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特許7194931角層ホールを指標とする肌状態の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-15
(45)【発行日】2022-12-23
(54)【発明の名称】角層ホールを指標とする肌状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/483 20060101AFI20221216BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20221216BHJP
【FI】
G01N33/483 C
G01N33/50 Q
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018159559
(22)【出願日】2018-08-28
(65)【公開番号】P2020034346
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-08-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100196977
【弁理士】
【氏名又は名称】上原 路子
(72)【発明者】
【氏名】大江 麻里子
(72)【発明者】
【氏名】小関 泰之
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/043636(WO,A1)
【文献】特開2008-237350(JP,A)
【文献】特開2010-048612(JP,A)
【文献】特開昭63-113358(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0103891(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/483
G01N 33/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における肌状態の評価方法であって,
対象の角層における角層ホールの存在を測定し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する,前記方法
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【請求項2】
対象における肌状態の評価方法であって,
対象の角層における角層ホールの存在率を指標として該対象の肌状態を評価する,前記方法
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す
【請求項3】
前記角層ホールの存在率は,全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合である,請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記対象の角層の画像を非線形光学法又は線形光学法により取得することを更に含み,
前記角層ホールの存在又は存在率は,取得された画像において測定される,請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
1又は複数のコンピュータにより実行される肌状態の評価方法であって,
非線形光学法又は線形光学法により取得された対象の角層の画像における角層ホールに関するデータを取得する手順;
取得したデータを参照し,前記対象の角層に角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する手順;及び,
評価された結果を表示する手順;を有する,前記方法
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【請求項6】
1又は複数のコンピュータにより実行される肌状態の評価方法であって,
あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを取得する手順;
非線形光学法又は線形光学法により取得された対象の角層の画像における角層ホールに関するデータを取得する手順;
取得したデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する手順;
算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する手順;及び,
評価された結果を表示する手順;を有する,前記方法
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【請求項7】
肌状態改善効果についての候補化粧料又は美容処置のスクリーニング方法であって,
皮膚に対する候補化粧料又は美容処置の適用前及び後に非線形光学法又は線形光学法により取得された対象の角層の画像における角層ホールの存在率を測定すること;
前記測定した角層ホールの存在率を適用前後で比較すること;
前記適用後の角層ホールの存在率が適用前のものよりも低い場合に,前記候補化粧料又は美容処置は肌状態改善効果があると判断すること;
を含む,前記方法
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【請求項8】
対象の美容行為を支援する美容カウンセリング方法であって,
請求項1~6のいずれか1項に記載の方法により評価された結果を対象に提示することを含む,前記方法。
【請求項9】
請求項7に記載のスクリーニング方法により肌状態改善効果があると判断された美容処置又は化粧料を,前記対象に提案することを更に含む,請求項8に記載の方法。
【請求項10】
肌状態を評価するシステムであって,
対象の角層の画像を非線形光学法又は線形光学法により取得する画像取得部;
取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得されたデータを参照し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【請求項11】
肌状態を評価するシステムであって,
あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;
対象の角層の画像を非線形光学法又は線形光学法により取得する画像取得部;
取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得されたデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する算出部;
算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム
ここで,角層ホールは,非線形光学法又は線形光学法により取得された画像において観察される角層細胞において,脂質及びタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を指す。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,肌状態を評価する方法に関する。具体的には,角層ホールの存在及び/又はその存在率を指標として肌状態を評価する方法及びシステム,肌状態改善効果についての候補化粧料又は美容処置のスクリーニング方法,並びに美容カウンセリング方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
角層は,皮膚のもっとも外側にあり外界からの異物の侵入を防ぐバリア機能や体内からの水分の蒸散を抑制する保湿機能を有する。しかし,角層のバリア機能や保湿機能が低下すると,肌荒れ,乾燥肌などのさまざまなトラブルを引き起こす。そこで,角層の状態を把握する試みが種々検討されている。
【0003】
特許文献1には,テープに皮膚角質細胞を貼着し,着色板に貼付け,テープを着色板から剥離させて角質細胞を着色板に固定し,得られた角質細胞標本を用いて角質細胞を顕微鏡観察する皮膚角質細胞のダメージ度の測定法が開示されている。特許文献2には,角層シートに対して染料の水溶液を接触させる工程,上記染料を洗浄する工程,角層シートにおける上記染料の染色強度を測定する工程を含む,角層状態の評価方法が開示されている。特許文献3には,角層細胞間脂質におけるオルソロンビック構造の存在比率を指標とする敏感肌の評価方法が開示されている。角層内構造における新たな指標を用いて肌状態を評価できる客観的な方法があることが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3262443号公報
【文献】特許第6243123号公報
【文献】特開2017-161328号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】高橋元次,化粧品講座(第II講)基礎化粧品と皮膚(I),色材協会誌,62(7), 430-438(1989)
【文献】橿淵暢夫ら,角層細胞による肌評価法の開発,粧技誌,23(1),55-57,1989
【文献】広瀬ら,人の顔面皮膚における不全角化細胞の発生頻度と部位差,粧技誌,23(1),5-8,1989
【文献】Egawa et. al., In situ visualization of intracellular morphology of epidermal cells using stimulated Raman scattering microscopy, Journal of Biomedical Optics, August 2016, 21(8): 86017. doi: 10.1117/1.JBO.21.8.086017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように,角層内構造における新たな指標による肌状態の評価方法が望まれる。さらに,肌状態の悪化を予防/改善するための化粧料や美容処置を探索する際や美容カウンセリングを行う際にも,このように肌状態を評価できる新たな指標があることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らの鋭意研究の結果により,核小体が消失しているもののケラチンにより充填されておらず核膜部分が円状に残っている空洞状の角層ホールの存在が肌状態に関連することが新たに発見された。すなわち,対象に角層ホールが存在する場合又はその存在率が高い場合に,肌の状態が悪いことがわかった。
【0008】
本願は以下の発明を提供する。
(1)対象における肌状態の評価方法であって,
対象の角層における角層ホールの存在を測定し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する,前記方法。
(2)
対象における肌状態の評価方法であって,
対象の角層における角層ホールの存在率を指標として該対象の肌状態を評価する,前記方法。
(3)
前記角層ホールの存在率は,全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合である,(2)に記載の方法。
(4)
前記対象の角層の画像を取得することを更に含み,
前記角層ホールの存在又は存在率は,取得された画像において測定される,(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5)
1又は複数のコンピュータにより実行される肌状態の評価方法であって,
対象の角層の画像における角層ホールに関するデータを取得する手順;
取得したデータを参照し,前記対象の角層に角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する手順;及び,
評価された結果を表示する手順;を有する,前記方法。
(6)
1又は複数のコンピュータにより実行される肌状態の評価方法であって,
あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを取得する手順;
対象の角層の画像における角層ホールに関するデータを取得する手順;
取得したデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する手順;
算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する手順;及び,
評価された結果を表示する手順;を有する,前記方法。
(7)
肌状態改善効果についての候補化粧料又は美容処置のスクリーニング方法であって,
皮膚に対する候補化粧料又は美容処置の適用前及び後に得られた対象の角層の画像における角層ホールの存在率を測定すること;
前記測定した角層ホールの存在率を適用前後で比較すること;
前記適用後の角層ホールの存在率が適用前のものよりも低い場合に,前記候補化粧料又は美容処置は肌状態改善効果があると判断すること;
を含む,前記方法。
(8)
対象の美容行為を支援する美容カウンセリング方法であって,
(1)~(6)のいずれか1項に記載の方法により評価された結果を対象に提示することを含む,前記方法。
(9)
(7)に記載のスクリーニング方法により肌状態改善効果があると判断された美容処置又は化粧料を,前記対象に提案することを更に含む,(8)に記載の方法。
(10)
肌状態を評価するシステムであって,
対象の角層の画像を取得する画像取得部;
取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得されたデータを参照し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム。
(11)
肌状態を評価するシステムであって,
あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;
対象の角層の画像を取得する画像取得部;
取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得するデータ取得部;
データ取得部により取得されたデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する算出部;
算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,
前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有する,前記システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明により,角層ホールの存在又は存在率を指標として肌状態を客観的に評価することが可能になる。さらに,肌状態の評価が可能になることにより,候補化粧料又は美容処置の適用前後における角層ホールの存在又は存在率を評価することで,肌状態改善効果を確認することが可能になる。適切な美容カウンセリングをすることも可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は,各対象の皮膚組織の角層における代表的な2930 cm-1の波数の画像及び2850 cm-1の波数の画像を示す。矢印は,代表的な角層ホールを示す。
図2図2は,各対象の皮膚組織の角層における角層ホール数を示す。
図3図3は,各対象の皮膚組織の角層における角層ホールの存在率を示す。
図4図4は,各対象の皮膚組織の角層における2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比を示す。
図5図5は,各対象の皮膚組織の角層における角層ホールの存在率とふっくらさを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下,本発明の実施の形態について詳述する。本発明は,以下の実施の形態に限定されるものではなく,発明の本旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0012】
本発明は,角層ホールが肌の状態と関連するという新たな発見に基づく。
【0013】
正常な角層細胞では,ターンオーバーの過程で核が消失し消失後にケラチンが充填される脱核が起こるため核を有さない。しかし,ターンオーバーに乱れが生じ不全角化がおこると,未熟な細胞が角層に達してしまい角層には核を有した状態の有核細胞がみられるようになるため,有核細胞の存在は不全角化の指標として知られている(非特許文献1~3)。
【0014】
しかしながら,従来技術では,角層ホールと肌状態とが密接に関連することについて知られていなかった。例えば,テープではがした皮膚の角層細胞を染色する方法において,角質細胞内にゴーストと呼ばれるものが見られたという報告がある(非特許文献1)。また,Scrub techniqueにより皮膚表面より角質細胞を採取した後に染色する方法においてもNuclear Ghostの存在を認めている(非特許文献2)。しかし,これらの方法では,核のゴーストと肌状態の関係は不明であった。さらには,非特許文献2では,Nuclear Ghostと肌評価項目との関連は認められなかったという実験結果も報告されている。また,このような方法では,角層表面を採取し,固定・標識・染色といった処理を施すため,その過程で物理的・化学的な変化が生じてしまう可能性もあり,核のゴーストが角層ホールと対応するのか否かも不明である。
【0015】
本願発明者らは,生の状態のまま表皮の真の構造を計測できる非侵襲的な技術を開発し(非特許文献4),固定/標識/染色などの処理を施していない表皮における細胞内小器官,核,角層内構造等を精査に観察することを可能にした。その結果,肌荒れなど肌状態が悪いときの角層内構造について新たな知見を得た。
【0016】
驚くべきことに,肌状態が悪い対象では,角層細胞において核小体が消失しているもののケラチンにより充填されておらず核膜部分が円状に残っている空洞(角層ホール)が見られ,この角層ホールが肌の状態と関連することが初めて発見された。つまり,角層ホールが肌状態の評価指標として使用できることが初めて発見された。
【0017】
皮膚は外側から表皮,真皮,皮下組織に分けられ,表皮は更に細胞の分化の程度により角質層,顆粒層,有棘層,基底層に分けられる(非特許文献1)。本明細書において,「角層」は角質層のこと指し,「角層細胞」は角層に存在する細胞を指す。「角層細胞」は,「角質細胞」と称されることもある。通常,角層細胞は角層に何層にも幾重に重なっており,角層細胞の重なりの程度や角層の厚みは体の各部位により異なる。ある実施形態では,角層を深度により三等分し,最も外側の部分を「角層上層」,中間部を「角層中層」,顆粒層に隣り合う部分を「角層下層」と称することがある。
【0018】
本明細書において,「全角層細胞数」とは,角層ホールの存在率を求める際の総数として使用される全ての角層細胞の数を指す。つまり,測定対象において角層ホールを有する細胞と有さない細胞を含めた細胞の総数を指す。例えば,対象の角層上層の画像において観察される角層細胞の総数であってもよい。
【0019】
角層ホールの存在率は以下の式により求められる。
【数1】
【0020】
本明細書において,「角層ホールが存在する場合」とは,観察した角層細胞において角層ホールが全く見られない場合のみならず,観察した角層細胞において見られる角層ホールの数が非常に少ない場合を含んでもよい。例えば,角層ホールの存在率が0.5未満,0.4未満,0.3未満,0.2未満,又は0.1未満の場合を指すものであってもよい。
【0021】
本明細書において,角層ホールとは,角層細胞において核小体が消失しているもののケラチンにより充填されておらず核膜部分の円状に残っている空洞を指す。例えば,角層ホールは,角層についてそれぞれ2850 cm-1及び2930 cm-1の波数の画像を取得した場合,2850 cm-1で表される脂質や2930 cm-1で表されるタンパクが存在しない直径約10μm~20μmの空洞を角層ホールとすることができる。しかし,角層ホールの測定は上記方法に限定されず,角層ホールを測定可能な任意の方法が採用できる。
【0022】
本明細書において,肌状態が悪いとは,乾燥肌,敏感肌,荒れ肌,ビニール肌,炎症,かゆみ,張り・弾力がない,ツヤがない,透明感がない,きめが粗い,赤み,くすみ,べたつきといった任意の好ましくない肌状態であってもよく,官能評価や視感評価により示されるものであってもよく,肌のバリア機能や水分保持機能の低下と関連することが知られているものであってもよい。代替的及び/又は追加的に,肌状態が悪いとは,角層状態と関連が高いことが知られているものであってもよいし,例えば,特許文献1~3に記載の方法のように,特定の指標により示されるものであってもよい。ある実施形態では,例えば,角層細胞の配列状態の乱れ,透明度の低下,脂質量の減少,水分量の減少,経皮水分蒸散量の増加,肌理(キメ)の乱れ,等であってもよい。また,実施例に記載のように視感評価による角層細胞のふっくらさを指標としてもよい。更に,細胞間脂質の多い角層は良好な状態にありバリア機能が保持されているということは広く知られている。よって,肌状態が悪いとは細胞間脂質の量が少ないことを指してもよい。また,2850cm-1の輝度値が脂質の量と対応するため,2850cm-1の数値が低いと細胞間脂質の量が少ないことを示すことが知られている(非特許文献4)。また,2930cm-1の輝度値がタンパクの量と対応していることも知られている(非特許文献4)。よって,例えば,角層について2850 cm-1の波数の画像を取得し,2850cm-1の輝度値を脂質の量として評価し,2850cm-1(脂質)の数値を用いて細胞間脂質の量が少ないほど肌状態が悪いとしてもよく,あるいは,角層についてそれぞれ2850 cm-1及び2930 cm-1の波数の画像を取得し,2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比を脂質/タンパクの比として評価し,2850cm-1(脂質)/2930cm-1(タンパク)の数値を用いて細胞間脂質/タンパクの値が少ないほど肌状態が悪いとしてもよい。本明細書において,肌状態改善効果とは,上述の1つ又は複数の指標による好ましくない肌状態を改善する効果をいう。
【0023】
ある実施形態では,本発明の方法は,対象の角層における角層ホールの存在を測定し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する。ある実施形態では,本発明の方法は,全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合である角層ホールの存在率を指標として,角層ホールの存在率が高いほど該対象の肌状態が悪いと評価する。角層ホールの存在率を指標とする評価は,基準値との比較,或いは対照の角層ホールの存在率との比較により行うことができる。
【0024】
角層ホールの存在を測定するための角層試料は,限定されないものの,生の状態のままの角層であってもよい。生の状態のままの角層とは,in situ又はin vivoの状態の角層を指すもの,及び/又は固定,標識,染色といった処理を何ら施されていない角層を指す。一例として,角層は,採取されたものではなく,生きている状態のヒトの皮膚におけるものである場合がある。しかしながら,角層ホールが観察可能であれば,角層が生の状態であるか否か,固定,標識,染色といった処理を施したか否かを問わず任意の試料が使用できる。
【0025】
ある実施形態では,本発明の方法は,対象の角層の画像を取得することを更に含み,前記角層ホールの存在又は存在率は,取得された画像において測定される。
【0026】
画像を得る方法は,角層ホールの存在又は存在率が測定できる方法であれば,任意の方法が採用できる。非線形光学法であっても線形光学法であってもよいが,ある実施形態では,角層ホールをより精査に測定するために非線形光学法が好ましい場合もある。ある実施形態では,非線形光学法は,非線形ラマン分光法,非線形多光子励起法,非線形共焦点法,及び非線形レーザー走査法からなる群より選択される1又は複数の方法であってもよい。非線形ラマン分光法としては,例えば,誘導ラマン散乱分光法又はコヒーレント反ストークスラマン散乱分光法などが挙げられる。画像取得方法は,2次元のみならず3次元の空間情報を取得できる方法が好ましい場合もある。従来の方法では,これらの角層の最表面を物理的に剥離したものを処理して用いていたが,角層表面からの深度を変えて画像を撮像できると,角層ホールのさらなる精密な検査が可能になるからである。
【0027】
また,本願にかかる方法は,美容目的であり,医師や医療従事者が行う医療行為は除かれることがある。
【0028】
ある実施形態では,例えば,本発明は,誘導ラマン散乱分光法又はコヒーレント反ストークスラマン散乱分光法などの非線形ラマン分光法により取得された対象の角層,好ましくは角層上層の画像における角層ホールの存在率を指標とし,角層ホールの存在率が高いほど対象の肌状態が悪いと評価することを含む美容目的の肌状態の評価方法であってもよい。
【0029】
本発明の別の態様では,本発明は,肌状態の評価方法を応用した,肌状態改善効果についての候補化粧料又は美容処置のスクリーニング方法にも関する。この方法は,具体的には,皮膚に対する候補化粧料又は美容処置の適用前及び後に得られた対象の角層,好ましくは角層上層の画像における角層ホールの存在率を測定すること;前記測定した角層ホールの存在率を適用前後で比較すること;前記適用後の角層ホールの存在率が適用前のものよりも低い場合に,前記候補化粧料又は美容処置は肌状態改善効果があると判断することを含む。この評価方法により,化粧料又は美容処置が肌状態改善効果を有するか否かについてのスクリーニングが可能となり,製品開発や新たな肌ケアの提案が可能になる。
【0030】
本明細書において化粧料とは,皮膚に適用される化粧料をいい,例えば化粧水,乳液,美容液,クリーム,ファンデーションなどをいうが,これらに限定されず,肌状態の改善を直接の目的とするものではないが,皮膚に塗布されるもの全てを含むことを意図し,例えば,日焼け止め剤,虫除け剤,脱毛剤,育毛剤,シェービングローション,アフターシェービングローションなども包含するものとする。化粧料に含まれる成分には,基剤として水,エタノール,グリセリン,ポリエチレングリコールなどのアルコール類が含まれ,保湿剤としてグリシン,ベタイン,ピロリドンカルボン酸Naなどのアミノ酸類,フルクトース,マルチトール,マンニトール,トレハロースなどの糖類,さらに有効成分としてヒアルロン酸,コラーゲン,セラミドなど,そして賦形剤としてクエン酸ナトリウム,クエン酸,乳酸ナトリウム,防腐剤として安息香酸塩,ソルビン酸などが含まれてもよいが,これらに限定されるものではない。
【0031】
本明細書において候補化粧料とは,肌状態改善効果について調査が行われる化粧料のことをいい,製品として販売されている化粧料の他,開発段階の化粧料も含み,さらに化粧料の開発において化粧料用に選択された溶液であってもよい。例えば,化粧料に用いるある物質の肌状態改善効果を調べるため,当該物質のみを含む水溶液であってもよく,あるいは,糖類,多価アルコール,アミノ酸類,有機酸,保湿剤,増粘剤,若しくは緩衝剤として含まれる成分,又は有効成分などの任意の物質を含む水溶液が用いられてもよいし,溶媒として水以外を含む溶液や水性溶媒,油性溶媒といった各種溶媒が使用されてもよい。
【0032】
美容処置としては,特に限定されないが,例えば化粧料の塗布,マッサージの適用,スチームの適用などの美容に有効と考えられている任意の処置が含まれる。美容処置は,一回の処置であってもよいし,数日から数週間にわたって行われる継続的な処置であってもよい。美容処置は個人的に行われてもよいし,美容室や,化粧品の販売店,エステサロンなどで行われてもよい。
【0033】
本発明の更に別の態様では,本発明は,肌状態を評価するシステムに関する。本発明のシステムは,対象の角層,好ましくは角層上層の画像を取得する画像取得部;取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得するデータ取得部;データ取得部により取得されたデータを参照し,角層ホールが存在する場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有するものであってもよく,あるいは,あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部を更に有し,上記評価部の代わりに,データ取得部により取得されたデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する算出部;及び算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部を有するものであってもよい。
【0034】
上記画像取得部は,ラマン顕微鏡,多光子顕微鏡,共焦点顕微鏡,レーザー走査顕微鏡,及び光干渉断層撮影機からなる群より選択される1又は複数の装置であってもよい。ラマン顕微鏡としては,誘導ラマン散乱顕微鏡又はコヒーレント反ストークスラマン散乱顕微鏡等の非線形ラマン顕微鏡が挙げられる。
【0035】
例えば,本発明の肌状態を評価するシステムは,あらかじめ設定した角層ホールの存在率の基準値に関するデータを記憶するデータベース部;対象の角層,好ましくは角層上層の画像を取得する画像取得部;取得された画像から対象の角層ホールに関するデータを取得する誘導ラマン散乱顕微鏡又はコヒーレント反ストークスラマン散乱顕微鏡等の非線形ラマン顕微鏡を含むデータ取得部;データ取得部により取得されたデータを参照し,前記対象の全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を角層ホールの存在率として算出する算出部;算出した角層ホールの存在率が前記基準値より高い場合該対象の肌状態は悪いと評価する評価部;及び,前記評価部により評価した結果を表示する表示部を有するものであってもよい。
【0036】
また,本発明は,本発明の肌状態の評価方法及び又はシステムにより評価された結果を対象に提示することを含む,対象の美容行為を支援する美容カウンセリング方法を提供する。この美容カウンセリング方法は,本発明の候補化粧料又は美容処置の評価方法により肌状態改善効果があると判断された美容処置又は化粧料を対象に提案することを更に含んでもよく,例えば,本発明の美容カウンセリング方法における提案は,本発明の肌状態の評価方法及び又はシステムにより肌状態が悪いと評価された対象に対し肌状態の改善を目的とするものであってもよく,肌状態が悪いと評価されなかった対象に対し肌状態悪化の予防を目的とするものであってもよい。
【0037】
以下,具体例を挙げて,本発明を更に具体的に説明するが,本発明は下記の実施例により限定されるものではない。
【実施例
【0038】
測定装置:
測定には,非特許文献4に記載の誘導ラマン散乱(SRS)顕微鏡を使用した。レーザー光源として,Ti:sapphireレーザー(790 nm,76 MHz,ポンプ光)及び波長可変Yb fiberレーザー(1014~1046 nm,38 MHz,ストークス光)を用いた。レーザースキャナー挿入時のレーザー強度は,それぞれ120 mWとした。CH伸縮振動領域(2800~3100 cm-1)のSRS画像は,80×80 μm(500×500 pixels),水平方向解像度1 μm,30 frames/sで取得した。
【0039】
皮膚組織の測定:
下記の表1に示すように,様々な年齢(30代~70代)の健康な対象9名の腹部又は瞼の皮膚を非特許文献4に記載の方法に従い,化学的処理を行わないそのままの状態で上記SRS顕微鏡により測定した。得られたデータの3次元画像構築には,脂質由来の2850 cm-1,タンパク由来の2930 cm-1の官能基特有の輝度による深さ方向0.5 μm~1 μm毎に取得した水平断面画像を用いた。
【表1】
【0040】
角層ホールの測定:
各対象の皮膚組織の角層上層における角層細胞についてそれぞれ2850 cm-1及び2930 cm-1の波数の画像を取得した。それぞれ2850 cm-1及び2930 cm-1の波数の画像の中で,脂質やタンパクの直径約10μm~20μmの空洞を角層ホールとしてその存在を確認し数をカウントし,各サンプルについて3回測定を行いその平均値を算出した。また,得られた画像における全角層細胞数をカウントし,全角層細胞数に対する角層ホールを有する細胞数の割合を上述の式に従い算出し,角層ホールの存在率とした。
【0041】
肌状態の測定:
1)2850cm-1/2930cm-1の輝度値による評価
上述のように,細胞間脂質の多い角層は良好な状態にありバリア機能が保持されているということは広く知られているため,上記方法にて取得した各対象の角層の2850 cm-1及び2930 cm-1の波数の画像における2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比を脂質/タンパクの比として肌状態の評価に使用した。つまり,2850cm-1/2930cm-1の値が少ない程,細胞間脂質の量が少なく肌状態が悪いとした。
2)ふっくらさによる評価
専門パネル3名が角層ホールの測定に使用した皮膚組織を目視にて観察し,ふっくらさを以下の評価基準に従い3段階評価した。
ふっくらさ=3:良い,2:普通,1:悪い
【0042】
結果:
図1は,各対象の皮膚組織の表皮の角層上層における2930 cm-1の波数の画像及び2850 cm-1の波数の画像を示す。図1に示すように,対象F,Gには角層ホールが多く見られたが,対象A,E,H,Iには角層ホールが見られなかった。
【0043】
図2は,各対象の角層上層の画像における角層ホール数を示す。図3は,図2と同じ画像における対象A~Fの角層ホールの存在率を示す。図2,3により対象C,D,F,Gのみに角層ホールが見られ,とくに対象FとGでは角層ホール数とその存在率が高いことがわかる。一方,対象A,B,E,H,Iでは角層ホールが見られなかった。また,対象C,Dの角層ホールの数は非常に少なく,存在率は0.1にも満たなかった。
【0044】
図4は,対象A~Fの2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比を示す。図4に示すように,対象A~Eでは2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比が比較的高く,ひいては細胞間脂質の量が多く肌状態が良いことが示唆されるが,対象Fでは数値が低く肌状態が悪いことが示唆される。
【0045】
図3図4を比較すると,角層ホールの数が多く角層ホールの存在率が高い対象の2850cm-1/2930cm-1の輝度値の比が低いことが分かる。また,図5より,角層ホール数が多い及び/又は角層ホールの存在率が高い対象はふっくらさの値が低いが,角層ホールが存在しない及び/又は角層ホールの存在率が低い対象はふっくら差の値が高いという関連性も認められた。したがって,角層ホールが存在する場合や角層ホールの存在率が高い対象の肌状態は悪いことが示唆される。特に,対象EとFは年齢が近いにもかかわらず,その角層ホールの数と肌状態が対照的であることは注目に値する。
【0046】
正常な角層細胞の分化の過程において核が消失し消失後にケラチンが充填される脱核のメカニズムはあまり良くわかっていない。しかし,角層ホールは,角層細胞の分化の過程で核の消失とタンパクの充填ステップに何らかの問題が生じている,ひいては,肌細胞の分化やターンオーバーが正常に行われていないことを示唆している可能性が考えられる。また,角層ホールは,角層のバリア機能や保湿機能が損なわれていることを示唆していることも考えられる。
【0047】
以上の実験結果から,角層ホールが存在する場合に肌状態が悪く,そしてその存在率が高い場合より肌状態が悪いことがわかった。よって,角層ホールの存在及び/又は存在率を指標とすることで,簡便かつ客観的に肌状態を評価できる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明により,角層ホールの存在及び/又は存在率を指標とすることで,肌状態を簡易かつ客観的に評価することが可能になり,このような方法/システムに基づいて肌状態の悪化を予防及び/又は改善するための化粧品や美容処置のスクリーニング,並びに美容カウンセリングが可能になる。
図1
図2
図3
図4
図5