(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-28
(45)【発行日】2023-01-12
(54)【発明の名称】有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法
(51)【国際特許分類】
C10M 169/04 20060101AFI20230104BHJP
C10M 101/02 20060101ALN20230104BHJP
C10M 135/18 20060101ALN20230104BHJP
C10M 139/00 20060101ALN20230104BHJP
C10N 10/12 20060101ALN20230104BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20230104BHJP
C10N 30/04 20060101ALN20230104BHJP
C10N 40/04 20060101ALN20230104BHJP
C10N 40/08 20060101ALN20230104BHJP
C10N 40/25 20060101ALN20230104BHJP
C10N 40/30 20060101ALN20230104BHJP
C10N 70/00 20060101ALN20230104BHJP
【FI】
C10M169/04
C10M101/02
C10M135/18
C10M139/00 A
C10N10:12
C10N30:00 Z
C10N30:04
C10N40:04
C10N40:08
C10N40:25
C10N40:30
C10N70:00
(21)【出願番号】P 2019528986
(86)(22)【出願日】2018-06-05
(86)【国際出願番号】 JP2018021576
(87)【国際公開番号】W WO2019012861
(87)【国際公開日】2019-01-17
【審査請求日】2021-05-21
(31)【優先権主張番号】P 2017135670
(32)【優先日】2017-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100122437
【氏名又は名称】大宅 一宏
(72)【発明者】
【氏名】松倉 範佳
(72)【発明者】
【氏名】勝野 瑛自
(72)【発明者】
【氏名】角 太朗
【審査官】林 建二
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-130680(JP,A)
【文献】特開平10-121079(JP,A)
【文献】特開平05-311186(JP,A)
【文献】特開平10-121077(JP,A)
【文献】特開平08-176579(JP,A)
【文献】特開2004-002872(JP,A)
【文献】国際公開第2015/076103(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油に、下記一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、
基油及び前記有機モリブデン化合物の合計量に対して前記モリブデン化合物中のモリブデン原子含量で200~
800質量ppmの範囲内で混合した混合物を98~150℃の温度範囲へ攪拌・昇温することにより基油へ前記有機モリブデン化合物を分散させることを
含む、-5℃~25℃における有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法であって、
基油中の鉱物油の割合が基油全質量の70~100質量%であり、撹拌・昇温処理における98~150℃の温度範囲の保持時間は0.5~3時間であり、98~150℃の温度範囲で撹拌・昇温処理するための昇温速度が1~5℃/分である、方法:
【化1】
(式中、R
1~R
4は、2-エチルヘキシル基を表す。)
【請求項2】
前記98~150℃の温度範囲の保持時間が1~2時間である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記昇温速度が2~3℃/分である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
更に、ホウ素系分散剤を添加することを
含む、請求項1
~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか1項に記載の
-5℃~25℃における有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法を用いて得られた潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
潤滑油業界において、有機モリブデン化合物は、摩擦低減効果、酸化防止効果、耐摩耗効果等に優れた潤滑油用添加剤であることがよく知られている。特に、自動車業界では、環境問題から省燃費が重要な問題としてクローズアップされ、エンジン油の低粘度化あるいは摩擦調整剤の使用により燃費を改善させることが行われており、摩擦調整剤としては、有機モリブデン化合物が多用されている。更に、有機モリブデン化合物の中でも、モリブデンジチオカーバメートは、2つの部品の摺動面が直接触れ合うような「境界潤滑領域」若しくは「混合潤滑領域」において、良好な摩擦低減性を示す添加剤であることから、エンジン油用添加剤として好まれよく使用されている。
例えば、特許文献1には、鉱油及び/又は合成潤滑油を基油とし、モリブデンジチオカーバメートをモリブデン(Mo)量として50~2000重量ppm、ジチオリン酸亜鉛をリン(P)量として0.01~0.2重量%及び無灰系有機ポリサルファイド化合物を硫黄(S)量として0.01~0.4重量%含有することを特徴とするエンジン油組成物が開示されている。
また、特許文献2には、鉱油または合成油から選んだエンジン油基油に、下記の諸成分を添加含有させてなるエンジン油組成物:(A)アルケニルコハク酸イミドのホウ素化合物誘導体を、ホウ素量にして0.01~0.1質量%、(B)有機モリブデン化合物を、Mo量にして0.02~0.5質量%、および(C)ヒドロキシ安息香酸およびアルキルフェノールのアルカリ土類金属塩硫化混合物を0.2~10質量%が開示されている。
さらに、特許文献3には、鉱油系潤滑油基油、合成系潤滑油基油又はこれらの混合物からなる基油と、モリブデンジチオカーバメートをモリブデン量で200~3000ppm、アルキレンビス(ジアルキルジチオカルバメート)を硫黄量で150~4000ppm、及びアルカリ土類金属サリシレートを硫酸灰分量で0.02~1.5質量%含有しており、必要に応じてジアルキルジチオリン酸亜鉛をリン量で800ppm以下含有していることを特徴とするエンジン油組成物が開示されている。
また、特許文献4には、100℃における動粘度が1~20mm2/sである潤滑油基油と、モリブデンジチオカーバメートと、モリブデンジチオホスフェートと、金属サリシレート系清浄剤とを含有するエンジン油組成物(請求項1);0.1質量%以上2.0質量%以下のホウ素含有量を有するホウ素化無灰分散剤を更に含有する前記エンジン油組成物(請求項3)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平8-073878号公報
【文献】特開平11-269477号公報
【文献】特開2004-099676号公報
【文献】特開2012-102280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、モリブデンジチオカーバメートは、良好な摩擦低減効果が期待できるものの、基油への分散性が悪いことから、モリブデンジチオカーバメートのなかでもエンジン油等の潤滑油での使用が困難であるものが知られている。このような特定のモリブデンジチオカーバメートの基油への分散性を改善し、保存時や使用中の一部においてさらされる温度である低温域において長期安定的に分散させることができれば、エンジン油用途等の潤滑油用途にて高濃度配合で使用可能となり、摩擦低減効果の向上や燃費向上に寄与する可能性がある。
【0005】
従って、本発明が解決しようとする課題は、基油への分散性が悪い特定の有機モリブデン化合物を基油へ長期安定的に分散させる方法を提供することにあり、当該方法によれば、摩擦低減効果の高い潤滑油組成物を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明者等は鋭意検討し、基油への分散性が悪い特定の有機モリブデン化合物の基油への分散性を改善する方法を見出し、本発明に至った。
即ち、本発明は、基油に、下記一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、
基油及び前記有機モリブデン化合物の合計量に対して前記モリブデン化合物中のモリブデン原子含量で200~
800質量ppmの範囲内で混合した混合物を98~150℃の温度範囲へ攪拌・昇温することにより基油へ前記有機モリブデン化合物を分散させることを
含む、-5℃~25℃における有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法
であって、基油中の鉱物油の割合が基油全質量の70~100質量%であり、撹拌・昇温処理における98~150℃の温度範囲の保持時間は0.5~3時間であり、98~150℃の温度範囲で撹拌・昇温処理するための昇温速度が1~5℃/分である方法である:
【化1】
(式中、R
1~R
4は、2-エチルヘキシル基を表す。)
【発明の効果】
【0007】
本発明の効果は、良好な摩擦低減効果を有するものの、基油への分散性が特に悪いことが知られている一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、基油へ長期安定的に分散させる方法を提供したことにあり、当該方法によれば、摩擦低減効果の高い潤滑油組成物を得られるという効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の低温域(-5℃~25℃の温度範囲)における有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法は、基油に、下記一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、モリブデン含量で200~1,000質量ppmの範囲内で混合した混合物を98~150℃の温度範囲へ攪拌・昇温することにより、基油へ前記有機モリブデン化合物を分散させることを特徴とするものである:
【化2】
(式中、R
1~R
4は、2-エチルヘキシル基を表す。)
この有機モリブデン化合物は、良好な摩擦低減効果を有するものの、基油への分散性が良好ではない有機モリブデン化合物である。
【0009】
なお、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の製造方法は、公知の製造方法であれば特に問題はなく、例えば、特開昭62-81396号公報、特開平7-53983号公報、特開平8-217782号公報、特開平10-17586号公報等に記載の製造方法が挙げられる。これらの技術内容は、適宜取り込まれ本明細書の一部とする。
【0010】
本発明方法において、基油への有機モリブデン化合物の添加量は、モリブデン含量で200~1,000質量ppmの範囲内である。中でも、高い摩擦低減効果が期待され、かつ分散性の長期安定化効果が得られやすいことから、200~800質量ppmであることが好ましく、300~600質量ppmであることがより好ましい。200質量ppm未満では一定程度の分散性は示すものの実用性のある高い摩擦低減効果が得られず、1,000質量ppmを超えると、本発明の効果が得られない虞があるために好ましくない。
【0011】
本発明の方法が効果を奏する理由としては、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、当該化合物が融解する温度以上の温度で基油と混合することにより、何らかの作用が働くことに起因しているものと考えられる。
一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、融解温度が100℃以下の化合物である。例えば、自動TG(熱重量)/DTA(示差熱)同時測定装置(DTG-60A:島津社製)を用いてTG-DTAを測定すれば、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の融解温度を測定することができる。上記装置を用い、アルミニウムセルに一般式(1)で表される化合物を11.365mg計り取り、窒素雰囲気下、ガス流量150ml、測定スタート温度50℃にて、2℃/分で昇温すると、溶け始め温度が81℃であり、ピークトップ温度が92℃であり、溶け終わり温度が98℃であった。すなわち、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、融解温度に幅がある化合物であり、81℃に温度が達した時点で融解し始めるが、完全に融解する温度は98℃以上と言うことが出来る。ゆえに、本発明の効果を確実に得るため、攪拌・昇温処理の下限温度は98℃となる。しかしながら、本発明の方法により当該化合物を基油へ分散させることにより得られる潤滑油組成物の分散状態(粒径等)に関しては、目視での確認(透明溶液を保っているか否か)以外に方法がなく、本発明の方法を用いることによって、基油と一般式(1)で表される有機モリブデン化合物との間でどのような作用が働いているかについては未知である。従って、本発明の方法を用いることによって得られる潤滑油組成物は、これまでエンジン油用添加剤として多用されてきた他の有機モリブデン化合物を配合した潤滑油組成物と比較し、摩耗低減効果がより改善された潤滑油組成物であるが、組成、特性、又は性状等で特定することができず、本発明の方法により得られる潤滑油組成物として規定する他ない。
【0012】
ここで、多くの潤滑油用添加剤の基油への分散性(溶解度)は、通常、温度に依存している。すなわち、潤滑油用添加剤は、温度を上げると基油への分散性(溶解度)が高くなり、その後、温度を下げると昇温下では基油に分散していた潤滑油用添加剤が、温度の低下により沈降・沈殿してくることが一般的である。しかしながら、本発明の方法においては、基油と、モリブデン含量で200~1,000質量ppmの範囲内での一般式(1)で表される有機モリブデン化合物との混合物を、98~150℃の温度範囲へ攪拌・昇温処理すると、得られる混合物は、室温以下の低温域(-5℃~25℃の温度範囲)においても沈降・沈殿が見られず、長期安定的に有機モリブデン化合物を基油に分散させることができ、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を潤滑油用添加剤として使用可能となる。混合物を98℃未満の温度へ攪拌・昇温しても、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、昇温することにより一度は基油に分散するが、室温以下(-5℃~25℃の温度範囲)にすると、沈降・沈殿が見られるために好ましくない。また、混合物を150℃を超える温度へ攪拌・昇温すると、有機モリブデン化合物が徐々に分解し、室温以下(-5℃~25℃の温度範囲)にすると、その分解物が析出するために好ましくない。すなわち、基油と、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の混合物を、98℃~150℃の特定の温度範囲に攪拌・昇温することにより、基油と相互作用し、室温以下(-5℃~25℃の温度範囲)にした際であっても、長期安定的に分散状態を保つことが出来る。なお、攪拌・昇温処理の好ましい温度範囲は、110~130℃の範囲内である。また、攪拌・昇温処理における所定の温度での保持時間は、好ましくは0.5~3時間、より好ましくは1~2時間の範囲内である。さらに、攪拌・昇温処理の好ましい昇温速度は1~5℃/分、より好ましくは2~3℃/分の範囲内である。なお、攪拌・昇温処理時に、装置設定や処理環境の影響により、例えば設定値の±5℃程度の範囲内で温度変化を生じる場合があるが、実質的に影響はなく無視することができる。
【0013】
次に、本発明に使用可能な基油は、特に制限されるものではなく、使用目的や条件に応じて適宜、鉱物基油、化学合成基油、動植物基油及びこれらの混合基油等から選択することができるが、以下の理由により本発明の方法の効果が最も顕著に発現する基油は、鉱物基油である。一般的に、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、鉱物基油への分散性が非常に悪い。本発明の方法は、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の鉱物基油への分散性改善に大きく寄与し、非常に良好な結果を与える。また、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、良好な摩擦低減効果が期待できるが、鉱物基油への分散性が非常に悪いことから、例えばエンジン油用添加剤として好まれない傾向があったが、本発明の方法を使用することにより、エンジン油用添加剤等としても使用可能となり、摩擦低減効果が良好な潤滑油組成物(例えば、エンジン油組成物)を得ることが出来る。
【0014】
ここで、鉱物基油としては、例えば、パラフィン基系原油、ナフテン基系原油又は中間基系原油を常圧蒸留するか、或いは常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られる留出油又はこれらを常法に従って精製することによって得られる精製油、具体的には溶剤精製油、水添精製油、脱ロウ処理油及び白土処理油等が挙げられる。化学合成基油としては、例えば、ポリ-α-オレフィン、ポリイソブチレン(ポリブテン)、モノエステル、ジエステル、ポリオールエステル、ケイ酸エステル、ポリアルキレングリコール、ポリフェニルエーテル、シリコーン、フッ素化化合物、アルキルベンゼン及びGTL基油等が挙げられ、これらの中でも、ポリ-α- オレフィン、ポリイソブチレン(ポリブテン)、ジエステル及びポリオールエステル等は汎用的に使用することができ、ポリ-α-オレフィンとしては例えば、1-ヘキセン、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン及び1-テトラデセン等をポリマー化又はオリゴマー化したもの、或いはこれらを水素化したもの等が挙げられ、ジエステルとしては例えば、グルタル酸、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸及びドデカン二酸等の2塩基酸と、2-エチルヘキサノール、オクタノール、デカノール、ドデカノール及びトリデカノール等のアルコールのジエステル等が挙げられ、ポリオールエステルとしては例えば、ネオペンチルグリコール、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール及びトリペンタエリスリトール等のポリオールと、カプロン酸、カプリル酸、ラウリン酸、カプリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸及びオレイン酸等の脂肪酸とのエステル等が挙げられる。動植物基油としては、例えば、ヒマシ油、オリーブ油、カカオ脂、ゴマ油、コメヌカ油、サフラワー油、大豆油、ツバキ油、コーン油、ナタネ油、パーム油、パーム核油、ひまわり油、綿実油及びヤシ油等の植物性油脂、牛脂、豚脂、乳脂、魚油及び鯨油等の動物性油脂が挙げられる。上記に挙げたこれらの各種基油は、一種を用いてもよく、二種以上を適宜組み合せて用いてもよい。一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の分散性や摩擦低減効果の観点から、基油として鉱物基油を含んでなる基油を用いることが好ましく、このとき基油中の鉱物基油の割合は特に限定されないが、例えば基油全質量の50~100質量%であることが好ましく、70~100質量%であることがより好ましく、また、実質的に鉱物基油のみからなる基油を用いてもよい。
【0015】
本発明で使用する一般式(1)で表される有機モリブデン化合物は、更に、ホウ素系分散剤を併用することで相乗効果を示し、本発明の効果をより効果的に向上させ、長期安定的に分散させることが可能となる。ホウ素系分散剤としては、潤滑油業界で一般的に使用されているものであれば特に制限はなく、例えば、炭素数40~400の直鎖、若しくは分枝状のアルキル基、又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有する含窒素化合物に、ホウ酸、ホウ酸塩等のホウ素化合物を作用させたもの等が挙げられる。具体的には、コハク酸イミド、コハク酸アミド、コハク酸エステル、コハク酸エステル-アミド、ベンジルアミン、ポリアミン、ポリコハク酸イミド及びマンニッヒ塩基等の含窒素化合物に、ホウ酸、ホウ酸塩等のホウ素化合物を作用させたもの等である。アルキル基、又はアルケニル基の炭素数が40未満の場合は化合物の基油に対する分散性が低下する場合があり、一方、アルキル基、又はアルケニル基の炭素数が400を越える場合は、潤滑油組成物の低温流動性が悪化する場合があるため好ましくない。これらの分散剤の配合量は、基油、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物及びホウ素系分散剤の全量に対して0.5~10質量%であり、本発明の効果が得られやすいことから、より好ましくは1~8質量%であり、更に好ましくは2~5質量%である。
【0016】
なお、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物とホウ素系分散剤を併用する場合、これらを基油へ分散させる順序は特に制限はないが、より高い相乗効果が得られることから、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物とホウ素系分散剤を同時に基油に添加して混合物とし、当該混合物を98℃~150℃、好ましくは110~130℃の温度範囲へ攪拌・昇温して分散させることが好ましい。また、攪拌・昇温処理における所定の温度での保持時間は、好ましくは0.5~3時間、より好ましくは1~2時間の範囲内である。さらに、攪拌・昇温処理の好ましい昇温速度は1~5℃/分、より好ましくは2~3℃/分の範囲内である。
【0017】
上述のような本発明の低温域における有機モリブデン化合物の基油への分散性を長期安定化させる方法により、有機モリブデン化合物を基油へ長期安定的に分散させることができる潤滑油組成物等、例えば、エンジン油用潤滑油、工業用潤滑油、油圧油用潤滑油、冷凍機油用潤滑油等を製造することができる。
【0018】
また、本発明の効果を損なわない範囲であれば、公知の潤滑油用添加剤を使用目的に応じて更に適宜使用することが可能であり、例えば、摩擦低減剤、摩耗防止剤、極圧剤、金属系清浄剤、ホウ素系分散剤以外の分散剤、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、腐食防止剤、金属不活性化剤及び消泡剤、防錆剤、乳化剤、抗乳化剤、及びかび防止剤等が挙げられる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例により、具体的に説明するが、本発明は、これらの例によってなんら限定されるものではない。尚、以下の実施例等において「%」は、特に記載が無い限り質量基準である。
まず、実施例、比較例及び参考例に使用する有機モリブデン化合物、ホウ素系分散剤及び基油を以下に示す。
<有機モリブデン化合物>
有機モリブデン化合物1
[一般式(1)のR1、R2、R3、R4がC8H17(2-エチルヘキシル基)である有機モリブデン化合物]
有機モリブデン化合物2
[一般式(2)のR1、R2、R3、R4がC4H9(ブチル基)である有機モリブデン化合物]
有機モリブデン化合物3
[一般式(2)のR1、R2、R3、R4がC8H17(n-オクチル基)である有機モリブデン化合物]
有機モリブデン化合物4
[一般式(2)のR1、R2、R3、R4がC13H27(イソトリデシル基)である有機モリブデン化合物]
有機モリブデン化合物5
[一般式(1)のR1、R2、R3、R4がC8H17(2-エチルヘキシル基)である有機モリブデン化合物25質量%と、一般式(1)のR1、R2、R3、R4がC13H27(イソトリデシル基)である有機モリブデン化合物25質量%と、一般式(1)のR1、R2がC8H17(2-エチルヘキシル基)であり、R3、R4がC13H27(イソトリデシル基)である有機モリブデン化合物50質量%の混合物]
<分散剤>
分散剤1(ホウ素系分散剤):ポリアルケニルコハク酸イミドのホウ素化
物
<基油>
基油1:40℃での動粘度が19.5mm2/秒であり、100℃での動粘度
が4.2mm2/秒であり、VIが124であるパラフィン基系鉱物
基油
【0020】
<分散性試験>
上記に挙げた有機モリブデン化合物、分散剤、基油を用いて分散性試験を実施した。
実施例1
攪拌機付き200mlフラスコに、有機モリブデン化合物1の0.19g(Mo含量として400質量ppm)を装入し、次いで、基油1を全量が100gになるまで加え、撹拌しながら昇温速度3℃/分にて昇温した。温度が120℃に達した後、120±5℃に保持しながら1時間にわたり撹拌処理して有機モリブデン化合物を分散させた後、室温(25℃)まで冷却することにより潤滑油組成物1を得た。潤滑油組成物1の撹拌・昇温処理直後、25℃(室温)にて1日静置後、25℃(室温)にて4日静置後、25℃(室温)にて7日静置後、25℃(室温)にて14日静置後の保存安定性を目視で確認し、その状態を表1にまとめた。
【0021】
更に、同様の方法にて、有機モリブデン化合物の種類若しくは攪拌・昇温処理の温度(実施例2は100℃、実施例3は150℃、比較例は50~180℃)ならびに各温度を設定値とした保持温度(各設定値±5℃)を変更して得られた潤滑油組成物2~10について、潤滑油組成物1と同様の保存安定性試験を行い、表1(実施例)及び表2(比較例及び参考例)に結果を示した。なお、保存安定性試験の評価は以下の基準に沿って評価した:
評価A:透明溶液を保っている(良好な分散状態)
評価B:一部濁りが生じている
評価C:全体に濁りが生じている
評価D:沈殿が生じている
【0022】
【0023】
【0024】
表1ないし2の結果から、実施例1~3で得られた潤滑油組成物1~3は、良好な分散状態を保つことがわかった。なお、参考例として、基油への分散性が良好である有機モリブデン化合物4及び有機モリブデン化合物5を基油への分散性が良好な条件で用いた配合例についての結果を表2に併記した。
【0025】
続いて、ホウ素系分散剤を併用した場合の分散性に関して調査した。
実施例4
攪拌機付き200mlフラスコに、有機モリブデン化合物1の0.19g(潤滑油組成物中Mo含量として400質量ppm)と、分散剤1の4.0g(潤滑油組成物中4質量%)を装入し、次に、基油1を全量が100gになるまで加え、撹拌しながら昇温速度3℃/分にて昇温した。温度が120℃に達した後、120±5℃に保持しながら1時間にわたり撹拌処理して有機モリブデン化合物及び分散剤を分散させた後、室温(25℃)まで冷却することにより潤滑油組成物11を得た。得られた潤滑油組成物11の撹拌・昇温処理直後、25℃(室温)にて1日静置後、25℃(室温)にて4日静置後、25℃(室温)にて7日静置後、25℃(室温)にて14日静置後の保存安定性について目視で確認し、得られた結果を表3に記載する。
【0026】
更に、実施例4と同様の方法にて、有機モリブデン化合物の添加量をMo含量として600質量ppmを変更した潤滑油組成物12及び撹拌分散後の保存安定性試験の保存温度を変更した潤滑油組成物11’について、潤滑油組成物11と同様の保存安定性試験を行い、得られた結果を表3に併記する。なお、保存安定性試験の評価は以下の基準に沿って評価した:
評価A:透明溶液を保っている(良好な分散状態)
評価B:一部濁りが生じている
評価C:全体に濁りが生じている
評価D:沈殿が生じている
【0027】
【0028】
表3の結果から、ホウ素系分散剤との併用により、一般式(1)で表される有機モリブデン化合物の分散性が向上することがわかる。なお、実施例6は、得られた潤滑油組成物11’の-5℃(室温)にて1日静置後、-5℃(室温)にて4日静置後、-5℃(室温)にて7日静置後、-5℃(室温)にて14日静置後の保存安定性について目視で確認し、その状態を評価したものであり、低温での保存安定性も良好であることがわかった。
【0029】
<潤滑特性試験>
続いて、上記溶解性試験にて良好な結果が得られた潤滑油組成物1(実施例1)、潤滑油組成物11(実施例6)、潤滑油組成物10(参考例2)について、潤滑特性試験を行った。試験は、それぞれ撹拌・昇温処理直後及び保存安定性試験(25℃、7日後)後のサンプルを用いて行った。試験機は、SRV試験機(Optimol社製、型式:type3)を用い、以下条件で、線接触法(Cylinder on Disk)にて行い、摩擦係数について評価した。表4に、摩擦係数の測定値を示す。
試験条件
荷重: 200N
振幅: 1.0mm
周波数: 50Hz
温度: 80℃
時間: 15分
【0030】
【0031】
表4の結果から、結果、本発明の方法を用いて得られた潤滑油組成物は、撹拌・昇温処理直後も、25℃で7日保存した後でも良好な摩擦低減効果を示し、基油への分散性が良好な有機モリブデン化合物5が分散している潤滑油組成物10より優れた摩擦低減効果が得られることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、良好な摩擦低減効果が期待できるが、基油への分散性が悪く、潤滑油用添加剤として使用が困難であった一般式(1)で表される有機モリブデン化合物を、基油へ長期安定的に分散させる方法を提供するものであり、例えば、今後の自動車業界において、現状以上の燃費向上、快適な自動車の走行の実現に大きく貢献するものであることから、非常に有用性が高い。