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特許7186433細胞の生死判別方法及び細胞の生死判別用キット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-01
(45)【発行日】2022-12-09
(54)【発明の名称】細胞の生死判別方法及び細胞の生死判別用キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20221202BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20221202BHJP
   C12N 1/00 20060101ALN20221202BHJP
【FI】
G01N33/48 M
G01N33/48 P
C12Q1/04
C12N1/00 T
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018241789
(22)【出願日】2018-12-25
(65)【公開番号】P2020101514
(43)【公開日】2020-07-02
【審査請求日】2021-12-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【弁理士】
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】徳永 英司
(72)【発明者】
【氏名】山下 恭平
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-182425(JP,A)
【文献】特開2011-092104(JP,A)
【文献】特開2006-06802(JP,A)
【文献】特開2008-022776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
C12Q 1/04
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
死細胞を染色する染色剤を細胞に接触させる工程と、
前記細胞の染色の有無により細胞の生死を判別する工程と、を含み、
前記染色剤が紅麹色素及びアントシアニン系色素から選ばれる少なくとも1種の色素を含む、細胞の生死判別方法。
【請求項2】
前記アントシアニン系色素が紫芋色素である請求項1に記載の細胞の生死判別方法。
【請求項3】
請求項1に記載の細胞の生死判別方法に用いられる細胞の生死判別用キットであって、
死細胞を染色する染色剤を含み、
前記染色剤が紅麹色素及びアントシアニン系色素から選ばれる少なくとも1種の色素を含む、細胞の生死判別用キット。
【請求項4】
前記アントシアニン系色素が紫芋色素である請求項3に記載の細胞の生死判別用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の生死判別方法及び細胞の生死判別用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の生死判別は、医療、化粧品、食品、工業等の様々な産業分野における基礎研究、衛生管理、品質管理等で重要な役割を担っており、その需要は多岐に亘る。細胞の生死判別方法として、例えば、非特許文献1には、死細胞を選択的に染色するトリパンブルー等の色素を用いて細胞の生死を簡便に判別する方法が記載されている。特にトリパンブルーは、生細胞には取り込まれず、死細胞を短時間で染色する色素として細胞の生死判別に広く利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】A.Bonora and D.Mares,Current Microbiology,1982,7,pp.217-221
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、トリパンブルーは潜在的な催奇形性作用、孔形成による細胞膜の透過性増加の誘発等の細胞に対する毒性を有する。このため、細胞に対する毒性がなく安全に使用できる染色剤が望まれている。また、トリパンブルーを用いて細胞を染色すると、その毒性によって時間の経過とともに死細胞数が増加するため、同一の検体を長時間継続してモニタリングすることができない。このため、例えば、細胞に対する薬剤の作用の推移等を確認する場合、予め所望の経過時間に対応する複数のサンプルを用意する必要があり、手間とコストがかかる。
【0005】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、安全性の高い染色剤を用いて簡便に評価できるとともに、同一の検体を長期間継続して評価できる細胞の生死判別方法及び細胞の生死判別用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための具体的な手段には、以下の実施態様が含まれる。
<1>死細胞を染色する染色剤を細胞に接触させる工程と、前記細胞の染色の有無により細胞の生死を判別する工程と、を含み、前記染色剤が紅麹色素及びアントシアニン系色素から選ばれる少なくとも1種の色素を含む、細胞の生死判別方法。
【0007】
<2>前記アントシアニン系色素が紫芋色素である<1>に記載の細胞の生死判別方法。
【0008】
<3><1>に記載の細胞の生死判別方法に用いられる細胞の生死判別用キットであって、死細胞を染色する染色剤を含み、前記染色剤が紅麹色素及びアントシアニン系色素から選ばれる少なくとも1種の色素を含む、細胞の生死判別用キット。
【0009】
<4>前記アントシアニン系色素が紫芋色素である<3>に記載の細胞の生死判別用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、安全性の高い染色剤を用いて簡便に評価できるとともに、同一の検体を長期間継続して評価できる細胞の生死判別方法及び細胞の生死判別用キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施例1のユーグレナ・グラシリスの細胞の吸収スペクトル及び顕微鏡画像を示す図である。
図2】実施例1の紅麹色素を含む培地中のユーグレナ・グラシリスの細胞の吸収スペクトル及び顕微鏡画像を示す図である。
図3】実施例1の紫芋色素を含む培地中のユーグレナ・グラシリスの細胞の吸収スペクトル及び顕微鏡画像を示す図である。
図4】実施例2の紅麹色素又は紫芋色素を含む培地中のユーグレナ・グラシリスの細胞の顕微鏡画像を示す図である。
図5】実施例3の紅麹色素又は紫芋色素を含む液中の複数種の植物細胞、組織片の混合物の顕微鏡画像を示す図である。
図6】実施例4の紅麹色素又は紫芋色素を含む液中のゾウリムシの細胞の顕微鏡画像を示す図である。
図7】実施例5の紅麹色素又は紫芋色素を含む培地中におけるユーグレナ・グラシリスの生育曲線を示す図である。
図8】実施例5のトリパンブルー又はメチレンブルーを含む培地中におけるユーグレナ・グラシリスの生育曲線を示す図である。
図9】実施例7の紅麹色素及び紫芋色素の混合培地中におけるユーグレナ・グラシリスの染色細胞の割合の推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
<細胞の生死判別方法>
本実施形態に係る細胞の生死判別方法は、死細胞を染色する染色剤を細胞に接触させる工程(以下、「接触工程」という)と、上記細胞の染色の有無により細胞の生死を判別する工程(以下、「生死判別工程」という)と、を含む。
【0014】
(接触工程)
まず、接触工程では、生死判別の対象となる細胞と死細胞を染色する染色剤とを接触させる。
【0015】
生死判別の対象となる細胞の種類は特に制限されず、例えば、原核細胞であっても真核細胞であってもよい。また、真核細胞である場合は、動物、植物、原生生物、菌類の細胞であってもよい。
【0016】
死細胞を染色する染色剤としては、紅麹色素、アントシアニン系色素が挙げられる。染色剤として、紅麹色素のみを用いても、アントシアニン系色素のみを用いても、両方の色素を用いてもよい。
【0017】
紅麹色素は、ベニコウジカビから得ることができる色素であり、例えば、アンカフラビン、モナスコルブリン、モナスシン、ルブロパンクタチン、モナスコルブラミン、ルブロパンクタミン、ルブロパンクタリジン、キサトンモナシン等から選ばれる1種類又は2種類以上を含む。紅麹色素は、ベニコウジカビから抽出したものであっても、化学合成により得られるものであってもよい。紅麹色素の色調は赤色から紫色であることが好ましい。
【0018】
ベニコウジカビは、子のう菌類ベニコウジカビであってモナスカス属に属するものであれば特に制限されず、例えばモナスカス・ピロサス(Monasucus pilosus)、モナスカス・ピュープレウス(Monascus purpureus)、モナスカス・アンカ(Monascus anka)等が挙げられる。
【0019】
アントシアニン系色素の種類は特に制限されず、例えば、紫芋色素、赤シソ色素、赤キャベツ色素、赤大根色素、クランベリー色素、ブドウ色素、クワ色素、ボイセンベリー色素、ハスカップ色素、ブルーベリー色素、プルーン色素、ビルベリー色素、アサイー色素、イチゴ色素、ラズベリー色素、ナス色素、リンゴ色素、スグリ色素、ブラックベリー色素、黒米色素、黒胡麻色素、黒豆色素、ダイショ色素、アナスタシアグラック色素、ツバキ色素、小豆色素、赤タマネギ色素、等が挙げられる。この中では特に紫芋色素と赤キャベツ色素が好ましい。
【0020】
紫芋色素は、ヒルガオ科サツマイモ属(Convolvulaceace Ipomoea)の紫色の塊根から得ることができる色素であり、例えば、シアニジンアシルグルコシド類、ペオニジンアシルグルコシド等を含む。紫芋色素は、ヒルガオ科サツマイモ属の紫色の塊根から抽出したものであっても、化学合成により得られるものであってもよい。
【0021】
細胞と染色剤とを接触させる方法は特に制限されず、例えば、細胞を含む培地又は液に染色剤を添加する方法等が挙げられる。
【0022】
上記培地又は液中の染色剤の濃度は特に制限されないが、例えば、2~15mg/mLであることが好ましい。染色剤の濃度が2mg/mL以上であれば、濃度に反比例して短時間で死細胞を染色し、染色した状態をより長時間持続できる。特に紅麹色素の場合、9~15mg/mLであることがより好ましく、15mg/mLであることがさらに好ましい。紅麹色素の濃度が20~80mg/mLである場合、顕著な死細胞の増加は見られず、色素の退色もほぼ見られないため、より長期にわたる生死判定が可能である。ただし、上記の濃度では遊泳する細胞がほぼ見られなくなる。
【0023】
培地又は液には、染色剤以外に添加剤を加えてもよい。添加剤としては、例えばグルコース等が挙げられる。グルコースの濃度は特に制限されないが、例えば、5~40g/Lであることが好ましく、10~40g/Lであることがより好ましい。
【0024】
細胞と染色剤との接触時間は特に制限されないが、例えば、紅麹色素の場合は2分間以上であることが好ましく、3分間以上であることがより好ましく、10分間以上であることがさらに好ましい。紫芋色素の場合は2分間以上であることが好ましく、1時間以上であることがより好ましく、3時間以上であることがさらに好ましく、5時間以上であることが特に好ましい。
【0025】
(生死判別工程)
生死判別工程では、後述する評価方法により、細胞の染色の有無を評価し、染色した細胞を死細胞として判別する。
【0026】
細胞の染色を評価する方法は、細胞の染色状態を確認できる方法であれば特に制限されず、例えば、顕微鏡を通して細胞の色調を目視確認する方法、細胞の吸収スペクトルを測定する方法等が挙げられる。より簡便に評価するという観点から、顕微鏡を通して細胞の色調を目視確認する方法が好ましい。この際、観察倍率は40倍(×4対物レンズ、開口数0.1)以上であることが好ましく、100倍(×10対物レンズ、開口数0.25)以上であることがより好ましい。なお、非染色細胞の生死判定の観察倍率は400倍(×40対物レンズ、開口数0.65)以上であることが望ましい。
【0027】
そして、細胞染色の評価結果に基づき、細胞固有の色調を維持した細胞を生細胞、染色剤によって染色された細胞を死細胞として判別する。
【0028】
ここで、本実施形態の細胞の生死判別方法では、トリパンブルーを用いた色素排除法のように、特定の色素に対する生細胞と死細胞の膜透過性の違いを利用している。具体的には、本実施形態で用いられる染色剤は、生細胞では細胞膜により細胞内に取り込まれないか、又は、取り込まれても排出される。一方、死細胞では細胞膜が破損しているため、細胞内に取り込まれ、タンパク質等の特定の物質と結合することにより、細胞内に上記色素が蓄積され強く染色する。
【0029】
そして、本実施形態の染色剤は、トリパンブルーと異なり食用色素であるため、安全性が高く、細胞毒性等を有さない。このため、より安全に細胞の生死判別を行うことができる。また、染色剤に起因し死細胞が増加しないため、例えば抗癌剤等のような薬剤の細胞に対する効果等を同一検体で長期間継続してモニタリングすることもできる。これにより、薬剤の経時的な効果を確認するために予め所望の経過時間に対応した複数のサンプルを準備する手間を省くことができる。また、同一のサンプルを評価するのでサンプル間の測定データのバラツキも生じない。つまり、正確かつ簡便に細胞に対する薬剤の作用の推移を確認することができる。
【0030】
<細胞の生死判別用キット>
本実施形態に係る細胞の生死判別用キットは、上述した細胞の生死判別法に用いるものであり、死細胞を染色する染色剤を含む。
【0031】
細胞の生死判別用キットに含まれる染色剤としては、上述した紅麹色素又はアントシアニン系色素が挙げられる。アントシアニン系色素の中では、特に紫芋色素、赤キャベツ色素が好ましい。
【0032】
生死判別用キットは、染色剤以外に添加剤を含んでもよい。添加剤としては、例えばグルコース等が挙げられる。
【0033】
本実施形態に係る細胞の生死判別用キットを用いれば、細胞の生死判別を簡便、かつ、安全に実施することができる。
【実施例
【0034】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
<実施例1:紅麹色素及びアントシアニン系色素によるユーグレナ・グラシリスの細胞の吸光度の評価>
実施例1では、紅麹色素及びアントシアニン系色素によるユーグレナ・グラシリスの細胞に対する染色の有無を細胞の吸収スペクトルを測定することにより確認した。
まず、野生型ユーグレナ・グラシリス(E.gracilis)のZ株(株式会社ユーグレナ)を、好気性が維持され、26℃、40μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明の環境下で、pH3.5のCramer-Myers培地(以下、「CM培地」という)で40日間、静置培養した。次いで、該静置培養された細胞の細胞懸濁液を1mLずつマイクロチューブに分注した。上記細胞懸濁液のみが含まれる試料をサンプルAとした。1mLの上記細胞懸濁液を含むマイクロチューブに最終濃度が10mg/mLとなるよう紅麹色素(以下、「MP」という)(株式会社私の台所)の粉末を添加し、ピペット操作により完全に混合したものをサンプルBとした。1mLの上記細胞懸濁液を含むマイクロチューブに最終濃度が10mg/mLとなるようにアントシアニン系色素(以下、「AP」という)(株式会社私の台所)の粉末を添加し、ピペット操作により完全に混合したものをサンプルCとした。MPはベニコウジカビから抽出された色素、APは紫芋から抽出された色素である。そして、サンプルA~Cを26℃、100μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、マイクロチューブの蓋を開けた状態で2日間静置した。
【0036】
サンプルB及びCの対照サンプルとして、細胞懸濁液が含まれない以下のサンプルを調製した。
サンプルB1:精製水(工業用精製水、サンエイ化学株式会社)に最終濃度が10mg/mLとなるようにMPを添加して調製した。
サンプルB2:CM培地に最終濃度が10mg/mLとなるようにMPを添加して調製した。
サンプルC1:精製水に最終濃度が10mg/mLとなるようにAPを添加して調製した。
サンプルC2:CM培地に最終濃度が10mg/mLとなるようにAPを添加して調製した。
【0037】
次いで、各サンプル中の懸濁液又は溶液の吸光度と、単一細胞の吸光度とを、既報の無走査型単一細胞吸収分光イメージングA(x,y,λ)法を用いて以下のように測定した(T.Isono et al.,PLOS ONE 10:e0128002)。
無走査型単一細胞吸収分光イメージングA(x,y,λ)法は、光源に白色光ランプを用いて、生きた細胞内の吸収スペクトル分布A(x,y,λ)を瞬時にイメージングすることができる技術である。具体的には、2次元画像(60μmピッチ、16×16(0.96×0.96mm))を一次元のスリット画像(60μmピッチ、1×256)に変換するバンドルファイバアレイにより、細胞吸収分光イメージを一度に2次元CCD検出器にマッピングすることができる。また、収差なしに長い縦幅で結像できる分光器と大きな面積のCCDにより、吸収スペクトルA(x,y,λ)を瞬時に測定することが可能である。本実施例で用いた分光器(IsoPlaneSCT-Advance、Roper Scientific社)は27×27mmの広い結像範囲のものであり、CCDカメラ(PIXIS2048BUV、Roper Scientific社)はピクセルサイズが13.5μm、ピクセル数が2048×2048のものである。これにより、16×16×2048のデータキューブが空間走査も波長走査もなしで瞬時に取得できる。この無走査型単一細胞吸収分光イメージングA(x,y,λ)法により、以下の測定手順で吸光度を測定した。
まず、サンプルA~Cを精製水で10倍に希釈した。次いで、10倍希釈したサンプルA~Cと、対照サンプルB1、B2、C1、C2とをガラスボトムディッシュに移し、倒立顕微鏡(IX71、オリンパス株式会社)を用いて、開口数0.85、倍率100倍の対物レンズで観察した。光源である150Wのキセノンランプ(浜松ホトニクス株式会社)により、サンプルの直径2mmの範囲を露光した。サンプルに対する光量子束密度は、0.5秒間の露光で2200μmol/m/secであった。分光計は1200、300、及び150溝/300nmブレーズの3つの格子に自動的に切り換わる。本実施例では、546nmで1.1nmの波長分解能(ファイバのコアサイズによって決定したスリット幅50μm)と390~790nmの波長スパンを持つ150溝の格子を使用した。測定は室温で実施した。また、吸光度の算出方法としては、サンプルA~Cの場合、各単一細胞の局所的部位の吸光度を吸収イメージより抽出し、各溶液中の細胞が存在しない領域における吸光度を差し引くことにより単一細胞の吸光度を算出した。ここでいう局所的部位とは、生細胞では葉緑体部位、サンプルAの死細胞では特徴的なスペクトルが得られる部位、サンプルB、Cの死細胞では染色部位である。細胞懸濁液を含まない色素溶液サンプルB1、B2、C1、C2の場合、溶液と精製水における吸収イメージ全測定領域から抽出した吸光度の平均をそれぞれ求め、精製水をバックグランドとして差し引いて、色素の吸光度を算出した。サンプルA中の生細胞と死細胞の吸収スペクトルを図1、サンプルB中の生細胞と死細胞、サンプルB1、及びサンプルB2の吸収スペクトルを図2、サンプルC中の生細胞と死細胞、サンプルC1、及びサンプルC2の吸収スペクトルを図3に示す。なお、図1~3に示された細胞の画像は、吸光度を測定した生細胞又は死細胞の倍率1000倍の画像である。
【0038】
図1に示すように、生細胞の吸収スペクトルは441nm及び675nmにクロロフィルa(以下「Chl-a」という)に起因する2つのピークを有する葉緑体の吸収スペクトルが優位に表れる。また、490nmにカロテノイドに起因するピークを有する。これに対して、細胞の含有物の大半が失われている死細胞2のスペクトルでは、Chl-aのような色素に由来する特徴的な構成が確認できなかった。死細胞1及び死細胞3のスペクトルでは、Chl-aの特徴が示された形状が確認できるが、生細胞の441nmと675nmに対応するピークは幅が広がっており、カロテノイドのピークは確認できなかった。
【0039】
図2に示すように、細胞懸濁液を含まないサンプルB1及びB2のスペクトルは、400nm~500nmの波長領域に2つのピークを有するという特徴がある。溶媒が精製水であるサンプルB1の場合、ピーク波長は422nmと499nmであり、溶媒がCM培地であるサンプルB2の場合、ピーク波長は426nmと505nmである。溶媒がCM培地の場合のピークは、溶媒が精製水の場合に比べて長波長側にシフトすることが確認できる。サンプルBの生細胞の吸収スペクトルは、436nm及び673nmに2つのピークと、491nmにカロテノイドのピークを有し、サンプルAの生細胞の吸収スペクトルと略同じ形状を示している。このことから、サンプルBの生細胞はMPによって染色されず、細胞本来の色調を維持していることが確認できた。一方、サンプルBの死細胞のスペクトルは、葉緑体の色を打ち消すように490~600nmの波長領域において短波長側に向かって吸光度が高くなる特徴がある。このように、サンプルBの死細胞のスペクトルには、MPのスペクトルの特徴的な形状が表れた。このことから、死細胞がMPで染色されていることが確認できた。
【0040】
図3に示すように、細胞懸濁液を含まないサンプルC1及びC2のスペクトルは、529nmに吸収極大を有するという特徴がある。サンプルCの生細胞の吸収スペクトルは、433nm及び674nmに2つのピークと、489nmにカロテノイドのピークを有し、サンプルAの生細胞の吸収スペクトルと略同じ形状を示している。このことから、サンプルCの生細胞はAPによって染色せず、細胞本来のスペクトルを維持していることが確認できる。一方、サンプルCの死細胞のスペクトルは、葉緑体の色を打ち消すように540~645nmの波長領域において短波長側に向かって吸光度が高くなる特徴がある。このように、サンプルCの死細胞のスペクトルには、APのスペクトルの特徴的な形状が表れた。これにより、死細胞がAPで染色されていることが確認できた。
【0041】
<実施例2:紅麹色素及びアントシアニン系色素を用いたユーグレナ・グラシリスの細胞の生死判別>
実施例2では、染色剤としてMP又はAPを用いてユーグレナ・グラシリスの細胞を顕微鏡観察することにより、細胞の生死を判別した。
ユーグレナ・グラシリスのZ株を、好気性を維持し、26℃、40μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、pH3.5のCM培地で7日間、静置培養した。該静置培養された細胞の細胞懸濁液を用いて、以下のサンプルを調製した。
サンプルD:1mLの細胞懸濁液を含むマイクロチューブに、最終濃度が10mg/mLになるようにMPを添加し調製した。
サンプルE:1mLの細胞懸濁液を含むマイクロチューブに、最終濃度が10mg/mLとなるようにAPを添加し、最終濃度が12g/Lとなるようにグルコースを添加し調製した。
サンプルD、Eは、26℃、100μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、マイクロチューブの蓋を開けた状態で3日間静置された。そして、各サンプルを、必要に応じて精製水で希釈して、バクテリア計算盤(型式A-161、サンリード硝子有限会社)を用い、明視野顕微鏡(デジタル生物顕微鏡GR-D8T2、株式会社松電舎)で観察した。図4の(A)がサンプルD、(B)がサンプルEを倍率400倍(×40対物レンズ、開口数0.65、株式会社松電舎)で明視野観察した顕微鏡画像である。
【0042】
図4に示すとおり、ユーグレナ・グラシリスの生細胞は緑色であるのに対して、死細胞はMP及びAPにより赤色に染色された。これは、MP及びAPが、緑色の有色細胞であるユーグレナ・グラシリスの下地の色を打ち消すほど、明瞭に死細胞を染色することを示している。また、MPによって染色された死細胞は、3日間は顕著な退色を示さず6日間は識別可能な染色を示した。一方、APによって染色された死細胞は6日間以上退色しなかった。
【0043】
<実施例3:紅麹色素及びアントシアニン系色素による乾燥したユーグレナ・グラシリスを含む植物細胞、組織片の混合物に対する染色の確認>
実施例3では、主にユーグレナ・グラシリス、麦若葉、明日葉、クロレラの乾燥粉末を含む混合粉末(ユーグレナファーム緑汁、株式会社ユーグレナ)に対するMP及びAPの染色の有無を確認した。
MP及びAPは、精製水に溶解させ、それぞれ最終濃度が10mg/mLになるように調製した。上記混合粉末を上記MP水溶液及びAP水溶液に添加して懸濁させ、MPを含む懸濁液をサンプルFとし、APを含む懸濁液をサンプルGとした。各サンプルは、明視野顕微鏡(GR-D8T2、株式会社松電舎)を用いて観察された。図5の(A)がサンプルF、(B)がサンプルGを倍率400倍(×40対物レンズ、開口数0.65、株式会社松電舎)で明視野観察した顕微鏡画像である。
【0044】
図5に示すように、MPを含むサンプルFでは、ユーグレナ・グラシリス等の死細胞は染色したが、繊維片は染色しなかった。一方、APを含むサンプルGでは、植物細胞だけでなく繊維片も強く染色した。これは、APが細胞内のタンパク質等以外にセルロース、ペクチン等の多糖類も染色するためであると考えられる。
【0045】
<実施例4:紅麹色素及びアントシアニン系色素によるゾウリムシの死細胞の染色の確認>
実施例4では、MP及びAPによるゾウリムシの死細胞の染色の有無を確認した。
まず、明視野顕微鏡(GR-D8T2、株式会社松電舎)を用いてゾウリムシの細胞を観察した。次いで、ゾウリムシが含まれた液に、MP又はAPを添加してMP濃度又はAP濃度が10mg/mLとなる液を調製した。ゾウリムシの培養液は0.05%(W/W)栄養剤(強力わかもと、わかもと製薬株式会社)を用いた。MPを含む液をサンプルH、APを含む液をサンプルIとした。次いで、サンプルH及びIを、各々マイクロチューブに0.5mL滴下し、電子レンジ(MM820S-N5、角田無線電機株式会社)で20秒間加熱処理した。3分後、明視野顕微鏡を用いてゾウリムシの細胞を観察した。図6は、倍率400倍(×40対物レンズ、NA 0.65、株式会社松電舎)で明視野観察した色素添加前のゾウリムシの細胞と加熱処理後のサンプルH及びI中のゾウリムシの細胞との顕微鏡画像である。図6の(A)が色素添加前のゾウリムシの細胞、(B)がサンプルH中のゾウリムシの細胞、(C)がサンプルI中のゾウリムシの細胞の顕微鏡画像である。
【0046】
図6に示すように、ゾウリムシの生細胞は無色であった。一方、電子レンジによる加熱処理後のゾウリムシの細胞は、MP及びAPによって細胞内部が均一かつ明瞭に染色した。この結果から、MP及びAPは、ゾウリムシの死細胞を染色することがわかった。
【0047】
<実施例5:天然色素又は合成色素を含有した培地中におけるユーグレナ・グラシリスの生育の確認>
実施例5では、天然色素であるMP若しくはAP又は合成色素であるトリパンブルー(以下、「TB」という)(東京化成工業株式会社)若しくはメチレンブルー(以下、「MB」という)(国産化学株式会社)を含有した培地中におけるユーグレナ・グラシリスの生育を確認した。
まず、ユーグレナ・グラシリスのZ株を、好気性を維持し、21℃、40μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、pH3.5のCM培地で5日間、静置培養した。この際の細胞密度は5.6×10cell/mLであった。該静置培養された細胞の細胞懸濁液を用いて、以下の表1に記載の組成に従いサンプルを調製した。サンプルの容器として、マイクロチューブを用いた。
【0048】
【表1】
1)メチレンブルーをCM培地で希釈して1%(W/W)溶液とした。
【0049】
次いで、各サンプルを、21℃、100μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、マイクロチューブの蓋を開けた状態で3日間静置した。このとき、1日に1回、バクテリア計算盤(型式A-161、サンリード硝子有限会社)及び明視野顕微鏡(GR-D8T2、株式会社松電舎)を用いて倍率100倍(×10対物レンズ、開口数0.25、株式会社松電舎)又は400倍(×40対物レンズ、開口数0.65、株式会社松電舎)で、各サンプルの細胞の様子を観察した。そして、プランクトン計数板(MPC-200、松浪硝子工業株式会社)を用いて各サンプル中の細胞を計数し、細胞密度(cell/mL)を得た。この際、塩化ベンザルコニウム10%(W/V)溶液(日本製薬株式会社)を精製水で50倍希釈した溶液で適度に各サンプルを希釈し、同時にユーグレナ・グラシリス細胞を固定した。結果を図7及び図8に示す。
【0050】
図8に示すように、20時間経過後におけるMB及びTBを含むサンプル中の細胞密度は、グルコースの有無に関わらず、CM培地よりも低くなる。この結果から、MB及びTBは、ユーグレナ・グラシリス細胞の生育を阻害することが分かった。
これに対して、図7に示すように、70時間経過時におけるMP及びAPを含むサンプルでの細胞密度は、グルコースが存在しない場合、色素を含まないサンプルCMよりも高いことが確認された。また、グルコースが存在する場合、MPを含むサンプルの細胞密度は、色素を含まないサンプルCMよりも高く、APを含むサンプルでの細胞密度は、色素を含まないサンプルCMと略同等であることが確認された。この結果から、MP又はAPが添加されたCMでは、MB又はTBのように、ユーグレナ・グラシリス細胞の成長を阻害しないことが分かった。
【0051】
<実施例6:天然色素又は合成色素によるユーグレナ・グラシリスの染色時間の確認>
実施例6では、天然色素であるMP若しくはAP又は合成色素であるTB若しくはMBによるユーグレナ・グラシリスの死細胞の染色時間を確認した。
上述した実施例5と同様の手順で、表1に記載のサンプルを調製した。塩化ベンザルコニウム溶液10%(W/V)をサンプルで50倍希釈して殺藻処理を行い、死細胞の染色を確認した。この際、表1に記載のサンプルの調製及び各サンプルへの塩化ベンザルコニウムの添加は、ほぼ同時に行われ、各サンプルと塩化ベンザルコニウムの混合時からの経過時間を計った。
この結果、塩化ベンザルコニウムの添加から2分以内にMP、AP、MBを含むサンプルでは、全ての死細胞が明瞭に染色された。ただし、TBは顕著な染色が見られず、溶液全体にTBの凝集塊が出現した。6分経過後もTBを含むサンプル中にごく稀に生細胞が存在することから、塩化ベンザルコニウムがTBと反応して毒性を示さなくなったものと考えられる。
なお、実施例6の試験を1mLの細胞懸濁液に0.1mgのTBを添加し調製したサンプルに対して行った場合、すべての細胞が2分以内に染色されたが、ユーグレナ生細胞の葉緑体の色に近い色のため、添加前に比べて若干青みを増す程度の染色であった。
【0052】
<実施例7:紅麹色素及び紫芋色素の混合培地中におけるユーグレナ・グラシリスの染色の確認>
実施例7では、MP及びAPの混合色素を含む培地中でユーグレナ・グラシリスを培養した場合の細胞染色の推移を確認した。
ユーグレナ・グラシリスのZ株を、好気性を維持し、21℃、40μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、pH3.5のCM培地で6日間、静置培養した。該静置培養された細胞の細胞懸濁液を用いて、以下の表2に記載の組成に従いサンプルを調製した。サンプルの容器として、マイクロチューブを用いた。
【0053】
【表2】
【0054】
次いで、各サンプルを、21℃、100μmol/m/secの白色蛍光灯による連続照明下で、マイクロチューブの蓋を開けた状態で3日間静置培養した。このとき、1日に1回、バクテリア計算盤(型式A-161、サンリード硝子有限会社)及び明視野顕微鏡(GR-D8T2、株式会社松電舎)を用いて倍率100倍(×10対物レンズ、開口数0.25、株式会社松電舎)又は400倍(×40対物レンズ、開口数0.65、株式会社松電舎)で、各サンプルの細胞の様子を観察した。
【0055】
図9は、各サンプルの細胞培養時からの各サンプル中の全細胞に対する染色細胞の割合の推移を示すグラフである。染色細胞の割合は、生細胞及び死細胞を合わせた全細胞数に対する死細胞の割合を示している。
図9に示すように、培養開始から65時間以内では、全てのサンプルにおいて、染色された死細胞は1割以下であることが確認された。また、死細胞の明瞭かつ安定した染色が、色素混合直後から測定期間全般にわたり確認された。
サンプルJ~L以外にも、MP又はAPをそれぞれ単独で10mg/mL含むサンプルを調製し、本実施例と同様の試験を行った。このとき、MPを含むサンプルでは、死細胞が約10分間で染色され、3日経過後に染色した死細胞の退色が確認された。APを含むサンプルでは、死細胞が約1時間で染色され、6日経過時であっても死細胞の退色が確認されなかった。
これに対して、MP及びAPの混合色素を含むサンプルJ~Lでは、色素混合直後から死細胞を染色し、かつ、培養開始から5日経過後においても、顕微鏡で容易に目視判別可能な染色状態を維持していた。この結果から、短期間で染色可能であるがAPに比べて退色しやすいというMPの性質と、染色に時間がかかるがMPに比べて退色しにくいというAPの性質とが相補的に作用していると考えられる。
【0056】
上述した実施例の他、MPを用いてヒト乳癌細胞の染色の有無を顕微鏡観察により確認した。具体的には、ヒト乳癌細胞であるMCF7が存在する培地に、シスプラチン(最終濃度20μmol/L)及びMP(最終濃度10mg/mL)を添加したサンプルと、MP(最終濃度10mg/mL)のみを添加したサンプルとを調製した。12時間後に各サンプルの培地をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に交換し透明培地とした後、明視野顕微鏡を用いて観察した。なお、事前にトリパンブルーを用いた染色により、20μmol/Lのシスプラチンで12時間処理することでMCF7の細胞死が誘導されることを確認した。シスプラチンを含むサンプル中のMCF7の一部が染色し、シスプラチンを含まないサンプル中のMCF7は殆ど染色しなかった。この結果から、MPはMCF7の生細胞は染色しないが、死細胞は染色すると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9