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特許7194960脂肪族アルコール合成細菌及び脂肪族アルコールの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-15
(45)【発行日】2022-12-23
(54)【発明の名称】脂肪族アルコール合成細菌及び脂肪族アルコールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20221216BHJP
   C12N 1/20 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 15/55 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20221216BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20221216BHJP
   C12P 7/04 20060101ALI20221216BHJP
【FI】
C12N15/53
C12N1/20 A ZNA
C12N15/63 Z
C12N15/55
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P7/04
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018083292
(22)【出願日】2018-04-24
(65)【公開番号】P2019187284
(43)【公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-01-29
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02620
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】寺本 真紀
(72)【発明者】
【氏名】小松 あゆみ
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0099686(US,A1)
【文献】Pinhassi J. et al.,Reinekea blandensis sp. nov., a marine, genome-sequenced gammaproteobacterium,Int J Syst Evol Microbiol,57,2007年,p.2370-2375
【文献】Liu A, et al.,Fatty alcohol production in engineered E. coli expressing Marinobacter fatty acyl-CoA reductases,Appl Microbiol Biotechnol,97(15),2013年,p.7061-71
【文献】Zheng YN, et al.,Optimization of fatty alcohol biosynthesis pathway for selectively enhanced production of C12/14 and C16/18 fatty alcohols inengineered Escherichia coli,Microb Cell Fact 11,65,2012年
【文献】Liu R, et al.,Metabolic engineering of fatty acyl-ACP reductase-dependent pathway to improve fatty alcohol production in Escherichia coli,Metab Eng,2013年
【文献】Liu Y, et al.,High production of fatty alcohols in Escherichia coli with fatty acid starvation,Microb Cell Fact,15(1):129,2016年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/53
C12N 1/20
C12N 15/63
C12N 15/55
C12N 1/15
C12N 1/19
C12N 1/21
C12N 5/10
C12P 7/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)。
【請求項2】
下記(A1)~(A6)からなる群より選択されるポリヌクレオチド。
(A1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A4)配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(A5)配列番号1に記載の塩基配列において1又は数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A6)配列番号1に記載の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
【請求項3】
下記(B1)~(B6)からなる群より選択されるポリヌクレオチド。
(B1)配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(B2)配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つ配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド(phsA)とともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B3)配列番号4に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B4)配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(B5)配列番号3に記載の塩基配列において1又は数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B6)配列番号3に記載の塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
【請求項4】
請求項2に記載のポリヌクレオチド及び請求項3に記載のポリヌクレオチドのいずれか又は両方を含む、ベクター。
【請求項5】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを含む、細胞。
【請求項6】
さらに、請求項3に記載のポリヌクレオチドを含む、請求項5に記載の細胞。
【請求項7】
脂肪族アルコール生産能を有し、Reinekea sp. 1-4株と同じ16SrRNA遺伝子配列を有する、Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)の変異株。
【請求項8】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを含む、請求項7に記載の変異株。
【請求項9】
請求項3に記載のポリヌクレオチドを含む、請求項7に記載の変異株。
【請求項10】
(a)Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)又は請求項7~9のいずれか一項に記載の変異株を培養する工程、及び
(b)前記工程(a)により得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、
を含む、脂肪族アルコールの製造方法。
【請求項11】
(a’)請求項5又は6に記載の細胞を培養する工程、及び
(b’)前記工程(a’)により得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、
を含む、脂肪族アルコールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪族アルコール合成細菌及び脂肪族アルコールの製造方法に関する。具体的には、Reinekea属に属する新規微生物、及び前記微生物が有する新規ポリヌクレオチド、並びに前記微生物又は前記ポリヌクレオチドを利用した脂肪族アルコールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂肪族アルコールは、化粧品、医薬品、食品などの添加剤、洗剤の原材料、燃料等の様々な製品に用いられている。脂肪族アルコールは、主に石油を原料として製造されている。
【0003】
一方、近年、大腸菌等に、脂肪族アルコール合成に関与する遺伝子群を導入し、脂肪族アルコールを生産させる試みが報告されている。
例えば、非特許文献1には、チオエステラーゼ(‘tesA)、アシル-CoA合成酵素(fadD)及びAcinetobactor calcoaceticus由来の脂肪酸アシル-CoAレダクターゼ(acr1)を過剰発現させ、アシル-CoA脱水素酵素(fadE)を欠失させることにより、大腸菌で脂肪族アルコールを高生産させる試みが報告されている。
また、非特許文献2には、Oryza sativa(rice)由来のα-ジオキシゲナーゼ遺伝子(脂肪酸から炭素数が1つ少ない脂肪族アルデヒドを生産させる)を大腸菌に導入し、チオエステラーゼ(tesA’)及びアルデヒドレダクターゼを過剰発現させることにより、奇数鎖脂肪族アルコールを高生産させる試みが記載されている。
また、非特許文献3にも、非特許文献1と同様の試みであるが、チオエステラーゼ(tesA’)及びアシル-CoA合成酵素(fadD)を過剰発現させ、アシル-CoA脱水素酵素(fadE)を欠失させた大腸菌に、Marinobactor aquaeolei由来の脂肪酸アシル-CoAレダクターゼ遺伝子(Maqu_2220遺伝子)を導入することにより、脂肪族アルコールを高生産させる試みが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Steen EJ, et al., 2010. Microbial production of fatty-acid-derived fuels and chemicals from plant biomass. Nature. 463: 559-562.
【文献】Cao YX, et al., 2015. Biosynthesis of odd-chain fatty alcohols in Escherichia coli. Metab Eng. 29: 113-123.
【文献】Liu A, et al., 2013. Fatty alcohol production in engineered E. coli expressing Marinobacter fatty acyl-CoA reductases. Appl Microbiol Biotechnol. 97: 7061-7071.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
微生物による脂肪族アルコールの生産性は、脂肪族アルコールの細胞内蓄積量により制限されると考えられる。しかしながら、非特許文献1~3に記載の形質転換体において、脂肪族アルコールの細胞内含有量は、それほど高いとはいえない。
例えば、非特許文献1及び2に記載の脂肪族アルコール生成量から算出される乾燥細胞重量あたりの脂肪族アルコール含有量は、最大でも10%程度である。また、非特許文献3に記載の脂肪族アルコール生成量から算出される乾燥細胞重量あたりの脂肪族アルコール含有量は、最大でも17%程度である。
【0006】
そのため、生物学的な方法による脂肪族アルコールの製造を実用化するためには、脂肪族アルコールの生産能がより高い酵素及び細胞が求められる。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みて為されたものであり、生物学的な方法により脂肪族アルコールを製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の態様を含む。
〔1〕Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)又はその変異株。
〔2〕下記(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド。
(A1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A4)配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(A5)配列番号1に記載の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A6)配列番号1に記載の塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A7)配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
〔3〕下記(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド。
(B1)配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(B2)配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つ配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド(phsA)とともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B3)配列番号4に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B4)配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(B5)配列番号3に記載の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B6)配列番号3に記載の塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B7)配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
〔4〕〔2〕に記載のポリヌクレオチド及び〔3〕に記載のポリヌクレオチドのいずれか又は両方を含む、ベクター。
〔5〕〔2〕に記載のポリヌクレオチドを含む、細胞。
〔6〕さらに、〔3〕に記載のポリヌクレオチドを含む、請求項5に記載の細胞。
〔7〕(a)Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)又はその変異株を培養する工程、及び(b)前記工程(a)で得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、を含む、脂肪族アルコールの製造方法。
〔8〕(a’)〔5〕又は〔6〕に記載の細胞を培養する工程、及び(b’)前記工程(a’)で得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、を含む、脂肪族アルコールの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、生物学的な方法により脂肪族アルコールを製造する技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】脂肪酸生合成経路及び1-4株のphsABクラスターにコードされる遺伝子産物による推定される脂肪族アルコール合成反応を示す図である。
図2】dR培地で増殖させた1-4株が生産した脂肪族アルコールのGC-MSプロファイル(トータルイオンクロマトグラム)を示す(上)。ピーク1~3及び1’~3’は、以下の脂肪族アルコールである;1,C14:0;2,C16:0;3,C18:0;1’,C14:1;2’,C16:1;3’,C18:1。標品のプロファイルも示す(下)。
図3】ネガティブ染色された1-4株の透過型電子顕微鏡写真である。図3Aは切片の写真であり、図3Bは切片化していない菌体の写真である。
図4】Gammaproteobacteria綱の中での1-4株の位置を、16S rRNA 遺伝子配列(1254bp)に基づいて示した近隣結合法による系統樹である。1-4株に系統的に近い基準株を示した。1000回のリサンプリングに基づくブートストラップ値(>50%)を分岐点に示した。最尤法で系統樹を作製したときに、ブートストラップ値が60%を超えた分岐点を黒丸で示した。Alphaproteobacteria綱のAmylibacter marinus 2-3(GenBank accession no. AB917595)をアウトグループに用いた。左下の棒の長さは、一塩基に0.01の割合で置換があることを示す。
図5】実施例において、大腸菌の形質転換に用いたプラスミドが保持するDNA断片の構成を示す。灰色及び黒のボックスは、ORFのサイズ及び向きを示す。ハッチングしたボックスは、マルチクローニングサイトを示す。
図6図5に示すプラスミドを導入した大腸菌DH5αが生産した脂肪族アルコールのGC-MSプロファイル(トータルイオンクロマトグラム)を示す。各グラフの右上に、導入したプラスミド(括弧内)と、このプラスミドに含まれる遺伝子を示した。ピーク1~3及び1’~3’は、以下の脂肪族アルコールである;1,C14:0;2,C16:0;3,C18:0;1’,C14:1;2’,C16:1;3’,C18:1
図7】大腸菌DH5αにおける、phsAによる脂肪族アルコール生産量に及ぼすphsBの影響を示す。pBS29SN(phsAB)又はpBS29SNX(phsA)を導入した大腸菌株を、IPTG及びアンピシリンを添加した30mLのM9培地で完全に増殖させた。pBS29SNを導入した大腸菌は5~7日間(OD660=0.418~0.535)増殖させ、pBS29SNXを導入した大腸菌は6~9日間(OD660=0.443~0.566)増殖させた。グラフ中の各値は、4回の独立した培養から得られた平均値±標準誤差を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[定義]
本明細書において、「脂肪族アルコール」とは、脂肪族炭化水素の1個の水素原子がヒドロキシ基に置換された化合物を意味する。脂肪族アルコールは、好ましくは、R-OH(Rは、直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はアルケニル基を表す。)で表される化合物である。前記式R-OHにおいて、Rは、炭素数14、16又は18の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基又はアルケニル基であることが好ましい。脂肪族アルコールの具体例としては、1-テトラデカノール、1-テトラデセノール、1-ヘキサデカノール、1-ヘキサデセノール、1-オクタデカノール、1-オクタデセノール等が挙げられる。
【0012】
本明細書において、「脂肪族アルコール合成活性」とは、脂肪族アルコールの合成反応を触媒する酵素活性をいう。例えば、脂肪族アルコール合成活性は、アシル-CoAを還元して、脂肪族アルコールを生成する反応を触媒する活性である(図1参照)。例えば、評価対象のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを大腸菌に導入し、当該ポリヌクレオチドを導入しなかった大腸菌と比較して、当該大腸菌における脂肪族アルコールの生成量が増加し、かつ脂肪族アルデヒドの生成量が増加しなかった場合には、当該ポリペプチドは脂肪族アルコール合成活性を有すると判断することができる。大腸菌は、アシル-ACP(acyl carrier protein)/脂肪酸/アシル-CoAを還元して、脂肪族アルデヒドやさらには脂肪族アルコールにまで変換する酵素は持たないが、脂肪族アルデヒドを還元して脂肪族アルコールに変換する酵素は持つ。例えば、脂肪族アルデヒドを合成するアシル-ACPレダクターゼを大腸菌で発現させた場合、脂肪族アルデヒドと脂肪族アルコールが両方蓄積されたことが報告されている(Schirmer et al., 2010, Science. 329, 559-562)。そのため、脂肪族アルコールの生成量の増加に加えて、脂肪族アルデヒドの生成量が増加しないことを確認することにより、より正確に対象ポリペプチドの脂肪族アルコール合成活性の有無を評価することができる。より具体的には、評価対象のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(対象ポリヌクレオチド)を、大腸菌で機能するプロモーターに機能的に連結して、発現ベクターを作製する。次いで、前記発現ベクターを大腸菌に導入し、前記大腸菌を定常期になるまで培養する。次いで、この培養物から脂肪族化合物を抽出する。前記抽出物中の脂肪族アルコール及び脂肪族アルデヒドを測定し、対象ポリヌクレオチドを導入しなかった大腸菌の抽出物と比較して、脂肪族アルコールが増加し、脂肪族アルデヒドが増加しなかった場合には、当該ポリペプチドは、脂肪族アルコール合成活性を有すると判断される。培養物からの脂肪族化合物の抽出は、菌体をn-ヘプタン等と混合することで行うことができる。抽出物における脂肪族アルコール及び脂肪族アルデヒドの測定は、例えば、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)により行うことができる。
なお、大腸菌では、通常、脂肪族アルコール及び脂肪族アルデヒドを生成しないことが知られており、対象ポリヌクレオチドを導入していない大腸菌の上記脂肪族化合物抽出物中の脂肪族アルコール及び脂肪族アルデヒドは、通常、検出限界以下である。そのため、対象ポリヌクレオチドを導入しなかった大腸菌の脂肪族化合物抽出物中で脂肪族アルコールが検出限界以下であり、対象ポリヌクレオチドを導入した大腸菌の脂肪族化合物抽出物中で脂肪族アルコールが検出された場合も、脂肪族アルコールの生成量が増加した場合に包含される。また、対象ポリヌクレオチドを導入した大腸菌において、細胞乾燥重量に対する脂肪族アルコール重量の割合(%,w/w)が、例えば5%(w/w)以上、好ましくは10%(w/w)以上、より好ましくは15%(w/w)以上である場合も、脂肪族アルコールの生成量が増加した場合に包含される。
また、対象ポリヌクレオチドを導入しなかった大腸菌の脂肪族化合物抽出物中で脂肪族アルデヒドが検出限界以下であり、対象ポリヌクレオチドを導入した大腸菌の脂肪族化合物抽出物中で脂肪族アルデヒドが検出限界以下である場合も、脂肪族アルデヒドの生成量が増加しなかった場合に包含される。また、対象ポリヌクレオチドを導入した大腸菌において、細胞乾燥重量に対する脂肪族アルデヒド重量の割合(%,w/w)が、例えば5%(w/w)以下、好ましくは3%(w/w)以下、より好ましくは1%(w/w)以下である場合も、脂肪族アルデヒドの生成量が増加しなかった場合に包含される。
【0013】
本明細書において、「脂肪族アルコール合成補助活性」とは、対象のポリヌクレオチドを配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド(以下、「phsA」ということがある。)とともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量を上昇させる、当該ポリヌクレオチドによってコードされるポリペプチドの活性をいう。ポリペプチドが、脂肪族アルコール合成補助活性を有するか否かは、例えば、以下のように確認することができる。大腸菌で機能するプロモーターに機能的に連結した、対象のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとphsAとを含む発現ベクター(I)を作製する。同様に、pshAを含み且つ対象ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含まない発現ベクター(II)を作製する。前記発現ベクター(I)及び(II)をそれぞれ大腸菌に導入し、前記それぞれの大腸菌を定常期になるまで培養する。次いで、各大腸菌培養物から菌体を回収し、菌体から脂肪族アルコールを抽出して、脂肪族アルコールを定量する。発現ベクター(I)を導入した大腸菌の脂肪族アルコール含有量が、発現ベクター(II)を導入した大腸菌の脂肪族アルコール含有量と比較して、上昇している場合には、当該ポリペプチドは、脂肪族アルコール合成補助活性を有すると判断される。
【0014】
本明細書において、細胞の脂肪族アルコール含有量は、乾燥細胞重量に対する脂肪族アルコール重量の割合(%,w/w)で表される。乾燥細胞重量に対する脂肪族アルコール重量の割合(%,w/w)は、以下の式により求めることができる。脂肪族アルコールの割合を算出するための乾燥細胞重量測定用試料及び脂肪族アルコール重量測定用試料は、通常、同一の培養物から採取される。乾燥細胞重量の測定は、培養物から細胞を回収し、回収した細胞を乾燥して、重量を測定することにより行うことができる。細胞の乾燥は、例えば、エバポレーター等を用いた減圧乾燥や熱乾燥等(50度など)により行うことができ、これらの方法を用いることで、速く細胞を乾燥することができる。
【0015】
【数1】
【0016】
本明細書において、ポリヌクレオチドに関して用いる「機能的に連結」という語は、第一の塩基配列が第二の塩基配列に十分に近くに配置され、第一の塩基配列が第二の塩基配列又は第二の塩基配列の制御下の領域に影響を及ぼしうることを意味する。例えば、ポリヌクレオチドがプロモーターに機能的に連結するとは、当該ポリヌクレオチドが、当該プロモーターの制御下で発現するように連結されていることを意味する。
【0017】
本明細書において「発現可能な状態」とは、ポリヌクレオチドを導入した細胞内で、該ポリヌクレオチドが転写され得る状態にあることをいう。
本明細書において、「発現ベクター」とは、対象ポリヌクレオチドを含むベクターであって、該ベクターを導入した細胞内で、対象ポリヌクレオチドを発現可能な状態にするシステムを備えたベクターをいう。
【0018】
本明細書において、「変異株」とは、自然発生的又は人為的に、元の菌株のDNAに変異が生じた菌株を意味する。DNA変異を生じさせる人為的手法は、特に限定されず、紫外線照射、放射線照射、亜硝酸などによる化学的処理、遺伝子導入などの遺伝子工学的手法等が例示される。
【0019】
本明細書において、「サイレント変異」とは、コードするタンパク質のアミノ酸配列が変化しない遺伝子変異を意味する。
【0020】
本明細書において、「ストリンジェントな条件」とは、例えば、Molecular Cloning-A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION(Sambrookら、Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載の方法が挙げられる。ストリンジェントな条件としては、例えば、6×SSC(20×SSCの組成:3M塩化ナトリウム、0.3Mクエン酸溶液、pH7.0)、5×デンハルト溶液(100×デンハルト溶液の組成:2質量%ウシ血清アルブミン、2質量%フィコール、2質量%ポリビニルピロリドン)、0.5質量%のSDS、0.1mg/mLサケ精子DNA、及び50%フォルムアミドからなるハイブリダイゼーションバッファー中で、42~70℃で数時間から一晩インキュベーションを行うことによりハイブリダイズさせる条件が挙げられる。インキュベーション後の洗浄の際に用いる洗浄バッファーとしては、好ましくは0.1質量%SDS含有1×SSC溶液、より好ましくは0.1質量%SDS含有0.1×SSC溶液が挙げられる。
【0021】
[Reinekea sp. 1-4株及びその変異株]
1実施形態において、本発明は、Reinekea sp. 1-4株(NITE P-02620)又はその変異株を提供する。
【0022】
(Reinekea sp. 1-4株)
Reinekea sp. 1-4株(以下、「1-4株」という。)は、日本国高知県室戸市の沿海部で採取された表層海水(33°18’N, 134°11’E, 深度0.5m)から単離された海洋性の好気性従属栄養細菌である。1-4株は、2018年3月28日付で、受託番号NITE P-02620として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に寄託されている。
【0023】
1-4株の菌学的性質は、以下のとおりである。
(1)形態的性質
1つの極鞭毛を有する桿菌(0.3~1.1×0.3~8.2μm)であり(図3参照)、運動性がある。
【0024】
(2)生理学的性質
10~30℃(最適温度20~30℃)の温度範囲で増殖し、4℃及び35℃では増殖しない。12μg/mLのテトラサイクリン及び50μg/mLのゲンタマイシンに耐性である。20μg/mLのクロラムフェニコール及び100μg/mLのカナマイシンには耐性がない。カゼイン、スターチ、及び寒天を分解する。キチンは分解しない。
【0025】
(3)16srRNA遺伝子解析
1-4株の16SrRNA遺伝子配列は、Reinekea属の細菌のものと最も類似していた。1-4株は、Reinekea属の基準種の基準株であるReinekea marinisedimentorum DSM 15388に、ほぼ全長の16SrRNA遺伝子配列で比較して、95.3%の類似性を示した。16SrRNA遺伝子配列に基づく系統樹では、1-4株は、Reinekea属の細菌とクラスターを形成した(図4参照)。
以上より、1-4株は、Reinekea属に属する新規な細菌であると推定し、Reinekea sp. 1-4株として寄託した。
【0026】
1-4株は、海洋性の好気性従属栄養細菌の培養に使用される公知の培地を用いて培養することができる。培地は、固体培地であってもよく、液体培地であってもよい。培地は、炭素源、窒素源、無機塩類等を含む公知の培地を用いることができる。炭素源としては、例えば、グルコース、デキストラン、スターチ、牛肉エキス、ピルビン酸、酢酸等が挙げられる。窒素源としては、アンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、ペプトン、カゼイン、カザミノ酸、尿素、酵母エキス等が挙げられる。無機塩類としては、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、モリブデンナトリウムなどのナトリウム塩;リン酸カリウム、塩化カリウムなどのカリウム塩;塩化カルシウム、リン酸カルシウムなどのカルシウム塩;塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムなどのマグネシウム塩等が挙げられる。培地は、海水(表層海水、深層水等)に、上記炭素源、窒素源、無機塩類等を添加したものであってもよい。培地のpHは、6~10が好ましい。好ましい培地としては、後述する実施例に記載のdR1培地、dR培地、dR2A-SWプレート等が挙げられる。
【0027】
1-4株を液体培地で培養する場合、静置培養でも振とう培養でもよいが、増殖効率の観点から振とう培養が好ましい。さらに、通気攪拌培養してもよい。
培養温度は、10~30℃が好ましく、20~30℃がより好ましい。
【0028】
1-4株は、脂肪族アルコールを細胞内に蓄積する細菌として単離された菌である。1-4株は、脂肪族アルコールの合成に関与する遺伝子として、配列番号1に記載のポリヌクレオチド及び配列番号3に記載のポリヌクレオチドを含んでいる。
後述する実施例で示すように、1-4株は、乾燥細胞重量の約0.9%の脂肪族アルコールを細胞内に蓄積し得る。この蓄積量は、自然界に存在する既報の脂肪族アルコール生成菌よりも高い値である。そのため、1-4株は、後述する脂肪族アルコールの製造方法に用いることができる。
【0029】
(1-4株の変異株)
1-4株の変異株は、1-4株のDNAに変異が生じた菌株である。1-4株の変異株は、1-4株と同等又はそれ以上の脂肪族アルコール生産能を有する菌株であることが好ましい。そのような変異株としては、例えば、dR培地で定常期になるまで培養したとき、乾燥細胞重量に対する脂肪族アルコールの割合が、0.3%以上、好ましくは0.5%以上、より好ましくは0.6%以上である変異株が例示される。
【0030】
1-4株の変異株が生産する脂肪族アルコールは、C14アルコール(1-テトラデカノール、1-テトラデセノールなど)、C16アルコール(1-ヘキサデカノール、1-ヘキサデセノールなど)、及びC18アルコール(1-オクタデカノール、1-オクタデセノールなど)を含むことが好ましい。
【0031】
1-4株の変異株の好適な例としては、外来遺伝子が導入された1-4株の変異株;配列番号1に記載のポリヌクレオチド以外のDNAに変異が生じた1-4株の変異株;配列番号1に記載のポリヌクレオチド及び配列番号3に記載のポリヌクレオチド以外のDNAに変異が生じた1-4株の変異株;プロモーター領域やリボソーム結合領域などに変異が導入され、配列番号1に記載のポリヌクレオチド及び/又は配列番号3に記載のポリヌクレオチドの発現が増強された1-4株の変異株;サイレント突然変異が生じた1-4株の変異株;後述の(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを含む1-4株の変異株;後述の(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを含む1-4株の変異株;後述の(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド及び後述の(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを含む1-4株の変異株;等が挙げられる。
【0032】
1-4株の変異株は、1-4株と同様の培地及び培養条件により培養することができる。1-4株の変異株もまた、後述する脂肪族アルコールの製造方法に用いることができる。
【0033】
好ましい態様において、1-4株の変異株は、1-4株に、後述の(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを導入したものであり得る。また、別の好ましい態様において、1-4株の変異株は、1-4株に、後述の(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを導入したものであり得る。また、さらなる別の好ましい態様において、1-4株の変異株は、1-4株に、後述の(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド、及び後述の(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド、を導入したものであり得る。
この場合、1-4株に導入するポリヌクレオチドは、例えば、後述の[ベクター]で記載するプロモーター等に機能的に連結してもよい。例えば、1-4株で遺伝子の高発現を誘導するプロモーターに前記ポリヌクレオチドを機能的に連結し、1-4株に導入することにより、脂肪族アルコール生産能が増強された1-4株の変異株を得ることができる。そのようなプロモーターとしては、例えば、T7プロモーター等が例示されるが、これに限定されない。なお、T7プロモーターを用いる場合には、T7 RNAポリメラーゼ遺伝子も1-4株内に共存することが好ましい。この場合、例えば、T7プロモーターに機能的に連結した遺伝子と共に、T7 RNAポリメラーゼ遺伝子を1-4株に導入してもよい。
あるいは、1-4株が有する任意の遺伝子のプロモーターを取得し、当該プロモーターに前記ポリヌクレオチドを機能的に連結してもよい。前記任意の遺伝子としては、例えば、配列番号1に記載の塩基配列を含む遺伝子、又は配列番号3に記載の塩基配列を含む遺伝子等が挙げられる。これらの遺伝子のプロモーターは、例えば、配列番号1又は配列番号3に記載の配列に基づいて設計したプライマーを用いて、TAIL-PCR等により取得することができる。
【0034】
1-4株への上記ポリヌクレオチドの導入は、後述の[細胞]に記載の方法等により、行うことができる。
(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチド、及び/又は(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドが導入された1-4株の変異株は、1-4株と比較して、脂肪族アルコールの産生能が増強された変異株であり得る。そのため、後述する脂肪族アルコールの製造方法に好適に用いることができる。
【0035】
[ポリヌクレオチド]
(ポリヌクレオチド(A))
1実施形態において、本発明は、下記(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを提供する。
(A1)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A2)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A3)配列番号2に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A4)配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(A5)配列番号1に記載の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A6)配列番号1に記載の塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(A7)配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
【0036】
上記(A2)において、欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数は、結果として生じるポリペプチドが脂肪族アルコール合成活性を有する限り、特に限定されない。欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数は、例えば1~80個であることができ、1~60個が好ましく、1~50個がより好ましく、1~30個がさらに好ましい。欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数としては、さらに、1~20個、1~10個、1~5個等が例示される。
【0037】
上記(A3)において、配列同一性は、80%以上である限り、特に限定されない。配列同一性は、85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。なお、アミノ酸配列どうしの配列同一性(又は相同性)は、2つのアミノ酸配列を、対応するアミノ酸が最も多く一致するように、挿入及び欠失に当たる部分にギャップを入れながら並置し、得られたアラインメント中のギャップを除くアミノ酸配列全体に対する一致したアミノ酸の割合として求められる。アミノ酸配列同士の配列同一性は、当該技術分野で公知の各種相同性検索ソフトウェアを用いて求めることができる。例えば、アミノ酸配列の配列同一性の値は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTPにより得られたアライメントを元にした計算によって得ることができる。
【0038】
上記(A5)において、欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数は、結果として生じるポリヌクレオチドが、脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードする限り、特に限定されない。欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数は、例えば1~180個であることができ、1~150個であることが好ましく、1~90個であることがより好ましい。欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数としては、さらに、1~60個、1~30個、1~15個等が例示される。
【0039】
上記(A6)において、配列同一性は、80%以上である限り、特に限定されない。配列同一性は、85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。塩基配列どうしの配列同一性(又は相同性)は、上記(A3)で記載したアミノ酸配列どうしの配列同一性と同様に考えることができる。
【0040】
上記(A1)~(A3)において、縮重コドンは、宿主細胞のコドン使用頻度の高いものを選択することが好ましい場合もある。例えば、(A1)の塩基配列は、配列番号1に記載の塩基配列であってよい。あるいは、配列番号1に記載の塩基配列がコードするアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列であって、宿主細胞において使用頻度の高いコドンへと変更した塩基配列であってもよい。コドンの変更は、例えば、公知の遺伝子改変技術又は人工遺伝子合成によって行うことができるが、これらに限定されず変更できる。
【0041】
上記(A1)~(A7)のポリヌクレオチドは、各種タグ、別種タンパク質、リンカー配列等をコードする塩基配列をさらに含んでいてもよい。
【0042】
配列番号1に記載の塩基配列は、1-4株から、脂肪族アルコール合成酵素をコードする塩基配列として同定されたものである。後述する実施例で示すように、配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを大腸菌に導入することにより、脂肪族アルコールを、大腸菌の乾燥細胞重量の約19%(w/w)で、大腸菌に生産させることができた。この際、脂肪族アルデヒドは検出されなかった。したがって、配列番号1に記載の塩基配列は、脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチド(配列番号2)をコードする塩基配列である。
図1は、1-4株において推定される脂肪族アルコール合成経路を示す。図1中、配列番号1に記載の塩基配列がコードするポリペプチド(配列番号2)は、「PhsA」で表される。配列番号1に記載の塩基配列がコードするポリペプチドは、そのアミノ酸配列の相同性検索の結果から、図1に示すように、アシル-CoAを還元して脂肪族アルコールを生成する反応を触媒する可能性が高い(アシル-ACPや脂肪酸を還元して脂肪族アルコールを生成する可能性もある)。すなわち、配列番号1に記載の塩基配列がコードするポリペプチドは、脂肪族アルコールを生成するアシルーCoAレダクターゼ(fatty-alcohol-forming fatty acyl-CoA reductase)として機能する可能性が高い。なお、以下、配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを「phsA」、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを「PhsA」ということがある。
【0043】
上記(A1)のポリヌクレオチドは、PhsAをコードするポリヌクレオチドであり、上記(A4)のポリヌクレオチドはphsAである。上記(A2)、(A3)、(A5)~(A7)のポリヌクレオチドは、PhsAの脂肪族アルコール合成活性を維持するphsAの変異体である。
上記(A1)~(A7)のポリヌクレオチドは、いずれも、脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドである。そのため、これらのポリヌクレオチドのいずれかを、脂肪族アルコール生産能を有さない他種細胞に導入することにより、脂肪族アルコール生産能を有する細胞を得ることができる。また、元々脂肪族アルコール生産能を有する細胞であっても、これらのポリヌクレオチドのいずれかを導入することにより、脂肪族アルコール生産能を向上させることができる。
【0044】
以下、上記(A1)~(A7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを「ポリヌクレオチド(A)」ということがある。
【0045】
(ポリヌクレオチド(B))
1実施形態において、本発明は、下記(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを提供する。
(B1)配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
(B2)配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B3)配列番号4に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B4)配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(B5)配列番号3に記載の塩基配列において1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加、又は挿入された塩基配列からなり、且つ配列番号1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド(phsA)とともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B6)配列番号3に記載の塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
(B7)配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つphsAとともに細胞に導入した場合に、phsA単独で導入した細胞と比較して、細胞の脂肪族アルコール含有量が上昇する、ポリヌクレオチド
【0046】
上記(B2)において、欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数は、結果として生じるポリペプチドが脂肪族アルコール合成補助活性を有する限り、特に限定されない。欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数は、例えば1~60個であることができ、1~50個が好ましく、1~40個がより好ましく、1~30個がさらに好ましい。欠失、置換、付加、又は挿入されるアミノ酸の数としては、さらに、1~20個、1~10個、1~5個等が例示される。
【0047】
上記(B3)において、配列同一性は、80%以上である限り、特に限定されない。配列同一性は、85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0048】
上記(B5)において、欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数は、結果として生じるポリヌクレオチドが、脂肪族アルコール合成補助活性を有するポリペプチドをコードする限り、特に限定されない。欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数は、例えば1~100個であることができ、1~80個であることが好ましく、1~60個であることがより好ましい。欠失、置換、付加、又は挿入される塩基の数としては、さらに、1~50個、1~30個、1~15個等が例示される。
【0049】
上記(B6)において、配列同一性は、80%以上である限り、特に限定されない。配列同一性は、85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0050】
上記(B1)~(B3)において、縮重コドンは、宿主細胞のコドン使用頻度の高いものを選択することが好ましい場合もある。例えば、(B1)の塩基配列は、配列番号3に記載の塩基配列であってよい。あるいは、配列番号3に記載の塩基配列がコードするアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列をコードする塩基配列であって、宿主細胞において使用頻度の高いコドンへと変更した塩基配列であってもよい。
【0051】
上記(B1)~(B7)のポリヌクレオチドは、各種タグ、別種タンパク質、リンカー配列等をコードする塩基配列をさらに含んでいてもよい。
【0052】
配列番号3に記載の塩基配列は、1-4株から、phsAとクラスターを形成する遺伝子の塩基配列として同定されたものである。後述する実施例で示すように、配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドをphsAとともに大腸菌に導入することにより、phsA単独で導入した場合と比較して、脂肪族アルコールの生成量が上昇し、乾燥細胞重量の約24%の脂肪族アルコールを生産させることができた。したがって、配列番号3に記載の塩基配列は、脂肪族アルコール合成補助活性を有するポリペプチド(配列番号4)をコードする塩基配列である。また、配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドをphsAとともに大腸菌に導入すると、phsA単独で導入した場合と比較して、大腸菌の増殖速度が速くなった。
配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドがコードするポリペプチド(配列番号4)は、そのアミノ酸配列の相同性検索の結果から、潜在的にリパーゼ活性を有すると推定された。上述の結果は、配列番号4に記載のポリペプチドがリパーゼであることと矛盾しない。図1に示す脂肪族アルコール合成経路において、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを「PhsB」で表す。図1に示すように、PhsBは、アシルグリセロールを分解して、アシル-CoAの前駆体となる脂肪酸を生成するリパーゼと考えられる。以下、配列番号3に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを「phsB」、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを「PhsB」ということがある。
【0053】
上記(B1)のポリヌクレオチドは、PhsBをコードするポリヌクレオチドであり、上記(B4)のポリヌクレオチドはphsBである。上記(B2)、(B3)、(B5)~(B7)のポリヌクレオチドは、PhsBの脂肪族アルコール合成補助活性を維持するphsBの変異体である。
上記(B1)~(B7)のポリヌクレオチドは、いずれも、脂肪族アルコール合成補助活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドである。そのため、これらのポリヌクレオチドのいずれかを、上記ポリヌクレオチド(A)と組合わせて他種細胞に導入することにより、脂肪族アルコール生産能が向上した細胞を得ることができる。
【0054】
以下、上記(B1)~(B7)からなる群より選択されるポリヌクレオチドを「ポリヌクレオチド(B)」ということがある。
【0055】
上記ポリヌクレオチド(A)又はポリヌクレオチド(B)は、配列番号1若しくは3に記載の塩基配列又は配列番号2若しくは4に記載のアミノ酸配列に基づいて、公知の核酸合成法等を用いて合成することができる。あるいは、1-4株のDNAをテンプレートとして、PCR法や等温増幅法等を用いて、DNA断片を増幅することにより、取得することができる。あるいは、1-4株のmRNAを逆転写して得たcDNAをテンプレートとして、PCR法や等温増幅法等を用いて、DNA断片を増幅してもよい。PCR法や等温増幅法等で用いるプライマーは、例えば、配列番号1又は3に記載の塩基配列に基づき、融解温度(Tm値)等を考慮して設計することができる。
【0056】
また、他の態様において、本発明は、下記(A1’)~(A3’)及び(B1’)~(B3’)からなる群より選択されるポリペプチドを提供する。
(A1’)配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド
(A2’)配列番号2に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチド
(A3’)配列番号2に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチド
(B1’)配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチド
(B2’)配列番号4に記載のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチド
(B3’)配列番号4に記載のアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪族アルコール合成活性を有するポリペプチド
【0057】
以下、上記(A1’)~(A3’)からなる群より選択されるポリペプチドを「ポリペプチド(A)」、上記(B1’)~(B3’)からなる群より選択されるポリペプチドを「ポリペプチド(B)」ということがある。
【0058】
上記ポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)は、配列番号2又は4に記載のアミノ酸配列に基づいて、公知のペプチド合成法等を用いて合成することができる。あるいは、1-4株又はポリヌクレオチド(A)又はポリヌクレオチド(B)を導入した細胞を増殖させて、その培養物からポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)を取得することができる。例えば、ポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)が細胞内に蓄積される場合には、遠心分離やフィルターろ過等により細胞を回収し、当該細胞から、公知の酵素精製技術等を用いてポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の単離・精製を行なうことができる。また、例えば、浸透圧調製、溶菌剤、物理的破砕等により細胞を破壊し、当該細胞破壊物から、公知の酵素精製技術等を用いてポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の単離・精製を行なうこともできる。あるいは、細胞を定常期まで増殖させた後しばらく放置する等、自発的に細胞が溶菌する条件に置く等してポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)が培養液に存在する場合には、当該培養液から公知の酵素精製技術等を用いてポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の単離・精製を行なってもよい。あるいは、例えば、分泌シグナルペプチドのコード配列を付加する等したポリヌクレオチド(A)又はポリヌクレオチド(B)を導入した細胞を用いる等してポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)を分泌させた場合には、当該細胞を培養した培養上清から、公知の酵素精製技術等を用いてポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の単離・精製を行なってもよい。
なお、ポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の単離・精製は、目的に応じた精製度まで行えばよく、単離・精製物は、ポリペプチド(A)又はポリペプチド(B)の活性を妨げない範囲で、他の物質を含んでいてもよい。
【0059】
[ベクター]
1実施形態において、本発明は、上記実施形態のポリヌクレオチドを含むベクターを提供する。
本実施形態のベクターは、上記ポリヌクレオチド(A)を含むものであってもよく、上記ポリヌクレオチド(B)を含むものであってもよく、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)を含むものであってもよい。すなわち、本実施形態のベクターは、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)のいずれか又は両方を含む。
【0060】
本実施形態のベクターは、ポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)を発現可能な状態で含む発現ベクターであることが好ましい。発現ベクターにおいて、ポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)は、通常、適切なプロモーターに機能的に連結されている。本実施形態のベクターが、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)の両方を含む場合、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)は、単一のプロモーターに機能的に連結されていてもよく、それぞれ別のプロモーターに機能的に連結されていてもよい。
【0061】
プロモーターは、宿主細胞に応じて、宿主細胞で機能するプロモーターを適宜選択することができる。細菌で機能するプロモーターとしては、例えば、T7プロモーター(T7 RNAポリメラーゼの共存下で働く)、lacプロモーター、trpプロモーター、tacプロモーター、λファージ由来のPRプロモーター若しくはPLプロモーター等が挙げられる。酵母で機能するプロモーターとしては、例えば、酵母解糖系遺伝子のプロモーター、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子プロモーター、TPI1プロモーター、ADH2-4cプロモーター等が挙げられる。植物細胞で機能するプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター等が挙げられる。昆虫細胞で機能するプロモーターとしては、例えば、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーター、オートグラファ・カリホルニカ・ポリヘドロシス塩基性タンパクプロモーター、バキュロウイルス即時型初期遺伝子1プロモーター、バキュロウイルス39K遅延型初期遺伝子プロモーター等が挙げられる。
【0062】
本実施形態のベクターは、さらに、他の機能的配列を含んでいてもよい。例えば、本実施形態のベクターは、エンハンサー、ターミネーター等の調節配列、薬剤耐性遺伝子等の選択マーカー配列等を含み得る。また、ポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)を、宿主のDNAに挿入させる配列(トランスポゾンの配列、宿主のDNA配列など)を含み得る。また、宿主に応じて、スプライシングシグナル(ドナー部位、アクセプター部位、ブランチポイント等)、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列等の調節領域を含んでいてもよい。それぞれの配列の種類は、ベクターを導入する宿主に応じて、公知のものなどを適宜選択することができる。また、プロモーターとしてT7プロモーターを用いる場合であって、T7 RNAポリメラーゼ遺伝子を発現しない細胞を宿主として用いる場合には、本実施形態のベクターは、さらにT7 RNAポリメラーゼ遺伝子配列を含んでいてもよい。また、本実施形態のベクターが、トランスポゾンの配列を有する場合、プロモーターに機能的に連結されたポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)の両側に、トランスポザーゼ(Transposase)により認識される配列(組換えが起こる配列)を配置することが好ましい。
【0063】
本実施形態のベクターの種類は、特に限定されないが、プラスミドベクター又はウイルスベクターが好ましい。プラスミドベクターとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(pBI系、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系プラスミド等)、枯草菌由来のプラスミド(pUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(Yep13、Yep24、YCp50等)等を好適に使用できる。ウイルスベクターとしては、ファージ(λgt11、λZAP等のλファージ)、植物ウイルス(CaMV、インゲンマメゴールデンモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV))、昆虫ウイルス(例えば、バキュロウイルス)等を好適に使用することができる。ベクターの種類は、導入する宿主に応じて適宜選択すればよい。
本実施形態のベクターは、市販の発現ベクターのクローニングサイトに、ポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)を挿入したものであってもよい。また、本実施形態のベクターは、市販のトランスポゾンによる遺伝子導入システムのトランスポゾンベクターのクローニングサイトに、ポリヌクレオチド(A)及び/又はポリヌクレオチド(B)を挿入したものであってもよい。
【0064】
[細胞]
1実施形態において、本発明は、ポリヌクレオチド(A)を含む細胞を提供する。
【0065】
1態様において、本実施形態の細胞は、上記ポリヌクレオチド(A)を、所望の細胞に導入することにより作製することができる。すなわち、上記ポリヌクレオチド(A)が導入された細胞は、本実施形態の細胞の好適な例である。
【0066】
ポリヌクレオチド(A)は、発現可能な状態で、細胞に導入されることが好ましい。したがって、ポリヌクレオチド(A)は、プロモーターに機能的に連結された状態で、細胞に導入されることが好ましい。ポリヌクレオチド(A)は、上記実施形態のベクターの形態で、細胞に導入してもよい。この場合、上記実施形態のベクターは、ポリヌクレオチド(A)を含む発現ベクター又はトランスポゾンベクターであることが好ましい。また、プロモーターに機能的に連結したポリヌクレオチド(A)を含むDNA断片を、細胞に導入してもよい。また、プロモーターに機能的に連結されたポリヌクレオチド(A)、及びその両末端側に付加されたトランスポザーゼにより認識される配列を含むDNA断片を、細胞に導入してもよい。
ポリヌクレオチド(A)を導入する細胞は、特に限定されず、原核細胞及び真核細胞のいずれであってもよい。原核細胞としては、例えば、Exiguobacterium属、Streptomyces属、Rhodococus属、Brevibacillus属、Escherichia属、Bacillus属等の細菌細胞が挙げられる。好適な例としては、大腸菌(Escherichia coli)が例示される。また、真核細胞としては、酵母(Saccharomyces属等)、真菌細胞、昆虫細胞、動物細胞、植物細胞等が挙げられる。
【0067】
ポリヌクレオチド(A)を細胞に導入する方法は、特に限定されず、細胞の種類に応じて、適宜公知の遺伝子導入法などを用いればよい。遺伝子導入法としては、例えば、ケミカルコンピテントセル法、エレクトロポレーション法、PEG(ポリエチレングリコール)法、リン酸カルシウムトランスフェクション法、マイクロインジェクション法、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法等が挙げられる。また、細胞の種類によっては、細胞懸濁液に、ポリヌクレオチド(A)を含むベクター又はDNA断片を添加して、混合することにより、ポリヌクレオチド(A)を細胞に導入できる場合もある。ポリヌクレオチド(A)の細胞への導入方法は、そのような方法であってもよい。ポリヌクレオチド(A)の細胞への導入方法は、上記の方法に限定されず、細胞への導入が可能な限り、任意の方法を用い得る。
細胞に導入されたポリヌクレオチド(A)は、プラスミド等として細胞内に存在していてもよく、細胞のゲノムに挿入された状態で細胞内に存在していてもよい。例えば、プラスミドベクター等を用いてポリヌクレオチド(A)を細胞に導入した場合、ポリヌクレオチド(A)は、プラスミドとして細胞内に存在し得る。
また、例えば、トランスポザーゼにより認識される配列に挟まれたポリヌクレオチド(A)を細胞に導入した場合、ポリヌクレオチド(A)は、細胞のゲノムやプラスミドにランダムに挿入された状態で細胞内に存在し得る。この場合、トランスポザーゼにより認識される配列に挟まれたポリヌクレオチド(A)とともに、トランスポザーゼ遺伝子配列を含むポリヌクレオチドやトランスポザーゼそのものを細胞に導入することが好ましい。
また、ポリヌクレオチド(A)は、部位特異的に、細胞のゲノムやプラスミドに挿入されてもよい。例えば、標的部位のゲノム配列またはプラスミド配列の間に、ポリヌクレオチド(A)を挿入したDNA断片又はこのDNA断片を含むベクターを作製し、当該DNA断片又はベクターを細胞に導入すれば、相同組換えにより、ゲノムまたはプラスミドの標的部位にポリヌクレオチド(A)が挿入され得る。この場合、例えば、CRISPER/Casシステム、転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ(Transcription Activator-Like Effector Nuclease:TALEN)、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(Zinc Finger Nuclease:ZFN)等を用いるゲノム編集技術により、ポリヌクレオチド(A)を部位特異的に細胞のゲノムやプラスミドに挿入してもよい。
上記において、ポリヌクレオチド(A)は、発現可能な状態であることが好ましく、プロモーターに機能的に連結されていることが好ましい。また、細胞が真核細胞である場合、ゲノムは、核ゲノムであってもよく、オルガネラゲノムであってもよい。
【0068】
ポリヌクレオチド(A)が導入された細胞は、当該細胞の種類に応じて、適宜培地を選択し、培養して増殖させることができる。ポリヌクレオチド(A)が、薬剤耐性遺伝子等のマーカー遺伝子と伴に導入された場合には、当該マーカー遺伝子が耐性を示す薬剤を用いて、形質転換体の選抜を行ってもよい。
【0069】
ポリヌクレオチド(A)を発現可能な状態で細胞に導入することにより、当該細胞において、ポリヌクレオチド(A)が発現し、ポリペプチド(A)が産生され得る。ポリペプチド(A)は、脂肪族アルコール合成活性を有するため、当該細胞が脂肪族アルコールを生産しない場合は、脂肪族アルコール合成能を有するようになり得る。当該細胞が元々脂肪族アルコールを生産する場合は、ポリヌクレオチド(A)の導入により、脂肪族アルコール生産能を向上させ得る。
【0070】
本実施形態の細胞は、ポリヌクレオチド(A)に加えて、ポリヌクレオチド(B)を含むことが好ましい。そのような細胞は、例えば、ポリヌクレオチド(A)に加えて、ポリヌクレオチド(B)を、所望の細胞に導入することにより作製することができる。この場合、例えば、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)を含むベクター又はDNA断片を利用可能である。あるいは、ポリヌクレオチド(A)を含むベクター又はDNA断片と、ポリヌクレオチド(B)を含むベクター又はDNA断片とを、それぞれ別々に、細胞に導入することにより作製することができる。この場合も、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)は、発現可能な状態であることが好ましく、プロモーターに機能的に連結されていることが好ましい。例えば、ベクターを用いる場合には、上記[ベクター]で説明した発現ベクター、トランスポゾンベクター又は部位特異的に細胞のゲノムやプラスミドに挿入させるベクター(上述)であることが好ましい。ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)が発現可能な状態で細胞に導入された場合、当該細胞において、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)が発現し、ポリペプチド(A)及びポリペプチド(B)が産生され得る。ポリペプチド(B)は、脂肪族アルコール合成補助活性を有するため、ポリペプチド(A)が単独で産生される場合と比較して、細胞の脂肪族アルコール合成能がより向上し得る。
【0071】
別の態様において、本実施形態の細胞は、ポリヌクレオチド(A)を含む、野生株の細胞であってもよい。そのような細胞としては、例えば、Reinekea属に属する微生物であって、ポリヌクレオチド(A)を含む微生物、が例示される。好ましい態様において、前記微生物は、Reinekea属に属する微生物であって、ポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)を含む微生物、である。前記微生物において、ポリヌクレオチド(A)、又はポリヌクレオチド(A)及びポリヌクレオチド(B)は、発現可能な状態で含まれていることが好ましい。これにより、ポリペプチド(A)、又はポリペプチド(A)及びポリペプチド(B)が発現し、当該微生物は脂肪族アルコール合成能を有し得るか、または、もともともつ脂肪族アルコール合成能を向上し得る。
【0072】
細胞が、ポリヌクレオチド(A)を含むか否かは、PCR法によるポリヌクレオチド(A)またはその断片の増幅、ポリヌクレオチド(A)またはその断片をプローブとして用いたサザンハイブリダイゼーション法、全ゲノム解析等の公知の方法により確認することができる。細胞が、ポリヌクレオチド(B)を含むか否かも同様に確認することができる。
【0073】
[脂肪族アルコールの製造方法]
1実施形態において、本発明は、脂肪族アルコールの製造方法を提供する。
【0074】
(第1実施態様)
本実施形態の製造方法は、1態様において、(a)1-4株又はその変異株を培養する工程、及び(b)前記工程(a)により得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、を含む。
【0075】
<工程(a)>
工程(a)は、1-4株又はその変異株を培養する工程である。1-4株又はその変異株は、上記「Reinekea sp. 1-4株及びその変異株」で記載したものと同様である。
【0076】
1-4株又はその変異株の培養は、上記「Reinekea sp. 1-4株及びその変異株」で例示した条件で行うことができる。本工程の培養に用いる培地は、低栄養のものを用いることが好ましく、海水を含むものがより好ましく、深層水を含むものがより好ましい。例えば、細菌用の培地を海水(好ましくは深層水)で希釈した培地を好適に用いることができる。前記希釈倍率としては、1~20倍、4~15倍、5~12倍等が挙げられる。一例として、希釈倍率は10倍である。好適な培地の具体例としては、実施例に記載のdR1培地、dR培地等が挙げられる。中でも、dR培地が好ましい。
【0077】
培養方法は、特に限定されず、好気性細菌の培養に一般的に用いられる方法を用いることができる。培養は、静置培養、振とう培養のいずれで行ってもよいが、増殖効率の観点から、振とう培養であることが好ましい。なお、静置培養とする場合には、ポンプ等を使用して、適時培地に空気を供給してもよい。
培養は、バッチ培養、流加培養、連続培養のいずれの方法で行ってもよい。
【0078】
<工程(b)>
工程(b)は、工程(a)で得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程である。
【0079】
本工程は、1-4株又はその変異株の性質、培養後の細菌の状態等に応じて、適宜適切な方法を選択して行うことができる。例えば、脂肪族アルコールを菌体内に溜め込む場合には、培養物から、菌体を回収し、当該菌体から脂肪族アルコールを得ることができる。培養物からの菌体の回収方法としては、遠心分離又はフィルターろ過等が挙げられる。フィルターろ過に用いるフィルターとしては、孔径0.22μmのフィルターが例示される。菌体からの脂肪族アルコールを回収する方法としては、例えば、菌体にn-ヘプタン等の有機溶媒を加えて振とう後に有機層を回収する方法が挙げられる。また、菌体に有機溶媒添加前に又は有機溶媒添加後の振とう前か振とうと同時に菌体の破砕を行ってもよい。菌体の破砕方法としては、例えば、ビーズ(ガラスビーズ、ジルコニアビーズ等)、乳鉢、超音波処理、フレンチプレス、ホモジナイザー、凍結融解処理などの物理的処理;中和処理、低張処理などの化学的処理等の公知の方法などが挙げられる。これらの処理は、単独で行ってもよく、2種以上の処理を組み合わせて行ってもよい。また、培養後に細菌が溶菌したり、脂肪族アルコールの分泌能を獲得した1-4株の変異株を用いる場合には、菌体を回収することなく、培養上清に浮遊する脂肪族アルコールをそのまま回収してもよい。また、脂肪族アルコールが、培養上清中に固体状態で存在する場合には、必要に応じて菌体を除去した後、培養上清をフィルター濾過すること等により固体状態の脂肪族アルコールを回収してもよい。また、培養物にn-ヘプタン等の有機溶媒を直接加えて脂肪族アルコールの抽出を行ってもよく、培養物又は培養上清の蒸留により脂肪族アルコールを回収してもよい。
【0080】
<任意工程>
本実施態様の製造方法は、工程(a)及び工程(b)に加えて、他の工程を含んでいてもよい。他の工程は、特に限定されないが、工程(b)で得られた抽出物から脂肪族アルコールを精製する工程等が例示される。脂肪族アルコールの精製方法は、特に限定されず、有機化合物の分離・精製において一般的に用いられる方法を適宜組み合わせて用いることができる。精製方法としては、例えば、薄層クロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ等の各種クロマトグラフィ法が挙げられる。
【0081】
(第2実施態様)
本実施形態の製造方法は、1態様において、(a’)上記実施形態の細胞を培養する工程、及び(b’)前記工程(a’)により得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程、を含む。
【0082】
<工程(a’)>
工程(a’)は、上記実施形態の細胞(上記[細胞]で記載した細胞)を培養する工程である。細胞の培養に使用する培地は、細胞の種類やプロモーターなどに応じて、適宜選択すればよい。例えば、炭素源として、グルコース、ピルビン酸、酢酸、リンゴ酸などを含む培地等が例示される。細胞が大腸菌である場合の好適な培地の具体例としては、実施例に記載のM9培地が挙げられる。また、ポリヌクレオチドA及び/又はBに用いたプロモーターの種類に応じて、当該プロモーターの転写誘導に必要な化合物を培地に添加してもよい。
【0083】
培養方法も、細胞の種類やプロモーターなどに応じて適宜選択すればよい。例えば、細胞が好気性細菌である場合には、増殖効率の観点から、振とう培養を行なうことが好ましい。培養は、バッチ培養、流加培養、連続培養のいずれの方法で行ってもよい。また、ポリヌクレオチドA及び/又はBに用いたプロモーターが刺激応答性プロモーターである場合には、当該プロモーターの転写誘導に必要な刺激(光、温度、pH、化合物等)を培養中に付与するようにしてもよい。
【0084】
<工程(b’)>
工程(b’)は、工程(a’)により得られた培養物から、脂肪族アルコールを得る工程であり、上記第1実施態様における工程(b)と同様に行うことができる。
【0085】
<任意工程>
本実施態様の製造方法は、工程(a’)及び工程(b’)に加えて、他の工程を含んでいてもよい。他の工程としては、上記第1実施態様で挙げた工程と同様の工程が挙げられる。
【0086】
本実施形態の方法は、脂肪族アルコール生産能の高い細胞を用いて、生物学的に脂肪族アルコールを製造する。そのため、簡易な方法で効率よく脂肪族アルコールを製造することができる。
【実施例
【0087】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0088】
[材料及び方法]
(細胞株)
1-4株は、2011年の夏に、日本国高知県室戸市の沿海部で採取された表層海水(33°18’N, 134°11’E, 深度0.5m)から単離された。大腸菌(Escherichia coli)DH5aは、東洋紡から入手し、DNA操作及び異種遺伝子発現のホスト株として用いた。
【0089】
(培地)
試験で用いた培地を表1に示す。
【0090】
【表1】
【0091】
dR培地は、フィルター(0.22μm,express plus, Millipore)でろ過し、110℃で2秒間オートクレーブした。必要に応じて、培地に、0.5μg/mLのナイルレッド、1mMのイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)及び100μg/mLのアンピシリンを添加した。
【0092】
(電子顕微鏡法)
透過電子顕微鏡法(JEM1200EX; JEOL)のために、増殖が濁度で観察されるまで、室温で、dR培地中で1-4株を増殖させた。細胞を、2%酢酸ウラニルでネガティブ染色した。細胞を、グルタルアルデヒドを2%で含む0.1Mリン酸バッファー(pH7.4)で前固定し、2% OsOで後固定し、濃度勾配エタノール(50~100%)で脱水し、Epon812に包埋し、薄片化(80~90nm)した。最初に、2%酢酸ウラニルで染色し、その後、鉛染色液(Lead stain solution; Sigma-aldrich)で染色した。
【0093】
(16SrRNA遺伝子の解析)
1-4株のほぼ全長の16SrRNA遺伝子配列を以前に記載された方法で得た(Teramoto, M., et al., 2009. Microbiology 155, 3362-3370.)。得られた配列を、CLUSTAL X(ver.2.1)を用いて、公共データベースで利用可能なガンマプロテオバクテリア綱の細菌の配列とアライメントした。アライメントは、必要に応じて、手作業で修正し、ギャップのトリミングを行った。デフォルトパラメータ(Kimuraの補正を含む)を用いたCLUSTAL Xによる近隣結合法(Saitou, N. & Nei, M. 1987. Mol Biol Evol 4, 406-425.)及びMEGA6.06(Tamura, K., et al., 2013. Mol Biol Evol 30, 2725-2729.)による最尤法(Felsenstein, J. 1981. J Mol Evol 17, 368-376.)を用いて、1254bpのアライメントした配列から系統樹を作製し、1000回のリサンプリングに基づき、ブートストラップ法(Felsenstein, J. 1985. Evolution 39, 783-791.)で解析した。
【0094】
(脂肪族アルコールの生産及びGC-MS解析)
1-4株は、dR培地中で、28℃で37-38時間振とう培養して増殖させた。脂肪族アルコール定量のためには、1-4株は、約200mLのdR培地で、OD600が0.05~0.06に達するまで増殖させた。大腸菌は、IPTG及びアンピシリンを添加したM9培地中で、28℃で、振とう培養して完全に増殖させた。
【0095】
脂肪族化合物の抽出には、1-4株の約300μLの濃縮細胞懸濁液、又は400~620μLの大腸菌培養液を用いた。これらの液に、300~400μLのn-ヘプタンを加えて、60℃で10分間加熱し、1分間ボルテックスし、30~40℃で5分間遠心分離して、n-ヘプタン層に脂肪族化合物を抽出した。n-ヘプタンによる抽出操作は、合計3回行った。遠心分離後に厚い中間層が現れたサンプルについては、サンプルを凍結融解させた後に再度遠心分離を行った。このようにして得たn-ヘプタン抽出物を硫酸ナトリウムにより脱水し、Nパージにより濃縮し、以前に記載の方法でGC-MS解析を行った(Teramoto M, et al., 2013. PLoS One. 8: e66594.)。全てのサンプルにおいて、1μLずつをスプリットレス注入法により解析した。
【0096】
マススペクトル及びリテンションタイムに基づき、NISTライブラリー及び脂肪族アルコール標品(1-テトラデカノール、1-ヘキサデカノール、及び1-オクタデカノール)を用いて、脂肪族アルコールを同定した。定量は、標品のピーク面積との比較により行った。C14アルコール(1-テトラデカノール及び1-テトラデセノール)は、1-テトラデカノール標品と比較した。C16アルコール(1-ヘキサデカノール及び1-ヘキサデセノール)は、1-ヘキサデカノール標品と比較した。C18アルコール(1-オクタデカノール及び1-オクタデセノール)は、1-オクタデカノール標品と比較した。
【0097】
細胞乾燥重量は、培養液を遠心分離又はフィルター(0.22μm,express plus, Millipore)ろ過して細胞を回収した後、細胞を乾燥させて重量を測定することにより求めた。
【0098】
(ゲノムシークエンス及びプラスミド構築)
1-4株からの全DNAの抽出を、特記しないかぎり以前に記載された方法(Misawa, N., et al., 1990. J. Bacteriol. 172, 6704-6712.)と同様に行った。1-4株の細胞を2LのdR培地で増殖させた。細胞は、TESバッファーで処理せず、1mLのsolution Iに懸濁した。プロナーゼEに替えて、プロテイナーゼKを用いた。一回目のフェノール-クロロホルム抽出の後、500μLのTEバッファー(10mM Tris,1mM EDTA,pH8.0)を抽出物に添加した。この全DNAを用いて、HiSeq2500(Illumina)によるゲノムシークエンス、及び得られた配列のアセンブリを行った(Takara Bio Inc.)。その結果、合計5.5Mbを含む269コンティグが得られた。
【0099】
プラスミド構築の詳細を表2に示す。phsABを含む5.9kbのDNA断片を、1-4株の全DNAから、KOD plus Neo(東洋紡)を用いて増幅した。
【0100】
【表2】
【0101】
(他の方法)
運動性は、明視野顕微鏡(mil-kin;Aqua system, 日本)により確認した。増殖温度は、4℃、10℃、15℃、20℃、25℃、30℃、又は35℃で、1.5%(w/v)寒天を含むdMBで3週間培養して試験した。カゼイン分解、スターチ分解及びキチン分解は、以前に記載されたように試験した(Teramoto M, et al., 2015. Int J Syst Evol Microbiol. 65:353-358.)。寒天分解及び抗生物質耐性は、dR2A-SWプレート上で試験した。
【0102】
[結果]
(1-4株の単離)
室戸の表層海水をDSW1プレートに直接プレーティングして、細菌を単離した。脂肪族アルコールを蓄積する単離株を、ナイルレッド(Greenspan P, et al., 1985. J Cell Biol. 100: 965-973.; Spiekermann P., et al., 1999. Arch Microbiol. 171: 73-80.)を含むDSW1プレート上でスクリーニングし、蓄積された化合物をGC-MSで解析することで選別した(データは示さず)。1個の単離株が脂肪族アルコールを蓄積することを見出し、その単離株が蓄積する主要な脂肪族アルコールとして、1-ヘキサデカノールを検出した(図2)。この単離株を1-4株と命名した。
【0103】
1-4株は、MB及びR2A培地よりも、dMB及びdR1培地でよく増殖した。1-4株は、dR1培地では脂肪族アルコールを生産したが、dMBでは生産しなかった(データは示さず)。この結果は、脂肪族アルコール合成に関与する遺伝子が、比較的低栄養環境下で発現することを示唆する。1-4株は、dR1培地(表層海水ベース)よりも、dR培地(深層水ベース)において高濃度の脂肪族アルコールを細胞に蓄積するようであった(データは示さず)。一般的に海洋深層水は、表層海水と比べて窒素とリンを多く有機炭素を少なく含むので、これらの濃度差により脂肪族アルコールが高蓄積した可能性がある。dR培地で増殖させたとき、1-4株は、乾燥細胞重量の0.9±0.2%のC14,16,18脂肪族アルコールを蓄積した。この脂肪族アルコール含有量は、自然界の生物の細胞において、最も高い含有量である可能性がある。Acinetobactor属の細菌では、nutrient-rich brothで増殖させたとき、脂肪族アルコールの蓄積は、乾燥細胞重量の0.001%以下であり、ヘキサデカン(脂肪族アルコールの前駆体となる)を含む無機培地で増殖させたときでさえ、脂肪族アルコールの蓄積は、乾燥細胞重量の0.06%であると報告されている(Makula RA, et al., 1975. J Bacteriol. 121: 250-258.)。
【0104】
(1-4株の一般的特徴)
1-4株は、1つの極鞭毛を有する桿菌(0.3~1.1×0.3~8.2μm)であり(図3)、運動性がある。1-4株は、10~30℃(最適温度20~30℃)の温度範囲で増殖し、4℃及び35℃では増殖しない。1-4株は、海水を含まない(海水を水に置換した)dR1培地では増殖しない。1-4株は、12μg/mLのテトラサイクリン及び50μg/mLのゲンタマイシンに耐性であるが、20μg/mLのクロラムフェニコール及び100μg/mLのカナマイシンには耐性がない。1-4株は、カゼイン、スターチ、及び寒天を分解するが、キチンは分解しない。
【0105】
基準株の中では、1-4株は、Reinekea属の細菌に最も類似していた。1-4株のほぼ全長の16SrRNA遺伝子配列は、Reinekea属の基準種の基準株であるReinekea marinisedimentorum DSM 15388の配列と、95.3%の類似性を有していた。このことは、1-4株が、Reinekea属に属することを示唆する(Tindall BJ, et al., 2010. Int J Syst Evol Microbiol 60, 249-266.)。16SrRNA遺伝子配列に基づく系統樹では、1-4株は、Reinekea属の細菌とクラスターを形成し、Oceanospirillales目に含まれた(図4)。
図4は、Gammaproteobacteria綱の中での1-4株の位置を、16S rRNA 遺伝子配列(1254bp)に基づいて示した近隣結合法による系統樹である。
【0106】
(脂肪族アルコール合成クラスター、phsABの同定)
1-4株のもつ脂肪族アルコール合成遺伝子を同定するため、1-4株のゲノムをシークエンスした。phsAと命名した遺伝子の遺伝子産物は、脂肪族アルコールを形成する脂肪族アシルCoAレダクターゼと有意な相同性を有していた。phsAの遺伝子産物は、Maqu_2507(accession no. CP000514;Willis RM, et al., 2011. Biochemistry. 50: 10550-10558)の遺伝子産物に51%のアミノ酸同一性を示し、Acr1(accession no. AAC45217;Reiser S and Somerville C. 1997. J Bacteriol. 179: 2969-2975.; Steen EJ, et al., 2010. Nature. 463: 559-562.)に46%のアミノ酸同一性を示した。phsAは、phsBと命名した下流遺伝子とオペロンになっているようであった(図5)。phsBの遺伝子産物は、既知のタンパク質と有意な相同性を示さなかったが、リパーゼに非常に低い相同性を示した。例えば、Aeromonas hydrophila(Anguita J, et al., 1993. Appl Environ Microbiol. 59: 2411-2417.)のリパーゼにアミノ酸配列で7%の同一性、及び43%の類似性を示した。アシル-ACP(acyl carrier protein)/脂肪酸/アシル-CoAレダクターゼをコードする遺伝子[Maqu_2507遺伝子(www.genome.jp/kegg/)及びacr1(Reiser S and Somerville C. 1997. J Bacteriol. 179: 2969-2975.)を含む]は、リパーゼ遺伝子又はそのホモログとクラスターを形成しない。
【0107】
phsAを導入した大腸菌株は、C14,16,18脂肪族アルコールを蓄積したが、脂肪族アルデヒドは蓄積しなかった(図6のpBS29SNX)。一方、コントロールベクターを保持する大腸菌株は、脂肪族アルコール及び脂肪族アルデヒドのいずれも蓄積しなかった(図6のControl vector)。配列相同性とともに、これらの結果は、phsAが、脂肪族アルコールを形成する脂肪族アシルCoAレダクターゼをコードすることを示唆する。phsAを単独で保持する大腸菌株では、乾燥細胞重量の19%の脂肪族アルコールが蓄積した(図6のphsA)。これは、脂肪族アルコール含有量として、これまでで最も高い値であり、しかもアシルーACP/脂肪酸/アシル-CoAレダクターゼのみを発現させて得られた値である。報告されている吸光度(細胞密度を示す)又は増殖条件に基づいて推定すると、組換え大腸菌に蓄積される脂肪族アルコールのこれまでの最大量は、乾燥細胞重量の17%までと推定でき、この値はアシル-ACP/脂肪酸/アシル-CoAレダクターゼの発現とともにアシル-ACPチオエステラーゼを過剰発現させることで達成されている(Liu A, et al., 2013. Appl Microbiol Biotechnol. 97: 7061-7071.; 図1)。
【0108】
一方、phsBのリパーゼ活性は、phsB(pBS29SNC)を導入した大腸菌株における脂肪酸の蓄積の変化をみたTLCでは検出されなかった(データは示さず)。しかしながら、phsAB(pBS29SN)を導入した大腸菌株は、乾燥細胞重量の24%という高濃度のC14,16,18脂肪族アルコールを蓄積した(図7)。これは、phsAのみを導入した大腸菌株よりも高い値である(図7)。さらに、phsAB(pBS29SN)を導入した大腸菌株は、phsA(pBS29SNX)を導入した大腸菌よりも増殖速度が速かった。これらの結果は、新規遺伝子クラスターphsABが、脂肪族アルコールの高生産性に有利であることを示している。そして、この24%という蓄積量は、アシル-ACPチオエステラーゼの過剰発現によりさらに高くなる可能性がある。
これらphsBによる脂肪族アルコールの高蓄積と増殖促進は、phsB産物が潜在的にリパーゼとして機能することと一致する。すなわち、phsBは、アシルCoA(β酸化を介してエネルギー源及び炭素源となるとともに、レダクターゼの基質となる)のレベルを増加させると考えられる(図1)。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によれば、生物学的な方法により脂肪族アルコールを製造する技術が提供される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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