(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-27
(45)【発行日】2023-02-06
(54)【発明の名称】血液がんの予防及び/又は治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/382 20060101AFI20230130BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230130BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230130BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20230130BHJP
【FI】
A61K31/382
A61P43/00 121
A61P35/00
A61P35/02
(21)【出願番号】P 2018177405
(22)【出願日】2018-09-21
【審査請求日】2021-09-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.学会抄録集(日本内分泌学会雑誌)の発行による公開 学会名:第91回日本内分泌学会学術総会 発行者:一般社団法人日本内分泌学会事務局 発行日:平成30年4月1日 2.学会発表による公開 学会名:第91回日本内分泌学会学術総会 公開日:平成30年4月26日 開催日:平成30年4月26~28日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002819
【氏名又は名称】大正製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】益崎 裕章
(72)【発明者】
【氏名】仲地 佐和子
(72)【発明者】
【氏名】森島 聡子
(72)【発明者】
【氏名】西 由希子
(72)【発明者】
【氏名】岡本 士毅
(72)【発明者】
【氏名】野村 育美
(72)【発明者】
【氏名】與那嶺 正人
(72)【発明者】
【氏名】森近 一穂
(72)【発明者】
【氏名】玉城 啓太
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/026673(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0015141(US,A1)
【文献】国際公開第2006/073197(WO,A1)
【文献】Med.Sci.Monit.,2017年,Vol.23, pp.3737-3745
【文献】PNAS,2015年,Vol.112, E4111-4119
【文献】International Journal of Cancer,2017年12月,Vol.142, pp.1712-1722
【文献】Molecular Metabolism,2016年,Vol.5, pp.1048-1056
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 1/00-43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルセオグリフロジンを含有することを特徴とする血液がんの予防及び/又は治療剤。
【請求項2】
ルセオグリフロジンと抗がん剤との組み合わせを特徴とする請求項1に記載の血液がんの予防及び/又は治療剤。
【請求項3】
血液がんが、悪性リンパ腫、白血病及び多発性骨髄腫からなる群より選ばれる請求項1又は2に記載の血液がんの予防及び/又は治療剤。
【請求項4】
血液がんが、成人T細胞白血病である請求項1~3のいずれかに記載の血液がんの予防及び/又は治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SGLT2阻害剤を含有することを特徴とする抗がん剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、年間、日本人の2人に1人が罹患する疾病といわれている。そのため、がんの治療、管理、予防をすることが求められている。
また、種々の抗がん剤が、市販、開発されているが、未だ発展途上といえる。すなわち、現在の抗がん剤は、完治することが難しい、効果に個体差がある、副作用が大きい等の課題を有しており、さらなる抗がん剤の開発ないし改良が求められている。
【0003】
がん細胞は、増殖・転移に有利になる環境を自ら作り出し、低栄養、低酸素という劣悪な環境下でも生き延びる形質を獲得する。90年以上前に提唱されたワールブルグ効果は、がん細胞が有酸素環境下においてすら、ミトコンドリアによる酸化的リン酸化よりも解糖系によるアデノシン三リン酸(ATP)産生に依存する現象であるが、分子メカニズムの詳細は、未だ充分に解明されていない。
がん細胞では、ミトコンドリア機能の低下も相俟って、エネルギー産生効率の悪い解糖系に糖代謝がシフトしているため、糖の取り込みが正常細胞よりもさかんになる。この特性を利用したFDG-PET検査が、がんの局在診断・転移診断に汎用されている(非特許文献1)。また、極めて難治性の血液がんである成人T細胞白血病(以下「ATL」とも表示する。)の悪性度の階層化に、PET検査が有用であることも報告されている(非特許文献2)。
【0004】
成人T細胞白血病(ATL)は、ウイルスの一種であるHTLV-1の感染によって発症する。世界の中でも日本の西南部(九州・沖縄地方)に多く、日本でのHTLV-1感染者は、西南日本沿岸部を中心に110万人ほど存在し、感染者の発症率は年間1,000人に0.6~0.7人である。感染から発症までの潜伏期間が長いため、HTLV-1感染者が生涯に発症する確率は約5%程度とされているが、急性型、リンパ腫型では高カルシウム血症や免疫低下に伴う感染症により予後が悪い。
【0005】
がん細胞における解糖系をターゲットとしたがん治療薬の開発は、これまでにも試みられており、2-Deoxyglucose、Lonidamine、3-Bromopyruvate(3 BrPA)、Imatinib、Oxythiamineなど、臨床試験まで行われている薬剤もあるが(非特許文献1)、未だ実地臨床には応用されていない。
【0006】
一方、sodium-glucose cotransporter 2(以下「SGLT2」とも表示する。)阻害薬は、糖尿病治療薬であり、近位尿細管からの糖の再吸収を阻害して尿糖排泄を促進することで血糖値を是正する。SGLT2阻害薬は、副作用が少なく、インスリン分泌に作用する薬剤とは異なる作用の治療薬である。
これら、SGLT2阻害剤では、ある種のがんに対して抗腫瘍効果のあることが知られており(非特許文献3)、ダパグリフロジン、カナグリフロジン、トホグリフロジンにおいては、がんモデルマウスや各種がん細胞における作用が報告されている(非特許文献4から8)。
【0007】
例えば、非特許文献4では、ダパグリフロジンやカナグリフロジンに関して、すい臓がん、前立腺がんのがん移植モデルマウスにおける抗ガン作用が報告されている。
非特許文献5では、ダパグリフロジンに関して、ヒト腎がん細胞株、及び腎がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗がん作用が報告されている。
非特許文献6では、カナグリフロジンに関して、ヒト肝がん細胞株、及びヒト肝がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗がん作用が報告されている。
非特許文献7では、カナグリフロジンに関して、ヒトの前立腺がん細胞株、肺がん細胞株、肝臓がん細胞株、乳がん細胞株における抗癌作用が報告されている。加えて、その作用は弱いが、大腸がん細胞株、卵巣がん細胞株における抗がん作用、並びに、ヒト前立腺がん細胞株由来マウスゼノグラフトモデルにおける抗癌作用についても報告されている。
非特許文献8では、トホグリフロジンに関して、糖尿病マウスにおける肝がん発生予防作用が報告されている。
これら文献には、SGLT2阻害剤が種々のがんに作用することが報告されているものの、血液がんに対する報告はない。
【0008】
また、SGLT2阻害剤と抗がん剤との併用に関して、非特許文献4には、カナグリフロジンとゲムシタビン併用によるすい臓がんへの作用が報告されている。
非特許文献7には、カナグリフロジンとドセタキセル又は放射線治療併用による前立腺がんへの作用が報告されている。
特許文献1には、カナグリフロジンとドセタキセル、シスプラチン、又は放射線治療併用による前立腺がんや肺がんへの作用が報告されている。
特許文献2には、タパグリフロジンとグルフォスファミドによる併用療法が報告されている。
しかしながら、これら文献には、ルセオグリフロジンと抗がん剤との併用に関する報告はなく、かつ、血液がんに関する併用療法の報告もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/134486号パンフレット
【文献】特開2015-514756号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Oncogene, 2006, 25, 4633-4646.
【文献】Nakachi S et al. Hematology 22:536,2017
【文献】Pharmacol. Ther., 2017, 170, 148-165.
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2015, 112, E4111-E4119.
【文献】Med. Sci. Monit., 2017, 23, 3737-3745.
【文献】International Journal of Cancer, 2018, 142, 1712-1722.
【文献】Molecular Metabolism, 2016, 5, 1048-1056.
【文献】ObaraK,et al.Oncotarget.2017i8:58353
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、抗血液がん作用を有し、副作用が少ない新たな薬剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、がんが増殖のためにグルコースの取り込みを強く要求することに着目し、下記の知見を得て、SGLT2阻害薬が、血液がん治療に有用であることを見出した。
(1) 血液がん細胞においてSGLT2遺伝子が高発現していること。
(2) SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジンが、血液がん細胞に関し、グルコース取り込みを抑制すること。
(3) SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジンが、血液がん細胞に関し、ATP産生を抑制すること。
(4) SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジンが、血液がん細胞に関し、細胞増殖を抑制する効果を発揮すること。
【0013】
さらに、発明者らは、ルセオグリフロジンと抗がん剤とを併用することにより、血液がん細胞増殖抑制効果が高まることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明は、
(1) ルセオグリフロジンを含有することを特徴とする血液がんの予防及び/又は治療剤、
(2) ルセオグリフロジンと抗がん剤との組み合わせを特徴とする(1)に記載の血液がんの予防及び/又は治療剤、
(3) 血液がんが、悪性リンパ腫、白血病及び多発性骨髄腫からなる群より選ばれる(1)又は(2)に記載の血液がんの予防及び/又は治療剤、
(4) 血液がんが、成人T細胞白血病である(1)~(3)のいずれかに記載の血液がんの予防及び/又は治療剤、
である。
【発明の効果】
【0015】
ルセオグリフロジンは血液がん細胞の増殖を抑制することができ、血液がんの予防及び/又は治療に用いることで、がん治療の選択の幅を広げることが可能となる。また、かかる薬剤は副作用の少ない安全な治療薬として用いることができ、従来の抗血液がん治療剤とは異なる新たな作用を有する薬剤となり得る。
さらに、従来から用いられている抗がん剤に対し、ルセオグリフロジンを併用することで、治療増強効果を有することが示唆され、新たな治療方法を提供可能な点で、非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】試験例1における培養液中のグルコース濃度がATL細胞株(MT-2)の増殖に与える影響を示したグラフである。
【
図2】試験例2におけるSGLT2mRNA発現を示したグラフである。
【
図3】試験例3におけるルセオグリフロジンがグルコース取り込みに与える影響を示したグラフである。
【
図4】試験例4におけるルセオグリフロジンがATP産生に与える影響を示したグラフである。
【
図5】試験例5におけるルセオグリフロジン50μM又は100μMでのATL細胞株の細胞生存率を経時的に示したグラフである。
【
図6】試験例6における各エトポシド濃度並びにルセオグリフロジン濃度で48時間培養を行ったときのATL細胞株の細胞生存率を示したグラフである。
【
図7】試験例6におけるATL細胞株の細胞生存率においてエトポシド0.2μM、ルセオグリフロジン50μM、及びエトポシド0.2μMとルセオグリフロジン50μM併用時の効果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明におけるルセオグリフロジンは、SGLT2阻害剤の一種である。本発明において用いられるルセオグリフロジンは、SGLT2阻害効果を発揮しうる限り特に限定する必要はなく、種々の化学形のものを用いることができ、例えば、ルセオグリフロジンそのもの、ないしはこれの水和物を用いることができる。
SGLT2阻害剤とは、ナトリウム-グルコース共輸送体-2(sodium-glucose cotransporter 2:SGLT-2)における、ナトリウムとグルコースの交換を阻害して、血中の過剰なグルコースを尿中に排泄することで血糖値を低下させ、血液中のグルコース濃度の増大を抑制する薬剤である。これにより、SGLT2阻害剤は、疲弊したすい臓ランゲルハンス島β細胞の負担を血糖値の低下によって軽減し、分泌能力を回復させることも可能である。その他にもSGLT2阻害剤は、血糖改善により糖毒性を改善することで、インスリン抵抗性改善作用を示す。ルセオグリフロジンは、インスリン非依存性の糖尿病薬として市販されている。
【0018】
本発明における抗がん剤とは、がんの増殖を抑制することを目的とした薬剤であり、化学療法剤、分子標的治療剤、ホルモン療法剤、免疫療法剤など、がん抑制を目的としたあらゆるメカニズムの薬剤を含むものである。
化学療法剤には、アルキル化薬、白金化合物、代謝拮抗薬、トポイソメラーゼ阻害薬、微小管阻害薬、抗生物質等様々な種類が存在するが、本発明において、特に限定はされない。
前記抗がん剤は、本発明が血液がんを対象としたものであることから、血液がんに効果を奏する薬剤が好ましく、例えば、代表的な薬剤として、シクロホスファミド、シタラビン、メルカプトプリン、メトトレキサート、塩酸エピルビシン、エトポシド、ビンクリスチン、インターフェロンα、イマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ、オファツムマブ、レチノイン、レブラミド、モガリズマブ等が挙げられるが、がん細胞の増殖スピードの早い白血病や悪性リンパ腫を対象とした観点からはDNA合成阻害作用をもつ殺細胞性抗がん剤であるシクロフォスファミド、シタラビン、塩酸エピルビシン、エトポシド、ビンクリスチンが好ましく、併用頻度が高く、単剤でもある程度の抗腫瘍効果を認めるという観点で最も優れているという理由からエトポシドが好ましい。
【0019】
本発明における血液がんとは、血液の三大がんと言われる白血病、悪性リンパ腫及び多発性骨髄腫を包含する。
白血病は、その経過から急性、慢性に分けられ、がん細胞の由来から骨髄性とリンパ性に分けられる。急性は症状の進行が速いため、急に症状が出現するため早期の治療が必要である。骨髄性は、骨髄系幹細胞から分化した骨髄芽球に遺伝子変異が生じることで細胞が悪性化し、リンパ性は、リンパ球が幼若な段階で悪性化すること、すなわち、リンパ系幹細胞が悪性化することで、がん化した細胞(白血病細胞)が無制限に増殖し発症する。
急性リンパ性白血病(ALL)は、前記白血病のうち、急性かつリンパ性である白血病であり、がん化した細胞の種類により、B細胞系とT細胞系に大別される。急性リンパ性白血病細胞(ALL細胞)は、主に骨髄で増殖するが、血液中でも増殖する。症状は全身性であり、骨髄での白血病細胞増殖による造血機能低下に伴って生ずる症状として、貧血、出血、感染等があり、白血病細胞が臓器に浸潤することに伴って生ずる症状として、肝臓や脾臓等の臓器の腫れ、腰痛、関節痛、頭痛、吐気・嘔吐、リンパ節腫脹等がある。ALL細胞は、特に中枢神経系に浸潤しやすいことから、頭痛や吐き気・嘔吐に注意を要する。また、白血病細胞が、主にリンパ節などリンパ組織で増殖するものはリンパ芽球性リンパ腫である。
悪性リンパ腫は、がん細胞の形態や性質によって30種類以上に分類されるが、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫の2つに大別され、非ホジキンリンパ腫には、前記白血病のうち、リンパ性の白血病も含まれる。
多発性骨髄腫は、骨髄でつくられる血液細胞のうち、白血球の一種であるB細胞が分化した形質細胞ががん化して骨髄腫細胞になり発症する。
【0020】
成人T細胞白血病(ATL)は、ウイルスの一種であるHTLV-1(human T-lymphotropic virus type-I)が、白血球であるT細胞に感染し、感染したT細胞からがん化した細胞(ATL細胞)が無制限に増殖することで発症する。HTLV-1に感染したT細胞が、正常なリンパ球に直接接触すると他人に感染するが、発症は感染者のごく一部であり、また、約30~50年間の潜伏期間がある。
ATLは、前記三大がんのうち、リンパ性の白血病、又は非ホジキンリンパ腫の悪性リンパ腫に分類される。ATL細胞は血液中だけではなくリンパ節でも増殖するため、多くはリンパ節の腫れが認められるが、病変の広がりは全身性である。病型は、急性型、リンパ腫型、慢性型、くすぶり型に分類されるが、本発明において、特に限定はされない。
【0021】
本発明における血液がんにおいては、難治性で新たな治療戦略が望まれるという観点から、好ましくは、リンパ性のがんであり、より好ましくは成人T細胞白血病又は急性リンパ性白血病であり、さらに好ましくは成人T細胞白血病である。
また、本発明の血液がんの予防及び/又は治療剤は、血液がん細胞の増殖抑制剤、血液がん細胞におけるATP産生低下剤、血液がん細胞における糖取り込み抑制剤としても機能し得る。
前記血液がんの予防及び/又は治療剤は、血液がんの中でも、特に成人T細胞白血病又は急性リンパ性白血病におけるがん細胞において、効果を発揮する特徴を有し、その中でもとりわけ成人T細胞白血病におけるがん細胞において効果を奏する。成人T細胞白血病におけるがん細胞(ATL細胞)とは、ATL患者の末梢血、骨髄からから得られた細胞、及びATL細胞株を含む。ATL細胞株とは、ATL細胞を継代培養した細胞であり、安定してATL細胞の特徴を有する細胞である。急性リンパ性白血病におけるがん細胞(ALL細胞)とは、ALL患者の末梢血から得られた細胞、及びALL細胞株を含む。ALL細胞株とはALL細胞を継代培養した細胞であり、安定してALL細胞の特徴を有する細胞である。
【0022】
本発明においてがんの予防及び/又は治療とは、がん細胞の増殖を抑制することのほか、がん治療剤や治療補助剤の用量低減、がんに起因する種々の症状の抑制及び安定化、がんの発症・再発・進行の抑制、がん治療における副作用の低減、がん患者の生存延長等、がんに関連する医学的治療全てを含み、がん患者の生活の質の向上も含む。
また、がんの発症抑制とは、ウイルス感染等の外部因子により発症する場合に事前に発症を抑制すること、がんの再発抑制とは、治療又は切除によりがん細胞あるいは病変が消失した患者における再発を事前に抑制すること、がんの進行抑制とは、がんの進行を遅延、後退させることを意味する。
【0023】
本発明に係る予防及び/又は治療剤は、通常、全身的又は局所的に、経口又は非経口の形で投与される。その投与量は、年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、処理時間等により異なり、投与量は種々の条件により変動する。
【0024】
本発明に係る「組み合わせを特徴とする予防及び/又は治療剤」は、有効成分であるルセオグリフロジンと抗がん剤を単一の製剤(配合剤)又は別々に製剤化して得られる2種の製剤とすることができる。
上記製剤は、通常行われる手段に従って、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤などに、あるいは無菌性溶液、懸濁液剤などの注射剤にすることができる。これらの有効成分を別々に製剤化して得られる2種の製剤とした場合には、個々の製剤を同時又は別々に投与することが可能である。
【0025】
本発明に係る予防及び/又は治療剤を有効成分毎に異なる2種以上の製剤とする場合は、同時に、又は極めて短い間隔で(連続的に)投与する可能性が高いため、例えば、市販されている医薬の添付文書や販売パンフレット等の文書に、それぞれを併用する旨を記載するのが好ましい。また、ルセオグリフロジンと抗がん剤との組み合わせを主要な構成とするキットとするのも好ましい。
【0026】
本発明のルセオグリフロジンの投与量は、投与対象、投与方法等により異なるが、例えば経口投与の場合は、患者(60kg)に対して、1日にルセオグリフロジンを0.1~50mg、好ましくは、0.5~5mg、さらに好ましくは、0.5~2.5mgとなるように投与することが好ましい。
これに対し、ルセオグリフロジンと組み合わせる抗がん剤の1日の投与量は、例をあげて説明すると、エトポシド(経口剤)の場合は、患者(60kg)に対して、1日に1~200mg投与することができるが、骨髄抑制など副作用の理由から好ましくは10~100mg投与し、さらに悪性リンパ腫では1クールで3週間連日内服することが多い理由から好ましくは25~50mg投与することが好ましい。また、エトポシド(注射剤)の場合は、患者の体表面積(1m2)に対して、1日量1~150mg投与することができるが、骨髄抑制など副作用の理由から好ましくは10~100mg、さらに他の抗がん剤と併用することが多い理由から好ましくは10~60mg投与することが好ましい。
この量は、医師用添付文書で指示される量若しくは当該用量より少ない量であるが、少ない量でも効果を期待できる理由は多剤併用が可能であることと用量依存性ではなく、時間依存性に効果を発揮するからである。
そのため、エトポシド以外の抗がん剤に関しても、前記エトポシドと同様に、医師用添付文書で指示される量若しくは当該用量より少ない量でも効果を期待できる。
これにより、本発明は、抗がん剤の量として通常使用される用量よりも少ない量で効果を発揮でき、医師用添付文書で指示される量より少ない、例えばエトポシド25~50mgでも効果を期待できる。
【0027】
本発明のルセオグリフロジンと抗がん剤の配合比は、薬剤の種類、投与対象、投与方法等により異なるが、例えば、本発明の医薬をヒトに投与する場合には、ルセオグリフロジン1質量部に対して抗がん剤を3.0×10-5~8.0×10-3質量部の割合で組み合わせた場合に、個々の薬剤を投与する場合よりも優れた抗血液がん作用を得ることが可能である。
特に、抗がん剤がエトポシドの場合、ルセオグリフロジン1質量部に対してエトポシドが22.0×10-3~4.0×10-3質量部の割合で組み合わせることが好ましい。これにより、それぞれの薬剤を単独で投与した場合よりも少量で、充分な効果を得ることができる。また、副作用の少ない医薬とすることが可能である。
【0028】
本発明に係る予防及び/又は治療剤は、血液がんの予防及び/又は治療のために、さらに他の薬剤(ルセオグリフロジン以外の他のSGLT阻害剤、又は抗がん剤を含む)とともに組み合わせて使用してもよいし、他の治療(放射線治療等)とともに組み合わせて使用してもよい。
この際、本発明に係る医薬と他の薬剤の投与時期と治療時期は限定されず、これらを投与対象に対し、同時に投与してもよいし、時間差をおいて投与してもよい。さらに、本発明に係る予防及び/又は治療剤と他の薬剤とは、それぞれ異なる製剤として投与されてもよいし、全ての活性成分を含む単一の製剤として投与されてもよい。
他の薬剤の投与量は、臨床上用いられている用量を基準として適宜選択することができる。また、本発明に係る予防及び/又は治療剤と他の薬剤の配合比は、投与対象、投与ルート、対象疾患、症状、組み合わせなどにより適宜選択することができる。
他の治療と組み合わせて使用する場合も、同様に、投与時期と治療時期は限定されず、同時に実施してもよいし、時間差をおいて実施してもよい。
【実施例】
【0029】
以下に、実施例等を挙げ、本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例等に何ら限定されるものではない。
【0030】
<<試験例1.ATL細胞株での培地グルコース濃度の差異による細胞増殖能の評価>>
ATL細胞株を用いて、培地におけるグルコース濃度を変化させ、細胞増殖能に変化がみられるかを調べることを目的に検討を行った。
【0031】
<実験方法>
1.ATL細胞株MT-2(琉球大学医学部保健学科血液免疫検査学分野 福島卓也先生より分譲)について、グルコース濃度の異なる2種類の培地で培養を行った(培地:RPMI1640、RPMI1640 Hybri-Max、培養条件:37℃、5%CO2 T25-フラスコを用いた、細胞数:3.9×102)。それぞれのグルコース濃度については、通常濃度が11mM、高濃度が25mMのグルコース濃度に調整して、72時間、培養を行った。
2.培養後24時間、48時間、72時間において細胞数の計測(WST-8法、Cell counting kit-8、同仁化学研究所、CK04)を行った。細胞数の計測については、マイクロプレートリーダー(TEKAN、Spark(登録商標))を用いて、450nmの吸光度を測定することにより行った。
【0032】
<実験結果>
1.結果を
図1に示す。
(1) グルコースの通常濃度(normal)、高濃度(high)、いずれにおいても細胞数は経時的に増加していた。
(2) また、いずれの時間点においても、高濃度の方が、通常濃度と比較して、細胞数が大きく増加しており、その差は有意であった。
2.これらの結果から、グルコース高濃度下で、ATL細胞の増殖が促進されることが示された。
【0033】
<<試験例2.ATL細胞株等における、SGLT2mRNA発現の評価>>
ATL細胞株ならびにATL患者の末梢血等を試料として、RT-PCRを用いて、SGLT2mRNAの発現を調べることを目的として検討を行った。
【0034】
<実験方法>
1.各細胞(MT-2、ATL急性型及びB-ALLの細胞数:1~6×106、PBMLは末梢血40mlからFicollを用いて分離した。ヒト大腸癌RNAはOriGene Technologiesより購入し、使用した)からRNA抽出を行い、RT-PCR(Applied Biosystems StepOne Plusを用いて、95℃10分→40サイクル(95℃・15秒→60℃、1分) )により、核酸増幅を行った。
2.なお、SGLT2mRNAは、それぞれの細胞における内在性コントロールとしてβ-actinの核酸増幅を併せて行い、これで割ることにより算出した。
【0035】
<実験結果>
1.結果を
図2(陽性コントロールを1とした図、RQ=relative quantification)に示す。
図2において、MT-2がATL細胞株、PBMLが末梢血由来健常人単核球細胞(陰性コントロール)、human colon cancerがヒト大腸がん細胞(陽性コントロール)、ATL急性型が末梢血ATL細胞、B-ALLが急性リンパ性白血病細胞(末梢血)を示す。
(1) 陰性コントロールであるPBMLでは、SGLT2mRNAの発現増加は認められなかった。陽性コントロールであるhuman colon cancerでは、SGLT2mRNA発現量の明らかな増加が認められた(positive controlとしてヒト大腸癌で発現を認め、negative controlであるPBMLでは発現が低い。)。
(2) 一方、MT-2、ATL急性型、B-ALLでは、SGLT2mRNAの明らかな増加が認められた(Negative controlに対してATL急性型、B-ALL、MT-2での発現を認めた。)。
2.これらの結果から、下記のことが考えられた。
(1) ATL検体等では、SGLT2により細胞内へのグルコースの取り込みが促進されることが推測される。
(2) 試験例1の結果と合わると、ATLでは、細胞内へのグルコースの取り込み促進により、細胞増殖がより盛んになると考察できる。
【0036】
<<試験例3.ATL細胞株におけるSGLT2阻害剤のグルコースの取り込みへの影響>>
ATL細胞株を用いて、SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジン存在下、グルコースの取り込みにどのような影響を及ぼすかを調べることを目的に検討を行った。
【0037】
<実験方法>
1.各濃度のルセオグリフロジン存在下、試験例1と同じ条件により、グルコース濃度の異なる2種類の培地でATL細胞株MT-2の培養を行った。
2.各時間点において、グルコースの取り込みキット(Glucose Uptake-Glo Assay、プロメガ、J1341)を用いて、細胞内へのグルコースの取り込みを測定した。
【0038】
<実験結果>
1.結果を
図3に示す。
(1) グルコースの通常濃度(normal)、高濃度(high)、いずれにおいても、ルセオグリフロジンによりグルコースの取り込みが、濃度依存的に低下していた。
(2) このうち、グルコース高濃度(high)、ルセオグリフロジン100μMの条件で、有意に低下していた。
2.試験例3と試験例1の結果から、ATL細胞において、ルセオグリフロジンを用いてグルコース取り込みを低下させることにより、ATL細胞増殖の抑制が推測された。
【0039】
<<試験例4.ATL細胞株におけるSGLT2阻害剤のATP産生への影響>>
ATL細胞株において、SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジン存在下、細胞内におけるATP産生への影響を調べることを目的に検討を行った。
【0040】
<実験方法>
1.各濃度のルセオグリフロジン存在下、試験例1と同じ条件の11mMのグルコース濃度に調整した培地のみを使って、その他は試験例1と同じ条件でATL細胞株MT-2の培養を行った。
2.培養後48時間に、発光法によるATP測定キット(CellTiter-Glo(登録商標)2.0 Assay、プロメガ、G9241)を用いて、細胞内におけるATP濃度の測定を行った。
【0041】
<実験結果>
1.結果を
図4に示す。
(1) ルセオグリフロジン存在下、50μM、100μMいずれにおいても、コントロールと比較して、ATP量は有意に減少していた。
(2) 加えて、ATPの減少は、ルセオグリフロジンの濃度依存的に減少していた。
2.この結果から、ルセオグリフロジンの添加により、ATL細胞の細胞内ATP産生低下が確認された。
【0042】
<<試験例5.SGLT2阻害剤による細胞増殖抑制効果>>
ATL細胞株において、SGLT2阻害剤であるルセオグリフロジン存在下、細胞増殖にどのような影響を及ぼすかを調べることを目的に検討を行った。
【0043】
<実験方法>
1.各濃度のルセオグリフロジン存在下、試験例1と同じ条件の11mMのグルコース濃度に調整した培地のみを使って、その他は試験例1と同じ条件でATL細胞株MT-2の培養を行った。
2.各時間点(24時間、48時間、72時間)における細胞数の計測(WST-8法、Cell counting kit-8、同仁化学研究所、CK04)を、試験例1と同様に行った。
【0044】
<実験結果>
1.
図5は、ルセオグリフロジンの濃度が50μM、100μMにおいて、各時間点における細胞生存率を、ルセオグリフロジン非存在下のものと比較して表した図である。
(1) ルセオグリフロジン非存在下においては、検討を行ったいずれにおいても細胞生存率は、ほぼ100%であった。
(2) これに対しルセオグリフロジン存在下においては、いずれの時間点においても、ルセオグリフロジン非存在下のものと比較して、細胞生存率は有意に低下しており、その低下は濃度依存的であった。
(3) 加えて、ルセオグリフロジン存在下においては、時間の経過とともに、細胞生存率が低下していた。
【0045】
2.これらの結果から、ルセオグリフロジン添加によるATL細胞の増殖抑制が認められた。
この増殖抑制については、次のメカニズムが考えられる。
(1) ATL細胞におけるSGLT2mRNA発現上昇。
(2) ルセオグリフロジンによるグルコース取り込み抑制。
(3) ルセオグリフロジンによる細胞内ATP産生低下。
(4) ルセオグリフロジンによるATL細胞増殖抑制。
【0046】
<<試験例6.SGLT2阻害剤を併用した場合のATL細胞株における抗がん剤効果の検討>>
抗がん剤としてエトポシド、SGLT2阻害剤としてルセオグリフロジンを用い、ATL細胞株に対する抗がん剤の効果への影響を調べることを目的に検討を行った。
【0047】
<実験方法>
1.各濃度のエトポシド並びにルセオグリフロジン存在下、試験例1と同じ条件の11mMのグルコース濃度に調整した培地のみを使って、その他は試験例1と同じ条件で(但し、細胞数は5.4×104)ATL細胞株MT-2の培養を行った。
2.培養後48時間に、細胞数の計測(WST-8法、Cell counting kit-8、同仁化学研究所、CK04)を、試験例1と同様(但し、細胞数は5.4×104)に行った。
【0048】
<実験結果>
1.
図6は、各濃度におけるエトポシド又はルセオグリフロジン存在下、培養後48時間における細胞生存率の結果を示した図である。
(1) エトポシドの濃度依存的に、ATL細胞の細胞生存率は低下しており、抗がん作用を発揮していることが確認された。
(2) このうち、エトポシドの濃度が0.1から0.2μMと低濃度において、ルセオグリフロジンを併用した30μMと50μMで、エトポシド単独と比較すると、細胞生存率の低下が認められた。特に、エトポシド濃度0.2μMにおいては、ルセオグリフロジンを併用した30μMと50μMいずれにおいても、エトポシド単独と比較して、有意な細胞生存率の低下が認められた。
【0049】
2.
図7は、エトポシド0.2μM、ルセオグリフロジン50μM、ならびにこれらを合わせて培養を行い、培養後48時間における細胞生存率の結果をコントロールと比較して示した図である。
(1) エトポシド0.2μMでは、コントロールと比較して、細胞生存率の低下は認められなかった。
(2) 一方、ルセオグリフロジン50μMでは、コントロールと比較して、細胞生存率の有意な低下が認められた。
(3) さらに、エトポシド0.2μM、ルセオグリフロジン50μM、これらを併用した場合、それぞれ単独で用いた場合と比較して、細胞生存率の低下が認められ、いずれも有意な低下が認められた。
【0050】
3.これらの結果から、エトポシド0.1-0.2μMでルセオグリフロジンとの併用効果が認められた。
4.SGLT2阻害剤と併用することで、悪性リンパ腫、急性白血病の適応を持つトポイソメラーゼ2阻害剤の低用量においてATL細胞の増殖抑制が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明により、より安全で副作用の少ない血液がんの予防及び/又は治療剤を提供でき、適切な治療、生存期間の延長、生活の質の向上等に有用な薬剤として利用可能である。