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特許7176661合金、合金粉末、合金部材および複合部材
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】合金、合金粉末、合金部材および複合部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20221115BHJP
   C22C 27/02 20060101ALI20221115BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20221115BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20221115BHJP
   B22F 1/05 20220101ALI20221115BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20221115BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20221115BHJP
   B22F 10/25 20210101ALI20221115BHJP
   C22C 1/04 20060101ALI20221115BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20221115BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20221115BHJP
   C22C 28/00 20060101ALI20221115BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20221115BHJP
   B23K 35/32 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
C22C19/05 B
C22C27/02 102Z
C22C30/00
B22F1/00 M
B22F1/05
B22F5/00 Z
B22F10/28
B22F10/25
C22C1/04 B
B33Y70/00
B33Y80/00
C22C28/00 B
B23K35/30 340L
B23K35/32 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022512634
(86)(22)【出願日】2021-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2021013889
(87)【国際公開番号】W WO2021201118
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-04-04
(31)【優先権主張番号】P 2020064437
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】白鳥 浩史
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】桑原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/049594(WO,A1)
【文献】特開2016-216762(JP,A)
【文献】特開平07-316696(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-1/18
C22C 27/02
C22C 30/00-30/02
C22C 1/04;32/00
C22C 19/00-19/05
B33Y 80/00;Y70/00
B22F 3/16
B22F 10/00-10/85
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす合金。
【請求項2】
質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす積層造形用の合金粉末。
【請求項3】
請求項2に記載の合金粉末であって、
レーザ回折散乱式粒度分布測定による積算値が50体積%のときの平均粒子径であるd50が5~500μmである合金粉末。
【請求項4】
質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす凝固組織を有する積層造形体または鋳造物であり、
前記凝固組織は、面心立方格子構造である金属相と炭化物を有し、デンドライト状の結晶組織である合金部材。
【請求項5】
請求項4に記載の合金部材であって、
前記金属相におけるMoが15質量%以上である合金部材。
【請求項6】
基材と、前記基材の表面に積層された合金層と、を有し、
前記合金層は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす凝固組織を有する積層造形体であり、
前記凝固組織は、面心立方格子構造である金属相と炭化物を有し、デンドライト状の結晶組織である複合部材。
【請求項7】
射出成形用のスクリュまたは射出成形用のシリンダである請求項6に記載の複合部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性と耐摩耗性に優れ、且つ耐割れ性を備え付加製造法等に好適な合金、合金粉末、合金部材および複合部材に関する。
【背景技術】
【0002】
射出成形機は、投入された樹脂を加熱して溶融させるシリンダ内に、溶融した樹脂を混錬しながら型に射出するスクリュを備えている。樹脂の溶融時には、硫化ガス等の腐食性ガスが発生することがあるため、射出成形用のスクリュやシリンダには、腐食性ガスに耐える耐食性が必要とされる。また、繊維強化プラスチックの成形時には、樹脂にガラス繊維、炭素繊維等が添加されるため、耐摩耗性、すなわち硬さも必要とされる。
【0003】
従来、耐食性に優れ、硬度が高い合金として、質量比でNiの含有量が最も多く、次いでCrおよびMoの含有量が多いNi基合金(Ni-Cr-Mo系合金)が知られている。特許文献1には、Cr:18質量%超~21質量%未満、Mo:18質量%超~21質量%未満であり、Ta、Mg、N、Mn、Si、Fe、Co、Al、Ti、V、Nb、B、Zrを含有しており、熱間鍛造性および耐食性に優れたNi基合金が記載されている。
【0004】
しかし、特許文献1には、このNi基合金の硬さについて開示されていない。本発明者らが行った調査によると、CrとMoを添加したNi基合金の硬さは、HRC20~30程度であると確認されている。この程度の硬さでは、射出成形用のスクリュやシリンダの用途において、耐摩耗性が不十分になる。
【0005】
一般に、金属材料の耐摩耗性は、結晶組織中に硬質粒子を分散させると高くなる。特許文献2には、CrとMoを添加したNi基合金に硼化物を主体とする硬質相を分散させたNi基硼化物分散耐食耐摩耗合金が開示されている。また、特許文献3には、CrとMoを添加したNi基合金に、Ti、Zr、Nb、V、Taの少なくとも一種で形成された炭化物を分散させた盛金用Ni基合金が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-160965号公報
【文献】特開2014-221940号公報
【文献】特開平5-156396号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
合金の耐摩耗性は、特許文献2、3に記載されているように、ホウ化物や炭化物を分散させる方法によって向上させることができる。しかし、ホウ化物や炭化物の量が多すぎると、Crの粒界偏析や局部電池の形成によって耐食性が低くなる。また、分散量や分散形態によっては、硬度が高くなりすぎて脆くなる。
【0008】
耐食性や耐摩耗性に優れた合金を得るためには、元素分配を考慮した各元素の添加量や添加比率の適正化が必要であり、耐食性と耐摩耗性とのバランスを崩さずに両立させることが求められている。Ni基合金の硬さが低いと、射出成形用のスクリュやシリンダの用途において、耐摩耗性が不十分になる。そのため、このような合金について、更なる高硬度化が望まれている。
【0009】
また、ホウ化物や炭化物を分散させた従来のNi基合金は、焼結法やHIP(Hot Isostatic Press:熱間静水圧加圧)法によって加工・成形されることが多い。しかし、焼結法やHIP法は、ワーク形状の自由度が低い製造法である。焼結法やHIP法を用いた場合、複雑形状の製品を製造することが難しく、製品の用途が限定的となるため、より実用的な製造法が求められるようになっている。
【0010】
金属材料を加工・成形する方法としては、焼結法やHIP法の他に、鋳造法や付加製造(Additive Manufacturing:AM)法もある。これらの製造法は、ワークの形状の自由度が高いため、複雑形状物の製造に適している。しかし、鋳造法や付加製造法は、金属材料の溶融と凝固(以下、溶融・凝固と記載することがある。)を伴う。これらの製造法を分散強化型のNi基合金に用いると、溶融・凝固時に大きな熱応力が生じるため、割れが発生し易くなってしまう。
【0011】
一般に、炭化物分散型の合金は、調質が可能であるため、ホウ化物分散型の合金よりも製造し易いといえる。しかし、付加製造法では、金属粉末に対して局所的な溶融・凝固が繰り返されるため、熱応力による割れが軽視できない問題となる。このような状況下、溶融・凝固を伴う製造プロセスに用いることが可能であり、優れた耐食性を備えた上で、耐摩耗性や耐割れ性も優れている合金が求められている。
【0012】
そこで、本発明は、耐食性と耐摩耗性に優れ、且つ耐割れ性を備え付加製造法等に好適な合金、合金粉末、合金部材および複合部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するために本発明に係る合金は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす。
【0014】
また、本発明に係る合金粉末は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす。
【0015】
また、本発明に係る合金部材は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす凝固組織を有する積層造形体または鋳造物であり、前記凝固組織は、面心立方格子構造である金属相と炭化物を有し、デンドライト状の結晶組織である。
【0016】
また、本発明に係る複合部材は、基材と、前記基材の表面に積層された合金層と、を有し、前記合金層は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%、Ta:1.5~23%、C:1.0~2.5%を含有し、Nb:0~19.34%、Ti:0~12%、V:0~12%であり、残部が37.5%以上のNiおよび不可避不純物からなり、モル比で、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C=0.5~1.5を満たす凝固組織を有する積層造形体であり、前記凝固組織は、面心立方格子構造である金属相と炭化物を有し、デンドライト状の結晶組織である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、耐食性と耐摩耗性に優れ、且つ耐割れ性を備え付加製造法等に好適な合金、合金粉末、合金部材および複合部材を提供することができる。
【0018】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本実施形態に係る合金を用いた複合部材の一例を模式的に示す断面図である。
図2】実施例および比較例のX線回折測定による結晶構造解析結果を示す図である。
図3A】比較例2の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3B】比較例2の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3C】比較例7の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3D】比較例7の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3E】実施例1の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3F】実施例1の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3G】実施例5の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3H】実施例5の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3I】実施例9の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3J】実施例9の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3K】実施例10の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3L】実施例10の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図4】実施例および比較例の化学成分と腐食速度との関係を示す図である。
図5A】実施例5の合金を高走査速度のレーザで溶解して凝固させた金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図5B】実施例5の合金を高走査速度のレーザで溶解して凝固させた金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図6】試料No.3の積層造形体の外観を示す写真画像である。
図7】試料No.3の積層造形体の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施形態に係る合金、付加製造法に適した合金粉末、合金部材、および、合金粉末を用いた複合部材について説明する。まず、合金について説明する。その後、合金部材、合金粉末、付加製造方法、合金の凝固組織について説明する。
【0021】
なお、本明細書において、元素の含有量を示す%は、質量%を意味するものとする。また、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含むことを意味する。「~」の前後に記載される上限値と下限値は、任意に組み合わせることができる。
【0022】
[Ni-Cr-Mo系合金]
本実施形態に係る合金は、面心立方格子(face-centered cubic:FCC)構造のFCC相と、炭化物相とを含む。FCC相は、質量比でNiの含有量が最も多く、次いでCrおよびMoの含有量が多いNi基合金よりなり、Cr、MoおよびNiを主構成元素とする。炭化物相には、副構成元素であるTa、Nb、Ti、V、Zrを含む。Ni、Cr、Mo、TaおよびCは、本実施形態に係る合金に必ず含まれる必須元素である。Nb、Ti、VおよびZrは、任意に添加される元素であり、本実施形態に係る合金に含まれてもよいし、含まれなくてもよい。
【0023】
本実施形態に係る合金において、主構成元素のうちCrおよびMoは、質量%で、Cr:18~22%、Mo:18~28%であることが好ましい。また、副構成元素のうちTaおよびCは、質量%で、Ta:1.5~57%、C:1.0~2.5%であることが好ましい。また、副構成元素のうちNb、Ti、VおよびZrは、質量%で、Nb:0~42%、Ti:0~15%、V:0~27%、Zr:0~29%であることが好ましい。
【0024】
本実施形態に係る合金は、必須元素であるNi、Cr、Mo、TaおよびCを合計した質量分率に対する実質的な残部が、Niおよび不可避不純物で組成される。または、必須元素であるNi、Cr、Mo、TaおよびCと、任意元素であるNb、Ti、V、Zr等と、を合算した質量分率に対する実質的な残部が、Niおよび不可避不純物で組成される。任意に添加可能な任意元素としては、副構成元素であるNb、Ti、V、Zrの他に、Y、Hf、W、B等が挙げられる。
【0025】
ここで、合金の化学成分および含有量の詳細について説明する。
【0026】
(Cr:18~22%)
Crは、耐食性を向上させる効果がある。特に、不動態皮膜の形成により、硝酸、硫酸等に対する耐食性が得られる。Crが18%未満であると、耐食性を向上させる効果が得られない。一方、Crが22%を超えると、Mo等との組み合わせにおいて、粗大なμ相(NiMo等)やP相(Mo(Mo,Cr)Ni)等)等の金属間化合物を形成してしまい、耐食性および耐割れ性が低くなる。また、Ta、Nb、Ti、V、Zr、Y、Hf、W等の炭化物生成元素が添加されていると、炭化物や粒界に対するCrの濃化が抑制されるため、Crを過剰に添加することは求められない。そのため、Cr量は、18~22%とする。
【0027】
Cr量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは18.5%、より好ましくは19%である。また、Cr量の上限は、金属間化合物の形成を抑える観点等からは、好ましくは21%、より好ましくは20%である。
【0028】
(Mo:18~28%)
Moは、耐食性を向上させる効果がある。特に、Crとの組み合わせにおいて、不動態皮膜が緻密に強化され、塩酸、硫酸、弗酸等に対する優れた耐食性が得られる。Moが18%未満であると、Crとの組み合わせにおいて、Moによる耐食性を向上させる効果が十分に得られない。一方、Moが28%を超えると、Mo量に比例してMC型炭化物ないしM12C型炭化物が増加するため、耐割れ性が大幅に低くなる。合金粉末を付加製造法に用いた場合には、積層造形体が割れ易くなり、適切な造形が困難になる。また、Moは高温で酸化され易いため、ガスアトマイズ法等で合金粉末を製造する場合に、合金粉末の表面に酸化皮膜が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末粒子を付加製造法に用いると、この粉末が積層造形中に粉末が舞い上がるスモーク現象が発生したり、積層造形体に不純物として混入したりする。そのため、Mo量は、18~28%とする。
【0029】
Mo量の下限は、耐食性を向上させる観点等からは、好ましくは19%、より好ましくは20%である。また、Mo量の上限は、耐割れ性や造形性を向上させる観点等からは、好ましくは26%、より好ましくは24%である。
【0030】
(Ta:1.5~57%)
Taは、耐食性を向上させる効果がある。特に、Crとの組み合わせにおいて、不動態皮膜が格段に強化・改善されて、優れた耐食性が得られる。また、Taは、Moよりも炭化物の生成自由エネルギが低い炭化物生成元素であり、母相中に炭化物を生成して耐摩耗性の向上に寄与する。特に、CrやMoとの組み合わせにおいて、不動態皮膜が格段と強化されるため、酸に対する耐食性を大きく向上させることができる。Taが1.5%未満であると、Taによる耐食性を向上させる効果が十分に得られない。一方、Taが多すぎると、金属間化合物が増加して、耐割れ性が低くなったり、Moが金属間化合物に濃化して耐食性が低くなったりする。そのため、Ta量は、1.5~57%とする。
【0031】
Ta量の下限は、耐食性や耐摩耗性を向上させる観点等からは、好ましくは1.8%、より好ましくは2.0%である。また、Ta量の上限は、金属間化合物の生成を抑制する観点等からは、好ましくは50%、より好ましくは43%である。
【0032】
(C:1.0~2.5%)
Cは、炭化物を生成して耐摩耗性の向上に寄与する。また、FCC構造の母相の安定化に寄与する。Cが1.0%未満であると、炭化物による耐摩耗性を向上させる効果が十分に得られない。一方、Cが2.5%を超えると、合金が過剰に硬くなって耐割れ性が低くなったり、炭化物が過剰に生成して耐食性が低くなったりする。そのため、C量は、1.0~2.5%とする。
【0033】
C量の下限は、耐摩耗性を向上させる観点等からは、好ましくは1.2%、より好ましくは1.4%である。また、C量の上限は、耐割れ性を確保する観点等からは、好ましくは2.2%、より好ましくは1.9%である。
【0034】
(Nb:0~42%、Ti:0~15%、V:0~27%、Zr:0~29%)
Nb、Ti、VおよびZrは、Moよりも炭化物の生成自由エネルギが低い炭化物生成元素であり、母相中に炭化物を生成して耐摩耗性の向上に寄与する。Nbが42%、Tiが15%、Vが27%、Zrが29%を超えると、炭化物が過剰になり、耐割れ性や耐食性が低くなる。そのため、Nb量は42%以下、Ti量は15%以下、V量は27%以下、Zr量は29%以下に制限する。
【0035】
Nb量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは4%、より好ましくは9%である。また、Nb量の上限は、好ましくは37%、より好ましくは32%である。Nbは、Moよりも炭化物の生成自由エネルギが低いため、母相に固溶したMoよりも炭化物として安定化しやすい。母相に固溶したMo量を保ちつつ、炭化物を生成させることは、母相の耐食性を保ちつつ、合金の硬さを向上させるのに有効である。
【0036】
Ti量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは3%、より好ましくは4%である。また、Ti量の上限は、好ましくは13.5%、より好ましくは12%である。
【0037】
V量の下限は、Vを積極的に添加する場合、好ましくは4.5%、より好ましくは6%である。また、V量の上限は、好ましくは23.5%、より好ましくは20%である。
【0038】
Zr量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは5%、より好ましくは8%である。また、Zr量の上限は、好ましくは25.5%、より好ましくは22%である。
【0039】
(0.5≦(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C≦1.5)
Ta、Nb、Ti、VおよびZrは、モル比で、次の数式(I):を満たす含有量とする。
0.5≦(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/C≦1.5・・・(I)
但し、数式(I)中、Ta、Nb、Ti、VおよびZrは、それぞれ、各元素のモル比を表す。
【0040】
数式(I)は、Ta、Nb、Ti、VおよびZrの含有量の範囲を、合金の腐食速度との関係から実験的に求めたものである。Ta、Nb、Ti、VおよびZrは、炭化物の生成自由エネルギが互いに異なるため、NbとVに対しては、実験的に求めた係数を乗じている。なお、以下の説明では、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cを「指数値」ということがある。
【0041】
Ni-Cr-Mo系合金にCを添加すると、硬度が高い炭化物が生成するため、耐摩耗性を向上させることができる。しかし、合金に固溶限を超えるCを添加すると、MC型炭化物や、MC型炭化物ないしM12C型炭化物が晶出し、これらの炭化物中や粒界にMoが濃化する。Moが炭化物中や粒界に濃化すると、母相中のMo量が少なくなるため、耐食性を向上させるために添加したMoの効果が十分に得られなくなり、優れた耐食性が得られなくなってしまう。
【0042】
これに対し、Moよりも炭化物の生成自由エネルギが低いTa、Nb、Ti、V、Zrを添加すると、これらの元素を主体とする炭化物が生成するため、母相中のMo量の減少を抑制することができる。但し、指数値が0.5未満であると、炭化物生成元素がCに対して少ないため、母相中のMo量の減少を十分に抑制できず、耐食性を向上させる効果が十分に得られなくなる。また、指数値が1.5を超えると、過剰な炭化物生成元素によってP相等の金属間化合物が形成されるため、耐割れ性が低くなったり、CrやMoが金属間化合物中に濃化して耐食性が低くなったりする。そのため、指数値は、0.5~1.5の範囲とする。
【0043】
指数値の下限は、Moによる耐食性を向上させる効果を十分に得る観点等からは、好ましくは0.7、より好ましくは0.85である。また、指数値の上限は、金属間化合物の生成による耐割れ性や耐食性の低下を抑制する観点等からは、好ましくは1.3、より好ましくは1.15である。
【0044】
本実施形態に係る合金において、主に合金特性の向上や製造上の改善を目的として、以下の元素を任意に添加することができる。
【0045】
(Y:5.0%以下)
Yは、安定な保護皮膜を形成し、耐酸化性および耐食性を向上させる効果がある。また、比較的原子半径が大きいため、合金強度および耐摩耗性も向上する。Yが0.01%以上であると、Yの添加による効果が得られる。一方、Yが5.0%を超えると、酸化量が多くなり、耐酸化性が低下する場合がある。そのため、Y量は、積極的に添加する場合、0.01~5.0%とする。
【0046】
(Hf:56%以下)
Hfは、Ta、Ti、Zrと同程度の炭化物生成能を有している。Hfを添加すると、Hfを主体とした炭化物を生成し、耐食性および耐摩耗性が向上する。一方、Hfが過剰であると、有害な金属間化合物を形成し、耐割れ性が低下する可能性がある。そのため、Hf量は、積極的に添加する場合、0.01~56%とする。Hf量は、Ta、Ti、Zrのうちの一以上の部分的な代替として添加し、原子%換算で他の炭化物生成元素との合計を同様の添加量の範囲に制限することが好ましい。
【0047】
(W:30%以下)
Wは、Moよりも高い炭化物生成能を有している。また、原子半径が大きいため、固溶強化による合金強度および耐摩耗性の向上が期待できる。Wが0.01%以上であると、Wの添加による効果が得られる。一方、Wが過剰であると、有害な金属間化合物を形成し、耐割れ性が低下する場合がある。そのため、W量は、積極的に添加する場合、0.01~30%とする。
【0048】
(B:1%以下)
Bは、粒界強化による合金強度、特に高温強度の向上が期待できる。また、ホウ化物析出による耐摩耗性の向上が期待できる。Bが0.001%以上であると、Bの添加による効果が得られる。一方、Bが過剰であると、耐割れ性が低下する。そのため、B量は、積極的に添加する場合、0.001~1%、好ましくは0.001~0.1%とする。
【0049】
(Fe:7.0%以下)
Feは、Niよりも融点が高く、溶湯の粘度を高める効果がある。付加製造法に用いられる金属粉末は、通常、アトマイズ法等によって、液滴化した溶湯を凝固させる方法で製造される。Feを添加すると、凝固中の固相量が増え、溶湯の粘度が高められるため、金属粉末の粒子径の制御が容易になる。また、付加製造法に適していない粒子径5μm未満の微粉が生成するのを抑制することができる。Feが0.01%以上であると、Feによる溶湯の粘度を高める効果が得られる。一方、Feが7.0%を超えると、母相の電気化学的腐食に対する耐食性が低くなる。そのため、Fe量は、積極的に添加する場合、0.01~7.0%とする。
【0050】
Fe量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.05%、より好ましくは0.10%である。また、Fe量の上限は、好ましくは5.5%、より好ましくは1.0%である。
【0051】
(Co:2.5%以下)
Coは、Niよりも融点が高く、溶湯の粘度を高める効果がある。Coを添加すると、Feと同様に、金属粉末の粒子径の制御が容易になる。また、付加製造法に適していない粒子径5μm未満の微粉が生成するのを抑制することができる。Coが0.001%以上であると、Coによる溶湯の粘度を高める効果が得られる。一方、Coが2.5%を超えると、合金粉末の製造時に、凝固させた粒子内にミクロレベルの引け巣が発生し易くなる。そのため、Co量は、積極的に添加する場合、0.001~2.5%とする。
【0052】
Co量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.005%、より好ましくは0.010%である。また、Co量の上限は、好ましくは1.0%、より好ましくは0.5%である。
【0053】
(Si:0.2%以下)
Siは、脱酸剤として添加される化学成分であり、溶湯の清浄度を高める効果がある。脱酸剤を添加すると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、積層造形体の粒子同士の接合部が滑らかになるため、積層造形体に欠陥が生じ難くなる。Siが0.001%以上であると、Siの添加による効果が得られる。一方、Siが0.2%を超えると、Siによる金属間化合物が粒界偏析するため、耐食性が低くなる。そのため、Si量は、積極的に添加する場合、0.001~0.2%とする。
【0054】
Si量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.002%、より好ましくは0.005%である。また、Si量の上限は、好ましくは0.1%、より好ましくは0.01%である。
【0055】
(Al:0.5%以下)
Alは、脱酸剤として添加される化学成分であり、溶湯の清浄度を高める効果がある。Alが0.01%以上であると、Alの添加による効果が得られる。一方、Alが0.5%を超えると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、溶融・凝固時の粒子の表面に酸化物が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末を付加製造法に用いると、積層造形中にスモーク現象等の支障を来たしたり、積層造形体に不純物が混入したりする。そのため、Al量は、積極的に添加する場合、0.01~0.5%とする。
【0056】
Al量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.03%、より好ましくは0.05%である。また、Al量の上限は、好ましくは0.4%、より好ましくは0.3%である。
【0057】
(Cu:0.25%以下)
Cuは、母相の電気化学的腐食に対する耐食性を向上させる効果がある。特に、塩酸、弗酸等の非酸化性酸に対する湿潤環境における優れた耐食性が得られる。Cuが0.001%以上であると、Cuによる耐食性を向上させる効果が得られる。一方、Cuが0.25%を超えると、合金粉末を付加製造法に用いた場合に、溶融・凝固時の粒子の表面に酸化物が形成され易くなる。酸化皮膜が形成された粉末を付加製造法に用いると、積層造形中にスモーク現象等の支障を来たしたり、積層造形体に不純物が混入したりする。そのため、Cu量は、積極的に添加する場合、0.001~0.25%とする。
【0058】
Cu量の下限は、積極的に添加する場合、好ましくは0.002%、より好ましくは0.005%である。また、Cu量の上限は、好ましくは0.1%、より好ましくは0.01%である。
【0059】
(不可避不純物)
本実施形態に係る合金は、上述の主構成元素および副構成元素に対する残部が、Niおよび不可避不純物からなる。本実施形態に係る合金は、原料に混入している不純物や、資材、製造設備等の状況に応じて持ち込まれる不純物の混入が許容される。不可避不純物の具体例としては、P、S、Sn、As、Pb、N、O等が挙げられる。
【0060】
不可避不純物の元素毎の含有量は、好ましくは1質量%以下、より好ましくは0.1質量%以下、更に好ましくは0.01質量%以下、更に好ましくは検出限界以下である。特に、P量については、0.01質量%以下が好ましい。S量については、0.01質量%以下が好ましく、0.003質量%以下がより好ましい。N量については、0.003質量%以下が好ましい。
【0061】
合金の化学組成は、エネルギ分散型X線分析(Energy dispersive X-ray spectroscopy:EDX)、誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析等によって分析することができる。なお、本発明の数式(I)の値は、例えばICP分析結果により測定される各元素の重量を、原子量と全体比率からモル比に換算することで算出可能である。
【0062】
以上の合金によると、前記の化学組成によって、高Mo量の母相と、硬度が高い炭化物と、が形成されるため、優れた耐食性と優れた耐摩耗性とを両立させることができる。また、合金のC量やCr量等が比較的抑制されており、炭化物や脆い金属間化合物の形成量が適切に制御されているため、耐割れ性が高くなる。この合金は、耐割れ性を備えた合金部材や、付加製造法に適したNi-Cr-Mo系合金粉末の材料として好適に用いられる。
【0063】
<合金の形態>
本実施形態に係る合金は、前記の化学組成を有する限り、合金塊、合金部材、合金粉末等の適宜の形態とすることができる。また、本実施形態に係る合金は、前記の化学組成を有する限り、前記の化学組成を有する溶湯から、ダイカスト等による鋳造物や、直接圧延法等による圧造物等とすることもできる。
【0064】
合金塊は、インゴット、スラブ、ビレット等のいずれであってもよい。合金塊の形状は、用途等に応じて、直方体状、平板状、柱状、棒状等、適宜の形状や寸法とすることができる。例えば、合金塊は、溶解炉で合金を溶融させた後、溶湯を所定の鋳型に注湯して凝固させる一般的な鋳造法等によって作ることができる。溶解炉としては、電気エネルギを熱エネルギに変換して溶解する炉、ジュール熱を利用する電気抵抗炉、誘導電流を利用する低周波誘導炉、渦電流を利用する高周波誘導炉等を用いることができる。
合金部材、合金粉末については以下に説明する。
【0065】
<合金部材>
本実施形態に係る合金部材は、前記の化学組成を有する限り、積層造形体や、鋳造物、圧造物、鍛造物等のいずれとして製造することもできる。積層造形体は、合金粉末を材料として付加製造法によって製造することができる。圧造物や鍛造物は、合金塊に加工成形・熱処理を施す方法や、溶湯を直接成形し、加工・熱処理を施す方法によって製造することができる。
【0066】
本実施形態に係る合金部材は、用途や形状が、特に限定されるものではない。本実施形態に係る合金部材には、部材としての用途や要求される機械的特性等に応じて、時効処理等の調質、焼鈍等の適宜の熱処理や、冷間加工、熱間加工等の適宜の加工を施すことができる。
【0067】
なお、本実施形態に係る合金部材は、積層造形体として製造する場合、合金部材の全体が付加製造法によって造形されてもよいし、合金部材の一部のみが付加製造法によって造形されてもよい。すなわち、本実施形態に係る合金部材には、前記の化学組成を有する合金の基材に、前記の化学組成を有する合金の粉体肉盛(盛り金)が施された複合部材が含まれる。
【0068】
合金部材の具体例としては、耐食性と耐摩耗性が要求される用途に用いられる機器や構造物に用いられる部材、例えば、射出成形用のスクリュ、射出成形用のシリンダ等や、油井プラントの掘削機材や化学プラント等に備えられるバルブ、継手、熱交換器、ポンプ等や、発電機等のタービン、圧縮機のインペラ、航空機のエンジンのブレードやディスク部等が挙げられる。
【0069】
<合金粉末>
本実施形態に係る合金粉末は、前記の化学組成を有する限り、適宜の粒子形状、適宜の粒子径および適宜の粒度分布の粉粒体とすることができる。本実施形態に係る合金粉末は、合金のC量が比較的抑制されているし、後記するように、付加製造法を用いて基材と一体化させた場合に、炭素等の拡散による混合層が形成されて線膨張係数差が縮小するため、溶融・凝固時の熱応力に対して耐性が高く、付加製造法の材料として好適である。
【0070】
本実施形態に係る合金粉末は、前記の化学組成を有する合金の粒子のみで構成されてもよいし、前記の化学組成を有する合金の粒子と他の化学組成を有する粒子とが混合された粉末であってもよいし、任意の化学組成を有する粒子の集合によって前記の化学組成となる粉末であってもよい。
【0071】
また、本実施形態に係る合金粉末は、機械的粉砕、メカニカルアロイング等の機械的製造法で製造されてもよいし、アトマイズ法等の溶融・凝固プロセスで製造されてもよいし、酸化還元法、電解法等の化学的製造法で製造されてもよい。但し、合金粉末を付加製造法に用いる観点からは、球状の粒子が形成され易い点で、溶融・凝固プロセスで製造されることが好ましい。
【0072】
本実施形態に係る合金粉末は、造粒粉末や焼結粉末とすることができる。造粒粉末は、粉粒体を構成する少なくとも一部の粒子が粒子同士で結合した状態となるように造粒された粉末である。焼結粉末は、粉粒体を構成する少なくとも一部の粒子が粒子同士で結合した状態となるように熱処理によって焼結した粉末である。
【0073】
焼結粉末は、二次粒子の粒度分布を適切に調整する観点からは、一旦、合金粉末を造粒粉末とした後に造粒粉末を焼成する方法によって製造することが好ましい。例えば、合金粉末を造粒粉末とした後に焼成して造粒焼結粉末とする方法としては、次のような方法を用いることができる。
【0074】
はじめに、原料として、例えば、MoCの粉末と、前記の化学組成となる残りの化学成分を含む粉末、例えば、Ni、Cr、Ta等の粉末を用意する。そして、用意した原料の粉末を、バインダと共に湿式混合する。バインダとしては、炭化水素系バインダを用いることが好ましい。炭化水素系バインダとしては、パラフィン等のワックスが挙げられる。混合によって得られた混合物をスプレードライヤで噴霧乾燥させると、平均粒子径d50が1.0μm~200μmである混合物の造粒粉末が得られる。
【0075】
次に、混合物の造粒粉末を乾燥させてバインダを脱脂させる。脱脂の温度は、使用したバインダが所要時間内に十分に除去される程度であればよい。脱脂の温度は、例えば、400~600℃とすることができる。そして、混合物の造粒粉末を、脱脂させた後に引き続き焼成して、粒子同士を焼結させる。焼成の温度は、化学組成にもよるが、例えば、1000℃以上とする。焼成の温度を1000℃以上の高温にすると、焼結体の密度が高くなるため、充填密度の向上に適した嵩密度が大きい焼結粉末が得られる。
【0076】
焼成された焼結粉末は、例えば、空冷等で自然冷却させた後に、目的に応じて、篩分級、乾式分級、湿式分級等によって分級することができる。
【0077】
原料として用いるMoCの粉末は、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における平均粒子径d50が、好ましくは5μm以下、より好ましくは0.1~1.0μmである。また、残りの化学成分を含む粉末は、平均粒子径d50が、好ましくは0.1~50.0μm、より好ましくは0.1~20.0μmである。また、バインダの粉末は、平均粒子径d50が、好ましくは0.1~1.0μmである。
【0078】
このような原材料を用いると、噴霧乾燥の結果として、粒子同士の結合がよく、Cが十分に分散しており、平均粒子径d50が1.0~200μmである造粒粉末を効率的に得ることができる。このような造粒粉末を焼成して焼結粉末とした後に、平均粒子径d50が20~100μmとなるように分級すると、付加製造法に適した均一性が高い粒度の合金粉末が得られる。
【0079】
以上のような合金粉末を造粒粉末とした後に焼成して造粒焼結粉末とする方法を用いると、粉粒体を構成する粒子同士を、焼結によって十分に結合させることができる一方で、造粒操作に使用したバインダを、粉粒体中から確実に除去することができる。一般に、脱脂した造粒粉末をそのまま指向性エネルギ堆積方式による付加製造法に用いると、造粒粉末が造形領域への供給中に容易に破砕してしまう。これに対し、造粒焼結粉末であると、粒子同士が焼結によって強固に結合するため、積層造形中の粉砕を抑制し、酸化、不純物の混入による、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一を低減することができる。
【0080】
合金粉末は、付加製造法に用いる前に、球状化処理を施してもよい。球状化処理としては、熱プラズマ液滴精錬(thermal plasma droplet refining:PDR)法や、高温による熱処理等を用いることができる。PDR法は、粉末をプラズマ中に導入して高温による熱処理を行う方法である。PDR法によると、粉粒体を構成する粒子の一部または全部が瞬時に溶融して凝固するため、表面張力によって真球に近い粒子が得られる。粒子の表面が滑らかになり、粉粒体としての流動性が高くなるため、積層造形体の造形精度を向上させることができる。また、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一による凝固組織の欠陥を低減することができる。
【0081】
また、本実施形態に係る合金粉末は、種々のアトマイズ法で製造することができる。アトマイズ法は、高圧で噴霧した媒体の運動エネルギで溶融金属を液滴として飛散させ、液滴化した溶融金属を凝固させて粉粒体を造る方法である。アトマイズ法としては、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、ジェットアトマイズ法等のいずれを用いることもできる。
【0082】
水アトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高圧の水を吹き付け、水の運動エネルギによって金属粉末を造る方法である。水アトマイズ法によって造られる粒子は、非晶質となり易い。水アトマイズ法の噴霧媒体である水は、他のアトマイズ法と比較して、冷却速度が速いためである。但し、水アトマイズ法によって造られる粒子は、不規則形状となる傾向が強い。
【0083】
ガスアトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高圧の窒素、アルゴン等の不活性ガスや、高圧の空気を吹き付けて金属粉末を造る方法である。ガスアトマイズ法によって造られる粒子は、球状となり易い。ガスアトマイズ法の噴霧媒体である不活性ガスや空気は、水アトマイズ法と比較して、冷却速度が遅いためである。噴霧媒体によって液滴化した溶湯は、比較的長時間にわたって液体の状態に留まるため、表面張力による球状化が進むと考えられている。
【0084】
ジェットアトマイズ法は、タンディッシュの底部等から流下させた溶湯に、噴霧媒体として高速且つ高温のフレームジェットを噴射して金属粉末を造る方法である。フレームジェットとしては、灯油等を燃焼させて発生させた超音速の燃焼炎が用いられる。そのため、溶湯は、比較的長時間にわたって加速されて微粒子となる。ジェットアトマイズ法によって造られる粒子は、球状となり易く、平均粒子径が小さい粒度分布となる傾向が強い。
【0085】
本実施形態に係る合金粉末は、付加製造法に用いる観点からは、ガスアトマイズ法で製造することが好ましい。ガスアトマイズ法によって造られる粒子は、真球度が高くなるし、粉粒体としての流動性も高くなる。そのため、積層造形体の造形精度を向上させることができる。また、溶融・凝固時の欠陥や化学組成の不均一による凝固組織の欠陥を低減することができる。
【0086】
(付加製造法)
本実施形態に係る合金粉末は、適宜の方式の付加製造法に用いることができる。一般に、金属材料を対象とした付加製造法は、粉末床溶融結合(Powder Bed Fusion:PBF)方式と、指向性エネルギ堆積(Directed Energy Deposition:DED)方式とに大別される。
【0087】
粉末床溶融結合(PBF)方式は、基材上に金属粉末を敷き詰めてパウダベッドを形成し、対象となる領域に敷き詰められている金属粉末にビームを照射し、金属粉末を溶融・凝固させて造形する方法である。PBF方式では、パウダベッドに対して二次元的な造形を行う毎に、パウダベッドの積層と金属粉末の溶融・凝固とを繰り返す三次元的な積層造形が行われる。
【0088】
粉末床溶融結合(PBF)方式には、熱源としてレーザビームを用いる方法と、熱源として電子ビームを用いる方法とがある。レーザビームを用いる方法は、粉末レーザ溶融(Selective Laser Melting:SLM)法と、粉末レーザ焼結(Selective Laser Sintering:SLS)法とに大別される。電子ビームを用いる方法は、粉末電子ビーム溶融(Selective Electron Beam Melting:SEBM、または、単にEBM)法と呼ばれる。
【0089】
粉末レーザ溶融(SLM)法は、レーザビームによって金属粉末を溶融ないし焼結させる方法である。粉末レーザ焼結(SLS)法は、レーザビームによって金属粉末を焼結させる方法である。レーザビームを用いるSLM法やSLS法では、窒素ガス等の不活性雰囲気下において、金属粉末の溶融・凝固が進められる。
【0090】
粉末電子ビーム溶融(SEBM/EBM)法は、熱源として電子ビームを用いて金属粉末を溶融させる方法である。電子ビームを用いるEBM法は、金属粉末に電子ビームを照射し、運動エネルギを熱に変換して金属粉末を溶融させることによって行われる。EBM法では、高真空下において、電子ビームの照射や、金属粉末の溶融・凝固が進められる。
【0091】
一方、指向性エネルギ堆積(DED)方式は、基材上や既に造形されている造形領域に向けて金属粉末の供給とビームの照射とを行い、造形領域に供給された金属粉末を溶融・凝固させて造形する方法である。DED方式では、金属粉末の供給とビームの照射とを二次元的ないし三次元的に走査し、既に造形されている造形領域に対する凝固金属の堆積を繰り返す三次元的な積層造形が行われる。
【0092】
DED方式は、メタルデポジション方式とも呼ばれている。DED方式には、熱源としてレーザビームを用いるレーザメタルデポジション(Laser Metal Deposition:LMD)法と、熱源として電子ビームを用いる方法とがある。DED方式のうち、基材に対してレーザビームを用いて粉体肉盛を施す方法は、レーザ粉体肉盛溶接とも呼ばれている。
【0093】
種々の方式の付加製造法のうち、粉末床溶融結合(PBF)方式は、積層造形体の形状精度が高い利点がある。一方、指向性エネルギ堆積(DED)方式は、高速の造形が可能な利点がある。特に、粉末床溶融結合(PBF)方式のうち、粉末レーザ溶融(SLM)法は、厚さが数十μm単位のパウダベッドに対して、ビーム径が微小なレーザを照射すると、金属粉末の選択的な溶融・凝固が可能になる。
【0094】
<合金粉末の粒度分布>
本実施形態に係る合金粉末は、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における粉末の積算頻度50体積%に対応する平均粒子径d50の範囲が5~500μmであることが好ましい。付加製造法においては、ある程度の粉末の集合毎に溶融・凝固が進められる。合金粉末の粒子径が小さすぎると、ビードも小さくなるため、ビードの界面破壊をはじめとする欠陥が生じ易くなる。一方、合金粉末の粒子径が大きすぎると、ビードも大きくなるため、冷却速度の不均一による欠陥が生じ易くなる。しかし、平均粒子径d50が5~500μmの範囲内であれば、欠陥が少ない積層造形体が得られ易くなる。
【0095】
但し、合金粉末の最適な粒子径や粒度分布は、付加製造法の方式によって異なる。そのため、合金粉末の粒子径や粒度分布は、付加製造法の方式に応じて調整することが好ましい。本実施形態に係る合金粉末は、粉末床溶融結合(PBF)方式や指向性エネルギ堆積(DED)方式に用いる観点からは、平均粒子径d50は10~250μmの範囲内であることが好ましく、20~150μmの範囲内であることがより好ましい。
【0096】
例えば、粉末レーザ溶融(SLM)法では、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における粉末の積算頻度50体積%に対応する平均粒子径d50は、好ましくは10~60μm、より好ましくは20~40μmである。また、積算頻度10体積%に対応する粒子径d10は、好ましくは5~35μmである。また、積算頻度90体積%に対応する粒子径d90は、好ましくは20~100μmである。
【0097】
SLM法において、金属粉末の粒子径が10μm未満であると、粉粒体としての堆積性や展延性が悪くなるため、パウダベッドとして積層される粉末が偏りを生じ易くなる。また、粒子径が100μmを超えると、ビームによる溶融が不完全になり易いため、凝固組織に欠陥を生じたり、表面粗さが大きくなったりする。しかし、前記の粒子径であれば、平坦且つ均一な厚さのパウダベッドを形成し易いし、パウダベッドを繰り返し積層することも容易になるため、欠陥が少ない積層造形体が得られ易くなる。
【0098】
また、レーザメタルデポジション(LMD)方式や、パウダベッド方式の粉末電子ビーム溶融(EBM)法では、レーザ回折散乱式の粒度分布測定による累積粒度分布における粉末の積算頻度50体積%に対応する平均粒子径d50は、好ましくは30~250μm、より好ましくは60~120μmである。また、粉末の積算頻度10体積%に対応する粒子径d10は、好ましくは15~100μmである。また、粉末の積算頻度90体積%に対応する粒子径d90は、好ましくは50~500μmである。
【0099】
LMD方式において、金属粉末の平均粒子径が小さいと、ノズルヘッドに搬送する粉末の流れが偏り易くなるため、溶融池に対する安定した金属粉末の供給が難しくなる。また、粒子径が500μm程度を超えると、金属粉末がノズルヘッド内等で閉塞を起こしたり、溶融が不完全になり、凝固組織に欠陥を生じたり、表面粗さが大きくなったりする。一方、EBM法において、金属粉末の平均粒子径が小さいと、スモーク現象が発生し易くなる。しかし、前記の粒子径であれば、溶融池に対する金属粉末の供給や金属粉末の非飛散性が良好になるため、高精度な積層造形体が得られ易くなる。
【0100】
なお、粒度分布や粒子径は、レーザ回折散乱式の粒度分布測定装置によって測定することができる。平均粒子径は、粒子径が小さい粒子から大きい粒子の順に粒子の体積を積算した体積積算値と、その体積積算値における粒子径との関係を示す積算分布曲線において、粒子径が小さい側から積算された50%の体積に対応した粒子径として求められる。
【0101】
<合金を用いた複合部材>
本実施形態に係る合金を用いた複合部材(部材)は、前記の化学組成を有する合金部材、または、前記の化学組成を有する合金粉末で形成された合金層を、他の部材と一体化させることによって得られる。一体化させる方法としては、溶接、はんだ付け、ろう付け、機械的接合、拡散接合等の適宜の方法を用いることができる。
【0102】
図1は、本実施形態に係る合金を用いた複合部材の一例を模式的に示す断面図である。
図1には、本実施形態に係る合金を用いた複合部材の一例として、前記の化学組成を有する合金とは異なる材質の基材に、前記の化学組成を有する合金の粉体肉盛(盛り金)が施された複合部材を示す。
【0103】
図1に示すように、本実施形態に係る合金を用いた複合部材4は、前記の化学組成を有する合金とは異なる材質の基材1と、前記の化学組成を有する合金で基材1の表面に形成された合金層2と、を有している。このような複合部材4は、合金粉末を用いた指向性エネルギ堆積(DED)方式の付加製造法によって製造することができる。
【0104】
基材1は、形状や材質が、特に制限されるものではない。基材1としては、例えば、Fe基合金、Ni基合金等を用いることができる。また、合金層2は、形状や厚さ等が、特に制限されるものではない。図1において、合金層2としては、基材1の表面に粉体肉盛による柱状の層が形成されている。しかし、前記の化学組成を有する合金は、耐熱化、耐摩耗化等のために基材の表面を被覆する薄膜状のコーティングや、三次元的な所定形状を呈する積層造形体として形成してもよい。
【0105】
従来、合金と異種材料との複合部材は、多くの場合、焼結法やHIP法で製造されている。しかし、合金と異種材料とでは、通常、線膨張係数が異なるため、焼結後の冷却過程等において、合金が異種材料から剥離し易かった。これに対し、本実施形態に係る合金を用いた複合部材4は、前記の化学組成を有する合金粉末を材料として、付加製造法によって製造することができる。
【0106】
複合部材4の製造に用いられる合金粉末は、母相の固溶限以上のCが添加されているため、合金粉末の溶融・凝固の過程で、基材1と合金層2との間に、炭素等の拡散による混合層3が形成される。混合層3は、溶融・凝固時の炭素等の拡散によって、基材1と合金層2との中間的な化学組成となる。また、合金粉末は、炭化物分散型であるにもかかわらず、合金のC量が比較的抑制されている。混合層3やC量によって、基材1と合金層2との間の線膨張係数差が小さくなるため、合金層2の密着性を向上させて、剥離を防止することができる。
【0107】
前記の化学組成を有する合金を用いた複合部材の具体例としては、前記の合金部材と同様に、耐食性と耐摩耗性が要求される用途に用いられる機器や構造物に用いられる部材、例えば、射出成形用のスクリュ、射出成形用のシリンダ等や、油井プラントの掘削機材や化学プラント等に備えられるバルブ、継手、熱交換器、ポンプ等や、発電機等のタービン、圧縮機のインペラ、航空機のエンジンのブレードやディスク部等が挙げられる。また、金型補修として粉体肉盛が施された金型等が挙げられる。
【0108】
<合金の凝固組織>
本実施形態に係る合金の凝固組織は、鋳造ままの状態において、主に、面心立方格子(FCC)構造であり、金属元素を主体とする金属相(母相)と、炭化物と、を有する金属組織となる。炭化物相は、主に、MC型、MC型、MC型ないしM12C型の4種類のうち、1種または2種の炭化物によって構成される。鋳造まま凝固組織においても、母相中に十分量の炭化物が晶出するため、優れた耐摩耗性が得られる。
【0109】
本実施形態に係る合金部材や、本実施形態に係る合金粉末は、FCC構造の金属相(母相)に含まれるMo量が、15質量%以上であり、好ましくは17質量%以上である。このような高Mo量の母相は、合金に添加されるTa、Nb、Ti、VまたはZrが優先的に炭化物を生成し、炭化物中や粒界へのMoの濃化が抑制されることによる。よって、表3に示す通り、炭化物分散型の強化材料であるにもかかわらず、優れた耐食性が得られる。特に、Nbは、炭化物として生成した場合に金属相との電位差が小さく、耐食性が特に高い合金を形成できる点で好ましい。
【0110】
本実施形態に係る合金は、液相線温度以上から固相線温度以下に冷却されたとき、母相中に共晶炭化物が晶出して、鋳造まま凝固組織がデンドライト状となる。そのため、デンドライト状の凝固組織の有無を観察することによって、合金が溶融・凝固を経ているか否かを確認することが可能である。合金が溶融・凝固を経ている場合、焼結体の場合と比較して、異種材料との界面における密着性が向上していると言える。
【0111】
本実施形態に係る合金部材や、本実施形態に係る合金粉末は、凝固組織の断面を電子顕微鏡観察して求められる金属間化合物の面積率が、好ましくは35%以下、より好ましくは20%以下、さらに好ましくは10%以下となる。一般に、Ta、Nb、Ti、VおよびZrの添加量が多いと、P相等の金属間化合物が多量に晶出する。P相等の金属間化合物は、非常に複雑な結晶構造を有しており、硬くて脆い性質がある。そのため、晶出量が多くなると耐割れ性が大幅に低下する。しかし、本実施形態に係る合金は、金属間化合物の面積率が小さいため、鋳造まま凝固組織においても、優れた耐割れ性が得られる。
【0112】
本実施形態に係る合金部材や、本実施形態に係る合金粉末は、鋳造ままの状態において、HRC40以上の硬さが得られる。得られる硬さは、好ましくはHRC45以上であり、より好ましくはHRC50以上である。また、このような硬さにおいて、沸騰10%硫酸に24時間浸漬したときの腐食速度が、1.0g・m-2・h-1以下となる。
【0113】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明は、必ずしも前記の実施形態が備える全ての構成を備えるものに限定されない。或る実施形態の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施形態の構成の一部を他の形態に追加したり、或る実施形態の構成の一部を省略したりすることができる。
【実施例
【0114】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0115】
[合金塊の作製]
本発明に係る合金の化学成分の適正量や適性比率を確認するために、鋳造法によって合金塊を作製した。鋳造法によって作製した合金塊は、本発明に係る合金部材や本発明に係る合金粉末の鋳造まま凝固組織を疑似的に再現しているといえる。
【0116】
合金の原料として、以下の9種類を用意し、表1に示す化学組成となるように秤量した。
Ni:直径8~15mmの球状粒、
Cr:粒子径63~90μmの粉末、
Mo:平均粒子径約1.5μmの微粉末、
Ta:粒子径45μm以下の粉末、
MoC:粒子径3~6μmの微粉末、
C:直径1~2mmの球状粒、
Nb:3~5mmの破砕状粒、
Ti:1~3mmの破砕状粒、
V:5mmの破砕状粒。
【0117】
【表1】
【0118】
次に、これらの原料をアルミナるつぼに入れて混合した。混合した原料粉を高周波誘導溶解炉で溶解した後に、水冷銅製鋳型に傾注してインゴットを得た。表1に示す化学組成となるように溶製した各供試材のインゴットから、所定の形状の試験片を作製し、硬さ測定(耐摩耗性評価)と耐食性評価を行った。
【0119】
(硬さ測定)
各供試材の切断後の断面を、エメリー紙およびダイヤモンド砥粒を用いて、鏡面まで研摩した。そして、ビッカース硬さ試験機によって、室温において、荷重1000gf、保持時間15秒でビッカース硬さを測定した。測定は10回行い、最大値と最小値を除いた8点の平均値を記録した。測定したビッカース硬さ(HV)をロックウェル硬さ(HRC)に換算した。なお、換算には、ASTM(American Society for Testing and Materials) E140 表2を参照した。HRC40以上の場合を「優良」、HRC40未満の場合を「不良」とした。測定値および評価結果を表2に示す。
【0120】
(耐食性評価)
各供試材を10mm×10mm×2.5mmに切断し、試験片の全面を耐水エメリー紙#1000まで研磨した後、アセトン、エタノールで脱脂して腐食試験に供した。腐食試験の開始前には、各試験片の寸法および質量を測定した。そして、沸騰した10%HSO中に各試験片を24時間浸漬した。その後、腐食液から試験片を取り出し、各試験片の質量を測定して、質量変化から腐食速度を求めた。また、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)によって試験片の外観の腐食形態を観察した。
【0121】
腐食速度は、次の数式(1)によって算出した。
s=(g-g)/(A×t)・・・(1)
ここで、sは腐食速度[g・m-2・h-1]、gは腐食液への浸漬前の試験片の質量[g]、gは腐食液への浸漬後の試験片の質量[g]、Aは試料の表面積[m]、tは腐食液への浸漬時間[h]である。
【0122】
腐食試験は、各供試材について3回ずつ行った。最も腐食速度が大きい結果を、その供試材の腐食速度の代表値とした。腐食速度が1.0g・m-2・h-1以下の場合を「優良」、腐食速度が1.0g・m-2・h-1よりも大きい場合を「不良」とした。測定値および評価結果を表2に示す。
【0123】
【表2】
【0124】
表2に示すとおり、実施例1~11は、いずれも、硬さおよび耐食性が優良であった。一方、比較例1は、C量が少なく、HRC40未満であった。実施例3は、C量が比較例1と同じであるが、Nbが添加されているため、HRC40以上であった。また、比較例1~8は、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cが0.5~1.5の範囲にないため、腐食速度が1.0g・m-2・h-1よりも大きくなった。
【0125】
(結晶構造解析)
図2は、実施例および比較例のX線回折測定による結晶構造解析結果を示す図である。
図2には、実施例1、5、9、10と比較例2、7について、X線回折(X‐ray diffraction:XRD)測定で得られた回折スペクトルを示す。なお、XRD測定では、線源をCu、管電圧を48kV、管電流を28mA、サンプリング間隔を0.02°、走査範囲を2θ=20~100°とした。測定試料としては、各供試材から切り出した後に耐水エメリー紙#1000まで研磨したものを用いた。
【0126】
図2に示すように、実施例1、5、9については、FCC構造に帰属されるメインピークが測定された。但し、実施例1、5、9では、MC型炭化物や、MC型炭化物ないしM12C型炭化物のピークも認められた。高強度の炭化物のピークが測定されたのは、炭化物の生成自由エネルギが小さいTa(実施例1)、Nb(実施例5)、Ti(実施例9)が添加されているためと考えられる。
【0127】
一方、比較例2については、FCC構造のピークと、MC型炭化物のピークが認められた。MC型炭化物のピークが測定されたのは、炭化物形成能の高い元素量が少ないため、Moを主体とした炭化物(MoはMoCを形成する傾向にある)が生成したためと考えられる。比較例7については、MC型炭化物に加え、斜方晶系の金属間化合物であるP相(Mo(Mo,Cr)Ni)や、六方晶系の金属間化合物であるγ´相(NiTi)のピークが認められた。高強度の金属間化合物のピークが測定されたのは、添加したC量に対してTi量が多すぎたためと考えられる。これらの金属間化合物は、結晶構造が複雑で硬くて脆く、耐割れ性を低下させるため、好ましくないと言える。
【0128】
また、実施例5については、P相と推定されるピークが認められた。但し、実施例5は、P相のピーク強度が比較例7よりも低いため、P相の生成量は微量であると考えられる。
【0129】
また、実施例10については、比較例2と同様に、FCC構造のピークと、MC型炭化物のピークが認められた。MC型炭化物ではなく、MC型炭化物のピークが測定されたのは、添加したVがMC型炭化物よりもMC型炭化物を形成し易いためと考えられる。
【0130】
以上の結果から、V添加材の結晶構造は、FCC+MC炭化物であり、Ta・Nb・Ti添加材の結晶構造は、主に、FCC+MC炭化物+MC/M12C炭化物であることが分かった。また、Nb、Ta、Ti、Vの添加量の増加に伴って、P相等の金属間化合物が生成されることが分かった。また、比較例7のように、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cが1.5を超えると、金属間化合物の生成量が多くなることが分かった。以上のことより、添加したC量に対して過不足なく炭化物を形成する組成の範囲は指数値=0.5~1.5であることが分かる。この範囲を超えて炭化物形成能の高い元素を過剰に入れると、炭素と結びつかないこれらの元素が金属間化合物を生成すると考えられる。
【0131】
(組織観察)
図3は、実施例および比較例の結晶組織の走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図3Aおよび図3Bは比較例2、図3Cおよび図3Dは比較例7、図3Eおよび図3Fは実施例1、図3Gおよび図3Hは実施例5、図3Iおよび図3Jは実施例9、図3Kおよび図3Lは実施例10の鋳放しまま結晶組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)による反射電子像(Backscattered Electron Image:BEI)である。各図における左のBEIは、低倍率の観察結果、右のBEIは、高倍率の観察結果を示す。
【0132】
図3Aおよび図3Bに示すように、比較例2の凝固組織は、FCC構造の母相5(黒色に近い領域)と、MC炭化物6(白色に近い領域)と、を有する共晶組織となった。比較例2において、FCC構造の金属相である母相5は、デンドライト状を呈した。MC炭化物6は、デンドライトの樹枝間に母相5を囲むように晶出した。
【0133】
図3Cおよび図3Dに示すように、比較例7の凝固組織は、母相7(黒色に近い領域)と、MC炭化物8(灰色に近い領域)と、P相9(白色に近い領域)と、を有する共晶組織となった。XRD測定によると、母相7は、主にFCC構造であると推定される。但し、XRD測定では、NiTiのピークも確認されているため、NiTiが微細に生成したγ相/γ´であると考えられる。P相9が多量に生成している理由は、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cが1.5を超えており、添加したC量に対してTi量が過剰であったためと考えられる。P相9は、硬くて脆いため、比較例7の耐割れ性は低いと考えられる。BEIを二値化により画像解析したところ、P相9の面積率は、36.7%であった。
【0134】
図3Eおよび図3Fに示すように、実施例1の凝固組織は、主に、FCC構造の母相10(黒色に近い領域)と、MC炭化物11(白色に近い領域)と、MC/M12C炭化物12(筋状に見える領域)と、を有する共晶組織となった。FCC構造の金属相である母相10は、デンドライト状を呈した。実施例1については、P相等の金属間化合物は確認されなかった。
【0135】
図3Gおよび図3Hに示すように、実施例5の凝固組織は、主に、FCC構造の母相13(黒色に近い領域)と、MC炭化物14(白色に近い領域)と、MC/M12C炭化物15(筋状に見える領域)と、を有する共晶組織となった。FCC構造の金属相である母相13は、デンドライト状を呈した。実施例5については、XRD測定でP相のピークも確認されているが、顕微鏡観察ではP相は認められなかった。P相は、MC炭化物ないしM12C炭化物中に存在していると考えられる。
【0136】
図3Iおよび図3Jに示すように、実施例9の凝固組織は、実施例1と同様のFCC構造の母相16(黒色に近い領域)と、MC炭化物17(白色に近い領域)と、MC/M12C炭化物18(筋状に見える領域)と、を有する共晶組織となった。FCC構造の金属相である母相16は、デンドライト状を呈した。実施例9については、P相は確認されなかった。
【0137】
図3Kおよび図3Lに示すように、実施例10の凝固組織は、高倍率では明瞭でないものの、FCC構造の母相19(黒色に近い領域)と、炭化物のような粒子20(白色に近い領域)と、を有する組織となった。実施例10については、XRD測定でFCC構造とMC炭化物が確認されているため、母相19中に晶出している粒子20がMC炭化物であると考えられる。顕微鏡観察で炭化物が明瞭に確認されなかったのは、母相19と炭化物との密度差が小さかったか、または、炭化物が非常に微細であったためと考えられる。
【0138】
比較例2および実施例10では、FCC構造の母相中に、MC炭化物が確認されている。しかし、MC炭化物は、耐割れ性への影響が小さいため、比較例2および実施例10は、割れ難いと考えられる。また、実施例1、5、9では、いずれも、FCC構造の母相中に、MC炭化物とMC/M12C炭化物が確認されている。しかし、硬く脆いP相については、明瞭には確認されていないため、耐割れ性は良好であると考えられる。一方、比較例7では、P相の生成が明確に認められるため、耐割れ性が低いと考えられる。
【0139】
表3に、実施例および比較例の結晶組織における母相を、エネルギ分散型X線分析(EDX)によって点分析した結果を示す。点分析の測定位置は、図3A~3Lに示したBEI中の母相の領域である。C量については、測定試料へのコンタミネーションの影響が大きい。そのため、Cを除いた化学成分の定量結果に基づいて全体量を規格化した。
【0140】
【表3】
【0141】
比較例2、7と、実施例1、5、9、10は、いずれも、Mo量の仕込値が19%である。しかし、母相中のMo量は19%未満になっていることが分かる。Moは炭化物生成元素であるため、Moの一部は、炭化物中や粒界に濃化していると考えられる。比較例2、7の母相中のMo量は、12~14%と低いのに対して、実施例1、5、9、10の母相中のMo量は15%以上である。実施例1、5、9、10は、Cに対してTa、Nb、Ti、Vを適切な量で含んでいるので、母相中のMo量の減少を抑制する効果が発揮されている。特に、Nbについては、同原子%や同質量%の比較から、抑制効果が高いと言える。結果的に母相中のMo量が高い実施例1、5、9、10は耐食性に優れていると考えられる。よって、母相中のMo量は、15質量%以上であることが好ましいと言える。
【0142】
図4は、実施例および比較例の化学成分と腐食速度との関係を示す図である。
図4における横軸は、各供試材の(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cの計算値、縦軸は、各供試材の腐食速度[g・m-2・h-1]を示す。
【0143】
図4に示すように、(Ta+0.7Nb+Ti+0.6V+Zr)/Cが0.5~1.5の範囲では、沸騰10%硫酸に24時間浸漬したときの腐食速度が小さいことが分かる。よって、このような指標値が0.5~1.5の範囲である本実施例の合金は、炭化物分散型の強化材料であるにもかかわらず、耐食性に優れていると言える。
【0144】
(溶解試験)
本実施例の合金塊を、レーザ光によって再溶解した後に凝固させて結晶組織を評価した。合金塊としては、実施例5を用いた。合金塊は、部分的に溶解させた後に凝固させて、再凝固によって形成された凝固組織の領域を電子顕微鏡観察した。
【0145】
レーザ光による再溶解条件および再溶解後の冷却条件は、次のとおりである。なお、レーザ光の走査速度を変えて、複数の試料を評価した。レーザ光の走査速度が遅い条件を試料No.1、レーザ光の走査速度が速い条件を試料No.2とする。
【0146】
《再溶解条件》
レーザ光照射装置:2kWファイバレーザ
レーザ光出力 :1200W
シールドガス :Ar
レーザ光入射角度:10°
レーザ光走査幅 :13mm
レーザ光走査速度:100mm/min(試料No.1)
レーザ光走査速度:500mm/min(試料No.2)
【0147】
図5は、レーザで溶解して凝固させた再溶解後の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。
図5Aは、実施例5の合金を低走査速度のレーザで溶解して凝固させた試料No.1、図5Bは、実施例5の合金を高走査速度のレーザで溶解して凝固させたNo.2の金属組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)による反射電子像(BEI)である。
【0148】
図5に示すように、作製した本実施例の合金塊を、レーザ光によって再溶解させると、MC型炭化物の結晶粒径が小さくなることが分かる。また、低走査速度のレーザで再溶解させた時のMC型炭化物21と高走査速度のレーザで再溶解させた時のMC型炭化物22の大きさを比較すると、高走査速度のレーザで再溶解させた時の方が小さいことが分かる。
【0149】
BEIを二値化により画像解析したところ、MC型炭化物の平均粒子径は、再溶解前の実施例5で7.36μm、再溶解後の試料No.1で1.86μm、再溶解後の試料No.2で0.80μmであった。一般に、耐摩耗性の観点からは、分散粒子が粗大であるよりも、分散粒子が微細に分散している方が好ましい。よって、MC型炭化物の平均粒子径が、7μm以下であることが好ましく、2μm以下であることがより好ましい。
【0150】
[積層造形体の作製]
本発明に係る合金からなる原料合金粉末を用いて、レーザメタルデポジション(LMD)による積層造形によって積層造形体を作製した。積層造形体は、基材上に略直方体状に積層造形した。各積層造形体を試料No.3とする。図6は、試料No.3の積層造形体の外観を示す写真画像である。試料No.3のサイズは、長さ50mm×幅17mm×高さ15mmである。
【0151】
ガスアトマイズ法により、実施例5と同じ合金組成の積層造形用の原料合金粉末を用意した。なお、アトマイズ粉末を分級して、粒子径53~150μmの原料合金粉末を積層造形に供した。分級された原料合金粉末のd10は60.0μm、d50は93.2μm、d90は148.0μmであった。
【0152】
《積層造形条件》
装置 :DMG森精機株式会社製 LASERTEC65
造形方式 :レーザメタルデポジション(LMD)による肉盛溶接
基材 :マルエージング鋼
レーザ光出力 :1800W
レーザ光走査速度:600mm/min
原料粉末供給量 :9g/min
積層数 :40層
【0153】
(積層造形体の評価)
作製した試料No.3(図6の積層造形体23)を切断し、その断面の目視観察および浸透探傷試験によって、割れの有無を確認した。その結果、割れは確認されなかった。大型の積層造形体の積層造形時には大きな熱応力が生じるが、試料No.3は、割れが確認されなかったことから、熱間割れに対する耐割れ性は高いと言える。
【0154】
図7は、試料No.3の金属組織を示す走査型電子顕微鏡による反射電子像である。図7に示すように、試料No.3の金属組織は、主に、FCC構造の母相25(黒色に近い領域)と、MC炭化物24(白色に近い領域)とを有する共晶組織となった。試料No.3におけるMC型炭化物24の大きさは約3μmであり、実施例5の溶製材(図3Gおよび図H参照)におけるMC型炭化物14と比較して微細であることが分かる。
【0155】
試料No.3の硬さを測定したところ、51.6HRCであり、実施例5の溶製材よりもわずかであるが硬さが向上した。これは、炭化物微細化の影響であると考えられる。また、反射電子像上で金属間化合物の面積率を測定したところ約1%であった。さらに、EDXで母相25のMo量を測定したところ、18.7質量%であり、鋳造ままの状態を再現した実施例5の溶製材と同様に、Mo量の減少は抑えられていた。よって、本発明に係る合金を用いた積層造形体は、耐食性が良好であると言える。
【符号の説明】
【0156】
1…基材、2…合金層、3…混合層、4…複合部材、5,7,10,13,16,19,25…母相(FCC相)、6…MC炭化物、8,11,14,17,21,22,24…MC型炭化物、9…P相、12,15,18…MC/M12C炭化物、20…粒子、23…積層造形体
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図3F
図3G
図3H
図3I
図3J
図3K
図3L
図4
図5A
図5B
図6
図7