(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-28
(45)【発行日】2022-12-06
(54)【発明の名称】リチウム複合酸化物の置換元素の選択方法、リチウム複合酸化物、及びリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
C01G 53/00 20060101AFI20221129BHJP
C01G 55/00 20060101ALI20221129BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20221129BHJP
【FI】
C01G53/00 A
C01G55/00
H01M4/525
(21)【出願番号】P 2017037671
(22)【出願日】2017-02-28
【審査請求日】2019-10-21
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 里司
(72)【発明者】
【氏名】猿渡 元彬
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】宮部 裕一
【審判官】土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-235628(JP,A)
【文献】特開2001-266875(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0372299(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0226985(US,A1)
【文献】特開平10-199525(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 53/00
C01G 55/00
H01M 4/525
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム複合酸化物LiMO
2(Mはニッケルを含む)の、ニッケルを置換する置換元素の選択方法であって、
置換元素の候補である候補元素により前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換した際に、前記候補元素がニッケルサイトに収容されるかを判定する固溶可否判定工程と、
前記候補元素により前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換した際の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaが、前記候補元素で置換する前の前記リチウム複合酸化物の前記結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbよりも小さいかを判定する吸着エネルギー判定工程と、
前記候補元素で置換した前記リチウム複合酸化物の前記結晶表面に水分子を吸着させた際の、リチウムの浮き上がりによる、前記結晶表面と垂直方向のリチウムの変位量Δzを算出する浮き上がり量算出工程と、
前記固溶可否判定工程で、前記候補元素が前記ニッケルサイトに収容されると判定され、前記吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定され、かつ前記浮き上がり量算出工程でΔzが0.1Å以下の場合に、前記候補元素を前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択する選択工程と、を有し、
前記固溶可否判定工程では、前記候補元素で置換する前後の、前記リチウム複合酸化物の結晶の前記結晶表面における各原子の位置の変位量の最大値である、最大変位量ΔLが1Å以下の場合に、前記候補元素が前記ニッケルサイトに収容されると判定するリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法。
【請求項2】
前記リチウム複合酸化物LiMO
2がLiNiO
2であり、
請求項1に記載のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法により選択された置換元
素のみが固溶し
、前記置換元素がRh、Pdから選択された1種類以上であるリチウム複合酸化物。
【請求項3】
請求項2に記載のリチウム複合酸化物を正極材料に用いたリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム複合酸化物の置換元素の選択方法、リチウム複合酸化物、及びリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は高電圧、高容量であるため、高出力、小型化が求められるノートパソコン、携帯電話用の二次電池として、またハイブリット車や電気自動車などの車載用の電池として普及している。
【0003】
リチウムイオン二次電池は正極、負極および電解質、セパレーターなどからなるが、正極材料としてはLiCoO2やLiNiO2などが用いられている。中でもNCAとも呼ばれるNi、Co、Alを含むリチウム複合酸化物に代表されるNi比率の高い正極材料は充放電容量が大きいため、有望な材料である。
【0004】
Ni比率の高い正極材料として、例えば特許文献1には、ニッケル原子を正極活物質粒子内のリチウム原子以外の全金属原子に対して80原子%以上の割合で含む正極活物質粒子と、前記正極活物質粒子を覆い、ダイヤモンドライクカーボンを含む被覆層と、を含み、前記被覆層の層厚は5~20nmであり、前記被覆層のSP2/SP3比は、55/45~60/40であることを特徴とする、リチウムイオン二次電池用被覆粒子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、LiNiO2もしくはLiNiO2のNiの一部をCo、Al、Mg、Mnなどの置換元素で置換したリチウム複合酸化物である、LiMO2であってNi比率が高い場合、空気中の水分と反応し易く、容量が低下する場合があるという課題がある。なお、上記LiMO2のMはNiを含み、Niから構成されるか、Ni及び置換元素を含むことができる。
【0007】
そのため、LiMO2を用いた二次電池を作る際には、LiMO2の取り扱いをドライ環境下で行う必要があり、取扱い上問題があり、さらにドライ環境で扱うための設備は高額であり、コスト上昇の原因となっていた。
【0008】
LiMO2は、上述のような取り扱い上の問題から、その充放電容量の高さにも関わらず敬遠されていた。しかし、近年リチウムイオン二次電池は高性能化が求められていることからLiMO2にも注目が集まっており、LiMO2の大気暴露による容量低下を防止する策が求められている。
【0009】
大気暴露による容量低下を抑制する方法として、LiMO2のNiの一部を水分との反応を抑制できる置換元素で置換する方法が挙げられる。しかし、LiMO2の大気暴露による容量低下のメカニズム解明は十分ではなく、水との反応を抑制できる置換元素を効率的に見出す手法は未だ開発されていない。
【0010】
上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、水との反応を抑制できるリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、
リチウム複合酸化物LiMO2(Mはニッケルを含む)の、ニッケルを置換する置換元素の選択方法であって、
置換元素の候補である候補元素により前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換した際に、前記候補元素がニッケルサイトに収容されるかを判定する固溶可否判定工程と、
前記候補元素により前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換した際の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaが、前記候補元素で置換する前の前記リチウム複合酸化物の前記結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbよりも小さいかを判定する吸着エネルギー判定工程と、
前記候補元素で置換した前記リチウム複合酸化物の前記結晶表面に水分子を吸着させた際の、リチウムの浮き上がりによる、前記結晶表面と垂直方向のリチウムの変位量Δzを算出する浮き上がり量算出工程と、
前記固溶可否判定工程で、前記候補元素が前記ニッケルサイトに収容されると判定され、前記吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定され、かつ前記浮き上がり量算出工程でΔzが0.1Å以下の場合に、前記候補元素を前記リチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択する選択工程と、を有し、
前記固溶可否判定工程では、前記候補元素で置換する前後の、前記リチウム複合酸化物の結晶の前記結晶表面における各原子の位置の変位量の最大値である、最大変位量ΔLが1Å以下の場合に、前記候補元素が前記ニッケルサイトに収容されると判定するリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、水との反応を抑制できるリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
[リチウム複合酸化物の置換元素の選択方法]
本実施形態ではまず、リチウム複合酸化物の置換元素の選択方法の一構成例について説明する。
【0014】
本実施形態のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法は、リチウム複合酸化物LiMO2(Mはニッケルを含む)の、ニッケルを置換する置換元素の選択方法であって、以下の工程を有することができる。
【0015】
置換元素の候補である候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した際に、候補元素がニッケルサイトに収容されるかを判定する固溶可否判定工程。
【0016】
候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した際の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaが、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbよりも小さいかを判定する吸着エネルギー判定工程。
【0017】
固溶可否判定工程で、候補元素がニッケルサイトに収容されると判定され、かつ吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定された場合に、候補元素をリチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択する選択工程。
【0018】
本発明の発明者らは第一原理計算を用い、水との反応を抑制できる、すなわち耐水性を向上させる置換元素の選択方法について検討を行った。
【0019】
検討に当たって、はじめに、置換する前のリチウム複合酸化物LiMO2の結晶構造の表面構造を用いて構造緩和計算を行い、表面の安定構造を求めた。なお、上記式中のLiはリチウムを表し、Oは酸素を表す。またMはニッケルを含み、ニッケルから構成されるか、ニッケル及び候補元素以外の置換元素を含むことができる。Mは、ニッケルを物質量比で30%以上含むことが好ましく、60%以上含むことがより好ましい。Mは上述のようにニッケルから構成することもできるため、ニッケルを物質量比で100%以下含むことができる。
【0020】
次いで、水分子をリチウム複合酸化物の近くに置き、水分子とLiとの結合状態および表面Liの挙動と吸着エネルギーを求めた。その結果、水分子の吸着によりLiが浮き上がり、脱離する現象が計算で再現できた。
【0021】
さらに、耐水性を向上させる方法について検討を行ったところ、耐水性の向上には、リチウム複合酸化物の表面の原子構造によって水分子の吸着を抑制することが有効であるとの考えに至った。その考えをもとに本発明の発明者らは第一原理計算により有効な原子構造を探索する方法を見出し、本発明を完成させた。
【0022】
具体的には、本実施形態のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法は、既述のように、固溶可否判定工程と、吸着エネルギー判定工程と、選択工程とを有することができる。以下に各工程について説明する。
(固溶可否判定工程)
固溶可否判定工程では、置換元素の候補である候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した際に、候補元素がニッケルサイトに収容されるかを判定することができる。
【0023】
本発明の発明者らの検討によれば、ニッケルサイトに置換元素の候補となる候補元素を固溶させた際に、候補元素がニッケルサイトに留まるか否かにより、固溶の可否を判定することができる。固溶しない場合には、ニッケルサイトに候補元素があるとエネルギー的に不安定であるため、エネルギーが安定となる他のサイトに候補元素は移動することになる。このため、候補元素により置換後、候補元素がニッケルサイトに収容されている場合には候補元素による固溶が可能であり、候補元素がニッケルサイトに収容されていない場合には、候補元素による固溶が不可能であると判定できる。
【0024】
なお、候補元素がニッケルサイトに収容されているか否かの判定方法は特に限定されるものではない。
【0025】
例えばニッケルサイトを候補元素により置換した際の固溶の可否については、置換前後での結晶表面における各原子の位置の変位差から判定することができる。すなわち、例えば結晶表面における置換前後での各原子の変位量の最大値を算出し、該最大値が所定値以下の場合には固溶が可能であると判定し、該最大値が所定値よりも大きい場合には固溶できないと判定することができる。
【0026】
これは、候補元素がニッケルサイトに収容されている場合、置換前と比較して、ニッケルサイト周辺の元素の移動は抑制される。一方、候補元素がニッケルサイトに収容されない場合、上述のように、候補元素がニッケルサイトから移動するため、置換前と比較してニッケルサイト周りの元素の移動距離も大きくなるからである。
【0027】
上述のように、結晶表面における置換前後での各原子の変位量の最大値により固溶の可否を判断する場合の具体的な手順について説明する。
【0028】
まず、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物LiMO2の結晶の結晶表面における各原子の位置を算出しておくことができる。具体的には、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶構造の表面構造を用いて構造緩和計算を行い、表面の安定構造を算出することができる。
【0029】
さらに、ニッケルの一部を候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶の結晶表面における各原子の位置を算出することができる。具体的には、リチウム複合酸化物のニッケルサイトの一部を候補元素で置換し、固溶させた際の結晶構造の表面構造を用いて構造緩和計算を行い、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶の結晶表面における各原子の位置を算出することができる。
【0030】
そして、上記算出結果から、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶の結晶表面における各原子の位置と、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶の結晶表面における各原子の位置との変位量(変位幅)の最大値である、最大変位量(最大変位幅)ΔLを算出できる。
【0031】
本発明の発明者らの検討によれば、最大変位量ΔLが1Å以下であれば、固溶が可能であると判定することができる。すなわち、候補元素によりリチウム複合酸化物を置換した際に、ニッケルサイトに候補元素が留まっていることになる。一方、最大変位量ΔLが1Åを超える場合には、候補元素はニッケルサイトではない他のサイトに移動し、固溶が不可能であると判定することができる。
(吸着エネルギー判定工程)
吸着エネルギー判定工程では、候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した際の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaが、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbよりも小さいかを判定することができる。
【0032】
吸着エネルギー判定工程ではまず、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaと、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbとを算出することができる。
【0033】
吸着エネルギーEa、Ebはそれぞれ、E1(リチウム複合酸化物の結晶表面の表面構造のエネルギー)、E2(水分子単体のエネルギー)、E3(リチウム複合酸化物の結晶表面に水分子が吸着した後のエネルギー)を第一原理計算により算出し、下記式(A)により算出できる。
【0034】
吸着エネルギー(Ea、Eb)=E1+E2-E3 ・・・(A)
なお、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEaを算出する場合には、E1については置換したリチウム複合酸化物の結晶表面の表面構造のエネルギーを、E3については置換したリチウム複合酸化物の結晶表面に水分子が吸着した後のエネルギーをそれぞれ用いている。
【0035】
また、候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーEbを算出する場合には、E1については置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面の表面構造のエネルギーを、E3については置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面に水分子が吸着した後のエネルギーをそれぞれ用いている。
【0036】
置換したリチウム複合酸化物において、置換前と比較して水分子の吸着エネルギーが小さくなっている場合、置換による耐水性を高める効果を有していることを意味する。
【0037】
特に、置換したリチウム複合酸化物において、置換前と比較して水分子の吸着エネルギーが小さくなるほど、置換による耐水性の向上の効果が大きいことになる。そして、本発明の発明者らの検討によれば、置換前後での吸着エネルギー差ΔE(ΔE=Eb-Ea)は、0.3eV以上の場合、特に耐水性が高くなっていることを意味しており、好ましい。
(選択工程)
選択工程では、固溶可否判定工程で、候補元素がニッケルサイトに収容されると判定され、かつ吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定された場合に、候補元素をリチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択することができる。すなわち、計算に供した候補元素を、耐水性を高めるための置換元素として好適に用いることができると認定し、選択することができる。
【0038】
また、選択工程では、固溶可否判定工程で、候補元素がニッケルサイトに収容されていないと判定されるか、もしくは吸着エネルギー判定工程で、Ea≧Ebと判定された場合、計算に供した候補元素を、耐水性を高めるための置換元素として適していないと判定することができる。
【0039】
なお、例えば固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程、選択工程の順に実施する場合に、固溶可否判定工程で、候補元素がニッケルサイトに収容されていないと判定された場合、計算量を抑制するため、吸着エネルギー判定工程を実施しなくても良い。この場合、吸着エネルギー判定工程を実施するまでもなく、選択工程で、計算に供した候補元素を耐水性を高めるための置換元素として適していないと判定することができる。ここでは、固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程の順に実施した例を用いて説明したが、工程を実施する順番は特に限定されず、例えば吸着エネルギー判定工程から実施することもできる。
【0040】
本実施形態のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法は、上述の工程に限定されるものではなく、必要に応じてさらに任意の工程を有していても良い。
(浮き上がり量算出、判定工程)
本実施形態のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法は、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶表面に水分子を吸着させた際の、リチウムの浮き上がりによる、結晶表面と垂直方向のリチウムの変位量Δzを算出し、所定値内にあることを判定する浮き上がり量算出、判定工程を有することもできる。
【0041】
浮き上がり量算出工程で算出する上記Δzが小さいほど、水分子を吸着させた際の、リチウムの浮き上がり、特にリチウムの脱離を十分に抑制することができ、特に耐水性を高めることができることを意味する。
【0042】
本発明の発明者らの検討によれば、上記Δzが0.1Å以下の場合、候補元素で置換したリチウム複合酸化物の結晶表面に水分子を吸着させた際のリチウムの浮き上がりを十分に抑制でき、リチウムの脱離の発生を抑制できる。このため、さらに浮き上がり量算出、判定工程を実施し、候補元素をさらにスクリーニングすることで、リチウムの脱離を特に防止することができ、耐水性に特に優れたリチウム複合酸化物とする置換元素を選択できる。
【0043】
なお、浮き上がり量算出、判定工程を実施する場合、選択工程では、既述の固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程についての判定結果に加えて、浮き上がり量算出、判定工程においてΔzが所定値以内に入っている場合に、計算に供した候補元素を、耐水性を特に高めるための置換元素として用いることができるとして認定、選択するように構成することもできる。
(繰り返し工程)
また、置換元素として複数の候補がある場合には、候補元素を変えて、上述の固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程、及び選択工程を繰り返し実施することもできる。なお、上述の浮き上がり量算出、判定工程を実施する場合には、浮き上がり量算出、判定工程もあわせて繰り返し実施することができる。
【0044】
この場合、上記工程を繰り返し実施することにより、複数の候補元素の中から、リチウム複合酸化物の一部を置換することで、耐水性を向上させることができる置換元素を検討、選択することができる。
【0045】
なお、固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程、及び浮き上がり量算出、判定工程において、計算に用いる結晶表面(基準面)は特に限定されるものではなく、任意に選択して用いることができる。ただし、計算に用いる結晶表面としては、露出面であり、耐水性に劣り、劣化進行の早い面を用いることが好ましい。リチウム複合酸化物は(110)面が耐水性に劣ると考えられることから、例えば(110)面を結晶表面として用いることが好ましい。なお、固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程、及び浮き上がり量算出、判定工程で計算に用いる結晶表面は各工程で異なっていても良いが、計算量を少なくするため、同じ結晶表面を用いることが好ましい。
【0046】
また、固溶可否判定工程、吸着エネルギー判定工程、及び浮き上がり量算出、判定工程において、一般式LiMO2で表されるリチウム複合酸化物の、各種パラメータを算出する際、Mを構成する元素の割合は特に限定されないが例えば、候補元素により物質量比で0より多く40%以下の範囲で置換し、残部をNiとして、計算を実施することができる。
[リチウム複合酸化物]
次に、本実施形態のリチウム複合酸化物の一構成例について、説明する。
【0047】
本実施形態のリチウム複合酸化物は、既述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法により選択された置換元素が固溶したリチウム複合酸化物とすることができる。
【0048】
本実施形態のリチウム複合酸化物において、置換元素が固溶している程度については特に限定されるものではないが、該置換元素は既述のようにリチウム複合酸化物の耐水性を高めるために添加、置換されたものである。このため、本実施形態のリチウム複合酸化物は、少なくともその表面部分については、置換元素が固溶していることが好ましい。
【0049】
置換元素については、既述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法により選択することができ、特に限定されるものではない。例えば、本発明の発明者らの検討によれば、周期律表の第5周期の金属元素を候補元素として、既述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法により、置換元素を検討したところ、Ru、Rh、Pdが好適な置換元素として挙げられた。このため、本実施形態のリチウム複合酸化物は、例えばRu、Rh、Pdから選択された1種類以上の置換元素が固溶したリチウム複合酸化物とすることができる。
【0050】
本実施形態のリチウム複合酸化物の製造方法は特に限定されるものではなく、置換元素の種類等に応じて選択することができる。例えば置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素もしくは置換元素を含有する化合物(以下、単に「置換元素含有化合物等」とも記載する)を添加した後、必要に応じて乾燥を行い、さらに熱処理を行う方法が挙げられる。
【0051】
置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素含有化合物等を添加する一の方法としては、置換前のリチウム複合酸化物と、置換元素含有化合物等とを固相で混合する方法が挙げられる。また、置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素含有化合物等を添加する他の方法としては、例えば置換元素含有化合物等を溶液とし、置換前のリチウム複合酸化物に対して該溶液を噴霧、乾燥する方法が挙げられる。
【0052】
さらに、置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素含有化合物等を添加する他の方法としては、例えば置換前のリチウム複合酸化物と、置換元素含有化合物等とを溶媒に入れ、スラリーとした後、濾過、乾燥する方法も挙げられる。
【0053】
置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素含有化合物等を添加した後、乾燥する場合の条件は特に限定されないが、例えば80℃以上350℃以下の温度で乾燥することが好ましい。また、乾燥雰囲気としては、炭素および硫黄を含む化合物成分を含有しないガス雰囲気下、または真空雰囲気下で乾燥することが好ましい。
【0054】
置換前のリチウム複合酸化物に対して、置換元素含有化合物等を添加した後、熱処理を行う際の条件も特に限定されないが、十分に固溶が進行するように、例えば170℃以上700℃以下の温度で実施することが好ましい。
【0055】
熱処理時の雰囲気については特に限定されるものではないが、例えば酸素雰囲気下等の酸素含有雰囲気下で実施することができる。
【0056】
以上に説明した本実施形態のリチウム複合酸化物によれば、既述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択方法により選択された置換元素が固溶している。このため、耐水性に優れたリチウム複合酸化物とすることができ、例えばリチウムイオン二次電池の正極材料として好ましく用いることができる。
[リチウムイオン二次電池]
次に、本実施形態のリチウムイオン二次電池の一構成例について説明する。
【0057】
本実施形態のリチウムイオン二次電池(以下、単に「リチウムイオン電池」とも記載する)は、既述のリチウム複合酸化物を正極材料に用いた構成を有することができる。
【0058】
本実施形態のリチウムイオン電池は、既述のリチウム複合酸化物を正極活物質に用いたリチウムイオン電池とすることができる。本実施形態のリチウムイオン電池は、より具体的には既述のリチウム複合酸化物を正極活物質に用いた正極を有することができる。リチウムイオン電池は、正極材料として既述のリチウム複合酸化物を用いること以外は、一般的なリチウムイオン電池と実質的に同様の構造を備えることができるため、簡単に説明する。
【0059】
本実施形態のリチウムイオン電池は、ケースと、このケース内に収容された正極、負極、非水系電解液およびセパレーターを備えた構造を有している。
【0060】
本実施形態のリチウムイオン電池は、具体的には、非水系電解液を含浸させた電極体を電池ケース内に密閉した構造を有することができる。ここでいう電極体は、正極及び負極を、セパレーターを介して積層させた構造を有し、上述のように非水系電解液を含浸させることができる。以下、リチウムイオン電池を構成する各部材について説明する。
【0061】
正極は、シート状の部材であり、例えば、アルミニウム箔製の集電体の表面に、正極活物質と、導電材および結着剤を混合してなる正極合材ペーストを塗布し、乾燥して形成することができる。
【0062】
負極は、銅などの金属箔集電体の表面に、負極活物質を含有する負極合材ペーストを塗布し、乾燥して形成されたシート状の部材である。
【0063】
セパレーターは、例えば、ポリエチレンやポリプロピレンなどの薄い膜で、微細な孔を多数有する膜を用いることができる。なお、セパレーターの機能を有するものであれば、特に限定されない。
【0064】
非水系電解液は、支持塩としてのリチウム塩を有機溶媒に溶解したものである。有機溶媒としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート等を用いることができる。電解質塩としては、LiPF6、LiBF4、LiClO4等を用いることができる。
【0065】
本実施形態のリチウムイオン電池は、耐水性に優れた既述のリチウム複合酸化物を正極材料として用いている。このため、本実施形態のリチウムイオン電池は、安定した電池特性を発揮することができる。
【実施例】
【0066】
以下、実施例を参照しながら本発明をより具体的に説明する。但し、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
(リチウム複合酸化物の置換元素の選択)
以下の手順により、候補元素をRuとして、リチウム複合酸化物の置換元素の選択を行った。
【0067】
第一原理計算は平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いてPAW法(Projector Augmented Wave法)により行った。
【0068】
また、第一原理計算は、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)の範疇で、PBE(Perdew-Burke-Ernzehof)の一般化勾配近似による汎関数を用いて行った。平面波基底のカットオフエネルギーは500eVとした。
(1)固溶可否判定工程
置換前のリチウム複合酸化物の組成をLiNiO2とし、該リチウム複合酸化物の(110)面を結晶表面(基準面)として用いた。
【0069】
そして、候補元素Ruによりリチウム複合酸化物のニッケルサイトを物質量比で8%置換した場合の、すなわち組成がLiNi0.92Ru0.08O2となった場合の、置換前後でのリチウム複合酸化物の結晶の結晶表面における、各原子の位置の変位量の最大値である、最大変位量ΔLを算出した。
【0070】
その結果、最大変位量ΔLは0.8Åであり、候補元素であるRuは置換後ニッケルサイトに収容されていることを確認できた。
(2)吸着エネルギー判定工程
次に第一原理計算により、水分子単体のエネルギーE2を計算した。さらに、候補元素Ruによる置換前、置換後のリチウム複合酸化物それぞれについて、結晶表面((110)面)の表面構造のエネルギーE1、及び結晶表面((110)面)に水分子が吸着した後のエネルギーE3を計算し、置換前、置換後のリチウム複合酸化物それぞれについて、E1+E2-E3を計算し、吸着エネルギーEa、Ebを算出した。なお、Eaが候補元素によりリチウム複合酸化物のニッケルを置換した後の結晶表面における水分子の吸着エネルギーとなり、Ebが候補元素で置換する前のリチウム複合酸化物の結晶表面における水分子の吸着エネルギーになる。
【0071】
上述のように計算を行った結果、候補元素であるRuにより置換したリチウム複合酸化物において、置換前と比較して水分子の吸着エネルギーが小さくなっており、ΔE(=Eb-Ea)が0.3eV以上になることが確認できた。
(3)選択工程
以上のように、固溶可否判定工程で、候補元素であるRuがニッケルサイトに収容されると判定され、かつ吸着エネルギー判定工程で、Ea<Ebと判定されたことから、候補元素Ruをリチウム複合酸化物のニッケルを置換する置換元素として選択した。
(リチウム複合酸化物)
上述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択により、置換元素としてRuが選択されたことから、Ruを固溶したリチウム複合酸化物の製造を試みた。
【0072】
具体的には、LiNiO2に対して、Ruのアルコキシドを添加した後、熱処理を行い加水分解を行うことで、Ruを固溶したリチウム複合酸化物を製造した。
(リチウムイオン二次電池)
上述の手順により得られたRuを固溶させたリチウム複合酸化物、及び比較のためRuを固溶させていないLiNiO2をそれぞれ7日間大気暴露させた後、各リチウム複合酸化物を正極材料に用いて、それぞれリチウムイオン二次電池を作製し、評価を行った。
【0073】
上述のように大気暴露させたリチウム複合酸化物の粉末70質量%に、導電材としてアセチレンブラックを20質量%、及び結着剤としてPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を10質量%添加、混合し、ここから150mgを取り出してペレットを作製し正極とした。
【0074】
負極としてリチウム金属を用いた。
【0075】
非水系電解液には1MのLiClO4を支持塩とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合溶液(富山薬品工業製)を用いた。
【0076】
セパレーターには、ポリエチレン多孔膜を用いた。
【0077】
そして、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス中で、上記各部材を用いてリチウムイオン二次電池である2032型のコイン電池を作製した。
【0078】
得られたリチウムイオン二次電池について、初期放電容量を評価したところ、Ruを固溶させたリチウム複合酸化物は、Ruを固溶させていないLiNiO2を正極材料に用いた場合と比較して、初期放電容量が大きくなることを確認できた。
[実施例2]
(リチウム複合酸化物の置換元素の選択)
候補元素としてCuを検討した点以外は、実施例1と同様にして評価を行った。しかしながら、吸着エネルギー判定工程において、Ea>Ebの関係になることが確認された。
【0079】
このため、吸着エネルギー判定工程まででリチウム複合酸化物の置換元素の選択は終了し、Cuは耐水性を高めるための置換元素としては不適であると判定した。
(リチウム複合酸化物)
上述のリチウム複合酸化物の置換元素の選択により、置換元素として不適であると判定されたCuを固溶したリチウム複合酸化物の製造を試みた。
【0080】
具体的には、LiNiO2に対して、Cuのアルコキシドを添加した後、熱処理を行い加水分解を行うことで、Cuを固溶したリチウム複合酸化物を製造した。
(リチウムイオン二次電池)
上述の手順により得られたCuを固溶させたリチウム複合酸化物、及び比較のためCuを固溶させていないLiNiO2をそれぞれ7日間大気暴露させた後、各リチウム複合酸化物を正極材料に用いて、それぞれリチウムイオン二次電池を作製し、評価を行った。
【0081】
上述のように大気暴露させたリチウム複合酸化物の粉末70質量%に、導電材としてアセチレンブラックを20質量%、及び結着剤としてPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を10質量%添加、混合し、ここから150mgを取り出してペレットを作製し正極とした。
【0082】
負極としてリチウム金属を用いた。
【0083】
非水系電解液には1MのLiClO4を支持塩とするエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の等量混合溶液(富山薬品工業製)を用いた。
【0084】
セパレーターには、ポリエチレン多孔膜を用いた。
【0085】
そして、露点が-80℃に管理されたAr雰囲気のグローブボックス中で、上記各部材を用いてリチウムイオン二次電池である2032型のコイン電池を作製した。
【0086】
得られたリチウムイオン二次電池について、初期放電容量を評価したところ、Cuを固溶させたリチウム複合酸化物は、Cuを固溶させていないLiNiO2を正極材料に用いた場合と比較して、初期放電容量に大きな違いが無いことが確認された。