IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人広島大学の特許一覧

特許7187014麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法
<>
  • 特許-麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法 図1
  • 特許-麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法 図2
  • 特許-麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法 図3
  • 特許-麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法 図4
  • 特許-麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-02
(45)【発行日】2022-12-12
(54)【発明の名称】麹菌を用いた糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/30 20060101AFI20221205BHJP
   C12N 9/24 20060101ALI20221205BHJP
   C12N 9/62 20060101ALI20221205BHJP
   C12N 9/34 20060101ALI20221205BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20221205BHJP
【FI】
C12N9/30
C12N9/24
C12N9/62
C12N9/34
C12N1/14 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018180652
(22)【出願日】2018-09-26
(65)【公開番号】P2020048478
(43)【公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-07-13
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】藤原 好恒
(72)【発明者】
【氏名】針田 光
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-136696(JP,A)
【文献】特開平11-262371(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
麹菌を固体培養する工程を含む、糖化酵素およびタンパク質分解酵素を生産する方法であって、
前記固体培養工程は、前記麹菌に対して磁場を印加する磁場印加工程と、前記麹菌に対して光を照射する光照射工程と、を含み、
前記磁場の強度は、0.2T以上0.6T以下であることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記磁場印加工程と、前記光照射工程とが同時に行われることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記光の照度は、50ルクス以上2000ルクス以下であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記光は、575nm以上700nm以下の波長の光が含まれることを特徴とする、請求項1~の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記糖化酵素は、α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、またはα-グルコシダーゼであることを特徴とする、請求項1~の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記タンパク質分解酵素は、酸性カルボキシペプチダーゼであることを特徴とする、請求項1~の何れか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麹菌によって糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
麹菌は、醸造および発酵等による食品・薬品・化粧品等の製造に使用される、有用なカビの一種である。麹菌が生産する糖化酵素およびタンパク質分解酵素は、上記醸造および発酵における反応に重要な役割を果たす。このことから、麹菌による上記酵素の生産量を向上させる培養技術に対する要望が高まってきている。
【0003】
麹菌の培養時に、麹菌への光照射による影響について研究がなされている。例えば、非特許文献1および2には、麹菌の一種であるAspergillus oryzaeに光照射を行うことで、菌体コロニーの形態が変化すること、および、上記麹菌には光応答遺伝子が複数存在することが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】HATAKEYAMA et al., Light Represses Conidiation in Koji Mold Aspergillus oryzae, Biosci. Biotechnol. Biochem., 71(8), 1844-1849, 2007
【文献】畠山 理広・北本 勝ひこ、醸協(2008)、第103巻、第7号、525-531
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述の非特許文献1および2によれば、麹菌が光照射によって応答することは記載されているが、麹菌のいかなる遺伝子(特に、転写因子)の発現等に影響するかについては、明らかにされていない。また、光照射によって麹菌の酵素生産量の変化については調べられていない。すなわち、非特許文献1および2は、光照射によって麹菌による酵素生産量を向上させる技術を開示するものではない。
【0006】
そこで、本発明の一態様は、麹菌による糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素の効率的な生産方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、麹菌を固体培養する際に、光照射および磁場印加を行うことにより、麹菌のコロニーが大きくなるとともに、糖化酵素(α-アミラーゼ等)およびタンパク質分解酵素(酸性カルボキシペプチダーゼ等)の生産量が向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明の一態様に係る方法は、麹菌を固体培養する工程を含む、糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素を生産する方法であって、前記固体培養工程は、前記麹菌に対して磁場を印加する磁場印加工程と、前記麹菌に対して光を照射する光照射工程と、を含むことを特徴とする。
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記磁場印加工程と、前記光照射工程とが同時に行われてもよい。
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記磁場の強度は、0.2T以上であってもよい。
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記光の照度は、50ルクス以上2000ルクス以下であってもよい。
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記光は、575nm以上700nm以下の波長の光が含まれていてもよい。
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記糖化酵素は、α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、またはα-グルコシダーゼであってもよい。
【0014】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る方法は、前記タンパク質分解酵素は、酸性カルボキシペプチダーゼであってもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、麹菌による糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素の効率的な生産方法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】(a)は本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各菌体コロニーの写真であり、(b)は当該菌体コロニーの直径を示すグラフである。
図2】(a)および(b)は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の、磁場強度と麹菌の成長増強率との関係を示すグラフであって、(a)は光照射をした場合のグラフであり、(b)は光照射をしなかった場合のグラフである。
図3】(a)は本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各菌体コロニーの直径を示すグラフであり、(b)は本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各麹菌が産生したα-アミラーゼ活性を示すグラフであり、(c)は印加した磁場強度と上記α-アミラーゼ活性の上昇度との関係を示すグラフである。
図4】(a)は本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各菌体コロニーの直径を示すグラフであり、(b)は本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各麹菌が産生する酸性カルボキシペプチダーゼ活性を示すグラフであり、(c)は印加した磁場強度と上記酸性カルボキシペプチダーゼ活性の上昇度との関係を示すグラフである。
図5】(a)~(c)は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いて麹菌を固体培養した場合の各菌体コロニーの直径を示すグラフであって、(a)は赤色光を照射した場合のグラフであり、(b)は青色光を照射した場合のグラフであり、(c)は緑色光を照射した場合のグラフである。なお(d)は、各照射光の波長スペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔実施形態1〕
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。
【0018】
(麹菌)
麹菌とは、醸造および発酵による食品、薬品(抗生物質等)、および化粧品等の製造に使用されるカビの一種である。上記食品として、例えば、日本酒、焼酎、醤油、味噌、および酢等が挙げられる。また、上記薬品および化粧品として、例えば、酵素、抗生物質、美白美容液、およびサプリメント等が挙げられる。
【0019】
上記麹菌は、糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素を生産し得る麹菌であれば特に限定されるものではないが、例えばAspergillus oryzae、Aspergillus niger、Aspergillus aculeatus、Aspergillus caesiellus、Aspergillus candidus、Aspergillus carneus、Aspergillus clavatus、Aspergillus deflectus、Aspergillus fischerianus、Aspergillus flavus 、Aspergillus fumigatus、Aspergillus glaucus、Aspergillus nidulans、Aspergillus ochraceus、Aspergillus parasiticus、Aspergillus penicilloides、Aspergillus restrictus、Aspergillus sojae、Aspergillus sydowii、Aspergillus tamari、Aspergillus terreus、Aspergillus ustus、Aspergillus versicolor等のAspergillus属微生物、Monascus purpureus、Monascus pilosus、Monascus anka等のMonascus属微生物が挙げられる。これらの中でも産業上よく利用されているAspergillus oryzaeが本発明の方法に好ましく適用され得る。なお、麹菌は、遺伝子変異等の変異株であっても変異株でなくてもよい。
【0020】
麹菌は、培養過程で消化酵素を分泌することで、上記醸造および発酵を促進する。麹菌が分泌する消化酵素は、例えば、糖化酵素およびタンパク質分解酵素である。これらの酵素は、酵素ごとに特定の基質を分解することで、様々な代謝産物を産生する。
【0021】
上記糖化酵素は、麹菌が生産し得る糖化酵素であれば特に限定されるものではないが、例えばα-アミラーゼが挙げられる。α-アミラーゼは、デンプンまたはデキストリン等の炭水化物を基質として、これらを分解し、ブドウ糖等の単糖およびマルトース等の二糖類を含む少糖類を産生する酵素である。このような、麹菌による単糖および少糖類等の産生を糖化といい、糖化を行う酵素を糖化酵素という。なお、上記糖化酵素はα-アミラーゼに限定されない。その他の上記糖化酵素として、例えば、グルコアミラーゼ、α-グルコシダーゼなどが挙げられる。
【0022】
このような糖化酵素は、例えば、清酒の製造において米麹を準備する過程においては次のように働く。デンプンが豊富に含まれる蒸米に、麹菌の分生子を播種し、醸造および発酵を促進する。このとき、麹菌が細胞外に上記糖化酵素を分泌することで、蒸米に含まれるデンプン等の炭水化物は、単糖類および少糖類まで分解される。このようにして、蒸米は、麹菌が分泌する上記糖化酵素により糖化されることで、デンプン、単糖類、および少糖類が混在した米麹となる。
【0023】
また、上記タンパク質分解酵素は、麹菌が生産し得るタンパク質分解酵素であれば特に限定されるものではないが、例えば酸性カルボキシペプチダーゼが挙げられる。酸性カルボキシペプチダーゼは、タンパク質およびペプチドを基質として、当該タンパク質およびペプチドをカルボキシル末端(C末端)から分解し、アミノ酸を産生する酵素である。この過程で産生されたアミノ酸は、例えば、清酒の呈味成分として重要である。なお、上記タンパク質分解酵素は酸性カルボキシペプチダーゼ等のカルボキシペプチダーゼに限定されず、アミノペプチダーゼ、ジペプチジルペプチダーゼ、アルカリプロティナーゼ、中性プロティナーゼ等が挙げられる。
【0024】
本発明の一実施形態における麹菌の培養方法は、固体培養であれば特に限定されるものではなく、その目的により種々の方法をとることができる。これらの培養方法として、例えば、麹菌の長期的な保存に適した保存培養、麹菌の継代保存に適した継代培養、麹菌の分生子を大量に得るのに適した種麹培養、麹菌の分離および麹菌の性質を検討するのに適した単菌分離培養等である。また、麹菌を用いた醸造および発酵についても、麹菌の培養方法に含まれる。本発明の一実施形態に係る方法は、固体培地を用いた単菌分離培養において用いられる場合について説明するが、これに限られず、その他の麹菌の培養方法にも用いることができる。
【0025】
麹菌の培養は、例えば、シャーレ内の寒天培地上に単一または任意量の麹菌の分生子を播種し、恒温槽等の温度調節可能な場所にて、所定の温度下において培養される。なお、上記所定の温度とは、麹菌が生育可能な温度範囲であれば特に限定されるものではないが、例えば10℃~40℃であることが好ましく、15℃~35℃であることがより好ましく、20℃~30℃であることがより好ましい。
【0026】
また培養環境中の湿度を適宜調整することが好ましい。なお、本実施形態に係る方法の麹菌の培養は、寒天培地のみならず、小麦ふすま、米、麦、イモなど麹菌が生育可能な固体媒体上で培養する場合を含む。
【0027】
なお、上記寒天培地には、糖化酵素の基質となるデキストリン等の炭水化物、および、タンパク質分解酵素の基質となるポリペプトン等のタンパク質や単一もしくは複数のアミノ酸が含まれることが好ましい。このような構成によれば、麹菌の培養中に、上記基質を分解して産生された糖類およびアミノ酸の濃度を測定することができる。これにより、培養中に麹菌が分泌した糖化酵素およびタンパク質分解酵素の活性を測定することができる。
【0028】
(磁場印加工程)
本実施形態に係る方法において、寒天等の固体培地上で培養中(固体培養工程中)の麹菌には、磁場が印加される(磁場印加工程)。磁場の発生源としては、例えば、電磁石を用いることができる。例えば、磁力線が地面に対し水平に発生するように設置された電磁石の磁極間にシャーレ等の固体培養容器を水平に設置することで、培養中の麹菌に磁場を印加することができる。また、電磁石に印加される電圧を変化させることで、発生する磁場の強度を任意に調節することができる。なお、電磁石における磁場を発生させる面積は、寒天培地上面の面積よりも大きいことが好ましい。このような構成によれば、培養されている麹菌に、より均一に磁場を印加することができる。
【0029】
また、磁場の発生源は電磁石に限られず、例えば、永久磁石であってもよい。このような構成によれば、磁場の発生に電源等を必要とせず、磁場を簡便に麹菌に印加することができる。また、シャーレ等の培養容器数を増やした場合でも、これに対応する永久磁石の調達および設置が容易である。
【0030】
また、磁場を印加する方向について、上記電磁石における磁力線は、シャーレ等の培養容器の底面に対して水平な方向に発生する。これは、シャーレ等の培養容器の上面に電磁石が設置された場合も略同様である。そのため、シャーレ等の培養容器の上面に電磁石が設置されてもよい。なお、磁場を印加する方向はこれに限られない。例えば、シャーレ等の培養容器の側方に電磁石が配置されてもよい。この場合、磁力線はシャーレ等の培養容器の底面に対して垂直な方向に発生する。また、シャーレ等の培養容器を取り囲むように電磁石を配置することで、シャーレ等の培養容器に対して様々な方向に磁力線が発生するようにしてもよい。
【0031】
麹菌に印加される磁場の強度は、0.2T(テスラ)以上であることが好ましい。このような磁場の強度によれば、後述する光照射工程と組み合わせることにより、糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素を、効率よく麹菌に生産させることができる。なお、上記磁場の強度は0.4T以上であることがより好ましく、0.6T以上であることがより好ましい。上記磁場の強度を上げることで、糖化酵素および/またはタンパク質分解酵素を、より効率よく麹菌に生産させることができる。
【0032】
磁場の印加は、麹菌の培養開始から培養終了まで連続して行われてもよいし、上記培養中の特定のタイミングのみ行われてもよい。例えば、一定時間の周期により、磁場のオンおよびオフが切り換えられてもよい。
【0033】
(光照射工程)
本実施形態に係る方法において、寒天培地等の固体培地上で培養中(固体培養工程中)の麹菌には、光が照射される(光照射工程)。光照射は、例えば、室内における蛍光灯やLED等の光源から発せられる白色光が、そのまま用いられてもよい。この場合、麹菌の培養は恒温槽等の外で、室温にて行われてもよい。また、恒温槽等の中に蛍光灯等の光源を設けてもよい。なお、光が麹菌に効率よく照射させるために培養容器は透明性を有する物が好ましい。また小麦ふすま、米、麦、イモなどを培地として用いた場合には、光が効率よく照射されるようにすべく、麹菌が植菌された小麦ふすま等を適宜、攪拌することが好ましい。
【0034】
照射される光の照度は、シャーレ等の培養容器の上面(すなわち麹菌の至近)において50ルクス以上であることが好ましく、100ルクス以上であることがより好ましく、200ルクス以上であることがより好ましい。また、2000ルクス以下であることが好ましい。このような照度であれば、標準的な蛍光灯により光照射を行うことができる。
【0035】
照射される光は、575nm以上700nm以下の、赤色光領域の波長の光が含まれることが好ましい。磁場印加に加えて、このような波長の光が麹菌に照射されることにより、麹菌の生育が促進される。そのため、麹菌が生産する糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産量も向上する。照射される光は、このような波長の光が含まれていれば、白色光であってもよいし、赤色光であってもよいし、その他の色の光であってもよい。
【0036】
なお、照射される光が350nm以上570nm以下の、青色光領域の波長の光であった場合、麹菌の生育が抑制されることがある。しかし、上記青色光の照射に加えて磁場印加を行うことで、上記青色光の照射による麹菌の生育抑制効果を緩和することができる。
【0037】
光の照射は、麹菌の培養開始から培養終了まで連続して行われてもよいし、上記培養中の特定のタイミングのみ行われてもよい。例えば、一定時間の周期により、光照射のオンおよびオフが切り換えられてもよい。
【0038】
また、磁場印加工程および光照射工程は、麹菌の培養工程中において、磁場印加と光照射とが同時に行われる時間帯が存在すればよく、完全に一致したタイミングにより行われてよいし、それぞれ独立したタイミングにより行われてもよい。例えば、磁場印加は一定周期ごとにオンおよびオフが切り換えられ、光照射は常にオンの状態であってもよい。また、磁場印加および光照射のタイミングは上記の逆であってもよい。
【0039】
〔実施例〕
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0040】
(麹菌の培養条件)
まず、それぞれの実施例および比較例に共通する、麹菌(Aspergillus oryzae, RIB40, NBRC 100959)の培養方法について説明する。液体培地用培養液は、塩化ナトリウム6g、デキストリン無水和物4g、ポリペプトン2g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸マグネシウム七水和物0.1gを、200mLの蒸留水に溶解して調製した。また、固体培地用培養液は、塩化ナトリウム6g、デキストリン無水和物4g、ポリペプトン2g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸マグネシウム七水和物0.1g、寒天粉末4gを、200mLの蒸留水に加えて調製した。
【0041】
これらの培養液をオートクレーブにかけ、121℃で15分間滅菌した。滅菌した液体培地用培養液は、室温で十分に冷ましてから使用した。固体培地である寒天培地は、滅菌した固体培地用培養液を固化しない程度の温度まで冷ましたのち、直径5cmのシャーレに厚さが3mm程度になるように分注し、室温で固化させたものを使用した。
【0042】
次に、麹菌の分生子懸濁液は、次のようにして調製した。クリーンベンチ内で、予め滅菌条件下で培養しておいた麹菌株から分生子を適量取り、滅菌した液体培地に懸濁させたのち、超音波照射機で1分間、略36kHzの超音波を照射し、分生子を分散させ、分生子の分散液を得た。次に、上記分散液をフィルターで濾過して、菌糸などの不純物を取り除いた。次に、ビルケルチュルク血球計算盤により分生子濃度を測定した。フィルター濾過後の上記分散液における分生子濃度が6.0×10個/mLとなるように、液体培地用培養液を使って上記分散液の濃度を調整し、これを分生子懸濁液とした。
【0043】
固体培地への分生子の播種は、クリーンベンチ内で次の方法により行った。シャーレ中に作製した固体培地の中心に、エタノール滅菌した直径6mmのろ紙を敷き,そこに十分に攪拌した分生子懸濁液から20μLを分取して滴下し、麹菌の分生子を播種した。シャーレはふたをして滅菌状態を保持できる状態にした後に、クリーンベンチから取り出した。
【0044】
磁場印加および光照射の有無により、磁場印加+光照射(MF+Light:実施例1)、磁場印加のみ(MF:比較例1)、光照射のみ(Light:比較例2)、および磁場印加および光照射なし(Control:比較例3)の4つの培養条件を設定した。なお、MFとはMagnetic Fieldを示す。これらの培養条件による麹菌の培養は、次の方法で行った。
【0045】
分生子を播種したシャーレは、25℃に保った恒温槽内で、上記実施例および比較例1~3に対応する培養条件下にて静置し、96時間培養した。
【0046】
磁場印加は、定常磁場を発生する電磁石を用いて、特に明示しない限り0.6Tの磁場の値に調整して行った。磁場における磁力線は、シャーレ底面に対して水平な方向に発生するようにした。培養開始直後から磁場を印加し、その後12時間周期で磁場のオンとオフとを切り替えた。
【0047】
光照射は、実験室内天井にはめ込んである白色蛍光灯(36W/本)9本から発せられる白色光を、そのまま直接シャーレ上面に照射した(シャーレ上面での照度:略250ルクス)。
【0048】
(麹菌の生育評価)
実施例1および比較例1~3の培養条件にて、それぞれ96時間の培養終了後、固体培地上で同心円状に生長した麹菌の菌体コロニーを、シャーレの上方および水平方向からの撮像し、生長円サイズ(菌体コロニーの直径)の評価を行った。
【0049】
図1は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合の麹菌の生育であって、図1の(a)は各菌体コロニーの写真であり、図1の(b)は各菌体コロニーの直径を示すグラフである。図1の(a)および(b)に示すように、実施例1の培養条件では、比較例1~3の培養条件と比較して、菌体コロニーの直径が増加していた。すなわち、実施例1の培養条件では、比較例1~3の培養条件と比較して、麹菌の生育が促進されていた。
【0050】
図2は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合の、磁場強度と麹菌の成長増強率との関係を示すグラフであって、図2の(a)は光照射をした場合であり、図2の(b)は光照射をしなかった場合である。なお、図2における成長増強率とは、磁場印加しない場合の菌体コロニーの直径に対して、磁場印加した場合の菌体コロニーの直径の増大率を示す。
【0051】
図2の(a)が示すように、実施例1においては、磁場印加しない場合(比較例2)に対して、磁場印加の強度が増加するに従い成長増強率が高くなった。これに対し、図2の(b)が示すように、比較例1においては、磁場印加しない場合(比較例3)に対して、磁場印加の強度に関わらず成長増強率は5%未満であり、大きな変化は見られなかった。
【0052】
(α-アミラーゼ活性評価)
本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合の、麹菌によるα-アミラーゼ生産への影響について、α-アミラーゼ活性測定により評価した。α-アミラーゼの活性測定は、次の方法で行った。麹菌の菌体コロニーを固体培地ごとスパーテルにより破砕し、50mLの遠沈管に移した。これに0.01mol/Lの酢酸ナトリウム水溶液を10mL加え、超音波ホモジナイザーで5分間、略20kHzの超音波を照射し、寒天と菌体とをさらに細かく粉砕した。得られた粉砕液について、30℃で1時間振とうして、寒天から酵素を抽出した。
【0053】
次に、酵素抽出後の粉砕液を、4℃、10000×gで5分間遠心分離した後、上澄み液を回収した。残渣の沈殿物に再び0.01mol/Lの酢酸ナトリウム水溶液を5mL加え、上記と同様に30℃で1時間の振とう処理により、寒天から酵素を抽出した。この抽出液を上記と同様に4℃、10000×gで5分間遠心分離した後、上澄み液を回収し、先に得た上澄み液と混和した。以上の抽出操作をもう一度行い、得られた上澄み液をすべて混和し、約20mLの酵素抽出液とした。
【0054】
α-アミラーゼの酵素活性は、キッコーマンバイオケミファ株式会社製α-アミラーゼ測定キットを使用して測定した。
【0055】
図3は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合において、図3の(a)は麹菌の菌体コロニーの直径を示すグラフであり、図3の(b)は麹菌の産生するα-アミラーゼ活性(酵素活性)を示すグラフであり、図3の(c)は磁場強度と上記α-アミラーゼの酵素活性上昇度との関係を示すグラフである。なお、図3の(c)における酵素活性上昇度とは、比較例3に対する酵素活性の倍率を示す。
【0056】
図3の(a)に示すように、実施例1における菌体コロニーの直径は、比較例1~3と比較して増加していた。このとき、実施例1における菌体コロニーの直径は、比較例3における菌体コロニーの直径の略120%であった。
【0057】
また、図3の(b)に示すように、実施例1におけるα-アミラーゼ活性は、比較例1~3と比較して大きく増加していた。このとき、実施例1におけるα-アミラーゼ活性は、比較例3におけるα-アミラーゼ活性の略180%であった。
【0058】
これらの結果から、磁場印加および光照射によるα-アミラーゼ活性の増加は、麹菌の生育促進による菌体数の上昇のみではなく、麹菌自体のα-アミラーゼ産生量の増加に起因することが示唆された。
【0059】
また、図3の(c)に示すように、実施例1におけるα-アミラーゼ活性上昇度は、磁場強度に略比例していた。一方、比較例1におけるα-アミラーゼ活性上昇度は、実施例1におけるα-アミラーゼ活性上昇度と比べると、磁場強度を変化させても大きく変化しなかった。すなわち、α-アミラーゼ活性を上昇させるためには、適切な磁場強度および光照射の、両方の要素が重要であることが示された。
【0060】
(酸性カルボキシペプチダーゼ活性評価)
本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合の、麹菌による酸性カルボキシペプチダーゼ生産への影響について、酸性カルボキシペプチダーゼ活性測定により評価した。酸性カルボキシペプチダーゼの活性測定は、上記α-アミラーゼ活性測定における方法と同様に酵素抽出液を調製し、キッコーマンバイオケミファ株式会社製の酸性カルボキシペプチダーゼ測定キットを使用して行った。
【0061】
図4は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合において、図4の(a)は麹菌の菌体コロニーの直径を示すグラフであり、図4の(b)は麹菌の産生する酸性カルボキシペプチダーゼ活性(酵素活性)を示すグラフであり、図4の(c)は磁場強度と上記酸性カルボキシペプチダーゼの酵素活性上昇度との関係を示すグラフである。なお、図4の(c)における酵素活性上昇度とは、比較例3に対する酵素活性の倍率を示す。
【0062】
図4の(a)に示すように、実施例1における菌体コロニーの直径は、比較例1~3と比較して増加していた。このとき、実施例1における菌体コロニーの直径は、比較例3における菌体コロニーの直径の略120%であった。
【0063】
一方、図4の(b)に示すように、実施例1における酸性カルボキシペプチダーゼ活性は、比較例1~3と比較して大きく増加していた。このとき、実施例1における酸性カルボキシペプチダーゼ活性は、比較例3における酸性カルボキシペプチダーゼ活性の略230%であった。
【0064】
これらの結果から、磁場印加および光照射による酸性カルボキシペプチダーゼ活性の増加は、上述したα-アミラーゼ活性と同様に、麹菌の生育促進による菌体数の上昇のみではなく、麹菌自体の酸性カルボキシペプチダーゼ産生量の増加に起因することが示唆された。
【0065】
また、図4の(c)に示すように、実施例1における酸性カルボキシペプチダーゼ活性上昇度は、磁場強度に略比例していた。一方、比較例1における酸性カルボキシペプチダーゼ活性上昇度は、実施例1における酸性カルボキシペプチダーゼ活性上昇度と比べると、変化が少なかった。すなわち、酸性カルボキシペプチダーゼ活性を上昇させるためには、適切な磁場強度および光照射の、両方の要素が重要であることが示された。
【0066】
(照射する光の波長)
上述の光照射が麹菌に及ぼす影響について、光の波長依存性を評価した。照射する光の波長は、青色光領域、緑色光領域、または赤色光領域とした。各色の光は、白色光源にセロファンもしくはプラスチックフィルターを組み合わせ、それぞれの色に相当する波長範囲(青色光:最大強度波長466nm、分布350~570nm;緑色光:最大強度波長542nm、分布470~600nm;赤色光:最大強度波長624nm、分布575~700nm)の光が透過するようにして照射した(図5の(d)参照)。
【0067】
図5は、本発明の実施例または比較例に係る方法を用いた場合における麹菌の菌体コロニーの直径を示すグラフであって、照射した光は、(a)は赤色光であり、(b)は青色光であり、(c)は緑色光である。また、図5の(d)は、それぞれの照射光のスペクトルを示すグラフである。
【0068】
図5の(a)に示すように、光照射に赤色光を用いた場合、実施例1における菌体コロニーの直径は、比較例1~3と比較して増加した。これは、白色光を用いた場合(例えば、図1等参照)と同様の結果であった。
【0069】
一方、図5の(b)に示すように、光照射に青色光を用いた場合、比較例3と比べて比較例2では若干菌体コロニーの直径が減少した。一方、実施例1では、比較例2で見られた菌体コロニーの直径の減少が回復した。すなわち、青色光の照射によって麹菌の生育阻害が見られたが、さらに磁場を印加することで上記生育阻害を緩和する効果が見られた。
【0070】
なお、図5の(c)に示すように、光照射に緑色光を用いた場合、実施例1および比較例1~3において、菌体コロニーの直径に変化は見られなかった。すなわち、緑色光は麹菌の生育に影響を及ぼさないことが示唆された。
【0071】
これらの結果から、磁場印加に加えて行われる光照射の麹菌への影響は、主に赤色光領域の波長の光によるものであることが示唆された。すなわち、赤色光の照射は、磁場印加と組み合わせることで麹菌の生育を促進し、これにより麹菌が生産する糖化酵素およびタンパク質分解酵素の生産量向上に繋がることが示唆された。
【0072】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、麹菌を用いた醸造、発酵製品製造、および薬品製造等に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5