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  • 特許-炎症性貧血処置のための組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-16
(45)【発行日】2022-12-26
(54)【発明の名称】炎症性貧血処置のための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/01 20060101AFI20221219BHJP
   A61K 35/20 20060101ALI20221219BHJP
   A61P 7/06 20060101ALI20221219BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20221219BHJP
   A23L 33/18 20160101ALI20221219BHJP
   A23L 33/19 20160101ALI20221219BHJP
【FI】
A61K38/01 ZMD
A61K35/20
A61P7/06
A61P29/00
A23L33/18
A23L33/19
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018052084
(22)【出願日】2018-03-20
(65)【公開番号】P2019163220
(43)【公開日】2019-09-26
【審査請求日】2021-03-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】山口 真
【審査官】春田 由香
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-155751(JP,A)
【文献】国際公開第2013/133442(WO,A1)
【文献】特表2006-515287(JP,A)
【文献】特開昭62-135434(JP,A)
【文献】Huang, P. et al.,Effects of IL-10 on iron metabolism in LPS-induced inflammatory mice via modulating hepcidin expression,European Review for Medical and Pharmacological Sciences,2017年,Vol.21, No.15,p.3469-3475
【文献】菱川 恭子,岩井 一宏,鉄代謝研究の進歩と鉄不応性貧血・感染防御への関わり,日本臨床免疫学会会誌,2005年,第28巻,第6号,p.372-380,DOI:10.2177/jsci.28.372
【文献】Ganz, T.,Hepcidin, a key regulator of iron metabolism and mediator of anemia of inflammation,Blood,2003年,Vol.102, No.3,p.783-788,doi:10.1182/blood-2003-03-0672
【文献】Kemna, E. et al.,Time-course analysis of hepcidin, serum iron, and plasma cytokine levels in humans injected with LPS,Blood,2005年,Vol.106, No.5,p.1864-1866,doi:10.1182/blood-2005-03-1159
【文献】澤田 賢一,貧血と多血症:診断と治療の進歩 II. 診断へのアプローチ 1. 初診で貧血を診た場合,日本内科学会雑誌,2006年,第95巻,第10号,p.1994-1999
【文献】Collins, J. F. et al.,Hepcidin regulation of iron transport,The Journal of Nutrition,2008年,Vol.138, No.11,p.2284-2288,doi:10.3945/jn.108.096347
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00-38/58
A61K 35/00-35/768
A23L 33/00-33/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホエイタンパク質の加水分解物であって、数平均分子量が400~700であるものを一回量または一日量当たり0.10g以上含む、7日以上続けて摂取させるための、炎症性貧血の処置のための組成物。
【請求項2】
飲料の形態である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
ホエイタンパク質の加水分解物を一回量または一日量当たり1~25g含む、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
炎症性疾患、感染性腸炎、感冒による下痢・嘔吐・発熱を伴う脱水状態、および過度の発汗による脱水状態からなる群より選択されるいずれかの疾患もしくは状態にある者、またはその発症リスクのある者に摂取させるための、請求項1からのいずれか1項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炎症性貧血処置のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症、悪性腫瘍、関節リウマチなどの炎症を有する疾患においては、貧血がしばしば認められ、炎症性貧血または慢性疾患貧血と呼ばれている。炎症性貧血の機序は、以下の通りである。炎症により産生されたインターロイキン-6(IL-6)が、肝臓においてヘプシジン産生を亢進させる。ヘプシジンは、腸管からの鉄吸収および網内系からの鉄放出を抑制することによって、生体内での鉄利用性を障害し、貧血を発症させる。
【0003】
日本国内では、悪性腫瘍患者が約160万人、関節リウマチ患者が約34万人とのデータがあることから、多くの人々が炎症性貧血を患っていることが予想される。貧血の主な症状としては、動悸、息切れ、倦怠感などが良く知られている。また、貧血による酸素運搬能の低下は、筋力・筋肉量の低下、認知機能低下にも関係していることが報告されている。このように、貧血は患者のQOLを損ねる大きな問題である。
【0004】
一方、栄養組成物の成分等として利用されている牛乳由来のタンパク質やその処理物(特許文献1等)については、いくつかの機能が知られている。炎症に関連した機能としては、例えば、特許文献2は、(i)ミルク産生動物のミルクから脂肪を除去したスキムミルクを調製し、(ii)該スキムミルクからカゼインを除去して乳清を調製し、(iii)約10,000ダルトンよりも大きな分子量の巨大分子を該乳清から除去し、(iv)イオン交換クロマトグラフィーによって、前工程で得られた低分子量の産物を分離し、(v)分子ふるいクロマトグラフィーによって前工程で得られた抗炎症因子をさらに精製し、そして(vi)抗炎症因子を採取する、ことを特徴とする方法によって調製される、実質的に純粋な形態にある抗炎症因子を提案する。また、特許文献3は、ラクトフェリンと、ビタミンC等のそれ以外の成分の一つないし二つ以上とを含有することを特徴とする、関節炎、アレルギー、貧血、アルツハイマー病および記憶障害、気管支炎、ガン、高コレステロール血症、動脈硬化、慢性疲労症候群、便秘、鬱、風邪、皮膚炎と失神、高血圧、炎症性腸疾患、肝臓病、口内炎、齲歯と歯周病、尿路感染症、肥満、または消化性潰瘍の治療用医薬組成物ならびに加工食品を提案する。さらに特許文献4は、脂質画分が8~50重量%のリン脂質を含有していることを特徴とする、炎症反応を即座に軽減させる組成物を製造するためのタンパク質画分及び脂質画分の使用を提案する。さらに特許文献5は陽イオン交換クロマトグラフィーにより乳製品から分離された乳清生長因子抽出物を含む筋肉抗炎症組成物を提案する。しかしながら、いずれの文献においても、牛乳由来のタンパク質やその処理物が炎症性貧血を改善する作用を有しうることは、記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-250990号公報(特許第5763024号)
【文献】特開平2-503802号公報(特許第2834244号)
【文献】特開2005-68060号公報
【文献】特表2008-519831号公報
【文献】特開2013-166760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、貧血の改善のためには鉄剤が用いられてきた。しかし、炎症性貧血は鉄の摂取量が不十分なために発症するのではないため、鉄剤では改善は期待できない。それに加えて、鉄剤の過剰摂取には副作用のリスクがある。すなわち、ヒトには鉄を排出する機能は備わっていないため、鉄が臓器に過剰に蓄積すれば、臓器障害を引き起こす可能性がある。また、悪心、便秘、腹部不快感、腹痛、下痢、嘔吐などの消化器症状が出るおそれがある。
【0007】
そこで、本発明者らは、安全に摂取可能な炎症性貧血改善剤を提供することを課題として研究を行った。その結果、牛乳由来のタンパク質の酵素分解ペプチドの摂取により、炎症性貧血を効果的に改善できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下を提供する。
[1] 乳タンパク質の加水分解物を含む、炎症性貧血の処置のための組成物。
[2] 乳タンパク質が、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質単離物(WPI)、ホエイタンパク質濃縮物(WPC)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンからなる群より選択されるいずれかである、1に記載の組成物。
[3] 飲料の形態である、1または2に記載の組成物。
[4] 乳タンパク質の加水分解物を、一回量または一日量当たり、1~25g含有する、食品組成物。
[5] 炎症性疾患、感染性腸炎、感冒による下痢・嘔吐・発熱を伴う脱水状態、および過度の発汗による脱水状態からなる群より選択されるいずれかの疾患もしくは状態にある者、またはその発症リスクのある者に摂取させるための、4に記載の食品組成物。
[6] 炎症性貧血の処置のための、4または5に記載の食品組成物。
【0009】
また、本発明は、以下を提供する。
[7] 炎症性貧血の処置のための組成物を製造するための、乳タンパク質の加水分解物の使用。
[8] 乳タンパク質が、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質単離物(WPI)、ホエイタンパク質濃縮物(WPC)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンからなる群より選択されるいずれかである、7に記載の使用。
[9] 乳タンパク質の加水分解物を含む、炎症性貧血の処置のための組成物の製造方法。
[10] 乳タンパク質が、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質単離物(WPI)、ホエイタンパク質濃縮物(WPC)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンからなる群より選択されるいずれかである、9に記載の組成物の製造方法。
[11] 炎症性貧血の処置のために用いられる、乳タンパク質の加水分解物。
[12] 乳タンパク質が、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質単離物(WPI)、ホエイタンパク質濃縮物(WPC)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンからなる群より選択されるいずれかである、11に記載の加水分解物。
[13] 乳タンパク質の加水分解物の、炎症性貧血の非治療的処置(例えば、発症リスクの低減)のための使用。
[14] 乳タンパク質が、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質単離物(WPI)、ホエイタンパク質濃縮物(WPC)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンからなる群より選択されるいずれかである、13に記載の使用。
【発明の効果】
【0010】
本発明の組成物は、炎症性貧血の処置のために用いることができる。また本発明の組成物は、身体に有用な成分の補給のために用いることもでき、それを摂取した者の炎症性貧血のリスクを低減することができる。本発明の組成物は安全に摂取することができるので、長期間の継続摂取にも適している。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】貧血関連指標を示した図である。テルペンチン投与群は正常群と比較し,血漿中鉄濃度,血液中ヘモグロビン濃度,赤血球数,ヘマトクリット値が有意に低下した。ホエイペプチドを投与した群では、赤血球数は高値傾向、それ以外の指標は有意な高値を示した。平均値+標準誤差,n=9-10.**p<0.01, *p<0.05, ap<0.1, vs Turpentine/Water.WPH, ホエイペプチド.
【発明を実施するための形態】
【0012】
[有効成分]
本発明は、炎症性貧血の処置のための組成物に関する。本発明の組成物は、乳タンパク質の加水分解物を有効成分とする。
乳タンパク質とは、乳由来のタンパク質をいう。本発明に用いる、乳タンパク質の加水分解物の原料である乳タンパク質の例は、ホエイタンパク質(ホエイタンパク質単離物(WPI)、およびホエイタンパク質濃縮物(WPC)を含む。)、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、ラクトフェリン、カゼイン、および乳タンパク質濃縮物(MPC)、総乳タンパク質(TMP)、ならびにこれらの混合物である。好ましい例は、ホエイタンパク質、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン、およびラクトフェリンであり、より好ましい例は、ホエイタンパク質である。
【0013】
ホエイタンパク質は、牛乳からカゼインや脂肪を取り除いた液体部分(ホエイ)に含まれるタンパク質である。ホエイには通常、約1%のタンパク質 (α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、ラクトフェリン) が含まれる。
【0014】
以下、本発明を、有効成分がホエイタンパク質の加水分解物である場合を例に説明することがあるが、当業者であれば、その説明を他の乳タンパク質の加水分解物にも当てはめて理解することができる。
【0015】
ホエイタンパク質の加水分解物は、ホエイタンパク質を酵素で分解することにより調製することができる。ホエイタンパク質の酵素分解に用いる酵素として通常、ペプシン、トリプシンおよびキモトリプシンがあるが、植物由来のパパイン、バクテリアや菌類由来のプロテアーゼを用いた研究報告(Food Technol., 48: 68-71,1994;Trends Food Sci. Technol., 7: 120-125, 1996;Food Proteins and Their Applications, pp. 443-472, 1997)もある。従って本発明においては、これらの酵素を使用することができる。よって本発明の組成物は、上述の乳タンパク質を、これらの酵素からなる群から選択される少なくとも1つの酵素によって酵素分解することによって得られるものを含む。ホエイタンパク質を酵素分解する酵素の活性は、その種類により大きく変動する。当業者であれば、各酵素の活性に基づき最適な酵素を選択することができる。ペプシンはα-Laおよび変性したα-Laを分解するが、未変性の(native)β-Lgを分解しない(Neth. Milk dairy J., 47: 15-22, 1993 )。トリプシンはα-Laをゆっくりと分解するが、β-Lgをほとんど分解しない(Neth. Milk dairy J., 45: 225-240, 1991)。キモトリプシンはα-Laを速く分解するが、β-Lgをゆっくりと分解する。パパインはウシ血清アルブミン(BSA)およびβ-Lgを分解するが、α-Laを分解しにくく、α-Laには抵抗性がある(Int. Dairy Journal 6: 13-31, 1996a)。しかしながら、パパインはCaを結合していないα-Laを酸性のpHで完全に分解する(J.Dairy Sci., 76: 311-320, 1993)。
【0016】
ペプチド結合の酵素分解では、荷電基数および疎水性の増加、低分子量化、ならびに分子の立体配置の修飾がもたらされる(J. Dairy Sci., 76: 311-320, 1993)。 乳タンパク質の機能的な特性の変化は酵素分解度に大きく依存する。例えば、ホエイタンパク質の機能性に共通して見られる最大の変化は溶解性の増加と粘度の低下である。ホエイタンパク質の酵素分解度が高い場合、その酵素分解物では、しばしば、加熱しても沈澱せず、pH が3.5~4.0において溶解性が高くなる。また、その酵素分解物では、無処置(intact)のタンパク質よりも、はるかに粘度が低くなる。これらの差異は特に、タンパク質の濃度が高い場合に顕著である。その他の影響としては、ゲル特性の変化、熱安定性の向上、乳化性および起泡安定性の低下などが挙げられる(Int. Dairy journal, 6: 13-31, 1996a;Dairy Chemistry 4, pp. 347-376, 1989;J. Dairy Sci., 79: 782-790, 1996)。
【0017】
本発明の乳タンパク質の加水分解物には、タンパク質の酵素分解物そのもの、限外濾過膜で処理した保持液(リテンテイト)、または透過液(パーミエイト)、さらに、本発明で必要とされる同様の活性が有る市販の乳タンパク質の酵素分解物が包含される。例えば、本発明の乳タンパク質加水分解物として、分画分子量が5000、6000、7000、8000、9000、10000のいずれかを下限(「~以上、または、~より高い)、15000、20000、25000、30000のいずれかを上限(~以下、または、~より低い)とする2点の間の分子量である限外濾過膜、好ましくは分画分子量が10000である限外濾過膜で処理した保持液を用いることができる。
【0018】
本発明の組成物に用いることのできるホエイタンパク質の加水分解物としては、例えば、以下のものがある。
・特許第3183945号公報に開示される、加熱変性したホエイタンパク質分離物(WPI)を、エンドペプチダーゼおよびエキソペプチダーゼで酵素分解後、この酵素分解物中の芳香族アミノ酸をイオン交換樹脂で吸着処理することにより、Fischer比が10 以上、分岐鎖アミノ酸が15%以上、芳香族アミノ酸が2%未満のホエイタンパク酵素分解物(分子量200~3,000のペプチド混合物)。
【0019】
・特表平6-50756号公報に開示される、タンパク質含量が少なくとも65%のホエイタンパク濃縮物(WPC)の12%水溶液を、60℃を超える温度で熱処理後、B. licheniformis由来のアルカラーゼおよびB. subtilis由来のニュートラーゼで15~35%のDHまで酵素分解し、この酵素分解物を、10,000を超えるカットオフ値をもつ限外濾過(Ultrafiltration: UF)後、ナノ濾過(Nanofiltration: NF)で濃縮し、このNF保持液を噴霧乾燥して得られる、無臭で苦味の少ないホエイタンパク酵素分解物。
【0020】
市販されているものとしては、例えばWE80BH(DMV)、HWP206(Tatua)、Biozate-5(Davisco)、Proliant 8350(Proliant)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
乳タンパク質の加水分解物は、上記に例示した文献に加えて、数多くの調製方法などが開示された特許文献(公開特許公報および特許公報)が存在する。当業者であれば、これらの文献にしたがって乳タンパク質の加水分解物を調製することができる。
【0022】
例えば:
カゼインとホエイタンパク質を別々に酵素分解してから、疎水性部分を吸着・除去した後に、両者を所定割合で混合する方法(日本特許第2,986,764号);
ホエイタンパク質をバチルス属由来のプロテアーゼと放線菌由来のプロテアーゼにより酵素分解した後に、酵素と不溶性の酵素分解物を除去する方法(日本特許第3,222,638号);
β-ラクトグロブリンを酵素で分解して、分岐鎖アミノ酸/芳香族アミノ酸のモル比が10重量%以上、芳香族アミノ酸が2.0重量%未満、平均分子量が数百~数千のペプチドの混合物を得る方法(日本特許第3,183,945号);
ホエイタンパク質中のβ-ラクトグロブリンを選択的に酵素分解する方法(日本特許第2,794,305号);または
ホエイタンパク質をバシラス・リシェニフォルムス(B. licheniformis)由来のプロテアーゼおよび/または枯草菌(B. subtilis)由来のプロテアーゼにより、非-pH-スタット法を用いて、15~30%の酵素分解度(DE)まで酵素分解し、カットオフ値10,000を超える限外濾過膜の透過液を得る方法(日本特許第3167723号)、
などを挙げることができるがこれらに限定されない。本発明の乳タンパク質加水分解物には、これらの特許文献以外の方法や技術で調製されたものも包含される。
【0023】
特に好ましい態様においては、乳タンパク質の加水分解物として、重量平均分子量が400~1000であるもの、好ましくは500~900のもの、または数平均分子量が300~800であるもの、好ましくは400~700であるものを用いる。乳タンパク質の加水分解物の分子量は、サイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography, SEC)、ゲル浸透クロマトグラフィー(Gel Permeation Chromatography, GPC)、またはゲルろ過クロマトグラフィー (Gel Filtration Chromatography, GFC)ともいう。)で測定することができる。
【0024】
乳タンパク質の加水分解物の分子量測定のためのサイズ排除クロマトグラフィーは、典型的には、下記の条件で行う:
カラムとしてタンパク質分離に適した充填剤、例えば表面にジオール官能基を含むリガンドを導入してタンパク質との相互作用を防止したシリカを使用する。
展開溶媒としては、有機溶媒(アセトニトリル、プロパノール)/水にトリフルオロ酢酸またはリン酸を添加して酸性条件としたものを使用する。
分子量マーカーとしては分子量300~30,000程度の分子量が既知のもの、例えば、cytochrome c (分子量12400)、副腎皮質刺激ホルモン (ACTH) (分子量2933)、oxytocin (分子量1007), およびglutathione (分子量307)を使用することができる。
【0025】
[用途]
乳タンパク質の加水分解物を含む本発明の組成物は、炎症性貧血の処置のために用いることができる。炎症性貧血(anemia of inflammation)は、感染症、悪性腫瘍、関節リウマチなどの炎症を有する疾患においてしばしば認められる。炎症性貧血は、炎症により産生されたインターロイキン-6(IL-6)が肝臓におけるヘプシジン産生を亢進し、ヘプシジンが腸管からの鉄吸収および網内系からの鉄放出を抑制することによって、生体内での鉄利用性を障害することによって生じる(日本鉄バイオサイエンス学会, 鉄剤の適正使用による貧血治療指針. 2009: 響文社)。
【0026】
本発明者らは、乳タンパク質の加水分解物が、テルペンチンによって誘導された炎症モデル動物において、血漿中鉄濃度、血液中ヘモグロビン濃度、赤血球数、およびヘマトクリット値の低下抑制作用があることを初めて見出した(実施例参照)。本発明は、乳タンパク質の加水分解物の、このような新規な作用に基づき、炎症性貧血の処置のための組成物を提供するものである。これまで、乳タンパク質の加水分解物が炎症性貧血の処置に適することは知られていなかった。
【0027】
本発明で疾患または状態について「処置」というときは、発症リスクの低減、予防、および治療を含む。処置には、医師および医師の指示を受けた看護師、助産師などが行う医療行為と、医師以外の者、例えば薬剤師、栄養士(管理栄養士、スポーツ栄養士を含む。)、保健師、助産師、看護師、臨床検査技師、スポーツ指導員、医薬品製造者、医薬品販売者、食品製造者、食品販売者等が行う、非治療的行為が含まれる。さらに処置には、特定の食品の摂取の推奨、栄養指導(傷病者に対する療養のため必要な栄養の指導、および健康の保持増進のための栄養の指導を含む。)が含まれる。
【0028】
ある組成物が炎症性貧血の処置に適しているか否かは、その組成物の摂取により、炎症性貧血である対象またはそのモデル動物において、血漿中鉄濃度、血液中ヘモグロビン濃度、赤血球数、ヘマトクリット値、平均赤血球容積(MCV)、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)、網赤血球、末梢血液像(WBC分画,血球形態)、血小板数、不飽和鉄結合能、および血清フェリチンからなる群より選択されるいずれか、好ましくは血漿中鉄濃度、血液中ヘモグロビン濃度、赤血球数、およびヘマトクリット値からなる群より選択される少なくとも一つの項目において、摂取しない場合と比較して有意な改善が見られたか否かにより判断することができる。
【0029】
本発明の組成物は、炎症性貧血を処置することが好ましい対象に、摂取させるのに適している。そのような対象には、炎症性貧血である対象、炎症性疾患である対象が含まれる。炎症性疾患の例は、自己免疫疾患(例えば、関節リウマチ)、感染症、悪性腫瘍、アレルギー性疾患(例えば、ぜんそく、アトピー性皮膚炎)、炎症性腸疾患(例えば、潰瘍性大腸炎、クローン病)、自己炎症疾患(例えば、クリオピリン関連周期熱症候群、TNF受容体関連周期性症候群、ブラウ症候群、家族性地中海熱、 高IgD症候群、中條・西村症候群、化膿性無菌性関節炎・壊疽性膿皮症・アクネ症候群)である。
【0030】
本発明の組成物に含まれる乳タンパク質の加水分解物は、栄養成分としても優れており、また摂取により炎症性貧血の発症リスクの低減が期待できることから、炎症性貧血である対象、炎症性疾患である対象以外の対象に摂取させるのに適している。そのような対象の例は、感染性腸炎(ノロウイルス、ロタウイルス、病原性大腸菌、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、またはサルモネラによる腸炎)、感冒による下痢・嘔吐・発熱を伴う脱水状態、および過度の発汗による脱水状態からなる群より選択されるいずれかの疾患もしくは状態にある対象、もしくはその発症リスクのある者、または肉体疲労、病中病後、食欲不振、成長期、妊娠期、授乳期、もしくは胃・十二指腸切除後等の吸収不良等の状態にある対象である。
【0031】
本発明の組成物は炎症性貧血を処置することができるので、本発明の組成物の摂取により、炎症性貧血による酸素運搬能の低下に起因する、筋力・筋肉量の低下(Penninx, B.W., et al., Anemia is associated with disability and decreased physical performance and muscle strength in the elderly. J Am Geriatr Soc, 2004. 52(5): p. 719-24.)、認知機能の低下(Terekeci, H.M., et al., Relationship between anaemia and cognitive functions in elderly people. Eur J Intern Med, 2010. 21(2): p. 87-90.)に対する効果も期待できると考えられる。
【0032】
[組成物]
(食品組成物等)
本発明の組成物は、食品組成物、または経口摂取される医薬組成物とすることができる。食品は、特に記載した場合を除き、一般食品、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品、および機能性表示食品を含む。)、機能性食品、健康食品、サプリメント、栄養組成物を含み、また治療食(治療の目的を果たすもの。医師が食事箋を出し、それに従い栄養士等が作成した献立に基づいて調理されたもの。)、食事療法食、成分調整食、介護食を含む。食品は、特に記載した場合を除き、固形物のみならず、液状のもの、例えば飲料、ドリンク剤、およびスープを含む。食品組成物としての好ましい形態の例は、清涼飲料、酸性清涼飲料、栄養強化飲料、特定保健食品飲料、乳酸菌飲料等の飲料類(ドリンク類)、菓子、サプリメント、ゼリー剤、ドリンク剤、チューブ入り剤、カプセル剤(軟カプセル剤、硬カプセル剤)、錠剤(タブレット)、丸剤、粉末剤、顆粒剤、細粒剤である。
【0033】
(有効成分の含有量、用法)
本発明の組成物における、乳タンパク質の加水分解物の含有量(複数種類の乳タンパク質の加水分解物を用いる場合は、すべての乳タンパク質の加水分解物の総量に基づく。)は、目的の効果が発揮される量であればよい。
【0034】
例えば一回量または一日量当たりの含有量は、0.10g以上とすることができ、0.20g以上とすることが好ましく、0.5g以上とすることがより好ましく、1.0g以上とすることがさらに好ましく、1.5g以上とすることがさらに好ましい。一回量または一日量当たりの含有量の上限値は、いずれの場合であっても、100g以下とすることができ、50g以下とすることが好ましく、30g以下とすることがより好ましい。あるいは、液状の組成物とする場合は、乳タンパク質の加水分解物の濃度を、0.03~5.0重量%とすることができ、0.1~2.0重量%とすることが好ましく、0.3~0.5重量%とすることがより好ましい。別の液状の組成物においては、乳タンパク質の加水分解物の濃度を、0.50~10重量%とすることができ、1.0~8.0重量%とすることが好ましく、3.0~7.0重量%とすることがより好ましい。
【0035】
本発明の組成物の摂取は、一日に1回~数回に分けて行うことができる。
【0036】
より具体的には、乳タンパク質の加水分解物の一製品当たりの含有量は、0.10~10gとすることができ、0.20~7.5gとすることが好ましく、0.50~5.0gとすることがより好ましく、1.0g~3.0gとすることがさらに好ましい。また乳タンパク質の加水分解物の摂取量は、1.0~100g/dayとすることができ、2.0~50g/dayとすることが好ましく、2.0~30g/dayとすることがより好ましい。
【0037】
本発明の組成物は、従来の貧血の処置のための鉄剤とは異なり、過剰の鉄の摂取による副作用はないといえる。そのため、本発明の組成物は、繰り返し、または長期間にわたって摂取してもよく、例えば3日以上、好ましくは7日以上続けて摂取することができる。また従来の貧血の処置のための鉄剤は、副作用(胃腸障害;吐き気・嘔吐・下痢・便秘・心窩部痛、潰瘍等)が強い場合には食事直後または食事中に摂取することが勧められていたが、本発明の組成物は、適宜摂取することができる。
【0038】
本発明の組成物は、食品または医薬品として許容可能な他の成分や添加剤を含んでいてもよい。そのような成分の例は、アミノ酸類(例えば、リジン、アルギニン、グリシン、アラニン、グルタミン酸、ロイシン、イソロイシン、バリン)、糖質(グルコース、ショ糖、果糖、麦芽糖、トレハロース、エリスリトール、マルチトール、パラチノース、キシリトール、デキストリン)、電解質(例えば、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム)、ビタミン(例えば、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビオチン、葉酸、パントテン酸およびニコチン酸類)、ミネラル(例えば、銅、コバルト、マンガン)、pH調整剤(例えば、クエン酸、乳酸、りんご酸、酒石酸、リン酸、酢酸)、乳化剤、安定剤、甘味料(例えば、スクラロース、ステビア、アスパルテーム、アセスルファムカリウム)、着色料、保存料、酸化防止剤、香料、酸味料、天然物(例えば、果汁、野菜汁)を含んでもよい。
【0039】
(その他)
本発明の組成物の製造において、乳タンパク質の加水分解物の配合の段階は、適宜選択することができる。乳タンパク質の加水分解物の特性を著しく損なわない限り配合の段階は特に制限されない。例えば、製造の初期の段階に、原材料に混合して配合することができる。
【0040】
本発明の組成物には、炎症性貧血の処置のために用いることができる旨を表示することができ、また上述の対象に対して摂取を薦める旨を表示することができる。表示は、直接的にまたは間接的にすることができ、直接的な表示の例は、製品自体、パッケージ、容器、ラベル、タグ等の有体物への記載であり、間接的な表示の例は、ウェブサイト、店頭、展示会、書籍、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、郵送物、電子メール、音声等の、場所または手段による、広告・宣伝活動を含む。
【実施例
【0041】
[材料および方法]
乳タンパク質の加水分解物としては、WPIを微生物由来プロテアーゼにより処理して調製したもの(以下、ホエイペプチドという。)を使用した。サイズ排除クロマトグラフィーによって測定した重量平均分子量は717 Da、数平均分子量は595 Daであった。
【0042】
サイズ排除クロマトグラフィーには、カラムとしてTSKgel G2000 SWXL(東ソー)、展開溶媒として45%アセトニトリル、0.1%トリフルオロ酢酸を用いた。流速は0.5 mL/分、カラムオーブン温度は30 ℃とし、214 nmの吸光度測定により検出を行った。分子量マーカーには、cytochrome c (MW = 12400), ACTH (MW = 2933), oxytocin (MW = 1007), およびglutathione (MW = 307)を用いた。
【0043】
日本チャールス・リバー社よりC57BL/6マウス(オス、8週齢)を30匹購入した。試験期間中、飼料はAIN-93Gを用いた。購入したマウスを1週間以上馴化後、体重の平均値がなるべく等しくなるように各群10匹の3群に分けた。ホエイペプチド群には、ホエイペプチドを1g/kg、1回/日、7日間連続で経口投与した。それ以外の群には溶媒の蒸留水を経口投与した。
【0044】
イソフルラン麻酔下、マウスの背部(肩甲骨の間)にテルペンチン(Sigma社)を5mL/kg皮下投与した。ホエイペプチド群は、テルペンチン投与1時間前および1時間後に、ホエイペプチドを1g/kg経口投与した。それ以外の群には蒸留水を経口投与した。テルペンチン投与から24時間後に、イソフルラン麻酔下で腹部大静脈より全採血し、安楽死させた。
【0045】
血漿中の鉄濃度をニトロソPSAP法(メタロジェニクス社)により測定した。また、血液中のヘモグロビン濃度、赤血球数、ヘマトクリット値を自動血液分析装置XT-1800iV(シスメックス社)で測定した。数値は平均値+標準誤差で示した。統計解析はExcel統計(社会情報サービス社)を用い、正常群とテルペンチン投与群の比較、テルペンチン投与群とテルペンチン・ホエイペプチド投与群の比較をそれぞれt検定で行った。
【0046】
<群構成>
1群、正常群
2群、テルペンチン投与群
3群、テルペンチン・ホエイペプチド投与群
【0047】
[結果と考察]
貧血関連指標を図1に示す。テルペンチン投与群は正常群と比較し,血漿中鉄濃度,血液中ヘモグロビン濃度,赤血球数,ヘマトクリット値が有意に低下した(p<0.01)。ホエイペプチドを投与した群では、赤血球数は高値傾向(p<0.1)、それ以外の指標は有意な高値を示した(p<0.05)。
【0048】
これらの結果から,ホエイペプチドは急性の炎症性貧血を改善することが示された。
図1