(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-18
(45)【発行日】2022-11-29
(54)【発明の名称】GLP-1分泌促進能を有する乳酸菌
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20221121BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20221121BHJP
C12R 1/225 20060101ALN20221121BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23L33/135
C12R1:225
(21)【出願番号】P 2019053343
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-09-29
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02872
(73)【特許権者】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】長▲崎▼ 恭久
(72)【発明者】
【氏名】大木 篤史
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/084051(WO,A1)
【文献】Appetite,2014年,Vol.82,pp.111-118
【文献】Journal of Functional Foods,2015年,Vol.18,pp.473-486
【文献】Journal of Functional Foods,2016年,Vol.24,pp.276-286
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/20
A23L 33/135
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
GLP-1分泌促進能力を有するラクトバチルス属に属する乳酸菌
であって、
前記ラクトバチルス属に属する乳酸菌がラクトバチルス・パラカゼイN34株(NITE BP-02872)である乳酸菌。
【請求項2】
請求項
1に記載の乳酸菌を含有する飲食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高いGLP-1分泌促進能力を有する乳児腸内由来の乳酸菌の菌株及び当該乳酸菌の処理物を含有する飲料、食品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病には発症の原因によって、1型、2型、その他、妊娠糖尿病などが存在する。このうち、糖尿病患者の95%以上が2型と言われている。2型糖尿病は、遺伝的要因に食生活、運動習慣などの生活習慣が加わることで発症するのではないかと考えられているが、いまだ不明な点が多い。2型糖尿病の特徴としては、インスリンは分泌されているものの、働きが悪く血糖値が下がらないインスリン抵抗タイプと、分泌そのものが減っているインスリン分泌低下タイプに大別できる。
【0003】
近年、2型糖尿病治療の標的としてGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)が注目されている。GLP-1はインクレチンの一つである。インクレチンとは消化管ホルモンの総称であり、栄養素の摂取により消化管から血中に分泌される。
【0004】
GLP-1には、液性経路と呼ばれる血液脳関門を通過して直接脳神経に作用する経路が知られている。具体的には、血中に分泌されたGLP-1は、グルコース依存的にインスリンの分泌を促進させる。そして、分泌されたインスリンは血糖値を低下させる。
【0005】
一方、GLP-1には、神経経路と呼ばれる自律神経求心路を介する経路も知られている。具体的には、消化管からの求心性迷走神経や求心性交感神経を経由して脳内の延髄孤束核や視床下部へ刺激を伝達する。そして、求心性迷走神経の経路は、食欲を抑制することが知られている(非特許文献)。
【0006】
求心性迷走神経は、末梢の情報を瞬時に受容し、神経情報に変換して延髄孤束核へ伝達する内臓感覚神経の一種である。近年、食前後に分泌が連動する食関連ホルモン(胃腸膵ホルモン)は、求心性迷走神経に直接作用して摂食量を調節していることが明らかになってきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、近年、日本では、食生活、運動習慣、喫煙、飲酒などの生活習慣により引き起こされる生活習慣病が問題となっている。生活習慣病の予防・解消のためには、運動習慣を取り入れることが推奨されている。しかし、例えば寝たきり者が運動することはできない。また、運動器官(骨、関節)や循環器に負担をかけられない人、毎日忙しい人も持続的な運動を継続することは難しい。そのため、本人が持続的な運動を望んだとしても実施できないという問題が生じる。
【0009】
一方、運動以外の生活習慣病予防としては、食事制限による方法も提案されている。しかし、食事制限は食事制限実施者への精神的な負担が大きく、ストレスをためこみやすい。そのため、人によっては食事制限を継続できない。
【0010】
本発明者らは、無理な運動や食事制限ではなく、むしろ腸内環境を整えつつ、しかも普段の食事において食欲を抑制できないか検討を行った。そして、液性経路又は神経経路もしくは両経路を介して食欲を抑制することができる乳酸菌およびビフィズス菌がいないかスクリーニングを行った。その結果、高いGLP-1分泌促進能を有する乳酸菌を見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題解決のため、本発明は、GLP-1生成能力を有するラクトバチルス属に属する乳酸菌である。
【0012】
上記構成において、ラクトバチルス属に属する乳酸菌がラクトバチルス・パラカゼイN34株(NITE BP-02872)であることが好ましい。また、ラクトバチルス・パラカゼイN34株を含んだ飲食品であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の乳酸菌はGLP-1分泌促進能力を有する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の菌株と比較菌株のGLP-1分泌促進能力を比較した図である。
【
図2】
図2は、本発明の菌株と比較菌株のスキムミルク培地増殖性を比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.ラクトバチルス・パラカゼイN34株(NITE BP-02872)
本発明の乳酸菌は、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)である。特にラクトバチルス・パラカゼイに属する乳酸菌のうち、ラクトバチルス・パラカゼイN34株(NITE BP-02872)である。本発明にいうN34の記号は日清食品ホールディングス株式会社で独自に菌株に付与した番号であり、本ラクトバチルス・パラカゼイN34株は本発明者によって初めて分離されたものである。
【0016】
本発明のラクトバチルス・パラカゼイN34株は、下記の条件で寄託されている。
(1)寄託機関名:独立行政法人製品技術基盤機構 特許微生物寄託センター
(2)連絡先:〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室
(3)受託番号:NITE BP-02872
(4)識別のための表示:N34
(5)原寄託日:2019年2月1日
本発明のラクトバチルス・パラカゼイN34株株の菌学的性質は、以下の表1及び表2に示す通りである。本菌学的性質は、Bergey’s manual of systematic bacteriology Vol.2(1986)に記載の方法による。表1は本菌株に関する形状等を、表2はAPI50CHL(ビオメリュー製)により、糖資化性を試験した結果を示す。
【0017】
【0018】
【0019】
2.GLP-1分泌促進能力評価方法
本発明のラクトバチルス・パラカゼイN34株は、後述する実験例に示すように、高いGLP-1分泌促進能を有する。GLP-1分泌促進能の確認については以下の試験方法によって行った。
【0020】
<GLP-1分泌促進能評価に用いた被験体(菌体)の調製>
後述するラクトバチルス属の菌体は表3に示すMRS培地(Difco Lactobacilli MRS Broth)を、ビフィドバクテリウム属の菌体は表4に示すGAMブイヨン(日水製薬 社製)をそれぞれ用いて、37℃ ・24時間培養した。次いで、遠心分離機を用いて増殖させた菌体を集菌した。分離した菌体を滅菌水で洗浄し、遠心分離機で集菌を行った。洗浄と集菌を繰り返し3回行った。その後、凍結乾燥機を用いて集菌した菌体を凍結乾燥し、乾燥菌体粉末を得た。
【0021】
【0022】
【0023】
本発明で用いる培養細胞としては、GLP-1分泌能を備える細胞であることが好ましい。具体的には、ヒト由来のNCI-H716細胞や、マウス由来のGlu-tag細胞等を挙げることができる。このうち、取り扱いしやすいNCI-H716細胞を用いることが好ましい。なお、NCI-H716細胞は、培養時に底面に付着するものと、浮遊しながら凝集するものとが混在する。
【0024】
NCI-H716細胞の培養は次のようにして行った。まず、RPMI1640培地(gibco社製)に対して、10%ウシ胎児血清(Biological Industries社製)、100 U/mLペニシリン(Sigma社製)、100 μg/mLストレプトマイシン、25μg/mLアムホテリシンB(Sigma社製)、0.2% NaHCO3(gibco社製)、1mM L-Glutamine(gibco社製)、4.5g/L D-Glucose(gibco社製)、2.383g/L HEPES Buffer(gibco社製)、110mg/L Sodium Pyruvate(gibco社製)を加え、培養培地とした。次に、CELLCOAT(登録商標)ポリ‐D‐リジン(greuner Bio-One社製;以下、単に「培養容器」という。)でNCI-H716細胞を37℃,5%CO2条件下で培養した。
【0025】
3.飲食品
本発明の乳酸菌は飲食品に含有せしめて使用することができる。本発明の乳酸菌は特に乳製品に好適に用いることができる。一例としては、乳酸菌入り発酵乳及び乳酸菌入り乳酸菌飲料が挙げられる。現行の乳及び乳製品の成分規格等に関する省令では、成分規格として乳酸菌数は特に規定はされていないが、発酵乳(無脂乳固形分8.0%以上のもの)や乳酸菌飲料(無脂乳固形分3.0%以上のもの)であれば1.0×107cfu/ml以上、乳酸菌飲料(無脂乳固形分3.0%未満のもの)であれば1.0×106cfu/ml以上が好ましい。菌数については、乳などの発酵液中で増殖させたり、最終製品の形態で増殖させたりすることによって実現することができる。また、乳酸菌入り発酵乳及び乳酸菌入り乳酸菌飲料以外にも、バター等の乳製品、マヨネーズ等の卵加工品、バターケーキ等の菓子パン類等にも利用することができる。さらに、即席麺やクッキー等の加工食品にも好適に利用することができる。上記の他、本発明の食品は、前記乳酸菌と共に、必要に応じて適当な担体及び添加剤を添加して製剤化された形態(例えば、粉末、顆粒、カプセル、錠剤等)であってもよい。
【0026】
本発明の乳酸菌は、一般の飲料や食品以外にも特定保健用食品、栄養補助食品等に含有させることも有用である。
【0027】
また、本発明の乳酸菌は、食品以外にも整腸剤等の医薬品分野、歯磨き粉等の日用品分野、サイレージ、動物用餌、植物液体肥料等の動物飼料・植物肥料分野においても応用可能である。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
<試験例1>GLP-1分泌促進能力評価
被験体として、本発明のラクトバチルス・パラカゼイN34株、自社保有の2つのラクトバチルス・パラカゼイ比較菌株(BL1、BL2)及び基準株のラクトバチルス・パラカゼイ(JCM1217)を用いてGLP-1分泌促進能力評価を実施した。GLP-1分泌促進能力評価は次の手順により行った。
【0030】
<GLP-1分泌能評価試験方法>
先ず、培養容器から培養培地を50mlコーニングチューブに移した。50mlコーニングチューブを300×g、4℃で5分間遠心し、上清を除去した。次に、PBS(-)を13ml加え、培養容器内を洗浄した。洗浄したPBS(-)を先ほどの50mlコーニングチューブに移した。再び50mlコーニングチューブを300×g、4℃で5分間遠心し、上清を除去した。最後に、培養容器にAccutase(Innova Cell Technologies社製)を3ml加え、37℃で10分間静置し、培養容器の底面に付着したGLP-1細胞を剥がした。PBS(-)を13ml加え、剥がした細胞を先ほどの50mlコーニングチューブに移した。再度50mlコーニングチューブを300×g、4℃で5分間遠心し、上清を除去することでNCI-H716細胞を回収した。
【0031】
次に、回収した細胞をセルカウンター(商品名Countess;invitrogen社製)を用いて2×105Cell/mlとなるように培養培地で懸濁した。また、上記で得た被験体の乾燥粉末をD-PBS(-)(富士フイルム和光純薬 社製)で1 mg/mlの濃度になるよう懸濁した。各被験体を最終添加濃度が100μg/wellとなるように、CELLCOAT(登録商標)ポリ‐D‐リジンの24ウェルプレート(greuner Bio-One社製)にあらかじめ添加した。なお、コントロールとして、被験体を添加していないウェルを設けた。そして、各被験体が添加されたウェルに対して細胞数を調製したNCI-H716細胞を500μlずつ播種した。播種後、37℃,5%CO2で2時間インキュベーションを行った。インキュベーション後、ウェルごとに培養上清を回収した。回収した培養上清を300×g、4℃で4分間遠心し、被験体ごとの測定サンプルを得た。
【0032】
<EIA法によるGLP-1分泌量の測定>
次に、EIA法を用いて各サンプルに含まれるGLP-1分泌量の測定を行った。測定にはGLP-1(7-36)Human Simple Step ELISA(登録商標)kit(Abcam)を用いた。
【0033】
まず、各サンプルをPre-coatied 96 well Microplateのウェルに、50μlずつ加えた。次に、抗体溶液を5μl加えて、室温、遮光条件下、プレートミキサーを用いて500rpmで振盪しながら1時間インキュベーションさせた。インキュベーション後、付属のwash bufferを用いて、各ウェルを350μl/wellで3回洗浄した。TMB Development solutionを100μlずつ各ウェルに加え、室温、遮光条件下、プレートミキサーを用いて500rpmで振盪しながら15分間インキュベーションさせた。反応停止剤100μlを各ウェルに加えて反応を停止させ、450nmの波長で吸光度を測定した。
なお、検量線用の測定試料は付属のGLP-1 Standardを1000pg/ml, 625pg/ml, 390.6pg/ml, 244.1pg/ml, 152.6pg/ml, 95.4pg/ml, 59.6pg/ml, 0pg/mlに調製して用いた。
【0034】
【0035】
【0036】
表5及び
図1からも明らかなように、本発明の乳酸菌(ラクトバチルス・パラカゼイN34株)のGLP-1分泌促進能は高く、他の自社保有の乳酸菌及び基準株と比べても高いGLP-1分泌促進能を有していることが確認された。
【0037】
<試験例2>スキムミルク培地増殖性試験
本発明のラクトバチルス・パラカゼイN34株と、自社保有の2つのラクトバチルス・パラカゼイ比較菌株(LPC1、LPC2、LPC3)及び基準株のラクトバチルス・パラカゼイ(25302、25598、25599)について、スキムミルク培地増殖性試験を実施した。
【0038】
10%SM(スキムミルク)培地に1×106cfu/ml植菌し、これを37℃ で24時間培養した。乳酸菌数によってスキムミルク培地での増殖性を評価した。
【0039】
【0040】
【0041】
本発明の菌株(ラクトバチルス・パラカゼイN34株)の菌数は2.1×108cfu/mlであり、乳酸菌入り発酵乳及び乳酸菌入り乳酸菌飲料を生産する上で問題のないレベルであった。