(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-07
(45)【発行日】2022-12-15
(54)【発明の名称】磁気ディスク用アルミニウム合金基板及び磁気ディスク
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20221208BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20221208BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20221208BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20221208BHJP
G11B 5/73 20060101ALI20221208BHJP
G11B 5/82 20060101ALI20221208BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221208BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/00 N
C22F1/04 Z
C22F1/047
G11B5/73
G11B5/82
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 661D
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 691Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
(21)【出願番号】P 2020207707
(22)【出願日】2020-12-15
【審査請求日】2021-07-30
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-13
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】北脇 高太郎
(72)【発明者】
【氏名】畠山 英之
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 航
(72)【発明者】
【氏名】坂本 遼
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】太田 一平
【審判官】土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/163239(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/171675(WO,A1)
【文献】特開2020-087485(JP,A)
【文献】特開2017-179590(JP,A)
【文献】国際公開第2020/059742(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/068293(WO,A1)
【文献】特開2020-029595(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
G11B 5/73
G11B 5/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:1.80mass%以下、Mn:0.70mass%以下、Ni:2.50mass%以下、Si:
0.005~0.06mass%、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.48mass%以下、Mg:1.00~3.50mass%、を含有し、FeとMnとNiの合計含有量が1.60~4.50mass%であり、Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00であり、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなる、磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金が、Cr:1.00mass%以下及びZr:1.00mass%以下からなる群から選択される1種又は2種の元素を更に含有する、請求項1に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項3】
前記アルミニウム合金が、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下、及びP:0.10mass%以下からなる群から選択される少なくとも1種の元素を更に含有する、請求項1又は2に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項4】
前記アルミニウム合金が、0.0020mass%以下のBeを更に含有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の磁気ディスク用アルミニウム合金基板と、
前記磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に、Ni-Pめっき処理層と、
前記Ni-Pめっき処理層の上の磁性体層と、
を有する、磁気ディスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気ディスク用アルミニウム合金基板及び磁気ディスクに関する。
【背景技術】
【0002】
コンピュータの記憶装置に用いられる磁気ディスクは、良好なめっき性を有するとともに機械的特性や加工性が優れる基板を用いて製造される。例えば、JIS5086(Mg:3.5~4.5mass%、Fe:0.50mass%以下、Si:0.40mass%以下、Mn:0.20~0.70mass%、Cr:0.05~0.25mass%、Cu:0.10mass%以下、Ti:0.15mass%以下及びZn:0.25mass%以下を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなる組成)によるアルミニウム合金を基本とした基板などから製造されている。
【0003】
一般的な磁気ディスクの製造は、まず円環状アルミニウム合金基板を作製し、該アルミニウム合金基板にめっきを施し、次いで該アルミニウム合金基板の表面に磁性体を付着させることにより行われている。
【0004】
例えば、前記JIS5086に規定の合金によるアルミニウム合金製磁気ディスクは以下の製造工程により製造される。まず、所定の化学成分としたアルミニウム合金素材を鋳造し、その鋳塊を熱間圧延し、次いで冷間圧延を施し、磁気ディスクとして必要な厚さを有する圧延材を作製する。この圧延材には、必要に応じて冷間圧延の途中等に焼鈍を施すことが好ましい。次に、この圧延材を円環状に打抜き、前記製造工程により生じた歪み等を除去するため、円環状としたアルミニウム合金板を積層した積層体の両面から加圧しつつ焼鈍を施して平坦化する加圧焼鈍を行って、円環状アルミニウム合金基板が作製される。
【0005】
このようにして作製された円環状アルミニウム合金基板に、前処理として切削加工、研削加工、脱脂、エッチング及びジンケート処理(Zn置換処理)を施し、次いで下地処理として硬質非磁性金属であるNi-Pを無電解めっきし、該めっき表面にポリッシングを施した後に、Ni-P無電解めっき表面に磁性体をスパッタリングしてアルミニウム合金製磁気ディスクが製造される。
【0006】
ところで、近年になって、磁気ディスクには、マルチメディア等のニーズから大容量化及び高密度化が求められている。更なる大容量化のため、記憶装置に搭載される磁気ディスクの枚数が増加しており、それに伴い磁気ディスクの薄肉化も求められている。
【0007】
しかしながら、薄肉化、高速化に伴い剛性の低下や高速回転による流体力の増加に伴う励振力が増加し、ディスク・フラッタが発生し易くなる。これは、磁気ディスクを高速で回転させると不安定な気流がディスク間に発生し、その気流により磁気ディスクの振動(フラッタリング)が発生することに起因する。このような現象は、基板の損失係数が低いと磁気ディスクの振動が大きくなり、ヘッドがその変化に追従できないために発生するものと考えられる。フラッタリングが起きると、読み取り部であるヘッドの位置決め誤差が増加する。そのためディスク・フラッタの減少が強く求められている。
【0008】
このような実情から、近年では優れたフラッタリング特性を有する磁気ディスク用アルミニウム合金基板が強く望まれ、検討がなされている。例えば、特許文献1では、アルミニウム合金基板の損失係数を向上させ、基板の平坦度を小さくすることでフラッタリング特性を向上させる方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示されるアルミニウム合金基板の成分においても、目標とする良好なフラッタリング特性は得られていないのが現状であった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、フラッタリング特性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一態様は、Fe:1.80mass%以下、Mn:0.70mass%以下、Ni:2.50mass%以下、Si:2.50mass%以下、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.48mass%以下、Mg:1.00~3.50mass%、を含有し、FeとMnとNiの合計含有量が1.60~4.50mass%であり、Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00であり、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなる、磁気ディスク用アルミニウム合金基板である。
本発明の他の態様は、前記アルミニウム合金が、Cr:1.00mass%以下及びZr:1.00mass%以下からなる群から選択される1種又は2種の元素を更に含有する、磁気ディスク用アルミニウム合金基板である。
本発明の他の態様は、前記アルミニウム合金が、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下、及びP:0.10mass%以下からなる群から選択される少なくとも1種の元素を更に含有する、磁気ディスク用アルミニウム合金基板である。
本発明の他の態様は、前記アルミニウム合金が、0.0020mass%以下のBeを更に含有する、磁気ディスク用アルミニウム合金基板である。
本発明の他の態様は、磁気ディスク用アルミニウム合金基板と、
前記磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に、Ni-Pめっき処理層と、
前記Ni-Pめっき処理層の上の磁性体層と、
を有する、磁気ディスクである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、フラッタリング特性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度の測定範囲を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
A.磁気ディスク用アルミニウム合金基板
本発明者らは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のフラッタリング特性と該磁気ディスク用アルミニウム合金基板の素材との関係に着目し、これら特性と基板(磁気ディスク材料)の成分との関係について鋭意調査研究し、アルミニウム合金の組成、Cu/Znの質量比、FeとMnとNiの合計含有量、及びMg量がフラッタリング特性に大きな影響を与えることを見出した。その結果、本発明者らは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を構成するアルミニウム合金が、Fe:1.80mass%以下、Mn:0.70mass%以下、Ni:2.50mass%以下、Si:2.50mass%以下、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.48mass%以下、Mg:1.00~3.50mass%、を含有し、Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00であり、FeとMnとNiの合計含有量が1.60~4.50mass%であり、残部Al及び不可避的不純物からなるものとすることにより、磁気ディスクのフラッタリング特性を向上できることを発見した。すなわち、このようなアルミニウム合金からなる磁気ディスク用アルミニウム合金基板では、損失係数を大きくすると共に平坦度変化を小さくすることができる。磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数を大きくすることにより、磁気ディスクの回転時における該磁気ディスクの振動を効果的に抑制することができる。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度変化を小さくすることによって、磁気ディスクの回転時における不安定な気流の発生を効果的に抑制することができる。この結果、本発明者らは、磁気ディスクのフラッタリング特性が向上することを見出した。これらの知見に基づいて、本発明者らは本発明を完成するに至ったものである。
【0016】
以下、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板について詳細に説明する。
【0017】
アルミニウム合金の合金組成
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板に用いるアルミニウム合金は、フラッタリング特性を向上させるために、Fe:1.80mass%以下、Mn:0.70mass%以下、Ni:2.50mass%以下、Si:2.50mass%以下、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.48mass%以下、Mg:1.00~3.50mass%、を含有し、FeとMnとNiの合計含有量が1.60~4.50mass%であり、Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00である。
【0018】
また、上記アルミニウム合金は第2の選択的元素として、Cr:1.00mass%以下及びZr:1.00mass%以下からなる群から選択される1種又は2種の元素を更に含有してもよい。
【0019】
更に、上記アルミニウム合金は第3の選択的元素として、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下、及びP:0.10mass%以下からなる群から選択される少なくとも1種の元素を更に含有してもよい。
【0020】
更に、上記アルミニウム合金は第4の選択的元素として、0.0020mass%以下のBeを更に含有してもよい。アルミニウム合金が上記第2から第4の選択的元素を任意に含有する場合、アルミニウム合金は、Fe:1.80mass%以下、Mn:0.70mass%以下、Ni:2.50mass%以下、Si:2.50mass%以下、Cu:1.00mass%以下、Zn:0.48mass%以下、Mg:1.00~3.50mass%、Cr:1.00mass%以下、Zr:1.00mass%以下、Sr:0.10mass%以下、Na:0.10mass%以下、P:0.10mass%以下、Be:0.0020mass%以下を含有し、FeとMnとNiの合計含有量が1.60~4.50mass%であり、Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00であり、残部Al及び不可避的不純物からなる。上記アルミニウム合金において、Cr、Zr、Sr、Na、P及びBeの一部又は全部を含んでも、含んでいなくてもよい。
以下に、上記各元素について説明する。
【0021】
Fe:
Feは、主として第二相粒子(Al-Fe系金属間化合物等)として、一部はマトリックスに固溶して存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率、及び強度を向上させる効果を発揮する。このような材料に振動を加えると、第二相粒子と転位との相互作用により振動エネルギーが速やかに吸収され、良好な損失係数が得られる。また、アルミニウム母材よりもヤング率が高い第二相粒子が増加することで、ヤング率が向上する。更に、第二相粒子が増加することで、分散強度により強度が向上する。アルミニウム合金中のFe含有量が1.80mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率、及び強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なAl-Fe系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Fe系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性を向上させる効果を一層高めることができ、また、めっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のFe含有量は、1.80mass%以下の範囲とする。アルミニウム合金中のFe含有量は、好ましくは1.60mass%以下である。アルミニウム合金中のFe含有量の下限は0.10mass%とするのが好ましく、0.20mass%とするのがより好ましい。
【0022】
Mn:
Mnは、主として第二相粒子(Al-Mn系金属間化合物等)として存在し、一部はマトリックスに固溶して存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率、及び強度を向上させる効果を発揮する。このような材料に振動を加えると、第二相粒子と転位との相互作用により振動エネルギーが速やかに吸収され、良好な損失係数が得られる。また、アルミニウム母材よりもヤング率が高い第二相粒子が増加することで、ヤング率が向上する。更に、第二相粒子が増加することで、分散強度により、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度が向上する。アルミニウム合金中のMn含有量が0.70mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率、及び強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なAl-Mn系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Mn系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性を向上させる効果を一層高めることができ、また、めっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のMn含有量は、0.70mass%以下の範囲とする。アルミニウム合金中のMn含有量は、好ましくは0.50mass%以下である。アルミニウム合金中のMn含有量の下限は0.10mass%とするのが好ましく、0.20mass%とするのがより好ましい。
【0023】
Ni:
Niは、主として第二相粒子(Al-Ni系金属間化合物等)として存在し、一部はマトリックスに固溶して存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を発揮する。アルミニウム合金中のNi含有量が2.50mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なAl-Ni系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Ni系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性の低下及びめっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のNi含有量は、2.50mass%以下の範囲とする。アルミニウム合金中のNi含有量は、好ましくは2.30mass%以下である。アルミニウム合金中のNi含有量の下限は0.10mass%とするのが好ましく、0.20mass%とするのがより好ましい。
【0024】
Si:
Siは、主に第二相粒子(Si粒子やAl-Fe-Si系金属間化合物等)として存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率及び強度を向上させる効果を発揮する。このような磁気ディスク用アルミニウム合金基板に振動を加えると、第二相粒子と転位との相互作用により振動エネルギーが速やかに吸収され、良好な損失係数が得られる。また、アルミニウムよりもヤング率が高い第二相粒子が増加することで、ヤング率が向上する。更に、第二相粒子が増加することで、分散強度により、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度が向上する。アルミニウム合金中のSi含有量が2.50mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率及び強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なSi粒子が多数生成することを抑制する。このような粗大なSi粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時に脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性を向上させる効果を一層高めることができ、また、めっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のSi含有量は、2.50mass%以下の範囲とする。好ましくは2.20mass%以下である。アルミニウム合金中のSi含有量の下限は0.005mass%とするのが好ましく、0.01mass%とするのがより好ましい。
【0025】
Cu:
Cuは、主として第二相粒子(Al-Cu系金属間化合物等)として存在し、Znとの比率によっては、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数を高めることができる。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度とヤング率を向上させる効果を発揮する。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のジンケート処理時のAl溶解量を減少させる。更に、ジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させ、次工程のめっき工程での平滑性を向上させる効果を発揮する。アルミニウム合金中のCu含有量が1.00mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果及び平滑生を向上させる効果とを一層高めることができる。また、粗大なAl-Cu系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Cu系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性を向上させる効果を一層高めることができ、また、めっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のCu含有量は、1.00mass%以下の範囲とする。アルミニウム合金中のCu含有量は、好ましくは0.50mass%以下である。アルミニウム合金中のCu含有量の下限は0.003mass%とするのが好ましく、0.010mass%とするのがより好ましい。
【0026】
Zn:
Znは、ジンケート処理時のAl溶解量を減少させ、またジンケート皮膜を均一に、薄く、緻密に付着させ、次工程のめっき工程での平滑性及び密着性を向上させる効果を発揮する。また、Cuとの比率によっては、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数を高めることができる。アルミニウム合金中のZn含有量が0.48mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数と平滑性及び密着性を向上させる効果とを一層高めることができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のZn含有量は、0.48mass%以下の範囲とする。アルミニウム合金中のZn含有量は、好ましくは0.40mass%以下である。アルミニウム合金中のZn含有量の下限は0.003mass%とするのが好ましく、0.010mass%とするのがより好ましい。
【0027】
Mg:
Mgは、主としてマトリックスに固溶して存在し、一部は第二相粒子(Mg-Si系金属間化合物等)として存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度を向上させる効果を発揮する。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度変化を抑制する効果があり、平坦度の改善に効果を発揮する。アルミニウム合金中のMg含有量が1.00mass%未満だと、上記の効果が不十分である。一方、アルミニウム合金中のMg含有量が3.50mass%を超えると、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数が低下する。そのため、アルミニウム合金中のMg含有量は、1.00~3.50mass%の範囲とする。より好ましくは、Mg含有量は1.20~3.00mass%の範囲とする。
【0028】
Cr:
Crは、主として第二相粒子(Al-Cr系金属間化合物等)として存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を発揮する。また、アルミニウム合金中のCr含有量が1.00mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なAl-Cr系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Cr系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性の低下及びめっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のCr含有量は、1.00mass%以下の範囲とするのが好ましく、0.03~0.50mass%の範囲とするのがより好ましい。
【0029】
Zr:
Zrは、主として第二相粒子(Al-Zr系金属間化合物等)として存在し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を発揮する。アルミニウム合金中のZr含有量が1.00mass%以下であることによって、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率と強度を向上させる効果を一層高めることができる。また、粗大なAl-Zr系金属間化合物粒子が多数生成することを抑制する。その結果、このような粗大なAl-Zr系金属間化合物粒子が、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削加工時や研削加工時において脱落して大きな窪みが発生することを抑制し、めっき表面の平滑性の低下及びめっき剥離が生じることを一層抑制することができる。また、圧延工程における加工性低下を一層抑制することができる。そのため、アルミニウム合金中のZr含有量は、1.00mass%以下の範囲とするのが好ましく、0.03~0.50mass%の範囲とするのがより好ましい。
【0030】
Be:0.0020mass%以下
Beは、Mgを含むアルミニウム合金を鋳造する際に、Mgの酸化を抑制することを目的として溶湯内に添加される元素である。また、アルミニウム合金中に含有されるBeを0.0020mass%以下とすることにより、磁気ディスクの製造過程において磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面に形成されるZn皮膜をより緻密にするとともに、厚みのバラつきをより小さくすることができる。その結果、磁気ディスク用アルミニウム合金基板上に形成されるNi-Pめっき処理層の平滑性をより高めることができる。
【0031】
しかしながら、アルミニウム合金中のBe含有量が多過ぎると、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の製造過程において加熱された際に、表面にBe系酸化物が形成され易くなる。また、アルミニウム合金が更にMgを含有する場合、磁気ディスク用アルミニウム合金基板が加熱された際に、その表面にAl-Mg-Be系酸化物が形成され易くなる。これらの酸化物量が多くなると、Zn皮膜の厚みのバラつきが大きくなり、めっきピットの発生を招く虞がある。
【0032】
アルミニウム合金中のBe含有量を好ましくは0.0020mass%以下、より好ましくは0.0010mass%以下とすることにより、Al-Mg-Be系酸化物の量を低減し、Ni-Pめっき処理層の平滑性をより高めることができる。なお、Be含有量の下限値については、0mass%(0.0000%)であってもよい。
【0033】
Sr、Na及びP:それぞれ0.10mass%以下
Sr、Na及びPは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板中の第二相粒子(主にSi粒子)を微細化し、めっき性を改善する効果を発揮する。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板中の第二相粒子のサイズの不均一性を小さくし、耐衝撃特性のバラつきを低減させる効果も発揮する。そのため、アルミニウム合金中にそれぞれが、0.10mass%以下のSr、Na、Pが含まれていてもよい。
【0034】
しかしながら、Sr、Na及びPのそれぞれが0.10mass%を超えて含有されても上記効果は飽和し、更なる顕著な効果が得られない。また、上記効果を得るためには、Sr、Na及びPのそれぞれの下限値を、0.001mass%とするのが好ましい。
【0035】
Fe、Mn及びNiの含有量の合計:1.60~4.50mass%
FeとMn及びNiは、先述した通り、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率、及び強度を向上させる効果を発揮する。ここで、アルミニウム合金中のFe、Mn及びNiの含有量の合計が1.60mass%未満では、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数が不十分であり、フラッタリング特性が低下する。一方、Fe、Mn及びNiの含有量の合計が4.50mass%を超えると、粗大な金属間化合物が生成して、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のエッチング時、ジンケート処理時、切削や研削の加工時において、金属間化合物が脱落して大きな窪みが発生し、めっき表面の平滑性が低下する。また、Fe、Mn及びNiの含有量の合計が4.50mass%を超えると磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度もより高くなるため、圧延時に割れが発生してしまう。従って、Fe、Mn及びNiの含有量の合計は1.60~4.50mass%とする。なお、含有量は、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の剛性と強度、ならびに、製造性との兼合いから、1.60~4.50mass%であり、好ましくは1.90~4.00mass%である。
【0036】
なお、アルミニウム合金中の三元素(Fe、Mn及びNi)の合計含有量が1.60~4.50mass%を満たしていれば、Fe、Mn及びNiのそれぞれの含有量の範囲については特に限定するものではなく、MnとNiのいずれか一方が0mass%であってもよい。
【0037】
Cu/Znの質量比が0.01~0.35、又は、6.00~50.00
CuとZnは、先述した通り、その比率によっては、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数を向上させる効果を発揮する。ここで、Cu/Znの質量比が0.35を超えて6.00未満では、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数が不十分であり、フラッタリング特性が低下する。一方、Cu/Zn比が0.01未満又は50.00を超えると、Cu又はZnのどちらかの含有量が多い状態となり、ジンケート皮膜が不均一となり、めっき平滑性が低下する恐れがある。従って、Cu/Zn比は0.01~0.35、又は、6.00~50.00とする。なお、Cu/Zn比は、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数やめっき平滑性との兼合いから、0.02~0.35、又は、6.00~40.00とするのが好ましく、より好ましくは0.03~0.35、又は、8.00~35.00である。
【0038】
その他の元素:
アルミニウム合金には、上述した元素以外の不可避的不純物となる元素が含まれていてもよい。これらの元素としては、Ti、B、Gaなどが挙げられ、その含有量は、各元素について0.10mass%以下、合計で0.30mass%以下であれば本発明の作用効果を損なわない。
【0039】
なお、金属間化合物とは析出物や晶出物を意味し、具体的には、Al-Fe系金属間化合物(Al3Fe、Al6Fe、Al6(Fe、Mn)、Al-Fe-Si、Al-Fe-Mn-Si、Al-Fe-Ni、Al-Cu-Fe等)、Mg-Si系金属間化合物(Mg2Si等)などの粒子等をいう。その他の金属間化合物としては、Al-Mn系金属間化合物(Al6Mn、Al-Mn-Si)、Al-Ni系金属間化合物(Al3Ni等)、Al-Cu系金属間化合物(Al2Cu等)、Al-Cr系金属間化合物(Al7Cr等)、Al-Zr系金属間化合物(Al3Zr等)などが挙げられる。なお、第二相粒子は金属間化合物以外にSi粒子等も含む。
【0040】
磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、その損失係数を大きくして向上させている。これにより、磁気ディスクの回転時における該磁気ディスクの振動を効果的に抑制することが可能となり、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のフラッタリング特性を向上させる効果が発揮される。先述した通り、材料の第二相粒子を増加させることで、第二相粒子と転位との相互作用により振動エネルギーが速やかに吸収され、良好な損失係数が得られる。
【0041】
尚、「損失係数」とは、減衰自由振動波形の隣り合う振幅の比の自然対数をとったものをπで割ったものであり、時刻tnにおけるn番目の振幅an、同様にn+1、・・・n+m番目の振幅をan+1, ・・・an+mとすると損失係数は、{(1/m)×ln(an/an+m)}/πで表される。損失係数の測定は例えば、日本テクノプラス株式会社製のJE-RT型の装置を用い室温で行うことができる。
【0042】
磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度
磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度は、以下のようにして測定する。最初に磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度を測定した後、該磁気ディスク用アルミニウム合金基板を定盤等の上に平置きし、室温(25±5℃)で336時間、放置し、再度平坦度を測定し、下記式で表される室温放置前後の平坦度の差を、平坦度変化として算出した。
平坦度変化={(25±5℃で336時間、保持前の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度)-(25±5℃で336時間、保持後の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度)}の絶対値
また、平坦度の測定は例えば、ZyGO社製平坦度測定機(MESA)にて行うことができる。本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、その平坦度が小さい。平坦度を小さくすることによって磁気ディスクの回転時における空気抵抗を効果的に抑制して、磁気ディスク用アルミニウム合金基板のフラッタリング特性を向上させる効果が発揮される。この平坦度が大きい磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、磁気ディスク装置作動時の空気抵抗が大きくなり、フラッタリング特性が低下する。一方、この平坦度が小さい磁気ディスク用アルミニウム合金基板は、上記のようにフラッタリング特性の低下を抑制することができる。
【0043】
尚、本発明において平坦度とは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面全体の最大山高さと最大谷深さの差で表わされる。ここで、最大山高さは測定範囲における輪郭曲線の平均線と測定範囲内で最も高い値との差であり、最大谷深さは当該平均線と測定範囲内で最も低い値との差である。ここで、
図1は磁気ディスク用アルミニウム合金基板2の平坦度の上記測定範囲を表す図である。
図1に示すように、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の中心1から磁気ディスク用アルミニウム合金基板2の内径までの半径をRx(mm)とし、磁気ディスク用アルミニウム合金基板2の中心1から磁気ディスク用アルミニウム合金基板2の外径までの半径をRy(mm)としたとき、Rx+1(mm)の円と、Ry-1(mm)の円で囲まれた領域が測定範囲となる。
【0044】
B.磁気ディスク
上記磁気ディスク用アルミニウム合金基板を備えた磁気ディスクは、例えば、以下の構成を有する。即ち、磁気ディスクは、磁気ディスク用アルミニウム合金基板と、この磁気ディスク用アルミニウム合金基板の表面にNi-Pめっき処理層と、このNi-Pめっき処理層の上の磁性体層とを有する。なお、Ni-Pめっき処理層は、無電解めっき処理により形成した無電解Ni-Pめっき処理層であることが好ましい。磁気ディスクは、更に、ダイヤモンドライクカーボンなどの炭素系材料からなり、磁性体層上に積層された保護層と、潤滑油からなり、保護層上に塗布された潤滑層とを有していてもよい。
【0045】
C.磁気ディスク用アルミニウム合金基板及び磁気ディスクの製造方法
以下に、本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板、ならびに、これを用いた磁気ディスクの製造工程の各工程及びプロセス条件を詳細に説明する。
【0046】
本発明に係る磁気ディスク用アルミニウム合金基板、ならびに、これを用いた磁気ディスクの製造方法を、以下に説明する。ここで、アルミニウム合金成分の調整~冷間圧延は、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を製造する工程である。また、磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクの作製~磁性体の付着は、製造された磁気ディスク用アルミニウム合金基板から磁気ディスクとする工程である。
【0047】
まず、上述の成分組成を有するアルミニウム合金素材の溶湯を、常法に従って加熱・溶融することによって調製する。次に、調製されたアルミニウム合金素材の溶湯から半連続鋳造(DC鋳造)法や連続鋳造(CC鋳造)法等によりアルミニウム合金を鋳造する。ここで、DC鋳造法とCC鋳造法は、以下の通りである。
【0048】
DC鋳造法においては、スパウトを通して注がれた溶湯が、ボトムブロックと、水冷されたモールドの壁、ならびに、インゴット(鋳塊)の外周部に直接吐出される冷却水で熱を奪われ、凝固し、鋳塊として下方に引き出される。
【0049】
CC鋳造法では、一対のロール(又は、ベルトキャスタ、ブロックキャスタ)の間に鋳造ノズルを通して溶湯を供給し、ロールからの抜熱で薄板を直接鋳造する。
【0050】
DC鋳造法とCC鋳造法の大きな相違点は、鋳造時の冷却速度にある。冷却速度が大きいCC鋳造法では、第二相粒子のサイズがDC鋳造に比べ小さいのが特徴である。両方の鋳造法において、鋳造時の冷却速度は0.1~1000℃/sの範囲とするのが好ましい。鋳造時の冷却速度を0.1~1000℃/sとすることによって、第二相粒子が多数生成し、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数とヤング率が向上する。また、アルミニウム合金中のFe固溶量が多くなり、その強度を向上させる効果を得ることができる。鋳造時の冷却速度が0.1℃/s未満では、Fe固溶量が少なくなり、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の強度が低下する虞がある。一方、鋳造時の冷却速度が1000℃/sを超えると、第二相粒子の個数が少なくなる虞があり、十分な損失係数とヤング率の磁気ディスク用アルミニウム合金基板が得られない場合がある。
【0051】
つぎに、DC鋳造されたアルミニウム合金鋳塊について必要に応じて均質化処理を実施する。均質化処理を行う場合は、280~620℃で0.5~30時間の加熱処理を行うことが好ましく、300~620℃で1~24時間の加熱処理を行うことがより好ましい。均質化処理時の加熱温度が280℃未満又は加熱時間が0.5時間未満の場合は、均質化処理が不十分で、磁気ディスク用アルミニウム合金基板毎の損失係数のバラツキが大きくなる虞がある。均質化処理時の加熱温度が620℃を超えると、アルミニウム合金鋳塊に溶融が発生する虞がある。均質化処理時の加熱時間が30時間を超えてもその効果は飽和し、それ以上の顕著な改善効果が得られない。
【0052】
次に、必要に応じて均質化処理を施した、或いは、均質化処理を施していないアルミニウム合金鋳塊を熱間圧延し板材とする。熱間圧延するに当たっては、特にその条件は限定されるものではないが、熱間圧延開始温度を好ましくは250~600℃とし、熱間圧延終了温度を好ましくは230~450℃とする。
【0053】
次に、熱間圧延した圧延板又は連続鋳造法で鋳造した鋳造板を冷間圧延して1.3mmから0.45mm程度の磁気ディスク用アルミニウム合金基板とする。冷間圧延によって所要の製品板厚に仕上げる。冷間圧延の条件は特に限定されるものではなく、必要な製品板強度や板厚に応じて定めれば良く、圧延率を10~95%とするのが好ましい。冷間圧延の前、或いは、冷間圧延の途中において、冷間圧延加工性を確保するために焼鈍処理を施してもよい。焼鈍処理を実施する場合には、例えばバッチ式の加熱ならば、300~450℃で0.1~10時間の条件で行うことが好ましく、連続式の加熱ならば、400~500℃で0~60秒間保持の条件で行うことが好ましい。ここで、保持時間が0秒とは、所望の保持温度に到達後直ちに冷却することを意味する。
【0054】
磁気ディスク用アルミニウム合金基板を磁気ディスク用として加工するには、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を円環状に打ち抜き、磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクを作成する。次に、ディスクブランクを大気中にて、例えば150~270℃で0.5~10時間の加圧焼鈍を行い平坦化する。次に、磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクに切削加工、研削加工を施し、130~280℃の範囲において0.5~10.0時間保持する加熱処理を行う。
【0055】
このように、130~280℃の範囲において0.5~10.0時間保持する加熱処理を行うことで、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数の向上に必要な転位の減少を抑制することが可能となり、フラッタリング特性を向上させることができる。加熱処理温度が280℃を超える場合、又は、加熱処理時間が10.0時間を超える場合は転位が減少し、その結果、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数が低下してフラッタリング特性が低下する。一方、加熱処理温度が130℃未満の場合、又は、加熱処理時間が0.5時間未満の場合は、加工により導入された歪の除去が不十分となり、その結果、経時変化により磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度が悪化して磁気ディスク用アルミニウム合金基板としての使用が困難となる。そのため、切削・研削した後のディスクブランクの加熱処理は、130~280℃の範囲において0.5~10.0時間保持を行うことが好ましい。また、加熱処理における温度範囲は180~250℃がより好ましく、保持時間は、0.5~5.0時間がより好ましい。
【0056】
次に、磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクの表面に脱脂、エッチング、ジンケート処理(Zn置換処理)を施す。更に、ジンケート処理した磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクの処理表面に下地処理として無電解Ni-Pめっき処理を施す。最後に、無電解Ni-Pめっき処理面に、スパッタリングによって磁性体を付着させて磁気ディスクとする。
【実施例】
【0057】
以下では、磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法の実施例について説明する。なお、磁気ディスク用アルミニウム合金基板及びその製造方法の具体的な態様は、以下に示す実施例の態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で実施例から適宜構成を変更することができる。
【0058】
(1)アルミニウム合金板の作製
以下の方法により、本実施例において評価に使用するアルミニウム合金板を作製した。まず、溶解炉において、表1に示す化学成分を有する溶湯を調製した。
【0059】
【0060】
次に、溶解炉内の溶湯を移し、表2に示す鋳造方法で鋳塊を作製した。次いで、合金No.B8とB9以外は、鋳塊の表面を面削し、鋳塊表面に存在する偏析層を除去した。合金No.B8とB9以外は、面削を行った後に鋳塊を表2に示す条件で加熱処理することによって均質化処理を行なった。次いで、表2に示す条件で合金No.B8とB9以外は熱間圧延を実施して厚さ3mmの熱間圧延板を得た。更に、熱間圧延板またCC鋳造板を用い、冷間圧延を実施し、厚さ約0.7mmの冷間圧延板を得た。なお、合金No.B11はFe、Mn及びNi量の合計含有量が多過ぎ強度が高過ぎたため、熱間圧延時に割れが発生して磁気ディスクとして使用できなかった。従って、合金No.B11を用いた比較例11では、熱間圧延及び冷間圧延を行えず、加圧焼鈍を行わなかったため、後述する損失係数及び平坦度変化の評価を行うことはできなかった。なお、比較例11は、上記のように熱間圧延の途中までの処理を行ったため、表2中には「熱間圧延開始温度」のみを示す。また、合金No.B8~B9はMn量が多過ぎ強度が高過ぎたため、圧延時に割れが発生し、磁気ディスクとしては不適であるが、評価は可能であったので、以下の損失係数及び平坦度変化の評価を実施した。
【0061】
(2)磁気ディスク用アルミニウム合金基板の作製
上記磁気ディスク用アルミニウム合金基板に打ち抜き加工を施し、外径98mm、内径24mmの円環状を呈するディスクブランクを得た。次いで、得られたディスクブランクを厚み方向の両側から加圧しつつ、表2に示す温度で3時間保持して加圧焼鈍を実施した。
【0062】
〔損失係数〕
加圧焼鈍工程後の磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるディスクブランクから、60mm×8mmのサンプルを採取し、減衰法により損失係数を測定し、損失係数×板厚(mm)を算出した。なお、磁気ディスク用アルミニウム合金基板の損失係数の適正値は、基板の板厚によって大きく変化する。これは板厚が薄くなるほど流体による励起力に対して抗力が失われるためである。そのため、損失係数と板厚(単位:mm)との積で評価を行う。損失係数の測定は、日本テクノプラス株式会社製のJE-RT型の装置を用い室温で行った。フラッタリング性の評価は、損失係数×板厚(mm)が0.89×10-3以上の場合をA(優)、0.74×10-3以上0.89×10-3未満をB(良)、0.66×10-3以上0.74×10-3未満をC(可)、0.66×10-3未満はD(劣)とした。なお、加熱処理後の磁気ディスクからめっきを剥離し、表面を10μm研削した磁気ディスク用アルミニウム合金基板から試験片を採取したものに、損失係数の評価を行ってもよい。事前試験により、加熱処理後の磁気ディスクから得た試料は、加圧焼鈍工程後の磁気ディスク用アルミニウム合金基板から採取したサンプルと同じ損失係数を示すことを確認している。得られた損失係数×板厚の結果を表2に示す。
【0063】
〔平坦度変化調査〕
まず、上記の通り加圧焼鈍を行った磁気ディスク用アルミニウム合金基板からなるブランクについて平坦度を測定した。その後、磁気ディスク用アルミニウム合金基板を定盤等の上に平置きし、室温(25±5℃)で336時間、放置し、再度平坦度を測定し、下記式で表される室温放置前後の平坦度の差を、平坦度変化として算出した。
平坦度変化={(25±5℃で336時間、保持前の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度)-(25±5℃で336時間、保持後の磁気ディスク用アルミニウム合金基板の平坦度)}の絶対値
尚、平坦度の意義については上述のとおりである。また、平坦度の測定は、ZyGO非接触フラットネス測定機にて行った。平坦度変化が2.00μm以下の場合、評価A(優)とし、2.00μmを超える場合、評価D(劣)とした。得られた平坦度変化の結果を表2に示す。
【0064】
【0065】
表2に示すように実施例1~3ではいずれも、損失係数×板厚の評価が「B」または「C」、平坦度変化の評価が「A」と優れており、良好なフラッタリング特性の磁気ディスク用アルミニウム合金基板を得ることが出来た。
【0066】
これに対して、表2に示すように比較例1~10では、損失係数×板厚と平坦度変化のいずれか又は両方が「D」と劣っていたため、良好なフラッタリング特性の磁気ディスク用アルミニウム合金基板を得ることが出来なかった。また、比較例11では、損失係数×板厚及び平坦度変化の評価自体を行うことはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明により、フラッタリング特性に優れた磁気ディスク用アルミニウム合金基板及び、これを用いた磁気ディスクが得られる。
【符号の説明】
【0068】
1 磁気ディスク用アルミニウム合金基板の中心
2 磁気ディスク用アルミニウム合金基板