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特許7176766CD31陽性CD45陰性CD200陽性の哺乳動物細胞からなる細胞集団、およびその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-14
(45)【発行日】2022-11-22
(54)【発明の名称】CD31陽性CD45陰性CD200陽性の哺乳動物細胞からなる細胞集団、およびその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20221115BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 35/44 20150101ALI20221115BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20221115BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20221115BHJP
   A61P 1/14 20060101ALI20221115BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20221115BHJP
【FI】
C12N5/0775
C12Q1/02 ZNA
A61K35/44
A61P9/00
A61P9/10
A61P1/14
C12N15/09 Z
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019554274
(86)(22)【出願日】2018-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2018042255
(87)【国際公開番号】W WO2019098264
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2021-09-10
(31)【優先権主張番号】P 2017221955
(32)【優先日】2017-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題「再生医療における血管形成制御技術の開発」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼倉 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】内藤 尚道
(72)【発明者】
【氏名】若林 卓
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/010885(WO,A2)
【文献】The EMBO Journal,2012年,Vol.31,pp.842-855
【文献】血栓止血誌,2014年,Vol.25, No.5,pp.603-608
【文献】岩医大歯誌,2015年,Vol.40, No.2,p.94
【文献】Transplantation Proceedings,2015年,Vol.47,pp.2035-2040
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/0775
C12Q 1/02
A61K 35/44
A61P 3/02,06,10
A61P 7/04
A61P 9/00,10,12
A61P 19/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed, Cinii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞表面マーカーCD31およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞からなる、細胞集団。
【請求項2】
細胞表面マーカーCD31、CD157およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞からなる、細胞集団。
【請求項3】
前記哺乳動物細胞が導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を含む請求項1または2に記載の細胞集団。
【請求項4】
哺乳動物がヒトである請求項1~3のいずれかに記載の細胞集団。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の細胞集団を有効成分とする医薬。
【請求項6】
血管再生用、虚血改善用、低栄養改善用、血管奇形治療用、血管奇形に起因する血流不全改善用である請求項に記載の医薬。
【請求項7】
臓器再生促進用である請求項に記載の医薬。
【請求項8】
血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患の予防および/または治療用である請求項に記載の医薬。
【請求項9】
血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドロームまたは骨粗鬆症である請求項に記載の医薬。
【請求項10】
請求項3に記載の細胞集団を有効成分とする導入遺伝子産物により改善される疾患の予防および/または治療用医薬。
【請求項11】
導入遺伝子産物により改善される疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、がん、加齢黄斑変性症、自己免疫疾患、リウマチ、認知症、糖尿病、高血圧症、糖尿病性腎症、骨粗鬆症、肥満または感染症である請求項10に記載の医薬。
【請求項12】
被験物質の血管に対する毒性を評価する方法であって、
(1)被験物質を含有する培地および被験物質を含有しない培地を用いて請求項1~4のいずれかに記載の細胞集団を培養する工程と、
(2)培養後の細胞増殖レベルを測定する工程と、
(3)被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルを、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルと比較する工程
を含むことを特徴とする毒性評価方法。
【請求項13】
単離した臓器を消化・分散して細胞懸濁液を調製する工程(I)と、CD31およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である細胞を回収する工程(II)を含むことを特徴とする血管内皮幹細胞の調製方法。
【請求項14】
前記工程(II)において、CD31、CD157およびCD200が陽性、CD45が陰性である細胞を回収することを特徴とする請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CD31陽性CD45陰性CD200陽性の哺乳動物細胞からなる細胞集団、および当該細胞集団を有効成分とする医薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
骨髄に存在する造血幹細胞は、未分化な状態で分裂する能力(自己複製能)と成熟した血液細胞である赤血球や白血球、血小板を産生する前駆細胞に分化する能力によって、長期にわたり骨髄造血を維持することが知られている。一方、血管の内腔を形成する血管内皮細胞は、胎児期に発生すると、成熟した血管内皮細胞として緩徐な分裂により生涯にわたって血管を維持していると考えられてきた。つまり、血管システムには、血管を長期にわたって支持する幹細胞が存在するとは考えられていなかった。
【0003】
本発明者らは、既存の血管の中にも大量の血管内皮細胞を産生し得る血管内皮幹細胞のような細胞が存在するのではないかと考え、組織幹細胞の単離法として知られているヘキスト法を用いて、血管内皮細胞に異種性があるかどうかを検討した。ヘキスト法とは、組織幹細胞は、他の分化細胞に比べて薬剤(異物)排出能が高いことを利用する方法である。DNA染色色素であるヘキスト33342を細胞に取り込ませるとヘキスト33342の排出能が高い細胞の一部が幹細胞性を示す。発明者らは、マウスの下肢の筋肉を実験材料として既存の血管を観察したところ、全体の血管内皮細胞中に1%程度ヘキスト33342の排出能が高い、side population細胞(以下、「SP細胞集団」と記す)が存在することを見出した。ヘキストを排出できないmain population細胞(以下、「MP細胞集団」と記す)とSP細胞集団を比較すると、SP細胞集団には一個の細胞から大量の血管内皮細胞を産生する細胞が約10%の割合で含まれており、MP細胞集団にはそのような能力を有する細胞はほぼ存在しないことが判明した。また、マウスの大腿動脈を結紮して虚血を誘導したマウスの大腿筋の中にこれらの血管内皮細胞を移植すると、SP細胞集団は、自身が分化した血管内皮細胞により完全な血管を形成することができるが、MP細胞集団にはその能力がほぼないことが判明した。移植されたSP細胞集団はMP細胞集団として血管に貢献しており、SP細胞集団の中に血管内皮幹細胞様の細胞が存在して、この細胞が、新たな血管を再生できる能力を有すると考えられた(非特許文献1)。従来、骨髄中には血管内皮前駆細胞が存在することが報告され、この細胞を用いた血管再生治療が行われている。しかし、この細胞は一過性に血管内皮細胞様の細胞に分化するが継続的に血管内皮細胞として貢献できないことが判明している。また、発明者らは、筋肉の血管内皮細胞中に見出した血管内皮幹細胞様の細胞は骨髄に由来する細胞でないことを確認している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Naito H, Kidoya H, Sakimoto S, Wakabayashi T, Takakura N. Identification and characterization of a resident vascular stem/progenitor cell population in preexisting blood vessels. EMBO J. 2012 Feb 15;31(4):842-55.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、血管内皮幹細胞および血管内皮幹細胞集団を細胞表面マーカーにより特定し、当該血管内皮幹細胞および血管内皮幹細胞集団を有効成分とする医薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]細胞表面マーカーCD31およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞から本質的になる細胞集団。
[2]細胞表面マーカーCD31、CD157およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞から本質的になる細胞集団。
[3]血管内皮幹細胞を含む前記[1]または[2]に記載の細胞集団。
[4]前記哺乳動物細胞が導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を含む前記[1]または[2]に記載の細胞集団。
[5]哺乳動物がヒトである前記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞集団。
[6]細胞表面マーカーCD31が陽性、CD157およびCD200の少なくとも一方が陽性、CD45が陰性である哺乳動物の血管内皮幹細胞。
[7]導入遺伝子を発現する前記[6]に記載の血管内皮幹細胞。
[8]哺乳動物がヒトである前記[6]または[7]に記載の血管内皮幹細胞。
[9]前記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞集団または前記[6]~[8]のいずれかに記載の血管内皮幹細胞を有効成分とする医薬。
[10]血管再生用、虚血改善用、低栄養改善用、血管奇形治療用、血管奇形に起因する血流不全改善用、臓器再生促進用、または血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患の予防および/または治療用である前記[9]に記載の医薬。
[11]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドロームまたは骨粗鬆症である前記[10]に記載の医薬。
[12]前記[4]に記載の細胞集団または前記[7]に記載の血管内皮幹細胞を有効成分とする導入遺伝子産物により改善される疾患の予防および/または治療用医薬。
[13]導入遺伝子産物により改善される疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、がん、加齢黄斑変性症、自己免疫疾患、リウマチ、認知症、糖尿病、高血圧症、糖尿病性腎症、骨粗鬆症、肥満または感染症である前記[12]に記載の医薬。
[14]被験物質の血管に対する毒性を評価する方法であって、
(1)被験物質を含有する培地および被験物質を含有しない培地を用いて前記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞集団を培養する工程と、
(2)培養後の細胞増殖レベルを測定する工程と、
(3)被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルを、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルと比較する工程
を含むことを特徴とする毒性評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、血管内皮幹細胞集団および血管内皮幹細胞を提供することができる。本発明の細胞集団または血管内皮幹細胞を用いて、血管再生用、虚血改善用、低栄養改善用、血管奇形治療用、血管奇形に起因する血流不全改善用、臓器再生促進用、または血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患の治療用の医薬を提供することができる。また、導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を用いることにより、導入遺伝子産物により改善される疾患治療用の医薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】マウスの肝臓を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った結果を示す図であり、(A)は抗CD31抗体と抗CD45抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を抗CD157抗体と抗CD200抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図2図1(B)の画分A(CD157陽性CD200陽性)、画分B(CD157陰性CD200陽性)および画分C(CD157陰性CD200陰性)の各細胞について、それぞれコロニー形成アッセイを行った結果である。
図3】肝血管障害モデルマウスの肝臓に、図1(B)の画分A(CD157陽性CD200陽性)、画分B(CD157陰性CD200陽性)および画分C(CD157陰性CD200陰性)の各細胞を移植し、肝臓の血管再生について検討した結果を示す図である。
図4】CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスの肝臓の凍結切片を抗EGFP抗体および抗CD31抗体で染色した結果を示す図である。
図5】野生型マウス、凝固第VIII因子遺伝子ヘテロ欠損マウス、血友病モデルマウス(凝固第VIII因子遺伝子欠損マウス)、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病AモデルマウスおよびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスにおける、血漿中凝固第VIII因子を測定した結果を示す図である。
図6】CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスと細胞を移植していない血友病Aモデルマウスの出血時間を測定した結果を示す図である。
図7】70%部分肝切除術を行ったマウスの肝臓に、SP細胞集団の細胞またはMP細胞集団の細胞を移植し、7日後の肝臓を蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図であり、(A)はSP細胞集団の細胞を移植した肝臓、(B)はMP細胞集団の細胞を移植した肝臓である。
図8】70%部分肝切除術を行ったマウスの肝臓に、SP細胞集団の細胞またはMP細胞集団の細胞を移植し、7日後の肝臓の重量を測定した結果を示す図である。
図9】70%部分肝切除術を行ったマウスの肝臓にSP細胞集団の細胞を移植し、7日後の肝臓から調製したGFP陽性血管内皮細胞(GFP陽性CD31陽性CD45陰性細胞)(Post)と、移植前のSP細胞集団の細胞(Pre)におけるWnt2およびHGFのmRNA発現量を測定した結果を示す図であり、(A)はWnt2の結果、(B)はHGFの結果である。
図10】マウスの網膜、脳、心臓、皮膚、筋組織および肺を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、各CD31陽性CD45陰性CD157陽性CD200陽性細胞を回収してコロニー形成アッセイを行った結果を示す図である。
図11】C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から調製した1個のCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を肝臓に移植し、1か月後のレシピエントマウスの肝臓を実体蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図12図11のレシピエントマウスの肝臓を免疫蛍光染色し共焦点顕微鏡で観察した結果を示す図であり、(A)が抗GFP抗体で染色した結果、(B)が抗CD31抗体結果、下段は上段の点線枠内(類洞周囲)の拡大画像である。
図13図11のレシピエントマウスの肝臓から細胞懸濁液を調製し、(A)は抗GFP抗体染色と前方散乱光(FSC)でフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(GFP陽性細胞)を抗CD157抗体と抗CD200抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図14】ヒトの肝臓を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った結果を示す図であり、(A)は抗CD31抗体と抗CD45抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を抗CD157抗体と抗CD200抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図15図14(B)のCD200陽性画分(CD31陽性CD45陰性CD200陽性)およびCD200陰性画分(CD31陽性CD45陰性CD200陰性)の各細胞について、それぞれコロニー形成アッセイを行った結果である。
図16】ヒト腎臓組織を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った結果を示す図であり、(A)は抗CD31抗体と抗CD45抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を抗CD157抗体と抗CD31抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図17】ヒト胎盤組織を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った結果を示す図であり、(A)は抗CD31抗体と抗CD45抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を抗CD157抗体と抗CD31抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果である。
図18】ヒト皮膚組織を消化・分散して調製した細胞に免疫蛍光染色およびヘキスト染色を行い、CD31陽性CD45陰性回収した後フローサイトメーターでヘキスト解析を行った結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔血管内皮幹細胞および血管内皮幹細胞を含む細胞集団〕
本発明者らは、筋肉組織の血管から取得した血管内皮細胞中に、薬剤(異物)排出能が高い細胞(SP細胞集団)が1%程度存在し、この中に血管内皮幹細胞様の細胞が存在すること、薬剤(異物)排出能が低い大多数の血管内皮細胞(MP細胞集団)には、血管内皮幹細胞様の細胞はほぼ存在しないことを見出した(非特許文献1)。その後本発明者らは、肝臓の血管から取得した血管内皮細胞も同様に、薬剤(異物)排出能が高いSP細胞集団画分と低いMP細胞集団画分に分けることができ、SP細胞集団中に血管内皮幹細胞様の細胞が10%程度存在し、MP細胞集団中にはほぼ存在しないことを確認した。今回、本発明者らは、血管内皮幹細胞様の細胞を他の血管内皮細胞と効率よく区別できるマーカー分子を見出すために、肝臓のSP細胞集団とMP細胞集団を用いて、MP細胞集団と比べSP細胞集団で発現が高い遺伝子を網羅的に解析し、100を超えるSP細胞集団高発現遺伝子の中から、血管内皮幹細胞様の細胞(以下、「血管内皮幹細胞」と記す)を特定できる細胞表面マーカーを見出した。
【0010】
本発明は、哺乳動物の血管内皮幹細胞を含む細胞集団を提供する。本明細書において、血管内皮幹細胞は未分化な状態で分裂する能力(自己複製能)と血管内皮細胞に分化する能力を有する細胞を意味する。本発明の第1の細胞集団は、細胞表面マーカーCD31およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞から本質的になる細胞集団である。本発明の第1の細胞集団には、通常の操作によって排除することが困難な程度の割合で不純細胞(CD31陽性/CD200陽性/CD45陰性細胞以外の細胞)が含まれていてもよい。
【0011】
CD31は、免疫グロブリン・スーパーファミリーに属する分子量140kDaの単鎖膜糖タンパクで、PECAM-1とも呼ばれ、内皮細胞の細胞表面マーカーとして使用されている。CD45は、白血球共通抗原(LCA: Leukocyte common antigen)として知られている単鎖膜貫通タンパクで、少なくとも5つのアイソフォームが存在する。本発明において、CD31陽性CD45陰性は血管内皮細胞の細胞表面マーカーと位置づけられる。したがって、本明細書において、CD31陽性CD45陰性細胞は血管内皮細胞と同義に使用される。
【0012】
CD200は、二つの免疫グロブリン様ドメイン(V、C)と単一の膜貫通および短い細胞質ドメインを含有する免疫グロブリン・スーパーファミリーに属する高度に保存された膜糖タンパクであり、胸腺、B細胞、活性化TおよびB細胞、樹状細胞、ニューロン、内皮細胞等、多様な細胞がCD200を細胞表面に発現している。本発明者らは、CD200陽性の血管内皮細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)に、血管内皮幹細胞が存在することを見出した。本発明の第1の細胞集団に含まれる血管内皮幹細胞は約2%であってもよく、約3%であってもよく、約4%であってもよく、約5%であってもよく、約6%であってもよく、約7%であってもよく、約8%であってもよく、約9%であってもよく、約10%であってもよい。本発明の第1の細胞集団に含まれる血管内皮幹細胞は、1~3%であってもよく、2~4%であってもよく、3~5%であってもよく、4~6%であってもよく、5~7%であってもよく、6~8%であってもよく、7~9%であってもよく、8~10%であってもよい。
【0013】
本発明の第2の細胞集団は、細胞表面マーカーCD31、CD157およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物細胞から本質的になる細胞集団である。本発明の第2の細胞集団には、通常の操作によって排除することが困難な程度の割合で不純細胞(CD31陽性/CD157陽性/CD200陽性/CD45陰性細胞以外の細胞)が含まれていてもよい。
【0014】
CD157は、グリコシル-ホスファチジルイノシトール結合型膜タンパクであり、単球、好中球、全てのリンパ系および骨髄系の前駆細胞に発現している。本発明者らは、CD200陽性の血管内皮細胞(第1の細胞集団)にはCD157陽性とCD157陰性の2つの細胞集団が存在することを見出し、CD157陽性細胞集団に血管内皮幹細胞が多く含まれ、CD157陰性細胞集団に血管内皮幹細胞より分化のステージが進んだ血管内皮前駆細胞が多く含まれることを見出した。本発明の第2の細胞集団に含まれる血管内皮幹細胞は約20%であってもよく、約30%であってもよく、約40%であってもよく、約50%であってもよく、約60%であってもよく、約70%であってもよく、約80%であってもよく、約90%であってもよく、約95%であってもよい。本発明の第2の細胞集団に含まれる血管内皮幹細胞は、20~40%であってもよく、30~50%であってもよく、40~60%であってもよく、50~70%であってもよく、60~80%であってもよく、70~90%であってもよく、80~95%であってもよく、90~99%であってもよい。
【0015】
本発明の細胞集団は、哺乳動物細胞からなる細胞集団であればよい。哺乳動物は特に限定されないが、例えばヒト、サル、ウシ、ブタ、イヌ、マウス、ラット、ウサギ等が挙げられる。本発明の細胞集団がヒトの細胞集団である場合、ヒトに対して安全に移植することができる。
【0016】
本発明は、細胞集団を形成しない血管内皮幹細胞であってもよい。すなわち、本発明には血管内皮幹細胞が含まれる。本発明の血管内皮幹細胞は、細胞表面マーカーCD31およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物の血管内皮幹細胞であってもよく、細胞表面マーカーCD31、CD157およびCD200が陽性であり、CD45が陰性である哺乳動物の血管内皮幹細胞であってもよい。哺乳動物は特に限定されないが、例えばヒト、サル、ウシ、ブタ、イヌ、マウス、ラット、ウサギ等が挙げられる。本発明の血管内皮幹細胞がヒトの血管内皮幹細胞である場合、ヒトに対して安全に移植することができる。
【0017】
本発明の細胞集団および本発明の血管内皮幹細胞は、任意の臓器から調製することができる。例えば、肝臓、網膜、脳、心臓、皮膚、筋肉(骨格筋)、肺、腎臓、胎盤などから調製できることが確認されている(実施例1、4、6、7参照)。本発明の細胞集団の調製方法は特に限定されないが、例えば、単離した臓器を市販の細胞分散用試薬で消化・分散して細胞懸濁液を調製し、この細胞懸濁液を抗CD31抗体、抗CD45抗体、抗CD200抗体で染色した後、フローサイトメトリー技術を用いてCD31陽性CD45陰性CD200陽性細胞(第1の細胞集団)を回収する方法を用いることができる。あるいは、上記細胞懸濁液を抗CD31抗体、抗CD45抗体、抗CD157抗体、抗CD200抗体で染色した後、フローサイトメトリー技術を用いてCD31陽性CD45陰性CD157陽性CD200陽性細胞(第2の細胞集団)を回収する方法を用いることができる(実施例1参照)。
【0018】
血管内皮幹細胞は、導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞であってもよい。導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞、および導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を含む細胞集団も本発明に含まれる。導入遺伝子は特に限定されず、生体に有利な効果を奏する遺伝子産物をコードする遺伝子であってもよい。また、導入遺伝子は、細胞外に分泌される遺伝子産物をコードする遺伝子であってもよい。このような導入遺伝子としては、特定の抗原を認識する抗体をコードする遺伝子、サイトカインをコードする遺伝子、特定の核酸配列にハイブリダイズする核酸をコードする遺伝子などが挙げられる。
【0019】
導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞は、公知の遺伝子組み換え技術を用いて作製することができる。例えば、上記のように調製したCD31陽性CD45陰性CD200陽性細胞またはCD31陽性CD45陰性CD157陽性CD200陽性細胞に、所望の遺伝子が組み込まれた発現ベクターをトランスフェクションすることにより作製することができる。
【0020】
〔医薬〕
本発明は、上記本発明の細胞集団を有効成分とする医薬を提供する。本発明者らは、肝血管障害モデルマウスの肝臓に本発明の細胞集団を移植すると、本発明の細胞集団に含まれる血管内皮幹細胞によって血管が再生されることを確認している(実施例1参照)。また、本発明は、上記本発明の血管内皮幹細胞を有効成分とする医薬を提供する。本発明者らは、本発明の血管内皮幹細胞を1個、レシピエントマウスの肝臓に移植すると血管を構成する血管内皮細胞として定着、増殖し長期間維持されることを確認している(実施例5参照)。
【0021】
本発明の医薬は、血管再生用の医薬として好適に用いることができる。本発明の医薬は血管を再生することができるので、血管機能の低下に起因する虚血および低栄養を改善するために用いることができる。それゆえ、本発明の医薬は、脳梗塞、心筋梗塞、バージャー病などの虚血性疾患の治療に有効である。これらの虚血性疾患は、動脈硬化症、血栓症、動脈炎などの動脈性疾患に起因するものであってもよく、高脂血症、糖尿病、高血圧、痛風、老化などの生活習慣病に起因するものであってもよい。また、本発明の医薬は、血管奇形の治療または血管奇形に起因する血流不全の治療に好適に用いることができる。血管奇形としては、動静脈瘻、もやもや病などが挙げられる。さらに、本発明の医薬は創傷治癒にも用いることができる。
【0022】
本発明の医薬は、臓器の再生促進に用いることができる。本発明者らは、70%部分肝切除したマウスの肝臓に本発明の細胞集団を移植すると、肝臓の再生が促進されることを確認している(実施例3参照)。対象の臓器は特に限定されず、本発明の医薬により血管を再生できる臓器であればいずれの臓器であっても再生を促進することができる。あらゆる臓器において臓器特有の細胞(幹細胞を含む)は、血管内皮細胞が分泌する液性因子や接着因子により、長期の細胞生存や細胞増殖が誘導されていることが明らかになっている。そのため、臓器の血管が再生されることに伴い、当該臓器の再生が促進される。したがって、本発明の医薬は、臓器再生により改善される疾患を治療することができる。例えば肝臓の再生が促進されると、肝硬変、肝線維症、肝炎、脂肪肝、肝不全等の予防または治療が可能になる。他の臓器についても同様である。
【0023】
本発明の医薬は、血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患の治療に用いることができる。例えば、遺伝子異常により分子が分泌されない、または分子の分泌量が減少することが原因の疾患患者に、正常な遺伝子を有する血管内皮幹細胞を含む本発明の医薬を適用すれば、再生血管の血管内皮細胞から必要な量の分子が分泌されるようになり、疾患を効率よく治療することができる。本発明者らは、血友病Aモデルマウスの肝臓に、正常な凝固第VIII因子遺伝子を有するマウスの肝臓から調製した本発明の細胞集団を投与した結果、出血から止血までの時間が顕著に短くなることを確認している(実施例2参照)。
【0024】
血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患としては、例えば、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドローム、骨粗鬆症などが挙げられる。これらの疾患と分泌される分子の対応を表1に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
本発明の医薬は、血管を再生させる対象の臓器に適した本発明の細胞集団または本発明の血管内皮幹細胞を選択して使用することができる。血管を再生させる対象の臓器に適した本発明の細胞集団としては、発生段階の3つの胚葉(内胚葉、中胚葉、外肺葉)の中の、同じ胚葉由来の臓器から調製した本発明の細胞集団であってもよい。内胚葉由来の臓器は、胃、腸、肺、肝臓、膵臓などであり、中胚葉由来の臓器は、筋肉、骨、血管、心臓、腎臓、脾臓、精巣、子宮などであり、外肺葉由来の臓器は、脳、神経、皮膚、水晶体などである。好ましくは、当該対象臓器と同じ臓器から調製した本発明の細胞集団を使用する。
【0027】
本発明は、導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を含む細胞集団または導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を有効成分とする医薬を提供する。導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞は移植した臓器または組織の血管に血管内皮細胞として定着すると共に、導入遺伝子産物を継続的かつ持続的に発現して血液中に分泌し、血流を介して疾患部位に導入遺伝子産物を送達することができるので、導入遺伝子産物の作用により改善される疾患の予防および/または治療に好適に用いることができる。
【0028】
導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を含む細胞集団または導入遺伝子を発現する血管内皮幹細胞を有効成分とする医薬は、導入遺伝子産物が治療に有効な全ての疾患を治療対象とすることができる。例えば、凝固第VIII因子をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む血友病治療用医薬、凝固第IX因子をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む血友病治療用医薬、抗凝固第VIII因子抗体をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む血友病治療用医薬、フォンビルブランド因子をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む出血性疾患用医薬(フォン・ヴィレブランド病など)、抗VEGF抗体または抗VEGF受容体抗体をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む血管増殖性疾患(がん、加齢黄斑変性症など)治療用医薬、抗炎症性サイトカイン(IL6など)抗体をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む自己免疫疾患(リウマチなど)治療用医薬、抗アミロイドβ抗体をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む認知症治療用医薬、インシュリンをコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む糖尿病治療用医薬、サイトメガロウイルス遺伝子のIE2のmRNAのアンチセンス核酸をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む後天性免疫不全症候群(AIDS)治療用医薬、Tie2のアゴニストであるアンジオポエチン-1をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む血管透過性疾患(高血圧症、糖尿病性腎症など)治療用医薬、Nogginをコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む骨粗鬆症治療用医薬、肥満遺伝子産物(レプチンなど)をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む肥満抑制用医薬、がん抗原をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含むがんワクチン療法用医薬、ウイルス抗原をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を含む感染症予防および治療用医薬などが挙げられる。
【0029】
本発明の医薬は、本発明の細胞集団または本発明の血管内皮幹細胞を、生体に投与可能な適当な溶液に懸濁した細胞懸濁液の形態で生体に投与することができる。生体に投与可能な溶液としては、例えば、生理食塩水、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)、その他の生理的塩類溶液が挙げられる。細胞集団または血管内皮幹細胞の調製は、通常投与直前に行うが、凍結保存した細胞集団または血管内皮幹細胞を用いて用時調製してもよい。本発明の医薬は、本発明の細胞集団または血管内皮幹細胞の細胞懸濁液を、血管を再生させる対象の臓器に直接、または、血管を再生させる対象の臓器の上流の静脈内に投与することができる。投与量は、血管を再生させる対象の臓器、患者年齢、体重などにより異なるので一義的には言えないが、医師が前記状況を考慮して判断することにより、適宜適当な投与量を決定することができる。例えば、1回あたり1個~1×10個の細胞を投与してもよい。投与の頻度は、1回/日~1回/週の範囲で適宜選択することができる。投与量および投与頻度は、患者に応じて適宜増減することができる。
【0030】
〔血管毒性の評価方法〕
本発明は、上記本発明の細胞集団を用いる血管毒性の評価方法を提供する。本発明の血管毒性評価方法は、被験物質を上記本発明の細胞集団に接触させ、細胞増殖レベルを測定することにより実施することができる。具体的には、例えば、以下の工程を含む方法が挙げられる。
(1)被験物質を含有する培地および被験物質を含有しない培地を用いて前記[1]~[3]のいずれかに記載の細胞集団を培養する工程と、
(2)培養後の細胞増殖レベルを測定する工程と、
(3)被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルを、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルと比較する工程
【0031】
被験物質は特に限定されず、例えば、核酸、ペプチド、タンパク質、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物の組織抽出液、血漿等が挙げられる。ただし、これらに限定されない。被験物質は、新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。これら被験物質は塩を形成していてもよい。被験物質の塩としては、生理学的に許容される酸や塩基との塩であってもよい。
【0032】
本発明の細胞集団の培養に用いる培地は、血管内皮細胞の培養に使用できる公知の培地から適宜選択することができる。培養方法も、公知の血管内皮細胞の培養方法を適宜選択して用いることができる。培養期間は特に限定されず、使用する被験物質に応じて、適宜設定することが好ましい。
【0033】
細胞増殖レベルを測定する方法は特に限定されず、公知の方法から適宜選択して使用することができる。具体的には、例えば、目視またはセルカウンターを用いて細胞数を計数する方法、クリスタルバイオレット法、MTT法、その他の各種細胞増殖測定キットを用いる方法などが挙げられる。
【0034】
被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルが、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルより低下している場合、すなわち、被験物質が血管内皮幹細胞の増殖を抑制する物質である場合、当該被験物質は血管に対して毒性を有すると評価することができる。例えば、被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルが、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルの90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下である場合に、当該被験物質は血管に対して毒性を有すると評価してもよい。
【0035】
また、被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルが、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルより大幅に上昇している場合、すなわち、被験物質が血管内皮幹細胞の増殖を異常に促進する物質である場合も、当該被験物質は血管に対して毒性を有すると評価することができる。例えば、被験物質を含有する培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルが、被験物質を含有しない培地を用いて培養した場合の細胞増殖レベルの200%以上、250%以上、300%以上である場合に、当該被験物質は血管に対して毒性を有すると評価してもよい。
【0036】
哺乳動物の成体から回収した血管内皮細胞はインビトロでほとんど増殖しないので、細胞増殖を指標としたインビトロの血管毒性評価に用いることが難しい。一方、本発明の細胞集団はインビトロで増殖できるので、細胞増殖を指標としたインビトロの血管毒性評価に用いることができる。したがって、本発明の血管毒性評価方法は、簡便かつ迅速に被験物質の血管毒性を評価できる点で非常に有用である。本発明の血管毒性評価方法は、特に血管内皮細胞に対する毒性を評価したい場合に有用である。さらに、患者自身から本発明の細胞集団を調製することにより、患者等自身の血管に対する被検物質の影響を評価することができる点で非常に有用である。
【0037】
本発明には、以下の各発明も含まれる。
[A]前記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞集団または前記[6]~[8]のいずれかに記載の血管内皮幹細胞を投与する工程を含む血管再生方法。
[B]虚血および低栄養を改善する[A]に記載の方法。
[C]血管奇形または血管奇形に起因する血流不全を治療する[A]に記載の方法。
[D]臓器の再生を促進する[A]に記載の方法。
[E]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患を治療する[A]に記載の方法。
[F]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドロームまたは骨粗鬆症である[E]に記載の方法。
[G]血管の再生に使用するための前記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞集団または前記[6]~[8]のいずれかに記載の血管内皮幹細胞。
[H]虚血および低栄養を改善する[G]に記載の使用するための細胞集団または血管内皮幹細胞。
[I]血管奇形または血管奇形に起因する血流不全を治療する[G]に記載の使用するための細胞集団または血管内皮幹細胞。
[J]臓器の再生を促進する[G]に記載の使用するための細胞集団または血管内皮幹細胞。
[K]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患を治療する[G]に記載の使用するための細胞集団または血管内皮幹細胞。
[L]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドロームまたは骨粗鬆症である[K]に記載の細胞集団または血管内皮幹細胞。
[M]血管再生用医薬を製造するための前記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞集団または前記[6]~[8]のいずれかに記載の血管内皮幹細胞の使用。
[N]血管再生用医薬が、虚血および低栄養を改善する[M]に記載の使用。
[O]血管再生用医薬が、血管奇形または血管奇形に起因する血流不全を治療する[M]に記載の使用。
[P]血管再生用医薬が、臓器再生を促進する[M]に記載の使用。
[Q]血管再生用医薬が、血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患を治療する[M]に記載の使用。
[R]血管内皮細胞から分泌される分子の異常に起因する疾患が、血友病A、血友病B、フォン・ヴィレブランド病、高血圧、耐糖能異常症、脂質代謝異常症、メタボリックシンドロームまたは骨粗鬆症である[Q]に記載の使用。
[S]前記[4]に記載の細胞集団または前記[7]に記載の血管内皮幹細胞を投与する工程を含む導入遺伝子産物により改善される疾患の治療方法。
[T]導入遺伝子産物により改善される疾患の治療に使用するための前記[4]に記載の細胞集団または前記[7]に記載の血管内皮幹細胞。
[U]導入遺伝子産物により改善される疾患の治療用医薬を製造するための、前記[4]に記載の細胞集団または前記[7]に記載の血管内皮幹細胞の使用。
【実施例
【0038】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
〔実施例1:細胞表面マーカーによるマウス肝臓血管内皮幹細胞の特定〕
マウス肝臓の血管内皮細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)から取得したSP細胞集団およびMP細胞集団を用いて、MP細胞集団と比べSP細胞集団で発現が高い遺伝子を網羅的に解析し、100を超える遺伝子を見出した。これらの遺伝子の中から、SP細胞集団中に10%程度存在する血管内皮幹細胞の細胞表面マーカーの特定を試みた。
【0040】
1-1 マウス肝臓血管内皮細胞の表面マーカー解析
(1)使用動物および細胞調製
C57BL/6マウスおよびC57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウス(通称グリーンマウス)を日本エスエルシーから購入した。8~12週齢のマウスを実験に使用した。麻酔下でマウスを開腹し、肝臓を摘出した。肝臓を細切した後、Dispase II(Roche Applied Science社製)、collagenase(Wako社製)およびtypeII collagenase(Worthington Biochemical Corp.社製)の混合溶液に浸漬し、37℃で振盪して細胞外マトリックスを消化した。消化後の肝臓を孔径40μmのフィルターに通し、分散した細胞懸濁液を得た。ACK(Ammonium-Chloride-Potassium)溶液(0.15M NH4Cl, 10mM KHCO3, and 0.1mM Na2-EDTA)で赤血球を溶血させ、残りの細胞を以下の実験に供した。
【0041】
(2)免疫蛍光染色およびフローサイトメトリー解析
上記(1)で調製した細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った。モノクローナル抗体として、抗CD31抗体(clone MEC13.3, BD Biosciences社製)、抗CD45抗体(Clone 30-F11, BD Biosciences社製)、抗CD157抗体(clone BP3, Biolegend社製)、抗CD200抗体(clone OX90, Biolegend社製)を使用した。フローサイトメトリー解析において死細胞を除去するために、染色した細胞にPropidium iodide(PI, 2μg/mL, Sigma-Aldrich社製)を加え死細胞の核を染色した。フローサイトメトリー解析には、FACS Aria II SORP(BD Bioscience社製)およびFlowJo Software(Treestar Software社製)を使用した。
【0042】
(3)結果
結果を図1に示した。(A)のドットプロットの枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を肝臓の血管内皮細胞として回収した。続いて回収した細胞におけるCD157発現量(X軸)とCD200発現量(Y軸)を解析した結果を(B)のドットプロットに示した。その結果、肝臓の血管内皮細胞は、CD157陽性CD200陽性の画分A、CD157陰性CD200陽性の画分BおよびCD157陰性CD200陰性の画分Cの3つの画分に分かれることが明らかになった。そこで、各画分をそれぞれ回収し、以下の実験を行った。
【0043】
1-2 CD157およびCD200で分画した細胞のコロニー形成アッセイ
(1)実験方法
画分A(CD157陽性CD200陽性)、画分B(CD157陰性CD200陽性)および画分C(CD157陰性CD200陰性)の細胞を24ウェル培養プレートに播種した。OP9ストローマ細胞(RIKEN cell bank)をフィーダー細胞とし、それぞれ5000個/ウェルを播種した。培地には、10%FCSおよびVEGF(10 ng/mL; PeproTech社製)を含むRPMI培地(Sigma-Aldrich Japan)を用いた。10日間培養後、ウェルの細胞を固定して、抗CD31抗体(BD Biosciences社製)で染色した。なお、画分Aの細胞集団が本発明の第2の細胞集団であり、画分Aと画分Bの混合細胞集団が本発明の第1の細胞集団である。
【0044】
(2)結果
結果を図2に示した。左は画分C、中央は画分B、右は画分Aの結果である。画分AのCD157陽性CD200陽性細胞は、CD31陽性の大型のコロニーを多数形成した。画分BのCD157陰性CD200陽性細胞は、コロニー形成能を有しているが、コロニーの大きさや数は、画分Aの細胞に及ばなかった。画分CのCD157陰性CD200陰性細胞は、CD31陽性細胞として生存していたが、コロニー形成能はほぼ消失していた。これらの結果から、CD157陽性CD200陽性細胞(画分A)が血管内皮細胞幹細胞画分であり、この細胞からスタートして、CD157陰性CD200陽性(画分B)の幹細胞機能を一部残した血管内皮前駆細胞へ分化し、CD157陰性CD200陰性の成熟血管内皮細胞に終末分化すると考えられた。すなわち、本発明の第2の細胞集団は血管内皮細胞幹細胞を主とする細胞集団、本発明の第1の細胞集団は血管内皮細胞幹細胞と、幹細胞機能を一部残した血管内皮前駆細胞との混合細胞集団であると考えられた。
【0045】
1-3 肝血管障害モデルマウスを用いた幹細胞能の確認
(1)肝血管障害モデルマウス
C57BL/6マウスにモノクロタリン(Sigma-Aldrich 社製)を300mg/kgの用量で腹腔内投与し、同日に30rads/gの放射線を全身照射して、肝血管障害モデルマウスを作製した。
【0046】
(2)実験方法
C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から回収した画分A(CD157陽性CD200陽性)、画分B(CD157陰性CD200陽性)および画分C(CD157陰性CD200陰性)の細胞を使用した。各画分の細胞2×10個を、それぞれ肝血管障害モデルマウスの脾静脈から肝臓に移植した。移植後4週間目に、麻酔下でマウスを開腹し、肝臓を蛍光実体顕微鏡(Leica社製)で観察した。さらに、肝臓を摘出して上記1-1(1)に記載の方法で細胞懸濁液を調製し、抗CD31抗体、抗CD157抗体および抗CD200抗体で免疫蛍光染色して、フローサイトメトリー解析を行った。
【0047】
(3)結果
結果を図3に示した。左側は肝臓の蛍光実体顕微鏡観察像である。画分AのCD157陽性CD200陽性細胞を移植した肝臓(上段)では、GFP陽性領域が非常に広く、GFP陽性の移植細胞が無数の血管領域を構築していることが明らかになった。画分BのCD157陰性CD200陽性細胞を移植した肝臓(中段)のGFP陽性領域は、画分Aの細胞を移植した場合より小さかった。すなわち、画分Bの細胞は、血管領域を構築する能力を維持しているが、その能力は画分Aの細胞より劣っていることが明らかになった。画分CのCD157陰性CD200陰性細胞を移植した肝臓(下段)では、移植した細胞がGFP陽性細胞として生存していることのみが観察され、画分Cの細胞には新たな血管領域を構築する能力はないことが明らかになった。
【0048】
各画分の細胞を移植した肝臓からGFP陽性CD31陽性細胞(移植した細胞由来の細胞)を回収し(中央)、回収した細胞におけるCD157発現量(X軸)とCD200発現量(Y軸)のドットプロットを右側に示した。画分AのCD157陽性CD200陽性細胞を移植した肝臓(上段)では、CD157陽性CD200陽性細胞から、CD157陰性CD200陽性細胞、さらにCD157陰性CD200陰性細胞に分化が進行していることが明らかになった。画分BのCD157陰性CD200陽性細胞を移植した肝臓(中段)では、CD157陰性CD200陰性細胞に分化が進行していることが明らかになった。画分CのCD157陰性CD200陰性細胞を移植した肝臓(下段)では、移植した細胞がGFP陽性細胞として生存していることが明らかになった。
【0049】
1-4 小括
以上の解析結果から、血管内皮細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)をCD157とCD200によって分画すると、CD157陽性CD200陽性の血管内皮細胞が、幹細胞として血管形成に大いに貢献できる細胞であることが判明した。当該CD157陽性CD200陽性の血管内皮幹細胞が分化して、CD157陰性CD200陽性になった細胞は、幹細胞には及ばないが、未だ増殖能を保有した細胞(一部幹細胞機能を残した、いわゆる血管内皮前駆細胞)であり、CD157陰性CD200陰性となった細胞は、増殖活性が極めて減弱している終末分化した血管内皮細胞であると考えられた。この研究成果により、本発明者らは、血管内皮細胞の中に階層性が存在し、血管内皮幹細胞から血管内皮前駆細胞、さらに終末分化した血管内皮細胞への分化系譜を血管システムが有していることを、世界で初めて発見した。
なお、データを示していないが、本発明者らは、移植したCD157陽性CD200陽性細胞により形成された血管は、移植後1年を経過したマウスでも減少することなく残存していることを確認している。
【0050】
〔実施例2:CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞移植による血友病の治療〕
幹細胞は、未分化性を維持しつつ、終末分化した体細胞を継続的に産生していくことから、血管内皮幹細胞と考えられるCD157陽性CD200陽性細胞を移植すれば、長期的に血管内皮細胞として貢献し続けることが期待できる。それゆえ、血管内皮細胞の機能不全に起因する疾患患者にこの細胞を移植すれば、当該疾患を完治できる可能性があると考えられる。そこで、血友病Aモデルマウスの肝臓に正常なCD157陽性CD200陽性細胞を移植し、血友病Aモデルマウスの出血傾向を抑制できるかについて検討した。
【0051】
(1)実験方法
血友病Aモデルマウス(凝固第VIII因子遺伝子欠損マウス)は、Jackson Laboratory社から購入した。CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞およびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞は、C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から、実施例1の1-1に記載の方法で調製した。血友病Aモデルマウスの肝臓に、C57BL/6-TgマウスのCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞およびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞をそれぞれ脾静脈から移植し、6週間後に採血し血漿を回収した。これら以外に、野生型マウス、凝固第VIII因子遺伝子ヘテロ欠損マウス、細胞を移植していない凝固第VIII因子遺伝子欠損マウスからも採血を行い、血漿を回収した。血漿中の凝固第VIII因子の測定には、Thrombocheck FVIII kit(Sysmex Corporation社製)を使用した。
【0052】
CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病AモデルマウスおよびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスについては、移植から6週間後に麻酔下で開腹し、肝臓を摘出した。摘出した肝臓は、定法に従い凍結切片を作製し、抗EGFP抗体および抗CD31抗体で染色して、EGFP陽性CD31陽性細胞の存在を蛍光顕微鏡で観察した。さらに、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスと細胞を移植していない血友病Aモデルマウスの尾を切断し、1分毎に浸み出した血液を濾紙に吸着させ、止血するまでの時間を記録した。
【0053】
(2)結果
CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスの肝臓の凍結切片を抗EGFP抗体および抗CD31抗体で染色し、蛍光顕微鏡で観察した結果を図4に示した。移植されたEGFP陽性の血管内皮細胞によって血管が構築されており、類洞様血管網がEGFP陽性の血管によって置き換わっていることが明らかになった。
【0054】
血漿中の凝固第VIII因子の測定結果を図5に示した(N=4、Student T test)。各測定値は、標準血漿の凝固第VIII因子の測定値を100%とする相対値で示した。血友病Aモデルマウスの血漿中に凝固第VIII因子は検出されなかったが、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスでは、野生型マウスの約70%レベルの凝固第VIII因子が検出された。このレベルは、凝固第VIII因子遺伝子ヘテロ欠損マウスの凝固第VIII因子レベルより高いものであった。一方、CD157陰性CD200陰性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスでは、凝固第VIII因子の発現はほとんど回復しなかった。
【0055】
CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスと細胞を移植していない血友病Aモデルマウスの出血時間を測定した結果を図6に示した。(A)が細胞を移植していない血友病Aモデルマウスの結果、(B)がCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスの結果である。細胞を移植していない血友病Aモデルマウスは、60分経過後も止血しなかったのに対して、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植した血友病Aモデルマウスは、5分弱で止血した。
これらの結果から、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞(血管内皮幹細胞)の移植は、血管内皮細胞の機能不全に起因する疾患の治療に有効であることが明らかになった。
【0056】
〔実施例3:CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞移植による肝再生〕
近年、血管内皮細胞から分泌される分子が、組織の恒常性維持や組織再構築に重要な機能を果たすことが報告されており、肝臓についても肝臓の類洞血管の血管内皮細胞による肝細胞の維持機構が明らかにされている。CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞は、肝臓の類洞血管の形成に大きく貢献することが明らかになったため、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞の移植により、肝臓の再生が促進するかどうかを検討した。
【0057】
3-1 肝再生実験1
(1)実験方法
C57BL/6マウスに対して定法に従い70%部分肝切除術を行った。CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞およびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞は、C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から、実施例1の1-1に記載の方法で調製した。70%部分肝切除したマウスの肝臓に、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞およびCD157陰性CD200陰性血管内皮細胞を、それぞれ脾静脈を介して移植し、8日後に麻酔下でマウスから肝臓を取り出し、重量を測定した。
【0058】
(2)結果
データを示していないが、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を移植したマウスは、CD157陰性CD200陰性血管内皮細胞を移植したマウスに比べ肝臓の再生が促進されていることが明らかになった。したがって、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞(血管内皮幹細胞)の移植は、例えば肝線維症、肝硬変などの疾患の治療に有効であると考えられる。
【0059】
3-2 肝再生実験2
(1)実験方法
C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から、実施例1の1-1(1)に記載の方法で細胞懸濁液を調製した。得られた細胞にヘキスト染色と免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った。ヘキスト染色は、1×10細胞/mLの細胞懸濁液に、ヘキスト染色液(2% FBS (Sigma-Aldrich), 1mM HEPES (Gibco), 5μg/mL Hoechst33342 (Sigma-Aldrich)含有DMEM (Sigma-Aldrich))を添加して、37℃で90分間行った。免疫蛍光染色には、実施例1で使用した抗CD31抗体および抗CD45抗体と同じモノクローナル抗体を使用した。染色した細胞にPI(2μg/mL, Sigma-Aldrich社製)を加え死細胞の除去を行った。CD31陽性CD45陰性PI陰性細胞(死細胞を除去した血管内皮細胞)を回収し、ヘキスト解析をフローサイトメーターで行った。フローサイトメトリー解析には、FACS Aria II SORP(BD Bioscience社製)およびFlowJo Software(Treestar Software社製)を使用した。CD31陽性CD45陰性でヘキスト染色されない細胞をSP細胞集団として回収し、CD31陽性CD45陰性でヘキスト染色される細胞をMP細胞集団として回収した。SP細胞集団の約70%はCD157陽性CD200陽性であり、MP細胞集団にはCD157陽性CD200陽性はほとんど含まれないことが本発明者らにより確認されている。
【0060】
C57BL/6マウスに対して定法に従い70%部分肝切除術を行った。SP細胞集団およびMP細胞集団の細胞それぞれ2×10個を、70%部分肝切除したマウスの肝臓に脾静脈を介して移植した。7日後に麻酔下でマウスから肝臓を摘出し、重量を測定し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0061】
摘出した肝臓から実施例1の1-1に記載の方法で、GFP陽性血管内皮細胞(GFP陽性CD31陽性CD45陰性細胞)を調製した。この移植後のGFP陽性血管内皮細胞と、移植前のSP細胞集団の細胞(各1×10個)から、RNAeasy kit(Qiagen社)を用いてそれぞれトータルRNAを調製し、ExScript RT reagent Kit(タカラバイオ社)を用いてcDNAを合成した。得られた移植前後のcDNA(PreおよびPost)を試料として、Wnt2とHGFのmRNAの発現量をリアルタイムPCR法によって解析した。肝臓内の、血管内皮細胞は、肝臓に対してWnt2やHGFなどのサイトカインを分泌して肝細胞の長期的な維持、あるいは肝臓の再生に関わることが知られているからである。対照として解糖系酵素であるGAPDH(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)のmRNAの発現量を測定した。リアルタイムPCRには、Stratagene MX3000P(Stratagene社製)を用いた。リアルタイムPCRに用いたプライマーは以下のとおりである。
Wnt2
5'-AAGGACAGCAAAGGCACCTT-3'(配列番号1)
5'-GAGCCACTCACACCATGACA-3'(配列番号2)
HGF
5'-ACCCTGGTGTTTCACAAGCA-3'(配列番号3)
5'-CAAGAACTTGTGCCGGTGTG-3'(配列番号4)
GAPDH
5'-AACTTTGGCATTGTGGAAGG-3'(配列番号5)
5'-GGATGCAGGGATGATGTTCT-3'(配列番号6)
【0062】
(2)結果
蛍光顕微鏡による観察結果を図7に示した。(A)がSP細胞集団の細胞を移植した肝臓の結果、(B)がMP細胞集団の細胞を移植した肝臓の結果である。SP細胞集団の細胞を移植した肝臓ではGFP陽性細胞が血管を形成していることが観察されたが、MP細胞集団の細胞を移植した肝臓ではGFP陽性細胞がほとんど観察されなかった。
【0063】
肝重量を測定した結果を図8に示した(N=6、Student T test)。SP細胞集団の細胞を移植した肝臓の重量は、MP細胞集団の細胞を移植した肝臓の重量より重く、SP細胞集団の細胞の移植により肝臓の再生が促進していることが判明した。
【0064】
移植前のSP細胞集団の細胞および移植後のGFP陽性CD31陽性CD45陰性血管内皮細胞における、Wnt2およびHGFのmRNA発現量の結果を図9に示した(N=3、Student T test)。(A)がWnt2の結果、(B)がHGFの結果である。Wnt2およびHGFとも、移植前(Pre)より移植後(Post)の発現が上昇していることが判明した。
【0065】
これらの結果から、血管内皮幹細胞の肝臓への移植は、例えば肝線維症、肝硬変などの疾患の治療に有効であると考えられる。
【0066】
〔実施例4:肝臓以外の臓器におけるCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞〕
肝臓では、CD31陽性CD45陰性CD157陽性CD200陽性細胞を指標として、臓器内の血管内皮幹細胞を単離できることが判明した。そこで、肝臓以外の臓器においても、このような血管内皮幹細胞が存在するかどうかを検討した。
【0067】
(1)実験方法
8週齢のC57BL/6マウスから、網膜、脳、心臓、皮膚、筋肉、肺を採取した。実施例1の1-1(1)に記載の方法で細胞懸濁液をそれぞれ調製した。各細胞懸濁液を抗CD31抗体、抗CD45抗体、抗CD157抗体および抗CD200抗体で免疫蛍光染色して、CD31陽性CD45陰性CD157陽性CD200陽性細胞(CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞)およびCD31陽性CD45陰性CD157陰性CD200陰性細胞(CD157陰性CD200陰性血管内皮細胞)を回収した。これらの細胞を用いて、実施例1の1-2(1)に記載の方法で、コロニー形成アッセイを行った。
【0068】
(2)結果
結果を図10に示した。(A)は網膜、(B)は脳、(C)は心臓、(D)は皮膚(真皮)、(E)は筋組織、(F)は肺の結果である。いずれの臓器においても、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を回収することができ、この細胞はCD31陽性の大型のコロニーを多数形成した。一方、CD157陰性CD200陰性血管内皮細胞のコロニー形成能は乏しいものであった。
血管は臓器において特徴的な構造を維持し、その臓器の機能を支持している。したがって、各臓器の血管内皮幹細胞は当該臓器の再生を誘導し得ると考えられる。
【0069】
〔実施例5:遺伝子導入された血管内皮幹細胞の移植〕
遺伝子導入された血管内皮幹細胞を移植することで、移植された血管内皮幹細胞およびそれから分化した血管内皮細胞が、導入された遺伝子産物を継続的かつ持続的に発現するかどうかを検討した。
【0070】
(1)実験方法
実施例1の1-1に記載の方法で、C57BL/6-Tg(CAG-EGFP)マウスの肝臓から、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を調製した。このCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞200個を、10ng/mLのVEGFを添加した4000μLの4%ウシ胎児血清(FBS、Sigma-Aldrich)含有リン酸緩衝食塩水(PBS、ThermoFisher)に懸濁した。ピペットマン(商品名、GILSON)を用いて20μLの細胞懸濁液を96ウェルプレート(ThermoFisher)に分注した。1個の細胞が入っているウェルを顕微鏡(DM IL LED、Leica)で肉眼的に選別して、さらに蛍光顕微鏡(DMi8、Leica)でGFPが発現していることを確認した。
【0071】
レシピエントとしてC57BL/6マウス(日本SLC社)を用いた。CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞1個を含む20μLの溶液を注射針付注射筒を用いてレシピエントマウスの肝臓に経皮的に直接注入した。1か月後にレシピエントマウスを麻酔下で開腹して実体蛍光顕微鏡(MZ 16 FA、Leica)を用いて肝臓の観察を行い、その後安楽死させて肝臓を摘出した。GFP陽性血管コロニーを含む部分を顕微鏡下で切除して、蛍光免疫染色およびフローサイトメーターを用いて解析した。蛍光免疫染色は、4%パラホルムアルデヒド(Wako)で固定した後、抗GFP抗体(MBL)および抗CD31抗体(Clone 30-F11, BD Biosciences社製)で染色し、SYTOX orange(ThermoFisher)で核染色を行い、共焦点顕微鏡(Leica)で観察した。細胞懸濁液の調製は実施例1の1-1(1)と同じ方法で行い、フローサイトメトリー解析は、実施例1の1-1(2)と同じ方法で行った。
【0072】
(2)結果
レシピエントマウスの肝臓の実体蛍光顕微鏡画像を図11に示した。GFPの発現を維持している血管構造が観察された。
【0073】
レシピエントマウスの肝臓を免疫蛍光染色し共焦点顕微鏡で観察した結果を図12に示した。(A)が抗GFP抗体で染色した結果、(B)が抗CD31抗体結果、下段は上段の点線枠内(類洞周囲)の拡大画像である。GFPを発現しているCD31陽性細胞が観察された。
【0074】
フローサイトメトリー解析の結果を図13に示した。GFP陽性の血管内皮細胞(CD157陰性CD200陰性)が多数存在することが示された。また、GFP陽性の血管内皮幹細胞(CD157陽性CD200陽性)も増殖していることが示された。
【0075】
これらの結果から、1個の血管内幹細胞であっても、定着すれば、長期的に血管内皮細胞および血管内皮幹細胞として生体内で維持することができること、その際に、移植する血管内皮幹細胞から目的分子が分泌されるように、目的分子をコードする遺伝子を導入した血管内皮幹細胞を移植することで、疾患の治療に有用な目的分子を生体で長期間発現し得ることが証明された。
【0076】
〔実施例6:ヒト肝臓における血管内皮幹細胞の確認〕
マウスの肝臓で確認された血管内皮幹細胞が、ヒトにも存在するかどうかを検討した。
【0077】
6-1 ヒト肝臓血管内皮細胞の表面マーカー解析
(1)実験方法
ヒト肝臓組織を用いて、実施例1の1-1(1)に記載の方法で細胞懸濁液を調製した。続いて実施例1の1-1(2)に記載の方法で、得られた細胞に免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った。
【0078】
(2)結果
結果を図14に示した。(A)のドットプロットの枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を肝臓の血管内皮細胞として回収した。続いて回収した細胞におけるCD157発現量(X軸)とCD200発現量(Y軸)を解析した結果を(B)のドットプロットに示した。図14(B)に示されたように、ヒト肝臓の血管内皮細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)は、CD200の発現量により、CD200陰性とCD200陽性の2つの画分に分かれることが示された。一方、CD157陽性細胞数は非常に少ないが存在することが確認された。
【0079】
6-2 CD200で分画した血管内皮細胞のコロニー形成アッセイ
(1)実験方法
図14(B)のCD200陽性画分(本発明の第1の細胞集団:CD31陽性CD45陰性CD200陽性細胞)およびCD200陰性画分(CD31陽性CD45陰性CD200陰性細胞)をそれぞれ回収し、実施例1の1-2(1)に記載の方法で、コロニー形成アッセイを行った。
【0080】
(2)結果
結果を図15に示した。(A)がCD200陽性画分の結果、(B)がCD200陰性画分の結果である。(B)のCD200陰性画分には、CD31陽性のコロニーを形成する細胞は存在しなかったが、(A)のCD200陽性画分には、CD31陽性のコロニーを形成する細胞が含まれることが示された。すなわち、ヒト肝臓のCD31陽性CD45陰性CD200陽性細胞には、血管内皮細胞コロニー形成能を有する血管内皮幹細胞が含まれることが明らかになった。なお、本実施例ではCD157陽性CD200陽性血管内皮細胞(本発明の第2の細胞集団)の細胞数が少なかったため、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞を用いてコロニー形成アッセイを行わなかったが、ヒトの場合もマウスと同様に、CD157陽性CD200陽性血管内皮細胞集団(本発明の第2の細胞集団)は血管内皮細胞幹細胞を主とする細胞集団であると考えられる。
【0081】
以上の結果から、血管内皮幹細胞は哺乳動物に共通して存在しており、種々の臓器の血管形成に大きく貢献し、ヒトの各種疾患においてもこの血管内皮幹細胞の移植による治療が有効であると考えられる。
【0082】
〔実施例7:ヒト血管内皮細胞におけるCD157陽性の確認〕
マウスでは、いずれの臓器、器官、組織においても血管内皮幹細胞はCD157を発現していることが明らかになった(実施例4)。ヒトの肝臓においては、CD200陽性細胞中に血管内皮幹細胞の存在が確認されたが、CD157陽性細胞の存在は明確ではなかった。そこで、肝臓以外のヒト組織にCD157陽性血管内皮細胞の存在を確認できるかどうか検討した。
【0083】
(1)実験方法
ヒト腎臓組織およびヒト胎盤組織から、実施例1の1-1(1)に記載の方法で、それぞれ細胞懸濁液を調製した。得られた細胞に、抗CD31抗体(clone WM59, BioLegend社製)、抗CD45抗体(Clone HI30, BioLegend社製)および抗CD157抗体(clone SY11B5, BD社製)を用いて免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った。フローサイトメトリー解析には、FACS Aria II SORP(BD Bioscience社製)およびFlowJo Software(Treestar Software社製)を使用した。
【0084】
(2)実験結果
ヒト腎臓組織の結果を図16に、ヒト胎盤組織の結果を図17にそれぞれ示した。図16および17とも、(A)は抗CD31抗体と抗CD45抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果であり、(B)は(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)中のCD157陽性細胞のフローサイトメトリー解析を行った結果である。腎臓および胎盤共に、(A)の枠内の細胞(CD31陽性CD45陰性細胞)を抗CD157抗体で染色してフローサイトメトリー解析を行った結果、CD157陽性血管内皮幹細胞画分の存在が観察された。
【0085】
〔実施例8:ヒト血管内皮細胞におけるSP細胞集団の確認〕
本発明者らは、マウス血管内皮細胞中にside population細胞(SP細胞集団)が存在することを確認している(非特許文献1)。しかし、ヒト組織においては、血管内皮細胞中にSP細胞集団が存在することは未だ確認されていない。そこで、ヒト組織においても、血管内皮細胞中にSP細胞集団の存在を確認できるかどうか検討した。
【0086】
(1)実験方法
ヒト皮膚組織から、実施例1の1-1(1)に記載の方法で細胞懸濁液を調製した。得られた細胞にヘキスト染色と免疫蛍光染色を行い、フローサイトメトリー解析を行った。ヘキスト染色は、1×10細胞/mLの細胞懸濁液に、ヘキスト染色液(2% FBS (Sigma-Aldrich), 1mM HEPES (Gibco), 5μg/mL Hoechst33342 (Sigma-Aldrich)含有DMEM (Sigma-Aldrich))を添加して、37℃で90分間行った。免疫蛍光染色には、抗CD31抗体(clone WM59, BioLegend社製)および抗CD45抗体(Clone HI30, BioLegend社製)を使用した。染色した細胞にPI(2μg/mL, Sigma-Aldrich社製)を加え死細胞の除去を行った。CD31陽性CD45陰性PI陰性細胞(死細胞を除去した血管内皮細胞)を回収し、ヘキスト解析をフローサイトメーターで行った。フローサイトメトリー解析には、FACS Aria II SORP(BD Bioscience社製)およびFlowJo Software(Treestar Software社製)を使用した。
【0087】
(2)実験結果
結果を図18に示した。ヒト皮膚組織にSP細胞集団画分(破線枠内)が存在することを確認した。
【0088】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
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図15
図16
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図18
【配列表】
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