(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】希土類磁石用合金
(51)【国際特許分類】
H01F 1/055 20060101AFI20221206BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20221206BHJP
H01F 1/059 20060101ALI20221206BHJP
【FI】
H01F1/055 170
C22C38/00 303D
H01F1/059 130
(21)【出願番号】P 2018054054
(22)【出願日】2018-03-22
【審査請求日】2021-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【氏名又は名称】梶谷 美道
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 啓幸
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-013138(JP,A)
【文献】特開2010-123722(JP,A)
【文献】国際公開第2016/162990(WO,A1)
【文献】特表2020-502776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/00-1/117
B22F 3/00
C22C 33/02、38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主相および1種以上の副相を有する希土類磁石用合金であって、合金全体の組成が下記の組成式(1)によって表され、
R(Fe,Co)
w-z
Ti
z
Cu
α
Sn
β
(1)
Rは希土類元素の少なくとも1種であり、
w、z、およびαは、それぞれ
8≦w≦13、
0.42≦z<0.70、
0.35≦α≦0.82、および
0<β≦0.10
を満足する、希土類磁石用合金。
【請求項2】
前記RはR1およびR2から構成され、
全体の組成が下記の組成式(2)で表わされ、
R1
1-x
R2
x
(Fe
1-y
Co
y
)
w-z
Ti
z
Cu
α
Sn
β
(2)
R1はY又はYとGdであり、YはR1全体の50mol%以上であり、
R2はSm、La、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種であり、Smを必ず含み、SmはR2全体の50mol%以上であり、
xおよびyは、それぞれ、
0.5≦x≦1.0、
0≦y≦0.4、
を満足する、請求項1に記載の希土類磁石用合金。
【請求項3】
前記主相は、ThMn
12
型の結晶構造を有し、
前記主相の組成は下記の組成式(3)で表わされ、
R1
1-x´
R2
x´
(Fe
1-y´
Co
y´
)
12-z´-α´
Ti
z´
Cu
α´
(3)
x´、y´、z´、およびα´は、それぞれ、
0.5≦x´≦1.0、
0≦y´≦0.4、
0.48≦z´<0.91、および、
0.15≦α´≦0.30を満足する、請求項2に記載の希土類磁石用合金。
【請求項4】
z´、は、0.48≦z´<0.74
を満足する、請求項3に記載の希土類磁石用合金。
【請求項5】
前記主相はThMn
12
型の結晶構造を有する相であり、
前記副相は主に副相全体の50mol%以上がCu組成の結晶相とSn基の結晶相である、請求項3または4に記載の希土類磁石用合金。
【請求項6】
前記副相は、少なくともCu基のKHg
2
型の結晶構造の相またはCu基で希土類元素と3d遷移元素の組成がモル比で1:4の相を含み、かつ、少なくともSn基のNdPtSb型の結晶構造の相を含んでいる、請求項5に記載の希土類磁石用合金。
【請求項7】
KHg
2
型の結晶構造の相が体積比率で前記副相の50%以上である、請求項6に記載の希土類磁石用合金。
【請求項8】
前記副相はR原子を含み、副相中に存在するR原子は[R2]/([R1]+[R2])のモル比が合金全体の組成よりも高い、請求項5から7のいずれかに記載の希土類磁石用合金。
【請求項9】
Cu基の副相の組成式比率が、9mol%以上27mol%以下であり、かつSn基の相はCu基の相よりも少ない、請求項5から8のいずれかに記載の希土類磁石用合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、希土類磁石用合金に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、希土類元素の含有量を低減した磁石の開発が求められている。本明細書において希土類元素とは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、およびランタノイドからなる群から選択された少なくとも1つの元素をいう。ここで、ランタノイドとは、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15の元素の総称である。含有する希土類元素の組成比率が相対的に小さい強磁性合金として、体心正方晶のThMn12型結晶構造を有するRT12(Rは希土類元素の少なくとも1種、TはFe、CoまたはNi)が知られている。RT12は高い磁化を有するが、結晶構造が熱的に不安定であるという問題がある。
【0003】
特許文献1には、T元素であるFeの一部を、構造安定化元素であるTiにより部分的に置換して、高い磁化と引き換えに、熱安定性を高めた希土類永久磁石が開示されている。
【0004】
特許文献2には、RFe12系化合物のR元素を、Zr、Hf等の置換元素M1により部分的に置換することで、遷移金属元素を置換するTi等の置換元素M2の量を減らして飽和磁化を保ったまま、ThMn12構造を安定化した希土類永久磁石が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、RFe12のR元素の一部としてYまたはGdを選択した、R´-Fe-Co系強磁性合金が開示されており、このR´-Fe-Co系強磁性合金が、超急冷法により生成させたThMn12型結晶構造を有することで、高い磁気特性を示す点が記載されている。
【0006】
また、特許文献4には、Cuを添加することで非磁性かつ低融点の1-4組成(SmCu4相)の相が生成し、焼結と高保磁力化が可能なことが記載されている。
【0007】
また、特許文献5には、ThMn12型の主相に対し副相としてSm5Fe17系相、SmCo5系相、Sm2O3系相、およびSm7Cu3系相の少なくともいずれかを含むことで、高保磁力化が可能なことが記載されている。
【0008】
また、特許文献6には、Cuを添加することで液相が生成し緻密なバルク体が形成可能なことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開昭64-76703号公報
【文献】特開平4-322406号公報
【文献】特開2015-156436号公報
【文献】特開2001-189206号公報
【文献】特開2017-112300号公報
【文献】国際公開第2016/162990号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
高性能磁石として多用されている異方性磁石に用いられる、単結晶ライクの主相粒子は、微粉砕時に原料合金(被粉砕物)が単結晶単位まで高効率に粉砕されることにより得られる。さらに焼結工程の際の一般的な処理温度を考慮すると、主相化合物は、少なくとも900℃以上、好ましくは1000℃以上で安定に存在することも求められる。
【0011】
特許文献1に記載の希土類永久磁石は、TiによるFeの元素置換により、熱安定性が高められているものの、TiによるFe置換量が多いため、その分磁化が小さくなり、十分な磁気特性を得られない。
【0012】
一方、特許文献2に記載の希土類永久磁石では、Ti等で遷移金属元素を置換することによりThMn12構造の安定化を図っているものの、その効果は必ずしも十分でない。
【0013】
特許文献3に記載のR´-Fe-Co系強磁性合金は、Fe元素を構造安定化元素M(Ti等)で置換していないため、高い磁化と大きい磁気異方性と高いキュリー温度を得られているが、非平衡相であるために、焼結等の高温での緻密化プロセスにおいて主相化合物が分解することがある。
【0014】
特許文献4に記載の希土類磁石では、Ti添加量が多いために磁気物性値が高くないことがある。さらに主相へCuが固溶するため飽和磁化や磁気異方性が低下することが懸念される。
【0015】
特許文献5に記載の希土類磁石では、希土類リッチな副相Sm7Cu3を使用した場合、熱処理時に主相よりも希土類リッチな組成へと平衡状態が移動し主相比率が低下することが懸念される。
【0016】
特許文献6に記載の希土類磁石では、Fe元素を構造安定化元素Mで置換していないため、高い磁化と大きい磁気異方性と高いキュリー温度を得られ、かつバルク体としての密度が高いが、非平衡相であるために、1000℃以上の焼結等の高温でのプロセスにおいて主相化合物が分解することがある。さらに異方性焼結磁粉を得難い。
【0017】
そこで、本開示の目的は、異方性焼結磁粉を得るのに適した希土類磁石合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本開示の希土類磁石用合金は、主相および1種以上の副相を有する希土類磁石用合金であって、合金全体の組成が下記の組成式(1)によって表され、
R(Fe,Co)w-zTizCuα Snβ (1)
Rは希土類元素の少なくとも1種であり、w、z、およびαは、それぞれ8≦w≦13、0.42≦z<0.70、0.35≦α≦0.82、および0<β≦0.10を満足する。
【0019】
ある実施形態において、前記RはR1およびR2から構成され、
全体の組成が下記の組成式(2)で表わされ、
R11-xR2x(Fe1-yCoy)w-zTizCuαSnβ (2)
R1はY又はYとGdであり、YはR1全体の50mol%以上であり、R2はSm、La、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種であり、Smを必ず含み、SmはR2全体の50mol%以上であり、xおよびyは、それぞれ、0.5≦x≦1.0、0≦y≦0.4、を満足する。
【0020】
ある実施形態において、前記主相は、ThMn12型の結晶構造を有し、
前記主相の組成は下記の組成式(3)で表わされ、
R11-x’R2x’(Fe1-y’Coy’)12-z’-α’Tiz’Cuα’ (3)
x’、y’、z’、およびα’は、それぞれ、0.5≦x’≦1.0、0≦y’≦0.4、0.48≦z’<0.91、および、0.15≦α’≦0.30を満足する。
ある実施形態において、 z’、は、0.48≦z’<0.74を満足する。
【0021】
ある実施形態において、前記主相はThMn12型の結晶構造を有する相であり、前記副相は主に副相全体の50mol%以上がCu組成の結晶相とSn基の結晶相である。
【0022】
ある実施形態において、前記副相は、少なくともCu基のKHg2型の結晶構造の相またはCu基で希土類元素と3d遷移元素の組成がモル比で1:4の相を含み、かつ、少なくともSn基のNdPtSb型の結晶構造の相を含んでいる。
【0023】
ある実施形態において、KHg2型の結晶構造の相が体積比率で前記副相の50%以上である。
【0024】
ある実施形態において、前記副相はR原子を含み、副相中に存在するR原子は[R2]/([R1]+[R2])のモル比が合金全体の組成よりも高い。
【0025】
ある実施形態において、Cu基の副相の組成式比率が、9mol%以上27mol%以下であり、かつSn基の相はCu基の相よりも少ない
【発明の効果】
【0026】
本発明の実施形態によれば、磁気特性および熱安定性が向上した異方性磁粉を高効率に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】本開示の実施形態における実施例1の希土類磁石合金について、1050℃20分間の熱処理後における偏光顕微鏡断面組織の観察結果と組成分析結果を示す図である。
【
図2】本開示の実施形態における実施例1の希土類磁石合金について、1050℃20分間の熱処理後における走査電子顕微鏡(SEM)で得られた反射電子(BSE)像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[希土類磁石用合金の組成]
本開示の希土類磁石用合金は、例示的で限定的ではない実施形態において、主相および副相を有し、全体の組成が下記の組成式(1)によって表される。
R(Fe,Co)w-zTizCuαSnβ (1)
ここで、Rは希土類元素の少なくとも1種である。また、w、z、およびαは、それぞれ、8≦w≦13、0.42≦z<0.70、0.35≦α≦0.82、0<β≦0.10を満足する。
【0029】
ある実施形態においては、全体の組成が下記の組成式(2)で表わされる。
R11-xR2x(Fe1-yCoy)w-zTizCuαSnβ (2)
ここで、RはR1およびR2から構成される。R1はY又はYとGdであり、YはR1全体の50mol%以上であり、R2はSm、La、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種であり、Smを必ず含み、SmはR2全体の50mol%以上である。R1は、Yのみ(不可避的不純物は除く)であることが好ましく、R2は、Smのみ(不可避的不純物は除く)であることが好ましい。x、y、z、wは、それぞれ、0.5≦x≦1.0、0≦y≦0.4、8≦w≦12、0.42≦z<0.70、0.35≦α≦0.82、0<β≦0.10を満足する。
【0030】
希土類元素RにSmを含ませることにより、高保磁力化に重要となる主相の磁気異方性を向上させることができる。
【0031】
本発明者らが鋭意研究した結果、上記の組成式(1)および(2)に示されるように、原料合金にCuを添加することにより、原料合金の溶湯を急冷して凝固した合金中に主相(高い磁化と磁気異方性を有する硬磁性相)と共存する希土類リッチな相(副相)が生成することを見出した。この主相より希土類リッチな副相の生成により、急冷凝固合金に対して行う熱処理による主相の結晶成長が容易に可能になることがわかった。また、この熱処理により、原料合金の溶解・凝固時の異相を低減することも容易に可能になる。さらに、希土類リッチな副相が水素を吸収・放出することにより、主相と副相との間又は副相中にクラックが生じ、単結晶単位に効率よく粉砕が可能である。これらのことは、異方性焼結磁粉を得るうえで極めて有益であり、高配向可能な異方性焼結磁粉の量産を可能にし得る。
【0032】
R1、R2およびTiの量は、主相の磁気物性値と高温安定性に影響を与える。磁気異方性の観点からR2はR1よりも半分以上(R全体の半分以上)であることが望ましく、xの好ましい範囲は、0.5≦x≦1.0である。また、Tiは飽和磁化の観点からできるだけ少ない方が望ましいが、高温安定性の観点からは多い方が望ましい。0.42≦z<0.70の範囲が適切である。特にzが0.70以上であると、飽和磁化、磁気異方性磁場及びキュリー温度がいずれも低下する。なお、Tiの50モル%以下をタングステン(W)、バナジウム(V)などで置換してもよい。
【0033】
また、磁気モーメントの増大およびキュリー温度向上に伴う実用温度での磁化向上と磁気異方性向上の観点から、Feの一部をCoで置換することは好ましい。しかし、Coによる置換量が多すぎる場合は、却って磁化や磁気異方性の低下をもたらす。具体的には、Co置換量yは0≦y≦0.4が望ましく、0.1≦y≦0.3がより望ましい。
【0034】
Cuの量は、生成する副相の量が適切な値となるように設定する。副相の量が少ないと、原料合金の溶解・凝固時の異相が消失できないばかりでなく、異方性焼結磁粉を得るのに十分な大きさまで結晶成長させるのが容易ではない。また、副相の量が多いと、主相の比率が低下するため、磁石体としての磁化が低下する。発明者の実験によると、Cuの量は、0.35≦α≦0.82の範囲が適切である。
【0035】
Snの量は、生成する主相に固溶するCu量を決めるので重要である。Snの添加により少なくともNdPtSb型の結晶構造を有する相(1-1-1相)が生成し、Cuの分配に変化が生じる。Snの添加量が少ないと主相へのCu固溶量が多く飽和磁化と磁気異方性の点で好ましくなく、Snの添加量が多いと主相を溶解しない1-1-1相が多量に生成して結晶成長の阻害や異相低減が容易ではない。よって、0<β≦0.10の範囲が適切である。
【0036】
生成される副相は副相全体の50mol%以上がCu組成の結晶相(すなわち、主相よりもRリッチなCu基)とSn基である。ある実施形態において、副相Cu基の相は、主にKHg2型の結晶構造の相(以下、1-2相)である。副相は、他に「R」と「Cu、Fe、および/またはCo」の比が1:4の組成(以下、1-4組成)の相も含む場合がある。一方、Sn基の相は主にNdPtSb型の結晶構造の相を含む。副相を構成するR元素については、両相ともに、[R2]/([R1]+[R2])のモル比が合金全体の組成よりも高くなる。また、副相には、FeとCoが若干固溶していてもよい。TiはSn基の相に極微量に固溶する。
【0037】
wの適正な量は、原料合金に添加するCu量に応じて変化するが、8≦w≦13である。wが大きすぎると、軟磁性のα-(Fe、Co、Ti)相が生成する。またwが小さすぎると、2-17相や3-29相が生成する。これらいずれの相も高い磁気特性の磁石を得るには好ましくない。
【0038】
このようにして得られるRTwTizCuαSnβの希土類磁石用合金の主相は、実施形態において、ThMn12型結晶構造を有する。本開示における合金中のTnMn12型化合物相は、典型的には1000℃以上でも安定に存在することができる。このため、本開示の合金の実施形態は、焼結法などの高性能磁石作製プロセスを採用するのに好適に用いることができる。
【0039】
なお、一般的に「ThMn12型結晶構造」は正方晶であるが、本発明では、正方晶の結晶格子がわずかに歪んで斜方晶の対称性を有する場合や、および、結晶中の原子の周期性がわずかに乱れた場合でも、「ThMn12型結晶構造」とみなす。
【0040】
生成される主相には、Cuが含有されるために、Cuを含有しない主相と比較した場合に同じTi置換量でも磁気物性値は異なる。しかし、溶解時にSnを添加することで主相へのCu固溶量を抑えることができる。まず、飽和磁化は、少なくともCuとTiの固溶した分だけ低下する。磁気異方性磁場は、CuとTiの共置換となって複雑な挙動を示す。具体的には、Cuが置換されていないThMn12型結晶構造の化合物の一般的な特徴とは逆にTi添加に伴って磁気異方性磁場が低下する傾向にある。そのため、CuとTiは、両方の元素ともに、磁気物性値の観点からは、できるだけ少ない方が好ましい。しかし、高温安定性の観点からはTiは多い方が望ましい。具体的には、組成式R11-x’R2x’(Fe1-y’Coy’)12-z’-α’Tiz’Cuα’で主相を表記した場合、0.5≦x’≦1.0、0≦y’≦0.4、0.48≦z’<0.91、0.15≦α’≦0.30が適切であり、CuとTiの置換量は、より好ましくは0.48≦z’<0.74、0.15≦α’≦0.30である。
【0041】
[希土類磁石用合金の作製方法]
<工程A>溶解・凝固する工程
R-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金の作製方法としては、金型鋳造法、遠心鋳造法、ストリップキャスト法、液体超急冷法などの公知の方法を採用できる。これらの方法は、合金の溶湯を作製した後、この溶湯を冷却して凝固させる。合金溶湯の凝固時にα-(Fe、Co、Ti)相など、特に磁石用原料合金として好ましくない相(異相)の生成を極力抑えることが望ましい。比較的冷却速度の高い、ストリップキャスト法または液体超急冷法など、回転ロール上に溶湯を供給して凝固させ、薄帯又薄片状の合金を作製する方法を採用することにより、このような異相の生成を抑制することができる。凝固時の冷却速度が低いと、析出する異相の粒サイズが大きくなる。合金中に含まれる異相の粒サイズが大きくなると、次に行う工程Bの熱処理工程で異相を消失し難い。
【0042】
液体超急冷法のように高い冷却速度で合金溶湯を急冷して凝固させると、凝固後の合金中にはサイズがナノメートルオーダの「ナノ結晶」が生成される。「ナノ結晶」のままでは、凝固後の合金を粉砕しても異方性磁粉を得ることはできない。しかし、ナノ結晶でも、その後に行う工程Bの熱処理工程を経ることにより、異方性磁粉を得るのに好適な10μm以上の結晶粒に容易に成長できる。
【0043】
<工程B>熱処理工程
本発明の合金に熱処理を適用することにより、以下のことを実現できる。
(1)凝固過程で生成された異相の量を低減する。
(2)結晶粒を粗大化する。これは、異方性焼結磁石用原料として有用な単結晶ライクの粒子からなる粉末を粉砕法で容易に得るための有効である。
【0044】
合金の組成に応じて変わるが、1-2相の融点は860℃付近、1-4組成の相の融点は880℃付近にある。Sn基の1-1-1相の融点は1000℃以上である。なお、Sn基の相は主相をほとんど溶解しないため、主相の結晶成長には寄与しない。そのため、熱処理温度は900℃以上1250℃以下が好ましく、1000℃以上1100℃以下がより好ましい。
【0045】
熱処理時間は、熱処理温度によるが、5分以上50時間以下が望ましい。時間が短すぎると、異相を消失させるのに十分な反応が生じなかったり、粒成長が不十分だったりする。時間が長すぎると、希土類元素の蒸発および酸化が生じ、かつ操業上の効率も悪い。この熱処理温度では、副相の少なくとも一部は液相となって主相の一部を溶解・再析出させる。このため、主相は液相が生成しない場合と比較して飛躍的に結晶粒が成長する。また合金溶湯の急冷凝固時に生成された異相も、その粒サイズが大きくない場合には容易に消失させることができる。
【0046】
工程Bを行う前における合金中の副相の量は、9mol%以上、27mol%以下が望ましい。副相の量が少ないと、工程Bの熱処理によっても、合金中の異相が消失できないばかりでなく、異方性焼結磁粉を得るのに十分な大きさまで結晶成長させるのが容易ではない。また、副相の量が多いと、主相の比率が低下するため、磁石体としての磁化が低下する。このようにして得られた合金は、水素脆化で単結晶単位に効率よく粉砕可能な希土類磁石用合金として供し得る。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の実施例を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0048】
[実施例1]
<工程A>
純度が99.9%以上のY、Sm、Fe、Co、Ti、Cu、Snの原料金属を、溶解時の希土類元素の蒸発を加味して、歩増しで秤量した。これらの原料金属を液体超急冷装置(メルトスピニング装置)の出湯管内で十分に溶解して合金の溶湯を形成した後、15m/sのロール周速度で回転するCu製のロール上に溶湯を出湯した。溶湯は高速で回転するロールの表面に接触して急速に抜熱され、リボン状に延びて凝固した。実施例1及び比較例2は、15m/sで回転するCu製のロール上に溶湯を出湯し、比較例1は40m/sで回転するCu製のロール上に溶湯を出湯した。こうして、表1に記載の組成の超急冷薄帯を作製した。
【0049】
【0050】
【0051】
<工程B>
工程Aで作製した超急冷薄帯をNb箔に包含して、Ar流気中で1050℃20分間の熱処理を実施した。
【0052】
表1および表2は、合金の組成、SEM-EDX分析で同定した主相の組成、および室温での飽和磁化Ms(T)と磁気異方性磁場Ha(T)とキュリー温度Tc(℃)を示す。ただし、10Tまで磁場印加可能な振動試料型磁力計を使用して、飽和磁化と磁気異方性磁場を評価した。磁粉は等方性であるため、飽和磁化は2乗則の飽和漸近則、また磁気異方性磁場は特異点検出法を使用して同定した。キュリー温度は熱磁気天秤を使用し、磁化の温度変化の変曲点で定義した。
【0053】
表2に示すように比較例1の主相は高い飽和磁化、磁気異方性磁場が得られている。しかし、上述したようにCuを添加していないため、主相と共存する希土類リッチな相が生成されず、熱処理による主相の結晶成長が困難となる。さらに、主相と副相との間にクラックを生じることができず、単結晶単位に効率よく粉砕することができない。そのため、高配向可能な異方性焼結磁石粉を作製することができない。また、Cuを加えることによって高配向可能な異方性焼結磁石粉を作製することができるが、表2の比較例2に示すように主相の飽和磁化、磁気異方性磁場が低下してしまう。これに対し、本発明の実施例1は、Sn未添加の比較例1と比較して、Snを添加することで主相のCu固溶量が低下し、主相は高い飽和磁化と高い磁気異方性磁場を有することが可能になる。
【0054】
図1は、実施例1の希土類磁石合金について、1050℃20分間の熱処理後における偏光顕微鏡断面組織の観察結果を示している。
図2は、実施例1の希土類磁石合金について、1050℃20分間の熱処理後における走査電子顕微鏡(SEM)で得られた反射電子(BSE)像を示している。また、表3は、SEM―EDXによる組成分析結果を示している。
【0055】
【0056】
この結果から、熱処理により、数百nmオーダの微結晶は10μm以上の粗大な結晶粒に成長することがわかる。また、副相はCu基の1-2相と1-4組成の相とSn基の1-1-1相が含有されていることもわかる。少なくとも上記の3つの副相は、合金全体のY/Sm比よりもSmリッチな組成である。粉末X線回折から、この1-1-1相はNdPtSb型の相であることを確認した。
【0057】
[実施例2から5]
<工程A>
99.9%以上の純度のY、Sm、Fe、Co、Ti、Cu、Snの原料金属を比較例3~5、実施例2~5に示す組成となるように溶解時の希土類元素の蒸発を加味して歩増しで秤量した。出湯管内で十分に溶解した後、15m/sで回転するCu製のロール上に溶湯を出湯し、それぞれ超急冷薄帯を作製した。
【0058】
<工程B>
工程Aで作製した超急冷薄帯をNb箔に包含して、Ar流気中で1050℃20分間の熱処理を実施した。
【0059】
表4は、熱処理後の主相量、副相量及び合金組成、並びに、熱処理後における主相のCu固有量、並びに、熱処理後の異相の有無を示している。本発明の実施例2~5はいずれも比較例3~5比べて主相のCu固有量が少ない。比較例3~5は主相のCu固溶量が多いために体積磁化や磁気異方性磁場が高くはないことがわかる。実施例2と実施例3を比較すると、いずれも主相のCu固溶量が少なく体積磁化や磁気異方性磁場が大きいが、実施例2はSn基の相がCu基の相の半分以上あるため異相を消失できない。これは、副相量の多い実施例4と実施例5を比較してもわかる。そのため、Sn基の相はCu基の相の半分未満であることが好ましい。
【0060】
【産業上の利用可能性】
【0061】
本開示の希土類磁石用合金は、磁気特性および熱安定性を向上した主相と、希土類リッチな副相とを含むため、異方性焼結磁粉の作製に好適に利用され得る。異方性焼結磁粉は、焼結磁石の作製に好適に用いられ得る。焼結磁石は、各種モータおよびアクチュエータなどに使用され、産業上の様々な用途を持つ。