(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-21
(45)【発行日】2022-11-30
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質及びリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20221122BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20221122BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2019091631
(22)【出願日】2019-05-14
(62)【分割の表示】P 2019522341の分割
【原出願日】2018-08-28
【審査請求日】2021-07-16
(31)【優先権主張番号】P 2018040930
(32)【優先日】2018-03-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 源衛
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】野家 明彦
【審査官】上野 文城
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-192719(JP,A)
【文献】特開2005-116273(JP,A)
【文献】特開2006-232608(JP,A)
【文献】特開2001-216965(JP,A)
【文献】特許第4200539(JP,B2)
【文献】特開2017-102995(JP,A)
【文献】特開2005-026141(JP,A)
【文献】KWON, Sung nam et al.,Variation of discharge capacities with C-rate for LiNi1-yMyO2(M=Ni, Ga, Al and/or Ti) cathodes synthesized by the combustion method,Ceramics International,2010年,Vol.36,pp.893-898
【文献】ARAI, H et al.,Characterization and cathode performance of Li1-xNi1+xO2 prepared with the excess lithium method,Solid State Ionics,1995年,Vol.80,pp.261-269
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/525
H01M 4/505
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-NaFeO
2型の結晶構造を有し、下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Li、Ni及びCo以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.06、b+c+d=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物
であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10
-10m以上
、
比表面積が0.2m
2
/g以上1.5m
2
/g以下であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記組成式(1)におけるbが0.80≦b≦0.95であり、且つc軸の格子定数が14.210×10
-10m以上14.240×10
-10m以下である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
CuKα線を用いた粉末X線回折スペクトルにおいて、(003)面に帰属される回折ピークの積分強度をI(003)、(104)面に帰属される回折ピークの積分強度をI(104)としたとき、回折ピークの強度比I(003)/I(104)が1.2以上であり、且つ前記(003)面に帰属される回折ピークの半値幅が0.130°以下である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
c軸の格子定数が14.210×10
-10m以上14.240×10
-10m以下である請求項3に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
CuKα線を用いた粉末X線回折スペクトルにおいて、(003)面に帰属される回折ピークの半値幅が0.119°以下である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項6】
前記組成式(1)におけるMが、Mn、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される1種以上の金属元素を含む請求項1から請求項5のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項7】
前記組成式(1)におけるcが0.01≦c≦0.04である請求項1から請求項6のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項8】
前記組成式(1)におけるbが0.80≦b≦0.95である請求項1から請求項7のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項9】
α-NaFeO
2型の結晶構造を有し、下記組成式(2);
Li
1+aNi
bCo
cMn
pM1
qO
2+α ・・・(2)
[但し、組成式(2)において、M1は、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.00、0≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物
であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、
前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10
-10m以上であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項10】
請求項1から請求項
9のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギ密度を有する軽量な二次電池として、リチウムイオン二次電池が広く普及している。リチウムイオン二次電池は、ニッケル・水素蓄電池や、ニッケル・カドミウム蓄電池等の他の二次電池と比較して、エネルギ密度が高く、メモリ効果が小さいといった特徴を有している。そのため、携帯電子機器、家庭用電気機器等の小型電源から、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等、中型・大型電源に至るまで、その用途が拡大している。
【0003】
リチウムイオン二次電池は、用途の拡大に伴って、更なる高容量化が求められている。また、優れた充放電サイクル特性、用途に応じた出力特性等も必要とされている。定置用電源、駆動電源等の各種の用途では、高出力化の要求が高いし、車載用に関しては、より長距離のEV走行を可能とするために、出力安定性が要求される。放電を通じて出力が安定しており、充電深度(State of Charge:SOC)に依らず高出力運転を続けられる出力特性が望まれている。
【0004】
このような状況下、電池特性を大きく左右する正極活物質について、高容量や量産性の確立に加え、リチウムイオンの抵抗の低減や、結晶構造の安定化等に関する検討がなされている。リチウムイオン二次電池用の正極活物質としては、α-NaFeO2型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム遷移金属複合酸化物が広く知られている。層状構造を有する酸化物としては、従来、LiCoO2が用いられてきたが、高容量化や量産化等の要求から、Li(Ni,Co,Mn)O2で表される三元系や、LiNiO2を異種元素置換したニッケル系等の開発がなされている。
【0005】
層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物のうち、ニッケル系は、熱的安定性が必ずしも良好でないという短所を有している。しかしながら、ニッケル系は、コバルト等と比較して安価なニッケルで組成され、比較的高容量を示すため、各種の用途への応用が期待されている。特に、リチウムを除いた金属(Ni、Co、Mn等)当たりのニッケルの割合を高くした化学組成について期待が高まっている。
【0006】
例えば、特許文献1には、組成式:Lix(NiyM1-y)Oz(式中、Mは、Mn、Co、Al、Mg、Cr、Ti、Fe、Nb、Cu及びZrの少なくとも1種であり、xは0.9~1.2であり、yは0.80~0.89であり、zは1.9以上である。)で表される層構造を有するリチウムイオン電池用正極活物質が記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、組成式:LiaNixCoyMnzMbO2(前記式において、MはMg及びAlを含む元素群から選択された少なくとも1種又は2種以上であり、0.9<a<1.2、0.5≦x≦1.0、0<b<0.1、x+y+z+b=1.0である。)で表されるリチウムイオン電池用正極活物質が記載されている。
【0008】
また、特許文献3には、一般組成式(1)Li1+xMO2で表されるリチウム含有複合酸化物を活物質として含む電極合剤層を備えた電気化学素子用電極であって、一般組成式(1)において、-0.3≦x≦0.3であり、且つ、Mは、Ni、Mn及びMgと、Nb、Mo、Ga、WおよびVより選択される少なくとも1種の元素とを含む4元素以上の元素群を表し、元素群Mの全元素量に対するNi、Mn及びMgの割合を、それぞれmol%単位でa、b及びcとしたとき、70≦a≦97、0.5<b<30、0.5<c<30、-10<b-c<10及び-8≦(b-c)/c≦8である電気化学素子用電極が記載されている。
【0009】
また、特許文献4には、LiNi
1-xM
xO
2(ただし、MはCo、Al、Mg、Mn、Ti、Fe、Cu、Zn、Gaからなる群より選ばれた少なくとも1種の金属元素で、0<x≦0.25を満たす)で表されるリチウム金属複合酸化物の粉末からなり、一次粒子を複数集合させて形成した二次粒子の形状が球状または楕円球状であり、かつ、該二次粒子の平均圧縮強度が110MPa以下であるリチウムイオン電池用正極活物質が記載されている。
図2には、電池状態を知るために用いたdQ/dV曲線が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2011/108598号
【文献】特開2016-122546号公報
【文献】特開2011-082150号公報
【文献】特開2004-335152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が70%以上であり、ニッケルの含有率が高いニッケル系は、結晶構造の安定性が低いため、良好な充放電サイクル特性を実現することが困難であるという欠点を持つ。この種のリチウム遷移金属複合酸化物では、遷移金属サイトを占有する多量のニッケルが電荷補償に関与するため、充放電時には、イオン半径が大きい2価と、イオン半径が小さい3価との間で、価数変化が起こり、大きな格子歪みを生じる。特に、高容量化等の目的でニッケルの割合を80%以上に高くすると、安定性の維持が更に困難になるため、高い充放電容量と良好な充放電サイクル特性とを両立するのが難しいという課題がある。
【0012】
また、従来、正極活物質の原料として多用されてきたコバルトは、供給安定性が良好でなく、高価な金属であるため、含有率を低くすることが望まれている。特許文献1、2では、実施例のとおり、比較的多量のコバルトで安定性を維持しているため、原料コストを含めた生産性を改善できる新たな技術が望まれる。また、特許文献1~4では、実施例のとおり、ニッケルの含有率が高い場合に、Ni、Co、Mn以外の金属を多量に要しているため、充放電容量、出力特性、生産性等に関して改善の余地がある。
【0013】
そこで、本発明は、充放電容量が高く、充放電サイクル特性や出力特性も良好で、生産性にも優れるリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
前記課題を解決するため、本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、α-NaFeO2型の結晶構造を有し、下記組成式(1);Li1+aNibCocMdO2+α ・・・(1)[但し、組成式(1)において、Mは、Li、Ni及びCo以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.00、0≦c≦0.06、b+c+d=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物であるリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、前記結晶構造におけるa軸の格子定数が2.878×10-10m以上、比表面積が0.2m
2
/g以上1.5m
2
/g以下である。
【0015】
また、本発明に係るリチウムイオン二次電池は、前記のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備える。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、充放電容量が高く、充放電サイクル特性や出力特性も良好で、生産性にも優れるリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】リチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図2】リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
【
図3】a軸の格子定数と放電容量との関係を示す図である。
【
図4】a軸の格子定数と開回路電圧との関係を示す図である。
【
図5】a軸の格子定数と容量維持率との関係を示す図である。
【
図6】実施例及び比較例に係るリチウムイオン二次電池のdQ/dV曲線である。
【
図7】dQ/dV比と放電容量との関係を示す図である。
【
図8】dQ/dV比と開回路電圧との関係を示す図である。
【
図9】dQ/dV比と容量維持率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び、それを用いたリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。なお、以下の説明においては、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質を、単に「正極活物質」ということがある。
【0019】
<正極活物質>
本実施形態に係る正極活物質は、層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を有し、リチウムと遷移金属とを含んで組成されるリチウム遷移金属複合酸化物を含む。この正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子や二次粒子を主成分として構成される。また、リチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムイオンの挿入及び脱離が可能な層状構造を主相として有する。
【0020】
本実施形態に係る正極活物質は、主成分であるリチウム遷移金属複合酸化物の他、原料や製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、例えば、ホウ素成分、リン成分、硫黄成分、フッ素成分、有機物等や、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を含んでもよい。
【0021】
本実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、下記組成式(1)で表される。
Li1+aNibCocMdO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Li、Ni及びCo以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.00、0≦c≦0.06、b+c+d=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]
【0022】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が80%以上である。すなわち、Ni、Co及びMの合計に対する原子数分率で、Niが、80at%以上含まれている。ニッケルの含有率が高いため、高い充放電容量を実現することができるニッケル系酸化物である。また、ニッケルの含有率が高いため、LiCoO2等と比較して原料費が安価であり、原料コストを含めた生産性の観点からも優れている。
【0023】
一般に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、充放電時、結晶構造が不安定になり易い性質を有している。結晶構造中において、Niは、MeO2(Meは、Ni等の金属元素を表す。)で構成される層を形成している。放電時には、これらの層間にリチウムイオンが挿入されて、リチウムサイトを占有し、放電時には、リチウムイオンが脱離する。このようなリチウムイオンの挿入や脱離に伴って生じる格子歪みないし結晶構造変化が、充放電サイクル特性、出力特性等に影響している。
【0024】
MeO
2で構成される層では、六配位構造(MeO
6)に存在する金属イオンのイオン半径が、計算上、次表のようになることが知られている。
【表1】
【0025】
ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物では、MeO2で構成される層の遷移金属サイトに多量のニッケルが存在している。そのため、リチウムイオンの挿入や脱離に伴って、電荷補償のためにニッケルの価数が変化すると、イオン半径が示すとおり、大きな格子歪みないし結晶構造変化を生じる。すなわち、格子定数の変化、結晶系の変化、充放電時の可逆性の低下等の可能性があり、充放電容量、出力特性等に影響する。
【0026】
これに対し、本実施形態では、3価が安定なコバルトの組成比を減らし、Mで表される金属元素の組成比を増やすことによって、遷移金属サイトを占有するニッケルの多くが、3価よりも2価で安定に存在できる構成とする。相対的にイオン半径が大きい2価のニッケルの割合を増加させると、六方晶系の単位格子におけるa軸の格子定数も増加し、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減される。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴うリチウムイオンの拡散移動抵抗も低減される。そのため、ニッケルの含有率が高く、高い充放電容量を示す化学組成において、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。
【0027】
ここで、組成式(1)で表される化学組成の意義について説明する。
【0028】
組成式(1)におけるaは、-0.04以上0.04以下とする。aは、化学量論比のLi(Ni,Co,M)O2に対するリチウムの過不足を表している。aは、原料合成時の仕込み値ではなく、焼成して得られるリチウム遷移金属複合酸化物における値である。組成式(1)におけるリチウムの過不足が過大である場合、すなわち、Ni、Co及びMの合計に対し、リチウムが過度に少ない組成や、リチウムが過度に多い組成であると、焼成時、合成反応が適切に進行しなくなり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが生じ易くなったり、結晶性が低下し易くなったりする。特に、ニッケルの割合を80%以上に高くする場合には、このようなカチオンミキシングの発生や結晶性の低下が顕著になり易く、充放電容量、充放電サイクル特性が損なわれ易い。また、高い開回路電圧が得られず内部抵抗が増加し、出力特性が低下する虞がある。これに対し、aが前記の数値範囲であれば、リチウム量aを本発明の範囲にすることによって、カチオンミキシングが少なくなり、イオン半径の大きなNi2+を遷移金属サイトに留めることができるので、a軸の格子定数を大きくして各種電池性能を向上させることができる。そのため、ニッケルの含有率が高い組成においても、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。
【0029】
aは、-0.02以上0.02以下とすることが好ましい。aが-0.02以上0.02以下であると、化学量論比に対するリチウムの過不足がより少ないため、焼成時、合成反応が適切に進行し、カチオンミキシングがより生じ難くなる。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。なお、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を主成分とする正極活物質についても、正極活物質に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との比が0.96以上1.04以下であることが好ましく、0.98以上1.02以下であることがより好ましい。熱処理によって焼成される焼成前駆体には、他成分が混入する場合があり、焼成時の反応比が化学量論比から逸脱する虞がある。しかし、このような原子濃度比であれば、焼成時、組成式(1)で表される化学組成に基づいてカチオンミキシングや結晶性の低下が抑制されている可能性が高い。そのため、各種電池性能を向上させる正極活物質が得られる。
【0030】
組成式(1)におけるニッケルの係数bは、0.80以上1.00以下とする。bが0.80以上であると、ニッケルの含有率が低い他のニッケル系酸化物や、Li(Ni,Co,Mn)O2で表される三元系酸化物等と比較して、高い充放電容量を得ることができる。また、ニッケルよりも希少な遷移金属の量を減らせるため、原料コストを削減することができる。
【0031】
ニッケルの係数bは、0.85以上としてもよいし、0.90以上としてもよいし、0.92以上としてもよい。bが大きいほど、高い充放電容量が得られる傾向がある。また、ニッケルの係数bは、0.95以下としてもよいし、0.90以下としてもよいし、0.85以下としてもよい。bが小さいほど、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さくなり、焼成時、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングや結晶性の低下が生じ難くなるため、良好な充放電サイクル特性や出力特性が得られる傾向がある。
【0032】
組成式(1)におけるコバルトの係数cは、0以上0.06以下とする。コバルトは積極的に添加されていてもよいし、不可避的不純物相当の組成比であってもよい。コバルトが添加されていると、結晶構造がより安定になり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られる。そのため、高い充放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、コバルトが過剰であると、正極活物質の原料コストが高くなる。また、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、充放電容量が低くなったり、Mで表される金属元素による効果が低くなったりする虞がある。これに対し、cが前記の数値範囲であれば、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物の原料コストを削減できる。
【0033】
コバルトの係数cは、0.01以上としてもよいし、0.02以上としてもよいし、0.03以上としてもよいし、0.04以上としてもよい。cが大きいほど、コバルトの元素置換による効果が有効に得られるため、より良好な充放電サイクル特性等が得られる傾向がある。コバルトの係数cは、0.05以下としてもよいし、0.03以下としてもよいし、0.01以下としてもよい。cが小さいほど、原料コストを削減することができる。
【0034】
組成式(1)におけるMは、Mn、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素であることが好ましい。これらの金属は、3価の陽イオンや4価の陽イオンとなり得る。そのため、これらの金属を遷移金属サイトに異種元素置換させると、イオン半径の大きな2価のニッケルの割合が増加し、a軸の格子定数が増大する効果が得られる。また、Mとして、イオン半径の大きな元素、例えば、表1に示したMgやZrを選ぶことによっても、Ni2+の割合を増やし、a軸の格子定数を増大させることができるため、同様の効果が得られる。よって、これらの金属元素を含む化学組成であると、より良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。組成式(1)におけるMとしては、Mnと、M1で表されるその他の金属元素との組み合わせが好ましい。M1としては、Ti、Zr又はMgがより好ましく、Tiが特に好ましい。Tiを用いることで、a軸の格子定数が増大するため好ましい。
【0035】
組成式(1)におけるMの係数dは、0を超え0.20未満が好ましい。Mで表される金属元素が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の充放電容量が低くなる虞がある。これに対し、dが前記の数値範囲であれば、より高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性が得られる傾向がある。
【0036】
Mの係数dは、0.01以上としてもよいし、0.03以上としてもよいし、0.05以上としてもよいし、0.10以上としてもよい。dが大きいほど、Mで表される金属元素の元素置換による効果が有効に得られる。Mの係数dは、0.15以下としてもよいし、0.10以下としてもよいし、0.05以下としてもよい。dが小さいほど、ニッケル等の他の遷移金属の割合が高くなり、充放電容量等が高くなる傾向がある。
【0037】
組成式(1)におけるコバルトの係数cと、Mで表される金属元素の係数dとの比(c/d)は、c/d≦0.75を満たすことが好ましい。コバルトとMで表される金属元素の和との組成比(c/d)が0.75以下であれば、高容量化に必要なNi量を多くし、且つ、原料コストを大きく左右するCo量を少なくしつつ、十分なM量を確保することができる。Mで表される金属元素によって、相対的にイオン半径が大きい2価のニッケルの割合を増加させて、a軸の格子定数を増大させることができるため、カチオンミキシングや結晶性の低下を抑制して、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さく、結晶性が良好な層状構造を形成することができる。よって、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性を示し、且つ、開回路電圧が高く出力特性に優れたリチウム遷移金属複合酸化物を、原料コストを削減して得ることができる。
【0038】
コバルトとMで表される金属元素との組成比(c/d)は、好ましくは0.50以下、より好ましくは0.40以下である。組成比(c/d)が小さいほど、Mで表される金属元素による2価のニッケルを安定化させる効果が有効に得られる。或いは、Co量の削減によって、正極活物質の原料コストを低くすることができる。
【0039】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、Mnと、M1で表されるその他の金属元素との組み合わせを含む下記組成式(2)で表される組成としてもよい。
Li1+aNibCocMnpM1qO2+α ・・・(2)
[但し、組成式(2)において、M1は、Al、Ti、Zn、Ga、Zr、Mo、Nb、V、Sn、Mg、Ta、Ba、W及びYからなる群より選択される少なくとも1種以上の金属元素を表し、a、b、c、p、q及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.00、0≦c≦0.06、0<p<0.20、b+c+p+q=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]
【0040】
組成式(2)におけるマンガンの係数pは、0を超え0.20未満とする。マンガンが添加されていると、4価が安定なマンガンにより電荷補償がなされるので、2価のニッケルが、3価のニッケルよりも安定に存在できる。そのため、相対的にイオン半径が大きい2価のニッケルの割合が増加して、a軸の格子定数も増加し、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されて、良好な充放電サイクル特性や出力特性が得られる。一方、マンガンが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、充放電容量が低くなる虞がある。これに対し、pが前記の数値範囲であれば、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。
【0041】
マンガンの係数pは、0.01以上としてもよいし、0.03以上としてもよいし、0.05以上としてもよい。pが大きいほど、4価が安定なマンガンによる2価のニッケルを安定化させる効果が有効に得られるため、より良好な充放電サイクル特性等が得られる傾向がある。マンガンの係数pは、0.15以下としてもよいし、0.10以下としてもよいし、0.075以下としてもよいし、0.05以下としてもよい。pが小さいほど、ニッケル等の他の遷移金属の割合を高くすることができるため、高い充放電容量が得られる傾向がある。一方、M1で表される金属元素の係数qは、0以上0.10未満が好ましい。
【0042】
組成式(1)におけるαは、-0.2を超え0.2未満とする。αは、化学量論比のLi(Ni,Co,Mn,M)O2に対する酸素の過不足を表している。αが前記の数値範囲であれば、結晶構造の欠陥が少ない状態であり、適切な結晶構造により、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。なお、αの値は、不活性ガス融解-赤外線吸収法によって測定することができる。
【0043】
ニッケルの割合が80%以上であるニッケル系は、正極電位の上昇に伴って、約3.7V前後で、六方晶系であるH1相から単斜晶系であるM相へ相変化し、約4.0V前後で、M相から六方晶系であるH2相へ相変化し、約4.2V前後で、H2相から六方晶系であるH3相へ相変化することが知られている。
【0044】
そのため、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、充電曲線(電圧Vと充電容量Qとの関係を示す曲線)を電圧Vで微分して得られるdQ/dV曲線(電圧VとdQ/dVとの関係を示す曲線)において、電圧が3.7~3.8V(vs Li/Li+)の範囲におけるピーク高さの最大値hB(dQ/dVの最大値)に対する、電圧が4.1~4.3V(vs Li/Li+)の範囲におけるピーク高さの最大値hA(dQ/dVの最大値)の比(hA/hB)が、0.70以上であることが好ましい。dQ/dV比(hA/hB)は、より好ましくは1.00以上である。また、通常、3.00以下である。
【0045】
dQ/dV曲線において、電圧が3.7~3.8Vの範囲は、H1相からM相へ相変化する領域に対応している。この範囲では、dQ/dVが小さいことが好ましい。すなわち、Li(Ni,Co,Mn)O2で表される三元系や、ニッケルの割合が80%未満であるニッケル系と同様、結晶に大きな体積収縮を生じず、インターカレーション反応が緩やかに進み、結晶構造が安定に維持されている状態が、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物の充電に適している。
【0046】
一方、dQ/dV曲線において、電圧が4.1~4.3Vの範囲は、H2相からH3相へ相変化する領域に対応している。この範囲では、dQ/dVが大きいことが好ましい。ニッケルの割合が80%以上であるニッケル系において、dQ/dVが大きいことは、Ni2+/Ni4+反応によってNi4+の存在率が高くなって、効率的にインターカレーション反応が進むことを意味すると考えられる。
【0047】
したがって、dQ/dV比が、0.70以上で大きいほど、ニッケルの価数変化の利用率を高くして、充放電容量や充放電サイクル特性や出力特性を向上させることができる。すなわち、3価が安定なコバルトの組成比を減らし、Mで表される金属元素の組成比を増やして2価のニッケルの割合を増加させ、充電時に4価まで変化させて、高容量と結晶構造の安定とを両立することができる。なお、dQ/dV曲線は、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極と対極の金属リチウムを備えるセルを用い、充放電効率が99%以上である初期状態の充電曲線において、容量の値を電圧の値で微分することにより求めることができる。
【0048】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、CuKα線を用いた粉末X線回折(X‐ray diffraction:XRD)測定で得られるX線回折スペクトルにおいて、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの積分強度をI(003)、ミラー指数(104)面に帰属される回折ピークの積分強度をI(104)としたとき、回折ピークの強度比I(003)/I(104)が1.2以上であることが好ましく、1.3以上であることがより好ましく、1.4以上であることが更に好ましい。また、回折ピークの強度比I(003)/I(104)は、LiNiO2における強度比(ASTM Card値)よりも小さく、1.7以下であることが好ましい。なお、正極活物質の粉末粒子が異なる結晶構造を一部に含んでいても、CuKα線を用いた粉末X線回折測定で得られるX線回折スペクトルにおいて、α-NaFeO2型の結晶構造に基づく回折ピークの方が高い強度を示す場合、正極活物質としての特性はα-NaFeO2型の結晶構造で支配的となる。そのため、このような場合、当該正極活物質はα-NaFeO2型の結晶構造であるといえる。
【0049】
通常、α-NaFeO2型の結晶構造を有するニッケル系酸化物において、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークは、回折角2θ=18.2~19.0°付近に現れる。また、ミラー指数(104)面に帰属される回折ピークは、回折角2θ=48.3~48.7°付近に現れる。これらの回折ピークの強度比I(003)/I(104)は、c軸方向の結晶性を表しているだけでなく、カチオンミキシング等に起因する格子歪みの度合いも間接的に表している。
【0050】
回折ピークの強度比I(003)/I(104)が1.2以上であると、層状構造がc軸方向に十分に成長しており、且つ、カチオンミキシングによって層間に生じる立方晶ドメインが十分に少ない状態であるため、高い充放電容量を得ることができるし、開回路電圧が高いリチウム二次電池を得ることができる。また、回折ピークの強度比I(003)/I(104)が1.7以下であると、十分な結晶化度である一方、層状構造を有する一次粒子が過剰に配向した状態ではないため、抵抗を抑制して良好な出力特性を得ることができる。
【0051】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、CuKα線を用いた粉末X線回折測定で得られるX線回折スペクトルにおいて、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅が0.130°以下であることが好ましく、0.120°以下であることがより好ましい。ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅が小さいほど、層状構造の結晶子が十分に大きく、カチオンミキシングが抑制された格子歪みが少ない状態である。そのため、高い充放電容量や充放電サイクル特性を得つつ、高い開回路電圧を示す優れた出力特性も得ることができる。ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅の下限値は、検出限界値であればよく、例えば、0.055°以上であることが好ましい。
【0052】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、六方晶系の単位格子におけるa軸の格子定数を2.878Å(×10-10m)以上とする。一般的なリチウム遷移金属複合酸化物では、遷移金属サイトの多くがNi3+やCo3+で占有されるため、通常、a軸の格子定数が2.878Å未満である。このような結晶格子である場合、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う結晶構造変化が大きく、結晶構造が不安定になり易い傾向がある。これに対し、a軸の格子定数が2.878Å以上であると、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う結晶構造変化や、内部抵抗が低減されるため、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。a軸の格子定数は、より好ましくは2.879Å以上、更に好ましくは2.880Å以上である。
【0053】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、六方晶系の単位格子におけるc軸の格子定数が14.210Å(×10-10m)以上14.240Å(×10-10m)以下であることが好ましい。
【0054】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、BET比表面積が、好ましくは0.2m2/g以上、より好ましくは0.4m2/g以上、更に好ましくは0.6m2/g以上である。また、BET比表面積が、好ましくは1.5m2/g以下、より好ましくは1.2m2/g以下である。BET比表面積が0.2m2/g以上であると、成形密度や正極活物質の充填率が十分に高い正極を得ることができる。また、BET比表面積が1.5m2/g以下であると、リチウム遷移金属複合酸化物の加圧成形時や充放電に伴う体積変化時に、破壊、変形、粒子の脱落等を生じ難くなると共に、細孔による結着剤の吸い上げを抑制することができる。そのため、正極活物質の塗工性や密着性が良好になり、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。
【0055】
リチウム遷移金属複合酸化物等の結晶構造は、例えば、X線回折法(X-ray diffraction:XRD)等によって確認することができる。また、リチウム遷移金属複合酸化物等の化学組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry:AAS)等によって確認することができる。
【0056】
<正極活物質の製造方法>
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物が組成式(1)で表される化学組成となるような原料比の下、適切な焼成条件によって、リチウムと、ニッケル、マンガン等との合成反応を確実に進行させることにより製造できる。以下、本実施形態に係る正極活物質の製造方法の一例として、固相法を用いる方法を説明する。
【0057】
図1は、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1に示すように、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、混合工程S10と、造粒工程S20と、焼成工程S30と、をこの順に含む。
【0058】
混合工程S10では、リチウムを含む化合物と、組成式(1)中のLi以外の金属元素を含む化合物とを混合する。例えば、これらの原料をそれぞれ秤量し、粉砕及び混合することにより、原料が均一に混和した粉末状の混合物を得ることができる。原料を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。原料の粉砕は、乾式粉砕としてもよいし、湿式粉砕としてもよい。均一で微細な粉末を得る観点からは、水等の媒体を使用した湿式粉砕を行うことがより好ましい。
【0059】
リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等が挙げられるが、
図1に示すように、少なくとも炭酸リチウムを用いることが好ましく、リチウムを含む原料中、炭酸リチウムを80質量%以上の割合で用いることがより好ましい。炭酸リチウムは、リチウムを含む他の化合物と比較して供給安定性に優れ、安価であるため、容易に入手することができる。また、炭酸リチウムは、弱アルカリ性であるため、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性や実用性に優れている。
【0060】
Li以外の金属元素を含む化合物としては、リチウム遷移金属複合酸化物の組成に応じて、ニッケルを含む化合物、コバルトを含む化合物、Mで表される金属元素を含む化合物を混合する。Li以外の金属元素を含む化合物としては、炭酸塩、水酸化物、オキシ水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、酸化物等のC、H、O、Nで組成された化合物が好ましく用いられる。粉砕の容易性や、熱分解によるガスの放出量の観点からは、炭酸塩、水酸化物、又は、酸化物が特に好ましい。
【0061】
混合工程S10では、焼成工程S30に供される焼成前駆体が、組成式(1)で表される化学組成となるように原料を混合することが好ましい。具体的には、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、焼成前駆体に含まれるリチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)を0.96以上1.04以下に調整することが好ましい。原子濃度比が0.96未満であると、リチウムが不足するため、異相が少ない適切な主相を焼成できない可能性が高い。一方、原子濃度比が1.04を超えると、合成反応が適切に進行せず、層状構造の結晶化度が低くなる虞がある。
【0062】
遷移金属サイトを占有する2価のニッケルの割合が高く、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、2価のニッケルが生じ易いカチオンミキシングを十分に抑制する必要がある。焼成時、カチオンミキシングを十分に抑制する観点からは、リチウムと、ニッケル等との合成反応を確実に進行させる必要があるため、リチウムと、ニッケル等とを、化学量論比のとおり、略1:1で反応させることが望ましい。
【0063】
よって、精密粉砕混合を行える混合工程S10の段階で、これらの原子濃度比を予め調整しておくことが好ましい。予め調整しておく場合、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)は、より好ましくは0.98以上1.02以下である。但し、焼成時、焼成前駆体に含まれているリチウムが焼成用容器と反応したり、揮発したりする可能性がある。リチウムの一部が、焼成に用いる容器とリチウムの反応や、焼成時のリチウムの蒸発によって滅失することを考慮し、仕込み時に、リチウムを過剰に加えておくことは妨げられない。
【0064】
また、遷移金属サイトを占有する2価のニッケルの割合が高く、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、混合工程S10の後、且つ、焼成工程S30の前に、リチウム以外の金属元素、例えば、製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を混入させないことが好ましい。
【0065】
造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を造粒して粒子同士が凝集した二次粒子(造粒体)を得る。混合物の造粒は、乾式造粒及び湿式造粒のいずれを利用して行ってもよい。混合物の造粒には、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、圧縮造粒法、噴霧造粒法等の適宜の造粒法を用いることができる。
【0066】
混合物を造粒する造粒法としては、噴霧造粒法が特に好ましい。噴霧造粒機としては、2流体ノズル式、4流体ノズル式、ディスク式等の各種の方式を用いることができる。噴霧造粒法であれば、湿式粉砕によって精密混合粉砕した混合物のスラリーを、乾燥しながら造粒させることができる。また、スラリーの濃度、噴霧圧、ディスク回転数等の調整によって、二次粒子の粒径を所定範囲に精密に制御することが可能であり、真球に近く、化学組成が均一な造粒体を効率的に得ることができる。造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を平均粒径(D50)が5μm以上20μm以下となるように造粒することが好ましい。
【0067】
焼成工程S30では、造粒工程S20で造粒された造粒体を熱処理して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を焼成する。焼成工程S30は、熱処理温度が一定の範囲に制御される一段の熱処理で行ってもよいし、熱処理温度が互いに異なる範囲に制御される複数段の熱処理で行ってもよい。但し、結晶の純度が高く、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物を得る観点からは、
図1に示すように、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32と、第3熱処理工程S33と、を含むことが好ましく、特に、第2熱処理工程S32と第3熱処理工程S33の条件を満たすことが好ましい。
【0068】
第1熱処理工程S31では、造粒工程S20で造粒された造粒体を200℃以上400℃以下の熱処理温度で、0.5時間以上5時間以下にわたって熱処理して第1前駆体を得る。第1熱処理工程S31は、焼成前駆体(造粒工程S20で造粒された造粒体)から、リチウム遷移金属複合酸化物の合成反応を妨げる水分等を除去することを主な目的とする。
【0069】
第1熱処理工程S31において、熱処理温度が200℃以上であれば、不純物の燃焼反応や原料の熱分解等が十分に進むため、以降の熱処理で不活性な異相、付着物等が形成されるのを抑制することができる。また、熱処理温度が400℃以下であれば、この工程でリチウム遷移金属複合酸化物の結晶が形成されることが略無いため、水分、不純物等の存在下、純度が低い結晶相が形成されるのを防ぐことができる。
【0070】
第1熱処理工程S31における熱処理温度は、250℃以上400℃以下であることが好ましく、250℃以上380℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこの範囲であれば、水分、不純物等を効率的に除去する一方、この工程でリチウム遷移金属複合酸化物の結晶が形成されるのを確実に防ぐことができる。なお、第1熱処理工程S31における熱処理時間は、例えば、熱処理温度、混合物に含まれている水分や不純物等の量、水分や不純物等の除去目標、結晶化の度合いの目標等に応じて、適宜の時間とすることができる。
【0071】
第1熱処理工程S31は、雰囲気ガスの気流下や、ポンプによる排気下で行うことが好ましい。このような雰囲気下で熱処理を行うと、水分、不純物等が含まれているガスを反応場から効率的に排除できる。雰囲気ガスの気流の流量や、ポンプによる時間当たりの排気量は、焼成前駆体から生じるガスの体積よりも多くすることが好ましい。焼成前駆体から生じるガスの体積は、例えば、原料の使用量や、燃焼や熱分解でガス化する成分の原料当たりのモル比等に基づいて求めることができる。
【0072】
第1熱処理工程S31は、酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、非酸化性ガス雰囲気下で行ってもよいし、減圧雰囲気下で行ってもよい。酸化性ガス雰囲気としては、酸素ガス雰囲気及び大気雰囲気のいずれであってもよい。また、減圧雰囲気としては、例えば、大気圧以下等、適宜の真空度の減圧条件であってよい。
【0073】
第2熱処理工程S32では、第1熱処理工程S31で得られた第1前駆体を450℃以上700℃以下の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理して第2前駆体を得る。第2熱処理工程S32は、炭酸リチウムとニッケル化合物等との反応により、炭酸成分を除去すると共に、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶を生成させることを主な目的とする。焼成前駆体中のニッケルを十分に酸化させて、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングを抑制し、ニッケルによる立方晶ドメインの生成を抑制する。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化を小さくするために、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くし、イオン半径が大きい2価のニッケルの割合を増加させる。
【0074】
第2熱処理工程S32では、第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムが、投入した第1前駆体の総質量当たり、0.5質量%以上3質量%以下に低減されることが好ましい。第2前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が多すぎると、第3熱処理工程S33において、炭酸リチウムが溶融し、液相を形成する可能性がある。液相中でリチウム遷移金属複合酸化物を焼成すると、過焼結によって、層状構造を有する一次粒子が過剰に配向した状態になったり、比表面積が低下したりする結果、充放電容量、出力特性等が悪化する虞がある。また、第2前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が少なすぎると、焼成されるリチウム遷移金属複合酸化物の比表面積が過大になり、電解液との接触面積の拡大により、充放電サイクル特性が悪化する虞がある。これに対し、未反応の炭酸リチウムの残留量が前記の範囲であれば、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。
【0075】
また、第2熱処理工程S32において、炭酸リチウムの反応が不十分であり、第2熱処理工程S32の終了時に炭酸リチウムが多量に残留していると、第3熱処理工程S33において炭酸リチウムが溶融し、液相を形成する虞がある。液相中でリチウム遷移金属複合酸化物を焼成すると、結晶粒が粗大化し易いため、出力特性が悪化する虞がある。これに対し、第2熱処理工程S32で炭酸リチウムの大部分を反応させておくと、第3熱処理工程S33で液相が生じ難くなるので、熱処理温度を高くしたとしても、結晶粒が粗大化し難くなる。そのため、結晶粒の粗大化を抑制しつつ、結晶の純度が高いリチウム遷移金属複合酸化物を高温で焼成することが可能になる。
【0076】
第2熱処理工程S32において、熱処理温度が450℃以上であれば、炭酸リチウムとニッケル化合物等との反応により結晶の生成が進むため、未反応の炭酸リチウムが大量に残留するのを避けることができる。そのため、以降の熱処理で炭酸リチウムが液相を形成し難くなり、結晶粒の粗大化が抑制されて、良好な出力特性等が得られる。また、熱処理温度が700℃以下であれば、第2熱処理工程S32において、粒成長が過度に進行することが無いし、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くすることができる。
【0077】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、500℃以上であることが好ましく、550℃以上であることがより好ましく、600℃以上であることが更に好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、合成反応がより促進し、炭酸リチウムの残留がより確実に防止される。特に、マンガンを含む組成において、マンガンの係数pが0を超え0.075以下である場合は、550℃以上とすることが好ましい。一方、マンガンの係数pが0.075を超える場合は、600℃以上とすればよい。
【0078】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、680℃以下であることが好ましい。熱処理温度がこのように低いほど、粒成長がより抑制されるし、余計な加熱コストが削減されて生産性が向上する。また、炭酸リチウムが溶融し難くなり、液相が形成され難くなるため、結晶粒の粗大化をより確実に抑制することができる。
【0079】
第2熱処理工程S32における熱処理時間は、4時間以上とすることが好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることが好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、炭酸リチウムの反応が十分に進むため、炭酸成分を確実に除去することができる。また、熱処理の所要時間が短縮されて、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性が向上する。
【0080】
第2熱処理工程S32は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、95%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素濃度は、5%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがより好ましい。また、第2熱処理工程S32は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケルを確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0081】
第3熱処理工程S33では、第2熱処理工程S32で得られた第2前駆体を700℃以上920℃以下の熱処理温度で、2時間以上50時間以下にわたって熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を得る。第3熱処理工程S33は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を、適切な粒径や比表面積まで粒成長させることを主な目的とする。
【0082】
第3熱処理工程S33において、熱処理温度が700℃以上であれば、ニッケルを十分に酸化させてカチオンミキシングを抑制しつつ、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を適切な粒径や比表面積に成長させることができる。また、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、2価のニッケルの割合を高くすることができる。a軸の格子定数が大きく、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されている主相が形成されるため、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性を得ることができる。また、熱処理温度が920℃以下であれば、リチウムが揮発し難く、層状構造が分解し難いため、結晶の純度が高く、充放電容量、出力特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0083】
第3熱処理工程S33における熱処理温度は、750℃以上であることが好ましく、800℃以上であることがより好ましく、850℃以上であることが更に好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、ニッケルやMで表される金属元素を十分に酸化し、リチウム遷移金属複合酸化物の粒成長を促進させることができる。
【0084】
第3熱処理工程S33における熱処理温度は、900℃以下であることが好ましく、890℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこのように低いほど、リチウムがより揮発し難くなるため、リチウム遷移金属複合酸化物の分解を確実に防止して、充放電容量、出力特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0085】
第3熱処理工程S33における熱処理時間は、0.5時間以上とすることが好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることが好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、ニッケル等を十分に酸化して、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。また、熱処理の所要時間が短縮されるため、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性を向上させることができる。
【0086】
第3熱処理工程S33は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、95%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素濃度は、5%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがより好ましい。また、第3熱処理工程S33は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケル等を確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0087】
焼成工程S20においては、熱処理の手段として、ロータリーキルン等の回転炉、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉等の連続炉、バッチ炉等の適宜の熱処理装置を用いることができる。第1熱処理工程S31、第2熱処理工程S32、及び、第3熱処理工程S33は、それぞれ、同一の熱処理装置を用いて行ってもよいし、互いに異なる熱処理装置を用いて行ってもよい。また、各熱処理工程は、雰囲気を入れ替えて断続的に行ってもよいし、雰囲気中のガスを排気しながら熱処理を行う場合は、連続的に行ってもよい。なお、第1熱処理工程S31は、水分等を除去することを主な目的とするため、原料として水酸化物でなく酸化物を用いる場合のように、原料に由来する水分を脱水する必要がない場合には、第1熱処理工程S31を省略して第2熱処理工程S32から始めてもよい。本発明における製造プロセスの要点は、第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムを、投入した第1前駆体の総質量当たり、0.5質量%以上3質量%以下に低減して第3熱処理工程S33で焼成することであり、このようなプロセスを採用することによって本発明の正極活物質を得ることができる。
【0088】
以上の混合工程S10、造粒工程S20、及び、焼成工程S30を経ることにより、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物で構成された正極活物質を製造することができる。リチウム遷移金属複合酸化物についての回折ピークの強度比I(003)/I(104)や、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅や、格子定数は、主として、ニッケル等の金属元素の組成比、第2前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムの残留量、焼成工程S20における本焼成の条件、例えば、第3熱処理工程S33の熱処理温度や熱処理時間の調整によって制御することができる。また、dQ/dV比(hA/hB)は、主として、金属元素の組成比によって制御することができる。組成式(1)で表される化学組成において、十分にカチオンミキシングや結晶性の低下を低減すると共に、適切な結晶子サイズの層状構造を形成させると、高い充放電容量、良好な充放電サイクル特性を示し、開回路電圧が高く出力特性に優れた正極活物質が得られる。
【0089】
なお、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物は、不純物を除去する目的等から、焼成工程S30の後に、脱イオン水等によって水洗を施す洗浄工程、洗浄されたリチウム遷移金属複合酸化物を乾燥させる乾燥工程等に供してもよい。また、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物を解砕する解砕工程、リチウム遷移金属複合酸化物を所定の粒度に分級する分級工程等に供してもよい。
【0090】
<リチウムイオン二次電池>
次に、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質(リチウムイオン二次電池用正極活物質)を正極に用いたリチウムイオン二次電池について説明する。
【0091】
図2は、リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
図2に示すように、リチウムイオン二次電池100は、非水電解液を収容する有底円筒状の電池缶101と、電池缶101の内部に収容された捲回電極群110と、電池缶101の上部の開口を封止する円板状の電池蓋102と、を備えている。
【0092】
電池缶101及び電池蓋102は、例えば、ステンレス、アルミニウム等の金属材料によって形成される。正極111は、正極集電体111aと、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、を備えている。また、負極112は、負極集電体112aと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bと、を備えている。
【0093】
正極集電体111aは、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、15μm以上25μm以下程度の厚さにすることができる。正極合剤層111bは、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質を含んでなる。正極合剤層111bは、例えば、正極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した正極合剤によって形成される。
【0094】
負極集電体112aは、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、7μm以上10μm以下程度の厚さにすることができる。負極合剤層112bは、リチウムイオン二次電池用負極活物質を含んでなる。負極合剤層112bは、例えば、負極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した負極合剤によって形成される。
【0095】
負極活物質としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。負極活物質の具体例としては、天然黒鉛、石油コークス、ピッチコークス等から得られる易黒鉛化材料を2500℃以上の高温で処理したもの、メソフェーズカーボン、非晶質炭素、黒鉛の表面に非晶質炭素を被覆したもの、天然黒鉛又は人造黒鉛の表面を機械的処理することにより表面の結晶性を低下させた炭素材、高分子等の有機物を炭素表面に被覆・吸着させた材料、炭素繊維、リチウム金属、リチウムとアルミニウム、スズ、ケイ素、インジウム、ガリウム、マグネシウム等との合金、シリコン粒子又は炭素粒子の表面に金属を担持した材料、スズ、ケイ素、リチウム、チタン等の酸化物等が挙げられる。担持させる金属としては、例えば、リチウム、アルミニウム、スズ、インジウム、ガリウム、マグネシウム、これらの合金等が挙げられる。
【0096】
導電材としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。導電材の具体例としては、黒鉛、アセチレンブラック、ファーネスブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック等の炭素粒子や、ピッチ系、ポリアクリロニトリル(PAN)系等の炭素繊維が挙げられる。これらの導電材は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。導電材の量は、例えば、合剤全体に対して、3質量%以上10質量%以下とすることができる。
【0097】
結着剤としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。結着剤の具体例としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、スチレン-ブタジエンゴム、ポリアクリロニトリル、変性ポリアクリロニトリル等が挙げられる。これらの結着剤は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。また、カルボキシメチルセルロース等の増粘性の結着剤を併用してもよい。結着剤の量は、例えば、合剤全体に対して、2質量%以上10質量%以下とすることができる。
【0098】
正極111や負極112は、一般的なリチウムイオン二次電池用電極の製造方法に準じて製造することができる。例えば、活物質と、導電材、結着剤等とを溶媒中で混合して電極合剤を調製する合剤調製工程と、調製された電極合剤を集電体等の基材上に塗布した後、乾燥させて電極合剤層を形成する合剤塗工工程と、電極合剤層を加圧成形する成形工程と、を経て製造することができる。
【0099】
合剤調製工程では、材料を混合する混合手段として、例えば、プラネタリーミキサ、ディスパーミキサ、自転・公転ミキサ等の適宜の混合装置を用いることができる。溶媒としては、例えば、N-メチルピロリドン、水、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等を用いることができる。
【0100】
合剤塗工工程では、調製されたスラリー状の電極合剤を塗布する手段として、例えば、バーコーター、ドクターブレード、ロール転写機等の適宜の塗布装置を用いることができる。塗布された電極合剤を乾燥する手段としては、例えば、熱風加熱装置、輻射加熱装置等の適宜の乾燥装置を用いることができる。
【0101】
成形工程では、電極合剤層を加圧成形する手段として、例えば、ロールプレス等の適宜の加圧装置を用いることができる。正極合剤層111bについては、例えば、100μm以上300μm以下程度の厚さにすることができる。また、負極合剤層112bについては、例えば、20μm以上150μm以下程度の厚さにすることができる。加圧成形した電極合剤層は、必要に応じて正極集電体と共に裁断して、所望の形状のリチウムイオン二次電池用電極とすることができる。
【0102】
図2に示すように、捲回電極群110は、帯状の正極111と負極112とをセパレータ113を挟んで捲回することにより形成される。捲回電極群110は、例えば、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド等で形成された軸心に捲回されて、電池缶101の内部に収容される。
【0103】
セパレータ113としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン-ポリプロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、アラミド樹脂等の微多孔質フィルムや、このような微多孔質フィルムの表面にアルミナ粒子等の耐熱性物質を被覆したフィルム等を用いることができる。
【0104】
図2に示すように、正極集電体111aは、正極リード片103を介して電池蓋102と電気的に接続される。一方、負極集電体112aは、負極リード片104を介して電池缶101の底部と電気的に接続される。捲回電極群110と電池蓋102との間、及び、捲回電極群110と電池缶101の底部との間には、短絡を防止する絶縁板105が配置される。正極リード片103及び負極リード片104は、それぞれ正極集電体111aや負極集電体112aと同様の材料で形成され、正極集電体111a及び負極集電体112aのそれぞれにスポット溶接、超音波圧接等によって接合される。
【0105】
電池缶101は、内部に非水電解液が注入される。非水電解液の注入方法は、電池蓋102を開放した状態で直接注入する方法であってもよいし、電池蓋102を閉鎖した状態で電池蓋102に設けた注入口から注入する方法等であってもよい。電池缶101は、電池蓋102がかしめ等によって固定されて封止される。電池缶101と電池蓋102との間には、絶縁性を有する樹脂材料からなるシール材106が挟まれ、電池缶101と電池蓋102とが互いに電気的に絶縁される。
【0106】
非水電解液は、電解質と、非水溶媒と、を含んで組成される。電解質としては、例えば、LiPF6、LiBF4、LiClO4等の各種のリチウム塩を用いることができる。非水溶媒としては、例えば、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート等の鎖状カーボネートや、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ビニレンカーボネート等の環状カーボネートや、メチルアセテート、エチルメチルカーボネート、メチルプロピルカーボネート等の鎖状カルボン酸エステルや、γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトン等の環状カルボン酸エステルや、エーテル類等を用いることができる。電解質の濃度は、例えば、0.6M以上1.8M以下とすることができる。
【0107】
非水電解液は、電解液の酸化分解、還元分解の抑制や、金属元素の析出防止や、イオン伝導性の向上や、難燃性の向上等を目的として、各種の添加剤を添加することができる。添加剤としては、例えば、リン酸トリメチル、亜リン酸トリメチル等の有機リン化合物や、1,3-プロパンスルトン、1,4-ブタンサルトン等の有機硫黄化合物や、ポリアジピン酸無水物、ヘキサヒドロ無水フタル酸等の無水カルボン酸類、ホウ酸トリメチル、リチウムビスオキサレートボレート等のホウ素化合物等が挙げられる。
【0108】
以上の構成を有するリチウムイオン二次電池100は、電池蓋102を正極外部端子、電池缶101の底部を負極外部端子として、外部から供給された電力を捲回電極群110に蓄電することができる。また、捲回電極群110に蓄電されている電力を外部の装置等に供給することができる。なお、このリチウムイオン二次電池100は、円筒形の形態とされているが、リチウムイオン二次電池の形状や電池構造は特に限定されず、例えば、角形、ボタン形、ラミネートシート形等の適宜の形状やその他の電池構造を有していてもよい。
【0109】
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、各種の用途に使用することができる。用途としては、例えば、携帯電子機器、家庭用電気機器等の小型電源や、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。前記のリチウム遷移金属複合酸化物は、ニッケルの含有率が高く、高い充放電容量を示すのに加え、開回路電圧が高く出力特性が良好であるため、低SOCにおいて高出力が要求される車載用等として、特に好適に用いることができる。
【0110】
リチウムイオン二次電池に用いられている正極活物質の化学組成は、電池を分解して正極を構成する正極活物質を採取し、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析、原子吸光分析等を行うことによって確認することができる。リチウムの組成比(組成式(1)における1+a)は充電状態に依存するため、リチウムの係数aが-0.9≦a≦0.04を満たすか否かに基づいて、正極活物質の化学組成を判断することもできる。
【実施例】
【0111】
以下、実施例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0112】
本発明の実施例に係る正極活物質を合成し、X線回折プロファイル、放電容量、開回路電圧、充放電サイクル特性(容量維持率)について評価した。また、実施例の対照として、化学組成を変えた比較例に係る正極活物質を合成し、同様に評価した。
【0113】
[実施例1]
はじめに、原料として、炭酸リチウム、酸化ニッケル、酸化コバルト、炭酸マンガンを用意し、各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Co:Mnが、1.02:0.85:0.04:0.11となるように秤量し、固形分比が20質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して原料スラリーを調製した(混合工程S10)。
【0114】
続いて、得られた原料スラリーをディスク式のスプレードライヤ(GEA社製、SD-6.3R)で噴霧乾燥させた(造粒工程S20)。ディスクの回転数は28000rpmである。そして、乾燥させた造粒体を熱処理してリチウム遷移金属複合酸化物を焼成した(焼成工程S30)。具体的には、造粒体を、連続搬送炉で、大気雰囲気下、360℃で1.5時間にわたって熱処理して第1前駆体を得た(第1熱処理工程S31)。そして、第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、650℃で6時間にわたって熱処理して第2前駆体を得た(第2熱処理工程S32)。その後、第2前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換した焼成炉で、酸素気流中、850℃で2時間にわたって熱処理(本焼成)してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(第3熱処理工程S33)。焼成によって得られた焼成粉は、目開き53μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0115】
[実施例2]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.06:0.85:0.04:0.11に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0116】
[実施例3]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=0.98:0.85:0.04:0.11に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0117】
[実施例4]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.02:0.90:0.03:0.07に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0118】
[実施例5]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.02:0.94:0.02:0.04に変更し、本焼成の温度を830℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0119】
[実施例6]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.00:0.85:0.02:0.13に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0120】
[実施例7]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.02:0.90:0.04:0.06に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0121】
[実施例8]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.04:0.80:0.04:0.15:0.01に変更し、本焼成の温度を880℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0122】
[実施例9]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.85:0.04:0.10:0.01に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0123】
[実施例10]
原料として酸化ジルコニウムを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Zr=1.02:0.85:0.04:0.10:0.01に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0124】
[実施例11]
原料として酸化アルミニウムを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Al=1.02:0.85:0.04:0.10:0.01に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0125】
[実施例12]
原料として酸化マグネシウムを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Mg=1.02:0.85:0.04:0.10:0.01に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0126】
[実施例13]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.85:0.04:0.09:0.02に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0127】
[実施例14]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.85:0.04:0.08:0.03に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0128】
[実施例15]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.90:0.03:0.06:0.01に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0129】
[実施例16]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.90:0.03:0.05:0.02に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0130】
[実施例17]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.02:0.90:0.03:0.04:0.03に変更し、本焼成の温度を830℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0131】
[比較例1]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.04:0.75:0.04:0.21に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0132】
[比較例2]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.08:0.85:0.04:0.11に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0133】
[比較例3]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=0.96:0.85:0.04:0.11に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0134】
[比較例4]
原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn=1.04:0.80:0.10:0.10に変更し、本焼成の温度を860℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0135】
[比較例5]
原料として酸化チタンを追加し、原料のモル比をLi:Ni:Co:Mn:Ti=1.04:0.80:0.15:0.04:0.01に変更し、本焼成の温度を840℃に変更した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0136】
(正極活物質の化学組成、比表面積の測定)
合成した正極活物質の化学組成を、ICP-AES発光分光分析装置「OPTIMA8300」(パーキンエルマー社製)を使用して、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析によって分析した。また、正極活物質の酸素量(組成式(1)におけるα)を不活性ガス融解-赤外線吸収法によって分析した。その結果、実施例1~17に係る正極活物質、比較例1~5に係る正極活物質は、いずれも、リチウムのみが仕込みと異なる、表2に示すとおりの化学組成であり、且つ、-0.2<α<0.2を満たすことが確認された。各正極活物質のコバルトとMで表される金属元素との組成比(c/d)は、表2に示す数値となった。また、正極活物質の比表面積を、自動比表面積測定装置「BELCAT」(日本ベル社製)を使用してBET法により求めた。その結果を表2に示す。
【0137】
(粉末X線回折測定)
合成した正極活物質の結晶構造を、粉末X線回折装置「RINT-UltimaIII」(リガク社製)を使用して次の条件で測定した。はじめに、作製した正極活物質の粉末をガラス試料板の枠内に充填し、粉末の表面をガラス板で平滑化した。そして、線源:CuKα、管電圧:48kV、管電流:28mA、走査範囲:15°≦2θ≦80°、走査速度:1.0°/min、サンプリング間隔:0.02°/step、発散スリット(開き角):0.5°、散乱スリット(開き角):0.5°、受光スリット(開き幅):0.15mmの条件でX線回折スペクトル(プロファイル)を測定した。実施例1~17に係る正極活物質と、比較例1~5に係る正極活物質は、いずれも六方晶に帰属した。
【0138】
続いて、粉末X線回折パターン総合解析ソフトウェア「Jade7」(リガク社製)を使用して、測定されたX線回折スペクトルについて、Kα2線による回折ピークの除去、バックグラウンド強度の除去、回折ピークの平滑化処理を行った。その後、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの積分強度I(003)、ミラー指数(104)面に帰属される回折ピークの積分強度I(104)を計算し、回折ピークの強度比I(003)/I(104)を求めた。また、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅として、最大強度の1/2以上の強度がある回折角幅を求めた。また、回折角2θ=15~50°の範囲に現れた計6本の回折ピークの回折角((hkl)=(003),(101),(006),(012),(104),(015))の測定値から、最小二乗法を用いて、六方晶系の単位格子におけるa軸の格子定数、及び、c軸の格子定数を計算した。
【0139】
(放電容量、開回路電圧、容量維持率)
合成した正極活物質を正極の材料として用いてリチウムイオン二次電池を作製し、リチウムイオン二次電池の放電容量、開回路電圧、容量維持率を求めた。はじめに、作製した正極活物質と、炭素系の導電材と、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に予め溶解させた結着剤とを質量比で94:4.5:1.5となるように混合した。そして、均一に混合した正極合剤スラリーを、厚さ20μmのアルミニウム箔の正極集電体上に、塗布量が10mg/cm2となるように塗布した。次いで、正極集電体に塗布された正極合剤スラリーを120℃で熱処理し、溶媒を留去することによって正極合剤層を形成した。その後、正極合剤層を熱プレスで加圧成形し、直径15mmの円形状に打ち抜いて正極とした。
【0140】
続いて、作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、直径16mmの円形状に打ち抜いた金属リチウムを用いた。セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。
【0141】
作製したリチウムイオン二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で40A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で40A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電し、放電容量(初期容量)を測定した。その結果を表2及び
図3に示す。
【0142】
続いて、初期容量を測定したリチウム二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で40A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で40A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電した。次いで、低SOCとして、この放電時の充電容量の10%まで、正極合剤の重量基準で40A/kgで充電し、2時間休止した後の開回路電圧(open circuit voltage:OCV)を測定した。その後、-20℃の環境下で、正極合剤の重量基準で20、40又は60A/kgの定電流で10秒間放電し、OCVと放電開始後10秒目の電圧差ΔVと電流Iの傾きから、-20℃における10秒目の直流内部抵抗R(=ΔV/I)を求めた。これらの結果を表2及び
図4に示す。
【0143】
また、別途初期容量を測定したリチウム二次電池を、同じ条件で更に1サイクル充放電した。この2サイクル目の充放電効率が99%以上であり、副反応がほぼないことを確認した。そして、2サイクル目の充電において、横軸が電圧Vであり、縦軸が充電容量Qを電圧Vで微分したdQ/dVであるdQ/dV曲線を描写した。電圧Vと充電容量Qのデータは20秒間隔で取得し、その微小間隔毎に算出したΔQ/ΔVの傾きをdQ/dVとした。そして、電圧が3.7~3.8Vの範囲におけるピーク高さの最大値(dQ/dVの最大値)と、電圧が4.1~4.3Vの範囲におけるピーク高さの最大値(dQ/dVの最大値)との比(dQ/dV比)を求めた。その結果を表2に示す。
【0144】
次に、25℃の環境下で、正極合剤の重量基準で100A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の重量基準で100A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電するサイクルを計100サイクル行い、100サイクル後の放電容量を測定した。初期容量に対する100サイクル後の放電容量の分率を容量維持率として計算した。その結果を表2及び
図5に示す。
【0145】
【0146】
表2に示すように、実施例1~17は、組成式(1)で表される化学組成が満たされており、a軸の格子定数が2.878Å以上である。その結果、概ね200Ah/kgを超える高い放電容量が得られ、充放電サイクル特性も良好になった。また、10%SOCにおいて、比較的高い開回路電圧が得られており、低SOCにおける高出力化ないし内部抵抗の低減を図れることが確認された。特に、コバルトとMで表される金属元素との組成比(c/d)が0.75以下では、回折ピークの強度比I(003)/I(104)が1.2以上、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅が0.130以下になり、ある程度の結晶子サイズを持ち、格子歪みが少ない層状構造が形成され、各種電池性能が向上した。dQ/dV比は0.70以上に大きくなって、十分に高い容量維持率等が得られ、ニッケルの価数変化の利用率を一定以上の水準で確保できることが確認された。
【0147】
これに対し、比較例1は、Ni量が少ないため、高い放電容量が得られなかった。また、高いa軸の格子定数や回折ピークの強度比I(003)/I(104)が得られず、結晶化度の低下や、三元系に顕著なカチオンミキシングが生じている可能性が示唆された。
【0148】
また、比較例2は、炭酸リチウムの仕込み量が多く、Li量が多いため、高いa軸の格子定数や回折ピークの強度比I(003)/I(104)が得られず、結晶化度の低下や、ニッケル等によるカチオンミキシングが生じている可能性が示唆された。
【0149】
また、比較例3は、炭酸リチウムの仕込み量が少なく、Li量が少ないため、3価のニッケル等が多くなり、a軸の格子定数が小さくなって、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性や出力特性が得られなかった。
【0150】
また、比較例4は、Co量が多く、コバルトとMで表される金属元素との組成比(c/d)が大きいため、高いa軸の格子定数が得られず、2価のニッケルの割合が十分に増加しなかった可能性が示唆された。原料コストが比較的高い化学組成になると共に、高い充放電容量と良好な充放電サイクル特性も得られなかった。
【0151】
また、比較例5は、チタンを追加したが、Co量が多く、コバルトとMで表される金属元素の和との組成比(c/d)が大きいため、高いa軸の格子定数が得られず、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が十分に低減されなかった可能性が示唆された。原料コストが比較的高い化学組成になると共に、ミラー指数(003)面に帰属される回折ピークの半値幅も高くなり、直流内部抵抗が高い傾向を示した。
【0152】
図3は、リチウム遷移金属複合酸化物のa軸の格子定数と放電容量との関係を示す図である。
図4は、リチウム遷移金属複合酸化物のa軸の格子定数と開回路電圧との関係を示す図である。
図5は、リチウム遷移金属複合酸化物のa軸の格子定数と容量維持率との関係を示す図である。
図3~5において、●は、実施例に係る正極活物質についての測定値、▲は、比較例に係る正極活物質についての測定値を示す。
【0153】
図3~5に示すように、リチウムイオン二次電池の容量、充放電サイクル特性、出力特性と、a軸の格子定数とには、高い相関がある。a軸の格子定数が2.878Å以上であると、高い放電容量と共に、高い開回路電圧や、高い容量維持率が得られている。Ni量を多くしても、4価が安定なマンガンをはじめとするMで表される金属元素によって、2価のニッケルの割合が増加し、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う結晶構造変化や、結晶性の低下が抑制されたものと考えられる。
【0154】
図6は、実施例及び比較例に係るリチウムイオン二次電池のdQ/dV曲線である。
図7は、dQ/dV比と放電容量との関係を示す図である。
図8は、dQ/dV比と開回路電圧との関係を示す図である。
図9は、dQ/dV比と容量維持率との関係を示す図である。
図6には、実施例4、15と比較例5の結果を示す。また、
図7~9において、●は、実施例1、4、8、9、13~17の結果、▲は、比較例1~5の結果を示す。dQ/dV比は、電圧が3.7~3.8Vの範囲におけるピーク高さの最大値(h
B)に対する電圧が4.1~4.3Vの範囲におけるピーク高さの最大値(h
A)の比(h
A/h
B)である。
【0155】
図6に示すように、コバルトとMで表される金属元素の和との組成比(c/d)が小さい実施例では、電圧が4.1~4.3Vの範囲に強いピークを生じた。このピークは、H3相への相変化が生じたことを示しており、ニッケルの4価への価数変化が十分に進んだことを意味する。一方、比較例では、電圧が4.1~4.3Vの範囲に強いピークを生じなかった。ニッケルの価数変化の割合が不十分で、H3相への相変化は十分には起こらなかったものと考えられる。
【0156】
図7~
図9に示すように、リチウム二次電池の容量や、充放電サイクル特性や、出力特性と、dQ/dV比とには、高い正の相関がある。dQ/dV比が0.70以上であると、190Ah/kg以上の高い放電容量、3.57V以上の高い開回路電圧、89%以上の高い容量維持率が得られている。dQ/dV比が高くなる化学組成及び製造条件の採用により、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う結晶構造変化や、結晶性の低下が抑制されたものと考えられる。
【符号の説明】
【0157】
100 リチウムイオン二次電池
101 電池缶
102 電池蓋
103 正極リード片
104 負極リード片
105 絶縁板
106 シール材
110 捲回電極群
111 正極
111a 正極集電体
111b 正極合剤層
112 負極
112a 負極集電体
112b 負極合剤層
113 セパレータ