(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-17
(45)【発行日】2023-01-25
(54)【発明の名称】金属精製方法および金属精製装置
(51)【国際特許分類】
C22B 21/06 20060101AFI20230118BHJP
C22B 9/04 20060101ALI20230118BHJP
F27B 14/14 20060101ALI20230118BHJP
【FI】
C22B21/06
C22B9/04
F27B14/14
(21)【出願番号】P 2020203026
(22)【出願日】2020-12-07
【審査請求日】2021-12-08
(31)【優先権主張番号】P 2020005708
(32)【優先日】2020-01-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000241485
【氏名又は名称】豊田通商株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519016181
【氏名又は名称】豊通スメルティングテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】川原 博
(72)【発明者】
【氏名】八百川 盾
(72)【発明者】
【氏名】日比 加瑞馬
(72)【発明者】
【氏名】箕浦 琢真
(72)【発明者】
【氏名】岩田 靖
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】石井 博行
(72)【発明者】
【氏名】加納 彰
(72)【発明者】
【氏名】日下 裕生
(72)【発明者】
【氏名】伊東 享祐
(72)【発明者】
【氏名】中野 悟志
(72)【発明者】
【氏名】村田 知雄
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/079015(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/096170(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 21/06
C22B 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム基溶湯に含まれる特定元素を真空蒸留法により除去して該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法であって、
該アルミニウム基溶湯の湯面付近を加熱する局部加熱工程を備え
、
該局部加熱工程は、該アルミニウム基溶湯の湯面上へガスを供給しつつなされる金属精製方法。
【請求項2】
前記局部加熱工程は、前記アルミニウム基溶湯の湯面へ10
2W/cm
2以上のエネルギーを付与してなされる請求項1に記載の金属精製方法。
【請求項3】
前記局部加熱工程は、アーク放電によりなされる請求項1または2に記載の金属精製方法。
【請求項4】
前記
ガスは、前記アーク放電の外周囲に供給される請求項
3に記載の金属精製方法。
【請求項5】
前記真空蒸留法は、前記アルミニウム基溶湯の湯面上の気圧を0.1~10
4Paとしてなされる請求項1~4のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項6】
前記特定元素は、Zn、MgまたはPbの一種以上である請求項1~5のいずれかに記載の金属精製方法。
【請求項7】
アルミニウム基溶湯の湯面上を真空にする排気手段と、
該アルミニウム基溶湯の湯面付近を加熱する局部加熱手段と
、
該アルミニウム基溶湯の湯面上へガスを供給する手段とを備え、
該アルミニウム基溶湯に含まれる特定元素の真空蒸留法による除去に用いられる金属精製装置。
【請求項8】
前記排気手段は、前記アルミニウム基溶湯の湯面上にある処理室内を排気する請求項7に記載の金属精製装置。
【請求項9】
前記局部加熱手段は、
前記アルミニウム基溶湯の湯面に対向する先端部を有するトーチ電極と、
該トーチ電極の外周面を囲う絶縁体とを備え、
該トーチ電極への通電により、該トーチ電極の先端部と該アルミニウム基溶湯の湯面間でアーク放電を生じさせ得る請求項7または8に記載の金属精製装置。
【請求項10】
さらに、前記絶縁体を着脱できると共に該絶縁体を気密に保持できる保持体を備える請求項9に記載の金属精製装置。
【請求項11】
前記絶縁体と前記保持体は、異種材からなる請求項10に記載の金属精製装置。
【請求項12】
前記絶縁体は、チタン酸アルミニウムからなる請求項9~11のいずれかに記載の金属精製装置。
【請求項13】
前記絶縁体は、前記アルミニウム基溶湯の湯面へ供給されるガスの流路の少なくとも一部を構成する請求項9~12のいずれかに記載の金属精製装置。
【請求項14】
さらに、前記アルミニウム基溶湯に一部が浸漬される対極を備え、
前記トーチ電極と該対極は、該アルミニウム基溶湯の上方側に配設される請求項9~13のいずれかに記載の金属精製装置。
【請求項15】
前記トーチ電極は、黒鉛からなる請求項9~14のいずれかに記載の金属精製装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム基溶湯から真空蒸留法により特定元素を除去する金属精製方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
環境意識等の高揚に伴い、軽量なアルミニウム系部材が様々な分野で用いられている。新規に製錬(さらには精錬)されたアルミニウムを用いるよりもスクラップを再利用すれば、大幅な省エネルギー化や環境負荷低減を図りつつ、アルミニウム系部材の利用を促進できる。
【0003】
もっとも、スクラップを溶解した原料溶湯(「Al基溶湯」ともいう。)中には、Al以外の様々な元素が混在し得る。所望組成の溶湯調製には、その原料溶湯から不要または過剰な元素を除去する必要がある。その精製方法の一つに真空蒸留法(減圧蒸留法、真空脱ガス法、真空処理法)がある。真空蒸留法は、Alよりも蒸気圧が高い元素(例えばZn、Mg、Pb、H等)を、Al基溶湯から優先的に蒸発させて分離(脱離)する方法である。これに関連する記載が下記の文献(特許文献1~5と非特許文献1)にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平7-41879号
【文献】特開平9-316558号
【文献】特開平11-256251号
【文献】特開2001-294949号
【文献】特開2002-339024号
【文献】特開平7-318257号
【文献】特開2014-215021号
【非特許文献】
【0005】
【文献】大滝,五月女,森,工藤,田中:古河電工時報,104 (1999),25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~5および非特許文献1はいずれも、全体を均一的に加熱した原料溶湯(Al基溶湯)から、不純物であるZn等を真空雰囲気中へ蒸発させて除去することを提案しているに過ぎない。なお、特許文献6、7には、真空アーク溶解装置に関する記載はあるが、真空蒸留法に関する記載は一切ない。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、従来とは異なる手法により、特定元素を除去するアルミニウム基溶湯の精製方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、アルミニウム基溶湯の湯面付近を局部的に加熱する新たな真空蒸留法により、特定元素を除去することに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0009】
《金属精製方法》
(1)本発明は、アルミニウム基溶湯に含まれる特定元素を真空蒸留法により除去して該アルミニウム基溶湯を精製する金属精製方法であって、該アルミニウム基溶湯の湯面付近を加熱する局部加熱工程を備える金属精製方法である。
【0010】
(2)本発明の金属精製方法(単に「精製方法」ともいう。)によれば、アルミニウム基溶湯(「Al基溶湯」ともいう。)中から、特定元素を効率的に除去できる。この理由は次のように考えられる。
【0011】
本発明の精製方法では、特定元素が液相(Al基溶湯)から気相(Al基溶湯の上空)へ移動(蒸発)する界面となる湯面付近を局部的に加熱している。このため、Al基溶湯全体を高温に加熱するまでもなく、特定元素の蒸発を効率的に行える。具体的にいうと、Al基溶湯を高温に保持する必要が必ずしもないため、昇温時間の短縮、加熱に要するエネルギーの低減、設備(炉体等)の消耗抑制(長寿命化)等が可能となる。
【0012】
また湯面付近を局部加熱すると、Al基溶湯中には、偏在的な温度分布による対流が生じる。これにより、局部的に加熱されている領域(「局部加熱領域」という。)へ特定元素が継続的に補給され、特定元素は安定的に蒸発し得る。なお、特定元素の蒸発より、Al基溶湯内には特定元素の濃度分布も生じ得る。このため、特定元素の拡散によっても、局部加熱領域への特定元素の補給がなされ得る。
【0013】
さらに湯面付近を局部加熱すると、Al基溶湯の湯面上に形成される表面膜(酸化膜等)は、急激な体積変化や熱膨張量差等に基づいて、衝撃的な熱応力を受けて分断(破壊)され得る。このため特定元素は、表面膜(酸化膜等)に阻害されずに、新たに露出した湯面から安定的に蒸発し得る。
【0014】
(3)本発明の精製方法は、Al系スクラップの再生に限らず、種々のAl系溶湯の調製に用いられてもよい。もっとも本発明の精製方法を用いると、特定元素(例えばZnやMg等)を含む低廉なスクラップから、特定元素を除去した再生Al合金を効率的に得ることも可能となる。そこで本発明の金属精製方法は、「再生Al合金の製造方法」として把握されてもよい。なお、特定元素が除去された再生Al合金は、凝固物(インゴット等)として利用されても、溶湯(半溶融状態を含む)のまま利用されてもよい。また、Al系スクラップの再生は、カスケードリサイクルに留まらず、展伸材等へのアップグレードリサイクルでもよい。
【0015】
《金属精製装置》
本発明は金属精製装置としても把握される。本発明は、例えば、アルミニウム基溶湯の湯面上を真空にする排気手段と、該アルミニウム基溶湯の湯面付近を加熱する局部加熱手段とを備え、該アルミニウム基溶湯に含まれる特定元素の真空蒸留法により除去に用いられる金属精製装置でもよい。
【0016】
《その他》
(1)本明細書でいう「真空蒸留法」は、少なくともAl基溶湯の湯面側を大気圧よりも低圧な真空雰囲気とし、Alよりも蒸気圧が高い特定元素を、Al基溶湯の湯面側から蒸発させて、Al基溶湯中の特定元素濃度を低減させることをいう。本明細書では、真空蒸留法により蒸発した特定元素の処理(排気、凝縮、回収等)については問わない。
【0017】
また本明細書でいう「局部」(局部加熱領域)は、少なくともAl基溶湯の湯面(上層部)の一部を含めばよい。局部は、湯面全体(Al基溶湯の上層部全体)を対象としても、その湯面の一部(Al基溶湯の上層部の一部)を対象としてもよい。本明細書でいう「湯面付近」は、特定元素が蒸発する界面である湯面を含めばよい。敢えていうなら、「湯面付近」は、湯面~所定深さまでの少なくとも一部領域となる。その所定深さは、例えば、溶湯の深さの1/3程度とするとよい。
【0018】
(2)本明細書でいうアルミニウム基溶湯は、固液共存状態(半溶融状態)を含む。アルミニウム基溶湯は、Alが主成分(溶湯全体に対してAl含有量が50原子%超、70原子%以上さらには85原子%以上)であれば、具体的な組成を問わない。原料溶湯(精製前のAl基溶湯)中の特定元素濃度は問わないが、通常、その溶湯全体に対して、10質量%以下さらには5質量%以下程度である。なお、本明細書でいう濃度や組成は、特に断らない限り、対象物(溶湯等)の全体に対する質量割合(質量%または単に「%」)で示す。
【0019】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】金属精製装置の概要(一例)を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、金属精製の方法のみならず装置にも該当し得る。方法に関する構成要素は、物(装置、(再生)Al合金(溶湯)等)に関する構成要素ともなり得る。
【0022】
《局部加熱》
Al基溶湯(単に「溶湯」ともいう。)の湯面付近を加熱する局部加熱は、エネルギー密度の高い熱源を用いてなされるとよい。これにより、湯面付近の全体またはその一部を、短時間で高温化する急速加熱を行え、特定元素の効率的な蒸発・除去が可能となる。
【0023】
(1)熱源
熱源(装置)の種類、出力等は、溶湯を収容する湯槽(加熱炉、坩堝、流路等)の形態、精製規模(溶湯量)等により調整され得る。熱源として、例えば、高エネルギービーム照射(レーザー照射、電子ビーム照射等)、放電(アーク放電等)などがある。いずれの熱源を用いても、加熱装置の簡素化、小型化、省エネルギー化または湯槽への負荷低減等を図り得る。
【0024】
高エネルギービーム照射によれば、加熱位置(局部)の高精度な特定が可能となる。放電によれば、高温なプラズマ供給により湯面付近を急速に加熱できる。放電は、湯面上に、一対の電極を配置してなされてもよいし、一方の電極を湯面上に配置し、他方の電極(対極)をAl基溶湯(湯面)としてもよい。後者の場合、Al基溶湯(一方電極)と、その湯面上方に配置した電極(他方電極)との間で放電がなされ、蒸発が生じる湯面(液相と気相の界面)付近にある所定範囲の特定領域が効率的に急速加熱される。特に、溶接等で利用されているアーク放電によれば、設備負担を低減しつつ、効率的な局部加熱を行える。
【0025】
(2)エネルギー密度
アルミニウム基溶湯の湯面へ付与される単位面積あたりのエネルギー量(エネルギー密度)は、102W/cm2以上、103W/cm2以上さらには104W/cm2以上であるとよい。装置の過大化や湯面付近における突沸等を回避するため、敢えていえば、そのエネルギー密度は105W/cm2以下であるとよい。
【0026】
(3)アーク放電
アーク放電による加熱(アーク加熱)は、電極間に発生する高温なアーク柱による。アーク柱の温度は、その部位により異なるが、少なくとも火炎等(<3000℃)よりも高温であり、例えば、4000℃以上さらには5000℃以上にも達する(田中:溶接学会誌,77 (2008),50)。アーク柱による湯面付近の加熱は、直接アーク加熱でも間接アーク加熱でもよい。アーク加熱は、主に放射(輻射)や粒子(電子、プラズマイオン等)の運動エネルギー伝達等によると考えられる。なお、本明細書でいうアーク加熱には、アーク放電をノズルや気流等で拘束して、指向性や加熱温度を高めたアークプラズマ加熱が含まれる。また、アーク放電の電源は、直流でも交流でもよい。
【0027】
《真空蒸留》
蒸気圧(後述する飽和蒸気分圧)がAlよりも高い特定元素が、局部加熱されたAl基溶湯の湯面から、その上方にある真空雰囲気(単に「上空」ともいう。)へ蒸発する。
【0028】
(1)蒸気圧
飽和蒸気圧は温度に依存しており、温度が高くなるほど大きくなる。純金属単体(液相)の飽和蒸気圧(P0)は、温度(T)の関数として下式(1)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
logP0=aT-1+blogT+cT+D (1)
ここで、log:常用対数、T:絶対温度(K)、a、b、cおよびD:定数である。
【0029】
また、複数の構成元素からなる温度Tにおける溶湯全体の飽和蒸気圧(Pt)は、各構成元素の飽和蒸気圧の分圧(Pi:飽和蒸気分圧という。)の総和として、下式(2)により示される(出典:長船:津山高専紀要 13(1975)63)。
Pt =ΣPi=Σ(αiPi0) (2)
ここで、αi:溶湯中における構成元素の活量、Pi0:構成元素単体(液相)の飽和蒸気圧である。活量(αi)は、溶湯中における構成元素の濃度と溶湯温度に依存している。
【0030】
溶湯に含まれる構成元素の飽和蒸気分圧(Pi)が、上空における構成元素の分圧よりも大きいとき、その構成元素は溶湯の湯面から上空へ蒸発(放出、散逸)し得る。Al基溶湯の場合、理論上、Alを含む各構成元素は、それぞれの飽和蒸気分圧と湯面上の分圧とに応じて溶湯上へ蒸発し得る。
【0031】
但し、Alの飽和蒸気圧は、Al基溶湯に含まれる他の元素の飽和蒸気圧よりも、無視できるほどに小さい。これは、活量を考慮した飽和蒸気分圧として考えても同様である。例えば、700℃における飽和蒸気圧は、Al:2×10-5Pa、Zn:8.4×103Pa、Mg:7.5×102Pa、Pb:6.7×10-1Paである。従って、活量(濃度)を考慮しても、Alに対して、他の元素の蒸気圧(飽和蒸気分圧)は103~107倍程度も大きい。つまり、Al基溶湯中において、Alと特定元素との間には大きな蒸気圧差がある。このため、局部加熱領域において、Alは実質的に蒸発せず、蒸気圧が大きい特定元素が主に蒸発することになる。なお、本明細書では、上述した飽和蒸気分圧を単に「蒸気圧」ともいう。
【0032】
(2)特定元素
真空蒸留(分留)される特定元素は、Alに対する蒸気圧(飽和蒸気分圧)差が大きい元素であればよい。例えば、特定元素は、Zn、MgまたはPbの一種以上である。特定元素の代表例は、蒸気圧が特に大きいZnである。
【0033】
(3)真空度
Al基溶湯の湯面上の真空度が大きく(気圧が低く)なるほど、湯面上における特定元素の分圧も小さくなり、特定元素の蒸発量は増加する。その気圧は、例えば、0.1~104Pa、1~103Paさらには10~102Paとするとよい。過小な真空度では特定元素の蒸発が遅い。過大な真空度の実現は大きな設備負担を招く。なお、真空度(気圧)は、湯面上空の平均的な真空度(気圧)である。真空度(気圧)は、例えば、溶湯の湯面上空に連なる配管に設けた測定子により測定される。
【0034】
(4)気流
真空蒸留は、アルミニウム基溶湯の湯面上(特に局部加熱領域)へ気流を付与しつつなされるとよい。これにより特定元素の蒸気が湯面上で停滞すること(つまり特定元素の蒸発が平衡状態となること)が抑制され、継続的または安定的な特定元素の蒸発が確保され得る。
【0035】
気流は、例えば、ノズル等から噴出されたガス(ArやHe等の希ガス、N2等の不活性ガス)の流動(ガス気流)でもよいし、プラズマトーチ(単に「トーチ」という。)を生じる電極(トーチ電極)側から噴出されるガス気流またはプラズマ気流でもよい。気流は、局部加熱領域に関して、真空排気口の反対側を上流側とするとよい。
【0036】
気流は、特定元素の蒸発起点(境界)である湯面に沿うと好ましい。気流の付与は、継続的でも断続的でもよく、局部加熱と同期してなされてもよい。いずれの場合でも、少なくとも局部加熱領域に気流があるとよい。
【0037】
《精製》
Al基溶湯から特定元素を除去する精製は、バッチ処理(一括処理)されても、連続処理(継続処理)されてもよい。バッチ処理によれば、処理室(真空排気される湯面側の閉空間)内の真空度、湯面付近の温度、処理時間等の設定自由度が大きいため、特定元素の濃度低減を十分に行い得る。連続処理によれば、大量のAl基溶湯を効率的に処理でき、他の不純物除去処理や後続の鋳造工程等とも円滑に連携し得る。
【0038】
本明細書でいう精製(真空蒸留)は、Al基溶湯中の特定元素濃度が低減されれば足る。Al基溶湯から蒸発した特定元素は廃棄されてもよいが、捕捉・回収されて再利用されると好ましい。
【0039】
《金属精製装置》
金属精製装置(単に「装置」ともいう。)は、局部加熱する熱源の種類により、種々の形態をとり得る。その好例として、アーク放電を熱源とする場合がある。アーク放電により生じるアーク柱(アークプラズマ)は、エネルギー密度が高く、Al基溶湯の湯面付近を効率的に急速加熱できる。
【0040】
アーク放電を熱源とする局部加熱手段は、Al基溶湯の湯面に対向する先端部を有するトーチ電極を備えるとよい。トーチ電極とAl基溶湯の間の通電(電圧の印加)により、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面間にアーク放電が生じ得る。
【0041】
Al基溶湯への通電は、例えば、金属等の導電体からなる湯槽を介したり、Al基溶湯に少なくとも一部が浸漬される対極を介してなされる。対極は、例えば、トーチ電極と共に、Al基溶湯の上方側に配設されるとよい。これにより、Al基溶湯の上方に局部加熱に必要な構成・機能が集約され、装置のコンパクト化やメンテナンス性向上、Al基溶湯(湯槽)の供給・入替えの作業性向上等が図られる。
【0042】
トーチ電極は、その外周面が絶縁体で囲われているとよい。これにより自由放電が抑止され、トーチ電極の先端部とAl基溶湯の湯面(局部)間で生じるアーク放電を安定化できる。なお、自由放電は、トーチ電極(外周面を含む)と、対極表面、湯槽壁面、Al基溶湯の湯面等との間で生じ得る放電である。
【0043】
絶縁体がトーチ電極の外周面を囲う範囲は、自由放電を抑制できる範囲であればよい。通常、絶縁体はトーチ電極の先端部付近まであると好ましい。
【0044】
絶縁体は、トーチ電極を内挿(嵌入)する筒状・管状でもよいし、トーチ電極の外表面を覆う膜状でもよい。絶縁体はトーチ電極を着脱できるとよい。これにより、消耗・破損等した絶縁体とトーチ電極の一方だけの交換が可能となる。また絶縁体は、トーチ電極の保持具を兼ねてもよい。さらに絶縁体は、Al基溶湯の湯面へ供給されるガスの流路の少なくとも一部を構成するとよい。これらにより、トーチ側のコンパクト化や簡素化が可能となる。
【0045】
絶縁体を着脱できると共に絶縁体を気密に保持できる保持体を備えるとよい。消耗し易い絶縁体のみの交換が可能となり、処理室内の気密も保持できる。また絶縁体と保持体が分離(分割)可能なら、それぞれの配置環境に応じて、絶縁体と保持体を異種材で構成することもできる。例えば、アーク柱または局部加熱されるAl基溶湯の付近に配設される絶縁体は、耐熱性、低熱膨張性、耐熱衝撃性等に優れた材質(セラミックス等)からなるとよい。保持体は、アーク柱やAl基溶湯から離間して配設されるため、必ずしも、絶縁体ほど耐熱性等に優れた材質でなくてもよい。保持体は、絶縁体を気密に保持するために機械加工等ができる材質(快削性セラミックス/マシナブルセラミックス等)であると好ましい。
【0046】
絶縁体および保持体は、少なくとも絶縁性に優れるセラミックス(例えば、体積抵抗率が105Ω・cm超)からなるとよい。このようなセラミックスは、例えば、Al2TiO5(チタン酸アルミニウム) 、SiO2・Al2O3、SiO2、Al2O3等を主成分(全体の50質量%超さらには75質量%以上)とするとよい。特に絶縁体は、上述した耐熱性等と共に、絶縁破壊電圧も大きいセラミックス(例えばAl2TiO5)からなるとよい。
【0047】
アーク放電は熱陰極アークでも冷陰極アークでもよい。いずれにしても、トーチ電極は陰極(負極、カソード)であるとよい。このとき、湯槽や処理室の壁面とAl基溶湯(対極)とは略電位であるとよい。高温下に曝される電極(トーチ電極、対極)は、炭素(C)、タングステン(W)などの高沸点材からなるとよい。通常、黒鉛(電極)が用いられるとよい。電極の形態は問わないが、通常、(円)柱状または(丸)棒状である。
【実施例】
【0048】
Znを含むAl基溶湯の湯面付近を局部加熱して真空蒸留した。その処理後のAl基溶湯から得られたAl合金中のZn濃度を測定した。このような具体例に基づいて本発明をより詳しく説明する。
【0049】
[第1実施例]
《装置》
金属精製装置の一例である不純物除去装置S(単に「装置D」という。)の概要を、
図1に模式的に示した。
【0050】
装置Dは、Al基溶湯m(単に「溶湯m」という。)を加熱保持する保持槽1と、保持槽1の上方を閉塞して保持槽1内に密閉された処理室v(上方空間)を形成する蓋体2と、処理室v内を真空に排気する排気部3と、溶湯mの湯面s付近を加熱する局部加熱部4とを備える。
【0051】
保持槽1(加熱炉)は、筐体11と、溶湯mを収容する坩堝12(湯槽)と、坩堝12内で原料金属(アルミニウム系スクラップ等)の溶解や溶湯mの温度調整を行えるヒータ13とを備える。坩堝12はアルミナ製とし、ヒータ13は電気抵抗式とした。
【0052】
排気部3は、油回転式の真空ポンプ31(排気手段)と、処理室v内の真空度を調整する調整弁32と、処理室vから吸い込まれる蒸気や微粒子等をトラップする排気フィルタ33と、処理室vに連通する排気管34を備える。
【0053】
局部加熱部4(局部加熱手段)は、アーク放電aを生じさせる電源40、トーチ41および対極42を備える。トーチ41は、電極411(トーチ電極)と、電極411を囲繞するガス管412を備える。ガス管412には、上流側にあるガス源(ボンベ等)から不活性ガス(Ar)が供給される。ガス管412は、セラミックス等の絶縁材からなるとよい。
【0054】
電源40にはTIG(Tungsten Inert Gas)溶接用電源を用いた。電極411も対極42も丸棒状電極とし、対極42の先端部は溶湯mの上部に浸漬した。電源40により、電極411と対極42の間で通電がなされると、湯面sとその近傍上空にある電極411の先端部(先端面近傍)との間にアーク放電aが生じる。アーク放電aにより、ガス管412から供給されるガスの少なくとも一部が連続的にプラズマ化し、アーク柱やプラズマ流が安定して生成される。ガス管412の下流側から放出された不活性ガスの一部は、アーク放電aの外周囲と湯面sに沿ったガス気流gとなる。湯面sに沿ったガス気流gにより、湯面s上に生じた蒸気は処理室v内へ拡散する。その一部は排気部3から排気され、残部は温度の低下と共に液体または固体となって排気管34やフィルター33に堆積する。
【0055】
《精製》
上述した装置Dを用いて、除去対象であるZn(特定元素)を含むAl基溶湯(原料溶湯)の精製を行った。また精製後の溶湯からなるAl合金に含まれるZn濃度を測定した。具体的には次の通りである。なお、各試料に係る精製(真空蒸留)条件とZn濃度は表1に併せて示した。
【0056】
(1)Al基溶湯
精製前のAl基溶湯(原料溶湯)として、Al-1.2%Znとなる溶湯を坩堝12内で調製した。Zn濃度は、溶湯または合金の全体に対するZnの質量割合である。溶湯となる金属原料には、市販の純Alと純Znを用いた。各試料で用いたAl基溶湯量は、いずれも500gとした。溶湯温度は、湯面sからの深さが約25mmの位置で測定し、表1に示す温度とした。湯面sの表面積は、坩堝12の開口面積と略同じで50cm2であった。
【0057】
(2)真空蒸留
真空ポンプ31を作動させて、密閉状態の処理室v内を排気して減圧した。処理室v内が表1に示した真空度(絶対圧)に到達した時点を処理開始時とし、その時点からの経過時間を処理時間とした。
【0058】
試料1、2では、電源40を通電して、処理開始時からアーク放電aによる局部加熱を行った。アーク放電aは、電極411を負極(カソード)、対極42を正極(アノード)とする直流アークとした。なお、電極411にはφ3.2mmの黒鉛棒、対極42にはφ4mmの黒鉛棒を用いた。対極42の先端部は、湯面sから約50mmの深さ位置へ浸漬した。アーク放電aに伴う放電電流とガス気流gを形成するArガス流量は、表1に示した通りとした。なお、放電時間は、表1に示した処理時間である。アーク放電aによる湯面s付近の加熱面積は約3.1cm2であり、アーク放電aによる湯面sに付与されたエネルギー密度は約500W/cm2であった。
【0059】
試料C11、C12およびC2では、電源40への通電も湯面sへのガス供給も行なわず、従来の真空蒸留法を実施した。
【0060】
(3)測定
精製処理後の各試料のAl基溶湯の全量を攪拌した後、その一部をステンレス製分析型へ注入し、大気中で自然冷却により凝固させた。こうして得られたAl合金の化学成分(Zn濃度)を蛍光X線分光法により測定し、その結果を表1に併せて示した。
【0061】
(4)評価
表1に示した試料1、2から明らかなように、湯面s付近を局部的に加熱すると、溶湯温度や真空度を高めるまでもなく、短時間でZn濃度を効率的に低減できることがわかった。
【0062】
一方、表1に示した試料C11、C12、C2から明らかなように、従来の真空蒸留法による精製では、溶湯温度と真空度の両方を高くすると共に長時間保持しないと、Zn濃度を十分に低減できなかった。
【0063】
以上から、本発明のようにAl基溶湯の湯面付近を局部的に加熱すると、溶湯温度や真空度を高めるまでもなく、Al基溶湯から特定元素を短時間で効率的に除去できることがわかった。
【0064】
[第2実施例]
蓋体2に配設されるトーチ41の構造を変更した装置D1、D2の要部断面を、それぞれ
図2、
図3に模式的に示した。なお、既述した部材については、同符号を付して、適宜、それらの説明を省略した。また、上下方向(鉛直方向)、左右方向は、図中に矢印で示した方向とした。
【0065】
《装置構成》
(1)装置D1のトーチ41は、電極411およびガス管412に加えて、処理室v内においてそれらの外周面を覆う絶縁筒413(絶縁体)を備える。絶縁筒413は、外周側へ拡径した円環状の段部4131を上側に有する円筒状である。
【0066】
絶縁筒413の蓋体2への固定は、段部4131の上面4131aを蓋体2の下面に密接させて、段部4131の下面4131bを蓋体2の下面に設けた留め具431で保持してなされる。なお、留め具431は蓋体2に対してネジ止めする構造であるため、絶縁筒413は蓋体2に着脱自在となっている。
【0067】
絶縁筒413の上端部は、貫通した段付穴4321を中央付近に有する円盤状のホルダー432(保持体)で覆われている。ホルダー432は、段付穴4321にガス管412を嵌挿した状態で、複数のねじ433により、蓋体2の上面に固定される。ホルダー432の下面と蓋体2の上面の間、および段付穴4321の内周面とガス管412の外周面の間は、それぞれOリング434、435によりシールされている。なお、ホルダー432には、Oリング434、435を収容する環状溝が機械加工により形成されている。こうして絶縁筒413は、ホルダー432に対して着脱可能であると共に、両者間(ひいては処理室v)の気密も維持され得る。
【0068】
(2)装置D2のトーチ41は、上述した絶縁筒413が省略されている。蓋体2の上面に固定されるホルダー442は、中央に貫通したストレート穴4421を有する。ガス管412は、ストレート穴4421を嵌通して保持される。
【0069】
《評価》
(1)アーク放電
装置D1と装置D2を用いて、上述した真空蒸留を行った。但し、溶湯温度を740℃に保持し、処理室v内の気圧(真空度)が650Pa以下になった時点で、通電(アーク放電)を開始した。アーク放電は、直流電流:100A、放電時間:約200秒、Arガス流量:5L/minとして行った。
【0070】
ここで、電極411:グラファイト電極(φ3.2mm)、対極42:グラファイト電極(φ6mm)とした。また電極411を負極側、対極42を正極側とした。
【0071】
さらに絶縁筒413には、Al2TiO5から主になるセラミックス(合資会社マルワイ矢野製陶所製FTA-PS)を用いた。またホルダー432、442には、SiO2・Al2O3から主になるセラミックス(ホトベール)を用いた。
【0072】
各装置で生じるアーク放電の安定性を観察した。装置D1の場合、電極411の外周面がその先端部付近まで絶縁筒413で囲われていたため、自由放電を生じることなく、安定したアークが生成された。
【0073】
一方、装置D2の場合、電極411の外周側に絶縁筒413を設けなかったため、電極411の外表面と金属製の保持槽1の壁面との間で自由放電が発生した。また、電極411の先端部に形成されるアークには、揺らぎが確認された。
【0074】
以上のことから、トーチ電極の外表面を囲う絶縁体を設けることにより、自由放電の抑止やアーク放電の安定性が図られることがわかった。
【0075】
(2)耐久性
3種類の異なるセラミックスからなる絶縁筒413を用意した。上述したAl2TiO5から主になる絶縁筒413を試料1、上述したSiO2・Al2O3から主になる絶縁筒413を試料2、Al2O3(99.99質量%)からなる絶縁筒413を試料3とする。いずれのセラミックスも、体積抵抗率は105Ω・cm超であった。
【0076】
各試料の絶縁筒413を組み込んだ装置D1により、上述した真空蒸留を行った。放電時間:約200秒を1回として、各試料の耐久性(損傷寿命)を評価した。なお、いずれの試料(絶縁筒413)を用いた場合でも、漏電、自由放電、気圧漏れ等はなかった。
【0077】
試料1の場合、真空蒸留を20回以上行っても、絶縁筒413に損傷はなかった。試料2の場合、真空蒸留を5回行うと、絶縁筒413の先端部に割れが確認された。試料3の場合、真空蒸留を2回行うと、絶縁筒413の先端部に割れが確認された。
【0078】
試料1の絶縁筒413が耐久性に優れた理由は、Al2TiO5からなるセラミックスがマイクロクラック構造を有しており、熱膨張が緩和されて低熱膨張であったためと考えられる。
【0079】
以上のことから、処理室内に配設する絶縁体には、耐熱性、耐熱衝撃性、低膨張性等に優れるセラミックスを用いると、真空蒸留を長期的に安定して行え、ひいては真空蒸留のコスト低減を図れることがわかった。
【0080】
【符号の説明】
【0081】
D 不純物除去装置
1 保持槽
12 坩堝(湯槽)
2 蓋体
3 排気部
31 真空ポンプ(排気手段)
4 局部加熱部
411 電極(トーチ電極)
413 絶縁筒(絶縁体)
432 ホルダー(保持体)
m Al基溶湯
s 湯面
a アーク放電
g ガス気流