(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】多能性幹細胞の培養基材及び多能性幹細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20221129BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20221129BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/0735
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2018142305
(22)【出願日】2018-07-30
【審査請求日】2021-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(72)【発明者】
【氏名】久野 豪士
(72)【発明者】
【氏名】近藤 聡
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-078316(JP,A)
【文献】特開2017-025335(JP,A)
【文献】国際公開第2015/199245(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に、水に対する応答温度が0℃~50℃の範囲にある温度応答性高分子による層を有し、応答温度以上の温度における前記層の
平均粗さ(μm)/層厚(nm)の比が0.5以上1以下であることを特徴とする、多能性幹細胞の培養基材。
【請求項2】
応答温度以上の温度における温度応答性高分子による層の
平均粗さ(μm)/層厚(nm)の比と、応答温度未満の温度における温度応答性高分子による層の
平均粗さ(μm)/層厚(nm)の比の差が、0.1以上1以下であることを特徴とする、請求項1に記載の多能性幹細胞の培養基材。
【請求項3】
温度応答性高分子による層の粗さ曲線要素の平均長さが1μm以下であることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の多能性幹細胞の培養基材。
【請求項4】
温度応答性高分子による層の表面構造が、温度応答性高分子の相分離構造に由来するものであることを特徴とする、請求項1~請求項3のいずれかに記載の多能性幹細胞の培養基材。
【請求項5】
下記試験によるラミニン吸着率が10%以上であることを特徴とする、請求項1~請求項4のいずれかに記載の多能性幹細胞の培養基材。
リン酸緩衝生理食塩水1mLに対して0.5mg/mLの濃度のラミニン511-E8フラグメント溶液を2~2.5μL添加した溶液を、基材の単位面積当たりの量で0.2mL/cm2基材上に滴下し、37℃で24時間静置した時、下記式より求めたラミニン吸着率。
【数1】
【請求項6】
以下の[1]~[3]工程を経て、未分化の多能性幹細胞を製造する、多能性幹細胞の製造方法。
[1]請求項1~請求項5のいずれかに記載の培養基材に多能性幹細胞を播種する工程。
[2]前記培養基材に播種された多能性幹細胞を温度応答高分子の応答温度以上の温度の液体中で培養する工程。
[3]培養基材を温度応答高分子の応答温度未満の温度に冷却し、前記液体中で培養された多能性幹細胞を基材から剥離する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能とすると共に、短時間又は弱い外部刺激での細胞剥離を可能にする培養基材、及びそれを用いた製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養は生化学的な現象の理解や有用物質の産生などに用いられ、また近年、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞の発見や培養技術の進歩により、再生医療を始めとする細胞を用いた治療に大きな注目が寄せられている。
【0003】
細胞の多くは接着性を有しており、体内においてはコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどの生体高分子に接着し、増殖・分化することが知られている。同様に、細胞培養においても接着性を有する細胞の多くは、培養する際に何らかの基材に接着する必要がある。従来、基材としては表面処理したガラスあるいは高分子が用いられていた。例えば、ポリスチレンにγ線照射あるいはシリコーンコーティングを行なった基材がある。また、コラーゲンやフィブロネクチンのような生体高分子を表面に塗布した支持体も用いられる。
【0004】
増殖する細胞は基材上で培養後、一般的に別の基材に植え継ぐ必要が有り、多くの場合にはタンパク質分解酵素が用いられている。タンパク質分解酵素は細胞表面にあるタンパク質を分解し、細胞と基材の間の結合および細胞間の結合を切る役目を担っている。一方、タンパク質分解酵素は細胞の生存率に大きな影響を与えることが知られており、タンパク質分解酵素を用いずに細胞を基材から分離する手法は細胞にダメージを与えない方法として重要である。再生医療においても同様に、体外で培養した細胞にダメージを与えずに、さらに細胞間の結合を切断しない方法で細胞又は組織化した細胞を基材から分離し、体内に戻すことが求められており、タンパク質分解酵素を用いることなく基材から分離する方法が求められている。
【0005】
上記問題を解決するために、温度応答性ポリマーを基材表面に被覆した培養基材が特許文献1に開示されている。このような基材によれば、周囲環境の温度降下による温度応答性ポリマーのゾル転移で基材表面の接着力を弱めて、細胞を剥離させ、ダメージを与えることなく細胞を分別回収することができる。しかしながら、細胞の種類が変わると、細胞を培養して良好に剥離するため必要な基材の特性は変化する。特に、多能性幹細胞においては通常の細胞とは異なり、コロニーを形成して増殖することから、必要な基材の特性も大きく異なる。特許文献1では多能性幹細胞に適した基材の特性が開示されておらず、多能性幹細胞の培養には適用できないという問題があった。また、特許文献1では高コストの電子線照射を行う必要があり、大量の細胞の培養に用いる基材には適さないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能とすると共に、短時間又は弱い外部刺激での細胞剥離を可能にする培養基材、及びそれを用いた製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、以上の点を鑑み鋭意研究を重ねた結果、平均粗さ/層厚の比が0.5以上1以下である温度応答性高分子による層を有する培養基材によって上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明によれば、基材表面に、水に対する応答温度が0℃~50℃の範囲にある温度応答性高分子による層を有し、応答温度以上の温度における前記層の平均粗さ/層厚の比が0.5以上1以下であることを特徴とする、多能性幹細胞の培養基材が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、多能性幹細胞の効率的な細胞培養を可能とすると共に、短時間又は弱い外部刺激での細胞剥離を可能にする培養基材、及びそれを用いた製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】水溶液の透過率測定によるLCSTの測定結果の一例
【
図3】対水接触角測定による応答温度の測定結果の一例
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施の形態」という。)について詳細に説明する。以下の本実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。本発明は、その趣旨の範囲内で適宜に変形して実施できる。
【0013】
本明細書において、「温度応答性高分子」とは、温度変化によって親水性/疎水性の程度が変化する高分子を示す。また、水分子の存在下で高分子の温度を低温から高温へ昇温していく場合に、ある温度を境に高分子の親水性/疎水性の程度がより疎水性に変化し、水溶性から水不溶性に変化する温度応答性高分子が存在し、この境界温度を「下限臨界溶解温度(LCST;Lower Critical Solution Temperature)」という。一般に、温度応答性高分子がLCST未満の温度において水に溶解する場合、LCST以上の温度では水に不溶となる。温度応答性高分子が水不溶性である場合には、LCSTを有しないが、温度変化によって親水性/疎水性の程度が変化する応答温度を有する。
【0014】
また、本明細書において、「生体由来物質」とは、生物の体内に存在する物質であるが、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、前記生体由来物質をベースとして化学的に合成した物質であっても良い。生体由来物質に特に限定はないが、例えば、生体を構成する基本材料である核酸、タンパク質、多糖や、これらの構成要素であるヌクレオチドやヌクレオシド、アミノ酸、各種の糖、あるいは脂質やビタミン、ホルモンである。
【0015】
また、本明細書において、「多能性幹細胞接着性」とは、多能性幹細胞を培養する温度において、多能性幹細胞が培養基材に接着することである。
【0016】
また、本明細書において、ブロックセグメントが「水不溶性を有する」とは、該ブロックセグメントを構成する単量体単位のみからなるホモポリマーの少なくとも一部が水に不溶であることを示す。
【0017】
また、本明細書において、「多能性幹細胞増殖性」とは、培養温度における多能性幹細胞の増殖しやすさを示し、増殖性を有するとは、多能性幹細胞が培養温度において培養基材に接着し、増殖可能であることを示す。さらに、増殖性が高いとは、同一の培養期間で比較した際に、より多くの多能性幹細胞へと増殖することを示す。
また、本明細書において、「多能性幹細胞剥離性」とは、培養基材上で増殖した多能性幹細胞の培養基材からの剥離しやすさを示し、「剥離性を有する」とは、培養基材上で増殖した多能性幹細胞が外部刺激によって培養基材から剥離可能であることを示す。さらに、「剥離性が高い」とは、短時間の冷却や弱い応力等の、より弱い外部刺激によって多能性幹細胞が培養基材から剥離することを示す。また、「冷却剥離性を有する」とは、剥離性を有し、さらに培養基材を冷却することによって、冷却しない場合と比較して剥離性が高まることを示す。ここで、本明細書において「外部刺激」とは、超音波や振動、対流等の力学的刺激、光や電気、磁気等の電磁気学的刺激、加温や冷却等の熱力学的刺激を示し、酵素反応等の生物反応によるものを除く。
【0018】
本発明の培養基材は、基材表面上に水に対する応答温度が0℃~50℃の範囲にある温度応答性高分子による層を有する。温度応答性高分子による層を有することにより、本発明の培養基材は多能性幹細胞の冷却剥離性を有する。温度応答性高分子による層を有しない場合、多能性幹細胞の冷却剥離性を有しない。ここで、本発明において「培養基材」とは、多能性幹細胞の培養を行う物品全体(例えば、
図1の符号10で示される部分。)を示し、基材と温度応答性高分子による層を含む。また、本発明において「基材」とは、温度応答性高分子による層で被覆されるベース基材(例えば、
図1の符号1で示される部分。)を示す。
【0019】
本発明において、前記温度応答性高分子は、応答温度が0℃~50℃の範囲にある。応答温度が0℃~50℃の範囲にあることにより、本発明の培養基材は体温(37℃)付近で多能性幹細胞増殖性を有すると共に、細胞にダメージを与えない温度域において冷却剥離性を有する。応答温度を有しない場合、冷却剥離性を有しない。体温付近で多能性幹細胞増殖性を付与すると共に、細胞にダメージを与えない温度域における冷却剥離性を付与するのに好適であることから、応答温度が10℃~40℃の範囲にあることが好ましく、15℃~35℃の範囲にあることがさらに好ましく、15℃~30℃が特に好ましく、15℃~25℃が最も好ましい。応答温度以上の温度では、温度応答性高分子は疎水性を有することから、タンパク質が吸着しやすく、吸着されたタンパク質を足場にして、細胞の接着培養が可能となる。一方で、温度を低下させた場合、親水性に変化することで、細胞の剥離が促進される。応答温度が0℃未満であれば細胞にダメージを与えない温度域において冷却剥離性を付与することが困難となり、50℃を超えれば体温付近で多能性幹細胞増殖性を有さず、細胞培養が困難となる。また、培養操作における培地交換の際に室温の培地を用いる場合においては、培地交換の際に細胞が剥離することを抑制するのに好適のため、応答温度が0℃~30℃の範囲にあることが好ましく、5℃~25℃の範囲にあることがさらに好ましく、5℃~20℃が特に好ましく、10℃~20℃が最も好ましい。
【0020】
本発明において、温度応答性高分子による層の表面の平均粗さ/層厚の比は、0.5以上である。温度応答性高分子による層の表面の平均粗さ/層厚の比が0.5以上であることにより、本発明の培養基材は多能性幹細胞増殖性及び冷却剥離性を有する。平均粗さ/層厚の比が0.5未満の場合、多能性幹細胞増殖性を有しないか、又は冷却剥離性を有しない。多能性幹細胞の冷却剥離性を高めるのに好適であることから、表面の平均粗さ/層厚の比が0.6以上であることがさらに好ましく、0.7以上が特に好ましく、0.9以上が最も好ましい。ここで、本発明において温度応答性高分子による層の表面の「平均粗さ」とは、JIS B0601:2013に従って求めた輪郭曲線の平均高さ(例えば、
図1の符号Hで示される長さ)を示し、培養基材の代表的な表面の原子間力顕微鏡像を測定し、無作為に選んだ10点の粗さ曲線において、1μmを基準長さとして平均高さを求めることで算出することができる。また、本発明において温度応答性高分子による層の「層厚」とは、基材と温度応答性高分子による層の界面から、温度応答性高分子による層の表面構造における山部分までの面外方向の長さを示し(例えば、
図1の符号Dで示される長さ)、層厚が10nmを超える範囲ではミクロトームにより作成した培養基材の超薄切片を用いて断面像を透過型電子顕微鏡によって測定し、無作為に選んだ10点の該距離を測定し、平均することで算出することができる。また、層厚が10nm以下の範囲ではエリプソメーターを用いて測定することができる。
【0021】
ここで、温度応答性高分子による層の平均粗さ/層厚の比は、応答温度応答温度水中に培養基材を24時間以上浸漬し、エアーを吹きつける等により急速に乾燥させた試料について、前述の方法により測定することができる。
【0022】
本発明において、応答温度以上の温度における温度応答性高分子による層の平均粗さ/層厚の比と、応答温度未満の温度における温度応答性高分子による層の平均粗さ/層厚の比の差が、0.1以上1以下であることが好ましい。応答温度以上の温度と応答温度未満の温度における温度応答性高分子による層の平均粗さ/層厚の比が異なることにより、多能性幹細胞の冷却剥離性を高めることができる。多能性幹細胞の冷却剥離性を高めるのに好適であることから、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度における温度応答性高分子による層の平均粗さ/層厚の比の差が0.3以上であることがさらに好ましく、0.5以上であることが特に好ましく、0.7以上であることが最も好ましい。
【0023】
本発明において、温度応答性高分子による層の粗さ曲線要素の平均長さ(例えば、
図1の符号Lで示される長さ)が1μm以下であることが好ましい。温度応答性高分子による層の粗さ曲線要素の平均長さが1μm以下であることにより、多能性幹細胞を均一に培養することが可能であり、また、冷却剥離性を高めることができる。多能性幹細胞を均一に培養し、また、冷却剥離性を高めるのに好適であることから、平均長さが0.8μm以下であることがさらに好ましく、0.6μm以下であることが特に好ましく、0.4μm以下が最も好ましい。ここで、本発明において、温度応答性高分子による層の「粗さ曲線要素の平均長さ」とは、JIS B0601:2013に従って求めた輪郭曲線の平均長さを示し、例えば、培養基材の代表的な表面の原子間力顕微鏡像を測定し、無作為に選んだ10点の粗さ曲線において、1μmを基準長さとして平均長さを求めることで算出することができる。
【0024】
本発明において、多能性幹細胞増殖性及び剥離性を高めるのに好適であることから、温度応答性高分子による層が、層厚5~1000nmを有することが好ましく、5~200nmがさらに好ましく、20~100nmが特に好ましく、35~80nmが最も好ましい。
【0025】
本発明において、温度応答性高分子による層の表面構造が、温度応答性高分子の相分離構造に由来するものであることが好ましい。温度応答性高分子による層の表面構造が、温度応答性高分子の相分離構造に由来するものであることにより、人工的にパターニングにより表面構造を形成した場合と比較して、表面構造の繰り返しにつなぎ目がないことで培養基材の全ての領域で均一に多能性幹細胞を培養するのに好適であり、また、培養基材の量産性を高めるのにも好適である。温度応答性高分子の相分離に由来する表面構造の形成方法には特に限定はないが、例えば、温度応答性高分子を基材に塗工する際に相分離させる方法、培養温度において相分離する温度応答性高分子を塗工する方法等を挙げることができる。
【0026】
本発明において、温度応答性高分子による層の表面構造の形状に特に限定はなく、ライン状や皺状構造、ドット状、海島状、穴構造等、いずれも利用可能である。培養基材の全面で多能性幹細胞を均一に培養するのに好適であることから、皺状構造又は海島状構造、穴構造が好ましい。
【0027】
本発明において、下記試験によるラミニン吸着率が10%以上であることが好ましい。
【0028】
リン酸緩衝生理食塩水1mLに対して0.5mg/mLの濃度のラミニン511-E8フラグメント溶液を2~2.5μL添加した溶液を、培養基材の単位面積当たりの量で0.2mL/cm2基材上に滴下し、37℃で24時間静置した時、下記式より求めたラミニン吸着率。
【0029】
【0030】
ラミニン吸着率が10%以上であることにより、多能性幹細胞増殖性を高めることができる。また、多能性幹細胞増殖性を高めるのに好適であることから、ラミニン吸着率が20%以上であることがさらに好ましく、30%以上であることが特に好ましく、40%以上であることが最も好ましい。
【0031】
本発明において、前記温度応答性高分子の種類としては特に限定はないが、基材に被覆されたブロック共重合体、アジド基等の反応性基を介して基材に固定化された共重合体を好適に用いることができる。
【0032】
本発明において、前記温度応答性高分子は、下記(A)及び(B)のブロックセグメントを含有するブロック共重合体であることが好ましい。
(A)応答温度が0℃~80℃の範囲にある温度応答性重合体ブロックセグメント。
(B)水不溶性を有するブロックセグメント。
【0033】
ブロック共重合体がブロックセグメント(A)を含有することにより、本発明の培養基材に体温付近で多能性幹細胞増殖性を付与しやすく、また、細胞にダメージを与えない温度域に冷却剥離性を付与しやすい。
【0034】
ここで、本発明において「ブロックセグメント(A)のLCST」と表記した場合は、ブロックセグメント(A)を構成する繰り返し単位のみからなるホモポリマーのLCSTを示す。ブロックセグメント(A)のLCSTは前記ホモポリマーが水に不溶化する温度であり、例えば、前記ホモポリマーを0.6wt%溶解させた水溶液において、1℃/分の速度で水溶液を昇温しながら、波長500nmの光の透過率を測定することで求めることができる。低温からLCSTに到達するまでは概ね一定の透過率を示すが、LCST付近で白濁するため透過率が急激に低下し、その後は透過率が再び概ね一定となる曲線が得られる(例えば、
図2)。この曲線において、LCST未満の温度における透過率と、LCST以上の温度における透過率の平均値の透過率となる温度を求めることにより(中点法)、LCSTを求めることができる。測定する温度範囲はLCST未満の温度で透過率が概ね一定となる5℃以上の温度域を含み、さらにLCST以上の温度で透過率が一定となる5℃以上の温度域を含む範囲である。
【0035】
また、本発明のブロック共重合体が水不溶性ブロックセグメントを有する場合は、水に不溶であるが、温度変化によって親水性/疎水性の程度が変化する温度を求めることにより、応答温度を測定することができる。例えば、ブロック共重合体が被覆された基材を水に浸漬し、水中における気泡の接触角を測定することにより、ブロック共重合体の親水性/疎水性の程度を測定する。次に、水の温度を変化させることにより、ブロック共重合体の温度を変化させ、温度が安定化するまで待った後に、再度気泡の接触角を測定することで、種々の温度における接触角を求める。応答温度未満では気泡の接触角が大きな値(対水接触角が小さな値)で概ね一定であるが、応答温度を境に気泡の接触角が小さな値(対水接触角が大きな値)となり、応答温度以上では概ね一定となる曲線が得られる(例えば、
図3)。この曲線において、応答温度未満の温度における接触角と、応答温度以上の温度における接触角の平均値の接触角となる温度を求めることにより(中点法)、応答温度を求めることができる。測定する温度範囲は応答温度未満の温度で接触角が概ね一定となる10℃以上の温度域を含み、さらに応答温度以上の温度で接触角が概ね一定となる10℃以上の温度域を含む範囲である。
【0036】
温度応答性高分子の応答温度の制御法として代表的なものに、共重合するモノマーの性質と、その共重合率を調整するものがある。温度応答性高分子に親水性のモノマーを共重合したものは、その組成の増加とともに応答温度は高温側にシフトする。一方、温度応答性高分子に疎水性のモノマーを共重合したものは、その組成の増加とともに応答温度は低温側にシフトする。このような観点から、ブロックセグメント(A)の好適なLCSTは共重合させるブロックセグメント(B)のモノマーの性質によって変化するが、温度応答性高分子の応答温度を0~50℃とするのに好適であることから、ブロックセグメント(A)のLCSTとしては、好ましくは10~75℃、さらに好ましくは10~60℃、特に好ましくは20~50℃である。
【0037】
前記ブロックセグメント(A)を構成する単量体単位としては特に制限はないが、例えば、アクリルアミド、メタクリルアミド等の(メタ)アクリルアミド化合物;N,N-ジエチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等のN-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体;N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等のN,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体;1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等の環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体;メチルビニルエーテル等のビニルエーテル;N-プロリンメチルエステルアクリルアミド等のプロリン誘導体を挙げることができ、ブロック共重合体の応答温度を0~50℃とするのに好適であることから、N,N-ジエチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミドが好ましく、N-n-プロピルアクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミドがさらに好ましく、N-イソプロピルアクリルアミドが特に好ましい。また、培養操作における培地交換の際に室温の培地を用いる場合においては、ブロック共重合体の応答温度を室温よりも低い温度とするのに好適であることから、N-イソプロピルアクリルアミド、N-プロリンメチルエステルアクリルアミドが好ましい。
【0038】
本発明において、ブロック共重合体がブロックセグメント(B)を含有することにより、培養液への温度応答性高分子の混入を抑制しやすく、好ましい。前記ブロックセグメント(B)を構成する単量体単位としては特に制限はないが、例えば、2-ヒドロキシフェニルアクリレート、2-ヒドロキシフェニルメタクリレート、3-ヒドロキシフェニルアクリレート、3-ヒドロキシフェニルメタクリレート、4-ヒドロキシフェニルアクリレート、4-ヒドロキシフェニルメタクリレート、N-(2-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(2-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(3-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)アクリルアミド、N-(4-ヒドロキシフェニル)メタクリルアミド、スチレン、n-ブチルアクリレート、n-ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、イソブチルメタクリレート、t-ブチルアクリレート、t-ブチルメタクリレート、n-ヘキシルアクリレート、n-ヘキシルメタクリレート、n-オクチルアクリレート、n-オクチルメタクリレート、n-デシルアクリレート、n-デシルメタクリレート、n-ドデシルアクリレート、n-ドデシルメタクリレート、n-テトラデシルアクリレート、n-テトラデシルメタクリレート等の疎水性の単量体単位;4-アジドフェニルアクリレート、4-アジドフェニルメタクリレート、2-((4-アジドベンゾイル)オキシ)エチルアクリレート、2-((4-アジドベンゾイル)オキシ)エチルメタクリレート等の反応性基を有する単量体単位を挙げることができる。
【0039】
本発明において、ブロックセグメント(B)はまた、ブロック共重合体の応答温度を制御する繰り返し単位を含んでいてもよい。ブロック共重合体の応答温度を制御する繰り返し単位としては、親水性又は疎水性の成分を挙げることができ、特に限定はないが例えば、2-ジメチルアミノエチルアクリレート、2-ジメチルアミノエチルメタクリレート、2-ジエチルアミノエチルアクリレート、2-ジエチルアミノエチルメタクリレート、N-[3-(ジメチルアミノ)プロピル]アクリルアミド等のアミノ基を有するもの;N-(3-スルホプロピル)-N-メタクロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウムベタイン、N-メタクリロイルオキシエチル-N、N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン等のベタインを有するもの;ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、N-(2-ヒドロキシエチル)アクリルアミド、ポリエチレングリコールモノアクリレート、ポリエチレングリコールモノメタクリレート、ポリプロピレングリコールモノアクリレート、ポリプロピレングリコールモノメタクリレート、メトキシポリエチレングリコールモノアクリレート、メトキシポリエチレングリコールモノメタクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルメタクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアクリレート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルメタクリレート、2-メトキシエチルアクリレート、2-メトキシエチルメタクリレート、2-エトキシエチルアクリレート、2-エトキシエチルメタクリレート、3-ブトキシエチルアクリレート、3-ブトキシエチルメタクリレート、3-ブトキシエチルアクリルアミド、フルフリルアクリレート、フルフリルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルアクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート等のポリエチレングリコール基、メトキシエチル基を有するもの;メトキシメチルアクリレート、メトキシメチルメタクリレート、2-エトキシメチルアクリレート、2-エトキシメチルメタクリレート、3-ブトキシメチルアクリレート、3-ブトキシメチルメタクリレート、3-ブトキシメチルアクリルアミド等のアクリレート基を有するもの;2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、2-アクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルホスホリルコリン、4-(メタ)アクリロイルオキシブチルホスホリルコリン、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルホスホリルコリン、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルホスホリルコリン、ω-(メタ)アクリロイル(ポリ)オキシエチレンホスホリルコリン、2-アクリルアミドエチルホスホリルコリン、3-アクリルアミドプロピルホスホリルコリン、4-アクリルアミドブチルホスホリルコリン、6-アクリルアミドヘキシルホスホリルコリン、10-アクリルアミドデシルホスホリルコリン、ω-(メタ)アクリルアミド(ポリ)オキシエチレンホスホリルコリン等のホスホリルコリン基を有するものを挙げることができる。
【0040】
本発明における(A)及び(B)のブロックセグメントを含有するブロック共重合体の構造は特に限定されるものではないが、少なくとも(A)及び(B)のブロックセグメントを含有するジブロック共重合体であることが好ましい。また、ブロックセグメント(A)とブロックセグメント(B)は直接結合していてもよいし、スペーサーを介して結合していてもよい。なお、ブロックセグメント(B)を構成する繰り返し単位が2種類以上の場合、それらの配列はブロック配列であってもよいし、ランダム配列、交互配列であってもよい。
【0041】
本発明における(A)及び(B)のブロックセグメントを含有するブロック共重合体中のブロックセグメント(A)の構成単位比率は、多能性幹細胞の冷却剥離性を高める観点から、好ましくは40~99wt%であり、さらに好ましくは60~99wt%であり、特に好ましくは80~99wt%であり、最も好ましくは90wt%を超えるものである。一方で、ブロック共重合体の水不溶性を高める観点から、ブロックセグメント(B)の構成単位比率は、好ましくは1~50wt%であり、好ましくは1~25wt%であり、さらに好ましくは3~15wt%であり、最も好ましくは5~15wt%である。
【0042】
本発明における温度応答性高分子の分子量としては特に制限はないが、ブロック共重合体の強度を高めるのに好適のため、数平均分子量で1000~100万であることが好ましく、2000~50万であることがさらに好ましく、5000~30万であることが特に好ましく、1万~20万であることが最も好ましい。
【0043】
本発明における温度応答性高分子は、必要に応じて連鎖移動剤や重合開始剤、重合禁止剤等を含んでいてもよい。連鎖移動剤としては特に制限はなく、一般に使用されるものを好適に用いることができるが、例えば、ジチオベンゾエート、トリチオカルボナート、4-シアノ-4-[(ドデシルスルフォニルチオカルボニル)スルフォニル]ペンタノイックアシッド、2-シアノプロパン-2-イル N-メチル-N-(ピリジン-4-イル)カルバモジチオアート、2-プロピオン酸メチルメチル(4-ピリジニル)カルバモジチオアートを挙げることができる。また、重合開始剤としては特に制限はなく、一般に使用されるものを好適に用いることができるが、例えば、アゾビスイソブチロニトリル、1,1’-アゾビス(シクロヘキサンカルボニトリル)、ジ-tert-ブチルペルオキシド、tert-ブチルヒドロペルオキシド、過酸化水素、ペルオキソ二硫酸カリウム、過酸化ベンゾイル、トリエチルボラン、ジエチル亜鉛等を挙げることができる。さらに、重合禁止剤としては特に制限はなく、一般に使用されるものを好適に用いることができるが、ヒドロキノン、p-メトキシフェノール、トリフェニルフェルダジル、2,2,6,6-テトラメチルピペリジニル-1-オキシル、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジニル-1-オキシル等を挙げることができる。
【0044】
本発明における温度応答性高分子の合成方法としては、特に限定はないが、株式会社エヌ・ティー・エス発行、“ラジカル重合ハンドブック”、p.161~225(2010)に記載のリビングラジカル重合技術を用いることができる。
【0045】
本発明において、温度応答性高分子の種類に特に限定はないが、被覆にばらつきを生じず、培養される多能性幹細胞の状態を均一にするのに好適であることから、1種類のブロック共重合体、又は2種類のブロック共重合体の混合物であることが好ましく、1種類のブロック共重合体であることがさらに好ましい。ここで、本発明において「温度応答性高分子の種類」については、ブロック共重合体を構成する全てのブロックが同一の場合に同一種類のブロック共重合体と見なす。ここで、ブロックが同一であるとは、ブロックが主に1種類の単量体単位で構成される場合には、wt%比で最も多く含まれる単量体単位が同一の場合を示し、また、ブロックが2種類以上の単量体単位によって構成される場合には、wt%比が多い上位2つの単量体単位が同一の場合を示す。培養される多能性幹細胞の状態を均一にするのにより好適であることから、各ブロックの多分散度(重量平均分子量Mw/数平均分子量Mn)が1~20であることが好ましく、1~10であることがさらに好ましく、1~5であることが特に好ましく、1~2であることが最も好ましい。
【0046】
本発明において、温度応答性高分子の多能性幹細胞への混入を抑制するのに好適であることから、温度応答性高分子が含有する数平均分子量5000以下の温度応答性高分子が、50%以下であることが好ましく、30%以下であることがさらに好ましく、10%以下であることが特に好ましく、5%以下であることが最も好ましい。温度応答性高分子が含有する数平均分子量5000以下の温度応答性高分子の量の測定には特に限定はないが、例えばゲル浸透クロマトグラフィーにより測定することができる。
【0047】
本発明において、前記温度応答性高分子による層は、必要に応じて生体由来物質を有していてもよい。前記生体由来物質としては特に限定はないが、例えば、マトリゲル、ラミニン、ビトロネクチン、フィブロネクチン、コラーゲンを挙げることができる。これら生体由来物質は、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、制限酵素等で切断した断片や、これら生体由来物質をベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。
【0048】
本発明において、前記マトリゲルとしては、入手容易性から、市販品としては例えば、Matrigel(Corning Incorporated製)やGeltrex(Thermo Fisher Scientific製)を好適に用いることができる。
【0049】
前記ラミニンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、ヒトiPS細胞の表面に発現しているα6β1インテグリンに対して高活性を示すことが報告されているラミニン511、ラミニン521又はラミニン511-E8フラグメントを用いることができる。前記ラミニンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、前記ラミニンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、iMatrix-511(ニッピ(株)製)を好適に用いることができる。
【0050】
前記ビトロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、前記ビトロネクチンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、ビトロネクチン,ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)やsynthemax(Corning Incorporated製)、Vitronectin(VTN-N)(Thermo Fisher Scientific製)を好適に用いることができる。
【0051】
前記フィブロネクチンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、前記フィブロネクチンをベースとした合成タンパク質あるいは合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、フィブロネクチン溶液、ヒト血漿由来(和光純薬工業(株)製)やRetronectin(タカラバイオ(株)製)を好適に用いることができる。
【0052】
前記コラーゲンの種類は特に限定されるものではないが、例えば、typeIコラーゲンやtypeIVコラーゲンを用いることができる。前記コラーゲンは、天然物であってもよく、遺伝子組み換え技術等で人工的に合成したものであってもよく、また、前記コラーゲンをベースとした合成ペプチドであっても良い。入手容易性から、市販品としては例えば、コラーゲンI,ヒト(Corning Incorporated製)やコラーゲンIV,ヒト(Corning Incorporated製)を好適に用いることができる。
【0053】
本発明において温度応答性高分子による層が被覆される基材の材質は、特に限定されるものではないが、通常細胞培養に用いられるガラス、ポリスチレン等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラート、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリメチルメタクリレート等の高分子化合物や、セラミックス、金属類などを用いることができる。培養操作の容易性から、基材の材質がガラス、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラート、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンの内少なくとも1種類を含むことが好ましく、ガラス、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラートの内少なくとも1種類を含むことがさらに好ましく、可撓性を高めるのに好適であることからポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタラートが特に好ましい。
【0054】
基材の形状としては特に制限はなく、板、フィルムのような平面形状であってもよいし、ファイバー、多孔質粒子、多孔質膜、中空糸であってもよい。また、一般に細胞培養等に用いられる容器(ペトリ皿等の細胞培養皿、フラスコ、プレート等)であっても差し支えない。培養操作の容易性から、板、フィルムのような平面形状、又は平膜の多孔質膜であることが好ましい。
【0055】
本発明の基材表面に温度応答性高分子による層を形成させる方法としては、基材に温度応答性高分子を、(1)化学的な結合によって被覆させ層を形成させる方法、(2)物理的な相互作用によって被覆させ層を形成させる方法、を単独または併用して行うことができる。すなわち、(1)化学的な結合による方法としては、紫外線照射、電子線照射、ガンマ線照射、プラズマ処理、コロナ処理等を用いることができる。さらに、温度応答性高分子と基材が適当な反応性官能基を有する場合は、ラジカル反応、アニオン反応、カチオン反応等の一般に用いられる有機反応を利用することができる。(2)物理的な相互作用による方法としては、温度応答性高分子との相溶性が良く、塗工性のよいマトリックスを媒体とし、塗布、はけ塗り、ディップコーティング、スピンコーティング、バーコーディング、流し塗り、スプレー塗装、ロール塗装、エアーナイフコーティング、ブレードコーティング、グラビアコーティング、マイクログラビアコーティング、スロットダイコーティングなど通常知られている各種の方法を用いることが可能である。
【0056】
本発明において、多能性幹細胞の種類は特に限定されるものではないが、例えば、ES細胞、iPS細胞、核移植ES細胞(ntES細胞)を用いることができ、特に好ましくはiPS細胞である。また、多能性幹細胞の由来動物は特に限定されるものではないが、例えば、哺乳動物由来であることができる。哺乳動物の例には、げっ歯類(マウス、ラット等)、霊長類(サル、ヒト等)が含まれ、また実験動物であってもよく、コンパニオンアニマルであってもよい。本発明において、好ましくは霊長類由来であり、特に好ましくはヒト由来である。
【0057】
本発明は、前記培養基材を用い、多能性幹細胞を培養する方法にも関する。前記手法は、以下の[1]~[3]工程を経て、未分化の多能性幹細胞を製造する、多能性幹細胞の製造方法である。
[1]前記培養基材に多能性幹細胞を播種する工程。
[2]前記培養基材に播種された多能性幹細胞を温度応答高分子の応答温度以上の温度の液体中で培養する工程。
[3]培養基材を温度応答高分子の応答温度未満の温度に冷却し、前記液体中で培養された多能性幹細胞を基材から剥離する工程。
【0058】
以下、本発明の製造方法における[1]~[3]工程について詳細に述べる。
【0059】
本発明の多能性幹細胞の製造方法における[1]工程は、前記培養基材を用い、前記培養基材に多能性幹細胞を播種する工程である。本発明において「細胞を播種する」とは、細胞が分散した培地(以下、「細胞懸濁液」と表記する。)を培養基材上に塗布、又は、培養基材に注入する等により、細胞懸濁液と培養基材とを接触させることを示す。応答温度が0℃~50℃の範囲にある温度応答性高分子による層を有する基材を用いることにより、後述する[3]工程において温度変化により多能性幹細胞を培養基材から剥離することができる。培養基材が温度応答性高分子による層を有していない場合、[3]工程において温度変化により多能性幹細胞を基材から剥離することができない。また、培養基材が温度応答性高分子による層に固定化された生体由来物質を有することにより、後述する[2]工程で多能性幹細胞を培養することができる。培養基材が温度応答性高分子による層に固定化された生体由来物質を有していない場合、[2]工程で多能性幹細胞を培養することができない。
【0060】
前記[1]~[3]工程においては、多能性幹細胞の未分化性を維持させるのに有効な条件で、培養が実施される。未分化性を維持させるのに有効な条件としては、特に制限はないが、例えば、培養開始時の多能性幹細胞の密度を上記播種の際の細胞密度として記載した好ましい範囲とすること、適切な液体培地の存在下で行うことなどが挙げられる。多能性幹細胞の未分化性を維持させるのに有効な培地としては、例えば、多能性幹細胞の未分化性を維持するための因子として知られている、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)、CCL2、アクチビン、2-メルカプトメタノールのうち1つ以上を添加した培地を好適に用いることができる。多能性幹細胞の未分化性を維持するのに特に好適であることから、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、アスコルビン酸、炭酸水素ナトリウム、塩基性線維芽細胞増殖因子、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)を含有する培地を用いることがさらに好ましく、塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地を用いることが最も好ましい。
【0061】
前記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地の種類に特に制限はないが、例えば、市販品としては、DMEM(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、D-MEM/Ham’s F12(Sigma-Aldrich Co. LLC製)、Primate ES Cell Medium((株)REPROCELL社製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)、StemFit AK03(味の素(株)製)、mTeSR1(STEMCELL TECHNOLOGIES社製)、TeSR-E8(STEMCELL TECHNOLOGIES社製)、ReproNaive((株)REPROCELL社製)、ReproXF((株)REPROCELL社製)、ReproFF((株)REPROCELL社製)、ReproFF2(REPROCELL社製)、NutriStem(バイオロジカルインタストリーズ社製)、iSTEM(タカラバイオ(株)製)、GS2-M(タカラバイオ(株)製)、hPSC Growth Medium DXF(PromoCell社製)等を挙げることができる。多能性幹細胞の未分化状態を維持するのに好適であることから、Primate ES Cell Medium(REPROCELL社製)、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素(株)製)が好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)又はStemFit AK03(味の素社製)がさらに好ましく、StemFit AK02N(味の素(株)製)が特に好ましい。
【0062】
前記[1]工程において、多能性幹細胞の播種方法に特に制限はないが、例えば、前記基材に細胞懸濁液を注入することで行うことが出来る。播種の際の細胞密度は特に制限はないが、細胞を維持することができ、かつ増殖させることができるように、1.0×102~1.0×106cells/cm2が好ましく、5.0×102~5.0×105cells/cm2がさらに好ましく、1.0×103~2.0×105cells/cm2が特に好ましく、1.2×103~1.0×105cells/cm2が最も好ましい。
【0063】
前記[1]工程で用いる培地としてはまた、多能性幹細胞の生存を維持するのに好適であることから、前記塩基性線維芽細胞増殖因子を添加した培地にさらにRho結合キナーゼ阻害剤を添加した培地を用いることが好ましい。特にヒトの多能性幹細胞を用いる場合であって、ヒトの多能性幹細胞の細胞密度が低い状態において、Rho結合キナーゼ阻害剤が添加されていると、ヒトの多能性幹細胞の生存維持に効果的な場合がある。Rho結合キナーゼ阻害剤としては、例えば、(R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・H2O(和光純薬工業(株)社製Y-27632)、1-(5-Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride(和光純薬工業(株)社製HA1077)を用いることができる。培地に添加されるRho結合キナーゼ阻害剤の濃度としては、ヒトの多能性幹細胞の生存維持に有効な範囲であってヒトの多能性幹細胞の未分化状態に影響を与えない範囲であり、好ましくは1μM~50μMであり、より好ましくは3μM~20μMであり、さらに好ましくは5μM~15μMであり、最も好ましくは8μM~12μMである。
【0064】
前記[1]工程を開始するとまもなく、多能性幹細胞は培養基材に接着し始める。
【0065】
本発明の多能性幹細胞の製造方法における[2]工程では、前記播種された多能性幹細胞を温度応答性高分子の応答温度以上の温度で培養する。培養温度が温度応答性高分子の応答温度以上であることにより、多能性幹細胞を増殖させることができる。培養温度が温度応答性高分子の応答温度未満の場合、多能性幹細胞を増殖させることができない。細胞の増殖能や生理活性,機能維持に好適であることから、培養温度としては、好ましくは30~42℃、さらに好ましくは32~40℃、特に好ましくは36~38℃、最も好ましくは37℃である。
【0066】
前記[2]工程を開始して22~26時間後に、最初の培地交換を行うことが好ましい。その48~72時間後に2度目の培地交換を行い、その後、24~48時間毎に培地交換を行うことが好ましい。この間、多能性幹細胞は増殖し、コロニーと呼ばれる細胞塊を形成する。コロニーの大きさが1mm前後になるまで培養を継続させ、その後[3]工程に移行する。
【0067】
本発明の多能性幹細胞の製造方法における[3]工程では、多能性幹細胞が培養された培養基材を温度応答性高分子の応答温度未満の温度に冷却し、前記培養された多能性幹細胞を培養基材から剥離する。多能性幹細胞を短時間で剥離させ、冷却によるダメージを低減するために、冷却する際の温度として好ましくは0~30℃であり、より好ましくは3~25℃であり、さらに好ましくは5~20℃である。また、細胞へのダメージを低減するために、冷却時間としては120分以下が好ましく、60分以下がさらに好ましく、30分以下が特に好ましく、15分以下が最も好ましい。
【0068】
前記[3]工程における培養基材の冷却方法としては特に制限はないが、例えば、培養基材を保冷庫に入れて冷却する方法、培養基材をクールプレートの上に載せて冷却する方法、冷却した培地あるいは緩衝液に交換して所定時間静置する方法等を用いることができる。
【0069】
また、前記[3]工程においては、多能性幹細胞を短時間で剥離させ、冷却によるダメージをより低減するために、冷却時に、培養された多能性幹細胞を含む液体に対流を生じさせる工程を含んでも良い。対流を生じさせる方法としては特に限定はないが、例えば、培養液をピペッティングさせることやポンプ、撹拌翼を用いる等の方法により、機械的に液体内部に強制対流を発生させる方法の他、培養基材に物理的な振動を加える方法、温度差を与えることによりマランゴニ対流等の自然対流を発生させる方法を挙げることが出来る。
【実施例】
【0070】
以下、本発明を実施するための形態を挙げて本発明について詳細に説明するが、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。また本発明の要旨の範囲内で適宜に変更して実施することができる。なお、断りのない限り、試薬は市販品を用いた。
<重合体の組成>
核磁気共鳴測定装置(日本電子(株)製、商品名JNM-GSX400)を用いたプロトン核磁気共鳴分光(1H-NMR)スペクトル分析、又は核磁気共鳴測定装置(ブルカー製、商品名AVANCEIIIHD500)を用いたカーボン核磁気共鳴分光(13C-NMR)スペクトル分析より求めた。
<重合体の分子量、分子量分布>
重量平均分子量(Mw)、数平均分子量(Mn)および分子量分布(Mw/Mn)は、ゲル・パーミエーション・クロマトグラフィー(GPC)によって測定した。GPC装置は東ソー(株)製 HLC-8320GPCを用い、カラムは東ソー(株)製 TSKgel Super AWM-Hを2本用い、カラム温度を40℃に設定し、溶離液は10mMトリフルオロ酢酸ナトリウムを含む1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロー2-イソプロパノールまたは10mM臭化リチウムを含むN,N-ジメチルホルムアミドを用いて測定した。測定試料は1.0mg/mLで調製して測定した。分子量の検量線は、分子量既知のポリメタクリル酸メチル(Polymer Laboratories Ltd.製)を用いた。
<重合体の層厚>
基材に被覆された重合体の層厚は、原子間力顕微鏡(島津製作所製SPM-9600)によって測定した。カンチレバーはBL-AC40TS-C2(オリンパス(株)製)を用い、表面にピンセットで傷を入れ、傷の深さを測定することで重合体の膜厚を測定した。
<重合体表面構造の平均粗さ、平均長さ>
基材に被覆された重合体の表面構造の平均粗さ及び平均長さは、AFM装置(島津製作所製SPM-9600)によって測定した10点の表面粗さ曲線において、JIS B0601:2013に従って求め、平均することで算出した。
<ラミニン吸着率>
リン酸緩衝生理食塩水1mLに対して0.5mg/mLの濃度のラミニン511-E8フラグメント溶液を2~2.5μL添加した溶液を、培養基材の単位面積当たりの量で0.2mL/cm2基材上に滴下し、37℃で24時間静置し、下記式より求めた。
【0071】
【0072】
実施例1
[ブロック共重合体の合成]
試験管に、4-シアノ-4-[(ドデシルスルファニルチオカルボニル)スルファニル]ペンタノイックアシッド0.40g(0.1mmol)、n-ブチルメタクリレート7.11g(50mmol)、アゾビス(イソブチロニトリル)33mg(0.2mmol)を加え、1,4-ジオキサン50mLに溶解した。窒素バブリングにより30分脱気を行った後、70℃で24時間反応させた。反応終了後、反応溶媒をロータリーエバポレーターにて減圧留去し、反応溶液を濃縮した。濃縮液をメタノール250mLに注ぎ、析出した黄色油状物質を回収して減圧乾燥し、n-ブチルメタクリレート重合体を得た。
【0073】
試験管に、前記n-ブチルメタクリレート重合体0.9g(0.3mmol)、N-イソプロピルアクリルアミド8.14g(72mmol)、アゾビスイソブチロニトリル5mg(0.03mmol)を加え、1,4-ジオキサン15mLに溶解させた。窒素バブリングにより30分脱気を行った後、65℃で17時間反応させた。反応終了後、反応溶媒をアセトンで希釈し、ヘキサン500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥した。また、アセトンに再度溶解させ、純水500mLに注ぎ、析出した固体を回収して減圧乾燥し、N-イソプロピルアクリルアミドとn-ブチルメタクリレートのジブロック共重合体を得た。
[ブロック共重合体が被覆された基材の作製]
前記ブロック共重合体をエタノールに溶解させ、0.6wt%溶液とした。この溶液を直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)に50μL滴下し、2000rpmで60秒間スピンコートした。室温で1時間乾燥し、ブロック共重合体が被覆された基材を作製した。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の表面構造]
ブロック共重合体が被覆された基材を37℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、原子間力顕微鏡で観察した。また、ブロック共重合体が被覆された基材を25℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、同様に原子間力顕微鏡で観察した。結果を
図4に示す。応答温度以上の温度において表面構造を形成し、応答温度以上の温度における表面粗さ/層厚の比は0.81、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度での表面粗さ/層厚の比の差は0.71、粗さ曲線要素の平均長さは0.24μmであった。
[ブロック共重合体の応答温度測定] 前記ブロック共重合体が被覆された基材の水中、37℃および10℃での気泡接触角(θ)(°)を測定し、37℃および10℃の対水接触角(180-θ)(°)を算出した。θは協和界面科学(株)製接触角計DM300を用いて、水中、3μLの気泡の接触角を測定した。37℃および10℃での対水接触角を表1に示す。10℃での対水接触角は37℃での対水接触角よりも低く、前記ブロック共重合体が被覆された基材は温度応答性を示し、応答温度は10℃~37℃の範囲にあることが分かった。また、20~45℃の範囲で、5℃間隔で気泡接触角(θ)(°)を測定し、各温度における対水接触角(180-θ)(°)を求め、中点法により応答温度を算出した。応答温度は33℃であった。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は35%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
前記ブロック共重合体が被覆された基材に培地StemFitAK02N(味の素(株)製)を0.2mL/cm
2加え、さらにヒトiPS細胞201B7株を1300cells/cm
2、iMatrix-511溶液((株)ニッピ製)を2.5μL/mLの濃度で加えた。37℃、CO
2濃度5%の環境下で培養した。また、細胞播種から24時間後までは、培地にY-27632(和光純薬工業(株)製)(濃度10μM)を添加した。
【0074】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、基材側面を叩いて振動を与え、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、回収出来た。
【0075】
実施例2
[ブロック共重合体の合成]
実施例1[ブロック共重合体の合成]と同じ方法でブロック共重合体を合成した。
[ブロック共重合体が被覆された基材の作製]
前記ブロック共重合体をエタノールに溶解させ、0.9wt%溶液とした。この溶液を直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)に50μL滴下し、2000rpmで60秒間スピンコートした。室温で1時間乾燥した。さらに、室温で純水中に24時間浸漬させて洗浄し、ブロック共重合体が被覆された基材を作製した。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の表面構造]
ブロック共重合体が被覆された基材を37℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、原子間力顕微鏡で観察した。結果を
図5に示す。応答温度以上の温度において表面構造を形成し、応答温度以上の温度における表面粗さ/層厚の比は0.78、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度での表面粗さ/層厚の比の差は0.65、粗さ曲線要素の平均長さは0.58μmであった。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の濡れ性]
前記ブロック共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[ブロック共重合体が被覆された基材の濡れ性]と同じ方法で測定した。
【0076】
10℃での対水接触角は37℃での対水接触角よりも低く、前記ブロック共重合体が被覆された基材は温度応答性を示し、応答温度は10℃~37℃の範囲にあることが分かった。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は22%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
前記ブロック共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[細胞培養評価および剥離評価]で培養を行った。
【0077】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、基材側面を叩いて振動を与え、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、回収出来た。
【0078】
実施例3
[ブロック共重合体の合成]
実施例1[ブロック共重合体の合成]と同じ方法でブロック共重合体を合成した。
[ブロック共重合体が被覆された基材の作製]
前記ブロック共重合体をエタノールに溶解させ、0.05wt%溶液とした。この溶液を直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)に190μL滴下し、室温で1時間減圧乾燥し、ブロック共重合体が被覆された基材を作製した。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の表面構造]
ブロック共重合体が被覆された基材を37℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、原子間力顕微鏡で観察した。結果を
図6に示す。応答温度以上の温度において表面構造を形成し、応答温度以上の温度における表面粗さ/層厚の比は0.53、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度での表面粗さ/層厚の比の差は0.41、粗さ曲線要素の平均長さは0.09μmであった。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の濡れ性]
前記ブロック共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[ブロック共重合体が被覆された基材の濡れ性]と同じ方法で測定した。
【0079】
10℃での対水接触角は37℃での対水接触角よりも低く、前記ブロック共重合体が被覆された基材は温度応答性を示し、応答温度は10℃~37℃の範囲にあることが分かった。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は38%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
前記ブロック共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[細胞培養評価および剥離評価]で培養を行った。
【0080】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に、位相差顕微鏡で細胞の様子を観察し、いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、基材側面を叩いて振動を与え、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は剥離し、回収出来た。
【0081】
比較例1
基材にブロック共重合体を被覆せず、直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)をそのまま用い、その他は実施例1と同様にして評価した。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は58%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
直径3.5cmのディッシュをそのまま用いたこと以外は、実施例1[細胞培養評価および剥離評価]と同様の方法で培養を行った。
【0082】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に位相差顕微鏡で細胞の様子を観察した。いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、基材側面を叩いて振動を与え、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は接着し、144時間後までの培養で十分に増殖したものの、冷却操作によって剥離しなかった。ブロック共重合体非存在では温度低下による細胞の回収は出来なかった。
【0083】
比較例2
[ブロック共重合体の合成]
実施例1[ブロック共重合体の合成]と同じ方法でブロック共重合体を合成した。
[ブロック共重合体が被覆された基材の作製]
前記ブロック共重合体をエタノールに溶解させ、2wt%溶液とした。この溶液を直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)に50μL滴下し、2000rpmで60秒間スピンコートした。室温で1時間乾燥した。さらに、室温で純水中に24時間浸漬させて洗浄し、ブロック共重合体が被覆された基材を作製した。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の表面構造]
ブロック共重合体が被覆された基材を37℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、原子間力顕微鏡で観察した。結果を
図7に示す。応答温度以上の温度においても表面構造をほとんど形成せず、応答温度以上の温度における表面粗さ/層厚の比は0.15、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度での表面粗さ/層厚の比の差は0.02、粗さ曲線要素の平均長さは0.15μmであった。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は6%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
前記共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[細胞培養評価および剥離評価]と同様の方法で培養を行った。
【0084】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に位相差顕微鏡で細胞の様子を観察した。細胞は接着せず、培養できなかった。
【0085】
比較例3
[ブロック共重合体の合成]
実施例1[ブロック共重合体の合成]と同じ方法でブロック共重合体を合成した。
[ブロック共重合体が被覆された基材の作製]
前記ブロック共重合体をエタノールに溶解させ、0.05wt%溶液とした。この溶液を直径3.5cmのディッシュ(Corning Incorporated社製、材質:ポリスチレン)に50μL滴下し、2000rpmで60秒間スピンコートした。室温で1時間乾燥した。さらに、室温で純水中に24時間浸漬させて洗浄し、ブロック共重合体が被覆された基材を作製した。
[ブロック共重合体が被覆された基材表面の表面構造]
ブロック共重合体が被覆された基材を37℃の水中に24時間浸漬し、エアーを吹きつけることにより乾燥させ、原子間力顕微鏡で観察した。結果を
図8に示す。応答温度以上の温度においても表面構造をほとんど形成せず、応答温度以上の温度における表面粗さ/層厚の比は0.41、応答温度以上の温度と応答温度未満の温度での表面粗さ/層厚の比の差は0.08、粗さ曲線要素の平均長さは0.01μmであった。
[ラミニン吸着率]
ラミニン吸着試験により求めたラミニン吸着率は42%であった。
[細胞培養評価および剥離評価]
前記共重合体が被覆された基材を用いたこと以外は、実施例1[細胞培養評価および剥離評価]と同様の方法で培養を行った。
【0086】
細胞播種から24時間後、96時間後、144時間後に位相差顕微鏡で細胞の様子を観察した。いずれの場合においても細胞接着ならびに増殖を確認し、新しい前記培地に交換を行った。細胞播種から144時間後の培地交換の後、基材を4℃に冷却し、基材側面を叩いて振動を与え、ピペッティングを行い、再度位相差顕微鏡で観察した。細胞は接着し、144時間後までの培養で十分に増殖したものの、冷却操作によって剥離しなかった。
【0087】
【符号の説明】
【0088】
1 基材
2 ブロック共重合体
10 培養基材
H 平均粗さ
L 平均長さ