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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-08
(45)【発行日】2022-12-16
(54)【発明の名称】線維軟骨組織損傷治療用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/20 20060101AFI20221209BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20221209BHJP
   A61L 27/04 20060101ALI20221209BHJP
【FI】
A61L27/20
A61L27/50
A61L27/04
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2019503117
(86)(22)【出願日】2018-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2018007825
(87)【国際公開番号】W WO2018159768
(87)【国際公開日】2018-09-07
【審査請求日】2021-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2017039607
(32)【優先日】2017-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100149010
【弁理士】
【氏名又は名称】星川 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100186897
【弁理士】
【氏名又は名称】平川 さやか
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】近藤 英司
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 倫政
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 智洋
(72)【発明者】
【氏名】金 佑泳
(72)【発明者】
【氏名】河口 泰之
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/013612(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/102855(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/027854(WO,A1)
【文献】Biomaterials,2000年,Vol.21,pp.795-801
【文献】SCIENTIFIC REPORTS,2016年06月15日,Vol.6, Article No.28170,p.1-13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00-27/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の線維軟骨組織損傷部に適用される、線維軟骨組織損傷部への適用時に、流動性を有する、またはフレーク状もしくは粉末状である、細胞を含まない、アルギン酸の1価金属塩を含有する、線維軟骨組織損傷治療用組成物。
【請求項2】
前記アルギン酸の1価金属塩が、低エンドトキシンアルギン酸1価金属塩である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物の線維軟骨組織損傷部への適用時が、前記組成物の線維軟骨組織損傷部への接触時である、請求項1または2のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項4】
前記流動性を有する組成物が、線維軟骨組織損傷部への適用後に少なくとも一部分を硬化するように用いられる、請求項1~3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
前記流動性を有する組成物の硬化を、前記組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行う、請求項1~4のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項6】
前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計を用いた20℃の条
件での測定により、100mPa・s~30000mPa・sである、請求項1~5のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
前記アルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が3万以上である、請求項1~6のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
前記流動性を有する組成物中の、アルギン酸の1価金属塩の濃度が0.1w/w%~5w/w%である、請求項1~7のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項9】
前記流動性を有する組成物は、前記対象の線維軟骨組織損傷部への接触時に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、請求項3~8のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項10】
前記流動性を有する組成物を硬化させるための、該組成物と架橋剤との接触が、該組成物の、対象の線維軟骨組織損傷部への接触の後に行われる、請求項3~9のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項11】
前記流動性を有する組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する、請求項1~10のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項12】
前記架橋剤が、2価以上の金属イオン化合物である、請求項5~11のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項13】
前記線維軟骨組織が、半月板、三角線維軟骨、関節円板、および、椎間板の線維輪からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~12のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項14】
前記線維軟骨組織損傷が、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、離断性骨軟骨炎、軟骨変性、関節内靱帯損傷、スポーツ外傷、変形性関節症、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である、請求項1~13のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項15】
前記線維軟骨組織損傷部が、縫合された線維軟骨組織損傷部である、請求項1~14のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項16】
前記組成物が、縫合術と併用して、線維軟骨組織損傷部に適用される、請求項1~15のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項17】
前記組成物が、線維軟骨組織損傷部への適用前に乾燥状態または溶液状態である、請求項1~16のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項18】
乾燥状態の前記組成物が、凍結乾燥体である、請求項17に記載の組成物。
【請求項19】
以下の工程を含む線維軟骨組織損傷部の治療方法で用いられることを特徴とする、請求項1~18のいずれか1項に記載の組成物。
(a)切開、関節鏡、または内視鏡により、前記線維軟骨組織損傷部を視認可能な状態にする工程、
(b)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部およびその辺縁部の不要な組織を除去する工程、
(c)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部を縫合する工程、
(d)前記線維軟骨組織損傷部に、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を適用する工程、
(e)必要に応じて、適用した前記組成物の表面に架橋剤を添加し、一定時間静置して前記組成物と前記架橋剤とを接触させる工程、
(f)必要に応じて、前記架橋剤を添加した部位を洗浄する工程、および
(g)必要に応じて、切開、または、関節鏡、内視鏡、若しくはその他の器具の挿入により生じた開口部を閉じる工程
【請求項20】
請求項1~19のいずれか1項に記載の組成物を少なくとも含む、線維軟骨組織損傷部治療用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半月板などの線維軟骨組織の損傷治療用組成物に関する。本発明はまた、線維軟骨組織損傷治療用キットおよび線維軟骨組織損傷の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膝関節、手関節など、相対する関節軟骨面の間隔を補う形で半月板(meniscus)や関節円板と呼ばれる組織がある。中でも、膝関節の中の半月板は、大腿骨と脛骨の間にある線維組織の豊富な線維軟骨である。半月板は関節に加わる体重の負荷を分散させるクッションの役目と、関節の位置を安定化し、大腿骨と脛骨の関節運動を潤滑に行わせ、関節軟骨を保護する働きがある。正常の半月板は、白色で均一な半透明の線維軟骨である。半月板の大部分は細胞外の線維性基質からなり、少数の軟骨様細胞、線維軟骨様細胞が混在し、その生理的な機能を維持している。生化学的構成は関節軟骨に類似しているが、その組成比率や分子レベルでの組成は大きく異なる。成人の正常膝半月板では、水分が湿重量の70%以上を占める。水分以外の主成分はコラーゲンで乾燥重量の60~90%を占め、関節軟骨における組成比率より若干高い。コラーゲンの90%はI型コラーゲンである。一方、プロテオグリカン量は関節軟骨に比べて非常に少なく、関節軟骨の含有量の1/10程度で、湿重量の1%に過ぎない。組成の点でも半月板にはプロテオグリカンモノマーのムコ多糖側鎖として、デルマタン硫酸が存在するという点で関節軟骨と異なる(非特許文献1)。半月板は外側半月板と内側半月板に分かれており、成人の正常な膝半月板では、血管はほぼ辺縁側10~30%にのみにみられ、この部は血行により栄養される。それ以外の大部分は関節液によって栄養される。辺縁部以外の内縁部は血管が存在しない無血管野であるため、自己修復能がほとんどなく、特に大きな半月板損傷が形成された場合、損傷部は修復されないことが知られている。また、一般に中高年の半月板は変性しているため、さらに修復が困難になる。
【0003】
半月板損傷の形態は、例えば、水平断裂、縦断裂、横断裂、バケツ柄断裂、フラップ断裂など多岐にわたる。それらの損傷に対する治療方法として、半月板切除術あるいは半月板縫合術が用いられることが多い。半月板切除術や縫合術は一般によく用いられる治療方法であるが、再生が見込めるのは半月板外縁部の血管野に限られ、半月板内縁部の無血管野は上記のとおり自己修復能に乏しくほとんど再生しない。また、一般に、高齢者の半月板損傷は半月板治癒能が低く、また変性を伴う場合が多いので再生能は低いものと考えられ、縫合術の適応は少なくなる。変形性関節症に合併した半月板損傷や、ロッキングを起こしている例では、縫合術を施行しても再断裂を来す可能性が高いため切除形成術の適応となる。また、断裂した半月板は変性を伴っている場合もあり、さらに再生能は低いものと考えられる。従って、切除術を施した後は完全に一部の半月板が欠損したままとなるため、その部位の膝関節軟骨が直接接触することになり、10年~20年と経過すると関節変性が進行して関節軟骨の損傷に至るケースが多い。また、縫合術を用いると血管野では半月板が比較的再生すると言われているが、再生した部分は正常半月板に比較して力学的特性に劣る場合が多く、陳旧例や断裂の形態によっては、縫合不能の場合も多い。さらに、無血管野では縫合によって物理的に半月板の損傷部を結合させても、再生によって間隙が埋まらないため、そのまま荷重を加えていると周囲の半月板がさらに損傷していくことになる。従って、無血管野の断裂等に対して縫合術はほとんど用いられていない。また、加齢や関節の酷使によって軟骨変性が生じて関節表面の磨耗が始まった変形性関節症の初期段階から、病状が進行した結果として、広範な領域での軟骨欠損に至ることもある。
【0004】
このように、関節半月板は自己修復能が十分ではないため、細胞や生体組織等、あるいは生体適合性材料等、これらを組み合わせた治療方法等も試みられている。例えば、半月板損傷部に自己半月板細片を移植し、筋膜で被覆する治療方法(非特許文献2)、約10~50重量%の、平均粒子径が約10~500μmの同種半月板粒子移植片と、ヒアルロン酸ナトリウム、ゼラチン、アルギン酸塩などのキャリアと、架橋剤を含有する半月板修復組成物(特許文献1)、電荷を有する不飽和モノマーと電気的に中性な不飽和モノマーを用いた、網目構造のハイドロゲルを基材とする人工半月板(特許文献2)などが挙げられる。また、ウサギ半月板欠損に対して、シンバスタチンを結合したゼラチンハイドロゲルを局所投与する技術(非特許文献3)、ヤギ半月板の全層欠損に対して(1)hIGF-1遺伝子改変した骨髄間質細胞とアルギン酸カルシウムゲル、(2)骨髄間質細胞とアルギン酸カルシウムゲル、(3)アルギン酸カルシウムゲル単独、(4)コントロールとして処置し効果をみた技術(非特許文献4)等が存在する。非特許文献4では、細胞-アルギン酸カルシウムゲルは、細胞-アルギン酸ナトリウム溶液と塩化カルシウムとを同時に欠損に注入することにより形成したとされている。また、用いられたアルギン酸カルシウムゲルの詳細は明らかではないが、Table1において、アルギン酸カルシウムゲル単独群は、タイプIコラーゲン染色の吸光度、単位面積あたりの線維軟骨細胞数、および軟骨様組織のパーセントは検出されなかったことが示されている。非特許文献5では、ヒトから得られた半月板に直径2mmのパンチで欠損を作製し、半月板線維軟骨細胞を含むBioMVMのアルギネートスフェアを移植し、37℃、5%CO条件下で3日間培養したことが示されている。しかし、このように、細胞やヒト組織を用いる治療方法は、生体から細胞や正常組織を採取する患者側のデメリットや取扱いが煩雑という課題がある。また、損傷前の組織組成や機械的強度を備えた半月板を再生する技術はまだ十分とはいえない。
一方、アルギン酸ナトリウムを含有する組成物を軟骨損傷部の硝子軟骨の再生に用いる試みがなされている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2011/031637
【文献】特許第4709956号
【文献】WO2008/102855
【非特許文献】
【0006】
【文献】標準整形外科学第12版,株式会社医学書院(2015)p.62
【文献】The American Journal of Sports Medicine, (2010)Vol.38, No.4, p.740-p.748
【文献】The American Journal of Sports Medicine, (2016)Vol.44, No.7,p.1735-1743
【文献】Clin Orthop Relat Res (2009) 467:p.3165-3174
【文献】SCIENTIFIC REPORTS 6:28170 DOI:10.1038/srep28170 June(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記状況において、本発明の課題は、半月板などの線維軟骨組織の損傷治療のための新たな組成物を提供することである。また、線維軟骨組織損傷治療用キットおよび線維軟骨組織損傷の治療方法を提供することである。
本発明のまた別の課題は、入手や取扱いが煩雑な細胞や組織を用いなくても比較的簡便な手技で治療が可能でありながら、損傷前の線維軟骨組織の組成や機械的強度に近い線維軟骨組織を再生することが可能な組成物、および、その治療方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、半月板損傷の治療方法として、生体適合性材料による半月板損傷部の補填の可能性を検討した。従来、この治療分野において、人工半月板をin vitroで作成し、関節に埋め込む手法が検討されているが、半月板は常に荷重がかかる部位でもあり、耐久性、機能性において満足すべき素材は開発されていない。またそのような人工半月板を用いた場合、生体適合性の問題もある。また、従来、細胞や組織を用いた治療方法が主として試みられていた。本発明者らは、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを含む組成物を半月板損傷部に適用することで、半月板の再生を促進することを見出した。すなわち、組織学的評価、機械的強度の評価等の結果、正常の半月板組織に近い半月板組織が再生することを見出した。この治療分野において、細胞やヒト組織を用いることなく、本発明の実施例で示すような顕著な再生効果が得られたことは予想外であった。本発明者らは、このような知見に基づきさらに検討を重ね、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[0] 対象の線維軟骨組織損傷部に適用される、アルギン酸の1価金属塩を含有する、線維軟骨組織損傷治療用組成物。
[1] 対象の線維軟骨組織損傷部に適用される、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する、線維軟骨組織損傷治療用組成物。
[1-1] 前記組成物が、線維軟骨組織損傷部への適用時に、流動性を有する、またはフレーク状もしくは粉末状である、[0]~[1]のいずれかに記載の組成物。
[2] 前記流動性を有する組成物が、適用後に少なくとも一部分を硬化するように用いられ、線維軟骨組織損傷部への適用時に流動性を有する、[0]~[1-1]のいずれかに記載の組成物。
[2-1] 前記組成物の線維軟骨組織損傷部への適用時が、組成物の線維軟骨組織損傷部への接触時である、[1-1]~[2]のいずれかに記載の組成物。
[2-2] 前記流動性を有する組成物が、線維軟骨組織への適用後に少なくとも一部分を硬化するように用いられる、[0]~[2-1]のいずれかに記載の組成物。
[3] 前記流動性を有する組成物の硬化を、前記組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行う、[1-1] ~[2-2]のいずれかに記載の組成物。
[3-1] 対象の線維軟骨組織損傷部に適用される線維軟骨組織損傷治療用組成物であって、該組成物はアルギン酸の1価金属塩を含有し、対象の線維軟骨組織損傷部への接触時に流動性を有し、該組成物の硬化を、該組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行う線維軟骨組織損傷治療用組成物。
[4] 前記流動性を有する組成物の見掛け粘度が、コーンプレート型粘度計を用いた20℃の条件での測定により、100mPa・s~30000mPa・sである、[1-1] ~[3]に記載の組成物。
[5-0] 前記アルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が3万以上である、[0]~[4] のいずれかに記載の組成物。
[5] 前記低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩は、GPC-MALS法により測定された重量平均分子量(絶対分子量)が3万以上である、[1]~[4]のいずれかに記載の組成物。
[6-0] 前記流動性を有する組成物中の、アルギン酸の1価金属塩の濃度が0.1w/w%~5w/w%である、[1-1]~[5]のいずれかに記載の組成物。
[6] 前記流動性を有する組成物中の、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の濃度が0.1w/w%~5w/w%である、[1-1]~[5]のいずれかに記載の組成物。
[7] 前記流動性を有する組成物は、前記対象の線維軟骨組織損傷部に適用する前に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、[1-1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[7-1] 前記流動性を有する組成物は、前記対象の線維軟骨組織損傷部への接触時に、前記組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない、[2-1]~[6]のいずれかに記載の組成物。
[8] 前記架橋剤との接触が、前記組成物の前記対象の線維軟骨組織損傷部への適用の後に行われる、[3]~[7]のいずれかに記載の組成物。
[8-1] 前記流動性を有する組成物を硬化させるための、該組成物と架橋剤との接触が、該組成物の、対象の線維軟骨組織損傷部への接触の後に行われる、[3]~[7-1]のいずれかに記載の組成物。
[9] 前記流動性を有する組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する、[1-1]~[8-1]のいずれかに記載の組成物。
[10] 前記組成物は、細胞を含有しない、[0]~[9]のいずれかに記載の組成物。
[11] 前記架橋剤が、2価以上の金属イオン化合物である、[3]~[10]のいずれかに記載の組成物。
[12] 前記線維軟骨組織損傷部が、線維軟骨組織の少なくとも一部に生じている、[0]~[11]のいずれかに記載の組成物。
[13] 前記線維軟骨組織が、半月板、三角線維軟骨、関節円板、および、椎間板の線維輪からなる群から選択される少なくとも1種である、[0]~[12]のいずれかに記載の組成物。
[14] 前記線維軟骨組織損傷が、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、離断性骨軟骨炎、軟骨変性、関節内靱帯損傷、スポーツ外傷、変形性関節症、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である、[0]~[13]のいずれかに記載の組成物。
[15]前記線維軟骨組織損傷部が、縫合された線維軟骨組織損傷部である、[0]~[14]のいずれかに記載の組成物。
[15-1]前記組成物が、縫合術と併用して、線維軟骨組織損傷部に適用される、[0]~[15]のいずれかに記載の組成物。
[16] 前記組成物が、線維軟骨組織損傷部への適用前に乾燥状態または溶液状態である、[0]~[15-1]のいずれかに記載の組成物。
[17] 乾燥状態の前記組成物が、凍結乾燥体である、[16]に記載の組成物。
[18] 以下の工程を含む線維軟骨組織損傷部の治療方法で用いられることを特徴とする、[0]~[17]のいずれかに記載の組成物。
(a)切開、関節鏡、または内視鏡により、前記線維軟骨組織損傷部を視認可能な状態にする工程、
(b)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部およびその辺縁部の不要な組織を除去する工程、
(c)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部を縫合する工程、
(d)前記線維軟骨組織損傷部に、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を適用する工程、
(e)必要に応じて、適用した前記組成物の表面に架橋剤を添加し、一定時間静置して前記組成物と前記架橋剤とを接触させる工程、
(f) 必要に応じて、前記架橋剤を添加した部位を洗浄する工程、および
(g) 必要に応じて、切開、または、関節鏡、内視鏡、若しくはその他の器具の挿入により生じた開口部を閉じる工程
[19-0] [0]~[18]のいずれかに記載の組成物を少なくとも含む、線維軟骨組織損傷部治療用キット。
[19] [2]~[18]のいずれかに記載の組成物、および架橋剤を少なくとも含む、線維軟骨組織損傷部治療用キット。
[20-0] 対象の線維軟骨組織損傷部に、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を適用する工程を少なくとも含む、線維軟骨組織損傷の治療方法。
[20]
以下の工程を含む、線維軟骨組織損傷部の治療方法。
(a)切開、関節鏡、または内視鏡により、前記線維軟骨組織損傷部を視認可能な状態にする工程、
(b)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部およびその辺縁部の不要な組織を除去する工程、
(c)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部を縫合する工程、
(d)前記線維軟骨組織損傷部に、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を適用する工程、
(e)必要に応じて、適用した前記組成物の表面に架橋剤を添加し、一定時間静置して前記組成物と前記架橋剤とを接触させる工程、
(f) 必要に応じて、前記架橋剤を添加した部位を洗浄する工程、および
(g) 必要に応じて、切開、または、関節鏡、内視鏡、若しくはその他の器具の挿入により生じた開口部を閉じる工程
[21] アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を対象の線維軟骨組織損傷部に適用する線維軟骨組織損傷の治療において使用されるための、アルギン酸の1価金属塩。
[22] 前記アルギン酸の1価金属塩が、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩である、[0]~[21]のいずれかに記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、新たな線維軟骨組織損傷治療用組成物を提供する。本発明の好ましい態様の組成物によれば、半月板損傷部における半月板組織の再生・修復をもたらし、特に、線維軟骨を豊富に含むように再生・修復し、かつ、機械的強度を回復することができる。また、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物は、半月板をはじめとする線維軟骨組織の損傷治療において、線維軟骨の顕著な再生を伴って用いることが可能である。そして、この治療効果は、比較的大きな欠損の修復に適用可能で、無血管野の損傷修復にも有効となりうるものである。また、本発明により、線維軟骨組織損傷部治療用キットおよび線維軟骨組織損傷の治療方法を提供することが可能となる。
【0011】
本発明の好ましい態様の1つでは、本発明の組成物は、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、離断性骨軟骨炎、軟骨変性、関節内靱帯損傷、スポーツ外傷、変形性関節症、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患の予防、治療、または再発抑制にも用いることができる。また、本発明の好ましい態様の組成物は、損傷部への適用時に、適度の流動性を有するか、またはフレーク状もしくは粉末状であるため、複雑な形状の損傷部や断裂部に対しても、組成物と損傷部の隙間なく密着性よく充填することが可能である。また、架橋剤等で組成物の表面を硬化させる前においても、適用・充填部位から流出し難く、手術時の患部(損傷部・欠損部)が水平でなくても使用できる。さらに、必要により縫合術と組み合わせて用いて、損傷部の再生を促すことができる。
【0012】
本発明の組成物は、上記のいずれか1以上の効果を満たす。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1A)は半月板損傷モデルの概略図であり、図1B)は半月板損傷の写真であり、図1C)は低エンドトキシンアルギン酸ゲルの写真である。
図2図2は肉眼での観察結果を示す。図2A)は、実施例1において施術から3、6、および12週時に回収した半月板の写真であり、図2B)は施術から3、6、および12週時に回収した半月板の損傷部の修復度合いをスコアで示したものである。
図3図3は組織学的評価の結果を示す。図3A)は、実施例1において施術から3、6、および12週時に回収した半月板をH&E、サフラニン-O、トルイジンブルーを用いて染色したものの写真、並びに、同染色処理した正常の半月板の写真であり、図3B)は施術から3、6、および12週時に回収した半月板の損傷部の修復度合いを組織学的スコアで示したものである。
図4図4は、実施例1において、施術後6週時のグループI(コントロール群)、グループII(治療群)、施術後12週時のグループII(治療群)、および正常群の4群の半月板について、n=6で、機械的強度の評価を行った結果を示すグラフである。
図5図5は、実施例1において、施術後6週時のグループI(コントロール群)、グループII(治療群)、施術後12週時のグループII(治療群)、および正常群の4群の半月板について、n=6で、機械的強度の評価を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
1.本発明の組成物
本発明は、線維軟骨組織の損傷部、より好ましくは半月板損傷部の治療に好ましく用いられる組成物に関する。
本発明の組成物は、対象の線維軟骨組織の損傷部、より好ましくは半月板損傷部に適用される、アルギン酸の1価金属塩を含有する、線維軟骨組織損傷治療用組成物である(本明細書において、「本発明の組成物」という場合がある)。本発明の組成物は、さらに好ましくは、低エンドトキシンアルギン酸1価金属塩を含有する、線維軟骨組織損傷治療用組成物である。
【0015】
「低エンドトキシン」、「アルギン酸の1価金属塩」は、後述の通りである。
【0016】
発明において「線維軟骨組織」とは、線維軟骨を比較的多く含む組織をいい、例えば、半月板、三角線維軟骨、関節円板、椎間板の線維輪などが挙げられる。
「半月板」は、膝関節部にある線維性軟骨で、内側半月板と外側半月板とに分かれ、脛骨と大腿骨との間の圧力を分散させ、膝関節のすべりをよくする働きをしている。半月板は、さらに外縁部と内縁部に分けられる。また内側半月板は、前角、前節、中節、後節、および後角に分けることができ、外側半月板は、前節、体部、および後節に分けることができる。半月板は小数の細胞、コラーゲンやプロテオグリカンを含む細胞外マトリックス、および水からなり、内縁部にはほとんど血管が分布していない。半月板は、タイプIコラーゲンおよびタイプIIコラーゲンに富み、抗タイプIコラーゲン抗体および抗タイプIIコラーゲン抗体により染色される、プロテオグリカンを染色するサフラニン-O染色で赤色に染色される、などの特徴を有する。半月板は、「関節半月」「関節半月板」などともいわれる。
【0017】
本発明において「線維軟骨組織損傷」とは、加齢や外傷、その他様々な要因によって、半月板などの線維軟骨組織が障害を受けている状態をいい、線維軟骨組織に変性が生じている状態、あるいは、組織の機能が低下した状態を含む。変形性関節症などの疾患においても、半月板損傷が見られる場合がある。また、本発明において線維軟骨組織損傷がある部位を「線維軟骨組織損傷部」といい、例えば、半月板損傷がある部位を「半月板損傷部」という。本発明のいくつかの態様では、線維軟骨組織損傷部は線維軟骨組織の少なくとも一部に生じている。本発明のいくつかの態様では、本発明は、この半月板損傷部を治療するための半月板損傷治療用組成物に関する。
【0018】
本発明において「線維軟骨組織欠損部」は、線維軟骨組織損傷部のうち、その一部が欠けてなくなっている部分をいい、線維軟骨組織の空洞部ならびに該空洞部を形成する周りの組織のことをいう。本発明のいくつかの態様では、本発明の治療方法は、「線維軟骨組織欠損部」、特に「半月板欠損部」の治療に好ましく用いられる。本発明において「線維軟骨組織欠損」は「線維軟骨組織損傷」の一態様であり、「線維軟骨組織欠損」は「線維軟骨組織損傷」の語に包含される。
【0019】
本発明において「線維軟骨組織損傷」は、線維軟骨組織および/またはその周辺組織(滑膜、関節包、半月板下骨など)が機械的刺激や炎症反応により障害されることにより生じる疾患(本明細書において「線維軟骨組織関連疾患」ともいう)を含む。「線維軟骨組織関連疾患」とは、具体的には、例えば、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、離断性骨軟骨炎、軟骨変性、関節内靱帯損傷、スポーツ外傷、変形性関節症 、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明のいくつかの態様では、本発明の治療方法は、線維軟骨組織関連疾患の中でも、特に、半月板に関連する疾患に好ましくは用いられる。「半月板に関連する疾患」とは、例えば、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板などが挙げられるがこれに限定されない。本発明において、線維軟骨組織関連疾患によって生じた線維軟骨組織の損傷部は「線維軟骨組織損傷部」の一態様である。
【0020】
「半月板損傷」とは、外傷や半月板の変性などにより、半月板の少なくとも一部が損傷を受ける疾患である。本明細書において「損傷」とは、「欠損」や「断裂」も含む。「断裂」は「水平断裂」「縦断裂」「横断裂」「変性断裂」など様々な形態の断裂を含む。
「外傷性半月板損傷」とは、「半月板損傷」のひとつであり、スポーツでの接触や事故など外からの強い衝撃により、半月板の少なくとも一部が損傷を受ける疾患である。
「変性半月」とは、加齢などにより半月板の細胞数、水分含有量、細胞外マトリックス(タイプIおよびIIコラーゲン、アグリカン等)等が低下して形態的な変化が生じ、機能低下をきたす疾患をいい、進行すると半月板のショック吸収体としての機能が果たせなくなる。
半月板は、通常三日月形をしているが、「円板状半月板」とは、半月板が先天性に半月型であり、軟骨と軟骨との間に半月板が介在している状態をいう。本明細書において「円板状半月板」とは、円板状半月に伴う半月板の損傷や痛み、ロッキングなどの症状も含む。
「離断性骨軟骨炎」とは、関節の中に軟骨が剥がれ落ちる障害であり、円板状半月を合併する場合もある。
「軟骨変性」とは、加齢などの原因により、軟骨が変性をきたす疾患である。
「関節内靱帯損傷」とは、スポーツ外傷や事故などで関節に大きな力が加わった時に、その外力の方向に応じて、靭帯の損傷が生じる疾患である。
「スポーツ外傷」とは、スポーツなどの活動中、転倒や衝突など身体に急激な大きな力が加わり組織が損傷した疾患である。
「変形性関節症」とは、加齢や関節の酷使によって関節軟骨が磨耗減少する退行性疾患であり、半月板損傷などを原因とする場合もある。
「三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性」とは、手関節部(手首)の小指側(尺骨と手根骨の間)に存在する軟部組織の損傷及び/又は変性である。三角線維軟骨複合体(TFCC:Triangular Fibrocartilage Complex)は、関節円板およびいくつかの靭帯から構成される。
【0021】
線維軟骨組織の損傷は、損傷部の状態や病変の程度に応じて分類分けしてグレード化して表される場合がある。本明細書の病期分類において、グレード、ステージの語は同じ意味で用いられる。
【0022】
「無血管野」とは、線維軟骨組織において、血管がほとんど分布していない部分を意味する。内側および外側半月板の外縁部には血管が分布しているが、半月板内縁部は無血管野であり、自己修復能・組織再生が乏しいと考えられている。本発明の一態様において、本発明の組成物は半月板の無血管野に生じている半月板損傷に対して好ましく用いられる。
【0023】
「対象」は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)である。
【0024】
「適用」とは、本発明の組成物を線維軟骨組織の損傷部の変性分、縮小分、除去分、欠損部などを埋めるのに十分な量で線維軟骨組織損傷部に充填することを意味する。
【0025】
「少なくとも一部分を硬化する」とは、後述の通りである。
【0026】
「アルギン酸の1価金属塩を含有する」とは、本発明の組成物が、適用された線維軟骨組織損傷において、線維軟骨組織損傷を再生するのに十分な量のアルギン酸の1価金属塩を含有することを意味する。また、「低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する」とは、本発明の組成物が、適用された線維軟骨組織損傷において、線維軟骨組織損傷を再生するのに十分な量の低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有することを意味する。
【0027】
「流動性を有する」とは、「8.本発明の組成物の適用」に記載の通りである。
【0028】
本発明の組成物は、溶媒を用いて溶液状態で提供されてもよいし、凍結乾燥体(特には、凍結乾燥粉体)などの乾燥状態で提供されてもよいし、あるいはフレーク状、粉末状などで提供されてもよい。凍結乾燥体として提供される場合、本発明の組成物は、適用時には溶媒を用いて、溶液状などの流動性を有する状態で使用されてもよい。溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、注射用水、精製水、蒸留水、イオン交換水(または脱イオン化水)、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。好ましくは、ヒトおよび動物の治療に用いることが可能な注射用水、蒸留水、生理食塩水などである。
【0029】
本発明の組成物を、溶液状態で線維軟骨組織損傷部に適用する場合、損傷部の内部まで密着性良く充填することができる。また、損傷部を縫合する際には、縫合した損傷部に溶液状態で適用することで縫合箇所の隙間を埋め、あるいは表面を効率よく固めることができる。本発明の組成物は、溶液状態で適用することにより、半月板の修復手術時に、断裂部位の縫合による組織の修復を促進し、荷重や運動等による再損傷を予防する効果が期待できる。また、本発明の組成物を溶液状態(ゾル状態を含む)で適用する場合、関節鏡下においてもゾル状態で関節腔に注入が可能であり、適度の粘性、密着性と弾力性を保ち半月板など線維軟骨組織の損傷部の補填材としての機能を発揮することができる。このように本発明の好ましい態様の組成物は、線維軟骨組織損傷部への適用時に、より詳細には、線維軟骨組織損傷部への接触時に流動性を有する形態である。本明細書において「線維軟骨組織損傷部への接触時に流動性を有する」とは、本発明の組成物を線維軟骨組織損傷部へ充填する際に該組成物が最初に該損傷部に触れる時に流動性を有することを意味する。したがって、本発明の組成物と架橋剤とを同時に損傷部へ注入する等により該組成物が該損傷部に接触する際に流動性を失っているような場合は含まれない。また、本発明のいくつかの態様では、後述のとおり、本発明の組成物は、細胞を用いずに半月板修復が可能であることから、臨床現場で簡便に用いることができる。また、本発明の組成物は、通常の半月板損傷の手術手技や他の治療方法と併用して用いることもできる。
【0030】
粉末状又はフレーク状の本発明の組成物を、スプレーなどを用いて線維軟骨組織損傷部に適用することもできる。粉末状やフレーク状の組成物は、損傷部への接着性がよいため取扱いやすく、溶液状の組成物と同様に断裂部位のような損傷部に対しても適用しやすいという利点がある。
【0031】
2.アルギン酸の1価金属塩
「アルギン酸の1価金属塩」は、アルギン酸の6位のカルボン酸の水素原子を、NaやKなどの1価金属イオンとイオン交換することでつくられる水溶性の塩である。アルギン酸の1価金属塩としては、具体的には、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウムなどを挙げることができるが、特には、市販品により入手可能なアルギン酸ナトリウムが好ましい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、架橋剤と混合したときにゲルを形成する。
【0032】
本発明に用いる「アルギン酸」は、生分解性の高分子多糖類であって、D-マンヌロン酸(M)とL-グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D-マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L-グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、およびD-マンヌロン酸とL-グルロン酸がランダムに配列した画分(MG画分)が任意に結合したブロック共重合体である。アルギン酸のD-マンヌロン酸とL-グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.1の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。
【0033】
アルギン酸の1価金属塩は高分子多糖類であり、分子量を正確に定めることは困難であるが、分子量が低すぎると粘度が低くなり、適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあり、また、分子量が高すぎるものは製造が困難であるとともに、溶解性が低下する、溶液状にした際に粘度が高すぎて取扱いが悪くなる、長期間の保存で物性を維持しにくい等の問題を生じるため、一般的に重量平均分子量で1万~1000万、好ましくは2万~800万、より好ましくは5万~500万の範囲である。本明細書において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
【0034】
一方、天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はゲルろ過クロマトグラフィー(これらを合わせてサイズ排除クロマトグラフィーともいう)により測定した重量平均分子量は、本発明の実施例で示された効果によれば、好ましくは10万以上、より好ましくは50万以上であり、また好ましくは、500万以下、より好ましくは300万以下である。その好ましい範囲は、10万~500万であり、より好ましくは50万~350万である。
【0035】
また、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と多角度光散乱検出器(Multi Angle Light Scattering:MALS)とを組み合わせたGPC-MALS法によれば、絶対重量平均分子量を測定することができる。GPC-MALS法により測定した重量平均分子量(絶対分子量)は、本発明の実施例で示された効果によれば、好ましくは1万以上、より好ましくは3万以上、さらに好ましくは9万以上であり、また好ましくは、100万以下、より好ましくは80万以下、さらに好ましくは70万以下、とりわけ好ましくは50万以下である。その好ましい範囲は、1万~100万であり、より好ましくは8万~80万であり、よりさらに好ましくは9万~70万、とりわけ好ましくは9万~50万である。
【0036】
通常、高分子多糖類の分子量を上記のような手法で算出する場合、10~20%以上の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32~48万、50万であれば40~60万、100万であれば80~120万程度の範囲で値の変動が生じうる。
【0037】
アルギン酸の1価金属塩の分子量の測定は、常法に従い測定することができる。
分子量測定にゲル浸透クロマトグラフィーを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。カラムは、例えば、GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm)を用いることができ、溶離液は、例えば、200mM硝酸ナトリウム水溶液とすることができ、分子量標準としてプルランを用いることができる。
【0038】
分子量測定にGPC-MALSを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例に記載のとおりである。検出器として、例えば、RI検出器と光散乱検出器(MALS)を用いることができる。
【0039】
アルギン酸の1価金属塩は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。製造工程の温度等の条件管理、原料とする褐藻類の選択、製造工程における分子量の分画などの手法により分子量の異なるアルギン酸の1価の金属塩を製造することができる。さらに、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸の1価金属塩と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸の1価金属塩とすることも可能である。
【0040】
本発明に用いられるアルギン酸の1価金属塩は、好ましくは、アルギン酸の1価金属塩をMilliQ水に溶解して1w/w%濃度の溶液とし、コーンプレート型粘度計を用いて、20℃の条件で、粘度測定を行ったときの見掛け粘度が、10mPa・s~800mPa・sであることが好ましく、より好ましくは、30mPa・s~800mPa・sであり、さらに好ましくは50mPa・s~600mPa・sであることが望ましい。見掛け粘度の測定条件は、後述の条件に従うことが望ましい。なお、本明細書において「見掛け粘度」を単に「粘度」という場合がある。
【0041】
本発明に用いるアルギン酸は、天然由来でも合成物であってもよいが、天然由来であるのが好ましい。天然由来のアルギン酸としては、例えば、褐藻類から抽出されるものを挙げることができる。アルギン酸を含有する褐藻類は世界中の沿岸域に繁茂しているが、実際にアルギン酸原料として使用できる海藻は限られており、南米のレッソニア、北米のマクロシスティス、欧州のラミナリアやアスコフィラム、豪のダービリアなどが代表的なものである。アルギン酸の原料となる褐藻類としては、例えば、レッソニア(Lessonia)属、マクロシスティス(Macrocystis)属、ラミナリア(Laminaria)属(コンブ属)、アスコフィラム(Ascophyllum)属、ダービリア(Durvillea)属、アラメ(Eisenia)属、カジメ(Ecklonia)属などがあげられる。
【0042】
3.低エンドトキシン処理
本発明で用いるアルギン酸の1価金属塩は、好ましくは、低エンドトキシンのアルギン酸の1価金属塩である。低エンドトキシンとは、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルが低いことをいう。より好ましくは、低エンドトキシン処理されたアルギン酸の1価金属塩であることが望ましい。
【0043】
低エンドトキシン処理は、公知の方法またはそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する、菅らの方法(例えば、特開平9-324001号公報など参照)、β1,3-グルカンを精製する、吉田らの方法(例えば、特開平8-269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の生体高分子塩を精製する、ウィリアムらの方法(例えば、特表2002-530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製する、ジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)、ルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製する、ハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol (1994)40:638-643など参照)等またはこれらに準じる方法によって実施することができる。本発明の低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂または活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005-036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸の種類などに合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0044】
エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES-24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。
【0045】
本発明の組成物に含有されるアルギン酸の1価金属塩のエンドトキシンの処理方法は特に限定されないが、その結果として、アルギン酸の1価金属塩のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、さらに好ましくは、100EU/g以下、とりわけ好ましくは50EU/g以下、特には30EU/g以下である。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(登録商標)(持田製薬株式会社)、PRONOVATMUP LVG(FMC BioPolymer)など市販品により入手可能である。
【0046】
4.アルギン酸の1価金属塩の溶液の調製
本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩の溶液を用いて調製してもよい。アルギン酸の1価金属塩の溶液は、公知の方法またはそれに準じる方法により調製することができる。すなわち、本発明で用いられるアルギン酸の1価金属塩は、前述の褐藻類を用いて、酸法、カルシウム法など公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、これらの褐藻類から、炭酸ナトリウム水溶液などのアルカリ水溶液を用いて抽出した後、酸(例えば、塩酸、硫酸など)を添加することによってアルギン酸を得ることができ、アルギン酸のイオン交換によりアルギン酸の塩を得ることができる。前述のとおり、低エンドトキシン処理を行う。アルギン酸の1価金属塩の溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。例えば、ミリQ水をろ過滅菌して用いることができる。
【0047】
本発明の組成物が、凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合にも、上記の溶媒を用いて流動性のある溶液に調製することができる。
また、本発明の組成物を得るための操作は全てエンドトキシンレベル、および、細菌レベルの低い環境下で行うことが望ましい。例えば、操作はクリーンベンチで、滅菌器具を使用して行うことが好ましく、使用する器具を市販のエンドトキシン除去剤で処理してもよい。
【0048】
5.本発明の組成物の見掛け粘度
本発明のいくつかの態様の組成物は、流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明の好ましい態様の組成物は、線維軟骨組織損傷部位への適用時に流動性を有する。より好ましい態様では、本発明の組成物は、線維軟骨組織損傷部への接触時に流動性を有する。本発明の態様の1つでは、好ましくは、本発明の組成物は、組成物を20℃で1時間静置した後に、21Gの注射針で注入できる流動性を有する。この態様の本発明の組成物の見掛け粘度は、本発明の効果が得られれば、特に限定されないが、粘度が低すぎると適用した部位の周辺組織への密着性が弱くなる恐れがあるため、好ましくは10mPa・s以上、より好ましくは100mPa・s以上、さらに好ましくは200mPa・s以上、とりわけ好ましくは400mPa・s以上である。見掛け粘度が高すぎると取扱性が悪くなる恐れがあるため、好ましくは50000mPa・s以下、より好ましくは20000mPa・s以下であり、さらに好ましくは10000mPa・s以下である。見掛け粘度が20000mPa・s以下のときシリンジ等での適用がより容易に行える。しかし、見掛け粘度が20000mPa・s以上であっても加圧型や電動型の充填器具やその他の手段を用いて適用可能である。本発明の組成物の好ましい範囲は、10mPa・s~50000mPa・s、より好ましくは、100mPa・s~30000mPa・s、さらに好ましくは200mPa・s~20000mPa・s、またさらに好ましくは400mPa・s~20000mPa・s、とりわけ好ましくは700mPa・s~20000mPa・sである。別の好ましい態様では、500mPa・s~10000mPa・s、あるいは2000mPa・s~10000mPa・sであってもよい。本発明のいくつかの態様の組成物は、シリンジ等で対象に適用することもできる粘度である。
【0049】
アルギン酸類の水溶液などアルギン酸の1価金属塩を含有する溶液状態の、あるいは流動性を有する組成物の見掛け粘度の測定は、常法に従い測定することができる。例えば、回転粘度計法の、共軸二重円筒形回転粘度計、単一円筒形回転粘度計(ブルックフィールド型粘度計)、円すい-平板形回転粘度計(コーンプレート型粘度計)等を用いて測定することができる。好ましくは、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従うことが望ましい。本発明において粘度測定は20℃の条件で行うことが望ましい。後述のように本発明の組成物が細胞など溶媒に溶解しないものを含有する場合には、粘度測定を正確に行うため、組成物の見掛け粘度は、細胞などを含有しない状態の見掛け粘度とすることが好ましい。
【0050】
本発明においては、アルギン酸の1価金属塩を含有する溶液状態の、あるいは流動性を有する組成物の見掛け粘度の測定は、特に、コーンプレート型粘度計を用いて測定することがより望ましい。例えば、以下のような測定条件で測定することが望ましい。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行う。測定温度は20℃とする。コーンプレート型粘度計の回転数は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定時は1rpm、2%溶液測定時は0.5rpmとし、これを目安にして決定する。読み取り時間は、アルギン酸1価金属塩の1%溶液測定の場合は2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とする。2%溶液測定の場合は2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とする。試験値は3回の測定の平均値とする。
【0051】
本発明の溶液状態の、あるいは流動性を有する組成物の見掛け粘度は、例えば、アルギン酸の1価金属塩の濃度、分子量、又はM/G比等を制御することにより調整することができる。
【0052】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、溶液中のアルギン酸1価金属塩濃度が高い場合に粘度が高く、濃度が低い場合に粘度が低くなる。またアルギン酸1価金属塩の分子量が大きい場合に粘度が高く、分子量が小さい場合に粘度が低くなる。
【0053】
アルギン酸の1価金属塩の溶液の見掛け粘度は、M/G比によって影響を受けるため、例えば、溶液の粘度等により好ましいM/G比を有するアルギン酸を適宜選択することができる。本発明に用いるアルギン酸のM/G比は、約0.1~約5.0であり、好ましくは約0.1~約4.0、より好ましくは約0.2~約3.5である。
【0054】
前述のように、M/G比が主に海藻の種類によって決まることなどから、原料として用いられる褐藻類の種類はアルギン酸の1価金属塩の溶液の粘度に影響を及ぼす。本発明で用いられるアルギン酸としては、好ましくは、レッソニア属、マクロシスティス属、ラミナリア属、アスコフィラム属、ダービリア属の褐藻由来であり、より好ましくはレッソニア属の褐藻由来であり、特に好ましくはレッソニア・ニグレッセンズ(Lessonia nigrescens)由来である。
【0055】
6.本発明の組成物の調製
本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩を含有することを特徴とし、より好ましくは、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有することを特徴とする。本発明者らは、低エンドトキシンアルギン酸1価金属塩を対象の半月板損傷部に充填した場合に、アルギン酸の1価金属塩自体が半月板損傷部の再生および/または治療効果を発揮することを初めて見出した。低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物は、患部に適用された際に、線維軟骨組織損傷部の再生および/または治療効果を発揮できる量で、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩が含有されていればよい。本発明の組成物は、例えば、溶液状、フレーク状、粉末状などであり得る。
【0056】
本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物は、例えば、前述のアルギン酸の1価金属塩の溶液を用いて調製してもよい。本発明の溶液状の組成物は、本明細書において「流動性を有する組成物」ともいう。この態様では、アルギン酸の1価金属塩の濃度が、少なくとも、組成物全体の0.1w/v%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5w/v%以上、さらに好ましくは、1w/v%以上であり、また、好ましくは0.1w/v%~5w/v%、より好ましくは0.5w/v%~5w/v%、さらに好ましくは1w/v%~5w/v%であり、またさらに好ましくは、1w/v%~3w/v%で、とりわけ好ましくは1.5w/v%~2.5w/v%である。また、別の態様では、本発明の組成物中のアルギン酸の1価金属塩濃度は、0.1w/w%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5w/w%以上、さらに好ましくは、1w/w%以上であり、また、好ましくは、0.1w/w%~5w/w%、より好ましくは0.5w/w%~5w/w%、さらに好ましくは1w/w%~5w/w%であり、またさらに好ましくは、1w/w%~3w/w%で、とりわけ好ましくは1.5w/w%~2.5w/w%であってもよい。
【0057】
本発明のフレーク(薄片)状の組成物は、特に限定されないが、例えば、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有するゾル状やゲル状の組成物を凍結乾燥などの処理により乾燥体とし、この乾燥体を削ったり、粉砕するなどの処理により調製することができる。アルギン酸1価金属塩を含有するゾル状の組成物は、例えば、前述のようなアルギン酸1価金属塩の溶液を用いることができ、溶液の濃度は特に限定されないが、例えば、0.5w/w%~5w/w%であってもよい。アルギン酸1価金属塩を含有するゲル状の組成物は、例えば、アルギン酸1価金属塩の溶液に後述の架橋剤を加えて均一に混合し、ゲル状とすることができる。フレークのサイズは、損傷部位の形状や性状などに応じて適宜調節することが可能である。例えば、複雑な形状のヒト断裂部に密着させる場合には、フレーク状の組成物の最大の寸法を5mm以下としてもよい。
また、本発明の粉末状の組成物は、特に限定されないが、例えば、前記の低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する乾燥体を微細に粉砕するなどの処理により調製することができる。これらの調製は、常法に従って調製することができる。
【0058】
本発明のいくつかの態様の組成物は、細胞を用いてもよい。
細胞としては、半月板などの線維軟骨組織再生のために有用な細胞であれば特に限定されないが、例えば、半月板細胞、半月板前駆細胞、線維軟骨細胞、線維軟骨様細胞、軟骨細胞、軟骨様細胞、軟骨前駆細胞、滑膜細胞、滑膜幹細胞、幹細胞、間質細胞、間葉系幹細胞、骨髄間質細胞、間葉系細胞、ES細胞、iPS細胞などを挙げることができる。より好ましくは、骨髄間葉系幹細胞、骨髄間質細胞、半月板細胞、半月板前駆細胞、線維軟骨細胞、線維軟骨様細胞、軟骨細胞、軟骨様細胞、軟骨前駆細胞、滑膜細胞および滑膜幹細胞から選ばれる少なくとも1種の細胞である。なお、これらの細胞は、自家、他家、同種、異種を問わない。また、これらの細胞は、後述するような細胞の成長を促進する因子の遺伝子等を導入した細胞であってもよい。
【0059】
「細胞を用いる」とは、必要に応じて、半月板、軟骨、滑膜、骨髄、脂肪組織、臍帯血などから目的とする細胞を回収し濃縮する処理や、培養して量を増やす処理を行い、調製した細胞を本発明の組成物に添加することを言う。具体的には、例えば、1×10個/ml以上、または1×10個/ml以上、好ましくは、1×10個/ml~1×10個/mlの細胞を本発明の組成物に含有させることを言う。細胞は市場から入手して用いてもよい。なお、本発明の別のいくつかの態様では、本発明の組成物は、細胞を含有しない態様も好ましい。別のいくつかの態様では、本発明の組成物は、骨髄間質細胞を含有しない態様も望ましく、また、IGF-1遺伝子を導入した骨髄間質細胞を含有しない態様も望ましい。別の態様では、本発明の組成物は、線維軟骨細胞および/または線維軟骨様細胞を含有しない態様も望ましい。本発明の組成物が、これらの細胞を含まない場合でも、線維軟骨組織損傷部の再生は十分に良好であるし、入手の困難性や取扱いの問題がなく、安全性も高い。
【0060】
本発明のいくつかの態様の組成物は、半月板などの線維軟骨組織の細片、フィブリンクロット、多血小板血漿(PRP:Platelet Rich Plasma)などの生体成分を含む物質を含有してもよい。本明細書において「半月板などの線維軟骨組織の細片」とは、半月板などの線維軟骨組織を粉砕等の処理によりサイズを小さくしたものであり、処理方法やそのサイズは特に限定されない。「フィブリンクロット」とは、患者の末梢血から作成可能な凝血塊である。「多血小板血漿」とは、血小板を通常の血液より多く含有する血漿である。なお、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの生体成分を含む物質を含有しない。本発明のいくつかの態様の組成物は、半月板などの線維軟骨組織の細片を含有しない。そのような場合でも線維軟骨組織損傷部の再生は十分に良好である。これらは、常法を用いて調製し、使用することができる。
【0061】
本発明の組成物は、細胞の成長を促進する因子を含ませることもできる。そのような因子としては、例えば、BMP、FGF、VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor)、HGF、TGF-β、IGF-1,PDGF(Platelet-Derived Growth Factor),CDMP(cartilage-derived-morphogenetic protein),KGF(Keratinocyte Growth Factor)、CSF,EPO、IL、PRP(Platelet Rich Plasma)、SOXおよびIF等が挙げられる。これらの因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの成長因子を含まない。本発明の別のいくつかの態様では、本発明の組成物は、IGF-1を含有しない態様も望ましい。成長因子を含まない場合でも、線維軟骨組織損傷部の再生は十分に良好であるし、積極的に細胞の成長を促す場合と比較してより安全性も高い。
【0062】
本発明の組成物は、細胞死を抑制する因子を含ませることもできる。細胞死を引き起こす因子としては、例えば、Caspase、TNFα等が挙げられ、これらを抑制する因子としては、抗体やsiRNA等が挙げられる。これらの細胞死を抑制する因子は、組み換え法により製造してもよく、あるいは蛋白組成物から精製してもよい。尚、本発明のいくつかの態様の組成物は、これらの細胞死を抑制する因子を含まない。細胞死を抑制する因子を含まない場合でも、線維軟骨組織損傷部の再生は十分に良好であるし、積極的に細胞死を抑制する場合と比較してより安全性も高い。
【0063】
尚、本発明の1つの態様では、本発明の組成物は、アルギン酸の1価金属塩以外に、線維軟骨組織に対し薬理作用を発揮する成分を含まない。アルギン酸の1価金属塩を含有し、線維軟骨組織に対し薬理作用を発揮する成分を含まない組成物においても、線維軟骨組織損傷部、特に、半月板損傷部に対して、十分な再生または治療効果を発揮しうる。
また、本発明の別の一態様では、本発明の組成物は、アルギン酸1価金属塩以外に、高分子成分を含まない。
【0064】
本発明のいくつかの態様では、必要に応じて、他の医薬活性成分や、慣用の安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤、着色剤等、通常医薬や医療機器に用いられる成分を本発明の組成物に含有させることもできる。
【0065】
7.本発明の組成物の硬化
本発明の一態様において、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物は、線維軟骨組織損傷部への適用後に少なくとも一部分を硬化するように用いられる。
「少なくとも一部分を硬化する」とは、流動性を有する本発明の組成物の少なくとも一部分に架橋剤を接触させて、架橋剤と接触した組成物の少なくとも一部分をゲル化し、固めることをいう。好ましくは、流動性を有する本発明の組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで本発明の組成物の少なくとも一部分を硬化する。本発明の一態様において、「少なくとも一部分を硬化する」とは、組成物の全体はゲル化されておらず、組成物全体の少なくとも1割、または少なくとも3割はゲル化していない態様であってもよい。ゲル化していない組成物の割合は、例えば「少なくとも1割はゲル化していない態様」の場合、半月板損傷部への充填の場合と同様の架橋剤の使用方法および使用比率を用いて、in vitroで、所定の容器に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムおよび架橋剤を充填して所定時間静置後に、当該容器内の組成物の容量の少なくとも1割はゲル化しておらず、ゲル化していない部分は、当該容器内の組成物の容量の少なくとも5割が21Gの注射針をつけたシリンジで吸引できることで示されてもよい。「組成物の表面の少なくとも一部分」は、例えば、線維軟骨組織損傷部表面の開口部であり、好ましくは、線維軟骨組織損傷部に適用された本発明の組成物の表面部分である。組成物の表面の少なくとも一部分をゲル化して固めることで、線維軟骨組織損傷部から組成物が漏れ出すのを効果的に防ぐことができる。
【0066】
本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物は、好ましくは、対象の線維軟骨組織損傷部に適用する前に、組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない。より好ましくは、本発明の流動性を有する組成物は、対象の線維軟骨組織損傷部への接触時に、組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない。このため、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物には、一定時間経過後も組成物を硬化させない量の架橋剤が含まれていてもよい。ここでの一定時間とは、特に限定されないが、好ましくは30分~24時間程度である。「組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しない」ことは、例えば、組成物を20℃で12時間静置した後に、21Gの注射針をつけたシリンジで注入できることで示されてもよい。本発明のいくつかの態様の組成物には、架橋剤が含まれていない。
【0067】
本発明の好ましい一態様において、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物を用いる場合、本発明の組成物と架橋剤との接触が、対象の線維軟骨組織損傷部への組成物の適用の後に行われる。ここで、「架橋剤との接触が、組成物の対象の線維軟骨組織損傷部への適用の後に行われる」とは、架橋剤と本発明の組成物との接触と、対象の半月板損傷部への組成物の適用とが別々のタイミングで行われ、かつ、架橋剤と本発明の組成物との接触が、対象の線維軟骨組織損傷部への組成物の適用よりも後であることを意味する。より好ましい態様では、本発明の流動性を有する組成物を硬化させるための、架橋剤と本発明の組成物との接触が、対象の線維軟骨組織損傷部への組成物の接触よりも後に行われる。したがって、これらの態様においては、本発明の組成物を対象の線維軟骨組織損傷部へ適用する際に、本発明の組成物と架橋剤とを混ぜ合わせた上で適用する場合や、本発明の組成物と架橋剤とを別々のチューブ、カニューレ、またはシリンジ等に入れ、対象の線維軟骨組織損傷部に同時に適用するような場合は含まれない。
【0068】
本発明の好ましい一態様において、本発明の流動性を有する組成物を用いる場合、組成物の硬化が、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることで行われる。より好ましくは、本発明の流動性を有する組成物を対象の線維軟骨組織損傷部に適用した後に、組成物の表面の少なくとも一部分に架橋剤を接触させることにより組成物の硬化が行われる。本発明の流動性を有する組成物には、前述のとおり、対象の線維軟骨組織損傷部への適用前に、より詳細には線維軟骨組織損傷部への接触前に、組成物を硬化させる量の架橋剤を含有しないことが望ましい。
【0069】
本発明において用いられる架橋剤としては、アルギン酸の1価金属塩の溶液を架橋することができるものであれば、特に限定されない。架橋剤として、例えば、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物、分子内に2~4個のアミノ基を有する架橋性試薬などが挙げられる。より具体的には、2価以上の金属イオン化合物として、CaCl、MgCl、CaSO、BaCl等を、分子内に2~4個のアミノ基を有する架橋性試薬として、窒素原子上にリジル(lysyl)基(-COCH(NH)-(CH-NH)を有することもあるジアミノアルカン、すなわちジアミノアルカンおよびそのアミノ基がリジル基で置換されてリジルアミノ基を形成している誘導体が包含され、具体的にはジアミノエタン、ジアミノプロパン、N-(リジル)-ジアミノエタン等を挙げることができるが、入手しやすいこと、ゲルの強度等の理由から、特に、2価以上の金属イオン化合物が好ましく、CaCl溶液とするのがより好ましい。
【0070】
本発明のいくつかの態様の1つでは、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物の表面に架橋剤を接触させるタイミングは、好ましくは、本発明の組成物を線維軟骨組織損傷部へ適用した後である。本発明の組成物の少なくとも一部分に架橋剤(例えば、2価以上の金属イオン)を接触させる方法としては、特に限定されないが、例えば、チューブ、カニューレ、シリンジ、噴射器(スプレー)などで、2価以上の金属イオンの溶液を組成物表面にかける方法などを挙げることができる。例えば、架橋剤は、ゆっくりと数秒~10数秒、線維軟骨組織損傷部に適用された組成物の表面にかけ続けてもよい。その後は、必要に応じて、架橋剤を添加した部位付近に残存する架橋剤を除去する処理を加えてもよい。架橋剤の除去は、例えば、生理食塩水等による適用部位の洗浄であってもよい。
【0071】
本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物を用いる場合の架橋剤の使用量は、本発明の組成物の適用量、線維軟骨組織損傷部に適用した組成物表面の大きさ、線維軟骨組織損傷部の適用部位サイズ、などを考慮して適宜調節するのが望ましい。組成物を適用した部位の周囲組織に架橋剤の影響を強く及ぼさないためには、架橋剤の使用量を過剰にならないよう調節する。2価以上の金属イオンの使用量としては、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めることができる量であれば、特に限定されない。しかし、例えば、100mMのCaCl2溶液を用いる場合には、線維軟骨組織に適用した組成物の表面の大きさが直径1mm程度の場合には、CaCl2溶液の使用量は0.3ml~5.0ml程度であることが好ましく、より好ましくは0.5ml~3.0ml程度である。線維軟骨組織に適用した組成物の表面の大きさが直径1cm程度の場合には、100mMのCaCl溶液の使用量は、0.3ml~10ml程度であることが好ましく、より好ましくは、0.5ml~6.0ml程度である。適用部位における本発明の組成物の状態を見ながら、適宜増減できる。
【0072】
架橋剤にカルシウムが含まれる場合、カルシウムの濃度が高い方が、ゲル化が早く、また、より硬いゲルを形成することができることが知られている。しかし、カルシウムには細胞毒性があるため、濃度が高すぎると、本発明の組成物の線維軟骨組織損傷部再生作用に悪影響を及ぼす恐れもある。そこで、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物の表面を固めるのに、例えばCaCl2溶液を用いる場合には、好ましくは、25mM~200mM、より好ましくは、50mM~150mMの濃度とするのが望ましい。
【0073】
本発明の好ましい一態様においては、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物を用いる場合、組成物に架橋剤を添加後、一定時間静置した後に、添加した部位に残存する架橋剤を、生理食塩水等を用いて洗浄などにより除去することが望ましい。静置する一定時間は特に限定されないが、好ましくは、約30秒以上、約1分間以上、より好ましくは約4分間以上静置して組成物の表面をゲル化させることが望ましい。あるいは、約1分~約10分間、より好ましくは約4分~約10分間、約4分間~約7分間、さらに好ましくは約5分間静置することが好ましい。この一定時間の間は、本発明の組成物と架橋剤とを接触させた状態にすることが望ましく、組成物の液面が乾かないように、架橋剤を適宜追加してもよい。
【0074】
8.本発明の組成物の適用
本発明の組成物は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、ヤギおよびウマ)の線維軟骨組織損傷部に適用される。
【0075】
本発明のいくつかの態様の組成物の形態は、線維軟骨組織への適用時に、好ましくは流動性のある液体状、すなわち、溶液状である。本発明において「流動性を有する」とは、その形態を不定形に変化させる性質を持つことを意味し、粘稠なゾル状のものであってもよい。好ましくは、例えば、組成物をシリンジなどに封入し、線維軟骨組織損傷部へ注入することができるような流動性を有することが望ましい。また、その一方で、好ましくは、適用した組織において流出し難い程度の粘度を有することが望ましい。本発明において「溶液状」や「流動性を有する」とはゾル状態も含む。また、本発明のいくつかの態様の1つでは、組成物を20℃で1時間静置した後に、14G~26Gの注射針をつけたシリンジ、カニューレ、または関節鏡下で使用する注入器具等で線維軟骨組織損傷部へ注入できるような流動性を有することが望ましく、さらに好ましくは21Gの注射針で注入できることが望ましい。本発明の組成物が凍結乾燥体などの乾燥状態で提供される場合には、適用時に溶媒などを用いて上述のような流動性のある組成物とすることができる。
【0076】
溶液状の、あるいは流動性を有する本発明の組成物は、チューブ、カニューレ、シリンジ、ゲル用ピペット、専用注射器、専用注入器、充填器具などで線維軟骨組織損傷部に容易に適用することができる。本発明の組成物の粘度が高い場合には、シリンジで適用するのが困難になるため、加圧型や電動型などのシリンジを用いてもよい。シリンジなどを使用しなくても、例えば、へら、棒などで線維軟骨組織損傷部へ適用してもよい。シリンジで注入する場合、例えば、14G~27Gまたは14G~26Gの針を使用するのが好ましい。
【0077】
本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物の適用量は、適用する対象の線維軟骨組織の適用部位の容積に応じて決めれば良い。適用量は特に限定されないが、例えば、0.01ml~10ml、より好ましくは、0.1ml~5mlであり、さらに好ましくは0.2ml~5mlであってもよい。本発明の組成物を半月板損傷部に適用する場合は、半月板損傷部の損傷部容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。
【0078】
本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物の線維軟骨組織損傷部への適用後は、前述のとおり、架橋剤により組成物の少なくとも一部分を硬化させることができる。例えば、CaCl溶液等の2価以上の金属イオン化合物を用いて、組成物の表面を硬化させてもよい。
【0079】
本発明の一態様において、本発明の溶液状の、あるいは流動性を有する組成物は、様々な形状の線維軟骨組織損傷部にも適合することができ、縫合した断裂部や損傷部にも好ましく用いることができる。本発明の組成物を縫合した断裂部に適用することにより、本発明の組成物を用いない場合と比較して、損傷の再生を促進することが可能である。本発明の実施例において、本発明の組成物は、再生能が低く、従来、縫合しても再生しないと考えられてきた無血管野の損傷にも有効性を示すことが示唆された。したがって、本発明の好ましい態様では、本発明の組成物は、必要により縫合術と組み合わせて、無血管野の損傷治療にも好ましく用いることができる。
【0080】
本発明のまた別の態様では、本発明の組成物は粉末状またはフレーク状である。この態様では、特に限定されないが、スプレーなどを用いて、本発明の組成物を線維軟骨組織損傷部に適用してもよい。粉末状またはフレーク状の組成物は、チューブ、カニューレ、スプレーなどにより簡易に適用できるため、例えば、損傷部が比較的小さい場合、あるいは、溶液を接触させることが困難な位置や角度にある損傷部などに対して好ましく用いることができる。また、粉末状またはフレーク状の組成物は、チューブ、カニューレ、スプレーなどにより損傷部へ接触させると損傷部への接着性がよく、接着させた後に組成物に水分を含有させてゲル化させてもよい。
【0081】
本発明の組成物の線維軟骨組織損傷部位への適用方法は、特に限定されないが、好ましくは、公知の外科的手法により患部を直視下に露出した後に、あるいは、関節鏡下又は内視鏡下で、チューブ、カニューレ、シリンジ、充填器具、スプレー等を用いて、本発明の組成物を線維軟骨組織損傷部に適用することができる。好ましい態様の一つでは、半月板損傷部に対して、例えば、膝の表側、裏側、または側面側から半月板損傷部へ向かってシリンジの針、チューブ、カニューレ、または充填器具などを挿入し、本発明の組成物を適用してもよい。
【0082】
本発明の組成物の適用回数・頻度は、症状と効果に応じて増減可能である。例えば、1回のみの適用であってもよいし、1月~1年に1回の適用を継続して行ってもよい。
【0083】
本発明の組成物が、前述のような細胞や成長因子とともに提供されない場合でも、本発明の組成物が線維軟骨組織損傷部へ適用される際に、前述の細胞や生体成分を含む物質、成長因子、細胞死抑制因子、後述の他の薬剤などが併用して用いられてもよい。
【0084】
本発明の好ましい態様の組成物は、半月板損傷部へ適用することにより、半月板の変性変化を抑制し、再生を促進する効果を発揮する。そのため、本発明の一態様では、本発明の組成物は、半月板損傷治療用組成物として好ましく用いられる。
【0085】
本発明の組成物の好ましい態様の1つは、半月板の変性抑制のための組成物である。「半月板の変性」とは、前述の「変性半月」の説明のとおりである。本明細書において「変性の抑制」は、未処置の場合と比較して、変性変化が抑制されていればよく、必ずしも変性のない状態にすることを意味するものではない。
【0086】
本発明の組成物の態様の1つは、線維軟骨組織再生のための組成物であり、より好ましくは、半月板再生のための組成物である。この半月板再生の語には、半月板の変性を抑制することも包含される。本発明の好ましい態様のひとつは、本発明の組成物を適用して再生された線維軟骨の組成が、本来の正常な線維軟骨の組成に近いことが望ましい。
【0087】
また、本発明の好ましい態様の組成物は、線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制のために用いられる。本明細書において「治療、予防または再発抑制」は、治療、予防、再発抑制、低減、抑制、改善、除去、発症率の減少、発症時期の遅延、進行抑制、重症度の軽減、再発率の低下、再発時期の遅延、臨床症状の緩和等を含む。本発明において「予防」とは、状態や疾患の発症を予防することのみでなく、発症時期を遅延させることおよび発症率を低下させることも含む。また「再発抑制」とは、状態や疾患の再発を完全に抑制することのみでなく、再発時期を遅延させることおよび再発率を低下させることも含む。本明細書において「治療」とは、特に断らない限り、前記の「治療、予防または再発抑制」を含む意味で用いられる。
【0088】
これらの本発明の組成物の好ましい態様、組成物の使用方法等は、前記の記載に従う。
【0089】
本発明の一態様において、本発明の組成物は、後述の線維軟骨組織損傷の治療方法で用いられることを特徴とする組成物である。
【0090】
9.治療方法
本発明は、前記本発明の組成物を用いる、線維軟骨組織損傷部、特に、半月板損傷部の治療、予防または再発抑制のための方法を提供する。より好ましくは、本発明の治療方法は、線維軟骨組織変性および/または線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制のための方法であって、アルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を、より好ましくは低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を、前記治療、予防または再発抑制を必要とする対象の線維軟骨組織損傷部に適用することを含む。
【0091】
半月板損傷に関しては、上述のように、半月板切除術や半月板縫合術は一般的に施術されている方法であるが、損傷部位を完全に回復させることは難しく、治療満足度は十分とはいえない。このことからこれまで種々の治療法が研究されており、その一例として、自己の滑膜から滑膜細胞を採取して培養後に損傷部位に移植する細胞治療の開発が進められている。しかしこの方法は、自己細胞を採取して損傷部に移植する方法のため、患者体内から細胞を取り出す手技と損傷部に埋植する手技の2度の手技が必要となり、患者や医療従事者の負担となる。従って、手技が簡便で、患者や医療従事者の負担が少なく、有効性の高い、半月板損傷に対する新たな治療方法が求められている。本発明の治療方法は、このような課題に対してなされたものである。
【0092】
本発明の一態様による治療方法は、以下の工程を含む。
(a)切開、関節鏡、または内視鏡により、前記線維軟骨組織損傷部を視認可能な状態にする工程、
(b)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部およびその辺縁部の不要な組織を除去する工程、
(c)必要に応じて、前記線維軟骨組織損傷部を縫合する工程、
(d)前記線維軟骨組織損傷部に、本発明の組成物を適用する工程、
(e)必要に応じて、適用した前記組成物の表面に架橋剤を添加し、一定時間以上静置して前記組成物と前記架橋剤とを接触させる工程、
(f) 必要に応じて、前記架橋剤を添加した部位を洗浄する工程、および
(g) 必要に応じて、切開、または、関節鏡、内視鏡、若しくは、その他の器具の挿入等により生じた開口部を閉じる工程
【0093】
本発明の治療方法においては、線維軟骨組織損傷部へ本発明の組成物を適用する前に、切開、関節鏡、または内視鏡などの手段により、線維軟骨組織損傷部を鏡視、または直接視認可能な状態にする。関節鏡とは、関節の状態を観察するための内視鏡の1種である。
【0094】
本発明の治療方法は、本発明の組成物を線維軟骨組織損傷部へ適用する前に、線維軟骨組織の少なくとも一部を除去する工程を含んでもよい。ここでの「線維軟骨組織損傷部およびその辺縁部の不要な組織」とは、線維軟骨組織損傷部の病変組織、損傷部、断裂部、変性部、または、これらの辺縁部の異常組織部分などである。本発明の治療方法においては、これらの不要な組織を切除等により除去し、辺縁部を新鮮化することが望ましい。ここでの「必要に応じて」とは、対象(被験者)の状態に応じて、この工程の実施の可否や除去する範囲を任意に決定できる。例えば、施術前の半月板欠損部の辺縁部が正常な半月板組織である場合には、この半月板損傷部除去の工程は不要となる。この工程により、より早期に正常な線維軟骨組織の再生を促すことができる。
【0095】
本発明の治療方法は、本発明の組成物の適用前に線維軟骨組織損傷部を縫合する工程を含んでいてもよい。例えば、半月板損傷部が大きく欠損している場合などは、縫合して損傷部を固定した上で本発明の組成物を適用することで、荷重や運動による半月板のさらなる損傷の拡大を抑制し、効果的に治療することができる。本発明において、線維軟骨組織損傷部の縫合術は、常法を用いて実施することが可能であり、特に限定されないが、例えば、インサイド・アウト法(Inside-Out Repair Technique)、アウトサイド・イン法(Outside-In Repair Technique)、オール・インサイド法(All-Inside Repair Technique)、複数のテクニックを用いたハイブリッドテクニック等が用いられてもよい(Knee Surg Relat Res 2014;26(2):68-76)。
【0096】
本発明の組成物の線維軟骨組織損傷部への適用は、患部の空洞容積を十分に満たすように注入されるのが望ましい。また、例えば、半月板損傷に対して、溶液状の、あるいは流動性を有する本発明の組成物を適用する場合、組成物の液面が、半月板欠損部の周辺半月板組織と同程度の高さになるまで埋植することが望ましい。本明細書における、この「適用する」の語は「埋植する」という語を包含する意味で用いられる。
【0097】
本発明の組成物が溶液状、あるいは流動性を有する場合、好ましくは、適用した組成物の表面に架橋剤を添加して組成物の少なくとも一部分を硬化させることが望ましい。組成物に架橋剤を添加した後に静置する一定時間は、特に限定されないが、本発明のいくつかの態様では、好ましくは、約1分間以上、より好ましくは約5分間以上静置して組成物の表面をゲル化させることが好ましい。あるいは、約1分間~約10分間、より好ましくは約3分間~約10分間、約4分間~約7分間、さらに好ましくは約5分間静置することが好ましい。この一定時間の間は組成物と架橋剤とを接触させた状態にすることが望ましく、組成物の液面が乾かないように、架橋剤を適宜追加してもよい。
【0098】
本発明の治療方法では、好ましくは、必要に応じて、組成物に架橋剤を添加して一定時間静置した後に、架橋剤を添加した部位を、例えば、生理食塩水などを用いて洗い流す工程を含むことが好ましい。架橋剤が生体に影響を与えることが予想される場合には、この工程を含むことが望ましい。
【0099】
本発明の治療方法では、必要に応じて、切開、または、関節鏡、内視鏡、若しくは、その他の器具などの挿入等により生じた開口部に対して縫合あるいはそれに準ずる処置を施し、開口部を閉じる工程を含んでもよい。ここで、「その他の器具」としては、手術に通常用いられる一般的な器具であれば特に限定されないが、例えば、鏡視下手術用の器具として、組織切除用器具、縫合用器具、鉗子等が挙げられる。
【0100】
本発明の組成物を適用する前に、必要ならば患部を洗浄してもよい。「患部を洗浄する」とは、例えば、生理食塩水などを用いて、本発明の組成物を適用しようとする部位の、血液成分、その他不要な組織などを取り除くことをいう。患部は洗浄後、残存する不要の液体成分などをふき取る等により乾燥させた後に、本発明の組成物を適用するのが望ましい。
【0101】
半月板損傷部に、本発明の組成物を適用することにより、本来の半月板組織に近い組成及び強度の半月板を再生することが期待できる。例えば、正常な半月板は、線維軟骨様細胞(fibrocartilage cell)、軟骨様細胞(chondrocyte-like cell)などの細胞を含むと考えられているが、半月板損傷部の細胞組成や細胞数を正常な半月板に近づける効果が期待できる。
【0102】
半月板の縫合術が行われるとき、再生効果を高めるため、多血小板血漿(PRP)やフィブリンクロットが併用して使用される場合がある。本発明の組成物は、PRPまたはフィブリンクロットと併用して、あるいは、これらに替えて、半月板の縫合術に併用して用いることができる。本発明の実施例において、本発明の組成物は、半月板の無血管野の損傷部への有効性が示唆された。このことから、本発明の組成物は、従来、縫合術が有効ではないと考えられてきた無血管野における損傷に対しても、必要に応じて縫合術と併用して適用し、再生効果を示すことが期待できる。
【0103】
本発明において「線維軟骨組織損傷部に適用する」とは、組成物等を線維軟骨組織損傷部に接触させるように使用することを意味し、好ましくは、線維軟骨組織損傷部に対して、本発明の組成物を注入し、縫合部または欠損部を埋めるように使用する。
【0104】
本発明において、線維軟骨組織損傷は、例えば、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、離断性骨軟骨炎、軟骨変性、関節内靱帯損傷、スポーツ外傷、変形性関節症、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である。本発明のいくつかの態様では、本発明の治療方法が治療対象とする線維軟骨組織損傷は、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板、並びに、三角線維軟骨複合体損傷及び/又は変性からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患であり、より好ましくは、半月板損傷、外傷性半月板損傷、変性半月、円板状半月板からなる群から選択される少なくとも1種の状態または疾患である。
【0105】
また、本発明のいくつかの態様の1つでは、前記本発明の組成物を用いる、半月板の変性変化を抑制する方法を提供する。また、本発明の好ましい態様の1つでは、前記本発明の組成物を用いる、線維軟骨組織損傷部を再生する方法を提供する。
【0106】
本発明の組成物の好ましい態様、具体的な線維軟骨組織損傷部への適用方法、組成物の硬化方法、用語の意義等は、前述のとおりである。他の線維軟骨組織の治療方法や治療薬を適宜組み合わせて本発明の治療方法を行ってもよい。
【0107】
また、線維軟骨組織損傷部に本発明の組成物を適用する前に、あるいは同時に、あるいは後で、ストレプトマイシン、ペニシリン、トブラマイシン、アミカシン、ゲンタマイシン、ネオマイシン、およびアンホテリシンB等の抗生物質、アスピリン、非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)、アセトアミノフェン等の抗炎症薬、タンパク分解酵素、副腎皮質ステロイド薬、シンバスタチン、ロバスタチン等のHMG-CoA還元酵素阻害剤等の併用薬を充填するようにしても良い。これらの薬剤は本発明の組成物に混入して用いてもよい。または、経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。その他、筋弛緩薬、オピオイド鎮痛薬、神経性疼痛緩和薬等が必要に応じて経口あるいは非経口で併用して投与されてもよい。本発明の別の態様では、本発明の組成物は、HMG-CoA還元酵素阻害剤を併用しないで用いられてもよい。
【0108】
また、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の細胞を線維軟骨組織損傷部に適用してもよい。あるいは、本発明のいくつかの態様では、本発明の組成物とともに、前述の生体成分を含む物質、細胞の成長を促進する因子や細胞死抑制因子を半月板損傷部に適用してもよい。なお、本発明の別の態様では、本発明の組成物が前述の細胞を併用しない態様も望ましい。また、本発明のまた別の態様では、本発明の組成物が生体成分を含む物質、細胞の成長を促進する因子や細胞死抑制因子を併用しない態様も望ましい。また別の態様では、本発明の組成物は、半月板などの線維軟骨組織の細片を併用しない態様も望ましい。また別の態様では、本発明の組成物は、骨髄間質細胞を併用しない態様も望ましく、また、IGF-1遺伝子を導入した骨髄間質細胞を併用しない態様も望ましく、また、IGF-1を併用しない態様も望ましい。また別の態様では、本発明の組成物は、線維軟骨細胞および/または線維軟骨様細胞を併用しない態様も望ましい。本発明の組成物は、これらの細胞、物質や因子を用いない場合でも、半月板など線維軟骨組織損傷部の再生を促すことができる。
【0109】
本発明は、本発明の組成物を製造するためのアルギン酸1価金属塩の使用、より好ましくは、本発明の組成物を製造するための低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩の使用にも関する。
【0110】
本発明の使用は、線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制のための組成物を製造するためのアルギン酸の1価金属塩の使用であって、前記組成物が、対象の線維軟骨組織損傷部に適用するように用いられる。
【0111】
本発明は、アルギン酸1価金属塩を含有する組成物を、対象の線維軟骨組織損傷部に適用する、線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制において使用されるためのアルギン酸の1価金属塩、さらに、低エンドトキシンアルギン酸の1価金属塩を含有する組成物を、線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制を必要とする対象の線維軟骨組織損傷部に適用する、線維軟骨組織損傷の治療、予防または再発抑制において使用されるための低エンドトキシンアルギン酸の1価の金属塩を提供する。
【0112】
本発明の一態様では、本発明の半月板損傷に対する治療方法においては、本発明の治療方法を施す前に、対象の半月板損傷の程度を診断し、診断結果に応じて適切な治療方法を選択してもよい。そのような診断方法としては、特に限定されないが、徒手検査が広く行われている。半月板損傷の徒手検査法に関しては多くの検査法が存在しその組み合わせを行うことで、診断価値を高める場合が多い。例えば、McMurray testにおける疼痛とclickの誘発の有無をもってその理学所見とすることができる。
【0113】
徒手検査法以外の検査方法としては核磁気共鳴画像法(MRI)等を用いることもできる。MRIを用いて損傷部を観察した場合、T1強調画像にて通常は完全に低信号(low intensity)である半月板が変性や損傷を生じるとその部位が高信号(high intensity)に変化して写る。但し、外側半月板後外側は膝窩筋腱があるために診断が難しい場合もある。
【0114】
MRIにおける半月板内の異常信号の程度の分類にはMink分類があり、下記のグレードで分類され、Grade 3を半月板損傷とする。
Grade 1:関節面に達しない点状・斑状信号
Grade 2:関節面に達しない線状信号
Grade 3:関節面に達する信号
本発明の一態様では、本発明の半月板損傷に対する治療方法においては、Mink分類のGrade 3の患者を治療対象とすることも望ましい。
【0115】
10.製剤、キット
本発明は、線維軟骨組織損傷部治療用キットを提供する。
本発明のキットには、本発明の組成物を含めることができる。本発明のキットに含める本発明の組成物は、溶液状態または乾燥状態であるが、好ましくは、乾燥状態であり、より好ましくは、凍結乾燥体であり、特に好ましくは、凍結乾燥粉体である。また、本発明の組成物が凍結乾燥体のときは溶解用の溶媒(例えば、注射用水)を含むことが望ましい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤を含んでいてよい。
本発明のキットは、さらに、架橋剤、シリンジ、注射針、ゲル用ピペット、専用充填器、取り扱い説明書等を含めることができる。
【0116】
キットとして好適な具体例としては、(1)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの凍結乾燥体を封入したバイアル(2)溶解液として注射用水などの溶媒を封入したアンプル(3)架橋剤として塩化カルシウム溶液など2価以上の金属イオン化合物を封入したアンプル等を一つのパックに入れたキットとすることができる。また別の例としては、一体成型され、隔壁により仕切られた二つの部屋からなるシリンジの1室にアルギン酸の1価金属塩を封入し、他方の部屋に溶解液としての溶媒、または架橋剤を含む溶液を封入し、両部屋の隔壁を用時容易に開通できるよう構成し、用時両者を混合・溶解して用いることのできるキットとする。他の例としては、アルギン酸の1価金属塩溶液をプレフィルドシリンジに封入し、使用時に調製操作なくそのまま充填できるキットとする。他の例としては、アルギン酸溶液と架橋剤を別々のシリンジに封入し、一つのパックに同梱したキットとする。あるいは、アルギン酸の1価金属塩溶液を充填したバイアルと架橋剤を封入したアンプル等を含むキットとしてもよい。あるいは、本発明のフレーク状または粉末状の組成物を封入した容器と、スプレーなどの充填器具のセットとしてもよい。「本発明の組成物」、「架橋剤」、「シリンジ」などについては、前記で説明した通りである。
【0117】
本キットは、例えば、本発明の治療方法に用いることができる。
【実施例
【0118】
以下の実施例により本発明を更に詳述するが、本発明はこれらの実施例に限定して理解されるべきではない。
【0119】
実施例1:ウサギ半月板欠損に対する低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム投与の効果 ウサギ半月板欠損に対して、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を充填し、効果を評価した。
【0120】
1-(1)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の調製
アルギン酸ナトリウム(持田製薬(株))を用いて低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を調製した。エンドトキシン含量は、50EU/g未満であった。低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムの見掛け粘度及び重量平均分子量は表1のとおりである。アルギン酸ナトリウムの見掛け粘度測定は、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従い、回転粘度計法(コーンプレート型回転粘度計)を用いて測定した。具体的な測定条件は以下のとおりである。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行った。測定機器は、コーンプレート型回転粘度計(粘度粘弾性測定装置レオストレスRS600(Thermo Haake GmbH)センサー:35/1)を用いた。回転数は、0.5rpmとした。読み取り時間は、2.5分間測定し、開始0.5分から2.5分までの平均値とした。3回の測定の平均値を測定値とした。測定温度は20℃とした。
【0121】
また、アルギン酸ナトリウムの重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と、GPC-MALSの2種類の測定法で測定した。測定条件は以下のとおりである。
【0122】
[前処理方法]
試料に溶離液を加え溶解後、0.45μmメンブランフィルターろ過したものを測定溶液とした。
(A)ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定
[測定条件(相対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器
カラム温度:40℃
注入量:200μL
分子量標準:標準プルラン、グルコース
【0123】
(B)GPC-MALS測定
[屈折率増分(dn/dc)測定(測定条件)]
示唆屈折率計:Optilab T-rEX
測定波長:658nm
測定温度:40℃
溶媒:200mM硝酸ナトリウム水溶液
試料濃度:0.5~2.5mg/mL(5濃度)
【0124】
[測定条件(絶対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器、光散乱検出器(MALS)
カラム温度:40℃
注入量:200μL
【0125】
【表1】
【0126】
低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを生理食塩水で溶解して2w/w%溶液を調製した。
【0127】
1-(2)ウサギ半月板欠損(パンチアウト)モデルの作成
体重3.5±0.2kgの日本白色ウサギ30羽の両膝の内側半月板の前角に、バイオプシーパンチで、直径2mm円柱状の半月板を貫通する欠損を作成し、半月板欠損モデルとした。
ウサギ左膝の半月板欠損には処置を施さず、無治療のコントロールとした(グループI:コントロール群)。
【0128】
1-(3)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の充填
上記1-(1)で調製した2w/w%低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を、ウサギ右膝の半月板欠損に充填した。充填した低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の上部と下部に100mMの塩化カルシウム溶液を約10秒ほど添加し、表面をゲル化させた。その後、塩化カルシウム溶液をかけた部位を生理食塩水で洗い流した(グループII:治療群)。塩化カルシウム溶液との接触により、アルギン酸ナトリウム溶液は欠損部から外れることはなかった。
施術から3、6、および12週時に、ウサギ10羽ずつ安楽死させて半月板を回収し、肉眼観察、組織学的評価、及び、機械的強度の測定を行った。
【0129】
1-(4)肉眼的観察(Gross Observation)
回収した半月板を肉眼的に観察した。また、“The American Journal of Sports Medicine,(2010) Vol.38 No.4 p.740-748”に記載の、Table1 ”Criteria to Quantitatively Evaluate the Volume and Quality of Regenerated Tissues in Gross Observation”を用いてスコア化し評価した。具体的には、「軸平面における再生した組織の幅(width of the regenerated tissue in the axial plane)」、「再生した組織の自由縁の鮮明さ(sharpness of the free edge of the regenerated tissue)」、「再生した組織の色(color of the regenerated tissue)」、「再生した組織表面の滑らかさ(smoothness of the regenerated tissue surface)」、および「再生した組織の剛性(stiffness of the regenerated tissue)」の5項目について、それぞれ0、1、2の三段階のスコアで評価し、その合計値で比較した。なお、スコア2が最も良い結果である。スコアの具体的な評価基準を下表に示す。
【表2】

その結果、グループI(対照群)においては、施術後12週時にも、半月板欠損部は薄い線維様組織で不完全に覆われていて、線維軟骨組織は、ごくまれに再生していたのみであった。
一方、グループII(治療群)では、術後3週時及び6週時には、1検体を除き全ての欠損が、厚い線維軟骨様組織で被覆されていた。その線維軟骨様組織は、軟骨様細胞と線維芽細胞が多数観察され、サフラニン-Oとトルイジンブルー染色で濃染された。手術後12週時には、欠損部は、ほとんど線維軟骨様組織で充填され、多数の軟骨様細胞が観察された。
グループIIの肉眼観察スコアは、図2に示すとおり、グループIと比較して、施術後3週時、6週時、および12週時において、有意に高かった(それぞれ、p=0.010、p=0.026、p=0.020)。検定は、多重比較法に関するFischerのPSLDテストを用いた一元配置分散分析(ANOVA)によって行った。
【0130】
また、3週時、6週時、および12週時において半月板欠損部、周囲および先端部が破断しているかについても肉眼で確認した。その結果を表3に示す。
【表3】

この表からも分かるとおり、対象群における12週時点での半月板欠損部の破断率は80%にも上るのに対して、治療群では破断率が30%に抑えられた。
【0131】
1-(5)組織学的評価
組織学的評価は、常法に従い、Hematoxylin and Eosin(H&E)、サフラニン-O、トルイジンブルーを用いて、再生した組織を染色し、評価を行った。また、“The American Journal of Sports Medicine,(2010) Vol.38 No.4 p.740-748”に記載の、Table2 “ Criteria to Quantitatively Evaluate Histological Findings of Regenerated Tissues” を用いてスコア化し評価した。具体的には、「軟骨細胞の数(the number of chondrocytes)」と「断面領域全体において観察された軟骨組織の領域(area of the cartilage tissue observed in the whole cross-sectional area)」の2項目について、それぞれ0、1、2の三段階のスコアで評価し、その合計値で比較した。なお、スコア2が最も良い結果である。スコアの具体的な評価基準を下表に示す。
【表4】

その結果、グループI(対照群)では、施術後3週時に、円形の核をもつ多数の細胞を伴って、滑膜様組織が再生した。施術後6週時、および12週時には、線維組織はわずかに減少し、細胞数はしだいに減少した(図3)。グループIでは、線維軟骨様細胞や、サフラニン-Oやトルイジンブルーで染色されるマトリックスは観察されなかった。
一方、グループII(治療群)では、施術後3週時には、関節腔側の表面は、比較的厚い滑膜様組織で覆われた。欠損部は、内側と外側の正常組織が緩い結合組織で結合していた。施術後3週時には、アルギン酸ゲルが残る線維軟骨細胞が観察された。欠損部のマトリックスは、サフラニン-O陽性であった。施術後6週時には、アルギン酸ゲルは消失しており、半月板の形状の均一な組織が、三角形状の断面を伴って形成された。均一な組織では、プロテオグリカン豊富な組織において、比較的大きい円形の核と細胞質豊富な核をもつ細胞が散在していた。そしてその表面は、薄い滑膜組織で覆われていた。
施術後12週時には、半月板欠損組織の中心部に、細胞質が豊富で、円形または卵形の核をもつ大きな円形の細胞が散在していた。そして、これらの細胞の周囲のマトリックスは、サフラニン-O染色とトルイジンブルー染色に陽性であった。
比較のため正常状態の半月板の組織染色の写真も示す。グループII(治療群)の組織染色の写真は、正常状態の半月板とほとんど差が見られないほどに半月板損傷部が修復したことが示された(図3)。
グループIIの組織学的スコアは、グループIと比較して、施術後3週時および12週時に有意に高かった(それぞれ、p=0.029およびp=0.016) (図3)。検定は、多重比較法に関するFischerのPSLDテストを用いた一元配置分散分析(ANOVA)によって行った。
一方、グループIにおいて、施術後12週時の組織学的スコアは、施術後3週時および6週時と比較して有意に低下していた。
【0132】
1-(6)機械的強度の評価
施術後6週時のグループI(コントロール群)、グループII(治療群)、施術後12週時のグループII(治療群)、及び、正常群の4群の半月板について、n=6で、機械的強度の評価を行った。施術後12週時のグループI(コントロール群)は、半月板の破裂例が80%に達したため、評価から除外した。
各群の半月板は、-80℃で1日以上冷凍した。実験には数時間かけて解凍した後の半月板を用いた。解凍中及びその後にも生理食塩水で潤いを維持した。
オートグラフ(Autograph AG-X series、Autograph test machine、AG-20kNX,SHIMADZU)を用いて修復組織の硬さを評価した。オートグラフに半月板を置き、直径0.50mmの圧子チップ(Indenter tip)を修復組織に、0.1mm/sの速度で、0.5mm圧着し、30秒持続した。これを240秒おきに5回反復した。検体1個あたり5回の反復施行中の3、4および5回目を用いて、0.4~0.5mm圧着時の荷重(Load)(N)と深さ(Depth)(mm)とのスロープ(N/mm)に基づいて硬度(stiffness)を測定した。結果を図4および図5に示す。
6週目の対象群と6週目の治療群との間(P=0.006)、および6週目の対象群と12週目の治療群との間(0.015)において、有意差が認められた。
【0133】
1-(7)結果
以上のように、ウサギ半月板欠損に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを充填し、塩化カルシウム溶液でゲル化することにより、欠損部の線維軟骨の再生をもたらし、機械的強度も高まることが分かった。
これまで、半月板の欠損部治療のためにいくつかの方法が提案されているが、線維軟骨組織の再生をもたらし、かつ、機械的強度を回復することは容易ではないことが知られている。今回、低エンドトキシンアルギン酸ゲルが機械的強度を回復したことは驚くべきことである。
以上の結果から、本発明の組成物は、半月板損傷部、特に、欠損部や断裂部、また、縫合が施された損傷部においても、半月板損傷の修復を促進する可能性が示唆された。また、ウサギの半月板のサイズに対して比較的大きな欠損(直径2mm)において半月板の再生が確認されたことから、本発明の組成物は半月板の無血管野における損傷部の治療にも有効であることが示唆された。すなわち、本発明の組成物は、半月板の血管野、および無血管野のいずれの損傷部においても、必要に応じて縫合術と組み合わせて用いて、半月板損傷の治療に有効であることが示唆された。
【0134】
実施例2:半月板縫合術と組み合わせた使用
対象の半月板に生じた断裂に対して、常法に従い、半月板の縫合術の施術を行う。半月板縫合術は、特に限定されないが、例えば、損傷した半月板の断裂箇所のサイズを測定し、関節鏡下、縫合するための器具などを膝関節内に挿入し、縫合を行う。縫合の後、縫合した部分に、実施例1において用いた2w/w%低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を適用する。その表面に100mMの塩化カルシウム溶液を添加する。数分後に生理食塩水で患部を洗浄する。関節鏡や手術器具などを入れるために生じた開口部を縫合などにより閉じる。
一定期間経過後に、縫合術とアルギン酸ナトリウム溶液との併用による、施術部の修復を評価する。
【0135】
実施例3:ヒツジ半月板欠損に対する低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム投与
3-(1)ヒツジ半月板欠損(パンチアウト)モデルの作製
5月~7月齢ヒツジ(サフォーク種)の左右膝関節部の内側半月板前節の無血管野側に、パンチアウト用器具(BPP-40F プランジャータイプ Lot No.16L08,カイ・インダストリーズ株式会社)を用いて、直径4.0mm円柱状の半月板を貫通する欠損を作製し、半月板欠損モデルとする。
作製した半月板欠損モデル(n=20)を2群に分けて、グループIは無治療群(n=10)として処置を施さず、グループIIは治療群(n=10)として欠損部に低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の充填を行う。
【0136】
3-(2)低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液の充填
3-(1)で作製のヒツジ半月板欠損の下面にプラスチック製の薬さじを敷き、実施例1の1-(1)で調製した2w/w%低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム溶液を十分満たすように充填する。充填した溶液の表面に100mMの塩化カルシウム溶液2~5mlを添加、約1分保持し表面をゲル化する。その後、塩化カルシウム溶液をかけた部位を生理食塩水で洗い流す(グループII:治療群)。
【0137】
グループI、IIとも、施術から3週(各n=2)、6週(各n=2)、12週(各n=4)、および24週時(各n=2)に、ヒツジを安楽死させて半月板を回収し、採取した組織標本について肉眼的評価および組織学的評価を行う。
【0138】
3-(3)評価
肉眼的評価は、肉眼的に形、色、光沢の有無、硬さ、大きさを観察する。
組織学的評価は、常法に従い、ヘマトキシリン・エオジン(H&E)、サフラニン‐O、トルイジンブルーを用いて染色標本を作製し、評価を行う。肉眼的評価は、前述の実施例1-(4)と同様に“The American Journal of Sports Medicine,(2010) Vol.38 No.4 p.740-748”に記載の、Table1 ”Criteria to Quantitatively Evaluate the Volume and Quality of Regenerated Tissues in Gross Observation”を用いてスコア化し評価を行う。組織学的評価は、前述の実施例1-(5)と同様に、同文献のTable2“ Criteria to Quantitatively Evaluate Histological Findings of Regenerated Tissues” を用いてスコア化し評価を行う。免疫組織学的評価は、常法に従い、抗コラーゲンタイプI染色、抗コラーゲンタイプII染色、抗アルギン酸および抗α‐SMAによる免疫染色を行い、評価を行う。
グループII(治療群)とグループI(無治療群)とを比較し、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムによる半月板の再生効果を評価する。

図1
図2
図3
図4
図5