原子%超8原子%以下の範囲で含み、残部が不可避不純物からなるものである。
【0029】
前記化学組成は、Coを20原子%以上35原子%以下で、Crを10原子%以上25原子%以下で、Feを10原子%以上25原子%以下で、Niを15原子%以上30原子%以下で、Tiを5原子%以上15原子%以下で、含むようにしても良い。
前記化学組成は、Coを25原子%以上33原子%以下で、Crを15原子%以上23原子%以下で、Feを15原子%以上23原子%以下で、Niを17原子%以上28原子%以下で、Tiを5原子%以上10原子%以下で、Moを1原子%以上7原子%以下で、含むようにしても良い。
前記化学組成は、Coを25原子%以上30原子%未満で、Crを15原子%以上20原子%未満で、Feを15原子%以上20原子%未満で、Niを23原子%以上28原子%以下で、Tiを7原子%以上10原子%以下で、Moを1原子%以上7原子%以下で、含むようにしても良い。
前記化学組成は、Coを30原子%以上33原子%以下で、Crを20原子%以上23原子%以下で、Feを20原子%以上23原子%以下で、Niを17原子%以上23原子%未満で、Tiを5原子%以上7原子%未満で、Moを1原子%以上3原子%以下で、含むようにしても良い。
これらの組成範囲に制御することにより、延性の向上と引張強さの向上の両立にいっそう有効である。
【0030】
上記組成範囲の中で、引張強さの向上をより優先する場合、Coは25原子%以上30原子%未満がより好ましく、Crは15原子%以上20原子%未満がより好ましく、Feは15原子%以上20原子%未満がより好ましく、Niは23原子%以上28原子%以下がより好ましく、Tiは7原子%以上10原子%以下がより好ましく、Moは1原子%以上7原子%以下がより好ましい。
【0031】
また、上記組成範囲の中で、延性の向上をより優先する場合、Coは30原子%以上33原子%以下がより好ましく、Crは20原子%以上23原子%以下がより好ましく、Feは20原子%以上23原子%以下がより好ましく、Niは17原子%以上23原子%未満がより好ましく、Tiは5原子%以上7原子%未満がより好ましく、Moは1原子%以上3原子%以下がより好ましい。
【0032】
上記の組成範囲の中で、特に引張強さと延性が共に優れている組成としては、後に示す実施例で用いた粉末P1のように、Coは26.7原子%、Crは17.9原子%、Feは17.9原子%、Niは26.8原子%、Tiは8.9原子%、Moは1.8原子%とすると良い。また、粉末P2のように、Coは28.0原子%、Crは19.7原子%、Feは17.6原子%、Niは23.4原子%、Tiは8.9原子%、Moは2.4原子%としても良い。いずれの組成も前記の引張強さの向上を優先する場合の組成範囲に相当するが、P1に比してP2ではCoやCrを増加することで延性の向上を考慮した組成とすることができる。
【0033】
(粉末粒径)
合金粉末20の平均粒径は、ハンドリング性や充填性の観点から、10μm以上200μm以下が好ましい。また、この中で用いる積層造形の方法によって好適な平均粒径は異なり、選択的レーザ溶融法(Selective Laser Melting: SLM)では10μm以上50μm以下、電子ビーム積層造形法(Electron Beam Melting: EBM)では45μm以上105μm以下がより好ましい。また、レーザビーム粉末肉盛法(Laser Metal Deposition: LMD)では50μm以上150μm以下とすると良い。平均粒径が10μm未満になると、次工程の積層造形工程において合金粉末20が舞い上がり易くなり、合金積層造形体の形状精度が低下する要因となる場合がある。一方、平均粒径が200μm超になると、次工程の積層造形工程において積層造形体の表面粗さが増加したり、合金粉末20の溶融が不十分になる要因となる場合がある。
【0034】
[積層造形工程]
次に、上記で用意した合金粉末20を用いた金属粉末積層造形法(以下、単に積層造形法と言う。)により、所望形状を有する合金積層造形体(以下、単に造形部材と言う。)101を形成する積層造形工程を行う。溶融し凝固すること(溶融・凝固と言う。)によってニアネットシェイプの合金部材を造形する積層造形法の適用により、鍛造材と同等以上の硬度とともに、三次元の複雑形状を有する造形部材を作製することができる。積層造形法としては、SLM法、EBM法、LMD法を用いた積層造形法を好適に利用できる。
【0035】
以下はSLM法による積層造形工程を説明する。
図2は、SLM法の粉末積層造形装置100の構成を示す模式図である。積層造形しようとする造形部材101の1層厚さ分(例えば、約20~50μm)でステージ102を下降させる。ステージ102上面上のベースプレート103上にパウダー供給用コンテナ104から合金粉末105を供給し、リコータ160により合金粉末105を平坦化して粉末床107(層状粉末)を形成する。
【0036】
次に、造形しようとする造形部材101の3D-CADデータから変換された2Dスライスデータに基づいて、レーザ発振器108から出力されるレーザビーム109をガルバノメーターミラー110を通してベースプレート103上の未溶融の粉末へ照射し、微小溶融池を形成すると共に、微小溶融池を移動させ逐次溶融・凝固させることにより、2Dスライス形状の凝固層112を形成する。なお、未溶融粉末は回収用コンテナ111に回収される。この操作を繰り返して積層することにより、造形部材101を製作する。
【0037】
[取出工程]
造形部材101はベースプレート103と一体となって製作され、未溶融の粉末に覆われた状態となる。取出し時には、レーザビームの照射が終了して粉末と造形部材101が十分に冷却された後に未溶融の粉末を回収し、造形部材101とベースプレート103を粉末積層造形装置100から取り出す。その後に造形部材101をベースプレート103から切断することで造形部材101(造形部材Aに相当する。)を得る。
【0038】
ここで、取出し後の造形部材101から微細組織観察用の試料を採取し、走査電子顕微鏡を用いて、該試料の微細組織を観察した。その結果、造形部材101の母相は、微細な柱状晶(平均幅50μm以下)が造形部材101の積層方向に沿って林立した組織(いわゆる、急冷凝固組織)を有していた。さらに詳細に観察したところ、この微細な柱状晶の内部には平均直径10μm以下のミクロセル組織が生じていた。ここでミクロセル組織とはシュウ酸などによる電解エッチングなどにより現れる楕円形あるいは矩形の凝固組織を示している。
【0039】
次に、レーザビーム粉末肉盛法(LMD法)による積層造形工程を説明する。
図3は、LMD法の粉末積層造形装置200の構成を示す模式図である。積層造形しようとする造形部材303の表層部に光学系の焦点を合わせ、パウダー供給用コンテナ201から合金粉末105をレーザ焦点部に向けて噴出供給する。
【0040】
同時に、造形しようとする造形部材303の3D-CADデータから変換された照射パスに基づいて、レーザ発振器202からレーザヘッド部206を介して出力されるレーザビームあるいは電子ビーム203をベースプレート205上の造形部材に照射し、微小溶融池を形成すると共に、微小溶融池を移動させ逐次溶融・凝固させることにより、照射パス上に凝固層112を形成する。照射パスに沿いこの操作を進めて積層することにより凝固層を積層し、造形部材101(造形部材Aに相当する。)を製作する。なお、後述する再溶融・凝固工程では、合金粉末105を噴出供給せずにレーザビームあるいは電子ビームを造形部材303上で走査することで溶融部を表層部に形成することもできる。
【0041】
[時効熱処理工程]
時効熱処理の一例を
図4に示す。造形部材の硬度を高めることを目的に、上記の造形部材101を昇温加熱して極微細粒子が増加し易い温度領域、例えば500℃超え900℃未満の温度範囲で保持する時効熱処理を施す。例えば後述するポンプや金型のような用途では造形部材の使用温度以上で時効熱処理を施すことで、時効熱処理の温度以下の温度域で使用する場合に硬さ低下がほとんど生じない部材を得ることができる。高温下で耐摩耗性が要求される部材については、造形部材を使用する温度以上で時効熱処理することが好ましい。また、耐摩耗性を付与するために表面処理が適用される際は、表面処理温度は高温下であることが多い。その場合、表面処理温度以上で時効熱処理することが好ましい。積層造形体の硬度を高める時効熱処理の温度は、好ましくは600℃以上850℃以下、より好ましくは650℃以上800℃以下である。時効熱処理温度が500℃より高いと強度の改善効果が得られ、900℃未満であると六方晶の析出物が生成することを抑制して延性を保持することができる。なお、上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。以下の数値も同様に任意に組み合わせることができる。保持時間は0.5時間以上24時間以下が良い。好ましくは0.5時間以上8時間以下、より好ましくは1時間以上8時間以下に設定する。0.5時間以上であると強度の改善効果が得られ、24時間以下であると耐食性悪化の原因となる六方晶の析出物が生成することを抑制できる。以上の時効熱処理により、後述するミクロセル組織内に平均粒径50nm以下のナノスケールの極微細粒子を生成して、強度を改善することができる。
【0042】
時効熱処理後の冷却工程は、特に限定はされないが、時効熱処理温度の近傍で長時間保持するとナノスケールの極微細粒子が過剰に生成する可能性があるため、空放冷、またはガス冷却などによって室温まで冷却すると良い。また、
図4は一例であって熱処理パターンは種々変更が可能である。また、時効熱処理における昇温プロセスでは、例えば5℃/分以上の昇温速度とすれば析出量の調整が難しくなる中間温度域での滞留温度を短くできるため好適である。好ましくは10℃/分以上である。上限は特別には限定されないが、造形部材101中の温度均一性、特に過熱部の発生防止の確保の観点で1000℃/分以下程度である。
【0043】
(極微細粒子)
上述した様に本発明における時効熱処理において、平均直径10μm以下のミクロセル組織の中に極微細粒子が生じる。その平均粒径は50 nm以下で、下記する母相結晶粒中の極小粒子よりも小さい。平均粒径の下限は特に限定するものではないが、例えば2nm程度であり、好ましくは3nm、より好ましくは5nmである。好ましい上限は30nm程度であり、より好ましくは20nm、さらに好ましくは10nmである。極微細粒子の平均粒径が2 nm以上50 nm以下である場合、硬度を高めることが可能となる。極微細粒子の平均粒径が50 nm超になると、延性が低下することが分かっている。なお、極微細粒子の大きさは、透過電子顕微鏡法、高分解能走査電子顕微鏡法に代表される高倍率の観察手段によって極微細粒子を含む画像を取得し、その極微細粒子の内接円直径と外接円直径の平均値を極微細粒子の粒径とし、極微細粒子20個分の粒径の平均値を平均粒径として用いる。
【0044】
(合金部材の微細組織)
図5は、後述する本発明に関わる合金部材(時効熱処理材:M1-650AG)の微細組織の一例を示すもので、(a)(b)が走査電子顕微鏡像(SEM像)、(c)(d)が走査型透過電子顕微鏡像(STEM像)である。
本発明の合金部材は、(a)のSEM像に示すように、結晶粒径20μm以上150μm以下(平均結晶粒径100μm以下)の柱状晶を主とする母相組織2を有している(この図では判別しづらいので一個の組織を破線で示している)。なお、平均結晶粒径は倍率500倍のSEM像にて切断法により計測した10個の結晶粒の平均である。また、(a)のSEM像では図示されていないが、組織の内部には平均直径10μm以下のミクロセル組織が形成されている。これは例えば、(b) の拡大像において矢印で示す間隔がミクロセル組織の直径を示していると言える。そして、(b)のSEM-EDS像において、白い明部で示すミクロセル組織の境界部3には、Tiの濃縮が確認された。また、(c)のSTEM像による高倍の明視野像では、より明るい領域がミクロセル組織の内部を示しており、ミクロ組織の境界部3には、その内部よりも高密度の黒線にて示される転位4を有している。従って、STEM像によりミクロ組織の内部よりも黒い筋が集まった濃化部を確認することにより、組織内部よりも高い面密度の転位を有していることが識別できる。また、別のミクロセル組織の境界部3には金属間化合物からなる析出物5が生成していることが確認された。さらに高倍の(d)STEM像には平均粒径が3nm程度の極微細粒子6を確認した。また(d)の右上にこの領域のSTEM-EDXによる元素マッピング像を示しているが、上記の極微細粒子6はNiとTiが濃化した粒子であることを確認した。(e)は微細組織を模式的に示したものである。上述したようにこの微細組織は、表層部の結晶粒中にミクロセル組織を有しており、このミクロセル組織の境界部3には、ミクロセル組織内部よりも高い面密度となった黒い筋状の転位4を有している。さらに、ミクロセル組織の内部には極微細粒子6が分散析出している組織であることが分かった。
【0045】
一方、
図6は、後述する比較例に関わる合金部材(溶体化処理材:M1-S)の微細組織の一例を示すもので、(a)が走査電子顕微鏡像(SEM像)、(b)が走査型透過電子顕微鏡像(STEM像)である。
比較例の合金部材M1(溶体化熱処理なし、時効熱処理なし)は、
図5(a)と同様に結晶粒径20μm~150μm(平均結晶粒径100μm以下)の柱状晶を主とする母相結晶組織を有し、内部に平均直径10μm以下のミクロセル組織が形成されていた。また、M1-S(溶体化熱処理あり、時効熱処理なし)は、
図6(a)に示すように結晶粒径50μm~150μm(平均結晶粒径100μm以下)の等軸晶を主とする母相組織(結晶粒)7を有していた。溶体化熱処理により柱状晶が等軸晶に再結晶化したことが確認された。また、M1-Sでは
図6(b)に示すように、母相の結晶粒中に平均粒径20~30nmの極小粒子8が観察された。(b)にはSTEM-EDXによる元素マッピング像も示しているが、この極小粒子8はNiとTiが濃化した粒子であることを確認した。なお、合金部材M1では転位を有するミクロセル組織のみが見られて粒径3nm以上の明確な極微細粒子は観察されなかった。
【0046】
[再溶融・凝固工程を有する製造方法]
上述したミクロセル組織と極微細粒子が共存する組織は、ミクロセル組織を有する溶融凝固組織をそのまま直接、時効熱処理することによって生じる。この特性を活かした別の製造方法の概要を以下に説明する。
本発明に係る別の実施形態による製造方法は、
図7に示すように、予め得た造形部材Aを準備するところから始めることができる。造形部材Aは、上述の取出工程後に得られたものを用いても良いし、予め別途製造されていたものを用いてもよい。造形部材Aに対し下記する溶体化熱処理を施し、等軸晶を主とする母相組織を有する造形部材Bを得る。この造形部材Bの表層をレーザビームあるいは電子ビームにより溶融・凝固させて新たな凝固層を形成する。上述したように合金粉末を噴出供給せずにレーザビームあるいは電子ビームを造形部材B上で走査することにより凝固層を形成するができる。このような再溶融・凝固工程を実施して再溶融造形部材Cを得る。この再溶融造形部材Cは、優れた耐食性と機械的特性を有する母体の上に、表層に直径10μm以下のミクロセル組織を含む溶融凝固組織を形成している。この再溶融造形部材Cに対し直接、時効熱処理を施すことで、引張強さや延性の機械的特性がより優れており、尚かつ硬度が改善された合金部材を得ることが出来る。
【0047】
[表層付加造形工程を有する製造方法]
また、本発明に係るミクロセル組織と極微細粒子が共存する組織を得るための、さらに別の製造方法の概要を説明する。
この製造方法は、
図8に示すように、予め得た造形部材Aを準備するところから始めても良いし、溶体化熱処理を施し、等軸晶を主とする母相組織を有する造形部材Bを予め準備するところから始めることもできる。造形部材Bは、溶体化熱処理工程後に得られたものを用いても良いし、予め別途製造されていたものを用いてもよい。造形部材Bに対しレーザあるいは電子ビームによる積層造形法を施して、その表層部に溶融・凝固による新たな凝固層を形成する表層付加造形工程を実施し、表層付加造形部材(造形部材D)を得る。この造形部材Dに対し直接、時効熱処理を施すことで、引張強さや延性の機械的特性がより優れており、尚かつ硬度が改善された合金部材を得ることが出来る。
【0048】
以上の再溶融・凝固工程または表層付加造形工程を用いた製造方法によって製造された第二の合金部材は表層部の硬度が改善されている。すなわち、
図9に示すように、合金部材の内部101aには靭性や延性に優れた等軸晶を主とする母相組織を配し、表層部101bにはミクロセル組織と、合金部材の内部101aに含まれる極小粒子よりも小さい極微細粒子とが共存する構成を備えることが出来ている。これにより、上述の通り引張強さや延性の機械的特性がより優れており、加えて硬度が改善された合金部材となる。
【0049】
[溶体化熱処理]
溶体化熱処理について以下に説明する。溶体化熱処理での保持温度は、1080℃以上1180℃以下(1080℃~1180℃)の温度範囲とする。好ましくは1100℃以上1140℃以下、より好ましくは1110℃以上1130℃以下である。1080℃以上とすると脆化に繋がる六方晶の析出物が析出し残存し難くなる。また、1180℃以下であると結晶粒径の粗大化や部分溶融などの不良が生じ難くなる。また、最高温度での保持時間は0.5時間以上24時間以下が良く、好ましくは0.5時間以上8時間以下、より好ましくは1時間以上4時間以下である。0.5時間以上とすると造形部材101中に六方晶の析出物の生成を抑制することができ、24時間以下であると結晶粒径の粗大化を抑制することができる。
【0050】
また、この溶体化熱処理における昇温プロセスでは、六方晶の析出物が生じ易い温度帯(例えば800℃から1080℃まで)は速やかに、例えば5℃/分以上の昇温速度とすれば六方晶の析出物量を熱処理前に低減できるので好適である。好ましくは10℃/分以上である。上限は特別には限定されないが、造形部材101中の温度均一性、特に過熱部の発生防止の確保の観点で1000℃/分程度である。なお、本発明では、合金の固溶限が明確ではないこと、および最終生成物である合金部材には平均粒径100 nm以下の極小粒子が分散析出していることから、上述のような熱処理を擬溶体化熱処理とも言える。しかし、本明細書ではこれらを含めて単に溶体化熱処理と称している。
【0051】
[冷却工程]
次に、溶体化熱処理工程後の造形部材に冷却工程を施す。冷却工程は、熱処理において少なくとも保持温度から800℃迄の温度範囲を、110℃/分以上2400℃/分以下の冷却速度で冷却を行うことが好ましい。ここで好ましくは110℃/分以上600℃/分未満、より好ましくは200℃/分以上600℃/分未満の冷却速度で行う。この範囲の冷却は、例えば、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性ガスを用いたガス冷却で調節することができる。また、600℃/分以上2400℃/分以下、より好ましくは1000℃/分以上2000℃/分以下の冷却速度で行う実施形態もある。この範囲の冷却は、例えば、塩浴、焼入油、ポリマー水溶液等を用いた液体冷却で調節することができる。110℃/分未満の冷却速度(例えば炉冷や空放冷処理)では、六方晶の析出物が粒界から生じ易く耐食性が低下する課題が生じる場合がある。また、2400℃/分を超える冷却速度(例えば水槽への浸漬冷却)では、急速冷却中に生じる温度ムラに起因する造形部材の変形が課題となる場合がある。また、800℃以下の温度でも冷却を継続して行うのが良い。例えば700℃から室温までの温度範囲をおよそ上記冷却速度で継続的に冷却することは好ましい。
【0052】
[用途・製造物]
本発明の合金部材を用いた用途や製造物は任意である。積層造形体に時効熱処理を施したもの、また、積層造形体に溶体化熱処理と時効熱処理を施したものなど、製造方法を適宜選択して、用途に応じた機械的特性と耐摩耗性を得ることができる。また、造形部材Aや造形部材Bは、別途製造して用意しておくことができる。所望する製造物や製造時期に応じて造形部材Aや造形部材Bを適宜用いることが出来るので、生産管理が合理化できて安価に製造することができる。
用途の一例としては、流体機械のインペラ、射出成型機のスクリュー、油井の掘削装置や射出成形用のスクリューやシリンダー、発電機などのタービンホイール、圧縮機のインペラ、化学プラントのバルブや継手、熱交換機、ポンプ、半導体製造装置や部材、鋳造金型、鍛造金型、プレス金型、プラスチック成型金型など各種金型に適用される。本発明ではこれらの機械、機器、部材、金型、部品等を総称して製造物と言う。
【実施例】
【0053】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0054】
[実験1]
(HEA粉末P1~P2の作製)
表1に示す名目組成で原料を混合し、真空ガスアトマイズ法により、溶湯から合金粉末を製造した。次に、得られた合金粉末に対して、ふるいによる分級を行って粒径を10μm以上53μm以下、平均粒径(d50)を約35μmとなるよう選別してHEA粉末P1、P2を用意した。尚、P1、P2の組成を選定した理由は、発明者による予備検討において特に強度、延性に関わる機械的特性に優れていたためである。なお、例えば、上述の国際公開2019/031577号公報で開示された組成の粉末等を用いることもできる。
【0055】
【0056】
[実験2]
<合金部材M1(M2)、M1(M2)-500AG、M1(M2)-600AG、M1(M2)-650AG、M1(M2)-700AG、M1(M2)-800AG、M1(M2)-900AG、M1(M2)-Sの作製>
実験1で用意したHEA粉末P1に対し、
図2に示したような粉末積層造形装置(EOS社製EOS M290)を用いて、
図1の積層造形工程の手順に沿ってSLM法による造形部材M1(積層造形体:25mm×25mm×高さ10mmの角柱材、高さ方向が積層方向)を積層造形した。尚、積層造形時のレーザ出力は、発明者による事前検討を基に300Wに設定し、レーザ走査速度は1000mm/秒、走査間隔は0.11mmとした。また、一層毎の積層厚みは約0.04mmに設定した。
【0057】
積層造形工程S30と取出工程S50の後、造形部材M1(造形部材Aに相当)を得た。この造形部材M1に各種熱処理を施して各合金部材を作製した。
先ず、造形部材M1に対し、そのまま時効熱処理を施した。時効熱処理工程S70は、真空炉を用い、昇温速度10℃/分で昇温して500℃で8時間保持した後に、設定圧0.5MPaの高圧窒素ガスを用いて冷却した試料をM1-500AGとした。同様に600℃、650℃、700℃、800℃、900℃の温度で8時間保持した後に、同様に窒素ガスを用いて冷却した試料をM1-600AG、M1-650AG、M1-700AG、M1-800AG、M1-900AGとした。
【0058】
次に、造形部材M1に対し、溶体化熱処理のみを施した。溶体化熱処理工程は、真空炉を用い、昇温速度10℃/分で昇温して1120℃で1時間保持した後に、設定圧0.5MPaの高圧窒素ガスを用いて冷却した試料をM1-S(造形部材Bに相当)とした。
【0059】
さらに、HEA粉末P2についても上記と同様に、積層造形工程S30と取出工程S50を経て造形部材M2(造形部材Aに相当)を得た。造形部材M2に時効熱処理工程S70を行って、M2-500AG、M2-600AG、M2-650AG、M2-700AG、M2-800AG、M2-900AGを作製した。また、造形部材M2に溶体化熱処理のみを行ってM2-S(造形部材Bに相当)を作製した。
【0060】
<合金部材M1(M2)-RM650AGの作製>
先に得られたM1-S(造形部材Bに相当)に対して、粉末を供給せずに上記と同じ条件でレーザビームを照射し、その表層を1層分のみ溶融して新たな溶融・凝固層を造形する再溶融・凝固工程S60を行い造形部材(造形部材Cに相当)を得た。その後、真空炉を用い、昇温速度10℃/分で昇温して650℃で8時間保持した後に、設定圧0.5MPaの高圧窒素ガスを用いて冷却し、時効熱処理工程S70を施した試料をM1-RM650AGとした。さらに、M2-Sに対しても上記と同様に再溶融・凝固工程S60と時効熱処理工程S70を行ってM2-RM650AGを作製した。
【0061】
<合金部材M1(M2)-LD650AGの作製>
先に得られたM1-S(造形部材Bに相当)に対して、P1粉末を用いたレーザビーム粉末肉盛法(LMD法)を実施し、その表層部に新たな溶融・凝固層を1層だけ積層造形する表層付加造形工程S65を行い造形部材(造形部材Dに相当)を得た。造形条件は、レーザ出力を1.0kW、走査速度を1000mm/分、走査間隔を2.0mm、粉末供給量を14g/分とした。その後、真空炉を用い、昇温速度10℃/分で昇温して650℃で8時間保持した後に、設定圧0.5MPaの高圧窒素ガスを用いて冷却し、時効熱処理工程S70を施した試料をM1-LD650AGとした。さらに、M2-Sに対してもHEA粉末P2を用いて上記と同様に表層付加造形工程S65と時効熱処理工程S70を行ってM2-LD650AGを作製した。なお、ここでは新たな溶融・凝固層を1層だけとしたが、同様の表層付加造形工程を複数回実施することで2層以上の積層を行うことも可能である。
【0062】
[実験3]
(合金部材の微細組織観察)
上記で作製した各種合金部材から微細組織観察用の試験片を採取し、光学顕微鏡と各種電子顕微鏡(SEM、STEM、STEM-EDX)を用いて、上記した手法にて微細組織観察を行った。各合金部材の作製仕様と共に、微細組織観察結果を表2に示す。各試料とも母相はFCCを含んでいた。
【0063】
【0064】
表2に示したように、時効熱処理なしの合金部材M1およびM2の母相組織は、平均結晶粒径100μm以下の微細な柱状晶が積層造形体の積層方向に沿って林立した組織(いわゆる局所急冷凝固組織)を有していた。なお、ここでいう柱状晶とは結晶粒の長軸長さの短軸長さに対する比が2以上の結晶と定義する。そして、その各結晶粒の内部には直径10μm以下のミクロセル組織が生成していた。また、これらの合金部材M1、M2に時効熱処理を施したM1-500AG、M1-600AG、M1-650AG、M1-700AG、M1-800AG、M1-900AG、M2-500AG、M2-600AG、M2-650AG、M2-700AG、M2-800AG、M2-900AGについてみると、母相組織は、概ね柱状晶からなりミクロセル組織を有しているが、時効熱処理が900℃ではミクロセル組織が消失し、結晶粒内の極微細粒子も50nmを超えている。
【0065】
また、合金部材M1、M2に溶体化熱処理のみを施したM1-S、M2-Sは、結晶粒内の極微細粒子は析出しているもののミクロセル組織は消失し、結晶粒は多角形状の等軸晶へと変化していた。
さらに、合金部材M1-S、M2-Sの表層を再溶融して、新たな溶融・凝固層を設け、さらに時効熱処理を施したM1-RM650AG、M2-RM650AGは、内部については微小粒子は析出しているもののミクロセル組織は消失して等軸晶となっていた。但し、表層の溶融・凝固層については柱状晶でミクロセル組織を有し、極微細粒子も析出している。
また、合金部材M1-S、M2-Sに積層造形による新たな溶融・凝固層を設け、さらに時効熱処理を施したM1-LD650AG、M2-LD650AGについても同様の結果であった。なお、合金部材M1-S、M2-S、およびM1-RM650AG 、M1-LD650AG、M2-RM650AG 、M2-LD650AGの内部については、結晶粒中に平均粒径100nm以下の極小粒子が生じていることをTEM、STEM-EDX によって確認した。さらに、この極小粒子ではNi成分とTi成分とが母相結晶よりも濃化していることをSTEM-EDX によって確認した。
【0066】
[実験4]
(引張強さ、破断伸びの測定)
上記の試験片からM1、M1-S、M1-650AG、M2、M2-S、M2-650AGを選択し、先に示した手法にて製造した素材を基に規格試験(ASTM E8)に準拠する引張試験片(平行部直径 6mm、標点間長さ 24mm)を作製した。この引張試験片に対して室温(22℃)での引張試験をN=3にて実施して引張強さと破断伸びの平均値を求め、表3に記載した。表3より何れの試験片も1100MPa以上の引張強さと5%以上の破断伸びが得られた。中でもM1-650AGおよびM2-650AGの試験片では、1500MPa以上の引張強さが得られることを確認した。
【0067】
【0068】
(耐摩耗性の測定)
上記で作製した各合金部材の断面試験片を対象にビッカース硬度(荷重:4.9N、押込時間:10秒) を測定した。何れも面内の5か所を測定してその平均値を求め、表4に記載した。硬度は資源採掘環境などの耐摩耗部品で必要とされる550HVの硬度を基準とし、550HV以上を「合格」、550HVを下回る場合を「不合格」と判定した。なお、550HVは耐摩耗性の確保に必要な値であり、通常の環境では十分実用に供せる数値である。M1-LD650AG、M1-RM650AG、M2-LD650AG、M2-RM650AGについては表層部の肉盛部若しくは再溶融部と内部とに分けて硬度を測定し、耐摩耗性が必要となる表層部の硬度により合否を判定した。
【0069】
(耐食性の測定)
また、上記で作製した各合金部材から10%沸騰硫酸浸漬試験用の浸漬試験片(縦25 mm×横25 mm×厚さ2 mm)を採取した。沸騰硫酸浸漬試験は、資源採掘環境や化学プラントなど強酸性雰囲気で用いられる部材に対し、特に追加で実施する試験であり、より高い耐食性を評価するために行ったものである。浸漬試験は、各試験片に対して試験面積:14.5 cm2、試験器具:ガラス製逆流水冷コンデンサを接続したガラス製フラスコ(容量:1000 mL)、試験溶液: 10%硫酸水溶液(試験片の表面積1cm2当たり約10 mL)、試験温度:沸騰条件の条件下で24時間浸漬した後の重量減少量を求め、合金密度(8.04 g/cm3)、を用いて腐食速度(mm/年)の指標とした。耐食性の評価は、沸騰硫酸中の腐食速度5mm/年以下を「合格」と判定し、5mm/年を超える場合を「不合格」と判定した。なお、ここでは5mm/年を超える場合を「不合格」と判定したが、通常の環境では十分実用に供せる数値である。以上の腐食試験の結果を表4に併記する。
【0070】
【0071】
表4および
図10に各試験片の評価結果と合否判定を示す。まず、熱処理工程を行っていない試料である合金部材M1、M2は、硬さが550HVを下回っており、高い耐摩耗性を必要とする環境への適用には適さないことが確認された。また、溶体化熱処理のみを行ったM1-S、M2-Sについても同様に硬さが550HVを下回っていることが確認された。但し、引張強さは1100MPa以上、破断伸びは10%以上の数値を得ており、高い耐摩耗性を要求されない用途や部位では十分実用に供せるものである。また、合金部材M1-500AG、M2-500AGは基本的にはそれぞれM1、M2と同様の特性を示し、極微細粒子が析出しないために硬さについてもM1、M2からの変化は小さく550HVを下回った。一方、合金部材M1-900AG、M2-900AGは腐食速度が5mm/年を上回り不合格となった。これは高い温度での時効熱処理中に極微細粒子が、より粗大で耐食性に劣る六方晶系の析出物に変態すると共に、50nmを超える大きさになった為とみられる。
【0072】
一方、その他の合金部材(実施例)は、表層の硬さは550HVを上回り良好な硬さを有していることが実証された。また、耐食性についても基準とする5mm/年の値を大きく下回り好適となった。また、時効熱処理温度と硬さの関係を
図10に示す。図より、硬さは時効温度を550℃以上とすると550HV以上が得られ、800℃近傍で最大となる傾向にあることが分かる。また、再溶融造形部材(M1-RM650AG、M2-RM650AG)と表層付加造形部材(M1-LD650AG、M2-LD650AG)については、表層部に新たに硬化層が得られ、内部は延性に優れた等軸晶からなる組織を保っていた。これらの部材の内部は20%以上の延性を保ち、特に表面硬度と延性及びじん性の両立を必要とする金型などの用途に好適であることを確認した。
【0073】
上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、削除したり、他の構成に置換したり、また他の構成の追加をすることが可能である。このような実施形態の調整により、本発明で開示した合金部材は、産業分野や資源分野、化学プラント、金型部材などで広く用いられる耐食耐摩耗部品へと適用することが可能となる。
【符号の説明】
【0074】
2…母相組織、3…ミクロセル組織の境界部、4…転位、5…析出物、6…極微細粒子、7…母相結晶粒、8…極小粒子、10…溶湯、20…合金粉末、100…SLM粉末積層造形装置、101…造形部材、102…ステージ、103…ベースプレート、104…パウダー供給用コンテナ、105…合金粉末、160…リコータ、107…粉末床(層状粉末)、108…レーザ発振器、109…レーザビーム、110…ガルバノメーターミラー、111…未溶融粉末回収用コンテナ、112…2Dスライス形状の凝固層 101a…造形部材(内部) 101b…造形部材(表層)、200・・・粉末積層造形装置、201・・・パウダー供給コンテナ、203・・・レーザービームあるいは電子ビーム、204・・・テーブル、205・・・バイス、206・・・レーザヘッド部、303…造形部材、S10・・・原料粉末製造工程、S30…積層造形工程、S40…溶体化熱処理工程、S50…取出工程、S60…再溶融・凝固工程、S65…表層付加造形工程、S70…時効熱処理工程