(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】試料の作製方法、清浄化方法、分析方法および電子顕微鏡用試料
(51)【国際特許分類】
G01N 1/34 20060101AFI20221129BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
G01N1/34
G01N1/28 F
(21)【出願番号】P 2018198289
(22)【出願日】2018-10-22
【審査請求日】2021-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2017208454
(32)【優先日】2017-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】押村 信満
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-157688(JP,A)
【文献】特開2014-089956(JP,A)
【文献】特開2014-186896(JP,A)
【文献】特開2004-095339(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00 - 1/44
H01J 37/00 - 37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子顕微鏡用試料の少なくとも一つの表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程を有し、
前記
清浄化工程では、前記一つの表面に対して10~90°の角度の範囲内にて照射角度を変動させながら、前記一つの表面に対して前記イオンビームを照射する、試料の作製方法。
【請求項2】
前記試料は透過型電子顕微鏡用試料である、請求項1に記載の試料の作製方法。
【請求項3】
前記試料は対向する二つの表面を有し、該二つの表面に対して前記清浄化工程を行う、請求項2に記載の試料の作製方法。
【請求項4】
前記イオンビームはArビームである、請求項1~3のいずれかに記載の試料の作製方法。
【請求項5】
前記ArビームにおけるArイオンの加速電圧は1kV以下である、請求項4に記載の試料の作製方法。
【請求項6】
前記
清浄化工程は、光源側を回転させて前記照射角度を変動させながら前記イオンビームを照射する、または、前記試料側を回転させて照射角度を変動させながらイオンビームを照射する、請求項1~5のいずれかに記載の試料の作製方法。
【請求項7】
前記清浄化工程を行うのは前記表面のうち少なくとも分析予定部分およびその周囲である、請求項1~6のいずれかに記載の試料の作製方法。
【請求項8】
前記分析予定部分およびその周囲は1×10
-12m
2以上の面積を有する、請求項7に記載の試料の作製方法。
【請求項9】
電子顕微鏡用試料の表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程を有し、
前記
清浄化工程では、
対向する二つの表面を有する前記電子顕微鏡用試料の一つの表面に対して10~90°の角度の範囲内にて照射角度を変動させながら、前記一つの表面に対して前記イオンビームを照射する、試料の清浄化方法。
【請求項10】
電子顕微鏡用試料の表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程と、
前記清浄化工程が施された部分のうち少なくとも一部を電子顕微鏡により分析する分析工程と、
を有し、
前記
清浄化工程では、
対向する二つの表面を有する前記電子顕微鏡用試料の一つの表面に対して10~90°の角度の範囲内にて照射角度を変動させながら、前記一つの表面に対して前記イオンビームを照射する、試料の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の作製方法、清浄化方法、分析方法および電子顕微鏡用試料に属する。
【背景技術】
【0002】
近年では、材料の構造の微細化や、材料の最表面に機能性を有した物質を付加することで新しい特性を持つ材料の開発が進められている。材料開発において、材料の物性を詳細に解析することは特性発現メカニズムを理解する上で重要である。特に微細な領域を様々な観点から解析できる透過型電子顕微鏡(TEM)による解析は、材料開発に多く用いられている。
【0003】
透過型電子顕微鏡による分析では、薄片化(100nm以下)した試料に高電圧で加速した電子線を照射し、試料内で様々な相互作用を受けて透過してきた電子線や二次的に発生する特性X線を検出することで、試料の形態、組成、化学状態、電子状態といった様々な情報を得ることができる(例えば特許文献1)。
【0004】
また、走査型電子顕微鏡(SEM)においても同様に電子線を用いて試料表面を解析することができる。その一方、走査型電子顕微鏡に比べて透過型電子顕微鏡は電子線を狭く照射し空間分解能が高い分析ができるといった特徴も持っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者により課題に関して以下の知見が得られた。
透過型電子顕微鏡にせよ走査型電子顕微鏡にせよ、前記のように微細な領域に電子線を照射し分析を行う手法である。この時、電子顕微鏡内に残留する炭化水素や試料に吸着もしくは含有する炭化水素が、照射した電子線により解離して、試料表面にカーボンの堆積異物として残るコンタミネーション(略する場合はコンタミと称する。)が発生する。
【0007】
コンタミネーションが発生すると、コンタミネーションの厚さの分だけ試料全体が厚くなることになり、透過型電子顕微鏡の場合、試料を透過する電子線が減り(情報量が減る)像が不鮮明になり高分解能な観察が困難となるおそれがある。走査型電子顕微鏡の場合であっても、試料表面を操作する際にコンタミネーションの表面のみを走査することも起こり得、試料についての情報が得られないおそれもある。
また、試料内で発生した特性X線をコンタミネーションが吸収したり、コンタミネーションからも特性X線が発生するため不要な情報が加わるといった影響により、高感度な分析をすることができなくなるおそれもある。
【0008】
以上の通り、本発明者により得られた知見によれば、高度な分析を行うためには、コンタミネーションの原因となる炭化水素を低減しておくことが必須である。
【0009】
コンタミネーションの原因となる炭化水素は通常気体であり、装置由来と試料由来が考えられる。本発明者は炭化水素の発生挙動を調査した結果、主に試料からの発生が多いという知見を得た。また、炭化水素は、試料を固定するために包埋する樹脂に残留する低分子の有機物、集束イオンビーム装置やイオンシニング装置による薄片化処理中にGaイオンやArイオンで試料中の有機物が変質し低分子化して試料表面に残留もしくは削れたカスが再付着した残留物、薄片化処理後に暴露環境からの汚染で試料表面に残留した汚染物質(以降、異物と称する。)に由来しているという知見が得られた。
【0010】
電子顕微鏡で分析する前や分析中にコンタミネーションの発生を抑制する処理を行うことも考えられる。コンタミネーションの発生を抑制する方法としては、装置や試料を加熱して吸着している炭化水素を脱離させる処理や、酸素プラズマを用いて試料から炭化水素を焼き出すなどの処理、強い電子線を試料に照射して炭化水素を脱離させるといった処理が挙げられる。しかし、試料の特性上、加熱や酸素プラズマ、強い電子線により試料が変質してしまうおそれもあり、上記各処理方法では適用できる試料が限定されるといった課題もある。
【0011】
本発明の課題は、試料の変質を抑制しつつ、試料表面のコンタミネーションの発生を抑制し、電子顕微鏡による分析を精度良く行うことが可能な試料の作製方法およびその関連技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記の知見に基づき、上記課題を解決するための手段を検討した。その結果、電子顕微鏡で試料表面を分析する前に、試料に対する薄片化処理中や処理後に試料表面に付着した異物(すなわち電子顕微鏡の使用の際の電子線の照射により生じるおそれのあるコンタミネーションの元)を、イオンビームによって除去することにより、上記課題を解決することが可能となるという知見を得た。
【0013】
上記の知見に基づいて成された本発明の態様は、以下の通りである。
本発明の第1の態様は、
電子顕微鏡用試料の少なくとも一つの表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程を有する、試料の作製方法である。
【0014】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の発明において、
前記試料は透過型電子顕微鏡用試料である。
【0015】
本発明の第3の態様は、第1または第2の態様に記載の発明において、
前記試料は対向する二つの表面を有し、該二つの表面に対して前記清浄化工程を行う。
【0016】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様に記載の発明において、
前記イオンビームはArビームである。
【0017】
本発明の第5の態様は、第4の態様に記載の発明において、
前記ArビームにおけるArイオンの加速電圧は1kV以下である。
【0018】
本発明の第6の態様は、第1~第5のいずれかの態様に記載の発明において、
前記表面に対して10~90°の角度で前記イオンビームを照射する。
【0019】
本発明の第7の態様は、第1~第6のいずれかの態様に記載の発明において、
前記角度の範囲内にて照射角度を変動させながら前記イオンビームを照射する。
【0020】
本発明の第8の態様は、第1~第7のいずれかの態様に記載の発明において、
前記清浄化工程を行うのは前記表面のうち少なくとも分析予定部分およびその周囲である。
【0021】
本発明の第9の態様は、第8の態様に記載の発明において、
前記分析予定部分およびその周囲は1×10-12m2以上の面積を有する。
【0022】
本発明の第10の態様は、
電子顕微鏡用試料の表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程を有する、試料の清浄化方法である。
【0023】
本発明の第11の態様は、
電子顕微鏡用試料の表面に付着した異物をイオンビームにより除去する清浄化工程と、
前記清浄化工程が施された部分のうち少なくとも一部を電子顕微鏡により分析する分析工程と、
を有する、試料の分析方法である。
【0024】
本発明の第12の態様は、
電子顕微鏡用試料における少なくとも一つの表面の所定の部分は以下の条件を満たす、電子顕微鏡用試料である。
(条件1)少なくとも一つの表面から10nmの深さに至るまでの部分はArイオンによるダメージ層により構成される。
(条件2)表面から20nmの深さに至るまでにのみ該Arイオンによるダメージ層が存在する。
【0025】
本発明の第13の態様は、第12の態様に記載の発明において、
前記電子顕微鏡用試料は対向する二つの表面を有し、該二つの表面において互いに対向する各々の前記所定の部分は前記条件1および前記条件2を満たす。
【0026】
本発明の第14の態様は、第12または第13の態様に記載の発明において、
前記二つの表面の間の距離であるところの前記電子顕微鏡用試料の厚さは50nm以上である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、試料の変質を抑制しつつ、試料表面のコンタミネーションの発生を抑制し、電子顕微鏡による分析を精度良く行うことが可能な試料の作製方法およびその関連技術を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本実施形態において清浄化工程を行うべくArビームを透過型電子顕微鏡用試料としてのSi基板に照射した際の該試料内部におけるArイオンの挙動を示すモンテカルロシミュレーション計算結果を示す図である。
【
図2】本実施形態における透過型電子顕微鏡の概略図である。
【
図3】実施例1におけるコンタミネーション(堆積異物)の有無を示すHAADF-STEM像である。
【
図4】比較例1におけるコンタミネーション(堆積異物)の有無を示すHAADF-STEM像である。
【
図5】
図5は、Arビームを透過型電子顕微鏡用試料としてのSi基板に照射した際の該試料内部断面における透過型電子顕微鏡の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について、以下に説明する。
1.試料の分析方法
1-1.準備工程
1-1-1.清浄化工程(試料の作製方法、清浄化方法)
1-2.分析工程
2.電子顕微鏡用試料
3.実施の形態に係る効果
本明細書において「~」は所定の値以上かつ所定の値以下のことを指す。
【0030】
<1.試料の分析方法>
本実施形態においては、主に以下の工程を行う。
【0031】
1-1.準備工程
本工程においては電子顕微鏡用試料に対する分析を行うための準備を行う。本実施形態における「分析」とは電子顕微鏡(上記のSEM、TEM、そしてSTEM(走査型透過電子顕微鏡)等)を使用した定性的な観察結果に基づく分析や、定量分析などを含む。また本実施形態における「電子顕微鏡用試料」としては電子顕微鏡による分析が可能なものであれば特に限定は無いが、透過型電子顕微鏡観察(TEM)を行う場合は電子線を透過せざるを得ず、自ずとコンタミネーションの影響が大きくなるため、後述の本実施形態の効果を大いに享受できる。そのため本実施形態においては透過型電子顕微鏡用試料を例示する。
【0032】
1-1-1.清浄化工程(試料の作製方法、清浄化方法)
本実施形態においては本工程を行うことに特徴の一つがある。本工程においては、電子顕微鏡用試料の少なくとも一つの表面に付着した異物をイオンビームにより除去する。ここで言う「異物」とは上記の通り電子線の照射により生じるおそれのあるコンタミネーションの元となるもののことである。
【0033】
先にも述べたところであるが、本工程を行わずに電子顕微鏡により電子線の照射を利用する分析を行うと、電子顕微鏡内に残留する炭化水素や試料に吸着もしくは含有する炭化水素が、照射した電子線により解離して、カーボンの堆積物として試料の表面に生じてしまう。本工程には、コンタミネーションの発生を予防するという役割がある。つまり、電子顕微鏡での電子線の照射によって将来生じるおそれのあるコンタミネーションの元となる異物を、電子顕微鏡での分析の前に予め除去しておく、そしてその際にイオンビームを使用する、というのが本工程の技術的思想である。
【0034】
ここで用いるイオンビームとしては上記異物を試料表面から除去することができるものならば特に限定は無く、例えばArイオンやGaイオン等公知のイオンを使用することが可能である。ただ、透過型電子顕微鏡による精緻な分析を行うためには分析に対する阻害が少ないArイオンを用いるのが好ましい。本工程においてはArイオンを用いた例について、以下、具体例を挙げる。
【0035】
本工程においては、Arイオンを用いたArビームによりもたらされる物理的なスパッタ効果を用い、試料表面から物理的に異物(炭化水素)を除去する。その際に、ArビームにおけるArイオンの加速電圧は1kV以下であるのが好ましい。その理由を示すのが
図1である。
図1は、本実施形態において清浄化工程を行うべくArビームを透過型電子顕微鏡用試料としてのSi基板に照射した際の該試料内部におけるArイオンの挙動を示すモンテカルロシミュレーション計算結果を示す図である。
【0036】
ArビームにおけるArイオンは試料内部に打ち込まれたときに試料内部の原子をミキシングすることで試料へダメージを与え、試料表面近傍の結晶構造を変質させてしまう。
図1に示すように、加速電圧が2kV以上だと、試料表面から20nm程度以上までArイオンが到達することがわかる。その一方、加速電圧が1kV以下だと、表面から20nmの深さに至るまでにのみArイオンによるダメージ層が存在するようになるため好ましい。なぜ好ましいかというと、本実施形態のように試料を透過型電子顕微鏡による分析にかける場合、透過型であることを考慮すると、電子線が通過する部分においてArイオンによるダメージ層は薄い方が正確な分析結果をもたらすためである。つまり、加速電圧が1kV以下だと、ミキシング現象による試料の構造の破壊を抑制でき、試料が結晶材料であれば試料へ表面の結晶性の低下を抑制でき、試料が高分子材料では結合の切断による低分子成分の試料表面への過度の残留を抑制することができる。
【0037】
加速電圧の下限値としては、適切に本工程を行えるのならば特に限定は無い。例えば加速電圧が低い場合であっても、時間をかけることにより本工程は実現できる。その一方、本工程により清浄化がなされるのと同時にコンタミの元となる物質が試料表面に新たに付着することも考えられる。そのため、加速電圧は一定の値以上(例えば200V以上、好ましくは500V以上)であるのが望ましい。
【0038】
なお、本工程である清浄化工程は、対向する二つの表面を有する試料において、該二つの表面に対して行うのが好ましい。本実施形態のように試料を透過型電子顕微鏡による分析にかける場合、透過型であることを考慮すると、電子線が入射する側の面に加え、電子線が出射する側の面においても、試料表面から物理的に異物(炭化水素)を除去しておくのが非常に有効である。
ただ、試料を走査型電子顕微鏡による分析にかける場合は、電子線が出射する側の面に対して清浄化工程を行う必要はないため、どちらか一方の表面のみに清浄化工程を行い、該表面に対して走査型電子顕微鏡による分析を行っても構わない。
【0039】
また、本工程である清浄化工程を行うのは表面のうち少なくとも分析予定部分(すなわち電子線を照射する部分)およびその周囲であってもよい。「分析予定部分およびその周囲」については特に限定は無いが、後述の実施例の項目では「分析予定部分およびその周囲」は1×10-12m2(=1μm×1μm)の面積を有しているため、それ以上の面積に対して清浄化工程を行ってもよい。
その一方で、前述のように集束イオンビーム装置やイオンミリングで薄片加工した試料は、加工に用いるイオンが直接当たった部位以外に、加工により発生した削りカスのような異物が再付着しており、これも電子線の照射により生じるおそれのあるコンタミネーションの原因となる。
したがって、異物の除去に用いるArビームは、薄片加工された場所以外の試料表面全体に照射するのが好ましい。特に、上記の好適例で言うところの、対向する二つの表面を有する試料において、該二つの表面の全体に対して行うのが好ましい。
【0040】
また、試料表面に対して10~90°の角度でイオンビームを照射するのが好ましい。その際に、上記角度の範囲内にて照射角度を変動させながらイオンビームを照射するのがより好ましい。こうすることにより、Arイオンの照射方向に対して試料表面の凹凸による陰ができにくくなり、異物の除去を万遍無く行うことが可能となる。さらに、一度除去した異物が再び試料表面に付着することも有り得るが、上記角度の範囲内にて照射角度を変動させながらイオンビームを照射すれば再付着した異物を再び除去することが可能となる。
【0041】
上記の照射角度は、作業者の意図により適宜変更してよい。例えば、試料表面が過度にスパッタされてしまう等のイオンビームによる影響を減らしたい場合は、試料表面に対して10~20°の角度でイオンビームを照射するのがよい。
また、光源側を回転させて照射角度を変動させながらイオンビームを照射してもよいし、試料側を回転させて照射角度を変動させながらイオンビームを照射してもよい。
【0042】
なお、本工程である清浄化工程を行うことにより電子顕微鏡用として好適な試料を作製することが可能となる(試料の作製方法、試料の清浄化方法)。なお、試料の作製方法、試料の清浄化方法においても上記の好適例は同様に適用可能である。
【0043】
1-2.分析工程
本工程においては、清浄化工程が施された部分のうち少なくとも一部(分析予定部分)を電子顕微鏡により分析する。以下、一具体例を挙げるが、本工程は電子顕微鏡を用いた分析であれば公知の手法を採用すればよく、特に限定は無い。
【0044】
本実施形態においては一例として高角度環状暗視野走査型透過型電子顕微鏡(High Angle Annular Dark Field-Scanning Transmission Electron Microscopy:HAADF-STEM)における像(HAADF-STEM像)を撮像する場合を例示する。ここでのHAADF-STEMとしては公知のものを使用すればよい。具体例を挙げると、
図2に示すように、公知の透過型電子顕微鏡(TEM)に備え付けられているBF(Bright Field)検出器の側方に備えたHAADF検出器を使用すればよい。
【0045】
本工程においては、上記のTEM装置のHAADF検出器を使用し、試料に関してHAADF像を得る。具体的な撮像の手法としては、公知のTEM装置のHAADF検出器に関する作業を行えばよい。
【0046】
<2.電子顕微鏡用試料>
本実施形態においては上記の試料作製方法により作製された電子顕微鏡用試料においても本発明の技術的思想が反映されている。以下、説明する。
本実施形態に係る電子顕微鏡用試料における少なくとも一つの表面の所定の部分は以下の条件を満たす。
(条件1)少なくとも一つの表面から10nmの深さに至るまでの部分はArイオンによるダメージ層により構成される。
(条件2)表面から20nmの深さに至るまでにのみ該Arイオンによるダメージ層が存在する。
【0047】
条件1は、試料表面(いわゆる最表面)においてコンタミネーションがほぼ存在しないことを意味するものである。仮に、試料表面(最表面)にコンタミネーションが存在する場合、少なくとも一つの表面から10nmの深さに至るまでの部分での最表面ではコンタミネーションすなわち炭化水素により構成されることになり、条件1のような“Arイオンによるダメージ層により構成される”ことはなくなる。その一方、本実施形態のようにイオンビームによってコンタミネーションの基となる異物を予め除去しているからこそ、“少なくとも一つの表面から10nmの深さに至るまでの部分はArイオンによるダメージ層により構成される”という条件1を満たし得る。
【0048】
条件2は、Arビームの加速電圧1kV以下の項目において簡単に述べたところであるが、本実施形態のように試料を透過型電子顕微鏡による分析にかける場合、透過型であることを考慮すると、電子線が通過する部分においてArイオンによるダメージ層は薄い方が正確な分析結果をもたらす。なお、透過型電子顕微鏡のみならず、近年の走査型電子顕微鏡においても同様である。なぜなら近年の走査型電子顕微鏡においては試料の最表面を電子線にて走査することにより表面形状を詳細に分析することが可能となっているが、最表面およびその近傍においてコンタミネーションが存在する場合、試料表面の分析結果に悪影響を及ぼすことも考えられる。だからこそ、清浄化工程によりイオンによるダメージ層が形成されるにしても、ある程度の深さまでに形成が留められた試料ならば、電子顕微鏡による良好な分析が可能となる。その結果、条件2のように、表面から20nmの深さに至るまでにのみ該Arイオンによるダメージ層が存在する、という規定を設けている。
【0049】
なお、<1.試料の分析方法>にて述べた好適例と同様に、電子顕微鏡用試料は対向する二つの表面を有し、該二つの表面において互いに対向する各々の所定の部分は上記条件1および上記条件2を満たすのが好ましい。
【0050】
また、上記二つの表面の間の距離であるところの電子顕微鏡用試料の厚さは50nm以上であることが好ましい。こうすることにより、二つの表面それぞれにおいて表面から20nmの深さに至るまでにイオンのダメージ層が形成されたとしても、厚さ方向の中心部である残る10nmの部分では変質が生じておらず、透過型電子顕微鏡による分析を行う場合、未変質の部分の分析結果を得ることが可能となる。
【0051】
<3.実施の形態に係る効果>
本実施形態によれば、試料や装置を加熱したりプラズマ処理したりする必要がないため
試料の変質を抑制できる。しかも、試料表面のコンタミネーションの発生を抑制し、電子顕微鏡による分析を精度良く行うことが可能となる。
【0052】
なお、本発明の技術的範囲は上述した実施の形態に限定されるものではなく、発明の構成要件やその組み合わせによって得られる特定の効果を導き出せる範囲において、種々の変更や改良を加えた形態も含む。
【実施例】
【0053】
以下、本実施例について説明する。なお、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1)
市販の2液硬化性エポキシ樹脂を硬化し、日立ハイテクノロジーズ社製集束イオン加工装置 FB-2100を用いて透過型電子顕微鏡用の薄片試料(厚さ:50nm以上100nm未満、大きさ:10μm×10μm)を作製した。
【0055】
次に作製した薄片をTECHNOORG-LINDA社製のGENTLEMILLに挿入し、1kVの加速電圧で試料の両面1分ずつArイオンを照射し集束イオン加工装置で薄片表面に残留した異物(炭化水素)を除去した(清浄化工程)。
【0056】
処理を終えた薄片試料は、日本電子社製透過型電子顕微鏡(JEM-ARM200F)に挿入し、HAADF像観察を行い(分析工程)、コンタミネーションが生成するか否かを評価した。
【0057】
コンタミネーションによる堆積物の評価方法は、初めに×1,000,000の倍率で1000×1000の画素数で30秒/フレームで電子線を走査、次に×500,000の倍率で1000×1000の画素数で30秒/フレームで電子線を走査し、最後に×100,000の倍率で1000×1000の画素数で30秒/フレームで電子線を走査しHAADF像を取得した(
図3)。そして、電子線を照射した場所にコンタミネーションが発生したか否かを確認し、コンタミネーションの低減効果を評価した。
【0058】
以上の方法でコンタミネーションの評価を行った結果、
図3に示すように、電子線を照射した場所だとコンタミネーションが非常に少ないことが確認された。
【0059】
(比較例1)
実施例1において、GENTLEMILLに挿入し、Arイオンを照射して集束イオン加工装置で薄片表面に残留した炭化水素を除去処理していない以外は、実施例1と同様にHAADF像を取得し(
図4)、コンタミネーションが生成するか否かを評価した。
【0060】
以上の方法でコンタミネーションの評価を行った結果、
図4に示すように、電子線を照射した場所にコンタミネーションが確認された。
【0061】
(実施例2)
先に挙げた
図1(シミュレーション計算結果)に対応する透過型電子顕微鏡の写真を
図5に示す。
図5は、Arビームを透過型電子顕微鏡用試料としてのSi基板に照射した際の該試料内部断面における透過型電子顕微鏡の写真である。本例においては、加速電圧を 2kVに設定し、入射角度を15°に設定したことを除けば、実施例1と同様の作業を行った。
【0062】
本例では、
図5に示すように、
(条件1)少なくとも一つの表面から10nmの深さに至るまでの部分はArイオンのダメージ層により構成される。
(条件2)表面から20nmの深さに至るまでにのみ該Arイオンによるダメージ層が存在する。
の条件をいずれも満たしていた。