(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-11-29
(45)【発行日】2022-12-07
(54)【発明の名称】エルゴチオネイン合成微生物、及びエルゴチオネインの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 13/04 20060101AFI20221130BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20221130BHJP
C12N 15/52 20060101ALN20221130BHJP
【FI】
C12P13/04 ZNA
C12N1/21
C12N15/52 Z
(21)【出願番号】P 2018038057
(22)【出願日】2018-03-02
【審査請求日】2021-03-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度農林水産省「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】大津 厳生
(72)【発明者】
【氏名】河野 裕介
(72)【発明者】
【氏名】田中 尚志
(72)【発明者】
【氏名】大利 徹
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 康治
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-502859(JP,A)
【文献】特開2017-143756(JP,A)
【文献】国際公開第2017/150304(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/121285(WO,A1)
【文献】特開2017-225368(JP,A)
【文献】西口 みゆ 他,システイン生産大腸菌を利用したエルゴチオネインの発酵生産,第11回日本ゲノム微生物学会年会 要旨集,2017年03月02日,p. 65,3O1-01(2P-29)
【文献】Ryo Osawa et al.,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2017年12月25日,Vol. 66,p. 1191-1196
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
システイン生産株である原核生物に、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする
Methylobacterium属細菌由来のegtB様遺伝子、前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列に対し少なくとも90%の同一性を有する変異タンパク質をコードする変異遺伝子、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列に対し、少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなる変異遺伝子を遺伝子導入された原核生物を培養する工程を含
み、前記変異遺伝子がコードする変異タンパク質が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する、エルゴチオネインの製造方法。
【請求項2】
前記エルゴチオネイン合成遺伝子がコードする酵素が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する一方で、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒しない、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記原核生物に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていない、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列が、配列番号2、4、6、8、及び10からなる群から選ばれるか、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列が、配列番号1、3、5、7、及び9からなる群から選ばれる、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記システイン生産株である原核生物が、変異型cysE、変異型serA、変異型cysBからなる群から選ばれる少なくとも1の遺伝子を有する大腸菌である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
システイン生産株が、さらにmetJ遺伝子を欠損されている、請求項1~
4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記原核生物を培養する培地が、ヒスチジン添加培地である、請求項1~
5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項8】
システイン生産株である原核生物において、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする
Methylobacterium属細菌由来のegtB様遺伝子、前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列に対し少なくとも90%の同一性を有する変異タンパク質をコードする変異遺伝子、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列に対し、少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなる変異遺伝子を導入されたエルゴチオネイン生産能を有
し、ここで、前記変異遺伝子がコードする変異タンパク質が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する
、原核生物。
【請求項9】
前記エルゴチオネイン合成遺伝子がコードする酵素が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する一方で、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒しない、請求項8に記載の原核生物。
【請求項10】
前記原核生物に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていない、請求項8又は9に記載の原核生物。
【請求項11】
前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列が、配列番号2、4、6、8、及び10からなる群から選ばれるか、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列が、配列番号1、3、5、7、及び9からなる群から選ばれる、請求項8~10のいずれか一項に記載の原核生物。
【請求項12】
前記システイン生産株である原核生物が、変異型cysE、変異型serA、変異型cysB、及びydeD遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1の遺伝子を有する大腸菌である、請求項
8~11
のいずれか一項に記載の原核生物。
【請求項13】
システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする
Methylobacterium属細菌由来のegtB様遺伝子、前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列に対し少なくとも90%の同一性を有する変異タンパク質をコードする変異遺伝子、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列に対し、少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなる変異遺伝子を導入されたエルゴチオネイン生産能を有
し、ここで、前記変異遺伝子がコードする変異タンパク質が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する、大腸菌。
【請求項14】
前記egtB様遺伝子がコードするアミノ酸配列が、配列番号2、4、6、8、及び10からなる群から選ばれるか、又は前記egtB様遺伝子の塩基配列が、配列番号1、3、5、7、及び9からなる群から選ばれる、請求項13に記載の大腸菌。
【請求項15】
さらに、egtD又はegtE遺伝子が導入された、請求項13又は14に記載の大腸菌。
【請求項16】
変異型serA遺伝子、ydeD遺伝子、及び変異型cysE遺伝子が導入された、請求項13~15のいずれか一項に記載の大腸菌。
【請求項17】
さらにmetJ遺伝子が欠損された、請求項13~16のいずれか一項に記載の大腸菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エルゴチオネイン合成微生物の創製、並びにかかるエルゴチオネイン合成微生物を用いたエルゴチオネインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エルゴチオネインは、ライ麦角菌 (Claviceps purpurea)から単離された含硫アミノ酸として発見され、植物や動物の生体内にも存在することが見いだされている。しかしながら、植物や動物は、エルゴチオネインを合成することはできず、生体内のエルゴチオネインは、担子菌類などの微生物により合成されたエルゴチオネインに由来すると考えられている。特に担子菌類の一部のキノコ、例えばヒラタケ、シイタケ、マイタケ、エリンギなどの食用キノコにも含まれており、特にタモギタケに多く含まれていることが知られている。エルゴチオネインは、高い抗酸化性を有しており、またエラスターゼ阻害作用、チロシナーゼ阻害作用が報告されており、美白やしわ予防といった美容・食品分野で特に注目されている。また、エルゴチオネインが生体酸化防御システムに関与することが判明してきており、医療分野での応用も試みられている。
【0003】
エルゴチオネインの製造方法として、タモギタケなどの担子菌からの抽出、化学合成、微生物を用いた発酵が試みられている。タモギタケなどの担子菌からの抽出は、原材料の取得に時間がかかり、大量生産には適していない。大量生産には化学合成が適しているが、高価な合成試薬を用いる必要があり、また精製コストが高くなるという問題がある(特許文献1)。微生物を用いた発酵の方法として、C1化合物資化性の細菌や酵母を用いた発酵(特許文献2、非特許文献1)、さらにはエルゴチオネイン生合成遺伝子を過剰発現させた微生物を用いた発酵(特許文献3)が挙げられる。しかしながら、遺伝子導入がされていない細菌や酵母を用いた発酵では、十分な量のエルゴチオネインを得ることが難しく、エルゴチオネイン生合成遺伝子を導入した微生物を用いた発酵を行った場合であっても、200μg/l程度の生産量を得ることが限界であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-160748号公報
【文献】国際公開第2016/104437号
【文献】国際公開第2017/150304号
【非特許文献】
【0005】
【文献】PLOS One 2014 vol. 9(5) e97774
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、これまで知られているエルゴチオネインの製造方法よりも、収量が高い製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが、エルゴチオネインの製造方法において、収量を高めることを目的として、鋭意研究を行ったところ、これまで細菌において知られていた反応経路とは異なる反応経路を利用してエルゴチオネインを製造することで、エルゴチオネインの収量が高まることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
そこで、本発明は以下の発明に関する:
[1] システイン生産株である微生物に、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする原核生物由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を遺伝子導入された微生物を培養する工程を含む、エルゴチオネインの製造方法。
[2] 前記エルゴチオネイン合成遺伝子がコードする酵素が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する一方で、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒しない、項目1に記載の製造方法。
[3] 前記微生物に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていない、項目1又は2に記載の製造方法。
[4] 前記エルゴチオネイン合成遺伝子が、Methylobacterium属細菌由来のegtB様遺伝子である、項目1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
[5] 前記システイン生産株である微生物が、変異型cysE、変異型serA、変異型cysB、及びydeD遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1の遺伝子を有する大腸菌である、項目1~4のいずれか一項に記載の製造方法。
[6] システイン生産株が、さらにmetJ遺伝子を欠損されている、項目1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
[7] 前記微生物を培養する培地が、ヒスチジン添加培地である、項目1~6のいずれか一項に記載の製造方法。
[8] システイン生産株である微生物において、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドを触媒する酵素をコードする原核生物由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を導入されたエルゴチオネイン生産能を有する微生物。
[9] 前記エルゴチオネイン合成遺伝子がコードする酵素が、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する一方で、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒しない、項目8に記載の微生物。
[10] 前記微生物に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていない、項目8又は9に記載の微生物。
[11] 前記エルゴチオネイン合成遺伝子が、Methylobacterium属細菌由来のegtB様遺伝子である、項目8~10のいずれか一項に記載の微生物。
[12] 前記システイン生産株である微生物が、変異型cysE、変異型serA、変異型cysB、及びydeD遺伝子からなる群から選ばれる少なくとも1の遺伝子を有する大腸菌である、項目11に記載の微生物。
[13] システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドを触媒する酵素をコードするエルゴチオネイン合成遺伝子を導入されたエルゴチオネイン生産能を有する大腸菌。
[14] 前記エルゴチオネイン合成遺伝がMethylogacterium属細菌由来のegtB様遺伝子である、項目13に記載の大腸菌。
[15] さらに、egtD又はegtE遺伝子が導入された、項目13又は14に記載の大腸菌。
[16] 変異型serA遺伝子、ydeD遺伝子、及び変異型cysE遺伝子が導入された、項目13~15のいずれか一項に記載の大腸菌。
[17」 さらにmetJ遺伝子が欠損された、項目13~16のいずれか一項に記載の大腸菌。
【発明の効果】
【0009】
本発明で用いる微生物では、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドを経ないで、エルゴチオネインを合成することができ、高い収量でエルゴチオネインを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、egtB遺伝子について、系統解析を行った図である。
【
図2A】
図2Aは、pQE88egtBのプラスミドマップを示す。
【
図2B】
図2Bは、pQE88egtBに導入されるMethylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、及びMethylobacterium radiotolerans由来のegtB様遺伝子の配列情報を示す。
【
図2C】
図2Cは、pQE88egtBに導入されるMethylobacterium phyllostachyos、及びMethylobacterium mesophilicum由来のegtB様遺伝子の配列情報を示す。
【
図3A】
図3Aは、pCtac-MS-egtD-hisMS-egtEのプラスミドマップを示す。
【
図3B】
図3Bは、pCtac-MS-egtD-hisMS-egtEに導入されているMycobacterium smegmatis由来のegtD及びegtE遺伝子の配列情報を示す。
【
図4B】
図4Bは、pDESに導入されている、serA遺伝子及びydeD遺伝子の配列情報を示す。
【
図4C】
図4Cは、pDESに導入されている、cysE遺伝子の配列情報を示す。
【
図5】
図5は、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium mesophilicum、Methylobacterium phyllostachyos、Methylobacterium pseudosasicolar、及びMethylobacterium radiotoleransに由来するegtB様遺伝子を導入したエルゴチオネイン産生株によるエルゴチオネインの生成量を示す(
図5A)。比較として、Mycobacterium smegmatisのegtABCDE遺伝子を導入されたエルゴチオネイン産生対照株によるエルゴチオネイン生成量も示す(
図5B)。
【
図6】
図6は、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium mesophilicum、Methylobacterium phyllostachyos、Methylobacterium pseudosasicolar、及びMethylobacterium radiotoleransに由来するegtB様遺伝子を導入したエルゴチオネイン産生株の細胞破砕上清を用いた触媒活性を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、システイン生産株である微生物に、システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする原核生物由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を遺伝子導入された微生物、並びに当該微生物を培養する工程を含む、エルゴチオネインの製造方法に関する。
【0012】
本発明の微生物は、システインとヘルシニンとからヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードする原核生物由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を遺伝子導入されている。さらに好ましい態様では、本発明の微生物には、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていない。
【0013】
これまで知られている、従来のエルゴチオネイン産生用微生物は、マイコバクテリウム(Mycobacteria)属、ストレプトマイシス(Streptomyces)属などの細菌から見つかったエルゴチオネイン合成遺伝子であるegtA、egtB、egtC、egtD及びegtEを全て遺伝子導入するか、またはもともとこれらの遺伝子にコードされるタンパク質の活性と同じ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を全部又は一部有している微生物に対し、egtA、egtB、egtC、egtD及びegtEのうちの一部を導入することにより得られた。これらの遺伝子がコードするタンパク質が触媒する反応スキームは下記のとおりである。従来のegtBは、ヘルシニンとγ-グルタミルシステインを基質として、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒する。本発明者らは、従来の方法では、反応が多段階となること、さらにグルタチオンの前駆物質であるγ-グルタミルシステインがエルゴチオネイン産生のために使用されることに問題を見出した。また、従来はエルゴチオネイン生産株を得るために、ヒスチジン生産株を元に改変をすることが必要であった。
【化1】
【0014】
本発明の微生物は、下記のスキームに記載されるようにシステインとヘルシニンとを基質として、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素(egtB様酵素)をコードする原核生物由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を遺伝子導入されている。
【化2】
これにより、上述のegtA、egtB、egtC、egtD及びegtEの遺伝子がそれぞれコードするタンパク質が触媒する上述のスキーム1の反応のうち、egtA、egtB及びegtC遺伝子がコードするタンパク質が触媒する反応に関与する遺伝子のうち、1つ、場合により2つ又は全ての遺伝子を含まない場合でも、エルゴチオネインを合成することができる。また、本発明で導入されるegtB様遺伝子にコードされる酵素は、システインを基質として用いることができることから、本発明ではシステイン生産株を元にして遺伝子導入を行うことが可能になった。
【0015】
本発明の別の態様では、本発明の微生物は、egtC遺伝子がコードするタンパク質の活性を有するタンパク質、すなわちヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていなくてもよい。
【0016】
本発明のさらなる態様では、本発明の微生物は、egtA遺伝子がコードするタンパク質の活性を有するタンパク質、すなわちグルタミン酸とシステインとから、γ-グルタミルシステインへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていなくてもよい。
【0017】
本発明のさらに異なる態様では、本発明の微生物は、egtB遺伝子がコードするタンパク質の活性を有するタンパク質、すなわちγ-グルタミルシステインとヘルシニンとから、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が導入されていなくてもよい。本明細書において、遺伝子が導入されていないとは、内在的に含まれる同遺伝子が含まれないことを意図するものではない。
【0018】
システインとヘルシニンとからヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードするエルゴチオネイン合成遺伝子としては、任意の微生物由来の遺伝子であってもよい。一例として、そのような合成遺伝子は、Methylobacterium属細菌、Microcystis属のシアノバクテリア、担子菌類、アカパンカビや酵母などからも得ることができる。なかでも、大腸菌に遺伝子導入する観点から、原核生物由来の遺伝子が好ましく、さらに好ましくはシアノバクテリア以外の原核生物由来の遺伝子である。そのような原核生物として、特にMethylobacterium属細菌を挙げることができ、例えばMethylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium radiotolerans、Methylobacterium phyllostachyos、Methylobacterium mesophilicum、Methylobacterium oryzae、Methylobacterium aquaticum、Methylobacterium extorquensなどの細菌由来のエルゴチオネイン合成遺伝子を使用することができる。システインとヘルシニンとからヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードするエルゴチオネイン合成遺伝子を、これまで知られているγ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミルシステインスルホキシドへの反応を触媒とするエルゴチオネイン合成遺伝子であるegtBと区別するため、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非産生egtB様遺伝子ということができ、本明細書中では、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非産生egtB様遺伝子を単にegtB様遺伝子と呼ぶものとする。一例としてMethylobacterium pseudosasicola由来のegtB様遺伝子がコードするタンパク質として、配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質、Methylobacterium brachiatum由来のegtB様遺伝子がコードするタンパク質として、配列番号4のアミノ酸配列からなるタンパク質、Methylobacterium radiotolerans由来のegtB様遺伝子がコードするタンパク質として、配列番号6のアミノ酸配列からなるタンパク質、Methylobacterium phyllostachyos由来のegtB様遺伝子がコードするタンパク質として、配列番号8のアミノ酸配列からなるタンパク質、及びMethylobacterium mesophilicum由来のegtB様遺伝子がコードするタンパク質として、配列番号10のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。
【0019】
本発明の別の態様では、egtB様遺伝子がコードするタンパク質には、egtB様タンパク質と同様の活性、すなわちシステインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステイン-スルホキシドへの反応の触媒活性を維持する限りにおいてアミノ酸変異が加わった変異タンパク質を含みうる。変異タンパク質は、配列番号2、4、6、8、及び10からなる群から選ばれる少なくとも1のアミノ酸配列に対し、1又は数個のアミノ酸の付加、欠失、及び/又は置換を含みうる。さらに、別の態様では、変異タンパク質は、配列番号2、4、6、8、及び10からなる群から選ばれる少なくとも1のアミノ酸配列に対し、少なくとも30%、好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%、さらにより好ましくは少なくとも60%、さらにより好ましくは少なくとも70%、さらにより好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも90%、さらにより好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも97%、さらにより好ましくは少なくとも98%の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0020】
本発明のさらに別の態様では、egtB様遺伝子には、egtB様タンパク質と同様の活性、すなわちシステインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステイン-スルホキシドへの反応の触媒活性を維持する限りにおいて、変異が加わった変異遺伝子を含みうる。変異遺伝子は、配列番号1、3、5、7、及び9からなる群から選ばれる少なくとも1の塩基配列に対し、1又は数個のヌクレオチドの付加、欠失、及び/又は置換を含みうる。さらに、別の態様では、変異遺伝子は、配列番号1、3、5、7、及び9からなる群から選ばれる少なくとも1の塩基配列に対し、少なくとも30%、好ましくは少なくとも40%、より好ましくは少なくとも50%、さらにより好ましくは少なくとも60%、さらにより好ましくは少なくとも70%、さらにより好ましくは少なくとも80%、さらにより好ましくは少なくとも90%、さらにより好ましくは少なくとも95%、さらにより好ましくは少なくとも97%、さらにより好ましくは少なくとも98%の同一性を有する塩基配列からなる遺伝子である。
【0021】
本発明にかかる微生物は、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとから、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子、すなわちegtB遺伝子が導入されていない場合、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドを産生しないか、産生したとしてもその量はわずかである。したがって、本発明の微生物は、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非生産性微生物ということもできる。ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非生産性微生物は、当該微生物の触媒活性を測定することにより決定することができる。具体的には、当該微生物の細胞破砕上清に対し、反応基質であるシステイン及び/又はγ‐グルタミルシステインを添加し、反応生成物を検出することにより、触媒活性を決定することができる。反応基質を添加後に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドが存在しない場合に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非生産性微生物と決定することができる。本発明のエルゴチオネイン産生株では、反応基質を添加後に、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドが存在しない一方で、ヘルシニルシステインスルホキシドが検出される。
【0022】
さらに別の態様では、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非生産性微生物は、培養物中におけるヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドの含有量を測定することにより決定することができる。培養物中におけるヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドの含有量は、株式会社Anatechのサルファーインデックスの受託解析により決定することができる。ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシド非生産性微生物は、ヘルシニル-γ-グルタミル-システイン-スルホキシドを検出限界以下でしか含まないことが好ましいが、場合により50μg/ml以下、一例として5μg/ml以下であればよい。
【0023】
システイン及びヒスチジンは、ともにエルゴチオネイン合成のための原材料となることから、本発明にかかる微生物は、ヒスチジン又はシステインのいずれか、または両方の産生が向上された生産株であることが好ましい。さらに、別の態様では、ヒスチジン又はシステインのいずれか一方、又は両方を培地に添加することもできる。システインとヘルシニンを基質とするegtB様遺伝子を導入する観点から、システイン生産株を用いることが好ましい。システイン生産株とは、野生株または親株よりも多い量の目的のアミノ酸を生産し、蓄積することができる細菌を意味する。システイン生産株は、変異法や組換えDNA技術を利用して、目的のアミノ酸の生産能を有するように改変したものであってもよい。
【0024】
システイン生産株としては、野生株に比べてシステイン産生が高まっていれば任意の株であってよく、本技術分野に既知の任意の方法により製造することができる。例えば、栄養要求性変異株、アナログ耐性株又は代謝制御変異株の取得や、L-システインの生合成系酵素の発現が増強された組換え株の創製等、従来、コリネ型細菌又はエシェリヒア属細菌等の育種に採用されてきた方法を適用することができる(アミノ酸発酵、(株)学会出版センター、1986年5月30日初版発行、第77-100頁参照)。ここで、システイン生産菌の育種において、付与される栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質は、単独でもよく、2種又は3種以上であってもよい。また、発現が増強されるシステイン生合成系酵素も、単独であっても、2種又は3種以上であってもよい。さらに、栄養要求性、アナログ耐性、代謝制御変異等の性質の付与と、生合成系酵素の増強が組み合わされてもよい。
【0025】
システイン生産能を有する栄養要求性変異株、システインのアナログ耐性株、又は代謝制御変異株を取得するには、親株又は野生株を通常の変異処理、すなわちX線や紫外線の照射、またはN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)もしくはエチルメタンスルフォネート(EMS)等の変異剤処理などによって処理し、得られた変異株の中から、栄養要求性、アナログ耐性、又は代謝制御変異を示し、かつL-アミノ酸生産能を有するものを選択することによって得ることができる。
【0026】
システイン生産能を増強するような改変が行われた具体的な例としては、フィードバック阻害耐性のセリンアセチルトランスフェラーゼ(SAT)をコードする複数種のcysEアレルで形質転換された形質転換体(米国特許第6,218,168号)、細胞に毒性の物質を排出するのに適したタンパク質をコードする過剰発現遺伝子を有するE. coli W3110(米国特許第5,972,663号)、システインデスルフヒドラーゼ活性が低下したE. coli株(特開平11-155571号公報)、cysB遺伝子によりコードされるシステインレギュロンの正の転写制御因子の活性が上昇した形質転換体(WO01/27307)、セリンによるフィードバック阻害を受けないホスホグリセレートデヒドロゲナーゼをコードする変異型serA遺伝子の形質転換体などのエシェリヒア属に属する株が挙げられるが、これらに限定されない。また、トランスポーターであるydeD遺伝子を形質転換された形質転換体も挙げられる。さらに、システイン生産能を増強させるために、glpEタンパク質、yeeDタンパク質、pspEタンパク質、sseAタンパク質、yceAタンパク質、及びsirAタンパク質からなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質(以下、「チオ硫酸経路活性化タンパク質」と示すこともある)が過剰発現するように改変されてもよい。
【0027】
本発明の製造方法に使用する腸内細菌科に属する細菌は、O-アセチルセリンスルフヒドリラーゼBの活性が低下するように改変されていてもよい。このような改変株は、培地の炭素源がグルコースである場合と、グリセロールである場合で、システイン生産能が大きく異なる。したがって、培地の炭素源を変えることにより、簡便にシステイン生産能を調節することができる。
【0028】
O-アセチルセリンスルフヒドリラーゼBは、腸内細菌科に属する細菌において、システイン生合成経路の1つであるチオ硫酸経路中で働く酵素であり、O-アセチルセリンとチオ硫酸塩を基質としてS-スルホシステイン(システイン前駆体)を合成する活性を有する酵素である。この限りにおいて、O-アセチルセリンスルフヒドリラーゼBは特に限定されない。具体的には、例えば、大腸菌の場合は、大腸菌cys M遺伝子から発現するタンパク質が挙げられる。
【0029】
ヒスチジン生産株としては、ヒスチジンアンモニアリアーゼ活性を低下又は消失させるか、又はヒスチジンアンモニアリアーゼ遺伝子発現を低下又は消失させた微生物が挙げられる。
【0030】
システインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードするエルゴチオネイン合成遺伝子を遺伝子導入された微生物であって、ヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒するタンパク質をコードする遺伝子が含まれない微生物の取得方法としては、エルゴチオネイン合成遺伝子を有さない細菌に対し、egtB様遺伝子を遺伝子導入することにより得られてもよい。更なる別の態様では、かかる微生物の取得方法は、エルゴチオネイン合成遺伝子をもともと有する微生物において、egtB様遺伝子を遺伝子導入するとともに、egtC遺伝子をノックアウトすることが挙げられる。
【0031】
エルゴチオネイン合成遺伝子を有さない微生物に対し、egtB様遺伝子を遺伝子導入する際には、さらにegtD及びegtE遺伝子を同時に又は逐次遺伝子導入することが好ましい。egtD及びegtE遺伝子は、egtB様遺伝子の由来元の生物種と同一の生物種由来の遺伝子であってもよいし、異なる生物種由来の遺伝子であってもよい。一例として、Mycobacterium smegmatis由来のegtD及びegtE遺伝子を用いることができる。
【0032】
egtB様遺伝子がコードする酵素は、ヘルシニンとシステインから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する一方で、γ-グルタミルシステインとヘルシニンとからヘルシニル-γ-グルタミル-システインスルホキシドへの反応を触媒しない。大腸菌において、γ-グルタミルシステインは、グルタチオン産生の基質である。グルタチオンは、抗酸化物質であり、細胞における酸化ストレスの軽減に寄与する。一般に、発酵培養においては、遺伝子導入をされた細菌は、培養中に強いストレスに晒されることから、連続培養が困難となる。したがって、γ-グルタミルシステインを基質とする酵素であるegtBを用いずに、egtB様遺伝子を用いることによって、大腸菌内におけるγ-グルタミルシステインに対する競合が生じないため、酸化ストレスに対する抵抗性の点で好ましい。それによりγ-グルタミルシステインを基質とする酵素であるegtB遺伝子を導入した微生物に比較し、長期の連続培養を可能にしうる。
【0033】
本発明において使用される微生物は、任意の種類のものであってよく、一例として腸内細菌、放線菌、子嚢菌、担子菌など任意の微生物を使用することができる。腸内細菌としては、エシェリヒア属、エンテロバクター属、パントエア属、クレブシエラ属、セラチア属、エルビニア属、サルモネラ属、モルガネラ属などが挙げられてもよい。放線菌としては、ストレプトマイセス属、アクチイノマイセス属、マイコバクテリウム属、コリネバクテリウム属などの微生物が用いられてもよい。発酵生産量を高める観点で、腸内細菌として大腸菌(エシェリヒア・コリ(E.coli))を使用することが好ましい。酵母としては、サッカロマイシス属、シゾサッカロマイセス属、カンジダ属、アスペルギルス属、ペニシリウム属、ノイロスポラ属が挙げられてもよい。
【0034】
本発明において、遺伝子導入は、導入される微生物の種類に応じて、本技術分野において一般的に使用される任意の方法を用いて行われる。プロモーター配列の下流に、発現可能な様式でエルゴチオネイン合成遺伝子を組み込んだ発現ベクターを微生物に導入することで、遺伝子の導入が可能となる。
【0035】
培地は、炭素源、窒素源、硫黄源、無機イオン及び必要に応じその他の有機成分を含有する培地を用いることができる。使用する微生物の種類に応じて、本技術分野において一般的に用いられる任意に選択することができる。大腸菌を用いる場合、一例としてLB培地、M9培地、SM1培地などの培地を用いることができる。また、導入遺伝子の発現させるために、導入したプラスミドの種類に応じてIPTGなどの誘導物質が添加される。さらに本発明の好ましい態様では、ヒスチジン添加された培地を用いることが好ましい。ヒスチジン添加培地は、ヒスチジンを5mM以上、好ましくは120mM以上、さらに好ましくは240mM以上含み、毒性の観点から10M以下、好ましくは1M以下、さらに好ましくは0.5M以下含む。さらに本発明の好ましい態様では、メチオニンが添加されてもよい。メチオニン添加培地は、メチオニンを10mM以上、好ましくは350mM以上、さらに好ましくは700mM以上含み、毒性の観点から10M以下、好ましくは1M以下、さらに好ましくは0.5M以下含む。システイン産生が低い大腸菌を用いる場合、さらにシスチンを添加してもよく、シスチン添加培地は、シスチンを2.5mM以上、好ましくは60mM以上、さらに好ましくは120mM以上含み、毒性の観点から500mM以下、好ましくは250mM以下含む。
【0036】
培養条件や培養時間は、使用する培養装置や目的とするエルゴチオネイン産生量に応じて当業者が任意に選択することができる。一例として、好気的条件下で、数時間~数週間にわたり培養をおこなってもよい。培養温度は、菌株に応じて、適宜選択することができ、一例として25℃~40℃の間で選択することができる。大腸菌を培養する観点からは、37℃が好ましい。培養中pHは5~8に制御することが好ましい。
【0037】
本発明において、metJとは、大腸菌のメチオニンリプレッサー遺伝子を指す。metJは、S-アデノシルメチオニンとの組み合わせにより、メチオニンレギュロンの発現及びS-アデノシルメチオニン合成に関わる酵素の発現を抑制する。したがって、metJ遺伝子の欠損(ΔmetJ)により、メチオニンリプレッサーにより抑制されるメチオニンレギュロンの発現が亢進する。メチオニンリプレッサー遺伝子を欠損させることで、エルゴチオネイン生産を高めることができる。metJ遺伝子の欠損は任意の方法で行われてよいが、例えばBiochem. J. (2006) 396, 227-234の方法を用いて欠損させることができる。
【0038】
本発明のエルゴチオネイン製造方法は、微生物を培養する工程に加えて、さらに得られた培養物の上清及び/又は菌体から、通常の方法にしたがってエルゴチオネインを精製する工程を含んでもよい。
【0039】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0040】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例】
【0041】
系統樹解析
M. pseudosasicolaのegtBのアミノ酸配列をクエリーとして、KEGGデータベースで、代表的な生物種ゲノムにおいて、BlastPサーチ(代表的な生物種)を行い、相同性遺伝子配列群を取得した。これらの配列群をClustalXでマルチプルアラインメントを実施し、系統樹を作成(Dendroscope)した(
図1)。各遺伝子名は、KEGG gene ID (始めの三文字が生物種(KEGG organisms参照)を表す)。本発明にかかるMethylobacterium属が有するegtB様遺伝子は、エルゴチオネイン生合成経路を有することが既知であるMycobacterium smegmatisのegtB遺伝子及び新規のエルゴチオネイン生合成経路を有することが見いだされたMicrocystis aeruginosaのegtB遺伝子とは、系統樹解析において全く異なる群に属することが分かった。したがって、本発明のシステインとヘルシニンとから、ヘルシニルシステインスルホキシドへの反応を触媒する酵素をコードするエルゴチオネイン合成遺伝子とは、系統樹上でシアノバクテリアであるMicrocystis aeruginosaが属する系統とは異なる系統であり、かつ既知のエルゴチオネイン生合成経路を有するMycobacterium smegmatisが属する系統とも、異なる系統である。
【0042】
egtB様遺伝子のクローニング
NBRC(NITE Biological Resource Center)から分譲されたMethylobacterium pseudosasicola(NBRC番号:105203)、Methylobacterium brachiatum(NBRC番号:103629)、Methylobacterium radiotolerans(NBRC番号:15690)、Methylobacterium phyllostachyos(NBRC番号:105206)、及びMethylobacterium mesophilicum(NBRC番号:15688)からegtB様遺伝子をそれぞれ増幅し、J.Agric. Food Chem、2018、66, 1191-1196で用いられたpQE-1aにクローニングし、egtB様タンパク質発現プラスミド(pQE88egtB)を調製した。調製したpQE88egtBのプラスミドマップを
図2Aに示す。pQE88egtBのプラスミドに導入されたMethylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、及びMethylobacterium radiotolerans由来のegtB様遺伝子の配列情報、並びにMethylobacterium phyllostachyos、及びMethylobacterium mesophilicum由来のegtB様遺伝子の配列情報をそれぞれ
図2B及びC示す。
【0043】
egtB様遺伝子のアミノ酸配列及び核酸配列は下記の通りであった:
【表1】
【0044】
egtA~egtE遺伝子のクローニング
J.Agric. Food Chem、2018、66, 1191-1196で用いられたpCF1s-MsDに、同文献で使用したMycobacterium smegmatis(JCM6386)のegtE遺伝子を導入し、pCtac-MS-egtD-hisMS-egtEプラスミドを調製した。調製したpCtac-MS-egtD-hisMS-egtEのプラスミドマップを
図3Aに示す。pCtac-MS-egtD-hisMS-egtEのプラスミドに導入されたegtD及びegtEの配列を、
図3Bに示す。
【0045】
また、対照として、Mycobacterium smegmatisから、egtABCDE遺伝子を増幅し、pCF1sプラスミドに組み込み、pCtac-MS-egtABCDEプラスミドを調製した。
【0046】
JpDESプラスミド調製
pDESプラスミドは、pACYC184プラスミド(株ニッポンジーン)に、410番目のアミノ酸(トレオニン)が終始コドンに変換されるように変異したserA遺伝子、ydeD遺伝子、及び167番目のアミノ酸(トレオニン)がアラニンに変換されるように変異したcysE遺伝子が、OmpAプロモーターの制御下に挿入された構造を有する。変異型serA遺伝子及び変異型cysEにより、フィードバック阻害が軽減され、ydeD遺伝子によりシステインの細胞外への排出が促進される。したがって、pDESプラスミドを大腸菌に導入することにより、システイン高生産株を得ることができる。調製したpDESのプラスミドマップを
図4Aに示す。pDESに導入されている、serA遺伝子及びydeD遺伝子の配列情報、並びにcysE遺伝子の配列情報を
図4B及びCに示す。
【0047】
エルゴチオネイン産生株の製造
pQEegtBプラスミドとしては、Methylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium radiotolerans、Methylobacterium phyllostachyos、及びMethylobacterium mesophilicumに由来するegtB様遺伝子がそれぞれ導入されたプラスミドを用い、さらにpCtac-MS-egtD-hisMS-egtEプラスミド、及びpDESプラスミドをそれぞれΔmetJ大腸菌に導入し、エルゴチオネイン産生株を製造した。ΔmetJ大腸菌は、野生株BW25113株において、ファーストクロスオーバー法を用いてmetJ遺伝子欠損させることで作成した。さらに対照として、MS-egtABCDE-pDESプラスミド及びpDESプラスミドを導入したエルゴチオネイン産生対照株を製造した。
【0048】
エルゴチオネインの製造
3%グルコースを添加したSM1培地(CaCO
3添加:下記表参照)中で、エルゴチオネイン産生株を24時間培養し、前培養液を得た。前培養液をOD562=0.1となるように、同SM1培地に添加し、30℃、200rpmで本培養を開始した。6時間の培養後、0.1mMのIPTGを誘導物質として添加し、また基質として10mMチオ硫酸ナトリウム、5mMヒスチジン、6mMメチオニンを添加し、さらに培養を行った。培養後、96時間、120時間、144時間、168時間及び192時間で、培養物を取得し、培養物中に含まれるエルゴチオネインの測定を下記の通り行った。
【表2】
【0049】
エルゴチオネインの量の測定
培養物中のエルゴチオネインの量を、受託分析(Anatech社)に供し測定した。Methylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium radiotolerans、Methylobacterium phyllostachyos、及びMethylobacterium mesophilicumに由来するegtBが導入されたエルゴチオネイン産生株と、Mycobacterium smegmatis由来のegtABCDEが導入されたエルゴチオネイン産生対照株との産生量を比較した図を
図5に示した。対照株では、144時間以降の培養にて増殖がみられなかった。そこで、対照株については144時間でのエルゴチオネインの産生量と、エルゴチオネイン産生株の192時間での産生量を比較した。
【表3】
【0050】
培養物の触媒活性の測定
Methylobacterium pseudosasicola、Methylobacterium brachiatum、Methylobacterium radiotolerans、Methylobacterium phyllostachyos、及びMethylobacterium mesophilicumに由来するegtBが導入されたエルゴチオネイン産生株と、ネガティブコントロールとして大量発現遺伝子を導入されていない大腸菌株の培養物について遠心により、細胞を収集した。収集した細胞に対してソニケーション処理を行い、細胞破砕上清を得た。下記の表に記載の触媒反応測定液を細胞破砕上清(1mg(protein)/ml)に混合し、30℃で2時間インキュベートした。反応基質種として、システイン又はγ-グルタミルシステインとを含む反応液の生成物種をLC-ESI-MSで解析した。結果を
図6に示す。
【表4】
【配列表】