(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-06
(45)【発行日】2023-01-17
(54)【発明の名称】光分解性細胞固定化剤
(51)【国際特許分類】
C12N 11/02 20060101AFI20230110BHJP
C08G 65/332 20060101ALI20230110BHJP
C08G 65/333 20060101ALI20230110BHJP
C12N 11/14 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
C12N11/02
C08G65/332
C08G65/333
C12N11/14
(21)【出願番号】P 2019550500
(86)(22)【出願日】2018-11-02
(86)【国際出願番号】 JP2018040853
(87)【国際公開番号】W WO2019088258
(87)【国際公開日】2019-05-09
【審査請求日】2021-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2017214107
(32)【優先日】2017-11-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業、研究領域「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」、研究題目「光応答性細胞固定化剤表面を用いた1細胞操作技術の開発と応用」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100203035
【氏名又は名称】五味渕 琢也
(74)【代理人】
【識別番号】100185959
【氏名又は名称】今藤 敏和
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲志
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晃充
(72)【発明者】
【氏名】ヤジェンブスカ・ナタリア・テレサ
(72)【発明者】
【氏名】泉田 森
(72)【発明者】
【氏名】山平 真也
(72)【発明者】
【氏名】長棟 輝行
【審査官】中村 俊之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/158327(WO,A1)
【文献】特開2008-125952(JP,A)
【文献】YAMAGUCHI, S. et al.,Photocontrollable dynamic micropatterning of non-adherent mammalian cells using a photocleavable pol,Angew. Chem. Int. Ed.,2012年,51,128-131,要旨、
図1
【文献】YAMAHIRA, S. et al.,Collagen surfaces modified with photo-cleavable polyethylene glycol-lipid support versatile single-c,Macromol. Biosci.,2014年,14,1670-1676,要旨、
図1
【文献】長棟輝行,血中循環がん細胞識別・分離用マイクロチップの開発,科学研究費助成事業 2015年度 研究成果報告書,課題番号:26630418,2017年05月10日,2.研究の目的、3.研究の方法の(1)-(4)、
図1、
図5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/00- 13/00
C08G 65/332
C08G 65/333
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の標的細胞を基材上に固定するための光分解性細胞固定化剤であって、
前記標的細胞と相互作用し得る疎水性鎖、
前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び
前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する親水性リンカー及び光分解性リンカー
を有し、前記親水性リンカーが、前記疎水性鎖と前記光分解性リンカーとの間に配置されて
おり、
前記疎水性鎖が、置換基を有していてもよい飽和又は不飽和の炭化水素鎖であり、
前記親水性鎖が、ポリアルキレングリコールを含み、
前記親水性リンカーが、以下の部分構造を有し、
【化1】
(式中、mは、4以上の自然数である。)
前記光分解性リンカーが、2-ニトロベンジル骨格、クマリン-4-イルメチル骨格、フェニルカルボニルメチル骨格又は7-ニトロインドリノカルボニル骨格を有する二価の基であること
を特徴とする該光分解性細胞固定化剤。
【請求項2】
mが、4~40の自然数である、
請求項1に記載の光分解性細胞固定化剤。
【請求項3】
前記光分解性リンカーが、2-ニトロベンジル骨格
を有する二価の基である、
請求項1に記載の光分解性細胞固定化剤。
【請求項4】
前記親水性鎖の末端に、前記基材の表面と共有結合により結合し得る置換基を有する、請求項1~
3のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤。
【請求項5】
以下の構造を有する、請求項1に記載の光分解性細胞固定化剤。
【化2】
(式中、mは、
4~40の自然数であり、nは、45~500の自然数である。)
【請求項6】
請求項1~
5のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤によって修飾された表面を有する、細胞固定化用基材。
【請求項7】
前記基材の特定の表面領域のみに光分解性細胞固定化剤を有する、パターン化された表面修飾を有する、
請求項6に記載の細胞固定化用基材。
【請求項8】
請求項1~
5のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤で基材表面全体を修飾する工程、及び
光分解性細胞固定化剤による表面修飾が特定の領域のみ維持されるように表面をパターン化する工程であって、基材表面における前記特定の領域以外の領域に光を照射して、光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断する、該工程、
を含む細胞固定化用基材の製造方法。
【請求項9】
請求項6又は7に記載の細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材に前記標的細胞を固定化する工程、
前記細胞固定化用基材に光を照射し、前記細胞固定化用基材の表面の光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断することで、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程、
を含む、細胞の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞固定化力に優れた光分解性細胞固定化剤、当該光分解性細胞固定化剤により修飾した表面を有する細胞固定化用基材、及び当該基材を用いる細胞回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞生物学の基礎研究から再生医療までの幅広い分野において、一細胞レベルで細胞を解析し、ハイスループットに選別する技術が求められている。例えば、血中の循環がん細胞(Circulating Tumor Cell; CTC)はその存在割合が非常に低いが、CTCを選別し解析することでがん化のメカニズムの解明や治療効果の評価などが可能になることが期待される。また、再生医療分野においては、ES細胞やiPS細胞を分化させて利用する際に、がん化するおそれのある未分化細胞を適切に除去する必要がある。さらに、抗体産生能の高いハイブリドーマを選択的に回収することは抗体医薬品を効率よく作製することに寄与する。このように、一細胞レベルでの細胞分離・選別技術は幅広い応用が期待され、その技術開発が求められている。
【0003】
従来の細胞分離・選別技術は、以下の1)~5)のように分類することができる。
1) 細胞のサイズ・比重の違いを利用して遠心分離する手法
2) 細胞を蛍光標識しフローサイトメーターを用いて分離する手法
3) マイクロウェルを用いて細胞をアレイ化し、観察しながら分離する手法
4) 光溶解性のゲルで細胞を固め、観察しながら光照射によってゲルを溶かして分離する手法
5) 光分解性の細胞固定化材料を用いて細胞を並べて、観察しながら光照射によって固定化材料を分解して分離する手法
【0004】
しかしながら、上記(1)の手法は、単純な細胞の分離方法であるが、分離精度の低さや希少な細胞の選別には不向きといった問題点がある。(2)の手法はスループット性の高さゆえに最も良く用いられる細胞選別方法であるが、多くの細胞を同時に複数観察できないために細胞間の差異を同時に検出できない点や経時変化を追うことができないという課題がある。(3)の手法は、(2)の手法の課題を克服できる点で近年注目を集めているが、しかしながら、アレイ化された細胞の回収方法に課題が残る。例えば、マイクロマニピュレーターを用いる方法では、一細胞毎にキャピラリーで吸い上げるためにスループット性が落ちる(特許文献1など)。他にも電気化学・物理化学的に細胞を取り出す技術が開発されているが、細胞に直接的にストレスがかかってしまうという欠点がある。
【0005】
また、(4)の手法は、(3)の方法の課題である分離速度を克服できる可能性が高い点で近年注目を集めている。光分解性の架橋剤を用いて細胞を含む水溶液をゲル化し、光照射によってゲルを溶かして望みの細胞のみを簡便迅速に回収できる(特許文献2など)。しかし、個々の細胞を横方向に接触させず、上下方向に重ねずに固定化するには、細胞密度を下げざるを得ず、観察と分離を一度に行える細胞数が極めて少なくなってしまうという欠点がある。
【0006】
これに対し、(5)の手法は、(4)の方法の課題である低い細胞密度を改善できる点で優位性がある。例えば、本願発明者らは、既に光分解性のポリエチレングリコール(PEG)脂質を用いてマイクロ流路内に細胞を並べて固定し、回収したい細胞に光照射を施して流束をかけると、細胞が基板から選択的に脱離できることを見出している(非特許文献1)。しかし、かかる方法においても、細胞の固定化力が低く、1細胞ずつを離して並べると、光を照射していない細胞もマイクロ流体のせん断応力によって脱離してしまい、細胞の分離には使えないという問題点があった。従って、単一細胞を十分に固定化できるような強い細胞固定化力の光分解性細胞固定化剤が、細胞の単離には必要不可欠である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-14438号公報
【文献】特開2014-226089号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】S. Yamaguchi, et al, Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 128-131
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでに発明者らが開発した非特許文献1の光分解性の細胞固定化剤は、光分解性リンカーを介してポリエチレングリコール(PEG)と脂質とをつないだ化合物であり、この分子を基板に修飾すると、脂質部分が細胞の脂質二分子膜と相互作用するため、接着細胞、非接着細胞を問わず任意の細胞を基板に固定化できるものである。しかし、スポットを小さくして、1細胞ずつ細胞を固定化した場合には、細胞を遊離させるのに必要な流速では、光を照射しなくても60~80%の細胞が数分で遊離してしまう。そこで、本発明は、従来の細胞選別法の欠点を補うために、細胞固定化力に優れた光分解性細胞固定化剤を開発することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、従来の光分解性PEG脂質の構造における光分解性部位と、標的細胞と結合する疎水性部位との間に、特定の長さを有する親水性領域を挿入することで、細胞固定化力を強化することができ、任意の細胞や脂質膜で覆われた物質を安定的に固定化し、かつ光照射によって選択的に回収することができることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0011】
すなわち、本発明は、一態様において、
<1>所定の標的細胞を基材上に固定するための光分解性細胞固定化剤であって、前記標的細胞と相互作用し得る疎水性鎖、前記基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、及び前記疎水性鎖と親水性鎖を連結する親水性リンカー及び光分解性リンカーを有し、前記親水性リンカーが、前記疎水性鎖と前記光分解性リンカーとの間に配置されていることを特徴とする該光分解性細胞固定化剤;
<2>前記親水性リンカーが、親水性ポリマーを含む、上記<1>に記載の光分解性細胞固定化剤;
<3>前記親水性リンカーが、ポリアルキレングリコールを含む、上記<1>に記載の光分解性細胞固定化剤;
<4>前記親水性リンカーが、以下の部分構造を有する、上記<1>に記載の光分解性細胞固定化剤;
【化1】
(式中、mは、2より大きい自然数である。)
<5>nが、4~40の自然数である、上記<4>に記載の光分解性細胞固定化剤;
<6>前記疎水性鎖が、置換基を有していてもよい飽和又は不飽和の炭化水素鎖である、上記<1>~<5>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;
<7>前記親水性鎖が、親水性ポリマーを含む、上記<1>~<6>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;
<8>前記親水性鎖が、ポリアルキレングリコールを含む、上記<1>~<6>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;
<9>前記光分解性リンカーが、2-ニトロベンジル骨格、クマリン-4-イルメチル骨格、フェニルカルボニルメチル骨格又は7-ニトロインドリノカルボニル骨格を有する二価の基である、上記<1>~<8>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;
<10>前記親水性鎖及び親水性リンカーがいずれも、ポリエチレングリコールを含む、上記<1>~<9>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;
<11>前記親水性鎖の末端に、前記基材の表面と共有結合により結合し得る置換基を有する、上記<1>~<10>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤;及び
<12>以下の構造を有する、上記<1>に記載の光分解性細胞固定化剤
【化2】
(式中、mは、2~40の自然数であり、nは、45~500の自然数である。)
を提供するものである。
【0012】
また、別の態様において、本発明は、
<13>上記<1>~<12>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤によって修飾された表面を有する、細胞固定化用基材;
<14>前記基材の特定の表面領域のみに光分解性細胞固定化剤を有する、パターン化された表面修飾を有する、上記<13>に記載の細胞固定化用基材;及び
<15>上記<1>~<13>のいずれかに記載の光分解性細胞固定化剤で基材表面全体を修飾する工程、及び光分解性細胞固定化剤による表面修飾が特定の領域のみ維持されるように表面をパターン化する工程であって、基材表面における前記特定の領域以外の領域に光を照射して、光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断する、該工程、を含む細胞固定化用基材の製造方法
を提供するものである。
【0013】
さらに、別の態様において、本発明は、
<16>上記<13>又は<14>に記載の細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材に前記標的細胞を固定化する工程、前記細胞固定化用基材に光を照射し、前記細胞固定化用基材の表面の光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断することで、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程、を含む、細胞の回収方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の光分解性細胞固定化剤によれば、細胞固定化力を強化することができるため、標的細胞を安定的に固定化し、かつ光照射によって選択的に回収することができる。また、本発明の光分解性細胞固定化剤で表面修飾した細胞固定化用基材は、光照射により表面修飾領域を予めパターン化することにより、1細胞レベルで細胞を固定化でき、強い流速下でも強固に細胞パターンを維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の光分解性細胞固定化剤の全体構造を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の光分解性細胞固定化剤により表面修飾した基材の模式図及び細胞の固定化・回収の概念図である。
【
図3】
図3は、本発明の細胞固定化用基材における表面修飾のパターン化工程を示す模式図である。
【
図4】
図4は、本発明の光分解性細胞固定化剤及び比較例についての細胞残存率を示すグラフである。
【
図5】
図5は、本発明の光分解性細胞固定化剤による細胞残存率の光照射依存性を示すグラフである。
【
図6】
図6は、本発明の細胞固定化用基材上に形成された1細胞マイクロアレイのイメージ画像である。
図6(a)は、被覆層としてコラーゲンコーティングを行った細胞固定化用基材上に形成されたEGFP発現BaF3細胞アレイの蛍光画像である。
図6(a)は、被覆層としてBSAコーティングを行った細胞固定化用基材上に形成されたEGFP発現BaF3細胞アレイの明視野像である。
【
図7】
図7は、細胞アレイの選択的脱離前後の蛍光画像である。
【
図8】
図8は、光照射スポット及び非照射スポットにおける細胞脱離率を示すグラフである。
【
図9】
図9は、細胞固定化用基材上で培養した樹状細胞のイメージ画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0017】
1.光分解性細胞固定化剤
本発明の光分解性細胞固定化剤は、
(a)標的細胞と相互作用して当該細胞と結合する機能を有する疎水性鎖、
(b)基材の表面に単分子膜状に配列し得る親水性鎖、
を有し、さらに、これら疎水性鎖と親水性鎖を連結するための2つのリンカー部位として(c)親水性リンカー、及び
(d)光分解性リンカー
を有する。そして、親水性リンカー(c)が、疎水性鎖(a)と光分解性リンカー(d)との間に配置されていることを特徴とする。
【0018】
したがって、
図1に示すように、本発明の光分解性細胞固定化剤の全体構造は、これら(a)~(d)を以下の順で連結した構造となる。各部位の連結は、例えば、アミド結合やエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、カルバメート結合、チオカルバメート結合、トリアゾール結合、尿素結合等の共有結合を用いることができる。なお、光分解性リンカー部分(d)と親水性鎖(b)との間の連結は、光照射による光分解性リンカー部分(d)の切断を許容するという観点からは、アミド結合又はエステル結合が好ましい。
【化3】
【0019】
図2に、本発明の光分解性細胞固定化剤により表面修飾した基材の模式図、及び細胞の固定化・回収の概念図を示す。光分解性細胞固定化剤は、親水性鎖(b)の末端で基材表面に直接或いは後述の被覆層を介して結合することで、基材表面を修飾している。光分解性細胞固定化剤は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。一方、疏水性鎖(a)は、疎水性相互作用等の相互作用によって標的細胞と結合・捕捉することができる。これにより、基材表面の特定領域に標的細胞を固定化することができる。その後、基材表面における所望の領域に光照射を行うことにより、光分解性リンカー部分(d)で分解することで、標的細胞を基材表面から分離し、回収することができる。
【0020】
ここで、「細胞」には、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、原核細胞、真菌細胞などを含むことができ、一般に培養器具等の担体表面に接着・伸展せず、懸濁または沈殿状態で増殖する「浮遊細胞」と呼ばれるもの(例えば血球細胞)や、担体表面に接着・伸展する「接着細胞」をEDTA-トリプシン、ディスパーゼ等の適当な分散剤で担体から分散させ、一時的に浮遊させたもの(例えばEDTA液で担体から剥離した線維芽細胞)、および担体に接着した状態の細胞を含む。また、リポソーム、エキソソーム、細菌、ウィルス、オルガネラ、細胞壁を除去した植物細胞(プロトプラスト)等の表面にリン脂質二重膜を有する生命体も含まれる。また、本発明の光分解性細胞固定化剤によれば、これら以外にも、脂質コート粒子など脂質を有する物質を固定化することもできる。
【0021】
疎水性鎖(a)は、標的細胞と相互作用により結合し、当該標的細胞を捕捉するための部位である。かかる相互作用としては、疎水性相互作用等の非共有結合的な相互作用を用いることができる。具体的には、疎水性鎖(a)は、脂質二分子膜である細胞膜等における脂質部分との疎水性相互作用によって標的細胞と結合することができる。
【0022】
疎水性鎖(a)は、疎水性相互作用により標的細胞に結合できるものである限り特に限定されないが、置換基を有していてもよい飽和又は不飽和の炭化水素鎖であることができる。かかる炭化水素鎖の例示としては、例えば、C7-30アルキル基(好ましくはC7-22アルキル基)、C6-14アリール基、C6-14アリールC7-30アルキル基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)、及びC7-30アルキルC6-14アリール基(好ましくはC6-14アリールC7-22アルキル基)などが挙げられる。好ましくは、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-30アルキル基、隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC7-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC11-22アルキル基、又は隣接する炭素原子が1~3個の不飽和結合によって連結されていてもよいC16-18アルキル基であることができる。より好ましくは、疎水性鎖(a)は、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル(ステアリル)基、シス-9-ヘキサデセニル(パルミトレイル)基、シス-8-ヘプタデセニル基、トランス-8-ヘプタデセニル基、トランス-9-オクタデセニル(エライジル)基、シス-9-オクタデセニル(オレイル)基、シス,シス-9,12-オクタデカジエニル(リノレニル)基、(9E,12E,15E)-オクタデカ-9,12,15-トリエニル(エライドリノレニル)基であることができる。特に、細胞膜を構成するリン脂質の一部であるオレイル基が好ましい。さらに、これらの疎水性鎖は、任意の置換基で置換されていてもよく、またN、S、O等のヘテロ原子を含んでもよい。
【0023】
親水性鎖(b)は、好ましくは、親水性ポリマーにより構成される。かかる親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリペプチド、ポリアクリルアミド、およびデキストラン等の多糖類、あるいはグリコール酸誘導体や乳酸誘導体、p-ジオキサン誘導体の重合体や共重合体等を用いることができる。ポリアルキレングリコールとしては、好ましくは炭素数2~4のオキシアルキレン単位の重合体であり、その平均重合数が2~500(好ましくは、45~500)の範囲であるものを用いることができる。当該親水性ポリマーは、生体適合性のポリマーであることが好ましく、ポリエチレングリコール(PEG)であることがより好ましい。親水性鎖(b)は、さらに任意の置換基を有していてもよい。
【0024】
親水性鎖(b)は、上述のように、共有結合等により基材表面に連結するための官能基をその末端に有することが好ましい。そのような末端の官能基としては、例えば、以下に示すものを用いることができる(式中、矢印は親水性鎖(b)への結合点を表している)。
【化4】
【0025】
好ましくは、末端の官能基は、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等の活性エステル基、カルボキシル基、シラノール基、ジスルフィド基、又はチオール基を用いることができる。後述のように、基材表面にコラーゲン等の被覆層を用いる場合には、これら被覆層と結合し得る官能基を用いることができ、例えば、コラーゲン被覆層の場合には、コラーゲン中のアミノ基と共有結合し得る活性エステル基が好ましく、特にNHS基を有することが好ましい。
【0026】
親水性リンカー(c)は、上述のように、疎水性鎖(a)と光分解性リンカー(d)との間に配置される。所定の長さを有する親水性リンカー(c)を挿入することにより、従来の手法と比べて、標的細胞をより強固に固定化し得ることが本発明の特徴である。親水性リンカー(c)は、好ましくは、親水性ポリマーにより構成される。親水性鎖(b)と同様に、かかる親水性ポリマーとしては、上記ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリペプチド、ポリアクリルアミド、およびデキストラン等の多糖類、あるいはグリコール酸誘導体や乳酸誘導体、p-ジオキサン誘導体の重合体や共重合体等を用いることができる。ポリアルキレングリコールとしては、好ましくは炭素数2~4のオキシアルキレン単位の重合体であり、その平均重合数が2~100(好ましくは4~40)の範囲であるものを用いることができる。当該親水性ポリマーは、生体適合性のポリマーであることが好ましく、ポリエチレングリコール(PEG)であることがより好ましい。
【0027】
より具体的には、親水性リンカー(c)は、エチレングリコール由来の繰り返し単位を有する、以下の部分構造を有することが好ましい。
【化5】
【0028】
ここで、mは、2より大きい自然数であり、好ましくは、3~100の自然数である。より好ましくは、mは、4~40の自然数である。
【0029】
また、また、親水性鎖(b)と親水性リンカー(c)がいずれも、同一の親水性ポリマーで構成されることが好ましい。例えば、親水性鎖(b)と親水性リンカー(c)がいずれも、ポリエチレングリコールを含むものであることが好ましい。
【0030】
光分解性リンカー(d)は、可視光や紫外線等の光照射によって分解し得る官能基を含む。これにより、疎水性鎖(a)において標的細胞を捕捉した後に、光照射を行うことで、標的細胞を基材表面から分離して回収することができる。また、後述のように、光分解性細胞固定化剤により基材表面全体を修飾した後に、特定の領域に光照射を行うことで疎水性鎖(a)を予め脱離させて、所望の領域のみが細胞結合性を有するようにパターニングすることも可能となる。
【0031】
光分解性リンカー(d)における光照射によって分解し得る官能基としては、光反応によって親水性リンカー(c)と親水性鎖(b)を切断できるものであれば特に限定されないが、例えば、2-ニトロベンジル骨格、クマリン-4-イルメチル骨格、フェニルカルボニルメチル骨格又は7-ニトロインドリノカルボニル骨格を有する二価の基を用いることができる。好ましくは、2-ニトロベンジル骨格を有する二価のである。
【0032】
本発明の光分解性細胞固定化剤の具体例としては、以下の構造を有する化合物を挙げることができる。
【化6】
【0033】
当該化合物は、疎水性鎖(a)としてオレイル基;親水性鎖(b)及び親水性リンカー(c)としてポリエチレングリコール鎖;光分解性リンカー(d)に2-ニトロベンジル基を有し;及び、基材との結合のために親水性鎖(b)の末端にN-ヒドロキシスクシンイミドを有している。式中、mは、2より大きい自然数であり、nは、50以上の自然数である。上述のように、mは、好ましくは、好ましくは、3~100の自然数であり、より好ましくは、mは、4~8の自然数である。
【0034】
2.細胞固定化用基材及び製造方法
本発明は、また、上記光分解性細胞固定化剤によって修飾された表面を有する細胞固定化用基材にも関する。当該細胞固定化用基材の表面構造は、上述のとおり、光分解性細胞固定化剤が親水性鎖(b)の末端で基材表面に直接或いは後述の被覆層を介して結合したものである。光分解性細胞固定化剤は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。
【0035】
光分解性細胞固定化剤によって修飾される基材の材質や形状等は特に限定されず、その用途等に応じて適当な基材を種々選択することができる。例えば、修飾対象の基材の形状は、基板状(プレート状又はフィルム状のもの、例えばスライドガラス、ディッシュ、マイクロプレート、マイクロアレイ用基板等)であっても、担体(例えばビーズなどの粒子状やコロイド状のもの)、繊維状構造物、管、容器(例えば試験管及びバイアル)であってもよい。修飾対象基材の材質としては、ガラス;セメント;陶磁器等のセラミックスもしくはファインセラミックス;ポリエチレンテレフタレート、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリスチレン及びポリメチルメタクリレートなどのポリマー樹脂;ポリペプチド及びタンパク質などの生体材料;シリコン;活性炭;多孔質ガラス;多孔質セラミックス;多孔質シリコン;多孔質活性炭;不織布;濾紙;メンブレンフィルター;金などの導電性材料、などが挙げられる。修飾対象基材の表面は、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基などを導入するため、ポリ陽イオンなどのポリマーによる被覆処理、あるいは基材表面への導入置換基を有するシランカップリング剤による処理が施されていてもよいし、あるいはプラズマ処理により反応性官能基が導入されていてもよい。
【0036】
光分解性細胞固定化剤は、基材表面と直接結合することで修飾されてもよいし、或いは、基材表面に被覆層を設け、当該被覆層の表面に光分解性細胞固定化剤を結合させて表面修飾を行うこともできる。かかる被覆層としては、例えば、コラーゲンやウシ血清アルブミン(BSA)、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)、卵白アルブミンを用いることができる。
【0037】
また、本発明の細胞固定化用基材は、特定の表面領域のみに光分解性細胞固定化剤を有する、パターン化された表面修飾を有することができる。これにより、標的細胞を基材表面の特定の領域に固定化することができる。例えば、1細胞を固定化するためにスポット型の修飾領域を複数有するものとすることができる。一細胞を固定化するためにスポットの直径は、標的細胞の大きさにも依存するが、おおよそ2~30μm、或いは5~15μmであることができる。
【0038】
かかるパターン化された表面修飾を有する細胞固定化用基材は、
図3に示すように、以下の工程により調製することができる。
(A)光分解性細胞固定化剤で基材表面全体を修飾する工程、及び
(B)光分解性細胞固定化剤による表面修飾が特定の領域のみ維持されるように表面をパターン化する工程であって、基材表面における前記特定の領域以外の領域に光を照射して、光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断する、該工程。
【0039】
3.細胞の固定化及び回収方法
さらに、本発明は、光分解性細胞固定化剤により表面修飾した細胞固定化用基材を用いて、標的細胞を固定化し、選択的に回収する細胞選別技術にも関する。本発明の細胞の回収方法は、以下の工程を含む、
(1)細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材に前記標的細胞を固定化する工程、
(2)前記細胞固定化用基材に光を照射し、前記細胞固定化用基材の表面の光分解性細胞固定化剤における光分解性リンカー部分を切断することで、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程。
【0040】
当該方法を行う場として、細胞固定化用基材をマイクロ流路内に設置することができる。工程(2)では、基材表面に流束を付与し、光分解性リンカー部分が切断された後の標的細胞を回収することができる。
【0041】
上述のように、基材表面をパターン化し、1細胞を固定化するためにスポット型の修飾領域を複数有するものとすることにより、一細胞を固定化・回収することが可能となる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0043】
1.光分解性細胞固定化剤の合成
以下のスキームにより、本発明の光分解性細胞固定化剤であるPEG脂質(PEG4)P-BAMの合成を行った。(PEG4)P-BAMは、親水性リンカー部がm=4である。親水性リンカー部の長さが異なるm=2、8、40についても同様の手法により合成を行った。
【0044】
【0045】
1-1. 化合物2の合成
【化8】
100mlナス型フラスコに化合物1 (2.9950 g, 18.0 mmol)、K
2CO
3 (4.0808 g)、DMF (20 ml)、4-ブロモ酪酸メチル (2.6 ml, 20.6 mmol, 1.14 eq)を順に加え撹拌。o/nで撹拌後TLC
(CHCl
3:CH
3OH=10:1, Rf: compound 1 = 0.70, target=0.75)で原料(化合物1)の消失を確認。純水をK
2CO
3やKBrが溶けるまで加え、TLCで確認しながら酢酸エチルとBrineで分液を三回行い、水層から生成物を回収した。有機層を三角フラスコに回収して硫酸マグネシウムで乾燥後、吸引ろ過で硫酸マグネシウムを除去し、溶媒を減圧除去して薄い褐色のオイルを得た。未反応の4-ブロモ酪酸エチルを除くため、シリカカラム精製 (酢酸エチル:ヘキサン=4:6)を行った。目的の生成物を21-44本目に回収し(49本中)、減圧留去後、o/nで真空乾燥し化合物2を得た。同定は
1H-NMR (CDCl
3)で行った(Fig. 5-7)。収量は4.2434 g、収率は88 %であった
【0046】
1-2. 化合物3の合成
【化9】
実験は全てドラフト内で行った。on iceで200 mlナスフラスコに69 %硝酸(60 ml)をいれ、そこに撹拌しながら無水酢酸(12 ml)をパスツールピペットで少しずつ滴下した。さらに無水酢酸(12 ml)に溶かした化合物2 (3.0021 g, 11.2 mmol)をパスツールピペットで少しずつ滴下したところ、溶液が黄色透明になった。2 h 30 min撹拌した後、on ice (with
NaCl)で冷やしておいた三角フラスコ中の純水(300 ml)にパスツールピペットで反応液を少しずつ滴下し、薄黄色沈殿を得た。(間違って-30 °C で一晩静置した後)、4℃で5 h静置し、沈殿を吸引濾過で回収して純粋で洗浄後、デシケーターで一晩真空乾燥させ、薄黄色の化合物3を得た、収量は1.8726 g。収率は53.4 %であった。同定は
1H-NMR(CDCl
3)でおこなった(Fig. 5-8)。
【0047】
1-3. 化合物4の合成
【化10】
実験は全てドラフト内で行った。100 ml枝付きナスフラスコ内に化合物3 (1.4953 g, 4.8
nmol)を入れ、dry up、N
2置換後にdry THF (25 ml)とdry MeOH (14 ml)を加えon iceで撹拌したところ黄色に懸濁した溶液になった。NaBH
4 (0.3323 g, 8.8 mmol, 1.83eq)を粉末として加え、気体が発生している間はon iceで撹拌し、気体が収まった後はr.t.でo/nで反応させた(頂いた資料では15 h反応)。TLC (CHCl
3:CH
3OH=20:1, Rf:原料=0.55, 反応中間体=0.38)で原料消失を確認後、4 M NaOH (3 ml)と純水(10 ml)を加えて次の加水分解の反応に移った。3 h 30 min反応後、TLC (Rf:target=0.14)で反応中間体消失mを確認し、溶媒を減圧除去。黄褐色透明溶液になったが、その後を引き続けたところ褐色固体になった。ここに10 M HCl (2 ml)と純水を加えたところ溶液がコロイド化してしまった。約200 mlの酢エチを加えて溶解させた後、酢エチで抽出。TLCで水層に生成物が無いことを確認後、MgSO
4を加えて乾燥し、吸引濾過でMgSO
4を除去した後、溶媒を減圧除去した。真空乾燥を経てオレンジ色の固体を得た。その後、生成物を酢エチに溶かして減圧除去で飽和させ、ヘキサンを滴下時の靄が消えなくなるまで滴下し、-20℃で静置、析出した沈殿を吸引濾過で回収することを3回繰り返し、再結晶をおこなった。この際1,2回目は黄白色のペースト状の固体、3回目はオレンジ色の粉末が得られた。得られた固体を真空乾燥し、化合物4を得た。同定は
1H-NMR (DMSO-d6)で行い(Fig. 5-9)、収量は1.0992 g (1,2回目0.95 g、3回目0.1492 g)、収率は76.4 %であった。
【0048】
1-4. 化合物10の合成
【化11】
50 mlふた口フラスコにEDC 442.6 mg (2.30 mmol)とHOBt 154.9 mg (1.14 mmol)を加えて真空引き、窒素置換後20 mlのdry DCMを加えて撹拌し完全に溶解させた。ここに387.6 mg
(1.06 mmol)の化合物9をテルモシリンジで加えた後、450 μl (1.36 mmol)のOleylamineをテルモシリンジで加えた。学会を挟んで約6日撹拌後TLC (DCM/MeOH=7/1, Rf: 化合物9=0.5, oleylamine=0.16, product=0.58)で原料の消失を確認し、シリカカラム(DCM/MeOH=9/1)にかけ、目的物画分を濃縮し淡黄色のオイルを得た。収量は572.6 mg、収率は84.5 %だった。
1H-NMR (DMSO-d6)とESI-MSにより目的物の生成を確認した(Fig. 5-10)。HOBtが0.17当量混入したものが得られた。
【0049】
【0050】
1工程目
(m=4の場合)
20 mlの二口ナスフラスコに化合物10を100.7 mg (163 μmol)をいれ、3 ml酢酸エチルを入れて撹拌し、そこに1.5 ml 12 M HClを滴下した。o/nで反応後、TLC (DCM/MeOH=7/1, Rf: 10=0.67, 11=0.23, ヨウ素呈色)で反応の終了を確認、エバポレーターで溶媒を除去し、真空乾燥後した。
【0051】
(m=8の場合) *m=2の場合も同様
50 mlのナスフラスコに化合物10 を39.6 mg (43.8 μmol)加え、5 mlのMeOHに溶解した。そこに0.5 mlの2 M NaOH aqを加え、室温で1時間撹拌した。TLC (DCM/MeOH = 10/1, Rf: 10=0.49, 11=0.1)で反応の終了を確認した。MeOHを留去した後、酢酸エチルで3回抽出を行い、硫酸ナトリウムで乾燥後、エバポレーターで濃縮・真空乾燥を行った。
【0052】
2工程目
(m=4の場合) *m=2,8の場合も同様
クルードの化合物11が含まれる二口ナスフラスコに対し、65.4 mg (218 μmol)の化合物4、63.6 mg (331 μmol)のEDCと200 μl dry TEAを加えて真空引き、窒素置換後dry DCMを加えて撹拌したところ黄色透明の溶液になった。o/nで反応後、TLCで反応の終了を確認し、シリカカラム(DCM/MeOH=7/1)にかけ、目的物画分をESIで確認後、濃縮・真空乾燥して茶色のオイルを得た。収量は138 mg、収率は副生成物を加味して76.4 %である。
【0053】
1-6. 化合物13の合成
【化13】
50 ml二口ナスフラスコに化合物12を46.6 mg (60.8 μmol)とクロロギ酸ニトロフェニルを10.9 mg (54.2 μmol)加えて一晩真空乾燥後、窒素置換し10 mlのdry DCMと、200 μlのdry TEAを加えて反応を開始させた。約二日撹拌してもTLC (DCM/MeOH=8/1, Rf: s.m.=0.53, target=0.60)で反応が進行している様子が確認できず、ESI、
1H-NMR (DMSO-d6)でも反応の進行が確認できなかったため、溶媒を除去し、70 mg (348 μmol)のクロロギ酸ニトロフェニルを加えて真空乾燥、窒素置換後、dry DCMを10 mlとdry TEAを100 μl加えて反応を開始させた。2時間後、TLCで反応の終了を確認し、溶媒を除去、真空乾燥後、シリカカラム(DCM/MeOH=10/1)にかけたところ、目的物とクロロギ酸ニトロフェニルが分離できなかったため、シリカカラム(DCM/MeOH=20/1)にかけなおし、目的物画分をESIで確認、濃縮した。収量は85.2 mg、収率は85 %であった。クロロギ酸ニトロフェニルの加水分解体が3.29等量含まれているものが得られた。同定は
1H-NMR (DMSO-d6)およびESI-MSにより行った(Fig. 5-12)。
【0054】
1-7. 化合物14の合成
【化14】
50 ml二口ナスフラスコに保存していた65.3 mg (40.13 μmol)の化合物13に対し、101.4 mg (29.8 μmol)のPA-034HCを加え、dry up、窒素置換後、10 mlのdry DCMと200 μlのdry TEAを加えて反応を開始させた。約二日撹拌後、TLC(DCM/MeOH=6/1, Rf: 13=0.48, PA-034HC=0.33, target=0.44?) で反応の終了を確認し、エーテル沈殿で目的物を回収、混入していたジクロロメタンに不要な固形物を濾過で除いて目的物を得た。この時点での収量は125.1 mg、収率は99 %であった。
1H-NMR (DMSO)を取ったところクロロギ酸ニトロフェニルの加水分解体が混入していたため、試しにエタノール沈殿にかけてみた後に
1H-NMR (DMSO)を取ったところ、純度良く目的物が得られた。最終的な収量は89 mg、収率は70.6 %であった。PA-034HCの未反応物のピークはNMRで観察されなかった。同定は
1H-NMR (DMSO-d6)により行った(Fig. 5-13)。
【0055】
1-8. 化合物15((PEG
4)P-BAM)の合成
【化15】
50 mlの二口ナスフラスコに55.5 mg (13.1 μmol)の化合物14と146.6 mg (711 μmol)のDCC、16.4 mg (142 μmol) のNHSを加え、真空乾燥、窒素置換後、10 mlのdry DCMと100 μlのdry TEAを加えて反応を開始させた。約二日撹拌後、反応液を濾過、濃縮後、エーテル沈殿で目的物を回収し、
1H-NMR (DMSO)で同定を行った(Fig. 5-14)。DCCのウレアが0.38 eq含まれたものが得られ、収量は53.5 mg、収率は92 %だった。実際の分子量は4404として今後も扱った。(目的物のMw=4319)
【0056】
2. 基板調整
以下の手順で光分解性細胞固定化剤によるガラス基板の表面修飾を行った。
【0057】
2-1. 基盤の初期洗浄
スライドガラスをドーゼに入れ、アルカリスキャットを含む水中で10分間超音波洗浄機にかけた。アルカリスキャットを含む水をアセトンに換えて同じ操作を行い、その後イソプロパノール→アセトン→イソプロパノールの順で同じ洗浄を行ったのち、風乾した。
【0058】
2-2. 基盤のコラーゲンコーティング
4-well dishの各wellの両端にスペーサーを置き、スライドガラスがウェルの底面に触れないようにした。コラーゲン(3 mg/ml, pH 3)をHClでpH 3に合わせたMQで10倍希釈して0.3 mg/mlとし、4-well dishの各wellに4 mlずつ注いだ。初期洗浄を済ませたスライドガラスを各wellに1枚ずつ浸し、遮光して室温で一晩静置した。翌日ドーゼを使用してMQで三回すすいだ後、風乾した。使用済みのスペーサーはエタノール中に保管し、再利用する。35 mmガラスボトムディッシュをコーティングする際は、溶液量は200 μlで行い、洗浄はアスピレーターまたはピペットマンを使用して行った。
【0059】
2-3. 基板の光分解性細胞固定化剤(PEG脂質)修飾(スポット法)
修飾に用いるPEG脂質はdry DMSOで10 mMになるように溶解して調製し、5 μlずつ分注してAr置換後、-20 °Cで保存した。このストック溶液を使用直前に495 μlのPBS-で希釈して100 μMとし、流路中心に1 cm間隔で0.3 μlずつ計三点スポットする4-well dishにいれて、インキュベーター(37 °C, CO2 5 %)内で1時間インキュベートし、その後、MQで6回washし、風乾した。
【0060】
3.細胞調整
3-1.細胞の解凍・培養・凍結
解凍
血清入り培地を37 °C恒温槽で温めておき、冷凍していた細胞を恒温槽で氷が少し残るくらいまで溶かした。溶けきったらすぐに全量を15 mlチューブに移し、9 mlの培地で希釈した。遠心(190 G, 3 min, 以下同)して上清を除き、10 mlの培地に再懸濁して100 mmディッシュにまいた。
培養
基本的にインキュベーター中で培養(37 °C, 5 % CO2)。培地組成は以下の通り。
eGFP発現Ba/F3: RPMI (10 % FBS), 1 ng/ml IL3
継代
Ba/F3は、基本新しい培地で希釈するだけである。
凍結
細胞を15 mlチューブに回収し、一度きれいな培地で洗った後、Cell Bankerに懸濁させて0.5 or 1 mlずつ分注し、-80 °Cで保管する。長期保管サンプルは液体窒素中で保管した。
【0061】
3-2. 細胞固定に向けた細胞の前処理
Ba/F3を遠心(100 G, 3 min, 以下同)で回収後、10 ml PBS-で二度洗浄し、3×106 cell/mlになるようにPBS-に再懸濁した。
【0062】
4.光パターニング
光照射は朝日分光のMAX-302を使用し、フィルターはLX0360 (360 nm ± 2 nm)を使用した。光照射は光量測定器で測定した光量をもとに、MAX-302のタイマー機能を使用して自動照射した。フォトマスクを介して照射を行う際は、下からの投光に対し、フォトマスクのマスクの面を上に向け、その上にダイレクトに基盤をPEG脂質が修飾されている面を下に向けておくことでコンタクト露光を行った。
【0063】
5.細胞固定力評価
次いで、光分解性細胞固定化剤(PEG脂質)で修飾した基板を用いて細胞固定化能を評価した。
【0064】
5-1. 流路系の作成
チューブを初めとした流路のパーツを組み合わせ、マイクロ流路を作成した。流路をつなぐときは圧力がかからないよう、また気泡が混入しないよう注意を払って行った。Ibidiのカバー型の流路は初回使用時、4-well dish中で1 %のBSAに10分間浸してコーティングを行い、使用後はアルカリスキャットを加えた水でドーゼを使用して超音波洗浄を行った。
【0065】
5-2. PEG脂質の細胞固定力評価
マイクロ流路内に種々のPEG脂質を修飾し、細胞がお互いに接触しない密度で流路の底面に固定化する。流路内に緩衝液を種々の流速で流し、その前後で残存する細胞の割合をカウントした。PEG脂質として、上記1で合成した本発明に係る光分解性細胞固定化剤を用いた。それぞれ親水性リンカーの長さが、m=2、4、8、40である、(PEG
2)P-BAM、(PEG4)P-BAM、(PEG8)P-BAM、(PEG40)P-BAMの4種を用いた。
【0066】
また、比較例として、親水性リンカーを有しない光分解性PEG脂質についても同様の実験を行った。当該比較例のPEG脂質は、以下の構造を有し、疎水性鎖と親水性鎖の間に光分解性リンカーを有しているが、疎水性鎖と光分解性リンカーが直接連結しており親水性リンカーを有していない。
【化16】
【0067】
結果を
図4に示す。その結果、従来のPEGリンカーの無い光分解性PEG脂質では、せん断応力に耐えられずに80%以上の細胞が脱離したが、m=4~40の親水性リンカーを有する光分解性PEG脂質では、80%以上の細胞が残存した。このように、親水性リンカーを疎水性鎖と光分解性リンカーとの間に組み込むことで、細胞固定化力を大幅に向上できることが示された。
【0068】
5-3. 光照射による細胞脱離
次に、m=8の親水性リンカーを有する光分解性PEG脂質((PEG8)P-BAM)を修飾した表面に細胞を孤立するように固定化し、種々の強度の光(365 nm)を照射した後に流速3 ml/minで細胞固定化表面をリンスしたところ、光照射量に応じて細胞残存率が低下し、3 J/cm
2程度の光でほぼすべての細胞が取り外された。結果を
図5に示す。このように、親水性リンカーを組み込んで細胞固定化力を強化した本発明の光分解性細胞固定化剤を用いることで、一細胞ずつ固定化された細胞を光照射によって選択的に回収できることが示された。
【0069】
5-4. 細胞アレイの作成と回収
上記4に従い、3 J/cm2以上の紫外光(365nm)のパターンをマイクロ流路の底面に照射して、細胞が固定化されない表面(光照射によって光分解性細胞固定化剤の疎水性鎖部分が切り放された領域)と固定化される表面(非照射領域)とをパターン化した。細胞懸濁液をマイクロ流路内に導入して、非照射領域の光分解性細胞固定化剤の疎水性鎖と細胞との相互作用を介して細胞を固定化し、2~5 ml/min程度になるように流速を調節してリンスすることにより、光照射領域に非特異に吸着した細胞を洗い流す。これにより、マイクロ流路内に細胞アレイが作製された。
【0070】
図6に得られた1細胞マイクロアレイのイメージ画像を示す。
図6(a)は、被覆層としてコラーゲンコーティングを行った細胞固定化用基材上に形成されたEGFP発現BaF3細胞アレイの蛍光画像である。
図6(a)は、被覆層としてBSAコーティングを行った細胞固定化用基材上に形成されたEGFP発現BaF3細胞アレイの明視野像である。
【0071】
次いで、得られた細胞アレイについて、1細胞単位での選択的脱離を行った。0.5 ml/min程度になるように流速を調節し、対象細胞にのみ可視光(405nm)を照射して細胞を脱着させた。選択的脱離前後の蛍光画像を
図7に示す。
図7に示すように、左図の枠内にのみ光照射を行ったところ、当該枠内に存在する細胞のみが選択的に脱離したことを確認した。
【0072】
光照射前後の蛍光画像の解析により算出した、光照射スポット及び非照射スポットにおける細胞脱離率を
図8に示す。この結果は、本発明の細胞固定化用基材を用いることで、光照射により選択的に細胞を脱離可能であることを示すものである。
【0073】
5-5. 細胞アレイ上での樹状細胞への分化
上記5-4と同様に細胞固定化用基材(コラーゲンコーティング)上に1細胞アレイを形成し、マウスから採取した単球を6日間培養した。抗CD11抗体PEコンジュゲートで免疫染色した後の画像(蛍光と明視野の重ね合わせ像)を
図9に示す。樹状細胞の形成が確認され、細胞アレイ表面上での初期培養・分化が可能であることを確認した。分化効率は45%であった。