(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-26
(45)【発行日】2023-02-03
(54)【発明の名称】分化コントロール化合物を用いて造腫瘍性をもつおそれのある未分化iPS細胞等の混入を除去する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20230127BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230127BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20230127BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20230127BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230127BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20230127BHJP
A61K 35/34 20150101ALI20230127BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20230127BHJP
A61K 31/4184 20060101ALI20230127BHJP
A61K 31/4439 20060101ALI20230127BHJP
A61K 31/357 20060101ALI20230127BHJP
A61K 31/352 20060101ALI20230127BHJP
【FI】
C12N5/077
A61P43/00 107
A61L27/38 100
A61L27/38 300
A61K35/12
A61P35/00
A61K35/545
A61K35/34
A61L27/54
A61K31/4184
A61K31/4439
A61K31/357
A61P43/00 121
A61K31/352
(21)【出願番号】P 2020510470
(86)(22)【出願日】2019-02-27
(86)【国際出願番号】 JP2019007471
(87)【国際公開番号】W WO2019187918
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-10-26
(31)【優先権主張番号】P 2018064199
(32)【優先日】2018-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 オンライン上での論文掲載による公開 Molecular Therapy(Volume26.Issue7.p1595-1866)『Atorvastatin Inhibits the HIF1α-PPAR Axis,Which Is Essential for Maintaining the Function of Human Induced Pluripotent Stem Cells』(URL:https://www.cell.com/molecular-therapy-family/molecular-therapy/fulltext/S1525-0016(18)30264-8) 公開日:2018年6月18日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 学術誌の頒布による公開 学術誌の名称:Molecular Therapy(Volume26.Issue7.p1595-1866) 発行者:CELL PRESS 発行日:2018年7月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】中島 義基
(72)【発明者】
【氏名】大政 健史
(72)【発明者】
【氏名】野口 洋文
(72)【発明者】
【氏名】潮平 知佳
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-049099(JP,A)
【文献】特開2018-014972(JP,A)
【文献】特表2017-503849(JP,A)
【文献】特表2015-523362(JP,A)
【文献】特開2015-117221(JP,A)
【文献】国際公開第2017/126549(WO,A1)
【文献】NAKASHIMA, Y., et al.,Atorvastatin Inhibits the HIF1α-PPAR Axis, Which Is Essential for Maintaining the Function of Human Induced Pluripotent Stem Cells,Molecular Therapy,2018年06月19日,Vol. 26, No. 7,p. 1715-1734
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を含み、下記(a)から(c)のいずれかにおいて、培養または/および保存のために用いられる培地。(a) 幹細胞(b) (a)と幹細胞由来分化細胞(c) (b)と幹細胞由来分化細胞から作製された臓器
【請求項2】
前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である請求項1記載の培地。
【請求項3】
前記分化細胞が心筋細胞である請求項1又は2に記載の培地。
【請求項4】
前記幹細胞がヒト由来である請求項1~3のいずれか一項に記載の培地。
【請求項5】
分化コントロール化合物を濃度10~500μMで含む請求項1~4のいずれか一項に記載の培地。
【請求項6】
前記培地が無血清培地である、請求項1~5のいずれか一項に記載の培地。
【請求項7】
前記請求項1から6のいずれか一項に記載の培地を作製するための
、
分化コントロール化合物であるLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分として含む培地作製用組成物。
【請求項8】
幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物から、未分化幹細胞の混入がない分化細胞のみを分離するための、
分化コントロール化合物であるLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分として含む分化細胞製造用組成物。
【請求項9】
前記分化細胞が、心筋細胞である請求項8記載の
分化細胞製造用組成物。
【請求項10】
分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分とする幹細胞生存抑制剤。
【請求項11】
前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である請求項10記載の幹細胞生存抑制剤。
【請求項12】
前記幹細胞がヒト由来である請求項10又は11に記載の幹細胞生存抑制剤。
【請求項13】
幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の生体内での腫瘍化を抑制するための医薬組成物であり、請求
項12記載の幹細胞生存抑制剤を含む医薬組成物。
【請求項14】
幹細胞から分化細胞を製造する方法であって、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数により処理する工程を含む方法。
【請求項15】
前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である請求項14記載の方法。
【請求項16】
前記分化細胞が心筋細胞である請求項14又は15記載の方法。
【請求項17】
前記幹細胞がヒト由来である請求項14~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
幹細胞を培養する工程と、幹細胞を分化誘導する工程と、をさらに含む請求項14~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物を製造する方法であって、前記幹細胞を分化誘導する工程と、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数により処理する工程と、を含む方法。
【請求項20】
前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である請求項19記載の方法。
【請求項21】
前記分化細胞が心筋細胞である請求項19又は20記載の方法。
【請求項22】
前記幹細胞がヒト由来である請求項19~21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
幹細胞を培養する工程と、をさらに含む請求項19~22のいずれか一項に記載の方法。
【請求項24】
幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物から分化細胞のみを分離する方法であって、前記細胞混合物を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数により処理する手順を含む方法。
【請求項25】
前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である請求項24記載の方法。
【請求項26】
前記分化細胞が心筋細胞である請求項24又は25記載の方法。
【請求項27】
前記幹細胞及び前記分化細胞がヒト由来である請求項24~26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
幹細胞を培養する工程と、幹細胞を分化誘導する工程と、をさらに含む請求項24~27のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
請求項1記載の培地、請求項7記載の培地作製用組成物、請求項10記載の幹細胞生存抑制剤、請求項13記載の医薬組成物の製造のための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの単体もしくは組み合わせでの使用。
【請求項30】
幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の製造のための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの使用。
【請求項31】
幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の生体内での腫瘍化を抑制するための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞由来の分化細胞用培地、幹細胞からの分化細胞の製造及び該分化細胞を含む細胞医薬組成物の製造のための方法に関する。より詳しくは、特に心筋細胞に好適に用いられる分化コントロール化合物(Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysin)によって幹細胞の生存を抑制して目的とする分化細胞のみを選択的に培養可能な培地等に関する。
【背景技術】
【0002】
人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多分化能幹細胞を用いる再生医療技術の課題のひとつは、多分化能幹細胞を所望のタイプの細胞に分化させた後に患者の体内に移植する際に、多分化能幹細胞が未分化状態のまま残存し、分化した細胞とともに患者の体内に移植され、患者の体内で腫瘍及び癌化する危険を如何に防止するかである(非特許文献1参照)。
【0003】
造腫瘍性をもつおそれのある未分化iPS細胞等の混入を評価する試験系としては、未分化多能性細胞特異的なマーカーや分化能の高い細胞に特異的なマーカー(非特許文献2参照)の発現を指標にしたフローサイトメトリー解析や定量的RT-PCR(qRT-PCR)法が挙げられる。しかし、いずれも一定の頻度以下の未分化多能性幹細胞の混入は検出できない。そのため、最終製品の安全性評価には、未分化多能性幹細胞を培養条件に戻して培養してiPS細胞等のコロニーが出現しないことの確認などが必要である。
【0004】
化学分子データベースPubChem(https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)から、Liarozoleの試薬名や化学式は提示可能である。Liarozole(6-[(3-chlorophenyl)-imidazol-1-ylmethyl]-1~{H}-benzimidazole、化1参照)は、シトクロムP450RAI(retinoic acid inducible=レチノイン酸誘導性)酵素阻害薬の一種である。
【0005】
【0006】
シトクロムP450RAI阻害剤は、現在、ケトコナゾール(Ketoconazole)、リアロゾール(Liarozole)およびR116010、さらに、シクロプロピルアリール、シクロプロピルヘテロアリール、シクロプロピルアミノアリール、または(1-イミダゾリル)メチルアリール構造を持つ酵素シトクロムP450RAIに対して阻害作用を持ついくつかの化合物が知られている(特許文献1参照)。先行技術では、ヒトを含む哺乳動物にある種のシトクロムP450RAI阻害剤を投与すると内因性RAレベルの有意な増加が起こること、そしてシトクロムP450RAI阻害剤、例えばリアロゾールによる処置は、レチノイドによる処置と類似する効果、例えば乾癬の改善をもたらすことが指摘されている(非特許文献3参照)。
【0007】
本発明に関連して、特許文献1には、レチノイドは、胚発生の期間中遺伝子発現を調節すること、および、例示的なレチノイド反応性障害(disorders than can be treated)としては、挫創等の皮膚障害、自己免疫性障害、炎症性障害、増殖性障害、神経障害、視覚障害および肺障害が挙げられており、レチノイド反応性障害を有するヒトを処置するための方法としてシトクロムP450RAI阻害剤の使用が単独かもしくはレチノイド処置と組み合わせて、個体中のレチノイドのレベルを有益に維持するかもしくは増大させる技術が開示されている。当該文献の実施例には、ハムスター腹側部器官における皮脂腺の分化についての実験において、シトクロムP450RAI阻害剤の経口強制栄養法により、皮脂腺の分化をブロックすることが記載されている。特許文献2には、シトクロムP450RAI阻害剤として作用する可能性のあるいくつかの化合物が示されている。しかし、培地添加物としてのシトクロムP450RAI阻害剤の具体的な利用方法は検討されておらず、またiPS細胞の心筋細胞への分化誘導に関する具体的な事例は開示されていない。
【0008】
化学分子データベースPubChem(https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)から、Pioglitazoneの試薬名や化学式は提示可能である。 Pioglitazone(5-[[4-[2-(5-ethylpyridin-2-yl)ethoxy]phenyl]methyl]-1,3-thiazolidine-2,4-dione、化2参照)は、チアゾリジン(Thiazolidinedione)誘導体の一種である。
【0009】
【0010】
チアゾリジン誘導体とはチアゾリジンから合成される一群の化合物であり、例えば、〔〔ω-(ヘテロシクリルアミノ)アルコキシル〕ベンジル〕-2、4-チアゾリジンジオン、(±)-5-〔〔2-(2-ナフタレニルメチル)-5-ベンゾキサゾイル〕メチル〕-2、4-チアゾリジンジオン等が例示される。具体的に、インスリン抵抗性改善薬として利用されるロシグリタゾン(Rosiglitazone:グラクソ・スミスクライン)、ピオグリタゾン(Pioglitazone:武田薬品工業)、ロべグリタゾン(Lobeglitazone:Chong Kun Dang)、トログリタゾン(Troglitazone:第一三共)、リボグリタゾン(Rivoglitazone:第一三共)、または、シグリタゾン(Ciglitazone:武田薬品工業)等が挙げられる。チアゾリジン誘導体は、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)γ作動薬であり、脂肪組織や肝臓・骨格筋のインスリン感受性を増加させ、慢性的な高血糖を改善する。先行技術では、インスリン、トランスフェリン、デキサメタゾン、ビオチン、アスコルビン酸、グルコース、上皮成長因子若しくは繊維芽細胞成長因子、ならびに亜セレン酸若しくはその塩を含有し、かつインドメタシン、プロスタグランジン、長鎖脂肪酸およびチアゾリジン誘導体よりなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を加えた栄養培地を使用することにより、無血清あるいは低血清状態で初代前駆脂肪細胞を分化誘導することができることが指摘されている(特許文献3参照)。
【0011】
本発明に関連して、特許文献4には、非ステロイド性抗炎症剤またはチアゾリジン誘導体が骨・軟部に発生する巨細胞性腫瘍または軟骨肉腫のPPARγの発現を誘導し、それによってアポトーシスまたは脂肪細胞分化を誘導することで骨・軟部に発生する巨細胞性腫瘍または軟骨肉腫の予防または治療剤として利用可能とするためのスクリーニング方法が記載されている。しかし、特許文献4には、培地添加物としてのPioglitazoneの具体的な利用方法は検討されておらず、またiPS細胞の心筋細胞への分化誘導に関する具体的な事例は開示されていない。
【0012】
化学分子データベースPubChem(https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)から、Silibinin(Silybin)の試薬名や化学式は提示可能である。 Silibinin(Silybin)((2~{R},3~{R})-3,5,7-trihydroxy-2-[(2~{R},3~{R})-3-(4-hydroxy-3-methoxyphenyl)-2-(hydroxymethyl)-2,3-dihydro-1,4-benzodioxin-6-yl]-2,3-dihydrochromen-4-one、化3参照)は、マリアアザミ(Silybum marianum)種子の標準化された抽出物であるシリマリン(Silymarin)の主要な活性成分である。
【0013】
【0014】
シリマリンには、シリビニン(silibinin)、シリジアニン(silydianin)、イソシリビン(isosilybin)、シリクリスチン(silychristin)などがある。シリマリンには、グルコ-スの取り込みの阻害作用、低酸素誘導因子(HIF)活性の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序で癌細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されている(非特許文献4参照)。
【0015】
本発明に関連して、特許文献5には、シリマリンは、哺乳類の眼の角膜及び/又は強膜を通じた眼科用の浸透促進剤、浸透増進剤、吸収増進剤の機能成分として用いられ、角膜上皮細胞の再生に対しても使用例が上げられている。特許文献6には、シリマリンは、加齢及び免疫老化に関係する病気の治療目的として造血幹細胞の機能低下、及び、抗癌効果を目的とした栄養補助食品としての利用例が上げられている。しかし、培地添加物としてのシリマリンの具体的な利用方法は検討されておらず、またiPS細胞の心筋細胞への分化誘導に関する具体的な事例は開示されていない。
【0016】
化学分子データベースPubChem(https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)から、Chrysinの試薬名や化学式は提示可能である。 Chrysin(5,7-dihydroxy-2-phenylchromen-4-one、化4参照)は、果実の果皮、トケイソウやプロポリスなどに含まれるフラボノイドの一つである。また、プロポリスの主要な活性成分として知られる。
【0017】
【0018】
クリシンには、COX-2遺伝子やプロスタグランジンE2の阻害作用など抗炎症作用(非特許文献5参照)、低酸素誘導因子(HIF)活性の阻害作用(非特許文献6参照)が報告されている。
【0019】
本発明に関連して、非特許文献7において、クリシンは、ヒト癌細胞に対する増殖抑制作用を有し、特に白血病に関連した癌細胞株には他のフラボノイドと比較して特に強いアポトーシスの誘導効果があることが開示されている。また、同効果の作用機序にAktシグナル伝達の阻害が関与することが報告されている(非特許文献7参照)。しかし、培地添加物としてのクリシンの具体的な利用方法は検討されておらず、またiPS細胞の心筋細胞への分化誘導に関する具体的な事例は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0020】
【文献】特開2007-515433号公報
【文献】特開2004-507531号公報
【文献】特開2000-157260号公報
【文献】国際公開第2013/146435号パンフレット
【文献】特開2015-521182号公報
【文献】特開2013-537036号公報
【非特許文献】
【0021】
【文献】J Cell Sci,2010.123.643-651
【文献】PNAS,2013.110.51.20569-20574
【文献】British Journal of Dermatology,1998.139.380-389
【文献】Oncogene,2009.28.313-324
【文献】FEBS Letters,2005.579.705-711
【文献】Molecular Cancer Therapeutics,2007.6.220-226
【文献】International Journal of Molecular Sciences,2010.11.2188-2199
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明は、幹細胞から誘導される分化細胞において、未分化な幹細胞の混入のない分化細胞を調製するための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
[1]分化コントロール化合物(未分化幹細胞の混入がない成熟細胞や臓器を得る工程で用いる化合物を称す)として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を含み、下記(a)から(c)のいずれかにおいて、培養または/および保存のために用いられる培地。
(a) 幹細胞
(b) (a)と幹細胞由来分化細胞
(c) (b)と幹細胞由来分化細胞から作製された臓器
[2]前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である[1]の培地。
[3]前記分化細胞が心筋細胞である[1]又は[2]の培地。
[4]前記幹細胞がヒト由来である[1]から[3]の培地。
[5]分化コントロール化合物を濃度10~500μMで含む[1]から[4]の培地。
[6]前記培地が無血清培地である、[1]から[5]の培地。
[7][1]から[6]の培地を作製するための、分化コントロール化合物であるLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分として含む培地作製用組成物。
[8]幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物から、未分化幹細胞の混入がない分化細胞のみを分離するための、分化コントロール化合物であるLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分として含む分化細胞製造用組成物。
[9]前記分化細胞が、心筋細胞である[8]の分化細胞製造用組成物。
【0024】
[10]分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を有効成分とする幹細胞生存抑制剤。[11]前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である[10]の幹細胞生存抑制剤。[12]前記幹細胞がヒト由来である[10]又は[11]の幹細胞生存抑制剤。[13]幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の生体内での腫瘍化を抑制するための医薬組成物であり、[12]の幹細胞生存抑制剤を含む医薬組成物。
【0025】
[14]幹細胞から分化細胞を製造する方法であって、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrys
inのいずれか又は複数により処理する工程を含む方法。[15]前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である[14]の方法。[16]前記分化細胞が心筋細胞である[14]又は[15]の方法。[17]前記幹細胞がヒト由来である[14]から[16]の方法。[18]幹細胞を培養する工程と、幹細胞を分化誘導する工程と、をさらに含む[14]から[17]の方法。
【0026】
[19]幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物を製造する方法であって、前記幹細胞を分化誘導する工程と、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数により処理する工程と、を含む方法。[20]前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である[19]の方法。[21]前記分化細胞が心筋細胞である[19]又は[20]の方法。[22]前記幹細胞がヒト由来である[19]から[21]の方法。[23]幹細胞を培養する工程と、をさらに含む[19]から[22]の方法。
【0027】
[24]幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物から分化細胞のみを分離する方法であって、前記細胞混合物を分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数により処理する手順を含む方法。[25]前記幹細胞が誘導性多能性幹細胞である[24]の方法。[26]前記分化細胞が心筋細胞である[24]又は[25]の方法。[27]前記幹細胞及び前記分化細胞がヒト由来である[24]から[26]の方法。[28]幹細胞を培養する工程と、幹細胞を分化誘導する工程と、をさらに含む[24]から[27]の方法。
【0028】
[29][1]の培地、[7]の培地作製用組成物、[10]の幹細胞生存抑制剤、[13]の医薬組成物の製造のための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの単体もしくは組み合わせでの使用。[30]幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の製造のための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの使用。[31]幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の生体内での腫瘍化を抑制するための分化コントロール化合物としてのLiarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinの使用。
【発明の効果】
【0029】
本発明により、幹細胞から誘導される分化細胞において、未分化な幹細胞の混入のない分化細胞を調製するための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】培養ヒトiPS細胞に対するLiarozoleの生存抑制活性を評価した結果を示すグラフである(実施例1)。
【
図2】培養ヒトiPS細胞に対するLiarozoleの生細胞活性を評価した結果を示すグラフである(実施例1)。
【
図3】培養心筋細胞に対するLiarozoleの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した結果を示すグラフである(実施例2)。
【
図4】培養ヒトiPS細胞に対するPioglitazoneの生存抑制活性を評価した結果を示すグラフである(実施例3)。
【
図5】培養ヒトiPS細胞に対するPioglitazoneの生細胞活性を評価した結果を示すグラフである(実施例3)。
【
図6】培養心筋細胞に対するPioglitazoneの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した結果を示すグラフである(実施例4)。
【
図7】培養ヒトiPS細胞に対するSilibinin(Silybin)の生存抑制活性を評価した結果を示すグラフである(実施例5)。
【
図8】培養ヒトiPS細胞に対するSilibinin(Silybin)の生細胞活性を評価した結果を示すグラフである(実施例5)。
【
図9】培養心筋細胞に対するSilibinin(Silybin)の生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した結果を示すグラフである(実施例6)。
【
図10】培養ヒトiPS細胞に対するChrysinの生存抑制活性を評価した結果を示すグラフである(実施例7)。
【
図11】培養ヒトiPS細胞に対するChrysinの生細胞活性を評価した結果を示すグラフである(実施例7)。
【
図12】培養心筋細胞に対するChrysinの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した結果を示すグラフである(実施例8)。
【
図13】分化コントロール化合物(Liarozole, Pioglitazone, Silibinin, Chrysin)の細胞障害性を評価した結果を示すグラフである(実施例9)。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0032】
1.培地(細胞保存液や臓器保存液を含む) 本発明に係る培地は、分化コントロール化合物として、Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysinのいずれか又は複数を含み、下記(a)から(c)のいずれかにおいて、培養または/および保存のために用いられることを特徴とする (a) 幹細胞 (b) (a)と幹細胞由来分化細胞 (c) (b)と幹細胞由来分化細胞から作製された臓器 本発明において、分化コントロール化合物は、未分化な幹細胞に特異的な生存抑制活性を有し、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制することが明らかとなり、特に心筋細胞に好適に用いることができる。 これより、本発明に係る培地は、幹細胞から分化細胞への分化誘導の際に最も好適に用いることができる。 これに加え、幹細胞由来分化細胞やこれから作製された臓器に対し、本発明に係る培地を、培養液ないし保存液として用いることにより、未分化な幹細胞が混入していたとしてもこれの生存・増殖を抑制することができ、より適切な分化細胞や目的臓器の作製が可能となる。 すなわち、本発明に係る培地は、幹細胞の培養のための培地、幹細胞の分化誘導のための分化誘導用培地、幹細胞や幹細胞由来分化細胞のための細胞保存液、幹細胞由来分化細胞から作製された臓器のための臓器保存液、これらの用途として用いられるものである。
【0033】
本発明に用いられる分化コントロール化合物(Liarozole、Pioglitazone、Silibinin、Chrysin)は、分子コントロール化合物そのもののみならず、本発明の趣旨に鑑み、化学修飾などをして用いることができる。 すなわち、培地や細胞保存液、臓器保存液への溶解性や生体への吸収性を高めるなどを目的として、培地や細胞保存液、臓器保存液における使用に最適化するための、薬剤の標的化(DDS:ドラッグ デリバリー システム)、水溶性を高めるプロドラッグ(pro-drug)化、輸送担体の工夫など、である。
【0034】
本発明に係る培地において、分化コントロール化合物の濃度は、未分化幹細胞に対して生存抑制活性を示し、かつ分化細胞の細胞死を誘発することがない濃度である限りにおいて、特に限定されない。このような濃度は、実施例記載の方法及び従来公知の方法を用いて当業者が適宜設定することができる。分化コントロール化合物の濃度は、例えば0.01~2000μM、好ましくは0.1~1000μM、より好ましくは10~500μMとされる。
【0035】
本発明に係る培地は、幹細胞の培養や幹細胞からの分化細胞の誘導のために従来から用いられている培地(基礎培地)に、分化コントロール化合物を上記濃度で単体もしくは組み合わせで添加することにより調製可能である。このような培地としては、例えば、以下を挙げることができる。
【0036】
[基礎培地] RPMI-1640培地、EagleのMEM培地、ダルベッコ改変MEM培地、Glasgow’s MEM培地、α-MEM培地、199培地、IMDM培地、DMEM培地、Hybridoma Serum free培地、Chemically Defined Hybridoma Serum Free培地、Ham’s Medium F-12、Ham’s Medium F-10、Ham’s Medium F12K、ATCC-CRCM30、DM-160、DM-201、BME、Fischer、McCoy’s 5A、Leibovitz’s L-15、RITC80-7、MCDB105、MCDB107、MCDB131、MCDB153、MCDB201、NCTC109、NCTC135、Waymouth’s MB752/1、CMRL-1066、Williams’ medium E、Brinster’s BMOC-3 Medium、E8 Medium(以上サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ReproFF2、Primate ES Cell Medium、ReproStem(以上リプロセル株式会社)、ProculAD(ロート製薬株式会社)、MSCBM-CD、MSCGM-CD(以上Lonza社)、EX-CELL302培地(SAFC社)またはEX-CELL-CD-CHO(SAFC社)、ReproMedTM iPSC Medium(リプロセル株式会社)、Cellartis MSC Xeno-Free Culture Medium(タカラバイオ株式会社)、TeSR-E8 (株式会社べリタス)、StemFit(登録商標)AK02N、AK03N(味の素株式会社)及びこれらの混合物。[細胞保存液や臓器保存液] 臨床で汎用されてきた細胞保存液や臓器保存液としては、University of Wisconsin臓器保存液(UW液)、HBSS (Hank's Balanced Salt Solution)、histidine-tryptophan-ketogluta- rate(HTK)液、Euro-Collins液、Celsior液、ET-Kyoto液、IGL-1液、EP-TU液などが挙げられる。
【0037】
本発明に係る培地は、これらの培地に分化コントロール化合物を予め添加されていてもよく、あるいは細胞培養中に添加することによって調製できる。
【0038】
また、培地には、必要に応じて細胞の生存又は増殖に必要な生理活性物質及び栄養因子などを添加できる。これらの添加物は、培地に予め添加されていてもよく、細胞培養中に添加されてもよい。培養中に添加する方法は、1溶液または2種以上の混合溶液などいかなる形態によってでもよく、連続的または断続的な添加であってもよい。
【0039】
生理活性物質としては、インシュリン、IGF-1、トランスフェリン、アルブミンまたは補酵素Q10などが挙げられる。 栄養因子としては、糖、アミノ酸、ビタミン、加水分解物または脂質などが挙げられる。 糖としては、グルコース、マンノースまたはフルクトースなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。 アミノ酸としては、L-アラニン、L-アルギニン、L-アスパラギン、L-アスパラギン酸、L-システイン、L-グルタミン酸、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシンまたはL-バリンなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。 ビタミンとしては、d-ビオチン、D-パントテン酸、コリン、葉酸、myo-イノシトール、ナイアシンアミド、ピロドキサール、リボフラビン、チアミン、シアノコバラミンまたはDL-α―トコフェロールなどが挙げられ、1種または2種以上を組み合わせて用いられる。 加水分解物としては、大豆、小麦、米、えんどう豆、とうもろこし、綿実、酵母抽出物などを加水分解したものが挙げられる。 脂質としては、コレステロール、リノール酸またはリノレイン酸などが挙げられる。
【0040】
さらに、培地には、カナマイシン、ストレプトマイシン、ペニシリンまたはハイグロマイシンなどの抗生物質を必要に応じて添加してもよい。シアル酸等の酸性物質を培地に添加する場合には、培地のpHを細胞の成育に適した中性域であるpH5~9、好ましくはpH6~8に調整することが望ましい。
【0041】
本発明に係る培地は、血清含培地であっても無血清培地であってもよい。異種動物由来成分の混入防止の観点からは血清を含有しないか、培養される幹細胞と同種動物由来の血清が用いられることが好ましい。ここで、無血清培地とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。無血清培地は、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)を含有していてもよい。
【0042】
本発明に係る培地は、血清と同様に、血清代替物についてもこれを含んでいても含んでいなくともよ
い。血清代替物としては、例えば、アルブミン、脂質リッチアルブミン及び組換えアルブミン等のアルブミン代替物、植物デンプン、デキストラン、タンパク質加水分解物、トランスフェリン又は他の鉄輸送体、脂肪酸、インスリン、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール、3’-チオグリセロールあるいはこれらの均等物などが挙げられ得る。血清代替物の具体例として、例えば、国際公開第98/30679号記載の方法により調製されるものや、市販のknockout Serum Replacement[KSR](Life Technologies社)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社)及びGlutamax(Life Technologies社)などが挙げられる。また、生体由来因子としては、多血小板血漿(PRP)、ヒト間葉系幹細胞の培養上清成分が挙げられる。
【0043】
本発明の培地は、分化コントロール化合物を必須の成分として、培地作製用組成物とすることができる。 すなわち、本発明の培地における成分の全部ないし一部を組成成分として、これを固形化ないし濃縮溶液とし、溶解や希釈、既存培地に添加するための組成物(培地サプリメント)、液体培地と固形成分のセットなど種々の態様で、本発明における培地を最終的に作製するための組成物とすることができる。
【0044】
[幹細胞] 本発明が対象とする「幹細胞」は、自己複成能及び分化増殖能を有する未熟な細胞をいい、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等が含まれる。「幹細胞」は、一般に、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己再生能」と、三胚葉系列すべてに分化できる「分化多能性」とを有する未分化細胞と定義されている。 多能性幹細胞とは、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。 複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。 単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0045】
幹細胞の由来種も特に限定されず、例えば、ラット、マウス、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類などの細胞であってよい。
【0046】
幹細胞の具体例としては、筋芽細胞、血管内皮細胞、骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、心筋細胞、軟骨細胞等へ分化する間葉系幹細胞、ニューロンやグリア細胞へ分化する神経幹細胞、白血球、赤血球、血小板、肥満細胞、樹状細胞等へ分化する造血幹細胞又は骨髄幹細胞、スフェロイド状態から胚様体(EB体)と呼ばれる擬似的な胚の形成を経て様々な組織への分化・誘導のステップに進むことが知られている胚性幹細胞(Embryonic stem cell:ES細胞)や誘導性多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)、始原生殖細胞に由来する胚性生殖(EG)細胞、精巣組織からのGS細胞の樹立培養過程で単離されるmultipotent germline stem(mGS)細胞、骨髄から単離されるmultipotent adult progenitor cell(MAPC)等の多能性幹細胞などが挙げられる。
【0047】
多能性幹細胞としては、特に、上述のES細胞またはiPS細胞を挙げることができる。体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を培養することによって樹立した幹細胞も、多能性幹細胞としてまた好ましい(Nature,1997.385.810-813、Science,1998.280.1253-1256、Nature Biotechnology,1999.17.456-461、Nature.1998.394.369-374、Nature Genetics.1999.22.127-128、Proc Natl Acad Sci USA.1999.96.14984-14989、Nature Genetics,2000.24.372-376)。
【0048】
ヒトES細胞株は、例えばWA01(H1)およびWA09(H9)は、WiCell Reserch Instituteから、KhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。また、臨床研究用ヒトES細胞株KthES11は、京都大学のウイルス・再生医科学研究所から入手可能である。
【0049】
iPS細胞としては、例えば、皮膚細胞等の体細胞に複数の遺伝子(初期化因子)を導入して得られる、ES細胞同様の多分化能を獲得した細胞が挙げられる。例えばOct3/4遺伝子、Klf4遺伝子、C-Myc遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞や、Oct3/4遺伝子、Klf4遺伝子及びSox2遺伝子を導入することによって得られるiPS細胞(Nature Biotechnology,2008.26.101-106)等が挙げられる。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3またはGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いても良く、組み合わせて用いても良い。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Nat Biotechnol,2008.26.795-797、Cell Stem Cell,2008.2.525-528、Stem Cells,2008.26.2467-2474、Nat Biotechnol,2008.26.1269-1275、Cell Stem Cell,2008.3.568-574、Cell Stem Cell,2008.3.475-479、Cell Stem Cell,2008.3.132-135、Nat Cell Biol,2009.11.197-203、Nat Biotechnol,2009.27.459-461、Proc Natl Acad Sci USA,2009.106.8912-8917、Nature,2009.461.643-649、Cell Stem Cell,2009.5.491-503、Cell Stem Cell,2010.6.167-74、Nature,2010.463.1096-1100、Stem Cells,2010.28.713-720、Nature,2011.474.225-229に記載の組み合わせが例示される。 iPS細胞は、所定の機関(理研バイオリソースセンター、京都大学)より入手可能である。また、臨床グレードのiPS細胞の準備も日本(京都大学病院、京都大学iPS細胞研究所 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/stock.html)、および米国(ClinicalTrials.gov Identifier:NCT03434808、ClinicalTrials.gov Identifier:NCT02056613)や、富士フィルム株式会社の米国子会社FUJIFILM Cellular Dynamics, Inc.(FCDI社)にて進められており、本発明の技術も使われ得る。
【0050】
複能性幹細胞としては、特に、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞及び生殖幹細胞等の体性幹細胞等が挙げられる。複能性幹細胞は、好ましくは間葉系幹細胞、より好ましくは骨髄間葉系幹細胞である。なお、間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の間葉系の細胞の全て、または、いくつかへの分化が可能な幹細胞、または、その前駆細胞の集団を広義に意味する。
【0051】
本発明に係る培地は、いずれの幹細胞の培養にも好適に使用することができるが、好ましくは間葉系幹細胞、ES細胞又はiPS細胞の培養に、より好ましくはiPS細胞の培養に、特に好ましくはヒトiPS細胞の培養に使用することができる。ヒトiPS細胞としてより具体的には253G1株(理研セルバンクNo.HPS0002)、201B7株(理研セルバンクNo.HPS0063)、409B2株(理研セルバンクNo.HPS0076)、454E2株(理研セルバンクNo.HPS0077)、HiPS-RIKEN-1A株(理研セルバンクNo.HPS0003)、HiPS-RIKEN-2A株(理研セルバンクNo.HPS0009)、HiPS-RIKEN-12A株(理研セルバンクNo.HPS0029)、Nips-B2株(理研セルバンクNo.HPS0223)、および、臨床用iPS細胞、医療用iPS細胞、再生医療用iPS細胞などを挙げることができる。
【0052】
[幹細胞生存抑制剤等] 上述の通り、分化コントロール化合物は、未分化な幹細胞に特異的な生存抑制活性を有し、分化細胞(特に心筋細胞)の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制する。このため、分化コントロール化合物は、単体もしくは組み合わせでの使用により、in vitroでの細胞培養において幹細胞生存抑制剤として利用でき、さらにin vivoにおいても幹細胞生存抑制剤として、幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の生体内での腫瘍化を抑制するために利用し得る。
【0053】
2.分化細胞の製造方法 本発明に係る分化細胞の製造方法は、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物により処理する工程を含むことを特徴とする。より具体的には、本発明に係る分化細胞の製造方法は、上述の本発明に係る分化細胞用培地中で分化誘導後の細胞を培養する手順を含むことを特徴とする。ただし、本発明に係る分化細胞の製造方法は、分化誘導前の幹細胞が分化コントロール化合物により処理されることを排除する趣旨ではない。すなわち、本発明に係る分化細胞の製造方法では、少なくとも分化誘導後の細胞(分化細胞に加えて未分化状態を維持した幹細胞を含み得る)が分化コントロール化合物により処理されるものであり、加えて分化誘導前の幹細胞もが分化コントロール化合物により処理されてもよい。
【0054】
分化コントロール化合物は、未分化な幹細胞に特異的な生存抑制活性を有し、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制する。このため、本発明に係る分化細胞の製造方法によれば、未分化幹細胞の混入がない(あるいは極めて少ない)分化細胞を得ることができる。
【0055】
また、本発明に係る分化細胞の製造方法と同様の分化コントロール化合物による処理工程に、幹細胞及び分化細胞を含む細胞混合物を供すれば、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制することができるので、細胞混合物から未分化幹細胞の混入がない(あるいは極めて少ない)分化細胞のみを分離することもできる(分化細胞の分離方法)。分化細胞の処理には、分化コントロール化合物を含む培地のみならず、臓器保存液や細胞保存液も用いられ得る。
【0056】
本発明の分化誘導方法が適用できる分化細胞としては、特に制限されず、例えば、骨芽細胞、神経細胞、肝細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、心筋細胞、上皮細胞、網膜色素上皮細胞、樹状細胞等の免疫細胞等が挙げられる。本発明に係る分化細胞の製造方法は、特に幹細胞から心筋細胞を製造するために好適に用いられる。その一方で、13-Cis-Retinoic Acid等のレチノイン酸製剤においても、未分化な幹細胞に特異的な生存抑制活性を有し、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制する効果を持つことを本研究ではすでに明らかとしている。しかし、過去の文献から、13-Cis-Retinoic Acidを多量に投与することで妊娠下のラット胎児に心奇形が生じる副作用も報告されており(東京女子医科大学雑誌,59(1):81-89,1989)、より高い安全性を追求した結果、分化細胞の製造方法では、分化コントロール化合物による処理工程を行うことが幹細胞から心筋細胞を安全に製造する好適な手段とな
り得る。
【0057】
本発明に係る分化細胞の製造方法は、上記の分化コントロール化合物による処理工程に加えて、幹細胞を培養する工程と、幹細胞を分化誘導する工程と、をさらに含んでいてもよい。これらの工程において、細胞の培養及び幹細胞の分化誘導は、従来公知の手法に従って行えばよく、分化コントロール化合物の存在下又は非存在下で行うことができる。また、例えば、移植角膜上皮細胞や、移植皮膚上皮細胞など、移植後の細胞が外界に接する場合には、点眼薬、もしくは塗布薬の成分として分化コントロール化合物は含まれていても良い。
【0058】
細胞培養に用いられる培養器は、特に限定されないが、フラスコ、ディッシュ、シャーレ、マイクロウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、チューブ、トレイ、培養バック又はタンクなどの培養槽などが挙げられ得る。これらの培養器の基材も、特に限定されず、ガラスや、ポリプロピレン及びポリスチレンなどの各種プラスチック、ステンレスなどの金属又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0059】
培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。細胞接着性の培養器は、培養器の表面と細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。このような細胞支持用基質としては、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン(または、ラミニンの一部構造体)、及びフィブロネクチン並びにそれらの混合物、例えばマトリゲル、並びに溶解細胞膜調製物が挙げられる(Lancet,2005.365.9471.1636-1641参照)。
【0060】
培養される幹細胞は、分散細胞又は非分散細胞であり得る。分散細胞とは、細胞分散を促進するために処理された細胞をいう。分散細胞としては、数個(典型的に2~50、2~20、又は2~10個)の細胞からなる小さな細胞塊を形成している細胞が挙げられる。分散細胞は、浮遊(懸濁)細胞、又は接着細胞であり得る。
【0061】
細胞の培養密度は、細胞の生存及び増殖を促進する効果を達成し得るような密度である限り特に限定されない。好ましくは1.0×101~1.0×107細胞/ml、より好ましくは1.0×102~1.0×107細胞/ml、さらにより好ましくは1.0×103~1.0×107細胞/ml、最も好ましくは3.0×104~1.0×107細胞/mlである。
【0062】
温度、溶存CO2濃度、溶存酸素濃度及びpHなどの培養条件は、動物組織に由来する細胞の培養に従来用いられている技術に基づいて適宜設定できる。例えば、培養温度は、特に限定されるものではないが30~40℃、好ましくは37℃であり得る。臓器保存液や細胞保存液を用いる温度は0℃~室温、好ましくは0℃~4℃であり得る。溶存CO2濃度は、1~10%、好ましくは2~5%であり得る。酸素分圧は、1~10%であり得る。
【0063】
幹細胞の接着培養を行う場合、フィーダー細胞の存在下で培養してもよい。フィーダー細胞には、胎児線維芽細胞等のストローマ細胞を用いることができる(例えば、Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual,Fourth Edition(Cold Spring Harbor Laboratory Press,2014)、Gene Targeting: A Practical Approach(Oxford University Press,1993)、Proc Natl Acad Sci USA,1981.78.12.7634-7638、 Nature,1981.292.5819.154-156、J.Virol,1969.4.5.549-553、Science,1996.272.5262.722-724、J Cell Physiol,1982.112.1.89-95、国際公開WO/2001/088100号、国際公開WO/2005/080554号参照)。
【0064】
幹細胞の浮遊培養の態様としては、担体上での浮遊培養(J Biotechnol,2007.132.2.227-236)又はメチルセルロースなどの高分子ポリマーを用いた浮遊培養(Stem Cell Reports,2014.2.5.734-745)などが挙げられる。幹細胞の浮遊培養との用語は、培地中において、培養器又はフィーダー細胞(用いられる場合)に対して非接着性の条件下で幹細胞を培養することをいう。幹細胞の浮遊培養としては、幹細胞の分散培養及び幹細胞の凝集浮遊培養が挙げられる。幹細胞の分散培養との用語は、懸濁された幹細胞を培養することをいい、数個(例、2~20個)の幹細胞からなる小さな細胞塊の分散培養が挙げられる。分散培養を継続した場合、培養された分散細胞がより大きな幹細胞塊を形成し、その後凝集浮遊培養が実行され得る。このような凝集浮遊培養としては、胚様体培養法(Curr Opin Cell Biol,1995.7.6.862-869参照)、SFEB法(Nature Neuroscience,2005.8.3.288-296、国際公開WO/2005/123902号)、メッシュフィルターを用いて機械的処理により細胞株を継代させるスフェア培養法(Stem Cell Reports,2014.2.5.734-745)が挙げられる。
【0065】
幹細胞の分化誘導は、例えば心筋細胞の分化誘導プロセスでは、培地(例えば、STEMdiff APEL Medium、STEMCELL社)に0.5ng/ml BMP-4を添加し、1日後、培地を10ng/ml BMP-4、10ng/ml Activin A、5ng/ml bFGFを添加した物に交換し、4日目後、培地を10ng/ml VEGF、150ng/ml Dkk1を添加した物に交換し、8日目後、培地を10ng/ml VEGF、150ng/ml Dkk1、10ng/ml bFGFを添加した物に交換することで自律的な拍動を伴う心筋細胞を確認できる。臨床試験の例では、ヒトES細胞由来の心筋前駆細胞((CD15+、Isl-1+)progenitors)をフィブリンバッチへ封入したシートなどが報告されている(ClinicalTrials.gov Identifier:NCT02057900)。また、大阪大学の澤芳樹教授らのグループは、iPS細胞由来心筋細胞をシート状に培養し心不全患者の心臓に貼って機能の再生を促す「心筋シート」の開発および臨床応用を進めており(http://www2.med.osaka-u.ac.jp/surg1/technology/regenerative-medicine/)、同手法に対して本発明の技術も使われ得る。さらに、病態の解明を目的とした活動としては、患者由来の心疾患モデルiPS細胞(ClinicalTrials.gov Identifier:NCT02413450)を用いた心疾患のリスク評価(ClinicalTrials.gov Identifier:NCT01517425、ClinicalTrials.gov Identifier:NCT01865981)などの例も報告されており、同方法に対して本発明の技術も使われ得る。
【0066】
また、例えば、軟骨細胞の分化誘導プロセスでは、培地(90%αMEM培地、10%牛胎児血清(FBS)、2mM L-グルタミン、0.1μMのデキサメタゾン)中で、間葉系幹細胞を培養することによって行うことができる。さらに、例えばレチノイン酸などの分化誘導剤を培地に添加することにより、幹細胞を神経系細胞などに分化させることが可能となる。分化誘導剤には、BMP阻害剤、Wnt阻害剤、Nodal阻害剤、レチノイン酸なども用いることができる。血小板分化誘導プロセスの過程で必要となる巨核球の形成には、血清含有培地(20%FCS)において誘導された胚葉体を経て、トロンボポエチン(TPO)、インターロイキン3(IL3)、インターロイキン6(IL6)及び幹細胞因子(SCF)等の因子が使用され得る。
【0067】
3.細胞医薬組成物の製造方法 本発明に係る、幹細胞由来の分化細胞を含む細胞医薬組成物の製造方法は、幹細胞を分化誘導する工程と、分化誘導後の細胞を分化コントロール化合物により処理する工程と、を含むことを特徴とする。この製造方法は、さらに、幹細胞を培養、保存する工程を含むことができる。
【0068】
分化誘導工程及び分化コントロール化合物による処理工程は、上記の分化細胞の製造方法と同様の手順によって行うことができる。本発明に係る細胞医薬組成物の製造方法においても、分化誘導前の幹細胞が分化コントロール化合物により処理されることは排除されないものとする。
【0069】
分化コントロール化合物は、未分化な幹細胞に特異的な生存抑制活性を有し、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存を抑制する。このため、本発明に係る細胞医薬組成物の製造方法によれば、分化細胞を含み、未分化幹細胞の混入がない(あるいは極めて少ない)細胞医薬組成物を得ることができる。
【0070】
細胞医薬組成物は、分散された分化細胞、所定形状の細胞塊を形成した分化細胞集団、あるいは組織構造や小器官を形成した分化細胞集団(バイオ3Dプリンターを用いた組織構築など)であり得る。細胞医薬組成物は、再生医療用の細胞ソースのために利用され得る。本発明に係る製造方法により得られる細胞医薬組成物は、未分化幹細胞の混入がない(あるいは極めて少ない)ため、移植後に生体内で腫瘍化又は癌化するおそれがなく、優れた安全性が期待できる。例えば、本発明に係る細胞医薬組成物により得られる心筋細胞を含む細胞医薬組成物は、シート状やチューブ状に形成されて、心疾患の治療のため好適に心臓へ移植され得るものである。
【実施例】
【0071】
[実施例1:ヒトiPS細胞維持培養におけるLiarozole hydrochlorideによる細胞生存抑制] 培養ヒトiPS細胞に対するLiarozole hydrochlorideの生存抑制活性を評価した。
【0072】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0073】
培養液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0074】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、1×105個/0.75cm2/培地液量1.0mlで播種した。Liarozole hydrochlorideを含むアッセイ培地で数日間培養後に、アルカリフォスファターゼ染色陽性(ALP+)の未分化細胞
コロニー面積を計測し、Liarozole hydrochlorideを含まないコントロール群と比較した。アッセイ培地はEssential8(Life Technologies、A1517001)を用いた。 また、臓器保存液(HBSS)を用いた実験では、24ウェル培養プレートを用いて、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に、1×105個/1.90cm2/HBSS1.0mlでiPS細胞塊を播種した。Liarozole hydrochlorideを含む、または含まないHBSSを用い、37℃または4℃で16時間保存後に、アルカリフォスファターゼ染色陽性(ALP+)の未分化細胞コロニー面積を計測して実験群とコントロール群と比較した。
【0075】
(結果1) Liarozole hydrochlorideを30、又は300μM含むアッセイ培地で48時間培養後、コロニー(ALP+)面積を測定した。Liarozole hydrochloride30、又は300μM添加群は、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べて、染色陽性のコロニー面積は有意に低下し、未分化細胞のディッシュ上への残存は目視にて確認出来なかった。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図1)。また、Oil Red O染色法を用いた脂肪細胞の分化判別試験において、Liarozole hydrochloride30μM含むアッセイ培地で48時間培養後に染色陽性細胞は確認されなかった。また、臓器保存液(HBSS)を用いた実験では、Liarozole hydrochlorideを50μM含むHBSSを用い、16時間保存後に、コロニー(ALP+)面積を測定した。Liarozole hydrochlorideを50μM添加し、4℃で16時間保存した実験群は、Liarozole hydrochlorideを添加せず37℃で16時間保存されたコントロール群に比べて、染色陽性のコロニー面積は1/4へ有意に減少した。
【0076】
(結果2) Liarozole hydrochlorideを30μM含むアッセイ培地で48時間培養後、生細胞活性をCell Counting kit-8(同仁化学研究所)を用いて測定した。Liarozole hydrochloride30μM添加群では、生細胞活性は溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べ有意に低下した。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図2)。
【0077】
[実施例2:分化心筋細胞に対するLiarozole hydrochlorideの細胞生存への影響] iPS細胞から分化させた分化心筋細胞に対するLiarozole hydrochlorideの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した。
【0078】
(方法) ヒトiPS細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、アッセイ培地で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、高密度(1×106個/0.75cm2/培地容量0.5ml)で播種した。
【0079】
心筋への分化誘導は、PSdif-Cardio Cardiomyocyte Differentiation Kit(Stem RD)を用い、キット付属のプロトコールに従った。細胞死誘導活性の評価は、Live/Dead Cell Staining Kit II(PromoKine)を用い、キット付属のプロトコールに従った。分化誘導培地(PSdif-Cardio(登録商標)A、及びB、及びC)中で6日間培養後に、心筋培養培地(CardioGro(登録商標))へ培地を交換した。分化誘導された心筋細胞の拍動を顕微鏡下に確認し、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群、及び実験群(Liarozole hydrochloride60μMを心筋培養培地へ添加)とし、48時間後に死細胞の割合をPerkinElmer EnSpire 2300 Multilabel Readerを用いて測定した。コントロール群の値を1とした相対値を示す。
【0080】
(結果) iPS細胞から分化誘導した心筋細胞に対して、Liarozole hydrochloride60μMは細胞死を誘発せず、48時間後、死細胞の割合はコントロール群と同程度であった(
図3)。
【0081】
以上の結果より、Liarozoleは、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制することが明らかとなった。これらの結果は、Liarozoleが、未分化幹細胞に特異的な生存抑制活性を有することを示す。
【0082】
[実施例3:ヒトiPS細胞維持培養におけるPioglitazone hydrochlorideによる細胞生存抑制] 培養ヒトiPS細胞に対するPioglitazone hydrochlorideの生存抑制活性を評価した。
【0083】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0084】
培養液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0085】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、1×105個/0.75cm2/培地液量1.0mlで播種した。Pioglitazone hydrochlorideを含むアッセイ培地で数日間培養後に、アルカリフォスファターゼ染色陽性(ALP+)の未分化細胞コロニー面積を計測し、Pioglitazone hydrochlorideを含まないコントロール群と比較した。アッセイ培地はEssential8(Life Technologies、A1517001)を用いた。
【0086】
(結果1) Pioglitazone hydrochlorideを25μM含むアッセイ培地で48時間培養後、コロニー(ALP+)面積を測定した。Pioglitazone hydrochloride25μM添加群は、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べて、染色陽性のコロニー面積は有意に低下し、未分化細胞のディッシュ上への残存は目視にて確認出来なかった。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図4)。また、Oil Red O染色法を用いた脂肪細胞の分化判別試験において、Pioglitazone hydrochloride250μM含むアッセイ培地で48時間培養後に染色陽性細胞は確認されなかった。
【0087】
(結果2) Pioglitazone hydrochlorideを25、50、又は250μM含むアッセイ培地で48時間培養後、生細胞活性をCell Counting kit-8(同仁化学研究所)を用いて測定した。Pioglitazone hydrochloride25、50、又は250μM添加群では、生細胞活性は溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べ有意に低下し、未分化幹細胞の生細胞活性に抑制が認められた。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図5)。
【0088】
[実施例4:分化心筋細胞に対するPioglitazone hydrochlorideの細胞生存への影響] iPS細胞から分化させた分化心筋細胞に対するPioglitazone hydrochlorideの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した。
【0089】
(方法) ヒトiPS細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、アッセイ培地で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、高密度(1×106個/0.75cm2/培地容量0.5ml)で播種した。
【0090】
心筋への分化誘導は、PSdif-Cardio Cardiomyocyte Differentiation Kit(Stem RD)を用い、キット付属のプロトコールに従った。細胞死誘導活性の評価は、Live/Dead Cell Staining Kit II(PromoKine)を用い、キット付属のプロトコールに従った。分化誘導培地(PSdif-Cardio(登録商標)A、及びB、及びC)中で6日間培養後に、心筋培養培地(CardioGro(登録商標))へ培地を交換した。分化誘導された心筋細胞の拍動を顕微鏡下に確認し、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群、及び実験群(Pioglitazone hydrochloride 50μMを心筋培養培地へ添加)とし、48時間後に死細胞の割合をPerkinElmer EnSpire 2300 Multilabel Readerを用いて測定した。コントロール群の値を1とした相対値を示す。
【0091】
(結果) iPS細胞から分化誘導した心筋細胞に対して、Pioglitazone hydrochloride 50μMは細胞死を誘発せず、48時間後、死細胞の割合はコントロール群と同程度であった(
図6)。
【0092】
以上の結果より、Pioglitazoneは、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制することが明らかとなった。これらの結果は、Pioglitazoneが、未分化幹細胞に特異的な生存抑制活性を有することを示す。
【0093】
[実施例5:ヒトiPS細胞維持培養におけるSilibininによる細胞生存抑制] 培養ヒトiPS細胞に対するSilibininの生存抑制活性を評価した。
【0094】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0095】
培養
液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0096】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、1×105個/0.75cm2/培地液量1.0mlで播種した。Silibininを含むアッセイ培地で数日間培養後に、アルカリフォスファターゼ染色陽性(ALP+)の未分化細胞コロニー面積を計測し、Silibininを含まないコントロール群と比較した。アッセイ培地はEssential8(Life Technologies、A1517001)を用いた。
【0097】
(結果1) Silibininを20μM含むアッセイ培地で48時間培養後、コロニー(ALP+)面積を測定した。Silibinin20μM添加群は、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べて、染色陽性のコロニー面積は有意に低下し、未分化細胞のディッシュ上への残存は目視にて確認出来なかった。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図7)。また、Oil Red O染色法を用いた脂肪細胞の分化判別試験において、Silibinin200μM含むアッセイ培地で48時間培養後に染色陽性細胞は確認されなかった。
【0098】
(結果2) Silibininを20μM含むアッセイ培地で48時間培養後、生細胞活性をCell Counting kit-8(同仁化学研究所)を用いて測定した。Silibinin20μM添加群の生細胞活性は溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べ有意に低下し、未分化幹細胞の生細胞活性の抑制が認められた。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図8)。
【0099】
[実施例6:分化心筋細胞に対するSilibininの細胞生存への影響] iPS細胞から分化させた分化心筋細胞に対するSilibininの生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した。
【0100】
(方法) ヒトiPS細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、アッセイ培地で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、高密度(1×106個/0.75cm2/培地容量0.5ml)で播種した。
【0101】
心筋への分化誘導は、PSdif-Cardio Cardiomyocyte Differentiation Kit(Stem RD)を用い、キット付属のプロトコールに従った。細胞死誘導活性の評価は、Live/Dead Cell Staining Kit II(PromoKine)を用い、キット付属のプロトコールに従った。分化誘導培地(PSdif-Cardio(登録商標)A、及びB、及びC)中で6日間培養後に、心筋培養培地(CardioGro(登録商標))へ培地を交換した。分化誘導された心筋細胞の拍動を顕微鏡下に確認し、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群、及び実験群(Silibinin40μMを心筋培養培地へ添加)とし、48時間後に死細胞の割合をPerkinElmer EnSpire 2300 Multilabel Readerを用いて測定した。コントロール群の値を1とした相対値を示す。
【0102】
(結果) iPS細胞から分化誘導した心筋細胞に対して、Silibinin40μMは細胞死を誘発せず、48時間後、死細胞の割合はコントロール群と同程度であった(
図9)。
【0103】
以上の結果より、Silibininは、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制することが明らかとなった。これらの結果は、Silibininが、未分化幹細胞に特異的な生存抑制活性を有することを示す。
【0104】
[実施例7:ヒトiPS細胞維持培養におけるChrysinによる細胞生存抑制] 培養ヒトiPS細胞に対するChrysinの生存抑制活性を評価した。
【0105】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0106】
培養液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0107】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、1×105個/0.75cm2/培地液量1.0mlで播種した。Chrysinを含むアッセイ培地で数日間培養後に、アルカリフォスファターゼ染色陽性(ALP+)の未分化細胞コロニー面積を計測し、Chrysinを含まないコントロール群と比較した。アッセイ培地はEssential8(Life Technologies、A1517001)を用いた。
【0108】
(結果1) Chrysinを40μM含むアッセイ培地で48時間培養後、コロニー(ALP+)面積を測定した。Chrysin40μM添加群は、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群に比べて、染色陽性のコロニー面積は有意に低下し、未分化細胞のディッシュ上への残存は目視にて確認出来なかった。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図10)。また、Oil Red O染色法を用いた脂肪細胞の分化判別試験において、Chrysin400μM含むアッセイ培地で48時間培養後に染色陽性細胞は確認されなかった。
【0109】
(結果2) Chrysinを20μM含むアッセイ培地で48時間培養後、生細胞活性をMTT細胞数測定キット(ナカライテスク)を用いて測定した。Chrysin20μM、40μM添加群では、生細胞活性は溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を添加されたコントロール群に比べ有意に低下した。縦軸はPBSを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す(
図11)。
【0110】
[実施例8:分化心筋細胞に対するChrysinの細胞生存への影響] iPS細胞から分化させた分化心筋細胞に対するChrysinの細胞生存抑制活性(細胞死誘導活性)を評価した。
【0111】
(方法) ヒトiPS細胞をフィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、アッセイ培地で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、48ウェル培養プレートを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、高密度(1×106個/0.75cm2/培地容量0.5ml)で播種した。
【0112】
心筋への分化誘導は、PSC Cardiomyocyte Differentiation Kit(Thermo Fisher SCIENTIFIC)を用い、キット付属のプロトコールに従った。死細胞活性の評価は、Cytotoxicity LDH Assay Kit-WST(DOJINDO)を用い、キット付属のプロトコールに従った。分化誘導された心筋細胞の拍動を顕微鏡下に確認し、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群、及び実験群(Chrysin80μMを心筋培養培地へ添加)とし、48時間後に死細胞の割合をinfinite M200 PRO(TECAN)を用いて測定した。縦軸はDMSOを同量添加されたコントロール群の値を1とした相対値を示す。
【0113】
(結果) iPS細胞から分化誘導した心筋細胞に対して、Chrysin80μMは細胞死を誘発せず、48時間後、死細胞の割合はDMSOを同量添加されたコントロール群と同程度であった(
図12)。
【0114】
以上の結果より、Chrysinは、分化細胞の細胞死を誘発することなく、未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制することが明らかとなった。これらの結果は、Chrysinが、未分化幹細胞に特異的な生存抑制活性を有することを示す。 したがって、Chrysinは、未分化幹細胞の生存抑制活性を有する。
【0115】
[実施例9]分化コントロール化合物(Liarozole, Pioglitazone, Silibinin, Chrysin)の細胞安全性を評価するために、正常ヒト皮膚3次元モデルに対する細胞障害性についてMTTアッセイ法を用いて評価した。正常ヒト皮膚3次元モデル(OCL-200EIT: MatTek)は、各種薬剤の細胞毒性(安全性)を評価するために、眼刺激性試験や化粧品、化学薬品の安全性開発試験に一般的に利用されている動物安全性試験代替モデルである(https://www.mattek.com/wp-content/uploads/EpiOcular-Eye-Irritation-Test-EIT.pdf)。
【0116】
(方法) 細胞障害性(安全性)の評価は、正常ヒト皮膚3次元モデル(OCL-200E
IT: MatTek)を用い、キット付属のプロトコールに従った。溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を同量添加されたコントロール群(DMSO)、超純水を同量添加されたネガティブコントロール(NC)群、細胞障害性を有するMethyl Acetate (Sigma-Aldrich)を添加されたポジティブコントロール(PC)群、及び実験群(Liarozole hydrochloride 160μM, Pioglitazone hydrochloride 160μM, Silibinin 160μM, Chrysin 160μM)を、正常ヒト皮膚3次元モデルの細胞層上へ添加した。各種の試薬を添加した30分後に生細胞の割合についてMTTアッセイ法を用いて評価した。縦軸は超純水を同量添加されたネガティブコントロール(NC)群の値を1とした相対値を示す。
【0117】
(結果) 正常ヒト皮膚3次元モデルに対して、分化コントロール化合物(Liarozole hydrochloride 160μM(a), Pioglitazone hydrochloride 160μM(b), Silibinin 160μM(c), Chrysin 160μM(d)群)では各種の試薬を添加した30分後に生細胞の割合は超純水を同量添加されたネガティブコントロール(NC)群と同程度であった(
図13)。
【0118】
以上の結果より、分化コントロール化合物(Liarozole, Pioglitazone, Silibinin, Chrysin)は、未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制する薬剤濃度の範囲内において、正常ヒト皮膚3次元モデルの細胞死を誘発しないことが明らかとなった。これらの結果は、分化コントロール化合物(Liarozole, Pioglitazone, Silibinin, Chrysin)に細胞安全性が有ることを示す。
【0119】
[実施例10] 分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))含有培地を用いて培養したヒトiPS細胞を用いて、マウス奇形腫(テラトーマ)形成を評価した。奇形腫(テラトーマ)は、3胚葉成分を有する最も高分化な胚細胞性腫瘍である。iPS細胞に代表される多能性幹細胞を免疫不全マウスへ注入することにより形成される。幹細胞の多能性評価の指標とされる実験である。分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))含有培地で培養したヒトiPS細胞の遺伝毒性(化学物質が細胞DNAの構造・機能に影響を与え、その結果、DNA損傷やDNA修復、突然変異や染色体異常を引き起こす性質)を評価した。
【0120】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0121】
培養液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0122】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、T25培養フラスコを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel (BD)上に、ヒトiPS細胞をコロニー状態で播種した。ヒトiPS細胞(実験群1:コントロール、実験群2:Pioglitazone hydrochloride 25μM、実験群3:Silibinin 20μMを含むアッセイ培地で48間処理済み)を、マウス[(C.B-17/ICR SCID Jcl)、オス、6週齢]の皮下(左右、各)へヒトiPS細胞[1×106細胞]を注入し、10週間後に奇形腫の形成を評価した(n=5)。左右の両方、もしくはどちらか一方にでも奇形腫が形成された場合に陽性、左右の両方に奇形腫が形成されなかった場合に陰性と判断した。アッセイ培地はEssential8(Life Technologies、A1517001)を用いた。
【0123】
(結果) 実験群1では細胞を皮下へ注入した10週間後に、マウスに奇形腫が形成された(陽性2匹[奇形腫の重量は1.0g、0.6gの計2つであった]/5匹)。実験群2及び、実験群3では奇形腫の形成は見られなかった(両群共に、陽性0匹/5匹)。この結果は、分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))を用いたin vitroでの細胞処理が未分化幹細胞に対する強い生存抑制活性を持つ事を示す。また、生体外で未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制する分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))の投薬量の範囲内では、遺伝毒性に関連する腫瘍の形成は無く安全性が高いことを証明した。
【0124】
[実施例11] ヒトiPS細胞を注入したマウスへ、分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))を腹腔内投与し、マウス奇形腫(テラトーマ)形成を評価した。奇形腫(テラトーマ)は、3胚葉成分を有する最も高分化な胚細胞性腫瘍である。iPS細胞に代表される多能性幹細胞を免疫不全マウスへ注入することにより形成される。幹細胞の多能性評価の指標とされる実験である。ヒトiPS細胞を注入したマウスへ、分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))を腹腔内投与した。注入されたヒトiPS細胞や薬剤に暴露した生体内の細胞に対する分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))に由来する遺伝毒性(化学物質が細胞DNAの構造・機能に影響を与え、その結果、DNA損傷やDNA修復、突然変異や染色体異常を引き起こす性質)を評価した。
【0125】
(方法) ヒトiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所山中伸弥教授が樹立したヒト人工多能性幹細胞(201B7)を、理化学研究所セルバンク(No.HPS0063)より入手し使用した。ヒト多能性幹細胞培養の実践プロトコール(第2版)(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 幹細胞研究支援・開発室作成 http://www.cdb.riken.jp/hsct/protocol.html)に従い、細胞のフィーダー層としてマウス胎児線維芽細胞(マイトマイシン処理で不活化、MEF)を蒔いたプラスチック培養皿の上で未分化ヒトiPS細胞を培養した。
【0126】
培養液(維持培地)には、D-MEMF12(Sigma D6421)に最終濃度20% KSR(Life Technologies)、最終濃度1% NON-ESSENTIAL AMINO ACID(×100)(非必須アミノ酸;SIGMA D7145)、2mM L-グルタミン酸及び、80μM 2-メルカプトエタノールを添加したものを用いた。培養は、37℃、5% CO2条件下で行った。3~4日毎に継代を行った。解離液(リン酸バッファー緩衝生理学的食塩水に0.25%トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIV液、1mM CaCl2を添加したもの;全てLife Technologies)を用いて、iPS細胞をフィーダー層から解離し、ピペッティングで小細胞塊(細胞数が約50-100個程度の細胞集団)に分散した後、前日にMEFを播種し形成させたフィーダー層の上に蒔いた。
【0127】
上記のように培養したヒトiPS細胞を、フィーダー細胞から小細胞塊として解離し、さらに混入するフィーダー細胞を除去するために細胞接着性の培養プレート(0.1% ゼラチンコート)の底に吸着させ、培養液(アッセイ培地)で37℃、1時間培養した(iPS細胞塊はプレートに吸着しないが、混入するフィーダー細胞は強く吸着する)。iPS細胞塊をピペッティング操作により小細胞塊へ細かく砕いた後、T25培養フラスコを用いて、Growth Factor Reduced BD Matrigel(BD)上に、ヒトiPS細胞をコロニー状態で播種した。ヒトiPS細胞をマウス[(C.B-17/ICR SCID Jcl)、オス、6週齢]の皮下(左右、各)へヒトiPS細胞[1×106細胞]を注入した。その後、分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))の腹腔内投与を行った(投与量は、投与溶液100μl/1回。投与回数・期間は、1日目[1回/日]、2日目[1回/日]、3日目[0回/日]の日程をiPS細胞を投与した翌日から連続して3クール)。投与溶液を以下の濃度で準備した(実験群1:コントロール[PBS]、実験群2:Pioglitazone hydrochloride 2.5mM、実験群3:Silibinin 2.0mMを含む)。iPS細胞を投与した10週間後に奇形腫の形成を評価した(n=5)。左右の両方、もしくはどちらか一方にでも奇形腫が形成された場合に陽性、左右の両方に奇形腫が形成されなかった場合に陰性と判断した。
【0128】
(結果) 実験群1ではマウスに奇形腫が形成された(陽性1匹[奇形腫の重量は5.0gの計1つであった]/5匹)。実験群2及び、実験群3では奇形腫の形成は見られなかった(両群共に、陽性0匹/5匹)。この結果は、分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))の腹腔内への投与が未分化幹細胞に対する強い生存抑制活性を持つ事を示す。また、生体内で未分化幹細胞の生存のみを著しく抑制する分化コントロール化合物(Pioglitazone, Silibininなど(代表例を示す))の投薬量の範囲内では、遺伝毒性に関連する腫瘍の形成は無く安全性が高いことを証明した。