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特許7196707窒化用鍛造部材及びその製造方法、並びに表面硬化鍛造部材及びその製造方法
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  • 特許-窒化用鍛造部材及びその製造方法、並びに表面硬化鍛造部材及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】窒化用鍛造部材及びその製造方法、並びに表面硬化鍛造部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221220BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20221220BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20221220BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/38
C21D1/06 A
C21D8/00 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019049911
(22)【出願日】2019-03-18
(65)【公開番号】P2020152938
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-11-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】高尾 亮太
(72)【発明者】
【氏名】福田 康弘
(72)【発明者】
【氏名】水野 浩行
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/101451(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/067181(WO,A1)
【文献】国際公開第2010/147224(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第102089452(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/10
C21D 1/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化処理を行う窒化用鍛造部材であって、
化学成分組成が、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.50~2.00%、Cr:0.50~1.50%、Mo:0.05~0.30%、Al:0.020%以下、V:0.10~0.70%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1を満足し、
式1:75≧34×[Mn]+57×[Cr]-53×[V]
(ここで、式1~3における[X]は、元素Xの含有率(質量%)の値を意味する。)
金属組織におけるベイナイトの面積率が80%以上であり、
表面硬さが280HV以下であり、
窒化処理を行った場合の特性として、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが、2時間の処理において0.2mm以上となることを達成可能である、窒化用鍛造部材。
【請求項2】
請求項1に記載の窒化用鍛造部材を製造する方法であって、
上記化学成分組成を有すると共に上記式1を満足する鋼材に対して、1100℃以上の熱間鍛造温度にて熱間鍛造を施し、その後800~500℃の範囲における冷却を0.5℃/秒~5℃/秒の冷却速度で行う、窒化用鍛造部材の製造方法。
【請求項3】
表面硬化層を有する表面硬化鍛造部材であって、
化学成分組成が、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.50~2.00%、Cr:0.50~1.50%、Mo:0.05~0.30%、Al:0.020%以下、V:0.10~0.70%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1を満足し、
式1:75≧34×[Mn]+57×[Cr]-53×[V]
(ここで、式1~3における[X]は、元素Xの含有率(質量%)の値を意味する。)
表面硬さが700HV以上、
芯部硬さが300HV以上、かつ、
硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが0.2mm以上である、表面硬化鍛造部材。
【請求項4】
請求項3に記載の表面硬化鍛造部材を製造する方法であって、
上記化学成分組成を有すると共に上記式1を満足する鋼材に対して、1100℃以上の熱間鍛造温度にて熱間鍛造を施し、その後800~500℃の範囲における冷却を0.5℃/秒~5℃/秒の冷却速度で行って、金属組織におけるベイナイトの面積率が80%以上であり、表面硬さが280HV以下であり、窒化処理を行った場合の特性として、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが、2時間の処理において0.2mm以上となることを達成可能である、窒化用鍛造部材を作製し、
該窒化用鍛造部材に対して、切削加工を施し、その後、窒化処理を行う、表面硬化鍛造部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化用鍛造部材及びその製造方法、並びに表面硬化鍛造部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に用いられるギヤに代表される高い疲労強度が必要とされる部品には、表面硬化を目的とした浸炭、高周波熱処理等が施されている。これらの表面硬化処理はオーステナイト(γ)変態域まで加熱して処理を行い、その後、焼入れをするために、熱またはマルテンサイト変態に起因した歪の発生が問題視されている。
【0003】
この歪の問題については、γ変態温度よりも低い温度で処理が行われる窒化処理(ガス窒化処理)を採用することによって解決が可能である。窒化処理(ガス窒化処理)は、一般的にアンモニア(NH3)に窒素(N2)等を加えたガスを用いる通常の窒化処理と、アンモニア(NH3)にRXガス等を加えたガスを用いて炭素(C)の浸入拡散処理も兼ねる軟窒化処理がある。いずれの窒化処理によっても、例えば表面から0.2mm程度以上の深さまで所望の硬化効果を得るためには、比較的長時間の処理を必要とし、高い生産性を確保することは困難である。
【0004】
例えば、特許文献1及び2においては、窒化処理により表面の高硬度化を行った例が示されているが、いずれにおいても9時間以上の長時間の処理時間を行うことが示されている。
【0005】
また、強度向上を実現することだけを考えれば、窒化処理前の窒化用鍛造部材の硬さ(芯部及び表面を含む全体の硬さ)を上昇させておくことも有効である。しかし、鍛造部材の硬さの上昇は、切削性を悪化させるという問題がある。ギヤ等の鋼部材は、寸法精度を確保するために切削加工を行うことが必須であるところ、窒化用鍛造部材の硬さ(芯部及び表面の硬さ)の上昇による切削性の悪化は大きな問題となる。そのため、強度改善のために、窒化用鍛造部材の硬さを上昇させるという選択を行うことは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-32537号公報
【文献】WO2012/067181号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、熱間鍛造後窒化処理前において、製造上問題のない切削性を確保しつつ、従来よりも、より短時間の窒化処理により、深い硬化深さを得ることを可能にすることにより、生産性の向上と、高強度化が期待できる窒化用鍛造部材及びその製造方法、並びに表面硬化鍛造部材の製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、窒化処理を行う窒化用鍛造部材であって、
化学成分組成が、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.50~2.00%、Cr:0.50~1.50%、Mo:0.05~0.30%、Al:0.020%以下、V:0.10~0.70%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1を満足し、
式1:75≧34×[Mn]+57×[Cr]-53×[V]
(ここで、式1~3における[X]は、元素Xの含有率(質量%)の値を意味する。)
金属組織におけるベイナイトの面積率が80%以上であり、
表面硬さが280HV以下であり、
窒化処理を行った場合の特性として、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが、2時間の処理において0.2mm以上となることを達成可能である、窒化用鍛造部材にある。
【発明の効果】
【0009】
上記窒化用鍛造部材は熱間鍛造後窒化処理前の部材であって、上記の化学成分組成及び式1を具備し、かつ、金属組織の状態及び表面硬さが上記特定の状態にある。これにより、上記窒化用鍛造部材は、比較的軟らかく切削が容易であり、かつ、従来よりも短時間の窒化処理によって高硬度化が可能となる。
【0010】
すなわち、上記窒化用鍛造部材は、上記化学成分組成及び式1を具備し、後述する特定の製造方法を採用することによって、ベイナイトの面積率が80%以上であり、Vについては、切削性確保と後工程の窒化処理時における時効析出による強化に十分な量が固溶状態にある金属組織を有している。さらに、前記の通りVを固溶させて、硬度を低下させることにより、表面硬さが280HV以下である。これらの条件を具備していることにより、上記窒化用鍛造部材は、熱間鍛造後所定形状に機械加工をする際に製造上問題のない切削性を確保することができる。なお、熱間鍛造後窒化処理前の上記窒化用鍛造部材においては、芯部硬さ(内部硬さ)と表面硬さがほぼ同等であり、上記表面硬さは、窒化用鍛造部材のほぼ全体の硬さ特性を示しているといえる。
【0011】
また、上記窒化用鍛造部材は、上記化学成分組成及び式1を具備し、特に、Al含有率を0.020%以下に制限している。これらにより、窒化処理を施した場合において、V炭窒化物等の析出による時効硬化を促進させることができ、短時間で硬化深さを高めることが容易となる。そして、窒化処理を行った場合の特性として、上述した優れた硬化特性を得ることが可能となる。
【0012】
それ故、切削性を確保しつつ、従来鋼より短時間の窒化処理により深い硬化深さを得て、優れた強度を得ることができる窒化用鍛造部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実験例1における、窒化時間と硬化深さとの関係を示す説明図。
図2】実験例1における、Al含有率及び式1と硬化深さとの関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
上記窒化用鍛造部材は、前述したごとく、製造上問題のない切削性を確保しつつ、切削後の窒化処理による硬化を従来よりも短時間で行えるようしたものである。このような優れた特性を得るために発明者らが多くの実験の結果、着目した事項を以下に列挙する。
【0015】
(1)ベイナイト面積率が80%以上であるベイナイト主体の組織とし、かつ、熱間鍛造時の加熱により適量のVを固溶させ、材料を軟らかくすることにより、製造上問題のない切削性を確保することができる。
(2)ベイナイト主体であって、時効析出に必要な量のVが固溶した金属組織を確実に得るために、Mn、Cr、Mo含有率を適切な範囲内に調整し、かつ、鍛造後の冷却速度を適正範囲に制御する(800~500℃の範囲の冷却速度を0.5℃/s~5℃/sとする)ことが重要である。
(3)切削後の窒化処理時に、処理時の加熱を利用して、V炭窒化物等を時効析出させることにより、材料の芯部硬さを硬くし、強度を高めることができる。特に、Mo及びVを同時に添加することにより、それぞれを単一で添加した場合よりも時効硬化量を増加させることができる。
(4)Mn、Cr、Alは窒化物を形成して、窒化後の表面硬さを向上させる効果を発揮する一方で、硬化深さを減少させることに影響する。特にAlはこの影響が顕著である。この点に着目し、Alの添加量を0.020%以下という極微量な範囲に制限する。これにより、従来提案されていた鋼と比較すると、より短時間で同じ硬化深さを得ることができる。前記した特許文献に記載の鋼を含め、従来提案されている鋼でも長時間処理を行えば、深い硬化深さを得ることは可能であるが、この場合、大幅に生産性が低下する。本発明を適用すれば、生産性を大きく低下させることなく、深い硬化深さを得て、高強度を得ることができる。また、Alの添加量を極微量とすることにより、V炭窒化物の形成が容易となることを利用して、時効硬化の効果も高めることができる。
(5)Al含有率の制限は、上記のごとく効果的であるが、Mn、Cr及びVの含有率の関係を適正に制御することが前提となり、式1の関係を具備することが重要である。
【0016】
次に、上記窒化用鍛造部材における化学成分組成の限定理由を説明する。
【0017】
C:0.05~0.15%、
C(炭素)は、焼入れ性を確保し、ベイナイト組織を得ると共に、Mo又はVとの炭窒化物による時効析出を得るために重要な元素である。これらの効果を得るために、C含有率を0.05%以上とする。一方、C含有率が高すぎる場合には被削性が低下するため、0.15%以下とする。
【0018】
Si:0.05~0.50%、
Si(ケイ素)は、固溶強化による強度向上に寄与し、脱酸処理に有効に寄与するためため、0.05%以上含有させる。一方、Si含有率が高すぎる場合には切削性が悪化するため0.50%以下とする。
【0019】
Mn:0.50~2.00%、
Mn(マンガン)は、焼入れ性を確保し、ベイナイト組織を得るために有効な元素である。これらの効果を得るために、Mn含有率は0.50%以上とする。一方、Mn含有率が高すぎる場合には、組織がマルテンサイトとなりやすく、切削性を悪化させるおそれがあるため、2.00%以下とする。
【0020】
Cr:0.50~1.50%、
Cr(クロム)は、焼入れ性を確保し、ベイナイト組織を得ると共に、窒化後の表面硬さ及び硬化深さを向上させるために有効である。これらの効果を得るために、Cr含有率は0.50%以上とする。一方、Cr含有率が高すぎる場合には、窒化後の硬化深さの向上効果が得られなくなるため、1.50%以下とする。
【0021】
Mo:0.05~0.30%、
Mo(モリブデン)は、焼入れ性を確保し、ベイナイト組織を得ると共に、窒化時におけるMo炭化物の析出による時効硬化を得るために有効である。これらの効果を得るために、Mo含有率は0.05%以上とする。一方、Mo含有率が高すぎる場合には、組織がマルテンサイトとなりやすく、切削性を悪化させると共にコストが悪化するため、0.30%以下とする。
【0022】
Al:0.020%以下、
Al(アルミニウム)は、製鋼時に脱酸に必要な元素であるため、少量の添加は必要であるが、本発明ではその含有率を低く抑えることにより、所定の硬化深さが得られることを見出したため、上限を低く抑え、窒化処理の処理時間を従来よりも短くすることを可能としている。この効果を得るために、Al含有率は、0.020%以下とする。
【0023】
V:0.10~0.70%、
V(バナジウム)は、窒化処理時の加熱を利用したV炭窒化物の時効析出により、芯部硬さを高め、強度向上に寄与するとともに、窒化処理後の表面硬さ及び硬化深さの向上に有効な元素である。この効果を得るために、V含有率は0.10%以上とする。一方、V含有率を高くしすぎても上記効果が飽和すると共にコストが悪化するため、0.70%以下とする。
【0024】
次に、上記窒化用鍛造部材の化学成分組成は、より短時間の窒化処理で深い硬化深さを得るために、上述した各元素の含有範囲を規制した上で、さらに、式1を満足する必要がある。
【0025】
式1:75≧34×[Mn]+57×[Cr]-53×[V]
【0026】
窒化処理により短時間での硬化深さの向上効果を得るためには、V含有率をMn及びCrの含有率に応じて高めることが必要である。式1の関係を満たさない場合には、V含有率がMnとCrの含有率に関して十分ではなく、短時間での硬化深さ向上効果が得られない。
【0027】
また、上記窒化用鍛造部材は、金属組織におけるベイナイトの面積率が80%以上である。この組織状態は、例えば後述する特定の製造方法を採用することによって実現でき、含有されるVを後処理である窒化処理時の加熱を利用した析出強化による強度向上効果を得るのに十分な量を固溶させることができる。これにより、窒化処理前においては軟らかい状態となり、切削性に優れた状態を得ることができる。ベイナイトの面積率が80%未満となり、フェライト・パーライト組織が増加した場合には、Vを十分に固溶させることが難しくなり、また、マルテンサイト組織の面積率が高くなった場合には、硬さが高くなり、切削性が低下するおそれがある。
【0028】
また、上記窒化用鍛造部材は、例えば後述する特定の製造方法を採用することによって、表面硬さ(及び芯部硬さ)が280HV以下の状態が実現されている。これにより、製造上問題のない切削性を確保することができる。
【0029】
そして、上記窒化用鍛造部材は、窒化処理を行った場合の特性として、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが、2時間の処理において0.2mm以上となることを達成可能という特性を有している。つまり、公知の窒化処理条件の範囲内で適正条件を選択することにより、処理前の表面硬さが280HV以下の場合であっても、少なくとも2時間(場合によっては2時間未満)の窒化処理により、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さ0.2mm以上という硬度特性を得ることが可能である。そのため、従来と比べて短時間で所望の表面硬化処理が可能となる。
【0030】
また、上記特性を具備することにより、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さについては、窒化処理の処理時間が4時間の処理において0.3mm以上、7時間の処理において0.4mm以上、11時間の処理において0.5mm以上も達成できる場合がある。これは、後述する図1に示すように、従来鋼であるSCM420と比較すると、より短時間の処理で深い硬化深さが得られることを意味する。
【0031】
このような短時間の窒化処理によって硬化深さを高める効果は、上記特定の製造方法によって窒化用鍛造部材を作製するだけでなく、上述した化学成分組成及び式1を満たし、特にAl含有率を0.020%以下に制限することによって、初めて実現することができる。
【0032】
次に、上述した優れた窒化用鍛造部材を製造する方法としては、上記化学成分組成を有すると共に上記式1を満足する鋼材に対して、1100℃以上の熱間鍛造温度にて熱間鍛造を施し、その後800~500℃の範囲の冷却を0.5℃/秒~5℃/秒の冷却速度で行う、窒化用鍛造部材の製造方法がある。
【0033】
この窒化用鍛造部材の製造方法によれば、熱間鍛造温度を1100℃以上という温度に設定し、Vについて、熱間鍛造後の硬さを低下させ、かつ後工程である窒化処理時に得る析出強化を得るのに十分な量を固溶させた状態とする。そして、その後特定範囲の冷却速度に制限することにより、ベイナイトの面積率80%以上の金属組織を得ることができる。
【0034】
熱間鍛造温度が1100℃未満の場合には、Vの固溶量が不十分になり、熱間鍛造後の硬さ低下が不十分になって切削性が低下するとともに、熱間鍛造後の冷却時に80%以上のベイナイト組織を得ることが困難となる。なお、熱間鍛造温度は、高くするほどVの固溶量を高めることができるが、一方であまり高くしすぎると、多くのエネルギーを必要とし、省エネの点から問題が生じるだけでなく、結晶粒が粗大となって機械的特性が低下するおそれがあるため、上限は1300℃程度とすることが好ましい。
【0035】
また、熱間鍛造後の冷却時においては、上記のごとく、800~500℃の範囲における冷却を0.5℃/秒~5℃/秒の冷却速度で行う。この冷却速度よりも遅い場合には、フェライト-パーライト組織の生成が増加し、ベイナイト組織の面積率を80%以上とすることが困難となる。一方、上記範囲よりも冷却速度が速い場合には、マルテンサイト組織が生成し、前記と同様にベイナイト組織の面積率を80%以上とすることが困難となる。800~500℃の範囲で冷却速度を指定したのは、この範囲の温度の冷却速度で、冷却後の組織が決まるためである。
【0036】
次に、表面硬化層を有する表面硬化鍛造部材を製造する方法としては、上記窒化用鍛造部材に対して、所定形状への切削加工を施し、その後、オーステナイト変態点温度よりも低い処理温度で窒化処理を行う方法がある。この方法によれば、上述した優れた特性を有する窒化用鍛造部材を用いるため、従来よりも短時間で窒化処理の効果を得ることができ、製造工程の合理化を図ることができる。
【0037】
上記窒化処理の方法は、公知の方法を採用することができる。例えば、オーステナイト変態温度よりも低い500℃~600℃の範囲で行うのが一般的である。また、窒素源としては、アンモニア(NH3)を用いる。そして、窒化処理としては、アンモニア(NH3)に窒素(N2)等を加えたガスを用い、Nのみの浸入を図る窒化処理と、アンモニア(NH3)にRXガス等を加えたガスを用い、Nだけでなく同時にCの浸入も伴う軟窒化処理のいずれも採用可能である。
【0038】
得られる表面硬化鍛造部品としては、例えば、次のものがある。
すなわち、表面硬化層を有する表面硬化鍛造部材であって、
化学成分組成が、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.05~0.50%、Mn:0.50~2.00%、Cr:0.50~1.50%、Mo:0.05~0.30%、Al:0.020%以下、V:0.10~0.70%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなると共に、下記式1を満足し、
式1:75≧34×[Mn]+57×[Cr]-53×[V]
(ここで、式1~3における[X]は、元素Xの含有率(質量%)の値を意味する。)
表面硬さが700HV以上、
芯部硬さが300HV以上、かつ、
硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが0.2mm以上である、表面硬化鍛造部材。
【0039】
この表面硬化鋼部品は、窒化処理の時間を調整することによって、上記硬化深さを変化させることができる。具体的な処理時間は、特定の化学成分組成毎に若干異なってくるため、予備実験等を行って定めることができる。少なくとも、上述した窒化用鍛造部材を用いることにより、窒化処理を適切な条件で行えば、2時間の処理において0.2mm以上となることを達成可能である。さらには、4時間の処理において0.3mm以上、7時間の処理において0.4mm以上、11時間の処理において0.5mm以上も達成できる場合がある
【実施例
【0040】
(実験例1)
本例では、表1に示すごとく、化学成分組成が異なる複数種類の鋼材を準備して、窒化用鍛造部材を想定した試験材を作製し、各種評価を行った。表1に記載の鋼のうち、鋼種A~Lは本発明で指定した成分や式1を満足する鋼であり、鋼種M~Uは、一部の成分又は式1を満足しない比較鋼であり、SCM420は、従来から浸炭や窒化用として用いられている鋼であるJIS規格範囲内の鋼である。
【0041】
【表1】
【0042】
各試験材を得るに当たって、電気炉溶解によって鋳造した鋼材を用い、これを鍛伸によって、φ32×300mmの丸棒に加工した。熱間鍛造を想定して、この丸棒を1200℃に1時間保持する加熱をし、その後、800~500℃の温度範囲が0.7℃/sの冷却速度となるよう冷却を行ない試験材を得た。得られた試験材は、各評価試験毎に適した試験片に加工した。その後、各試験片に対して所定の窒化処理を施した。なお、従来鋼SCM420については、他の鋼とは異なりVを含有しておらず析出強化による強度向上効果が得られないため、他の鋼種と同じ処理では低い強度しか得られない。そのため、従来から高強度が要求される部品にSCM420を用いる場合には、焼入れ焼もどし処理がされていることに配慮し、850℃×1時間→油冷の焼入れ処理と600℃×100分の焼もどし処理を行った後に、後述の窒化処理を行った。そして、窒化処理前後において、各種評価試験を実施した。
【0043】
<窒化処理>
各試験片に対し、560℃の処理温度で窒化処理を施した。窒化処理の種類は、鋼種J、K、L、T、Uについては、アンモニア(NH3)と窒素(N2)とを含む窒化ガスを用いたガス窒化処理とした。それ以外の鋼種については、アンモニア(NH3)とRXガスとを含む窒化ガスを用いたガス軟窒化処理とした。処理時間は、いずれも、2時間、4時間、7時間、11時間の4種類とした。
【0044】
<窒化前後の芯部硬さ>
JIS Z 2244(2017)のビッカース硬さ試験-試験方法に準拠して行った。試験荷重は98Nとし、試験片の直径をDとした場合(以下、同様。)、表面からD/4の深さ位置を芯部として、試験片の断面における芯部に相当する任意の5点について測定し、その算術平均を芯部硬さとした。なお、本例では、試験片が円柱であったため表面からD/4の深さ位置を芯部としたが、他の形状の場合には、試験片(部材)全体の中で十分に厚みのある部位の厚みをTとして、表面からT/4深さの位置を芯部とすることができる。
【0045】
<窒化前後の表面硬さ>
JIS Z 2244(2017)のビッカース硬さ試験-試験方法に準拠して行った。試験荷重は0.98Nとし、試験片の表面から0.05mmの深さ位置を測定位置とし、試験片の断面において任意の5点について測定し、その算術平均を表面硬さとした。
【0046】
<窒化後の硬化深さ>
JIS Z 2244(2017)のビッカース硬さ試験-試験方法に準拠して行った。試験荷重は0.98Nとし、試験片の断面において表面から中心に向かって所定の間隔で測定を行い、硬さ分布を求めた。硬さ分布より、硬さが400HV以上の限界位置を硬化深さとした。
【0047】
<ベイナイト面積率>
試験片の表面からD/4の深さ位置の断面を撮影したミクロ組織写真を用い、画像解析によりベイナイト組織の面積率を算出した。この試験片の断面における芯部に相当する任意の5点について、ベイナイト面積率を算出し、その算術平均を求めた。
【0048】
上記評価結果を表2に示す。
【0049】
【表2】
【0050】
表1及び2からわかるように、窒化処理、軟窒化処理のいずれの処理についても、化学成分組成が所望範囲にあり、式1を満足し、かつ、ベイナイト面積率が適正な場合(鋼種A~L)、窒化前においては表面硬さが280HV以下という切削性を確保し得る状態を確保したうえで、窒化後において、表面硬さが700HV以上、芯部硬さが300HV以上となり、かつ、硬さが400HV以上となる表面からの硬化深さが、2時間の処理において0.2mm以上、4時間の処理において0.3mm以上となり、7時間の処理において0.4mm以上となり、11時間の処理において0.5mm以上となり、非常に優れた窒化特性を示すことがわかる。
【0051】
一方、鋼種Mは、Mn含有率が低すぎたことにより、ベイナイト面積率が低くなってV固溶が十分に行われず、窒化後のV炭化物等の析出による時効硬化が十分に得られなかった。
【0052】
鋼種Nは、Cr含有率が低すぎたことにより、ベイナイト面積率が低くなってV固溶が十分に行われず、窒化後のV炭化物等の析出による時効硬化が十分に得られなかった。
【0053】
鋼種O、P及びTは、式1を満足していないため、鋼種A~Lに比較して同じ処理時間で比較した場合に、浅い硬化深さしか得られなかった。
【0054】
鋼種Q、R、S、Uは、Al含有率が高い影響で、鋼種O、P、Tと同様に、本発明鋼と比較すると、同じ処理時間で比較した場合に、より浅い硬化深さしか得られなかった。
また、従来鋼SCM420は、Alだけでなく他の成分も含めて、本発明で検討した成分の最適化が全く行われていないため、各処理時間における硬化深さが大きく劣るものである。
【0055】
窒化処理における処理時間と硬化深さとの関係を図1に示す。図1は、横軸に窒化時間(h)を、縦軸に400HV以上となる表面からの硬化深さ(mm)をとったものであり、鋼種A、O、R及びSCM420の結果をプロットしたものである。この図1からも、化学成分組成、式1を具備する鋼種Aが、他の鋼種に比べて短時間で硬化深さを高められることがわかる。
【0056】
また、図2には、横軸にAl含有率を、縦軸に式1の右辺の値をとり、窒化後の400HV以上の硬化深さが0.2mm以上を達成できた場合を合格(○)、達成できなかった場合と不合格(×)として、○及び×をプロットした。図2から、Al含有率0.020%以下と式1の両方を満たすことによって、短時間窒化での硬化深さ向上効果が得られることがわかる。
【0057】
(実験例2)
本例では、上述した鋼種A~D(表1)を用い、表3に示すごとく、鍛造温度に相当する加熱時間及びその後の冷却における冷却速度を変化させ、窒化前の状態での硬度、ベイナイト面積率、及び切削性への影響を調べる試験を行った。各試験材は、実験例1の製造方法を基本とし、熱間鍛造を想定した加熱温度(鍛造温度)及びその後の冷却速度を表3に記載の条件に変更した。
【0058】
【表3】
【0059】
芯部硬さの測定及びベイナイト面積率の測定は、実験例1の場合と同様に行った。また、本例では、窒化処理を行う前の状態の試験片を用いて、後述する切削性の評価を行った。この場合の基準鋼種として、実験例1で従来鋼として準備したSCM420を用いた。
【0060】
<切削性評価>
<切削性評価>
切削性は、旋盤により切削する場合の切削工具の摩耗量によって評価した。上記旋盤としては、森精機製SL-25旋盤を用い、切削工具としては、タンガロイ製SNMG120408-サーメットNS530を用いた。切削条件は、切削速度:200m/min、送り速度:0.3mm/rev、切り込み:1.5mmとした。試験後に切削工具の摩耗量を測定し、その値がSCM420の焼入れ焼もどし後の試験片による切削性と比較して、同等以下であれば合格(○)、そうでない場合を不合格(×)とした。結果は表3に示す。
【0061】
表3からわかるように、鋼種A~Dは、すべて、化学成分組成が適正で式1も満足するものの、鍛造温度及びその後の冷却条件が適正でない場合には、ベイナイト面積率が低下し、鍛造温度に相当する加熱処理を行った後の芯部硬さを280HV以下とすることができず、切削性が低下することがわかる。
図1
図2