(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-04
(45)【発行日】2023-01-13
(54)【発明の名称】快不快の判別
(51)【国際特許分類】
A61B 5/377 20210101AFI20230105BHJP
A61B 5/372 20210101ALI20230105BHJP
A61B 5/16 20060101ALI20230105BHJP
【FI】
A61B5/377
A61B5/372
A61B5/16 110
(21)【出願番号】P 2020018127
(22)【出願日】2020-02-05
(62)【分割の表示】P 2018560695の分割
【原出願日】2018-07-27
【審査請求日】2021-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2017146553
(32)【優先日】2017-07-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「対話健康支援ロボティクス」に係る委託業務、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】517249071
【氏名又は名称】PaMeLa株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【氏名又は名称】新山 雄一
(74)【代理人】
【識別番号】100190621
【氏名又は名称】崎間 伸洋
(72)【発明者】
【氏名】中江 文
(72)【発明者】
【氏名】曽雌 崇弘
【審査官】門田 宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/136361(WO,A1)
【文献】特開2015-095212(JP,A)
【文献】国際公開第2011/155196(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/070212(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/038121(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/151874(WO,A1)
【文献】特開2013-255742(JP,A)
【文献】米田徹,痛みを誘発する電気的な新奇刺激に対する事象関連電位の測定,電子情報通信学会技術研究報告,Vol.98 No.400,日本,1998年11月17日,Page 7-12
【文献】青樹秀樹,痛覚刺激時における脳波ゆらぎについて,電子情報通信学会技術研究報告,Vol.95 No.356,日本,1995年11月16日,Page 71-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/369 - 5/386
A61B 5/16
A61B 10/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の快不快を判定する手段をコンピュータにより生成する方法であって、前記コンピュータは、演算手段を含み、
a)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、前記演算手段が、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手する工程と、
b)前記演算手段が、a)の工程で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付けを実行する工程と、
c)前記関連付けに基づいて、前記演算手段が、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成する工程と
を備え、
前記快不快判定手段を生成する工程は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成する処理とを含む、方法。
【請求項2】
対象の快不快をコンピュータにより判定する方法であって、前記コンピュータは、演算手段を含み、
d)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供する工程と、
e)前記演算手段が、センサーにより計測された前記対象からの脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用して、前記対象の快不快を判定する工程と
を備え、
前記快不快判定手段は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理を実行するものであり、
ii)前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより作成される、ことを特徴とする、方法。
【請求項3】
前記前処理は、
前記センサーの複数の電極からの脳波信号に対する主成分分析による瞬目成分の除去および所定周波数についての高域カットフィルターによる筋電位ノイズ除去の処理と、
前記刺激の付与前の所定期間に計測される脳波データを用いたz値化による標準化処理を含む、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
前記演算手段が、前記モデル作成処理の前に、前記複数の被験者についての前記第1の振幅データおよび前記第2の振幅データの統計的な分布に基づいて、自己複製処理を実行し、前記モデル作成処理のためのデータの数を増加させる工程をさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記演算手段は、前記自己複製処理を、前記統計的な分布に基づく正規乱数を発生させることによって実行する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記演算手段は、前記自己複製処理を、前記統計的な分布に基づくピアソンシステム乱数を発生させることによって実行する、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記快不快判定手段の生成におけるモデル作成処理は、L1正則化およびベイズ最適化によるハイパーパラメータの決定処理を含む、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
前記快不快判定手段の生成におけるモデル作成処理は、L1正則化およびグリッドサーチによるハイパーパラメータの決定処理を含む、請求項5または6に記載の方法。
【請求項9】
対象の快不快を判定する手段を生成する装置であって、
A)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手するデータ入手部と、
B)前記データ入手部で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付ける処理部と、
C)前記関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成する判定手段生成部と
を備え、
前記判定手段生成部は、
i)前記脳波データに対して、前処理として、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理部と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成するモデル作成処理部とを含む、装置。
【請求項10】
対象の快不快を判定する装置であって、
D)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供する判定手段提供部と、
E)前記対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用し、前記対象の快不快を判定する判定部と
を備え、
前記快不快判定手段は、
前記脳波データに対して、前処理として、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理部を含み、
前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて作成された、ロジスティック回帰モデルである、装置。
【請求項11】
前記前処理は、
前記センサーの複数の電極からの脳波信号に対する主成分分析による瞬目成分の除去および所定周波数についての高域カットフィルターによる筋電位ノイズ除去の処理と、
前記刺激の付与前の所定期間に計測される脳波データを用いたz値化による標準化処理を含む、請求項9または10記載の方法。
【請求項12】
対象の快不快を判定する手段を生成する方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、前記コンピュータは、演算手段を含み、前記方法は、
a)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、前記演算手段が、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手するステップと、
b)前記演算手段が、a)の工程で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付けを実行するステップと、
c)前記関連付けに基づいて、前記演算手段が、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成するステップと
を備え、
前記快不快判定手段を生成するステップは、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成する処理とを含む、プログラム。
【請求項13】
対象の快不快を判定する方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、前記コンピュータは、演算手段を含み、前記方法は、
d)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供するステップと、
e)前記演算手段が、センサーにより計測された前記対象からの脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用して、前記対象の快不快を判定するステップと
を備え、
前記快不快判定手段は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理を実行し、
ii)前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルを作成する処理により生成されたものである、プログラム。
【請求項14】
対象の快不快を判定する手段を生成する方法をコンピュータに実行させるための請求項12に記載のプログラムを記録した記録媒体。
【請求項15】
対象の快不快を判定する方法をコンピュータに実行させるための請求項13に記載のプログラムを記録した記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳波を用いて快不快を判別する技術に関する。より詳細には、本発明は、同一の環境における異なる刺激での脳波データまたはその分析データに基づいて、快不快を判別することに関し、例えば、痛みがある場合にそれが心地よい痛みなのか不快な痛みなのかを判別することができる。
【背景技術】
【0002】
種々の感覚は、一方向のベクトルで表されることが多く、例えば、疼痛をみると、痛いかまたは痛くないかで区別することが多い。しかし、痛い感覚でも、それが鍼灸治療におけるもののように心地よい(快い)痛みなのか、それとも、不快な痛みなのか、簡単に区別できるものではない。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本発明者らは鋭意研究をした結果、種々の感覚について、それが心地よい(快い)感覚なのか、またはそうではない不快な感覚なのかを判別することができる判別技術を見出した。
【0004】
本発明は、例えば、以下を提供する。
(項目1)この発明の1つの局面に従うと、対象の快不快を判定する手段をコンピュータにより生成する方法であって、前記コンピュータは、演算手段を含み、
a)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、前記演算手段が、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手する工程と、
b)前記演算手段が、a)の工程で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付けを実行する工程と、
c)前記関連付けに基づいて、前記演算手段が、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成する工程と
を備え、
前記快不快判定手段を生成する工程は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成する処理とを含む、方法。
(項目2)この発明の他の局面に従うと、対象の快不快をコンピュータにより判定する方法であって、前記コンピュータは、演算手段を含み、
d)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供する工程と、
e)前記演算手段が、センサーにより計測された前記対象からの脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用して、前記対象の快不快を判定する工程と
を備え、
前記快不快判定手段は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理を実行するものであり、
ii)前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより作成される、ことを特徴とする、方法。
(項目3)好ましくは、前記前処理は、
前記センサーの複数の電極からの脳波信号に対する主成分分析による瞬目成分の除去および所定周波数についての高域カットフィルターによる筋電位ノイズ除去の処理と、
前記刺激の付与前の所定期間に計測される脳波データを用いたz値化による標準化処理を含む。
(項目4)好ましくは、前記演算手段が、前記モデル作成処理の前に、複数の被験者についての前記第1の振幅データおよび前記第2の振幅データの統計的な分布に基づいて、自己複製処理を実行し、前記モデル作成処理のためのデータの数を増加させる工程をさらに含む。
(項目5)好ましくは、前記演算手段は、前記自己複製処理を、前記統計的な分布に基づく正規乱数を発生させることによって実行する。
(項目6)好ましくは、前記演算手段は、前記自己複製処理を、前記統計的な分布に基づくピアソンシステム乱数を発生させることによって実行する。
(項目7)好ましくは、前記快不快判定手段の生成におけるモデル作成処理は、L1正則化およびベイズ最適化によるハイパーパラメータの決定処理を含む。
(項目8)好ましくは、前記快不快判定手段の生成におけるモデル作成処理は、L1正則化およびグリッドサーチによるハイパーパラメータの決定処理を含む。
(項目9)この発明のさらに他の局面に従うと、対象の快不快を判定する手段を生成する装置であって、
A)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手するデータ入手部と、
B)前記データ入手部で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付ける処理部と、
C)前記関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成する判定手段生成部と
を備え、
前記判定手段生成部は、
i)前記脳波データに対して、前処理として、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理部と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成するモデル作成処理部とを含む、装置。
(項目10)この発明のさらに他の局面に従うと、対象の快不快を判定する装置であって、
D)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供する判定手段提供部と、
E)前記対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用し、前記対象の快不快を判定する判定部と
を備え、
前記快不快判定手段は、
前記脳波データに対して、前処理として、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理部を含み、
前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて作成された、ロジスティック回帰モデルである、装置。
(項目11)好ましくは、前記前処理は、
前記センサーの複数の電極からの脳波信号に対する主成分分析による瞬目成分の除去および所定周波数についての高域カットフィルターによる筋電位ノイズ除去の処理と、
前記刺激の付与前の所定期間に計測される脳波データを用いたz値化による標準化処理を含む。
(項目12)この発明のさらに他の局面に従うと、対象の快不快を判定する手段を生成する方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、前記コンピュータは、演算手段を含み、前記方法は、
a)被験者に、同じ環境下で異なる刺激を付与することで、前記演算手段が、センサーにより前記被験者について計測された各々の脳波データまたはその分析データを入手するステップと、
b)前記演算手段が、a)の工程で得られた前記脳波データまたはその分析データの相違と、前記刺激に関する前記被験者の反応とを関連付けを実行するステップと、
c)前記関連付けに基づいて、前記演算手段が、前記被験者の快不快の判定のためのモデル作成処理を実行して、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を生成するステップと
を備え、
前記快不快判定手段を生成するステップは、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理と、
ii)前記前処理後のデータについて、第1の刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと第2の刺激提示後の所定期間の不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルにより前記快不快判定手段を生成する処理とを含む、プログラム。
(項目13)この発明のさらに他の局面に従うと、対象の快不快を判定する方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであって、前記コンピュータは、演算手段を含み、前記方法は、
d)被験者に同じ環境下で異なる刺激を付与する試験により取得された、モデル作成用の脳波データまたはその分析データの相違と前記刺激に関する前記被験者の反応との関連付けに基づいて、前記被験者の快不快の判定のモデル作成処理によって作成された、前記対象の快不快を判定するための快不快判定手段を提供するステップと、
e)前記演算手段が、センサーにより計測された前記対象からの脳波データまたはその分析データを入手し、前記快不快判定手段に適用して、前記対象の快不快を判定するステップと
を備え、
前記快不快判定手段は、
i)前記脳波データに対して、瞬目および筋電位によるノイズ除去と、前記刺激の付与前の所定期間のデータを用いた標準化を実施する前処理を実行し、
ii)前記前処理後のデータについて、刺激提示後の所定期間の快状態の第1の振幅データと不快状態の第2の振幅データとを用いて、ロジスティック回帰モデルを作成する処理により生成されたものである、プログラム。
(項目14)好ましくは、対象の快不快を判定する手段を生成する方法をコンピュータに実行させるための請求項12に記載のプログラムを記録した記録媒体。
(項目15) 対象の快不快を判定する方法をコンピュータに実行させるための請求項13に記載のプログラムを記録した記録媒体。
【0005】
本発明において、上記1または複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供されうることが意図される。本発明のさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、快不快を判別することができる。本発明はまた疼痛についてみると、心地よい痛みと、不快な痛みとを判別することができ、よりきめ細やかで主観に合致した治療や手術を行うことができ、医療関連産業において有用性がある。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、異なる刺激タイプによる疼痛不快度の違いを判別するための実験パラダイムを示す。不快疼痛刺激として低温刺激(レベル3)の—10℃を使い、対応する不快でない疼痛刺激として、強度レベルを個人ごとに統制した電気刺激(レベル3)を用いた。各レベルは3刺激含み、15秒間続いた。
【
図2】
図2は、不快疼痛の判別分析のプロセスを示す。判別分析には、サポートベクターマシーンを用いて行った。より詳細には、SVM-RFE(Support vector machine recursive feature elimination)を用いた。最初に、24個の脳波特徴量のランキングを行い、上位から1個ずつ特徴量を増やしながら、1個抜き交差検証により、判別精度を調べた。最後に、最も判別精度が高い特徴量群を用いて、ランダム化テストを行い、偶然レベルの判別精度を調べた。
【
図3】
図3は、SVM-RFEのおおまかなプロセス(A)とより詳細な内部プロセス(B)を示す。
【
図4】
図4は、SVM-RFEによる判別分析における特徴量のランキング結果を示す。上位5個の特徴量を用いた場合が、最も判別精度が高く「56.098%」の判別精度を示した。
【
図5】
図5は、上位5個の特徴量を用いたSVMの判別分析によるランダム化テストの結果を示す。判別ラベルを1000回ランダム化し、その度に、1個抜き交差検証により判別性を参集した。実際の「56.098%」の判別精度は、ランダム分布の上位5%以内を占め、有意な判別精度を実現していることを示す。
【
図6】
図6は、同一高温刺激の痛み文脈効果(主観評価)を示す。同じ温度刺激(40℃)にかかわらず、痛みの文脈(環境)が変わると不快度(主観評価)が変化することが示された。すなわち、38℃の「痛くない」刺激と一緒に出た場合、48℃の「痛い」刺激と一緒に出た場合よりも、40℃での刺激で不快度が高くなることが示された。
【
図7】
図7は、同一高温刺激の痛み文脈効果(脳波振幅)を示す。同じ温度刺激(40℃)にかかわらず、痛みの文脈(環境)が変わると脳波振幅が変化することが示された。48℃の痛い刺激と一緒に出た場合よりも、脳波振幅が小さくなる。
【
図8】
図8は、不快疼痛判別器(シグモイド関数)を示す。変曲点の閾値を用いて、不快度の異なる痛みを分ける。>1.0555は、不快度が低いと判断し、≦1.0555は不快度が高いと判断する。全体の判別精度は、64%であった。内訳をみると、不快度低の判別精度は、68%であり、不快度高の判別精度は60%であった。
【
図9】
図9は、不快疼痛判別器(シグモイド関数)の応用例を示す。前半は、痛みモニタリング初期の不快疼痛レベル強状態を保ち、後半は、痛みモニタリング中・後期の不快疼痛レベル弱状態を示す。15秒以上の脳活動平均値群(A、B)を取得し統計検定による特徴量変化の比較を行い、不快度緩和の客観的評価を行う。同じ物理量の刺激を異なる痛み環境で提示すると、「文脈依存型リファレンス検査手法」により、より厳密な不快疼痛評価を実現する。
【
図10】
図10は、心理ストレスパラダイムの実験である。認知課題として、カラーストループ課題(認知的競合課題)を付与し、フォントカラー課題:「フォントの色」を答えることを3ブロック(各50試行)行う。
図5の上に示すのは一致条件(競合無し、フォントカラーと文字情報が一致する)、不一致条件(競合あり、難しい、フォントカラーと文字情報が不一致である)の実験を行うスキームが示される。
【
図11】
図11は、心理ストレスパラダイムにおいて、行動データ(回答に要した反応時間)を示す。左が心理ストレスなし(第三者による課題中の監視がない)、右が心理ストレスあり(第三者による監視がある)である。難しい不一致条件の方が回答時間が長くなっている。心理的ストレスあり、なしの反応時間にはどの条件間でも有意差は見られなかった。したがって、表立って、ストレスありなしの影響は見られないと結論付けられた。
【
図12】
図12は、脳波データ(事象関連電位:F3の左前頭)の結果を示す。実線は不一致条件で、破線は一致条件(比較基準条件)である。上(A)は快条件(心理ストレスなし)を示し、下(B)は不快条件(心理ストレスあり)を示す。快条件(心理ストレスなし)では、不一致条件の波形が陽性方向にシフトしていた。不快条件(心理ストレスあり)では、不一致条件の波形が陰性方向にシフトし続けた。例として、陰性電位の300~800ミリ秒までの占有率を計算し特徴量とした。占有率(%)=陰性電位時間/全体時間×100で示す。
【
図13】
図13は、判別分析(シグモイド関数)である。
図12の結果をシグモイドフィッティングした結果である。潜在心理不快判別器としてその閾値を求めたところ、閾値=43.5であった。これ以下だとストレスなし、これを超えるとストレスありと判断する。ストレスなしの判別精度:73.1%、ストレスありの判別精度:61.5%であった。全体:67.6%であった。
【
図14】
図14は、潜在心理不快度判別器(シグモイド関数)の応用例を示す。前頭前野の持続性陰性活動のオーダーを調べる。占有率による潜在不快度の客観的評価を行うことができる。
【
図15】
図15は、本発明のフローを示すフローチャートの一例である。
【
図16】
図16は、本発明の機能構成を示すブロック図の一例である。
【
図17】
図17は、本発明の機能構成を示すブロック図の一例である。
【
図18】
図18は、本発明の機能構成を示すブロック図の別の一例である。
【
図20】
図20は、実施例4の判別モデル作成、ならびに
汎化の手順の一例を示す。
【
図21】
図21は、個人に合わせた快不快判別モデルの作成について、サンプル増幅による自己複製型特徴量作成を実施した例である、被検者1名の熱痛み主観評価の例を示す。本実施例で用いた被検者(ID185)は、熱刺激が40℃~46℃までは、ほとんど痛みを感じなかったが、レベル5の48℃で急に痛みの不快度(耐えられないほど不快)が上昇し、レベル6において、不快度はスケールの天井に達した。したがって、判別モデル作成は、レベル1とレベル6の最も遠い条件を用いて行った。
【
図22】
図22は、実データ(熱刺激レベル1と6)のサンプル分布特性を示す。左は熱刺激レベル1(40℃)のサンプル分布(n = 30003)を示す。右は、熱刺激レベル6(50℃)のサンプル分布(n= 30003)を示す。熱刺激レベル6の分布特性が、より広い範囲で右方向に広がっていることが分かる。各グラフは、y軸がサンプル数、x軸が、平均電位(絶対値、z値化)を示す。
【
図23】
図23は、自己複製型特徴量のサンプル分布の例(分布1;正規乱数増幅)を示す。レベル1と6の実測サンプルの分布特性をもつ正規乱数(n=10000)を発生し、「自己複製型特徴量」を作成した。グラフは、Fp1電極における熱刺激レベル1(40℃)のサンプル分布(n = 10003)は、平均:-0.27、SD:0.54、y軸がサンプル数、x軸が、平均電位(絶対値、z値化)を示す。Fp1電極における熱刺激レベル6(50℃)のサンプル分布(n =10000)は、平均:1.10、SD: 1.74である。オーバーラップするエリアが狭いほど、判別には有利である。
【
図24】
図24は、個人判別モデルの
汎化例(
汎化1;正規乱数増幅)を示す。個人(ID185)判別モデル用特徴量係数の入手を行い、判別モデルの決定し、異なる被検者(n= 169)のレベル1とレベル6の痛み判別推定を行った。推定結果は、全体の判別精度:70.4% (SD21.8)、判別精度70以上: 78名(46.2%)、判別精度50以上:110名(65.1%)であった。
【
図25】
図25は、自己複製型特徴量のサンプル分布の例(サンプル分布2;ピアソンシステム乱数増幅)を示す。縦軸はサンプル数、横軸は平均電位(絶対値、z値化)である。レベル1と6の実測30,000サンプルの分布特性を持つピアソンシステム乱数(n=10000)を発生し、「自己複製型特徴量」を作成した。Fp1電極における熱刺激レベル1(40℃)のサンプル分布(n = 10,000)であった。また、平均:-0.27、SD:0.54であり、歪度: 1.10、尖度:2.62であった。Fp1電極における熱刺激レベル6(50℃)のサンプル分布(n= 10,000)であり、平均:1.10、SD: 1.74、歪度: 1.77、尖度:6.35であった。オーバーラップするエリアが狭いほど、判別には有利である。
【
図26】
図26は、個人判別モデルの
汎化例(
汎化2;ピアソンシステム乱数増幅)を示す。個人(ID185)判別モデル用特徴量係数を入手し、判別モデルを決定し、異なる被検者(n= 169)のレベル1とレベル6の痛み判別推定を行う。推定結果は、全体の判別精度:71.7% (SD21.0)、判別精度70以上: 78名(46.2%)、判別精度50以上:114名(67.5%)であった。
【
図27】
図27は、自己複製型特徴量のサンプル分布の例(サンプル分布3;ピアソンシステム乱数増幅)を示す。少ない観測サンプル(各レベル10サンプル)の分布特性から、ピアソンシステム乱数(n=10000)を発生し、「自己複製型特徴量」を作成した。Fp1電極における熱刺激レベル1(40℃)のサンプル分布(n = 10,000)は、平均: -0.27、 SD:0.7、歪度:1.90、尖度:6.22であった。Fp1電極における熱刺激レベル6(50℃)のサンプル分布(n = 10,000)は、平均:1.21、SD: 3.15、歪度:3.44、尖度:15.97であった。オーバーラップするエリアが狭いほど、判別には有利である。
【
図28】
図28は、個人判別モデルの
汎化の例(
汎化3;ピアソンシステム乱数増幅)を示す。個人(ID185)判別モデル用特徴量係数を入手し、判別モデルを決定し、異なる被検者(n= 169)のレベル1とレベル6の痛み判別推定を行った。推定結果は、全体の判別精度:72.1% (SD21.1)、判別精度70以上: 84名(49.7%)、判別精度50以上:116名(68.6%)である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0009】
(定義)
最初に本発明において使用される用語および一般的な技術を説明する。
【0010】
本明細書において、「対象」(英文ではobject)とは、患者(patient)または被検者もしくは被験者(subject)と同義に用いられ、疼痛測定および脳波測定などの本開示の技術が対象とする任意の生体または動物をいう。対象としては、好ましくは、ヒトであるがこれに限定されない。本明細書において、疼痛の推定を行う場合、「推定対象」とすることがあるが、これは対象などと同じ意味である。
【0011】
本明細書において「脳波」は当該分野で通常用いられるのと同義であり、頭皮上に1対の電極を置いて脳の神経活動にともなう電位差によって発生する電流をいう。脳波には、電流の時間的変化を導出記録した脳電図(electroencephalogram,EEG)を包含する。安静時には振幅約50μV、周波数10Hz前後の波が主成分をなすとされる。これをα波という。精神活動時にはα波は抑制され、振幅の小さい17~30Hzの速波が現われるとされ、これはβ波という。浅い睡眠の時期にはα波はしだいに減少して4~8Hzのθ波が現われるとされる。深い睡眠中は1~4Hzのδ波が現われるとされる。これらの脳波は特定の振幅および周波数で記述することができ、本発明では、振幅の解析が重要でありうる。
【0012】
本明細書において「脳波データ」には、脳波に関する任意のデータであり(「脳活動量」、「脳特徴量」等ともいう)、振幅データ(EEG振幅、周波数特性など)が含まれる。これらの脳波データを分析した「分析データ」は、脳波データと同様に用いることができることから、本明細書では、「脳波データまたはその分析データ」とまとめて呼ぶことがある。分析データとしては、例えば、脳波データの平均振幅やピーク振幅(例えば、Fz、Cz、C3、C4)、周波数パワー(例えば、Fz(δ)、Fz(θ)、Fz(α)、Fz(β)、Fz(γ)、Cz(δ)、Cz(θ)、Cz(α)、Cz(β)、Cz(γ)、C3(δ)、C3(θ)、C3(α)、C3(β)、C3(γ)、C4(δ)、C4(θ)、C4(α)、C4(β)、C4(γ)など)等を挙げることができる。もちろん、脳波データまたはその解析データとして通常使用される他のデータを排除するものではない。
【0013】
本明細書において「振幅データ」とは、「脳波データ」の一種であり、脳波の振幅のデータをいう。単に「振幅」ということもあり、「EEG振幅」ともいう。このような振幅データは、脳活動の指標であることから、「脳活動データ」「脳活動量」などと称されることもある。振幅データは、脳波の電気信号を測定することによって得ることができ、電位(μV等で表示され得る)で表示される。振幅データとしては、平均振幅を使用することができるがこれに限定されない。
【0014】
本明細書において、「周波数パワー」とは、波形の周波数成分をエネルギーとして表したものであり、パワースペクトルともいう。周波数パワーは、高速フーリエ変換(FFT)(離散フーリエ変換(DFT)を計算機上で高速に計算するアルゴリズム)を利用して、時間領域のノイズの含まれる信号内に埋もれた信号の周波数成分を抽出し、これを計算することで算出することができる。信号のFFTは、例えば、MATLABの関数periodgramを用いて、その出力を正規化してパワースペクトル密度(PSD)、またはパワーの測定元となるパワースペクトルを算出することができる。PSDは、時間信号のパワーが周波数についてどのように分布しているかを示すもので、単位はワット/Hzである。PSDの各点を、その点が定義された周波数範囲にわたって(つまり、PSDの分解能帯域幅にわたって)積分して、パワースペクトルを計算する。パワースペクトルの単位はワットである。パワーの値は、周波数範囲にわたって積分せずに、直接パワースペクトルから読み取ることができる。PSDもパワースペクトルも実数なので、位相情報は何も含まれていないことになる。このように周波数パワーの計算はMATLABの標準的な機能で算出することができる。
【0015】
本明細書において「快」「不快」とは、行動を理解するための最も基本的な心的属性の1つであり、快をもたらす刺激には接近するが、不快をもたらす刺激からは遠ざかろうとする属性である。動物は快をもたらす刺激を獲得しようと接近するが、不快をもたらす刺激からは回避したり、不快な状態を維持する刺激からは逃避、もしくは、不快な状態を解消するような刺激を得ようと行動する。これらの接近・回避・逃避行動は環境に適応し、生存確率を高めるための基本的な行動の原理である。
【0016】
このように「快」と「不快」とは、対をなす概念である。
【0017】
本明細書において「ストレス」とは、外部からのさまざまな刺激(ストレッサー)によって心や体に負担がかかることで、心身に歪みが生じることをストレスという。ストレスは、不眠やうつ、胃痛や頭痛、さらには胃・十二指腸潰瘍など、心と体に不調を引き起こす。ストレスには、快いストレスである快ストレスと、不快なストレスである不快ストレスとがある。本明細書では、ストレスは快不快と同義で用いられる。ストレスは「身体的ストレス」と「精神的ストレス」に分けることができ、「身体的ストレス」は外からの刺激によって起きる「外的ストレス」と、特定の環境に置かれた場合に自分自身の内面から起きてくる「内的ストレス」に分けることができ、「精神的ストレス」は社会生活の中から生まれてくる「社会的ストレス」と、自分自身の心理的な要素から生まれてくる「心理的ストレス」に分けることができる。本明細書でいう心理学的パラダイムは、対象が特定の環境に置かれたとき、自身が持つ性格や心理状態に応じて、心理的ストレスを顕在的、もしくは潜在的に感じるように設定された検査方法である。
【0018】
本明細書において「痛み」および「疼痛」は同義であり、身体部分に傷害・炎症など一般に強い侵害のあるとき、これを刺激として生ずる感覚をいう。ヒトでは、強い不快感情を伴う感覚として一般感覚にも含まれる。加えて、皮膚痛覚などはある程度は外部受容の性格も備え、他の皮膚感覚や味覚と協同して、外物の硬さ・鋭さ・熱さ(熱痛)・冷たさ(冷痛)・辛さなどの質の判断に役立つとされる。ヒトの痛覚は皮膚・粘膜以外に身体のほとんどあらゆる部分(例えば、胸膜、腹膜、内臓(内臓痛覚、脳を除く)、歯、眼および耳など)に起こり得、いずれも脳において脳波またはその変動として感知され得る。この他、内臓痛に代表される内部痛覚もまた、痛覚に包含される)。内臓痛に対して上述した痛覚は体性痛という。体性痛および内臓痛に加えて、実際に障害されている部位と異なる部位の表面が痛くなるような現象である「関連痛」という痛覚も報告されており、本発明は、これらの多様な疼痛タイプを快不快という観点で分類することができる。
【0019】
痛覚には、感受性(痛閾)に個人差があり、痛刺激の起こり方や受容器部位の相違により、質的相違があり、鈍痛や鋭利痛などの分類があるが、本開示ではいずれの種類の痛覚でも測定、推定および分類することができる。また、速い痛覚(A痛覚)および遅い痛覚(B痛覚)、(速い)局所的痛みおよび(遅い)瀰漫性痛みにも対応可能である。本発明は、痛覚異常過敏などの痛覚の異常症などにも対応し得る。痛みを伝える末梢神経には「Aδ繊維」と「C繊維」の2つの神経繊維が知られており、例えば手をたたくと、始めの痛みはAδ繊維の伝導により、局在が明確な鋭い痛み(一次痛;鋭利痛)が伝わる。その後、C繊維の伝導により、局在が不明確なじんじんとした痛み(二次痛;鈍痛)を感じるとされている。痛みは4~6週間以内持続する「急性疼痛」、と4~6週間以上持続する「慢性疼痛」に分類される。痛みは、脈拍や体温、血圧、呼吸と並ぶ重要なバイタルサインであるが、客観的データとして表示することは難しい。代表的な痛みスケールVAS(Visual Analogue Scale)やfaces pain rating scaleは主観的な評価法であり、患者間の痛みを比較することはできない。他方で、本発明者は、痛みの客観的評価のための指標として、末梢循環系の影響を受けにくい脳波に着目し、その痛み刺激に対する振幅/潜時の変化を観測すれば、痛みの種類(快不快)をも分類することが導かれた。瞬間刺激も持続刺激もこの分類が可能である。
【0020】
本発明では、強度自体よりも「治療が必要な」痛み(不快な痛み)かどうかということが区別できることが重要な点の一つである。したがって「治療」という概念を軸に「痛み」の類別化を明確にできることも重要である。
【0021】
本明細書において「主観的疼痛感覚レベル」とは、対象が有する疼痛感覚のレベルをいい、コンピュータ化された可視化アナログスケール(COVAS)等の慣用技術または他の公知技術、例えば、Support Team Assesment Schedule(STAS-J)、Numerical Rating Scale(NRS)、Faces Pain Scale(FPS)、Abbey pain scale(Abbey)、Checkinlist of Nonverbal Pain Indicators(CNPI)、Non-communicative Patient‘s Pain Assessment Instrument(NOPPAIN)、Doloplus2などで表現することができる。
【0022】
本明細書において「条件」は、ある物事が成り立つ、または起こるもととなる事柄のうち、その原因ではないが、それを制約するものをいう。本明細書では、条件は「刺激」および「環境」を含む。
【0023】
本明細書において「刺激」とは、対象に対して何らかの反応を生じさせるものをいい、対象が生物の場合、生物やそのある部分の生理学的活性に,一時的な変化をもたらす要因をいう。理論に束縛されることは望まないが、例示的に説明すると、「環境」がその対象を空間的に包含し、何ら直接の焦点化した作用(例えば、身体部位への物理的刺激)を及ぼさないのに対して、「刺激」はその対象に対してそのような作用を及ぼす。
【0024】
「刺激」の具体的な例として例示される痛覚に関した事象の場合は痛覚を生じさせ得る任意の刺激を含む。例えば、電気刺激、冷刺激、熱刺激、物理的刺激、化学的刺激などが含まれる。本発明において、刺激はどのような刺激であってもよい。刺激の評価は、例えば、コンピュータ化された可視化アナログスケール(COVAS)等の慣用技術または他の公知技術、例えば、Support Team Assessment Schedule(STAS-J)、Numerical Raing Scale(NRS)、Faces Pain Scale(FPS)、Abbey pain scale(Abbey)、Checklist of Nonverbal Pain Indicators(CNPI)、Non-communicative Patient‘s Pain Assessment Instrument(NOPPAIN)、Doloplus2などを用いて、主観的疼痛感覚レベルと対応させることができる。刺激の強度として採用され得る値としては、例えば、侵害受容閾値(nociceptive threshold;侵害受容線維に神経インパルスを生じさせる閾値)、痛覚判別閾値(pain detection threshold;ヒトが痛みとして知覚できる侵害刺激の強度)および痛覚許容限度閾値(pain tolerance threshold;ヒトが実験的に許容できる侵害刺激の中でもっとも強い刺激強度)等を挙げることができる。
【0025】
心理学的な条件の場合、刺激としては、例えば、五感(視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚)などで感じることができ、脳において情報処理がなされる任意の要因や、社会的ストレスなどの精神的に感知することができる任意の要因などを挙げることができる。
【0026】
本明細書において「文脈」(context)および「環境」(environment)は同じ意味で用いられ、条件の一つであり、対象に対して何ら直接の焦点化した作用を及ぼさないが、その対象を取り囲む任意の条件をいい、刺激を対象に提示する際の、周囲の状況を言う。例えば、対象がおかれる空間に言及する場合は、温度、湿度、密度、明るさ、広さ、傾き、高さなどの空間特性を規定する多様なパラメータにより決まる3次元空間である。また、身体レベルでは、衣服や装飾品も身体空間を規定するパラメータであると理解できる。車いすを使う人の場合に見られるように、身体空間は外的環境に拡張する場合もある。本発明では、最初に、異なる刺激が不快度の違いを生じる基本的な状況に加え、対象がおかれる環境の違いや対象が受ける刺激の提示文脈の違いによって快不快が異なって感知されること、およびそれを信号解析結果として提示することができることが判明した。
【0027】
本明細書において快不快の「分類」は、種々の観点(例えば、痛覚の他、心理的なもの)で行うことができる。代表的な例としては、対象の痛みが「快」なのか「不快」なのかを分類することを含むが、これは、「我慢できる」痛みと「我慢できない」痛みとに分類する手法も想定され得る。
【0028】
本明細書において「陰性効果」とは、比較の基準となる条件の電位活動に比べて、関心対象となる検査条件の電位活動がマイナス方向にシフトすることを意味する。本明細書においては、基準となるストレスがない状態に比較して、顕在的、もしくは潜在的ストレスがある場合に、電位がマイナスの向きにシフトすることをいう。また、逆に、ストレスがない状態が検査の関心である場合は、陽性電位の増大が指標となり、陰性効果と陽性効果は、検査の基準条件の設定により言及の仕方が変わる。
【0029】
本明細書において「陰性占有率」または「占有率」とは、陰性電位の総時間(もしくは陰性電位データポイント数)/全体時間(もしくは、総データポイント数)×100で算出する。占有率は、心理ストレスの指標であることが見いだされた。ここで時間としては、刺激後300~800ミリ秒を代表的に用いることができるが、これに限定されず、刺激後150ミリ秒より後の範囲、刺激後300ミリ秒より後の範囲、刺激後300ミリ秒~800ミリ秒の範囲、刺激後300ミリ秒~600ミリ秒の範囲などを指すことができる。占有率は、電位効果の持続時間と類似するが、途中、効果が消失し、すぐに再開するような場合、効果の時間的特性を表現するのに適している。また、上記の300~600ミリ秒は、意識的判断などが収束する場合、陽性電位の効果が見られるが、認知作業の負荷が高い場合や抑制機能が続いている場合には、陰性効果が持続して見られ、心理ストレスの指標として用いるのに客観的な根拠がある(King JW, Kutas M.”Who did what and when? Using word- and clause-level ERPs to monitor working memory usage in reading.”J. Cogn. Neurosci. 7(3): 376-395,1995)。
【0030】
本明細書において「自己複製」とは、あるサンプルやデータについて、そのデータのサンプル数をもとのデータに基づいて複製することをいう。自己複製の結果サンプル数が大幅に増加することになる。自己複製は、例えば、サンプルの分布特性(平均、SD)を用いて正規乱数やピアソンシステム乱数増幅などの乱数を発生させることによって、実現することができ、例えば、10000サンプルの「自己複製型特徴量」を生成することができる。複製量は、10サンプル、50サンプル、100サンプル、500サンプル、1000サンプル、5000サンプル、10000サンプル、20000サンプル、50000サンプル、100000サンプルなど任意の倍数が使用され得る。したがって、自己複製は「サンプル増幅法」とも呼ばれ、「サンプル増幅法」は、サンプルが少ない場合でも、その分布特性を用いて、大幅にサンプル数を増加させる技法である。例えば、実施例で用いられた事象関連電位は、通常、20、30、40、50、もしくは100回などの比較的少ない刺激提示数を用いるが、加算平均すれば1電極につき1脳波データにとどまる。しかしながら、本発明のサンプル増幅法を用いれば、20回の刺激提示で得た1電極の20個の脳波データを、その分布特性(平均、散布度、尖度、歪度)に基づき、原理上無限にサンプル増幅させることができる。これに、機械学習(例えば、本実施例におけるLASSO正則化やSVM)により判別モデルのハイパーパラメタ(ラムダやCost、γ)を決定し、特徴量(例えば、振幅5個)の重みづけ係数とモデル切片を決定することができる。
【0031】
(好ましい実施形態)
以下に本発明の好ましい実施形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本発明のよりよい理解のために提供されるものであり、本発明の範囲は以下の記載に限定されるべきでないことが理解される。従って、当業者は、本明細書中の記載を参照して、本発明の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。また、本発明の以下の実施形態は単独でも使用されあるいはそれらを組み合わせて使用することができることが理解される。
【0032】
また、以下で説明する実施の形態は、いずれも包括的または具体的な例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、請求の範囲を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0033】
(快不快分類法)
1つの局面において、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する手段または判定値(機械学習などで判定器や分類器等を作成するときは、kernelと呼ばれる関数を用いた数式モデルである。ここに分類ラベルと特徴量を投入し、パラメータを決定する。このモデルが生み出す推定値を閾値、すなわち分類値でカテゴリ化(「1」、「0」など)し、実際の分類ラベルと照合して、判別精度を算出する。従って、手段、もしくは数式モデルと分類値は、プロセスと結果の関係にあるといえる。)を生成する方法であって、a)対象を少なくとも2つの環境下で、同一、もしくは強度などが同程度の刺激を付与し、各々の脳波データまたはその分析データを入手する工程と、b)該少なくとも2つの環境下で得られた該脳波データまたはその分析データの相違と、該刺激に関する該対象の反応とを関連付ける工程と、c)該関連付けに基づいて、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段を生成する工程とを包含する、方法を提供する。
【0034】
別の局面において、本発明はまた、「判定値(手段)」生成~「実際の判定」までのすべての段階を含む方法を提供する。すなわち、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する方法であって、a)対象を少なくとも2つの環境下で、同一、もしくは強度などが同程度の刺激を付与し、各々のモデル用の脳波データまたはその分析データを入手する工程と、b)該少なくとも2つの環境下で得られた該モデル用の脳波データまたはその分析データの相違と、該刺激に関する該対象の反応とを関連付ける工程と、c)該関連付けに基づいて、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段を生成する工程とd)該対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、該快不快判定手段に適用し、該対象の快不快を判定する工程とを包含する、方法を提供する。
【0035】
別の局面では、本発明は、「判定値」はすでに出ている状態で、医療機器に実装する段階を含む方法を提供する。すなわち、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する方法であって、c)少なくとも2つの環境下での試験に基づく関連付けに基づいた、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段を提供する工程とd)該対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、該快不快判定手段に適用し、該対象の快不快を判定する工程とを包含する、方法を提供する。
【0036】
別の局面では、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する手段または値を生成する装置であって、A)対象を少なくとも2つの環境下で、同一、もしくは強度などが同程度の刺激を付与し、各々の脳波データまたはその分析データを入手するデータ入手部と、B)該少なくとも2つの環境下で得られた該脳波データまたはその分析データの相違と、該刺激に関する該対象の反応とを関連付ける処理部と、C)該関連付けに基づいて、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段または値を生成する判定手段生成部とを包含する、装置を提供する。本発明のA)、B)およびC)は、それぞれ工程a)、b)、およびc)を実現するように構成される。
【0037】
別の局面では、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する装置であって、A)対象を少なくとも2つの環境下で同一、もしくは強度などが同程度の刺激を付与し、各々のモデル用の脳波データまたはその分析データを入手するデータ入手部と、B)該少なくとも2つの環境下で得られた該モデル用の脳波データまたはその分析データの相違と、該刺激に関する該対象の反応とを関連付ける処理部と、C)該関連付けに基づいて、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段または値を生成する判定手段提供部とD)該対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、該快不快判定手段または値に適用し、該対象の快不快を判定する判定部とを包含する、装置を提供する。本発明のA)、B)、C)、およびD)は、それぞれ工程a)、b)、c)、およびd)を実現するように構成される。
【0038】
別の局面では、本発明は、対象のストレスまたは快不快を判定する装置であって、C)少なくとも2つの環境下での試験に基づく相関付けに基づいた、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段または値を提供する判定手段提供部とD)該対象から試験用の脳波データまたはその分析データを入手し、該快不快判定手段に適用し、該対象の快不快を判定する判定部とを包含する、装置を提供する。本発明のC)、およびD)は、それぞれ工程c)、およびd)を実現するように構成される。
【0039】
A)に含まれる刺激機能は、刺激強度を複数種類提供することができる手段や機能を有していてもよい。そして、そのような刺激を、対象に対して付与することができるように構成される。A)に含まれる脳波データ(例えば、振幅データ)の取得機能は、対象の脳波データを取得するように構成される。A)はこれら2つの機能を別々の部分として実現してもよく、一体の部分として実現してもよい。また、これら以外の機能を持っていてもよい。
【0040】
B)では、シグモイド曲線のフィッティングなどの任意の関数フィッティングおよび2つ以上の文脈(環境)の相違と測定結果との関連付けの解析を行う機能を有する。
【0041】
C)は快不快判定手段または値の生成を行う機能を有し得る。
【0042】
D)では、測定用の脳波等を入手し、これをC)で得られた快不快判定手段または値に当てはめて快不快を判定する機能を有し得る。
【0043】
A)、B)、C)およびD)の少なくとも2つの機能は、別々の装置、デバイス、CPUまたは端末などで実現されてもよく、1つの部分として実現されてもよい。通常は、1つのCPUまたは計算装置において、これらの計算を実現するプログラムが組み込まれたか組み込まれ得る構成となっている。
【0044】
以下各工程を説明する。
【0045】
以下スキーム図を用いて快不快手法を説明する(
図15)。
【0046】
a)対象を少なくとも2つの環境下で、同一、もしくは強度などが同程度の刺激を付与し、各々のモデル用の脳波データまたはその分析データを入手する工程(S100~S200)について:
この工程では、対象に対して少なくとも2つの環境(好ましくは異なる環境)下で、同一(もしくは同一種類)、または同程度の刺激(例えば、痛み刺激)を複数回付与し、各々のモデル用の脳波データまたはその分析データを測定または入手する。または複数のレベルの刺激強度で該推定対象を刺激する工程(S100)では、推定対象が複数のレベル(強さまたは大きさ)の複数の刺激(例えば、冷温刺激、電気刺激など)から選択して刺激され、該刺激強度に対応する該推定対象の脳波データ(脳活動データ、脳活動量などともいう(S100)。例えば、振幅データ(EEG振幅)、周波数特性などを含む)を取得する(S200)。このような脳波データは、当該分野で周知の任意の手法を用いて取得することができる。脳波データは、脳波の電気信号を測定することによって得ることができ、振幅データなどとして電位(μV等で表示され得る)で表示される。周波数特性はパワースペクトル密度などで表示される。
【0047】
好ましい実施形態では、本発明を実施するために、脳波データは、1)できるだけ少ない電極(2つ程度)で、2)毛髪のある頭皮を極力避け、3)寝ている状態でも記録できるような簡便な方法で実施することが好ましいが、必要に応じて電極の数は増加させてもよい(例えば、3つ、4つ、5つなどでもよい)。
【0048】
あるいは、モデル用の脳波データまたはその分析データ(例えば、本実施例における事象関連電位や、誘発電位)を、自己複製させて、該脳波データまたはその分析データの数を増加させてもよい。自己複製は、分布特性に基づいて実施されうる。自己複製はまた、正規乱数、ピアソンシステム乱数増幅などの乱数を発生させることによって実施され得る。あるいは、自己複製は、サンプルの分布特性(平均、標準偏差(SD))を用いて正規乱数を発生させ、適切な数のサンプル(例えば、1万、2万等)の「自己複製型特徴量」を増幅作成することができる。「サンプル増幅法」は、サンプルが少ない場合でも、その分布特性を用いて、大幅にサンプル数を増加させる技法であるといえる。
【0049】
b)該少なくとも2つの環境下で得られた該モデル用の脳波データまたはその分析データの相違と、該刺激に関する該対象の反応とを関連付ける工程(S300)について:
a)のようにして得られた脳波データまたはその分析データは、適宜の手法に基づいて、相違点を、刺激タイプや刺激呈示環境などの、刺激および環境に関するパラメータを含む条件パラメータ(例えば、痛み刺激不快度など)と関連付ける。
【0050】
S300は、条件(あるいは刺激)の違い、環境(あるいは文脈)の違いに基づいて、快不快の違いを設定し、それに関連する特徴量を見つけ出す工程である。
【0051】
S400は、その特徴量を用いて、条件の違いにラベルをつけて、シグモイドフィッティングや機械学習などを行う工程である。より詳細には以下のとおりである。
【0052】
S300における、不快度に関わる手続きや環境の違いを脳波特徴量に関連付ける手続きは、例えば、以下のように行われる。日常環境で、不快度の異なる類似した環境AとBがある場合、環境構成に関わる要因をできる限り枚挙する。その要因を環境AとBの間で統計的に比較し、有意な違いがあるかどうかを検討する。もし有意な違いが見られたら、環境AとBの不快度の違いに関わる有力候補とする。脳波特徴量は、振幅、潜時、効果の持続時間、分布、周波数パワーなど、時間的、空間的、もしくは両者の相互作用から構成される複雑な特性を持つ。したがって、環境AとBの違いに関連付けられる特徴量が直観的に見つかる保証はない。したがって、時間的、空間的に分析して部分に分解し、環境AとBに関わる特徴量を統計的に比較したり(t検定や分散分析)、連続的な関係(相関関係や回帰)を調べたりすることで、刺激や環境条件と特徴量の関係を特定する。
【0053】
この工程では、工程aで得られた脳波データを、フィルター処理、眼球運動補正、アーチファクト除去などの基本的な信号処理を行った後、条件パラメータに関連付けて該当部分の信号を抽出し、脳波特徴量を作成する(S300)。これには、平均値(算術平均、幾何平均)、他の代表値(中央値、最頻値)、エントロピー、周波数パワー、ウェーブレット、もしくは平均、ならびに単一試行の事象関連電位の成分などが含まれる。
【0054】
c)該関連付けに基づいて、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段を生成する工程について(S400):
b)で算出された環境および刺激に関する条件パラメータに関連づいた脳波特徴量を用い、フィッティングで得られたモデル曲線において、閾値や判定指数を設定する工程である。閾値電位や(陰性)占有率などの数値で閾値を設定して、これを判定指数とすることができる。
【0055】
S400では、S300における関連付けで特定された特徴量を用いて、既存、もしくは未知の刺激や環境を判別・推定するモデルを作成する。例えば、上記の特徴量の統計検定では、サンプル数が増えれば、環境AとBの違いが小さかったり、なかったり、逆転しているようなサンプル数が増えても、「条件間に有意差がある」と判断される可能性が上がる。しかしながら、どの程度、該特徴量がサンプルを判別できるかという観点は含まれていない。しかしながら、痛みや心理的ストレスの判別では、個人が痛みやストレスを感じているかをできる限り精度高く区別できることが重要であり、統計的有意差の検出とは異なる有効性が要求され、また、目的とする。
【0056】
脳波特徴量を用いて、条件パラメータに合わせて2、3、もしくは3分類以上を行うために判別/推定モデルを作成するが、一つの方法としてはプロット図を作成し、シグモイド関数パターンなどの適宜なフィッティング関数に当てはめ(フィッティングさせ)る。当てはめは、当該分野で公知の任意の手法を用いて行うことができる。このような具体的なフィッティング関数としては、ボルツマン関数、二重ボルツマン関数、Hill関数、ロジスティック用量応答、シグモイドリチャード関数、シグモイドワイブル関数などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。これらのうち、標準ロジスティック関数は、シグモイド関数と呼ばれ、標準関数、もしくは変形が一般的であり、好ましい。
【0057】
必要に応じて該シグモイド関数パターンなどの適宜の関数パターンへの当てはめの回帰係数が所定以上の場合、該シグモイド曲線等に基づいて、快不快の判定のための閾値を設定することができる。ここでは、シグモイド曲線の場合変曲点(変調点)に基づいて生成することができるがこれに限定されない。必要に応じて、快不快のレベルの分類が最大限になるように疼痛分類値を較正(キャリブレーション)してもよい。閾値は、快不快レベルの算出または分類へと応用することができ、治療の効果の判定に利用することができる。
【0058】
したがって、1つの具体的な実施形態では、前記関連付けは、条件、例えば前記環境および前記刺激に基づいて、快不快の相違を設定し、該相違に関する特徴量を見出すことを含み、および前記快不快判定手段の生成は、該特徴量を用いて、該刺激の相違に識別するラベルを付すことを含む。特定の実施形態では、前記快不快判定手段の生成は、シグモイドフィッティングまたは機械学習によって達成される。
【0059】
1つの実施形態では、前記ストレスまたは快不快は、1)前記対象に与えられる刺激および前記環境の両方が異なるか、2)前記対象に与えられる刺激が異なるが前記環境が同じであるか、または3)前記対象に与えられる刺激は同じであるが前記環境が異なる。より具体的に説明すると、1)は、例えば、提示刺激のタイプも刺激が提示される空間も異なり、その違いが不快度と関連する特性に基づくものであり、2)は、例えば、提示刺激タイプや刺激の強度が異なるが、提示される文脈(環境)が異なり、それが不快度の違いに関連するものであり、3)は、例えば、刺激の提示方法や課題内容は全く同じであるが、対象が配置される空間特性が異なり、それが不快度の違いに関連するものである。
【0060】
実際の医療装置では、a)~c)を行うように構成されてもよいが、予めこの判定器または判定値を設定しておいてもよく、その場合、c)工程は、c’)少なくとも2つの環境下での試験に基づく関連付けに基づいた、対象のストレスまたは快不快を判定する快不快判定手段を提供する工程であってもよい。
【0061】
同一の被験者が対象者になる場合、以前の快不快判定手段(値など)を用いて、判定器や判定値を継承、もしくは更新するような工程を含んでいてもよい。
【0062】
d)該対象から試験用の、未知の状態に関わる脳波データまたはその分析データを入手し(S450)、該快不快判定手段に適用し、該対象の快不快を判定する工程について(S500):
この工程では、判定器や閾値をもとに、実際に測定した対象の未知の状態に関わる測定値、例えば、脳波データまたは分析データから、その判定器や閾値に対応する数値を算出し、これを判定器や閾値と比較して快不快の有無またはそのレベルを決定する。
【0063】
該対象の脳波データ(例えば振幅データ)を得る工程である(S450)。この工程は、何らかの刺激を受けているあるいは処置されているかどうかにかかわらず、測定を意図する対象から、対象の状態が未知の脳波データを得る工程であり、脳波データを取得できる手法であれば、どのような手法であってもよい。a)工程で使用される脳波データ取得と同じ手法を用いることができ、通常は同一の手法を用いる。そして、S500にあるように、快不快判定器や判定値に適用し、該対象の快不快を判定する。所定の快不快判定手段または値は、対象に関して判別/推定するレベルと紐付けられて「不快度(快不快)判定器」、もしくは「不快度(快不快)判定予測器」と呼ばれる。閾値よりも不快側の数値では不快と判定または予測し、快側での数値では快と判定または予測する。
【0064】
1つの実施形態では、脳波データ(例えば、振幅データ)の前記快不快判定手段または値への当てはめは、平均値で行うことができる。このような平均値は、15秒~200秒、さらに数時間にわたるデータ記録の場合、200秒を超える(例えば、300秒、500秒、600秒、900秒、1200秒など)平均値であってもよい。短時間(例えば、1秒以下)の外的、もしくは内的出来事に同期する事象関連脳活動の場合は、出来事が発生した後、1秒以内の平均値や代表値や時系列変化データなどであってもよい。また、判別器や判定値において用いられるデータは、標準化や正規化したものが望ましい。また、異なる日時のデータを比較する場合は、共通のベースライン環境や刺激タイプを設定し、それに対する変動や効果を算出して判別器や判定値に関連付けることが望ましい。1つの実施形態では、前記関連付けは、前記のシグモイド関数を判別器として用いることで実現され得る。
【0065】
別の実施形態では、判別/推定する未知のストレスまたは快不快は、前記対象が痛みを感じているときのものである。
【0066】
さらに別の実施形態では、「痛み」の物理的強度と、「ストレス(快不快)」が別パラメータで表示できる。この実施形態では、二次元パラメータ化することができる。詳細に説明すると、前記快不快判定手段は、前記対象の疼痛の強度と、前記対象のストレスまたは快不快の物理的強度によらないレベルとを識別する。ここでは、痛みを感じる痛覚や色を感じる色覚としての物理量とは別のストレスまたは快不快のレベルを示すパラメータが存在することが見いだされた。物理的なパラメータ強度以外の指数として、刺激を同じ、もしくは出来る限り統制するが、ストレスと不快度に影響を与える環境パラメータを変えることにより、このような快不快またはストレス指数を算出することができる。これらの指数は、例えば、心理パラダイムにおける陰性電位活動の特定の時間範囲における占有率などを挙げることができるが、この前提として、陰性脳波活動が認知的負荷(例.作業記憶負荷)や抑制機能の増大により振幅が増大したり、効果時間が持続するような性質に基づく。
【0067】
1つの実施形態では、前記脳波データまたはその分析データは、データ記録位置として国際10-20基準、もしくはその拡張基準に準拠したF3、F4、C3、C4、P3、P4などの前頭部から頭頂部、さらには後頭部にかけた頭皮上位置を電極位置として含み、あるいは、特定の均一な距離(例.2.5cmなど)でおかれた位置を網羅してもよく、記録、ならびに解析の時間帯は、短時間の事象関連電位活動の場合は、0-100、100-200、200-300、300-400、400-500、500-600、600-700、700-800ミリ秒(ms)、あるいは、より細かい時間区分(10ミリ秒など)や、より長い時間帯(時に、数秒間に及ぶ)であってもよい。前記脳波データまたはその分析データは、これらの組合せから選択される、少なくとも1つの脳波特徴量を含む。
【0068】
さらに別の実施形態では、前記脳波特徴量は、Fp1、Fp2、Fpz、F3、F4、Fz、C3、C4、Cz、P3、P4およびPzからなる群より選択される少なくとも1つを含み、例えば、平均振幅Fz、C3およびC4;ならびに周波数Fz(δ)、Fz(β)、Cz(δ)、C3(θ)およびC4(β)を含む。Cz(振幅),C3(α),Cz(β),Fz(δ),Cz(γ)を含むことが好ましいがこれに限定されない。
【0069】
図16には、本発明の装置の模式図が記載される。このうちこの実施形態は快不快判定器(手段)の生成の場合で、1000~3000が関与する。刺激呈示部1000はA)に該当し、これは、刺激が提示される環境や刺激タイプに関する情報が脳波データ取得部2000、および快不快判定値生成部3000に連絡される。脳波データ取得部2000では、刺激呈示部から対象(1500)に発出された刺激に同期した脳波データを得られるように、対象(1500)に連結されたか、またはされ得る脳波計を備えるか脳波計に連結されるように構成される(2500)。
【0070】
図17は、1つの実施形態の快不快判定システム5100の機能構成を示すブロック図である(なお、この構成図のいくつかは任意の構成部分であり省略され得ることに留意されたい)。システム5100は、脳波測定部5200を備え、この脳波測定部は脳波記録センサー5250および必要に応じて脳波増幅部5270を内部に備えるか、外部で接続し、快不快判定装置5300にて快不快の信号処理および判別/推定が行われる。快不快判定装置5300では、脳波信号処理部5400で脳波信号を処理し、(必要な場合は、脳波特徴量抽出部5500で脳波特徴量を抽出、ときにサンプル増幅し)快不快判定部5600で快不快、または不快度を判別/推定し、(必要に応じて)判別レベル可視化部5800で不快度を可視化する。また、内部、もしくは外部に、刺激装置部5900を備え、この刺激装置部5900は、対象の快不快および不快判別器作成と実際の未知の不快度レベルの判別のために刺激情報(刺激タイプや環境情報などを)を送る。刺激装置部5900は、刺激呈示部5920の他必要に応じて刺激情報可視化部5960を備え、刺激や環境に係る画像や数字などの情報を表示してもよい。また、快不快判定システムは、判別器や判定値を生成する生成部5700を装置5300の外部、もしくは内部に備えていてもよい。
【0071】
このように快不快判定システム5100は、脳波測定部5200と、快不快判定装置5300とを備え、必要に応じて刺激装置部5900を備える。快不快判定装置5300は、例えば、プロセッサ及びメモリを備えるコンピュータによって実現される。この場合、快不快判定装置5300は、メモリに格納されたプログラムがプロセッサによって実行されたときに、プロセッサを、必要に応じて脳波増幅部5270、脳波信号処理部5400、(必要に応じて)快不快判定部5600、(必要に応じて)判別レベル可視化部5800などとして機能させる。必要に応じて刺激や環境情報の可視化もさせる。また、本発明のシステム5100または快不快判定装置5300は、例えば、専用電子回路によって実現されてもよい。専用電子回路は、1つの集積回路であってもよいし、複数の電子回路であってもよい。脳波データ取得部および快不快判定値生成部は、この快不快判定装置と同様の構成をとっていてもよい。
【0072】
脳波測定部5200は、脳波計(脳波記録センサー5250)を介して推定対象から複数回の脳波測定を行うことにより複数の脳波データを取得する。推定対象とは、刺激や環境によって脳波に変化が生じる生体であり、ヒトに限定される必要はない。
【0073】
快不快判定部5600は、判定値を用いて不快度を判別/推定する。判別器や判定値が外部、もしくは内部であらかじめ生成されない場合は、生成も行う。判別器や判定値を生成する部門は、快不快判定値生成部5700として装置5300の外部、もしくは内部に備えることができる。不快度判定値は、複数の脳波データの振幅から、不快度を推定または分類するためのものである。つまり、快不快判定部5600、もしくは快不快判定値生成部5700は、脳波データから対象の不快度を推定または分類するための判定値を生成することができる。
【0074】
脳波記録センサー5250は、推定対象の脳内で発生する電気活動を頭皮上の電極で計測する。そして、脳波記録センサー5250は、計測結果である脳波データを出力する。脳波データは必要に応じて増幅することができる。
【0075】
図16に基づいてさらに説明する。判定部まで備える局面を説明する。
図16では、快不快判定部4000の他、脳波データ取得部2000が参照される。点線は判別モデル作成の手順を示し、
実線は、実際の疼痛レベルの判別/推定を行う手順を示す。この場合、(快不快判定値生成)の節で説明したように、脳波データは、対象1500から脳波計を介して取得することができる。すなわち、脳波データ取得部2000は、対象1500に連結され得るように構成され、脳波データ取得部2000では、対象(1500)から得られる脳波データを取得するように、対象(1500)に連結されたかされ得る脳波計を備えるか脳波計に連結されるように構成される(2500)。快不快判定部4000では、予め快不快判定値が格納されているか、別途生成したデータを受容するように構成され、必要に応じて参照することができるように構成される。そのような連結の構成は、有線であっても無線であってもよい。あらかじめ格納される快不快判定値は、快不快判定値生成部3000において、例えば、特徴量の判別器(シグモイド関数フィッティングなど)に基づき生成される。
【0076】
図17は、1つの実施形態の快不快判定システム5100の機能構成を示すブロック図である。システム5100は、脳波測定部5200を備え、この脳波測定部は脳波記録センサー5250および必要に応じて脳波増幅部5270を内部に備えるか、外部で接続し、快不快判定装置5300にて痛みの信号処理および判別/推定が行われる。快不快判定装置5300では、脳波信号処理部5400で脳波信号を処理し、(必要に応じて)快不快判定部5600で痛みを推定/判別し、(必要に応じて)判別レベル可視化部5800で痛みを可視化する。また、内部、もしくは外部に、刺激装置部5900を備え、この刺激装置部5900は、対象の不快度判別器作成のために寄与する。判定値は、快不快判定値生成部5700であらかじめ作成されてもよい。
【0077】
このように快不快判定システム5100は、脳波測定部5200と、快不快判定装置5300とを備える。快不快判定装置5300は、例えば、プロセッサ及びメモリを備えるコンピュータによって実現される。この場合、快不快判定装置5300は、メモリに格納されたプログラムがプロセッサによって実行されたときに、プロセッサを必要に応じて脳波増幅部5270、脳波信号処理部5400、(必要に応じて)快不快判定部5600、(必要に応じて)判別レベル可視化部5800などとして機能させる。必要に応じてリファレンス刺激発生および可視化もさせることができる。また、本発明のシステム5100または装置5300は、例えば、専用電子回路によって実現されてもよい。専用電子回路は、1つの集積回路であってもよいし、複数の電子回路であってもよい。脳波データ測定部および快不快判定値生成部3000(
図16参照)は、この疼痛推定装置と同様の構成をとっていてもよいし、外部に構成されてもよい。
【0078】
脳波測定部5200は、脳波計(脳波記録センサー5250)を介して推定対象から複数回の脳波測定を行うことにより複数の脳波データを取得する。推定対象とは、痛みによって脳波に変化が生じる生体であり、ヒトに限定される必要はない。
【0079】
快不快判定部5600は、快不快判定値生成部3000(
図16参照)により作成された疼痛分類値に基づいて、複数の脳波データの振幅から、痛みの大きさを推定または分類する。つまり、快不快判定部5600は、判定値に基づいて、脳波データから対象の疼痛を推定または分類する。
【0080】
脳波記録センサー5250は、推定対象の脳内で発生する電気活動を頭皮上の電極で計測する。そして脳波記録センサー5250は、計測結果である脳波データを出力する。脳波データは必要に応じて増幅することができる。
【0081】
次に、以上のように構成された装置の処理または方法について説明する。
図15は、一連の処理を示すフローチャートである。この局面では、S400~S600までが関与しうる。S400で、刺激や環境情報(条件パラメータ)を用いて不快度判定値(不快度判定器/不快度判定器ともいう)が生成された後の工程である。あるいは、別途快不快度判定値が入手可能な場合(以前に取得して格納してある場合など)である。
【0082】
この不快度判定値は、作成後、快不快判定部4000(
図16参照)に予め格納されていてもよく、また、値データを受容できるように快不快判定部4000が構成されていてもよい。あるいは快不快判定値生成部3000が付属する場合は、その生成部に格納されてもよく、別途記録媒体が配置されていてもよい。通信でこの値を受容することもできる。
【0083】
次に、対象から脳波データを取得する(S450)(
図15参照)。この脳波データの取得はS200で説明したものと同様の技術を用いることができ、同様の実施形態を採用することができるが、S200と同じ装置またはデバイスを用いる必要はなく、異なっていても同じであってもよい。
【0084】
次に、S450で得られた脳波データ(例えば、振幅データ)を、不快度判定値に当てはめて、その脳波データに対応する不快度の判別/推定を行う(S500)(
図15参照)。このような不快度判定は、予め所定の値が出た場合に特定の文言(好き、嫌い等)を表示するあるいは発声するように構成されてもよく、実際の値と不快度判定値とを並列して表示させユーザー(臨床医)が検討できるようにしてもよい。
【0085】
図18は、
図17のブロック図に、判別器生成(例えば、シグモイド関数フィッティング)の過程を含めて拡張し、作業内容を記入した快不快判定システム5100の図である。システム5100は、脳波測定部5200を備え、脳波計5220に連結され、収集した脳波データから特徴量抽出部5500で平均値などの脳波特徴量を必要に応じて得たり、サンプル増幅する。あらかじめ不快度判定値が生成される場合は、快不快判定装置5300の外部、もしくは内部にある快不快判定値生成部3000で、判別器、例えば、シグモイド関数フィッティングにより、不快度判定値が生成され、快不快判定部5600に送られ、格納される。実際の未知の刺激タイプ、もしくは環境の不快度判定では、刺激呈示部5920の刺激呈示、もしくは表示と同期した脳波データが脳波計5220から測定部5200に送られた後、特徴量抽出部5500で脳波特徴量が作られ、快不快判定部5600に送られ、不快度判定値を用いて、未知の刺激や環境の不快度を判別/推定する。(必要に応じて)判別レベル可視化部5800で不快度を可視化する。このような一連の過程は、プロセッサ及びメモリを備えたコンピュータや携帯端末で実現されたり、専用電子回路によって実現されてもよい。専用電子回路は、1つの集積回路であってもよいし、複数の電子回路であってもよい。また、ソフトウェアで実現され、必要なハードウェアを制御することで実現しても良い。
【0086】
(心理ストレス特徴量)
1つの局面において、本発明は、潜時における波形について、基準波形と比較した場合の陰性レベルによって快不快を判定する方法を提供する。
【0087】
1つの実施形態では、前記陰性レベルは、対象が処理する刺激や環境に依存するが、刺激後150ミリ秒より後の範囲の波形を基準とし、好ましくは、刺激後300ミリ秒より後の範囲の波形を基準とし、刺激後300ミリ秒~800ミリ秒の範囲の波形を基準とし、あるいは、刺激後300ミリ秒~600ミリ秒の範囲の波形を基準とし、好ましくは、刺激後300ミリ秒~800ミリ秒の範囲の(陰性)占有率を基準とすることが有利であり得る。また、占有率のほかに、追加または代替として、特定の時間範囲の平均振幅、振幅の積分値、ピーク振幅、ピーク潜時、効果の持続時間、周波数パワーを含む特徴量も使うことができる。
【0088】
この陰性レベルで規定された前記快不快判定手段を用いて、心理ストレスを判定することができる。
【0089】
(他の実施の形態)
以上、本発明の1つまたは複数の態様に係る痛み推定装置について、実施の形態に基づいて説明したが、本発明は、この実施の形態に限定されるものではない。本発明の趣旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を本実施の形態に施したものや、異なる実施の形態における構成要素を組み合わせて構築される形態も、本発明の1つまたは複数の態様の範囲内に含まれてもよい。
【0090】
例えば、上記各実施の形態において、脳波データの振幅値として、ピークピーク値が用いられうるが、これに限定されない。例えば、振幅値として、単なるピーク値が用いられてもよい。
【0091】
なお、上記実施形態では、脳波振幅の上限値Amaxに対応する不快度の大きさの値Pmaxが1となり、脳波振幅の上限値Aminに対応する痛みの大きさの値Pminが0となるように、不快度の大きさの値の範囲を設定したが、これに限定されない。例えば、0~100で痛みの大きさが表されてもよい。この場合、快不快判定部5600は、不快度の大きさの値Pxを以下の式で推定すればよい。
【0092】
Px=Pmax×(Ax-Amin)/(Amax-Amin)
また、上記では、複数の脳波データを分析することにより快不快判定値の生成例として、曲線あてはめ(curve fitting)を説明したが、これに限定されない。また、脳波振幅の上限値は、予め定められた値が用いられてもよい。例えば、予め定められた値は、例えば50μV~100μVであり、実験的又は経験的に定められればよい。このように通常の解析では、アーチファクト除去方法として、プラスマイナス50μVから100μVぐらいのデータを排除するが、このようなアーチファクト除去は必要に応じて本発明でも実施してもよい。
【0093】
また、刺激呈示部5920(
図17参照)が推定対象5099に与える刺激は、刺激タイプや呈示環境に応じて推定対象5099が感じる不快度の大きさが変わるのであれば、どのような種類の刺激が与えられてもよいが、刺激の物理的強度から分離された不快度を判定する場合は、特に、同じ刺激や極力類似した刺激が異なる環境や条件で呈示されることが望ましい。これを「文脈依存型不快度検出方法」もしくは「文脈依存型リファレンス検査手法」と呼ぶ。例えば、本発明の実施例で示すように、1)同じ高温刺激(例えば、40℃)を、ことなる刺激呈示文脈(38℃文脈、もしくは48℃文脈)で呈示し、異なる不快度を検出する手法や、2)同じ認知処理を異なる状況(例えば、監視あり、なし)で行い、潜在的な不快度を検出する方法などがある。
【0094】
また、上記各実施の形態における快不快判定装置が備える構成要素の一部または全部は、1個のシステムLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)から構成されているとしてもよい。例えば、
図17に示すように、快不快判定装置5300は、必要に応じて測定部5200と必要に応じて刺激呈示部5920とを有するシステムLSIから構成されてもよい。
【0095】
システムLSIは、複数の構成部を1個のチップ上に集積して製造された超多機能LSIであり、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などを含んで構成されるコンピュータシステムである。ROMには、コンピュータプログラムが記憶されている。前記マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムに従って動作することにより、システムLSIは、その機能を達成する。
【0096】
なお、ここでは、システムLSIとしたが、集積度の違いにより、IC、LSI、スーパーLSI、ウルトラLSIと呼称されることもある。また、集積回路化の手法はLSIに限るものではなく、専用回路または汎用プロセッサで実現してもよい。LSI製造後に、プログラムすることが可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)、あるいはLSI内部の回路セルの接続や設定を再構成可能なリコンフィギュラブル・プロセッサを利用してもよい。
【0097】
さらには、半導体技術の進歩または派生する別技術によりLSIに置き換わる集積回路化の技術が登場すれば、当然、その技術を用いて機能ブロックの集積化を行ってもよい。バイオ技術の適用等が可能性としてありえる。
【0098】
また、本発明の一態様は、このような快不快判定値生成、快不快判定装置だけではなく、痛み推定装置に含まれる特徴的な構成部をステップとする疼痛分類値生成、痛み判別・分類方法であってもよい。また、本発明の一態様は、快不快判定値生成、快不快判定方法に含まれる特徴的な各ステップをコンピュータに実行させるコンピュータプログラムであってもよい。また、本発明の一態様は、そのようなコンピュータプログラムが記録された、コンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体であってもよい。
【0099】
なお、上記各実施の形態において、各構成要素は、専用のハードウェアで構成されるか、各構成要素に適したソフトウェアプログラムを実行することによって実現されてもよい。各構成要素は、CPUまたはプロセッサなどのプログラム実行部が、ハードディスクまたは半導体メモリなどの記録媒体に記録されたソフトウェアプログラムを読み出して実行することによって実現されてもよい。ここで、上記各実施の形態の痛み推定装置などを実現するソフトウェアは、本明細書において上述したプログラムであり得る。
【0100】
本明細書において「または」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値の範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。
【0101】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0102】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0103】
以下に実施例を記載する。以下の実施例で用いる対象の取り扱いは、必要な場合、大阪大学において規定される基準を遵守し、臨床研究が関係する場合はヘルシンキ宣言およびICH-GCPに準拠して行った。
【0104】
(実施例1:異なる不快度を持つ、同程度の疼痛強度を持つ刺激タイプの判別)
本実施例では、不快度が異なる2タイプの痛み刺激の判別を機械学習(SVM-RFE)により行った。2タイプの刺激は、不快でなく、マッサージで使われるような電気刺激と、不快度が高い低温刺激を用いた。両者は刺激強度が主観報告により統制された。
【0105】
(方法)
(参加者)
20代から70代の41名の健常な成人被験者の同じグループが、低温刺激パラダイムと電気刺激パラダイムの実験に参加した。参加者らは、実験前にインフォームドコンセントに同意した。全参加者は、神経性および/もしくは精神性の病気、または臨床薬物治療条件下における急性および/もしくは慢性疼痛を経験していないことを自己報告した。本実施例を、大阪大学医学部付属病院の倫理委員会ならびにヘルシンキ宣言による承認下で実施した。
【0106】
(実験刺激、ならびに手続)
図1に実験方法の概要を示す。温度刺激システム(Pathway:Medoc Co.,Ltd.,RamatYishai, Israel)を使用して、低温刺激を参加者の右前腕に与えた。低温刺激は、3レベルの温度強度(10℃、0℃、-10℃)を包含していた。各温度レベルは3回の刺激からなり、刺激間間隔(ISI)は20秒であった。各刺激は、5秒間持続するプラトーを有し、基準温度(35℃)からの上昇および下降待機時間は、約10秒であった。各レベルにおける3回の刺激の後、ブロック間間隔は100秒間持続した。参加者は、コンピュータ化された可視化アナログスケール(COVAS)上で、0から100の範囲(0:「無痛」;100:「耐えられない疼痛」)で疼痛強度を連続的に評価した。COVASデータを刺激強度の変更と同時に記録した。電気刺激パラダイムでは、最初に、個人ごとに、低温刺激10℃、0℃、-10℃に対応する電気刺激強度を知覚・痛覚定量分析装置(PAINVISION CO., Ltd.,Osaka, Japan)を用いて特定した。その後、電気刺激の弱・中・強の3レベル、各3刺激を低温刺激と同じ呈示方法で呈示した。参加者は、COVASを用いて痛みレベルの主観評価を刺激呈示と並行して行った。
【0107】
(EEG分析)
(振幅の特徴量抽出)
低温、および電気刺激条件における連続的なEEGデータは、眼球運動ノイズ(EOG)を減衰するため、以下の回帰フィルターを適用した:
[数1]
生EEG=β×EOG+C
推定EEG=生EEG-β×EOG
β:回帰係数
C:切片
推定EEG:推定されたEEG
Fp1は、左眼に最も近接しており、眼球運動に強く影響を受けるため、Fp1データをEOGデータとして使用した。EOGの補正後、刺激呈示前5秒から刺激呈示後15秒のエポック波形を、各レベルの刺激ごとに切り出した。ベースライン補正を刺激呈示前の平均電位を用いて行った後、±100μVでアーチファクト除去を行った。電位を絶対化した後、最大振幅で標準化を行い、刺激呈示後15秒間の平均振幅をレベルごとに求め、振幅の特徴量とした(4個:Fz,Cz,C3,C4)。快不快の特徴量として、低温刺激、電気刺激ともに、確実に「痛い」という主観報告をされた強度レベル3だけを用いた。
【0108】
(周波数パワーの特徴量抽出)
周波数解析では、EOG補正処理を全体EEGデータに行った後、各レベルの刺激ごとに、刺激開始から刺激呈示後15秒までの脳波データを切り出した。フーリエ変換を行った後、周波数パワー(実数部のlog10変換データ)を算出した。δ(1-3Hz)、θ(4-7Hz)、α(8-13Hz)、β(14-30Hz)、γ(31-100Hz)ごとに、パワーの平均値をレベルごとに算出し、全レベルのデータを用いて個人ごとに最大値で標準化し、周波数特徴量とした(20個:4電極×5帯域)。快不快の特徴量として、低温と電気刺激ともに、確実に「痛い」という主観報告がなされたレベル3だけを用いた。
【0109】
(快不快判別分析)
参加者41名の不快刺激(低温刺激)と快刺激(電気刺激)の判別を、Support Vector Machine Recursive Feature Elimination(SVM-RFE)を用いて行った(Guyon I, Weston J, Barnhill S, & Vapnik V. Gene selection for cancer classification using Support Vector Machine. Machine Learning 46, 389-422, 2002)(
図2)。
図2に示すように、特徴量は「24個」(個人内で標準化済み)利用し、不快レベルは、「2レベル(不快・不快でない)」に設定した。特徴のランキングとして、24個の脳波特徴量のランキングを行った。判別アルゴリズムの決定は、サポートベクターマシーン(SVM)を用いてデータを「1個抜き交差検証」を行い、最も判別精度が高い特徴の組み合わせを見つけることで行った。ランダム化テスト(1000回)は、最も判別精度が高い特徴量数を用いて、不快度のラベルをランダム化し、偶然レベルの判別精度を算出することで行った(上位95%以上を占める場合、有意な判別精度とした)。データ解析には統計ソフトウェアパッケージのR,ならびにSVM-RFE のR-code(http://github.com/johncolby/SVM-RFE)を用いた。
図3に示したとおり、SVM-RFEのおおまかな流れは、1)訓練データを用いて判別器を訓練する、2)特徴量をランキングする、3)貢献度が最も低い特徴量を除く、というプロセスを、最後の特徴量が無くなるまで繰り返す過程を含み、詳細な流れは、
図3Bのとおりであり、具体的には、以下に示すとおりである。
用語
a)訓練データ:Sample=[x
1,x
2,...,x
k,...,x]
b)分類ラベル:Class=[1,0,1,0,...,y
k,...,y]
c)RFEにより生き残った特徴量の集合 :Sfeature=[1,2,...,n]
d)特徴量のランキング:Rank=[]
手順
・訓練データを生き残った特徴量に限定する:X=Sample(:,Sfeature)
・判別器を訓練する(SVM):Classifier=SVM(X,Class)
・特徴量の重み付け係数を計算する:Weight=Σα
ky
kx
k
・ランキング基準をすべての特徴量において計算する:Criterion
i=(Weight
i)
2,for all
i
・もっとも小さいランキング基準の特徴量を見つける:F=argmain(Crite
rion)
・生き残った特徴量のランキングリストを刷新する:Rank=[Sfeature(F),Rank]
・もっとも小さいランキング基準の特徴量を除く:Sfeature=Sfeature(1:f-1,f+1:length(Sfeature))
・特徴量ランキングリストを出力 :Feature ranked list r。
【0110】
本実施例においては、快41ラベル、不快41ラベルの82サンプルと24特徴量を用いて判別分析を行った。放射基底(ガウス)関数をkernelとして用い、データは正規化した。
[数2]
放射基底関数:
G(x1,x2)=exp(-|x1-x2|2)
G=ガウス関数
x=データポイント
exp=指数関数。
【0111】
(結果と考察)
図4に24特徴量のランキングリストと上位特徴量から順番に1個ずつ増やしていった
場合の82サンプルの快不快判別精度を示す。頭皮上中央部付近の電極における振幅と周波数の特徴量が上位10特徴量のうち8割を占めており、上位から、Cz(振幅)、C3(α)、Cz(β)、Fz(δ)、Cz(γ)、C4(β)、C3(δ)、Cz(α)、Fz(α)、C3(θ)であった。判別精度がもっとも高い判別器は、上位5特徴のCz(振幅),C3(α),Cz(β),Fz(δ),Cz(γ)を用いたもので、「56.098%」の判別精度であった。この判別精度が、偶然レベルではなく、統計的に有意であることを確認するために、快不快の判別ラベルを1000回ランダム化し、上位5特徴を使って訓練を行った。
図5に、判別精度のランダム化分布を示す。「56.098%」の実際の判別精度は、ランダム分布の上位95%に含まれ、統計的に有意であることが示された。
【0112】
以上の結果から、脳波特徴量を用いて判別器を作成し、快不快の異なる刺激タイプを判別することには意義があり、さらに、貢献度が高い特徴量を見つけて投入すれば、判別器の精度がさらに向上する余地があることを示唆している。
【0113】
(実施例2:異なる不快度を持つ、同じ高温刺激の判別)
本実施例では、高温疼痛刺激での快不快を分析した。特に、刺激呈示の文脈を変えることで、同じ高温刺激の快不快評価を変動させ、関連する脳波特徴量とシグモイド関数を用いて、快不快の判別を行った。これにより、従来の単なるデータの関連付けでは難しかった痛みでの、刺激強度が統制された快不快の判定が可能であることを実証する。
【0114】
(方法)
(参加者)
20代から30代の25名の健常な成人被験者が、高温刺激を用いた疼痛実験に、異なる日に2回参加した。参加者らは、実験前にインフォームドコンセントに同意した。全参加者は、神経性および/もしくは精神性の病気、または臨床薬物治療条件下における急性および/もしくは慢性疼痛を経験していないことを自己報告した。本実施例を、大阪大学医学部付属病院の倫理委員会ならびにヘルシンキ宣言による承認下で実施した。
【0115】
(手順)
温度刺激システム(Pathway:Medoc Co.,Ltd.,RamatYishai, Israel)を使用して、高温刺激を参加者の右前腕に与えた。刺激提示条件は、2つ用意した。条件1は、疼痛弱文脈条件であり、36℃(ベース温度)、40℃、38℃を含んでいた。36℃のベース区間が最初に1分あり、40℃、38℃の刺激区間がランダムに3回ずつ発生した。40℃と38℃の刺激区間は、15秒の刺激(立ち上がり、立下り5秒)を5回連続呈示した。疼痛強文脈条件は、36℃(ベース温度)、40℃、48℃を含んでいた。38℃刺激ブロックを48℃ブロックに置き換えることで、刺激提示文脈を変化させた。疼痛弱文脈条件と同様に、36℃のベース区間が最初に1分あり、40℃、48℃の刺激区間がランダムに3回ずつ発生した。40℃と48℃の刺激区間は、15秒の刺激(立ち上がり、立下り5秒)を5回連続呈示した。参加者は、コンピュータ化された可視化アナログスケール(COVAS)上で、0から100の範囲(0:「無痛」;100:「耐えられない疼痛」)で疼痛強度を連続的に評価した。COVASデータを刺激強度の変更と同時に記録した。
【0116】
(EEGデータ記録)
市販されているBio-Amplifier(EEG1200; Nihon Koden)を使用して、7つの頭皮Ag/AgCl電極(Fp1、Fp2、F3、F4、C3、C4、Pz)からEEGを記録した。最前部の電極であるFp1とFp2を眼球電位(EOG)補正のために使用した。脳波導出用の基準電極を両方の耳たぶに装着し、アース電極を額の中央部に置いた。サンプリングレートは1,000Hzで、0.3~120Hzの範囲の帯域で増幅した。全電極のインピーダンスは15kΩ未満であった。
【0117】
(EEG分析)
連続的なEEGデータを、EOGノイズを減衰するため、以下の回帰フィルターを生のEEGデータに適用した:
[数3]
生EEG=β×(Fp1+Fp2)+C
推定EEG=生EEG-β×(Fp1+Fp2)
β:回帰係数
C:切片
推定EEG:推定されたEEG
Fp1とFp2データは、垂直眼球運動、もしくは瞬目活動の電位を増幅するために加算して用いた。VEOG補正後、ハムノイズ(60Hz)を省くために、ノッチフィルターを全EEGデータにかけた。刺激開始から15秒間の脳波データを36℃(疼痛弱、強文脈:1エポック)、40℃(疼痛弱、強文脈:5エポック×2ブロック)、38℃(疼痛弱文脈:5エポック×2ブロック)、48℃(疼痛強文脈:5エポック×2ブロック)の各刺激に対して抽出した。振幅を絶対値化した後、100μVを超える電位をアーチファクト除去し、最大振幅を用いて標準化した。刺激ごとに時間方向で振幅(絶対値化、ならびに標準化済)の平均値を求め、さらに、各温度刺激で全体平均振幅を求めた。
【0118】
(主観評価の分析)
脳波データと同様に、36℃(疼痛弱、強文脈:1エポック)、40℃(疼痛弱、強文脈:5エポック×2ブロック)、38℃(疼痛弱文脈:5エポック×2ブロック)、48℃(疼痛強文脈:5エポック×2ブロック)の各刺激に対して抽出した。抽出した時間幅は、主観評価は痛み刺激提示後遅延して変化するので、刺激提示後10秒から次の刺激提示までとし、その区間の最大値を評価得点とし、各温度条件で全体平均得点を算出した。
【0119】
(統計解析)
統計検定を行う前に、疼痛弱文脈と疼痛強文脈の比較ベースラインをそろえる為に、36℃の脳波振幅、ならびに主観評価スコアをもとに他の温度条件の数値をベースライン補正した。主観評価の文脈効果を調べる為に、温度強度が同じ、すなわち40℃条件の評価スコアを弱と強文脈間でt検定を用いて比較した。同様に、脳波振幅はF3とF4の平均値をもとめ、40℃条件の平均振幅を弱と強文脈間でt検定を用いて比較した。
【0120】
(判別モデル)
脳波振幅による不快度判別器をシグモイド関数フィッティングにより作成したあと、変調点の数値を算出し、不快度判定値とした。その判定値に基づき、異なる文脈における40℃刺激の判別を行った。
【0121】
(結果)
図6に主観評価の結果を示す。同じ40℃刺激でも、38℃の疼痛弱文脈と48℃の疼痛強文脈では、36℃を共通のベースラインとした場合、主観評価の程度が有意に異なっていた。すなわち、40℃刺激は、38℃の疼痛弱刺激と同じ提示文脈で呈示された場合、48℃の疼痛強文脈に比べてより不快度が高いと感じられることが観察された。
【0122】
また、前頭電極の40℃刺激に係る脳波振幅も、弱と強文脈では有意差があり、強文脈の方が高い振幅を示していた(
図7)。48℃条件の高い脳活動性が、文脈効果により40℃条件における高い活動性を惹起し、その高い活動性が評価基準に影響を与え、主観評価を相対的に下げたことが示唆される。
【0123】
図8に、シグモイド関数を用いた、不快刺激25サンプルと快刺激25サンプルの判別分析の結果を示す。フィッティングにより、以下のような判別器(シグモイド関数)が得られた。
[数4]
y=0.92+0.2774/(1+10
(19.67-x)×88.12)
変調点の閾値は「1.0555」となり、特徴量が閾値より高い場合が「不快度が低い」と判別され、閾値より低い場合が「不快度が高い」と判別される。この判別基準に基づき、全50サンプルを判別したところ、全体のエラー率は「36%」であり、判別精度は60~70%の範囲に収まる結果となっていた。シンプルな二値判別関数により、物理量が同じ刺激に関する不快度の違いが、偶然レベルを超えた判別結果を示したことは本発明の特筆すべき結果であり、同じ物理量の刺激を異なる呈示文脈で提示する、文脈依存型リファレンス検査手法により、より厳密な不快疼痛評価を実現可能となる。このように、不快度評価は、脳波振幅からは読み取れない実際の被験者の不快度を精確に判断することができることが示された。
【0124】
図9に、本実施例の応用例を示す。臨床現場において、持続する不快疼痛をモニタリングし鎮静化を行う場合、図に示したように、不快度強状態から不快度弱状態に漸次移行することが予測される。本発明における不快度判別器は、この不快度の推移を判別/推定するために、以下のようなプロセスを用いて行う。
1.侵襲性が低い刺激(電気や熱刺激)を一定の強度、間隔で患者に背景的に提示する。2.一定の時間幅(例えば、15秒)の平均振幅(絶対値化、最初の刺激の振幅などを用いて標準化を行う)を時間変化に応じて算出し続け、トレンド表示する。3.複数の平均振幅を時間的な前後群(両群10個など)に分け、t検定などで比較し、有意な変化パターン時点を見つける。
【0125】
このような未知の不快疼痛レベルの推移の客観的評価方法は、刺激提示文脈を利用した手法であることから、「文脈依存型リファレンス検査手法」と呼びうる。
【0126】
(実施例3:異なる文脈における認知課題試行中の潜在的ストレスの判別)
本実施例では、心理ストレスパラダイムとして、認知的競合課題(ストループ課題)実験を異なる課題実施文脈を設定して行った。
【0127】
(方法)
(参加者)
20代から30代の26名の健常な成人被験者が、ストループ課題の実験に、異なる日に2回参加した。参加者らは、実験前にインフォームドコンセントに同意した。全参加者は、神経性および/もしくは精神性の病気、または臨床薬物治療条件下における急性および/もしくは慢性疼痛を経験していないことを自己報告した。本実施例を、大阪大学医学部付属病院の倫理委員会ならびにヘルシンキ宣言による承認下で実施した。
【0128】
(方法)
図10に、実施したストループ課題の概要を示す。本実施例においては、参加者がフォントの色を回答する「フォントカラー課題」を用いた。認知的負荷が低い一致条件では、文字の意味(例.「あか」)とフォントの色が同じであった。認知的負荷が高く、回答時に競合を生じる不一致条件では、文字の意味とフォントの色が異なっていた。課題は、全部で3ブロックからなり、各ブロックは50試行(各条件25試行)を含んでいた。被検者は出来る限り早く回答するように求められ、間違った回答をした場合は、ブザーが鳴るエラーフィードバックを与えられた。ストレスなし条件では、課題試行中に監視者がおらず、また、実験実施者も視界に入らず、単独で実験を行った。ストレスあり条件では、未知の男性監視者が左斜め横1メートル以内に座り、終始、無言で、マスクを着用して参加者を監視した。
【0129】
(EEGデータ記録)
市販されているBio-Amplifier(EEG1200; Nihon Koden)を使用して、7つの頭皮Ag/AgCl電極(Fp1,Fp2,F3,F4,C3,C4,Pz)からEEGを記録した。最前部の電極であるFp1とFp2をEOG補正のために使用した。脳波導出用の基準電極を両方の耳たぶに装着し、アース電極を額の中央部に置いた。サンプリングレートは1,000Hzで、0.3~120Hzの範囲の帯域で増幅した。全電極のインピーダンスは15kΩ未満であった。
【0130】
(EEG分析)
連続的なEEGデータを、EOGノイズを減衰するため、以下の回帰フィルターを生のEEGデータに適用した:
[数5]
生EEG=β×(Fp1+Fp2)+C
推定EEG=生EEG-β×(Fp1+Fp2)
β:回帰係数
C:切片
推定EEG:推定されたEEG
Fp1とFp2データは、垂直眼球運動、もしくは瞬目活動の電位を増幅するために加算して用いた。VEOG補正後、低周波数と高周波数成分を除くために、0.3Hz~40Hzの帯域周波数フィルターをかけた。文字提示前200ミリ秒から提示後800ミリ秒までの脳波データエポックを条件ごとに切り出した(50エポック×2条件×2文脈条件)。刺激呈示前の平均振幅を用いてベースライン補正を行い、±50μV以上の振幅が見られるエポックはその後の解析から除去した。生き残ったエポックを個人ごとに平均したあと、2条件(一致、不一致)と全電極(F3,F4,C3,C4,Pz)を含む全データの最大振幅絶対値を用いて標準化した。
【0131】
(判別分析)
心理ストレス文脈の不快度判別器をシグモイド関数フィッティングにより作成した。特徴量として、結果で示すように、文脈の違いが、陰性電位効果の持続性に顕著に表れているので、特定の時間範囲における陰性効果の占有率(陰性電位の総時間(もしくは陰性電位データポイント数)/全体時間(もしくは、総データポイント数)×100)を考案して使用した。フィッティング関数における変調点の数値を算出し、不快度判定値とした。判定値に基づき、異なる文脈におけるストレス度合い、すなわち不快度の判別を行った。
【0132】
(結果)
(行動データ)
図11に、心理ストレスなし文脈と心理ストレスあり文脈における、一致、不一致条件の回答に要した反応時間の比較結果を示す。どちらの文脈でも、一致条件に比べ不一致条件の方が回答に要した反応時間は長くなっており、不一致条件の認知的負荷が高いことが確認できた。一方で、文脈間の反応時間には有意差が見られず、顕在的なストレスの違いは反応時間には現れなかった。これは、参加者の課題中のストレスに関する主観報告が、文脈間でほとんど違いが見られなかったこととも一致する結果であった。
【0133】
しかしながら、
図12の前頭部の事象関連電位の一致条件と不一致条件の比較では、文脈間に顕著な違いが見られた。課題試行中の監視がないストレスなし文脈では、不一致条件の波形が、一致条件の波形に比べ下方向、すなわち陽性電位方向にシフトしているのが観察された(刺激提示後300ミリ秒あたりから)。一方、監視があるストレスあり条件では、そのような陽性電位方向へのシフト見られず、逆に陰性方向へのシフトが見られた。この陰性方向へのシフトは刺激提示後200ミリ秒後から持続していた。
【0134】
この陰性電位効果の持続性を占有率という特徴量として表現し、ストレスなし26サンプル、ストレスあり26サンプルの判別分析を行った(
図13)。判別器としてシグモイド近似関数を用い、以下のような数式で表現された。
[数6]
Y=30.779+25.908/(1+10
(27.003-X)×0.123)
変調点による心理的不快度判定値は「43.5」であった。特に、この不快度判定値は、今回判別するストレスが、回答時間や主観評価に現れないが、前頭部優位の抑制機能関連の脳活動変動を生み出していることから、潜在的な心理的不快度を判別する閾値であることは特筆に値する。判定値43.5以上を「ストレスあり」、43.5未満を「ストレスなし」として、52サンプルを判別したところ、全体の判別精度は「68%」であり、チャンスレベル(50%)より20%ほど高い数値を示した。
【0135】
図14に、本実施例の応用例を示す。職場や教育環境などにおいて、どのような環境を設定すれば、気づきにくい潜在的なストレスを軽減したり、または、適度なストレスを惹起し、作業効率をあげたり、動機付けを向上させるかは重要な問題である。そこで、図に示したように、実際の、もしくはシュミレーションした複数の環境条件を用意し、本実施例で用いた認知課題などを行い、持続性陰性電位活動の出現パターンを振幅、周波数、または本発明における占有率を用いて、条件間比較やランキングする。個人、もしくは集団のランキングを算出することで、職場や教育現場での実際の環境設定を客観的に行うことができ、産業上、環境評価や商品評価などに応用展開が期待できる。
【0136】
(実施例4:個人モデルによる快・不快痛みの判別推定:サンプル増幅法による自己複製型特徴量の利用)
【0137】
(方法)
(参加者)
20代から70代の170名の健常な成人被験者が、高温刺激パラダイムの実験に参加した。参加者らは、実験前にインフォームドコンセントに同意した。全参加者は、神経性および/もしくは精神性の病気、または臨床薬物治療条件下における急性および/もしくは慢性疼痛を経験していないことを自己報告した。本実施例を、大阪大学医学部付属病院の倫理委員会ならびにヘルシンキ宣言による承認下で実施した。
【0138】
(実験刺激、ならびに手続)
温度刺激システム(Pathway:Medoc Co.,Ltd.,RamatYishai, Israel)を使用して、高温刺激を参加者の右前腕に与えた。高温刺激は、6レベルの温度強度(40℃~50℃の2℃ずつ上昇)を包含していた。各温度レベルは3回の刺激からなり、5秒間持続するプラトーを有し、基準温度(35℃)からの上昇および下降待機時間は、約10秒であった。各レベルにおける3回の刺激の後、ブロック間間隔は100秒間持続した。参加者は、コンピュータ化された可視化アナログスケール(COVAS)上で、0から100の範囲(0=「無痛」;100=「耐えられない疼痛」)で疼痛強度を連続的に評価した。COVASデータを刺激強度の変更と同時に記録した。
【0139】
(EEGデータ記録)
前頭部4電極から脳波を実験中連続的に脳波計測装置(Neurofax、日本光電)で記録した。導出電極は左右耳朶とし、同側の頭皮上電極に連結した。アース電極は前額中央に設置した。サンプリング周波数は1000Hz、0.3~120Hzで増幅した。インピーダンスは15kΩ以下を保持した。
【0140】
(EEG分析)
(振幅の特徴量抽出のための前駆処理)
分析手順を
図19に示す。具体的には以下のとおりである。
・特徴量抽出
1. 電極抽出:Fp1,Fp2, F3, F4の4電極に、バーチャルEOG電極(主成分分析)を加える。
2. 瞬目(EOG)除去:主成分分析によりEOG成分(第一成分)抽出→元データに回帰フィルターをかける。
3. 筋電位(EMG)減衰:30Hzのハイカットフィルターをかける。
4. レベル1(40℃)とレベル6(50℃)において、刺激提示後5秒~15秒までの脳波を切り出し、「絶対値化」する(2×3刺激=6エポック)。
5. レスト区間(刺激提示前30秒間)を用いて「z値化」する。
・特徴量の増幅・複製
1. 実測サンプル1:
5秒区間を1ポイントずつずらしながら「移動平均」をかける。
各レベルにつき、「30,003サンプル(10,001サンプル×3刺激)」を作成する。
2.実測サンプル2:
2.1 1秒区間をポイントのオーバーラップなしに、各レベルにつき「30サンプル」を作成する
2.2 各電極における実測サンプルの分布特性を用いて正規乱数、もしくはピアソンシステム乱数を発生し、10,000サンプルの「自己複製型特徴量」を増幅・作成する。
*「サンプル増幅法」は、サンプルが少ない場合でも、その分布特性を用いて、大幅にサンプル数を増加させる技法である。
・判別モデル作成&評価
1. 機械学習により、個人の判別モデルを作成する(LASSOとベイズ最適化による係数の決定)。
2. 他のサンプルを用いて、モデルの
汎化能力を確認する。
・判別モデル作成の実際
参加者1名(ID185)のEEGデータを判別モデル作成用に用いた。なお、個人判別モデルは170名全員で作成可能であるが、本実施例ではたった1名で作成した判別モデルがどの程度、有効に機能し、他の被検者にも
汎化できるかを示すために、個別モデルを一名だけで作成した。眼球運動ノイズ(EOG)を最初に減衰した。4電極のデータを用いて主成分分析を行い、EOGの第一成分を抽出した後、EOG成分だけを強調して残すために。0.5から30Hzの帯域通過フィルターをかけた。その後、回帰フィルターを用いてEOG成分を除去した。EOG除去後、30Hzの高域カットフィルターをかけ、筋電ノイズを軽減した。最後に「ノイズ逆利用」するために、主成分分析で得たEOG成分のバーチャルチャンネルを追加し、5電極に増幅した。刺激提示後5秒から15秒までのエポックを「痛みなし」のレベル1(40℃)と「耐えられない、不快な痛み」のレベル6(50℃)に対して、3刺激ずつ切り出し、振幅を絶対値化した。
【0141】
(自己複製型特徴量のサンプル増幅)
上記のノイズ処理をされたエポックデータから、
図19の手順に示すように、2通りの方法でサンプル増幅用の実測値サンプルを得た。第一は、各エポックに対し、5秒の区間単位を用いて、1ポイントずつずらす移動平均をかけ、各刺激に対し10001サンプルを得た(レベル1と6に対し、各30003サンプル)。第二は、本当の意味での、小さい実測サンプルから大きな複製型サンプルを得る方法であり、同じ10秒の刺激区間を1秒ごとに重複しないように切り出し、10サンプルの平均値を得た。これらのサンプルに対し、2種類のサンプル増幅法を行った。1つ目が、レベル1と6の平均値と標準偏差を用いて「正規乱数」を発生し(本実施例では10000回)、20000サンプルの「自己複製型特徴量」を得る方法である。2つ目が、平均値、標準偏差、尖度、歪度の分布特性値を用いて「ピアソンシステム乱数」を発生させて増幅特徴量を得る方法である。サンプル増幅法の背景にある理由は、1)観測データは、ランダムに発生するノイズや、粗雑な分布を示すことがあるので、モデル作成には理想的な場合でない場合がある、2)実際の痛みモニタリング時には、十分な数(例えば、1000や10000)のサンプルを得る時間が持てない場合が多い、ことがあり、少ないサンプルから大量サンプルを自己複製する技術は、個人に合わせた判別モデルを作成するためにも重要なモデル作成技術の一モジュールである。
【0142】
(個人判別モデル作成、ならびに
汎化テスト)
図19に記したように、上記の自己複製型特徴量を用いて、一人のサンプルから個人判別モデルを機械学習により作成し、他の169名の痛みなしと不快な痛みの判別を行った。具体的な方法は、
図20に示した。
・モデル作成
1.個人(ID185)の複製型20,000サンプルを学習データとして用い、Lassoとベイズ最適化により、ロジスティック回帰モデルのハイパーパラメタ(λ)を決定し、特徴量(振幅5個)の重みづけ係数とモデル切片を決定する。
*20,000サンプルは、正規乱数とピアソンシステム乱数を用いて増幅したものを用いる。
・モデル評価
2.決定した個人モデルを用いて、他169名のテストデータの判別推定を行う。
*テストデータは、同じ実験デザインの脳波データを刺激提示後5~15秒までの絶対平均振幅(レストでz値化)を用いた(3刺激×2レベル×169名)。
3. 169名の平均正答率をモデルの判別精度とする。
【0143】
・モデル作成・評価の実際
すなわち、被検者1名(ID185)の増幅された20000サンプルを学習データとして、L1正則化とベイズ最適化を用いてハイパーパラメタ(λ)を決定し、ロジスティック回帰モデルの5特徴量係数を決定した。なお、ハイパーパラメタ決定には、他の方法、例えば、グリッドサーチを用いることもできる。両者の違いは、判別モデルである目的関数を決定する時に行うハイパーパラメタ決定過程において、ベイズ最適化が局所解(例.特定領域のパラメター値周辺、もしくはその組み合わせ)への偏向を避けつつ大局解(全域でゲインが最も大きいパラメター設定)を効率よく見つける方法であるのに対し、グリッドサーチは、全組み合わせ(例.サポートベクターマシンにおけるCostとγの組み合わせ)、もしくは設定範囲(本実施例におけるλの範囲)を網羅的に調べ、交差検定で検証する点に方法論上、大きな違いがある。得られた個人判別モデルを用いて、残り169名の痛みなしと不快な痛みのサンプルを一人ずつ判別推定した。
図20に記したように、ノイズレベルを下げるために、各レベルにおける各刺激の提示後5秒から15秒全体の平均振幅を算出し、一人につき6サンプル(3刺激×2レベル)をテストデータとして用いた。最初に、20000の実測サンプルの分布特性に基づき、正規乱数(平均、SDの利用)とピアソンシステム乱数(平均、SD、尖度、歪度の利用)の発生法により増幅された複製サンプルを用いた結果を示す。次に、判別精度が高い乱数発生法を用いて、30サンプルから20000サンプルへの、文字通り「少数から多数へのサンプル増幅法」を試し、個人判別モデルを用いた痛み判別推定の可能性を検討する。
【0144】
(結果と考察)
個人判別モデルを作成する被検者(ID185)が、実験で使われた熱刺激に対し不快を感じていたかどうかを調べるために、COVASのスコアを算出した。刺激提示時間中の最大値を各レベル各刺激で算出しプロットしたものが
図21である。40℃から44℃までは、スコアは0に近く、ほとんど痛みを感じていないが、48℃になると急激に痛みの不快度が増し、レベル6の50℃では、ついに不快度は天井に到達した。そこで、個人判別モデル作成においては、レベル1と6の実測サンプルを用いてサンプル増幅を行った。各レベル30003サンプル(3刺激×10001サンプル)の分布は
図22に示した通りであり、レベル6の方が、平均値もSDも大きく、広がりも大きいのが視察から理解できる。
【0145】
そこで、最初に正規乱数を用いて、両レベルの分布特性を自己複製し、各電極においてサンプルを10000まで増幅した結果が
図23である。この増幅法により、正規分布の特性を持つ複製サンプルが得られ、個人レベルで判別モデル作成が可能となった。ロジスティック回帰モデルを使いベイズ最適化によりハイパーパラメタを決定して得られた個人判別モデルを
図24に示す。5電極特徴量の重みづけ係数は、「Fp1=0.79」、「Fp2=1.23」、「F3=0.47」、「F4=2.89」、「EOG=3.01」、モデル切片は「―1.36」であった。このロジスティック回帰モデルを使い、残り169名の痛み不快度をレベル1とレベル6のサンプル(2レベル×3サンプル)を使って判別推定したところ、平均判別精度は「70%」に到達した。正答率が70%以上の被検者は約半数、チャンスレベル以上は約7割に到達した。
【0146】
次に、同じ各レベルの30003サンプルを用い、ピアソンシステム乱数発生法を用いてサンプル増幅を行った。これは、平均とSDに加え、尖度と歪度の情報も用いて、サンプル増幅する方法である。
図25に、各レベルにおいて増幅されたサンプル(各10000)の分布特性を示す。両レベルの分布は、レベル6がより裾野広く、オーバーラップしないエリアが良好にみられる。この複製サンプルから作成された判別モデルを
図26に示す。5特徴量の係数は、「Fp1=1.84」、「Fp2=1.61」、「F3=4.71」、「F4=2.53」、「EOG=5.22」、モデル切片は「―3.33」であった。このモデルを用いた169名の平均判別精度は「72%」で、正規乱数の場合に比べ2%ほど高かった。正答率が70%以上の被検者は約5割、チャンスレベル以上は4名ほど増え114名、約7割に達した。
【0147】
最後に、判別精度が比較して高かったピアソンシステム乱数発生法を用いて、文字通り、少ないサンプルから多数サンプルを増幅する方法を試した。ここでは、刺激提示後5~15秒間を10分割し、1秒ごとの絶対平均振幅を算出し、各レベル、各電極のサンプル数は、たった30個にとどまった。各30サンプルの分布特性(平均、SD、尖度、歪度)を算出し、各レベル、各電極で10000サンプルを複製・増幅した。その結果を
図27に示す。
図25の多サンプルの場合と比較して、むしろ、自然で滑らかな曲線を持つ分布特性を示している。このサンプルを用いて、ロジスティック回帰モデルを作成したところ
図28のようなモデルが得られた(「Fp1=0.85」、「Fp2=0.62」、「F3=1.54」、「F4=1.09」、「EOG=0.81」、モデル切片は「―0.93」)。169名の判別精度は、わずかに上昇し、「72%」に到達した。正答率70%の被検者が6名増えたのが精度向上に寄与していると言える。
【0148】
本実施例は、さまざまな制約があると想定される痛みモニタリング状況において、いかに対象者から短い時間で効率よくサンプルを収集し、個人に特化した不快痛判別モデルを作成するかという課題に取り組んだ実験である。本実験は、各レベルの痛み刺激は3回だけ、しかも、15秒間の短い提示条件を採用したものである。臨床現場で、その場で即興的に痛み判別モデルを作成する必要性が生じ、痛みなし、痛みありのリファレンス刺激を、本実施例と同じ条件で臨床群に提示したとしても、2分程度の時間しか必要としない。その限られたサンプルでも、本実施例におけるサンプル増幅法を用い、自己複製型特徴量を生成すれば、個人に特化した判別モデルが作成できることは特筆に値し、痛み判別装置における重要な要素技術の一つになりえると言える。また、実施例2、3において抽出された比較的数が少ない事象関連電位の特徴量においても、本実施例のサンプル増幅は、有効に使える意味で、拡張性が高い技術であるといえる。
【0149】
(注釈)
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。本願は日本国特許出願特願2017-146553(2017年7月28日)に対して優先権主張を行うものであり、それらの内容全体が本明細書において参照として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0150】
本発明は、快不快を判定することができ、快不快に関する診断、治療をよりきめ細やかに行うことができる。
【符号の説明】
【0151】
1000:刺激呈示部
1500:対象
2000:脳波データ取得部
2500:脳波計
3000:快不快判定値生成部
4000:快不快判定部
5099:対象
5100:快不快判定システム
5200:脳波測定部
5220:脳波計
5250:脳波記録センサー
5270:脳波増幅部
5300:快不快判定装置
5400:脳波信号処理部
5500:脳波特徴量抽出部
5600:快不快判定部
5700:快不快判定値生成部
5800:判定レベル可視化部
5900:刺激装置部
5920:刺激呈示部
5960:刺激情報可視化部