(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-19
(45)【発行日】2022-12-27
(54)【発明の名称】脂質ナノ粒子
(51)【国際特許分類】
A61K 47/36 20060101AFI20221220BHJP
A61K 9/127 20060101ALI20221220BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20221220BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20221220BHJP
【FI】
A61K47/36
A61K9/127
A61K47/24
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2018086308
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2021-03-03
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100210572
【氏名又は名称】長谷川 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】原島 秀吉
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 遊
(72)【発明者】
【氏名】樋田 泰浩
(72)【発明者】
【氏名】樋田 京子
(72)【発明者】
【氏名】間石 奈湖
(72)【発明者】
【氏名】加藤 月
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-041364(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106552268(CN,A)
【文献】特表平05-505827(JP,A)
【文献】Oligonucleotides,2009年,vol.19, No.2,p.103-115
【文献】化学的に修飾したヒアルロン酸から調製したバイオマテリアル,Glycoforum[online],2001年,https://www.glycoforum.gr.jp/article/05A4J.html,[検索日 2021年10月20日]
【文献】CANCER RESEARCH ,2001年,61,2592-2601
【文献】ACS Nano,VOL.8, NO.6,2014年,5423-5440
【文献】Drug Delivery System,2016年,31巻4号,370-371
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/36
A61K 47/24
A61K 47/26
A61K 47/42
A61K 9/14
A61K 45/00
A61P 35/00
A61P 11/00
A61K 33/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
40~100kDaのヒアルロン酸の末端の還元糖であるN-アセチルグルコサミンの水酸基に、直鎖状の疎水性基を備える中性脂質が直接又は間接的に連結されたヒアルロン酸誘導体を含有し、
前記中性脂質が、1本の飽和脂肪酸残基と1本の不飽和脂肪酸残基を備えるジアシルグリセロリン脂質である、脂質ナノ粒子。
【請求項2】
脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対する前記ヒアルロン酸誘導体の割合が0.5
~15モル%
である、請求項1に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項3】
さらに、カチオン性脂質を含む、請求項1又は2に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項4】
さらに、中性脂質を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項5】
さらに、グリセロリン脂質及びスフィンゴリン脂質を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項6】
低分子化合物、低分子核酸、及びペプチドからなる群より選択される1種以上を含有する、請求項1~5のいずれか一項に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項7】
薬効成分を含有しており、標的細胞へ前記薬効成分を送達するキャリアである、請求項1~6のいずれか一項に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項8】
前記標的細胞が、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞である、請求項7に記載の脂質ナノ粒子。
【請求項9】
抗がん剤を含有しており、悪性胸膜中皮腫/胸膜播種した肺がんの治療に用いられる、請求項1~8のいずれか一項に記載の脂質ナノ粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞への薬効成分のキャリアとして有用な脂質ナノ粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
がん細胞へと効率的な薬剤送達を可能とするために、がん細胞に積極的に取り込まれる機能を持ったドラッグデリバリーシステムの開発が盛んに行われている。がん細胞が選択的に発現する受容体として、ヒアルロン酸受容体であるCD44が報告されている(非特許文献1及び2参照。)。このがん細胞におけるCD44の選択的発現を利用して、薬剤を含有するナノ粒子にヒアルロン酸を結合させることにより、CD44を持つがん細胞に選択的に薬剤送達を行う手法が試みられてきた。
【0003】
ヒアルロン酸はN-アセチルグルコサミンとグルクロン酸の二糖が連結した構造を有する多糖である。従来は、この構造のうち、グルクロン酸のカルボン酸がナノ粒子へヒアルロン酸を相互作用させるための特徴的構造として用いられてきた。例えば、メソポーラスシリカからなるナノ粒子表面上にアミノ基を付与し、ヒアルロン酸のカルボン酸との脱水縮合によりアミド結合を形成させて、ナノ粒子表面にヒアルロン酸を結合させる方法が開示されている(非特許文献3参照。)。また、リポソームを用いた例としては、リポソームを構成する脂質に極性部にアミノ基を含むホスファチジルエタノールアミン(PE)を混合してリポソームを形成させたのちに、リポソーム表面上のアミノ基とヒアルロン酸を脱水縮合により結合させる手法が用いられている(非特許文献4参照。)。また、Suraceらはヒアルロン酸のカルボン酸に対してPEを結合させた誘導体を予め合成し、これをもってリポソームの構成脂質として加える方法を提唱している(非特許文献5参照。)。
【0004】
一方で、ヒアルロン酸中のグルクロン酸が持つ負電荷に着目する研究もある。El Kechaiらはリポソームを構成する脂質として正電荷を有する脂質ステアリルアミンを添加しておき、リポソーム形成後に負電荷を有するヒアルロン酸を単純混合することによって複合体形成させている(非特許文献6参照。)。Jiangらはリポソームを構成する脂質に正電荷を有するアルギニンのオリゴ体と脂質の結合体を予め脂質に加えてリポソームを形成することで、上記と同様に単純混合によるヒアルロン酸とナノ粒子表面を相互作用させている(非特許文献7参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Ponta et al., Nature Reviews Molecular Cell Biology,2003,vol.4, p.33-45.
【文献】Pozza et al., Biochimica et Biophysica Acta, 2013, vol.1828, p.1396-1404.
【文献】He et al., Biomaterials,2012,vol.33, p.4392-4402.
【文献】Peer et al., Neoplasia,2004,vol.6, p.343-353.
【文献】Surace et al., Molecular Pharmaceutics,2009,vol.6, p.1062-1073.
【文献】El Kechai et al., International Journal of Pharmaceutics,2015,vol.487, p.187-196.
【文献】Jiang et al., Biomaterials,2012,vol.33, p.9246-9258.
【文献】Banerji et al., Nature Structural & Molecular Biology,2007,vol.14, p.234-239.
【文献】Li et al., Biochimica et Biophysica Acta, 2001, vol.1513, p.193-206.
【文献】Arpicco et al., European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics,2013,vol.85,p.373-380.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ヒアルロン酸は生体内に天然に存在する物質であり安全性は高いことから、生体内で適合性の高い標的化リガンドとして非常に有用である。そのため、多くのグループが上記のような構造を有するナノ粒子を作成しているが、未だ高効率で薬剤をがん細胞に送達可能なドラッグデリバリーシステムは存在しない。この理由として、上記の修飾方法ではヒアルロン酸とCD44の相互作用が不十分である可能性が挙げられる。実際、ヒアルロン酸とCD44の相互作用には、グルクロン酸中のカルボン酸とCD44のAla102、Ala103との水素結合が重要であることが報告されている(非特許文献8参照。)。上記のようにグルクロン酸中のカルボン酸をナノ粒子との修飾に使用してしまうことで、ヒアルロン酸とCD44の結合活性が失われていることが予想される。また、一般的に負電荷を帯びたナノ粒子の取り込みは著しく悪いことが報告されており、ヒアルロン酸を修飾したナノ粒子は強い負電荷を帯び効率的な細胞内取り込み機構が作用しない。このように、ヒアルロン酸の構造上受容体との相互作用に重要な部位を維持したままナノ粒子表面に提示し、かつ負電荷による取り込みの阻害を克服するヒアルロン酸のナノ粒子の修飾方法の開発は必要不可欠である。
【0007】
本発明は、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞への薬効成分のキャリアとして有用な脂質ナノ粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ヒアルロン酸の末端の還元糖であるN-アセチルグルコサミンの水酸基に、直鎖状の疎水性基を備える中性脂質を直接又は間接的に連結させたヒアルロン酸誘導体が、ヒアルロン酸とCD44との結合活性を保持した脂質誘導体であること、このヒアルロン酸誘導体を脂質ナノ粒子を構成する脂質分子として用いることにより、ヒアルロン酸受容体との相互作用に重要な構造が粒子表面に提示されており、CD44を持つ細胞への取り込み効率に優れた脂質ナノ粒子が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の脂質ナノ粒子を提供するものである。
[1] 40~100kDaのヒアルロン酸の末端の還元糖であるN-アセチルグルコサミンの水酸基に、直鎖状の疎水性基を備える中性脂質が直接又は間接的に連結されたヒアルロン酸誘導体を含有し、
前記中性脂質が、1本の飽和脂肪酸残基と1本の不飽和脂肪酸残基を備えるジアシルグリセロリン脂質である、脂質ナノ粒子。
[2] 脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対する前記ヒアルロン酸誘導体の割合が0.5~15モル%である、前記[1]の脂質ナノ粒子。
[3] さらに、カチオン性脂質を含む、前記[1]又は[2]の脂質ナノ粒子。
[4] さらに、中性脂質を含む、前記[1]~[3]のいずれかの脂質ナノ粒子。
[5] さらに、グリセロリン脂質及びスフィンゴリン脂質を含む、前記[1]~[4]のいずれかの脂質ナノ粒子。
[6] 低分子化合物、低分子核酸、及びペプチドからなる群より選択される1種以上を含有する、前記[1]~[5]のいずれかの脂質ナノ粒子。
[7] 薬効成分を含有しており、標的細胞へ前記薬効成分を送達するキャリアである、前記[1]~[6]のいずれかの脂質ナノ粒子。
[8] 前記標的細胞が、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞である、前記[7]の脂質ナノ粒子。
[9] 抗がん剤を含有しており、悪性胸膜中皮腫/胸膜播種した肺がんの治療に用いられる、前記[1]~[8]のいずれかの脂質ナノ粒子。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、粒子表面にヒアルロン酸受容体との相互作用に重要なグルクロン酸に由来するカルボン酸が、遊離のヒアルロン酸と同様に高い自由度で提示されており、CD44を持つ細胞への取り込み効率に優れている。このため、当該脂質ナノ粒子に薬効成分を内包させることにより、がん細胞などのCD44を持つ細胞への選択的送達能に優れた薬剤キャリアナノ粒子が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】実施例1において、HMM3細胞における、非修飾蛍光標識リポソーム、HA混合蛍光標識リポソーム、及びHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の測定結果を、リポソームのDOTAPの含有量ごとに示した図である。
【
図1B】実施例1において、H226細胞における、非修飾蛍光標識リポソーム、HA混合蛍光標識リポソーム、及びHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の測定結果を、リポソームのDOTAPの含有量ごとに示した図である。
【
図2A】実施例1において、HMM3細胞における、非修飾蛍光標識リポソーム及びHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の測定結果を、リポソームが含有するカチオン性脂質ごとに示した図である。
【
図2B】実施例1において、H226細胞における、非修飾蛍光標識リポソーム及びHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の測定結果を、リポソームが含有するカチオン性脂質ごとに示した図である。
【
図3】実施例1において、H226細胞における、HA-PE体(SOPE)による修飾量(モル%)を変化させた際のHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の変化を示した図である。
【
図4】実施例1において、HMM1細胞、HMM3細胞、及びH226細胞における、非修飾蛍光標識リポソーム及びHA-PE修飾蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)の測定結果を示した図である。
【
図5】実施例1において、H226細胞における、HA-PE修飾蛍光標識リポソームの相対取り込み量の測定結果を、リポソームが含有するHA-PE体の含有量(モル%)及びヒアルロン酸の大きさ(kDa)ごとに示した図である。
【
図6】実施例1において、非修飾蛍光標識リポソーム(左)又はHA-PE修飾蛍光標識リポソーム(右)を取り込ませたH226細胞の蛍光画像である。
【
図7A】実施例2において、CDDP内封非修飾リポソーム、CDDP内封HA-PE修飾リポソーム、及びフリーのCDDPを取り込ませたHMM3細胞の細胞生存率(%)の測定結果を示した図である。
【
図7B】実施例2において、CDDP内封非修飾リポソーム、CDDP内封HA-PE修飾リポソーム、及びフリーのCDDPを取り込ませたH226細胞の細胞生存率(%)の測定結果を示した図である。
【
図8A】実施例2において、CDDPを内封していないHA-PE修飾リポソームを取り込ませたHMM3細胞の細胞生存率(%)の測定結果を示した図である。
【
図8B】実施例2において、CDDPを内封していないHA-PE修飾リポソームを取り込ませたH226細胞の細胞生存率(%)の測定結果を示した図である。
【
図9】実施例3において、PBS、CDDP単剤、又はCDDP内封HA-PE修飾リポソームを投与した悪性胸膜中皮腫胸腔内播種マウスの生存率(%)の経時的変化を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、表面が脂質膜によって被覆されているナノ粒子であり、この表面の脂質膜を構成する脂質分子の一部に、ヒアルロン酸に中性脂質が連結されたヒアルロン酸誘導体を含む。ヒアルロン酸誘導体に由来するヒアルロン酸が、ヒアルロン酸受容体と相互作用することにより、このヒアルロン酸誘導体を含む脂質ナノ粒子は、ヒアルロン酸誘導体を発現している細胞内に取り込まれる。
【0013】
[ヒアルロン酸誘導体]
本発明に係る脂質ナノ粒子は、ヒアルロン酸の末端の還元糖であるN-アセチルグルコサミンの水酸基に、直鎖状の疎水性基を備える中性脂質が直接又は間接的に連結されたヒアルロン酸誘導体を含有する。このヒアルロン酸誘導体(以下、「本発明に係るヒアルロン酸誘導体」ということがある。)は、中性脂質に由来する直鎖状の疎水性基部分が脂質ナノ粒子の粒子表面を構成する脂質膜に埋まっており、ヒアルロン酸部分が粒子表面に構造上十分な自由度で露出している。このため、本発明に係る脂質ナノ粒子は、従来の、粒子表面にヒアルロン酸を単に静電的に付着させた脂質ナノ粒子や、ヒアルロン酸がグルクロン酸由来のカルボキシル基で脂質ナノ粒子の粒子表面を構成する脂質分子に結合している脂質ナノ粒子よりも、ヒアルロン酸受容体との結合活性が高く、ヒアルロン酸受容体を細胞表面に備える細胞へ選択的にかつ効率よく取り込まれる。
【0014】
本発明に係るヒアルロン酸誘導体は、ヒアルロン酸の末端の還元糖であるN-アセチルグルコサミンの水酸基に、直鎖状の疎水性基を備える中性脂質を連結させることにより得られる。ヒアルロン酸と中性脂質は、直接連結させてもよく、間接的に連結させてもよい。ヒアルロン酸の末端のN-アセチルグルコサミンの水酸基と中性脂質とが連結基により間接的に連結されている場合、当該連結基としては、本発明の効果を損なわないものであれば特に限定されるものではなく、例えば、ペプチド鎖、糖鎖、ポリエチレングリコール(POE)鎖、炭化水素鎖、核酸鎖等を用いることができ、これらの2種以上を、直接、又はエーテル結合、チオエーテル結合、エステル結合、シリルエーテル結合、アミド結合、カルボニル基、シロキサン結合等の基を介して連結させた基であってもよい。
【0015】
ヒアルロン酸の末端のN-アセチルグルコサミンの水酸基に連結させる中性脂質としては、本発明のヒアルロン酸誘導体が脂質ナノ粒子の粒子表面の脂質膜に固定されるための足場となり得る直鎖状の疎水性基を備える中性脂質であれば、特に限定されるものではない。直鎖状の疎水性基が脂質膜を構成する他の脂質分子の疎水性部位と相互作用することにより、本発明に係るヒアルロン酸誘導体は、脂質膜中に安定して存在することができる。脂質ナノ粒子を構成する他の脂質分子との相互作用の点から、当該直鎖状の疎水性基としては、直鎖状の炭化水素基を含む基であることが好ましく、脂肪酸残基であることがより好ましい。
【0016】
本発明に係るヒアルロン酸誘導体を構成する中性脂質としては、脂質膜の構成成分として汎用されていることから、グリセロ脂質又はスフィンゴ脂質が好ましい。グリセロ脂質としては、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファリジルコリン、カルジオリピン、プラスマロゲン等の中性のグリセロリン脂質;スルホキシリボシルグリセリド、ジグリコシルジグリセリド、ジガラクトシルジグリセリド、ガラクトシルジグリセリド、グリコシルジグリセリド等のグリセロ糖質が挙げられる。スフィンゴ脂質としては、スフィンゴミエリン、セラミドホスホリルグリセロール、セラミドホスホリルエタノールアミン等の中性のスフィンゴリン脂質;ガラクトシルセレブロシド、ラクトシルセレブロシド、ガングリオシド等のスフィンゴ糖質が挙げられる。これらのグリセロ脂質又はスフィンゴ脂質が2以上の直鎖状の脂肪酸残基を有する場合、全ての脂肪酸残基が同一の基であってもよく、互いに異なる基であってもよい。
【0017】
これらのグリセロ脂質又はスフィンゴ脂質における脂肪酸残基は特に限定されないが、例えば、炭素数12~24の飽和又は不飽和の脂肪酸残基を挙げることができ、炭素数14~20の飽和又は不飽和の脂肪酸残基が好ましい。具体的には、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、アラキドン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸などの脂肪酸由来のアシル基を挙げることができる。なお、当該脂肪酸残基は、1個以上の炭素-炭素単結合間に、エステル結合(-COO-)、アミド結合(-CONH-)、エーテル結合(-O-)、カルボニル結合(-CO-)、及びカーボネート結合(-OCOO-)からなる群より選択される1以上の結合が挿入されていてもよい。
【0018】
本発明のヒアルロン酸誘導体としては、ヒアルロン酸が、グリセロ脂質又はスフィンゴ脂質の親水性基部分と、直接又は間接的に連結された誘導体が好ましく、ヒアルロン酸が、グリセロリン脂質と、直接又は間接的に連結された誘導体がより好ましく、ヒアルロン酸が、2本の脂肪酸残基を備えるグリセロリン脂質(ジアシルグリセロリン脂質)と、直接又は間接的に連結された誘導体がさらに好ましい。中でも、ヒアルロン酸が、2本の飽和脂肪酸残基を備えるジアシルグリセロリン脂質又は1本の飽和脂肪酸残基と1本の不飽和脂肪酸残基を備えるジアシルグリセロリン脂質と、直接又は間接的に連結された誘導体が特に好ましい。ジアシルグリセロリン脂質の2本の脂肪酸残基のうち、少なくとも一方が自由度の高い飽和脂肪酸残基であることにより、脂質膜により安定して保持される(例えば、非特許文献9参照。)。具体的には、ラウリン酸残基、ミリスチン酸残基、パルミチン酸残基、パルミトレイン酸残基、ステアリン酸残基、オレイン酸残基、リノール酸残基、リノレン酸残基、アラキジン酸残基、アラキドン酸残基、ベヘン酸残基、及びリグノセリン酸残基からなる群より選択される1種又は2種の脂肪酸残基を備えるジアシルグリセロリン脂質が挙げられる。
【0019】
脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占める本発明のヒアルロン酸誘導体の割合が少なすぎると、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞(標的細胞)への送達効率(脂質ナノ粒子が、ヒアルロン酸誘導体を発現している細胞内に取り込まれる効率)が不十分となるおそれがある。一方で、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占める本発明のヒアルロン酸誘導体の割合が多すぎると、脂質ナノ粒子の膜安定性が低下するおそれがある。本発明に係る脂質ナノ粒子としては、標的細胞への送達効率と粒子の安定性の両方を向上させられることから、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占める本発明のヒアルロン酸誘導体の割合([本発明のヒアルロン酸誘導体の量(mol)]/([脂質ナノ粒子を構成する全脂質の量(mol)])×100%)は、0.5モル%以上が好ましく、0.5~15モル%であることがより好ましく、0.5~10モル%であることがさらに好ましく、1~6モル%であることがよりさらに好ましく、1~4モル%であることが特に好ましい。
【0020】
本発明に係る脂質ナノ粒子を構成する本発明のヒアルロン酸誘導体は、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。本発明に係る脂質ナノ粒子を構成する本発明のヒアルロン酸誘導体が2種類以上である場合、本発明のヒアルロン酸誘導体の量は、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子のうち、本発明のヒアルロン酸誘導体に相当する脂質分子の合計量を意味する。
【0021】
本発明に係るヒアルロン酸誘導体を構成するヒアルロン酸としては、特に限定されるものではなく、天然に存在する様々なヒアルロン酸をそのまま用いることができる。使用するヒアルロン酸の大きさも特に限定されるものではなく、例えば、10kDa以上の大きさのものを用いることができ、脂質ナノ粒子が充分な効率で細胞へ取り込まれることが期待できることから、10~1000kDaの大きさであることが好ましく、20~800kDaの大きさであることがより好ましく、20~600kDaの大きさであることがさらに好ましく、40~100kDaの大きさであることがよりさらに好ましい。また、ヒアルロン酸受容体との相互作用を損なわない限りにおいて、各種修飾を施したヒアルロン酸であってもよい。
【0022】
[中性脂質]
本発明に係る脂質ナノ粒子を構成する脂質のうち、本発明のヒアルロン酸誘導体以外の脂質分子としては、特に限定されるものではないが、より粒子の安定性が向上することから、粒子表面の脂質膜の構成脂質に中性脂質が含まれていることが好ましい。中性脂質としては、前記で列挙されたものを用いることができ、中性のグリセロ脂質又はスフィンゴ脂質が好ましく、中性のグリセロリン脂質又はスフィンゴリン脂質がより好ましい。
【0023】
脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占める中性脂質の割合が多いほど、粒子表面の脂質膜の安定性が高くなり、粒子径を小さくした場合でも十分な送達効率が達成できる。このため、本発明に係る脂質ナノ粒子においては、脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対する中性脂質の量の割合([中性脂質の量(mol)]/([脂質ナノ粒子を構成する全脂質の量(mol)])×100%)は、1モル%以上が好ましく、3モル%以上がより好ましく、25モル%以上がさらに好ましく、30~70モル%がよりさらに好ましく、50~70モル%が特に好ましい。
【0024】
本発明に係る脂質ナノ粒子を構成する中性脂質は、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。本発明に係る脂質ナノ粒子を構成する中性脂質が2種類以上である場合、中性脂質の量は、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子のうち、中性脂質に相当する脂質分子の合計量を意味する。
【0025】
[カチオン性脂質]
本発明に係る脂質ナノ粒子は、表面の脂質膜を構成する脂質分子の一部に、カチオン性脂質を含むことが好ましい。カチオン性脂質を構成脂質に含むことにより、本発明に係る脂質ナノ粒子の標的細胞への取り込み効率がより改善される。
【0026】
カチオン性脂質としては、例えば、DODAC(dioctadecyldimethylammonium chloride)、DOTMA(N-(2,3-dioleyloxy)propyl-N,N,N-trimethylammonium)、DDAB(didodecylammonium bromide)、DOTAP(1,2-dioleoyloxy-3-trimethylammonium propane)、DC-Chol(3β-N-(N’,N’,-dimethyl-aminoethane)-carbamol cholesterol)、DMRIE(1,2-dimyristoyloxypropyl-3-dimethylhydroxyethyl ammonium)、DOSPA(2,3-dioleyloxy-N-[2(sperminecarboxamido)ethyl]-N,N-dimethyl-1-propanaminum trifluoroacetate)、DSTAP(1,2-distearoyl-3-trimethylammonium propane)、DODAP(dioleoyl-3-dimethylammonium-propane)等が挙げられる。好ましいカチオン性脂質はDOTMA、DSTAP又はDODAPであり、特に好ましくはDOTMAが挙げられる。カチオン性脂質は単独で又は2種以上を混合して使用することができる。カチオン性脂質において、DOTMA及びDSTAPは4級アミンを有しており,常に正電荷を帯びているが,DODAPは3級アミンを有しており,生理的pHにおいて電荷を持たないものである。このようにカチオン性脂質の種類、配合量を変更することで、カチオン性脂質の構造、特徴に幅を持たせることができる。
【0027】
脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占めるカチオン性脂質の割合が多いほど、標的細胞への脂質ナノ粒子の取り込み効率が高くなる。このため、本発明に係る脂質ナノ粒子においては、脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対するカチオン性脂質の量の割合([カチオン性脂質の量(mol)]/([脂質ナノ粒子を構成する全脂質の量(mol)])×100%)は、20モル%以上であることが好ましい。一方で、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子に占めるカチオン性脂質の割合が多すぎると、粒子径を十分に小さくすることが困難な場合がある。標的細胞への脂質ナノ粒子の取り込み効率が十分であり、かつ粒子径が十分に小さい脂質ナノ粒子が得られることから、本発明に係る脂質ナノ粒子における脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対するカチオン性脂質の量の割合は、30モル%以上であることがより好ましく、30~70モル%がさらに好ましく、30~50モル%がよりさらに好ましい。
【0028】
本発明に係る脂質ナノ粒子がカチオン性脂質を含む場合、粒子を構成するカチオン性脂質は、1種類のみであってもよく、2種類以上であってもよい。本発明に係る脂質ナノ粒子を構成するカチオン性脂質が2種類以上である場合、カチオン性脂質の量は、脂質ナノ粒子を構成する脂質分子のうち、カチオン性脂質に相当する脂質分子の合計量を意味する。
【0029】
[その他の脂質]
本発明に係る脂質ナノ粒子は、その構成脂質が、本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質とのみからなる粒子であってもよく、本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質とカチオン性脂質とのみからなる粒子であってもよく、さらにその他の脂質を含む粒子であってもよい。その他の脂質としては、一般的にリポソームを形成する際に使用される脂質を用いることができる。このような脂質としては、例えば、正又は負に帯電したリン脂質、ステロール、又は飽和若しくは不飽和の脂肪酸等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
正又は負に帯電したリン脂質としては、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、セラミドホスホリルグリセロールホスファート、ホスファチジン酸などを挙げることができる。ステロールとしては、例えば、コレステロール、コレステロールコハク酸、ラノステロール、ジヒドロラノステロール、デスモステロール、ジヒドロコレステロール等の動物由来のステロール;スチグマステロール、シトステロール、カンペステロール、ブラシカステロール等の植物由来のステロール(フィトステロール);チモステロール、エルゴステロール等の微生物由来のステロールなどが挙げられる。
【0031】
本発明に係る脂質ナノ粒子が、本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質とその他の脂質分子とを含む場合には、脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対する本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質との合計量の割合は、50モル%以上であればよく、60モル%以上が好ましく、70モル%以上がより好ましく、80モル%以上がさらに好ましく、90モル%以上がよりさらに好ましい。本発明に係る脂質ナノ粒子が、本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質とカチオン性脂質とその他の脂質分子とを含む場合には、脂質ナノ粒子を構成する全脂質量に対する本発明のヒアルロン酸誘導体と中性脂質とカチオン性脂質との合計量の割合は、50モル%以上であればよく、60モル%以上が好ましく、70モル%以上がより好ましく、80モル%以上がさらに好ましく、90モル%以上がよりさらに好ましい。
【0032】
[脂質ナノ粒子]
本発明に係る脂質ナノ粒子の形態は特に限定されないが、例えば、水系溶媒に分散した形態として一枚膜リポソーム、多重層リポソーム、球状ミセル、又は不定型の層状構造物などを挙げることができる。本発明に係る脂質ナノ粒子としては、一枚膜リポソーム、多重層リポソームであることが好ましい。
【0033】
本発明に係る脂質ナノ粒子の大きさは、標的細胞が生体内の比較的深奥部に存在する場合でも高い送達効率が得られやすいことから、平均粒子径が500nm以下であることが好ましく、平均粒子径が400nm以下であることがより好ましく、平均粒子径が300nm以下であることがさらに好ましい。なお、脂質ナノ粒子の平均粒子径とは、動的光散乱法(Dynamic light scattering:DLS)により測定された個数平均粒子径を意味する。動的光散乱法による測定は、市販のDLS装置等を用いて常法により行うことができる。
【0034】
本発明に係る脂質ナノ粒子には、必要に応じて適宜の表面修飾などを行うことができる。
例えば、本発明に係る脂質ナノ粒子の核内移行を促進するために、例えば、脂質ナノ粒子を3糖以上のオリゴ糖化合物で表面修飾することもできる。3糖以上のオリゴ糖化合物の種類は特に限定されないが、例えば、3~10個程度の糖ユニットが結合したオリゴ糖化合物を用いることができ、好ましくは3~6個程度の糖ユニットが結合したオリゴ糖化合物を用いることができる。
【0035】
オリゴ糖化合物としてより具体的には、例えば、セロトリオース(Cellotriose:β-D-グルコピラノシル-(1→4)-β-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)、カコトリオース(Chacotriose:α-L-ラムノピラノシル-(1→2)-[α-L-ラムノピラノシル-(1→4)]-D-グルコース)、ゲンチアノース(Gentianose:β-D-フルクトフラノシル β-D-グルコピラノシル-(1→6)-α-D-グルコピラノシド)、イソマルトトリオース(Isomaltotriose:α-D-グルコピラノシル-(1→6)-α-D-グルコピラノシル-(1→6)-D-グルコース)、イソパノース(Isopanose:α-D-グルコピラノシル-(1→4)-[α-D-グルコピラノシル-(1→6)]-D-グルコース)、マルトトリオース(Maltotriose:α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)、マンニノトリオース(Manninotriose:α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-D-グルコース)、メレジトース(Melezitose:α-D-グルコピラノシル-(1→3)-β-D-フルクトフラノシル=α-D-グルコピラノシド)、パノース (Panose:α-D-グルコピラノシル-(1→6)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)、プランテオース(Planteose: α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-β-D-フルクトフラノシル=α-D-グルコピラノシド)、ラフィノース(Raffinose:β-D-フルクトフラノシル=α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-グルコピラノシド)、ソラトリオース(Solatriose:α-L-ラムノピラノシル-(1→2)-[β-D-グルコピラノシル-(1→3)]-D-ガラクトース)、ウンベリフェロース(Umbelliferose:β-D-フルクトフラノシル=α-D-ガラクトピラノシル-(1→2)-α-D-ガラクトピラノシド)などの3糖化合物;リコテトラオース(Lycoテトラose:β-D-グルコピラノシル-(1→2)-[β-D-キシロピラノシル-(1→3)]-β-D-グルコピラノシル-(1→4)-β-D-ガラクトース)、マルトテトラオース(Maltoテトラose:α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)、スタキオース(Stachyose:β-D-フルクトフラノシル=α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-ガラクトピラノシル-(1→6) -α-D-グルコピラノシド)などの4糖化合物;マルトペンタオース(Maltopentaose:α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)、ベルバスコース(Verbascose:β-D-フルクトフラノシル=α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-ガラクトピラノシル-(1→6)-α-D-グルコピラノシド)などの5糖化合物;マルトヘキサオース(Maltohexaose: α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-α-D-グルコピラノシル-(1→4)-D-グルコース)などの6糖化合物を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0036】
好ましくはグルコースの3量体ないし6量体であるオリゴ糖化合物を用いることができ、さらに好ましくはグルコースの3量体又は4量体であるオリゴ糖化合物を用いることができる。より具体的には、イソマルトトリオース、イソパノース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、又はマルトヘキサオースなどを好適に用いることができ、これらのうち、グルコースがα1-4結合したマルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、又はマルトヘキサオースがさらに好ましい。特に好ましいのはマルトトリオース又はマルトテトラオースであり、最も好ましいのはマルトトリオースである。オリゴ糖化合物による脂質ナノ粒子の表面修飾量は特に限定されないが、例えば、総脂質量に対して1~30モル%程度、好ましくは2~20モル%程度、より好ましくは5~10モル%程度である。
【0037】
オリゴ糖化合物で脂質ナノ粒子を表面修飾する方法は特に限定されないが、例えば、脂質ナノ粒子をガラクトースやマンノースなどの単糖で表面を修飾したリポソーム(国際公開第2007/102481号)が知られているので、この刊行物に記載された表面修飾方法を採用することができる。上記刊行物の開示の全てを参照により本明細書の開示として含める。この手段はポリアルキレングリコール化脂質に単糖化合物を結合して脂質ナノ粒子の表面修飾を行なう方法であり、この手段により脂質ナノ粒子の表面をポリアルキレングリコールにより同時に修飾することができるので好ましい。
【0038】
脂質ナノ粒子の表面をポリアルキレングリコールなどの親水性ポリマーで修飾することによりリポソームの血中滞留性などの安定性を高めることができる場合がある。この手段については、例えば、特開平1-249717号公報、特開平2-149512号公報、特開平4-346918号公報、特開2004-10481号公報などに記載されている。親水性ポリマーとしてはポリアルキレングリコールが好ましい。ポリアルキレングリコールとしては、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、ポリヘキサメチレングリコールなどを用いることができる。ポリアルキレングリコールの分子量は、例えば300~10,000程度、好ましくは500~10,000程度、さらに好ましくは1,000~5,000程度である。
【0039】
ポリアルキレングリコールによる脂質ナノ粒子の表面修飾は、例えばポリアルキレングリコール修飾脂質を脂質膜構成脂質として用いて脂質ナノ粒子を構築することにより容易に行なうことができる。例えば、ポリエチレングリコールによる修飾を行う場合には、ステアリル化ポリエチレングリコール(例えばステアリン酸PEG45(STR-PEG45)など)を用いることができる。その他、N-[カルボニル-メトキシポリエチレングリコール-2000]-1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスフォエタノールアミン、n-[カルボニル-メトキシポリエチレングリコール-5000]-1,2-ジパルミトイル-sn-グリセロ-3-ホスフォエタノールアミン、N-[カルボニル-メトキシポリエチレングリコール-750]-1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスフォエタノールアミン、N-[カルボニル-メトキシポリエチレングリコール-2000]-1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスフォエタノールアミン、N-[カルボニル-メトキシポリエチレングリコール-5000]-1,2-ジステアロイル-sn-グリセロ-3-ホスフォエタノールアミンなどのポリエチレングリコール誘導体などを用いることもできるが、ポリアルキレングリコール化脂質はこれらに限定されることはない。
【0040】
また、ポリアルキレングリコールにオリゴ糖化合物を結合させることにより、ポリアルキレングリコール及びオリゴ糖化合物による表面修飾を同時に達成することができる。もっとも、脂質ナノ粒子をポリアルキレングリコールやオリゴ糖化合物で表面修飾する方法は上記の方法に限定されることはなく、例えば、ステアリル化されたポリアルキレングリコールやオリゴ糖化合物など脂質化された化合物を脂質ナノ粒子の構成脂質として使用することにより、表面修飾を行なうことができる場合もある。
【0041】
本発明に係る脂質ナノ粒子の製造にあたり、血中滞留性を高めるための脂質誘導体として、例えば、グリコフォリン、ガングリオシドGM1、ホスファチジルイノシトール、ガングリオシドGM3、グルクロン酸誘導体、グルタミン酸誘導体、ポリグリセリンリン脂質誘導体などを利用することもできる。また、血中滞留性を高めるための親水性ポリマーとして、ポリアルキレングリコールのほかにデキストラン、プルラン、フィコール、ポリビニルアルコール、スチレン-無水マレイン酸交互共重合体、ジビニルエーテル-無水マレイン酸交互共重合体、アミロース、アミロペクチン、キトサン、マンナン、シクロデキストリン、ペクチン、カラギーナンなどを表面修飾に用いることもできる。
【0042】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、ステロール、又はグリセリン若しくはその脂肪酸エステルなどの膜安定化剤、トコフェロール、没食子酸プロピル、パルミチン酸アスコルビル、又はブチル化ヒドロキシトルエンなどの抗酸化剤、荷電物質、及び膜ポリペプチドなどからなる群から選ばれる1種又は2種以上の物質を含んでいてもよい。正荷電を付与する荷電物質としては、例えば、ステアリルアミン、オレイルアミンなどの飽和若しくは不飽和脂肪族アミン;ジオレオイルトリメチルアンモニウムプロパンなどの飽和若しくは不飽和カチオン性合成脂質;又は、カチオン性ポリマーなどを挙げることができ、負電荷を付与する荷電物質としては、例えば、ジセチルホスフェート、コレステリルヘミスクシネート、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジン酸などを挙げることができる。膜ポリペプチドとしては、例えば、膜表在性ポリペプチド、又は膜内在性ポリペプチドなどが挙げられる。これらの物質の配合量は特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【0043】
また、本発明に係る脂質ナノ粒子には、例えば、温度変化感受性機能、膜透過機能、遺伝子発現機能、及びpH感受性機能などのいずれか1つ又は2つ以上の機能を付与することができる。これらの機能を適宜付加することにより、例えば遺伝子を含む核酸などを内包する脂質ナノ粒子の血液中での滞留性を向上させ、肝臓や脾臓などの細網内皮系組織による捕捉率を低下させるとともに、標的細胞におけるエンドサイトーシスの後にエンドソームから効率的に脂質ナノ粒子を脱出させて核内に移行させることができ、核内において高い遺伝子発現活性を達成することが可能になる。
【0044】
本発明に係る脂質ナノ粒子の製造方法は特に限定されず、当業者に利用可能な任意の方法を採用することができる。一例を挙げれば、全ての脂質成分をクロロホルムなどの有機溶媒に溶解し、エバポレータによる減圧乾固や噴霧乾燥機による噴霧乾燥を行うことによって脂質膜を形成した後、水系溶媒を乾燥した上記の混合物に添加し、さらにホモジナイザーなどの乳化機、超音波乳化機、又は高圧噴射乳化機などにより乳化することで製造することができる。また、リポソームを製造する方法としてよく知られている方法、例えば逆相蒸発法などによっても製造することができる。脂質ナノ粒子の大きさを制御したい場合には、孔径のそろったメンブランフィルターなどを用いて、高圧下でイクストルージョン(押し出し濾過)を行えばよい。
【0045】
水系溶媒(分散媒)の組成は特に限定されないが、例えば、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩液などの緩衝液、生理食塩水、細胞培養用の培地などを挙げることができる。これら水系溶媒(分散媒)は脂質ナノ粒子を安定に分散させることができるが、さらに、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース、イノシトール、リボース、キシロース糖の単糖類、乳糖、ショ糖、セロビオース、トレハロース、マルトースなどの二糖類、ラフィノース、メレジノースなどの三糖類、シクロデキストリンなどの多糖類、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、マルチトールなどの糖アルコールなどの糖(水溶液)や、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、エチレングリコールモノアルキルエーテル、ジエチレングリコールモノアルキルエーテル、1,3-ブチレングリコールなどの多価アルコール(水溶液)などを加えてもよい。この水系溶媒に分散した脂質ナノ粒子を安定に長期間保存するには、凝集抑制などの物理的安定性の面から水系溶媒中の電解質を極力排除することが望ましい。また、脂質の化学的安定性の面からは水系溶媒のpHを弱酸性から中性付近(pH3.0~8.0程度)に設定し、及び/又は窒素バブリングなどにより溶存酸素を除去することが望ましい。
【0046】
得られた脂質ナノ粒子の水性分散物を凍結乾燥又は噴霧乾燥する場合には、例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース、イノシトール、リボース、キシロース糖の単糖類、乳糖、ショ糖、セロビオース、トレハロース、マルトースなどの二糖類、ラフィノース、メレジノースなどの三糖類、シクロデキストリンなどの多糖類、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、マルチトールなどの糖アルコールなどの糖(水溶液)を用いると安定性を改善できる場合がある。また、上記水性分散物を凍結する場合には、例えば、前記の糖類やグリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、プロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、エチレングリコールモノアルキルエーテル、ジエチレングリコールモノアルキルエーテル、1,3-ブチレングリコールなどの多価アルコール(水溶液)を用いると安定性を改善できる場合がある。
【0047】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、脂質膜で覆われた粒子内部に、標的の細胞内に送達する目的の成分を内包していることが好ましい。本発明に係る脂質ナノ粒子は、ヒアルロン酸受容体との相互作用部位が粒子表面に露出しているため、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞へ選択的に取り込まれる。すなわち、本発明に係る脂質ナノ粒子は、脂質膜の内部に内包した成分を、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞の細胞内へ効率よく送達させることができる。このため、本発明に係る脂質ナノ粒子は、目的の成分をヒアルロン酸受容体を発現している細胞へ送達させるキャリアとして有用である。
【0048】
本発明に係る脂質ナノ粒子が粒子内部に内包する成分としては、内包可能な大きさであれば特に限定されるものではなく、本発明に係る脂質ナノ粒子には、核酸、糖類、ペプチド類、低分子化合物、金属化合物など任意の物質を封入することができる。本発明に係る脂質ナノ粒子に内包させる成分としては、低分子化合物、低分子核酸、及びペプチドからなる群より選択される1種以上であることが好ましい。低分子核酸としては、例えば、siRNA、microRNA、核酸アプタマー、デコイ核酸、リボザイム、CpGオリゴ核酸等が挙げられる。
【0049】
siRNAは21~23塩基対からなる低分子二本鎖RNAであり、RNA干渉(RNAi)に関与し、mRNAの破壊によって配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。合成のsiRNAがヒトの細胞においてRNA干渉を引き起こすことが報告されており、siRNAを用いたRNA干渉により遺伝子をノックダウンすることができることから、医薬としての利用やがんなどの治療分野において応用が期待されている。本発明に係る脂質ナノ粒子に内包されるsiRNAの種類は特に限定されず、RNA干渉を引き起こすことができるものであればいかなるものを使用してもよいが、一般的には、21~23塩基対の二本鎖RNAであって、RNA鎖の3’部分が2塩基分突出した構造をとり、それぞれの鎖は5’末端にリン酸基と3’末端にヒドロキシル基を有する構造のRNAを本発明におけるsiRNAとして使用することができる。また、リボース骨格の2’位のヒドロキシル基がメトキシ基、フルオロ基、又はメトキシエチル基に、ホスホジエステル結合がホスホロチオエート結合に一部置換されたsiRNAも含まれる。
【0050】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、脂質膜で覆われた粒子内部に薬効成分を内包する薬剤キャリアであることが好ましい。当該薬効成分としては、特に限定されるものではなく、抗がん剤、抗炎症剤、抗菌剤、抗ウイルス剤などの任意の医薬の有効成分を使用できる。抗がん剤としては、例えば、ドキソルビシン、ダウノルビシン、シスプラチン、オキザリプラチン、カルボプラチン、パクリタキセル、イリノテカン、SN-38、アクチノマイシンD、ビンクリスチン、ビンブラスチン、メトトレキサート、アザチオプリン、フルオロウラシル、マイトマイシンC、ドセタキセル、シクロホスファミド、カペシタビン、エピルビシン、ゲムシタビン、ミトキサントロン、ロイコボリン、ビノレルビン、トラスツズマブ、エトポシド、エストラムスチン、プレドニゾン、インターフェロンα、インターロイキン-2、ブレオマイシン、イホスファミド、メスナ、アルトレタミン、トポテカン、シタラビン、メチルプレドニゾロン、デキサメタゾン、メルカプトプリン、チオグアニン、フルダラビン、ゲムツズマブ、イダルビシン、ミトキサントロン、トレチノイン、アレムツズマブ、クロランブシル、クラドリビン、イマチニブ、エピルビシン、ダカルバジン、プロカルバジン、メクロレタミン、リツキシマブ、デニロイキンジフチトクス、トリメトプリム/スルファメトキサゾール、アロプリノール、カルムスチン、タモキシフェン、フィルグラスチム、テモゾロマイド、メルファラン、ビノレルビン、アザシチジン、サリドマイド、およびマイトマイシン等が挙げられる。抗炎症剤としては、例えば、フェニルブタゾン、アセトアミノフェン、イブプロフェン、インドメタシン、スリンダク、ピロキシカム、ジクロフェナック、プレドニゾン、ベクロメタゾン、デキサメタゾン等が挙げられる。抗菌剤としては、例えば、アムホテリシンB等が挙げられる。抗ウイルス剤として、ビダラビン、アシクロビル、トリフルオロチミジン等が挙げられる。
【0051】
本発明に係る脂質ナノ粒子は、ヒアルロン酸受容体の発現量が少ない細胞よりも、ヒアルロン酸受容体の発現量が多い細胞に対して、より多く取り込まれる。送達効率がヒアルロン酸受容体の発現量に依存しているため、ヒアルロン酸受容体の発現量の多い細胞に対して選択的に取り込ませることができる。この選択性の高さから、本発明に係る脂質ナノ粒子は、抗がん剤を内包する薬剤キャリアであって、ヒアルロン酸受容体を高発現しているがんに対するがん治療に使用される医薬品として特に有用である。がん細胞がヒアルロン酸受容体を高発現しているがんとしては、例えば、悪性胸膜中皮腫、胸膜播種性肺がん等が挙げられる。
【0052】
本発明に係る脂質ナノ粒子を薬剤キャリアとして使用する場合、本発明に係る脂質ナノ粒子が投与される動物は、特に限定されるものではなく、ヒトであってもよく、ヒト以外の動物であってもよい。非ヒト動物としては、ウシ、ブタ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等の哺乳動物や、ニワトリ、ウズラ、カモ等の鳥類等が挙げられる。
【実施例】
【0053】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
[実施例1]
ヒアルロン酸誘導体を含むリポソームの、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞への取り込みを調べた。
【0055】
<ヒアルロン酸誘導体の製造>
Arpiccoらの方法(非特許文献10参照。)の改変法により、ヒアルロン酸とホスファチジルエタノールアミン(PE)とを結合させたヒアルロン酸脂質誘導体(HA-PE体)を製造した。
【0056】
【0057】
具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO)100mLに分子量が50kDaのヒアルロン酸2.5g(50μmol)を懸濁し、60℃に加熱した。30分間攪拌した後、DSPE(distearoyl-sn-glycerophosphoethanolamine)37.4mg(50μmol)を添加し、10mL酢酸を滴下した。さらに2時間攪拌した後、ナトリウムトリアセトキシボロヒドリド26.4mg(125μmol)を加え、その後96時間攪拌を続けた。常温まで冷却した後、反応溶液を逆相クロマトグラフィー{有利溶媒;水:メタノール(連続勾配)}に供することにより、合成されたHA-PE体(DSPE)を精製した。
【0058】
DSPEに代えて、SOPE(stearoyl-oleoyl-glycerophosphoethanolamine)を用いて同様に反応を行い、HA-PE体(SOPE)を単離した。
【0059】
<HA-PE修飾リポソームの製造>
HA-PE修飾リポソームを、エクストゥルーダー法を用いて製造した。カチオン性脂質としてDOTAP(1,2-dioleoyl-3-trimethylammonium-propane)を用いた。まず、DSPC(distearoyl-sn- gylcerolphosphocholine)とコレステロール(chol)とカチオン性脂質を50-x:50:x(x=0、5、又は10)の割合(モル比)で総量4000nmolを、ガラス試験管に添加した後、溶媒を留去することで当該ガラス試験管内に脂質薄膜を作製した。次いで、このガラス試験管内にPBS(phosphate-buffered saline)添加して脂質薄膜を水和させた後に、超音波処理を行うことでリポソームを得た。
【0060】
粒子径を一定のサイズにするために、得られたリポソームに対して、400、200、又は100nmの細孔を有するポリカーボネート膜を用いて整粒処理を行った。整粒したリポソームをHA-PE体と混合し、加熱下でインキュベートすることにより、HA-PE体を脂質膜へ挿入して、HA-PE修飾リポソームを得た。動的光散乱法により算出されたこのHA-PE修飾リポソームの平均粒子径は100~200nmであった。
【0061】
<非修飾リポソームの製造>
非修飾リポソームは、ガラス試験管に添加する脂質(総量4000nmol)を、DSPCとコレステロールを50:50の割合(モル比)とした以外は<HA-PE修飾リポソームの製造>と同様して、超音波処理後整粒することによって製造した。
【0062】
<HA混合リポソームの製造>
非修飾リポソームに、ヒアルロン酸を混合して、ヒアルロン酸を粒子表面に付着させたリポソーム(HA混合リポソーム)を得た。
【0063】
<HA-PE修飾リポソームの細胞への取り込み量の測定>
HA-PE修飾リポソームをさらに3,3'-dioctadecyloxacarbo-cyanine perchlorateにより蛍光標識したリポソーム(HA-PE修飾蛍光標識リポソーム)を細胞の培地に添加して、当該細胞への取り込み量を調べた。HA-PE修飾蛍光標識リポソームを取り込ませる細胞は、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞のうち、悪性胸膜中皮腫由来HMM3細胞と胸膜播種肺がん由来H226細胞を用いた。
【0064】
具体的には、各細胞を培養容器に播種して24時間培養した後、培養培地にHA-PE修飾蛍光標識リポソームを添加して2時間インキュベートした。その後、細胞を剥離して、フローサイトメーター(FACS)により細胞内に取り込まれた蛍光量を測定した。また、比較対象として、HA-PE修飾蛍光標識リポソームに代えて、赤色蛍光物質3,3'-dioctadecyloxacarbo-cyanine perchlorateにより蛍光標識した非修飾リポソーム(非修飾蛍光標識リポソーム)及びHA混合リポソーム(HA混合蛍光標識リポソーム)を用いて同様にして細胞内に取り込まれた蛍光量を測定した。
【0065】
HA-PE体(DSPE)を2モル%含有させて製造された各蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定した結果を
図1に示す。HMM3細胞における結果を
図1Aに、H226細胞における結果を
図1Bに、それぞれ示す。非修飾蛍光標識リポソームとHA-PE修飾リポソームとHA混合蛍光標識リポソームの細胞への取り込み量は、いずれも、DOTAPの含有量依存的に増大していた。より詳細には、DOTAPの含有量が10モル%の非修飾蛍光標識リポソームでは、DOTAPなしの非修飾蛍光標識リポソームよりも細胞への取り込み量が約10~20倍程度増大していた。HA混合蛍光標識リポソームにおいても、非修飾蛍光標識リポソームよりもやや少ないものの、DOTAPの含有量が10モル%のリポソームではDOTAPなしのリポソームよりも細胞への取り込み量が約8~15倍程度増大していた。一方で、DOTAPの含有量が10モル%のHA-PE修飾蛍光標識リポソームでは、DOTAPなしのHA-PE修飾蛍光標識リポソームよりも細胞への取り込み量が約200倍以上増大していた。つまり、リポソームに対してカチオン性脂質を添加することによる取り込み効率改善効果と、HA-PE体により粒子表面をヒアルロン酸で修飾することによる取り込み効率改善効果は、統計学的に有意な交互作用を有していた。リポソームに対してカチオン性脂質を添加することによる取り込み効率改善効果と、粒子表面にヒアルロン酸を付着させることによる取り込み効率改善効果とは、交互作用はなかった。
【0066】
続いて、ヒアルロン酸に結合させる足場の脂質の取り込み効率に対する影響を調べた。具体的には、HA-PE体(DSPE)に代えてHA-PE体(SOPE)を用いて同様にして製造された各蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定した。次いで、各細胞の取り込み量の測定結果に基づき、DOTAPの含有量が10モル%のリポソームについて、非修飾蛍光標識リポソームの取り込み量を1とした相対取り込み量を求めた。HA-PE体(DSPE)を含有するリポソームの結果とHA-PE体(SOPE)を含有するリポソームの結果を表1に示す。
【0067】
【0068】
この結果、HA-PE体(DSPE)で修飾したHA-PE修飾蛍光標識リポソームとHA-PE体(SOPE)で修飾したHA-PE修飾蛍光標識リポソームのいずれであっても、非修飾蛍光標識リポソームよりも細胞内への取り込み量を4~7倍程度上昇させた。特に、2本の脂肪酸残基のうち、両方が飽和脂肪酸残基であるHA-PE体(DSPE)で修飾したリポソームよりも、1本が飽和脂肪酸残基、残る1本が不飽和脂肪酸残基であるHA-PE体(SOPE)で修飾したリポソームのほうが、やや細胞内への取り込み量が高い傾向が観察された。
【0069】
次いで、リポソームに含有させるカチオン性脂質の取り込み効率に対する影響を調べた。リポソームを構成する脂質に対し、カチオン性脂質の含有量は10モル%とし、HA-PE体(SOPE)の含有量は2モル%とした。具体的には、DOTAPに代えて、DSTAP、DDAB、又はDC-Cholを用いて同様にして製造された各HA-PE(SOPE)蛍光標識リポソームの取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定した。対照として、非修飾蛍光標識リポソームも同様にして製造し、細胞への取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定した。測定結果を
図2に示す。HMM3細胞における結果を
図2Aに、H226細胞における結果を
図2Bに、それぞれ示す。図に示すように、いずれのカチオン性脂質を用いた場合でも、カチオン性脂質を含まないリポソームよりも、取り込み量を顕著に増大していた。中でも、DOTAPを含有させたリポソームが、他のカチオン性脂質を含有させたリポソームよりも取り込み効率が最も向上していた。
【0070】
さらに、リポソームに含有させるHA-PE体の量の取り込み効率に対する影響を調べた。まず、HA-PE体(SOPE)の含有量をリポソームの脂質総量に対して0.5~6モル%に変化させてHA-PE修飾蛍光標識リポソームを調製した。カチオン性脂質(DOTAP)の含有量は10モル%とした。次いで、製造された各HA-PE(SOPE)蛍光標識リポソームのH226細胞への取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定した。測定結果を
図3に示す(n=3)。この結果、HA-PE体(SOPE)の含有量(修飾量)が2モル%の場合に最も取り込み量が多く、取り込み効率の向上効果が高いことがわかった。
【0071】
また、細胞のヒアルロン酸受容体の発現量のHA-PE修飾リポソームの取り込み効率に対する影響も調べた。具体的には、HMM3細胞とH226細胞に加えて、CD44の発現が少ないHMM1細胞に対して、非修飾蛍光標識リポソーム(DOTAP含有量:10モル%)とHA-PE修飾蛍光標識リポソーム(DOTAP含有量:10モル%、HA-PE体(SOPE)の含有量:2モル%)の取り込み量を測定した。測定結果を
図4に示す。図に示すように、HMM1細胞では、HA-PE修飾蛍光標識リポソームでは、非修飾蛍光標識リポソームと同様ほとんど取り込みは観察されなかった。これらの結果から、HA-PE体で修飾したリポソームは、細胞表面のヒアルロン酸受容体に特異的に結合して細胞内へ取り込まれることが確認された。
【0072】
また、リポソームを修飾するHA-PE体のヒアルロン酸の大きさのHA-PE修飾リポソームの取り込み効率に対する影響も調べた。具体的には、HA-PE体を製造する際に用いるヒアルロン酸を、50kDaに代えて8kDa又は500kDaにした以外は同様にしてHA-PE修飾蛍光標識リポソーム(DOTAP含有量:10モル%、HA-PE体(SOPE)の含有量:0.5~10モル%)を調製した。次いで、製造された各HA-PE(SOPE)蛍光標識リポソームと非修飾蛍光標識リポソームのH226細胞への取り込み量(蛍光強度、A.U.)を測定し、非修飾蛍光標識リポソームの取り込み量を1とした相対取り込み量を求めた。各HA-PE修飾蛍光標識リポソームの相対取り込み量の結果を
図5に示す(n=3)。この結果、500kDaのヒアルロン酸から得られたHA-PE修飾蛍光標識リポソームでもHA-PE体で修飾することによる細胞への取り込み効率向上の効果は得られた。一方で、8kDaのヒアルロン酸から得られたHA-PE修飾蛍光標識リポソームは、相対取り込み量が1未満であり、HA-PE体で修飾することによる細胞への取り込み効率向上の効果は観察されなかった。これは、リポソーム表面のヒアルロン酸が小さく、ヒアルロン酸受容体との相互作用が弱いためと推察された。
【0073】
また、非修飾蛍光標識リポソーム(DOTAP含有量:10モル%)又はHA-PE修飾蛍光標識リポソーム(DOTAP含有量:10モル%、HA-PE体(SOPE)の含有量:2モル%)を取り込ませたH226細胞における各リポソームの細胞内局在を調べた。具体的には、各リポソームを取り込ませた細胞を蛍光核酸染色剤で核染色し、蛍光顕微鏡を用いて、リポソームの細胞内局在を観察した。各細胞の核染色画像(上段)とリポソーム蛍光画像(3,3'-dioctadecyloxacarbo-cyanine perchlorateの蛍光画像、下段)を
図6に示す。HA-PE修飾蛍光標識リポソームを取り込ませた細胞では、非修飾蛍光標識リポソームを取り込ませた細胞よりも、細胞内に多くの赤色蛍光が観察されており、より多くのリポソームが細胞内に取り込まれていた。また、細胞内のリポソームには、エンドソームと共局在しているものも多く認められた。これは、HA-PE修飾リポソームが、細胞膜のヒアルロン酸受容体と結合するだけではなく、その後エンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれていることを示唆している。
【0074】
[実施例2]
ヒアルロン酸誘導体を含むリポソームの薬剤キャリアとして効果を調べるために、当該リポソームに抗がん剤を内包させて、ヒアルロン酸受容体を発現している細胞に対するCDDPの殺細胞効果を調べた。抗がん剤としては、シスプラチン(CDDP)を用いた。
【0075】
<CDDP内封リポソームの製造>
脂質膜を水和する際の溶媒として、CDDPを溶解させた溶媒を用いた以外は実施例1と同様にして、CDDPを内封したHA-PE修飾リポソーム(DOTAP含有量:10モル%、HA-PE体(SOPE)の含有量:2モル%)を製造した。対照として、同様にしてCDDPを内包する非修飾リポソーム(DOTAP含有量:10モル%)も製造した。内封されなかったCDDPは限外濾過によって除去した。得られたリポソームのCDDP内封率を、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法で測定したところ、およそ10%であった。
【0076】
<CDDP内封リポソームの細胞への取り込み>
HMM3細胞及びH226細胞の培養培地に、各CDDP内封リポソームをCDDP量として0.1~20μg/mLとなる量(脂質量として10~2000μM)添加して、48時間培養した。培養後にWSTアッセイを行い、細胞生存率(%)を測定した。対照として、リポソームに内封していないCDDPを等量培養培地に添加して48時間培養した細胞に対してもWSTアッセイを行い、細胞生存率(%)を測定した。測定結果を
図7に示す。HMM3細胞における結果を
図7Aに、H226細胞における結果を
図7Bに、それぞれ示す。この結果、CDDP内封HA-PE修飾リポソームを取り込ませた細胞では、CDDP内封非修飾リポソームを取り込ませた細胞と比較して、50%の殺細胞活性(EC
50)としておよそ1/10の値を示した。また、このEC
50は、リポソームに内封していないCDDP(フリーCDDP)とほぼ同様の値であった。リポソームに内封しているにもかかわらず、フリーのCDDPとほぼ同程度に高い殺細胞活性を示したことから、CDDP内封HA-PE修飾リポソームは薬剤キャリアとして非常に優れていることが明らかである。
【0077】
また、CD44の活性化はがん細胞の増悪を招くことが知られている。そこで、CDDPを内封していないHA-PE修飾リポソームの細胞増殖への影響を調べた。具体的には、HMM3細胞及びH226細胞の培養培地に、CDDPを内封していないHA-PE修飾リポソームを添加して48時間培養し、WSTアッセイを行い、細胞生存率(%)を測定した。測定結果を
図8に示す。HMM3細胞における結果を
図8Aに、H226細胞における結果を
図8Bに、それぞれ示す。この結果、CDDPを内封していないHA-PE修飾リポソームを取り込ませた細胞では、細胞生存率への影響はほとんど見られず、HA-PE修飾リポソームはCD44を介在するがん細胞の増悪を誘導しなかった。
【0078】
[実施例3]
悪性胸膜中皮腫胸腔内播種マウスを用いて、CDDP内封HA-PE修飾リポソームの抗腫瘍効果を評価した。
【0079】
<悪性胸膜中皮腫胸腔内播種マウスの作製>
5×106個のH226細胞を、4週齢の雄の免疫不全マウス(BALB/cAJcl nu/nu)の右肺側胸腔内へ移植して、悪性胸膜中皮腫胸腔内播種マウスを作製した。
【0080】
<CDDP内封HA-PE修飾リポソーム>
実施例2と同様にして、CDDPを内封したHA-PE修飾リポソーム(DOTAP含有量:10モル%、HA-PE体(SOPE)の含有量:2モル%)を製造した。得られたCDDP内封HA-PE修飾リポソームは、平均粒子径が262.1±29.1nm、多分散度指数(PDI)が0.346±0.06、ゼータ電位が-36.4±2.79mVであった。
【0081】
<悪性胸膜中皮腫胸腔内播種マウスへのCDDP内封HA-PE修飾リポソーム投与>
H226細胞を移植してから7、14、21、28日後に、PBS、CDDP単剤(1.5mg/kg)、又はCDDP内封HA-PE修飾リポソーム(CDDP量として1.5mg/kg)を、右肺側胸腔内へと投与し、体重変化と生存率を経時的に測定した。生存率の経時的変化を
図9に示す。エンドポイントは、日本学術会議が提唱するガイドラインを参考にし、7日間で25%の体重減少が確認された時点とした。その結果、生存平均日数は、PBS投与群が36.5日、CDDP単剤(フリーCDDP)投与群が26.0日であった。フリーCDDP投与群には、PBS投与群よりも早期に死亡する個体が認められた。これらの個体の死因は、フリーCDDPの毒性に由来するものと推察された。一方で、CDDP内封HA-PE修飾リポソーム投与群では、H226細胞移植後46日後まで死亡個体は見られなかった。また、H226細胞移植後46日後のCDDP内封HA-PE修飾リポソーム投与群について、H226細胞の拡散状況を確認したところ、背側の壁側胸膜にもH226細胞が拡散している個体もあったが、多くは背側の壁側胸膜にわずかに拡散していることが観察されたのみであり、HA-PE修飾リポソームに内封したCDDPは、強く腫瘍の成長を抑制し得ることが確認された。
【0082】
また、犠牲個体の腎臓を摘出し、ヘマトキシリンエオシン染色によりCDDPの副作用が報告されている腎臓の組織切片を観察した。この結果、フリーCDDP投与群で認められた尿細管の壊死が、CDDP内封HA-PE修飾リポソーム投与群では見られなかった。つまり、CDDPのような毒性の高い薬効成分をHA-PE修飾リポソームに内封することにより、それ自身の毒性を抑えつつ目的の薬効を得られることがわかった。
【0083】
静脈内投与したヒアルロン酸は受容体を介して大部分が肝臓、一部が腎臓に移行する。そこで、HA-PE修飾リポソームの肝臓及び腎臓への分布を調べた。この結果、HA-PE修飾リポソームは、非修飾リポソームと比較して、これらの臓器への分布の増加は確認されなかった。