(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-02
(45)【発行日】2022-12-12
(54)【発明の名称】電解液の給排液方法
(51)【国際特許分類】
C25C 7/06 20060101AFI20221205BHJP
C25C 1/12 20060101ALI20221205BHJP
【FI】
C25C7/06 301A
C25C1/12
(21)【出願番号】P 2019021884
(22)【出願日】2019-02-08
【審査請求日】2021-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】大原 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
(72)【発明者】
【氏名】中西 次郎
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特公昭45-031041(JP,B1)
【文献】特開昭60-070196(JP,A)
【文献】特許第6065706(JP,B2)
【文献】特開2013-108135(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105506670(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25C 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、
前記電解槽内に、複数の電極を互いに平行に配置し、
前記電極の表面の法線方向の電解槽壁の一方側に設けた給液口から前記電極の下端よりも下方に給液し、
前記電解槽壁と対向した電解槽壁の下部および上部の排液口から排液することを特徴とする電解液の給排液方法。
【請求項2】
電極表面を平行に配置した複数の電極を備え、前記電極表面の法線方向の電解槽壁の一方側に電解液を電解槽内に供給する給液口を備え、他方側の電解槽壁に、上部側及び下部側のそれぞれから電解液を排出する上部側排液口と下部側排液口を有する電解槽を用い、
前記給液口から前記電極の下端よりも下側に電解液を供給し、
前記上部側排液口及び前記下部側排液口から電解液を排出することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、
前記電解槽内の電解液中の金属濃度の測定値を、予め設定した前記金属濃度の目標濃度値と、比較し、
電解槽の上部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満
で、(イ)電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超える場合以外では、前記上部側排液口からの排液量を増加し、
電解槽の下部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超え
、(ア)電解槽の上部側採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満の場合以外では、前記下部側排液口からの排液量を増加し、
前記電解槽の上部側
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満
(ア)で、且つ前記電解槽の下部側
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超える
(イ)場合は、それぞれの前記増加のかわりに、
下記(1)及び(2)における前記金属の目標濃度値と各金属濃度の測定値の差を求め、下記(1)による差の絶対値と下記(2)による差の絶対値の大きさの比較から、前記電解槽内の電解液の槽内保有量を一定に保つように、前記上部側排液口からの排液量、前記下部側排液口からの排液量のいずれか、或いは両者を
、増加、若しくは減少させて電解液中の金属濃度の均一化が図れるように調整することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法。
記
(1)前記金属の目標濃度値と前記電解槽の上部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
(2)前記金属の目標濃度値と前記電解槽の下部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
【請求項3】
電極表面を平行に配置した複数の電極を備え、前記電極表面の法線方向の電解槽壁の一方側に電解液を電解槽内に供給する給液口を備え、他方側の電解槽壁に、上部側及び下部側のそれぞれから電解液を排出する上部側排液口と下部側排液口を有する電解槽を用い、
前記給液口から前記電極の下端よりも下側に電解液を供給し、
前記上部側排液口及び前記下部側排液口から電解液を排出することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、
前記電解槽内の電解液中の金属濃度の測定値を、予め設定した前記金属濃度の目標濃度範囲と比較し、
電解槽の上部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満
で、電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限を超える場合
以外では、前記上部側排液口からの排液量を増加し、
電解槽の下部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限値を超え
、電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満の場合
以外では、前記下部側排液口からの排液量を増加し、
前記電解槽の上部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満で、且つ前記電解槽の下部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限値を超える場合は、それぞれの前記増加のかわりに、
下記(1)及び(2)における前記金属の目標濃度範囲と各金属濃度の測定値の差を求め、下記(1)による差の絶対値と下記(2)による差の絶対値の大きさの比較から、前記電解槽内の電解液の槽内保有量を一定に保つように、前記上部側排液口からの排液量、前記下部側排液口からの排液量のいずれか、或いは両者を
、増加、若しくは減少させて電解液中の金属濃度の均一化が図れるように調整することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法。
記
(1)前記金属の目標濃度範囲の下限値と前記電解槽の上部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
(2)前記金属の目標濃度範囲の上限値と前記電解槽の下部
採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
【請求項4】
前記上部側排液口からの排液量の制御を行なう可動堰が、前記上部側排液口の開口部形状を変化させて前記排液量を調整可能に、前記上部側排液口が設置されている電解槽壁側に設けられていることを特徴とする請求項
2又は
3に記載の金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解精製における給液および排液方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的に実施されている電解精製として、主なものに銅の電解精製が挙げられる。この銅の電解精製では、硫酸銅を主成分とする電解液を装入した電解槽の中に、銅製錬の乾式工程で製造された粗銅からなる陽極板(以下、アノードと称する。)と、銅もしくはステンレスやチタンなどで作られた陰極板(以下、カソードと称する。)を交互に一定間隔で対向するように配置し、一定の値の電流を通電して行われる。
この通電によりアノードは電解液中に銅イオンとして溶出し、カソード上では銅イオンが電析する。同時に、アノードに含有されたニッケルやアンチモンやヒ素などの不純物、金や銀などの貴金属元素等は電解液中に溶出しなかったり、溶出してもカソードに電析しなかったりするので、カソード上には高純度な銅(電気銅)が得られる特徴がある。
【0003】
しかしながら、このような反応を阻害する要因にアノードの不動態化がある。アノードの不動態化は、アノード表面に硫酸銅の結晶が析出することを主原因として生じる。硫酸銅結晶は非電導性であるため、電流が流れなくなり、製品である高純度な銅(電気銅)の生産を妨げる。
アノード不動態化の主原因である硫酸銅結晶の析出は、アノード表面で溶出した銅イオンがアノード近傍にて硫酸銅の溶解度を超過することにより結晶化することで生じる。通常は、銅と硫酸のイオン濃度が硫酸銅の溶解度を超過しない条件で生産(精製)を行うが、近年の銅需要の高まりにより、より短時間に大量の銅を生産するよう求められている。
【0004】
ここで銅の生産量、すなわち電析量は、「通電時間×通電する電極面積×(単位面積あたりの)電流密度」という関係で表される。通電時間は常時通電に近いため延長の余地が小さく、電極の面積は、設備の更新を伴うことなく変更することが難しい。そのため、電流密度を上昇させる取り組みがなされている。
【0005】
しかし、電流密度を上昇させると、銅の溶解速度が増加するため、アノードが不動態化する問題が生じた。
一方、一般的な電解槽内の銅イオン濃度は均一ではなく、濃度勾配を持つ。特許文献1に見られるように、電解槽内の下部では銅イオン濃度が高く、電解槽内の上部では銅イオン濃度が低い。このため、アノードの不動態化は電極の上部よりも電極の下部で発生しやすい。
【0006】
このような背景から、以前より、電解槽内の銅イオン濃度を均一化する取り組みがなされてきた。
特許文献2や特許文献3に見られるような手法は、電解槽内に撹拌羽根を浸漬し、専用のモーター等で槽内の液を撹拌し、銅イオン濃度を均一化するものであるが、装置が非常に煩雑になることから、大規模な生産には不向きであった。
【0007】
また、特許文献4に見られるような手法は、電解槽の上部から給液し、電解槽の下部から排液するものであるが、電解槽内の上部で銅イオン濃度が低くなってしまい、カソードの表面性状が悪化するという問題があった。銅イオン濃度は低い場合も問題があるため、槽内で均一化するのが重要である。
さらに、特許文献4には次のような手法も見られる。電解槽の上部および下部から給液し、電解槽の上部から排液するものであるが、こちらは一般的な電解槽と同様に電解槽内の下部で銅イオン濃度が高くなり、銅イオン濃度均一化の効果はわずかなものであった。
【0008】
また、特許文献5~7に見られるような手法は、一つ一つの給液もしくは排液口径が小さくなることで、難溶性物質の付着により短期間に閉塞してしまう、もしくは、想定した流量が維持できない問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特公昭60-45127号公報
【文献】特開2017-048438号公報
【文献】特許3952766号公報
【文献】特許6065706号公報
【文献】特開2002-105684号公報
【文献】特許4342522号公報
【文献】特開昭52-33824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、粗銅を高電流密度で電解精製して電気銅を得るのに際して、電解槽内の電解液における銅イオン濃度を均一化し、アノードの不動態化を抑制可能とする電解液の給液および排液方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明の第1の発明は、金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、前記電解槽内に、複数の電極を互いに平行に配置し、前記電極の表面の法線方向の電解槽壁の一方側に設けた給液口から前記電極の下端よりも下方に給液し、前記電解槽壁と対向した電解槽壁の下部および上部の排液口から排液することを特徴とする電解液の給排液方法である。
【0012】
本発明の第2の発明は、電極表面を平行に配置した複数の電極を備え、前記電極表面の法線方向の電解槽壁の一方側に電解液を電解槽内に供給する給液口を備え、他方側の電解槽壁に、上部側及び下部側のそれぞれから電解液を排出する上部側排液口と下部側排液口を有する電解槽を用い、
前記給液口から前記電極の下端よりも下側に電解液を供給し、
前記上部側排液口及び前記下部側排液口から電解液を排出することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、
前記電解槽内の電解液中の金属濃度の測定値を、予め設定した前記金属濃度の目標濃度値と、比較し、
電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満で、(イ)電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超える場合以外では、前記上部側排液口からの排液量を増加し、
電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超え、(ア)電解槽の上部側採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満の場合以外では、前記下部側排液口からの排液量を増加し、
前記電解槽の上部側採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値未満(ア)で、且つ前記電解槽の下部側採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度値を超える(イ)場合は、前記それぞれの増加のかわりに、
下記(1)及び(2)における前記金属の目標濃度値と各金属濃度の測定値の差を求め、下記(1)による差の絶対値と下記(2)による差の絶対値の大きさの比較から、前記電解槽内の電解液の槽内保有量を一定に保つように、前記上部側排液口からの排液量、前記下部側排液口からの排液量のいずれか、或いは両者を、増加、若しくは減少させて電解液中の金属濃度の均一化が図れるように調整することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法。
記
(1)前記金属の目標濃度値と前記電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
(2)前記金属の目標濃度値と前記電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
【0013】
本発明の第3の発明は、電極表面を平行に配置した複数の電極を備え、前記電極表面の法線方向の電解槽壁の一方側に電解液を電解槽内に供給する給液口を備え、他方側の電解槽壁に、上部側及び下部側のそれぞれから電解液を排出する上部側排液口と下部側排液口を有する電解槽を用い、
前記給液口から前記電極の下端よりも下側に電解液を供給し、
前記上部側排液口及び前記下部側排液口から電解液を排出することを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法において、
前記電解槽内の電解液中の金属濃度の測定値を、予め設定した前記金属濃度の目標濃度範囲と比較し、
電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満で、電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限を超える場合以外では、前記上部側排液口からの排液量を増加し、
電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限値を超え、電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満の場合以外では、前記下部側排液口からの排液量を増加し、
前記電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の下限値未満で、且つ前記電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値が、前記金属の目標濃度範囲の上限値を超える場合は、それぞれの前記増加のかわりに、
下記(1)及び(2)における前記金属の目標濃度範囲と各金属濃度の測定値の差を求め、下記(1)による差の絶対値と下記(2)による差の絶対値の大きさの比較から、前記電解槽内の電解液の槽内保有量を一定に保つように、前記上部側排液口からの排液量、前記下部側排液口からの排液量のいずれか、或いは両者を、増加、若しくは減少させて電解液中の金属濃度の均一化が図れるように調整する、
ことを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法。
記
(1)前記金属の目標濃度範囲の下限値と前記電解槽の上部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
(2)前記金属の目標濃度範囲の上限値と前記電解槽の下部採取位置で採取された電解液の金属濃度の測定値との差。
【0014】
本発明の第4の発明は、第2及び第3の発明における上部側排液口からの排液量の制御を行なう可動堰が、前記上部側排液口の開口部形状を変化させて前記排液量を調整可能に、前記上部側排液口が設置されている電解槽壁側に設けられていることを特徴とする金属の電解精製を行なう電解槽で行なわれる電解液の給排液方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高電流密度で銅の電解精製を行う際に、電解槽内の電解液における銅イオン濃度を均一化し、アノードの不動態化を抑制することで、生産性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】一般的な銅の電解精製における電解液の給排液方法を用いた電解槽を示す図である。
【
図2】本実施態様による電解液の給排液方法を用いた電解槽を示す図である。
【
図3】実施例における金属濃度の測定値の採取位置を示す説明図である。
【
図4】本実施態様で用いた上部側排液口の排液量の調整方法の一例を示す模式説明図で、(a)は部分外観図で、(b)は(a)のA-A線における断面図である。
【
図5】本実施態様で用いた上部側排液口の排液量の調整方法の他の例を示す模式説明図で、(a)は部分外観図で、(b)は(a)のA-A線における断面図である。
【
図6】実施例1および比較例1における吸光度を示す実験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
銅の電解精製を行う際に発生するアノードの不動態化は、アノード表面で溶出した銅イオンがアノード近傍で硫酸銅の溶解度に達することで非電導性の硫酸銅結晶皮膜が生成することにより生じる。
一般的な銅の電解精製手法では、電解槽内の下部で銅イオン濃度が高くなるため、アノードの不動態化は電極の下部で優先的に発生しやすい。
【0018】
このように、電極の下部で不動態化が発生すると、電極の上部に電流が集中するため、電極上部での電流密度そして溶出速度が上昇し、電極の上部でも不動態化が発生しやすくなる。アノードの不動態化は、このように連鎖的に進行するため、発生源となる電極下部での不動態化を抑制することが肝要であり、アノードの不動態化を抑制するには、電解液中の銅イオン濃度を均一化することが重要である。
そこで、本発明者らは、電解液の給液および排液方法を変更することで、電解槽内の電解液濃度を均一化可能なことを見出し、本発明の完成に至った。
【0019】
以下、本発明の具体的な内容を詳細に説明する。
一般的な銅の電解精製における電解液の給液および排液方法は、
図1に示すようにアノード3とカソード4を交互に、且つ表面が平行になるように配置した電極5の表面の法線方向に存在する電解槽壁w
1側の電極の下端部よりも下方に、給液口20から給液し、給液側の電解槽壁w
1とは対向する電解槽壁w
2の上部に設けた上部側排液口21より排出するものである。
図1において、100は従来の電解槽、2は電解液、2aは電解液液面、3はアノード、4はカソード、5はカソードとアノードで構成される電極で、右側がカソード表面、左側がアノード表面とする配置の電極、及び右側がアノード表面、左側がカソード表面とする配置の電極で構成され、20aは電解液を給液するための給液配管である。
【0020】
このような従来の給液および排液方法では、電解槽100内に保有される電解液の深さ方向(破線矢印方向)において、重力による銅イオン濃度の濃度勾配が無視できない。例えば、約9m3の電解槽に約30L/minで給液し、約300A/m2の電流密度で電気分解すれば、数日間の電気分解にて電極の上端部側(電解液液面2a側)と下端部側(電解槽底Bo側)で、銅イオン濃度は約10g/Lの差が生じる。
銅の電解精製は、約60℃で実施されており、60℃における硫酸銅の飽和溶液中銅イオン濃度は158g/Lである。ただし実務的には、通電時の浴抵抗を低減するために硫酸を添加することが行われている。電解液が硫酸と硫酸銅および水のみで形成され、温度を60℃、硫酸濃度を200g/Lとすると、硫酸銅の溶解度は低下し、飽和溶液中銅イオン濃度は95g/Lまで低下する。
【0021】
濃度勾配は鉛直方向だけでなく、水平方向にも生じる。アノード表面では銅が溶出するので、アノードに近づくほど、そして電流密度が大きいほど銅イオン濃度は高くなる。
具体的例を挙げると、電解液を液面で採取し、その銅イオン濃度が50g/Lの場合、アノード近傍ではそれより45g/L高い銅イオン濃度、即ち95g/Lの銅イオン濃度まで溶出させることができる。また鉛直方向の濃度勾配で10g/Lほど高い電極の下端部側付近では、60g/Lの銅イオン濃度を示し、アノード近傍においては銅イオンが溶出し、その銅イオン濃度が35g/Lだけ上昇したところで飽和し、結晶が生成するようになる。このため、電極の下端部側では、アノードの不動態化が発生しやすい。
さらに、実際の電解液では、不純物が含まれるため、銅イオン濃度が95g/Lよりも低い状態で飽和することとなり、更にアノードの不動態化が発生しやすい状況となる。
【0022】
この状況を緩和する要素として、電解液の給液がある。適度な濃度の電解液を給液することで、電解液を目標の濃度に近づけることができる。たとえば給液口20から濃度の低い電解液を供給することにより、電極の下端部側付近の電解液を希釈する。電極の下端部側付近では銅イオン濃度が高いが、いま給液より約10g/L高いとすると、60℃における両者の密度差は約0.01g/cm3である。そのため、電解槽底Bo側に給液した電解液は、上昇流を形成し、その後、電解槽の上部に設けた上部側排液口21まで移動し、排液される。このような流れでは、給液した電解液が、電極間に十分に拡散しないため、上述のように電解槽内に保有される電解液の深さ方向において銅イオン濃度の濃度勾配を抑制する働きは限定的である。
【0023】
そこで、このような銅イオン濃度の濃度勾配を抑制する手段として、電解液の排液方法及び給液方法を検討した。
その結果、電解液の排液方法を
図2のように変更することで、給液した電解液を電極間に十分に分散させることが可能になり、電極下端部(5u)と電解槽底(Bo)の間の隙間部S(太黒矢印の示す領域、以降、単に「電解槽底部域S」とする。)から、銅イオン濃度の高くなった電解液を下部側排液口11uから排液することで、給液した電解液を電極間に十分に分散させることができた。10aは給液配管、11aは下部排液配管、12は下部排液排出ポンプである。
【0024】
ところで、排液操作を電解槽底部域Sからのみ実施すると、電極上部(電解液液面側)付近の銅イオン濃度が低下するのを抑制することができず、カソードの表面性状や組成を悪化させるため、電解槽底部域Sからの排液、即ち下部側排液口11uからの排液は、全排液量の75%以下とするのが良い。また、電解槽底部域Sからの排液量が少ないと、給液した電解液を電極間に十分に分散させる効果に乏しいことから、電解槽底部域Sからの排液は全排液量の25%以上とするのが良い。
【0025】
電解槽底部域Sには通常、アノードスライムと呼ばれる泥状の物質が蓄積されている。アノードスライムは、アノードに含まれていた貴金属その他の不溶解性の物質が、アノードの溶出に伴って露出し脱落したものからなる。アノードスライムは、密度が高いため電解槽底Boに沈積しており、回収して貴金属源として利用することができるので、電解槽底Boからの散逸を防ぐことが望ましい。
電解槽底部域Sからの排液を電解槽底Boに近い位置で実施すると、電解槽底Boに沈積したアノードスライム(特に、粒度が細かいもの)の周囲に渦を生じ、アノードスライムを巻き上げてしまう。巻き上がったアノードスライムは、下部排液配管11aから流失したり、カソードに不純物として取り込まれたりする。このような不都合に対して、電解槽底部域Sからの排液を行なう下部側排液口11uの位置を、電解槽底Boから電解槽内深さの10%以上の位置とすることで、アノードスライムの巻き上げを抑制することができる。
【0026】
また、電解槽底部域Sからの排液では、下部側排液口11u付近における流速も重要である。
下部側排液口11uの大きさは、排液口の通過時の流速が、2.5cm/s以下となるようにする。これによりアノードスライムの巻き上げをより確実に抑制される。給液口10も同様に、給液口の大きさは、給液口の通過時の流速が、2.5cm/s以下となるように設定することで、アノードスライムの巻き上げの抑制が可能となる。
【0027】
次に、電解液中の金属濃度と給排液操作との関係を使用した電解槽への給排液方法を説明する。
本方法は、これまで説明した給排液方法で使用した電解槽および給排液条件を組み合わせて用いることで、電解槽内の電解液における金属濃度をさらに均一化し、アノードの不動態化を抑制することができ、その生産性を向上させるものである。
【0028】
具体的には、金属の電解精製に伴う電解液中の金属濃度の経時的変化に応答し、その金属濃度が電解槽内で均一化されるように、電解液の給排液を制御する方法である。
ところで、一定の金属濃度を示す電解液を用いて電解精製を実施した場合に、電解液の給排液を行なわずに、その電解精製を行なうと、電解槽内の電解液中の金属濃度は、電解槽内を占める電解液の深さ方向の位置により異なる傾向を示し、電解液の深さ方向の真中付近では、初期の金属濃度に近いのに対し、上部の液面側では、初期の金属濃度からの濃度低下が進み、一方下部の電解槽底部側では、初期の金属濃度からの濃度増加が見られた。そこで、このような金属濃度の違いを解消するには、従来、撹拌などの均一化処理が必要と考えられるが、一般的な撹拌機などを用いた機械的な撹拌では、電解槽底に堆積しているアノードスライムを巻き上げて電解液を汚濁し、電解精製されているカソードに不純物をもたらす結果と成っていた。
【0029】
一方、本発明では、
図2に示す電解槽1、即ち、電極表面を平行に配置した複数の電極5を備え、前記電極表面の法線方向の電解槽壁w
1側に電解液を電解槽内に供給する給液口10を備え、他方側(電解槽壁w
2))に前記電解槽のそれぞれ上部側及び下部側から電解液を排出する上部側排液口と下部側排液口を有する電解槽1を用い、電解液中の各部の金属濃度の測定値と、予め設定されている電解精製中における金属の目標濃度値又は金属の目標濃度範囲(範囲を代表する上限値、下限値)を比較して差を求め、その差の絶対値の大小により、(電解槽内の電解液の槽内保有量が一定になるように、)上部側排液口や下部側排液口、或いは両者からの電解液を排出する量を調整、制御することで、電解精製中の電解液の金属濃度の均一化を図るものである。
【0030】
先ず、予め電解精製する金属の電解精製中における「金属の目標濃度値」又は「金属の目標濃度範囲(即ち、上限値と下限値)」を、設定する。
これらの値は、金属の電解精製において、効率よく電解精製を行なうために設定される値で、電解精製を行なう金属毎に適宜設定する。この濃度は、不動態を形成しない範囲内で設定する。具体的に、電解精製を行なう金属が銅の場合は、電解液中の銅イオン濃度を40~60g/L、より好ましくは45~50g/Lに設定することができる。
【0031】
次に、
図3の電解槽1を使用して電解精製中の金属濃度を計測するが、この計測に際して、電解槽内の電解液を深さ方向に3水域に分割し、液面側から「上部採取位置P
M
1」、「中部採取位置P
M
2」、「下部採取位置P
M
3」と位置付けする。また電解液の採取は、少なくとも、この3地点、P
M
1、P
M
2、P
M
3で行なうのが望ましく、計測された金属濃度は、各採取位置の水域における金属濃度を代表するものとなる。さらに、金属濃度の計測は、複数の液面地点で計測を行い、上部、中部、下部の各水域ごとの平均値を各測定値として採用しても良い。
【0032】
以上のようにして計測した金属濃度の測定値は、電解精製中における「金属の目標濃度値」又は「金属の目標濃度範囲(即ち、上限値と下限値)」と比較され、表1又は表2に示す、その比較結果に対応する排液操作を行うことにより、電解液中の金属濃度の均一化が図れる。
【0033】
ここでいう排液操作は、それぞれの排液口からの電解液の排液量を調整するもので、その調整は、「金属の目標濃度値」又は「金属の目標濃度範囲(即ち、上限値と下限値)」からの外れ幅が大きい側に大きな排液量を割り当てる。言い換えると、外れ幅(目標濃度範囲に入る場合は0とみなす)が小さい側には小さな排液量を割り当てる。このようにするのは、大きな排液量へ電解液が多く流して、平均的な電解液組成に近づけるためである。
【0034】
大きな排液量と小さな排液量は、それぞれの外れ幅の大きさに応じて給液量を排液量に按分するようにして決めることができる。外れ幅が速やかに縮小させるために外れ幅の大きさの累乗に応じてまたは指数関数的に給液量を排液量に按分してもよい。外れ幅が0の状態を維持しやすくするため、それぞれの排液量に下限値を設けたり、大きな排液量の時間的増減に応じて給液量を時間的増減させたりしてもよい。
ここで、電解槽の上には配線部材があること、電解槽が上部開放容器であって電解液が溢れると不都合であることなどが一般的であるので、電解槽内の電解液の槽内保有量が時間的に大きく変動しない範囲で排液量を調節することが好ましい。言い換えると、給液量の時間平均=総排液量の時間平均となるように、総排液量を大きな排液量と小さな排液量に割り当てることになる。
【0035】
給液量を総排液量と等しくするには、樋などへの溢流によって排液量が自然に決まるようにするのが簡便である。溢流の流量は、電解液の槽内保有量に応じて決まるので(具体的には、樋より高い電解液、樋への境目にある堰より高い電解液から生じる水圧に比例する)、給液量に対して時間的に少し遅れるものの、給液量と総排液量の誤差が累積しない(むしろ縮小する)点で優れている。動力を使わないので経済的であり、他へ排液する装置が停止してもその分の排液量を補って排液量を増加させる働きもある。
【0036】
なお、本発明では上部側排液口11からの排液量と、下部側排液口11uからの排液量を、上記大きな排液量または小さな排液量に設定し、その設定値を調整し、電解槽内の電解液の槽内保有量が一定になるように調整、制御されるもので、その排液量の制御に関する上部側排液口11からの排液量の調整方法としては、
図4(a)に示すように上部側排液口11の電解槽壁w
2に、電解槽1内に貯留された電解液液面2aの高さを形成して電解液の槽内保有量を一定に調整する役割を果たす可動堰13を設置し、その可動堰13を電解槽の上部方向、若しくは底面方向に可動(
図4(a)中の白抜き矢印)させ、所定の液面2aを設定する調整位置(
図4(b)中のF表記の黒太矢印)に可動堰13を配置することで、電解液の設定した槽内保有量からの余量の電解液が電解槽壁w
2をオーバーフローして排液量の調整を行なう方法が好ましい。なお、13gは可動堰ガイドである。
この可動堰13は、上部側排液口11の下部に取付けられて電解槽の上部方向や底面方向に可動する構成を有しているが、さらに、可動堰13と対向するように上部側排液口11の上部に取付けられる上方可動堰13u(
図5(a)、(b)参照)を備えることで、可動堰13と上方可動堰13uが形成する開口部Oの大きさによって、排液量の調整を行なう方法も採れる。この場合、開口部Oの開口面積が大きいほど、排液量は大きくなり液面は低くなる。液面の高さは、上方可動堰13uが浸る高さから開口部O(の下端)までの範囲で調節できる。
開口部Oの開口面積は、可動堰13と上方可動堰13uのどちらか一方を固定するか壁面で代替した状態でも、他方を動かすことで調整することができる。
【0037】
他の方法としては、上部側排液口11に、上部側排液口の開口部形状を変化させることで排液口からの流量を調節可能な可動板を備え、その可動板を必要とする排液量が得られるような上部側排液口の開口部形状になるように配置することで流量の調節を行なう方法でも良い(特開2013-108135号公報参照)。
【0038】
さらなる他の方法としては、排液ポンプと流量計により上部側排液口11からの排液量と下部側排液口11uからの排液量をそれぞれ調整することも可能であるが、液面の調整(即ち、電解液の槽内保有量を一定とする調整)を図る必要があり、上部側排液口及び下部側排液口からの各排液量を同期させる必要が生じる。また使用する各ポンプや各流量計の校正や、それらの機器固有の癖への対応や、機器の経時変化等の監視を考慮する必要があり、先の方法に比べて複雑となるが、この点を克服可能なら問題は無い。
【0039】
【0040】
【実施例】
【0041】
以下、実施例を用いて詳細に説明する。
【実施例1】
【0042】
側面からの観察ができる透明な電解槽(容量約9Lの槽)を作製した。純水に硫酸マグネシウム七水和物を溶解し、密度が1.01g/cm3となる硫酸マグネシウム水溶液を作製した。その作製した硫酸マグネシウム水溶液を電解槽に満たし、一般的な電解精製で電極を設置する位置のそれぞれに間隔を空けて(ほぼ等間隔に)、電極を模した塩化ビニル板(以下、電極という)を設置した。
水と水性インクを混合し、密度1.00g/cm3のインク水を作製し、インク水を電極表面の法線方向の電解槽壁の一方から、電極の下端部よりも下方に、給液流量30ml/minで給液した。
【0043】
排液操作において、電解槽底部域Sからの排液は、電解槽底Boから槽内深さの15%の高さの位置から実施し、電解槽底部域Sからの排液量は、15ml/minとした。電解槽上部の上部側排液口11からの排液は、樋を設けた液面からのオーバーフローとし、電解槽上部の上部側排液口からの排液量は、15ml/minとした。60分給液を続け、以下の測定を行なった。
【0044】
電解槽を上から見た際の中心にて、深さ方向に、液面から1cm、5cm、9cmの3点にて、それぞれ3mlずつ液を分取した。1cmは電極の上端部付近であり、9cmは電極下端部5uと電解槽底Boの間の高さであって電解槽底部域Sに相当し、5cmは電極の中心付近に該当する。
分取した液を、吸光光度計にて分析した。測定時の波長は627nmとした。なお、供給するインク水の吸光度は0.361であった。
その測定結果を、
図6に示す。
【0045】
(比較例1)
実施例1の排液操作を、電解槽上部からの樋を設けた液面からのオーバーフローのみを排出する上部側排液口11のみとし、その排液流量を30ml/minとした。その他の操作は実施例1と同様に実施し、測定結果を
図6に併せて示す。
【0046】
硫酸マグネシウム水溶液の吸光度は「0」であったため、吸光度の値は、給液した液の存在比率を示す。
図6より、実施例1と比較例1とを比較すると、実施例1では吸光度が増加しており、給液が届きやすくなっている。液を分取した位置は給液口からは電極によって遮られているが、本発明により、給液した液が、より電極間に分散することが分かった。
【符号の説明】
【0047】
1 電解槽
2 電解液
2a 電解液液面
3 アノード
4 カソード
5 電極
5u 電極下端部
10、20 給液口
10a、20a 給液配管
11、21 上部側排液口
11a 下部排液配管
11u 下部側排液口
12 下部排液排出ポンプ
13 可動堰
13g 可動堰ガイド
13u 上方可動堰
100 電解槽(従来)
Bo 電解槽底
F 電解槽内の電解液の液面の移動範囲(電解液の槽内保有量を示す)
O 開口部
S 電解槽底部域
PM (電解液採取)中央液面点
PM
1 上部採取位置
PM
2 中部採取位置
PM
3 下部採取位置
w1、w2 電解槽壁(電極面の法線方向の槽壁)