(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-11
(45)【発行日】2023-01-19
(54)【発明の名称】イソシアネート基のブロック剤、及び該ブロック剤で保護されたイソシアネート
(51)【国際特許分類】
C08G 18/80 20060101AFI20230112BHJP
【FI】
C08G18/80 090
(21)【出願番号】P 2019215286
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2021-12-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100118599
【氏名又は名称】村上 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100160738
【氏名又は名称】加藤 由加里
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【氏名又は名称】河村 英文
(72)【発明者】
【氏名】麻生 史拓
(72)【発明者】
【氏名】増田 幸平
【審査官】西山 義之
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-132918(JP,A)
【文献】特開2016-216557(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108467504(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 18/00-18/87
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケイ素原子に結合する有機基を有し、該有機基と前記ケイ素原子とでβ-シリルカチオンを形成できることを特徴とする、
下記一般式(1)で表される有機ケイ素アルコールである、イソシアネート基をブロックできるブロック剤
。
【化1】
(式中、R
1
は、炭素原子数3~5のアルキレン基であり、置換基を有してもよく(ただし、該置換基の炭素原子数は前記炭素原子数3~5に含まない)、R
2
は、炭素原子数1~10のアルキル基であり、Zは、隣接するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成できる有機基であり、及び、nは1~3の整数である)
【請求項2】
前記有機基(Z)が、アリル基、2-メチルアリル基、2-メトキシアリル基、クロチル基、フェニル基、4-メチルフェニル基、4-メトキシフェニル基、及びベンジル基からなる群から選ばれる、請求項
1記載のブロック剤。
【請求項3】
R
1がトリメチレン基である、請求項1又は
2記載のブロック剤。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1項記載のブロック剤でイソシアネート基がブロックされた構造を有するブロックイソシアネート。
【請求項5】
下記一般式(2)で表される、請求項
4記載のブロックイソシアネート
【化2】
(式中、
R
1
は、炭素原子数3~5のアルキレン基であり、置換基を有してもよく(ただし、該置換基の炭素原子数は前記炭素原子数3~5に含まない)、R
2
は、炭素原子数1~10のアルキル基であり、Zは、隣接するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成できる有機基であり、nは1~3の整数であり、R’はk個のイソシアネート基を有する有機化合物の残基であり、kは1~6の整数である)。
【請求項6】
上記式(2)において、R’は、モノイソシアネート化合物、ジイソシアネート化合物、又はトリイソシアネート化合物の残基である、請求項
5記載のブロックイソシアネート。
【請求項7】
上記式(2)において、Zが、アリル基、2-メチルアリル基、2-メトキシアリル基、クロチル基、フェニル基、4-メチルフェニル基、4-メトキシフェニル基、及び、ベンジル基からなる群から選ばれる、請求項
5又は
6記載のブロックイソシアネート。
【請求項8】
R
1がトリメチレン基である、請求項
5~
7のいずれか1項記載のブロックイソシアネート。
【請求項9】
請求項
4~
8のいずれか1項記載のブロックイソシアネートを含有する熱硬化性組成物。
【請求項10】
請求項
9記載の熱硬化性組成物を硬化してなる硬化物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イソシアネート基のブロック剤、及び該ブロック剤で保護されたイソシアネートに関する。さらに詳しくは、ケイ素置換アルコールからなるイソシアネート基ブロック剤およびそれを用いるブロックイソシアネートに関する。
【背景技術】
【0002】
イソシアネートはポリウレタンの原料として幅広く使用されているが、そのままでは耐水性や毒性に問題があるため、いわゆるブロックイソシアネートと呼ばれる形で使用されている。ブロックイソシアネートの使用によって、塗料の1液化や安定性などが実現されるため、産業上非常に重要な化合物である。
【0003】
ブロックイソシアネートのブロック剤として用いられる化合物は活性プロトンを有する化合物であり、オキシム、アミド、アルコール、マロン酸エステル、ピラゾール、等が知られている。しかしながら、従来用いられているブロックイソシアネートには問題点があった。例えば、メチルエチルケトオキシム等のオキシムはブロック時の経時安定性と適度な脱ブロック温度から幅広く使用されているが、オキシムは本質的に加水分解しやすい化合物であり、水系塗料などへの応用には不適であった。ε-カプロラクタムのようなアミドやジメチルピラゾールのようなピラゾール、及びマロン酸ジエチルのようなマロン酸エステルは、脱ブロックした後にブロック剤が残存することが問題であった。エタノールやブタノールのような脂肪族アルコールによるブロックイソシアネートは耐水性に優れ、脱ブロック後のブロック剤の残存もほとんどないが、脱ブロックには200℃近い高温を要するため、用途が限定されていた(非特許文献1)。
【0004】
ブロック剤の分子内環化によって脱ブロック反応を促進する試みが報告されている(非特許文献2)。非特許文献2では液体クロマトグラフィーを用いた反応速度論によって反応性が調査されているものの、脱ブロック温度の大幅な低下といった明確な効果の発現は記されておらず、反応速度定数がわずかに向上したに過ぎない旨、記されている。非特許文献2では、この原因は、脱ブロック後の分子内環化よりも、ブロック・脱ブロック平衡の方が律速段階であるためと考察されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Polymer Chemistry, 2016, 7, pp. 7351-7364.
【文献】Journal of Coatings Technology,1992, 64(805), pp. 29-36.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らが考察したところ、非特許文献2で脱ブロック温度の大幅な低下がみられなかった一因として、分子内環化の結果、エタノールが生成したためと考えられた。エタノールは脱ブロック後に発生するイソシアネートに再結合し、その脱ブロック温度はオキシムよりも高温である。この反応が競合しうるため、非特許文献2で示されている脱ブロック反応の促進方法は本質的な解決にならなかったと考えられる。
【0007】
本発明は、比較的低温で、他の重合性化合物と硬化することができ、耐水性に優れるイソシアネート化合物を提供することができる、イソシアネート基をブロックできるブロック剤を提供すること、及び、該ブロック剤でイソシアネート基がブロックされた構造を有するブロックイソシアネートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討したところ、β-シリルカチオンを形成可能な有機基をケイ素原子上に有するケイ素置換アルコールでイソシアネート基をブロックすることにより、得られるブロックイソシアネートは、従来の脂肪族アルコールによってブロックされたブロックイソシアネートと同等の耐水性能を有すること、及び、該ケイ素置換アルコールは脂肪族アルコールに比べて50℃程度低い温度条件においてイソシアネートから解離できるため、比較的低温で硬化することが可能であることを見出し、本発明を成すに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、ケイ素原子に結合する有機基を有し、該有機基と前記ケイ素原子とでβ-シリルカチオンを形成できることを特徴とする有機ケイ素アルコールである、イソシアネート基をブロックできるブロック剤を提供する。好ましい態様としては、下記一般式(1)で表される有機ケイ素アルコールであるブロック剤を提供する。
【化1】
(式中、R
1は、炭素原子数3~5のアルキレン基であり、置換基を有してもよく(ただし、該置換基の炭素原子数は前記炭素原子数3~5に含まない)、R
2は、炭素原子数1~10のアルキル基であり、Zは、隣接するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成できる有機基であり、及び、nは1~3の整数である)。
さらには上記ブロック剤でイソシアネート基がブロックされた構造を有するブロックイソシアネート及び、該ブロックイソシアネートを含有する熱硬化性組成物を提供する。
【0010】
本発明において「ブロック剤」とは、イソシアネート基をマスキングして安定化させることのできる化合物を意味する。
「ブロックイソシアネート」とは、イソシアネート化合物に存在するイソシアネート基がブロック剤、好ましくは上記式(1)化合物(以下、ブロック剤と称す)でブロックされた構造を有する化合物を意味する。
「脱ブロック」とは、ブロックされているイソシアネート基からブロック剤を解離し、イソシアネート基を再生させることを意味する。
【発明の効果】
【0011】
本発明のブロック剤でイソシアネートがブロックされた構造を有するブロックイソシアネートは、脂肪族アルコールでブロックされた構造を有するブロックイソシアネートと同等の耐水性を有し、更には比較的低温で脱ブロック化して、他の反応性化合物と反応することができるため、水系塗料などへの応用可能性を有する。
【0012】
さらには、本発明のブロック剤は、イソシアネート基から解離された後に、揮発性の非プロトン性化合物に分解可能である。この原理は後述する通りであるが、揮発性の非プロトン性化合物に分解されることにより、得られる生成物中にブロック剤が残存しない。その為、得られるブロックイソシアネートは、残存ブロック剤により生じる問題を回避でき、ポリウレタンの原料等として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】合成例1で得られた3-アリルジメチルシリルプロパノールの
1H-NMRスペクトルを示す図である。
【
図2】合成例1で得られた3-アリルジメチルシリルプロパノールの
13C-NMRスペクトルを示す図である。
【
図3】合成例2で得られた3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールの
1H-NMRスペクトルを示す図である。
【
図4】合成例2で得られた3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールの
13C-NMRスペクトルを示す図である。
【
図5】実施例1で得られたブロックイソシアネート1の
1H-NMRスペクトルを示す図である。
【
図6】実施例1で得られたブロックイソシアネート1の
13C-NMRスペクトルを示す図である。
【
図7】実施例2で得られたブロックイソシアネート2の
1H-NMRスペクトルを示す図である。
【
図8】実施例2で得られたブロックイソシアネート2の
13C-NMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明はイソシアネート基をブロックできるブロック剤に関し、該ブロック剤が、β-シリルカチオンを形成可能な有機基をケイ素原子上に有することを特徴とする有機ケイ素アルコールであることを特徴とする。
【0016】
本発明のブロック剤は、好ましくは、下記一般式(1)で表される有機ケイ素アルコールである。
【化2】
式中、R
1は、炭素原子数3~5のアルキレン基であり、置換基を有してもよく(ただし、該置換基の炭素原子数は前記炭素原子数3~5に含まない)、R
2は、炭素原子数1~10のアルキル基であり、Zは、隣接するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成する有機基であり、及び、nは1~3の整数であり、nは好ましくは1である。R
2は、好ましくは炭素原子数1~4のアルキル基であり、より好ましくはメチル基であるのがよい。
【0017】
本発明のブロック剤は、イソシアネート基と反応し、下記一般式で表されるブロックイソシアネート基を形成する。
【化3】
(式中、R
1、R
2、Z、及びnは上記の通りである)
【0018】
本発明のブロック剤は、イソシアネートからの脱ブロック後に非プロトン性低分子揮発性化合物に分解可能である。このことにより、ブロックイソシアネートから解離した脱ブロック剤に由来する活性プロトンを有する化合物とイソシアネート基との再結合を抑制し、脱ブロックに要する温度を低下させることができると考えられる。
【0019】
R1は、置換基を有してもよい、炭素原子数3~5のアルキレン基である。該アルキレン基は置換基を有してもよい。ただし、該置換基の炭素原子数は前記炭素原子数3~5に含まない。R1の炭素数が3~5であることにより、イソシアネートからの解離反応、及び、分解反応が進みやすい為好ましい。最も好ましくはR1はトリメチレン基である。これについて下記により詳しく説明する。
【0020】
例えば、下記反応式(i)に、上記式(1)において、R
1=トリメチレン基、R
2=メチル基、Z=アリル基、n=1である化合物の場合の分解反応を示す。
【化4】
この反応は、アリル基上でのβ-シリルカチオン形成をトリガーとして、シロキサン結合(Si-O)形成とZ-H(Z=アリルの場合は、Z-H=プロピレン)の脱離が進行すると考えられる。この反応は有機環形成反応であるためBaldwin則に従う。例えば、上記式(i)で示されるような、R
1の炭素原子数が3~5の場合は、5-exo-tetと呼ばれる形式であり、反応が進みやすいことが知られている。中でも、トリメチレン基が好ましい。R
1の炭素原子数が2以下であると、4-exo-tetと呼ばれる形式となり、環歪みが大きくなるため好ましくない。R
1の炭素原子数が6より大きい場合は、8-exo-tetと呼ばれる形式となり、いわゆる中員環合成となるため、好ましくない。
【0021】
R1で表されるアルキレン鎖上には置換基を有していてもよい。この置換基はThrope-Ingold効果(J. Chem. Soc., Trans. 107, pp. 1080-1106)に基づいて導入されることが好ましい。例えば、R1として、2,2-ジメチル-トリメチレン基は、Thrope-Ingold効果により分子内環化が円滑に進行することが予想される。置換基は反応速度の制御など必要に応じて導入されればよく、無置換のアルキレン基の使用を妨げるものではない。該置換基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基、等のアルキル基を有することができる。
【0022】
Zは、上記式(1)が有するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成することができる基である。好ましくは、アリル基、2-メチルアリル基、2-メトキシアリル基、クロチル基、フェニル基、4-メチルフェニル基、4-メトキシフェニル基、及び、ベンジル基からなる群から選ばれる基である。
【0023】
上記Zは、上記式(1)におけるケイ素原子の脱離基として機能すると同時に、立体電子効果からケイ素のルイス酸性を向上させ、上記式(1)化合物の分子内環化を促す効果も期待できる。
詳しく説明するために、上述した分解反応(i)においてZ(アリル基)がβ-シリルカチオンを形成し、ケイ素原子から脱離する機構を、下記反応式(ii)を示してより詳細に説明する。
【化5】
【0024】
上記式(ii)において、ケイ素原子に結合するアリル基の二重結合がプロトンに代表される酸によって活性化され(上記(a))、β-シリルカチオンを形成する(上記(b))。その後、プロピレンの脱離を伴い、式(1)化合物は分子内環化する(上記(c))。このような反応機構により、上記式(1)化合物は、イソシアネートから解離された後に分解反応すると推測される。Zがアリル基と類似の2-メチルアリル基、2-メトキシアリル基、クロチル基等も、上記(ii)と同様の脱離機構で分解反応を起こすことができ、好ましく利用可能である。
【0025】
また、Zが4-メチルフェニル基である場合、例えば、上記式(1)において、Zが4-メチルフェニル基であり、R
2がメチル基であり、n=1である場合には、該化合物の分解反応は下記反応式(iii)に示す脱離機構を有する。
【化6】
【0026】
式(iii)において、ベンゼン環上でケイ素の置換した位置で芳香族求電子置換反応が起こる(上記(a))。これは、ipso置換と呼ばれる現象でシリルベンゼンに特有の置換様式である。ipso置換によって、β-シリルカチオンを形成する(上記(b))。その後、トルエンの脱離を伴い、分子内環化する(上記(c))。このような反応機構により、上記式(1)化合物は、イソシアネートから解離された後に分解反応すると推測される。脱離基Zが4-メチルフェニル基と類似のフェニル基、4-メトキシフェニル基、またはベンジル基等である場合も、上記(iii)と同様の脱離機構にて分解反応を起こすことができ、好ましく利用可能である。
【0027】
上記反応を進行させるために、本発明におけるブロック剤において、Zが、隣接するケイ素原子と該Zでβ-シリルカチオンを形成できる有機基であることが特徴である。該Zとしては、例えばアリル基、2-メチルアリル基、2-メトキシアリル基、クロチル基、フェニル基、4-メチルフェニル基、4-メトキシフェニル基、及びベンジル基等が挙げられる。これらに限られるわけではないが、脱離後の分子の特性(沸点や毒性など)を考慮すると、Zは、アリル基、2-メチルアリル基、及び4-メチルフェニル基がより好ましい。
【0028】
有機ケイ素化合物の基本的な反応性の一つとして、β-シリルカチオンの安定化が知られている。ケイ素上のσ結合の電子が2炭素離れた炭素カチオンの空のp*軌道に流れ込むことによって、カチオンを安定化する効果が知られており、σ-p*超共役と呼ばれている。β-シリルカチオンの安定化は、アリルシランを用いるアリル化で知られる細見-櫻井反応(Tetrahedron Letters, 17, pp. 1295-1298)の基本原理の一つとして知られているものの、β-シリルカチオンの反応性を利用したイソシアネートの脱ブロック促進はこれまでに知られていない。
【0029】
ブロックイソシアネート
本発明は、上記ブロック剤でイソシアネート基がブロックされた構造を有するブロックイソシアネートを提供する。
即ち、本発明のブロックイソシアネートは、より詳細には、下記一般式(2)で示される。
【化7】
式中R
1、R
2、Z、nは上記の通りであり、R’はk個のイソシアネート基を有する有機化合物の残基であり、kは1~6の整数であり、好ましくは1~3の整数である。好ましくは、R’は、モノイソシアネート化合物、ジイソシアネート化合物、又はトリイソシアネート化合物の残基である。より詳細には、後述するイソシアネート化合物の残基である。
【0030】
ブロックイソシアネートの製造方法
本発明のブロックイソシアネートは、上述した本発明のブロック剤とイソシアネート化合物を必要に応じて非プロトン性の有機溶媒中で反応させることにより得られる。ブロックされるイソシアネート化合物としては、例えば、アリルイソシアネート、メチルイソシアネート、フェニルイソシアネート、3-アルコキシシリルプロピルイソシアネート、2-(メタ)アクリロイルエチルイソシアネート等のモノイソシアネート類;ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、トルエンジイソシアネート、水素化トルエンジイソシアネート等のジイソシアネート類;ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、トルエンジイソシアネート、水素化トルエンジイソシアネート等がイソシアヌル骨格を介して架橋されて成るトリイソシアネート類;及びそれらの1種以上の混合物を例示することができる。
【0031】
上記ブロック剤とイソシアネート化合物との反応条件としては、従来のブロック剤を用いた場合と同様の条件を用いる事ができるが、本発明のブロック剤の熱分解を抑制するため、反応温度は好ましくは0~100℃、より好ましくは20~80℃であり、反応時間は好ましくは1~24時間、より好ましくは2~12時間である。
【0032】
また、ブロックイソシアネートにおいて、イソシアネートから上記ブロック剤を解離する反応(脱ブロック化)は、ブロック剤として脂肪族アルコールを用いたブロックイソシアネートの解離条件と同様の条件で行う事ができるが、比較的低温での脱ブロック化が可能である。すなわち、本発明のブロック剤は、反応温度は好ましくは120~200℃、より好ましくは140~180℃であり、反応時間は好ましくは0.5~12時間、より好ましくは1~6時間で、脱ブロック化することができる。なお、上記温度及び上記時間は求核剤のない条件での反応条件であり、脱ブロック化の温度及び時間は系中の求核剤の有無や種類によって適宜変更することができる。
【0033】
本発明はさらに、上記ブロックイソシアネートを含む熱硬化性組成物を提供する。例えば、本発明のブロックイソシアネートと、水酸基を有するアクリレート化合物とを含む熱硬化性組成物が挙げられる。本発明のブロックイソシアネートは脱ブロック化によりイソシアネートを再生するため、水酸基を有するアクリレート化合物と反応して硬化し、ポリウレタンを形成することができる。例えばアクリレート化合物を含む熱硬化性組成物においてブロックイソシアネートの配合量は、アクリレート化合物の水酸基1モルに対する脱ブロック後のイソシアネート基のモル比が、好ましくは0.5~2モル、より好ましくは0.8~1.2モルとなる量であるのがよい。このような範囲であれば、該組成物から得られる硬化膜の硬度および耐クラック性に優れる。アクリレート化合物は特に制限されるものでないが、例えば、2-ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシプロピルアクリレート、2-ヒドロキシブチルアクリレート等の水酸基含有アクリレートモノマーのホモポリマー又はこれらの水酸基含有アクリレートモノマーとメチルメタクリレート(MMA)とのコポリマー等が挙げられる。本発明のブロックイソシアネートは上記の通り比較的低温で脱ブロック化できるため、熱硬化性組成物は比較的低温で硬化することができる。硬化温度は好ましくは120~200℃、より好ましくは140~180℃であり、硬化時間は好ましくは0.5~12時間、より好ましくは1~6時間であればよい。
【実施例】
【0034】
以下、合成例、実施例及び比較例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に制限されるものではない。
【0035】
[合成例1]
3-アリルジメチルシリルプロパノールの合成
滴下漏斗、ジムロート式冷却凝縮器、攪拌機、温度計を備えた500mlの四つ口フラスコを十分窒素置換した。ジアリルジメチルシラン(7.6g)、THF(150ml)を仕込み窒素通気をしつつ、氷浴でフラスコの内容物を冷却した。次いで、0.5Mの9-ボラビシクロ[3.3.1]ノナン溶液(54ml)を滴下した。混合物は透明で均一な外観を呈した。室温で3時間撹拌した後、再び氷浴でフラスコの内容物を冷却し、3M-NaOH水溶液(27ml)、30%過酸化水素水(33ml)を加えて振盪した。室温で1時間撹拌した後、水100ml、ヘキサン150mlを加えた。ヘキサンからなる有機層を分離し、無水硫酸ナトリウム(20g)を添加して、ろ別後、揮発成分を真空ポンプで除去して透明なオイル状の液体(4.3g)を得た。生成物の
1Hおよび
13C-NMRを測定したところ、3-アリルジメチルシリルプロパノールの生成が確認された。
図1に
1H-NMRスペクトルを、
図2に
13C-NMRスペクトルを示す。
1H-NMR(400MHz,CDCl
3)δ5.8-5.7(Q、J=9.0Hz、1H),4.8(m、2H)、3.6-3.5(t、J=4.5Hz、2H)、1.6-1.5(m、4H)、1.3(br-s、1H)、0.5(t、J=8.6Hz、2H)、0.0(s、6H)、
13C-NMR(100MHz,CDCl
3)δ134.9,112.8、65.6、26.9、23.1、10.4、-3.8
【0036】
[合成例2]
3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールの合成
滴下漏斗、ジムロート式冷却凝縮器、攪拌機、温度計を備えた200mlの四つ口フラスコを十分窒素置換した。アリルオキシトリメチルシラン(13.0g)、1,5-シクロオクタジエン(8ml)、ジ-μ-クロロビス(μ-1,5-シクロオクタジエン)二イリジウム(0.06g)を仕込み窒素通気をしつつ、80℃まで昇温した。次いで、クロロジメチルシラン(9.5g)を滴下し、80℃で6時間反応させた。そこに4-メチルフェニルマグネシウムブロミドの0.7MTHF溶液を滴下し、再び2時間加熱還流を行った。室温まで冷却した後、1N塩酸水溶液100ml、酢酸エチル150mlを加えた。酢酸エチルからなる有機層を分離し、無水硫酸ナトリウム(20g)を添加して、ろ別後、揮発成分を減圧留去した。そこに再び1N塩酸水溶液20ml、メタノール150mlを加え3日間室温で攪拌した。揮発成分を真空ポンプで除去してオイル状の液体(14.5g)を得た。生成物の
1Hおよび
13C-NMRを測定したところ、3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールの生成が確認された。
図3に
1H-NMRスペクトルを、
図4に
13C-NMRスペクトルを示す。
1H-NMR(400MHz,CDCl
3)δ7.4-7.3(d、J=7.8Hz、2H)、7.1(d、J=7.8Hz、2H)、3.5(q、J=6.1Hz、2H)、2.3(s、3H)、1.5(m、4H)、1.2(br-s、1H)、0.7(t、J=8.5Hz、2H)、0.2(s、6H)、
13C-NMR(100MHz,CDCl
3)δ138.7、135.3、133.6、128.6、65.6、31.7、27.2、11.5、-3.0、▲で示されるシグナルはトルエン由来のものである。
【0037】
[実施例1]
ブロックイソシアネート1の合成
攪拌子を入れた10mlのナスフラスコを十分窒素置換した。ヘキサメチレンジイソシアネート(168mg)と3-アリルジメチルシリルプロパノール(332mg)を加え80℃で2時間加熱を行った。生成物のIRスペクトルを確認したところ、イソシアネートの消失を確認し、
1Hおよび
13C-NMR測定により、ヘキサメチレンジイソシアネートと3-アリルジメチルシリルプロパノールの反応が確認された。すなわち、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアネート基が3-アリルジメチルシリルプロパノールでブロックされた化合物(ブロックイソシアネート1)を得た。
図5に
1H-NMRスペクトルを、
図6に
13C-NMRスペクトルを示す。
1H-NMR(400MHz,CDCl
3)δ5.8-5.7(m、2H),4.8(m、4H)、4.6(br-s、2H)、4.0-3.9(t、J=6.4Hz、4H)、3.1(br-m、4H)、1.6-1.5(m、16H)、0.5(m、4H)、0.0(s、12H) △で示されるシグナルは原料由来のものである、
13C-NMR(100MHz,CDCl
3)δ156.7、134.9-134.8、112.8、67.3、65.6、40.7、29.9、27.0-26.2、23.4-23.0、10.5-10.4、-3.8
【0038】
合成例1で得られた3-アリルジメチルシリルプロパノール及び実施例1で得られたブロックイソシアネート1について、ヘッドスペース型ガスクロマト質量分析計(アジレント・テクノロジー(株)製HP6890、サンプリング温度:ヘッドスペースオーブン50℃、ループ60℃、トランスファーライン70℃、測定温度:50℃~250℃、加熱速度:10℃/min)にてそれぞれ測定を行ったところ、ブロック剤由来の分解物である5員環シラン(m/z=116)を検出した。
また、合成例1で得られた3-アリルジメチルシリルプロパノール及び実施例1で得られたブロックイソシアネート1をそれぞれ150℃で60分間加熱した際、プロピレン検知管(光明理化学工業(株)製、プロピレンガス検知管185S)により、ブロック剤由来の分解物であるプロピレンを検知した。
【0039】
[実施例2]
ブロックイソシアネート2の合成
3-アリルジメチルシリルプロパノールを3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールに変更した以外は、実施例1と同様の操作を行い、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアネート基を3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノールでブロックした化合物(ブロックイソシアネート2)を得た。
図7に
1H-NMRスペクトルを、
図8に
13C-NMRスペクトルを示す。
1H-NMR(400MHz,CDCl
3)δ7.4-7.3(d、J=7.7Hz、4H)、7.1(d、J=7.5Hz、4H)、4.5(br-s、2H)、3.9(t、6.5Hz,4H)、3.1(br-m、4H)、2.3(s、6H)1.6-1.3(m、12H)、0.7(m、4H)、0.2(s、12H) △は原料由来、
13C-NMR(100MHz,CDCl
3)δ156.7、138.7、135.2、133.6、128.6、67.3、65.6、40.7、29.9、26.2、23.6、11.6、-3.0 ▲で示されるシグナルはトルエン由来のものであり、△で示されるシグナルは原料由来のものである。
【0040】
合成例2で得られた3-(4-メチルフェニル)ジメチルシリルプロパノール及び実施例2で得られたブロックイソシアネート2について、ヘッドスペース型ガスクロマト質量分析計(アジレント・テクノロジー(株)製HP6890、サンプリング温度:ヘッドスペースオーブン50℃、ループ60℃、トランスファーライン70℃、測定温度:50℃~250℃、加熱速度:10℃/min)にてそれぞれ測定を行ったところ、ブロック剤由来の分解物である5員環シラン(m/z=116)及びトルエン(m/z=92)を検出した。
【0041】
[比較例1]
ブロックイソシアネート3の合成
3-アリルジメチルシリルプロパノールをメチルエチルケトオキシムに変更した以外は、実施例1と同様の操作を行い、ブロックイソシアネート3を得た。得られた1H-NMR及び13C-NMRスペクトルは、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアネート基をメチルエチルケトオキシムでブロックした化合物についての公知のスペクトルデータと一致した。
【0042】
[比較例2]
ブロックイソシアネート4の合成
3-アリルジメチルシリルプロパノールをエタノールに変更した以外は、実施例1と同様の操作を行い、ブロックイソシアネート4を得た。1H-NMR及び13C-NMRスペクトルは、ヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアネート基をエタノールでブロックした化合物についての公知のスペクトルデータと一致した。
【0043】
熱硬化性組成物の硬化評価
実施例1、2及び比較例1、2で製造した4種のブロックイソシアネートに対し、それぞれ、メチルメタクリレート(MMA)とヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA)とから成るアクリルポリマー(MMA/HEMA=9/1、Mw=10x104、Mw/Mn=2.0)をブロックイソシアネート基と水酸基の数の比が1:1となる量、および、ジメチルジラウリン酸スズを組成物に対し0.1質量%となる量にて混合し、熱硬化性組成物とした。この際に、硬化温度と耐水性について評価した。
表1中、硬化温度は、上記熱硬化性組成物を厚さ10μmでガラス板(MATSUNAMI製、MICRO SLIDE GLASS S2112)上に塗布し、下記表に示す所定の温度で60分間加熱後、25℃に冷却した膜について、メタノールラビング試験を行い、硬化状態を観察することにより評価した。メタノールラビング試験の条件は、メタノールに浸したベンコットM-3II(旭化成(株)製、面積4cm2)を用い、荷重500g、往復回数50回で行った。ラビング試験後、ヘイズメーター(日本電色工業(株)製、NDH2000)にてJIS K 7136:2000に準じて曇価(HAZE、%)の測定を行い、ラビング前後における曇価の差(ΔHAZE)が0.1ポイント未満のものを「◎」、0.1~1ポイントのものを「〇」、1ポイントを超えるものを「×」で示した。
耐水性は、硬化前の熱硬化性組成物を膜状に成形したものをIPA/水=1/1混合液に1分間浸漬して、クラックが発生しないものを「〇」、クラックが発生するものを「×」とした。
【0044】
【0045】
表1に示されるように、本発明のブロックイソシアネートは、従来の脂肪族アルコールでブロックされたブロックイソシアネート(比較例2)と同等の耐水性を有する。一方、比較例2のブロックイソシアネートに比較して、本発明のブロックイソシアネートは、50℃程度低温で硬化することができる。これは、本発明のブロック剤が脂肪族アルコールよりも低い温度でイソシアネートから解離できる(脱ブロックできる)ことを示す。即ち、本発明のブロックイソシアネートを含む熱硬化性組成物は比較的低温で硬化することができ、耐水性に優れる膜を与える。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明のブロック剤は、適度な反応性を有する水分散性ブロックイソシアネートを提供することができる。また、本発明のブロックイソシアネートを水性塗料のプライマーに使用することで、未硬化プライマー(所謂、Bステージ型プライマー)の状態で耐水性に優れるためプライマーの加熱硬化工程を経ることなく水性塗料の積層塗装が可能であり、塗装工程の短縮及び省エネルギー化に有用である。