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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-06
(45)【発行日】2022-12-14
(54)【発明の名称】環境セルとその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/20 20060101AFI20221207BHJP
   H01J 37/18 20060101ALI20221207BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20221207BHJP
【FI】
H01J37/20 A
H01J37/18
H01J37/20 H
H01J37/20 G
G01N1/28 W
G01N1/28 U
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018194285
(22)【出願日】2018-10-15
(65)【公開番号】P2020064715
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2021-07-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】関口 隆史
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 雅考
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-016249(JP,A)
【文献】特表2016-534508(JP,A)
【文献】特表2004-515049(JP,A)
【文献】特開2012-018926(JP,A)
【文献】特開2014-229401(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102142348(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0291270(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/20
H01J 37/18
G01N 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子顕微鏡に設置する試料固定用の環境セルであって、
平坦な一面を有する基材と、
前記基材の一面側に載置された試料を覆い、前記試料を前記基材の一面との間に挟むグラフェンシートと、を有し、
前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも電子透過部が前記試料に接触し、前記電子透過部を囲み、電子透過部から離間した周縁部が、前記基材の一面に接着されていることを特徴とする環境セル。
【請求項2】
前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、前記電子透過部を除いた残部が、前記基材の一面に接着されていることを特徴とする請求項1に記載の環境セル。
【請求項3】
前記基材と前記グラフェンシートとで挟まれた空間において、前記試料を囲むスペーサーが、前記基材の一面に載置されており、
前記スペーサーの厚みが、前記試料から離れるにつれて減少していることを特徴とする請求項1に記載の環境セル。
【請求項4】
前記グラフェンシートの上に、さらに一枚以上のグラフェンシートが搭載されていることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の環境セル。
【請求項5】
前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも前記試料と接触する部分が親水性処理されていることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の環境セル。
【請求項6】
前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも前記基材に接着される部分が疎水性処理されていることを特徴とする1~5のいずれか一項に記載の環境セル。
【請求項7】
前記グラフェンシートが、前記基材の一面の端部まで延在し、前記端部で折り返し、前記基材の他の一面の少なくとも一部を覆っていることを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の環境セル。
【請求項8】
前記基材の一面側に、前記試料の少なくとも一部を収容することが可能な凹部が設けられていることを可能とする請求項1~7のいずれか一項に記載の環境セル。
【請求項9】
請求項1~8に記載の環境セルの製造方法であって、
物理気相成長法または化学気相成長法により、成膜用下地基板の一方の主面にグラフェン膜を形成してなるシール部材を準備する工程と、
前記試料および前記基材の一面に対し、前記シール部材の前記グラフェン膜側を押し当て、前記シール部材を前記基材の一面に貼り付ける工程と、
真空空間において、前記グラフェン膜を前記試料および前記基材の一面に密着させた状態で、前記グラフェン膜から、前記成膜用下地基板を除去する工程と、を有することを特徴とする環境セルの製造方法。
【請求項10】
前記成膜用下地基板として、真空空間で蒸発する材料からなるものを用いることを特徴とする請求項9に記載の環境セルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査電子顕微鏡環境による試料の観察の際に、試料を設置する環境セルと、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
観察対象の試料の拡大像を得る手段として、走査電子顕微鏡(SEM)、透過電子顕微鏡(TEM)等が用いられている。走査電子顕微鏡は、試料に対して電子線を照射することにより、その試料から発生する二次電子、その試料において反射する電子(反射電子)を検出して画像化する仕組みとなっている。透過電子顕微鏡は、試料に対して電子線を照射し、その試料を透過した電子を検出して画像化する仕組みとなっている。
【0003】
従来の電子顕微鏡を用いて生体や液体を観察する場合、それらの試料を真空中で保持することが難しいため、環境セルに封入して行われる(特許文献1)。電子線は、環境セルに設けられた窓部と、窓部と試料との間に存在する空気中を経由して試料に照射される。この窓部は、Si等の隔膜で構成されている。つまり、電子線は、隔膜および空気を透過して試料に照射されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-175809号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電子源から試料に向かって照射された電子線は、隔膜および空気を透過する際に散乱されてしまう。そのため、試料に対して、所定の信号強度、プローブサイズ(大きさ)の電子線を照射することが難しい。また、透過電子、反射電子、あるいは二次電子も、隔膜、空気を透過する際に散乱されてしまうため、試料の本来の状態を反映する信号強度、信号スペクトルの電子を正確に検出することが難しい。したがって、従来構造の環境セルを用いる場合、生体や液体の状態を正確に反映させた画像を得ることは難しい。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、試料台を加工して得られる環境セルであって、試料に対して入射する電子線、試料を透過する電子、試料で反射する電子、試料から発生する二次電子の散乱を防ぐことが可能な、環境セルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0008】
(1)本発明の一態様に係る環境セルは、電子顕微鏡に設置する試料固定用の環境セルであって、平坦な一面を有する基材と、前記基材の一面側に載置された試料を覆うグラフェンシートと、を有し、前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも電子透過部が前記試料に接触し、前記電子透過部を囲み、電子透過部から離間した周縁部が、前記基材の一面に接着されている。
(2)前記(1)に記載の環境セルにおいて、前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、前記電子透過部を除いた残部が、前記基材の一面に接着されていることが好ましい。
(3)前記(1)に記載の環境セルにおいて、前記基材と前記グラフェンシートとで挟まれた空間において、前記試料を囲むスペーサーが、前記基材の一面に載置されており、前記スペーサーの厚みが、前記試料から離れるにつれて減少していることが好ましい。
(4)前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の環境セルにおいて、前記グラフェンシートの上に、さらに一枚以上のグラフェンシートが搭載されていることが好ましい。
(5)前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の環境セルにおいて、前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも前記試料と接触する部分が親水性処理されていることが好ましい。
(6)前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の環境セルにおいて、前記グラフェンシートの前記試料側の面のうち、少なくとも前記基材に接着される部分が疎水性処理されていることが好ましい。
(7)前記(1)~(6)のいずれか一つに記載の環境セルにおいて、前記グラフェンシートが、前記基材の一面の端部まで延在し、前記端部で折り返し、前記基材の他の一面の少なくとも一部を覆っていることが好ましい。
(8)前記(1)~(7)のいずれか一つに記載の環境セルにおいて、前記基材の一面側に、前記試料の少なくとも一部を収容することが可能な凹部が設けられていてもよい。
(9)本発明の一態様に係る環境セルの製造方法は、前記(1)~(8)に記載の環境セルの製造方法であって、物理気相成長法または化学気相成長法により、成膜用下地基板の一方の主面にグラフェン膜を形成してなるシール部材を準備する工程と、前記試料および前記基材の一面に対し、前記シール部材の前記グラフェン膜側を押し当て、前記シール部材を前記基材の一面に貼り付ける工程と、真空空間において、前記グラフェン膜を前記試料および前記基材の一面に密着させた状態で、前記グラフェン膜から、前記成膜用下地基板を除去する工程と、を有する。
(10)前記(9)に記載の環境セルの製造方法において、前記成膜用下地基板として、真空空間で蒸発する材料からなるものを用いることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の環境セルでは、隔膜が、電子散乱率の低いグラフェンで構成されており、さらに、この隔膜の電子透過部が試料に接触し、隔膜と試料の間に空気が含まれないように構成されている。そのため、本発明の環境セルを電子顕微鏡に適用することにより、試料に対して入射する電子線、試料を透過する電子、試料で反射する電子、試料から発生する二次電子が、電子散乱率の低い隔膜のみを透過することになる。したがって、アモルファス材料からなる隔膜と空気とを透過する従来の環境セルに比べて、透過中の電子の散乱を大きく抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の第一実施形態に係る環境セルの適用を可能とする、走査電子顕微鏡装置の構成を模式的に示す断面図である。
図2】第一実施形態に係る、環境セルの構成例を模式的に示す断面図である。
図3】第一実施形態に係る、環境セルの他の構成例を模式的に示す断面図である。
図4】第二実施形態に係る、試料の周囲にスペーサーを備えた環境セルの構成例を模式的に示す断面図である。
図5】第二実施形態に係る、試料の周囲にスペーサーを備えた環境セルの他の構成例を模式的に示す断面図である。
図6】第三実施形態に係る、グラフェンシートを基材裏側まで折り返した環境セルの構成例を模式的に示す断面図である。
図7】第三実施形態に係る、グラフェンシートを基材裏側まで折り返した環境セルの他の構成例を模式的に示す断面図である。
図8】第四実施形態に係る、基材の一面に凹部が設けられた環境セルの構成例を模式的に示す断面図である。
図9】本発明の第五実施形態に係る環境セルの適用を可能とする、透過電子顕微鏡の構成を模式的に示す断面図である。
図10】第五実施形態に係る、試料の下側に貫通孔を設けた環境セルの構成例を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を適用した実施形態に係る環境セルと、それを適用した電子顕微鏡について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0012】
<第一実施形態>
図1は、本発明の第一実施形態に係る環境セル100を適用した、一般的な走査電子顕微鏡(SEM)装置120の構成を、模式的に示す断面図である。走査電子顕微鏡装置120は、主に、分析する試料を含む環境セル100の支持体121と、環境セル100を内包し、内部空間の減圧を可能とする真空試料室122と、試料に対して電子線Eを照射する電子線照射手段(電子銃)123と、試料からの二次電子E、反射電子E等を検出する電子検出器124と、で構成されている。
【0013】
図2は、電子顕微鏡に設置する試料固定用の環境セル(試料ホルダ)100の構成例を、模式的に示す断面図である。環境セル100は、平坦な一面101aを有する基材101と、基材の一面101a側に載置された試料Sを覆うグラフェンシート102と、を有する。
【0014】
基材101の表面のうち、少なくとも試料Sを載置する部分(中央部分)は平坦であることが好ましく、他の部分の形状については限定されない。実用上の基材101の形状としては、支持体101上に載置する必要があるため、平板状であればより好ましい。基材101の材料としては、例えば、Al、SUS、Cu、C(グラファイト)等を用いることができる。
【0015】
グラフェンシート102は、炭素原子が、同一平面内において一様に連続的に結合してなるシート状の部材である。従来の環境セル用に形成されるSi膜の厚さは、概ね100nm程度となるのに対し、グラフェンシート102は、その製造条件によって0.3nm程度まで薄く形成することができ、薄くすることによって電子透過性を向上させることができる。
【0016】
さらに、Si、グラファイトの密度は、それぞれ約3.17cm-3、2.26cm-3であるため、電子を透過させる上でのグラフェンシート102の実効的な厚さは、Si膜の約2/3となる。つまり、グラフェンシート102は、Si膜の1.5倍程度厚くしても、Si膜と同等の電子透過率を有する。したがって、グラフェンシート102は、厚く形成することによって、電子透過率を損ねることなく機械的な強度を高めることができる。
【0017】
グラフェンシート102の試料S側の面のうち、少なくとも、試料に照射される電子線、試料から発生する二次電子、試料から反射する電子が透過する電子透過部102aは、試料Sに接触している。(ここでの「接触」は、グラフェンシート102と試料Sとの間に空気等の不純物、空間が存在せず、グラフェンシート102と試料Sとが密着している状態を意味している。)図2での電子透過部102aは、電子線照射手段103側からの平面視において、試料Sと重なる部分となっている。
【0018】
さらに、グラフェンシート102の試料S側の面のうち、電子透過部102aの全周を囲み、電子透過部102aから離間した周縁部102bは、基材の一面101aに接着されている。(ここでの「接着」は、グラフェンシート102と試料Sとが接触し、それぞれの表面の分子同士がファンデルワールス結合しており、グラフェンシート102と試料Sとを引き離すのに力を要する状態を意味している。)この接着により、基材の一面101aとグラフェンシート102とで囲まれ、試料Sを内包する空間は、密閉された状態となっている。接着性の観点から、基材101と接着される周縁部102bは、広いほど好ましい。
【0019】
図2では、試料Sの周囲に僅かな隙間を有する場合について例示しているが、この隙間は小さい方が好ましく、なければ最も好ましい。図3は、この隙間がない場合の環境セル110として、その構成を模式的に示す断面図である。隙間部分以外の構成については、図2の環境セル100と同様である。
【0020】
図3に示すように、グラフェンシート102の試料S側の面のうち、電子透過部102aを除いた残部が、基材の一面101aに接着されていれば、最も好ましい。この場合、グラフェンシート102は、基材101に対して隙間なく接着されることになり、隙間と外側の空気の圧力差が増加して、グラフェンシート102を押し上げて、試料Sとの間に空間ができてしまう問題、グラフェンシート102が断裂してしまう問題を回避することができる。
【0021】
試料Sが生体、液体である場合には、グラフェンシート102の試料S側の面のうち、少なくとも試料Sと接触する部分が親水性処理されていることが好ましい。その場合には、試料Sに対するグラフェンシート102の密着性を高めることができ、安定した状態での試料Sの観察を実現することができる。親水性処理された部分は、表面が荒れた状態(表面に水酸基等の官能基が露出した状態)となっている。なお、親水化処理された表面部分は脆くなってしまうが、表面以外の部分には影響しないため、グラフェンシート102を厚く形成することにより、この問題を回避することができる。
【0022】
グラフェンシート102の試料S側の面のうち、少なくとも基材の一面101aと接触する部分は、疎水性処理されていることが好ましい。その場合、基材101とグラフェンシート102との間に、ウォーターマーク等の汚れが形成されるのを防ぐことができる。
なお、試料Sが生体、液体(例えば、油に親和性のある液体(非極性液体))でない場合、あるいは試料Sがそれらに分散されているものでない場合には、試料Sと接触する部分も疎水性処理されていることが好ましい。
【0023】
なお、試料Sに接触しているグラフェンシート102の上に、さらに一枚以上のグラフェンシートを搭載してもよく、この場合にも、1枚のグラフェンシートを厚く形成した場合と同等の機械的な強度が得られる。
【0024】
本実施形態の環境セル100、110は、例えば、次の手順に沿って製造することができる。
【0025】
(グラフェン膜形成工程)
まず、物理気相成長法または化学気相成長法、具体的には、スパッタリング法、蒸着法、化学的気相法(CVD)法等の、公知の気相成長法を用いて、フレキシブルな成膜用下地基板の一方の主面にグラフェン膜を形成してなる、シール部材を準備する。さらに、このグラフェン膜に対して表面処理を行い、グラフェン膜の表面に水酸基等の官能基を露出させることによって、グラフェン膜の表面を親水化させてもよい。
【0026】
(グラフェン膜貼り付け工程)
次に、基材の一面101aとそこに載置されている試料Sに対し、ラップを被せる要領で、シール部材のグラフェン膜側を押し当てるとともに、シール部材を基材の一面101aおよび試料Sに貼り付ける。ここでの基材の一面101aに対するグラフェン膜の貼り付けは、接着剤を用いて行ってもよい。
【0027】
(基板除去工程)
真空空間において、グラフェン膜を試料Sおよび基材の一面101aに密着させた状態で、グラフェン膜102Aから、成膜用下地基板を除去することにより、本実施形態の環境セル100、110を得ることができる。成膜用下地基板として、真空空間で蒸発する材料からなるものを用いることにより、この除去を容易に行うことができる。成膜用下地基板をグラフェン膜から引っ張って剥がす場合、成膜用下地基板だけでなくグラフェンシートも、基材や試料との接着方向と逆の方向に引っ張ることになり、接着力を弱めてしまう虞があるが、成膜用下地基板を蒸発させる場合、この虞がない。
【0028】
以上のように、本実施形態に係る環境セル100、110では、隔膜が、電子散乱率が低く、結晶性を有するグラフェンで構成されており、さらに、この隔膜の電子透過部102aが試料Sに接触し、隔膜と試料の間に空気(空間)が含まれないように構成されている。そのため、本実施形態に係る環境セル100、110を電子顕微鏡に適用することにより、試料Sに対して入射する電子線、試料を透過する電子、試料で反射する電子、試料から発生する二次電子等が、電子散乱率が低い隔膜のみを透過することになる。したがって、アモルファス材料からなる隔膜と空気とを透過する従来の環境セルに比べて、透過中の電子の散乱を大きく抑えることができる。
【0029】
また、本実施形態の環境セル100、110を適用する場合、試料Sは、基材101に固定された状態で支持台121に載置されるため、高い安定性を維持した状態で電子線照射を行うことができる。
【0030】
また、本実施形態の環境セル100、110は、基材の一面101aとそこに載置されている試料Sに対し、ラップを被せる要領で、グラフェン膜を押し当てて形成することができるため、多種の試料に対して適応可能な構成となっている。
【0031】
また、電子顕微鏡中には試料Sの汚染源となるハイドロカーボンが多く存在しているが、本実施形態の環境セルにおいては、試料がグラフェンシートで覆われているため、ハイドロカーボンが試料に付着するのを防ぐことができる。
【0032】
また、グラフェンは良導体であるため、絶縁試料の観察時に、絶縁試料が帯電するのを抑える効果を有する。
【0033】
<第二実施形態>
図4、5は、それぞれ、本発明の第二実施形態に係る環境セル200、210の構成例を模式的に示す断面図である。環境セル200、210は、基材101とグラフェンシート102との間に、スペーサー103を含む点において、第一実施形態の環境セル100、110と異なっている。その他の構成については、第一実施形態の構成と同様であり、第一実施形態と対応する箇所については、形状の違いによらず、同じ符号で示している。環境セル200、210についても、第一実施形態と同様に、図1の走査電子顕微鏡装置120に搭載されるものとする。
【0034】
図4の環境セル200では、基材101とグラフェンシート102とで挟まれた空間において、試料Sを囲むスペーサー103が、基材の一面101aに載置されている。スペーサー103の厚みは、試料Sから離れるにつれて減少している。減少のしかたが限定されることはなく、例えば、連続的であってもよいし、断続的であってもよい。
【0035】
スペーサー103の形状およびサイズは、試料Sの周囲にできる隙間部分を小さくするように決定され、この隙間部分がなくなった状態は、図2の環境セル100において、試料Sの周囲にできる隙間部分に、スペーサー103を埋め込んだ状態に相当する。
【0036】
基材101とグラフェンシート102とで挟まれた空間は、スペーサー103を含んでいる分、空気が入るスペースが狭くなっている。したがって、本実施形態の環境セル200では、隙間内の空気の量を少なくすることができ、空気の圧力差によってグラフェンシート102が押し上げられ、試料Sとの間に空気が入りこんでしまうような問題は起きにくくなっている。
【0037】
さらに、環境セル200では、グラフェンシート102の電子透過部102aと周縁部102bとの間の部分が、スペーサー103の傾斜面で支持されている。したがって、この部分の重力による反り具合を、スペーサー103がない場合に比べて緩やかにすることができるため、反ることによってグラフェンシート102にかかる機械的な負荷を、軽減することができる。
【0038】
図5の環境セル210では、スペーサー103の厚みが略一定であり、かつグラフェンシート102が、基材101でなくスペーサー103に接着されている点で、図4の環境セル200と異なっている。この場合、グラフェンシート102は、電子透過部102a以外の部分ではほとんど反らない状態(略平坦)になるため、グラフェンシート102にかかる機械的な負荷を大きく軽減することができる。また、スペーサー103の厚みが試料Sの厚みと同程度である場合には、電子透過部102aを含む全体にわたってほとんど反らない状態になるため、グラフェンシート102にかかる機械的な負荷をさらに軽減することができる。
【0039】
<第三実施形態>
図6、7は、それぞれ、本発明の第三実施形態に係る環境セル300、310の構成例を模式的に示す断面図である。環境セル300、310では、グラフェンシート102が、基材の一面以外の面に接着されている点において、第一実施形態の環境セル100、110と異なっている。その他の構成については、第一実施形態の構成と同様であり、第一実施形態と対応する箇所については、形状の違いによらず、同じ符号で示している。環境セル300、310についても、第一実施形態と同様に、図1の走査電子顕微鏡装置120に搭載されるものとする。
【0040】
図6の環境セル300では、グラフェンシート102が、基材の一面101aの端部101cまで延在し、その端部101cで折り返し、基材の他の一面(反対側の面)101bを覆っている。すなわち、グラフェンシート102は、基材の一面101a側だけでなく、全面を覆っている。この場合、一面101a側だけを覆っている場合に比べて、基材101との接着面積が増加し、基材101に対する接着力が強化されるため、グラフェンシート102の剥がれをより強力に防ぐことができる。
【0041】
なお、図6では、グラフェンシート102が、基材の他の一面101bの全体を覆っている場合について例示しているが、その折り返し部分が基材の他の一面101bの少なくとも一部を覆っているだけでも、第一実施形態に比べて接着力を強化することができる。
【0042】
本実施形態のグラフェンシート102は、基材の端部101cで折り返し、一面101a側とその反対面101b側から基材101を挟んでいることにより、基材101上を滑りにくくなっている。したがって、グラフェンシート102において、突起を有する試料S側の部分に引っ張られる力のように、基材の一面101aに平行に働く力による基材101からの剥がれを、強力に防ぐことができる。
【0043】
図7の環境セル310では、基材の端部101c近傍が、他の一面101b側から厚み方向Tに凹んでおり、環境セル310を支持台に載置する際に、支持台の載置面に接する中央部に比べて、薄く形成されている。そして、折り返されたグラフェンシート102は、他の一面101bにおいて、この薄く形成されている領域を越えない程度まで延在している。つまり、他の一面101bの中央部はグラフェンシート102に覆われておらず、露出しているため、支持台に接触する。したがって、環境セル310は、グラフェンシート102を折り返させる分、基材101との接着力を強化することができ、かつ支持台に載置した際の安定性を維持することができる。
【0044】
図7では、グラフェンシート102の折り返し部分で覆われる端部101c近傍は、端部101cに近づくにつれて、連続的に薄くなるように形成されている場合について例示されているが、断続的に薄くなるように形成されていてもよい。
【0045】
<第四実施形態>
図8は、本発明の第四実施形態に係る環境セル400の構成例を模式的に示す断面図である。環境セル400では、基材の一面101aに、試料Sを収容することができるように形状制御された、凹部(溝)101dが設けられている点において、第一実施形態の環境セル100、110と異なっている。その他の構成については、第一実施形態の構成と同様であり、第一実施形態と対応する箇所については、形状の違いによらず、同じ符号で示している。環境セル400についても、第一実施形態と同様に、図1の走査電子顕微鏡装置120に搭載されるものとする。
【0046】
凹部101dは、試料Sの少なくとも一部を収容できる程度に凹んでいればよく、試料Sの全体を収容できる程度に凹んでいればより好ましい。ただし、試料Sを凹部101dに収容した際に、試料Sと凹部101dの内壁との隙間は、小さいほど好ましい。凹部101dの数について制限はなく、図8に示すように複数設けられていてもよいし、一つだけ設けられていてもよい。複数の凹部101dが設けられる場合、それらは、凹部101dの形状、大きさ、隣接する凹部101d同士の距離等に関して、周期的に並んでいてもよいし、非周期的に並んでいてもよい。
【0047】
本実施形態の構成によれば、試料Sが、例えば液体等の形状が不安定なものであっても、凹部101d内に滴下(収容)することにより、固定して支持することができ、試料Sが固体である場合と同様の観察環境を実現することができる。
【0048】
<第五実施形態>
図9は、本発明の第四実施形態に係る環境セル500を適用した、一般的な走査電子顕微鏡(SEM)装置520の構成を、模式的に示す断面図である。透過電子顕微鏡装置520は、主に、分析する試料を含む環境セル500の支持体521と、環境セル500を内包し、内部空間の減圧を可能とする真空試料室522と、試料に対して電子線Eを照射する電子線照射手段(電子銃)523と、試料からの透過電子E等を検出する電子検出器524と、で構成されている。第一実施形態の走査電子顕微鏡装置120は、試料の反射像が得られるように構成されているのに対し、本実施形態の走査電子顕微鏡装置520は、試料の透過像が得られるように構成されている点で異なる。
【0049】
図10は、環境セル500の構成を模式的に示す断面図である。環境セル500では、基材の一面501aのうち試料Sが載置される位置から、基材501の厚み方向Tに貫通する貫通孔501dを有する点において、第三実施形態の環境セル300と異なっている。その他の構成については、環境セル300の構成と同様である。
【0050】
試料Sを支持台の一面501aに載置する観点から、貫通孔501dは、少なくとも試料Sを支持する上で支障がない程度の形状および内径を有するものとする。グラフェンシート502は、基材の他の一面501b側全体を覆っている必要はないが、試料の周囲に空気が取り込まれないようにするために、少なくとも試料Sの裏側(貫通孔501d側)の面を覆っている必要がある。グラフェンシート502のうち貫通孔501dを覆う部分は、貫通孔501dの開口部501eよりも内側(試料S側)に凹んでいることが好ましく、試料Sに接する程度に凹んでいればより好ましい。
【0051】
基材501が貫通孔501dを有することにより、試料Sを透過した電子を基材の他の一面501b側で取り出すことができる。したがって、環境セル500は、図1に示すような、試料の反射像を得るタイプの走査電子顕微鏡120だけでなく、図9に示すような、試料の透過像を得るタイプの走査顕微鏡520に適用することもできる。
【符号の説明】
【0052】
100、110、200、210、300、310、400、500・・・環境セル
101、501・・・基材
101a、501a・・・基材の一面
101b、501b・・・基材の他の一面
101c、501c・・・基材の端部
101d・・・凹部
102、502・・・グラフェンシート
102a・・・電子透過部
102b・・・周縁部
103・・・スペーサー
120・・・走査電子顕微鏡装置
121、521・・・支持体
122、522・・・真空試料室
123、523・・・電子線照射手段
124、524・・・電子検出器
501d・・・基材の貫通孔
501e・・・貫通孔の開口部
520・・・透過電子顕微鏡装置
S・・・試料
T・・・厚み方向
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10