(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】蛍光性組成物、蛍光性デバイス、及び蛍光性組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C09K 11/61 20060101AFI20221206BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20221206BHJP
C09K 11/85 20060101ALI20221206BHJP
G02B 5/20 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
C09K11/61
C09K11/08 A
C09K11/85
G02B5/20
(21)【出願番号】P 2019032101
(22)【出願日】2019-02-25
【審査請求日】2022-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】曽我 公平
【審査官】福山 駿
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-249253(JP,A)
【文献】特開2006-249254(JP,A)
【文献】特開2008-266628(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/61
C09K 11/08
C09K 11/85
G02B 5/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種の元素の3価陽イオンと、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンとを含む蛍光性組成物。
【請求項2】
前記ランタノイド元素が、周期表におけるプラセオジム(Pr)からイッテルビウム(Yb)までの元素である請求項1に記載の蛍光性組成物。
【請求項3】
前記ランタノイド元素が、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、及びイッテルビウム(Yb)である請求項1に記載の蛍光性組成物。
【請求項4】
前記3価陽イオンが、Er
+3である請求項1に記載の蛍光性組成物。
【請求項5】
前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF
4
-1、ClO
4
-1及びPF
6
-1から選ばれる少なくとも1種である請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の蛍光性組成物。
【請求項6】
前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF
4
-1及びClO
4
-1から選ばれる少なくとも1種である請求項5に記載の蛍光性組成物。
【請求項7】
前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF
4
-1である請求項5に記載の蛍光性組成物。
【請求項8】
さらに有機溶媒を含む請求項1~請求項7のいずれか1項に記載の蛍光性組成物。
【請求項9】
さらに高分子を含む請求項1~請求項8のいずれか1項に記載の蛍光性組成物。
【請求項10】
請求項1~請求項9のいずれか1項に記載の蛍光性組成物を含む蛍光性デバイス。
【請求項11】
請求項8に記載の蛍光性組成物を製造する方法であって、
有機溶媒と、ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種の元素の3価陽イオンを生じる化合物と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物とを混合して混合液を得る工程と、
前記混合液から水分を除去する工程と、
を含む蛍光性組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、蛍光性組成物、蛍光性デバイス、及び蛍光性組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長波長を短波長に変換する、いわゆるアップコンバージョンを示す材料を用いた技術が知られている。アップコンバージョンは、発光源となるイオンや分子の電子準位において、多段階で励起光を吸収し、一段階で励起されるよりも高いエネルギー準位にまで発光源の電子を励起することで、発光において励起光よいも高い光子エネルギーをもつ光、すなわち短い波長の光を発する現象である。例えば、近赤外光を照射して可視光や紫外光を得ることができる。
例えば、発光源として希土類イオンを含有するホストにおいて、第1段階における励起準位の寿命が十分に長ければ2段階目の励起が起こり、アップコンバージョンが発現する。希土類イオンは発光効率が高いため発光源として有用であり、近赤外光を励起光とすることにより波長1000nmを超える近赤外蛍光や、可視アップコンバージョン光を発する。
【0003】
アップコンバージョンを利用した各種デバイスが提案されている。
例えば、特許文献1には、アップコンバージョン機能を有するランタノイド含有無機微粒子と、バインダー樹脂とを含有する合わせガラス用中間膜が提案されている。
また、特許文献2には、ホスト金属のハロゲン化物等と希土類元素とを含むナノ粒子、当該ナノ粒子をポリマー、ガラス等に分散させた複合材料等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-172253号公報
【文献】特表2002-540247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、セラミックス等をホストとした数nm以上の粒径の粒子分散体が提案されているが、例えば、希土類含有セラミックスナノ粒子は、粒径が大きく、生体内応用が困難である。
また、アップコンバージョン現象を示すセラミックナノ粒子を樹脂と混合してフィルムとした場合、ディスプレイなどに適した透明なフィルムを得ることは困難である。
【0006】
上記事情に鑑み、本開示は、発光源として希土類イオンを含み、有機溶媒又は高分子と混合した状態でも近赤外光(波長800nm~2500nm)によって励起して蛍光を発する蛍光性組成物及びその製造方法並びにそれを用いた蛍光性デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段には、以下の態様が含まれる。
<1> ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種の元素の3価陽イオンと、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンとを含む蛍光性組成物。
<2> 前記ランタノイド元素が、周期表におけるプラセオジム(Pr)からイッテルビウム(Yb)までの元素である<1>に記載の蛍光性組成物。
<3> 前記ランタノイド元素が、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、及びイッテルビウム(Yb)である<1>に記載の蛍光性組成物。
<4> 前記3価陽イオンが、Er+3である<1>に記載の蛍光性組成物。
<5> 前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF4
-1、ClO4
-1及びPF6
-1から選ばれる少なくとも1種である<1>~<4>のいずれか1つに記載の蛍光性組成物。
<6> 前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF4
-1及びClO4
-1から選ばれる少なくとも1種である<5>に記載の蛍光性組成物。
<7> 前記含ハロゲン配位性陰イオンが、BF4
-1である<5>に記載の蛍光性組成物。
<8> さらに有機溶媒を含む<1>~<7>のいずれか1つに記載の蛍光性組成物。
<9> さらに高分子を含む<1>~<8>のいずれか1つに記載の蛍光性組成物。
<10> <1>~<9>のいずれか1つに記載の蛍光性組成物を含む蛍光性デバイス。
<11> <8>に記載の蛍光性組成物を製造する方法であって、
有機溶媒と、ランタノイド元素から選ばれる少なくとも1種の元素の3価陽イオンを生じる化合物と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物とを混合して混合液を得る工程と、
前記混合液から水分を除去する工程と、
を含む蛍光性組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
発光源として希土類イオンを含み、有機溶媒又は高分子と混合した状態でも近赤外光(波長800nm~2500nm)によって励起して蛍光を発する蛍光性組成物及びその製造方法並びにそれを用いた蛍光性デバイスが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】ErCl
3とNH
4BF
4とのモル比を変えてDMFに溶解させて調製した溶液の励起光980nmにおける蛍光スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示の実施形態の一例について図面を参照しつつ説明する。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
【0011】
本発明者は、新たなアップコンバージョン発光を示す材料を開発すべく検討を行う中、アップコンバージョン機能を有するセラミックスナノ微粒子を水に入れた場合は発光しないが、疎水性溶媒に入れた場合は発光することを知見した。そこで、発光効率が高い希土類イオンを用い、疎水性溶媒中でアップコンバージョン発光を示す構造を作ることができれば、液状のアップコンバージョン発光材料を得ることができ、さらに高分子との組み合わせによっても新たなアップコンバージョン発光材料の開拓が期待できると考えた。
【0012】
溶液中で3価の希土類イオンにはOH
-が配位していることが多い。しかし、OH
-は3000cm
-1を超える大きな振動エネルギーを有するため、大きな多フォノン緩和速度をもたらす。そこで溶媒中では振動緩和を起こしにくい陰イオンを希土類イオンに配位させつつ、OH
-を除去することが課題となる。
そこで、本発明者は、強い結合安定性を持ち、非極性を持つBF
4
-に着目した。BF
4
-は球対称な結合軌道を持ち、分子内振動による分極変化が起きにくい分子の一つであり、
図1に示すように、Bを中心とした対称な正四面体構造(球対称電子構造)を取るため非極性を示す。希土類イオンにBF
4
-を配位させた錯体を作製することによりOH基の振動による熱緩和が抑制され、有機溶媒中でも発光を示す錯体が得られると考えた。
【0013】
そして実験を行ったところ、適切な溶媒を用いてEr3+とBF4
-とを含む組成物とすることで安定して蛍光を呈することを見出し、さらに、Er3+とBF4
-との組み合わせに限らず、ランタノイド元素の3価陽イオンと、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンとを含む組成物とすることで、有機溶媒と混合した液体でも、高分子と混合した固体でも蛍光を発することを見出し、本発明の完成に至った。
【0014】
<蛍光性組成物>
本開示に係る蛍光性組成物は、ランタノイド元素の3価陽イオン(本明細書において「ランタノイド3価陽イオン」と称する場合がある。)と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオン(本明細書において「球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン」と称する場合がある。)とを含む。
本開示に係る蛍光性組成物は、ランタノイド3価陽イオンと球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンのほかに、有機材料を含むことが好ましい。有機溶媒又は高分子から選ばれる有機材料を含むことで液体状又は固体状の蛍光性組成物とすることができる。有機溶媒と高分子を含む蛍光性組成物としてもよい。
以下、本開示に係る蛍光性組成物を構成する材料について具体的に説明する。
【0015】
(ランタノイド元素の3価陽イオン)
本開示に係る蛍光性組成物に含まれるランタノイド3価陽イオンとしては、近赤外光(波長800nm~2500nm)によって励起して蛍光を発することが好ましい。ランタノイド3価陽イオンとして好適に使用できるランタノイド元素としては、取扱い性、発光効率などの観点から、例えば、周期表におけるプラセオジム(Pr)からイッテルビウム(Yb)までの元素、すなわち、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホロミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、及びイッテルビウム(Yb)が挙げられる。これらの中でもHo、Er、Tm、及びYbがより好ましい。特にEr、すなわち、ランタノイド3価陽イオンはEr+3であることが特に好ましい。
【0016】
本開示に係る蛍光性組成物は、ランタノイド3価陽イオンを1種含んでもよいし、2種以上含んでもよい。例えば、近赤外励起によって蛍光を発する光源としてEr+3を含み、さらに増感剤としてYb+3を含んでもよい。
【0017】
(球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオン)
本開示に係る蛍光性組成物に含まれる球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオン(球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン)は、ハロゲン元素を含み、球対称性の配位構造を有する陰イオンを意味する。球対称電子構造であることで、電気双極子が互いに消しあって振動緩和を起しにくい。1つのランタノイド3価陽イオンを中心とし、その周りを、球対称電子構造を有する1価の含ハロゲン配位性陰イオンが3つ囲むことで電気的に中和し、全体に大きな分極を生じないことで有機溶媒に溶解すると考えられる。ただし、本開示の蛍光性組成物による発光メカニズムは定かでなく、3配位ではなく、さらに大きな配位数で配位しプロトンかアンモニウムイオンが電荷補償している可能性もある。
本開示に係る蛍光性組成物に含まれる含ハロゲン配位性陰イオンとしては、取扱い性、安定性などの観点から、BF4
-1、ClO4
-1及びPF6
-1が好ましく、BF4
-1及びClO4
-1がより好ましく、BF4
-1が特に好ましい。
【0018】
(有機溶媒)
本開示に係る蛍光性組成物は、有機溶媒を含んで構成されていてもよい。有機溶媒としては、ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物及び球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物を溶解してそれぞれイオンを生じ、近赤外光励起によって蛍光を発する蛍光性組成物が得られる溶媒を選択する。
例えば、OH基を有する溶媒を用いると、振動緩和が生じて発光が妨げられ易く、ヘキサン、ベンゼンなどの疎水性が強い溶媒には、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを得るための化合物が溶解し難い。
これらの観点から、有機溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、クロロホルム、酢酸エチル、塩化メチレン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)などが挙げられる。特に、極性非プロトン性有機溶媒が好ましく、THF、アセトン、アセトニトリル、DMF、DMSOがより好ましい。なお、有機溶媒は1種又は2種以上を混合して用いてもよい。
また、例えば、ヘキサン、ベンゼンなどの疎水性が強い溶媒は、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンとなる化合物が溶解し難いが、DMF等の化合物が可溶な有機溶媒と併用して使用してもよい。
【0019】
(高分子)
本開示に係る蛍光性組成物は、高分子を含んで構成されていてもよい。高分子としては、相溶性の観点から、疎水性高分子が好ましい。
疎水性高分子としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン-プロピレン共重合体、ポリ(4-メチル-1-ペンテン)等のオレフィン系ポリマー、アクリル酸エステル系共重合体;塩化ビニル、塩素化ビニル樹脂等の含ハロゲン系ポリマー;ポリスチレン、スチレン-メタクリル酸メチル共重合体、スチレン-アクリロニトリル共重合体、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレンブロック共重合体等のスチレン系ポリマー;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル;ナイロン6、ナイロン66、ナイロン610等のポリアミド;ポリアセタール;ポリカーボネート;ポリフェニレンオキシド;ポリフェニレンスルフィド;ポリエーテルエーテルケトン;ポリサルホン;ポリエーテルサルホン;ポリオキシベンジレン;ポリアミドイミド;ポリブタジエン系ゴム、アクリル系ゴムを配合したABS樹脂(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂)、ASA樹脂(アクリロニトリル-スチレン-アクリレート樹脂)、セルロース系樹脂、ブチラール系樹脂等が挙げられる。
これらの1種又は2種以上の疎水性高分子を有機溶媒に溶解した高分子溶液を用いてもよい。
【0020】
<蛍光性組成物の製造方法>
本開示に係る蛍光性組成物を製造する方法は特に限定されないが、例えば、有機溶媒と、ランタノイド元素の3価陽イオンと、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンとを含む蛍光性組成物(蛍光性組成物溶液)を製造する場合、有機溶媒と、ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物とを混合して混合液を得る工程と、前記混合液から水分を除去する工程と、を含むことが好ましい。
【0021】
(混合工程)
有機溶媒と、ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物とを含む場合、有機溶媒と、ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物と、球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物とを混合する。
【0022】
-有機溶媒-
有機溶媒としては、OH基が含まれず、材料を溶解することができる疎水性溶媒が好適である。例えば、ジエチルエーテル、クロロホルム、酢酸エチル、塩化メチレン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトン、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)が挙げられる。特に、極性非プロトン性有機溶媒が好ましく、THF、アセトン、アセトニトリル、DMF、DMSOがより好ましく、DMFが特に好ましい。
【0023】
-ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物-
ランタノイド元素の3価陽イオンを生じる化合物(ランタノイド3価陽イオン生成化合物)としては、有機溶媒に溶解してランタノイド3価陽イオンを生じる化合物であればよく、例えば、ErCl3、YbCl3、Er(NO3)3、Yb(NO3)3などが挙げられる。
【0024】
-球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物-
球対称電子構造を有する含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物(球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン生成化合物)としては、有機溶媒に溶解して球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンを生じる化合物であればよく、例えば、テトラフルオロホウ酸アンモニウム(NH4BF4)、ヘキサフルオロリン酸アンモニウム(NH4PF6)、過塩素酸アンモニウム(NH4ClO4)などが挙げられる。
【0025】
有機溶媒に対するランタノイド3価陽イオン生成化合物及び球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン生成化合物の濃度はアップコンバージョンを発現すれば特に限定されない。
使用する有機溶媒及び各化合物によって濃度は異なるが、各化合物を溶解してイオンを生成させ、アップコンバージョンを効率的に発現させる観点から、例えば、ランタノイド3価陽イオン生成化合物が0.001~0.1mol/Lであり、球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン生成化合物は0.003~1mol/Lである。
また、ランタノイド3価陽イオンに対する球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンとの混合モル比は、蛍光、好ましくは近赤外励起によるアップコンバージョン光を発現すれば特に限定されず、組み合わせによって決めればよいが、ランタノイド3価陽イオンに対する球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンのモル比が多過ぎると発光効率が低下する傾向がある。発光効率の観点から、ランタノイド3価陽イオンに対する球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンのモル比(球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン/ランタノイド3価陽イオン)は、1~10が好ましく、2~8がより好ましく、3~7がさらに好ましい。
【0026】
(水分除去工程)
有機溶媒と、ランタノイド3価陽イオン生成化合物と、球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン生成化合物とをそれぞれ所定の割合で混合して混合溶液とした後、混合液に含まれる水分を除去(脱水)する。
【0027】
脱水手段としては、混合溶液に含まれる球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオン、ランタノイド3価陽イオン、有機溶媒と反応せずに水分を除去することができればよい。例えば、加熱して脱水を行うこともできるが、加熱によって有機溶媒も蒸発し易くなるため、脱水剤を用いて脱水を行うことが好ましい。脱水剤としては、塩化カルシウム、シリカゲル、ゼオライトが挙げられ、特に、化学的に不活性であり、水分子を強く吸着する観点から、モレキュラーシーブ(ゼオライトの一種)が好ましい。
【0028】
以上の工程を経て、本開示に係る蛍光性組成物溶液を製造することができる。
なお、本開示に係る蛍光性組成物は、有機溶媒を含有する液状に限定されず、例えば、加熱等によって溶媒を除去して粉末状にしてもよいし、混合工程において有機溶媒とともに高分子を添加して、あるいは、蛍光性組成物溶液に高分子を添加した後、有機溶媒を除去して固体状の蛍光性組成物としてもよい。
【0029】
<蛍光性デバイス>
本開示に係る蛍光性組成物は、有機溶媒や高分子も含む状態で近赤外励起によって蛍光を発し、アップコンバージョン発光も可能であり、アップコンバージョン光源、光学機器、ディスプレイ、バイオ蛍光プローブ、太陽電池などの波長変換材料、光ファイバなどの蛍光性デバイスに適用することができる。
【0030】
(蛍光性ディスプレイ)
例えば、ランタノイド3価陽イオンと、球対称電子構造含ハロゲン配位性陰イオンと、有機溶媒と、高分子を含む蛍光性組成物を含む混合液から、有機溶媒を除去して用途に応じて、例えばフィルム状に成形することで、透明な蛍光性フィルムを得ることができる。
さらに、得られた蛍光性フィルムを例えば合わせガラス間に配置することで、高いコントラストで画像を表示する蛍光性ディスプレイに適用することができる。
あるいは、有機溶媒と高分子を含む蛍光性組成物をガラス板の表面に塗布した後、乾燥させることで蛍光性ガラスを製造してもよい。
【0031】
(バイオ蛍光プローブ)
蛍光バイオイメージングは現象の動的観察、多色観察、高感度観察が可能なイメージングであり、例えば、マウスの全身における物質の移動や分布を観察したり計測したりするためのin vivo 蛍光バイオイメージング(IFBI)は、生命化学や医学の研究領域で不可欠なツールとなっている。
蛍光バイオイメージング技術において1000nm~1800nmの近赤外の波長領域は「生体の窓」と呼ばれ、生体組織における透過性が高い領域である。本開示に係る蛍光性組成物を蛍光標識剤として用い、1000nm~1800nmの近赤外の波長領域の光を照射し、近赤外励起による蛍光をカメラ等で測定することで生体内外の現象を調べることができる。
【0032】
(太陽電池)
太陽光に含まれる広範囲の波長のうちエネルギーの小さい近赤外光を太陽電池素子によって光電変換することは困難であるが、本開示に係る蛍光性組成物によって可視光へのアップコンバージョン光に変換することで、太陽電池素子による太陽光の変換効率を向上させることができる。
【0033】
(光ファイバ)
ガラス、樹脂などの管に本開示に係る蛍光性組成物を保持した形態とすることで、光ファイバとしての適用も考えられる。
【実施例】
【0034】
以下、本開示の実施例について説明するが、本開示に係る蛍光性組成物はこの実施例に限定されるものではない。
【0035】
<実施例1>
(蛍光性組成物溶液の作製)
N,N-ジメチルホルムアミド(超脱水、富士フイルム和光純薬社製)7.5mLに塩化エルビウム(ErCl3 、0.16mmol,0.466mL)とテトラフルオロほう酸アンモニウム(NH4BF4、1.12mmol、0.1174g)を加え40分間超音波振動させる。
その後、脱水剤として結晶性ゼオライト(富士フイルム和光純薬社製、モレキュラーシーブス4A 1/16、0.0550g)を加え、72時間時々攪拌させながら静置する。72時間後、新たにモレキュラーシーブス4A 1/16(0.0200g)を加え、24時間時々攪拌させながら静置する。
これにより、DMF中にEr3+とBF4
-(BF4
-/Er3+のモル比n=7)を含む蛍光組成物(蛍光性組成物溶液)を得た。
【0036】
(可視発光スペクトルの測定)
得られた試料に対して波長980nm励起における可視発光スペクトルを測定した。なお、近赤外光照射、発光スペクトル測定は以下の機器を用いて行った。
・島津分光光度計(島津製作所,RF-5300)
・レーザー(BWT K976AA2RN-9.000W)
・近赤外ロングパスフィルター(Edmund Optics,R190863-10223)
【0037】
<実施例2>
Er3+とBF4
-のモル比をn=10に変更したこと以外は、実施例1と同様にして蛍光組成物(蛍光性組成物溶液)を得て、可視発光スペクトルを測定した。
【0038】
<実施例3>
Er3+とBF4
-のモル比をn=5に変更したこと以外は、実施例1と同様にして蛍光組成物(蛍光性組成物溶液)を得て、可視発光スペクトルを測定した。
【0039】
<比較例1>
NH4BF4を添加しなかった(n=0)こと以外は、実施例1と同様にして蛍光組成物(蛍光性組成物溶液)を得て、可視発光スペクトルを測定した。
【0040】
(評価結果)
得られた試料の可視発光スペクトルを
図2に示す。いずれも励起光980nmによりEr
3+由来の発光(波長520nm,540nm,660nm)を示し、n=5において最も強いアップコンバージョン発光が得られた。
NH
4BF
4の添加量の増加に伴い、スペクトル形状が変化し、励起状態吸収により生じる波長650nmの蛍光が波長540nmの蛍光に対して増大した。Er
3+にBF
4
-が配位することで相対的に緑色光に対して赤色光が強くなり、全体の蛍光強度が強くなると考えられる。スペクトルの形状の変化は、溶液中でEr
3+に配位する陰イオンの変化を反映していると考えられ、おそらくn=5では高い確率でBF
4
-がEr
3+に配位していると推察される。