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特許7203447スキルス性胃癌の治療剤、及び胃癌の予後の予測方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-04
(45)【発行日】2023-01-13
(54)【発明の名称】スキルス性胃癌の治療剤、及び胃癌の予後の予測方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20230105BHJP
   A61K 45/00 20060101ALN20230105BHJP
   A61P 35/00 20060101ALN20230105BHJP
【FI】
G01N33/574 D
A61K45/00
A61P35/00
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021073627
(22)【出願日】2021-04-23
(62)【分割の表示】P 2016098055の分割
【原出願日】2016-05-16
(65)【公開番号】P2021113824
(43)【公開日】2021-08-05
【審査請求日】2021-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2015099228
(32)【優先日】2015-05-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2016097343
(32)【優先日】2016-05-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】平川 弘聖
(72)【発明者】
【氏名】八代 正和
(72)【発明者】
【氏名】笠島 裕明
(72)【発明者】
【氏名】日野 雅之
(72)【発明者】
【氏名】中前 博久
(72)【発明者】
【氏名】中根 孝彦
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第01777523(EP,A1)
【文献】国際公開第2014/100434(WO,A1)
【文献】特表2009-515148(JP,A)
【文献】W-L Cheng et al.,Overexpression of CXCL1 and its receptor CXCR2promote tumor invasion in gastric cancer,Ann Oncol.,Oxford University Press,2011年02月22日,22(10),2267-2276,DOI: 10.1093/annonc/mdq739,Web検索
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 -33/98
A61K 45/00
A61P 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
胃癌患者から採取された胃癌組織を用いて、癌間質細胞のCD271の発現量を検出することを特徴とする、胃癌患者の予後予測するための方法。
【請求項2】
CD271を検出する試薬を含むことを特徴とする、胃癌患者の予後検査薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スキルス性胃癌の治療剤に関する。より具体的には、本発明は、骨髄間質細胞の胃癌細胞間質への誘導を抑制することによってスキルス性胃癌を治療する、スキルス性胃癌の治療剤に関する。更に、本発明は、胃癌患者の予後の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の診断技術と術前術後管理の発達により胃癌の死亡率は減少しているものの、罹患者は多く、依然として癌による死因の中でも高い割合を占めている。胃癌の中でも、スキルス性胃癌が全体の約10%を占めている。スキルス性胃癌は、腫瘍が隆起せずに胃粘膜の下に広がるため発見し難い、早期発見が難しく予後が悪い、進行が早く転移し易い、手術が困難等の特徴がある。スキルス性胃癌の多くでは腹膜播種が認められ、腹膜播種が認められると外科的治療を施せないという問題点がある。また、従来の胃癌治療薬では、スキルス性胃癌に対して治療効果が不十分であり、スキルス性胃癌の有効な治療方策が確立できていないのが現状である。このような背景の下、スキルス性胃癌に有効な治療薬の開発が急務となっている。
【0003】
一方、本発明者等は、スキルス性胃癌において、胃癌細胞の周囲の間質細胞が、胃癌細胞の増殖や転移に影響を及ぼすことを明らかにしている(非特許文献1及び2参照)。更に、最近、この癌間質細胞は骨髄起源である可能性が報告され、骨髄間質細胞の胃癌細胞間質への誘導を抑制することが、スキルス性胃癌の治療に有効であることが示唆されている。
しかしながら、スキルス性胃癌における胃癌細胞が産生する骨髄細胞誘導シグナルについては解明できていないため、従来の技術では、骨髄間質細胞の胃癌細胞間質への誘導を抑制することによって、スキルス性胃癌を治療する方策が確立できていないのが現状である。
【0004】
また、予後が悪いことが知られているスキルス性胃癌を初めとして、胃癌患者の術後の予後を予測し、予後の悪化のリスクが高い術後の胃癌患者に対して、早期に適切な処置を施すことも重要になる。しかしながら、胃癌患者の予後を高精度で予測するためのマーカーについても十分に検討がなされていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Inoue T, Chung YS, Yashiro M, Nishimura S, Hasuma T, Otani S, Sowa M: Transforming growth factor-beta and hepatocyte growth factor produced by gastric fibroblasts stimulate the invasiveness of scirrhous gastric cancer cells. Jpn J Cancer Res, 88(2):152-159, 1997.
【文献】Nakazawa K, Yashiro M, Hirakawa K: Keratinocyte growth factor produced by gastric fibroblasts specifically stimulates proliferation of cancer cells from scirrhous gastric carcinoma. Cancer Research 63: 8848-8852, 2003.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、悪性度の強いスキルス性胃癌に対して優れた治療効果を示すスキルス性胃癌の治療剤を提供することである。また、本発明の他の目的は、胃癌患者の予後の予測方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2が、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナルに関与していることを突き止め、これらの分子の発現抑制及び/又は機能阻害によって、スキルス性胃癌を効果的に治療し得ることを見出した。また、本発明者は、胃癌組織の癌間質細胞において、骨髄由来マーカーであるCD271の発現量が多い胃癌患者は、スキルス性胃癌に多く予後が有意に悪いことを見出した。更に、本発明者は、胃癌組織の癌細胞におけるCXCL1の発現量、及び/又は胃癌組織の癌間質細胞におけるCXCR2の発現量が多い胃癌患者は、予後が悪いことを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0008】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2よりなる群から選択される少なくとも1種の標的分子に対する発現抑制及び/又は機能阻害が可能な物質を有効成分とすることを特徴とする、スキルス性胃癌の治療剤。
項2. 前記標的分子に対する発現抑制が可能な物質が、前記標的分子に対するsiRNA、shRNA、dsRNA、miRNA、及びアンチセンス核酸よりなる群から選択される少なくとも1種の核酸医薬である、スキルス性胃癌の治療剤。
項3. 前記標的分子に対する機能阻害が可能な物質が、前記標的分子に対して機能阻害する低分子化合物、前記標的分子に対する抗体、及び当該抗体の断片よりなる群から選択される少なくとも1種である、項1に記載のスキルス性胃癌の治療剤。
項4. 前記標的分子の機能阻害が可能な物質がSB225002である、項1に記載のスキルス性胃癌の治療剤。
項5. 前記標的分子の機能阻害が可能な物質が前記標的分子に対する抗体又はその断片である、項1に記載のスキルス性胃癌の治療剤。
項6. 胃癌患者から採取された胃癌組織を用いて、癌間質細胞のCD271、癌細胞のCXCL1、及び癌間質細胞のCXCR2よりなる群から選択される少なくとも1種の発現量を検出することを特徴とする、胃癌患者の予後の予測方法。
項7. CD271を検出する試薬、CXCL1を検出する試薬、及びCXCR2を検出する試薬よりなる群から選択される少なくとも1種を含むことを特徴とする、胃癌患者の予後検査薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するのを効果的に抑制することができ、従来技術では、治療法が確立できていないスキルス性胃癌の効果的な治療が可能になり、スキルス性胃癌患者に福音をもたらすことができる。
【0010】
また、本発明によれば、胃癌患者の外科的手術後に、予後が悪化し易いか否かを推測することができるので、予後の悪化のリスクが高い術後胃癌患者に対して、早期に適切な処置を施すことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】試験例1において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図2】試験例2において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図3】試験例3において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、骨髄間質細胞の走化性を創傷治癒アッセイにより分析した結果を示す。
図4】試験例3において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、骨髄間質細胞の走化性を創傷治癒アッセイにより分析した結果を示す。
図5】試験例4において、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3)の培養上清に含まれるサイトカインの分析を行った結果を示す。
図6】試験例4において、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM12)の培養上清に含まれるサイトカインの分析を行った結果を示す。
図7】試験例4において、スキルス性胃癌由来の癌細胞(KATO-3)の培養上清に含まれるサイトカインの分析を行った結果を示す。
図8】試験例4において、スキルス性胃癌由来の癌細胞(NUGC3)の培養上清に含まれるサイトカインの分析を行った結果を示す。
図9】試験例5において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインを使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図10】試験例5において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインを使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図11】試験例6において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインを使用して、骨髄間質細胞の走化性を創傷治癒アッセイにより分析した結果を示す。
図12】試験例7において、CCR6又はCXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞(siCXCR2 MSC及びsiCCR6 MSC)のCXCR2及びCCR6の発現量を測定した結果を示す。
図13】試験例8において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、CCR6又はCXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図14】試験例9において、抗CCL20抗体又は抗CXCL1抗体と、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清とを使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図15】試験例10において、抗Dkk-1抗体又は抗lipocalin-2抗体と、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清とを使用して、骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図16】試験例11において、スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対してCXCR2阻害剤を投与した後に、リンパ節転移の有無を解剖により観察した結果を示す。
図17】試験例11において、スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対してCXCR2阻害剤を投与した後に、同所移植後の生存率を測定した結果を示す。
図18】試験例11において、スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対してCXCR2阻害剤を投与し、同所移植から2週間後に胃癌組織の組織学的分析を行った結果を示す。
図19】試験例11において、スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対してCXCR2阻害剤を投与し、同所移植から2週間後に胃癌組織の組織学的分析を行った結果を示す。
図20】試験例11において、スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対してCXCR2阻害剤を投与し、同所移植から4週間後に、腫瘍面積、腫瘍体積、リンパ節転移個数、肝転移個数、胃重量、リンパ節転移重量、及び体重を測定した結果を示す。
図21】試験例12において、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を使用して、CXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞の走化性をdouble chamber chemotaxis assayにより分析した結果を示す。
図22】試験例13において、胃癌患者をCD271陽性とCD271陰性に分類し、それぞれの術後生存年数を示した結果である。
図23】試験例14において、胃癌患者をCXCL1陰性且つCXCR2陰性、CXCL1陰性且つCXCR2陽性、CXCL1陽性且つCXCR2陰性、及びCXCL1陽性且つCXCR2陽性の4つのグループに分類し、それぞれの術後生存年数を示した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.スキルス性胃癌の治療剤
本発明の治療剤は、スキルス性胃癌を治療するために使用される治療剤であって、CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2よりなる群から選択される少なくとも1種の標的分子に対する発現抑制及び/又は機能阻害が可能な物質を有効成分とすることを特徴とする。以下、本発明の治療剤について詳述する。
【0013】
(有効成分)
本発明の治療剤では、有効成分として、CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2よりなる群から選択される少なくとも1種の発現抑制及び/又は機能阻害が可能な物質を使用する。スキルス性胃癌における間質細胞が、当該胃癌細胞の増殖や転移を促進することが知られているが、本発明では、当該間質細胞の起源となる骨髄間質細胞がスキルス性胃癌の間質に誘導するのを抑制し、スキルス性胃癌を効果的に治療することを可能にする。
【0014】
CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2は、胃癌細胞の増殖や転移を促進する骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナルに関与しており、本発明では、これらの発現を抑制、及び/又は機能を阻害することにより、スキルス性胃癌を効果的新治療することが可能になっている。以下、CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2を標的分子と表記することもある。
【0015】
CXCL1は、CXCケモカインファミリーに属する公知のタンパク質である。CXCL1は、スキルス性胃癌細胞によって産生され、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナル分子として機能している。
【0016】
CXCR2は、CXCL1の受容体として公知のタンパク質であり、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナル伝達の一役を担っている。
【0017】
CCL20は、CCケモカインファミリーに属する公知のタンパク質である。CCL20は、スキルス性胃癌細胞によって産生され、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナル分子として機能している。
【0018】
CCR6は、CCL20の受容体として公知のタンパク質であり、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナル伝達の一役を担っている。
【0019】
Lipocalin-2は、リポカリン・ファミリーに属するケモカイン誘導因子として公知のタンパク質である。Lipocalin-2は、スキルス性胃癌細胞によって産生され、骨髄間質細胞をスキルス性胃癌の間質に誘導するシグナル分子として機能している。
【0020】
本発明において、標的分子(CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2よりなる群から選択される少なくとも1種)の発現抑制が可能な物質としては、薬学的に許容され、且つ標的分子をコードするDNA(CXCL1遺伝子、CXCR2遺伝子、CCL20遺伝子、CCR6遺伝子、及び/又はLipocalin-24遺伝子)から標的分子の発現を抑制できることを限度として特に制限されない。標的分子の発現を抑制する物質は、標的分子をコードしている遺伝子の転写、転写後調節、翻訳、翻訳後修飾等のいずれの段階で標的分子の発現に対する抑制作用を発揮するものであってもよい。標的分子の発現を抑制する物質として、具体的には、デコイ核酸等の標的分子をコードする遺伝子の転写を抑制する核酸分子;siRNA、shRNA、dsRNA等の標的分子のmRNAに対してRNA干渉作用を有するRNA分子又はその前駆体;miRNA、アンチセンス核酸(アンチセンスDNA、アンチセンスRNA)、リボザイム等の標的分子のmRNAの翻訳を抑制する核酸分子等の核酸医薬が挙げられる。これらの核酸医薬は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。また、これらの核酸医薬の塩基配列は、標的分子をコードする遺伝子の塩基配列の情報に基づいて、当業者が公知の手法により適宜設計することができる。これらの核酸医薬の中でも、臨床応用への容易性等の観点から、好ましくは、siRNA、shRNA、dsRNA、miRNA、アンチセンス核酸、更に好ましくはsiRNAが挙げられる。
【0021】
また、前記核酸分子がRNA分子である場合は、生体内で生成し得るようにデザインされ
たものであってもよい。具体的には、当該RNA分子をコードしているDNAを哺乳動物細胞用の発現ベクターに挿入したものであってもよい。このような発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクターや、動物細胞発現プラスミド等が挙げられる。
【0022】
また、標的分子(CXCL1、CXCR2、CCL20、CCR6、及びLipocalin-2よりなる群から選択される少なくとも1種)の機能阻害が可能な物質としては、薬学的に許容され、且つ当該標的の機能を抑制できるものであることを限度として特に制限されない。標的分子の機能を阻害する物質として、例えば、標的分子の機能を阻害する低分子化合物、標的分子に特異的に結合する抗体又はその断片、標的分子に特異的に結合するアプタマー等が挙げられる。これらの物質は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0023】
標的分子の機能を阻害する低分子化合物としては、標的分子の機能を阻害し得る限り、公知の低分子化合物であっても、将来開発される低分子化合物であってもよい。当該低分子化合物として、具体的には、SB225002、SB265610、CHEMBL254773、CHEMBL403313、CHEMBL257829、AGN-PC-07PPDF、AGN-PC-07PPDD、Cpd19、CX4338、Sch527123等のCXCR2阻害剤(CXCR2の機能を阻害する化合物)が挙げられる。
【0024】
また、標的分子に特異的に結合する抗体としては、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体のいずれであってもよいが、好ましくはモノクローナル抗体が挙げられる。また、これらの抗体のアイソタイプについては、特に制限されず、IgG、IgM、IgA等のいずれであってもよいが、好ましくはIgGが挙げられる。
【0025】
また、本発明の治療剤をヒトに投与する場合には、前記抗体は、ヒト体内での抗原性が低減されている抗体、具体的には、完全ヒト抗体、ヒト化抗体、マウス-ヒトキメラ抗体、ニワトリ-ヒトキメラ抗体等が好ましい。これらの中でも、完全ヒト抗体、ヒト化抗体が更に好ましい。
【0026】
また、前記抗体の断片としては、標的分子を特異的に認識し結合するための相補性決定領域(CDR)を少なくとも有するものであればよく、具体的には、Fab、Fab'、F(ab')2、scFv、scFv-Fc等が挙げられる。
【0027】
前記抗体及びその断片は、常法に従って遺伝子工学的に作製することができる。
【0028】
(適用対象)
本発明の治療剤は、スキルス性胃癌の治療を目的としてスキルス性胃癌患者に適用される。また、本発明の治療剤は、スキルス性胃癌患者からスキルス性胃癌を摘出した後に、再発や転移を予防する目的で投与してもよく、スキルス性胃癌の切除後の患者における予後の改善剤又は癌の転移予防剤としても使用することもできる。
【0029】
また、本発明の治療剤は、ヒトのみならず、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ、ヤギ、ラット、マウス、ウサギ等の哺乳動物に対して使用できるが、ヒト用の医薬品として好適に使用される。
【0030】
(用量、用法)
本発明の治療剤の投与方法としては、本発明の治療剤を生体内でスキルス性胃癌にデリバリーできることを限度として特に制限されないが、例えば、血管内(動脈内又は静脈内)注射、持続点滴、皮下投与、局所投与、筋肉内投与等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは動静脈内投与が挙げられる。
【0031】
本発明の治療剤の投与量は、使用する有効成分の種類、患者の症状の程度、患者の性別、年齢等に応じて、標的分子の発現抑制及び/又は機能阻害が可能な範囲で適宜設定すればよい。
【0032】
本発明の治療剤は、単独で使用してもよいが、1種又は2種以上の抗腫瘍作用を有する他の薬剤及び/又は放射線療法と併用してもよい。
【0033】
(製剤形態)
また、本発明の治療剤は、その製剤形態に応じて、薬学的に許容される担体や添加剤を加えて製剤化される。例えば、固形製剤の場合であれば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を用いて製剤化することができる。また、液状製剤の場合であれば、生理食塩水、緩衝液等を用いて製剤化することができる。
【0034】
また、本発明の治療剤において、有効成分として核酸分子を使用する場合であれば、当該核酸分子がスキルス性胃癌細胞内に移行され易いように、核酸導入補助剤と共に製剤化されていることが望ましい。核酸導入補助剤としては、具体的には、リポフェクタミン、オリゴフェクタミン、RNAiフェクト、リポソーム、ポリアミン、DEAEデキストラン、リン酸カルシウム、デンドリマー等が挙げられる。
【0035】
2.胃癌患者の予後の予測方法
後述する試験例13に示すように、癌間質細胞におけるCD271の発現量が高い胃癌の患者は、スキルス性胃癌患者が多く、胃癌の切除後に予後が悪化し易い傾向があることが明らかにされている。更に、後述する試験例14に示すように、癌細胞におけるCXCL1の発現量、及び/又は癌間質細胞におけるCXCR2の発現量が高い胃癌の患者は、胃癌の切除後に予後が悪化し易い傾向があることが明らかにされている。従って、本発明は、更に、胃癌患者から採取された胃癌組織を用いて、癌間質細胞のCD271、癌細胞のCXCL1、及び癌間質細胞のCXCR2よりなる群から選択される少なくとも1種の発現量を検出することを特徴とする、胃癌患者の予後の予測方法を提供する。
【0036】
当該予測方法においてCD271の発現量が高ければ、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと予測される。当該予後の予測方法は、とりわけ、スキルス性胃癌の骨髄間質細胞の癌間質誘導抑制治療の適応判定と術後の予後の予測方法として好適である。例えば、胃癌患者から摘出された胃癌組織における癌間質細胞のCD271が陽性の場合、陰性の場合に比較し、死亡リスクが1.8倍程度、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと推測される。
【0037】
また、当該予測方法において、CXCL1及び/又はCXCR2の発現量が高ければ、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと予測される。特に、CXCL1及びCXCR2の双方の発現量が高い場合には、予後が悪化する傾向が強いと予測される。例えば、胃癌患者から摘出された胃癌組織における癌細胞のCXCL1が陽性の場合、陰性の場合に比較し、死亡リスクが4.8倍程度高く、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと推測される。また、胃癌患者から摘出された胃癌組織における癌間質細胞のCXCR2が陽性の場合、陰性の場合に比較し、死亡リスクが3.8倍程度高く、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと推測される。更に、胃癌患者から摘出された胃癌組織における癌細胞のCXCL1が陽性且つ癌間質細胞のCXCR2が陽性の場合、双方が陰性の場合に比較し、死亡リスクが50倍程度高く、術後の再発や転移のリスクが高く、予後が悪化し易いと推測される。
【0038】
CD271、CXCL1及び/又はCXCR2の発現量の測定は、免疫染色法等の従来公知の方法に従って行うことができる。例えば、胃癌患者から摘出された胃癌組織を用いて、抗CD271抗体、抗CXCL1抗体、及び/又は抗CXCR2抗体を用いて、これらの発現量を測定することができる。
【0039】
また、本発明は、前記予測方法を簡便に行うための検査薬として、CD271を検出する試薬、CXCL1を検出する試薬、及びCXCR2を検出する試薬よりなる群から選択される少なくとも1種を含む、胃癌患者の予後検査薬を提供する。当該予後検査薬に使用される前記各試薬としては、具体的には、前述する抗体等が挙げられる。
【実施例
【0040】
以下、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、以下の記載、及び図中において、培養上清を「CM」と略記し、無血清を「SF」と略記し、スキルス性胃癌由来の癌細胞OCUM-2MD3を「D3」と略記することもある。
【0041】
試験例1:スキルス性胃癌由来の癌細胞が骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)-1
6穴プレートに、8μm孔のメンブレンを有するチャンバーを挿入し、上部のチャンバーに5×103cells/wellの骨髄間質細胞(marrow stromal cell; MSC)を播種し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2M及びOCUM-2MD3)の培養上清を添加し、37℃で28時間インキュベートした。その後、8μm孔のメンブレンの上面を綿棒にて拭い、メンブレンに付着している細胞を固定した。メンブレンの下面に侵入しているMSCをDiff Quickを用いて染色し、細胞数を計測した。また、コントロールとして、前記培養上清に代えて培地(無血清DMEM)を使用し、前記と同条件で試験を行った。
【0042】
得られた結果を図1に示す。この結果から、MSCにはスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2M及びOCUM2MD3)の培養上清に対する走化性があることが示され、スキルス性胃癌由来の癌細胞にはMSCを誘導するシグナル分子を産生していることが示唆された。
【0043】
試験例2:スキルス性胃癌由来の癌細胞が骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)-2
スキルス性胃癌由来の癌細胞(KATO-3、NUGC3、NUGC4、OCUM8、及びOCUM9)の培養上清を使用して、前記試験例1と同様の方法で、double chamber chemotaxis assayを行った。
【0044】
得られた結果を図2に示す。この結果からも、試験例1の結果と同様に、MSCにはスキルス性胃癌由来の癌細胞(KATO-3、NUGC3、NUGC4、OCUM8、及びOCUM9)の培養上清に対する走化性があることが確認された。
【0045】
試験例3:スキルス性胃癌由来の癌細胞が骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(創傷治癒アッセイ)
96穴プレートに4×103cell/wellのMSCを播種し、終夜培養し、コンフルエントの細胞単層を形成した後に、細胞単層に対してピペットの先端を用いて線状剥離を行い、創傷(wound)を作成した。次いで、各穴に、癌細胞の培養上清を添加し、3時間毎に創傷内へ遊走した細胞をIncucyte ZOOMを用いて撮影し、創傷内の細胞密度を測定した。なお、癌細胞の培養上清としては、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2M及びOCUM-2MD3)、及び非スキルス性胃癌由来の癌細胞(MKN45及びMKN74)を用いて調製したものを使用した。また、コントロールとして、前記培養上清に代えて培地(無血清DMEM)を使用し、前記と同条件で試験を行った。
【0046】
得られた結果を図3及び4に示す。非キルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を添加した場合では、コントロールの場合と同程度の創傷部における細胞密度であった。これに対して、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清を添加した場合には、コントロールと比較して、創傷部における細胞密度が有意に上昇しており、MSCの走化性が認められた。
【0047】
試験例4:スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインの分析
Human XL cytokine array kitを使用して、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインの分析を行った。具体的には、各種サイトカインに対する抗体をプロットしているメンブレン上に、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3、OCUM12、KATO-3、及びNUGC3)の培養上清を添加し、4℃で終夜反応させた。その後、Detection antibody cocktail及びStreptoavidin-HRPをこの順でmembraneに添加し、更にChemi Reagent Mixを添加して、その1分後より撮影を行った。
【0048】
得られた結果を図5~8に示す。これらの結果から、スキルス性胃癌由来の癌細胞は、CXCL1、Lipocalin-2、CXCL8、CXCL5、Dkk-1、CCL20、anglogenin、EMPRIN等のサイトカインを多く産生していることが明らかとなった。
【0049】
試験例5:スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインが骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)
前記試験例4においてスキルス性胃癌由来の癌細胞による産生が認められた各種サイトカイン(CXCL1、Lipocalin-2、CXCL8、CXCL5、Dkk-1、CCL20、anglogenin、EMPRIN)を使用して、double chamber chemotaxis assayを行った。本試験では、各サイトカインを所定濃度(CXCL1; 200 ng/mL, CXCL5; 10 ng/mL, CXCL8; 2.5 ng/mL, Lipocalin-2; 10 ng/mL, Dkk-1; 100 ng/mL, Angiogenin; 10 ng/mL, EMMPRIN; 5 μg/mL, CCL20; 1 ng/mL)又はその10倍濃度(CXCL8; 25 ng/mL, Lipocalin-2; 100 ng/mL, Dkk-1; 1 μg/mL, Angiogenin; 100 ng/mL)(図中、×10)で含む無血清DMEMを下部のチャンバーに添加したこと以外は、前記試験例1と同様の方法で行った。また、比較のために、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2M及びOCUM2MD3)の培養上清を使用して、同様に試験を行った。なお、コントロールとしては、下部のチャンバーに培地(無血清DMEM)を使用して、前記と同条件で試験を行った。
【0050】
得られた結果を図9及び10に示す。これらの結果から、CXCL1、CXCL5、CCL20、Dkk-1、及びipocalin-2において、MSCの走化性が有意に認められた。
【0051】
試験例6:スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清に含まれるサイトカインが骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(創傷治癒アッセイ)
前記試験例4においてスキルス性胃癌由来の癌細胞による産生が認められた各種サイトカイン(CXCL1、Lipocalin-2、CXCL8、CXCL5、Dkk-1、CCL20、anglogenin、EMPRIN)を使用して、創傷治癒アッセイを行った。本試験では、96穴プレートの各穴に各サイトカインを(CXCL1; 200 ng/mL, CXCL5; 10 ng/mL, CXCL8; 25 ng/mL, Lipocalin-2; 100 ng/mL, Dkk-1; 1 μg/mL, Angiogenin; 100 ng/mL, EMMPRIN; 5 μg/mL, CCL20; 1 ng/mL)含む無血清DMEMを添加したこと以外は、前記試験例3と同様の方法で行った。また、比較のために、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM12)の培養上清を使用して、前記試験例3と同様の条件で試験を行った。なお、コントロールとして、培地(無血清DMEM)を使用して、前記と同条件で試験を行った。
【0052】
得られた結果を図11に示す。これらの結果では、CXCL1、CCL20及びanglogeninにおいて、MSCの走化性が有意に認められた。
【0053】
試験例7:CCR6又はCXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞の作成
CXCL1の受容体であるCXCR2、及びCCL20の受容体であるCCR6をノックダウンしたMSCを以下の方法に従って作製した。先ず、6穴プレートの各穴に2×105cell/wellのMSCを播種した。別途、150μlのOptimenと9μlのlipofectamin RNAiMAX reagentの混合液と、150μlのOptimenと9μlのsiRNA(siCCR6又はsiCXCR2)との混合液とを混合し、室温で5分間放置した後に、これを前記MSCを播種した各穴に添加し、37℃で48時間インキュベートした。斯して、CXCR2をノックダウンしたMSC(siCXCR2 MSC)及びCCR6をノックダウンしたMSC(siCCR6 MSC)を作製した。
【0054】
また、siCXCR2 MSCにおけるCXCR2の発現量、及びsiCCR6 MSCにおけるCCR6の発現量を測定した結果を図12に示す。図12に示す通り、siCXCR2 MSC及びsiCCR6 MSCでは、目的遺伝子(CXCR2及びCCR6)が十分にノックダウンされていることが確認された。
【0055】
斯して作製されたsiCXCR2 MSC及びsiCCR6 MSCを、後述する各試験に使用した。
【0056】
試験例8:CCR6又はCXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)
前記試験例7で作成したsiCXCR2 MSC及びsiCCR6 MSCを用いて、double chamber chemotaxis assayを行った。本試験では、上部のチャンバーにsiCXCR2 MSC又はsiCCR6 MSCを播種し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清を添加したこと以外は、前記試験例1と同様の方法で行った。比較のために、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清の代わりに培地(無血清DMEM)を使用して、同様に試験を行った。なお、コントロールとしては、CXCR2及びCCR6をノックダウンしていないMSC(negative MSC)を使用し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清又は培地(無血清DMEM)を使用して、同様に試験を行った。
【0057】
得られた結果を図13に示す。図13から明らかなように、siCXCR2 MSC及びsiCCR6 MSCでは、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清の存在下での走化性が抑制されていた。即ち、本試験結果から、CXCR2又はCCR6の発現抑制又は機能阻害が、スキルス性胃癌によって誘発されるMSCの走化性を抑制できることが確認された。
【0058】
試験例9:抗CCL20抗体及び抗CXCL1抗体が骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)
抗CCL20抗体及び抗CXCL1抗体を用いて、MSCに対するdouble chamber chemotaxis assayを行った。本試験では、上部のチャンバーにMSCを播種し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清と共に抗CCL20抗体を5μg/ml、抗CXCL1抗体を200ng/mL添加したこと以外は、前記試験例1と同様の方法で行った。比較のために、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清のみ又は培地(無血清DMEM)のみを添加して同様に試験を行った。
【0059】
得られた結果を図14に示す。この結果、抗CCL20抗体及び抗CXCL1抗体は、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清によって生じるMSCの走化性を有意に抑制できることが確認された。
【0060】
試験例10:抗Dkk-1抗体及び抗lipocalin-2抗体が骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)
抗Dkk-1抗体及び抗lipocalin-2抗体を用いて、MSCに対するdouble chamber chemotaxisassayを行った。本試験では、上部のチャンバーにMSCを播種し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清と共に抗Dkk-1抗体を25μg/mL、抗lipocalin-2抗体を25μg/mL添加したこと以外は、前記試験例1と同様の方法で行った。比較のために、下部のチャンバーにDkk-1を100 ng/mL、lipocalin-2を25ng/mlを含む無血清DMEMを添加して同様に試験を行った。また、コントロールとして、下部のチャンバーに無血清DMEMを添加して同様に試験を行った。
【0061】
得られた結果を図15に示す。この結果、抗Dkk-1抗体では、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清によって生じるMSCの走化性を抑制できなかったが、抗lipocalin-2抗体では、当該MSCの走化性を有意に抑制できていた。
【0062】
試験例11:スキルス性胃癌細胞同所移植モデルに対するCXCR2阻害剤の影響
ヌードマウス(BALB/c nu/nu、4週齢、雌)の胃壁に、スキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MLN)1×107cell/100μlを30ゲージ針を用いて同所移植した。移植翌日から、CXCR2阻害剤であるSB225002を1回の投与当たり1mg/kg又は3mg/kgとなるように、5回/週の頻度で腹腔内投与した。移植から4週間後に、胃腫瘍のサイズ、重量、リンパ節転移・肝転移の個数、及び体重を測定する。また、コントロールとして、SB225002の投与を行わないこと以外は、前記と同条件で試験を行った。また、本試験では、各群10匹のヌードマウスを使用して行った。
【0063】
得られた結果を図16~20に示す。同所移植から4週間後では、SB225002を投与した群では、コントロールに比して、腫瘍面積、腫瘍体積、リンパ節転移個数、胃重量、及びリンパ節転移重量が有意に低く、生存率も高かった(図16、17、及び20)。また、同所移植から2週間後に同所移植した胃癌組織について組織学的分析をしたところ、コントロール群では、間質形成が誘導されていたが、SB225002を投与した群では間質の誘導が抑制されており、腫瘍の壊死も認められた(図18及び19)。この結果から、CXCR2の機能阻害が、スキルス性胃癌の治療に有効であることが示された。
【0064】
試験例12:CXCR2をノックダウンした骨髄間質細胞の走化性に及ぼす影響(double chamber chemotaxis assay)
ピューロマイシン耐性遺伝子及びGFPを含むウイルスベクターに、CXCR2に対するsingleguide RNA(CXCR2 sgRNA)を組み込み、これをMSCに感染させた。感染開始から48時間後に、培地をピューロマイシン含有培地へ入れ替え、CXCR2欠損MSCの選択を行った。ピューロマイシン含有培地での培養を48時間行った後に、CXCR2がノックダウンしたMSCを回収した。得られたMSCにおいて、CXCR2がノックダウンしていることについては、RT-PCR及びウエスタンブロットによって確認した(図20の左上図及び左下図)。また、CXCR2 sgRNAの代わりに、陰性コントロールsingle guide RNA(negative sgRNA)を導入したMSCについても作成した。
【0065】
CXCR2がノックダウンしたMSCを用いて、double chamber chemotaxis assayを行った。本試験では、上部のチャンバーにCXCR2をノックダウンしたMSCを播種し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MLN、OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清を添加したこと以外は、前記試験例1と同様の方法で行った。比較のために、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清の代わりに培地(無血清DMEM)を使用して、同様に試験を行った。なお、コントロールとしては、negative sgRNAを導入したMSCを使用し、下部のチャンバーにスキルス性胃癌由来の癌細胞(OCUM-2MLN、OCUM-2MD3及びOCUM12)の培養上清又は培地(無血清DMEM)を使用して、同様に試験を行った。
【0066】
得られた結果を図21の右図に示す。図21から明らかなように、CXCR2をノックダウンしたMSCでは、スキルス性胃癌由来の癌細胞の培養上清の存在下での走化性が抑制されていた。即ち、本試験結果からも、CXCR2の発現抑制又は機能阻害が、スキルス性胃癌によって誘発されるMSCの走化性を抑制できることが確認された。
【0067】
試験例13:CD271による胃癌患者の予後の予測
外科的手術を受けた279名の胃癌患者(内、スキルス性胃癌患者は28名)において摘出された胃癌組織に対して、MSCのマーカーであるCD271の発現を測定し、癌間質細胞における陽性細胞の割合および染色強度を用いて染色スコアを0~8で算出し4以上をCD271陽性、3以下をCD271陰性に分類した。なお、染色スコアは、陽性細胞の割合によるスコア(スコア0:0%、スコア1:<20%、スコア2:20~49%、スコア3:50~69%、スコア4:>69%)と染色強度によるスコア(スコア1:軽度、スコア2:中等度以上)の積によって算出した。また、CD271陽性とCD271陰性に分類した胃癌患者について、術後生存年数との関係を図22に示す。この結果から、CD271陽性の胃癌患者では、CD271陰性の胃癌患者に比べて、術後の生存率が低く、予後が悪いことが明らかとなった。
【0068】
また、スキルス性胃癌患者の28名内、CD271陽性は26名、CD271陰性は2名であり(表1)、スキルス性胃癌患者はCD271陽性率が高いことも確認された。
【表1】
【0069】
試験例14:CD271による胃癌患者の予後の予測
外科的手術を受けた300名の胃癌患者において摘出された胃癌組織に対して、抗CXCL1抗体、及び抗CXCR2抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。具体的には、Target Retrieval Solutionに浸したスライドグラスを105℃で10分間加熱し、内因性ペルオキシダーゼをブロッキングした後、それぞれの抗体を常温で1時間反応させた。次いで、癌細胞におけるCXCL1の発現、癌間質細胞におけるCXCR2の発現を染色比率・染色強度でスコア化し、CXCL1とCXCR2の発現について、陽性又は陰性に分類した。なお、染色スコアは0~7で算出して、CXCL1については5以上を、CXCL1陽性、4以下をCXCL1陰性に分類し、またCXCR2に関しては、4以上をCXCR2陽性、3以下をCXCR2陰性に分類した。また、染色スコアは、陽性細胞の割合によるスコア(CXCL1:スコア0:0%、スコア1:<30%、スコア2:30~69%、スコア3:70~89%、スコア4:>89%、CXCR2:スコア0:0%、スコア1:<30%、スコア2:30~49%、スコア3:50~69%、スコア4:>69%)と染色強度によるスコア(スコア1:軽度、スコア2:中等度以上)の積によって算出した。そして、胃癌患者について、CXCL1陰性且つCXCR2陰性、CXCL1陰性且つCXCR2陽性、CXCL1陽性且つCXCR2陰性、及びCXCL1陽性且つCXCR2陽性の4つのグループに分類した。
【0070】
それぞれに分類した胃癌患者について、生存率との関係を図23に示す。この結果から、CXCL1及びCXCR2の少なくとも一方が陽性の胃癌患者は、術後の生存率が低く、特にCXCL1及びCXCR2の双方が陽性の胃癌患者は、術後の生存率が格段に低くなっていることが明らかとなった。
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9
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