(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-12
(45)【発行日】2023-01-20
(54)【発明の名称】魚類によるオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法及び魚類の細菌感染症の治療方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/65 20060101AFI20230113BHJP
A61K 47/12 20060101ALI20230113BHJP
A61K 47/24 20060101ALI20230113BHJP
A01K 61/13 20170101ALI20230113BHJP
A23K 50/80 20160101ALI20230113BHJP
A23K 20/195 20160101ALI20230113BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20230113BHJP
【FI】
A61K31/65
A61K47/12
A61K47/24
A01K61/13
A23K50/80
A23K20/195
A61P31/04
(21)【出願番号】P 2018064125
(22)【出願日】2018-03-29
【審査請求日】2021-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100122644
【氏名又は名称】寺地 拓己
(72)【発明者】
【氏名】秋山 孝介
(72)【発明者】
【氏名】平澤 徳高
(72)【発明者】
【氏名】畑中 晃昌
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】The New England journal of medicine,1958年,Vol.258,No.2,pp.97-99
【文献】Deutsche Tierarztliche Wochenschrift,1990年,Vol.97,No.12,pp.515-518
【文献】Nordisk Veterinaer Medicin,Vol.37,No.1,1985年,pp.22-26
【文献】Aquaculture Research,2016年,Vol.47,No.2,pp.357-369
【文献】Aquaculture,2018年,Vol.483,pp.149-153
【文献】Taiwan Veterinary Journal,2016年,Vol.42,No.2,pp.81-84
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61K 47/00-47/69
A61P 31/04
A01K 61/13
A23K 50/80
A23K 20/195
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
淡水魚以外の海水中に生存している魚類にオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを経口投与する際に、有機酸又はその塩を有効成分とする吸収改善剤を併用することを特徴とする、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法。
【請求項2】
淡水魚以外の海水中に生存している魚類にオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを経口投与する際に、リン酸又はその塩を有効成分とする吸収改善剤を併用することを特徴とする、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法。
【請求項3】
魚類が、スズキ目、カレイ目、フグ目、ニシン目、サケ目又はウナギ目に属する魚である
請求項1または2の方法。
【請求項4】
魚類が、スズキ目アジ科、スズキ目タイ科、スズキ目サバ科、カレイ目ヒラメ科、又はフグ目フグ科に属する魚である
請求項1ないし3いずれかの方法。
【請求項5】
有機酸がクエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アルギン酸、マロン酸、ピルビン酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、グルタミン酸、アスパラギン酸
、グルコン酸のいずれかである
請求項1、3、および4いずれかの方法。
【請求項6】
オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンと吸収改善剤の投与量の比率が重量比で1:0.25~500である
請求項1ないし5いずれかの方法。
【請求項7】
オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンと吸収改善剤を養魚用飼料に含有させて摂取させる
請求項1ないし6いずれかの方法。
【請求項8】
請求項1ないし7いずれかの方法を用いることを特徴とする魚類の細菌感染症の治療方法。
【請求項9】
細菌感染症が、細胞内寄生細菌による感染症である
請求項8の治療方法。
【請求項10】
魚類の感染症が、ノカルジア症、エドワジェラ症、ビブリオ症、せっそう病、連鎖球菌
症、パラコロ病、又はピシリケッチア症である
請求項8の治療方法。
【請求項11】
魚類に対して、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを1日当たり、10~200mg/kg魚体重、吸収改善剤を50~5000mg/kg魚体重、投与することを特徴とする
請求項8ないし10いずれかの治療方法。
【請求項12】
請求項1、および3ないし11いずれかの方法で使用するための、有機酸又はその塩を含む組成物。
【請求項13】
請求項2ないし11いずれかの方法で使用するための、リン酸又はその塩を含む組成物。
【請求項14】
請求項1ないし11いずれかの方法で使用するための、オキシテトラサイクリンまたはドキシサイクリンを含む組成物。
【請求項15】
請求項1、および3ないし11いずれかの方法で使用するための、オキシテトラサイクリンまたはドキシサイクリン、および有機酸又はその塩を含む組成物。
【請求項16】
請求項2ないし11いずれかの方法で使用するための、オキシテトラサイクリンまたはドキシサイクリン、およびリン酸又はその塩を含む組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌剤であるオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの魚類における吸収を改善する方法に関する。さらにそれを用いる魚類の細菌感染症の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テトラサイクリン系抗生剤であるオキシテトラサイクリン(OTC)は国内外の水産養殖で一般的に使用されている。日本ではスズキ目においけるビブリオ症及び連鎖球菌症、フグ目魚類におけるビブリオ症、ニシン目魚類におけるビブリオ症、せっそう病、及び連鎖球菌症、ウナギ目魚類におけるパラコロ病、カレイ目魚類における連鎖球菌症に対する有効な経口治療薬として認可されている。OTCは広域抗菌活性を示すことから、上記の疾病以外の病原に対しても感性を示すことが報告されている。ドキシサイクリンは、スズキ目における連鎖球菌症に有効な経口治療薬として認可されている。
【0003】
ブリ類の養殖ではNocardia seriolaeを病原とするノカルジア症が大きな問題となっている。マダイ養殖やヒラメ養殖ではEdwardsiella tardaを病原とするエドワジエラ症が大きな問題となっている。OTCはこれらの病原菌に対してin vitroでは有効であるが、実際にこれらの疾病にOTCを経口投与しても治療効果が得られなかったと報告されている(非特許文献1、2)。
【0004】
テトラサイクリン系抗生剤(TCs)は2価、及び3価の金属イオンと不溶性錯体を形成することが一般的に知られている。この錯体形成は薬剤の力価を低下させるだけでなく、経口投与時の消化管からの吸収率の低下を引き起こす。魚類においては、飼料とともにOTCを経口投与した場合の生物学的利用率が静脈注射投与時のわずか2%であることが、タイセイヨウサケSalmo salar L.の事例で報告されている(非特許文献3)。
【0005】
経口でのTCsの吸収量を上げるためのさまざまな工夫が報告されている。
非特許文献4には、ラット、モルモットにおいて、各種補助剤を併用することにより、経口投与したクロルテトラサイクリン(Aureomycin)の血清中濃度が上昇したと記載されている。高い効果があった補助剤は、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、tricarballylic acid、リン酸二水素ナトリウム、マロン酸、ピルビン酸、乳酸であり、弱い効果があったのは、フマル酸、コハク酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、リン酸、シトラコン酸、sequestrene、塩酸アルギニン、クレアチン、グルコン酸ナトリウム、マロン酸ジエチル、マンデル酸ナトリウム、グリセロール3-リン酸ナトリウムであると記載されている。
非特許文献5及び6には、鳥類における、テレフタル酸やクエン酸のTCsの吸収改善効果について記載されている。
魚類においては、ブリにおいて、OTCとN-アセチル-D-グルコサミンを併用することにより、N. seriolaeによる累積死亡率を低下させることができたと報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Akiyama, K., Morita, A., Hirazawa, N., Kawahara, H., 2018. The combination effect of N-acetyl-D-glucosamine on oral oxytetracycline treatment against Nocardia seriolae infection in the yellowtail Seriola quinqueradiata. Aquaculture 483, 149-153.
【文献】金井欣也, 2002. スルファモノメトキシン・オルメトプリム合剤のヒラメエドワジエラ症に対する治療効果. 長崎大学水産学部研究報告 83, 1-4.
【文献】Elema, M. O., Hoff, K. A., Kristensen, H. G., 1996. Bioavailability of oxytetracycline from medicated feed administered to Atlantic salmon (Salmo salar L.) in seawater. Aquaculture 143, 7-14.
【文献】Eisner, H., J., Stirn, F., E., Dornbush, A., C., Oleson, J., J., 1953. The enhancement of serum levels of aureomycin in experimental animals. J. Pharmacol. Exp. Ther. 108, 442-449.
【文献】Cover, M. S., Benton, W. J., Greene, L. M., Frank D'Armi, 1959. Potentiation of tetracycline antibiotics with terephthalic acid and low dietary calcium. Avian Diseases 3, 353-361.
【文献】Clary, B. D., Terry, R. J., Creger, C. R., 1981. The potentiation effect of citric acid in aureomycin in turkeys. Poult. Sci. 60, 1209-1212.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、オキシテトラサイクリンがin vitroでは効果を示す細菌を原因菌とする感染症であるにもかかわらず、オキシテトラサイクリンを経口投与しても十分な治療効果が得られない魚類の感染症において、オキシテトラサイクリンの効果を発揮させる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、非特許文献1に示すように、魚類に対するOTCの吸収改善の可能性を検討した結果、D-glucosamineの誘導体であるN-acetyl-D-glucosamine(NAG)を併用してブリSeriola quinqueradiataに経口投与した場合に、最大血中濃度が1.4倍に増加することを見出した。さらに、NAGの併用がノカルジア症による死亡を改善することを見出した。その知見に基づき、さらに検討を進めた結果、アルギン酸Naやクエン酸がNAG以上の吸収改善効果を持つことを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は、以下の(1)~(6)のオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法、(7)~(10)の魚類の細菌感染症の治療方法を要旨とする。
(1)魚類にオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを経口投与する際に、有機酸又はその塩を有効成分とする吸収改善剤を併用することを特徴とする、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法。
(2)魚類が、スズキ目、カレイ目、フグ目、ニシン目、サケ目又はウナギ目に属する魚である(1)の方法。
(3)魚類が、スズキ目アジ科、スズキ目タイ科、スズキ目サバ科、カレイ目ヒラメ科、又はフグ目フグ科に属する魚である(2)の方法。
(4)有機酸がクエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アルギン酸、マロン酸、ピルビン酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、リン酸、グルコン酸のいずれかである(1)ないし(3)いずれかの方法。
(5)オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンと吸収改善剤の投与量の比率が重量比で1:0.25~500である(1)ないし(4)いずれかの方法。
(6)オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンと吸収改善剤を養魚用飼料に含有させて摂取させる(1)ないし(5)いずれかの方法。
【0010】
(7)(1)ないし(6)いずれかの方法を用いることを特徴とする魚類の細菌感染症の治療方法。
(8)細菌感染症が、細胞内寄生細菌による感染症である(7)の治療方法。
(9)魚類の感染症が、ノカルジア症、エドワジェラ症、ビブリオ症、せっそう病、連鎖球菌症、パラコロ病、又はピシリケッチア症である(7)の治療方法。
(10)魚類に対して、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを1日当たり、10~200mg/kg魚体重、吸収改善剤を50~5000mg/kg魚体重、投与することを特徴とする(7)ないし(9)いずれかの治療方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法により、魚類にオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを経口投与した際の吸収を大きく改善することができる。それにより、従来のオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの使用量を減量することができる。また、従来オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンが十分な効果を示さなかった感染症についてもオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンによる治療を可能にすることができる。特に、細胞内寄生細菌の感染症の治療に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例4の無投薬区、OTC単独投与区、及びクエン酸併用区の累積死亡率の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、魚類にオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを経口投与する際に、有機酸又はそのナトリウム塩を有効成分とする吸収改善剤を併用することを特徴とする、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンの吸収を改善する方法である。
【0014】
本発明において魚類とは、細菌感染症を発症するすべての魚類が対象となるが、実用性があるのは、生け簀や水槽で飼育する養殖魚又は観賞魚である。特に、大量に飼育される養殖魚では、細菌感染症による大量斃死を防ぐことは重要な課題である。オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンが有効な細菌感染症を発症することが知られている魚類が本発明の対象となる。具体的には、スズキ目、カレイ目、フグ目、ニシン目、サケ目又はウナギ目に属する魚である。スズキ目アジ科、スズキ目タイ科、スズキ目サバ科、カレイ目ヒラメ科、フグ目フグ科、サケ目サケ科、ウナギ目ウナギ科に属する魚である。具体的には、ブリ、カンパチ、ヒラマサなどのブリ類、マグロ類、シマアジ、ヒラメ、マダイ、フグ、サケ、マス、ウナギなどが例示される。但し、実施例に示すように海水で飼育したニジマスでは効果が見られなかった。同じ投与量で、淡水で飼育したニジマスでは効果が見られたことから、淡水魚を海水に適応させる場合には、同量の吸収改善剤では、本発明の効果が得られない可能性がある。
【0015】
オキシテトラサイクリン(OTC)は、 (4S,4aR,5S,5aR,6S,12aS) -4-(dimethylamino)-3,5,6,10,11,12a-hexahydroxy -6-methyl-1,12-dioxo-1,4,4a,5,5a,6,12,12a-octahydrotetracene -2-carboxamideという構造を有する広域テトラサイクリン系抗生物質である。細菌感染症の治療に使用される。オキシテトラサイクリンの抗菌スペクトルは広く、グラム陽性菌、グラム陰性菌、スピロヘータ、リケッチア、クラミジア等に有効である。細菌が必須とする蛋白質の合成を阻害して作用する。OTC、OTC二水和物(いずれも脂溶性)とOTC塩酸塩(水溶性)などの原末が販売されている。また、オキシテトラサイクリンアルキルトリメチルアンモニウムカルシウム塩としても販売されている。いずれも、体内でオキシテトラサイクリンとして機能する。日本国内で魚病薬として認可されているものは塩酸OTC、アルキルトリメチルアンモニウムカルシウムOTC、ドキシサイクリンである。
ドキシサイクリンは、(4S,4aR,5S,5aR,6R,12aS)-4-(Dimethylamino)-3,5,10,12,12a-pentahydroxy-6-methyl-1,11-dioxo-1,4,4a,5,5a,6,11,12a-octahydrotetracene-2-carboxamideという構造を有する広域テトラサイクリン系抗生物質である。OTC同様、日本では魚病薬として認可されている。
【0016】
以下、オキシテトラサイクリンを代表として説明するが、ドキシサイクリンについても同様である。
本発明において吸収改善剤とは、オキシテトラサイクリンと併用することにより、オキシテトラサイクリンの吸収を改善し、血中濃度を上昇させ、生物学的利用率を高め、魚類の体内の必要組織における薬剤濃度を必要なレベルに高めることができる物質である。
オキシテトラサイクリンはカルシウムイオンやマグネシウムイオンの存在下で、複合体を形成するため、薬剤活性が低下するだけでなく、吸収性も低下すると考えられている。海水中に生存している魚類は常に多量のカルシウムやマグネシウムと接触している。飼料に添加して摂取させる場合、飼料に含まれるカルシウムやマグネシウムとの接触も避けられない。
実施例に示すようにクエン酸、酒石酸、リンゴ酸、又はそれらのナトリウム塩、アルギン酸ナトリウムを併用することにより、オキシテトラサイクリンの吸収改善効果を示すことを見出した。これらの化合物と同様に、カルシウムイオンやマグネシウムイオンと結合する効果がある各種有機酸を用いることができる。具体的には、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アルギン酸、マロン酸、ピルビン酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、グルタミン酸、アスパラギン酸、リン酸、グルコン酸、又はこれらの塩が例示される。有機酸の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などが好ましい。クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、アルギン酸、又はそれらのナトリウム塩が特に好ましい。
【0017】
オキシテトラサイクリンと吸収改善剤は、同時に投与することが好ましい。したがって、魚類に経口投与する場合は、飼料に両者を添加、展着、吸着させて投与するのが好ましい。飼料の原料と混合して飼料に製造することにより、飼料にオキシテトラサイクリンと吸収改善剤を添加することができる。簡便な方法としては、オキシテトラサイクリンと吸収改善剤の粉末を水に溶解後、必要に応じて接着性のある展着剤と混合して、成型飼料の表面に展着する方法がある。この場合、成型飼料とオキシテトラサイクリン、吸収改善剤を先に混合しておき、水と、必要に応じて接着性のある展着剤を後から加えても良い。多孔性である飼料に吸着させることもできる。あるいは、生餌やモイストペレットのように、成型飼料以外の飼料へも混合することが出来る。
飼料に混合せず、薬剤として経口投与することもできる。OTCと吸収促進剤を組み合わせた製剤を経口投与するのが好ましい。
【0018】
吸収改善剤の投与量はオキシテトラサイクリンの重量に対して0.25~500倍が好ましい。さらに好ましくは0.5~250倍、1~100倍、2~50倍である。吸収改善剤の量は多いほど効果が高いが、魚種によっては、吸収改善剤が多いと摂餌性が低下する場合があるので、魚種によって調節するのが好ましい。例えば、ブリやニジマスの実施例の投与量よりも、マダイやカンパチの実施例ではクエン酸の投与量を少なめにしている。マダイやカンパチでは、高濃度添加すると飼料の吐き戻しが見られたためである。
【0019】
本発明は、オキシテトラサイクリンと有機酸又はそのナトリウム塩を有効成分とする吸収改善剤を併用してオキシテトラサイクリンの吸収を改善する方法を用いて魚類の細菌感染症を治療する方法である。
【0020】
オキシテトラサイクリンは、日本ではスズキ目及びフグ目魚類におけるビブリオ症、ニシン目魚類におけるビブリオ症、せっそう病、及び連鎖球菌症、ウナギ目魚類におけるパラコロ病、カレイ目魚類における連鎖球菌症に対する有効な経口治療薬として認可されている。それらの投与量は1日当たり50mg/kg魚体重、5日間連続投与とされているが、本発明の吸収改善剤と併用することにより、その投与量を減量することができる。投与量を低下させることができると、副作用発生、環境汚染などの可能性の低下、薬剤コストの低下などのメリットがある。
【0021】
ブリ類やマグロ類に発生するNocardia seriolaeを原因菌とするノカルジア症やマダイやヒラメに発生するEdwardsiella tardaを原因菌とするエドワジエラ症では、オキシテトラサイクリンを単独投与しても十分な効果が得られないが、本発明の吸収改善剤を併用すると、その効果が大幅に改善される。本発明により、オキシテトラサイクリンの血中濃度が上昇しにくい魚種や細菌が細胞内に寄生するような細胞内感染症であっても、血中濃度を高めることにより、感染症の治療効果を得ることが可能となる。細胞内感染症としては、ノカルジア症、エドワジェラ症、Piscirickettsia salmonisを原因菌とするピシリケッチア症などが知られている。
1日当たりオキシテトラサイクリンを10~200mg/kg魚体重、好ましくは、30~150mg/kg魚体重、さらに好ましくは40~120mg/kg魚体重、及び吸収改善剤を50~5000mg/kg魚体重、好ましくは、100~4000mg/kg魚体重、さらに好ましくは200~3000mg/kg魚体重飼料に混合して投与することにより、細菌感染症の治療を行うことができる。
投与日数は、感染症に応じて決定する。魚から菌が検出されなくなるまで投与するのが好ましい。
【0022】
具体的には、1日当たりオキシテトラサイクリンを50mg/kg魚体重とし、給餌率を2.5%に設定した場合、吸収改善剤を50~5000mg/kg魚体重(OTC50mg投与時の等倍~100倍)、好ましくは、100~2500mg/kg魚体重(OTC50mg投与時の2倍~50倍相当)、さらに好ましくは250~1500mg/kg魚体重(OTC50mg投与時の5倍~30倍)を飼料に混合して投与することにより、従来オキシテトラサイクリンが十分な治療効果を発揮しなかった細菌症に対する治療効果を改善することができる。ただし、これらの吸収改善剤の投与量は投薬に使用する飼料の給餌率を変更した場合、その変更比率に応じて変化させることで、前出の治療効果の改善効力を保つことが出来る。
さらに、これらの吸収改善剤の投与量を併用することで、従来の50mg/kg魚体重のオキシテトラサイクリンの投与量で効力を発揮する細菌感染症に対する投薬量を低減させることができる。実施例5に示す通り、1250mg/kg魚体重の吸収改善剤を併用した場合、1日あたりのOTC投与量を50mg/kg魚体重から25mg/kg魚体重に低下させても同様の効力を得ることが出来る。
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
<ブリにおける有機酸のOTC吸収改善効果>
25℃で飼育維持していた平均魚体重62.8gのブリ人工種苗をランダムに7群に分け、それぞれ100L水槽へ収容した(4尾/水槽)。それらのブリに、OTC(50mg/kg魚体重)、OTCと等量の表1の各種有機酸、及び市販飼料粉末を蒸留水に混合したものを、麻酔下でゾンデを用いて胃内へ強制経口投与した。水槽に戻し、投与6時間後に尾柄部から採血し、血清中のOTC量を市販のOTC検出ELISAキット(Practical社)で定量した。定量値はOTC単独投与区の値を1とした場合の相対値で算出した。各区のサンプルは4尾分の血清を等量混合したものとした。
【0024】
結果を表1に示した。全ての有機酸併用区でブリ血清中OTC量の増加が認められた。また、有機酸はNa塩の形態でも同等のOTC吸収改善効果を示した。有機酸又はその塩が魚類においてOTCの吸収改善効果を示すことが明らかとなった。
【0025】
【実施例2】
【0026】
<ブリに対するアルギン酸Naの吸収改善効果>
25℃で飼育維持していた平均魚体重122.5gのブリ人工種苗8尾をランダムに2群に分け、それぞれ100L水槽へ収容した(4尾/水槽)。実施例1と同一の手順でOTCと等量アルギン酸Naを併用投与した場合のOTC吸収改善効果を評価した。
【0027】
アルギン酸Naを併用した区では血清中OTC濃度がOTC単独投与区と比較して、1.5倍に上昇した。アルギン酸NaがOTCの吸収改善効果を示すことが明らかとなった。
【実施例3】
【0028】
<ブリに対するクエン酸のOTC吸収改善効果>
25℃で飼育維持していた平均魚体重78.4 gのブリ人工種苗20尾をランダムに5群に分け、それぞれ100L水槽へ収容した (4尾/水槽)。表2に示す量のOTC及びクエン酸を市販の3mm径飼料へ展着させ、プラスチックロッドを用いて麻酔下でブリの胃内へ強制経口投与した。飼料への展着は飼料重量の10%相当のエスイー30 (物産フードサイエンス) 2倍希釈水溶液へOTCとクエン酸を溶解させた後、ポリエチレン袋内で飼料と混合させることにより行なった。投与時の給餌率は魚体重の2.5%重量とした。投与6時間後に尾柄部から採血し、血清中のOTC量を市販のOTC検出ELISAキット (Practical社) で定量した。定量値はOTC単独投与区の平均値を1とした場合の相対値で算出した。
【0029】
結果を表2に示した。全てのクエン酸併用区で血清中OTC量の増加が観察された。OTCに対するクエン酸添加量を増加させることにより、血清中OTC量も増加させることができることが確認された。
【0030】
【実施例4】
【0031】
<ブリにおけるノカルジア症実験感染系でのOTCとクエン酸の併用効果>
平均魚体重45.1gのブリ人工種苗48尾を無投薬区、OTC単独投与区、及びクエン酸併用区の3群に分け、それぞれ200L水槽へ収容した。飼育水温は25℃とし、砂濾過・紫外線殺菌海水を回転率83%/hの条件で供給しながら1週間馴致した。馴致後、Nocardia seriolaeの菌液を終濃度で0.9×104 CFU/mLとなるように各水槽へ添加し、1時間止水とすることでN. seriolaeへの暴露を行なった。暴露翌日からOTC単独投与区、及びクエン酸併用区の2群に対して5日間連続で経口投薬処理を行なった。OTCの投与量は50 mg/kg魚体重/dayとし、クエン酸併用区のクエン酸添加量は1250 mg/kg魚体重/dayとした。OTC、及びクエン酸の飼料への展着は実施例3と同一の手法で行なった。投薬期間中の無投薬区はエスイー30の2倍希釈液と飼料のみを混合させたものを給餌した。試験期間中の給餌率は2.5%/kg魚体重/dayとし、毎日給餌を行なった。N. seriolaeの暴露翌日から25日間のノカルジア症による死亡を追跡し、累積死亡率に基づいて治療効果を判定した。試験期間中の死亡魚は適宜剖検してノカルジア症であることを確認した。
【0032】
25日後の無投薬区、及びOTC単独投与区の累積死亡率はいずれも70.6%であり、OTCを単独で投与した場合にはノカルジア症に対する治療効果は認められなかった (
図1)。一方、クエン酸併用区の累積死亡率は23.5%であり、無投薬区、さらにはOTC単独投与区と比べて死亡が有意に低下しており、治療効果を発揮した (P < 0.05、
図1)。従って、実施例3で見出したクエン酸によるOTCの吸収改善は、OTCの治療効果を改善出来ることが確認された。
【実施例5】
【0033】
<5日間連続投与後のクエン酸のOTC蓄積効果>
平均魚体重62.5gのブリ15尾を3群に分け、このうち2群に対して実施例4と同一の手法・投与条件でOTC (50mg/kg魚体重/day)、及びOTCとクエン酸 (1250mg/kg魚体重/day) を5日間連続投与した。残りの1群には前出の半量のOTC (25mg/kg魚体重/day)とともに、クエン酸 (1250mg/kg魚体重/) を5日間連続投与した。投薬終了24時間後に各区のブリの脾臓、及び腎臓をそれぞれ5検体ずつ採取して臓器中OTC量をLC-MSで定量した。
【0034】
クエン酸併用区 (50:1250) では、脾臓、腎臓いずれにおいてもOTC単独投与時に比べてOTC量が約2倍に増加し、クエン酸の併用が血中OTCのみならず、臓器中のOTC蓄積量を増加させることが示された (表3)。さらに、クエン酸併用区 (25:1250) では、倍量のOTCを単独で投与した区と同等の臓器中OTC濃度を示した。従って、クエン酸の併用によってOTC投薬量を削減し得ることが示された(表3)。
【0035】
【実施例6】
【0036】
<カンパチに対するクエン酸のOTC吸収改善効果>
平均魚体重231 gのカンパチ6尾を2群に分け、一方には50 mg/kg魚体重のOTCを、他方にはOTCとともに125 mg/kg魚体重のクエン酸を併用して飼料とともに胃内へ強制経口投与した。給餌率を1.0 %/kg魚体重としたことを除き、実施例3と同一の手順で試験を実施した。
クエン酸併用区では血中OTC量がOTC単独投与区の1.5倍に増加した (表4)。したがって、クエン酸の併用投与はカンパチにおいてもOTCの吸収改善効果を示すことが確認された。
【0037】
【実施例7】
【0038】
<マダイに対するクエン酸のOTC吸収改善効果>
平均魚体重154gのマダイ6尾を2群に分け、一方には50 mg/kg魚体重のOTCを、他方にはOTCとともに500 mg/kg魚体重のクエン酸を併用して飼料とともに胃内へ強制経口投与した。給餌率を1.0 %/kg魚体重としたことを除き、実施例3と同一の手順で試験を実施した。
クエン酸を併用区では血中OTC量がOTC単独投与区の1.9倍に増加した (表5)。従って、クエン酸の併用はマダイにおいてもOTCの吸収改善効果を示すことが確認された。
【0039】
【実施例8】
【0040】
<ニジマスに対するクエン酸のOTC吸収改善効果>
海水馴致後のニジマス (平均魚体重176.7g) を2群に分け、一方には110mg/kg魚体重相当のOTCを、他方にはOTC及び2750mg/kg魚体重相当のクエン酸を実施例1と同様の手法で胃内へ強制経口投与した (4尾/区)。投与24時間後に尾柄部から採血して得た血清中のOTC量を実施例1と同様の手法で定量した。さらに、淡水飼育下のニジマス (平均魚体重111.8g) を試験魚として同一の試験を実施した。淡水、海水ともに試験魚の飼育水温は16℃とした。
【0041】
海水馴致後のニジマスでは血中OTC量の上昇は認められず、クエン酸の併用効果は得られなかった。一方、淡水飼育下のニジマスでは11.7倍の血中OTC量の増加を認めた(表6)。本結果から、クエン酸によるOTCの吸収改善効果には魚種あるいは飼育環境の違いによる影響があることが確認された。
【0042】
【実施例9】
【0043】
<ブリに対するリン酸NaのOTC吸収改善効果>
25℃で飼育維持していた平均魚体重73.0gのブリ人工種苗8尾をランダムに2群に分け、それぞれ100L水槽へ収容した(4尾/水槽)。実施例1と同一の手順でOTC(50mg/kg)とOTCの25倍量のリン酸二水素Naを併用投与した場合のOTC吸収改善効果を評価した。
【0044】
リン酸二水素Naを併用した区では血清中OTC濃度がOTC単独投与区と比較して、1.8倍に上昇した(表7)。リン酸二水素NaがOTCの吸収改善効果を示すことが明らかとなった。
【0045】
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明により、従来、オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンにより治療することができないと考えられていた魚類の細菌感染症をオキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンにより治療することが可能となる。また、従来オキシテトラサイクリン又はドキシサイクリンを用いていた感染症についても投与量を低減することが可能になる。