IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

<>
  • -動的架橋エラストマー 図1
  • -動的架橋エラストマー 図2
  • -動的架橋エラストマー 図3
  • -動的架橋エラストマー 図4
  • -動的架橋エラストマー 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-14
(45)【発行日】2022-12-22
(54)【発明の名称】動的架橋エラストマー
(51)【国際特許分類】
   C08G 61/06 20060101AFI20221215BHJP
【FI】
C08G61/06
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018239358
(22)【出願日】2018-12-21
(65)【公開番号】P2020100718
(43)【公開日】2020-07-02
【審査請求日】2021-09-17
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】吉江 尚子
(72)【発明者】
【氏名】キム チェフン
【審査官】三宅 澄也
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-534777(JP,A)
【文献】特表2002-525397(JP,A)
【文献】特表2002-509961(JP,A)
【文献】特開2006-219535(JP,A)
【文献】Polymer Chemistry,2014,Vol.5,p3507-3532
【文献】J.Am.Chem.Soc.,2015,Vol.137,p6492-6495
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 2/00- 2/38
C08G61/00-61/12
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1):
【化1】

で表されるビシナルジオール単位、および式(2):
【化2】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるブタ-1-エン-1,4-ジイル単位を含むエラストマーであって、但し、エラストマーを構成する全構成単位に対して、式(1)で表されるビシナルジオール単位の割合が、10~40mol%であり、式(2)で表されるブタ-1-エン-1,4-ジイル単位が、60~90mol%であり、かつ式(3):
【化3】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるエポキシ単位を5mol%以上含まない、エラストマー。
【請求項2】
下記式(I):
【化4】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、x:yは、1:9~4:6(モル基準)である)
で表されるエラストマー。
【請求項3】
下記式(II):
【化5】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、n:mが、2:6~2:1(モル基準)である)
で表されるエラストマー。
【請求項4】
Rが、互いに独立して、水素原子またはメチル基である、請求項1~のいずれかに記載のエラストマー。
【請求項5】
式(III):
【化6】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、n:mが、2:6~2:1(モル基準)である)
で表される共重合体の製造方法であって、
式(4):
【化7】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表される5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物と、式(5):
【化8】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるシクロオクタ-1,5-ジエン化合物とを、2:6~2:1(モル基準)の範囲の割合で開環メタセシス重合にて重合させることを特徴とする方法。
【請求項6】
およびRが、互いに独立して、水素原子またはメチル基である、請求項に記載の製造方法。
【請求項7】
請求項1~のいずれか一項に記載のエラストマーを含む、自己修復性材料用組成物。
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項に記載のエラストマーを含む、ゴム改良剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動的架橋エラストマーである、新規エラストマー、その製造方法およびそれを含む組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
天然ゴムは、分子量約千~数百万のcis-1,4-ポリイソプレンを主成分とする、エラストマーの一種である。天然ゴムは、加硫により三次元網目構造をとり、高い反発弾性を示すようになることから、タイヤなどの様々な製品に使用されている。一方、イソプレンや1,3-ブタジエンなどの1,3-ブタジエン構造を有するモノマーを重合して得られるイソプレンゴムやブタジエンゴムなどのジエン系ポリマーは合成ゴムとも言われ、天然ゴムに比べて組成が均質で、分子量も調整されているため加工がしやすい等の利点を有し、天然ゴムの代替原料ゴムとして、同様に様々な製品に使用されている。
【0003】
cis-1,4-イソプレン単位を含む天然ゴムおよびイソプレンゴムに更なる特性を付与することを目的に、その改質が検討されている。そのような改質には、例えば、cis-1,4-イソプレン単位の二重結合部位の水素化、ハロゲン化、水酸化またはエポキシ化などが知られている。なかでも天然ゴムおよびイソプレンゴムのエポキシ化は、その耐油性、耐有機溶剤性、空気透過性、制振性、摩擦抵抗などを改善することが知られている。またそのようなエポキシ化天然(合成)ゴムのエポキシ基の一部を加水分解し、主鎖にジオール(ビシナルジオール)構造を導入したポリマーの各種合成方法や、その熱安定性や接着強度の向上が報告されている(例えば、非特許文献1~3参照)。
【0004】
さらに近年、オレフィンポリマーやジエン系ポリマーが、環状オレフィンの開環メタセシス重合反応により得られることが報告され、かかる反応を利用した新規ポリマー材料が報告されている(例えば、特許文献1および非特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許公報第6023923号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Polymer, Vol. 38, No. 8, pp. 1953-1956, 1997
【文献】Advanced Materials Research, Vol. 747, pp. 493-496, 2013
【文献】Sains Malaysiana, Vol. 46, No.3, pp. 485-491, 2017
【文献】Polymer Chemistry, Vol. 5, pp. 3507-3532, 2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、環状オレフィンの開環メタセシス重合反応により得られる新規ジエン系ポリマーとそのエラストマーとしての特性を探索した。その結果、ジエン系ポリマーに、その主鎖中のエポキシ基の開環によらずビシナルジオール構造を導入することにより、高弾性、強靱性、リサイクル性および自己修復性などの優れた特性を付与することができることを見出し、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下のとおりである。
【0009】
[1] 式(1):
【化1】

で表されるビシナルジオール単位、および式(2):
【化2】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるブタ-1-エン-1,4-ジイル単位を含むが、但し、式(3):
【化3】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるエポキシ単位を5mol%以上含まない、エラストマー。
[2] 下記式(I):
【化4】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるエラストマー。
【0010】
[3] 式(1):
【化5】

で表されるビシナルジオール単位の割合が、10~90mol%である、上記[1]または[2]に記載のエラストマー。
【0011】
[4] 下記式(II):
【化6】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるエラストマー。
【0012】
[5] Rが、互いに独立して、水素原子またはメチル基である、上記[1]~[4]のいずれかに記載のエラストマー。
【0013】
[6] 式(III):
【化7】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表される共重合体の製造方法であって、
式(4):
【化8】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表される5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物と、式(5):
【化9】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるシクロオクタ-1,5-ジエン化合物とを、開環メタセシス重合にて重合させることを特徴とする方法。
【0014】
[7] RおよびRが、互いに独立して、水素原子またはメチル基である、上記[6]に記載の製造方法。
【0015】
[8] 上記[1]~[5]のいずれかに記載のエラストマーを含む、自己修復性材料用組成物。
【0016】
[9] 上記[1]~[5]のいずれかに記載のエラストマーを含む、ゴム改良剤。
【発明の効果】
【0017】
本発明のエラストマーは、隣り合ったヒドロキシ基が単独のヒドロキシ基よりも強い水素結合を形成し、分子間相互作用であるにもかかわらず、比較的安定な動的架橋として働き、加硫などの化学架橋をしなくともエラストマー特性(伸長/収縮性)を奏するため、再成形性、リサイクル性を有するゴムまたはゴム改良剤として利用できる。また本発明のエラストマーの隣り合ったヒドロキシ基間の水素結合は、外力が加わった際に切断されてエネルギーを散逸し、応力集中を緩和する。このため、本発明のエラストマーは強靭化される。さらに本発明のエラストマーは動的架橋に由来する自己修復性を有し、例えば、切断面を接触させて室温で放置するだけで再接合し、機械特性を回復するという優れた特性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1のポリマー1(式(I)において、x:y=1:9)のH-NMRスペクトルである。
図2】実施例1~3のポリマー1~3より作製した試験片を、試験例1の引張試験に付し、得られた応力とひずみの関係を示した応力-ひずみ線図である。
図3】実施例3のポリマー3より作製した試験片を、試験例2の荷重-負荷軽減サイクル試験に付し、各サイクルで得られた応力とひずみの関係を示した応力-ひずみ線図である。
図4】実施例3のポリマー3より作製した試験片(virgin)と、試験例3の自己修復試験に付した同試験片(3d healing)を、試験例1と同様の引張試験に付し、得られた応力とひずみの関係を示した応力-ひずみ線図である。
図5】実施例3のポリマー3より作製した試験片(virgin)と、試験例4のリサイクル試験に付した同試験片(Recycled)を、試験例1と同様の引張試験に付し、得られた応力とひずみの関係を示した応力-ひずみ線図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<動的架橋エラストマー>
本発明は、動的架橋エラストマーに関する。本発明のエラストマーは、下記式(1):
【化10】

で表されるビシナルジオール単位、および下記式(2):
【化11】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるブタ-1-エン-1,4-ジイル単位を構成繰り返し単位として含む。
【0020】
但し、 本発明のエラストマーは、式(3):
【化12】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるエポキシ単位を、エラストマーを構成する全構成繰り返し単位に対して、5mol%以上の割合で含むものではない。
【0021】
本発明の動的架橋エラストマーは、隣り合ったヒドロキシ基が強い水素結合を形成し、分子間相互作用であるにもかかわらず、比較的安定な動的架橋として働き、エラストマーに強靭性や自己修復性を付与することを特徴とする。したがって、エラストマーにおける式(1)のビシナルジオール単位の割合は、エラストマーに強靭性や自己修復性を付与することができる範囲であれば特に限定はないが、エラストマーを構成する全構成単位に対して、10mol%以上、好ましくは15mol%以上、より好ましくは20mol%以上であり、また90mol%以下、好ましくは50mol%以下、より好ましくは40mol%以下である。
【0022】
本発明の動的架橋エラストマーは、式(1)のビシナルジオール単位に加え、式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位を含む。式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位の例としては、ブタ-1-エン-1,4-ジイル(Rが共に水素原子である)、1-メチルブタ-1-エン-1,4-ジイル(1位のRがメチル基であり、2位のRが水素原子である)、1-クロロブタ-1-エン-1,4-ジイル(1位のRが塩素原子であり、2位のRが水素原子である)などが挙げられる。式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位は、好ましくはブタ-1-エン-1,4-ジイルまたは1-メチルブタ-1-エン-1,4-ジイルである。
【0023】
本発明のエラストマーにおける式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位の割合は、特に限定はないが、エラストマーを構成する全構成単位に対して、10mol%以上、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上であり、また90mol%以下、好ましくは85mol%以下、より好ましくは80mol%以下である。
【0024】
本発明のエラストマーにおける式(3)のエポキシ単位は、式(1)のビシナルジオール単位から不可避的に形成される場合があり、その割合は、上述のビシナルジオール単位の役割を損なわない範囲であればよく、具体的に、エラストマーを構成する全構成単位に対して、5mol%未満、好ましくは1mol%未満、より好ましくは0.1mol%未満である。本発明のエラストマーの特に好ましい態様は、式(3)のエポキシ単位を実質的に含まないものである。
【0025】
本発明の動的架橋エラストマーは、その高弾性、強靭性、自己修復性などの優れた特性を損なわない範囲で、式(1)のビシナルジオール単位、式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位、および場合により所定量未満の式(3)のエポキシ単位の他に、任意の構成単位を含んでいてもよい。そのような構成単位としては、特に限定はないが、例えば公知の合成ゴムに含まれる構成単位が挙げられ、そのような構成単位を誘導し得るモノマーとして、エチレン、プロピレン、スチレン、アクリロニトリル、アクリル酸エステル、酢酸ビニルなどが挙げられる。そのような任意の構成単位の割合は、20mol%以下、好ましくは10mol%以下、より好ましくは5mol%以下であるか、あるいは任意の構成単位を含まなくてもよい。
【0026】
本発明の動的架橋エラストマーの好ましい一態様は、下記式(I):
【化13】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるエラストマーである。すなわち式(I)のエラストマーは、上記式(1)のビシナルジオール単位と、上記式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位とからなるコポリマーである。なお上記式(I)は、コポリマーの各単位が、統計、ランダム、交互またはブロックのいずれであってもよいことを意味する。また各単位の割合(モル基準)は、x:y=1:9~9:1の範囲であり、好ましくはx:y=3:17~1:1の範囲であり、より好ましくはx:y=2:8~4:6の範囲である。
【0027】
同様に、本発明の動的架橋エラストマーの別の好ましい一態様は、下記式(II):
【化14】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表されるエラストマーである。すなわち式(II)のエラストマーは、5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物から誘導される、上記式(1)のビシナルジオール単位と上記式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位とからなる単位と、シクロオクタ-1,5-ジエン化合物から誘導される、上記式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位からなる単位とからなるコポリマーである。なお上記式(II)は、コポリマーの各単位が、統計、ランダム、交互またはブロックのいずれであってもよいことを意味する。また各単位の割合(モル基準)は、n:m=1:8~1:0の範囲であり、好ましくはn:m=3:14~9:1の範囲であり、より好ましくはn:m=2:6~2:1の範囲である。
【0028】
さらに別の好ましい一態様において、式(I)および(II)のエラストマーはまた、式(3):
【化15】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるエポキシ単位を、エラストマーを構成する全構成繰り返し単位に対して、5mol%以上の割合で含むものではない。
【0029】
本発明の動的架橋エラストマーの分子量は、特に限定はないが、約2,000~1,000,000であり、好ましくは約10,000~200,000であり、より好ましくは約20,000~100,000である。
【0030】
本発明の動的架橋エラストマーにおいて、5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物から誘導される、上記式(1)のビシナルジオール単位と上記式(2)のブタ-1-エン-1,4-ジイル単位とからなる単位のRは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、好ましくは水素原子またはC1~5アルキル基であり、より好ましくは水素原子またはC1~3アルキル基であり、さらに好ましくは水素原子またはメチル基であり、特に好ましくは水素原子である。5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物から誘導される単位に存在する複数のRは、同一であっても、異なっていてもよい。
【0031】
本発明の動的架橋エラストマーにおいて、ブタ-1-エン-1,4-ジイル単位のRは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、好ましくは水素原子またはC1~5アルキル基であり、より好ましくは水素原子またはC1~3アルキル基であり、さらに好ましくは水素原子またはメチル基であり、特に好ましくは水素原子である。ブタ-1-エン-1,4-ジイル単位に存在する複数のRは、同一であっても、異なっていてもよい。
【0032】
なお、本明細書において特に断りのない限り、「ハロゲン原子」としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子が挙げられるが、好ましくはフッ素原子または塩素原子であり、より好ましくは塩素原子であり、「C1~5アルキル基」としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基などが挙げられるが、好ましくはメチル基またはエチル基であり、より好ましくはメチル基である。
【0033】
<動的架橋エラストマーの製造方法>
本発明の動的架橋エラストマーの製造方法の一態様は、下記式(II):
【化16】

(式中、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基であり、Rは、互いに独立して、水素原子、ハロゲン原子またはC1~5アルキル基である)
で表される共重合体の製造方法であって、
式(4):
【化17】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表される5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物と、式(5):
【化18】

(式中、Rは、上記と同義である)
で表されるシクロオクタ-1,5-ジエン化合物とを、開環メタセシス重合にて重合させることを特徴とする方法である。
【0034】
原料モノマーである式(4)の5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物は、公知の化合物であり、試薬供給業者から入手可能であるか、または公知の方法に準じて合成することができる。そのような合成方法としては、例えば、後述の参考例1および2が挙げられる。入手容易性等の観点から、Rが、水素原子、ハロゲン原子、メチル基またはエチル基である化合物が好ましく、水素原子またはメチル基である化合物がより好ましく、水素原子である化合物が特に好ましい。そのような式(4)の5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物としては、5-シクロオクテン-1,2-ジオール(Rが共に水素原子である)などを例示できる。
【0035】
原料モノマーである式(5)のシクロオクタ-1,5-ジエン化合物もまた、公知の化合物であり、試薬供給業者から入手可能であるか、または公知の方法に準じて合成することができる。入手容易性等の観点から、Rが、水素原子、ハロゲン原子、メチル基またはエチル基である化合物が好ましく、水素原子またはメチル基である化合物がより好ましく、水素原子である化合物が特に好ましい。そのような式(5)のシクロオクタ-1,5-ジエン化合物としては、シクロオクタ-1,5-ジエン(全てのRが水素原子である)、1-クロロシクロオクタ-1,5-ジエン(1位のRが塩素原子であり、残りのRが水素原子である)、1,5-ジクロロシクロオクタ-1,5-ジエン(1位および5位のRが塩素原子であり、残りのRが水素原子である)、1-メチルシクロオクタ-1,5-ジエン(1位のRがメチル基であり、残りのRが水素原子である)、1,5-ジメチルシクロオクタ-1,5-ジエン(1位および5位のRがメチル基であり、残りのRが水素原子である)などを例示できる。
【0036】
各原料モノマーの使用量は、式(4)の5-シクロオクテン-1,2-ジオール化合物に含まれるビシナルジオール構造を、エラストマーに強靭性や自己修復性を付与することができる割合で導入できる範囲であれば特に限定はないが、式(5)の5-シクロオクテン-1,2-ジオールの、式(4)のシクロオクタ-1,5-ジエン化合物に対する比(モル比)が1:8~1:0の範囲であり、3:14~9:1の範囲が好ましく、2:6~2:1の範囲がより好ましい。
【0037】
上記の製造方法では、開環メタセシス重合において使用される公知の触媒を使用することができる。そのような触媒は、試薬供給業者から入手可能であるか、または公知の方法に準じて合成することができ、典型的には、遷移金属錯体、例えば、チタン錯体、ジルコニウム錯体、モリブデン錯体、ルテニウム錯体、タンタル錯体、タングステン錯体およびレニウム錯体などが挙げられる。中でも、遷移金属-カルベン錯体、例えば、グラブス(Grubbs)第一世代触媒、グラブス第二世代触媒およびHoveyda-Grubbs触媒などの触媒を使用することが好ましい。なお、グラブス第二世代触媒は、下記式:
【化19】

で表される公知の化合物であり、試薬供給業者から入手可能である。
【0038】
触媒の使用量は特に制限はないが、原料モノマーの合計使用量1モルに対して、0.001~10モル%が好ましく、0.01~1モル%がさらに好ましく、0.01~0.1モル%が特に好ましい。
【0039】
上記の製造方法は、溶媒中で行ってもよく、用いることのできる溶媒としては、反応に不活性な溶媒であって、使用するモノマーおよび触媒の種類や量、所望の反応温度などの反応条件に応じて適宜選択される。例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン等の脂肪族ハロゲン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン等の芳香族炭化水素系溶媒、モノクロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の芳香族ハロゲン系溶媒、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素系溶媒などを使用できるが、用いることのできる溶媒は、これに限定されるものではない。これらの溶媒は、各々単独で用いても、2種類以上を混合して使用してもよい。
【0040】
上記の製造方法は、-50℃から180℃の範囲から適宜選ばれた温度で行うことができる。反応速度と収率の観点から、-20~100℃が好ましく、-10~80℃がさらに好ましく、室温(約25±5℃)が特に好ましい。反応時間は、使用される原料モノマー、触媒および溶媒の量や種類、反応温度等の条件に応じて適宜設定され、特に制限はないが、反応速度と収率の観点から1~24時間が好ましい。反応圧力は、加圧、減圧、大気圧のいずれでもよいが、大気圧が好ましい。反応雰囲気は、窒素またはアルゴン等の不活性ガス雰囲気下が好ましい。
【0041】
上記の製造方法において使用される必須成分(各原料モノマーおよび触媒)や、必要に応じて使用される任意成分(溶媒または他のモノマー成分など)の添加順序等に特に制限はなく、任意の順序で、適切な反応容器に添加し、反応を開始すればよい。反応終了後、必要に応じて反応液から式(II)で表されるエラストマーを単離・精製できる。単離・精製する方法に特に限定はなく、当業者に公知の方法、例えば、反応完了後の反応液を貧溶媒中に滴下して沈殿を析出させ、これを濾取してもよい。
【0042】
このような製造方法により、エポキシ化天然(合成)ゴムのエポキシ基の一部を加水分解し、主鎖にジオール(ビシナルジオール)構造を導入する従来の製造方法により得られるポリマーとは異なり、実質的にエポキシ基を含まないエラストマーを得ることができる。また本発明の製造方法では、エポキシ基の開環に拠らず、エラストマーに強靭性や自己修復性を付与するビシナルジオール構造を導入できるため、ビシナルジオール構造の導入割合を容易に調整し、所望の性質を有するエラストマーを効率よく製造することができる。
【0043】
<自己修復性材料用組成物/ゴム改良剤>
本発明のエラストマーは、動的架橋に由来する自己修復性を有し、例えば、切断面を接触させて室温で放置するだけで再接合し、機械特性を回復するという優れた特性を有する。したがって、本発明のエラストマーを含む組成物は、自己修復性材料として使用することができる。本発明の自己修復性材料用組成物は、その用途に応じて、本発明のエラストマーを10~99質量%含む。
【0044】
また本発明のエラストマーは、自己修復性に加え、強靭性を有する。したがって、本発明のエラストマーをゴム改良剤として使用することができる。本発明のゴム改良剤は、その用途に応じて、本発明のエラストマーを10~99質量%含む。
【0045】
本発明の自己修復性材料用組成物またはゴム改良剤は、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、その目的に応じて、公知の添加剤、例えば、無機充填剤、強化材、着色剤、安定剤、増量剤、溶剤、粘度調節剤、粘着付与剤、難燃剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、変色防止剤、抗菌剤、防黴剤、老化防止剤、帯電防止剤、可塑剤、滑剤、平滑化剤、発泡剤、離型剤等を含有していてもよい。
【実施例
【0046】
<参考例1>
(Z)-9-オキサビシクロ[6.1.0]ノナ-4-エンの合成
m-クロロ化安息香酸(mCPBA)(<70%、50.0g、202.8mmol)のクロロホルム(400mL)溶液を、1,5-シクロオクタジエン(16.2g、150.1mmol)に0℃で徐々に加えた。混合物を室温で12時間撹拌した。混合物を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で希釈し、次いで過剰の亜硫酸ナトリウムを加えた。溶液をクロロホルムで抽出し、ブラインで洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させ、蒸発させた。得られた残渣をカラムクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル/ヘキサン=1/15)で精製し、目的化合物を14.9g(収率:80%)得た。
【0047】
<参考例2>
(Z)-シクロオクタ-5-エン-1,2-ジオールの合成
参考例1で得られた(Z)-9-オキサビシクロ[6.1.0]ノナ-4-エン(4g、32.2mmol)を水(200mL)に溶解させ、そこに2-3滴の濃硫酸を加えた。混合物を室温で一晩攪拌した。溶液をクロロホルムで抽出し、有機層を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液で処理した。次いで、有機層をブラインで洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムで乾燥させ、蒸発させた。得られた残渣をカラムクロマトグラフィー(溶離液:酢酸エチル/ヘキサン=1/1)で精製し、目的化合物を2.74g(収率:60%)得た。
【0048】
<実施例1>
ポリマー1の重合
シュレンクフラスコに(Z)-シクロオクタ-5-エン-1,2-ジオール(0.233g、1.64mmol)、1,5-シクロオクタジエン(0.71g、6.44mmol)および無水ジクロロメタン(5mL)を加えた。別のシュレンクフラスコにグラブス第二世代触媒(2.37mg)および無水テトラヒドロフラン(5mL)を加えた。2つの溶液を凍結脱気サイクルにより脱気し、カニューレを介して触媒溶液をモノマー溶液に移した。混合物を室温で24時間撹拌した。反応混合物をエチルビニルエーテルでクエンチした。メタノール含有2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール(BHT)から反応混合物を沈殿させた。沈殿物を回収し、減圧乾燥してゴム状物質を0.57g(収率:60%)得た。得られたポリマー1(式(I)において、x:y=1:9)のH-NMRスペクトルを図1に示す。
【0049】
<実施例2>
ポリマー2の重合
(Z)-シクロオクタ-5-エン-1,2-ジオールを0.495g(3.49mmol)、1,5-シクロオクタジエンを0.880g(8.13mmol)使用した以外は、実施例1と同様にしてポリマー2(式(I)において、x:y=1.5:8.5)0.82g(収率:60%)を得た。
【0050】
<実施例3>
ポリマー3の重合
(Z)-シクロオクタ-5-エン-1,2-ジオールを0.289g(2.03mmol)、1,5-シクロオクタジエンを0.88g(8.13mmol)使用した以外は、実施例1と同様にしてポリマー3(式(I)において、x:y=2:8)0.70g(収率:60%)を得た。
【0051】
<試験例1>
引張試験
引張試験は、精密万能試験機((株)島津製作所製、AGS-X 100N)で実施した。試験片として、実施例1~3で得られたポリマー1~3をそれぞれ成形したダンベル型のフィルムを用いた。ダンベル型試験片の平行部の寸法は、8.4×1.4×0.3mm(長さ×幅×厚さ)であった。50mm/分の引張速度を採用した。各測定を少なくとも3回繰り返した。全ての試験は室温下で行った。結果を図2に示す。図2より各ポリマーはビシナルジオール単位の割合が高まるにつれ、強靭化されていることが判る。
【0052】
<試験例2>
サイクル試験
サイクル試験は、精密万能試験機((株)島津製作所製、AGS-X 100N)で実施した。試験片として、実施例3で得られたポリマー3を成形したダンベル型のフィルムを用いた。ダンベル型試験片の平行部の寸法は、8.4×1.4×0.3mm(長さ×幅×厚さ)であった。各試験片は各サイクルで600%の伸びまで荷重され、次いで当初の長さまで負荷軽減された。50mm/分の荷重-負荷軽減速度を採用した。自己修復試験の間、0秒と1時間の遅延時間で荷重-負荷軽減サイクルを繰り返した。全ての試験は室温下で行った。結果を図3に示す。図3より荷重-負荷軽減サイクルを繰り返しても、ポリマーの強靭性がほぼ維持されていることが判る。
【0053】
<試験例3>
自己修復試験
自己修復試験では、試験片として、実施例3で得られたポリマー3を成形したダンベル型のフィルムを用いた。ダンベル型試験片の平行部の寸法は、8.4×1.4×0.3mm(長さ×幅×厚さ)であった。まず各試験片をナイフで二つに切断し、有意な圧力を加えずに直ちに再接続させた。再接続させた試験片をデシケーター内に静置した。所与の期間(3日)後、試験片を取出し、引張試験に付した。各測定を少なくとも3回繰り返した。全ての試験は室温下で行った。結果を図4に示す。図4より再接続させた試験片(3d hearing)が、自己修復試験に付していない試験片(virgin)と比べて破断点は低下するものの、同様の引っ張り強さを示すことが判る。
【0054】
<試験例4>
リサイクル試験
リサイクル試験では、試験片として、実施例3で得られたポリマー3を成形したダンベル型のフィルムを用いた。ダンベル型試験片の平行部の寸法は、8.4×1.4×0.3mm(長さ×幅×厚さ)であった。試験片を小片に切断し、次いで80℃の固定温度で20分間、10MPaで加圧した。リサイクルした試験片を引張試験に付した。結果を図5に示す。図5よりリサイクルした試験片(Recycled)が、リサイクル試験に付していない試験片(virgin)と同様の引っ張り強さを示すことが判る。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明のエラストマーは、加硫などの化学架橋をしなくともエラストマー特性(伸長/収縮性)を奏し、強靭性を有するため、再成形性、リサイクル性を有するゴムまたはゴム改良剤として利用できる。また本発明のエラストマーは、動的架橋に由来する自己修復性を有し、例えば、切断面を接触させて室温で放置するだけで再接合し、機械特性を回復するという優れた特性を有するため、自己修復材料用組成物に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5