(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】三次元心筋組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20221115BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20221115BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/24 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/22 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/20 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/18 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/16 20060101ALN20221115BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20221115BHJP
【FI】
C12N5/077
C12Q1/02
C12M3/00 A
A61L27/24
A61L27/22
A61L27/20
A61L27/18
A61L27/16
A61L27/38 100
A61L27/38 200
A61L27/38 300
(21)【出願番号】P 2018159015
(22)【出願日】2018-08-28
【審査請求日】2021-03-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.第17回日本再生医療学会総会のプログラム抄録(Web版・アプリ版)一般演題(口演)3月23日の第11頁 ウェブサイトのアドレス:http://www2.convention.co.jp/17jsrm/appli/ 掲載日:平成30年2月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2.第17回日本再生医療学会総会 開催場所:パシフィコ横浜(横浜市西区みなとみらい1-1-1)開催日:平成30年3月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 3.第67回高分子学会年次大会講演要旨集の紙媒体の第17頁、電子版の第1358頁、およびプログラム、公益社団法人高分子学会 発行日:平成30年5月8日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 4.第67回高分子学会年次大会 開催場所:名古屋国際会議場(名古屋市熱田区熱田西町1番1号) 開催日:平成30年5月23日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 5.第47回医用高分子シンポジウム予稿集第27-28頁およびプログラム、高分子学会 医用高分子研究会 発行日:平成30年7月19日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 6.第47回医用高分子シンポジウム 開催場所:産業技術総合研究所 臨海副都心センター 別館11階会議室(東京都江東区青海2-41-6) 開催日:平成30年7月19日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 7.第5回国際組織工学・再生医療学会世界会議2018・京都のホームページ上の抄録Poster Day2 第535頁およびプログラム ウェブサイトのアドレス:http://www2.convention.co.jp/termis-wc2018/index.html 掲載日:平成30年8月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】明石 満
(72)【発明者】
【氏名】塚本 佳也
(72)【発明者】
【氏名】赤木 隆美
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】江上 正樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 淳志
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-054781(JP,A)
【文献】Tissue Engineering: Part C, 2010, Vol.16, No.3, pp.375-385
【文献】Scientific Reports, 2013, Vol.3, 1316 (pp.1-7)
【文献】Sensors and Actuators B, 2006, Vol.117, pp.391-400
【文献】Acta Biomaterialia, 2016, Vol.33, pp.110-121
【文献】第47回医用高分子シンポジウム 講演要旨集, 2018.07.06, pp.27-28
【文献】高分子学会予稿集, 2018.05.08, 第67巻第1号, 2H18
【文献】第5回国際組織工学・再生医療学会世界会議2018-京都 抄録, 2018.08.09, p.535 (a91646/02-P491)
【文献】第17回日本再生医療学会総会 プログラム抄録, 2018.02.23, p.868 (O-57-2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12M 1/00-3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器中に心筋細胞、心筋線維芽細胞および血管内皮細胞を含む細胞混合物を播種し、培養することを特徴とする、三次元心筋組織の製造方法であって、容器内の内壁の底面の全部および側面の全部が細胞外マトリックスゲルで覆われているか、あるいは細胞外マトリックスゲルでできており、心筋細胞および心筋線維芽細胞に細胞外マトリックスを交互積層する前処理が施されており、播種される心筋細胞、心筋線維芽細胞および血管内皮細胞の割合が、心筋細胞:心筋線維芽細胞:血管内皮細胞=2.5~3.5:1:0.3~0.5であり、三次元心筋組織中に血管網が形成されており、三次元心筋組織を囲む細胞外マトリックスゲル内に血管内皮細胞が浸潤しているものである方法。
【請求項2】
細胞外マトリックスがコラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、カドヘリン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、および上記物質の誘導体からなる群より選択される1種またはそれ以上のものである請求項1記載の方法。
【請求項3】
細胞外マトリックスがコラーゲンである請求項2記載の方法。
【請求項4】
三次元心筋組織の平均最大収縮速度が150μm/s以上であり、平均最大弛緩速度が90μm/s以上である請求項1~3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項記載の方法により得られる三次元心筋組織を用いること
を特徴とする、薬剤のスクリーニングまたは心毒性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工生体組織およびその製造方法に関する。詳細には、本発明は、三次元心筋組織およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
三次元構造を有する心筋細胞組織を得るために、培養担体や細胞を含む凝集体を利用した培養方法が用いられている。例えば、コラーゲンからなるゲルと心筋細胞を混合し、鋳型に流し込んで成形することで細胞とコラーゲンゲルからなる三次元構造が得られることが報告されている(例えば、非特許文献1)。しかし、このようにして得られた三次元構造中の細胞密度が低いという問題がある。
【0003】
より高い細胞密度を有する三次元心筋細胞組織を構築するために、細胞シート技術が報告されている(例えば、非特許文献2)。細胞シートを積層することによって高い細胞密度を持つ三次元組織を構築することが可能である。しかし、細胞シート中の細胞密度が高いために内部壊死が生じることに加え、組織自体の収縮力も十分とはいえない。
【0004】
これらに対して、細胞の膜表面に細胞接着因子であるタンパク質をコーティングすることによって、細胞同士の接着を促進し、高い細胞密度を有する三次元構造を構築する細胞積層法や細胞集積法の技術が報告されている(特許文献1、2、非特許文献3、4)。これらの技術によって、高い細胞密度を持ち、さらに血管網構造を有する三次元心筋組織の構築が行われている(非特許文献5)。このような心筋組織は生体に近い反応を示し、創薬応用へ向けた研究および薬剤応答の評価などが進められている。また、このような心筋組織は血管網を有するために、移植された場合に生着および成熟が確認されている(非特許文献6)。しかし、上記技術によって得られた心筋組織は、収縮力の観点からするとまだ十分には生体組織を再現できているとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4919464号公報
【文献】特許第5850419号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Eschenhagen T et al. FASEB Journal. 11(8), 683-94, 1997.
【文献】Shimizu T et al. Biomaterials. 24(13), 2309-16, 2003.
【文献】Matsusaki M et al. Angewandte Chemie. 46(25), 1689-92, 2007.
【文献】Nishiguchi A et al. Advanced materials. 23(31), 3506-10, 2011.
【文献】Amano Y et al. Acta Biomaterialia. 33, 110-21, 2016
【文献】Narita H et al. Scientific reports. 7(1), 13708, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
細胞密度が高く、収縮力が大きく十分に生体組織を再現できる三次元心筋組織を構築することが望まれている。このような三次元心筋組織を再生医療や創薬分野に応用することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、細胞外マトリックスゲルを内壁に有する培養容器内で三次元心筋組織を構築することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器中で心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物を培養することを特徴とする、三次元心筋組織の製造方法。
(2)細胞外マトリックスがコラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、カドヘリン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、および上記物質の誘導体からなる群より選択される1種またはそれ以上のものである(1)記載の方法。
(3)細胞混合物が心筋細胞および心筋線維芽細胞を含むものである(1)または(2)記載の方法。
(4)細胞混合物がさらに血管内皮細胞を含むものである(3)記載の方法。
(5)心筋細胞に細胞外マトリックスを交互積層する前処理が施されている(1)~(4)のいずれか記載の方法。
(6)三次元心筋組織の平均最大収縮速度が150μm/s以上であり、平均最大弛緩速度が90μm/s以上である(1)~(5)のいずれか記載の方法。
(7)細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器中の、心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物を含んでなる培養三次元心筋組織。
(8)細胞外マトリックスがコラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、カドヘリン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、キチン、キトサン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、および上記物質の誘導体からなる群より選択される1種またはそれ以上のものである(7)記載の組織。
(9)細胞混合物が心筋細胞および心筋線維芽細胞を含むものである(7)または(8)記載の組織。
(10)細胞混合物がさらに血管内皮細胞を含むものである(9)記載の組織。
(11)心筋細胞に細胞外マトリックスを交互積層する前処理が施されている(7)~(10)のいずれか記載の組織。
(12)平均最大収縮速度が150μm/s以上であり、平均最大弛緩速度が90μm/s以上である(7)~(11)のいずれか記載の組織。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、高い細胞密度と生体に近い大きな収縮力を有する、三次元心筋組織ならびにその製造方法が提供される。本発明の三次元心筋組織の大きな収縮力は、容器内壁の細胞外マトリックスゲルが心筋組織の拍動の機能を阻害せず、かつ心筋組織を保持できるためと考えられる。本発明の三次元心筋組織は、生体内の心筋と同様の反応を生体外で再現することができるため、より高度な再生医療や創薬研究等を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、コラーゲンゲル培養容器を用いた三次元心筋組織の構築方法を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、コラーゲンゲル培養容器上に構築された三次元心筋組織(破線内)を示す写真である。
【
図3】
図3は、コラーゲンゲル培養容器を用いて構築された三次元心筋組織およびカルチャーインサートを用いて構築された三次元新規組織の収縮挙動を示すグラフである。
【
図4】
図4は、コラーゲンゲル培養容器を用いて構築された三次元心筋組織およびカルチャーインサートを用いて構築された三次元新規組織の最大収縮速度および最大弛緩速度を示すグラフである。
【
図5】
図5は、コラーゲンゲル培養容器上で培養した血管網を有する三次元心筋組織の蛍光染色画像(水平方向からの断面図)である。抗CD31抗体染色を赤、抗アクチンフィラメント抗体染色を緑、DAPI染色を青で示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、1の態様において、細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器中で心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物を培養することを特徴とする、三次元心筋組織の製造方法を提供する。
【0013】
細胞外マトリックスは公知である。細胞外マトリックスは生体細胞から分泌され、細胞の外側に蓄積される物質であり、細胞の接着、増殖や分化の調節に関与している。本発明における容器に用いられる細胞外マトリックスは、生体内に存在するものであってもよく、生体内に存在しないが生体内に存在するものと同様の機能、特性を有するものであってもよい。本明細書において、これらをまとめて細胞外マトリックスという。本発明における容器に用いられる好ましい細胞外マトリックスは、細胞接着性であり、かつゲル化可能なものである。また、生体適合性を有するものも好ましい。本発明における容器に用いられる好ましい細胞外マトリックスの例としては、コラーゲン、アテロコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン、ラミニン、カドヘリン、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸、キチン・キトサンなどの多糖類、あるいは、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール等の水溶性合成高分子、および上記物質の誘導体などが挙げられるが、これらに限定されない。コラーゲン、ゼラチン、フィブリンは、細胞接着性およびゲル化能の双方において非常に優れており、しかも生体適合性もあるので、本発明における容器に特に好ましく用いられる。上記物質の誘導体は、細胞接着性、ゲル化能、生体適合性を損なわない限り、あらゆる誘導体を包含する。誘導体の製造方法は当業者に公知である。
【0014】
細胞外マトリックスゲルは、細胞外マトリックスをゲル化させたものである。該ゲルは細胞外マトリックス成分からなるものであってもよく、細胞外マトリックス成分を含むものであってもよい。細胞外マトリックスゲルの製造方法は公知である。例えば、I型コラーゲン水溶液を生理的条件下に置くことによりI型コラーゲンのゲルを得てもよい。使用する細胞外マトリックスがゲル化しにくい、あるいはゲル化しない場合は、アガロース、カラギーナン、アルギン酸ナトリウム、ゼラチン等の公知のゲル化剤を用いてゲル化させてもよい。
【0015】
本発明において、細胞外マトリックスゲル中の細胞外マトリックスは1種類であってもよく、2種類またはそれ以上であってもよい。
【0016】
ゲル強度やゲルの厚さ等の細胞外マトリックスゲルの特性や物性は、容器の形状、使用細胞、望まれる三次元心筋組織の収縮速度やサイズ等に応じて決定することができる。心筋組織の拍動の機能を阻害せず、かつ心筋組織を保持できるように、細胞外マトリックスゲルの特性や物性を決定することが好ましい。また、三次元心筋組織がゲルから脱落しないように、細胞外マトリックスゲルの特性や物性を決定することも好ましい。このような決定は当業者の技量の範囲内である。例えば、細胞外マトリックス成分の濃度を調節することによってゲル強度を調節してもよい。
【0017】
細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器は、内壁全部に細胞外マトリックスゲルを有していてもよく、内壁の一部に細胞外マトリックスゲルを有していてもよい。容器の内壁は、容器内部の底面、側面、および存在する場合は上底面を含む。例えば、容器の底面全部および側面全部が細胞外マトリックスゲルで覆われていてもよく、あるいは細胞外マトリックスでできていてもよい。また例えば、容器の底面の一部および側面の一部が細胞外マトリックスゲルで覆われていてもよく、あるいは細胞外マトリックスでできていてもよい。また例えば、容器の底面の全部および側面の一部が細胞外マトリックスゲルで覆われていてもよく、あるいは細胞外マトリックスでできていてもよい。また例えば容器の底面の一部および側面の全部が細胞外マトリックスゲルで覆われていてもよく、あるいは細胞外マトリックスでできていてもよい。底面の全部が細胞外マトリックスゲルで覆われていているか、あるいは細胞外マトリックスでできている容器が好ましい。底面の全部および側面の全部が細胞外マトリックスゲルで覆われていているか、あるいは細胞外マトリックスでできている容器がさらに好ましい。
【0018】
上記のような容器を作製するためには、既存のガラスまたはプラスチック製の培養容器の内壁に細胞外マトリックスゲルを塗布してもよい。あるいは本願実施例に示すように、細胞外マトリックスゲルに型を押し付けながら固化させ、固化後に型を除去することにより容器を作製してもよい。このように細胞外マトリックスゲルに凹部を形成することにより作製された容器については、容器の内壁という場合は当該凹部を指す。
【0019】
容器のサイズや形状は、三次元心筋組織のサイズや形状、該組織の用途等に応じて適宜選択、変更することができ、特に限定されるものではない。例えば、容器の底面が直径約100μm~数cmの円形であってもよい。
【0020】
心筋細胞はあらゆる種類の心筋細胞であってよい。心筋細胞が由来する動物種についてはヒト、サル、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等が例示されるが、これらの動物種に限定されるものではない。心筋細胞としては市販のものを用いてもよい。またiPS細胞またはES細胞から分化させた心筋細胞を用いてもよい。あるいは生体の心臓から取得し培養したものを用いてもよい。iPS細胞またはES細胞から心筋細胞への分化方法、ならびに心臓組織からの心筋細胞の取得・培養方法は公知である。例えばヒトiPS由来の心筋細胞を用いて製造された本発明の三次元心筋組織を用いることで、ヒト心臓に対する薬剤の心毒性や副作用を正確かつ早期に評価することができる。
【0021】
心筋細胞を含む細胞混合物は、心筋細胞以外の細胞を含むものである。心筋以外の細胞としては、線維芽細胞、好ましくは心筋由来の線維芽細胞、血管内皮細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。心筋由来の線維芽細胞や血管内皮細胞は市販されており、これらの市販品を用いてよい。線維芽細胞を心筋から採取して培養することにより得てもよい。血管内皮細胞を血管から取得して培養することにより得てもよい。線維芽細胞や血管内皮細胞の取得・培養方法は公知である。
【0022】
本発明の三次元心筋組織の製造方法において、心筋細胞のみを用いて三次元心筋組織を構築することができるが、心筋細胞と心筋由来の線維芽細胞の混合物を用いて三次元心筋組織を構築することが好ましい。心筋細胞と心筋由来の線維芽細胞および血管内皮細胞の混合物を用いることによって血管網を有する三次元心筋組織を得ることができる。
【0023】
本発明の三次元心筋組織の製造方法における細胞の培養は、その前工程として、上記容器への細胞の播種を含む。細胞の播種は公知の方法にて行うことができる。通常は、細胞混合物を細胞懸濁液として播種する。例えば、ピペットを用いて細胞を滴下することにより播種してもよい。あるいは種々の3Dプリンタを用いて播種してもよい。プリンタ方式では、インクジェットプリンタ、マイクロ押し出しプリンタ、レーザーアシストプリンタなどがある。他には塗布針を用いて播種する方法がある。プリンタ方式や塗布針を用いる方法は、三次元心筋組織のマイクロチップを作成するような場合に好適である。
【0024】
心筋細胞を含む細胞混合物を用いる場合、心筋細胞と心筋細胞以外の細胞の割合は適宜定めうる。心筋細胞と心筋由来の線維芽細胞の混合物の場合、心筋細胞:線維芽細胞=2~4:1、好ましくは2.5~3.4:1、例えば3:1であってもよい。心筋細胞と心筋由来の線維芽細胞および血管内皮細胞の混合物の場合、心筋細胞:線維芽細胞:血管内皮細胞=2~4:1:0.2~0.6、好ましくは2.5~3.5:1:0.3~0.5、例えば3:1:0.4であってもよい。
【0025】
播種する細胞の数は、三次元心筋組織を得ることができる数であればいずれの数であってもよい。三次元心筋組織のサイズ、形状、用途、および容器のサイズ、形状などに応じて細胞の数を決定することができる。一般的には、容器の底面に数層~数十層の細胞が集積するような数、あるいは播種した細胞層の厚さが数十μm~数百μmとなるような数としてもよい。
【0026】
本発明の三次元心筋組織の製造方法において、組織を構成する細胞に細胞外マトリックスを交互積層する前処理を施すことが好ましい。このような前処理を施した細胞をLbL細胞という。このような前処理を施すことにより、細胞間の接着を誘起し、短時間で三次元組織を構築することができる。このような前処理を心筋細胞に施すことが好ましい。心筋細胞以外の細胞にも上記前処理を施してもよい。例えば、心筋細胞、心臓線維芽細胞および血管内皮細胞を用いて三次元心筋組織を製造する場合、心筋細胞および心臓線維芽細胞に上記前処理を施してもよい。
【0027】
上記前処理において、第1および第2の細胞外マトリックスを細胞に交互積層する。細胞外マトリックスおよびそれらの細胞への適用については特許第5850419号明細書に記載されており、これを参照することによりその内容を本明細書に取り込む。第1および第2の細胞外マトリックスの組み合わせの典型例は、第1の細胞外マトリックスがArg-Gly-Asp配列(RGD配列)を含むタンパク質であり、第2の細胞外マトリックスが第1の細胞外マトリックスと相互作用するタンパク質である。ここで、相互作用とは、例えば、静電的相互作用、疎水性相互作用、水素結合、電荷移動相互作用、共有結合形成、タンパク質間の特異的相互作用、ファンデルワールス力等により、化学的、物理的に、RGD配列を含む高分子と結合、接着、吸着、または電子の授受が可能な程度に近接することを意味する。なお、第1および第2の細胞外マトリックスは、生分解性であることが好ましい。
【0028】
第1および第2の細胞外マトリックスの組み合わせの具体例として、フィブロネクチンとゼラチン、フィブロネクチンとε-ポリリジン、フィブロネクチンとヒアルロン酸、ラミニンとゼラチン、ビトロネクチンとゼラチン、フィブロネクチンとデキストラン硫酸、フィブロネクチンとへパリン、エラスチンとポリリジン、フィブロネクチンとコラーゲン、ラミニンとコラーゲン、ビトロネクチンとコラーゲン、RGD結合コラーゲンまたはRGD結合ゼラチンとコラーゲンまたはゼラチン等の組合せが挙げられる。フィブロネクチンとゼラチン、フィブロネクチンとヘパリン、フィブロネクチンとε-ポリリジン、フィブロネクチンとヒアルロン酸、フィブロネクチンとデキストラン硫酸との組合せが好ましく、フィブロネクチンとゼラチンとの組合せがより好ましい。なお、第1の細胞外マトリックスと第2の細胞外マトリックスは各々一種類ずつであってもよく、相互作用を示す範囲で二種類以上を各々併用してもよい。
【0029】
細胞に細胞外マトリックスを交互積層する方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、第1の細胞外マトリックスを含む水溶液に細胞を浸漬し、次いで、第2の細胞外マトリックスを含む水溶液に細胞を浸漬してもよい。また例えば、単層の細胞表面上に第1の細胞外マトリックスを含む水溶液および第2の細胞外マトリックスを含む水溶液を交互に接触させてもよい。これらの方法については、例えば赤木ら、表面 第51巻第4号 p.1~11(2013)や松崎ら、薬剤学 第76巻第5号 p.294~300(2016)を参照することができる。
【0030】
心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物を上記容器にて培養することにより、本発明の三次元心筋組織を構築することができる。心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物の培養は、通常の動物細胞の培養方法を用いて行うことができる。例えば20~40℃、好ましくは35~39℃、より好ましくは37℃で、例えば1日~14日、好ましくは数日~10日培養してもよい。培地も公知のものを用いることができる。培地の例としては、Eagle's MEM培地、Dulbecco's Modified Eagle培地 (DMEM)、Modified Eagle培地(MEM)、Minimum Essential培地、RDMI、GlutaMax培地等が挙げられるが、これらの培地に限定されない。培養条件や培地は、細胞の種類、細胞数、三次元心筋組織のサイズや形状、容器のサイズや形状等に応じて決定することができ、特に限定されるものではない。
【0031】
上記製造方法により得られる本発明の三次元心筋組織の厚さは数十μm~数百μmであり得る。
【0032】
上記製造方法により得られる本発明の三次元心筋組織の収縮力は極めて大きく、従来法により得られる心筋組織の約10倍またはそれ以上であり得る。本発明の三次元心筋組織の平均最大収縮速度は50μm/s以上、好ましくは100μm/s以上、より好ましくは150μm/s以上であり得、平均最大弛緩速度は30μm/s以上、好ましくは60μm/s以上、より好ましくは90μm/s以上であり得る。本発明の三次元心筋組織は収縮速度および弛緩速度が大きいことから、例えば薬剤スクリーニングの際に、少量の試験薬剤を与えた場合であっても反応を見ることができる。また、心筋細胞を含む細胞混合物中に血管内皮細胞を用いて三次元心筋組織を構築した場合には、三次元心筋組織中に血管網が形成される。しかも本発明の三次元心筋組織中の細胞密度は高い。したがって、本発明の三次元心筋組織を用いることによって、生体内と同様の反応を生体外で再現することが可能となる。
【0033】
本発明の製造方法により得られた三次元心筋組織を、細胞外マトリックスゲルから分離して使用してもよく、細胞外マトリックスゲルとともに使用してもよい。本発明の三次元心筋組織を、心臓に適用される移植片として用いてもよい。また本発明の三次元心筋組織を、薬剤のスクリーニングや心毒性評価などの試験に用いてもよい。さらに本発明の三次元心筋組織を基板上に配置してチップを構成し、ハイスループット試験に使用してもよい。本発明の三次元心筋組織の他の用途としては、組織工学、細胞培養、バイオセンサー等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
本発明は、もう1つの態様において、細胞外マトリックスゲルを内壁に有する容器中の、心筋細胞または心筋細胞を含む細胞混合物を含んでなる培養三次元心筋組織を提供する。
【0035】
細胞外マトリックスゲル、容器、内壁、心筋細胞、心筋細胞を含む細胞混合物、三次元心筋組織については上で説明したとおりである。培養三次元心筋組織は、上記容器中に存在する培養された状態の三次元心筋組織である。培養についても上で説明したとおりである。
【0036】
上記培養三次元心筋組織を構成する心筋細胞は、細胞外マトリックスを交互積層する前処理を施されている細胞であることが好ましい。上記培養三次元心筋組織を構成する心筋細胞以外の細胞にも上記前処理を施してもよい。
【0037】
上記培養三次元心筋組織の平均最大収縮速度は50μm/s以上、好ましくは100μm/s以上、より好ましくは150μm/s以上であり得、平均最大弛緩速度は30μm/s以上、好ましくは60μm/s以上、より好ましくは90μm/s以上であり得る。
【0038】
上で説明した用語以外の本明細書中の用語の意味については、医学、細胞工学、生物学等の分野において通常に理解されている意味に解される。
【0039】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0040】
図1に示す方法に従って、コラーゲンゲル培養容器を用いて三次元心筋組織の構築を行った。コラーゲン溶液(2.1mg/ml)を6ウェルプレート上に滴下し、カルチャーインサート(24ウェルサイズ)を設置した。さらに周囲にコラーゲン溶液を滴下し、37℃で30分静置することによってゲル化させた。ゲル化後、カルチャーインサートを取り外し、形成された凹部分を培養容器として、ここにフィブロネクチンとゼラチンを相互積層したiPS細胞由来心筋細胞(iPS細胞株253G1(理研)を出願人が心筋に分化誘導した)と、フィブロネクチンとゼラチンを相互積層した心筋線維芽細胞(Lonza社、カタログ番号:CC-2904)を混合した細胞懸濁液を滴下することにより播種し(1.0x10
6cells:10層)、培養を行うことで三次元心筋組織の構築を行った(
図2)。播種した心筋細胞と心筋線維芽細胞の比率は、心筋細胞:心筋線維芽細胞=75:25であった。細胞播種後、DMEM培地(10% FBS含有)を添加して37℃で5日間培養を行い、構築した三次元心筋組織の拍動の収縮挙動を評価した。
【0041】
構築した三次元心筋組織の評価方法として、高速度カメラによる撮影と粒子イメージ流速計測法(PIV法)を用いた。比較実験として、カルチャーインサート上に上記と同様にして播種、培養を行うことによって三次元心筋組織を構築し(従来法による構築)、PIV法を用いて拍動の収縮挙動を評価した。
【0042】
その結果、コラーゲンゲル培養容器上の三次元心筋組織は、従来のカルチャーインサート上の三次元心筋組織の10倍程度の大きな収縮が発現していた(
図3、
図4)。
【実施例2】
【0043】
フィブロネクチンとゼラチンを相互積層したiPS細胞由来心筋細胞、フィブロネクチンとゼラチンを相互積層した心筋線維芽細胞、および血管内皮細胞(Lonza社、カタログ番号:CC-7030)をそれぞれ75:25:10で混合した細胞懸濁液をコラーゲンゲル容器内に播種(1.0x106cells:10層)し、実施例1と同様にして三次元心筋組織を構築した。
【0044】
得られた三次元組織について抗CD31抗体染色、抗アクチンフィラメント抗体染色およびDAPI染色を行って、三次元組織中の構造について調べた。その結果、従来法による構築と同様に三次元組織中に血管網が形成されており、ゲル容器内部に血管内皮細胞が浸潤している様子が認められた(
図5)。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、再生医療や創薬研究等の分野において利用可能である。具体的には、本発明により得られる三次元心筋組織は、創薬研究における安全性/毒性、薬物動態、薬効、薬理の評価、薬剤スクリーニング、移植片の製造、組織工学、細胞培養、バイオセンサー、バイオチップ等に応用することができる。