(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-11
(45)【発行日】2022-11-21
(54)【発明の名称】金属膜形成用組成物および金属膜形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 18/08 20060101AFI20221114BHJP
C23C 18/14 20060101ALI20221114BHJP
C07F 1/08 20060101ALI20221114BHJP
【FI】
C23C18/08
C23C18/14
C07F1/08 C
C07F1/08 B
(21)【出願番号】P 2021153277
(22)【出願日】2021-09-21
(62)【分割の表示】P 2017565604の分割
【原出願日】2017-02-01
【審査請求日】2021-09-21
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2016/053206
(32)【優先日】2016-02-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501241645
【氏名又は名称】学校法人 工学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 裕己
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 光史
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-506901(JP,A)
【文献】特開2015-127452(JP,A)
【文献】特表2013-510241(JP,A)
【文献】特開平10-072673(JP,A)
【文献】特開2011-122177(JP,A)
【文献】国際公開第2015/045932(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00-20/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
または一般式(2
)で表される金属錯体と、前記金属錯体の対アニオンと、前記金属錯体の溶剤とを含み、
前記金属錯体の対アニオンは、カルボン酸の錯体、アミノポリカルボン酸の錯体、及びアミノ酸化合物の錯体からなる群より選択される化合物に由来する対アニオンの少なくとも1種を含み、前記金属錯体の対アニオンは前記金属錯体が含む金属原子と同一の金属原子を含む、金属膜形成用組成物。
【化1】
前記一般式(1)中、M
1は
、Cuを表す。L
11およびL
12は、それぞれ独立にNH
3配位子、R
1NH
2配位子、OH
2配位子、またはジアミン由来の配位子を表し、R
1はアルキ
ル基を表す。1nおよび1mは、それぞれ独立に0~8の整数を表し、1n+1mは、4~8の範囲であり、M
1で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表す。
前記一般式(2)中、M
2は、A
gを表す。L
21およびL
22は、それぞれ独立にNH
3配位子、R
1NH
2配位子、OH
2配位子、またはジアミン由来の配位子を表し、R
1はアルキ
ル基を表す。2nおよび2mは、それぞれ独立に0~4の整数を表し、2n+2mは、2~4の範囲であり、M
2で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表
す。
【請求項2】
前記金属錯体は、一般式(1)で表される金属錯体であり、以下に示す化合物群から選択される少なくとも1種を含む請求項1に記載の金属膜形成用組成物。下記化合物中、M
1は、それぞれ独立
にCuを表す。
【化2】
【請求項3】
前記金属膜形成用組成物全量に含まれる金属原子の含有量が0.5質量%~10質量%の範囲である請求項1
または請求項2に記載の金属膜形成用組成物。
【請求項4】
前記アミノポリカルボン酸の錯体は、ニトリロ三酢酸の錯体、ニトリロ三プロピオン酸の錯体、カルボキシエチルイミノ二酢酸の錯体、カルボキシメチルイミノ二プロピオン酸の錯体、イミノ二酢酸の錯体、イミノ二プロピオン酸の錯体、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸の錯体、ヒドロキシエチルイミノ二プロピオン酸の錯体、メトキシエチルイミノ二酢酸の錯体、アラニン-N,N-二酢酸の錯体、セリン-N,N-二酢酸の錯体、イソセリン-N,N-二酢酸の錯体、アスパラギン酸-N,N-二酢酸の錯体、グルタミン酸-N,N-二酢酸の錯体、及びエチレンジアミン四酢酸の錯体からなる群より選択される少なくとも1種を含む、請求項
1~請求項3のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物。
【請求項5】
基材上に、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程と、
基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層を、30℃以上の温度条件にて加熱して金属膜を形成する工程と、
を含む金属膜形成方法。
【請求項6】
基材上に、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程と、
基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層に紫外線を照射して金属膜を形成する工程と、
を含む金属膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属膜形成用組成物および金属膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気伝導性および熱伝導性に優れる金属膜、或いは金属酸化物膜は種々の用途に使用される。金属膜等は厚みを薄くすることにより光透過性を有する膜とすることができる。
例えば、電気伝導性が高く、抗菌性を有する銅膜は、基材表面における導電層、電磁波シールド、抗菌性部材等の形成に有用である。また、金属膜は熱伝導性が良好であり、例えば、照明設備等に使用することで放熱部材としての機能を発現させることができる。
金属膜或いは金属酸化物膜、特にミクロンオーダー或いはナノオーダーの厚みの金属薄膜は、気相法で形成されることが一般的である。しかしながら、スパッタリング等の気相法は、製膜に大がかりな装置を使用することから、湿式法による金属膜の形成方法が各種検討されている。
一般に用いられる湿式法による金属膜の形成方法としては、電解メッキ法、無電解メッキ法等が挙げられ、いずれの方法によっても、ミクロンオーダーの厚みの金属膜を形成することができる。
【0003】
しかし、電解メッキ法では、基材を電極として用いて金属膜を形成することから、基材の電気伝導性が不可欠であり、ガラス基板等の無機材料の基材には適用し難い。
無電解メッキ法によれば、無機材料の基材上に金属膜を析出させることができるが、無電解メッキ液は、金属材料に加えて、還元剤、触媒等を含む。無電解メッキ液に触媒として含まれる塩化パラジウム、塩化スズ等は、形成された金属膜に混在すると、金属膜の劣化、あるいは変性を引き起こすことがある。
【0004】
金属膜形成の他の方法としては、金属ナノ粒子を含有する金属ナノ粒子ペーストを用いる方法が知られている。しかしながら、金属ナノ粒子ペーストを用いて形成された金属膜は、粒子間に空隙が存在するため基材との接着力が不十分である、粒子間の空隙に起因して所望の体積抵抗率が達成できない、等の問題が生じることがある。
【0005】
基材上に金属薄膜を形成する方法として、銅元素にヒドロキシル基が結合したアモルファス化合物と有機溶媒を含むゲルを用いて金属膜を形成する方法が提案されている(例えば、特開2015-158007号公報参照)。
また、炭素アニオンで金属に結合する有機基と、ルイス塩基性官能基、硝酸イオン、亜硝酸イオン、ハロゲン化物イオンまたは水酸化物イオンとを含む金属錯体の溶液を用いて、金属酸化物または金属硫化物を含む薄膜を容易に製造しうる技術が提案されている(例えば、特開2015-151358号公報参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特開2015-158007号公報に記載の技術では、金属イオンを含む電解反応溶液を、金属イオンに配位する配位子の存在下で、特定のpH範囲として金属微粒子の前駆物質であるアモルファス化合物を析出させ、得られたアモルファス化合物を単独にて回収し、さらに有機溶媒を加えてアモルファス化合物ゲルを調整するなど、工程が煩雑である。さらに、アモルファス化合物ゲルの製膜は、加熱、光照射などを特定の条件下で行う必要があり、汎用性に乏しい。
また、特開2015-151358号公報に記載の技術は、半導体薄膜の形成と、その応用技術に限定され、使用しうる金属としては、インジウム、ガリウムが開示されるのみであり、電気電導性、熱電導性を有する金属膜、或いは金属酸化物膜の形成については全く考慮されていない。
【0007】
一般に、大規模集積回路(LSI)を作製するに際して、半導体を用いた回路の作製に用いる材料、或いは回路の形成方法は種々検討されている。しかし、電気伝導性および熱伝導性を有する銅等の金属を用いた、微細な回路の作製に用いることができ、種々の基材との密着性が良好な金属膜および金属酸化物膜を形成しうる材料については、未だ実用上満足できる性能を有する材料が得られていないのが現状である。
【0008】
本発明の一実施形態の課題は、基材との密着性に優れた金属膜を簡易に形成しうる金属膜形成用組成物を提供することにある。
本発明の別の実施形態の課題は、基材との密着性に優れた金属膜を簡易に形成しうる金属膜形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討の結果、カチオン性の金属錯体を含む金属膜形成用組成物により、上記課題を解決しうることを見出した。
本開示は、以下の実施形態を含む。
<1> 下記一般式(1)、一般式(2)または一般式(3)で表される金属錯体と、前記金属錯体の対アニオンと、前記金属錯体の溶剤とを含む金属膜形成用組成物。
【0010】
【0011】
前記一般式(1)中、M1は、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。L11およびL12は、それぞれ独立にNH3配位子、R1NH2配位子、OH2配位子、またはジアミン由来の配位子を表し、R1はアルキレン基を表す。1nおよび1mは、それぞれ独立に0~8の整数を表し、1n+1mは、4~8の範囲であり、M1で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表す。
前記一般式(2)中、M2は、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。L21およびL22は、それぞれ独立にNH3配位子、R1NH2配位子、OH2配位子、またはジアミン由来の配位子を表し、R1はアルキレン基を表す。2nおよび2mは、それぞれ独立に0~4の整数を表し、2n+2mは、2~4の範囲であり、M2で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表す。
前記一般式(3)中、M3は、Cu、Ni、Mn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。L31およびL32は、それぞれ独立にNH3配位子、R1NH2配位子、OH2配位子、またはジアミン由来の配位子を表し、R1はアルキレン基を表す。3nおよび3mは、それぞれ独立に0~8の整数を表し、3n+3mは、2~8の範囲であり、M3で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表す。
【0012】
<2> 前記金属錯体は、一般式(1)で表される金属錯体であり、以下に示す化合物群から選択される少なくとも1種を含む<1>に記載の金属膜形成用組成物。下記化合物中、M1は、それぞれ独立に、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、またはCoを表す。
【0013】
【0014】
<3> 前記金属錯体は、一般式(3)で表される金属錯体であり、以下に示す化合物群から選択される少なくとも1種を含む<1>に記載の金属膜形成用組成物。下記化合物中、M3は、Cu、Ni、Mn、またはCoを表す。
【0015】
【0016】
<4> 前記金属膜形成用組成物全量に含まれる金属原子の含有量が0.5質量%~10質量%の範囲である<1>~<3>のいずれか1つに記載の金属膜形成用組成物。
<5> 前記金属錯体の対アニオンは、カルボン酸、カルボン酸の錯体、アミノポリカルボン酸、アミノポリカルボン酸の錯体、アミノ酸化合物、およびアミノ酸化合物の錯体から選択される化合物に由来する対アニオンの少なくとも1種を含む<1>~<4>のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物。
<6> 前記金属錯体の対アニオンは、前記金属錯体が含む金属原子と同一の金属原子を含む<1>~<5>のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物。
<7> 前記金属錯体の対アニオンは、下記構造の対アニオンを含む<1>~<6>のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物。
【化4】
【0017】
<7> 基材上に、<1>~<6>のいずれか1つに記載の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程と、基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層を、30℃以上の温度条件にて加熱して金属膜を形成する工程と、
を含む金属膜形成方法。
<8> 基材上に、<1>~<6>のいずれか1項に記載の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程と、前記基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層に紫外線照射して金属膜を形成する工程と、を含む金属膜形成方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一実施形態によれば、基材との密着性に優れた金属膜を簡易に形成しうる金属膜形成用組成物を提供することができる。
また、本発明の別の実施形態によれば、基材との密着性に優れた金属膜を簡易に形成しうる金属膜形成方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】実施例1の金属膜形成用組成物の吸収スペクトルを示すグラフである。
【
図2】実施例1の金属膜形成用組成物により形成した銅膜のX線回折(XRD)を測定したグラフである。
【
図3】実施例1の金属膜形成用組成物により形成した銅膜の走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図4】実施例1で得た銅膜の光透過スペクトルを示すグラフである。
【
図5】実施例1で得た銅膜の赤外線反射スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本開示に関し、具体的な実施形態を挙げて詳細に説明するが、本開示は以下の実施形態に限定されず、その主旨に反しない限りにおいて、種々の変型例を包含する。
本明細書において「~」を用いて記載した数値範囲は、「~」の前後の数値を下限値および上限値として含む数値範囲を表す。
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本明細書において組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0021】
<金属膜形成用組成物>
(一般式(1)、一般式(2)または一般式(3)で表される金属錯体)
本開示の金属膜形成用組成物は、下記一般式(1)、一般式(2)または一般式(3)で表される金属錯体(以下、特定金属錯体と称することがある)と、前記金属錯体の対アニオンと、前記金属錯体の溶剤と、を含む。
【0022】
【0023】
一般式(1)中、M1は、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。
一般式(2)中、M2は、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。
一般式(3)中、M3は、Cu、Ni、Mn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子を表す。
M1~M3は、それぞれ、形成する金属膜の使用目的に応じて選択される。本開示の金属膜形成用組成物によれば、同一の金属を含む金属酸化物膜を形成することができる。
なかでも、汎用性の観点からは、M1、M2としては、Cu、Li、Ni等が好ましい。M3としては、Cu、Ni等が好ましい。また、M2としてAgを用いることで、低温で、基材との密着性が良好な銀膜あるいは酸化銀膜を形成することができる。
【0024】
L11、L12、L21、L22、L31およびL32は、それぞれ独立にNH3配位子、R1NH2配位子、OH2配位子、またはエチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等のジアミン由来の配位子を表し、R1はアルキレン基を表す。
1n、1m、2n、2m、3nおよび3mは、それぞれ独立に0~8の整数を表す。1n+1mは、4~8の範囲であり、2n+2mは、2~4の範囲であり、3n+3mは、4~8の範囲であり、それぞれ、M1~M3で表される金属原子の価数に応じて決定される整数を表す。したがって、1nと1m、2nと2m、および3nと3mの双方が0となることはない。
なかでも、溶剤への可溶性、安定性、塗布性等の観点から、L11、L12、L21、L22、L31およびL32は、NH3配位子、OH2配位子、R1NH2配位子等であることが好ましい。L11とL12、L21とL22、L31とL32は、それぞれ、互いに同じでも、異なっていてもよい。
L11、L21またはL31が、R1NH2配位子である場合のR1は、アルキレン基であり、炭素数1~5のアルキレン基が好ましい。
【0025】
本開示の金属膜形成用組成物は、金属膜のみならず金属酸化物膜の形成にも有用である。よって、以下、本明細書において、本開示の金属膜形成用組成物により得られる「金属膜」は、当該金属を含む金属酸化物膜を包含する意味で用いる。
本開示の金属膜形成用組成物を用いて金属酸化物膜を形成する方法としては、金属膜形成用組成物により形成した金属膜を、さらに熱処理して酸化物膜とする方法、金属膜形成用組成物を用いて金属膜を形成する際に、積極的に酸化雰囲気とし、酸化雰囲気下で熱処理する方法等が挙げられる。
【0026】
以下に、一般式(1)または一般式(2)で表される特定金属錯体のより具体的な構造の例を挙げるが、以下の構造には限定されない。なお、下記構造中、M1およびM2は、それぞれ独立に、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、またはCoを表す。
【0027】
【0028】
なかでも、特定金属錯体としては、一般式(1)で表される、下記構造で表される特定金属錯体が好ましい。なお、下記構造中、M1は、それぞれ独立に、Ag、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、またはCoを表す。
【0029】
【0030】
以下に、一般式(3)で表される特定金属錯体のより具体的な構造の例を挙げるが、以下の構造には限定されない。下記構造中、M3は、Cu、Ni、Mn、またはCoを表す。
【0031】
【0032】
特定金属錯体は、金属塩化合物等を、前記金属塩化合物を溶解する溶剤に溶解することで得ることができる。
金属塩化合物は、溶剤に溶解することでカチオン性金属錯体を形成しうる金属塩化合物であれば、特に制限はない。金属塩化合物としては、例えば、M(X)pで表される金属塩化合物、(R-COO)pMで表される金属塩化合物などが挙げられる。Mは、金属原子であり、Xは、Cl、F等のハロゲン原子、および水酸化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を表す。
Rは、水素原子、または炭素数1~5のアルキル基等から選ばれる1価の置換基を表す。Rがアルキル基である場合、アルキル基における水素原子の少なくとも一部が、ハロゲン原子などで置換されていてもよい。pは金属原子Mの価数に応じた整数である。
【0033】
例えば、ハロゲン化銅、ギ酸銅、カルボン酸銅などの銅塩化合物を、水、アルコール等の溶剤に溶解させることで、溶剤中で解離した銅塩化合物は、溶剤中にカチオン性銅錯体として存在する。このとき、カチオン性銅錯体などのカチオン性金属錯体に加え、溶剤中にカチオン性金属錯体の対アニオンを含むことで、金属膜形成用組成物の安定性がより向上する。
以下に、本開示の金属膜形成用組成物に用いうる特定金属錯体の具体例を示す。なお、特定金属錯体は以下の例に限定されない。
【0034】
【0035】
本開示の金属膜形成用組成物は、特定金属錯体を1種のみ含有してもよく、2種以上含有してもよい。
2種以上含有する場合、例えば、同じ金属を含み配位子の異なる特定金属錯体同士の組み合わせ、異なる金属を含む金属錯体同士の組み合わせなどが挙げられる。
【0036】
金属膜形成用組成物における特定金属錯体の含有量は、金属膜形成用組成物における金属塩の仕込み比によって決定される。
一般に、金属膜形成用組成物全量に対する金属錯体の含有量を測定することは困難である。しかし、金属膜形成用組成物により形成される金属膜の物性は、金属膜形成用組成物における金属の含有量に依存する。
緻密で、均一な金属膜を形成しうるという観点からは、金属膜形成用組成物全量に対する金属の含有量は、0.5質量%~10質量%の範囲であることが好ましく、1質量%~8質量%の範囲であることがより好ましい。
金属の含有量が上記範囲であることで、金属膜形成用組成物により形成される金属膜の組織がより均一となり、電気伝導性、および熱伝導性がより良好となる。
金属膜形成用組成物中の金属の含有量は、例えば、「錯体化学の基礎 ウェルナー錯体と有機金属錯体」(KS化学専門書:講談社、1989年)に記載の方法で測定することができる。
【0037】
(溶剤)
本開示の金属膜形成用組成物に含まれる溶剤は、既述の特定金属錯体を溶解しうる溶剤であれば制限なく使用することができる。
特定金属錯体を溶解するとは、1質量%の金属を含む金属塩化合物と錯体形成材料と、溶剤とを含有する混合物を調製した場合、目視にて濁りなどの固形分が観察されず、均一な混合物となることで確認することができる。
溶剤としては、例えば、水、アルコール、多価アルコールのアルキルエーテル等が挙げられる。
アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-プロパノール、イソブタノール、n-ブタノール等の炭素数1~10の1価のアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、グリセリン等の多価アルコールが挙げられる。
多価アルコールの低級アルキルエーテルとしては、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等が挙げられる。
【0038】
金属塩化合物の溶解性およびハンドリング性の観点からは、溶剤として、水、炭素数1~5の1価のアルコールを含むことが好ましく、なかでも、水、メタノール、エタノール、プロパノール等がより好ましい。
本開示の金属膜形成用組成物を調製する場合、溶剤として水を用いた場合も、金属錯体を含む均一な金属膜形成用組成物を得られることも、利点の一つである。
【0039】
本開示の金属膜形成用組成物は、溶剤を1種のみ含有してもよく、2種以上含有してもよい。
金属膜形成用組成物における溶剤の含有量は、特定金属錯体を溶解しうる量であれば特に制限はない。
例えば、溶剤の含有量は、金属膜形成用組成物全量に対し、90質量%~99.5質量%の範囲とすることができ、95質量%~98質量%の範囲であることが好ましい。
金属膜形成用組成物における溶剤の含有量が上記範囲であることで、金属膜形成用組成物のハンドリング性が良好となり、加熱により、より簡易に所望の厚さの金属膜を形成することができる。
【0040】
(特定金属錯体の対アニオン)
本開示の金属膜形成用組成物は、特定金属錯体であるカチオン性金属錯体および溶剤に加え、前記カチオン性金属錯体の対アニオン(以下、単に「対アニオン」と称することがある)を含む。
金属膜形成用組成物が対アニオンを含むことで、金属膜形成用組成物における特定金属錯体の安定性がより良好となる。
対アニオンとしては、カルボン酸、カルボン酸の錯体、アミノポリカルボン酸、アミノポリカルボン酸の錯体、アミノ酸化合物、およびアミノ酸化合物の錯体から選択される化合物に由来する対アニオンの少なくとも1種を含むことが好ましい。
これらの対アニオンとなりうる化合物は、金属膜形成用組成物において、溶剤中に溶解することで、対アニオンの形態をとることができる。また、対アニオンは、金属膜形成用組成物に、金属塩化合物を添加し、金属塩化合物が溶剤中で解離した結果、生成されることがある。例えば、金属膜形成用組成物にアミノ酸化合物の金属塩を添加することで、アミノ酸の金属錯体である対アニオンが生成されることがある。
金属膜形成用組成物の調製に際して、好ましい対アニオンを形成する化合物を溶剤中に別途添加して、組成物中で、対アニオンを生成させてもよい。
また、好ましい対アニオンを予め調整し、対アニオンの形態で金属膜形成用組成物に添加してもよい。
【0041】
カルボン酸としては、具体的にはギ酸、酢酸などが挙げられる。
アミノポリカルボン酸としては、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三プロピオン酸、カルボキシエチルイミノ二酢酸、カルボキシメチルイミノ二プロピオン酸、イミノ二酢酸、イミノ二プロピオン酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二プロピオン酸、メトキシエチルイミノ二酢酸、アラニン-N,N-二酢酸、セリン-N,N-二酢酸、イソセリン-N,N-二酢酸、アスパラギン酸-N,N-二酢酸、グルタミン酸-N,N-二酢酸、エチレンジアミン四酢酸などが挙げられる。
アミノ酸化合物としては、アラニン、β-アラニン、グリシン、セリン、イソセリン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ザルコシン、ロイシン、イソロイシンなどが挙げられる。
なお、本明細書において「アミノ酸化合物」は、「アミノ酸」自体および「アミノ酸の誘導体」を包含する意味で用いられる。
既述のカルボン酸、アミノポリカルボン酸、およびアミノ酸化合物に由来する対アニオンは、金属膜形成用組成物中で、これら化合物の錯体の形態をとっていてもよい。即ち、対アニオンは、カルボン酸、カルボン酸の錯体、アミノポリカルボン酸、アミノポリカルボン酸の錯体、アミノ酸化合物、およびアミノ酸化合物の錯体から選択される化合物に由来する対アニオンの少なくとも1種を含むことができる。
【0042】
また、これらの化合物に由来する対アニオンは、構造内に金属原子を含んでいてもよい。即ち、対アニオンは、金属原子を含む金属錯体構造を有するアニオンであってもよい。
対アニオンは、金属膜形成用組成物に含まれる特定金属錯体が含む金属原子と同一の金属原子を含む対アニオンであることが好ましい。対アニオンが、共存する特定金属錯体が含む金属原子と同一の金属原子を含むことで、金属原子により形成される金属膜の構造がより緻密となる。
これは、カチオン性金属錯体と金属原子を含む対アニオンとが相互作用を形成することにより、金属膜形成用組成物層において金属原子がより高密度で存在するためと考えている。
【0043】
対アニオンとしては、より具体的には、例えば、[Cu(edta)]2-、[Cu(ida)2]2-、HCOO-、CH3COO-、Cl-、および以下に示す構造のアニオン性金属錯体などが挙げられる。edtaはエチレンジアミン4酢酸を表し、idaはイミノ二酢酸を表す。
【0044】
【0045】
金属膜形成用組成物は、対アニオンを1種のみ含んでもよく、2種以上含んでもよい。
金属膜形成用組成物は、前記構造の如きアニオン性金属錯体を対アニオンとして含むことが、得られる金属膜がより緻密となるため好ましい。このとき、アニオン性金属錯体が含む金属Mは、特定金属錯体に含まれる金属M1、M2またはM3と同じであることが好ましい。
金属膜形成用組成物に含まれる特定金属錯体であるカチオン性金属錯体に含まれる金属と、同じ金属Mを有するアニオン性金属錯体を対アニオンとして含むことで、金属膜形成用組成物を用いて形成される金属膜の構造がより緻密となる。
例えば、[Cu(edta)]2-、[Cu(ida)2]2-、および上に示す構造のアニオン性金属錯体は、構造内にCu原子を含むために、Cu原子を含む特定金属錯体と併用することで、より緻密な銅膜を形成する対アニオンとして有用である。
【0046】
(その他の成分)
本開示の金属膜形成用組成物は、特定金属錯体、特定金属錯体の対アニオン、および溶剤に加え、効果を損なわない範囲において、目的に応じてその他の公知の添加剤を含むことができる。
【0047】
(金属膜形成用組成物の調製)
前記金属膜形成用組成物は、特定金属錯体を形成する金属塩化合物を溶剤に溶解することで調製することができる。溶剤に、金属塩化合物を添加し、溶剤を撹拌しながら溶解する。金属塩化合物は、溶剤中でカチオン性金属錯体を形成する。溶剤には、アンモニウム化合物の如きおよび金属と錯体を形成しうる化合物を含有させてもよい。
その他の成分は、必要に応じて添加することができる。その他の成分の添加の時期は特に限定されない。成分の特性に応じて適宜選択して添加することができる。
特定金属錯体を形成する金属塩化合物の溶剤への溶解は、常温(25℃)で行なってもよい。溶解をより効率よく行うという観点からは、溶剤を30℃~60℃に加温して溶解を行うこともできる。
目視にて、金属塩化合物が溶解し、透明な均一溶液となるまで、溶剤の撹拌を継続し、金属膜形成用組成物を調製することができる。
【0048】
本開示の金属膜形成用組成物は、金属錯体が溶剤に均一に溶解されていることから、これを用いて形成された金属膜は、緻密な組織を有し、電気伝導性および熱伝導性に優れる。また、特定金属錯体はアンモニウム基、水に由来する配位子またはエチレンジアミンに由来する配位子の少なくともいずれかを有するため、無機基材、特にガラス基板との密着性が良好であり、当該特定金属錯体を用いて形成された金属膜は基材との密着性に優れる。
よって、本開示の金属膜形成用組成物は、緻密で基材との密着性に優れた金属膜を形成することができ、金属膜、特に銅の薄膜を必要とする種々の分野に適用することができる。
【0049】
<金属膜形成方法(1)>
本開示の金属膜形成方法の1つの実施形態では、基材上に、既述の本開示の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程(以下、工程(A)と称することがある)と、基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層を、30℃以上の温度条件にて加熱して金属膜を形成する工程(以下、工程(B)と称することがある)と、を含む。
【0050】
本開示の金属膜形成方法は、前記工程(A)に先立って、金属膜形成用組成物を調製する組成物調製工程を有していてもよい。
既述の本開示の金属膜形成用組成物は、既述のように、溶剤中で金属錯体となる金属塩化合物と、対アニオンとなる化合物と、溶剤とを混合することで、カチオン性金属錯体を含有する金属膜形成用組成物を得ることができる。従来公知のアニオン性金属錯体を用いて金属膜を形成するプレカーサー法では、必ず、金属錯体を合成する工程が必要となるが、本開示のカチオン性金属錯体を用いる方法では、特段の金属錯体合成工程を必要としないため、簡易に金属膜の形成に有用な金属膜形成用組成物を得ることができる。
【0051】
〔工程(A)〕
工程(A)では、まず、既述の本開示の金属膜形成用組成物を、金属膜を形成しようとする基材上に塗布して金属膜形成用組成物層(以下、単に「組成物層」と称することがある)を形成する。工程(A)は、金属膜形成用組成物の塗布後に、さらに、形成された金属膜形成用組成物層を乾燥する工程を有していてもよい。
【0052】
(基材)
本開示における基材は、金属膜の形成目的に応じて適宜選択して用いることができる。すなわち、金属膜の使用目的に応じて、耐熱性、寸法安定性、耐溶剤性、電気絶縁性、加工性、気体遮断性、低吸湿性、防水性等の各種物性を有する基材を選択して用いることができる。例えば、一般に回路基板として用いられる材料を、本開示における基材として用いることができる。
なかでも、工程(B)にて加熱した場合における、変質、寸法変化等が抑制され、熱安定性が良好であるという観点からは、ガラス、セラミックス、金属等の無機基材が好ましい。より具体的には、無アルカリガラス基板、ソーダガラス基板、パイレックス(登録商標)ガラス基板、石英ガラス基板等のガラス基板、シリコン基板等の半導体基板、ステンレス基板、アルミニウム基板、ジルコニウム基板等の金属基板、アルミナ基板等の金属酸化物基板、ポリアミド、高密度ポリエチレン等の樹脂基板等が挙げられる。
基材は単層構造でもよく、複数の異種素材を用いた積層構造を有していてもよい。また、金属を改質した基材を用いてもよい。金属を改質した基材としては、例えば、アルミニウム基板に酸化処理を施した酸化皮膜付きアルミニウム基板、イットリウム安定化ジルコニウム基板、ステンレス基板等が挙げられる。
【0053】
基材の厚みは、使用目的に応じて選択することができる。また、既存の部材を基材として、既存の部材上に、本開示の金属膜形成用組成物を用いて金属膜を形成することができる。
【0054】
基材上に、金属膜形成用組成物を塗布する方法は、公知の方法をいずれも適用することができる。例えば、スプレー塗布法、スピン塗布法、ブレード塗布法、バー塗布法、ディップ塗布法、ロール塗布法、ダイ塗布法、フロー塗布法等が挙げられる。また、キャスト法にて金属膜形成用組成物を基材上に適用することができる。さらに、スクリーン印刷、インクジェット印刷などの印刷法により、金属膜形成用組成物を基材上に適用してもよい。印刷法を用いることにより、基板の所望の領域に、局所的に組成物層を形成することができる。
【0055】
金属膜形成用組成物層の厚みは目的に応じて選択することができる。一般的には、ウエット膜厚で、1μm~10μmの範囲とすることが好ましく、3μm~5μmの範囲とすることがより好ましい。
【0056】
〔組成物層の乾燥〕
塗布後の組成物層は、工程(B)に付して加熱する前に、組成物層を乾燥する工程を実施することができる。乾燥は、室温における自然乾燥でもよく、加熱乾燥でもよい。加熱乾燥の際の温度には特に制限はないが、乾燥効率等を考慮すれば、30℃~100℃の範囲とすることができる。
加熱乾燥を行う場合の加熱方法は、公知の加熱手段を適宜選択して適用することができる。加熱方法としては、例えば、基材裏面からプレート状ヒーター、ヒートロール等を接触させる方法、電気炉等の加熱ゾーンを通過させる方法、赤外線、マイクロ波等のエネルギー線を照射する方法等が挙げられる。
乾燥時間は、生産性の観点から、10秒~20分の範囲であることが好ましい。
【0057】
組成物層の膜厚を必要な厚みとする目的で、金属膜形成用組成物の塗布と加熱とを複数回行ってもよい。
【0058】
〔工程(B)〕
本工程では、前工程(A)にて基材に形成された組成物層を、30℃以上の温度条件にて加熱して金属膜を形成する。加熱処理により、金属錯体は金属に転化され、基材上に金属膜が形成される。
加熱条件は、金属の特性に応じて適宜選択される。
例えば、M1またはM2がAgである場合には、組成物層を形成すると還元反応により銀膜の形成が進行する。銀膜形成反応を促進させる観点から、組成物層を30℃以上の温度で加熱してもよい。よって、金属膜形成用組成物における金属錯体が銀錯体である場合には、既述の乾燥工程により銀膜を形成することができ、乾燥工程と加熱工程とは一工程で行なうことができる。また、銀金錯体を用いて、銀酸化物膜を形成する場合には、加熱温度は30℃~500℃とすることができる。
また、M1、またはM2が、Cu、Li、Ni、Mn、Zn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子である場合、M3が、Cu、Ni、Mn、およびCoからなる群より選ばれる金属原子である場合には、加熱は、200℃以上の温度条件にて行うことが好ましく、250℃以上の温度条件にて行うことがより好ましい。
加熱温度の上限値には特に制限はなく、金属の融点、軟化点等の物性、使用する基材の耐熱性に応じて適宜選択すればよい。一般的には、500℃以下であることが好ましい。
【0059】
対アニオンが金属原子を含む金属錯体構造を有する対アニオンである場合には、カチオン性の特定金属錯体と金属錯体構造を有する対アニオンとが当量で相互作用を形成して、比較的低温の加熱により緻密な金属膜が形成される。
一方、対アニオンとして、カルボン酸由来の対アニオンなどを含む場合には、対アニオンとカチオン性の特定金属錯体とが相互作用を形成し、比較的低温の加熱により有機物が除去されて、簡易に均一な金属膜が形成される。
【0060】
工程(B)における加熱条件、例えば、加熱における最高温度、昇温条件、加熱時間なども、金属の特性によって適宜選択することができる。
また、金属の種類によって選択された加熱温度まで昇温した後、当該加熱温度に数分間維持して、金属膜を加熱、焼成することも好ましい。
【0061】
加熱は、大気雰囲気下で行なってもよく、不活性ガス雰囲気下で行なってもよい。不活性ガスを含む雰囲気下で行う場合の不活性ガスとしては、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等が挙げられる。
不活性ガス雰囲気下など、酸素濃度を低くする雰囲気下で加熱処理を行なう場合、酸素濃度は10ppm以下とすることが好ましい。
【0062】
工程(B)の実施後、形成された金属膜の均一性を向上させる目的で、形成された金属膜をさらに加熱する焼成処理(アニール処理)を行なうことができる。焼成処理は、200℃~500℃にて行なうことができる。
【0063】
<金属膜形成方法(2)>
本開示の金属膜形成方法の別の実施形態では、基材上に、既述の本開示の金属膜形成用組成物を塗布して、金属膜形成用組成物層を形成する工程(工程(A))と、基材上に形成された前記金属膜形成用組成物層に紫外線を照射して金属膜を形成する工程(以下、工程(C)と称することがある)と、を含む。
本実施形態の金属膜形成方法(2)における工程(A)は、既述の金属膜形成方法(1)に示す実施形態における工程(A)と同様である。
本実施形態の金属膜形成方法(2)では、既述の実施形態における加熱(工程(B))に代えて紫外線照射(工程(C))を行ってエネルギーを付与することで、金属膜を形成する。
紫外線照射により、金属膜が形成される機構は明確ではないが、以下のように推定している。
金属膜形成用組成物中に含まれる特定金属錯体は、紫外線照射による外部からの光エネルギーを受けることで、原子間での電子の移動を伴う遷移、即ち、電荷移動遷移が起きる。その電荷移動遷移に伴い、特定金属錯体が金属に転化し、緻密な金属膜が形成されると考えられる。
【0064】
工程(C)において、紫外線(以下、UV(Ultraviolet)光と称することがある)の照射は、公知のUV光の光源を用いて行うことができる。
UV光の光源としては、UVランプやUVレーザーが挙げられる。大面積に均一に紫外線照射を行う観点からはUVランプを光源とすることが好ましい。
工程(C)において用いるUVランプには特に制限はない。UVランプの具体例としては、例えば、エキシマランプ、重水素ランプ、低圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、ヘリウムランプ、カーボンアークランプ、カドミウムランプ、無電極放電ランプ等が挙げられる。なかでも、低圧水銀ランプは、組成物層を金属膜へ容易に転化し得る観点から好ましい。
紫外線照射は、金属膜形成用組成物層の全面に亘り行なってもよく、パターン状に行ってもよい。パターン状の露光としては、UVランプを用い、マスクを介してUV光を照射する方法等が挙げられる。パターン状にUV光を照射することで、UV光の照射部において金属膜形成用組成物層の金属膜への転化が進行する。
【0065】
UV光の照射は、例えば、波長380nm以下のUV光、より好ましくは波長300nm以下のUV光を用いて、組成物層の表面における照度が10mW/cm2以上となる条件で照射することが、より短時間で金属膜を形成しうる観点から好ましい。
なお、組成物層に照射するUV光の照度は、例えば、紫外線光量計(オーク製作所社製、UV-M10、受光器UV-25)を用いて測定することができる。
UV光の照射は、大気圧下で行なってもよく、不活性ガス雰囲気下であってもよく、真空下であってもよい。また、UV光の照射は、任意のガス中で行われてもよい。なかでも、簡便に転化を行う観点から、UV光の照射は、大気圧下で行うことが好ましい。
【0066】
工程(C)における基板の温度は100℃以下であることが好ましい。紫外線照射により金属膜を形成することで、耐熱性の低い樹脂基板に金属膜を形成することが容易となる。基板の温度は公知の、接触又は非接触の温度計を用いて測定することができる。
UV光の照射時間はUV光の照度により適宜決定することができる。なかでも、生産性の観点から、5秒以上120分以下であることが好ましい。
【0067】
(金属膜)
既述の本開示の金属膜形成方法(1)又は金属膜形成方法(2)により得られる金属膜の厚みは目的に応じて選択される。本開示の金属膜形成方法(1)および金属膜形成方法(2)では、銅錯体が溶解した状態で均一に含まれる本開示の金属膜形成用組成物を用いているため、例えば、10nm~200nmといった極めて薄い膜を形成することができる。
また、例えば、スプレー塗布法などを適用して、組成物層をより厚くすることで、数ミクロンオーダーの厚みのある金属膜を形成することができる。さらに、組成物層を形成する工程(A)と、加熱(工程(B))或いは、紫外線照射(工程(C))と、を複数回、繰り返して行なうことで、より厚い膜厚の金属膜を簡易に形成することができる。
本開示の金属膜形成用組成物を用いて、1回の塗布、加熱により形成される金属膜の厚みは、50nm~150nmであることが好ましい。
得られた金属膜の厚みは、基材上に形成された金属膜の断面を観察することで、公知の測定方法により測定することができる。
【0068】
本開示の金属膜形成用組成物を用いた本開示の金属膜形成方法(1)または金属膜形成方法(2)により得られた金属膜は、特定金属錯体のみを金属材料として含む組成物により形成され、特定金属錯体は溶剤に溶解した状態から、加熱(工程(B))または紫外線照射(工程(C))を経て金属膜に転化されるため、形成された金属膜は組織が緻密であり、電気伝導性および熱伝導性に優れる。
金属膜を、単一の金属を有する特定金属錯体のみを金属材料として含有する金属膜形成用組成物を用いて形成する場合、形成された金属膜における当該金属の含有量は90質量%以上であることが好ましく、95質量%以上であることがより好ましい。
金属膜中の目的とする金属の含有量は、例えば、X線回折(XRD)により測定することができる。
金属膜形成用組成物により得られた金属膜中には、不純物の含有量が極めて少ない。
溶剤由来の不純物が僅かに金属膜中に残存することがあるが、主として原料である溶剤由来の炭素原子程度であり、形成された金属膜の特性を損なう懸念がない。これは、還元剤等を必要とする無電解メッキ膜、アニオン性金属錯体を用いたプレカーサー法により形成される金属膜に比較して大きな利点であるといえる。
また、既述の本開示の金属膜形成用組成物を用いて、工程(A)を実施し、さらに、工程(B)または工程(C)を実施することで、従来法に比較して低温条件下においても緻密な金属膜が形成されることも、本開示の金属膜形成方法の利点の一つである。
【0069】
本開示の方法により形成された金属膜は、基材全面に亘り均一に形成されてもよく、パターン状に形成されてもよい。また、均一な金属膜を形成した後、目的に応じてエッチング等の公知の方法を用いてパターニングしてパターン状の金属膜を形成することができる。
【実施例】
【0070】
以下、本発明の実施形態の例について、実施例を挙げて具体的に説明するが、本開示は以下の実施例に制限されない。
【0071】
〔実施例1〕
(1.金属膜形成用組成物の調製)
(1-1.特定金属錯体含有液の調製)
100mL(ミリリットル)の三角フラスコに、ギ酸銅(II)四水和物2.1gおよびエタノール5gを加えた。この溶液を撹拌しながら、プロピルアミンを2.2g(37.2mmol)加え、常温(25℃)にて、1時間撹拌して特定金属錯体含有液を得た。
得られた特定金属錯体含有液は、目視で観察したところ、透明な均一溶液であった。特定金属錯体含有液に含まれる特定金属錯体の濃度は、1.0mmol/gである。
特定金属錯体含有液は、以下に示す構造のカチオン性銅錯体と、対アニオンHCOO-と、を含有する。
【0072】
【0073】
(1-2.対アニオン含有液の調製)
100mL(ミリリットル)の三角フラスコに、Cu(H2edta)・H2Oを4.0g測りとり、エタノールを4g加えた。この溶液を撹拌しながら、ジブチルアミンを2.81g加え、1時間還流して下記構造のアニオン性金属錯体と、(C4H9)2NH+と、を含有する対アニオン含有液を得た。
得られた対アニオン含有液は、目視で観察したところ、透明な均一溶液であった。対アニオン含有液に含まれる下記構造のアニオン性金属錯体の濃度は、1.0mmol/gであった。
【0074】
【0075】
(1-3.金属膜形成用組成物の調製)
得られた特定金属錯体含有液と、対アニオン含有液とを、質量比1:8、すなわち、特定金属錯体含有液1質量部に対し、対アニオン含有液8質量部の割合で混合し、実施例1の金属膜形成用組成物を得た。
【0076】
(2、カチオン性銅錯体の吸収スペクトル測定)
得られた金属膜形成用組成物をエタノールで希釈し、銅錯体の濃度を0.1mmol/gとした希釈液(試料)を作製した。得られた試料の吸収スペクトルを、吸光光度計(u-2800:日立製作所)にて測定した。
吸収スペクトルを
図1に示す。
図1に明らかなように、試料は、647nmに吸収をもつスペクトルを示した。すなわち、実施例1の金属膜形成用組成物は銅錯体を含有することが裏付けられた。
また、金属膜形成用組成物における対アニオン含有液の混合比率を変えて、金属膜形成用組成物に対するアニオン性錯体の含有量を変えたところ、吸収スペクトルにおける吸収位置がシフトするのが確認された。これは、金属膜形成用組成物中において、互いに構造の異なる異種錯体の含有量が増加したことを意味する。
【0077】
(3.金属膜の形成)
得られた金属膜形成用組成物を、厚さ1.5mmの石英ガラス基板(昭島ガラス社製)の片面に、スピンコート法で、塗布膜厚が3μmとなる量で塗布して、金属膜形成用組成物層を形成した。
その後、金属膜形成用組成物層を、70℃にて10分間乾燥した。
【0078】
基板上に金属膜形成用組成物層が形成された積層体を、管状炉内にて、最高温度350℃になるまで、昇温速度0.5℃/秒にて昇温し、最高温度を15分間維持して加熱してガラス基板上に膜厚40nmの銅膜を形成した。
その後、得られた銅膜を室温になるまで放冷した。
【0079】
(銅膜の評価)
得られた銅膜について、以下の評価を行った。
1.成分分析
得られた銅膜に対し、X線回折(XRD)をMXP-18AHF22装置、Bruker AXS社を用い、入射角0.3°の平行ビーム光学系で、2θが30°~50°まで0.05°ステップで、固定時間6秒ずつ強度を測ることで、測定した。
結果を
図2に示す。
図2に明らかなように、XRDのパターンによれば、形成された銅膜は、銅の単一相であることがわかる。
【0080】
2.膜構造
実施例1の金属膜形成用組成物により形成した銅膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影した写真を
図3に示す。
図3に明らかなように、形成された銅膜には、凝集された大きな粒径の粒子、或いは目立った空隙等は観察されず、緻密な銅粒子で形成されていることがわかる。
【0081】
3.電気伝導率
得られた銅膜について、以下の方法で電気伝導性を測定した。銅膜の電気抵抗は、四探針法によって5点計測し、測定値の最大値と最小値を除いた3点で平均値を算出して得た値を銅膜の電気抵抗値とした。
測定は、デジタルマルチメーター:岩通計測株式会社、VOAC7512およびKEITHLEY、Model2010 Multimeterを用いて行なった。
その結果、電気伝導率は、4.7×10-5Ωcmであり、薄膜でありながら、実用上十分な電気伝導性を示した。
【0082】
4.密着性
得られた銅膜について、以下の方法でガラス基板との密着性を測定した。
薄膜の密着性は、引張り試験機:薄膜密着強度測定機:ロミュラス〔Romulus(商品名)、フォトテクニカ社(Phototechnica Co.Ltd.〕により測定した。
引張り強度試験用サンプルは、以下のように調製した。
エポキシ接着剤が塗布されているスタッドピンを、ガラス基板上の銅膜面にクリップを使って垂直に固定して接着し、温度150℃の乾燥器内で1時間加熱してエポキシ接着剤を硬化させ、乾燥器内が常温(25℃)になるまで冷ましてから取り出し、スタッドピンを固定していたクリップを外して、スタッドピンが垂直に接着された引張り強度試験用サンプルを調製した。スタッドピンは、アルミニウム製で、接着面がφ2.7mmのものを用いた。
銅膜を備える基板を、引張り試験機の補強板に固定し、引張り試験機の掴み部で、スタッドピンを挟んで、垂直下向きに引張り、ガラス基板から銅膜が剥離したときの強度を測定した。測定は5回行ない、測定された強度の最大値と最小値を除いた3点の測定結果より平均強度を求めた。
その結果、剥離強度は36MPaであり、銅膜はガラス基板との密着性が良好であることが分かった。
【0083】
5.光透過性
得られた銅膜について、以下の方法で、透過/反射スペクトルを測定し、光透過率を得た。
銅膜の透過/反射スペクトルは、UV-3600 SUPECTROPHOTOMETER((株)島津製作所)により測定した。透過スペクトルは、空気をリファレンスとして、ダブルビームモードで220nm~2500nmの範囲を測定した。反射スペクトルは、硫酸バリウムをリファレンスとして、ダブルビームモードで220nm~2500nmの範囲を測定した。結果を
図4に示す。
図4のグラフより、得られた銅膜の可視光透過率は約40%であり、ガラス基板上に形成された銅膜を介して、文字が視認できる程度の透明性を有していることが分かる。
【0084】
5.赤外線反射率
得られた銅膜について、既述の光透過性の測定に用いた装置と同じ、UV-3600 SUPECTROPHOTOMETER((株)島津製作所)を用いて、800nm~2500nm(赤外線測定)の光を測定面に対して入射し、反射率を測定した。結果を
図58に示す。
図5のグラフより、得られた銅膜の赤外線反射率は、1200nmでは50%、2500nmでは100%であり、得られた銅膜は赤外線の遮断効果があり、特に遠赤外線の遮断性に優れることが分かる。
【0085】
(産業上の利用分野)
本開示の金属膜形成用組成物を用いて形成された金属膜は、薄層でも電気伝導性、熱伝導性が良好であり、基板との密着性も良好であるため、種々の分野に応用することができる。
本開示の金属膜形成用組成物は、例えば、大規模集積回路(LSI)の回路、太陽電池配線、トレンチ埋入配線、電磁波シールド、赤外線遮断ガラス、熱反射ガラス、真空集熱器の熱伝導部材、金属としての、銀或いは銅の特性を利用した抗菌性材料、熱媒管等に好適に使用される。
【0086】
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。