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  • 特許-ルテニウムの回収方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】ルテニウムの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 11/00 20060101AFI20221129BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B3/44 101A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018200939
(22)【出願日】2018-10-25
(65)【公開番号】P2020066780
(43)【公開日】2020-04-30
【審査請求日】2021-06-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】弁理士法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々井 茂
(72)【発明者】
【氏名】鶴見 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】中村 佳
【審査官】藤長 千香子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-167334(JP,A)
【文献】特開2013-204137(JP,A)
【文献】特開2012-021222(JP,A)
【文献】特開2009-102722(JP,A)
【文献】国際公開第2012/111542(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
C02F 1/58-1/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、カルシウム系中和剤を、前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが1.0以下の任意の値に達するまで添加して、石膏を析出させ、該石膏を固液分離により除去する工程と、その後、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、前記水溶液のpHが2.5以上となるまで添加して、ルテニウムを含有する沈殿物を析出させ、該沈殿物を回収する工程を備える、ルテニウムの回収方法。
【請求項2】
前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液もしくは石膏を除去後の残液のpHが6.0未満の領域で、前記ルテニウムを含有する沈殿物を回収し、かつ、前記ルテニウムを含有する沈殿物を回収した後に、カルシウム系中和剤を、ルテニウム回収後の水溶液のpHが6.0以上となるまで添加する工程をさらに備える、請求項1に記載のルテニウムの回収方法。
【請求項3】
ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、前記水溶液のpHが2.5以上となるまで添加して、ルテニウムを含有する沈殿物を析出させ、該沈殿物を回収する工程と、前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが6.0未満の領域で、前記ルテニウムを含有する沈殿物を回収し、かつ、前記ルテニウムを含有する沈殿物を回収した後に、カルシウム系中和剤を、ルテニウム回収後の水溶液のpHが6.0以上となるまで添加する工程とを備える、ルテニウムの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウムと硫酸を含む水溶液からルテニウムを含有する沈殿物を回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ルテニウムは白金族に属する貴金属元素で、高い硬度、融点、および沸点を有し、オスミウムとの合金が万年筆の先端部に使用されるほか、水素化触媒、HDDの容量を増大させる磁性材などの材料として使用され、その希少性と工業的利用価値の高さから、非常に高値で取引されている。このため、原料鉱石からルテニウムを精製する際、あるいは、ルテニウムを用いた工業製品を製造する際に、ルテニウムの損失を抑えることが必要となる。このような事情から、ルテニウムを用いる工場では、ルテニウムの加工やルテニウムを用いた工業製品の製造の過程で生じる廃水や廃棄物にルテニウムが混入する場合、その量が微量であっても、ルテニウムを回収して再利用することが求められている。
【0003】
ルテニウムを用いた工場では、安価な水や硫酸を使用して洗浄などの各種処理が行われる。ルテニウムは耐酸性を有するものの、酸性溶液にわずかに溶けるため、処理後の廃水には微量のルテニウムが含まれる。このような廃水は多量に存在することから、これらの処理によるルテニウムの損失は無視できないものとなっている。このため、処理後の廃水、すなわち、ルテニウムと硫酸を含む水溶液からルテニウムを回収することが重要となっている。
【0004】
従来、処理後の廃水からルテニウムを回収する方法として、廃水(ルテニウムと硫酸を含む水溶液)を加熱乾燥する方法が知られている。しかしながら、このような水溶液は多量に存在するため、加熱時間は長時間とならざるを得ず、一般的な加熱設備ではルテニウムを回収しきることが困難である。また、100℃程度の温度まで加熱すると、硫酸の濃縮が進み、設備の腐食や安全性の問題が生じる。
【0005】
特開2005-002376号公報には、微量のルテニウムを含む水溶液に塩素イオンを添加して、ルテニウムをイオン状態に保持しつつ、この水溶液を、イオン交換基を持たない樹脂に接触させることにより、樹脂上にルテニウムを析出させる方法が開示されている。また、特開2013-177663号公報には、ルテニウムなどの貴金属を含む金属廃液と、シリコンとを、フッ化物イオンを含む溶液に混合し、このシリコン含有混合溶液内において、シリコン上に貴金属を析出させることにより、貴金属を回収する方法が開示されている。しかしながら、これらの方法では、樹脂やシリコンの表面積が限られているためにルテニウムの析出が遅いという欠点がある。また、樹脂やシリコン表面に析出したルテニウムを、樹脂やシリコンを傷つけずに回収することも難しいという問題がある。
【0006】
一方、特開2010-174336号公報には、ルテニウムおよび/またはイリジウムのほか、ヒ素と銅や鉄などの不純物を含む酸性溶液に硫化剤を添加し、酸性溶液の酸化還元電位を70mV~90mVに制御して、不純物を沈殿除去した後、残液中のルテニウムおよび/またはイリジウムを活性炭に吸着させて、ルテニウムおよび/またはイリジウムを回収する方法が開示されている。また、特開2016-183371号公報には、貴金属イオンを含むpH4以下の液体中で酵母と貴金属イオンを接触させて、この液体中から分離した酵母を焼成することにより、貴金属を回収する方法が開示されている。しかしながら、これらの方法は、活性炭や酵母を必要とし、かつ、ルテニウムを取り込んだ活性炭や酵母を焼成する工程も要する。また、その際に、四酸化ルテニウムの揮発に配慮する必要もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2005-002376号公報
【文献】特開2013-177663号公報
【文献】特開2010-174336号公報
【文献】特開2016-183371号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述した課題を解消しつつ、ルテニウムを用いた工業製品を製造する工場において、各種処理により生じたルテニウムと硫酸を含む水溶液から、迅速かつ高収率でルテニウムを回収する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のルテニウム回収方法は、ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが2.5以上、好ましくは3.0以上となるまで添加して、ルテニウムを含有する沈殿物を析出させ、該沈殿物を回収する工程を備えることを特徴とする。
【0010】
前記沈殿物を回収する工程の前に、前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、カルシウム系中和剤を、前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが1.0以下、好ましくは0.4以下の任意の値に達するまで添加して、石膏を析出させ、該石膏を固液分離により除去する工程をさらに備えることが好ましい。
【0011】
前記ルテニウムと硫酸を含む水溶液もしくは石膏を除去後の残液のpHが6.0未満の領域、好ましくは3.0以下の領域で、前記イリジウムを含有する沈殿物を回収し、かつ、前記イリジウムを含有する沈殿物を回収した後に、カルシウム系中和剤を、ルテニウム回収後の水溶液のpHが6.0以上となるまで添加する工程をさらに備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、上述した課題を解消しつつ、ルテニウムを用いた工業製品を製造する工場において、各種処理により生じたルテニウムと硫酸を含む水溶液から、迅速かつ高収率でルテニウムを回収することができる。このため、本発明の工業的価値はきわめて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の第1実施態様のルテニウム回収方法を示すフロー図である。
図2図2は、本発明の第2実施態様のルテニウム回収方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上述した課題に鑑みて、本発明者らは、ルテニウムを用いる工場において、硫酸を含む水溶液で各種処理を行うことにより生じる、ルテニウムと硫酸を含む水溶液の処理方法を検討した。その結果、中和反応を利用して、ルテニウムと硫酸を含む水溶液からルテニウムを中和塩として析出させることにより、水溶液中のルテニウム濃度が極端に低い場合であっても、簡便かつ効率的にルテニウムを回収可能であるとの知見を得た。
【0015】
本発明者らは、中和剤のコストを低減する観点から、中和剤として安価なカルシウム系中和剤を使用することについて研究を進めた。しかしながら、カルシウム系中和剤を使用すると、ルテニウム中和塩の析出とともに、水溶液中の硫酸根が石膏として析出してしまうことが明らかとなった。この場合、水溶液中のルテニウム濃度が低く、硫酸根の濃度が高いことに起因して、析出する沈殿物の大部分を石膏が占め、ルテニウムの比率がきわめて低くなることが問題となる。このようなルテニウム中和塩への石膏の混入を避けるため、ルテニウム中和塩と石膏の析出条件を詳細に調べたところ、石膏の析出は幅広いpH領域で生じるのに対して、ルテニウム中和塩の析出は特定のpH領域に限られるとの知見を得た。
【0016】
さらに、本発明者らは、高品位のルテニウムを得る観点から研究を進めたところ、ルテニウム中和塩が析出する特定のpH領域での中和反応において、中和剤としてナトリウム系中和剤やマグネシウム系中和剤を使用することで、石膏を析出させることなく、ルテニウムの比率が高い沈殿物を得ることができるとの知見を得た。
【0017】
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0018】
以下、本発明のルテニウムの回収方法に関して、第1実施態様と第2実施態様のそれぞれについて詳細に説明する。
【0019】
1.第1実施態様
図1は、本発明の第1実施態様に係るルテニウム回収工程フローの一例を示す。上述したように、ルテニウムを用いる工場において、硫酸を含む水溶液を用いて、洗浄などの各種処理を行った後に生じる廃水(ルテニウムと硫酸を含む水溶液)には、通常、ルテニウムが0.1mg/L~100mg/L程度含まれている。本実施態様では、このようなごく微量のルテニウムを含む水溶液から、中和反応により、高濃度でルテニウムを含有する沈殿物を得るため、特定の中和剤を、特定のpH領域まで添加することが重要となる。
【0020】
(1)ルテニウム回収工程
ルテニウム回収工程は、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが2.5以上、好ましくは3.0以上となるまで添加して、ルテニウムを含有する沈殿物を析出させ、この沈殿物を回収する工程である。
【0021】
[中和剤]
ルテニウム回収工程では、上記pH領域での中和反応に使用する中和剤として、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を使用することが必要となる。
【0022】
ナトリウム系中和剤としては、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム;NaOH)、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム;NaCO)、重曹(炭酸水素ナトリウム;NaHCO)などを使用することができる。これらの中でも、コストや反応速度の観点から苛性ソーダを使用することが好ましい。
【0023】
一方、マグネシウム系中和剤としては、水酸化マグネシウム(Mg(OH))、酸化マグネシウム(MgO)、炭酸マグネシウム(MgCO)などを使用することができる。これらの中でも、コストや反応速度の観点から水酸化マグネシウムを使用することが好ましい。
【0024】
なお、pHを上記範囲に調整する中和剤としては、ナトリウム系中和剤およびマグネシウム系中和剤のほか、安価なカルシウム系中和剤を使用することも考えられる。しかしながら、カルシウム系中和剤を用いた場合、沈殿物中に、ルテニウム中和塩のみならず、大量の石膏(硫酸カルシウム2水和物;CaSO・2HO)が含有されてしまうため、沈殿物から得られるルテニウムの品位が大幅に低下してしまう。したがって、本実施態様では、ルテニウム回収工程における中和剤として、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を使用することが重要となる。
【0025】
[pH領域]
本発明は、主として、pHが0.4未満、典型的には0.3以下である、ルテニウムと硫酸を含む水溶液を対象としている。ルテニウム回収工程では、このような水溶液に、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、そのpHが2.5以上、好ましくは2.7以上、さらに好ましくは3.0以上となるまで添加する必要がある。pHが2.5未満の場合には、ルテニウム中和塩を十分に析出させることができず、水溶液中のルテニウムの残存率が高くなる。
【0026】
なお、ルテニウム回収工程では、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHを、6.0未満にとどめることが好ましく、5.0以下にとどめることがより好ましく、3.0以下にとどめることがさらに好ましい。これは、ルテニウム中和塩が析出するpH領域は0.4以上3.0以下であり、この領域において、ルテニウムを含有する沈殿物とルテニウムを含まない水溶液とを十分に分離することができるためである。すなわち、pHが3.0よりも大きい領域まで中和反応を継続しても、最終的なルテニウムの沈殿量が、pHが0.3となるまでのルテニウムの沈殿量と大差がないため、中和反応を継続する利点が少なく、また、不純物がルテニウムに混入するおそれがある。なお、pHが3.0よりも大きい領域でも、pHが6.0となるまでルテニウム回収工程を継続することは可能である。
【0027】
ただし、上述の観点からは、ルテニウム回収工程において、ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を、そのpHが、ルテニウム中和塩が析出するpH領域の上限である3.0になるまで添加して、ルテニウム中和塩を析出させることが最も好ましい。
【0028】
[ルテニウムの回収]
上述した中和反応で析出した沈殿物は、ろ過や遠心分離などの手段により回収することができる。また、回収された沈殿物を公知の方法で精製することで、ルテニウムを得ることができる。このような方法としては、たとえば、水素ガスなどの還元剤を用いて沈殿物中のルテニウム中和塩を還元する方法が挙げられる。なお、ルテニウム回収工程の後の水溶液における、水溶液のルテニウム濃度は、測定限界である5mg/L未満となる。なお、廃水中のルテニウム濃度が測定限界である5mg/未満の場合でも、本発明を適用することにより、ルテニウムの回収は十分に可能であり、上記測定限界値により本発明の範囲が限定されることはない。すなわち、廃水中のルテニウムの回収に本発明を適用することにより、少なくとも50%以上の回収率、好ましくはほぼ100%の回収率が達成される。
【0029】
(2)無害化処理(硫酸根除去)工程
ルテニウム回収工程でルテニウムを沈殿物として回収した後の水溶液は、pHが2.5以上であり、既存の廃水処理設備で処理することが可能である。しかしながら、中和剤をカルシウム系中和剤に切り換えて、ルテニウムを沈殿物として回収した後の水溶液が中性(pHが6.0以上8.0以下の領域)または弱アルカリ性(pHが8.0を超えて10.0以下の領域)となるまで添加し、硫酸根を石膏として除去することが好ましい。特に、弱アルカリ領域まで中和した場合には、硫酸根を高レベルで除去できるため、残った廃水を各種用途の工業用水として再利用することができる。なお、必要に応じて、ルテニウム回収後の水溶液から、硫酸根以外の不純物である重金属元素などを除去する任意の工程をさらに設けることもできる。
【0030】
硫酸根除去工程では、ルテニウム回収工程に引き続き、中和剤としてナトリウム系中和剤やマグネシウム系中和剤を使用することもできる。しかしながら、処理対象となる水溶液は大量に存在するため、安価なカルシウム系中和剤を使用した方が、コストの面から有利である。
【0031】
なお、ルテニウム回収工程から硫酸根除去工程に切り換えるタイミングは、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが4.0となった時が好ましく、3.0となった時点がより好ましい。上述したように、ルテニウム中和塩が析出するpH領域は0.4以上3.0以下であり、pHが3.0を超えると、沈殿物にルテニウムはほとんど含有されなくなる。このため、上記タイミングで硫酸根除去工程に切り換えることで、ルテニウムの回収率を低下させることなく、中和剤のコストを低減することができる。
【0032】
(3)効果
本実施態様の回収方法によれば、中和反応のみによって、迅速かつ高収率でルテニウム中和塩を得ることができる。得られたルテニウム中和塩から公知の精製処理を施すことによって、品位が99質量%以上であるルテニウムを得ることができる。また、この回収方法によれば、大量の水溶液を長時間加熱する必要がないため、人的負担も許容できる程度に収まる。なお、この回収方法では、硫酸根が濃縮されることなく除去されるため、安全性も高いといえる。
【0033】
2.第2実施態様
図2は、本発明の第2実施態様に係るルテニウム回収工程フローの一例を示す。本実施態様では、第1実施態様における中和剤のコストをさらに削減するため、ルテニウムと硫酸を含む水溶液の中和反応の初期において、安価なカルシウム系中和剤を使用する。
【0034】
中和反応を開始してからルテニウムを含有する沈殿物が得られるまでの間、カルシウム系中和剤のみを使用すると、上述したように、沈殿物に多量の石膏が含有されてしまうため、沈殿物中のルテニウムの比率がきわめて低いものとなり、この沈殿物から得られるルテニウムの品位が大幅に低下する。このような問題は、カルシウム系中和剤に、ナトリウム系中和剤やマグネシウム系中和剤を混ぜて使用すれば緩和できるが、その代わり、中和剤のコストを十分に削減することができない。
【0035】
これに対して、本実施態様では、図2に示すフローのように、ルテニウム回収工程前に、石膏生成工程を設けることにより、最終的に得られるルテニウムの品位を維持したまま、中和剤のコストの削減を可能としている。すなわち、本実施態様では、中和反応を開始してからルテニウムが中和塩として沈殿し始めるまでの間、中和剤として、安価なカルシウム系中和剤を使用するため、中和反応初期からナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を使用する第1実施態様と比べて中和剤のコストを削減することできる。一方、ルテニウムが中和塩として沈殿するpH領域では、中和剤として、ナトリウム系中和剤および/またはマグネシウム系中和剤を使用するため、沈殿物より得られるルテニウムの品位は、第1実施態様と同等のものとなる。
【0036】
(1)石膏生成工程
石膏生成工程は、ルテニウム回収工程の前に、カルシウム系中和剤を、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが1.0以下の任意の値に達するまで添加して、石膏を析出させ、固液分離により除去する工程である。
【0037】
[中和剤]
石膏生成工程において使用するカルシウム系中和剤としては、消石灰(水酸化カルシウム;Ca(OH))、石灰乳(水酸化カルシウムの懸濁液)、生石灰(酸化カルシウム;CaO)、石灰石(炭酸カルシウム;CaCO)などを使用することができる。これらの中でも、取り扱いの簡便性から、消石灰または石灰乳を使用することが好ましい。
【0038】
[pH領域]
石膏生成工程では、カルシウム系中和剤を、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが1.0以下、好ましくは0.4以下の任意の値に達するまで添加する必要がある。
【0039】
上述したように、ルテニウム中和塩は、主としてpHが0.4以上3.0以下の領域にある場合に析出する。しかしながら、本発明が、主として処理対象とするルテニウム濃度がきわめて低い水溶液においては、pHが0.4以上1.0以下の領域では、ルテニウム中和塩の析出量はごく微量となる。このため、この領域における中和反応にカルシウム系中和剤を使用し、析出したごく微量のルテニウムを石膏とともに除去したとしても、総体的に見れば、ルテニウムの回収率にはほとんど影響を及ぼさない。一方、pHが1.0を超えると、ルテニウム中和塩の析出量が増大するため、この領域における中和反応にカルシウム系中和剤を使用し、析出したルテニウムを石膏とともに除去すると、ルテニウムの回収率が低下することとなる。
【0040】
ただし、水溶液中のルテニウム濃度が比較的高い場合や、pHが0.4以上1.0以下の領域で析出するごく微量のルテニウムも回収する必要がある場合には、石膏生成工程におけるカルシウム系中和剤の添加は、pHが0.4以下の任意の値に達するまでとすることが好ましい。
【0041】
なお、ルテニウムが析出するpH領域が、処理対象となる水溶液の性状によって若干変動する可能性がある場合には、カルシウム系中和剤の添加を終了する任意の値は、予備試験などでルテニウム中和塩が析出し始めるpHを確認した上で設定することができる。
【0042】
[石膏の除去]
石膏生成工程で析出した石膏は、上述したルテニウム回収工程と同様に、ろ過や遠心分離などの手段により水溶液から固液分離し、除去することができる。本実施態様では、このように石膏を除去した後の水溶液が、ルテニウム回収工程における処理対象の水溶液(ルテニウムと硫酸を含む水溶液)となる。
【0043】
(2)ルテニウム回収工程および硫酸根除去工程
本実施態様におけるルテニウム回収工程および硫酸根除去工程は、上述した第1実施態様と同様である。このため、これらの工程については記載を省略する。
【0044】
(3)効果
本実施態様は、中和反応を開始してからルテニウムが中和塩として沈殿し始めるまでの間、中和剤として、安価なカルシウム系中和剤を使用すること以外は、第1実施態様と同様である。したがって、本実施態様の回収方法によれば、上述した第1実施態様と同程度の品位のルテニウムを得ることができる。また、この回収方法によれば、ルテニウム中和塩の析出に寄与しないpH領域において、中和剤として安価なカルシウム系中和剤を使用するため、第1実施態様と比べて中和剤のコストを80%程度まで抑えることができる。
【実施例
【0045】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。
【0046】
[実施例1]
処理対象として、ルテニウム(10mg/L)と硫酸(31g/L)とを含む水溶液(1m3)を用意した。なお、中和反応開始前において、この水溶液のpHは、0.2であった。
【0047】
図1に示すフローの通り、このルテニウムと硫酸を含む水溶液に、この水溶液のpHが5.0となるまで苛性ソーダ(東ソー株式会社製)を添加して、中和反応で生じた沈殿物を回収した(ルテニウム回収工程)。この沈殿物を乾燥した後、蛍光X線で分析したところ、ルテニウムの存在が確認された。続いて、この沈殿物に対して、公知の後処理をすることにより、99質量%以上の品位のルテニウムを得た。
【0048】
一方、沈殿物を回収した後の残液(1m)をICP発光分光分析法で分析したところ、ルテニウム濃度は5mg/L未満(ルテニウムの回収率は少なくとも50%)であることが確認された。この残液に対して、そのpHが7.0に達するまで石灰乳(消石灰(株式会社カルファイン製)の懸濁液)を添加して、中和反応で生じた沈殿物をろ過することにより除去した(硫酸根除去工程)。この沈殿物をX線回折で分析したところ、石膏であることが確認された。
【0049】
[実施例2]
ルテニウム回収工程の前に、ルテニウムと硫酸を含む水溶液に、この水溶液のpHが0.4となるまで消石灰(株式会社カルファイン製)を添加し、中和反応で生じた沈殿物をろ過することにより除去した(石膏生成工程)。この沈殿物をX線回折で分析したところ、石膏であることが確認された。
【0050】
また、この沈殿物を除去した後の水溶液に対して、苛性ソーダを添加したこと以外は実施例1と同様にして、ルテニウムと石膏を得た。このルテニウムの品位およびルテニウム回収率は、実施例1と同等であった。なお、実施例2における中和剤のコストは、実施例1の0.7倍であった。
【0051】
[実施例3]
ルテニウム回収工程において、沈殿物を回収した後の残液に対して、そのpHが6.0に達するまで石灰乳を添加したこと以外は、実施例2と同様にして、ルテニウムと石膏を得た。このルテニウムの品位およびルテニウム回収率は、実施例1と同等であった。なお、実施例3における中和剤のコストは、実施例1の0.7倍であった。
【0052】
[実施例4]
塩化ルテニウム(III)5gを35質量%塩酸1Lに溶解した後、600L弱の水と8Lの98質量%硫酸を加えて撹拌し、ルテニウムと硫酸を含む水溶液600Lを得た。この水溶液のpHは0.3であった。
【0053】
このようにして得られた水溶液に対して、そのpHが0.4となるまで炭酸カルシウムを添加し、中和反応で生じた沈殿物をろ過することにより除去した(石膏生成工程)。この沈殿物をX線回折で分析したところ、石膏であることが確認された。
【0054】
また、この沈殿物を除去した後の水溶液に対して、そのpHが2.5となるまで苛性ソーダを添加して、中和反応で生じた沈殿物を回収した(ルテニウム回収工程)。この沈殿物を水素炎で加熱した後、水素気流中で放冷したところ、金属光沢のある固体1.2gが得られた。この固体の比重を測定したところ、22g/cmであった。
【0055】
また、実施例1と同様にして、この固体の同定と品位の測定をしたところ、この固体はルテニウムであり、その品位は99質量%以上であることが確認された。なお、上記の回収分には、水素炎での加熱によって飛散して炉壁に固着したルテニウムは含まれていない。したがって、本例でのルテニウム回収率も、少なくとも50%であるといえる。
【0056】
[実施例5]
石膏生成工程において、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが1.0となるまで炭酸カルシウムを添加したこと、および、ルテニウム回収工程において、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが3.0となるまで苛性ソーダを添加したこと以外は、実施例4と同様にして、金属光沢のある固体1.2gを得た。この固体の比重を測定したところ、22g/cmであった。また、実施例1と同様にして、この固体の同定と品位の測定をしたところ、この固体はルテニウムであり、その品位は99質量%以上であることが確認された。ルテニウムの回収率は、実施例4と同様に、少なくとも50%であった。
【0057】
[比較例1]
ルテニウム回収工程において、実施例1と同様にして用意したルテニウムと硫酸を含む水溶液に、この水溶液のpHが5.0となるまで石灰乳を添加して、中和反応で生じた沈殿物を回収した。この沈殿物を乾燥した後、蛍光X線で分析したところ、ルテニウムの存在が確認された。しかしながら、実施例1~3と比べて、ルテニウムのピークは微弱であり、硫黄とカルシウムのピークが目立っていた。また、沈殿物の重量は、実施例1~3の4倍以上であった。これらの事実より、比較例1では、石膏によってルテニウムの比率が低下したものと考えられる。
【0058】
なお、沈殿物を回収した後の残液(1m)をICP発光分光分析法で分析したところ、ルテニウム濃度は5mg/L未満であり、実施例1~3と大きな違いはなかった。
【0059】
[比較例2]
ルテニウム回収工程において、ルテニウムと硫酸を含む水溶液のpHが2となるまで苛性ソーダを添加し、その後に石灰乳を添加したこと以外は、実施例1と同様にして、ルテニウムと石膏を得た。このルテニウムの品位は実施例1と同等であったが、苛性ソーダを添加する前に、ルテニウム回収工程における沈殿物を回収した後の残液(1m)をICP発光分光分析法で分析したところ、ルテニウム濃度は8mg/L(ルテニウム回収率は20%)であった。
【0060】
以上の結果を表1および表2に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、ルテニウムを用いた工業製品を製造する工場などにおいて、洗浄処理などの各種処理により生じたごく微量のルテニウムと硫酸を含む水溶液から、簡便かつ低コストに高品位のルテニウムを回収することが可能であるため、広い産業分野に適用することができる。
図1
図2