(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-24
(45)【発行日】2022-12-02
(54)【発明の名称】心筋症、陳旧性心筋梗塞および慢性心不全の治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 38/17 20060101AFI20221125BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20221125BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20221125BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20221125BHJP
C07K 14/46 20060101ALN20221125BHJP
【FI】
A61K38/17 ZNA
A61P9/00
A61P9/10
A61P9/04
C07K14/46
(21)【出願番号】P 2018564639
(86)(22)【出願日】2018-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2018002373
(87)【国際公開番号】W WO2018139562
(87)【国際公開日】2018-08-02
【審査請求日】2021-01-08
(31)【優先権主張番号】P 2017013293
(32)【優先日】2017-01-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017151788
(32)【優先日】2017-08-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506364400
【氏名又は名称】株式会社ステムリム
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】玉井 克人
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(72)【発明者】
【氏名】木戸 高志
(72)【発明者】
【氏名】後藤 隆純
(72)【発明者】
【氏名】山崎 尊彦
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/065347(WO,A1)
【文献】特表2005-537253(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0004207(US,A1)
【文献】山形大学紀要(医学),2015年,Vol.33, No.2,pp.126-127 [一般講演4]
【文献】日本小児循環器学会雑誌,2011年,27,Supplement,p.S189,I-E-19
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)から(
c)のいずれかに記載の物質を含有する、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患
を予防および/または治療
するための医薬組成物であって、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が心筋症または陳旧性心筋梗塞である医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(
b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1から4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド; および
(
c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド。
【請求項2】
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、心筋症である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
心筋症が、特発性心筋症である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
特発性心筋症が、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症および不整脈原性右室心筋症からなる群より選択される、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
心筋症が、二次性心筋症である、請求項2に記載の医薬組成物。
【請求項6】
二次性心筋症が、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、および周産期心筋症からなる群より選択される、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、陳旧性心筋梗塞である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項8】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するための、請求項1から7のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項9】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するため、かつ、拡張型心筋症、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、および陳旧性心筋梗塞からなる群より選択される心疾患を予防および/または治療するための、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項10】
以下の(a)から(
c)のいずれかに記載の物質を含有する、心筋症または陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全
を予防および/または治療
するための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(
b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1から4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド; および
(
c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド。
【請求項11】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するための、請求項
10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するため、かつ、拡張型心筋症、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、および陳旧性心筋梗塞からなる群より選択される心疾患に起因する慢性心不全を予防および/または治療するための、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項13】
以下の(a)から(
c)のいずれかに記載の物質を含有する、心筋症または陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるペプチド;
(
b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1から4個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド; および
(
c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、
PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド。
【請求項14】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するための、請求項
13に記載の医薬組成物。
【請求項15】
心臓組織とは異なる部位において全身的に投与するため、かつ、拡張型心筋症、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、および陳旧性心筋梗塞からなる群より選択される心疾患の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するための、請求項13に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、HMGB1タンパク質の断片ペプチドを含む、心筋症、陳旧性心筋梗塞および慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋症は、「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義され、多くの場合、心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等の心臓の構造異常を伴い、進行すると慢性心不全の症状を呈する。二次性の心筋症は原因疾患の治療によって改善することもあるが、特発性心筋症については未だ根治的治療法が存在しない。
【0003】
冠動脈閉塞により心筋壊死を来す心筋梗塞は、先進国における死亡原因の上位に位置する心臓病(米国では第1位、日本では第2位)の主要な基礎疾患である。診断技術やカテーテル治療、冠動脈バイパス術の進歩により急性期治療成績は向上してきているものの、広範囲梗塞例、高度の再灌流障害例、および治療機会を逸した症例等においては、心拡大や心肥大が進行し、慢性心不全となる症例も少なくない。
【0004】
心筋症や陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全が重症化した場合、既存の慢性心不全治療薬(ACE阻害薬、β遮断薬等)では十分な改善効果が得られず、心臓移植が必要となるケースも生じる。しかし、日本における移植待機期間は約3年と長く(非特許文献1)、待機期間中に脳梗塞やデバイス感染等の合併症が生じる症例も少なくない。また、心臓移植を受けたとしても、その後継続服用が必要な免疫抑制剤の副作用による感染症リスクの増大や、冠動脈病変等の合併症が生じ得る等の問題があり、心臓移植後の10年生存率は約50%である(非特許文献2)。かかる状況下、心筋症および陳旧性心筋梗塞ならびにこれらに起因する慢性心不全について新たな治療薬の開発が望まれている。
【0005】
近年、間葉系幹細胞を用いた再生医療が注目されており、心筋梗塞後慢性心不全に関しては、慢性心筋梗塞の動物モデルにおいて卵膜、骨髄、または脂肪組織に由来する間葉系幹細胞で作成した細胞シートを直接心臓へ移植することにより、心機能の改善効果が得られるとの報告がある(非特許文献3および特許文献1)。しかし、細胞シートの移植は開胸手術を必要とすることから患者への負担が大きく、高齢等の要因により手術が困難な患者には適用できない。
【0006】
また、損傷組織が骨髄多能性幹細胞動員因子を血中に放出し、損傷組織の再生が誘導されるメカニズムが確認されている。本発明者らは、以前の研究において、HMGB1(High mobility group box 1)タンパク質の断片ペプチドが骨髄間葉系幹細胞を骨髄から末梢血中に動員すること、ならびに心筋梗塞の急性期において当該断片ペプチドを投与することにより骨髄由来間葉系幹細胞が梗塞部位およびその近傍に集積し、心機能改善効果をもたらすことを見出している(特許文献2および3)。
【0007】
しかしながら、心筋梗塞の急性期では虚血によって急速に大量の心筋細胞が壊死し、強い炎症反応が生じるのに対し、心筋症では一般にこのような現象は起こらず、心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等の構造異常がゆっくりと進行していくことが特徴であり、両者の病態は大きく異なる。また、陳旧性心筋梗塞においても心筋細胞の壊死や炎症は収束しており、心拡大や心肥大が進行していくことが特徴である。そのため、HMGB1タンパク質の断片ペプチドが心筋症および陳旧性心筋梗塞に対して治療効果を発揮するかどうかは不明であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Fukushima et al., “Registry Report on Heart Transplantation in Japan (June 2016),”Circulation Journal (Advance Publication, January 6, 2017, Article ID: CJ-16-0976)
【文献】Lund et al., “The Registry of the International Society for Heart and Lung Transplantation: Thirty-third Adult Heart Transplantation Report-2016; Focus Theme: Primary Diagnostic Indications for Transplant,”J Heart Lung Transplant. 2016 Oct;35(10):1158-1169
【文献】石兼 真、「多成長因子分泌型卵膜由来間葉系幹細胞シートの開発」、2014年6月11日、科学研究費助成事業 研究成果報告書
【特許文献】
【0009】
【文献】WO2006/080434
【文献】WO2012/147470
【文献】WO2014/065347
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本願は、心筋症および陳旧性心筋梗塞ならびにこれらに起因する慢性心不全の予防および/または治療に有効な新規医薬を提供することを目的とする。また本願は、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療に有効な新規医薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、心筋症におけるHMGB1断片ペプチドの作用について研究した結果、特定のアミノ酸配列を有するHMGB1断片ペプチドが、拡張型心筋症の動物モデルにおいて心機能の改善、心臓の構造異常(心筋細胞肥大および心筋線維化)の抑制、および血管新生促進の効果を示すことを見出した。また、本発明者らは、陳旧性心筋梗塞に起因する虚血性心筋症の動物モデルにおいても、当該特定のHMGB1断片ペプチドが心機能の改善、心臓の構造異常(心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化)の抑制、および血管新生促進の効果を示すことを見出した。さらに、本発明者らは、高血圧性心筋症の動物モデルにおいて、当該特定のHMGB1断片ペプチドが心臓の構造異常(心筋細胞肥大および心筋線維化)の抑制効果を示すことを見出した。したがって、本願は、当該特定のHMGB1断片ペプチドを含有する、心筋症および陳旧性心筋梗塞ならびにこれらに起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。また、当該特定のHMGB1断片ペプチドは、心筋症において心臓の構造異常および/または機能障害を抑制し、陳旧性心筋梗塞において心臓の構造異常および機能障害を抑制する。したがって、本願は、当該特定のHMGB1断片ペプチドを含有する、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。
【0012】
すなわち、本願は、以下の発明を提供する。
〔1〕
以下の(a)から(c)のいずれかに記載の物質(以下、物質Aと称する)を含有する、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療のための医薬組成物:
(a)配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチド;
(b)配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド; および
(c)配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド。
〔2〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、心筋症である、〔1〕に記載の医薬組成物。
〔3〕
心筋症が、特発性心筋症である、〔2〕に記載の医薬組成物。
〔4〕
特発性心筋症が、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症および不整脈原性右室心筋症からなる群より選択される、〔3〕に記載の医薬組成物。
〔5〕
心筋症が、二次性心筋症である、〔2〕に記載の医薬組成物。
〔6〕
二次性心筋症が、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、および周産期心筋症からなる群より選択される、〔5〕に記載の医薬組成物。
〔7〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、陳旧性心筋梗塞である、〔1〕に記載の医薬組成物。
〔8〕
物質Aを含有する、心筋症または陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物。
〔9〕
物質Aを含有する、心筋症または陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するための医薬組成物。
〔10〕
物質Aを含有する、拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症の予防および/または治療のための医薬組成物。
〔11〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔10〕に記載の医薬組成物。
〔12〕
物質Aを含有する、拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物。
〔13〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔12〕に記載の医薬組成物。
〔14〕
慢性心不全が、拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因するものである、〔12〕に記載の医薬組成物。
〔15〕
拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因する慢性心不全が、HFrEFである、〔14〕に記載の医薬組成物。
〔16〕
慢性心不全が、高血圧性心筋症に起因するものである、〔12〕に記載の医薬組成物。
〔17〕
高血圧性心筋症に起因する慢性心不全が、HFpEFである、〔16〕に記載の医薬組成物。
〔A1〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患を予防および/または治療する方法。
〔A2〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、心筋症である、〔A1〕に記載の方法。
〔A3〕
心筋症が、特発性心筋症である、〔A2〕に記載の方法。
〔A4〕
特発性心筋症が、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症および不整脈原性右室心筋症からなる群より選択される、〔A3〕に記載の方法。
〔A5〕
心筋症が、二次性心筋症である、〔A2〕に記載の方法。
〔A6〕
二次性心筋症が、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、および周産期心筋症からなる群より選択される、〔A5〕に記載の方法。
〔A7〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、陳旧性心筋梗塞である、〔A1〕に記載の方法。
〔A8〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、心筋症または陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全を予防および/または治療する方法。
〔A9〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、心筋症または陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制する方法。
〔A10〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症を予防および/または治療する方法。
〔A11〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔A10〕に記載の方法。
〔A12〕
物質Aの有効量を対象に投与する工程を含む、拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症に起因する慢性心不全を予防および/または治療する方法。
〔A13〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔A12〕に記載の方法。
〔A14〕
慢性心不全が、拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因するものである、〔A12〕に記載の方法。
〔A15〕
拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因する慢性心不全が、HFrEFである、〔A14〕に記載の方法。
〔A16〕
慢性心不全が、高血圧性心筋症に起因するものである、〔A12〕に記載の方法。
〔A17〕
高血圧性心筋症に起因する慢性心不全が、HFpEFである、〔A16〕に記載の方法。
〔B1〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療に用いるための、物質A。
〔B2〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、心筋症である、〔B1〕に記載の物質A。
〔B3〕
心筋症が、特発性心筋症である、〔B2〕に記載の物質A。
〔B4〕
特発性心筋症が、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症および不整脈原性右室心筋症からなる群より選択される、〔B3〕に記載の物質A。
〔B5〕
心筋症が、二次性心筋症である、〔B2〕に記載の物質A。
〔B6〕
二次性心筋症が、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、および周産期心筋症からなる群より選択される、〔B5〕に記載の物質A。
〔B7〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、陳旧性心筋梗塞である、〔B1〕に記載の物質A。
〔B8〕
心筋症または陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全の予防および/または治療に用いるための、物質A。
〔B9〕
心筋症または陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常の抑制に用いるための、物質A。
〔B10〕
拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症の予防および/または治療に用いるための、物質A。
〔B11〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔B10〕に記載の物質A。
〔B12〕
拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症に起因する慢性心不全の予防および/または治療に用いるための、物質A。
〔B13〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔B12〕に記載の物質A。
〔B14〕
慢性心不全が、拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因するものである、〔B12〕に記載の物質A。
〔B15〕
拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因する慢性心不全が、HFrEFである、〔B14〕に記載の物質A。
〔B16〕
慢性心不全が、高血圧性心筋症に起因するものである、〔B12〕に記載の物質A。
〔B17〕
高血圧性心筋症に起因する慢性心不全が、HFpEFである、〔B16〕に記載の物質A。
〔C1〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療のための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C2〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、心筋症である、〔C1〕に記載の使用。
〔C3〕
心筋症が、特発性心筋症である、〔C2〕に記載の使用。
〔C4〕
特発性心筋症が、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症および不整脈原性右室心筋症からなる群より選択される、〔C3〕に記載の使用。
〔C5〕
心筋症が、二次性心筋症である、〔C2〕に記載の使用。
〔C6〕
二次性心筋症が、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、および周産期心筋症からなる群より選択される、〔C5〕に記載の使用。
〔C7〕
心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患が、陳旧性心筋梗塞である、〔C1〕に記載の使用。
〔C8〕
心筋症または陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C9〕
心筋症または陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C10〕
拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症の予防および/または治療のための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C11〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔C10〕に記載の使用。
〔C12〕
拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症からなる群より選択される心筋症に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬の製造における、物質Aの使用。
〔C13〕
虚血性心筋症が、陳旧性心筋梗塞に起因するものである、〔C12〕に記載の使用。
〔C14〕
慢性心不全が、拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因するものである、〔C12〕に記載の使用。
〔C15〕
拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因する慢性心不全が、HFrEFである、〔C14〕に記載の使用。
〔C16〕
慢性心不全が、高血圧性心筋症に起因するものである、〔C12〕に記載の使用。
〔C17〕
高血圧性心筋症に起因する慢性心不全が、HFpEFである、〔C16〕に記載の使用。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の投与前、投与4週間後および投与6週間後の左室駆出率(LVEF)、左室拡張末期径(LVDd)および左室収縮末期径(LVDs)の測定結果を示すグラフである。
【
図2】心筋組織切片のシリウスレッド染色の結果を示す写真、および染色陽性領域のパーセンテージを示すグラフである。
【
図3】心筋組織切片の免疫染色(抗CD31抗体)の結果を示す写真、および毛細血管密度を示すグラフである。
【
図4】心筋組織切片のPAS染色の結果を示す写真、および心筋細胞の短径を示すグラフである。
【
図5】PDGFRαおよびCD29に対する抗体を用いた免疫染色の結果を示す写真である。PDGFRα:緑色、CD29:赤色、DAPI:青色。
【
図6】HMGB1ペプチド(1-44)群およびPBS群におけるPDGFRα陽性且つCD29陽性の細胞の数を示すグラフである。
【
図7】RT-PCRで解析したVEGFおよびTSG-6の発現量を示すグラフである。RQ:相対量。
【
図8】電子顕微鏡による心筋細胞の観察結果を示す写真である。
【
図9】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の投与前から投与14週間後までの左室駆出率(LVEF)の測定結果を示すグラフである。
【
図10】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の生存率を示すグラフである。
【
図11】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の投与前および投与4週間後の左室駆出率(LVEF)の測定結果を示すグラフである。
【
図12】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の投与前および投与4週間後の左室拡張末期径(LVDd)並びに左室収縮末期径(LVDs)の測定結果を示すグラフである。
【
図13】HMGB1ペプチド(1-44)群とPBS群の投与前から投与4週間後までの左室駆出率(LVEF)の測定結果を示すグラフである。
【
図14】心筋組織切片のシリウスレッド染色の結果を示す写真、および染色陽性領域のパーセンテージを示すグラフである。
【
図15】梗塞境界部における毛細血管密度を示すグラフ、および、梗塞境界部におけるvon-Willbrand因子染色の結果を示す写真である。
【
図16】梗塞境界部における心筋細胞の短径を示すグラフである。
【
図17】HMGB1ペプチド(1-44)群の梗塞境界部の蛍光免疫染色像である。PDGFRα:緑色、CD90:赤色、DAPI:青色。(a)における矢印はPDGFRαとCD90のdouble positive cellを示し、破線は梗塞境界部を示す。
【
図18】HMGB1ペプチド(1-44)群の梗塞境界部の蛍光免疫染色像である。PDGFRα:緑色、CD105:赤色、DAPI:青色。矢印はPDGFRαとCD105のdouble positive cellを示し、破線は梗塞境界部を示す。
【
図19】HMGB1ペプチド(1-44)群およびPBS群の梗塞境界部の蛍光免疫染色像である。PDGFRα:緑色、CD90:赤色、DAPI:青色。矢印はPDGFRαとCD90のdouble positive cellを示し、破線は梗塞境界部を示す。
【
図20】15週齢時における心臓重量を示すグラフである。
【
図21】6週齢時から15週齢時までのLVAWdの推移を示すグラフである(但し、9および14週齢時には測定を行っていない)。
【
図22】心筋組織切片のシリウスレッド染色の結果を示す写真である。
【
図23】心筋組織切片におけるシリウスレッド染色陽性領域のパーセンテージを示すグラフである。図中に示したものを除き、群間のp値は全て0.1以上である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。
【0015】
本願において、心臓の構造異常としては、心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等が挙げられるが、これらに限定されない。一つの態様において、心臓の構造異常は、心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される。
【0016】
本願において、心臓の機能障害(心機能障害)とは、心臓が血液を取り込み、送り出すポンプ機能の障害を意味し、収縮能障害および拡張能障害を含む。一つの態様において、心臓の機能障害は、収縮能障害および拡張能障害からなる群より選択される。別の態様において、心臓の機能障害は、心室の収縮能障害および拡張能障害からなる群より選択される。別の態様において、心臓の機能障害は、左室の収縮能障害および拡張能障害からなる群より選択される。
【0017】
本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、心筋症の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。
【0018】
本願において、「心筋症」とは、心機能障害を伴う心筋疾患をいう。また、心筋症は多くの場合、心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等の心臓の構造異常を伴う。
【0019】
心筋症のうち、高血圧や冠動脈疾患などの明らかな原因を有さず、心筋に病変の首座があるものを特発性心筋症といい、原因または全身疾患との関連が明らかなものを二次性心筋症という。
【0020】
特発性心筋症としては、拡張型心筋症、肥大型心筋症、拘束型心筋症、不整脈原性右室心筋症、分類不能型心筋症が挙げられるが、これらに限定されない。「拡張型心筋症」は、左室拡大と左室収縮能障害を特徴とし、びまん性の収縮障害を引き起こし得る異常な負荷状況(高血圧や弁膜症)および冠動脈疾患の合併がない疾患をいう。
【0021】
二次性心筋症としては、虚血性心筋症、高血圧性心筋症、弁膜症性心筋症、薬剤誘発性心筋症、アルコール性心筋症、ミトコンドリア心筋症、心サルコイドーシスに起因する心筋症、心アミロイドーシスに起因する心筋症、心筋炎に起因する心筋症、筋ジストロフィーに起因する心筋症、心ファブリー病に起因する心筋症、周産期心筋症が挙げられるが、これらに限定されない。一つの態様において、筋ジストロフィーに起因する心筋症は、Duchenne型、Becker型またはEmery-Dreifuss型筋ジストロフィーに起因する心筋症である。
【0022】
本願において、「虚血性心筋症」とは、虚血性心疾患(陳旧性心筋梗塞または狭心症)に起因して心拡大および心筋収縮能の障害を呈する疾患をいう。HMGB1断片ペプチドは心拡大の抑制効果と心筋収縮能の改善効果を有しているため、虚血性心筋症を予防および/または治療することができる。一つの態様において、虚血性心筋症は、陳旧性心筋梗塞に起因するものである。
【0023】
本願において、「高血圧性心筋症」とは、高血圧に起因して心筋細胞肥大および心臓の機能障害(拡張能障害または収縮能障害)を呈する疾患をいう。HMGB1断片ペプチドは高血圧に起因して生じる心筋細胞肥大を抑制することができるため、高血圧性心筋症を予防および/または治療することができる。
【0024】
本願において、「医薬組成物」という用語は、「医薬」、「薬剤」または「薬学的組成物」と互換的に用いられる。
【0025】
本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、陳旧性心筋梗塞の治療のための医薬組成物を提供する。
【0026】
本願において、「陳旧性心筋梗塞」とは、ヒトにおいては心筋梗塞発症後30日以上経過した状態(ラットでは心筋梗塞発症後14日以上経過した状態)であって、心臓の構造異常または機能障害を伴うものをいう。陳旧性心筋梗塞のうち、心拡大および心臓の収縮能障害を伴うものは、虚血性心筋症に該当する。また、本願において、「陳旧性心筋梗塞」という用語は「慢性期心筋梗塞」と互換的に用いられる。
【0027】
本願のHMGB1断片ペプチドは、陳旧性心筋梗塞において心臓の構造異常(例えば心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化)および機能障害(例えば収縮能障害)を抑制する。また、本願のHMGB1断片ペプチドは、心筋症において心機能(例えば収縮能)の改善効果を発揮する。したがって、本願のHMGB1断片ペプチドは、陳旧性心筋梗塞や心筋症等の心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患に対して広く治療効果を発揮するものと考えられる。
【0028】
また本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、心筋症に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。
【0029】
心筋症は、その病態の進行により心機能が低下していくと、慢性心不全の状態に至る。HMGB1断片ペプチドは、心筋症において心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等の心臓の構造異常を抑制し、心機能を改善することができるため、心筋症の患者における慢性心不全を予防および/または治療することができる。
【0030】
また本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、陳旧性心筋梗塞に起因する慢性心不全の予防および/または治療のための医薬組成物を提供する。
【0031】
陳旧性心筋梗塞は、心臓の構造異常の進行等により心機能が低下していくと、慢性心不全の状態に至る。HMGB1断片ペプチドは、陳旧性心筋梗塞において心拡大、心筋細胞肥大、心筋線維化等の心臓の構造異常を抑制し、心機能を改善することができるため、陳旧性心筋梗塞の患者における慢性心不全を予防および/または治療することができる。
【0032】
本願において、「慢性心不全」とは、慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し、末梢主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液量を絶対的にまた相対的に拍出できない状態であり、肺、体静脈系または両系にうっ血を来たし日常生活に障害を生じた病態をいう。慢性心不全の類型として、左室駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction: HFrEF)および左室駆出率が保持された心不全(heart failure with preserved ejection fraction: HFpEF)が挙げられる。HFrEFは左室駆出率が50%未満であることを特徴とし、収縮能障害を有する。HFpEFは左室駆出率が50%以上であることを特徴とし、拡張能障害を有する。一つの態様において、HFrEFは、拡張型心筋症または虚血性心筋症に起因するものである。一つの態様において、HFpEFは、高血圧性心筋症に起因するものである。
【0033】
また本願は、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドを含有する、心筋症および陳旧性心筋梗塞の患者において心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するための医薬組成物を提供する。一つの態様において、本願の医薬組成物は、心筋症および陳旧性心筋梗塞の患者において、(i)心拡大、心筋細胞肥大および心筋線維化からなる群より選択される心臓の構造異常を抑制するため、(ii)心臓における血管新生を促進するため、または(iii)心臓の収縮能または拡張能を改善するために用いられるものである。心臓の収縮能としては、例えば心室の収縮能、例えば左室の収縮能が挙げられるが、これらに限定されない。心臓の拡張能としては、例えば心室の拡張能、例えば左室の拡張能が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
本願において、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドとは、HMGB1タンパク質の一部からなるペプチドであって、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むペプチドを意味する。このようなペプチドは、該ペプチドをコードするDNAを適当な発現系に組み込んで遺伝子組換え体(recombinant)として得ることができるし、または、人工的に合成することもできる。
【0035】
本願において、HMGB1タンパク質としては、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質、および、配列番号:3に記載の塩基配列を含むDNAによってコードされるタンパク質が例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0036】
本願における配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドとしては、以下を例示できるが、これらに限定されるものではない:
1) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するHMGB1断片ペプチド;
2) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含み、且つ、間葉系幹細胞の遊走を刺激する活性を有するHMGB1断片ペプチド;
3) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列からなるHMGB1断片ペプチド。
【0037】
本願において、HMGB1断片ペプチドにより遊走が刺激される細胞としては、骨髄細胞または骨髄由来細胞(例えば骨髄幹細胞または骨髄由来幹細胞)が挙げられるが、これに制限されない。
【0038】
本願において、「骨髄細胞」とは、骨髄内に存在する細胞を意味し、一方、「骨髄由来細胞」とは、骨髄から骨髄外に動員された「骨髄細胞」を意味する。また、「骨髄細胞」は骨髄内に存在する幹細胞および前駆細胞等の未分化な細胞を含み得る。
【0039】
本願において、HMGB1断片ペプチドにより遊走が刺激される細胞としては、間葉系幹細胞も挙げられるが、これに制限されない。「間葉系幹細胞」とは、骨髄またはその他の組織(血液、例えば臍帯血、および皮膚、脂肪、歯髄等)から採取され、培養皿(プラスチックあるいはガラス製)への付着細胞として培養・増殖可能であり、骨、軟骨、脂肪、筋肉などの間葉系組織への分化能を有する細胞である。一つの態様において、間葉系幹細胞は、上皮系組織や神経組織への分化能をも有する。本願における間葉系幹細胞は、狭義の幹細胞のみならず前駆細胞をも含む不均一な細胞集団として存在してもよく、培養条件下では狭義の幹細胞および/または前駆細胞に加えて分化した細胞をも含み得る。一つの態様において、間葉系幹細胞は狭義の幹細胞のみによって構成されていてもよく、複数種の前駆細胞からなる細胞集団であってもよい。
【0040】
本発明において、前駆細胞は、血液系以外の特定組織細胞への一方向性分化能を持つ細胞と定義され、間葉系組織、上皮系組織、神経組織、実質臓器、血管内皮への分化能を有する細胞を含む。
【0041】
本願において、HMGB1断片ペプチドにより遊走が刺激される細胞としては、骨髄間葉系幹細胞および骨髄由来間葉系幹細胞も挙げられるが、これに制限されない。「骨髄間葉系幹細胞」とは、骨髄内に存在する細胞であって、骨髄から採取され、培養皿(プラスチックあるいはガラス製)への付着細胞として培養・増殖可能であり、骨、軟骨、脂肪、筋肉などの間葉系組織、ならびに神経組織、上皮組織への分化能を有するという特徴を持つ細胞である。本願において、「骨髄間葉系幹細胞」という用語は、「骨髄間葉系間質細胞」、「骨髄多能性幹細胞」および「骨髄多能性間質細胞」と互換的に用いられる。
【0042】
また、「骨髄由来間葉系幹細胞」とは、骨髄から骨髄外に動員された骨髄間葉系幹細胞をいい、末梢血採血、さらには脂肪などの間葉系組織、皮膚などの上皮組織、脳などの神経組織からの採取によって取得することができる細胞である。本願において、「骨髄由来間葉系幹細胞」という用語は、「骨髄由来間葉系間質細胞」、「骨髄由来多能性幹細胞」および「骨髄由来多能性間質細胞」と互換的に用いられる。
【0043】
また、骨髄間葉系幹細胞および骨髄由来間葉系幹細胞は、採取後直接、あるいは一度培養皿へ付着させた細胞を生体の損傷部に投与することにより、例えば皮膚を構成するケラチノサイトなどの上皮系組織、脳を構成する神経系の組織への分化能も有するという特徴も持つ。
【0044】
骨髄間葉系幹細胞および骨髄由来間葉系幹細胞は、骨芽細胞(分化を誘導するとカルシウムの沈着を認めること等で特定可能)、軟骨細胞(アルシアンブルー染色陽性、サフラニン-O染色陽性等で特定可能)、脂肪細胞(ズダンIII染色陽性等で特定可能)の他に、例えば線維芽細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、ストローマ細胞、腱細胞などの間葉系細胞、神経細胞、色素細胞、表皮細胞、毛包細胞(サイトケラチンファミリー、ヘアケラチンファミリー等を発現する)、上皮系細胞(たとえば表皮角化細胞、腸管上皮細胞はサイトケラチンファミリー等を発現する)、内皮細胞、さらに肝臓、腎臓、膵臓等の実質臓器細胞に分化する能力を有することが好ましいが、分化後の細胞は上記細胞に限定されるものではない。
【0045】
ヒト間葉系幹細胞のマーカーとしては、PDGFRα陽性、PDGFRβ陽性、Lin陰性、CD45陰性、CD44陽性、CD90陽性、CD29陽性、Flk-1陰性、CD105陽性、CD73陽性、CD90陽性、CD71陽性、Stro-1陽性、CD106陽性、CD166陽性、CD31陰性、CD271陽性、CD11b陰性の全部または一部が例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0046】
マウス間葉系幹細胞のマーカーとしては、CD44陽性、PDGFRα陽性、PDGFRβ陽性、CD45陰性、Lin陰性、Sca-1陽性、c-kit陰性、CD90陽性、CD105陽性、CD29陽性、Flk-1陰性、CD271陽性、CD11b陰性の全部または一部が例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0047】
ラット間葉系幹細胞のマーカーとしては、PDGFRα陽性、CD44陽性、CD54陽性、CD73陽性、CD90陽性、CD105陽性、CD29陽性、CD271陽性、CD31陰性、CD45陰性の全部または一部が例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0048】
本願において、HMGB1断片ペプチドにより遊走が刺激される細胞としては、PDGFRα陽性細胞もまた挙げられるが、これに制限されない。HMGB1断片ペプチドにより遊走が刺激されるPDGFRα陽性細胞としては、PDGFRα陽性の間葉系幹細胞、PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞、PDGFRα陽性の骨髄由来細胞であって、骨髄採取(骨髄細胞採取)または末梢血採血により得られた血液中の単核球分画細胞培養により、付着細胞として得られる細胞などが例示できるが、これらに制限されるものではない。PDGFRα陽性の間葉系幹細胞の例としては、PDGFRαおよびCD44が陽性である細胞、PDGFRαおよびCD90が陽性である細胞、PDGFRαおよびCD105が陽性である細胞、PDGFRαおよびCD29が陽性である細胞等が挙げられる。一つの態様において、PDGFRα陽性の間葉系幹細胞は、CD44が陰性の細胞であってもよい。
【0049】
本願の医薬組成物においては、配列番号:1に記載のアミノ酸配列を含むHMGB1断片ペプチドに代えて、またはこれと共に、配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1つ以上のアミノ酸残基が改変(置換、欠失、挿入若しくは付加)されたアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチドを用いることもできる。かかるペプチドの例としては、以下のものを例示できるが、これらに限定されるものではない:
i) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個(例えば1個~10個、1個~9個、1個~8個、1個~7個、1個~6個、1個~5個、1個~4個、1個~3個、または1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド;
ii) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個(例えば1個~10個、1個~9個、1個~8個、1個~7個、1個~6個、1個~5個、1個~4個、1個~3個、または1個若しくは2個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド;
iii) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上、例えば約85%以上、約90%以上、約91%以上、約92%以上、約93%以上、約94%以上、約95%以上、約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド;
iv) 配列番号:1に記載のアミノ酸配列と約80%以上、例えば約85%以上、約90%以上、約91%以上、約92%以上、約93%以上、約94%以上、約95%以上、約96%以上、約97%以上、約98%以上または約99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ、細胞の遊走を刺激する活性を有するペプチド。
また、これらのペプチドにより遊走が刺激される細胞としては、間葉系幹細胞、骨髄由来間葉系幹細胞、PDGFRα陽性細胞、PDGFRα陽性の間葉系幹細胞、PDGFRα陽性の骨髄由来間葉系幹細胞、およびPDGFRα陽性の骨髄由来細胞であって骨髄採取(骨髄細胞採取)または末梢血採血により得られた血液中の単核球分画細胞培養により付着細胞として得られる細胞などが例示できるが、これらに制限されるものではない。
【0050】
本願のペプチドやそれを含有する医薬組成物(以下、ペプチド等と称する)の有効量が、本明細書に記載の疾患や症状の治療や予防のために対象に投与される。
【0051】
本願における有効量とは、本明細書に記載の疾患や症状の治療や予防に十分な量をいう。本願における治療には、軽減、遅延、阻止、改善、寛解、治癒、完治などが含まれるが、これらに限定されない。また本願における予防には、軽減、遅延、阻止などが含まれるが、これらに限定されない。
【0052】
本願における対象としては、特に制限はなく、哺乳類、鳥類、魚類等が挙げられる。哺乳類としては、ヒト又は非ヒト動物が挙げられ、例えば、ヒト、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌ、ウサギ、ハムスター、モルモット、ウマ、ヒツジ、クジラなどが例示できるが、これらに限定されるものではない。本願において、「対象」という用語は、「患者」、「個体」および「動物」と互換的に用いられる。
【0053】
本願のペプチド等の投与部位に制限はなく、組織の構造的または機能的異常を有する部位もしくはその近傍、それらとは異なる部位(それら以外の部位)、組織の構造的または機能的異常を有する部位から離れた部位、組織の構造的または機能的異常を有する部位から遠位にある部位、または、組織の構造的または機能的異常を有する部位に対して遠位かつ異所である部位など、いかなる部位に投与されても、本願のペプチド等は、その効果を発揮することができる。
【0054】
例えば、心臓の構造的または機能的異常を有する部位またはその近傍に、本願のペプチド等を投与することにより、投与部位に細胞(例えば間葉系幹細胞)が動員され、心臓組織の再生または心臓の構造的もしくは機能的異常の改善が誘導または促進される。また例えば、心臓の構造的または機能的異常を有する部位またはその近傍とは異なる部位に、本願のペプチド等を投与することにより、骨髄から心臓の構造的または機能的異常を有する部位やその近傍に末梢循環を介して骨髄細胞(例えば骨髄間葉系幹細胞)が動員され、心臓組織の再生または心臓の構造的もしくは機能的異常の改善が誘導または促進される。ここで、「末梢循環」とは、「血液循環」、「末梢循環血流」とも称される。
【0055】
また本願のペプチド等は、心臓組織とは異なる組織、心臓組織から離れた組織、心臓組織から遠位にある組織、または、心臓組織に対して遠位かつ異所にある組織など、いかなる組織に投与されても、その効果を発揮することができる。すなわち、本願のペプチド等は、体外から直接薬剤を投与することが困難な心臓組織を再生するため、または心臓の構造的もしくは機能的異常を改善するために、有効に利用される。
【0056】
本願のペプチド等の投与方法としては、経口投与または非経口投与が挙げられ、非経口投与方法としては、血管内投与(動脈内投与、静脈内投与等)、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、腹腔内投与、経鼻投与、経肺投与、経皮投与などが挙げられるが、これらに限定されない。また、本願のペプチド等を、注射投与、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などによって全身または局部的(例えば、皮下、皮内、皮膚表面、眼球あるいは眼瞼結膜、鼻腔粘膜、口腔内および消化管粘膜、膣・子宮内粘膜、または損傷部位など)に投与できる。
【0057】
また、本願のペプチド等に代えて、本願のペプチドを分泌する細胞、該ペプチドをコードするDNAが挿入された遺伝子治療用ベクター、およびこれらを含有する医薬組成物を用いることもできる。
【0058】
また、患者の年齢、症状により適宜投与方法を選択することができる。本願のペプチドを投与する場合、例えば、一回の投与につき、体重1 kgあたり0.0000001mgから1000mgの範囲で投与量が選択できる。あるいは、例えば、患者あたり0.00001から100000mg/bodyの範囲で投与量が選択できる。本願のペプチドを分泌する細胞や該ペプチドをコードするDNAが挿入された遺伝子治療用ベクターを投与する場合も、該ペプチドの量が上記範囲内となるように投与することができる。しかしながら、本願における医薬組成物はこれらの投与量に制限されるものではない。
【0059】
本願の医薬組成物は、常法に従って製剤化することができ(例えば、Remington's Pharmaceutical Science, latest edition, Mark Publishing Company, Easton, U.S.A)、医薬的に許容される担体や添加物を共に含むものであってもよい。例えば界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等が挙げられるが、これらに制限されず、その他常用の担体が適宜使用できる。具体的には、軽質無水ケイ酸、乳糖、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を挙げることができる。
【0060】
なお、本明細書において引用されたすべての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【0061】
本発明は、下記の実施例によってさらに例示されるが、それらに限定されるものではない。
【実施例】
【0062】
実施例1
拡張型心筋症に対するHMGB1断片ペプチドの有効性の評価
【0063】
(1)材料および方法
拡張型心筋症モデル動物であるJ2N-kハムスター(18週齢、オス、計20匹)を日本SLCより入手し、2週間馴化した後、実験に用いた。J2N-kハムスターは、δ-サルコグリカン遺伝子の欠失変異が原因で拡張型心筋症を自然発症する(具体的には、5週齢前後で心筋細胞の脱落と線維化が始まり、約20週齢で心拡大および心機能障害を示し、最終的に約1年でうっ血性心不全により死亡する。J Biochem. 2003 Aug;134(2):269-76)。また、ヒト由来のHMGB1タンパク質のアミノ酸残基1-44(配列番号:1)からなるペプチドを固相法により化学合成した。以下、当該ペプチドをHMGB1ペプチド(1-44)と称し、実施例に対応する図面においては「1-44」と省略して表記する。
【0064】
J2N-kハムスターをHMGB1ペプチド(1-44)投与群(n=10)およびPBS投与群(対照、n=10)に分け、20週齢目(体重約120g)から投与を開始した。被験物質の投与は、PBSを溶媒として1mg/mlの濃度に調整したHMGB1ペプチド(1-44)溶液を3ml/kgの量(ペプチドの投与量としては3mg/kg)で1日1回、4日間連続で外頚静脈に注入することにより行った。対照群には、PBSを3ml/kgの量で1日1回、4日間連続で外頚静脈に注入した。投薬後6週間目において、深麻酔下に開胸術を施行し心臓を摘出した。心臓はmid portionを凍結保存用とパラフィン固定用に分け病理組織学的検査を行った。また、心尖部の心筋を用いて分子生物学的検討を行い、HMGB1ペプチド(1-44)投与の効果を評価した。
【0065】
(2)評価項目
i)心機能
投薬前、投薬後4週間目および6週間目に心エコーを実施し、左室拡張末期径(LVDd)、左室収縮末期径(LVDs)および左室駆出率(LVEF)を測定、算出して心機能評価を行った。
ii)心筋の線維化
心筋組織切片をシリウスレッドで染色し、心筋全体の面積に占める染色陽性領域の割合を線維化率(%)として算出した。
iii)血管新生
抗CD31抗体を用いて心筋組織切片の免疫染色を行い、血管数(血管内皮細胞数)を測定した。この測定を異なる5視野で実施し、平均値を算出した。
iv)心筋細胞の肥大
心筋組織切片のPAS(Periodic Acid Schiff)染色を行い、核構造を保持している心筋細胞の短径を測定し、平均化した。この測定を異なる5視野で実施し、平均値を算出した。
v)間葉系幹細胞の動員
間葉系幹細胞の表面マーカーであるPDGFRαおよびCD29に対する抗体を用いて心筋組織切片の免疫染色を行い、間葉系幹細胞の集積が認められるかを評価した。細胞核の染色はDAPIを用いて行った。
vi) RT-PCR
心尖部の心筋を用いて、間葉系骨髄幹細胞により分泌される血管新生因子であるVEGF、抗炎症サイトカインであるTSG-6の心筋内発現をRT-PCRにより評価した。
vii)ミトコンドリアの構造
心筋細胞の構造を電子顕微鏡で観察した。具体的には、mid-portionの全層心筋をサンプルとし、1/2カルノフスキーによる前固定、2%四酸化オスミウム酸による後固定、0.5%酢酸ウラン水溶液によるブロック染色、およびエタノールによる脱水の後、エポキシ樹脂(Quetol812)を浸透させて包埋・重合し、超薄切切片(70~110nm)を作製し、酢酸ウランおよび鉛染色液による電子染色を実施した上で、電子顕微鏡(H-7500、日立ハイテクノロジーズ)にて観察した。
【0066】
(3)結果
i)心機能
投薬4週間後および6週間後の心機能評価では、PBS群と比較してHMGB1ペプチド(1-44)群でLVEFが有意に高値であり、左室収縮能の低下が抑制されていた(
図1)。かかる結果は、HMGB1ペプチド(1-44)による心機能の改善効果を示すものである。LVDdおよびLVDsについては、投薬4週間後および6週間後いずれの時点においても有意差はなかった。
ii)心筋の線維化
解析の結果、シリウスレッド染色陽性領域の割合はPBS群よりもHMGB1ペプチド(1-44)群の方が有意に小さく、心筋の線維化が抑制されていることが示された(
図2)。
iii)血管新生
免疫染色の結果、mid layerにおいて、HMGB1ペプチド(1-44)群の方がPBS群よりも有意に血管数が多く、血管新生が亢進していることが示された(
図3)。subendocardial layerにおいても、HMGB1ペプチド(1-44)群の方がPBS群より血管数が多い傾向が見られた。
iv)心筋細胞の肥大
PAS染色の結果、subendocardial layerおよびmid layerいずれにおいても、HMGB1ペプチド(1-44)群の方がPBS群よりも有意に心筋細胞の短径が小さく、心筋細胞の肥大化が抑制されていることが示された(
図4)。
v)間葉系幹細胞の動員
免疫染色の結果、PDGFRαおよびCD29の両方が陽性である細胞がHMGB1ペプチド(1-44)群の心筋組織に動員されていることが認められた(
図5)。また、HMGB1ペプチド(1-44)群の心筋組織には、PBS群よりも有意に多くのPDGFRα陽性かつCD29陽性の細胞が存在していた(
図6)。
vi) RT-PCR
解析の結果、VEGFおよびTSG-6のいずれも、PBS群よりもHMGB1ペプチド(1-44)群において有意に発現量が高かった(
図7)。
vii)ミトコンドリアの構造
心筋細胞を電子顕微鏡で観察した結果、PBS群においてはミトコンドリアのクリステ構造の消失が見られたが、HMGB1ペプチド(1-44)群ではクリステ構造が維持されていた(
図8)。かかる結果は、HMGB1ペプチド(1-44)の投与による心機能維持効果を裏付けるものである。
【0067】
実施例2
拡張型心筋症に対するHMGB1断片ペプチドの有効性の評価(長期観察)
【0068】
(1)材料および方法
実施例1と同様にJ2N-kハムスターを20匹用意し、HMGB1ペプチド(1-44)投与群(n=11)およびPBS投与群(対照、n=9)に分け、20週齢目から投与を開始した。被験物質の投与は、PBSを溶媒として1mg/mlの濃度に調整したHMGB1ペプチド(1-44)溶液を3ml/kgの量(ペプチドの投与量としては3mg/kg)で1日1回、4日間連続で外頚静脈に注入することにより行った。対照群には、PBSを3ml/kgの量で1日1回、4日間連続で外頚静脈に注入した。その後は通常の条件で飼育しながら、心機能および生存率の評価を継続的に行った。
【0069】
(2)評価項目
i)心機能
投薬前、投薬後4週間目、およびその後2週間ごとに心エコーを実施し、LVEFを計測した。
ii)生存率
最終投与後、通常の条件で飼育を継続して生存率を評価した。
【0070】
(3)結果
i)心機能
HMGB1ペプチド(1-44)群のLVEFは、投与後6週まで、PBS群よりも有意に高い値を維持していた(
図9)。
ii)生存率
長期観察の結果、HMGB1ペプチド(1-44)群において生存率が高い傾向が見られた(
図10)。
【0071】
実施例3
陳旧性心筋梗塞後の心機能改善に関するHMGB1断片ペプチドの有効性の評価
【0072】
(1)材料および方法
SDラット(7週齢、オス、体重約250g)を吸入麻酔薬セボフレン(またはイソフルラン)で麻酔し、十分な抑制状態が得られた後に気管内挿管し吸入麻酔薬で深麻酔を維持した。仰臥位、左第4肋間で開胸し、冠動脈左前下行枝近位部を6-0 prolene縫合糸で結紮し、広範囲心筋梗塞モデルを作成した。梗塞作成から2週間後に心エコーで心機能評価を行い、広範囲梗塞が得られた症例(LVEF<50%)を陳旧性心筋梗塞モデルラットとした(計17匹)。また、上記実施例と同様に、配列番号:1からなるHMGB1ペプチド(1-44)を用いた。
【0073】
当該陳旧性心筋梗塞モデルラットをHMGB1ペプチド(1-44)投与群(n=9)およびPBS投与群(対照、n=8)に分け、梗塞作成から2週間後に投与を開始した。被験物質の投与は、PBSを溶媒として1mg/mlの濃度に調整したHMGB1ペプチド(1-44)溶液を3ml/kgの量(ペプチドの投与量としては3mg/kg)で1日1回、4日間連続で大腿静脈に注入することにより行った。対照群には、PBSを3ml/kgの量で1日1回、4日間連続で大腿静脈に注入した。投薬後4週間目において、深麻酔下に再開胸術を施行し心臓を摘出した。摘出の際に右心房から下大静脈方向に向けて穿刺し血液を5ml以上採取し、心臓は梗塞範囲を厚さの等しい4つの短軸断層に切り分け、凍結保存用とパラフィン固定用に分けた。両群を心臓生理学的、病理組織学的、分子生物学的手法を用いて比較検討し、HMGB1ペプチド(1-44)投与の効果を評価した。なお、モデルラットにおける心筋梗塞発症後2週間(14日)以上経過した状態は、ヒトにおける心筋梗塞発症後30日以上経過した状態に相当する。また、今回作成した陳旧性心筋梗塞モデルラットは、投薬前の時点でLVEFが42%まで低下しており、且つ、対照群で心拡大の進行がみられたことから、虚血性心筋症のモデルとみなすことができる。
【0074】
(2)評価項目
i)心機能
投薬後1、2、および4週間目に心エコーを実施し、左室拡張末期径(LVDd)、左室収縮末期径(LVDs)および左室駆出率(LVEF)を測定、算出して心機能評価を行った。
ii)心筋の線維化
心筋組織切片をシリウスレッドで染色し、左室心筋全体の面積に占める染色陽性領域の割合を線維化率(%)として算出した。
iii)血管新生
梗塞境界部においてvon-Willbrand因子染色を行い、血管数(血管内皮細胞数)を測定した。この測定を異なる10視野で実施し、平均値を算出した。
iv)心筋細胞の肥大
梗塞境界部においてPAS(Periodic Acid Schiff)染色を行い、梗塞境界部の核構造を保持している心筋細胞の短径を測定し、平均化した。この測定を異なる10視野で実施し、平均値を算出した。
v)梗塞境界部における間葉系幹細胞の動員
間葉系幹細胞の表面マーカーであるPDGFRα、CD90、CD105に対する抗体を用いて心筋組織の免疫染色を行い、梗塞境界部に間葉系幹細胞の集積が認められるかを評価した。細胞核の染色はDAPIを用いて行った。
【0075】
(3)結果
i)心機能
投薬4週間後の心機能評価では、PBS群と比較してHMGB1ペプチド(1-44)群でLVEFが有意に高値であった(
図11)。また、投薬4週間後のLVDdおよびLVDsはPBS群よりもHMGB1ペプチド(1-44)群において値が小さく、心拡大の抑制を認めた(
図12)。
さらに、LVEFの経時的変化に関しては、PBS群では投薬後、経時的なLVEFの減少を認めたのに対し、HMGB1ペプチド(1-44)群では投薬4週間後まで経時的なLVEFの上昇がみられ、投薬前に対して平均で約7%のLVEFの改善を認めた(
図13)。
ii)心筋の線維化
解析の結果、シリウスレッド染色陽性領域の割合はPBS群よりもHMGB1ペプチド(1-44)群の方が有意に小さく、心筋の線維化が抑制されていることが示された(
図14)。
iii)血管新生
梗塞境界部におけるvon-Willbrand因子染色の結果、HMGB1ペプチド(1-44)群の方がPBS群よりも有意に血管数が多く(P=0.05)、血管新生が亢進していることが示された(
図15)。
iv)心筋細胞の肥大
梗塞境界部におけるPAS染色の結果、HMGB1ペプチド(1-44)群の方がPBS群よりも有意に心筋細胞の短径が小さく(P=0.05)、心筋細胞の肥大化が抑制されることが示された(
図16)。
v)梗塞境界部における間葉系幹細胞の動員
心筋組織の免疫染色の結果、PDGFRαおよびCD90の両方が陽性である細胞ならびにPDGFRαおよびCD105の両方が陽性である細胞がHMGB1ペプチド(1-44)群の梗塞境界部近傍に動員されていることが認められた(
図17および18)。また、HMGB1ペプチド(1-44)群の梗塞境界部近傍には、PBS群よりも多くのPDGFRα陽性かつCD90陽性の細胞が存在していた(
図19)。
【0076】
実施例4
高血圧性心筋症に対するHMGB1断片ペプチドの有効性の評価
【0077】
(1)材料および方法
食塩感受性であるDahl sensitiveラット(以下、DIS/Eisラットとも称する)を実験に用いた。DIS/Eisラットは、高塩分食で飼育すると高血圧となり、高率に心不全を発症するモデルである(例えば生後6週から8%Nacl添加飼料で飼育した場合、生後9週で血圧が250mmHgに達し、生後12週から死亡例が出現し始め、生後16週までに高率で死亡することが確認されている)。
DIS/Eisラット(6週齢、雄、体重約200g、日本SLC)を10匹用意し、高塩分食群(n=7)および低塩分食群(n=3)の2群に分け、前者には8%Nacl添加飼料、後者には0.3%NaCl添加飼料の給餌を15週齢まで継続した。食事以外に関しては自由な運動を妨げるものは一切なくし、ケージ内で飲水、摂食等の制限なく清潔・安静を保って飼育した。
11週齢時において、高塩分食群(n=7)をHMGB1ペプチド(1-44)投与群(n=3)と対照群(n=4)に分け、投与を開始した。被験物質の投与は、PBSを溶媒として1mg/mlの濃度に調整したHMGB1ペプチド(1-44)溶液を3ml/kgの量(ペプチドの投与量としては3mg/kg)で1日1回、4日間連続で尾静脈に注入することにより行った。対照群には、PBSを3ml/kgの量で1日1回、4日間連続で尾静脈に注入した。また、低塩分食群(n=3)も対照群と同様に4日間連続で尾静脈からPBSを投与した。投薬後4週目(15週齢時)に、全身麻酔下に開胸手術を施行してラットの心臓を摘出し、心臓重量の測定を行った後、乳頭筋レベルで左室心筋横断面の組織切片を作製して組織学的解析を行った。
なお、以下において、高塩分食給餌のHMGB1ペプチド(1-44)投与群を「High-1-44群」、高塩分食給餌の対照群を「High-PBS群」、低塩分食群を「Low-PBS群」と省略して表記する。
【0078】
(2)評価項目
i)心臓重量
15週齢時に各群のラットから心臓を摘出し、重量を測定した。
ii)心機能および心室の壁厚
投薬前、及び投薬開始後1週間ごとに心エコーを実施し、左室拡張末期径(LVDd)、左室収縮末期径(LVDs)、左室駆出率(LVEF)、拡張末期左室前壁厚(LVAWd)および拡張末期左室後壁厚(LVPWd)を測定、算出した。
iii)心筋の線維化
心筋組織切片をシリウスレッドで染色し、心臓全体または左室の面積に占める染色陽性領域の割合を線維化率(%)として算出した。
【0079】
(3)結果
i)心臓重量
Low-PBS群と比較して、High-1-44群およびHigh-PBS群は心臓重量が大きかった。また、High-1-44群はHigh-PBS群よりも心臓重量が小さく、HMGB1ペプチド(1-44)の投与により心臓の肥大が抑制されていることが示された(
図20)。
ii)心機能
観察期間中、LVEFは、いずれの群においても70%以上の値を維持していた(群間に有意差なし)。
iii)心室の壁厚
観察期間内におけるLVAWdの推移を
図21に示す。15週齢時点において、High-PBS群およびHigh-1-44群のLVAWdはLow-PBS群より大きかったが、High-1-44群のLVAWdはHigh-PBS群より小さく、HMGB1ペプチド(1-44)の投与により左室前壁厚の増大が抑制される傾向が見られた。
iv)心筋の線維化
心筋組織切片のシリウスレッド染色の結果を
図22に示す。Low-PBS群と比較して、High-PBS群では冠動脈周囲における線維化の亢進が認められた。また、心臓全体に占めるシリウスレッド染色陽性領域の割合(線維化率)はHigh-PBS群よりもHigh-1-44群の方が小さく、HMGB1ペプチド(1-44)の投与によって心筋の線維化が抑制される傾向が見られた(
図23A)。左室における線維化率はHigh-PBS群よりもHigh-1-44群の方が小さく、HMGB1ペプチド(1-44)の投与によって心筋の線維化が抑制されていることが示された(
図23B)。
【0080】
(4)考察
高塩分食を給餌したDIS/Eisラットは、高血圧を発症する。また、当該ラットは実際に心肥大および心筋細胞肥大を生じることが確認された。したがって、本実施例で用いた高塩分食給餌DIS/Eisラットは、高血圧性心筋症のモデルであると評価できる。
また、心肥大/心筋細胞肥大は心臓の拡張能の低下をもたらす構造異常である。本実施例で用いた高塩分食給餌DIS/Eisラットは、正常な左室収縮能を維持しつつ、心肥大/心筋細胞肥大を生じていたことから、HFpEFのモデルとしても評価できる。
本発明のHMGB1ペプチド(1-44)は、高塩分食給餌DIS/Eisラットにおいて心肥大および心筋細胞肥大を抑制することから、高血圧性心筋症およびHFpEFの予防および/または治療のために用いることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本願のペプチドを含む医薬組成物は、心臓の構造異常および/または機能障害を伴う心疾患の予防および/または治療のための医薬組成物として有用である。また、本願のペプチドを含む医薬組成物は、心筋症および陳旧性心筋梗塞ならびにこれらに起因する慢性心不全の患者であって、高齢等の要因により手術が困難な患者や、既存の慢性心不全治療薬では十分な効果が得られない患者に対して多大な恩恵をもたらすものと期待される。また、本願のペプチドを含む医薬組成物は、拡張型心筋症、虚血性心筋症および高血圧性心筋症という複数の心筋症モデルにおいて心機能改善や心筋細胞肥大抑制等の効果を発揮することから、特発性のものおよび二次性のものを含む種々の心筋症に対して幅広く治療効果を示すことが期待できる。
【配列表】