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  • 特許-電解槽および酸溶液の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-05
(45)【発行日】2022-12-13
(54)【発明の名称】電解槽および酸溶液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 9/00 20210101AFI20221206BHJP
   C25B 1/01 20210101ALI20221206BHJP
   C25B 15/02 20210101ALI20221206BHJP
【FI】
C25B9/00 Z
C25B1/01 Z
C25B15/02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019069731
(22)【出願日】2019-04-01
(65)【公開番号】P2020169344
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-11-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 寛人
(72)【発明者】
【氏名】松岡 いつみ
(72)【発明者】
【氏名】仙波 祐輔
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-083785(JP,A)
【文献】特開昭59-229490(JP,A)
【文献】国際公開第2017/126442(WO,A1)
【文献】特開昭62-256975(JP,A)
【文献】特開2009-167451(JP,A)
【文献】特開2009-203487(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107675199(CN,A)
【文献】特開2014-088585(JP,A)
【文献】特開2014-189851(JP,A)
【文献】特開2003-328198(JP,A)
【文献】特開平02-125888(JP,A)
【文献】特開昭52-130483(JP,A)
【文献】特開平04-083891(JP,A)
【文献】特開昭57-188687(JP,A)
【文献】特開平05-339794(JP,A)
【文献】特開2013-011011(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
C25C 1/00-7/02
C25D 17/00-21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電流を供給することによりアノードを構成する金属を溶解するための電解槽であって、
前記電解槽は、
前記アノードが配置されているアノード室と、
複数のカソードがそれぞれ配置されている、複数のカソード室と、
前記アノード室と前記カソード室とを分ける隔膜と、を含んで構成され、
複数の前記カソード室を連結する連結管と、
前記カソード室の液面高さを確認するための液面モニター配管と、
が設けられている、
ことを特徴とする電解槽。
【請求項2】
前記アノードを構成する金属は、少なくともニッケルまたはコバルトのいずれかを含有する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電解槽。
【請求項3】
前記隔膜は、通水性が0.01リットル/(m・s)以上0.5リットル/(m・s)以下の濾布である、
ことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の電解槽。
【請求項4】
前記アノードの下方に、前記電解槽内の電解液を取り出すための取出管の開口が設けられている、
ことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の電解槽。
【請求項5】
前記カソード室は、電解液に漬からない上部が密閉構造であり、
前記カソードから発生する気体を槽外へ搬送する搬送管と接続している、
ことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の電解槽。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の電解槽を用いた酸溶液の製造方法であって、
前記カソード室への電解液の供給量と、前記アノード室からの電解液の排出量とを制御することにより、
前記アノード室の液面高さを前記カソード室の液面高さよりも低くする、
ことを特徴とする酸溶液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解槽および酸溶液の製造方法に関する。さらに詳しくは、電解槽、およびこの電解槽を用いた、酸溶液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルまたはコバルトなどの金属は、めっきまたは合金の材料として使用される貴重な金属である。また、近年は、ニッケル水素電池またはリチウムイオン電池など二次電池の正極材など電池材料としての需要も増えている。上記の電池材料を製造する場合、ニッケルまたはコバルトなどの金属は、これらの金属が溶解した溶液、たとえば硫酸ニッケル、硫酸コバルトなどの硫酸溶液が用いられることが多い。
【0003】
一例として、ニッケルを上記のリチウムイオン電池の正極材として用いる場合、リチウムイオン電池の正極材の一般的な製造方法としては、所定の比率で混合されたニッケルイオンを含む水溶液を中和して前駆体と呼ばれる金属水酸化物を形成し、次にこの前駆体とリチウム化合物を混合して焼成して、正極材を得る方法がある。ここで、上記のニッケルイオンを含有する水溶液は、具体的には硫酸ニッケルまたは塩化ニッケルなどのニッケル塩が溶解した酸溶液である。
【0004】
たとえば、上記のニッケルイオンを含有する硫酸溶液は、ニッケル鉱石またはその中間生成物であるニッケル硫化物、その他の含ニッケル化合物などを硫酸で浸出した後、沈殿分離または溶媒抽出等の精製工程で不純物を除去して得ることができる。しかしながら上記の原料を用いた場合、原料あるいは精製工程でハロゲンまたはその他の不純物等が不規則的に混入されており、必要な品質を安定して維持できないという問題がある。
【0005】
必要な品質を安定して維持する方法として、金属ニッケルを硫酸に溶解してニッケルイオンを含有する硫酸溶液を得る方法がある。金属ニッケルは、ニッケル純度99.99%以上の高品質なものが、例えば電気ニッケルとして市場から容易に入手可能であり、この電気ニッケルを2~5cm四方のサイズに切断したものはさらに取り扱いが容易であり、上記のような大掛かりな精製工程を要することなく前駆体の材料に供することができる。
【0006】
ただし、ニッケルはステンレス等の耐蝕合金に用いられるように、たとえ切断品であっても硫酸などの酸に金属ニッケルを浸漬するだけでは溶解され難い。このため金属ニッケルの溶解を促進し、ニッケルイオンの濃度を所定の濃度に到達させるための方法がいくつか挙げられる。たとえば、金属ニッケルを硫酸に溶解してニッケルイオンを含有する硫酸溶液を得る方法として、溶解しようとするメタルの総表面積を増大して反応が進みやすいように、粉末状のニッケル(ニッケル粉)、またはニッケル粉を焼結したブリケットを用い、これらを硫酸で溶解してニッケルイオンを含有する硫酸溶液を得る方法が提案されている(特許文献1)。
【0007】
しかしながら、特許文献1で用いられているニッケル粉またはニッケルブリケットは、生産量が限られているため安定して入手することが困難である。このようなことから、市場に流通している板状または塊状の電気ニッケルを硫酸に短時間で溶解する技術が求められていた。
【0008】
この要求に対する解決法として、たとえば電解法がある。すなわちアノード(陽極)に溶解したい金属を用いるとともに、電解液に硫酸溶液を用い、アノードとカソード(陰極)との間に通電することで、目的とする金属を硫酸に溶解する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2004-067483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
電解法ではアノードから金属が溶解するとともにカソードでは電析反応が生じる。この際、アノードから溶解した金属がそのままカソード上に析出してしまうと、金属が溶解した液を効率的に得ることができない。これに対し、隔膜を用いてアノード側とカソード側を仕切り、アノードから溶解した金属イオンが、カソードに容易に移動することを防ぐ方法に関して、本願の発明者らは、すでに別途出願している。この場合、効果的に金属イオンの移動を抑制するために、カソード側の電解液の液面をアノード側よりも高く維持し、生じたヘッド差を利用してアノード側の電解液がカソード側に容易には移動できないようにすることも行われる。
【0011】
また、上記の出願に係る発明の構成は、大きな課題であったアノードでの不動態化(「不働態」ともいう)の問題に対して効果があるとされている。不動態化はアノード表面での電解液が過飽和になるなどして、金属の溶出が困難となる現象であり、発生すると操業が継続できなくなる。アノードからの金属イオンの溶出は通電される電流量に比例するので、上記の不動態化は、一般に単位面積当たりの電流量(すなわち電流密度)が高いほど発生しやすくなる。
【0012】
従来一般的に知られている電解法では、金属、例えばニッケル、を硫酸溶液中に溶解する場合、迅速に金属ニッケルを溶解するためには、アノードの電流密度を1000A/m程度あるいはそれ以上に高くして電解することが望まれる。しかしこのような高い電流密度で電解法を実施すると、アノードの金属ニッケルの表面に酸化皮膜が形成され、不動態化が生じてほとんど電流が流れなくなるという問題があった。不動態化の発生を抑制するように電流密度を低くして電解法を実施した場合は、溶解が促進されず、溶解を促進するという本来の目的を達し得ないという問題があった。
【0013】
特に電池の正極材を製造するために求められるニッケルイオンを含有する硫酸溶液に対しては、ニッケルイオン濃度として100g/リットル程度の高濃度な溶液が求められる。電解液中のニッケルイオンの濃度が増加すると、不動態化はさらに発生しやすくなるという問題があるとともに、カソード側の電極にもニッケルが析出し、溶解効率が低下する問題もあった。
【0014】
これらの問題に対し、上記の出願に係る発明では、隔膜を用いてアノード側とカソード側を仕切ったうえで、アノード側から電解液を取り出すことなどにより高濃度の溶液を得ることが可能となっている。
【0015】
しかるに、操業レベルでアノードから金属を酸溶解しようとする場合、設備面積を縮小して投資を圧縮するために、多数の電極を狭い間隔で順番に並べることが望まれる。この場合、アノード側とカソード側とは隔膜で仕切られる必要があることから、例えばカソード側を覆う箱体が設けられ、アノードとカソードとの間の隔膜がその箱体の側面に設けられている構造が採用される。
【0016】
ここで、カソードが複数設けられている場合、カソード側を覆う箱体が複数設けられることになる。このときカソードが設けられている複数の箱体に、アノード側の金属濃度の高い電解液が入ると、金属が電析し、その分溶解効率、すなわち生産性が低下する。このため、アノード側の液がカソード側に入るのを抑制する必要がある。しかし、隔膜は使用に伴って破損、劣化または目詰まりを生じることも多く、複数の電極を用いる電解槽ではアノード側の液面を、個々のカソードの液面との間で均一に維持することは容易でないという問題がある。
【0017】
加えて、アノードとカソードとがそれぞれ複数設けられている電解槽においては、安定して電解精製するために定電流(すなわち負荷変動に対して一定値の電流が流れるように給電する方法)で通電することが求められるところ、1枚のアノードで不動態化が発生すると、そのアノードに流れていた電流が他のアノードに流れるようになり、別のアノードでも不動態化が発生しやすくなるという問題がある。すなわち不動態化は電解槽全体として連鎖的に進行する傾向があるという問題がある。
【0018】
さらに、他の電解精錬として、アノードから金属が溶解する原理を用いた銅の電解精製を取り上げると、電極面積が1m×1mくらいの大きさのアノードとカソードを電極間が25~35mm程度のごく狭い間隔で正対させて行われる。同じような大型の電解槽が、酸溶液の製造方法で用いられた場合、深さ方向での電解液の水圧も無視できなくなり、電解槽からの液の抜出または液を張る作業に際して、アノードとカソードに入る液面位置を揃えて水圧によって仕切りが変形されたり、ボックスが膨れて破損したりする可能性があるという問題がある。
【0019】
本発明は上記事情に鑑み、複数のカソードが設けられている電解槽において、アノード側に対するカソード側の液面高さを容易に制御でき、高効率で安定した操業が可能な電解槽、およびこの電解槽を用いた酸溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
第1発明の電解槽は、電流を供給することによりアノードを構成する金属を溶解するための電解槽であって、前記電解槽は、前記アノードが配置されているアノード室と、複数のカソードがそれぞれ配置されている、複数のカソード室と、前記アノード室と前記カソード室とを分ける隔膜と、を含んで構成され、複数の前記カソード室を連結する連結管と、前記カソード室の液面高さを確認するための液面モニター配管と、が設けられていることを特徴とする。
第2発明の電解槽は、第1発明において、前記アノードを構成する金属は、少なくともニッケルまたはコバルトのいずれかを含有することを特徴とする。
第3発明の電解槽は、第1発明または第2発明において、前記隔膜は、通水性が0.01リットル/(m・s)以上0.5リットル/(m・s)以下の濾布であることを特徴とする。
第4発明の電解槽は、第1発明から第3発明のいずれかにおいて、前記アノードの下方に、前記電解槽内の電解液を取り出すための取出管の開口が設けられていることを特徴とする。
第5発明の電解槽は、第1発明から第4発明のいずれかにおいて、前記カソード室は、電解液に漬からない上部が密閉構造であり、前記カソードから発生する気体を槽外へ搬送する搬送管と接続していることを特徴とする。
第6発明の酸溶液の製造方法は、第1発明から第5発明の電解槽を用いた酸溶液の製造方法であって、前記カソード室への電解液の供給量と、前記アノード室からの電解液の排出量とを制御することにより、前記アノード室の液面高さを前記カソード室の液面高さよりも低くすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
第1発明によれば、電解槽が、複数のカソード室を連結する連結管を備えていることにより、カソード室内の電解液が連通し、複数のカソード室に供給される硫酸等の量にばらつきがあっても、電解液の供給量全体を制御することで、カソード室の液面の制御が可能となる。また、一部の隔膜で目詰まりがあっても、これにより一部のカソード室の液面が上昇することがない。加えて、電解槽が、カソード室の液面高さを確認するための液面モニター配管を備えていることにより、電解槽の使用者が容易にアノード室とカソード室との液面の高さの違いを把握することができる。液面の高さが把握できることで、カソード室からアノード室への電解液の流れが生じていることを把握できる。これらの効果により、高効率で安定した操業が可能な電解槽を提供できる。
第2発明によれば、アノードを構成する金属は、少なくともニッケルまたはコバルトのいずれかを含有することにより、製造された酸溶液を二次電池の正極として使用することができる。
第3発明によれば、隔膜が濾布であることにより、隔膜を安価に入手することができる。また、その通水性が0.01リットル/(m・s)以上0.5リットル/(m・s)以下であることにより、アノード室から排出する電解液内の金属イオン濃度をあらかじめ定められた範囲にすることができるとともに、アノードの不動態化を抑制することができる。
第4発明によれば、アノードの下方に、電解槽内の電解液を取り出すための取出管の開口が設けられていることにより、電解槽が大きくなっても、あらかじめ定められた金属イオン濃度の電解液を容易に取得することができる。
第5発明によれば、カソード室は、電解液に漬からない上部が密閉構造であり、カソードから発生する気体を槽外へ搬送する搬送管と接続していることにより、水素などのように取り扱いが難しい気体を容易に排出することができる。
第6発明によれば、酸溶液の製造方法が、カソード室への電解液の供給量と、アノード室からの電解液の排出量とを制御することにより、アノード室の液面高さをカソード室の液面高さよりも低くし、カソード側からアノード側への電解液の流れを作って、カソードでの金属濃度を抑制して、電解の効率を上げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の第1実施形態に係る電解槽の側面方向からの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。ただし、以下に示す実施の形態は、本発明の技術思想を具体化するための電解槽10および酸溶液の製造方法を例示するものであって、本発明は電解槽10および酸溶液の製造方法を以下のものに特定しない。なお、図面が示す部材の大きさまたは位置関係等は、説明を明確にするため誇張していることがある。さらに、本明細書で「電解液」は、電解槽10内で電気を通電させるために使用するための液体を意味し、最初に電解槽10に供給する「初期電解液」と、電解を行うことで金属が溶解した「金属溶解電解液」と、を含む記載である。また、電解槽10から取出された「電解液」は、本発明の製造方法で製造される「酸溶液」である。
【0024】
<第1実施形態に係る電解槽10>
本発明に係る電解槽10は、電流を供給することによりアノード13を構成する金属を溶解するための電解槽10であって、この電解槽10は、アノード13が配置されているアノード室21と、複数のカソード14がそれぞれ配置されている、複数のカソード室22と、アノード室21とカソード室22とを分ける隔膜12と、を含んで構成されている。そして電解槽10には、複数のカソード室22を連結する連結管26と、カソード室22の液面高さを確認するための液面モニター配管27と、が備えらえている。
【0025】
以下、本発明に係る電解槽10について、図面に基づいて説明した後、この電解槽10を使用した酸溶液の製造方法について説明する。なお、本発明に係る電解槽10は、硫酸・塩酸などの鉱酸を用いてニッケル、コバルト、銅などの金属を電解によって溶出させる反応に利用できるが、酸溶液の製造方法については、酸溶液の一つである硫酸ニッケルの製造方法を一例として説明する。
【0026】
(電解槽本体11)
電解槽本体11は、内部に酸溶液を保持することができる構成をしている。電解槽本体11を構成する材料は公知の材料である。電解槽本体11は、アノード13が配置されているアノード室21と、複数のカソード14がそれぞれ配置されている複数のカソード室22と、を含んで構成されている。本実施形態では、電解槽本体11の内側がアノード室21であり、このアノード室21の中に複数のカソード室22が配置されている構成である。ただし、アノード室21およびカソード室22の形態は、これに限定されない。
【0027】
カソード室22は、いわゆるボックス形状が好ましく、その中にカソード14が配置されている構成が好ましい。電解槽10は、さらにアノード13とカソード14との間に位置的に設置され、これらの間の電解液の動きを制限するための隔膜12が設けられている。本実施形態では、アノード室21とカソード室22とを分ける隔膜12は、ボックス形状のカソード室22の側面の開口部に設けられており、かつアノード13とカソード14との間に位置している。本実施形態では、この構成により電解槽10が隔膜12によりアノード室21およびカソード室22に分けられている。
【0028】
電解槽本体11の外側には、複数のアノード13、および複数のカソード14に接続している直流電源17が設けられている。なお図1では、直流電源17からアノード13、またはカソード14と接続した線は電線を表し、この線に沿った黒塗りの矢印は電流の向きを示している。
【0029】
用いられる電解槽10が隔膜12によりアノード室21およびカソード室22に分けられているので、アノード13側で溶解した金属がカソード14側に移動することを抑制できる。
【0030】
(カソード室22)
図1に示すように、本実施形態ではカソード室22は、いわゆるボックス形状であり、2つのアノード13の間に位置している。先に述べてようにカソード室22を構成する材料は公知の材料であるが、塩化ビニールであることが好ましい。カソード室22の側面の開口部には隔膜12が設けられている。この隔膜12は、アノード13とカソード14との間に位置していることが好ましい。また、あらかじめ定められた量の電解液が電解槽本体11に供給されたときに、電解液の液面が隔膜12の最上端よりも上にあることが好ましい。そして、カソード室22は、あらかじめ定められた量の電解液が電解槽本体11に供給されたときに、その上部が密閉構造になっていることが好ましい。この際カソード室22の上部は、カソード14から発生する気体を槽外へ搬送する搬送管24と接続していることが好ましい。本実施形態の電解槽10を用いた酸溶液の製造方法では、この発生する気体は水素となる。なお、図1において搬送管24の右側に記載した白抜き矢印は、この発生する気体が槽外へ搬送されることを示している。
【0031】
カソード室22は、電解液に漬からない上部が密閉構造であり、カソード14から発生する気体を槽外へ搬送する搬送管24と接続していることにより、水素などのように取り扱いが難しい気体を容易に排出することができる。このような構成でない場合、電解槽10全体から気体を回収するフードおよび吸引装置などが必要になり電解槽10全体の構成が複雑になる。本実施形態に係る電解槽10のような構成とした場合、電解槽10がシンプルな構成となる。
【0032】
(アノード13)
電解槽10に用いられるアノード13には、複数の形態がある。例えばニッケルの酸溶液を得ようとする場合、アノード13の一つ目の形態としては、工業的に電解精製ないし電解採取した板状の金属ニッケル(電気ニッケル)が該当する。また、二つ目の形態としては、チタン等の酸に対し不溶性の材質でできたバスケットに、小さく切断した金属ニッケルを充填したものが該当する。二つ目の形態の場合、全部が溶解する前に交換する必要があったり、金属を切断するコストおよび手間がかかったりするが、無駄なく効率的に溶解することができる。一つ目の形態の場合、溶解し終わった後は交換する必要がある。交換は所定の大きさに到達したときに行われる。所定の大きさよりも小さくなった金属ニッケルは、二つ目の形態のバスケットに充填し溶解することもできる。本実施形態では、電解槽10は、複数のカソード14と、それぞれのカソード14が配置されているカソード室22を含んで構成されており、これらのカソード室22にアノード13が挟まれる構成であるので、アノード13の個数は1以上である。
【0033】
(カソード14)
カソード14には、チタン、ステンレス、ニッケル、コバルト、白金などの板状の金属が好適に用いられる。本実施形態では、電解槽10には、複数のカソード14と、これらのカソード14をそれぞれ配置したカソード室22が含まれている。
【0034】
(隔膜12)
隔膜12は、電解槽本体11の槽内をアノード室21とカソード室22とに分けている。隔膜12は、液体またはイオンの通過を抑制している。具体的に隔膜12としては、濾布が好ましい。ただしこれに限定されることはなく、濾布のほかに中性膜、陰イオン交換膜または陽イオン交換膜などが用いられる場合がある。
【0035】
具体的に濾布としては、敷島カンバス社製の商品型番P89C、TA72、P91C、P26-2などが好適に用いられる。なおこれらの商品の通水度(リットル/(m・s))はそれぞれ0.05、0.1、0.3、1である。濾布は、取り扱いが比較的容易である点で好適である。
【0036】
通水性については、小さい値の濾布が好ましい。たとえば、25℃、200mmHOの圧力をかけた時に、単位面積、単位時間(s:秒)当たりの通水度が0.5リットル/(m・s)以下であることが必要である。また、0.3リットル/(m・s)以下であることが好ましい。単位面積、単位時間当たりの通水度が0.5リットル/(m・s)より大きい場合は、容易に液が拡散し、隔膜12としての機能が不十分となるためである。
【0037】
隔膜12が、通水性が0.5リットル/(m・s)以下の濾布である場合、アノード室21からカソード室22へ金属イオンの移動を抑制でき、金属イオンを無駄なくアノード室21から取出せるので、さらに効率よく硫酸溶液を製造することができる。
【0038】
濾布を用いた場合、通水性の下限は、カソード室22から液が溢れないように設定する。具体的には、0.01リットル/(m・s)以上であることが好ましい。濾布の下限が、0.01リットル/(m・s)であることにより、補充した硫酸と同量の液が濾布を通してカソード室22からアノード室21へ移動し、拡散による液の混合が低減される。
【0039】
隔膜12が濾布であることにより、隔膜12を安価に入手することができる。また、その通水性が0.01リットル/(m・s)以上0.5リットル/(m・s)以下であることにより、アノード室21から排出する電解液内の金属イオン濃度をあらかじめ定められた範囲にすることができるとともに、アノード13の不動態化を抑制することができる。
【0040】
(連結管26)
本実施形態の電解槽10には、複数のカソード室22同士の間を電解液が連通するための連結管26が設けられている。このような連結管26が設けられていることにより、各カソード室22の液面が一定になる。カソード室22内の連結管26の開口部は、カソード室22の液面より下方である必要があり、さらにアノード室21の液面よりも下方が好ましい。具体的には、図1で示すように、カソード14の下方に連結管26の開口が設けられる構成が好ましい。カソード室22の液面より上に設置すると、液面を均一にする機能が働かないためである。また、連結管26は電解槽10内で他の構造物と干渉しない場所に設置する。なお、連結管26の材料は、金属製が好ましい。ただし、これに限定されるものではなく、非金属製のホース等も好適に使用される。なおその場合、ホース等は電解液の水圧の影響により押しつぶされない程度の強度が必要である。
【0041】
(液面モニター配管27)
図1に示すように、本実施形態の電解槽10には、カソード室22の液面高さを確認するための液面モニター配管27が設けられている。この液面モニター配管27は、電解槽本体11のアノード室21内に設けられており、連結管26に連通している構成が好ましい。液面モニター配管27は、鉛直方向に軸心を有する配管であり、その開口部の上下高さは、あらかじめ定められた電解液がカソード室22に供給されたときのカソード室22の液面高さよりも高い。液面モニター配管27の材料は、金属製が好ましい。ただし、これに限定されるものではなく、非金属製のホース等も好適に使用される。なおその場合、ホース等は電解液の水圧の影響により押しつぶされない強度が必要である。液面モニター配管27の上部が透明であったり、外部にレベル表示が設けられたりしている場合、電解槽10の使用者は、容易にアノード室21の液面高さとカソード室22の液面高さを比較することができる。
【0042】
(液面計など)
図1に示すように、本実施形態の電解槽10には、アノード室21の液面高さを測定するための第1液面計29と、液面モニター配管27内の液面高さを測定する第2液面計25と、が設けられている。液面モニター配管27はカソード室22と連通しているため、液面モニター配管27内の液面高さを測定することにより、カソード室22の液面高さが測定できる。第1液面計29および第2液面計25として、例えばレーザ式の液面計を用いることができる。ただし、これに限定されるものではなく、フローティングを用いた液面計など他の形式の液面計を用いることも可能である。またこれらの液面計からの数値を用いて、アノード室21およびカソード室22の液面の制御を行うことも可能である。
【0043】
(取出管15、供給管16)
電解槽本体11のアノード室21には、アノード室21からの電解液を取出すための取出管15が設けられている。電解槽本体11のカソード室22には、カソード室22へ新たな硫酸、または硫酸溶液を供給するための供給管16が設けられている。図1において取出管15の左側に記載した白抜き矢印は、電解液が取り出されていることを示し、供給管16の左側に記載した白抜き矢印は、新たな硫酸等が電解槽本体11に供給されていることを示している。
【0044】
ニッケルイオンおよびコバルトイオンは水に比べて比重が重いため、通電に伴ってアノード室21の深部の方が、ニッケル等の濃度が高くなってくる。そのため、アノード室21の、より深部から電解液を取り出すこと、すなわち取出管15の開口15aがアノード室21内のアノード13の下方に設けられていることで、ニッケル等の濃度の高い電解液を取り出すことができる。
【0045】
取出管15の開口15aがアノード13の下方に設けられていると、アノード13表面近傍のニッケル濃度が100g/リットルより薄くても、アノード室21の深部から電解液を取り出すことでニッケルの濃度が100g/リットルの電解液を回収ができる。これにより、アノード13表面でのニッケルの不動態化が抑制される。
【0046】
カソード室22に新たな硫酸等を補充する供給管16が設けられるとともに、補充量と同量の電解液をアノード室21から回収することができる取出管15が設けられていることにより、電解槽10の槽内の液量バランスが維持される。
【0047】
カソード室22に新たな硫酸等が補充され、隔膜12があることにより、カソード室22側の液面はアノード室21の液面より高い位置に維持できる。液面の位置は、隔膜12である濾布の通水性および面積に依存する。隔膜12の通水性は、カソード室22から液が溢れない範囲に設定する必要がある。
【0048】
アノード13の下方に、金属溶解電解液を取出すための取出管15の開口15aが設けられているので、比較的比重の大きい金属溶解電解液が効率よく取出される。
【0049】
電解槽10が、複数のカソード室22を連結する連結管26を備えていることにより、カソード室22内の電解液が連通し、複数のカソード室22に供給される硫酸等の量にばらつきがあっても、電解液の供給量全体を制御することで、カソード室22の液面の制御が可能となる。また、一部の隔膜12で目詰まりがあっても、これにより一部のカソード室22の液面が上昇することがない。加えて、電解槽10が、カソード室22の液面高さを確認するための液面モニター配管27を備えていることにより、電解槽10の使用者が容易にアノード室21とカソード室22との液面の高さの違いを把握することができる。液面の高さが把握できることで、カソード室22からアノード室21への電解液の流れが生じていることを把握できる。これらの効果により、高効率で安定した操業が可能な電解槽10を提供できる。
【0050】
なお、電解槽本体11の下部から電解液を取り出す取出管15に関して、電解槽本体11の槽外で垂直方向に延長し、アノード室21の液面を超すところまで立ち上げ、そこからオーバーフローして排出されるようにすることも可能である。この場合、電解槽10の使用者は、アノード室21の液面を微調整することが容易に行うことができる。液種または金属イオンの濃度によって比重が大きい金属溶解電解液の場合は、垂直に立ち上げた取出管15からポンプ等でくみ上げる。
【0051】
<第1実施形態に係る電解槽10を用いた酸溶液の製造方法>
(初期電解液供給工程)
先に記載したように、本実施形態に係る酸溶液の製造方法については、酸溶液の一つである硫酸ニッケルの製造方法を一例として説明する。
【0052】
本発明に係る酸溶液の製造方法では、最初に、第1実施形態に係る電解槽10に、硫酸溶液を、初期電解液として供給する(初期電解液供給工程)。初期電解液は、アノード室21およびカソード室22の両方に供給される。初期電解液は、以下の記載にあるような塩化物イオン濃度および硫酸濃度であることが好ましい。初期電解液が供給される際の液面の位置は、アノード室21の液面よりもカソード室22の液面が高くなるようにする。
【0053】
(塩化物イオン濃度)
何の対策も施さずに、硫酸溶液に金属ニッケルをアノード溶解すると、アノード13の表面に容易に酸化皮膜、つまり不動態皮膜が形成され、電流がほとんど流れない不動態化の状態になる。第1実施形態に係る電解槽10の構成は、この不動態化を抑制する方法の一つである。さらに、他の方法として、不動態皮膜の形成はハロゲンイオンの存在、水素イオン濃度(pH)の低下、温度の上昇などにより抑制されるといわれているところ、塩化物イオンの電解液への添加を行うことも可能である。なお、塩化物イオン濃度は、所定の塩化物が電解液に加えられた後の電解液における塩化物イオンの濃度を言う。
【0054】
(硫酸濃度)
初期電解液として供給される硫酸(「フリー硫酸」あるいは「遊離硫酸」ともいう)の濃度の値はできるだけ小さいほうが好ましい。硫酸の濃度の値が小さいと、電解槽10から取出された、金属イオンを含有する硫酸溶液を中和するための薬剤費用が低減できるためである。
【0055】
ただし、初期電解液として供給される硫酸の濃度の値が小さくなると、電解液の電気伝導度(単に「電導度」あるいは「伝導度」ともいう)が低下して液抵抗が増加したり、カソード14での水素イオンの拡散限界電流値が低下することで電圧が高くなったりするという弊害が発生する。電気代および中和用の薬剤費用を考えた場合に、最も経済的な条件に設定することが望ましい。このためpH計または電気伝導率計(単に「電導度計」または「導電率計」などとも呼ばれる)などを用いて最適な遊離濃度となるように、電流量またはカソード14側に供給する硫酸溶液の供給量を調整することが好ましい。
【0056】
(電解液取出工程)
次に、第1実施形態に係る電解槽10に設けられたアノード13とカソード14とに電流を供給するとともに、アノード室21から、アノード13を構成する金属が溶解した金属溶解電解液を取出す(電解液取出工程)。この金属溶解電解液は、電解槽10から取出されると酸溶液となる。金属溶解電解液は、以下の記載にあるような金属イオン濃度、電解液温度であることが好ましい。なお、電解液取出工程は、アノード13等に電流を供給すると同時に金属溶解電解液を取出す場合と、電流の供給が終わった後に金属溶解電解液を取出す場合が含まれる。
【0057】
カソード室22には供給管16から硫酸が補充される。そして、カソード室22側の液面はアノード室21の液面より高くする。液面の位置は、隔膜12である濾布の通水性および面積に依存する。隔膜12の通水性は、カソード室22から液が溢れない範囲に設定する必要がある。このようにして、電解槽10の使用者は、供給管16から供給される硫酸の量、取出管15から取り出される電解液の量、および濾布の通水量を考慮して、アノード室21の液面およびカソード室22の液面高さのバランス点を予め確認し、これらを制御する。電解液からの蒸発等による液面変動がある場合、アノード室21およびカソード室22の液面を制御するために、アノード室21に水を添加したり、初期電解液の給液流量を調整したりすることも可能である。
【0058】
なお、本実施形態の電解槽10では、連結管26でカソード室22が連通されているので、仮にいずれかの濾布が例えば破損した場合、液面差が減少し、電解槽10の使用者は、これを生産工程の異常として検出することもできる。
【0059】
(金属イオン濃度)
本実施形態に係る酸溶液の製造方法で製造された酸溶液の金属イオン濃度は、酸溶液の用途により決定される。たとえば2次電池の正極材に用いるニッケル原料として硫酸溶液が用いられる場合には、硫酸溶液のニッケルイオンの濃度が90~100g/リットル程度の高濃度のニッケルイオンを含有する硫酸溶液が必要となる。
【0060】
硫酸溶液中の金属イオン濃度は、以下のパラメータにより決定される。すなわち、アノード13が金属ニッケルの場合、アノード13での反応がすべてニッケルの溶解であれば、アノード13に供給される電流値によって溶解量が決定する。その溶解量が所望のニッケルイオン濃度になるようにカソード室22に硫酸が補充され、同量の金属溶解電解液がアノード室21から硫酸溶液として取出される。
【0061】
アノード13を構成する金属が、少なくともニッケルまたはコバルトのいずれかを含有することにより、製造された硫酸溶液が二次電池の正極として使用される。
【0062】
なお、初期電解液として、アノード室21に供給される硫酸溶液は、所定のニッケルイオン濃度以上の硫酸溶液であることが好ましい。この場合、金属溶解電解液は、取出しが始まった直後から所定のニッケルイオン濃度であるため、所定のニッケルイオン濃度の硫酸溶液を、当初から得ることができる。また初期電解液として、アノード室21に供給される硫酸溶液が、所定のニッケルイオン濃度未満である場合、溶解を開始した当初の、所定のニッケルイオン濃度に達していない硫酸溶液は、アノード室21側に繰り返すようにしても問題ない。また、電解液内のニッケルイオン濃度を均一にするために、アノード室21内の電解液がポンプ等で撹拌されるような構成にしても問題ない。
【0063】
(電解液温度)
電解槽10内の電解液温度は高い方が好ましい。電解液温度が高いとアノード溶解するニッケルが不動態化することを抑制できる。ただし、電解液温度を高くするほど電解槽10などの設備材質の耐熱性および加熱に要するコストがかかるため、生産性およびコストを考慮し最も経済的な条件に設定することが望ましい。工業的に一般的な材料である塩化ビニールの耐熱を考慮すると、電解液温度は65℃以下、好ましくは50~60℃程度の温度が好ましい。
【0064】
(電流効率の評価)
本実施形態に係る酸溶液の製造方法により硫酸溶液を製造すると、短時間で効率よく金属イオンを含有した硫酸溶液が得られる。この際に加えた電流が、金属の溶解にどの程度寄与しているかを電流効率として算出した。電流効率は、以下の数1に示すように、アノード13の重量減少分からカソード14の重量増加分を減じたものを、通電量から求めた理論溶解量で除した百分率で求めた。そして、電流効率が90%以上であれば効率よく電解できていると判断した。
【0065】
電流効率(%)=(アノード減少重量 - カソード増加重量)/理論溶解量 × 100・・・(数1)
【0066】
(その他)
本発明に係る電解槽10では、アノード13側の溶液の電気伝導度またはpHを公知の測定機器を用いて測定し、硫酸の供給量および通電する電流の調整など操業管理に用いることも可能である。
【実施例
【0067】
(実施例1)
実施例1の電解槽10では、アノード電極として3つのアノード13、およびカソード電極として2つのカソード14が、交互に電解槽10内に設けられた。アノード電極は、チタン製のバスケットに切断したピース状のニッケルを充填した構成とした。カソード電極は、ボックス形状のカソード室22内に設けられた。カソード室22の側面のうち、アノード13とカソード14との間に位置する側面には開口が設けられた。この開口には、通水性が0.1リットル/(m・s)の濾布が隔膜として設置された。各カソード室22は連結管26により接続され、さらに連結管26には液面モニター配管27が接続された。電解槽本体11の外側には、液面レベルが確認できる表示が取り付けられた。この表示は、アノード室21の液面を測定する第1液面計29からの測定値と、カソード室22の液面を測定する第2液面計25からの測定値を表示する。カソード電極の片側の面の有効面積は75cmであった。アノード13側に関しては、正確な有効面積は求められなかったが、チタンバスケットの網部の面積をカソード14とほぼ同じ大きさとした。
【0068】
初期電解液として、アノード室21に以下の硫酸溶液が供給された。この初期電解液は、水に硫酸ニッケルの結晶を溶解し、硫酸および塩酸で酸濃度または塩化物濃度を調製することで、ニッケルイオン濃度が100g/リットル、硫酸濃度が26g/リットル、塩化物イオン濃度が5g/リットルとなっているものである。
【0069】
カソード室22の液面高さを、アノード室21よりも高くするように、初期電解液として各カソード室22に以下の硫酸溶液が供給された。この初期電解液は、濃度193g/リットルの硫酸に、塩酸を供給してカソード室22内での塩化物イオン濃度が5g/リットルとなっているものである。実施例1の金属溶解前の条件を表1に示す。
【0070】
電解槽10に設けられたアノード13およびカソード14に、電流密度2000A/mとなるように電流が供給された。この際、電解液の温度は60℃になるように制御された。電流が供給されると同時に、各カソード室22に、濃度193g/リットルである硫酸と塩酸とが合計で0.011リットル/minだけ供給管16により電解槽10に供給された。このときの塩酸の量は、カソード室22内の塩化物イオン濃度が5g/リットルになるように調整されている。なお各カソード室22へ供給する硫酸および塩酸の量を個別には制御していない。加えて、アノード室21の底から5mm上方の位置にある、取出管15の開口15aから、供給されている硫酸および塩酸の合計量と同量の金属溶解電解液が取出された。
【0071】
実施例1の結果を表2に示す。取出された金属溶解電解液のニッケルイオン濃度は、101g/リットルであり、電池の正極の製造に用いるのに十分なニッケルイオン濃度であった。また、電流密度も十分に高く、効率的に硫酸溶液が得られた。加えて480Ahの通電の実施に対し、電流効率を確認したところ98%であり、効率的に電解が行われていることがわかった。さらに、カソード室22のそれぞれのニッケルイオン濃度を測定したところ5g/リットルおよびで4g/リットルあり、カソード室22へのニッケルイオンの移動を抑制できたことがわかった。
【0072】
(実施例2)
実施例2では、隔膜12が、通水性が0.3リットル/(m・s)の濾布である。これ以外のパラメータは、実施例1と同じである。実施例2の金属溶解前の条件を表1に示す。
【0073】
実施例2の結果を表2に示す。取出された金属溶解電解液のニッケルイオン濃度は、100g/リットルであり、電池の正極の製造に用いるのに十分なニッケルイオン濃度であった。また、電流密度も十分に高く、効率的に硫酸溶液が得られた。加えて480Ahの通電の実施に対し、電流効率を確認したところ96%であり、効率的に電解が行われていることがわかった。さらに、カソード室22のそれぞれのニッケルイオン濃度を測定したところ7g/リットルおよびで8g/リットルあり、カソード室22へのニッケルイオンの移動を抑制できたことがわかった。
【0074】
(比較例1)
比較例1では、連結管26を用いなかったこと以外のパラメータは、実施例1と同じである。比較例1の金属溶解前の条件を表1に示す。
【0075】
比較例1の結果を表2に示す。取出された金属溶解電解液のニッケルイオン濃度は、86g/リットルであり、リチウムイオン電池の正極の製造に用いるには不十分なニッケルイオン濃度であった。また、480Ahの通電の実施に対し、電流効率を確認したところ88%であり、電流の供給が金属の溶解に十分に寄与できていないことがわかった。二つのカソード室22のニッケルイオン濃度が、5g/リットルおよび36g/リットルであったことから、比較例1では、一方のカソード室22内の液面が高く維持できておらず、アノード室21からそのカソード室22へ電解液が移動することがあり、そのカソード室22へのニッケルイオンの移動を抑制することが不十分であったことにより、金属溶解電解液のニッケルイオン濃度などが小さくなったと考えられる。
【0076】
(比較例2)
比較例2では、隔膜12が、通水性が1リットル/(m・s)の濾布である。これ以外のパラメータは、実施例1と同じである。比較例2の金属溶解前の条件を表1に示す。
【0077】
比較例2の結果を表2に示す。取出された金属溶解電解液のニッケルイオン濃度は、74g/リットルであり、リチウムイオン電池の正極の製造に用いるには不十分なニッケルイオン濃度であった。また、480Ahの通電の実施に対し、電流効率を確認したところ75%であり、電流の供給が金属の溶解に十分に寄与できていないことがわかった。さらに、カソード室22のそれぞれのニッケルイオン濃度を測定したところ41g/リットルおよび40g/リットルであった。比較例2では、通水性が大きすぎて、アノード室21とカソード室22との間の電解液の流れが一方向でなく双方向となり、カソード室22へのニッケルイオンの移動を抑制することが不十分であったことが原因と考えられる。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【符号の説明】
【0080】
10 電解槽
12 隔膜
13 アノード
14 カソード
15 取出管
15a 開口
21 アノード室
22 カソード室
24 搬送管
26 連結管
27 液面モニター配管
図1